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2008年9月29日 (月)

小説葛野記:2008/09/29(月)京都の空は、秋雨だ

 夏期の閑散としたキャンパスだけでなく、極早朝の葛野キャンパスを傘さして歩き、研究室にはいり電気を付けてマシンを稼働させ、珈琲をセットして、バルコニーからキャンパス全体や遠く雨に曇る東山を眺めると、生きる生きている、充実感がみなぎってくる。

 人間は単純なところがあると、心から思う。大昔、百万遍の北キャンパスの研究所・図書室の窓から、雑誌書架を整理しながら東山を眼前にし、眼下の大学植物園を眺めていたころも、同じだった。単純なことで気持ちが晴れるわけだ。

 余は、青年時から今に至るまで、様々な大学キャンパスで人生をすごすことになった。学生から始まって、いろいろな立場を経験したが、抱え込む問題や課題、立場の違いによる軋轢、そういう負荷とは関係なく、大学キャンパスの全景が好きだった。

 学生時代から大学キャンパスを一歩も出なかったという点では、箱入り男の世間知らずだと、自覚する。しかし、今となっては、世間知らずであれ、書生・処世法であれ、みんな仲間は退職してしまった。余もいずれそうなる。なにもかも平坦化して、同じになる。そして誰もいなくなった、の思いが深い。

 朝の内に授業を二つもった。情報図書館学では昨年と同じく、情報リテラシーのDVDを40分見てもらい、感想を書いてもらった。自分自身を客観視する「メタ認知」は好評だったし、総じて印象のよいDVDであると再確認した。
 目録の授業では、副長にTruth執筆内容を説明してもらった。後期の個人課題についてである。そのあと、MacBookで延々と電子紙芝居を上演した。ときどき余は壇上に上って解説した。マウスを忘れたせいか操作はぎごちなかった(笑)

 そんな様子で、また次の責務がまっている。
 秋雨というのだろうか、まだ京都の空は曇っている。

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