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2008年8月23日 (土)

小説木幡記:2008/08/23(土)朱夏/今野敏、を読んでみました

 『朱夏/今野敏』新潮文庫、こ-42-2
 副題が警視庁強行犯係樋口顕、となっていて、作者の今野さんはこの種、警察小説で著名な方のようだ。実は以前に、この方の『隠蔽捜査』というのも読み、あまりの面白さに筆を執るのがもったいなくて、MuBlogには感想文を記していない。

 今回の朱夏というタイトルは、青春、朱夏、白秋、玄冬からとったもので、人生の男盛り、女盛りを意味するようだ。朱い太陽の夏だな。も少し分かりやすく言うと、大人時代を意味している。その大人とは、対人・対社会関係にバランスよく対応できる人をさす。さらにくどくもうすなら、人生とは思うようにならないことを承知したその中で、活きる智慧をもつ人を大人というのだろう。

 余は対社会的な実人生では白秋であるが、これは今野さんの小説の中で天童警部補が「秋には秋の枯れた味わいがある」と語らせていたので、にやりとした。まだ、枯れてなんかおらぬ、脳。

 さて、この作品は朱夏からみた青春批判小説となろうか。もう少し細かくいうと、まっとうな、トレーニングを含む青春ではなくて、ガキが肉体的に成長し、悪智慧をもってしまった「現代青春」に対する、批判小説だ。青春の仮面をかぶったケダモノ・ガキ達が現代を一色に塗りつぶしている。

「そう。大人が自分たちの文化に自信をもてないってのも一因だな」 「青春ばかりがもてはやされるからな。いい年の大人が未だに青春してる、などとばかなことを言っている」 「独身で生活に追われていない若い連中は購買力がありますからね」 「この国は何もかもがマーケット中心で動いている。くだらねえ国になっちまったもんです」

 さて。若い者がこれを読むとどう感じるのだろう。まるで、現代の10~30代の者達はクズ扱いされている雰囲気だ。余も自身、振り返ってみるに、たしかにクズだな。クズがクズであることを自覚していると救いようがあるが、とんと自覚がなくて、唯我独尊、世界の中心にいるような振る舞いが多い。人間のくずが今の世界を席巻している、となる。クズ、クズ、クズ。吉野葛、葛切りじゃなくて、ゴミ芥のクズ。

 そんな青春なんて、まっぴらゴメン。ちゃんと、朱夏という立派な世代観があるではないか。という色濃いメッセージが込められた警察小説、だと言っても間違いではない。

 確かに現実の無差別衝動殺人青少年の記事を目にすると、樋口刑事が罠にはまった犯罪は、身近に感じられた。ただし、犯人はまだ悪智慧があるから、衝動的とは言えず、つまり無秩序ではなくて、秩序形の事件だった。

 ところで、余は日頃20代前後の青年たちと日常を過ごす職業なので、そういうメッセージに感動したわけでもないし、「そうだ、そうだ」と喝采を送ったわけでもない。たとえば、「独身で生活に追われていない若い連中は購買力がありますからね」というセリフだが、たしかにそういう連中も多かろうが、日頃見かける卒業生や在学生は、そうでない者の方が多い。三年間働いて、外国旅行もせず、ブランド物も買わず、親の老後を考えて300万円貯金したとか~、切り詰めた食生活で納豆と豆腐、そうめん、一日二食で痩せ細っておる青年も一杯いる(美容かねぇ

 ~
 だから、メッセージはメッセージとして、「そうだ」とも「いや、違う」とも言えない。何よりも今野さんの人物造形が『隠蔽捜査』も、今回も気にいったわけだ。特にオジキ達がよい。大体40代の警察官なのだが、実に、いじましいほど、古典的なほどの、庶民である。庶民なんて、クソ喰らえと思う余でもにやりと笑いたくなるほど、庶民庶民していて、最初のうちは「お笑い庶民話」として読み出す。

 庶民刑事達は、最初はなにかしら、余と肌が合わない。『隠蔽捜査』の主人公は刑事じゃなかったが(警察官僚)、馬鹿かと思うほど、警察道(笑)に徹した四角四面な男だった。今回の樋口刑事も、人望があって、しかも家庭では娘に対して文句を付けるほど一般的な男性だった。読む方としては、最初は共感も異能さも感じられず、ただのオジキ刑事がうろうろしているなぁ、そんな導入だ。

 ところが。
 その、英雄でもない、ハンサムでもない、秀才でもない刑事達が、いつの間にか輝きだしてくる。まだ二作なので、なぜ輝き出すのかはよく分からないのだが、ともかく右往左往しながら、知らぬ間にありったけの能力を開放し、犯人、敵を殲滅している姿に出くわすわけだ。

 なぜそうなるのか?
 それを書くのが感想文だろうが、あいにく、本記事は「小説木幡記」なので省略する。詳しくは原典にあたっていただきたい。

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今野敏著 「朱夏」を読む。 このフレーズにシビれた。  こういうとき、映画ならばしっかりと抱き合って無事をたしかめあうのだがな……。 とてもそんな気にはならなかった。 [巷 ... [続きを読む]

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