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2008年8月10日 (日)

小説木幡記:2008/08/10(日)この頃MuBlogに欠けているもの

 MuBlogが、小説木幡記と小説葛野記だけで埋まるとき、なにかしら忸怩(じくじ)、そして後ろめたさが残る。

 このことは、以前若い優秀な研究者とも話していて、同意を得たのだが、人は易きに流れる。本当に大切なことを「忘れたふり」をして、世間の通り相場にマッチした、それなりの忙しさに身を任せ、流されていく。世間はそれをみて、「責務をはたしていますね」「頑張っていますね」と、賞賛まではいかないまでも、「ちゃんとした人物」と、見なしてくれるものだ。

 そしてまた、そういう日々のことはしなければならないし、怠惰にすごすと、だらしない人間という共通認識がたつ。それはまた、困ったものだ。世評を気にしないと言う人も多いが、秘やかな評判「だらしない」「頼りにならない」「無能」と言われて嬉しい人は少ないものだ。

 好き勝手に生きているように思える(penguin)余にしても、そういう評価が少しでも相手の目に浮かんだり、耳をかすめると、むっとする。逆に、さんざん気ままに生きている学生達でも、「君は、だらしない」という表情を少しでも気付かすと、険しい態度を返してくる。絵に描いたように、な。

 さて。
 MuBlogは、日々かつかつこなしてきたが、最近は冒頭のように、後ろめたい。NHK大河ドラマ記事でアクセスが増えても、定番の日記を読んでもらっていても、それはblogを読んでくれる人に対する、「元気にしています」という、信号であって、自らが大切と想うことを成し遂げる充実感とは別の話になる。

 いま、ここに欠けていると思ったことをリストして、後の戒めとしようぞ。

1.「卑弥呼の墓」が7回で停まったままだ。2008年1月以来考えていない。
  これは、それまでの記事がやや気楽だったので、そろそろ本格的に書こうと思った途端に、筆が止まってしまった。最近の、「近畿の古墳」に関する専門書を解読するという重荷に耐えられないからだろう。

2.「少年司書ロボが0号機、1号機とも2007年11月以来、実験されていない。
  これは、実機を組立製作するまでは気楽だったが、制御をプログラミングする段階になって、多数のサーボモータを順次に、並行に作動させることを、困難に思ったからだ。さらに、「目」をなんとか組み込みたいと欲張ったせいで、厖大な類書を読まないと無理だと気づき、意気消沈したのだろう。余には電気電子工学的的な素養が不足していて、ハンダ付けは得意だが、回路を設計したり、解読する能力が無い。

3.文藝路線が停まっているな。
  「新世界より/貴志祐介」が、2008年2月。
  「丕緒の鳥・十二国記/小野不由美:雪のような音」が、2008年3月。
  「日本の美術史/保田與重郎.読書感想(1)」が、7月。
  これは、「日本の美術史」が純粋研究用で、「文藝路線」とは少し異なる。ということは、すでに4~5ヶ月間、まともに読書していないことになる。いや、読んでいてもMuBlogに記事を書かない場合は、読んでいないのと同じだから。この時期は、ずっと教材研究で手を動かしていて、活字物語に興味を持てない時期だったのかもしれない。過去にもそういう波はあった。並行することがもともと無理な人間なのだろう。書くときは書いてばかり、読むときは読んでばかり、工作しているときはそればかり、プログラミングしているときはメモリの海に溺れていた。なんとか、もっとバランスよく余生を送りたいものだ。

4.Luna御製「幻の古代王朝」復刻版、どうなった。
  ふむふむ。
 RPGジェネレーターのよいのが出回っているようだな。
 ふむふむ。困った。

5.日曜作家、どうなった。
  実は、これが大問題だな。筆が止まったまま数ヶ月経過した。平日作家なら餓死するところだ。
  今、脳裏に次々と浮かぶイメージは、邪馬台国周遊図書館、高台の図書館、山裾の図書館、螺旋の図書館、海底図書館、火星の図書館、瀬戸内海の島図書館、岡山県の横溝正史図書館、獄門島図書館、……。ジオラマばかりだ。そんなに沢山未来の図書館を作ってどうするのかは、教材研究の極秘事項。なれど、どいうわけか(aries)、まったく物語のイメージがわかない。ひたすら日夜、スチレンボードをカッターナイフで切り刻み、図書館全景モデルという彫刻をしている。そのうち、継体天皇近江朝図書館?(注:このような史実はございません)、とかに至ったとき、初めて「探偵司書小泉佐保シリーズ、No4:湖底宮」の筆が動き出すのだろう。生きているうちにな。

 というわけで、大切なことを捨て置いて、ただただ今夏も、夏期論文に精を出し、教材研究に明け暮れている。もう暦のうえでは初秋。
 まだまだセミもないておるが、大切なことを捨て置いて、日常の研究に埋没するというのも、なにかしら自虐的な夏である。
 人は、大切な事を忘れたふりして、日常の繁忙に流されていくものだ。自戒としようぞ。

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