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2008年6月29日 (日)

六月の花嫁

承前:冬の黄桜:葛野図書倶楽部2001ご隠居新年会

Mufukutyo2003

副長2003の麗姿
 昨日28(土)の午後、祇園円山公園長楽館の一室で、葛野図書倶楽部2001・副長2003の華燭の宴があり、余も駆けつけた。
 宴は二部構成になっており、昼の部は「披露宴というよりも、内輪の会食」と聞き、安心して顔をだした。夜の部は40歳以下の取り決めになっていたので、余は「謝絶」とのこと。ところが、着いた途端に見知りの宗教学者がおられたので、不思議に思い様子をうかがってみると、宗教界の重鎮がそれぞれ寄り集うとのこと。新郎のお家は代々その筋の世界的権威とのこと、余は「はぁ」と目を丸くし、一挙に緊張した。「余には場違いだなぁ」と思った次第。
 そういえば新郎は難解極まる「唯識学」について、ときどき講演に名があがっていた。
 ふむふむ。

 長楽館については、明治の元勲・伊藤博文卿が京都で常宿にしていた由緒ある建物で、格調ある明治のロマン漂う館だった。昼餐のフランス料理もよかった。今調べてみると、ル・シェーヌというネオクラシック調の部屋で、当時の「迎賓館」だったらしい。
 夜の部が、どの部屋で行われたかは知らないが、以前の記憶では二階にもチャイニーズ調の素晴らしい広間があった。部屋数やカラクリでは「暗黒館」(綾辻行人)に及ばないが、相当に多様な部屋があり、非公開:開かずの間もあるようだ。マニア垂涎の館(やかた)なのだ。

 ともかく、長楽館の迎賓館、花嫁の麗姿が絵になって、そこでフランス料理をいただけて、余は満足だった。
 そして、一緒のテーブルに座った若い、どこか深窓の令嬢二人は、よくみると書記局長2003と三番隊長2003だった。そのあまりの変身ぶり、華麗な振り袖姿にあっけにとられて、場所柄もわきまえず昔話に時がすぎた。昼の部に年令制限はないようだった(笑)。

 会話内容抄
 書記「先生は、学生時代、わたしを三度も「この、馬鹿娘!」と、怒鳴った」
  余「そんなばかな、君が頑張っていたのを、今でも思い出しますよ」(と、本心)
 三番「そんなことがありましたねぇ~」(と、邪笑)
  余「お、三番隊長、君はお肉を食べるのですか。野蛮な物は口にしないと思っていましたが」
 三番「とんでもない。わたしは俗世にまみれた女ですよ。肉でも焼き鳥でも、なんでもいただきます」
  余「ふーん? 印象間違いだったのかなぁ」

六月の花嫁と坂本龍馬
 写真の左上は、新郎新婦ともに音楽がお好きなようだ。副長2003がフルートを嗜んでいるとの話は朧げに知っていたが、二人の合奏プレゼントには感動した。
 左下は、ケーキカット。この由来は全く知らないが、セレモニーとして「決」まっていた。あとでケーキをいただいた。
 右上は、花嫁の後ろ姿。これは最初気がつかなかったが、書記局長が「せんせ、あれ、あれを撮らないとぉ」と、そそのかされたので、生まれて初めて花嫁の「格調高い」後ろ姿に気がついた。

 右下の、円山公園「坂本龍馬先生、中岡慎太郎先生」像の掲載は、二つの意味がある。

☆副長2003と坂本龍馬
 副長の人となりは、その親友の書記局長がいつも余に語って聞かせていた。
 「副長は、正気のまま狂う」と。
 そのセリフを初めて耳にしたとき、余はうなずいた。2003年1月頃、二人はまだ3年生だった。倶楽部の大行事が2月の二日にあり、かつ1月は、共同演習「情報サービス」の班長を副長2003が勤めていた。結果として第1席になったのだが、この頃を思い出すと、倶楽部員は総員発狂していた雰囲気だったなぁ。
 なかでも副長2003は別人に見えるほど様変わりして悪鬼の如く(ほんと)、共同演習の仲間を叱咤激励し、同時に大行事の準備を先輩たちとこなしていた。(その先輩達は、これはこれで、卒業論文提出時期だった(笑))。
 いやはや。
 再来年のNHK大河ドラマは「竜馬伝」らしい。坂本竜馬も、幕末を正気のまま狂い走った。青春だね。

 で、次は、初代達のお話。
☆屯所の初代達を坂本先生と一緒に待っていた
 二部構成の「若者の宴」の参加者を三番隊長に聞いたところ、なんと倶楽部2003年の全員とその眷属(賛助会員達)。さらに、先輩にあたる初代達。さらに後輩にあたる2004年次達。
 そのうち何割かは、今年の正月、黄桜新年会で顔をあわせたのだが、卒業以来ほとんど顔を合わせていない局長2003、局長2004も参加とのことだった。
 2003年次組の結束というか、縁の深さには感心した次第。

 そんな多数の顔合わせを知らないものだから、昼食いただいたら、挨拶してさっさと帰りましょう、と気楽な顧問だった。
 (実は、若者の宴に顧問が居ると煙たいから、避けられたのかねぇ
 慌てて余は、とる物とりあえず携帯メルで初めて、メルの同報機能を使い出した。うまく行かない。それよりも、携帯電話には、日頃音信のある初代達や近所のご隠居しかメアドが入っていなかった。さらに、眼前の二人に教えられて携帯をあやつり、ようやく五名をリストしたら、携帯は一度に五名までしか同報できないことを生まれて初めて知った。
 疲れた!
 こんなややこしい携帯メルを、みんなどうしてあんなに自由自在に操るのだろう。不思議だった。

 返事はすぐに来た。一番隊長2001と、局長2002、そして遅れて一番隊長2004からだった。一番隊長2004は局長2004と同行の想像をしたが、返事は「今からでますぅ~」だった。たしか神戸のはず。これは間に合わないので諦めた。初代の二人は、「先生、もう着いたのですか? 私はいま、東京から家に着いて準備中」「今、髪のセット中」、余は一人で爆笑していた。本当に女達は、「外に出るだけで、戦場に出向くほどの準備がいるんだなぁ」と。

 結局、近藤勇と土方歳三と、沖田総司を、坂本先生の銅像でも眺めながら待つとしようと決心し、円山公園を一時間ほど、散歩した次第。どうも、余も夕方にくると思われていたようだ。

 さて、そこで無事めぐり合った初代三人達がどうであったかは、またいずれ、三人のそれぞれの宴があれば、記すことにしよう。
 続く(

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コメント

ひゃぁ~!うっとり~♪
クラシカルなええ感じ。

円山公園にこんな明治の面影漂う館があったんですね。
今度、祇園祭見がてらに京都に行ったときにでも、
外観だけでもチェックしてみたいですねぇ。

二次会「謝絶」ってのが笑えますが、
本当に素晴らしい披露宴を堪能されたようですね。
クラシカルな館に博学多才のMu殿下も、
娘を見守る明治の元勲のごとく、
しっくりとなじんでおられたことでしょう。

投稿: 伽羅 | 2008年6月29日 (日) 08時47分

おはよう御座います、伽羅さん

 しかしめざといですね、倶楽部関係の宴会情報は一番に伽羅さんのお目にとまるようで、驚いております。
 まったくもって私的な倶楽部記事に声援いただき、ありがとう御座います。

 長楽館の独特の風情は、私的じゃなくて世間的にも著名なようです。たしかに、お泊まりやフレンチは、後者はランチタイムであっても、なかなか豪勢なものですが、当方勝手に解釈すると、建物の維持管理にはそうとうに神経を尖らせているようです。たとえばトイレなんかも入り口は古びた趣そのままですが、内部は落ち着いた色調ながら、ばっちり決めてあります。
 要するに、一定の補修・維持をするのは経費も大変なんだと考えます。

 とはいいながら、外観チェックなどと申さずに、喫茶室なんかは本当にお気軽に入れますから、どうぞ(笑)
 祇園祭宵山前後は、たくさんの人が円山公園にきますから、長楽館も日頃は閉じている大きな部屋も開けて、使えたような気がします。

 さて、場所柄に似合わないMuでしたが、本文記入のように、新婦関係者とは縁もあり、招かれた次第です。
 当夜、若者達の宴がどうだったのかは詳細を知らないのですが、少なくとも、出会った五名くらいの方は、花嫁には迫りませんでしたが(そう、書かないとね)、みなみなどちらの皇家のご令嬢、どちらの卿の娘さん、と目をみはるほどの変身ぶりでした。
 確実に卒業式当時よりも、ぴったり完全無欠に変身成就でした。

 なかなかの、見ものでしたなぁ。あははは。

投稿: Mu→伽羅 | 2008年6月29日 (日) 11時36分

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