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2008年6月27日 (金)

小説葛野記:2008/06/27(金)葛野の夕暮れ

青年達の疾風怒濤時代
 今日もすべて一件落着して、さっきは葛野図書倶楽部2001-blogにコメントを返しておいた。これは責務というよりも、「生きています」という隊員のメッセージに対して、「余も生きておるぞ」という挨拶コメントだね。挨拶は大切だと思う。

 隊員は大体1週間から2週間に一度記事を書く。内容は日々のことや倶楽部のことや、授業にアルバイト、読書と多彩だ。以前は書くのを忘れたり、遅れたこともあったが、最近は順調だ。そして余も順調にコメントを入れている。

 今年のこのルールを作ったのは上級生達とか、一番隊長という職責の隊員のようだ。隊員達がやっていることは、あまり、根掘り葉掘り聞かない方が、事がうまくすすむという経験から、実情を問い合わせていない。

 隊員達は生き生きしていて、おもしろいこともいっぱいあるが、気難しくて対応が難しい所も同量ある。聞き方ひとつで、世界が反転する(嘘)。それは、余の青年期を振り返れば赤面するほど一目瞭然。
(青年期の余は体中に針をとがらせていた時代もあったらしい、と伝聞:今でも、そうや! とは誰も言わないけどな)

 そういう、絵に描いたような若者達の疾風怒濤時代(シュトゥルム・ウント・ドランク)を間近に見ていて、疲労も激しいが、一皮一皮むけて精神が強靱になり視野が高くなっていくのを見る楽しみは、これこそ教師冥利というものだ。昨日のA01は、今日のA02ではなく、一挙にA99になってしまう事さえある。ロボットだと、こうはならない。

ぼんやりと鉄道模型
 最近「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」話をしなくなった。だから、今日も時々机上で図書館改造列車をころがして、夢想していた。ワープロを打ちながら、右手で(左手マウスなので)列車を掴み、「ここ、アクリルの色を変えたい」「この角はヤスリをかけて、見栄え良くしたい」、……「この薄茶色、気にくわない。今度は紺青にしよう」、「書架を作るとなると、5ミリx10ミリになるから、細かいな、目が見えない」などと、独り言しながら夢想している。

 なぜ実際にそうしないかというと、一旦工作に入ると数時間とり、それが今はできない。会議や準備や、授業や授業の準備や、夏期論文関係図書の速読や、あれやこれやで、その上さらに倶楽部員達と授業の話合いをしたり、さまざまな倶楽部行事の進捗をチェックしたり~。

 そう。そんなことは、まともな社会人ならだれでも上手にやっている。
 しかるに、余はどうにも手が遅い、判断、決断に躊躇する。夢想に逃げる。だから、責務完了が遅れる。と、悪循環。これでは、なかなか理想の図書館列車モデルが完了しない~。

 それと、ジオラマ・モデルの大きさは60センチx90センチの小さいものなんだが、これを屯所に広げておくと、多数の受講生がカバンで引っかけたり、無意識に手をついたりで、ハラハラする。屯所にある、重量級の過去提出作品なんかを振り回すと、ぶつかって、あっというまに橋が壊れる、愛宕山がはげちょろけになる、心配でしんぱいで。というわけで天井に格納しているので、まともに列車運行実験もできない状態なのだ。

 夏期を待つか、夢想しかない。
 というわけで、今MuBlogを書きながらも、コンテナ・タイプの移動図書館列車の改良に思いを走らせている。

今日のまとめ
 最近の大学教員は、いろいろな事情で余力が無くなっている。
 書類の数や会議の数や責務が増えてきて、そして授業はますます丁寧にしないと伝わりにくくなってきて、さらに、さらに、……。
 だからこそ。夏期が待ち遠しい。
 授業とか会議が一休みなる。
 深閑としたキャンパス、無人の研究室、思い切り終日図書を読める、付箋を貼れる。マシンを長時間ブン回せる。そして、アクリル製・列車図書館も、めいっぱい作れるぞ。うむむ、夏よ来い!

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