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2008年6月21日 (土)

小説木幡記:2008/06/21(土)地図の蠱惑

 ここしばらく小説木幡記が続いている。これは「内省の時期」と今朝判定した。
 早朝から余は発表原稿をまとめていた。起床が午前4:30で、いつもと変わらなかった。しかし気がつくと、こうしてMuBlogに、なにかかにかと記事を書きだしていた。

 今朝書きたくなったのは、外へ出掛けたいという強い衝動からだった。しかしその「外」とは、外国へ行きたいとか、仕事を変えたいとか、出奔したいとか、そういう激しいものではない。ごく近辺の、京都なら嵯峨野や町屋や、消えかけの神社や寺や、古い小学校や、迷路のような繁華街の片隅。奈良なら深飛鳥、山辺の道、長谷寺、奈良町、唐招提寺、新薬師寺、と続き。滋賀なら、湖東湖西の「渡来人のふるさと」、高島市、多賀神社、近江・山辺の道、遺跡巡り、と。ささやかなものである。

 行きたいと思うのは、おおよそ「地図の蠱惑・未踏地」になるが、上記にあげた所は、何度も行っているところがあるし、記憶も定まらない昔に行った所もあるので、未踏地というのは正確ではない。だが、あたかも未踏地の如く、心ひかれてやまない。

 この夏期休暇には葛野図書倶楽部2001で、飛鳥に行く算段を、隊員達とすでに始めている。
 この三月に犬山市の博物館明治村へ突拍子もなく行った、その前夜ほどには不安感がなく、参加者達も安定している。隊員、顧問、繁忙の渦中にもかかわらず、来週には観察地を数点に絞るところまできた。

 課題はいろいろある。各自資金、日程、意義の軽重、責務の軽重、さまざまな小さな問題を抱え込んでいる。しかし、なんとかかんとか、幹部達が力を振り絞って先導し、まとまって行こうと努力している。若い人達も、ほとんど全員が明治村紀行を経験しているので、その成功体験が良い方に作用しているようだ。

 余も隊員達の動きを遠望し、近接し、客観視し、そして自らの想念も育もうとしている。
 幸いなのは、隊員八名が全員、岩手・秋田・千葉から富山・福井、そして静岡・鳥取・岡山まで、全国からの京都遊学者達だったことにある。卒業すれば、二度と京都も飛鳥も訪れない可能性すらある。その、切実なところが全員参加の意味としてあるのやも知れぬ。

 「外」へ出掛けたいという今の気持は、こうして、夏期まで待てば達成できることになる。
 それでも待てないならば、京都の町屋を歩き、ひさしぶりの「私の京都」を書けばよいと自問自答するのだが、結局、会議もある、授業もきつい、宿題てんこもり、土日になると眠くて、疲れて、そして他の欲求。「読書したい!」という気持がむくむく湧いてきて、結局は日曜の夕風呂と、NHK「篤姫」で一週間が決着する。

 平成20年に生き、市井に溶け込んだ一大学教授の実態が、ここにある。うははは(と、哄笑)

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コメント

町屋の世界観

 上田篤先生の本、確か、「都市は海から作られた」という本を読み直しているのですが、町屋に関する考察がありました。

 町屋には畳の部屋は仏教の世界、板の間には神道の世界、土間には魑魅魍魎の世界が存在し混然一体となり秩序が保たれている不思議な空間であると述べておられます。

 これ、本当でしょうか、是非、京都の町屋を探訪し調査を願えないでせうか。

この話は、日本人の根底に関わる縄文時代からの信仰と世界観に関わる話ではないかと愚察しております。

 お盆のころに又、帰省しますので宜しくお願いします。

投稿: jo | 2008年6月21日 (土) 19時05分

Joさん
 町屋(まちや)を、気力いれて観察したことも、研究したこともないのです。
 肩が凝らない程度に、京都には小綺麗な昔ながらの町屋がようけいあるなぁ~、このくらいの気分です。
 以前、京都の杉本家というところへ行ったことがあります。物好きだからそこでDVDも入手しました。

 で、畳が仏教ですか。覚えていませんが、仏壇、仏間があれば畳敷きの部屋でしょうね。現代のお寺も畳敷きが多いです。禅宗の寺は、タタキというか、土足で往来する建物がありますね。
 板の間が神道ですか。神社は昔も今もふきさらし、外と内に目に見える境界がなくて、どこから部屋か、どこから外かわからないです。けど、土足じゃない。それに似合うのが板の間、高床式の板の間なんて、神社そのものですから。
 土間。おくどさんとか、水回りの土間を想像しました。全体に「黒」が基調ですね。明かり取りは、小さな天窓が一つ程度かな。暗くって、竈や水瓶になにが潜んでいるか分からない魑魅魍魎の世界、ですか?

 その上田先生、いろいろおもしろい解釈があるのでしょうね。
 現代京都の食事どころでは、町屋風がいろいろあります。嫌いじゃないし、そんな別宅も欲しいとおもいますが、本宅を造るなら、外宮様式とか、出雲大社様式が、よろしいなぁ。町屋は町のものです。Muは町と田舎の境界に住みたい。

投稿: Mu→Jo | 2008年6月22日 (日) 05時22分

Joさん、盆帰省話の追伸
 一日だけ詰まっているので、調整しましょう。
 難波宮か琵琶湖の高島町か、湖南の百済寺か、法隆寺か、どこでもおともします。

投稿: Mu→Jo | 2008年6月22日 (日) 05時25分

Muさん

 お盆の頃は忙しいですかね、15日前後で御都合の良い日を決めて下さい。合わせます。

 行く場所は、旦那にお任せします。早朝から半日程度で美味しい昼飯を食べましょう。まだ、先の話ですよね。

投稿: jo | 2008年6月22日 (日) 10時59分

Joさん了解
大体8月は暇です。
14~19くらいのあいだで、取りそろえておきます。

昼食ですな。
ガソリンも高騰しておりますから、いささか高級になるでしょうね。うけけ。
しかし年金生活者Jo翁からむしり取ろうとするアコギな男は、関西にはおらんでしょう。

投稿: Mu→Jo | 2008年6月22日 (日) 15時56分

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