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2008年6月20日 (金)

小説木幡記:2008/06/20(金)近況と反省の日々

 どうやら昨日のMuBlogを休んでしまったようだ。
 ここずっとよく眠り、美味しくいただいて、元気はあるのだが、MuBlogを書けないくらいに諸事、忙殺の渦中にいる。もちろん、忙しいと逃げるのは無能の証と分かった上で、なお忙しい。

 なにが忙しいかと言えば、脳内の整理に時間がかかるということだ。日々、反省ばかりしておる。これもやり過ぎると自責自罰の、お定まりの鬱状態と言えようが、それともニュアンスが異なる。
 「鬱」については一家言あって、これは生まれたときから「鬱男」の異名を持つくらいだから、日常の風景だ。恥も外聞もなく言ってしまえば、鬱に余の美質があらわれ、それが余の人格そのものなのじゃろう。眉間の縦皺は少年期からくっきり刻み込まれた「鬱の紋章」、うははは。まるでサオトメモンド世界!

 (注:昔、そういう役者がおって、ことあるごとに、眉間の三日月刀傷を指さして、独特の笑い声で悪の豪商やお代官さまや、旗本達を「この、虫けらどもめ」と、打ち据えていた。東映映画やった。その息子さんは、今度のNHK大河ドラマで、勝海舟の役をもつようだ。ウギャギャガァ)

 何を反省していたかというと、それは全部。
 会議の席にいる時も、書店の人と話しているときも、同僚達といるときも、人のblogを眺めるときも、葛野図書倶楽部2001のいたいけない学生達と会議しているときも、鉄道図書館を制作しているときも、読書しているときも、ようやく夏期論文の数行を書き出したときも、日曜作家しているときも、……。

 人のふり見て我がふり直せ。
 こんな単純極まる、幼児期に祖母にきつく戒められた格言を、今になって毎朝毎日、眠る寸前まで「ちゃんと、できているだろうか」と、反省の日々なんじゃ。

 会議で、他の教授がなにか意見を出す。秒間をおかず「馬鹿くさい、なにを今さら」と毒づく。しかし、数秒後にその教授の考え方、おかれた立場、全人生が走馬燈のように頭をよぎる。「余が彼の立場なら、彼以上に上手な考え方や行動ができるじゃろうか? いや、出来ない」で、ムムム。

 他人のblogを読んで、「こいつ、アホちゃうかぁ~」と、コンマ以下秒で反応する。しかし、数秒後に、「じゃ、MuBlogはどうなんや」と、深い反省の海に潜り込んでいく。書けない! となる。ムムム。

 日頃粉骨砕身、倶楽部を運営している学生達の、ちょっとしたミスを深く詰る、数秒後に「じゃ、余の20代、どうじゃった?」と、走馬燈のように当時が脳内に甦る。「とてものこと、こんなよい子じゃなかった。危険きわまりないことを、人目も憚らず、平気でやっておった」と、反省。とたんに、深い深い郷愁と自責とに包まれる。ムムムじゃのう。

 表にださない数多くの読書をしている。いちいち「こんなんで、よう糊口をしのいでおるな、よう作者名、研究者名を臆面もなく出せるなぁ。恥知らず!」と、毒づく。数秒後、「しかし、余はこんな風にさえ、書けない」と、失意。そして、なにも言えなくなって、巻をおき「わすれよう」とする。ムムム。

 ~

 人の振りを見て、それを糺すよりも、自戒自責に走るのは、これは「鬱」の証じゃろう。
 適度に世間を、人を貶して、ほどほどに生きるのも肝要なり。

 そういうわけで、適度に貶してきた知友や同僚や歴代倶楽部員や、わが「教え子」達に告ぐ。いま、人生反省の渦に巻き込まれているMuこそ、「ねらい目」じゃ。積年の鬱憤をはらすには、この時期を逸しては無い、ぞ。
 予定では、七月ころからは、あらゆる反省、自責をうち捨てて、奔馬のごとく、超高速宇宙船Muのごとく、大空を突き抜けていく。その時になって、ああやこうや言っても、聞く耳もたぬぞえ。

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コメント

私なども、反省なしのお気楽星人になって、
地球偵察の残りの期間を全うしたいなぁなどど
思ってみたりしております。

毎朝、目覚めるたびに、
ええぃ反省などしてやるかぁ、
自分に感謝、自分を褒める、自分が大好き、と
自分への感謝のおつとめをしております~w(笑)

投稿: 伽羅 | 2008年6月25日 (水) 08時28分

伽羅さん、飛んでいきそうですな!

 今朝の新聞に、社会的めちゃくちゃな事件(秋葉原など)を起こす青年は、「君は自分が好きか?」と問うと、「自分が一番嫌いだ」と、答えるそうです。

 難しい話は分かりませんが、自分自身を愛せず、認められない人は、病的に外、つまり社会を破壊したがるようですね。

 私はずっと、自己愛の強い人ほどヤバイと思っていましたが、上記の質問は、やばそうかそうでないかの判定質問として、便利なそうです(笑)意外でした。

 なら、伽羅さんは、安心だ。ほっとしました。
 で、そうですね、「自分への感謝のおつとめをしております~w」これ、良いです。根明るくて、よいですね。

投稿: Mu→伽羅 | 2008年6月25日 (水) 14時07分

死んであの世に行ったら、
お釈迦様か神さまか、閻魔さまかは知りませんが、
私の魂が出くわす相手は、きっとこう問うてくると思っているのです。
『そなたは自分を愛して生きたか?自分であることを感謝してきたか?』と。

どんな神仏を愛するより、天地の誰に感謝するよりも、
まず自分を愛して、自分であることを感謝できることが、
人としての一番の勤めだと思うようになってきました。

自責の念から何億光年もワープして、まったりと生きること、
これが地球に置かれている人という種の
本当の使命だと この頃思うようになってきたのですわぁ。

投稿: 伽羅 | 2008年6月25日 (水) 19時54分

伽羅さん

 いやはや、話がワープして、コメント返しも、何度も躊躇したあげく、今朝に至りました。

 ご自愛のほど(爆)

追伸
 一人一人が自らを大切に扱うことが、究極まで行くと他愛に、メビウス輪的にワープすると思いました。
 自らを清明に愛せぬ者が、どうして他を愛せるものでしょうか。
 深宇宙の果てで、涅槃領域にまったり住まれる伽羅さんの未来に、乾杯。

投稿: Mu→伽羅 | 2008年6月26日 (木) 08時10分

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