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2008年5月 4日 (日)

NHK篤姫(18)斉彬の篤姫密命よりも尚五郎の決心

承前:NHK篤姫(17)小松帯刀前夜

 肝付尚五郎(きもつけ・なおごろう:後の小松帯刀)の気持ちの落としどころがよくわかった。「先生」の妹で七歳年上の病弱な女性、お近。小松家は名門で、三男坊の冷や飯食い尚五郎にとっては、小松家との養子縁組は願ってもない君命だった。しかし以前から仲間だったその「お近」さんと夫婦になるというのは、また話が別だった。「それでは、いい加減すぎやしませんか」と、大久保に自分の迷いを打ち明ける。

 自分が想像もしていなかった人と夫婦になる、それは「はい、わかりました」では済まないところだろう。君命でもあったし、小松家の「お家断絶」という窮状を考えるなら、断れる話ではない。そのまま養子として入っただけなら、出遅れたお近さんの立場は良くならない。かといって、それまで年上の姉さんと思って、相談し、指導をうけ、励まされてきた女性と夫婦になるのは、気持が落ち着かない。心の決め所がない。

 ある夕方、お近さんが訪ねてきて、「断ってください。七つも年上だし、病弱な女だから、何の役にもたちません」と、きっぱり言った。その瞬間、尚五郎ははっと目が覚めた。この人は役にたたないどころか、これまでどれほどこの人のスジの通った話や、励ましに自分は助けられてきたことか、自分にとって真に敬愛する女性だったのだ、と気がついたのだ。尚五郎の気持ちが定まった。

 このエピソードだけでも充分な味わいがあった。
 尚五郎役もお近さん役も、この見せ場を実に自然に見せてくれた。みている私が、尚五郎の気持ちの動きを手に取るように想像できた。右せんか、左せんかの決断とは異なる。あらゆる外的状況から、そうした方がよいとわかっていても、自分に決心がつかないとき、人は迷うものだ。その迷いと、得心した後の、吹っ切れのよさを、今夜尚五郎はきっちり見せてくれた。
 婚礼の夜、尚五郎は大人の笑顔になっていた。往時金田一少年の事件簿で光っていた「ともさかりえ」の輝きが華燭に映えていた。

 一方、江戸。
 相変わらず、篤姫と幾島の掛け合いが良かった。篤姫は江戸に出てきてすでに21歳、二年の月日が経っていた。大地震で輿入れがまた延びた。「待つ」ということが自分を鍛えていると自覚していた。この今の試練が将来きっと役にたつと信じていた。だから未だに明るい。その姿をみて「あっぱれな、姫」と幾島は思わず大声で褒めちぎった。
 たしかに。答えのでない、出そうで出ない問題に長期間耐えるというのは、よほどの根性がなければ出来ることではない。手をこまねいているわけではない。ただ、「待つ。父・斉彬を信じて待つ」。この試練に耐えたなら、どのような艱難辛苦にも耐えられるだろう。そういう、心の動きを傍の幾島は、分かりすぎている。
 そして、篤姫はふてくされもせず、悲嘆にもくれず、「修行じゃ」という雰囲気でこなしていく。幾島でなくても、「よーし!」と、言いたくなるではないか。

 そういう篤姫の気性はすでに母・英姫にも伝わっていた。
 江戸城にあがる前夜、英姫は篤姫を呼び、顔の覆いを外す。「お美しい」と篤姫はつぶやく。「なぜ、そんなものを付けておられたのですか」と、ささやく。英姫の顔のマスクは、実は顔に残ったアバタよりも、心の傷を隠すマスクだったのだろう。もともと整った顔立ちだから、化粧をすれば目立つほどでもなかった。当時の家屋は暗いものだ。それを側近老女の前でもつけていたのは、美しくあるべき斉彬の妻に、そぐわなくなったという自責、それが転じて回りや斉彬への他罰となり、結局は長い年月、心を見せられなくなった。
 責めのしるしがマスクだったのだ。
 篤姫と出会って英姫も変わった。風に頬をさらす心地よさを、英姫は何十年ぶりかに思い出したのだろう。篤姫が、英姫(ひさひめ)の心と顔のマスクをはずしたのだろう。

 斉彬の密命。これはこれでよいだろう。
 西郷どんの二度目の婚礼仕度奉公、これもよいだろう。
 あっというまに45分間が過ぎていった。

追伸
 篤姫の着物。赤というか紅というか、色が鮮やかだった。そのうえ、夜の燈火だけの薄闇の中での、影のさした赤がさえていた。

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