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2008年4月12日 (土)

昭和の鉄道模型をつくる(25) 動力ユニット

承前:昭和の鉄道模型をつくる(24) 映画館(スバル座)

25:ここまで完成(~25号)

25:ここまで完成(~25号)1
25:ここまで完成(~25号)2
25:ここまで完成(~25号)3

 今回で25号、全50号ですから丁度折り返し点です。写真の電車はすでに動力ユニット(モーターや車輪)を付けた状態ですから、走ります。そうそう、パワーユニット(直流12V電源)もすでに2月頃には講談社から届いておりました。

 先の24号から、この記事までやや時間を取りましたが、事情は「昭和の鉄道模型」にあるのではなくて、ひとえに季節が春、入学式にオリエンテーション、授業開始、さらにMuBlog好評の「桜狂」に狂奔して、記事を書くゆとりが無くなっていたのです。するとどうしても、時間に制限がない鉄道模型解説・嵯峨野鉄道図書館解説は後回しになり、かくなる仕様となったわけです。このあたりが、アマチュアのゆとりというか、甘さでしょうかねぇ。

 そういえば今週の会議で、ベテラン司書から「先生、ところでロボット司書(少年司書ロボ0号)がなかなか登場しませんね。今年度・カウンターの目玉と思っていたのですがぁ~」と言われて汗がでました。
 MuBlogを読んでおられない方には以上の話は不明瞭なことでしょうが、なになに、謎はいつか解けるものです。

 さて。こうして写真を眺めていると、ますますそれなりに東京の昭和30年代が彷彿として参りました。このころの町の図書館はどうだったんだろうか、と想像しておりました。コンピュータも無い時代でしたから、ポストの数ほど図書館を造る時代だったのかもしれません。私の通っていた京都市右京区・嵯峨小学校は、教室ひとつが図書室になっていて、窓の下部の高さまでの書架に、ちょっと汚れた古い本が、それでも一杯あったように記憶しております。図書室の鍵を持っていた人は「コデラ先生」という中年の男性でした。時々早朝に、鍵を開けてもらった記憶があります。

25:部品と工作(Nゲージ動力ユニット)

25-01:Nゲージ走行用パーツセット:TT-03/TOMYTEC
25-02:電車の分解
25-03:Nゲージ動力ユニット、15m級:KD-25
25-04:カプラーの取り付け

 以下の説明は、各写真ごとに詳細がありますので、写真をクリックしてください。

 今回の工作はストラクチャ(建物)とは違って、電車自体を分解してモーターを取り付けることです。ただし、モーターは単体ではなくて、車輪が付いた台車と、それを二つ含んだ床板ごと、すでにある電車の床板と取り替える作業です。
 ですから、左端の写真(走行用パーツセット)はこのシリーズ工作とは無関係のものです。私は、以前模型店を歩いていたとき、偶然に走行用パーツセットに気がつき、試しに買っておいたものです。というのも、最初から付いていた電車の車輪がプラスチック製で、レールにうまく乗せられず不満があったからです。工作の後に残った台車付き床板に、私はこのパーツセットの金属車輪をはめ込んだ、というわけです(写真左から2枚目)。電車は、重さがないと、なにかふにゃふにゃした感じがして、気持ち悪いものです。
 動力ユニットは一式組み込まれているので、重りをはさんで、床板(シャーシ)ごとそのまま分解した電車にはめ込むだけです。パチンと音がしてきっちりはまります。

 問題は右端の写真のカプラー(連結器)です。雑誌にもありましたが、なかなか難しい面もありました。Nゲージは総てがちっこくて精密ですから、力の入れよう角度、悩みました。もちろん、他車と連結不要なら取り替えなくてもよいことです。写真をクリックしてください。コツらしきものが分かったのです(笑)。

25:鉄道模型の達人/三矢英輔

25:三矢英輔
 実は毎号、この扉を最初に開くのです。今回は、瞬間息をのみました。理屈じゃなくて、「綺麗」と、実に単純素朴なうめき声を出してしまいました。
 アメリカの夜の波止場でしょうか。映画で見た「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」を思い出したのです。その映画に波止場や海やミシシッピー河があったのかどうかは覚えていないのですが、瞬間にこの情景からそれを思い出したのです。おそらく、アーリーアメリカン、戦前のアメリカの情景なのでしょうか? いや、戦前(太平洋戦争のこと)をアーリーというのかどうか、~、惹句に「20世紀初頭」とありましたから、アーリーじゃないですね。(混乱)

 作者の三矢英輔(84歳:みつやえいすけ)さんは、昭和37(1962)年にコロンビア大学赴任時に、HOゲージの木製機関庫を発見して、それが現在の[GUS R.R.]レイアウト(Mu流に言うとジオラマ)に繋がったようです。
 夜間光景がこのレイアウトの特徴と思いました。記事では、ネオンサインとか音とか、車内の光とか乗客とあったので、光を含めて相当に細密な全体モデルのようです。
 いつの日か、私もこれだけ細密な光を使ってみたいのですが、このようなモデルを写真で見ると、まだまだ洟垂れ小僧です。というか、まだ一度も光や音にまで、気が回りません。
 桟橋の全体情景がことのほか好きになりました。

25:Atoz:建物(2):ジオラマ/レイアウトの制作(14)建物を自作する

25:建物(2):ジオラマ/レイアウトの制作(14)建物を自作する
 今回も「駄目」でした。先回の建物(1)も音を上げたのですが、私にはまだ建物をつくる気力や感性が準備されていないみたいです。
 記事をいくら読んでも頭に入ってこない!
 おそらく、何かのキットを入手して、説明通りに一度か二度、作ってみないと自作建物は身につかないのだと思います。

 学生時代に、山奥の飯場でバイトしていたとき、薩摩訛りのきつい大工さんの手元をしたことがありました。指示にしたがって、道具や材料をその棟梁に手渡す仕事です。
 (外科医が「メス!」とか昔の映画で言っていたでしょう。今はドイツ語じゃなくて「ナイフ!」でしょうか(笑))
 で、言葉が分からなくて何度も怒られました。ただ、ものすごく棟梁の仕事が早くてあっけにとられました。コンクリートを流し込む型枠を現場に合わせて上手に作っていくのです。目を回すほど荒っぽく見えます。そして出来上がったものは地形や回りに合わせて、ぴったりした物になりました。

 その時「オイドン(?)らは、叩き大工やからな~」と、自嘲していましたが、仕事はしっかりしていました。
 (「叩き大工」の一般用例をネットで見たところ、下手な大工とか、釘で叩き打つだけの単純作業とか、良い意味は無かったです。しかし、当時も今も、私の用例では「目的を正確に短時間で果たすために、釘であろうがセメダインであろうが、使える物は全部有効につかって、建築物を手早く造る」として、使っています)

 叩き大工の反対は、金剛組のような「宮大工」でしょうか。いずれにしても、私はその荒々しく手早い棟梁の仕事ぶりに感心したのです。

 やっと結論。
 モデルでの建物あるいはジオラマ全体は、宮大工の仕事ですね。しかし、私は「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」を叩き大工の仕事で、短期に完成し、一応列車が走るようになりました。
 いろいろ、やり方はあると思っています。で、今回のこの雑誌の「建物作成」は、どう考えても宮大工の仕事だから、やっぱり、苦手ですねぇ~

25:昭和の『鉄道模型』をつくる

25:昭和の『鉄道模型』をつくる
 土門兼(どもん・けん)が写真集『古寺巡礼』第一集・法隆寺を出したのは、昭和38(1963)年だったようです。そのことは知らなかったのですが、高校生だった友人がミノルタカメラをさわりながら、「ドモンケン」と何度も私の耳に入れていたのを思い出しました。
 友人の彼は、あるいは私の高校時代の友人達がいささかませていたのか、一人は徹底的にクラッシック音楽を聞き込んでいました。一人はすでに小林秀雄関係、伊藤整関係、文学史関係の相当な全集を読み込んでいました。一人は、写真というと、ドモンケン風の石仏を写しておりました。私一人が、彼らと奈良へ行っても「ドリームランドへ行くのじゃないのか」と、むくれておりました。
 私はその頃から、いささか遅れていたようです。

 土門拳記念館のサイトを今みて、「土門拳について」をクリックし、古寺巡礼の数葉を拝見しました。見事だと、あらためて思ったわけです。
 ただしそこに書かれた「写真の立場/土門拳」については、別の考えが浮かびました。土門氏は、実物と写真の関係で、実物を超えた写真でなければならないと書いています。私は最近、「写心」について別の考えに入っていて、写真は「個」と、「個と関連」する狭い範囲での「記録」であると考えているのです。
 私が写心でもって写した写真を何度も見るなら、それはそれで深くて重い意味がある、ということです。
 
 そしてまた、狙ったとおりにぴったり撮った写真は一番詰まらない、とも書いておられる。だれにとって詰まらないかが問題になります。プロならば人々に普遍的な感動をもたらす作品でないと、価値が少なくなります。しかし、絵に描いたように撮れた渾身の作品を、私は愛惜し重く扱うわけです。

 だから、私の写心もて撮った作品は、芸術であれ駄作であれ、宝物なのです。
 表現者はシャッターを切る瞬間限りなく自己をゼロにしていかねばならないと土門氏は書いていて、私もこれには肯います。ただし、表現者は押した途端に、限りなく自己を肥大化し、次の対象に向かい、家に帰ったとき肥大した自我を再び元にもどし、冷静に数葉の写真を選ぶのがよいと、考えているのです。

25:未来の図書館、過去の図書館
 だいぶ間隔が空いたので、先号になにを書いたかおもいだせません。
 それで、今回は休載いたします。理由は単に疲れただけです。 

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受信: 2008年5月 5日 (月) 08時34分

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