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2008年4月30日 (水)

小説木幡記:2008/04/30(水)四月の終わり

四月の墓碑銘
 カレンダーで気がついたが、今日は四月の終わりだった。世間一般には、四月は入学式や、入社式、つまり人生の門出で注目される月だ。
 余は、その月が生誕月なので物心が付いて以来、なにかと特別扱いをしてきた。古い同級生に誕生日が同じ者がいた。消息不明だが、息災なことだと思う。意外にも、余がもっとも尊敬する思想家というか、文人がまったく同一日に生まれている。もっとも、明治時代だが。

 若年時に、「四月の墓碑銘」という短編小説を同人誌に載せた記憶が鮮明にある。原稿用紙で30枚にも満たない奇妙な、小説とも詩ともエッセイともいえない、ともかく文章だった。内容は覚えていないが、そのタイトルが未だに忘れられない。明確に、自分自身の誕生月に自分自身の墓碑銘を合わせていた。当時の「ぼく」は、今の余とは別人だから、何を考えていたのかは知らないが、なにかと静かにエキセントリックな「ぼく」がいた。直に話したいとは思わないが、近くで観察してみたい気持にはなる。

現代は祝日にも授業があるのです
 昨日は、「昭和の日」で世間は祝日になっていたが、葛野では授業があった。半期で15回の授業を達成し、諸行事を繰り込むにはそうせざるを得ないようだ。
 いたしかたない。
 一昨日夕方話した教授の出身大学は当時、五月の連休あけになって初めて教授達が教壇にたつという牧歌的な大学だったらしい。余の学生時代も思い起こせば、なんとなくそうだった。

 そうそう、いまだに思い出すのは、教壇でペーパーナイフを取り出し、フランス装丁というか、フランス語の美学のテキストを、その場で切り開けながら授業をなさっていた方がいた。今にして思えば、一種のパフォーマンスなのだが、その頃は目を丸くして「大学の先生って、ものすごいなぁ」と感激した記憶がある。
 で、知り合いの先生が言うには「あれだけ、おっとりしていたから、僕も無事卒業できました」と、真顔で往時を振り返っていた。その先生、徹底的に授業にでるのがお嫌いだったようだ。なんとなく、想像できる(笑)。

 と、世間の様変わりを感じるところだが、現代学生も現代教授連も授業はお好きなようだ。余など嬉々として教室に杖付いて出向く。パフォーマンスの一つ、芸の二つでも見せれば学生達も喜ぶじゃろうが、無芸無才。

MacBookで日本語
 そうだった。
 昨日は余の授業はなかったのだが、来客の予定があったので、いそいそと朝からでかけ仕事した。というのも、四月の大半は研究室でも横臥せざるを得ない状況だったので、書類の整理や授業の準備が綱渡りだったのだ。

 メモしておくと。
 昨日早朝からマシンをたたき起こして、今朝の授業と明日の授業、合計三科目のための配布物を印刷した。本来なら自分で大量部数を印刷するところだが、その原版を秘書さんに頼んだ。しかし、大学の秘書さんも祝日出勤で大変なんだなぁ。で、ここが二度手間というか、ばかばかしさというか、それでも学生達の意見を聞くとそうした方がよいことも多いので、プレゼンテーションソフトを使った電気紙芝居も調整したわけだ。

 気持の上では、薄暗くした大教室で投影される教科要目を、ただ虚ろに眠るが如く見て聞いておれば、賢くなるはずなのだが、それでは済まないところもあって。……。印刷物と電気紙芝居の併用となる。

 昨年までは古いWinマシンでそれをこなしてきたが、どうにもスピードがとろくさくて耐えられなくなり、今年は言うに事欠いてMacBookを張り込んだ。なんで今さら、わざわざMacなの? と思う向きもあろうが、人間のすることって、そういう手触りとか、趣とか、歌心があってな、余の授業は爾今以降Macでないと駄目じゃと、天啓があったわけだ。しかし、そのあたりの心象風景を説明するとなると、MuBlogに連載でもしないと無理なので、省略。

 昨日は二重苦が生じた。
 一つは、WinマシンのMSパワーポイントで作ったデータを、MacBookでは別のソフトに載せ替えた。MacでもMSのパワポは走るのだが、高額だから持っていない。MacでもWindowsが開くのだが、馬鹿馬鹿しくてやっていない。で、Mac用の廉価で上等なプレゼンテーションソフトに乗り換えたのだが、これは結局すべてのスライドを再確認した。微妙にズレが生じるわけだな。楽しいと言えば楽しいが(そういう調整に命をかけた半生なのさ)、結構時間がかかり、疲れもしたな。

 で、もう一つが大問題だった。日本語入力だった。マックにもともと付いている「ことえり」というのが、余の性に合わなくて、ついちょっとATOKという和製の定評ある入力システムを試したのじゃが(微妙だねぇ)。まったく動かない。そりゃそうだ、四五年前の製品だから。余の眼前にあるMacBookは昨年度の新品だし、CPUが替わってすでに何年かたつ。

 余は、とくにWIn世界では生え抜きの「一太郎」世代になる。世の中がワープロ・Word一色にそまるのを苦々しくみてきた。で、さっそく新しい日本語入力ATOKを導入しようとしたわけだ。
 そこからが大問題だった。ダウンロードは150MBもあったが、直ぐにできた。だが、そこに至るまでのIDやパスワード問題で、大騒動になった。結局、しかたなくメーカーに電話して、あれこれ調整して、やっと終わった。

 上記をまとめると。
 PCがこれだけ普及しているのがあらためて不思議に思えた。ちょっと変わったことをすると、それだけで数時間まるまる使ってしまう。特に、ダウンロードするための、IDやパスワードや、当時の古いメアドやらが競合して、ぎゃーと叫びそうな昨日早朝だった。

 世の中のヒト達、よくやっていけますなぁ。
 これでも余は、電脳歴は40年近いし、まだ現役、いまだに常に五台程度の稼働マシンにとりかこまれていないと、心身不安定になるという、ほとんどマシン依存症だというのに、たかだかちっこいMacBook一台に、朝から大騒ぎしておるのじゃ。
 ちなみに、傍にいるマシンの大半はMacなんです。G3、G5、iMac、そしてMacBook、Macに取り囲まれておるのですよ。それでも、ノート型Macに大騒ぎ、仕事にならない!
 (稼働Winマシンで傍にいるのは、MuBlog定番アクセスの、涼夏2007PC、たった一台)
 (ところで、自嘲:この歳になって、稼働マシンの数を競うなんて、余も相当にアホだと、今思った) 

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2008年4月29日 (火)

小説木幡記:2008/04/29(火)葛野のことも夢のまた夢

宿題
 昨日月曜の夕方、葛野で宿題を一つ終えてほっとした。厳封して事務に届けに行ったが、珍しくもう閉まっていた。最近は大学の諸所事務も大変だろうと想像していた。いつもは遅くまで灯っている。
 それではと思って、研究事務室に行ったら、一人おられた。書類を手渡してほっとした。
 実は、客観的にはたいした書類ではないのだが、毎年気が重くなる。この世は、とくに近代以降は、世の中の「個人」の立場というものがドキュメンツ(書類だな)で成り立っているから、宿題が多々発生する。書類を書かないと、余の存在も消えてしまうような、そういう仕組みになっている。

書生っぽさ
 一休みしていると、ノックがして同年代のヒトが立っていた。葛野に来てからずっと気の合う教授殿だった。
 「犬小屋ですみません。さあさあ、どうぞ」と部屋にはいってもらって、馬鹿話に興じた。というか、若い頃の真性の馬鹿話じゃなくて、あるいは若い者達とぎゃはぎゃは笑う話じゃなくて、お互いに笑い顔で悲憤慷慨する馬鹿話だ。

 しかし結局、世間話とは言っても、三つ子の魂百までというのか、最後は文学論に終始した。特定作家とか作品を話すのじゃなくて、「文学ってよいねぇ」ということになる。

 余は就職して以来ずっと、いろいろな立場で「大学のキャンパス」に生きてきた。数多のよしなしごとはあったが、結局耐えられたのは(笑)、ときどきえも言えぬ書生っぽさに気持を宥められてきたからだ。だれとは言わないが、何人か方々の大学で知り合った碩学達も、純真なほどに、書生っぽい話を一緒にしたり、聞いたりしてきた覚えがある。そしていろいろな立場で出会ってきた同僚たちや部下や若い先生達も、あとで考えると微笑むほどに、生真面目な顔をして文学論や人生論や恋愛論や冒険論や、なんやかやと書生っぽいことを熱込めて話してきた。

 そういう、浮世離れしたところが大学キャンパスにはときどきあって、それがおりおりに余を慰めてきたのだろう、と昨夕思った。
 余はつまるところ、書生なのだろう。うはは。

植樹職人の隊員達
 相手は忙しい教授なので、引き留めることもせず、話は二十分ほどで終わった。名付けて「瞬間馬鹿話の時間」とでもなろうか。送り出して廊下の奥を眺めたら、屯所に灯があった。

 屯所に行ってみたら、以前にジオラマの植樹を数時間手伝ってくれた隊員が二人いた。倶楽部の仕事をしていた。
 「珈琲でもいれましょうかね」と声をかけたら、「ありがとう御座います」と良い返事があった。
 近頃話題の本物の味がするとかいう、パックのドリップ袋を二つあけて、各人持ち寄りのカップに淹れて上げた。いやいや、そういう洒落たドリップ珈琲を買ったのじゃなくて、卒業生達の貢ぎ物ということだ。それを在学生達に御馳走するというのも、功徳なりというか、生々流転ものごとは循環するという摂理じゃな。「葛野のセンセには、珈琲差し出せば、ご機嫌」とでも、噂があるのじゃろうか。

 「ところで、君たちぃ、またジオラマの植樹とか、建物の色塗りとか、あれこれ頼むよ。水性アクリル絵の具も12色揃えるからね」
 「はいはい」「ええ、おまかせください」
 「夏のオープンキャンパスには、JK達にまともな鉄道図書館列車をお披露目したいから。このことは八代局長の許可も得ているから、しっかり頼むね」
 「わっかりました!!」

 と、傍目には単純に、教授が学生に仕事を頼んで、当然の如く執行されていくように見えるじゃ労が、なかなか。そういう態勢に持って行くにはいろいろな努力の積み重ねが必要なのだ。事実、このことでは倶楽部を統括する八代局長と数日にわたって相談し、合意を得た結果なのだ。今期の局長2008殿は在籍最長なので、歴代倶楽部運営の難しさや、意義づけを、長年考え味わってきているから、最高顧問といえども、恣意で倶楽部を動かすことは出来ない。先代の局長からは、数度「拒否権」をくらって、しょんぼりした記憶がある(笑)。

 ずっと以前、ある年輩の教員が余に向かって「Mu先生は、学生達の力を駆使して、良いですね。気楽ですね」と言われ、内心「ムッ」とした。いろいろ詳細は省くが、一過性のことなら年長者であるとか「先生」であることで、学生達に授業中、「そこの窓を開けて下さい」とか「このプリントを配って下さい」とか、自然に助力をたのめるが、組織的に物事を遂行するためには、社会通常の給与を媒介にして契約された組織の数十倍、手続きや同意が必要となる。
 
 とまあ、そんなことを思い浮かべながら、ソファで珈琲を飲む若い、気の良い秀才二人を眺めながら、「ああ、今年も良い幹部や隊員に恵まれた。葛野図書倶楽部2001、万歳!」とつぶやいていた。

『日本の美術史』
 今年の夏期論文は日本の美術史に決めてある。この連休中にテキストを熟読するつもりだ。この図書は芸術新潮に連載中から読んできた。もう、40年以前にもなろうか。連載が終わり数ヶ月後、図書が上梓されたとき、早々と京都書院に行った。当時、書店・京都書院は河原町の古書店近くにあって、「保田與重郎」の図書はそこで買っていた。
 保田先生の著作は、少し気を許すと入手するのが大変だった。専門書、評論などの図書は今でも少数部数だが、保田先生のものは格別に入手が難しかったという記憶がある。

 当時の芸術新潮は、いまでも木幡研の押し入れのどこかに有るはずだが、捜して引き出すつもりはない。埋もれたままにして、初版としてでた一本を頼りにものを考えていくつもりだ。

 つまり。
 ことは美術になる。だから写真が一番揃っているのは最初の雑誌なのだ。次に図書になったとき、写真は厳選されたものが掲載されたはずだ。伊勢内宮の心柱のカラーは鮮烈だった。しかし、全集や文庫になると、写真がなくなる。

 と、こういう話が裏に控えているので古い雑誌「芸術新潮」に思いがおよんだ。
 余は、「初版」、それでよいと思った。決断した。余は書誌学者ではない。テキストを分析したい。だから、初版だけで分析する。言い訳じゃなくて、なにかをするときは、境界をさだめないと泥沼に沈んでしまうと言う鉄則を、書生っぽい余であっても、長い年月、味わってきたと言うことなのだ。
 連休が楽しみだ。

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2008年4月27日 (日)

NHK篤姫(17)小松帯刀前夜

承前:NHK篤姫(15)篤姫と西郷吉之助の縁

 今夜も見終わって、物語を反芻してみました。どのエピソードも流れにそってうまく絡まっているので、さて感想を記るそうとなると、なにをどう語ればよいのか迷います。

小松帯刀(こまつ・たてわき)
 願いが叶って江戸で勉学に励む肝付尚五郎が、三ヶ月ほど経った頃、島津斉彬に呼ばれて、《琉球で先生(小松清猷:こまつきよみち)が病死した。ついては、小松家に養子に入って欲しい》と言われる。さらに先生の妹「お近」と夫婦になって欲しいとまで話が進みました。
 この時の尚五郎の気持ちを想像しながら見ていました。三男坊だからいずれ他家に養子に行く可能性は高いのですが、「お近さん」は七歳年上の女性だし、そして江戸に来てまだ最新の学問を学び始めた矢先だから、迷ったことだろうと思いました。
 しかし苦渋に満ちた斉彬の君命であることや、もともと「お近さん」に悪い印象などなく、薩摩の仲間として好感をもっていたのだから、尚五郎は素直に命に順いました。

 ここで斉彬は小松家の名門ぶりを、桓武天皇時代まで遡り言及していました。だから小松家を継いで真面目に仕事をすると、薩摩藩の家老にまで昇格することを伝えます。ここで突然桓武天皇がでてきたので、驚き調べましたら、桓武天皇の子孫が臣籍降下し平氏を名乗った一流があったようで、その流れの一つに禰寝氏(ねじめ・うじ)があって、その末に小松家があるようです。古い話なので、どこかで混乱したりしているかもしれません。
 確かに尚五郎は小松帯刀となって、27歳ころに家老になり活躍しました。これは事実です。

西郷どんの審美眼
 西郷吉之助(隆盛)は下級武士でした。その若い下っ端をわざわざ栄光の江戸詰に抜擢し、お庭方(お庭番)にするという信頼をよせ、さらに御台所となる篤姫の嫁入り道具を用意せよと命じた斉彬の胆力、英明さには脱帽します。斉彬は、西郷なら出来る、とふんだのでしょうね。

 西郷どん、はるばる都まで行って調達しても、幾島さんから「駄目じゃ、駄目じゃ。こんなお道具では、将軍家御台所、薩摩、摂関家筆頭近衛の名がすたる!」と、面罵されます。
 さらに、英姫からは、若い頃一橋家から島津斉彬に輿入れしたときのお道具をそっくり譲られて、幾島は「お下がりでよいと、見下げられた!」と悲憤し、篤姫はあっさり「有りがたいことです」という。このあたりの描写は、おもしろいですね。英姫も、ぽつりと「姫の人柄じゃ」とつぶやいていました。

 さて西郷どん、奮起して篤姫の持ち物を見せてもらい、姫の好みをしっかりたたき込んでいきます。西郷どんもこのころ必死じゃなかったでしょうか。都や江戸の一流の職人が作る道具や装身具、着物を結局自分の目で選び厖大な資金を使い、持ち帰るのですから、命が縮むような仕事です。

 最後に幾島も、篤姫も、「これこそ、薩摩のほこり」と、うっとり打ち掛けなどを眺めます。なかなか、物語の積み重ねとして、おもしろい場面でした。

次週
 番組の最後は大地震でした。お道具は潰れる、屋敷は倒れる、薩摩藩江戸屋敷でも死者がでたような雰囲気でした。さて、結果はどうなるのでしょう。大災害の後に、輿入れなどできるのでしょうかぁ~。

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二階建て図書館列車考(5-1)列車篇:嵯峨野トロッコ列車

承前:二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装)
承前:佐野藤右衛門邸の桜:20080330
承前:嵯峨野トロッコ列車の鉄橋渡り

0.はじめに
 今回は京都市右京区嵯峨から、嵯峨野、保津峡をへて亀岡市に通じる観光列車「嵯峨野トロッコ列車」について考えてみます。実車はその間の7キロ強を時速25キロで走り片道25分間で亀岡に着きます。もとより表題の「二階建て」ではないのですが、二階建て図書館列車考(2)に記した大歩危トロッコ号と同じく、開放的な閲覧室を持った図書館列車を考える場合、見過ごすことはできません。つまり、「二階建てトロッコ図書館列車」の原型となる鉄道列車なのです。

 話は前後しますが、この嵯峨野トロッコ列車に乗車の後で、佐野籐右衛門邸の桜を堪能しました。2008年3月30(日)のトロッコ沿線はまだ桜が咲いていなくて、「桜狩」については地元の広沢池にもどって堪能したのです。保津川あたりは山中ですので、今年のトロッコ沿線桜は4月に入ってからの土日頃、満開になったと後日ニュースで知りました。移動と静止を兼ねた図書館列車に「桜」は必須ではないのですが、利用者の関心をひく「季節感のある図書館列車」をイメージするには、大切な環境です。

 当日の午前、 「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」コンセプトに興味を持つ司書系社会人三名が(2003年次の葛野図書倶楽部2001ご隠居)、葛野の研究室を訪れてくれました。さっそく、第一期完成間近のジオラマのある通称「屯所」に招き、説明を兼ねて運転のお披露目をしました。その後、トロッコ嵯峨駅に行き、約1時間程度、駅構内と周辺にある実車や模型を確認し、列車の到着とともに、晴れた日にしか乗れない「ザ・リッチ号」に乗車した次第です。当記事(5)は(5-1)として「列車篇」、後日の(5-2)を「乗車篇」として構成しました。

1.トロッコ嵯峨駅

トロッコ嵯峨駅と改修中の「嵯峨嵐山駅」
D5151:19世紀ホール前
19世紀ホール内のピアノと蒸気機関車

 トロッコ嵯峨駅は「嵯峨野観光鉄道株式会社」の経営する駅です。隣がJR嵯峨嵐山駅になりますが、これは当日改装工事中でした。ややこしいですが、もともとはこのJR前身駅が「国鉄 嵯峨駅」だったのです。そしてトロッコ列車は西に1キロほど離れたトロッコ嵐山駅までは、このJR山陰線を走っています。

 駅前と、隣の19世紀ホールには蒸気機関車が並んでいました。残念ながら私はまだ本格「鉄ちゃん」ではないので、頬ずりしたわけではなく、ざっと眺めただけでした。今は、二階建て列車とトロッコ列車以外には気を惹かれないようです。ただ、ホールの中には往年の蒸気機関車が数台並べてありましたから、好きな人にはこたえられない聖地かもしれません。

トロッコ嵯峨駅(地図)

(京都府京都市右京区嵯峨天龍寺車道町)

2.「人車」と「トロッコ」の由来

「人車」の由来
全国人車鉄道分布図
トロッコの由来

 人車もトロッコも写真に説明を引用しておきましたので、クリックしてください。
 もともとはトロッコの事で頭を一杯にして19世紀ホールやトロッコ嵯峨駅を見て回ったのですが、「人車」に唖然としました。人力車はよく耳にするし実際に嵐山では今でも観光用に走っています。清水寺でも走っていますね。しかしトロッコに屋根と座席を付けた「人車」を目の当たりにしたのは初めてでした。言葉で聞いたことと実際に見るのとでは、違いが大きいです。
 これならわが嵯峨野鉄道図書館列車も簡便に運行出来そうですが、しかし、するとこれからの司書は一に体力、二に体力、三、四がなくて、五に脚力となりますね。

 トロッコの原型は、駅のトロッコ列車模型の後ろにありました。これは説明の要もなく、写真を見れば分かりますね。私も幼少期は、父の差配する山奥の工事現場でよく見かけました。ただし、丸太を立ててそれをブレーキ代わりにしたり、長い山道をウィンチで引っ張り上げたりと、なにかしら「ただの人力トロッコ」だけでない豊かなイメージが残っています。それと、この写真のような小綺麗な船底ではなくて、もっとぶっきらぼうで、板が古くて破れていたような、台車だけのような、そんな記憶も片隅にあります。

 以下にお見せする嵯峨野トロッコ列車模型では、客車がすべて無蓋車のトキ25000を原型にしているとのことです。無蓋車はトロッコの少し進化したようなものですから、やはり「観光トロッコ列車」と呼んでも、単なるファッションじゃないわけです。つまり、荷物の代わりにヒトを運ぶ実用性ですね(笑)。

3.模型:嵯峨野トロッコ列車編成
編成全体

模型:嵯峨野トロッコ列車・車両編成

SK200-1・1号車(前面)
模型:SK200-1・1号車(前面)
 当日、トロッコ嵯峨駅に入って左側に、列車模型とトロッコ模型とが並んでいました。写真を何枚も等間隔で撮ることに手を取られて、肝心のこの模型の仕様や制作者を記録出来ませんでした。あとでネットを確認したところ、恐らく、古建築模型製作の「さんけい」、であろうと推測しました。住所を見て仰天しました。なんとなく葛野なんです(笑)。私が積極的普通人なら今頃毎日足を運び、入り浸りになっているでしょうが、残念ながら超絶の出不精、内向的人間ですので、おそらく訪ねることはないでしょう。

 諸元は写真の解説に載せましたので、クリックして御覧下さい。
 概略は1/20の縮尺ですから、おそらくGゲージと呼ばれる規格に近いものだと思います。外国製に多いGゲージならば、以前間近で眺めたり、さわりもしましたし、ビデオや写真にもとった経験があります(森博嗣邸)。これだけの大きさですと、細部の作り込みも相当に精密で、見飽きませんでした。
 なお、写真には機関車を入れて4両編成になっていますが、実車は6両で走っておりました。

注:下記の模型写真は、一段目横に4枚の写真をならべ、二段目にも4枚が並んだとき、上下関係で各列車の「全体」と「拡大部分」が分かるようになっています。ブラウザの窓を全開するか、幅を大きくとって御覧下さい。

模型:DE10-1104 機関車・嵯峨野(全体)
模型:SK300-1ザ・リッチ 5号車(全体)
模型:SK100-2・1号車(全体)
模型:SK200-1・1号車(全体)

模型:DE10-1104 機関車・嵯峨野(拡大)
模型:SK300-1ザ・リッチ 5号車(拡大)
模型:SK100-2・1号車(拡大)
模型:SK200-1・1号車(拡大)

4.模型段階でのトロッコ列車考
 それでは実車に乗る前に、この「さんけい」製作の模型を眺めながら、「図書館」と「トロッコ列車」について考察してみます。

4.1.牽引車がDE10というディーゼル機関車になっています。
 蒸気機関車の方が風情はでると思いますが、メンテナンスや煤煙を考えると、特に煤煙は開放性を目的としたトロッコ列車の場合、トンネル内では無理があると想像できます。他方電気機関車とか電車形式ですと、架線の維持も大変ですが、二階建て部分を開放することへの危惧があります。図書館列車利用者にとっては、頭上近くに架線があって、パンタグラフやポールから火花を散らしているのを間近に見るのは、現実的ではありません。

4.2.進行方向について。
 嵯峨野トロッコ列車は、模型に示された編成(実際は6両)だけで運行しているようです。つまり代車が無いわけですね。トロッコ亀岡に到着すると、代わりの列車が嵯峨野に帰ってくるのではなくて、到着列車がそのまま戻るわけです。その間、DE10が向きを変える訳ではないのです。もともと、DE10は亀岡に向かうとき、バックから押してトロッコを動かすことになっています。
 つまり、トロッコ列車のような比較的簡便な鉄道では、編成全体の索引車の位置が定まっていることに気付きました。復路はDE10が先頭になって普通ですが、往路は索引車が後ろから押す形式になります。
 そこで、上記の写真「SK200-1・1号車(前面)」を御覧下さい。運転席が見えます。しかしこの1号車に動力が有るわけではないのです。この写真で最後部に見えるDE10の動力や制動の制御をこの運転席からおこなっているわけです。これは四国を走っている、二階建て図書館列車考(2)に記した大歩危トロッコ号も、そのようです。
 図書館列車そのもののコンセプトとは多少外れた説明になりましたが、トロッコ列車のような簡便な列車運行の場合は、こういう「列車進行方向」に関する工夫が必要なのだと実感した次第です。メンテナンスを考えると、往年の国鉄で、ばかでかい蒸気機関車が方向を変えていた作業は、相当に大変な事だったのだと、今頃になって気付きました。

4.3.開放性の高い「ザ・リッチ 5号車」
 上記の写真でディーゼル機関車の後ろに接続された「SK300-1ザ・リッチ 5号車」を御覧ください。当日この列車の進行方向に向かって右側の席に座りました。この列車が白眉と言えます。天井だけが透明なガラスかアクリル製で、あとはすべて吹きさらしなのです。実は、座席の下も簀の子になっていて、レールや、鉄橋通過時には川面が見えるのです。さすがにここまで大胆ですと、雨中の際には乗車できない、というのか、レインコートを着ないと座っていられないと思います。
 しかし、わが「嵯峨野鉄道図書館」にとってはこれこそ「二階建てトロッコ図書館列車」の原型だと思いました。開放感です。引き込み線のある好きなところで長時間停車して、木漏れ日の中で読書するという悦楽を提供できる可能性が、この模型を眺めていてひしひしと感じ取れました。

まとめ:トロッコ列車の長所と短所
 この項は次号の実車「乗車篇」でまとめてみます。しかし、予習項目だけは記しておきます。
 図書館列車としての長所
   解(開)放感、自由感、展望感、読書空間の拡大
 図書館列車としての短所
   全天候型ではない、運行時の騒音、運行時の若年者安全対策

 どのようなことでも、良い点や悪い点があるものです。悪い点に気付かずに放置すると、現実から手強いしっぺ返しをうけます。しかし悪い点は直す方向だけでなく、悪い点を別の新たな良い点として、とらえ直すことも必要です。というのは、「悪い」は悪いことにおいて、その特性と考えられる潜在的な機能を持っているからです。

参考サイト (注:後ろの二つは、ほぼ同一記事ですが、公開方法に違いがあるようです)
  嵯峨野トロッコ列車(嵯峨野観光鉄道)
  古建築模型製作の「さんけい」
  週刊☆嵯峨野トロッコ列車模型制作記
  嵯峨野トロッコ列車模型制作記:1/20 精巧鉄道模型にチャレンジ!

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2008年4月26日 (土)

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序=Evangelion:1.01 You are (not) alone/庵野秀明(特装DVD)

 故というか縁あって、エドルン君から表題のDVDを受け取った。
 さっき鑑賞し終わって、感想を記そうとしたが、細かなデータのあるパンフレットの文字が小さいことや、色使いの微妙さで全く読めず、インターネットの公式サイトを開いてみた。どうやら手にしているのは附録満載の特装判のようだ。

 詳しいことは公式サイトにおまかせすることにして、いくつか気がついた点をメモしておく。

1.初見の映画と思えた
 実は20世紀末に、私はこのTV全シリーズを二度ほど見終わっている。ただし、最終に相当する劇場版は見ていないので、物語がどうなったのかは全く知らない。二度も見たのだから最終を見れば良いのにと、思ってはいるが、当時はまだ若かったから(笑)、作品にたいして、「これは、終わりようがない。だから、最終版を見ても落胆する可能性がある」と、批判的な気持を持ったからだ。TVシリーズでも、終わりの方になるとぼんやりしていて、何も覚えていない。

 で、そんな経緯があったから、昨年秋に公開されたとき、「エヴァは忘れよう」と思った。
 しかし今回、DVDを見て、佳い出来じゃ! と内心から思えたので、このままの調子で「序破急」の破と急を見るつもりになった。

 理由は簡単なのだ。14歳のシンジ少年の甲高い絶叫(自分からの逃亡、逃避)と、気を失って戦いに入るタイミングが絶妙にうまく描かれていたこと、この一点につきる。神経に損傷を受け気を失ったシンジ少年がなぜ人造人間初号機を動かせるのかは、いつか解き明かされるだろうが、エヴァ憑依になってはじめて、最大の、あり得ない力を発揮する少年が、その直前までは発狂した巫女(男性用語もあるが割愛)のヒステリー状態であること、それを断ち切るような戦闘への暴走。その描き方に満足を味わったわけだ。

 ただし、パイロット失神で暴走した状態の初号機が敵の使徒に巨大なナイフを操る情景は、少年少女には見せたくない場面だと思った。私は初老だから見ても許されるが、近辺におる少女達(笑)がああいう場面を刷り込むのは危険だと思った。なぜか。そう、あれこそが人類の脳には爬虫類の脳が奥深く収まり、そして初号機はそういった「イド」をむき出しにした時、初めて使徒と立ち向かえるという、実に大きな矛盾を抱え込んでいる、その人生の秘奥に、若い内に気付くのは佳くないという、せめてもの私の老爺心から、この映画鑑賞を止めたい。(Mu注記:内容が奥義に属することなので、あえて文脈を乱しておる)

2.少年シンジと少女レイ
 二人とも14歳だから、一般には少女の方が老成しているものだ。シンジは相変わらず子供っぽい。ガキそのものだ。自分の行為行動を対父親、対回りの者達との、関係でしか決められない。

 今の私にはそのように簡単に言える。
 だがしかし、それは私が赤貧の中でも両親に愛情を注がれて育った、幼少期の殆どの時期は祖母と暮らしていたという特殊例にもかかわらず、記憶の中には夏休みや春休みに、鈍行で一日かけて両親の元に行ったという甘酸っぱい記憶に満ちているからかも知れない。世間の少なくない少年少女が、両親から愛された経験を持っていない事例も多かろう。そういう環境に育ったなら、シンジ君への感情移入は私の数百倍強いだろうと想像した。

 私はTVシリーズを見ていたとき、シンジが不愉快だった。「うるさい。父親(碇)が息子の君を必要としようが、しょうまいが、そんなこと、君の置かれた状況とは関係ないだろう。ぎゃーぎゃー騒ぐな、うろたえるな!」と歯がみしていた。

 他方、静かな綾波レイには好感を持った。
 ~
 と、その二人の少年少女に物語の鍵が隠されているとは、お釈迦様でなくてもよくわかる。分かりはするのだが、そのあたりのミステリアスな手腕は、今回のDVDでますます深まった。しかしながら、シンジが自分を取り戻すのは、大抵はレイの危機、レイが自分の身代わりになって死地に立つ、その瞬間に我に返るという手法は、ふむふむ、やはり世間を騒がす作品には、なにかしらそういったツボを押さえたところがあるのだなぁ、と感心した。

3.物語の背景について
 碇指揮官が属する特務機関NERV(ネルフ)とか、その背後のゼーレ組織とか、他方突然現れて襲ってくる巨大な使徒(人造人間の変形に見える)、それも使徒は全部で12使徒以上に居るようだし、ときどき囁かれる「人類補完計画」とか、極めつけは死海文書外典の存在とか、映画の最後に数十秒描かれた地球外での青年の甦り(覚醒)とか~。セントラルドグマとか、かんとか、エヴァ世界の背景は多重多層になっていて、トンデモ話がいつの間にか本当に思えてきて怖くなるような世界が控えている。

 これらの意味づけをファンはしているのかも知れない。私は、ある時期死海文書に興味を持っていくつか解説本を読んだが、異教徒のことは分からないというあきらめから、考えを手放した。だから、この映画の背景も、今のところ「楽しみ」にしておくのがよいと思った次第。

 そう思った一番の理由は、使徒と初号機(シンジ)や零号機(レイ)の戦闘場面がまぶしすぎて、そこにひたすら魅入ったからである。パイロットを保護する呼吸できる液体(LCL)が戦闘の高熱で煮えたぎり、苦痛に喘ぐシンジの悲鳴が耳を突き、迫真の情景だと思った。

 特に、初めてエヴァ世界に関与する人は、背景を考えると混乱するから、ひたすら使徒の形状や動き、それにエヴァがどう立ち向かうか、そういう殺陣(たて)の美しさを味わえばよいと思った。

4.気がかりな点:ヱヴァンゲリヲンとスカイ・クロラ
 今夏、スカイ・クロラ/押井守監督、森博嗣原作が上映される。押井監督は『攻殻機動隊』や『イノセンス』で私などが最も深みに入り込んだ作品を造った方だ。そして原作の方はMuBlogでたびたび感想文を記している作家だ。

 ところが、押井監督は『イノセンス』の手法を使わない、抑えた、と語り、そして原作は様々な事情から私自身が封印した危険な図書なのだ。それが、今夏映画になる。
 
 今回のヱヴァンゲリヲン序に好感を持った私は、今夏おそらくスカイ・クロラを鑑賞し、身に内部分裂を生じるかも知れない。ヱヴァンゲリヲンの危険性はヒトのイドに関わり、スカイ・クロラの危険性はおそらく生きることの「空」に満ちることだろう。そういう危険性を、監督や作者はどのようなメッセージとして公開していくのか。楽しみでもあるし、恐ろしくもある。

 どんな映画も小説も、本当は、作者や関係者に才能が有る分、危険きわまりないメッセージを含んでいるという事実を、少年少女達が楽しみの中に、見つけ出さないことを切に願うものなり。
 これ究極の老爺心。
 「ああ、おもろかった」と、それでよいのじゃ。それで生き終えれば人生万々歳。

追伸
 糖衣の中は灼熱のイド
 糖衣の中は絶対零度(-273.15℃)

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邪馬台国周遊図書館ジオラマ(レイアウト)

邪馬台国周遊図書館ジオラマ(レイアウト)
20080425yamataikoku

嵯峨野から三輪山へ
 嵯峨野鉄道図書館ジオラマの第一期工程は2008年4月で一旦休憩としました。第一期のまとめ記事は五月の連休にまとめようと思っています。
 私が育った嵯峨野をいろいろとイメージしながら、一種の叩きモデラー気分で教材「未来の図書館」を短期間で仕上げたわけですが、その間にも想念がつぎつぎとわきあがりました。

 一般に人に物事を説明するとき(この場合は、受講生や、葛野図書倶楽部2001現役や卒業生)、ある程度全体を把握していた方が、やりやすいわけです。嵯峨野鉄道図書館では、その地域が幼稚園から結婚するまで住んでいた地域ですから、ジオラマ作成も、配置などが空に浮かんだイメージを定着するだけで、気が楽でした。もちろん、まとめにも書きますが、地元住民しか知らないような空也滝が愛宕山中腹に出来たりして、イメージをねじ曲げるような相当なディフォルメも必要でした。

 教材としてならその程度の造形でコンセプトを説明することはできます。
 ただしかし、どんな場合にも「習熟」という現実がつきまとうものですから、どう考えても嵯峨野鉄道図書館ジオラマは習作の域を出ておりません。もとより「鉄道模型の達人」となることは全く慮外のことですから、それはそれで「叩きモデル」でもよいわけですが、少なくとも毎年80人前後の学生達に「未来の図書館事始め」として「ドウダ、こういう風な二階建てトロッコ図書館列車が君らの町を走るのも、悪くないでしょう!」と胸張って講義するのだから、もう少し、習作の域を超えたコンセプト教材も必要になるわけです。

 それで、習作は習作として第三期工程までは続ける予定ですが(第二期にジオラマの細部調整、第三期に「二階建てトロッコ図書館列車」の完全自作)、並行して「邪馬台国周遊図書館ジオラマ」を先頃から横臥している中で考えておりました。つまり、邪馬台国関係ですと、私にとっては嵯峨野と同等に説明が容易なわけです。それが巻頭の図版です。

 先に進めるべきことも多いので、まだまだこの第二号ジオラマには手を付けられませんが、今後なにかと言及することもありますので、とりあえず初期想像図として、MuBlogに公開しておきます。ご意見あればお聞かせ下さい。

邪馬台国周遊図書館ジオラマの概略
1.諸元
 Nゲージ・レイアウト(1/150縮尺)を1200x900mmのボード上で想定しました。ただし箸墓を例にとるなら、原寸長は280m以上ありますので、そのままの縮尺では前方後円墳だけで全長1.87mの巨大モデルになり、無理です。そこで古墳関係は1/2000縮尺にしました。つまり箸墓モデルは14センチほどの大きさになります。
 レールレイアウトは、「トミックス鉄道模型レイアウターF2006」を使いました。これで得た「.dxf」形式ファイルを花子で読み込み、色づけや文字入れを行い、これをjpeg画像として使いました。

2.テーマ解説
 邪馬台国を現代の奈良県・纒向遺跡一帯とし、そこに古代日本・弥生時代・邪馬台国・三輪山関係図書を集め、中央図書館で収集保管することにしています。
 巻向分館駅と、邪馬台国展望図書館駅を設け、固有の情報やモデルを設置します。
 巻向分館駅には箸墓を中心とした前方後円墳の情報や、縮尺モデルを設置します。
 展望図書館駅には、大和全体の古代史関係情報と、利用者の観光志向を充足させるために、宿泊施設も設けます。

 列車は、二階建てトロッコ図書館形式とし、一階は密封静音型の書庫を中心に、30%程度を「重読書室」とします。二階は開放型のトロッコ形式で周遊中の展望を兼ねます。ただしトロッコ形式なので静粛性は保証できません。このために図書館列車は随時停車することができます。

 図書館列車の随時停車による運行を円滑にするために、待機のための引き込み線を多用し、複線を原則としました。さらに、分館をさらに縮小した東屋形式の建造物を方々に設置し、利用者が随時下車し、読書や休憩ができるように考えています。

まとめ
 実際にレールを配置できるのは夏期になり、例によって発泡スチロールで起伏をつけて、三輪山地下に巨大な地下ヤードを設けるのは冬になり、第一期完成はおそらく来春になると思います。
 これだけ手間暇をかけた教材作成だからこそ、未来の図書館を創出できるノダ! と内奥の灯火は明るく燃え上がっているわけですが、今のところ趣旨に賛同する者は近辺の、ごくわずかな志の厚い人しかおりません(爆)。

 しかし、毎夏のOC(オープンキャンパス)で、大学に訪れる若い高校生達に「図書館列車」の説明ができるよう、葛野図書倶楽部2001屯所では毎日一人あたり五分程度、初号・嵯峨野ジオラマの運用を隊員達に説明しておりますので、やがて大きな波が生まれることでしょう。(運転はそこそこですが、脱線したときの回復が難しいようです)

 MuBlog愛読者の皆様も、葛野にお越しの節は是非、二階建てトロッコ図書館列車の制御をお試しアレ。

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小説木幡記:2008/04/26(土)未だ生を知らず~

 「いまだ生を知らず、いずくんぞ、死を知らんや」、深夜目覚めて言葉がよぎった。
 孔子さんがどんな気持でこう言ったのかは知らない。単純に、生きていることを大事にしなされや、という意味だと、長いこと得心してきた。
 日本風にさらに翻訳すると、まだ生きることの意味もよくわからないのだから、「死」のことなどわかろうはずもない、そんなことに関わらないほうがよいよ。と、でもなるのか。

 そうともいえるし、それだけでもないよ、とも思う。思うから生きているのだろう。

 「五十にして天命を知り、六十にして耳したがう、七十にして心の欲する所に従いて矩(のり)をこえず」
 六十にもなると、人や世間の言うことに、素直に聞き入ることができるようだ。
 週の初めに、激痛に耐えかねて、「何故このような痛みがあるのか」と、肩をもんでくれていた長男に尋ねてみた。答えが一瞬でもどった。「生きているからです、お父さん」と。

 深夜の目覚めは、痛みとか夢とかのせいで起きることが多い。
 数日前は、母のことで気がかりが生じて目が覚めた。で、徐々に頭がもどってきて、「ああそうだ。母は20世紀末に死んだのだ。もう心配する事は何もない」と、気がついてほっとした。ほっとした途端にアキレス腱の痛みが襲ってきた。

 今夜は、何だったのだろう。
 夕方に、葛野で生死について思いをめぐらす機縁があった。生死について一節を読んだのだ。
 なにかしら、こたえたのだろう。
 母の死について、もう死んだのだから心配する事は何もない、と思って目覚めた余は、余程にリアリストというのか、酷薄な部分もあるようだ。生きていることが心配なのだ。終わってしまえば、心配はなくなる。この自動的な「心の安定化」を、余は自身の酷薄さととらえている。

 ま、よかろう。
 生き生きて、この世の快楽(けらく)を賞味しよう。
 このごろますます、人生は食にあると思っている。貧しい食卓とはいわない、貧しい食観では生を味わえないと思うところだ。
 余は、考えすぎると身体が不調になり寝込む。
 適度に美味い物をいただいていると機嫌もよくなる。脳も適度に空虚を保つ。ヌルというコンピュータ用語を連想している。なにもない、空虚。ヌル。楽になる。そこを、食が満たしていく。数日前の「コチ」の造りが絶品だったなぁ。最近は「生だこ」の造りに、本わさびが気に入っている。うむ。

 酒を人並みにたしなめないのが悲しみだが、それでもシェリー一口、ウィスキー1フィンガー、熱燗おちょこ一杯、それらは甘露と味わえる。

 と言うわけで、MuBlogを書いていたら、なにやら気分が楽になってきた。
 孔子さまも、お釈迦さまも、キリストさまも、プラトン君やソクラテス君、みんな若い頃の友達だった。みなさんがそれぞれ何を余に残したのかは、大半忘れてしまったが、彼らよりも余の方が今のところ幸せだと実感している。若い頃に彼らの物語に身を添わせて、孔子ならどう考えたのだろう、キリストさんなら~。そんなことを幾度もしていた。なかなか辛い訓練だった。実存的同時性を得ようとしていたらしい(と、当時のぼくは、今の余のあずかり知らぬ生命体なのだろう。他人)。

 それが今朝、極早朝の、一つの結論だ。
 さあ、ひと眠りして、土曜の一日、エヴァンゲリオンDVDを鑑賞しよう。シンジ少年のセリフや嘆きには耳をふさげて、使徒というか死徒達の動きに興味がわく。いろいろな鑑賞があるものだ。
 ああ、スカイクロラも公開がせまってきた。
 だから、生は楽しい。
 茶柱一本立つを見て、全世界を味わい得心する。この心を、今は亡き旧師の書物から味わった。

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2008年4月24日 (木)

小説木幡記:2008/04/24(木)日録ひとつ

 先の日曜日は、NHK篤姫の感想文を掲載できなかった。そういうこともまれにある。内容は鑑賞した。なかなかよかった。「明るい姫(篤姫)」と「くそ爺(烈公:水戸斉昭)」という対照は多くの少年少女物語の原型だから、落ち着きがよいのだろう。その上に、冷たすぎる関係の島津斉彬と英姫との間も、少し雪解け花見解け。しかし、斉彬の命、あとわずか。なにかしら、物語の流れに、気持ちよく乗れるドラマなのだ。

 先夜はNHKで「その時、歴史が動いた:古事記」をみた。以前、太安萬侶の墓を訪ねたことを思い出した。それで、古事記の解釈については、妥当な結論に達した(と、その結論に余が従っているわけではない。文学とか思想とかは、一筋縄ではいかない、多面体の宝石のようなものだから)。おもしろかったのは、三船敏郎がスサノオノミコト役で大活躍した映画「日本誕生」を断片的に見たことだった。東宝作品だった。うむ、見てみたい。一度は見たはずだが、太古の話だから覚えていない。

今週、木幡・葛野であったこと。
 余、木幡で倒れたまま(つまり、横臥したまま起きられなかった、ダルマじゃあるまいし)。
 卒業生からの人生相談事メル一件。
 生真面目な若い受講学生の相談事一件、建物前の立ち話。
 屯所で数名の受講生と、課題相談事、数件。

 局長と書記局長にビデオ編集説明40分。
 倶楽部例会で年次計画発表一件、飛鳥!
 倶楽部隊員一名除隊。
 経理局長と、密談一件。
 副長と、密談一件。
 書記局長と、馬鹿話一件。(食い道楽)
 局長は例によって、無口(笑)。

 委員会、会議山盛り。
 授業、へろへろ。
 邪馬台国周遊図書館ジオラマ、PC上でレイアウト作成、二件。

 今日も、教室へPC一式運ぶのは無理そうなので、昨日、レジメ必要部数印刷を助手さんに頼んだ。
 図書館作成の「図書館ツアー栞」が気に入ったので、授業に使うため必要部数を頼んだ。来週入手。

と、なにやかやと日々が過ぎていく。
かくの如く、人生はせわしなさの中で生を燃焼していくのだろう。
パンタレイ、万物は留まることなく、流転(るてん)するのう。
ではまた、今朝も葛野(かどの)で流転しましょう。
ああ、会議の山盛りまだ続く。  

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2008年4月20日 (日)

NHK篤姫:本日休載

 事情により今夜のNHK篤姫・感想文は休載します。
 また来週にお会いしましょう。

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2008年4月19日 (土)

五十五万アクセス(55万/全体95.6万):MuBlogの分析

承前:五十四万アクセス(54万/全体93.7万):MuBlogの分析 (2008.04.06)

本日→観測日時:2008/04/19(土)07:03
MuBlog累計アクセス数: 5500241日当たりの平均: 368.16
(開設日2004/03/07 
MuBlog記事数 1,393 件 コメント 3,989 件 トラックバック 1,066 件
サイト全体 アクセス数: 956110 1日当たりの平均:639.97
↓解析対象期間:2008年3月20日(木) ~ 2008年4月18日(金)

(0) MuBlog55万アクセスの感想
 参考に昨年(2997.04.28)でのMuBlog三十四万アクセス記事から、ページ単位の上位部分を引用した。

2007年四月28日観測

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月28日(水) ~ 2007年4月26日(木)

アクセス数: 15,653
訪問者数: 10,953
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 717 1,776 6.5% 11.3%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 580 1,026 5.3% 6.6%
3 じょうしょうこうじ:常照皇寺 393 579 3.6% 3.7%
4 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 250 491 2.3% 3.1%
5 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 215 349 2.0% 2.2%
6 地図の風景 305 341 2.8% 2.2%
7 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 182 320 1.7% 2.0%
8 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 144 267 1.3% 1.7%
9 美味しいところ 183 260 1.7% 1.7%
10 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 99 213 0.9% 1.4%
11 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 141 211 1.3% 1.3%
12 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 152 188 1.4% 1.2%
13 室町和久傳(むろまち・わくでん) 132 185 1.2% 1.2%

 このリストと以下にある、1年後の今回の統計を見ていて、記事の利用者(インターネット)からの待遇の変化を味わった。それは「不変と変化」と言えそうだ。昨年の分はトップを除いて12記事とするなら、その中に、「桜」{2,3,5,7,8,11}と6記事ある。今年は「桜」{2,4,7,9}と4記事で、減少している。

 共通する「桜」は、「桜の森:佐野藤右衛門邸の桜」「常照皇寺」「淀川河川公園背割堤の桜爛漫」の三つとなる。今年の初出記事は「7.嵐山の桜:20080401」だけになり、昨年に比較すると2008年春のMuBlog桜は、快調ではなかったと言える。昨年より10日ほど早い集計なので変化があるかもしれないが、「桜不調のMuBlog2008春」と言ってよいだろう。

 その分、今年この55万アクセスMuBlogの特徴は、昨年にくらべてNHK大河ドラマ(篤姫)が{3,5}と2記事、涼夏PC自作が{8,10,11}と3記事入っている。この両者は、昨年には現れなかった(昨年は「風林火山」)。涼夏PCは昨年夏のことだから無くて当然だが、それに代わる記事は、2007年の「10.CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z」だけになる。

 今年の、このMuBlog55万アクセスは一年前の34万アクセス時にくらべて、「桜」が下降し、「NHK大河」と「PC自作」が上昇したと言える。

 大きな特徴としては、これまで滅多に上位に上がらなかった文芸物が今回「6.丕緒の鳥」として利用者から待遇されたこと。そして、教材研究として相当に力を注いでいる記事の一つ「12.昭和の鉄道模型」がやっと待遇を受け始めたことにある。

 この一年間を挟んで、インターネット利用者の気ままな変化と、恒常的・定常的な関心とを合わせ見ることができた。

 なお、私見として記録するなら、今年初めて公開した「7.嵐山の桜:20080401」が比較的多数のアクセスを得たことがうれしい。この撮影時の寒風で体調がおかしくなったのも事実で、今に至っているのだが、それでも新記事がよい待遇を得ると「書いておいて良かった」と思える。

 ちなみに、今朝のGoogleでの記事「嵐山の桜」の待遇は、「4位/1,230,000母数」だった。これは、KGR指標で記すと、0.33KGR(080419){嵐山、桜}となり、昨年五月に観測した5.27KGR(070502){嵐山 桜}に比較して相当な記事力を得たと言える。一般に1を切った指標は、対象ないし2語対キーワードが特殊すぎる場合が多いが、この「嵐山 桜」は桜記事として一般的な用語なので、純粋の記事力(利用者関心との適合が大きい)だったと言える。

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 23,183
訪問者数: 18,163
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 710 1,394 3.9% 6.0%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 506 784 2.8% 3.4%
3 NHK篤姫(13)江戸の確執:英姫と篤姫 512 614 2.8% 2.6%
4 じょうしょうこうじ:常照皇寺 432 601 2.4% 2.6%
5 NHK篤姫(09)薩摩の話:幾島の特訓 411 535 2.3% 2.3%
6 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 304 337 1.7% 1.5%
7 嵐山の桜:20080401 235 317 1.3% 1.4%
8 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 214 312 1.2% 1.3%
9 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 176 298 1.0% 1.3%
10 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 220 290 1.2% 1.3%
11 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 197 271 1.1% 1.2%
12 昭和の鉄道模型をつくる(23) 菓子屋(井口菓子店) 214 262 1.2% 1.1%
13 自作鉄道模型 182 213 1.0% 0.9%
14 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 174 212 1.0% 0.9%
15 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 181 205 1.0% 0.9%
16 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 112 193 0.6% 0.8%
17 地図の風景 165 181 0.9% 0.8%
18 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 163 177 0.9% 0.8%
19 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 146 170 0.8% 0.7%
20 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 143 163 0.8% 0.7%
21 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 131 159 0.7% 0.7%
22 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 80 154 0.4% 0.7%
23 室町和久傳(むろまち・わくでん) 120 151 0.7% 0.7%
24 くろづかこふん:黒塚古墳・展示館 88 150 0.5% 0.6%
25 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 90 144 0.5% 0.6%
26 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 110 137 0.6% 0.6%
27 NHK篤姫(12)薩摩の話:さらば桜島 95 133 0.5% 0.6%
28 NHK篤姫(14)篤姫、父(島津忠剛)の死 107 126 0.6% 0.5%
29 昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所 90 124 0.5% 0.5%
30 京都の書店 105 117 0.6% 0.5%
31 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 67 114 0.4% 0.5%
32 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 75 113 0.4% 0.5%
33 CPU空冷装置・掃除のお勧め 70 110 0.4% 0.5%
33 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 62 110 0.3% 0.5%
35 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 77 108 0.4% 0.5%
36 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 72 105 0.4% 0.5%
37 NHK篤姫(10)薩摩の話:篤姫が結婚の決心をした 86 103 0.5% 0.4%
38 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 81 102 0.4% 0.4%
38 NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父 82 102 0.5% 0.4%
40 博物館・明治村の桜2008 79 100 0.4% 0.4%
41 NHK篤姫(11)薩摩の話:ほのぼのと 72 95 0.4% 0.4%
42 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 62 85 0.3% 0.4%
42 昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋 60 85 0.3% 0.4%
42 昭和の鉄道模型をつくる(21) 八百屋(丸茂青果) 65 85 0.4% 0.4%
45 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 64 83 0.4% 0.4%
45 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 45 83 0.2% 0.4%
47 天神川の桜 61 81 0.3% 0.3%
48 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 70 79 0.4% 0.3%
49 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 60 78 0.3% 0.3%
50 佐野藤右衛門邸の桜:20080330 54 77 0.3% 0.3%
51 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 69 76 0.4% 0.3%
52 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 67 75 0.4% 0.3%
53 桜2007 53 72 0.3% 0.3%
54 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 57 71 0.3% 0.3%
55 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 60 69 0.3% 0.3%
55 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 51 69 0.3% 0.3%
55 美味しいところ 60 69 0.3% 0.3%
58 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 55 68 0.3% 0.3%
58 読書余香 58 68 0.3% 0.3%
60 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 44 67 0.2% 0.3%
61 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 45 66 0.2% 0.3%
62 NHK篤姫(15)篤姫と西郷吉之助の縁 55 65 0.3% 0.3%
63 にじょうじょう:二条城の夕桜(1) 53 64 0.3% 0.3%
64 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 35 63 0.2% 0.3%
64 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 59 63 0.3% 0.3%
64 私の京都:ブックファースト京都河原町店 53 63 0.3% 0.3%
64 昭和の鉄道模型をつくる(24) 映画館(スバル座) 51 63 0.3% 0.3%
64 Blogメモ 62 63 0.3% 0.3%
69 二階建て図書館列車考(4)Maxとき、上越新幹線(E1系新塗装) 53 62 0.3% 0.3%
70 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 56 61 0.3% 0.3%
71 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 51 60 0.3% 0.3%
72 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 53 59 0.3% 0.3%
73 小川珈琲本店 40 57 0.2% 0.2%
74 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 38 56 0.2% 0.2%
74 さくらだ:桜田 41 56 0.2% 0.2%
74 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(06) 線路固めと大歩危トロッコ号 43 56 0.2% 0.2%
77 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 38 55 0.2% 0.2%
78 昭和の鉄道模型をつくる(22) パン屋(みのりベーカリー) 44 54 0.2% 0.2%
79 昭和の鉄道模型をつくる(25) 動力ユニット 43 53 0.2% 0.2%
80 ミホミュージアムの秋 42 52 0.2% 0.2%
81 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 45 51 0.2% 0.2%
81 前方後円墳の航空写真 19 51 0.1% 0.2%
81 ηなのに夢のよう/森博嗣 45 51 0.2% 0.2%
81 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(05) 地面に色粉(パウダー)をまく 44 51 0.2% 0.2%
81 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 41 51 0.2% 0.2%
86 大沢池(大覚寺)の桜:20070403 36 48 0.2% 0.2%
86 もりしょう:そうめん処・森正 32 48 0.2% 0.2%
88 黒塚古墳・公園の現況写真 37 47 0.2% 0.2%
88 昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫 38 47 0.2% 0.2%
90 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 36 46 0.2% 0.2%
90 五十三万アクセス(53万/全体91.6万):MuBlogの分析 34 46 0.2% 0.2%
90 天神川と葛野の桜:20080402 32 46 0.2% 0.2%
93 大覚寺裏と広沢池の桜:20080405:桜変じてオブジェとなる 30 45 0.2% 0.2%
94 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 31 44 0.2% 0.2%
95 昭和の鉄道模型をつくる(07) カーブレールC140(180°セット)その2回目 37 43 0.2% 0.2%
95 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 39 43 0.2% 0.2%
97 昭和の鉄道模型をつくる(08) ストレートレール S140、S72.5 26 42 0.1% 0.2%
97 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(02) ジオラマの基盤 28 42 0.2% 0.2%
99 辨慶うどん 32 41 0.2% 0.2%
99 卑弥呼の墓(005) 邪馬台国は古代大和を征服した/奥野正男 37 41 0.2% 0.2%
99 神功皇后陵の学術調査・見学 35 41 0.2% 0.2%
99 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(03) 下地作りと下塗り 23 41 0.1% 0.2%
99 東寺の桜:20080404:東寺桜あるいは『京都ミステリーツアー/ルナ企画』 33 41 0.2% 0.2%
104 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 28 40 0.2% 0.2%

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解析ページ 訪問者 アクセス
1 NHK篤姫 75 75 5.6% 5.6%
2 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 74 74 5.5% 5.5%
3 NHK篤姫(13)江戸の確執:英姫と篤姫 70 70 5.2% 5.2%
4 トップページ 43 43 3.2% 3.2%
5 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 34 34 2.5% 2.5%
6 NHK篤姫(12)薩摩の話:さらば桜島 31 31 2.3% 2.3%
7 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 24 24 1.8% 1.8%
8 NHK篤姫(09)薩摩の話:幾島の特訓 21 21 1.6% 1.6%
8 嵐山の桜:20080401 21 21 1.6% 1.6%
10 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 20 20 1.5% 1.5%
11 バックナンバー 17 17 1.3% 1.3%
11 NHK風林火山 17 17 1.3% 1.3%
11 映画の余香 17 17 1.3% 1.3%
14 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 16 16 1.2% 1.2%
14 NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ 16 16 1.2% 1.2%
16 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 15 15 1.1% 1.1%
16 じょうしょうこうじ:常照皇寺 15 15 1.1% 1.1%
18 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 14 14 1.0% 1.0%
19 うじのわきいらつこ:莵道稚郎子(宇治墓) 13 13 1.0% 1.0%
19 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 13 13 1.0% 1.0%
19 NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父 13 13 1.0% 1.0%
22 NHK風林火山(47)決戦前夜 12 12 0.9% 0.9%

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1 幾島  G Y M 292 2.0%
2 常照皇寺  G Y M 250 1.7%
3 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 239 1.6%
4 佐野藤右衛門  G Y M 237 1.6%
5 嵐山 桜  G Y M 153 1.0%
5 英姫  G Y M 153 1.0%
7 じぶり  G Y M 148 1.0%
8 GA-G33M-D S2R  G Y M 135 0.9%
9 昭和の鉄道模型  G Y M 131 0.9%
10 桜守 佐野藤右衛門  G Y M 130 0.9%
11 じょうしょうこうじ  G Y M 127 0.9%
12 篤姫 英姫  G Y M 117 0.8%
13 黒塚古墳資料館  G Y M 107 0.7%
14 丕緒の鳥  G Y M 106 0.7%
15 佐野邸  G Y M 82 0.6%
16 アクリル PCケース 自作  G Y M 75 0.5%
17 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 71 0.5%
18 甘樫丘  G Y M 60 0.4%
18 佐野藤右衛門邸  G Y M 60 0.4%
20 伏見桃山城  G Y M 57 0.4%
21 常照皇寺 桜  G Y M 54 0.4%
22 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 51 0.3%
23 篤姫  G Y M 48 0.3%
24 室町和久傳  G Y M 42 0.3%
25 嵐山 桜 2008  G Y M 41 0.3%
25 佐野 桜  G Y M 41 0.3%
27 自作PCケース アクリル  G Y M 40 0.3%
28 背割桜  G Y M 38 0.3%
29 NHK篤姫  G Y M 36 0.2%
30 貴志祐介 新世界より  G Y M 35 0.2%
30 桜守 佐野  G Y M 35 0.2%
32 天神川 桜  G Y M 34 0.2%
32 NHK篤姫  G Y M 34 0.2%
34 ミホミュージアム  G Y M 33 0.2%
34 明治村 桜  G Y M 33 0.2%
34 楊令  G Y M 33 0.2%
37 黒塚古墳  G Y M 30 0.2%
37 出雲大社 遷宮  G Y M 30 0.2%
37 佐野籐右衛門  G Y M 30 0.2%
40 背割 桜  G Y M 29 0.2%
40 京都 ぎろぎろ  G Y M 29 0.2%
42 CPU 掃除  G Y M 25 0.2%
43 篤姫 幾島  G Y M 24 0.2%
44 HD 増設  G Y M 23 0.2%
44 ひしょのとり  G Y M 23 0.2%
46 うぶめのなつ  G Y M 22 0.1%
47 英姫 マスク  G Y M 21 0.1%
47 京都 大型書店  G Y M 21 0.1%
47 美瑠姫  G Y M 21 0.1%
47 ガクト  G Y M 21 0.1%
47 小川コーヒー  G Y M 21 0.1%
47 島津斉彬 英姫  G Y M 21 0.1%
47 平城京 地図  G Y M 21 0.1%
47 わくでん  G Y M 21 0.1%
47 佐野邸 桜  G Y M 21 0.1%
47 ノートパソコン ハードディスク 交換 方法  G Y M 21 0.1%
57 英姫 篤姫  G Y M 20 0.1%
57 桜田 京都  G Y M 20 0.1%
57 島津なりあきら  G Y M 20 0.1%
57 室町 和久傳  G Y M 20 0.1%
57 常照皇寺 アクセス  G Y M 20 0.1%
62 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 19 0.1%
62 しる幸  G Y M 19 0.1%
62 アートスペース上三条  G Y M 19 0.1%
65 井手町 地蔵院  G Y M 18 0.1%
65 恵心院  G Y M 18 0.1%
65 samurai z  G Y M 18 0.1%
65 邪馬台国 四国説  G Y M 18 0.1%
69 島津斉彬  G Y M 17 0.1%
69 nhk篤姫  G Y M 17 0.1%
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69 神功皇后陵  G Y M 17 0.1%
69 鉄道模型をつくる  G Y M 17 0.1%
69 昭和の鉄道  G Y M 17 0.1%
69 cpu 掃除  G Y M 17 0.1%
69 桜 嵐山  G Y M 17 0.1%
77 嵐山の桜  G Y M 16 0.1%
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77 GA-G33M-D S2R 自作  G Y M 16 0.1%
77 鉄道模型を作る  G Y M 16 0.1%
82 長尾真  G Y M 15 0.1%
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82 柴本幸  G Y M 15 0.1%
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82 貴志祐介 新世界より 感想  G Y M 15 0.1%
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20 ジオラマ 148 1.0%
21 佐野 145 1.0%
22 じょうしょうこうじ 144 1.0%
23 丕緒の鳥 132 0.9%
24 黒塚古墳資料館 118 0.8%
25 新世界より 115 0.8%
26 2008 113 0.8%
27 PCケース 108 0.7%
28 ノートパソコン 103 0.7%
29 ハードディスク 98 0.7%
30 感想 97 0.7%
31 邪馬台国 95 0.6%
32 貴志祐介 89 0.6%
33 森博嗣 88 0.6%
34 掃除 87 0.6%
35 背割桜 86 0.6%
36 昭和の鉄道模型を作る 84 0.6%
37 交換 83 0.6%
38 佐野藤右衛門邸 79 0.5%
39 写真 78 0.5%
40 模型 76 0.5%
41 ガクト 75 0.5%
42 RAID 72 0.5%
43 丕緒(ひしょ)の鳥 70 0.5%
44 伏見桃山城 69 0.5%
44 raid 69 0.5%
46 NHK 68 0.5%
47 天神川 67 0.5%
48 CPU 66 0.4%
49 甘樫丘 63 0.4%
50 ぎろぎろ 59 0.4%
51 日立 58 0.4%
52 黒塚古墳 55 0.4%
53 島津斉彬 54 0.4%
53 十二国記 54 0.4%
55 明治村 52 0.4%
55 京都市 52 0.4%
55 レイアウト 52 0.4%
58 小説 50 0.3%
58 ハードディスク交換 50 0.3%
58 水滸伝 50 0.3%
61 ノート 49 0.3%
62 設定 48 0.3%
63 増設 47 0.3%
64 書店 46 0.3%
65 windows 45 0.3%
66 xp 44 0.3%
66 cpu 44 0.3%
66 PC 44 0.3%
69 地蔵院 43 0.3%
69 Nゲージ 43 0.3%
69 室町和久傳 43 0.3%
72 自作PCケース 42 0.3%
72 ミホミュージアム 42 0.3%
72 大型書店 42 0.3%
72 卑弥呼 42 0.3%
76 ケース 41 0.3%
76 島津 41 0.3%
78 ファン 40 0.3%
79 鉄道 39 0.3%
79 薩摩 39 0.3%
81 NHK篤姫 38 0.3%
81 八幡市 38 0.3%
81 しる幸 38 0.3%
81 NHK篤姫 38 0.3%
85 出雲大社 37 0.3%
85 佐野籐右衛門 37 0.3%
85 和久傳 37 0.3%
88 桜田 36 0.2%
88 楊令 36 0.2%
88 松本清張 36 0.2%
88 わくでん 36 0.2%
92 小野不由美 35 0.2%
92 地蔵禅寺 35 0.2%
92 分解 35 0.2%
92 背割 35 0.2%
96 アクセス 34 0.2%
96 方法 34 0.2%
96 HD 34 0.2%
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18 岐阜 58 1.0%
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22 岡山 49 0.8%
22 栃木 49 0.8%
24 愛媛 45 0.8%
25 石川 44 0.7%
26 新潟 43 0.7%
27 富山 42 0.7%
27 山口 42 0.7%
29 群馬 38 0.6%
30 大分 36 0.6%
31 熊本 31 0.5%
32 岩手 30 0.5%
32 徳島 30 0.5%
34 鳥取 24 0.4%
34 長崎 24 0.4%
36 山梨 23 0.4%
37 福井 22 0.4%
37 宮崎 22 0.4%
37 沖縄 22 0.4%
40 秋田 21 0.4%
40 青森 21 0.4%
42 香川 19 0.3%
43 和歌山 18 0.3%
44 島根 14 0.2%
45 高知 13 0.2%
46 山形 12 0.2%
47 佐賀 9 0.2%

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2008年4月17日 (木)

小説葛野記:2008/04/17(木)雨の葛野、傘無しでよろよろ

 さきほど今日二つ目の重い会議が終わって、雨に打たれてもどった。会議は、重くても軽くても疲れるが、今日の午後は二重苦だった。

 午前中の二つの授業は、なんとかかんとかこなした。講義授業なので助勤もいなくて、多少難渋した。MacBookを持参して、もう少し分かりやすくしようと思ったが、軽くても一式いろいろ入れると2キロ近く(ディスプレイ・ワイヤー類が重くなる)、別途教科書・参考書もあるので、合計3キロを抱えて杖突歩くのは無理だと、今朝7時過ぎに判断した。急遽印刷室で配布資料を印刷した。普通なら教室まで2分程度なのだが、今は確実にエレベータを待ち、10分近くかかる。その間、僅かに20mほどの天井なしもあるので、雨に打たれた。傘と杖とは相性が悪い(笑)

 と、くだくだ書いていると、われながら闘病愚痴じゃなぁと、反省。
 ただ、教室へ行く途中で一度は男性職員がわざわざもどって傘をさしてくれたこと、二度目の会議の夕方に会議場まで女性職員が傘をさしてくれたこと、親切に感謝した。
 昨日は大事な会議中だったが、90分を過ぎた頃痛みで耐え難くなり、退席し研究室で休んだ。今日はもっと大切な会議だが、軽く発言する余地もあり、二つとも事なきを得た。後者は委員長なので、途中で出るに出られない(笑)。

 「月さま、雨が」
 「うむ。春雨じゃ、濡れていこう」

 こんな台詞を書いても分かる年代は皆無邪ろうのう。しかし、春雨でも最近は黄砂もあるので、気持ちよく濡れるのは難しい。

 ということで、今日も一日終わった。
 昨日は壊れた財布の代わりを手にできて、夜はにこにこしていたが、よく考えると壊れたのは赤い小銭ばかりのせいで、新しい財布も相変わらず札でふくれそうにない。今夜は帰還したなら、紙切れでも入れて新しい財布に、紙の重さを経験させてやろうと、いま、ふと思った。まったく、人間はほっとすると、突拍子もないことに「脳」を使うようだ。

さて~。

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2008年4月16日 (水)

小説葛野記:2008/04/16(水)近況いろいろ

 小説葛野記は、葛野で起こったよしなしごとを記すことに決めている。最初は「葛野明月記」とかかっこうをつけようとしたが、いかにも名前倒れなので、嘘嘘恣意内容をあらわして「小説」と冠した。

 授業のことが中心だが、それは一番興味深くおもっているからだ。実際は、会議漬けの毎週なのだが、どんな会議がいつあって、なにを話したかは、誰も興味を持たぬであろうし、機密に属することも多いので、口にチャック(笑)。
 時たま葛野図書倶楽部2001にも言及するが、これはカテゴリーとして一つあるので、記すときは記事一本扱いが多い。
 というわけで、久しぶりの「小説葛野記」。
 つまり、今朝はそれを書ける心身状態になってきたと言うことなのだ。

1.大学の中央タイル組み道路に、3月、木製ベンチと花々と、夜間用の小灯が設置された。今は昼休み、新入生とおぼしき学生達が、全部のベンチを占めている。よい眺めだ。小さな可愛らしい私学の良さだと、客観視しておる。

2.そういえば、空中庭園というのか、著名な作庭家による屋上庭園がすでにある。今年はまだ上がっていない。春の花咲く季節中に、行って写真を撮ろう。
 そうそう。これまた地下食堂が、数年前に著名な「和紙デザイナー」によってしつらえてある。ちょっとナウイ(死語)インテリアで、光の扱いがとても落ち着いてよい。これも、いつか写真を撮っておこう。

3.一昨日の授業二つだが、前期は共同演習になっているので、4年生の助勤(授業支援)がそれぞれ二人組みで参加してくれた。杖を突きながら教室に行かざるを得ない身には、四人が観世音菩薩に見えた。ときどき、怖い四天王に見えることもあるが脳(邪笑)。

4.昨日は、山積みの責務を果たすために登校したが、おそらく最後の一撃だったのだろう、昼に痛みでどうにもならなくなった。鎮痛剤を飲んでやっと午後に楽になったが、今度は頭に霧がかかって、あらゆる書類を読んでも、まったく理解できなくなっていた。

 仕方なく横臥して、聖武天皇時代の続日本紀の解説本をひもといたが、これも一時間が限度だった。
 帰ろうにもぼんやりしていて、帰路が不安というより、帰る気力も無くなっていた(爆)。
 しかたないので、屯所に行って、かねがね懸案の、両端停止装置付き路線部分を触りだした。だんだん快調になってきた。

 つまり、二個ある電力装置の一方から、電線がでている。線路の両端には、嵯峨野図書館駅と愛宕山上図書館駅がある。この間に、X形のポイントがある。う~む、難しい脳。

4.1 一本の出力線に、余った出力線を接続して、両端の終端装置にはめ込む。
4.2 真ん中のポイントに付いている電源遮断装置をオフにする。
4.3 この事で、ポイントを挟んで、嵯峨野図書館駅と愛宕山上図書館駅とは、電源が独立する。
4.4 トマ1号は片方から出発して他方に到着すると、停止装置によって停車する。
4.5 電源装置の方向切り替えを操作すると、また、元に戻っていく。そこで自動停車する。
 その繰り返しが、簡便にできるようになった。

 愛宕山上図書館駅(自動停止付き)-----ポイント(電源遮断)-----嵯峨野図書館駅(自動停止付き)

 つまり、ポイントを挟んで独立した電源を供給するための、電線接続作業に成功したわけだ。
 我ながら感心したのは、三つ子の魂百までというのか、小学校くらいにビニール線の被覆をニッパーで取り去ることに習熟していたせいか、何十年かぶりに、ニッパーで細い線のビニールを取り去ったら、二本とも一瞬に中の銅線だけが身をさらした。一本の切断もなかった。う~む、手技は小学生の時にたたき込むと生涯役に立つ。
 その力の加え方、方向、こればっかりは教科書を何千回読んでも、無理じゃね。

5.というわけで、夕方には一挙に楽になった。昨日は不思議な一日だった。
 ところで、嵯峨野鉄道図書館ジオラマには電源がもう一個付いている。この説明や操作を話し出すと日が暮れるので、また後日。

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2008年4月15日 (火)

小説木幡記:2008/04/15(火)木幡のうぐいす

 今朝、ウグイスの鳴くのが聞こえた。じっと聞き入っていた。何度聞いても、「ほー、ほけきょ、けきょけきょ」と聞こえた。日本語圏以外の人の耳には、どう聞こえるのだろうと想像した。
 ウグイスの声はよく通り、まだ、聞こえている。

 実は、家人の話では、ここ数日来のことらしい。ところが、その早朝にずっと起きていたのだが、私の耳には届かなかった。人は聞きたいものだけを聞くという法則があるのだろう。今朝も、膝はここ数日来と変わりなく、屈伸すると痛みが生じる。しかし薄皮をとるように、心身の焦点が合わさってきたのも事実だ。それはウグイスの鳴き声を明瞭に聞き分けたことが、証となっている。昨日は授業が二つあり、決死の思いで葛野にでかけた。その前の金土日の三日間はずっと横臥していた。痛みを伴うのだから、ウグイスの声が聞こえなくても、不思議ではないのだろう~。

 ようやく春になってきたなぁ。桜は散ってしまったが。やはり、再生の春というのは本当なのだ。春になると、また歳を重ねる。よいものだ。加齢と老いとの区別を、若い頃は知りたくもなかったし、知らなかったし、関心もなかった。今、ようやく全貌が見えてきたぞ(笑)。

 ちゃんと記録しておこう。
 たしかに齢(よわい)を重ねた。しかし、心中は京都市立嵯峨小学校時代にどっぷり浸っている。夢。夢が脳内を万華鏡、曼荼羅のように、色彩豊かに乱舞している。これはなかなか、おつな物だ。
 その意味では、青年期から中年期までは、自我肥大と社会との調整に明け暮れて、おもうことの一割程度しか夢が達成されず、延々とストレス状態だったような気がする。
 簡単に言うなら、勝ち目のない戦争状態にいた。
 今は、~。
 そう。
 加齢を怖れる必要はない。怖れるのは、夢をなくし、歩けなくなったときのことだろう。その時は、iPS細胞によって、特殊サイボーグ足ができておることだろう。

 どんな夢?
 「邪馬台国周遊歴史図書館ジオラマ」の製作だ。

教授注:夢とは、そういうものであることの事情を様々に考え、レポート五枚以内にまとめて提出せよ。

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2008年4月14日 (月)

博物館・明治村研修旅行HMK(1)歴史的建造物探訪

承前:博物館・明治村の桜2008

博物館『明治村』の葛野図書倶楽部2001
10girlsmeiji

 いまこの↑写真を眺めていて、隊員達の喜色と好奇心を発見し、「よい旅であった」と安心しました。
 博物館明治村(公式ホームページ)へ行ったときの集合写真です。
 以下写真はクリックすると大きくなります。ビデオはアップル社のQuikTimeを使ってください。Windows用の無料ダウンロードがあります。

はじめに
 HMK:博物館明治村研修旅行は、平成20(2008)3月28(金)の午前7:30京都駅集合から始まりました。葛野図書倶楽部2001の7名と最高顧問が、明治村で半日過ごして、私が新幹線で帰還したのは夕方6時半、同行の倶楽部隊員たちが自宅に戻ったのは、おおよそ21時ころだったようです。終日かかったことになります。

 隊員たちは往復とも普通列車を乗り継いだので強行軍だったと思います。私は行きだけ同行しましたが、京都から犬山市までの乗り継ぎはなかなか複雑でした。最初に京都駅で「新快速」の乗り場が一番線と気付いたのは、ホームに居た人の助言だったのです。さらに、列車が途中で切り離されるから、後ろに乗るという話も耳ざとい隊員が聞きつけた幸運からでした。JRで一番単純なのは新幹線で、鈍行の乗り継ぎは総てにおいて複雑、知能行動を要求されるようです。行きだけでも、何度乗り換えた事でしょう。

 さて、このHMK:博物館明治村研修旅行の意義や目的、情報図書館学に関わる諸問題、そういう小難しいことはシリーズ(3)に任せて、ここでは明治村とはどういう所なのかを、歴史的建造物の写真や隊員たちの動画によって記録しておきます。シリーズ(2)では乗り物の記録を予定しています。

地図:博物館・明治村正門(旧・第八高等学校正門)

(愛知県犬山市字内山)

名鉄犬山線犬山駅→バス30分→明治村正門

0-01a犬山駅(名鉄)前のからくり
0-01bからくりの拡大
1-01券売所の風景
1-01第八高等学校正門(明治村正門)

 名鉄電車の「犬山駅」前で20~30分ぼんやりバスを待っていました。駅前に「からくり山車」がありました。バス一本乗り過ごしたのです。
 JR岐阜駅で高山線にのりかえて鵜沼(うぬま)下車、徒歩4分で名鉄「新鵜沼」駅に乗り継ぐのが最速だったのですが、思い出してみると早朝八時前に京都で新快速に乗車して、鵜沼まで三時間前後まるっきり手洗い時間が無かったのです。それで全員があうんの呼吸で新鵜沼で滞留し、遅れたわけですが、この乗り継ぎは最初から難しかったと思っています。徒歩四分を挟んで「着+四分+発」が、重なっておりました。
 団体での鈍行乗り継ぎにおける「手洗い時間」の確保はなかなか難問ですね。新幹線以外のローカル線では手洗いがなかったり、一編成に一つだったりして、混雑しているときは、何回乗り継いでもたどり着けません。full
 バスは待ったせいか、全員着席できました。途中の病院なんかにも利用されているようでした。30分弱で明治村に着きました。

 ここで早々と帰りのバス話ですが。
 帰路は大体午後遅く入園者が一斉になりますから混雑が激しかったです。すし詰め状態でした。ただし私を含めた数名は着席していました。理由は単純で、約20分前にドアが開いたので、さっさと乗り込んだのです。
 出発時、私の前にもお尻をみせた隊員が乗客にもまれていました。化粧直しか(笑)、土産物に執心した結果でしょう。「席を、替わろうか」と言いかけましたが、多分「イイです」と言うだろうし、それに若いのだからよかろうと思ったので、そのままひと眠りしました。taurus

東山梨郡役所 明治村解説

2-16東山梨郡役所
 明治村に入った途端、全員駆け足でめざしたのは「明治村食堂」でした。集合が午前7:30で、到着が12時頃でしたから当然ですね。顧問とおとなしい隊員達は「明治村駅弁・945円」で満足したようですが、局長と書記局長とは「和牛弁当・1500円」、二番隊長は「味噌カツ丼・1000円」を美味しそうにいただいておりました。食べる物でもそれぞれ豊かな個性がポロリと出てくるようでした。noodle

 食べて気持が収まったところで、この東山梨郡役所に入りました。バルコニーから眺めた明治村風景が抜群でした。この景色だけでも見た絵画(甲斐が)あったと申せます。ここには村長室もあって、各人写真をとりあっていました。

動画クリック2-16→明治村2008・煉瓦通り東山梨郡役所.mp4 (6.4MB)
↑バルコニーからの遠景、煉瓦通りの明治風を味わってください。

動画クリック2-18→明治村2008・東松家住宅.mp4 (3.2MB)  明治村解説
↑明治村の案内を予約すると上階も見学できるようです。私達は一階をぞろぞろ見学しました。

動画クリック2-20→明治村2008・ハイカラ写真館.mp4 (7.1MB) 明治村解説(安田銀行)・(写真館
↑ここでは、隊員の数名が張り付いておりました。袴姿は卒業式まで待てば良いのでしょうが、ドレスとか男装の麗人風は、このハイカラ写真館で直ぐに変身できるわけです。

動画クリック1-43→明治村2008・三重県庁舎団欒.mp4 (10.8MB)  明治村解説
↑ここには比較的長く滞留しました。ひろびろとした空間に隊員達のリラックスした様子がうかがえます。

聖ヨハネ教会堂 明治村解説

1-06a聖ヨハネ教会堂(遠景)
1-06b聖ヨハネ教会堂(二つの尖塔)
1-06c聖ヨハネ教会堂(2階のステンドグラス)

 隊員達の写真は、冒頭(葛野図書倶楽部2001)の右上に残しました。
 驚いたのは、教会の一階が子供たちに開放されていました。その事情を明治村公式ページで探したのですが、見つかりませんでした。
 こうした教会の由来にはもとより詳しくないのですが、近付くにつれての遠景はすばらしかったですね。つまり、異国風・建築物の偉容が誰にでも納得出来るという点で、教会の象徴性を味わいました。
 もう一つ気付いたのは、ヨハネ教会が昔は「京都市の河原町五条」にあったということです。いつ頃だったのでしょうか? 私は覚えておりません。そう言えば聖ザビエル天主堂も京都市の河原町三条にあって、明治村に移されたわけです。これは私の記憶になんとなくあります。つまり、京都市にあった教会が二つ、はるばる愛知県犬山市に移り保存されていることに、感動を覚えました。

動画クリック→明治村2008・聖ヨハネ教会堂.mp4 (3.6MB)
↑みどころは、2階のステンドグラスでした。

西郷從道邸(さいごう・つぐみち) 明治村解説

1-08西郷從道邸(さいごう・つぐみち)
 この建物は私の好みの一つなのです。もともと西郷党というか西郷隆盛さんが好きなのですが、その人の弟さんが住んでいた建物だから興味があったわけです。さらにここの一階がカフェになっていて素晴らしい、という記憶もありました。
 ところがカフェは何年か前になくなり、その代わり、とても豪華な晩餐の様子を実体験できるようになっていました。その写真は冒頭(葛野図書倶楽部2001)の左列真ん中に残しました。

 この後、みんなも歩き疲れた様子でしたし、カフェもなくなっていたので、近所にあった「京都七条お休み処」に全員どやどやと入りました。蕨餅とか、ソフトクリームとか美味しかったようです。これだけの規模の大博物館ですから、そこここにある食事処やコロッケやカレーパンは、ありがたいと思いました。それぞれ懐具合に任せて、いただいておりました。私は途中、手頃な価格のコロッケと、最後に牛乳を飲んだような記憶があります。

 こういった生涯学習館・施設の博物館や図書館は、今後も「人は疲れ、空腹になる生物である」というもっとも、基本的な原則をわすれてはならないと思います。人はパンのみで生きるわけじゃないのですが、飢えては歴史的建造物も、名宝・名品も、価値がなくなります。
 その点からしても、博物館明治村はよく考えられた施設だと思いました。

北里研究所本館・医学館 明治村解説

3-25a北里研究所本館・医学館
3-25b北里研究所での倶楽部幹部達
 木造の廊下を歩きながら、こういった施設の保守に思いをめぐらせていました。以前興福寺の塔に入ったとき、上階は無理にしても、一階でも木造故に年に何回かしか開かないことを知ったのです。その日は偶然に見学を許可された日にあたっていました。

 また、木造だった小学校校舎のことも思い出していました。毎日掃除当番で教室や窓ガラスや廊下の拭き掃除をしていました。木の廊下はすり切れて丸くなっていた記憶があります。
 北里研究所の廊下も歩くと木造廊下の音がしました。おそらくこちらに移築されてからも何度か補修されているのでしょう。博物館経営は、大変な仕事だと確認しました。専属の大工さんとか工務店があるのでしょうか?

 隊員達は、北里柴三郎先生の等身大の写真に喜んでおりました。
 隊員達には聞きそびれたのですが、私は北里先生とか野口先生を小学校の時に学校で教わりました。そして偉人伝も読んだ覚えがあります。現代の青年達にはそう言った知識のあるなしを聞かない事にしているので、なんとなく「知っているのだろうなぁ」と思って時を過ごしました。 

品川燈台《重要文化財》 明治村解説

3-29a品川燈台(遠景)
3-29b品川燈台(近景)
3-29c品川燈台(全景)入鹿池を背景に
3-30霧砲

 品川燈台近辺では隊員たちと一時的にはぐれたというのか、離れました。以前から「燈台」が好きでしたので、じっくり写真を撮ろうとおもったのです。ですから隣にある「菅島燈台附属官舎」に入る時間が無くなりました。気がついたら、そこから隊員達がぞろぞろ出てきたわけです。
 燈台といえば以前「能登半島・禄剛崎灯台」を写真だけで気に入りました。もとより燈台百選とか重要文化財に選ばれるものしか知らないわけですが、この品川燈台の立地には感心しました。旧所在地の品川沖「第二台場」の風景を知らないわけですが、明治村の燈台はあつらえたような風景の中に立っています。これも入鹿池のおかげと、博物館を設計した人達のイメージが優れていたからだと思いました。
 左から三枚目の写真を知らない人に見せたら現役の燈台と思われることでしょう。

通りすがりの家々
動画クリック4-46→明治村2008・宇治山田郵便局.mp4 (1.2MB)  明治村解説
 宇治山田郵便局はとても立派な建物です。隊員達も、近所のガラス館に入らずにこの郵便局で時を過ごしました。私も一応中に入ったのですが、気持の上では「帝国ホテル」を見る時間があるだろうか、と焦っていました。あとでガイドの一番隊長の話を聞くと、帝国ホテルは必須として、もう一つの「蒸気機関車に乗れなかったのが痛恨でした」、とのこと。要するに、すでにタイムスケジュールを外れだしていたのです。

 一番隊長の後日談では「原因は顧問にあります! 何度も行方不明になってぇ~」との事でした。私は、「いやいや、◎長も◎◎長も、まとめて三悪だよ」と弁解しました。実は後者はビデオ班&写真班だったので情状酌量の余地もあったわけですが。それにしても、両長はそこここで、じっくり立ち止まっておりました。日頃はそうは見えないのに、意外なほど粘着質なところもあるようです。行路管理官一番隊長の苛つきもやむを得ません。その上さらに、たびたびの顧問失踪でしたから。後で手持ち袋の中の携帯を見たら、メルと着信の山でした(笑)。
 そんなわけで、以下の二つ(ザビエル、派出所)は通り過ぎただけでした。

聖ザビエル天主堂 明治村解説

5-51聖ザビエル天主堂
東京駅警備巡査派出所 明治村解説
5-60東京駅警備巡査派出所
 この写真には、解説がそぐわないのですが、最後の「帝国ホテル」(明治村解説)は大多数の隊員が気に入ったようです。グッズというか土産物を沢山購入していた人もいました。写真としては冒頭(葛野図書倶楽部2001)の中央下に、ホテル前に立った三名の記念写真が残りました。まとめて撮りたかったのですが、時間が気になって、最後部を歩いていた三人だけを撮ったわけです。

 帝国ホテルを出た後は、蒸気機関車の時間に遅れて、しかたなく歩いていましたら、バスが遠くで出発しかけていました。私は、すばやく書記局長に「走れ! 走ってあのバスを止めるのだ!」と、なにげにつぶやきました。そしたら本当に走り出し、バスに飛び乗りました。そのおかげで、貴重な時間を費やすことなく、我々一行は正門まで無事に気楽にたどり着けたわけです。

 その正門横の土産物屋で、またしても隊員達は買いあさっておりました(笑)。明治村で一体なにを買うのか、それは私には全く理解を超えた話です。
 案の定、犬山駅行きのバスに座れたのは、私をいれて数名でした。残りはぎゅうぎゅう詰めの中を約30分間、立ちっぱなしだったのです。局長にいたっては発車寸前の乗車でした。人は、意外なところがあるものですねぇ。eye

附録の古典遊び
 研修旅行の附録としては、暗夜行路(暗黒迷路遊び)、屋外の汐留レンガ迷路、射的などに時間を取りました。ハイカラ衣裳遊びが出来ずに残念がっていた隊員もおりました。射的では私が貯金箱をしとめ、今は倶楽部屯所に飾ってあります(だんだん重くなってきています)。いずれも昔風の遊びでしたが、みんな喜んで遊んでいました。見ていても、気持が安らぐものです。
 ただ是非付記しておきたいのは、経理局長が交通費や入園料、その他のことで全部まとめてくれたので、とても気分が軽くなりました。栞を作った一番隊長が八面六臂の働きで、迷える子羊たちを無事ガイドしてくれたことには感心しました。さらに局長や書記局長は、別途優れた動画や写真を彼女らの目で残しました。一種の拡大共同演習ですから、それらの総合は後日副長を中心に機関誌「Truth」として、まとめていくことでしょう。

明治村の桜←続く→(2)乗り物

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2008年4月13日 (日)

NHK篤姫(15)篤姫と西郷吉之助の縁

承前:NHK篤姫(14)篤姫、父(島津忠剛)の死

 篤姫の人となりが、なんとはなく回りの人達に理解されはじめ、うまく行くはずのないことが、徐々に軌道にのってきました。

1.幾島とは、すでに江戸へ来る途中、船上でお互いに情がふかまったようです。
2.斉彬の父にあたる島津斉興(なりおき)とその側室は、
 篤姫の「呪詛なんかしていないでしょうね」という釘刺しと、
 幾島の機転による「ここだけの話。姫様は将軍家に嫁がれます」と打ち明け話、
 篤姫が警護の西郷に向かって「下々の者に、呪詛などないと、しかと伝えよ」という釘刺しで、気勢をそがれた。
3.斉興は、後日見舞いの品々を斉彬の病床に届ける。
 このことで、義母の英姫も、なにかしら篤姫の人徳に感じ入る。

 今夜も篤姫のほのぼのとした人柄が、からまった問題を綺麗に解いていきました。そういう穏やかな、みていて剽軽な篤姫の人柄や事件解決を記すのが、私にはむつかしいようなので、あまり書けません。

 ただ、西郷ドンが斉彬に高く評価され「庭方:直近で指示をうけ、奔走する人」に取り立てられたこと。
 その最初の命令が「篤姫の婚礼道具を一切合切仕置きせよ」だったこと。
 このことが、後日、徳川を守った篤姫と、それを攻める西郷とのあいだに、余人にははかりしれない絆をつくった、大きな太い伏線になっているのだと思いました。

 また、西郷が「お由羅一件」暴挙におよぶ寸前、それを察知した斉彬が病床から言った部下西郷への言葉が深かったですね。私憤は小さい目先のこと。その大きな目で世界を見て欲しい。「わしや薩摩の事以上の世界」。さすがに、斉彬の英明さがよく描かれておりました。またそれに心から感服感涙にむせた西郷にも感心しました。

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小説木幡記:2008/04/13(日)ちょっと散歩

 さっき思い立ってドアを開け、外に出た。横になってから三日目の午後の太陽や風に身体をさらして、爽やかだった。五分ほど歩いてまた中に入った。

 しかたないことなので、だいぶ読書も進んだ。読書老眼鏡が甘くなったなと思いながらページをくった。たしかにいろいろな人がこの世にいるだろう。私の場合、読書がなければちょっと発狂しそうな生涯だったろうな、と思った。
 カメラも模型も研究も授業もそれぞれ熱中できるが、読書が無くなったら基盤が崩壊するような予感がする。読書依存症、つまりは活字中毒なのだろう。かといって24時間よんでいるわけではない。シャッター押しながら本は読まない。授業中にときおり読み上げる教科書は読書ではない。もともと教科書などは読書ではなく、業務というか職務なんだろう。厖大な事務文書やレポートも読書ではない。

 昨日は仙太郎のでっかいおはぎをいただいた。今日は宇治の菓子屋さんの小ぶりな草餅のようなものをいただいた。熱い煎茶によく似合う。とは言っても、甘党とは思っていない。今朝のトーストは発酵バターを小指の先くらい、林檎ジャムを小さじ2杯、たくわんを3切れのせていただいた、午前五時。漫画博士が珈琲をいれてくれたので、それで朝食を終えた。

Munec_0952 最近漫画供給が絶えているので声をかけたら居なくなっていた。午後に出掛けたらしい。
 そろそろ夕風呂でも入ろう。
 と、横臥三日目の日曜の午後も、ゆたゆたと過ぎていく。
 と、旧知からついでのメルが入っていた。近頃関西も、そして京都も、鉄道模型が喫茶店やレストランや、人が沢山集まるところで走っているらしい。よいことだ。京都駅付近らしい。だがどのジオラマ、レイアウトも小綺麗すぎる。なんといっても、わが嵯峨野鉄道図書館ジオラマは、もっとワイルドちゅうか、荒っぽいちゅうか、独特の良さがあると自画自賛。世の中、整った物だけがよいとも思えない~、しかし写真は見ほれるような新幹線。こういうのを派手に走らせるジオラマだと、八畳間ほどまるまる必要だ。頑張って、鉄道車庫というか、鉄道ジオラマを広げられるような空間を手にしたい脳。

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天神川の柳桜:20080408(火):小野道風柳桜

承前:天神川と葛野の桜:20080402
承前:大覚寺裏と広沢池の桜:20080405:桜変じてオブジェとなる

写真:小野道風柳桜
撮影:局長2008

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 ↑京都市右京区天神川の桜は、つとに有名ですが(MuBlogで、あはは)、ここは柳桜をこき混ぜた名所でもあるのです。まるで、傘の下に小野道風さまが立っている風情でした。これが雨中ならさらに映えわたるでしょうが、ものごと腹八分目。私は今回の最良の写心結果として公開しました。

 桜狂も極まるというか、今回は完全に委託撮影をお願いしたのです。桜は一年に一度、一週間程度しか咲きません。以前DeepGから得た四季桜という例外はありますが、徒歩数分の天神川満開も、このままでは来年まで見られなくなるからです。
 倶楽部には例年写手がいて、2006年夏には二番隊長2006に重いビデオ(未公開の詩仙堂北九州小倉城ビデオ)を任せました。2007年春には副長2007に大覚寺の桜を任せました。また授業風景はすべて当時の局長2007に任せました。
 今年もまだ元気だった3月末には、佐野藤右衛門桜ビデオを副長2003に任せました。

 そして今年は、広沢池「オブジェ撮影」の妙味が気に入って、半分「桜を写してくれるだろうな」と不安を抱きながら、局長2008に全面依頼したわけです。私が歩けない中でしたから、完全委託でした!
 依頼は先週月曜、タイムスタンプでは4月8(火曜)の午後に撮影したようです。月曜午後雨の翌日火曜、ぎりぎりの満開でした。aries
 条件は天神川五条上がる(北)、万寿寺通りの陸橋上から北方に向けての景観、そして柳桜の風情でした。今度は(笑taurus)、ほぼその通りの作品に仕上がったわけです。とは申しましても、オブジェとは言いませんが、~、色々ありました。
 当記事では、その中から、私が選んだ物を記録しておきます。

天神川柳桜2008

天神川柳桜2008IXY-23
天神川柳桜2008IXY-30
天神川柳桜2008IXY-26
天神川柳桜2008IXY-19

 写真左端の桜海が欲しかったわけです。思った通りの作品でした。この桜海は私が天神川桜に最初に気付いた時の原風景です。撮影前日午後に雨だったのに、芳醇な桜海の香りが漂ってきます。それと、以前に比べて天神川が非常に綺麗になっています。先夏のある日、付近の小学生達が先生に引率されて天神川を掃除したり、魚をペットボトルに入れたりしていました。そういう雰囲気が、ここ数年天神川で盛り上がってきたのでしょうね。
 左から三枚目の、桜樹から直接生えている蕾が気になりました。オブジェ寸前の危なさがよかったです。

天神川沿いの花々

天神川柳桜2008IXY-28
天神川柳桜2008IXY-27
天神川柳桜2008IXY-29

 この三枚の花写真は、私が格別に惹きつけられたわけでもないのです。
 ただ、日頃はこのあたりをひっきりなしに歩くのに、花々があるとは気付かなかったわけです。この写真をみて、初めて天神川界隈の人は、そこここで花を育てているのだなぁ、という感慨にうたれたわけです。

 ともかく、今年平成20(2008)年の春、天神川柳桜を写し終えたことに満足しています。来年こそは、我が手でと気持は昂ぶりますが、元気になれば、やれ滋賀県の湖北の桜、奈良県の早朝石舞台桜、~吉野桜と欲張ってぇ(笑)。
 今回の成果は大覚寺裏や広沢池で、他人(局長)の目を通して新たな発見(オブジェ)を得たこと。そして天神川柳桜において、私の目を超えた「小野道風柳桜」を得たこと。実によい、桜の終わりでありました。
 春も桜良ければ総てよし。大いに、満足。

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2008年4月12日 (土)

小説木幡記:2008/04/12(土)枕頭:列車幻視

Musagano200804

 昨日、今日と一歩も木幡を出ずに横臥して、天井を見ていた。列車が天井を走り出したので、これは危ないと思って、先月末に葛野で撮った嵯峨野鉄道図書館列車を探し、集めてみた。叩きモデラーMuの異名のごとく、マクロ撮影するとアラが丸見えだが、ほどよい腕のよさで紗がかかったようになって傷を隠した。世間では、ピンボケと紗での演出は別のことらしいが。ともかく心が静かになったのでそろそろ眠ろう。一体何時間横臥すればわが心身は焦点が合ってくるのだろう。24hoursx3。

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昭和の鉄道模型をつくる(25) 動力ユニット

承前:昭和の鉄道模型をつくる(24) 映画館(スバル座)

25:ここまで完成(~25号)

25:ここまで完成(~25号)1
25:ここまで完成(~25号)2
25:ここまで完成(~25号)3

 今回で25号、全50号ですから丁度折り返し点です。写真の電車はすでに動力ユニット(モーターや車輪)を付けた状態ですから、走ります。そうそう、パワーユニット(直流12V電源)もすでに2月頃には講談社から届いておりました。

 先の24号から、この記事までやや時間を取りましたが、事情は「昭和の鉄道模型」にあるのではなくて、ひとえに季節が春、入学式にオリエンテーション、授業開始、さらにMuBlog好評の「桜狂」に狂奔して、記事を書くゆとりが無くなっていたのです。するとどうしても、時間に制限がない鉄道模型解説・嵯峨野鉄道図書館解説は後回しになり、かくなる仕様となったわけです。このあたりが、アマチュアのゆとりというか、甘さでしょうかねぇ。

 そういえば今週の会議で、ベテラン司書から「先生、ところでロボット司書(少年司書ロボ0号)がなかなか登場しませんね。今年度・カウンターの目玉と思っていたのですがぁ~」と言われて汗がでました。
 MuBlogを読んでおられない方には以上の話は不明瞭なことでしょうが、なになに、謎はいつか解けるものです。

 さて。こうして写真を眺めていると、ますますそれなりに東京の昭和30年代が彷彿として参りました。このころの町の図書館はどうだったんだろうか、と想像しておりました。コンピュータも無い時代でしたから、ポストの数ほど図書館を造る時代だったのかもしれません。私の通っていた京都市右京区・嵯峨小学校は、教室ひとつが図書室になっていて、窓の下部の高さまでの書架に、ちょっと汚れた古い本が、それでも一杯あったように記憶しております。図書室の鍵を持っていた人は「コデラ先生」という中年の男性でした。時々早朝に、鍵を開けてもらった記憶があります。

25:部品と工作(Nゲージ動力ユニット)

25-01:Nゲージ走行用パーツセット:TT-03/TOMYTEC
25-02:電車の分解
25-03:Nゲージ動力ユニット、15m級:KD-25
25-04:カプラーの取り付け

 以下の説明は、各写真ごとに詳細がありますので、写真をクリックしてください。

 今回の工作はストラクチャ(建物)とは違って、電車自体を分解してモーターを取り付けることです。ただし、モーターは単体ではなくて、車輪が付いた台車と、それを二つ含んだ床板ごと、すでにある電車の床板と取り替える作業です。
 ですから、左端の写真(走行用パーツセット)はこのシリーズ工作とは無関係のものです。私は、以前模型店を歩いていたとき、偶然に走行用パーツセットに気がつき、試しに買っておいたものです。というのも、最初から付いていた電車の車輪がプラスチック製で、レールにうまく乗せられず不満があったからです。工作の後に残った台車付き床板に、私はこのパーツセットの金属車輪をはめ込んだ、というわけです(写真左から2枚目)。電車は、重さがないと、なにかふにゃふにゃした感じがして、気持ち悪いものです。
 動力ユニットは一式組み込まれているので、重りをはさんで、床板(シャーシ)ごとそのまま分解した電車にはめ込むだけです。パチンと音がしてきっちりはまります。

 問題は右端の写真のカプラー(連結器)です。雑誌にもありましたが、なかなか難しい面もありました。Nゲージは総てがちっこくて精密ですから、力の入れよう角度、悩みました。もちろん、他車と連結不要なら取り替えなくてもよいことです。写真をクリックしてください。コツらしきものが分かったのです(笑)。

25:鉄道模型の達人/三矢英輔

25:三矢英輔
 実は毎号、この扉を最初に開くのです。今回は、瞬間息をのみました。理屈じゃなくて、「綺麗」と、実に単純素朴なうめき声を出してしまいました。
 アメリカの夜の波止場でしょうか。映画で見た「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」を思い出したのです。その映画に波止場や海やミシシッピー河があったのかどうかは覚えていないのですが、瞬間にこの情景からそれを思い出したのです。おそらく、アーリーアメリカン、戦前のアメリカの情景なのでしょうか? いや、戦前(太平洋戦争のこと)をアーリーというのかどうか、~、惹句に「20世紀初頭」とありましたから、アーリーじゃないですね。(混乱)

 作者の三矢英輔(84歳:みつやえいすけ)さんは、昭和37(1962)年にコロンビア大学赴任時に、HOゲージの木製機関庫を発見して、それが現在の[GUS R.R.]レイアウト(Mu流に言うとジオラマ)に繋がったようです。
 夜間光景がこのレイアウトの特徴と思いました。記事では、ネオンサインとか音とか、車内の光とか乗客とあったので、光を含めて相当に細密な全体モデルのようです。
 いつの日か、私もこれだけ細密な光を使ってみたいのですが、このようなモデルを写真で見ると、まだまだ洟垂れ小僧です。というか、まだ一度も光や音にまで、気が回りません。
 桟橋の全体情景がことのほか好きになりました。

25:Atoz:建物(2):ジオラマ/レイアウトの制作(14)建物を自作する

25:建物(2):ジオラマ/レイアウトの制作(14)建物を自作する
 今回も「駄目」でした。先回の建物(1)も音を上げたのですが、私にはまだ建物をつくる気力や感性が準備されていないみたいです。
 記事をいくら読んでも頭に入ってこない!
 おそらく、何かのキットを入手して、説明通りに一度か二度、作ってみないと自作建物は身につかないのだと思います。

 学生時代に、山奥の飯場でバイトしていたとき、薩摩訛りのきつい大工さんの手元をしたことがありました。指示にしたがって、道具や材料をその棟梁に手渡す仕事です。
 (外科医が「メス!」とか昔の映画で言っていたでしょう。今はドイツ語じゃなくて「ナイフ!」でしょうか(笑))
 で、言葉が分からなくて何度も怒られました。ただ、ものすごく棟梁の仕事が早くてあっけにとられました。コンクリートを流し込む型枠を現場に合わせて上手に作っていくのです。目を回すほど荒っぽく見えます。そして出来上がったものは地形や回りに合わせて、ぴったりした物になりました。

 その時「オイドン(?)らは、叩き大工やからな~」と、自嘲していましたが、仕事はしっかりしていました。
 (「叩き大工」の一般用例をネットで見たところ、下手な大工とか、釘で叩き打つだけの単純作業とか、良い意味は無かったです。しかし、当時も今も、私の用例では「目的を正確に短時間で果たすために、釘であろうがセメダインであろうが、使える物は全部有効につかって、建築物を手早く造る」として、使っています)

 叩き大工の反対は、金剛組のような「宮大工」でしょうか。いずれにしても、私はその荒々しく手早い棟梁の仕事ぶりに感心したのです。

 やっと結論。
 モデルでの建物あるいはジオラマ全体は、宮大工の仕事ですね。しかし、私は「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」を叩き大工の仕事で、短期に完成し、一応列車が走るようになりました。
 いろいろ、やり方はあると思っています。で、今回のこの雑誌の「建物作成」は、どう考えても宮大工の仕事だから、やっぱり、苦手ですねぇ~rain

25:昭和の『鉄道模型』をつくる

25:昭和の『鉄道模型』をつくる
 土門兼(どもん・けん)が写真集『古寺巡礼』第一集・法隆寺を出したのは、昭和38(1963)年だったようです。そのことは知らなかったのですが、高校生だった友人がミノルタカメラをさわりながら、「ドモンケン」と何度も私の耳に入れていたのを思い出しました。
 友人の彼は、あるいは私の高校時代の友人達がいささかませていたのか、一人は徹底的にクラッシック音楽を聞き込んでいました。一人はすでに小林秀雄関係、伊藤整関係、文学史関係の相当な全集を読み込んでいました。一人は、写真というと、ドモンケン風の石仏を写しておりました。私一人が、彼らと奈良へ行っても「ドリームランドへ行くのじゃないのか」と、むくれておりました。
 私はその頃から、いささか遅れていたようです。

 土門拳記念館のサイトを今みて、「土門拳について」をクリックし、古寺巡礼の数葉を拝見しました。見事だと、あらためて思ったわけです。
 ただしそこに書かれた「写真の立場/土門拳」については、別の考えが浮かびました。土門氏は、実物と写真の関係で、実物を超えた写真でなければならないと書いています。私は最近、「写心」について別の考えに入っていて、写真は「個」と、「個と関連」する狭い範囲での「記録」であると考えているのです。
 私が写心でもって写した写真を何度も見るなら、それはそれで深くて重い意味がある、ということです。
 
 そしてまた、狙ったとおりにぴったり撮った写真は一番詰まらない、とも書いておられる。だれにとって詰まらないかが問題になります。プロならば人々に普遍的な感動をもたらす作品でないと、価値が少なくなります。しかし、絵に描いたように撮れた渾身の作品を、私は愛惜し重く扱うわけです。

 だから、私の写心もて撮った作品は、芸術であれ駄作であれ、宝物なのです。
 表現者はシャッターを切る瞬間限りなく自己をゼロにしていかねばならないと土門氏は書いていて、私もこれには肯います。ただし、表現者は押した途端に、限りなく自己を肥大化し、次の対象に向かい、家に帰ったとき肥大した自我を再び元にもどし、冷静に数葉の写真を選ぶのがよいと、考えているのです。

25:未来の図書館、過去の図書館
 だいぶ間隔が空いたので、先号になにを書いたかおもいだせません。
 それで、今回は休載いたします。理由は単に疲れただけです。 

24←→26

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2008年4月11日 (金)

小説木幡記:2008/04/11(金)めずらしくスイッチ・オフ

 今日は事情と気持とがかさなって、終日横臥。
 横臥する前に、木幡記一篇しあげておこう。日曜作家の可能性と限界だな。


 数日前と昨日の雨でおそらく都の桜は散ったことだろう。ことしはあと、桜記事一つ分のストックがあるだけだ。昨年と同じく、今年の桜狩りは気持の中では不完全燃焼。ただし、気に入った写真は数葉えられた。よしとしましょう。

大きな記事がいくつか
 明治村関係の記事が、すでに桜は当日すませたが、あと3篇残っている。順番にやっていこう。建物、乗り物、博物図書館序論、となる。

 三月末のトロッコ列車乗車記録は、これもすでに桜(佐野藤右衛門)はすませたが、あとトロッコ列車駅で得た情報・乗り物や模型、乗車中のトロッコ列車考、と二つ残っている。明治村と前後してまとめていこう。

 読書は多数読んでいたし、読み残しもあるが、今読んでいるのは気に入ったので、感想文を記す。海国記/服部真澄。この方の初期作風は現代的で、比較的激しくて、血湧き肉躍る謀略系という印象が残っていたが、海国記は別人が書いたような、おっとりした平安時代末期の話だ。瀬戸内海の島影や、凪やきらめきが眼裏に浮かぶぞ。

日々の授業
 まだ各科目一度しか受講生の顔ぶれをみていないが、総じて二年目(大体、2~3年間、顔を合わす)以降の学生達は、一種の「おなじみさん」なので、リラックスする。4年生くらいの学生だと、大抵は同じ戦場をともにした、戦友のような気分になる。授業が戦場などと記しても、まず理解される人はいないと思うが、余は事実そういう風に感じてこれまで来た。
 前期、二科目授業をともにする4名(葛野図書倶楽部2001の助勤)となると、これはまるで新選組だね(笑)。近藤さんや、土方さん、沖田さん、山南さん、永倉さんに、~。まるで毎日NHK大河ドラマ・新選組!!をみているみたいで、非常に楽しい。(若干名、大食なのと、風変わりなのが、時々こたえるが脳)

日々の校務・会議
 いやはや。
 重税ですなぁ。
 無税の国はないでしょうか。typhoon

日曜作家
 停滞していますね。授業や嵯峨野鉄道図書館列車考や少年司書ロボ開発に気持が向いて、熱中してしまうと、許容量の関係でなかなか日曜の朝になっても筆が進みません。「ときどき日曜作家」と改名する必要があるかな。

嵯峨野鉄道図書館総論、少年司書ロボ0号開発
 授業が波にのって、体力がもどって、気合いが入ってきたら、一気呵成にやってしまいます。

今年の目標
1.夏期論文「日本の美術史/保田與重郎」の分析を、早くからすすめ、8月末には完成したい。
2.嵯峨野鉄道図書館ジオラマは来週から授業で紹介するので、次期作品を夏期に完成させる。
  「邪馬台国歴史鉄道図書館ジオラマ」! 
 (要するに初期前方後円墳群や、箸墓、三輪山の間を周遊する図書館列車だね)
 (遺跡保存と新路線を引くことの問題が、世間を騒がすことになるでしょう)
 (ジオラマなら、その問題は多少緩和されそうですaries
 (支線を造って、二階建てトロッコ列車を時々静止型図書館にするのが核となるね)
3.少年司書ロボ0号&昆虫ロボ司書を、探索支援司書ロボとして、屯所や図書館で実用化する。
  年末だねぇ~taurus
4.夏の倶楽部研修旅行として、飛鳥探訪研修旅行・総合歴史博物図書館を造る!、これだね。

 などと、さっき横臥して、また座り直して、この記事、記す。
 大学生活も、体力・気力勝負だな。
 そして、すべてのテーマの萌芽は、京都市立嵯峨小学校時代にあった。
 初等教育がどれほど大切か、世の識者は思い出していただきたい。
 ということで、また横になりましょう。眠る爺は長生きする。flair

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2008年4月10日 (木)

大覚寺裏と広沢池の桜:20080405:桜変じてオブジェとなる

承前:大沢池(大覚寺)の桜:20070403

写真:桜写しの広沢池
撮影:局長2008

Aya2008x2_06

事の起こり
 先週の土曜日でしたか、午前中にオリエンテーション最後の責務が終わり、持参のお握り一つとシジミの味噌汁をいただいて、研究室で横臥していました。お握りは二つあったのですが、なにかしら二つ目は食べられなくてそのまま「満腹」とつぶやいて目を閉じました。
 しかし、横になると、今春も昨年と同じく、思うように桜を撮れなかったことの悔恨が胸に突き上げて、「ああ」とため息が何度もでてきたのです。
 眼裏には大覚寺や大沢池の桜が一杯に拡がり、桜吹雪に洗われた鏡面のような池の面(おもて)が次々とわきあがってくるのでした。
 それは苦痛でもありました。
 感性ゆたかに育った者の宿命taurusでもありましょうが、「桜スナイパーの誇りと苦痛」とに身を嘖(さいな)まされて、横臥していることが出来なくなったのです。

 ところが天啓に近いと申せましょうか、ふとJo爺の昨年の言葉が耳にこだましたのです。「来年は、舎人たちにあちこちカメラ持たせて、Mu皇帝はそれを選ぶだけにしたら、楽になるでしょう」と。
 昨年同じ頃、今は卒業した当時の副長2007に、大沢池、広沢池の一切合切を写してもらったことを思い出したのです。「桜絵」として、私にとって記念すべき作品が残りました。

 で、舎人?
 おお、舎人(とねり)はおりませんが研究室の近くには葛野図書倶楽部2001の屯所があったのです。土曜の昼下がり、誰もおらぬだろうと思いつつ、ドアをあけて廊下の奥を眺めてみました。電気が点いていました。
 部屋には珍しく上級生全員が揃っておりました。様子を聞くと、一人は就活、一人は所用で直ぐに帰るとのことでした。残った二人は局長2008、経理局長2008になりました。

  Mu 「どうだい、お握りがあるが、いらんかね?」
  経理「さっき昼食をすませました」
  局長「うぅ~」と、考える素振り。
  Mu 「うん?」
  局長「では、いただきます」

 食べ終わった頃を見透かして、チョコ一枚を経理局長に手渡しながら、二人に「お腹もふくれたことでしょう。桜でも観に行きましょう。私はそのまま帰還するが、帰りに葛野で降ろすよ」。というわけで、交渉成立。どさくさに紛れてカメラを局長に持たせてしまいました。aries

 桜を撮るのも選別するのも、それはそれは心身にキツイところがあって、この10日間、少し手を染めるだけでますます杖に過重がかかる日々だったのです。こんな時、桜撮影助手がいる環境に、私はにんまり笑ったのでした。

 幾つかの写真を掲載しました。今春の大覚寺裏桜、広沢池桜2008として、ご賞味ください。
 なお、局長撮影の物には、トンデモないオブジェが7割写っていて、その中からも数枚選び最後にまとめました。桜を写して欲しいという依頼もどこ吹く風、好きなオブジェにカメラを向けて、気軽にシャッターを押していました。携帯カメラ以外は触ったことが無いようですが、人には個性がありますね、初心にして写すものがこれなんだから。capricornus
 局長2008が延々と桜を撮影している途中、ふと経理局長と話すと「センセ、局長ね、桜は写さずに松ぼっくりとか、変な物が一杯カメラにはいっていましたよ」と言われてびっくりしたのです。木幡に帰って全部見て、やはり驚きましたなぁ。

 長い長い前振りとなってしまいました。それではどうぞ。

大覚寺裏の桜

大覚寺裏桜2008X2_90
大覚寺裏桜2008X2_97

 桜の名勝として大覚寺(嵯峨御所)や境内の大沢池(大澤池)はつとに有名な桜スポットです。毎年訪れますし、桜以外の季節にもぶらぶらと散歩代わりに出向くところです。しかし肝心要の桜季節に身動きできず、今年は車で通過できる大覚寺の裏に回りました。
 というのも、大覚寺駐車場からは桜が見えず、そこから境内や大沢池までは百メートルもあるのです。随身の舎人二人に任せればよいわけですが、なにもない車中で一時間横臥して待つほどには気長ではありません。それで、何かあるかも知れないと思い、大覚寺の裏に回って、局長に撮ってもらったのです。その間、私は車中から外の桜を眺めておりました。


大覚寺の裏(京都府京都市右京区北嵯峨北ノ段町)

広沢池の西畔にて、広沢池桜2008

広沢池桜2008IXY-07
広沢池桜2008IXY-13
広沢池桜2008IXY-14
広沢池畔西方浄土IXY-10

 広沢池に着いたとき、経理局長の言葉が耳を離れませんでした。
 「松ぼっくり?」「変な物ばかり?」
 もしも桜が一枚も無かったなら、どうしよう、来年まで広沢池桜を見られない! 
 この恐怖は顔には出しませんでしたが、強烈でした。倶楽部員達への信頼は海よりも深いのですが、取り違いと言うこともあり、また歴代隊員の風変わりさは葛野の外に出しても恥ずかしくない(?)ほどのものなのです。人によっては、桜=オブジェ、という語彙構造になっているかも知れません。

 私は慌てて鞄から小型カメラをとりだして、RSの総ての窓を全開にして、見晴らしの良い広沢池周辺を車中から撮りだしたのでした。これは、何事に於いても、第二第三の手を尽くすという、生きるための、身に染みついた必須の戦術だったのです。
 私が写したこの四枚のうち、柳の良さには再度喜色をあらためました。桜に気を取られがちですが、この季節の柳は伏見港ばかりではなく、爽やかですね。広沢池にも柳桜をこきまぜた風情があったのです。
 さらに帰る頃に写した西方浄土の風景は、タイムマシンそのものでした。そこを自転車で走る子らが小学生の「ぼく」であり、「ぼくの友達」だったのです。


広沢池の西畔(京都府京都市右京区嵯峨広沢町)

オブジェ・ギャラリー(変な物写真展。MuBlog造語では「変物」)

大覚寺裏・変物X2_89
広沢池・変物X2_99
広沢池・変物X2_05

 局長2008が、知らない間に、桜以外に写したもののうち、この三枚は格別に私の気を惹いたものでした。他に壊れた自転車、松ぼっくり、野にさく花、まったく見当もつかない「何物」か、多数ありましたが、それらは私からすれば異次元、異世界のものでした。ぎりぎり、この三枚は私の感性に合致し、しかも気に入った写真なので、長くMuBlog に記録することにしたのです。
 今年の広沢桜は、巻頭の局長撮影桜と、このオブジェとで無事完了しました。

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2008年4月 9日 (水)

四月の木幡花2008

承前:六月の木幡ガーデン:紫陽花

 久々に、木幡の春の花々を御覧いただきます。桜も咲いて、鳥も木幡に飛んできています。せんだっての日曜(2008/04/06)のことでした。終日木幡で花を撮っていたのです。

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2008年4月 8日 (火)

東寺の桜:20080404:東寺桜あるいは『京都ミステリーツアー/ルナ企画』

承前:東寺←(桜ではありません)

桜{木幡、伏見港}2008と東寺南大門

木幡桜2008X2-40:満開
伏見港2008X2-43:酒蔵+桜+柳
東寺2008X2-80:東寺の南大門

 先週の末でしたか、すでに歩行がしんどくなっておりました。仕方ないので、RSを巨大なサイボーグ足と見なして葛野へ行ったのです。途中、車窓に現れる桜を、停車して、車窓から写しました。
 左が木幡の桜・車窓から、中が伏見港の柳と桜・車窓から、右が東寺南大門、九条通りの南から道を挟んで車窓から写しました。
 2008年4月4日の朝桜たちでした。
 しかし東寺にまで来たとき、九条大宮の角からは塀の中に桜が見えたのですが、南大門からは全く見えなかったのです。

東寺宝蔵前の桜と柳

東寺桜2008X2-56:東寺桜満開
東寺桜2008X2-59:東寺桜と柳
東寺桜2008X2-63:宝蔵前の桜と柳

 なにか心ときめくものがあり、朝方で時間もあったので駐車場に入りました。広い駐車場が東寺の北にあって、600円前払いでしたが、駐車場に入った途端に桜が一杯ひろがり、満足でした。
 拝観料窓口の直近に車を停めて、窓を全部あけて車内から写しました。一カ所だけ杖突ながら柵に近付き、柵の間にカメラをいれて内部を写しました。
 それ以上には杖突が無理だったので、拝観することはやめました。だから、この桜は外からの無料拝観物です。

 東寺の柳も生き生きとしておりました。
 後日エレベータの中で先輩教授にお会いしたとき、柳が夏の植物になったのは、西行さんからとうかがいました。もともとは春の柳だったそうです。ところがお話を伺いながら、鎮痛剤で麻痺した頭は旧暦と新暦とがごっちゃになり、わけがわからないまま戸がひらいたので、「ありがとう御座います」と頭を下げて外にでました。

さすがわ、東寺の桜は背が高いです

東寺桜2008X2-66:五重塔と塔桜(仮名)
東寺桜2008X2-60:桜+甍

 いつも眺める佐野藤右衛門さん宅の桜も長身なのですが、東寺の桜はおどろくほど空に高く伸びています。柴本幸(由布姫)さん以上にあるなぁ、とファインダーを覗きながら独り言をつぶやいておりました。一瞬、「東寺の塔桜」と頭に浮かんだのです。こちらの五重塔も奈良の興福寺並に長身で有名ですからね。
 と、話が逆でした。今、事典で見てみると55m級で、日本一! でした。高いはずです。見かけ上、その五重塔に匹敵する長身の桜でありました(嘘ですよ)。

附録
 東寺の五重塔は毎週車窓から眺めているのですが、見るたびに心がぞわぞわするのです。今朝、この記事を書きながら、思い浮かぶことがあったので、ネットで探してみました。
 インターネットは怖いものですね(笑)。謎が解けました。私は、30年も昔にも、五重塔が好きだったのです。

 「京都ミステリツアー

 ついでに這い蹲って木幡研の机下を捜してみたら、ありました、私にとって「一級のレア」ものが出てきたのです。解説や回顧録はよしにします。ただただ、往時を偲ぶばかりです。

Kyomisuluna

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2008年4月 6日 (日)

NHK篤姫(14)篤姫、父(島津忠剛)の死

承前:NHK篤姫(13)江戸の確執:英姫と篤姫

 島津忠剛(ただたけ:長塚京三)の死が印象に残った一夜となった。
 斉彬は幕府の要請で参勤交代よりも二ヶ月早く江戸に向かうこととなり、不意に思いついて、お忍びで今和泉の忠剛を見舞った。まず普通ならあり得ないことだが、忠剛も分家とは言っても大名格だから、お忍びならあり得ぬことではないだろう。それに、篤姫の実家である。

 忠剛は斉彬に、「篤姫さまには、私のことでは、事(姫が御台所になること)が成るまでは伝えないで欲しい」。つまり、実父の生死に篤姫が動揺することを避けたかった。
 斉彬が神奈川宿で休んでいるとき、二月二十七日に島津忠剛がみまかったという、訃報が入った。

 一方篤姫は、母・英姫との面談を強要(笑)し、座り込みの結果再度会えた。話は以前と変わらず、「篤姫が御台所になる話は、殿の思いこみ」と言われた。追いすがる篤姫は御簾を押し切り英姫に迫ったが、英姫のマスク(顔隠し)を目にし、愕然とした。
 後で幾島からの報告では、幼少時に「疱瘡のアバタ」を煩い、顔を隠していたこと、人前に出ないことが分かった。

 国立科学博物館のサイト情報では、幕府は安政五年(1858)に種痘を公認したようなので、英姫の幼少期はまだアバタの人が多かったのだろう。

 ペルーとの日米和親条約が締結された。
 水戸の斉昭(なりあき)はそれに強烈な反対を見せていた。彦根藩主の井伊直弼は斉昭と対立した。そう言う中で、老中阿部は、島津斉彬を江戸に呼んだわけだ。
 徳川家定は将軍に就いたが、相変わらずである。将軍が機能しなくても、幕府閣僚や親戚や外様の殿様が国をどうするか合議していた。織田信長のような人が将軍なら想像できない、現代的な右往左往がうまく描かれていた。

 明治維新政府が出来るまで、幕府も朝廷も諸藩も右往左往したのだから、当時の幕府に人材が無かったとは言い切れない。誰であっても、未来は見通しにくい。もちろん後日に、勝海舟のような人材が下級御家人から中心に出てきたのだから、異様であったのは事実だが、どんな場合も、誰が舵取りをしても、なんの保証もなかった時代だった。

 さて、実父を亡くした篤姫は、さらに来週以降孤立する様相だ。予告編では西郷さんがでてきた。姫をお守りする、と血相を変えて叫んでいた。多分、そうなるのだろう(笑)。遠い記憶では、篤姫輿入れの一切合切を請け負ったのは西郷さんだったような。

追伸
 最近同じことを繰り返すが、今夜も同様だった。つまり、45分間、食い入るようにしてドラマを見終わるのだが、さて感想文を書くとなると、書きにくい。それぞれ味のあるエピソードがいくつも積み重ねられ、充実するのだが、ひとつひとつが大事件ではないから、何を核にするのかが決められない。不思議な大河ドラマだ。

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五十四万アクセス(54万/全体93.7万):MuBlogの分析

承前:五十三万アクセス(53万/全体91.6万):MuBlogの分析(2008.03.24)

本日→観測日時:2008/04/06(日)07:00
MuBlog累計アクセス数: 5403591日当たりの平均: 364.86
(開設日2004/03/07 MuBlog記事数 1,378 件 コメント 3,975 件 トラックバック 1,055 件
サイト全体 アクセス数: 936581 1日当たりの平均:632.40

↓解析対象期間:2008年3月7日(金) ~ 2008年4月5日(土)

(0) MuBlog54万アクセスの感想

 先回(2008/3/24)から13日間たった。大体15日間程度でMuBlog単体1万アクセスだが、2008年4月3日(木)に、日頃の3倍にあたる2280アクセスがあった。だから数日早まったわけだ。

 その日だけ、サイト全体のアクセス数が5028にもなったので驚いたが、アマゾン系のROBOTが全データを拾っていったのが原因だった(と、推測)。一般に、blogにはデータ回収・ロボットが訪ねてこない。記事掲載と同時に、ココログの場合だと、タイトルなどを所定のサイトに自動送付し、そこを元に検索エンジンはデータを採取しているのだと、思っている(?)。珍しい経験だった。

 私事ながら(笑:blogはもともと私事でしかない。私事の研究だよ)本日日曜は心身疼痛はげしく、この統計も夜のNHK大河も休もうと思っていたが~。統計データは、blogのように刻々と変化するデータは特に、所定時間内に採取しないと意義が半減するので、ふらふらしながらマシンに対面した。日頃は何ともおもわぬマウス操作が、やけに重く感じられるのう。

 だから、感想も月並みだが、記しておく。

 桜記事アクセスが多くなってきた。うれしい。しかし今年もまた、思ったほどには桜狩りにでかけられなかった。ここ数日、車中から東寺の桜や広沢池の桜を撮ったが、編集して公開する気力が湧かない、というより、写真は撮るのも選ぶのも、キツイことだと思った。肝心の徒歩数分(今なら歩行困難で20分程かかる)にある、天神川の桜海を今年も撮れそうにない。泣きたいなぁ。車中からだと、どうしても思ったような角度から写せないので、やきもきする。

 桜狂乱+入学式前後→横臥

 もの凄く、単純明快な方程式だ。私は本当にあきれるほどに単純な男のようだなぁ、と笑えるのだから、まだまだ大丈夫。多分、4月1日の極早朝嵐山桜がこたえたようだ。本当に、渡月橋に立ったとき、零下の烈風が身体を包んだ。ヤバイとおもったくらいだ。おそらく昨日の土曜日などは、気温もぽかぽかしていたので、嵐山桜は満開だったことだろう。春先の気候変化は、ほんとうにめまぐるしい。

 あと、NHK篤姫では、「幾島の特訓」が人気のようだ。相変わらず、記事内容を読み直しても、事情がわからない。記事内容とアクセス数との相関は、意外に客観的な指標を出すのは難しいのかも知れない。
 以前は、単純に「タイトル」の重要語だけで検索エンジンは記事ランキングを判定していると思っていたが、最近は、記事からの抽出文が上等になってきているので、本当に、まともな自然言語処理の先端技術が導入されだしたのかも知れない。
 MuBlogも、今後しっかりした記事を書いていこうと、向上心がいまだに衰えないMuは、思ったのであった~。

 

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 21,939
訪問者数: 17,238
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 753 1,415 4.4% 6.4%
2 NHK篤姫(09)薩摩の話:幾島の特訓 629 781 3.6% 3.6%
3 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 383 596 2.2% 2.7%
4 丕緒の鳥(ひしょのとり)・十二国記/小野不由美:雪のような音 322 363 1.9% 1.7%
5 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 210 319 1.2% 1.5%
6 じょうしょうこうじ:常照皇寺 216 299 1.3% 1.4%
7 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 212 279 1.2% 1.3%
8 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 151 268 0.9% 1.2%
9 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 179 251 1.0% 1.1%
10 NHK篤姫(10)薩摩の話:篤姫が結婚の決心をした 186 239 1.1% 1.1%
11 昭和の鉄道模型をつくる(23) 菓子屋(井口菓子店) 188 229 1.1% 1.0%
12 NHK篤姫(13)江戸の確執:英姫と篤姫 194 228 1.1% 1.0%
13 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 184 227 1.1% 1.0%
14 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 187 214 1.1% 1.0%
15 くろづかこふん:黒塚古墳・展示館 121 205 0.7% 0.9%
16 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 122 204 0.7% 0.9%
17 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 174 196 1.0% 0.9%
18 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 159 195 0.9% 0.9%
19 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 158 190 0.9% 0.9%
20 昭和の鉄道模型をつくる(21) 八百屋(丸茂青果) 140 181 0.8% 0.8%
21 室町和久傳(むろまち・わくでん) 128 174 0.7% 0.8%
21 嵐山の桜:20080401 130 174 0.8% 0.8%
23 自作鉄道模型 145 168 0.8% 0.8%
24 地図の風景 142 154 0.8% 0.7%
25 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 84 152 0.5% 0.7%
26 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 88 137 0.5% 0.6%
27 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 104 130 0.6% 0.6%
28 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 77 125 0.4% 0.6%
29 NHK篤姫(11)薩摩の話:ほのぼのと 94 124 0.5% 0.6%
30 黒塚古墳・公園の現況写真 92 117 0.5% 0.5%
31 昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所 76 115 0.4% 0.5%
32 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 65 113 0.4% 0.5%
32 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 74 113 0.4% 0.5%
32 昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋 88 113 0.5% 0.5%
35 昭和の鉄道模型をつくる(22) パン屋(みのりベーカリー) 96 110 0.6% 0.5%
36 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 57 106 0.3% 0.5%
36 NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父 92 106 0.5% 0.5%
38 京都の書店 95 103 0.6% 0.5%
39 NHK篤姫(12)薩摩の話:さらば桜島 74 102 0.4% 0.5%
40 目次:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ 55 100 0.3% 0.5%
40 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 70 100 0.4% 0.5%
42 CPU空冷装置・掃除のお勧め 59 95 0.3% 0.4%
43 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 73 94 0.4% 0.4%
44 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 72 84 0.4% 0.4%
44 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 69 84 0.4% 0.4%
44 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 68 84 0.4% 0.4%
47 私の京都:ブックファースト京都河原町店 66 83 0.4% 0.4%
47 博物館・明治村の桜2008 63 83 0.4% 0.4%
49 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 60 81 0.3% 0.4%
50 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 74 80 0.4% 0.4%
51 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 59 79 0.3% 0.4%
52 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 71 77 0.4% 0.4%
53 天神川の桜 60 75 0.3% 0.3%
54 桜2007 57 73 0.3% 0.3%
55 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(04) 塗り、川と池と滝 47 72 0.3% 0.3%
56 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 65 70 0.4% 0.3%
56 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 61 70 0.4% 0.3%
58 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 61 69 0.4% 0.3%
58 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 49 69 0.3% 0.3%
60 美味しいところ 58 68 0.3% 0.3%
61 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 50 63 0.3% 0.3%
61 纒向遺跡(まきむく)の三つの古墳:勝山、矢塚、東田大塚古墳(ひがいだおおつか) 39 63 0.2% 0.3%
63 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 48 61 0.3% 0.3%
63 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 52 61 0.3% 0.3%
65 NHK篤姫(08)薩摩の話:篤姫さまと、本格都振り 44 60 0.3% 0.3%
66 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 47 59 0.3% 0.3%
67 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 49 58 0.3% 0.3%
68 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 54 57 0.3% 0.3%
69 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 47 56 0.3% 0.3%
70 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 38 55 0.2% 0.3%
70 NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫 49 55 0.3% 0.3%
70 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 40 55 0.2% 0.3%
70 読書余香 48 55 0.3% 0.3%
70 Blogメモ 51 55 0.3% 0.3%
75 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 44 54 0.3% 0.2%
75 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(03) 下地作りと下塗り 34 54 0.2% 0.2%
77 二階建て図書館列車考(1)JR電車・サロ124形 40 53 0.2% 0.2%
77 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(02) ジオラマの基盤 39 53 0.2% 0.2%
79 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 43 52 0.2% 0.2%
79 三角縁神獣鏡 31 52 0.2% 0.2%
81 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 40 51 0.2% 0.2%
81 にじょうじょう:二条城の夕桜(1) 41 51 0.2% 0.2%
81 二階建て図書館列車考(2)大歩危トロッコ号(キクハ32-501)と外国のダブルデッカ 40 51 0.2% 0.2%
81 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 38 51 0.2% 0.2%
81 自作PC 42 51 0.2% 0.2%
81 NHK篤姫 48 51 0.3% 0.2%
87 二階建て図書館列車考(3)京阪特急ダブルデッカー(8000系) 36 49 0.2% 0.2%
88 昭和の鉄道模型をつくる(20) 魚屋(魚政) 36 48 0.2% 0.2%
89 辨慶うどん 40 46 0.2% 0.2%
89 ηなのに夢のよう/森博嗣 41 46 0.2% 0.2%
89 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 37 46 0.2% 0.2%
89 【入力ばかりだと/森博嗣】はblog創造の正しい認識と思う 37 46 0.2% 0.2%
93 さくらだ:桜田 35 44 0.2% 0.2%
93 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 33 44 0.2% 0.2%
95 昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫 33 43 0.2% 0.2%
95 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 36 43 0.2% 0.2%
95 タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません> 39 43 0.2% 0.2%
95 「壬申の乱」の関係地図 28 43 0.2% 0.2%
99 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 32 42 0.2% 0.2%
99 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 40 42 0.2% 0.2%
99 佐野藤右衛門邸の桜:20080330 33 42 0.2% 0.2%
99 三角縁神獣鏡はただの銅鏡か 37 42 0.2% 0.2%
99 小川珈琲本店 35 42 0.2% 0.2%
104 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 29 41 0.2% 0.2%

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解析ページ 訪問者 アクセス
1 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 142 142 14.0% 14.0%
2 NHK篤姫 67 67 6.6% 6.6%
3 トップページ 50 50 4.9% 4.9%
4 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 41 41 4.0% 4.0%
5 NHK篤姫(09)薩摩の話:幾島の特訓 36 36 3.5% 3.5%
6 NHK篤姫(13)江戸の確執:英姫と篤姫 33 33 3.3% 3.3%
7 NHK篤姫(12)薩摩の話:さらば桜島 27 27 2.7% 2.7%
8 NHK篤姫(10)薩摩の話:篤姫が結婚の決心をした 21 21 2.1% 2.1%
9 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 18 18 1.8% 1.8%
10 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 17 17 1.7% 1.7%
10 NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 17 17 1.7% 1.7%
12 NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫 15 15 1.5% 1.5%
13 NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父 13 13 1.3% 1.3%
13 NHK篤姫(08)薩摩の話:篤姫さまと、本格都振り 13 13 1.3% 1.3%
15 NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ 12 12 1.2% 1.2%
16 卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への旅』 11 11 1.1% 1.1%
17 バックナンバー 10 10 1.0% 1.0%
17 NHK篤姫(04)薩摩の話:信賞必罰と融和策 10 10 1.0% 1.0%
17 椿井大塚山古墳の現況写真 10 10 1.0% 1.0%
20 嵐山の桜:20080401 9 9 0.9% 0.9%
21 NHK篤姫(11)薩摩の話:ほのぼのと 8 8 0.8% 0.8%


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1 幾島  G Y M 329 2.4%
2 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 263 1.9%
3 佐野藤右衛門  G Y M 212 1.5%
4 じぶり  G Y M 158 1.1%
4 黒塚古墳資料館  G Y M 158 1.1%
6 常照皇寺  G Y M 142 1.0%
7 昭和の鉄道模型  G Y M 139 1.0%
8 GA-G33M-D S2R  G Y M 128 0.9%
9 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 114 0.8%
10 丕緒の鳥  G Y M 96 0.7%
11 桜守 佐野藤右衛門  G Y M 85 0.6%
12 アクリル PCケース 自作  G Y M 84 0.6%
13 黒塚古墳  G Y M 83 0.6%
14 嵐山 桜  G Y M 72 0.5%
14 佐野邸  G Y M 72 0.5%
16 篤姫 幾島  G Y M 71 0.5%
17 甘樫丘  G Y M 63 0.5%
18 篤姫 英姫  G Y M 60 0.4%
19 佐野藤右衛門邸  G Y M 57 0.4%
20 丕緒(ひしょ)の鳥  G Y M 51 0.4%
20 ガクト  G Y M 51 0.4%
22 じょうしょうこうじ  G Y M 45 0.3%
23 篤姫  G Y M 43 0.3%
24 NHK篤姫  G Y M 42 0.3%
25 嵐山 桜 2008  G Y M 41 0.3%
26 徳川家祥  G Y M 40 0.3%
27 伏見桃山城  G Y M 39 0.3%
28 楊令  G Y M 37 0.3%
29 背割桜  G Y M 36 0.3%
30 佐野 桜  G Y M 34 0.2%
31 貴志祐介 新世界より  G Y M 32 0.2%
31 室町和久傳  G Y M 32 0.2%
33 NHK篤姫  G Y M 30 0.2%
33 徳川いえさち  G Y M 30 0.2%
33 ひしょのとり  G Y M 30 0.2%
36 自作PCケース アクリル  G Y M 28 0.2%
36 明治村 桜  G Y M 28 0.2%
38 天神川 桜  G Y M 27 0.2%
38 出雲大社 遷宮  G Y M 27 0.2%
40 背割 桜  G Y M 26 0.2%
41 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 25 0.2%
42 わくでん  G Y M 24 0.2%
42 佐野籐右衛門  G Y M 24 0.2%
44 CPU 掃除  G Y M 23 0.2%
44 修飾麻疹  G Y M 23 0.2%
44 佐野邸 桜  G Y M 23 0.2%
47 京都 ぎろぎろ  G Y M 22 0.2%
47 常照皇寺 桜  G Y M 22 0.2%
49 柴本幸  G Y M 21 0.2%
49 島津斉彬  G Y M 21 0.2%
49 井手町 地蔵院  G Y M 21 0.2%
49 門 百万遍  G Y M 21 0.2%
53 HD 増設  G Y M 20 0.1%
53 風林火山 ガクト  G Y M 20 0.1%
53 京都 大型書店  G Y M 20 0.1%
53 平城京 地図  G Y M 20 0.1%
57 英姫  G Y M 19 0.1%
57 うぶめのなつ  G Y M 19 0.1%
57 新世界より 貴志祐介  G Y M 19 0.1%
57 鉄道模型を作る  G Y M 19 0.1%
61 真田幸隆  G Y M 18 0.1%
61 室町 和久傳  G Y M 18 0.1%
63 佐野桜  G Y M 17 0.1%
63 京都 佐野邸  G Y M 17 0.1%
63 なりあきら  G Y M 17 0.1%
63 時間の習俗  G Y M 17 0.1%
63 由布姫  G Y M 17 0.1%
63 鉄道模型をつくる  G Y M 17 0.1%
63 ディオゲネス症候群  G Y M 17 0.1%
63 ノートパソコン ハードディスク 交換 方法  G Y M 17 0.1%
71 長尾真  G Y M 16 0.1%
71 ミホミュージアム  G Y M 16 0.1%
71 プチロボX  G Y M 16 0.1%
71 mublog  G Y M 16 0.1%
71 京都室町和久傳  G Y M 16 0.1%
71 邪馬台国 四国説  G Y M 16 0.1%
77 京都 書店  G Y M 15 0.1%
77 島津久光  G Y M 15 0.1%
77 恵心院  G Y M 15 0.1%
77 常照皇寺 地図  G Y M 15 0.1%
77 常照皇寺 アクセス  G Y M 15 0.1%
77 PC ファン 掃除  G Y M 15 0.1%
83 京都 常照皇寺  G Y M 14 0.1%
83 黒塚古墳資料館 地図  G Y M 14 0.1%
83 由布姫 柴本幸  G Y M 14 0.1%
83 柴本 幸 プロフィール  G Y M 14 0.1%
83 二条城 桜  G Y M 14 0.1%
83 きょうとえき  G Y M 14 0.1%
83 島津なりあきら  G Y M 14 0.1%
83 真弓鑵子塚古墳  G Y M 14 0.1%
83 邪馬台国四国説  G Y M 14 0.1%
83 真弓かんす塚古墳  G Y M 14 0.1%
83 samurai z  G Y M 14 0.1%
94 英姫 マスク  G Y M 13 0.1%
94 丕緒  G Y M 13 0.1%
94 八幡市 背割桜  G Y M 13 0.1%
94 幾島 篤姫  G Y M 13 0.1%
94 十二国記 丕緒の鳥  G Y M 13 0.1%
94 桜田 京都  G Y M 13 0.1%
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1 京都 689 5.0%
2 664 4.8%
3 幾島 438 3.2%
4 篤姫 363 2.6%
5 佐野藤右衛門 339 2.4%
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7 昭和の鉄道模型をつくる 313 2.3%
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10 昭和の鉄道模型 184 1.3%
11 黒塚古墳資料館 178 1.3%
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18 英姫 149 1.1%
19 嵐山 139 1.0%
20 昭和の鉄道模型を作る 134 1.0%
21 丕緒の鳥 133 1.0%
22 ガクト 121 0.9%
23 新世界より 119 0.9%
24 桜守 118 0.9%
25 感想 115 0.8%
26 ノートパソコン 113 0.8%
27 黒塚古墳 112 0.8%
28 PCケース 111 0.8%
29 佐野 108 0.8%
29 ジオラマ 108 0.8%
31 ハードディスク 96 0.7%
32 掃除 86 0.6%
33 2008 85 0.6%
34 交換 83 0.6%
35 森博嗣 82 0.6%
36 CPU 81 0.6%
37 貴志祐介 79 0.6%
38 背割桜 77 0.6%
39 佐野藤右衛門邸 76 0.5%
39 邪馬台国 76 0.5%
41 raid 73 0.5%
42 写真 66 0.5%
42 甘樫丘 66 0.5%
44 十二国記 65 0.5%
45 NHK 64 0.5%
46 丕緒(ひしょ)の鳥 63 0.5%
47 RAID 61 0.4%
48 由布姫 59 0.4%
49 模型 58 0.4%
50 PC 55 0.4%
50 ファン 55 0.4%
52 地蔵院 54 0.4%
52 ぎろぎろ 54 0.4%
52 水滸伝 54 0.4%
55 天神川 53 0.4%
56 分解 52 0.4%
57 伏見桃山城 51 0.4%
57 ハードディスク交換 51 0.4%
57 松本清張 51 0.4%
60 柴本幸 49 0.4%
60 じょうしょうこうじ 49 0.4%
62 設定 48 0.3%
63 ノート 47 0.3%
64 徳川家祥 46 0.3%
64 日立 46 0.3%
66 小説 45 0.3%
66 わくでん 45 0.3%
68 NHK篤姫 44 0.3%
68 増設 44 0.3%
70 明治村 43 0.3%
70 ひしょのとり 43 0.3%
72 薩摩 42 0.3%
73 鉄道 40 0.3%
73 ケース 40 0.3%
75 小野不由美 39 0.3%
75 室町 39 0.3%
75 百万遍 39 0.3%
75 レイアウト 39 0.3%
75 大型書店 39 0.3%
75 和久傳 39 0.3%
81 xp 38 0.3%
81 楊令 38 0.3%
81 京都市 38 0.3%
84 書店 37 0.3%
84 しる幸 37 0.3%
84 堺雅人 37 0.3%
84 Nゲージ 37 0.3%
88 八幡市 36 0.3%
88 室町和久傳 36 0.3%
88 36 0.3%
91 ネタバレ 35 0.3%
92 メビウス 34 0.2%
92 アクセス 34 0.2%
92 windows 34 0.2%
92 方法 34 0.2%
92 井手町 34 0.2%
92 森正 34 0.2%
98 平城京 33 0.2%
99 伏見 32 0.2%
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1 東京 1,353 23.7%
2 大阪 731 12.8%
3 京都 550 9.7%
4 神奈川 372 6.5%
5 愛知 270 4.7%
6 埼玉 192 3.4%
7 福岡 178 3.1%
8 千葉 169 3.0%
9 兵庫 165 2.9%
10 静岡 153 2.7%
11 北海道 113 2.0%
12 三重 110 1.9%
13 茨城 104 1.8%
14 広島 74 1.3%
15 奈良 72 1.3%
15 滋賀 72 1.3%
17 長野 61 1.1%
18 岐阜 60 1.1%
19 新潟 57 1.0%
19 石川 57 1.0%
21 宮城 56 1.0%
22 富山 48 0.8%
22 栃木 48 0.8%
22 鹿児島 48 0.8%
25 福島 44 0.8%
26 愛媛 42 0.7%
26 徳島 42 0.7%
28 群馬 38 0.7%
28 山口 38 0.7%
30 岡山 37 0.6%
31 大分 29 0.5%
32 秋田 27 0.5%
33 青森 26 0.5%
34 熊本 24 0.4%
35 香川 23 0.4%
35 和歌山 23 0.4%
37 宮崎 22 0.4%
38 山形 21 0.4%
39 福井 20 0.4%
39 山梨 20 0.4%
39 岩手 20 0.4%
39 鳥取 20 0.4%
43 沖縄 18 0.3%
43 長崎 18 0.3%
45 高知 13 0.2%
46 島根 11 0.2%
47 佐賀 8 0.1%

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2008年4月 3日 (木)

葛野の桜:20080403

葛野桜2008:枝垂れ桜・築山と滝

葛野桜2008DCR-PC110/04:枝垂れ桜・築山と滝
葛野桜2008DCR-PC110/04:ピンクの枝垂れ桜
 昨日の入学式のおり、学園長の祝辞に「築山の枝垂れ桜」という言葉があった。
 はっとした。桜狂に外ばかり目が向いていた。
 葛野のキャンパスに可憐といえるほど、静かに、桃色の枝垂れ桜があったことを思い出した。
 バルコニーに出たがIXYでは画面が小さくなる。望遠はSONYのビデオしか持っていないが、今朝も歩きにくく、撮す気がなく木幡に置いてきた。
 戻って部屋を見回したら、10年ほど昔のSONYビデオがあった。スチルが、1MPもあるかどうかの代物だった。
 よろよろとビデオを抱え、またバルコニーに出た。

 腕のせいか、機材のせいか、満足するできばえではなかったが、記録としてメモしておこう。つまり、暖かい春ならば、ピンクの葛野枝垂れ桜は、4月3日にこのくらい開花しているという、そういうことだ。

 ところで、葛野築山の滝と桜とは、よい御題なのだから、また来年時期を見計らって佳い写真を撮ってみよう。
 こうして、幾とせ幾とせ、来年から今年を引き寄せるような気分で、生きてきたのだなぁ~taurus

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2008年4月 2日 (水)

天神川と葛野の桜:20080402

承前:天神川五条下がるの桜:20070404

 今朝は、実は杖をついて大学にでてきたのです(笑)。倶楽部の卒業生達が2月の新誠会(鳥せい)で贈ってくれた杖です。嘘っぽく義理で突いてきたのじゃなくて、本当に足腰が昨日の嵐山寒風で、変調を来していたのです。
 ですから、天神川の桜を撮る予定はまるっきりなくて、自慢のSONYビデオも重いので木幡に置いてきました。
 しかし天神川の桜。
 五条通りの北はまだまだですが、南は3月から咲いていましたから、今をおいてない、また来年まで見られない、という熱い思いに突き動かされて、やってきました。カバンにはちっこいポケットカメラ(キャノンIXY)がいつも入っているのです。

天神川桜2008:五条南

天神川桜2008IXY4093:五条南
 長くこの界隈に通っているのですが、天神川の桜に目を見開いたのはまだ数年前。まして、五条通りを挟んで南と北では開花時期が一週間も異なることに気づいたのは、やっと昨年あたりだったのです。
 北のマンションに住んでいた卒業生の話では、北の桜樹一本だけは、とんでもない時期、つまり3月中旬には花を咲かせるそうですが、それはまだ見ておりません。
 で、話は逆なのです。
 五条通りの南側は三月下旬には開花しだします。ですから、今頃は満開と言ってよいでしょう。今日は杖突なので一枚しか掲載できませんが、桜並木もトンネル状態ですね。

天神川桜2008:五条北

天神川桜2008IXY4099:五条北
 好みと言えばこの、五条通り北側の天神川桜なのです。途中の高架橋の上から、展望がきくのです。北山まで視界に入りますから、私のような「風景、全景」好きにはたまらなく美しく見えるわけです。
 上方から写すと、まるで桜海ですね。
 しかし今朝の午前七時過ぎには、咲き初め。まだまだでしょう。
 明日元気なら、責務終えた午後にでも、再度写してみるつもりですが、予定は未定にして確定にあらず。来年になるかもしれません。今朝はようよう一枚を掲載できました。
 この写真は、空の色で選びました。私は、空が好きなようです。

葛野桜2008:入学式早朝の正門

葛野桜2008IXY4103:入学式早朝の正門
 入学式の情景ですね。
 桜と日の丸。
 ……
 ……
 桜はもちろんですが、私は日の丸が好きです。その事情や理由をこれまで言葉にした記憶はありません。
 母が、父の不在の折、なけなしのお金を使って、日の丸を大丸百貨店まで「ぼく」と一緒に買いに行きました。
 それを祝祭日に玄関先で飾っていた記憶があります。「ぼく」が小学生のころです。
 そういう記憶が、日の丸を好む一因かもしれません。
 母も父も「ぼく」も、ごく普通の庶民でした。
 庶民とは、そうであると思っています。
 さて、入学式。
 入学式が春であることに喜びを味わいます。理由の一つは、桜が咲くからでしょう。

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2008年4月 1日 (火)

嵐山の桜:20080401

→動画:嵐山の桜2008:平成20年4月1日早朝 mp4(約15MB)
Arasiyamatitle_2 平成20年の4月1日、気持ちよく午前4時起床。気分がよかったので6時過ぎに宇治木幡をRSで出発し、7時前後に嵐山の阪急嵐山駅近くに停めました。ちなみに帰路時、駐車料金は100円だったのです。数日前の嵯峨駅裏の駐車場(トロッコ)は1500円も支払いまして、いささか気持ちが悪かったのですが、今朝はさい先がよかったです。人影は、通勤客が阪急駅にむかってぽつぽつ程度でした。すぐの嵐山公園(含む、中之島公園)は、爺さんが走っている程度、あと酔狂なカメラ男や女が数名いただけでした。勿論、帰る頃には、十名を越えておりました。

嵐山(あらしやま)と言えば渡月橋(とげつきょう)

嵐山桜2008IXY4088:渡月橋
嵐山桜2008Sony086:渡月橋
嵐山桜2008Sony096:葛野堰堤と嵐山
嵐山桜2008Sony097:嵐山の桜

 名称の事ですが、嵐山と書いて「らんざん」と読む人もおります。昔の歌謡曲にありました。実は私も正式な名称はしらないのです。ただ、幼稚園以来、「あらしやま」としか話したことはなかったです。地域の特定も、嵐山公園とは呼びましたが、中之島はうしろに公園とは付けなかったです。むしろ、ずっと東の地域を「東公園」と呼んで怖れていました。
 つまり、学区が嵯峨小学校から松尾の小学校に変わるあたりが東公園だったように思います。
 ついでに、愛宕山はあたごさん、と呼んでおりました。愛宕山と保津峡の間くらいが水尾といいまして、ここからは生徒が嵯峨小学校に通っていた記憶があります。これもミズノオと呼ぶ人がいます。昔の天皇さんにおられます。しかし、私はミズオと呼んでおりました。
 くだくだしい呼称を羅列して、申し訳ないです。
 桜花は、内奥では「サクラハナ」と読んでおりまする(笑)。おうか、が普通でしょうね。

嵐山の枝垂れ桜

嵐山桜2008IXY4082:枝垂れ桜・全景
嵐山桜2008IXY4085:枝垂れ桜と愛宕山と焼きそば
嵐山桜2008IXY4080:朝日に匂う嵐山桜

 身近な所にこんな立派な枝垂れ桜があったのです。勿論知ってはおりましたが、いつからあるのかは覚えておりません。なぜ、ここ数年毎年春になると桜狂になっていたのに、肝心の故郷・嵐山の桜を掲載してこなかったのか? 謎ですねぇ。
 理由は単純です。渡月橋あたりは、春と秋には行かないと、長年心に決めていたのです。その分、初冬の嵐山の夕方などは、人影もなく、よく通っております。
 なんというか、人と車とで身動きがとれなくなるのです。バスが数珠つなぎになって、道路の真ん中でじとーとしているのです。天下の名勝嵐山、とはよく言ったものです。そんなところへ、地場の者がわざわざ行く気にはなりません、でしょう?
 今朝の実験では、早朝8時前ころなら、まだバスも自動車もあまり居ませんでした。人影もまばらでしたね。観光地は、平日の朝夕にかぎります。

中之島公園

嵐山桜2008Sony094:桜アップ
嵐山桜2008IXY4073:中之島公園
 最後になりましたが、嵐山桜2008の四月一日現在は、まだ咲き初めと言ってもよいでしょう。今週末から、咲き誇ると想像しています。渡月橋でビデオを撮っているときは、風で身体がゆれて、その上今朝はとても寒かったです。もう少したてば、公園も満開、山々もさらに桜桜になることでしょう。

嵐山の地図

(京都府京都市右京区嵯峨中ノ島町)

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