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2008年4月29日 (火)

小説木幡記:2008/04/29(火)葛野のことも夢のまた夢

宿題
 昨日月曜の夕方、葛野で宿題を一つ終えてほっとした。厳封して事務に届けに行ったが、珍しくもう閉まっていた。最近は大学の諸所事務も大変だろうと想像していた。いつもは遅くまで灯っている。
 それではと思って、研究事務室に行ったら、一人おられた。書類を手渡してほっとした。
 実は、客観的にはたいした書類ではないのだが、毎年気が重くなる。この世は、とくに近代以降は、世の中の「個人」の立場というものがドキュメンツ(書類だな)で成り立っているから、宿題が多々発生する。書類を書かないと、余の存在も消えてしまうような、そういう仕組みになっている。

書生っぽさ
 一休みしていると、ノックがして同年代のヒトが立っていた。葛野に来てからずっと気の合う教授殿だった。
 「犬小屋ですみません。さあさあ、どうぞ」と部屋にはいってもらって、馬鹿話に興じた。というか、若い頃の真性の馬鹿話じゃなくて、あるいは若い者達とぎゃはぎゃは笑う話じゃなくて、お互いに笑い顔で悲憤慷慨する馬鹿話だ。

 しかし結局、世間話とは言っても、三つ子の魂百までというのか、最後は文学論に終始した。特定作家とか作品を話すのじゃなくて、「文学ってよいねぇ」ということになる。

 余は就職して以来ずっと、いろいろな立場で「大学のキャンパス」に生きてきた。数多のよしなしごとはあったが、結局耐えられたのは(笑)、ときどきえも言えぬ書生っぽさに気持を宥められてきたからだ。だれとは言わないが、何人か方々の大学で知り合った碩学達も、純真なほどに、書生っぽい話を一緒にしたり、聞いたりしてきた覚えがある。そしていろいろな立場で出会ってきた同僚たちや部下や若い先生達も、あとで考えると微笑むほどに、生真面目な顔をして文学論や人生論や恋愛論や冒険論や、なんやかやと書生っぽいことを熱込めて話してきた。

 そういう、浮世離れしたところが大学キャンパスにはときどきあって、それがおりおりに余を慰めてきたのだろう、と昨夕思った。
 余はつまるところ、書生なのだろう。うはは。

植樹職人の隊員達
 相手は忙しい教授なので、引き留めることもせず、話は二十分ほどで終わった。名付けて「瞬間馬鹿話の時間」とでもなろうか。送り出して廊下の奥を眺めたら、屯所に灯があった。

 屯所に行ってみたら、以前にジオラマの植樹を数時間手伝ってくれた隊員が二人いた。倶楽部の仕事をしていた。
 「珈琲でもいれましょうかね」と声をかけたら、「ありがとう御座います」と良い返事があった。
 近頃話題の本物の味がするとかいう、パックのドリップ袋を二つあけて、各人持ち寄りのカップに淹れて上げた。いやいや、そういう洒落たドリップ珈琲を買ったのじゃなくて、卒業生達の貢ぎ物ということだ。それを在学生達に御馳走するというのも、功徳なりというか、生々流転ものごとは循環するという摂理じゃな。「葛野のセンセには、珈琲差し出せば、ご機嫌」とでも、噂があるのじゃろうか。

 「ところで、君たちぃ、またジオラマの植樹とか、建物の色塗りとか、あれこれ頼むよ。水性アクリル絵の具も12色揃えるからね」
 「はいはい」「ええ、おまかせください」
 「夏のオープンキャンパスには、JK達にまともな鉄道図書館列車をお披露目したいから。このことは八代局長の許可も得ているから、しっかり頼むね」
 「わっかりました!!」

 と、傍目には単純に、教授が学生に仕事を頼んで、当然の如く執行されていくように見えるじゃ労が、なかなか。そういう態勢に持って行くにはいろいろな努力の積み重ねが必要なのだ。事実、このことでは倶楽部を統括する八代局長と数日にわたって相談し、合意を得た結果なのだ。今期の局長2008殿は在籍最長なので、歴代倶楽部運営の難しさや、意義づけを、長年考え味わってきているから、最高顧問といえども、恣意で倶楽部を動かすことは出来ない。先代の局長からは、数度「拒否権」をくらって、しょんぼりした記憶がある(笑)。

 ずっと以前、ある年輩の教員が余に向かって「Mu先生は、学生達の力を駆使して、良いですね。気楽ですね」と言われ、内心「ムッ」とした。いろいろ詳細は省くが、一過性のことなら年長者であるとか「先生」であることで、学生達に授業中、「そこの窓を開けて下さい」とか「このプリントを配って下さい」とか、自然に助力をたのめるが、組織的に物事を遂行するためには、社会通常の給与を媒介にして契約された組織の数十倍、手続きや同意が必要となる。
 
 とまあ、そんなことを思い浮かべながら、ソファで珈琲を飲む若い、気の良い秀才二人を眺めながら、「ああ、今年も良い幹部や隊員に恵まれた。葛野図書倶楽部2001、万歳!」とつぶやいていた。

『日本の美術史』
 今年の夏期論文は日本の美術史に決めてある。この連休中にテキストを熟読するつもりだ。この図書は芸術新潮に連載中から読んできた。もう、40年以前にもなろうか。連載が終わり数ヶ月後、図書が上梓されたとき、早々と京都書院に行った。当時、書店・京都書院は河原町の古書店近くにあって、「保田與重郎」の図書はそこで買っていた。
 保田先生の著作は、少し気を許すと入手するのが大変だった。専門書、評論などの図書は今でも少数部数だが、保田先生のものは格別に入手が難しかったという記憶がある。

 当時の芸術新潮は、いまでも木幡研の押し入れのどこかに有るはずだが、捜して引き出すつもりはない。埋もれたままにして、初版としてでた一本を頼りにものを考えていくつもりだ。

 つまり。
 ことは美術になる。だから写真が一番揃っているのは最初の雑誌なのだ。次に図書になったとき、写真は厳選されたものが掲載されたはずだ。伊勢内宮の心柱のカラーは鮮烈だった。しかし、全集や文庫になると、写真がなくなる。

 と、こういう話が裏に控えているので古い雑誌「芸術新潮」に思いがおよんだ。
 余は、「初版」、それでよいと思った。決断した。余は書誌学者ではない。テキストを分析したい。だから、初版だけで分析する。言い訳じゃなくて、なにかをするときは、境界をさだめないと泥沼に沈んでしまうと言う鉄則を、書生っぽい余であっても、長い年月、味わってきたと言うことなのだ。
 連休が楽しみだ。

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