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2008年3月 7日 (金)

纒向遺跡(まきむく)の三つの古墳:勝山、矢塚、東田大塚古墳(ひがいだおおつか)

承前:最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 (MuBlog 2007.04.14)

 産経新聞(2008/03/06朝刊)によると、奈良県立橿原考古学研究所と桜井市教育委員会とが、3月5日に、纒向遺跡の発掘調査結果を発表したとのこと。最古級の前方後円墳{矢塚、勝山、東田大塚古墳(ひがいだおおつか)}3基は卑弥呼の時代に「兄弟古墳」のように連続して築造されたと言えるようだ。詳細は、3月8日に桜井市市民会館で報告されるとのこと。

3基の形状ほぼ判明/産経新聞

3基の形状ほぼ判明:卑弥呼の時代:相次ぎ築造:奈良・纒向遺跡/産経新聞20080306(朝)
 承前引用記事(MuBlog 2007.04.14)に記したが、一年前の調査と今回の調査では、データが新しくなった。三つの古墳とも全長は93~120mで巨大古墳なのだが、埋もれた部分が多くて形状がなかなか掴めず、今回あたりで前方後円墳の全形が掴めたのかも知れない。
 近所にある280m級の超巨大箸墓に比べて、三つの古墳は割合として前方部が短く、ずんぐりした形だとわかる。長年箸墓の図を眺めていると、それが私の原型イメージになってしまい、なんとなく他の前方後円墳はバランスが悪いように思えた。
 三つの古墳とも、箸墓よりも古いらしいので、箸墓のような超巨大で前方後円墳らしい形(つまり、現代人にとっての)になるまでの準備期間だったと想像した。

(1)勝山古墳
 前回は、この勝山古墳についての言及がなかったが、今回は墳丘の南側で「前方部の一部と周濠を確認した。」また前方部は東田大塚古墳と同じく、三角形で、全長は115mと推定された。
 過去の報告も探したが、見つからず、桜井市文化財協会に簡単な記録があった。
(2)矢塚古墳
 前方部の先端が判明し、全長が93mとわかった。以前の記事では96mだったので、少し小さくなった。
(3)東田大塚古墳
 全長が120mとわかった。先回の調査では108m前後だったから、前方部が伸びた。

まとめ

纒向遺跡関連古墳地図
 纒向遺跡のことは息の長い話になるが、今回の調査で、この三つの古墳についてはほぼ原型が判明したと思った。全長が90~120mで、箸墓にくらべると前方部の割合が小さくて、ずんぐりしている。後円部をしっかり造って、前方部は付け足したような印象に思えた。
 今、前方後円墳の前方部と後円部の割合などを正確に記さないのは、もう少し勉強してからの楽しみに思っているからだ。今のところは、いずれも前方部の多くがが埋没していたような古墳だから、私が現地でながめてもきっと円墳にしか見えないのだろうな、と想像しておく。
 それと、いずれも周濠が話題になっているのだが、やはり前方後円墳は最初から回りを濠で囲まれていたと考えた方が良いのかも知れない。
 それにしても。
 田畑のど真ん中に墓を造った当時の人の考え、それは当時そこが田畑だったという意味ではなく、平地にぽんぽんと100mもの大きな前方後円墳を造った人の気持ちを、別途考えた方がよいようだ。現代人の私だと、お墓は山の近くとか山の中に隠すような気分になるが。多分、巨大な都市計画の一環として、前方後円墳を造ったと考えるのがよいのだろう。
 別の図書で読んだのだが、箸墓という「巨大モニュメント」に至る道だった可能性は高いだろう。

参考サイト記事など
◎ 49.纒向遺跡勝山地区の調査『桜井・発掘調査現場から/桜井市文化財協会.1999.3』p.50
奈良・纒向遺跡の3古墳、前方後円墳の形状に変遷 2008年3月5日(水)22:18 YOMIURI ONLINE
矢塚(やづか)古墳(纒向遺跡第148次)の発掘調査
東田大塚(ひがいだおおつか)古墳前方部の調査
東田大塚古墳の発掘調査広報「わかざくら」 平成11年4月15日号掲載
東田大塚古墳の発掘調査広報「わかざくら」 平成10年4月15日号掲載
☆ 平成13(2001)年ころの古い記録ですが、纒向遺跡の古墳を一覧する記事がありました。
  纒向遺跡

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コメント

 この三つの古墳については、友人の風人さんが、コンパクトにまとめてくださっています。
よろしければ、ご覧になってみてください。
 http://asukakaze.blog.shinobi.jp/Entry/550/

投稿: wd | 2008年3月 7日 (金) 14時14分

Wdさん
 情報ありがとう。
 確認しました。
 
 しかしそれにしても昨日までの寒い時期に、風よけもない纒向遺跡で発掘とは、大変なお仕事だと思いました。

投稿: MU→wd | 2008年3月 7日 (金) 18時34分

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