小説木幡記:2008/03/24(月)葛野キャンパスの春
昨日は、日曜日だったが葛野に出向いた。会議が一つあった。
会議は時間がかかったが、一つの案件は上々に通った。若き研究者が階梯を一つあがった。教員のステータスは、研究や教育とは相関がないとは思うが、それでも喜ばしいことだった。
また同じく、先輩教授が退任の挨拶をした。
ともに「年度」が変わる徴(しるし)に思えた。
会議が始まるまでと、研究室で整理をしていたが、時間ができたのでキャンパスに早めに降りた。
みわたすと、まったくの無人だった。
日本庭園の近くのベンチにすわりぼんやりした。
目の前に洋風の噴水があった。階段式に下がっているので、いつかみた飛鳥の酒船石遺跡・亀形石造物を幻視した。
気持がよかった。まだ午後初めだったので空は晴れていた。カーディガンだけでベンチに座っていられる陽気だった。ふと、何故、いつから葛野のキャンパスにいるのか、陽気の中からおぼろげな記憶が立ち上がってきた。数十年前に大学を卒業したとき、こんな風にしている自分を夢想したが、そうなるとは思っても居なかった。40代中頃まで別の世界にいた。いろいろな思いをした。この大学にきてからの年月がだんだんその世界の年月に迫ってきた。
どんな世界にいても、人生を歩んでも~、といつも思ってきた。
選んだ道に花が咲き、蜜があり、休息もあり、そして落とし穴も、急坂も、事故もある。どれをとっても同じとはいわないが、紆余曲折があって、苦楽の種(たね)は等分にある。
立ち上がって日本庭園の小道を歩いた。小さな滝があった。
この日本庭園をジオラマにしてみたいと思った。ミニチュア庭園を机上に置きたいと思った。思考はたちまち、「本当の水を流そう。模型のポンプを用意して、滝やせせらぎや、そして景観をなめらかに西欧式に移し、噴水を作ろう。いや、亀形石造物にするのも悪くない、……」
はっとした。
昔から盆栽という趣味が日本にある。あれは本当の植物を育てる技を使うらしい。父が、北野の天神市で盆栽を幾つも買ってきて、庭にならべていた光景を思い出した。そう言えば、父と兄たちと庭を造ったことがある。中学か高校生のころだった、……。
会議室に出向く時間になったので、記憶の想起を停止した。
真横の樹に、白い花が一杯さいていた。よい匂いがした。花に近づいて香りを吸い込んだ。
木蓮だった。
気持がとてもよくなった。日曜の葛野のキャンパスはまだ無人だった。
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