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2008年2月24日 (日)

NHK篤姫(08)薩摩の話:篤姫さまと、本格都振り

承前:NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父

 なにがどうのとは書きにくいのだが、45分間、今夜も魅入ってしまった。
 今夜初めて於一(おかつ)から篤姫が生まれた。
 島津本家にも大奥があって、老女がいた。そのしきたりの中で、篤姫が「下がれ、下郎!」の雰囲気で大見得を切るとき、姫の声のトーンが気に入った。以前、少年の格好をして、兄たちの通う塾に紛れ込み、見とがめられて、「そ、それがしは~」と言ったセリフが耳朶を離れない。

 一つ注意深く見たのは、当時の江戸城内での、ペリー来航に対処する幕閣の様子だった。
 {老中筆頭:阿部正弘、水戸前藩主:徳川斉昭、越前福井藩主:松平春嶽、島津藩主:島津斉彬}
 このドラマでは、阿部老中が他藩の藩主級と相談していた。徳川の大番頭格が、他藩の藩主と相談するのは幕末ならではの姿だと思った。それにつけても、島津藩は幕府始まって以来ずっと外様大名として扱われてきたと思ったのだが、徳川との関係は長時間をかけて修復してきたのかもしれない。篤姫以前にも、島津から徳川へ嫁入りした事例があったはずだ。

 阿部が松の廊下?で、斉彬と並んで歩きながら、水戸烈公(斉昭)の気性をそれとなく揶揄し、「所で、島津君、今大変な時期だから、帰国を遅らせてくれんか」と頼み込み、斉彬は答えた。「いやいや、琉球にペリーが来ているから、帰って戦準備や、それから例の一件、あの(姫の)事もあるので、帰ります」
 老中が外様大名に、「ちょっと、相談にのってくれよ」というのもおもしろいし、斉彬が「例のこと」と、老中と秘密を共有しているのも、伏線としておもしろかった。

 それで薩摩下級武士。
 大久保さんは無事お役が戻った。めでたし。しかし、この一瞬、この大久保利通こそが明治政府の重鎮中の重鎮、近代日本を粘土からコンクリート作りにこね上げた、最重要人物になるとは、本当にお釈迦様でも分からないだろうな。

 篤姫が「日本外史は飽きたから、源氏物語をもちゃれ」と言ったのには爆笑した。たしかに都では長きにわたり、源氏物語は本居宣長を待つまでもなく、教養中の教養だったが、それにしても、ある意味、雅(みやび)に包まれたはしたなさ、スキャンダラスな物語を、篤姫が読む様は、想像すると笑えてしまう。

 と、今夜はいつにもまして、とりとめもない感想文とあいなりました。島津大奥でのやりとりは、きっと江戸城大奥での篤姫予行演習になるのだとおもいます。幾島の登場、稲妻が走っておりました。

余談:格式についての考察
 格式の中で、分家のただのお姫さまが、まずは薩摩で、次に京都で、さらに江戸で、圧倒的な「姫」になっていく経過がしばらく続くことでしょう。

 格式は文明の余剰でもあり、文化である。
 格式と言っても、中国・北方民族がゴロツキ・無頼漢のごとく漢人を攻め犯し乱暴狼藉をつくし、知らぬ間に初代皇帝になり、それと同時にあれよあれよというまに文化様式もなにもかもが漢化し、気がついたら三代、四代、その時は初代の無頼ぶりは歴史から消え、初めから中華・神聖皇帝がこの世におわしたかのごとく、なってしまう。

 わが国なら、食い詰め乞食坊主だったかもしれない松平遠祖が、後代人質に取られたり、奥さんを無理矢理切腹させられたりしているまに、気がついたら徳川総本家、これも三代家光の時代になると、「余は、初めから将軍として生まれた」という雰囲気になってしまう。

 悪名高き藤原氏も、……。(いわぬが華じゃねぇ)
 格式が定まるには時間がかかりそうだ。そうして、大体は格式を作り上げる専門家がいて、最初は無理矢理、そのうち千年来「こうでした!」という雰囲気で、しきたり、家の造り、話し方、行儀作法、年中行事、……。すべてが格式にのっとって固定的に華美に行われるようになる。

 篤姫さまの育った今和泉島津家の格式と、島津総本家の格式とは、念の入れようが違ったのだろう。どちらも500年遡れば、幻想といえば幻想だが、しかし日々の生活を律するリズムといえば、それなくして成り立たないルールだとも言える。格式は、それが壊れると成員が路頭に迷うほどに、生活を律する枠(フレーム)そのものとなってしまう。

 いくら暑いからと言っても、大会社の社長、専務、常務がステテコとチジミ・腹巻きで会社に行くわけには行かないし。首相が平服で宮中晩餐会に行くわけにもいかない。首相の格式があればこそ、国賓と同席できるのだから。そして遠い明治の元勲達は、食い詰めの下級武士だったり、素性の知れない無頼人だったり、……いつのまにか鹿鳴館に出向きダンスを踊り、豪邸を東京の一等地に設け、「あんな家とは格が違う。この縁談はゆるせぬ」と言うのだから、なにやら失笑するような世界が生まれてしまう。

 ともかく、篤姫の生きた時代、文化の本源は都、すなわち京都にあった。京都はすでに千年都だったのだ。そこの近衛家とは摂政・関白を生み出す筆頭家。そこで文化・雅・格式を担当する幾島(松坂慶子)が、薩摩に呼ばれた。篤姫は、その薫陶を受けるのだから、日本一の、真打ちの姫さまにならざるを得ない。

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コメント

 幾島はん いいですね

 NHK大河はいつも脇役がいいですね。さて、来週は篤姫誕生ですかね。

 この前、松下村塾を訪問した時ですが、明治維新後に例の篤姫の碁の相手の幼馴染の頼りない男性は首相になる予定だったそうですね。

けど、直前に死んでしまったそうで、残念ですね。薩摩と長州がかわるがわる首相を務めたと聞きました。

 さて、大奥、これから大変ですね。

投稿: jo | 2008年2月26日 (火) 10時17分

Joさん
 薩長閥は明治以降ずっと、続いていますからね。最近もね(笑)。

 ところで、篤姫の感想文、書きにくいです。ドラマ自体は、篤姫やその父ちゃんや、島津大奥や、いろいろ楽しんで、あっというまに毎週終わるのですが、感想となると、書きようがなくてね。
 やはり、MuBlogは、戦(いくさ)、軍師、戦術戦略、斬首切腹、壊滅、~男達の挽歌がないと、どうにもさえませんよ。しかし、なにごとも経験、家庭ドラマやら大奥やらも、Muの感性でなんとかこなしていきます。ご期待のほど

投稿: Jo→Mu | 2008年2月26日 (火) 17時09分

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