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2008年2月17日 (日)

NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父

承前:NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫

 Muは、なにを隠そう娘がおります。ええ、息子もおります。どんな娘か息子かは、Muを見ればわかります。
 さて。
 今夜のドラマでは、今和泉島津の娘が、両親の手の届かない階級、つまり七十七万石の姫になるわけですから、一万と少しの石高身分では、「生き別れ」となるわけです。本家の娘になるのですから、里帰りという考え方は雲散霧消、一種他人になってしまう。
 娘を同格ないし、ちょっと上等な家格の家に嫁がせるなら、今夜のドラマは「娘を嫁にやる父と母」ですませられもしましょうが、それとは話が異なります。

 Muには娘が遠方におります。頭の中で娘に相談することが随分あるわけでして、なにかと重宝しております。
 息子はそばにおります。この場合も、人が耳にすれば宇宙人語で、以心伝心、通信していますから重宝しております。
 ドラマでも、人の言い分は片方だけじゃなくて、いろいろな人の意見を聞きなさい、迷いにまよったら、自分に自信をもって、感じたように、つまりノリで決断しなさい、と篤姫は母に諭されます。Muも、江戸と京都との通信で、多くの決断をしてきました。

 ところが、おそらく幕末の上流階級ですと、ますます階級差は厳然としていて、娘は娘でなくなるわけでしょうね。顔も合わせられない、言葉も交わせない、生き別れ。頭の中で通信することも、はばかり多くて、できなくなることでしょう。

 そんな崖っぷちに立った前夜の父親。俳優の長塚京三さんはよい味をだされておりますね。気が弱いところ、くそまじめなところ、ちょっと狡くて、剽軽なところ。全部一つの人格として出しておられました。
 その父、島津忠剛(ただたけ)は、篤姫と話すことから逃げ回ります。

 Muがこんな崖っぷちに立ったなら、娘と話すことはなくなるでしょう。無駄と思うわけじゃなくて、言葉にいいつくせない。だから、忘れようとするでしょうね。いなかったこととして、娘を見つめることでしょう。そういう心理構造が、菊本の死にたいして忠剛のとった態度にもあらわれています。かなわぬ事なら、なかった、いなかったことにしょう。

 それにしても父の篤姫への言葉「君はおもしろかった」というセリフは、よかったです。本当に篤姫みたいな人がそばにいると、おもしろい毎日ですね。

 篤姫が籠の中から、お守り袋を握りしめ尚五郎(小松帯刀)を見つめ、そのそばに西郷さんたち仲間が伏している、このシーンが良かったです。

課外授業:徳川御三家・水戸

 徳川(水戸)斉昭(なりあき)を、江守徹さんが演じていました。江守さんといえばお酒好きで、役柄では数年前に目にした石田三成役が忘れられません。あの役柄で、江守さんは一世を風靡し、婦女子の紅涙を絞らせたことと想像していますよ。 
 三成は時々泣くわけですよね。江守さんが「クハッツ、クククッ」と、むせび泣くのが絶品でした。

 さて斉昭さん、この方の息子が後日に征夷大将軍・徳川総本家の15代将軍になられた慶喜(よしのぶ)さんです。後の将軍の父親ですね。
 斉昭さんは激しい攘夷論者だったようです。世上では、水戸の尊皇攘夷という思想があって、この考え方が明治維新を動かす原動力の一つだったようです。斉昭さんも、当然(尊皇)攘夷思想に厚い人だったのでしょう。

 今読み終わった「大奥/よしながふみ」(白泉社)の一巻は八代将軍吉宗、徳川御三家の紀州からでた将軍の治世でした。二巻と三巻は、その一巻の前史因縁をとく、三代将軍家光の治世でした。
 水戸ですが、徳川御三家の一つとして水戸に封じられたのは、そもそも徳川二代将軍秀忠の弟からでした。そして水戸光圀(みつくに)の時代、つまり総本家・三代将軍家光の時代に、光圀は茨城県で「大日本史」という歴史書を編纂しだしたわけです。そのころから、水戸の尊皇論が生まれてきたと言ってよいでしょう。
 (ちなみに、大日本史は明治期に完成したようです)

 斉昭(江守徹)は光圀から二百年ほどあとの藩主でした。このころ、水戸には思想家が何人もいて、尊皇論に攘夷論が追加されて、独特の水戸学:尊皇攘夷論が世間に知られるようになったわけです。

 このあたりの、水戸学と幕末の世相を的確にとらえた、一見トンデモ、実はとてもおもしろくて斬新な図書が『ドーダの近代史/鹿島茂』(朝日新聞社、2007.6)にありました。Muがよたよたと書こうとしていることが、快刀乱麻の筆致で解いてありましたよ。第一章の「ドーダの夜明け:水戸学」をぜひ御覧下さい。

 これからしばらく江守・斉昭さんは出演なさると思います。息子の徳川慶喜さんもです。その騒乱の背景は、上述の水戸学に端を発しているとおもって間違いではないです。

注1:尊皇(そんのう)、尊王とかき分けることもありますが、現代日本では同じと考えて良いでしょう。
注2:勤皇(きんのう)、勤王という言葉もあります。
 尊皇攘夷(そんのうじょうい)と勤皇とは若干区別をした方がよいです。
 この区別は、『浪曼者の魂魄(こんぱく)/村上一郎』(冬樹社、1969.11)では、神経質にかき分けられています。しかし村上さんの言葉をそのまま解説すると、Muにも手に負えない難しさがあるので、ここではMu流の解釈を示します。
 つまり、「尊皇」は心中で天子をうやまう。「攘夷」は実力で異国を排撃する。それが「尊皇攘夷」となると、思想という清純さが無くなり、イデオロギー、つまり教条的政治闘争的宣伝文句に堕し、権力の奪い合いになるという考えです。
 ところが、「勤皇」とは、心中で天子をうやまうだけではなく、天子に勤める尽くす、奉仕するという、生活態度になるわけです。
 似ているようで、二つは異なります。
注3:恐らく、「篤姫」も中盤以降は、そのあたりの水戸学や権力争いや、尊皇論、攘夷論、勤皇論などが入り交じってドラマが展開すると思います。もちろん、大河ドラマは物語ですから、もっとおだやかに、爽やかに、描かれるとはおもいますが。

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