« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月28日 (木)

昭和の鉄道模型をつくる(21) 八百屋(丸茂青果)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(20) 魚屋(魚政)

21:部品と工作(八百屋:丸茂青果)

21:丸茂青果の正面
21:丸茂青果の裏面
 店先に野菜や果物が並んでいます。自分一人で作ったらこれだけで半年かかりそうです。倶楽部ご隠居(卒業生)の一人に徹底的に食のミニチュアに凝っている人がいます。一度みたことがあるのですが、もしかしたらこういうキットはそういうタイプの人が設計しているのでしょうね。目の前にある八百屋模型の奥に、作った人たちが行き来していました。
 それにしても店頭に立つ大将の恰幅が佳いですね。前にも言いましたが、作っているときはこんなにリアルには見えないのです。写真で拡大すると、別世界に思えます。 

21:鉄道模型の達人/木曾モジュール倶楽部(KMC)

21:木曾モジュール倶楽部(KMC)
 いやはやとため息。ふたつのため息です。
 まず、ようやく9ミリ軌間のHOスケール(1/87縮尺)という、長年(たった半年ですが)悩んでいたHOナローとかいう言葉の謎が心底までストンと飲み込めました。
 要するに、機関車、列車の大きさはHOゲージの通常スケールと言われている1/87(1/80)縮尺で、線路の幅がナロー、つまり狭くて、Nゲージの9ミリ幅を使っているわけですね。Nゲージは一般に1/150スケールですから、HOに比べて小さい車体なのですが、そこにHOタイプの列車を走らせるから、なんとなくアンバランス、かんとなく可愛らしいわけでしょうね(笑:これでよいのかな?)。
 もう一つは、例の深山幽谷列車というか、山と渓谷と鉄橋、すなわち私の大好物世界だという点で、ため息をついたわけです。すでに、「昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所」で「わたらせ渓谷鐵道/平山学」をずいぶん気に入ったわけですが、なんとなく同じ感想を今回も抱きました。森林鉄道では橋も木製のようですが、写真をみているとその木橋の構造がえも言えぬ味わいで、たまりませぬなぁ~。
 KMCさん達の作品は、モジュール・レイアウトと言って、部分部分を各人が一定の規格で作って、それを寄り集まったときにつなげるようです。うむ。

21:AtoZ:「畑」 ジオラマ/レイアウトの制作(10)畑を作る

21:「畑」 ジオラマ/レイアウトの制作(10)畑を作る
 前回の田んぼを作るのに比べてほんの少し気楽です。畑の畝(うね)を、スチレンボードにV字形の切り込みを何本も切り込むことで表すのが、整形の基本です。実は昨日、初めて買ったスチレンボードで、「サンドペーパ貼り込み道路」を造る準備に入ったのですが、発泡スチロールよりもキメが細かくて扱い易いですね。
 次に、切り込みをいれたスチレンボードの表面を、おなじみのジェッソ茶色で下塗り。
 ボンド水溶液を塗って、茶と緑のパウダーをまく。
 作物は「コースターフ(ぶつぶつしたスポンジ)」をピンセットで置く(ボンド原液で接着)。なお、パウダーとかコースターフとか、地面師が使う諸々のトッピング材料については、いつか表にしてまとめるつもりです。
 さらに、畑の空いた部分にトマト棚作成をするようです。
 棚は電線を分解して二、三本の銅線を寄り合わせ、これに茶色ジェッソを塗って、2センチほどずつ切る。
 以下の詳細はややマニアックに思えるのですが、銅線をV字に埋め込み柱とし、その間にスチロールボンドで横糸を引く! そこにコースターフを付けて、アクリル絵の具・赤色を爪楊枝でちょんちょんし、トマトの実にする。
 おお!
 読んでいて最初は簡単と思いましたが、トマト棚になると、難しく感じました。将来私は、畑だけにしておきます。
 
21:昭和の『鉄道模型』をつくる
21:昭和の『鉄道模型』をつくる
 昭和の情景として「レジャーブームの幕開け」に興味を持ちました。昭和36(1961)年ごろの週刊誌を元に構成されていました。
生活にゆとりが生まれてきた。洗濯機や冷蔵庫といった家電製品の普及で家事の時間が減少したことも加わり、家族総出による娯楽時代の幕が開いたのである。昭和34年度の経済白書は、「教養・娯楽への支出が増加している」と報告している。(昭和の情景)
 私が中学生から高校生ころの世相だと思う。
 同記事の掲載写真には、上越線土合駅のホームが谷川岳の登山客で鈴なりになっていました。都会のラッシュ時の混雑が登山駅で見られたようです。私の経験では、高校生の時に山岳スキーや登山のために乗車する信州往復・急行列車は、大抵200%くらいの乗車率で、トンネルの中で列車が停止したこともありました。気分が悪くなって非常ベルを押す人がいるからです。私は小柄なので、時々列車の網棚によじ登って横臥していました。
 すさまじいレジャーブームでした(今は空港とか、新幹線がそうなのだろうか?)。
 昭和36年の朝日ジャーナルから引用で、当時の余暇タイプがまとめてありました。そのうち、上流階層の余暇に注目しましょう。
 ・スポーツ{ゴルフ、狩猟、ホテルのプール、体操}
 ・旅行{家族づれで田舎の宿屋かホテル(一泊1万円以上)、飛行機旅行、海外旅行}
 ・音楽{クラッシック、小唄、長唄}
 ・暇つぶし{庭いじり、ペット、8mm、ドライブ、買いもの}
 ・コレクション{骨董、家具}
 現代人は、若年から往時の上流階級がたしなんだレジャーにそまっているようです。うむ。
 一泊一万円とは、今なら家族で20万円ほどでしょうか?
 さすがに、書画骨董にいれこんでいる学生はまだ見かけなく、小唄、長唄もいませんが、箏曲や能楽をたしなむ学生は散見しますね。

21:未来の図書館、過去の図書館
 今週は半ば休載。嵯峨野鉄道図書館列車について熟考の日々が続いているので、理念的なことには気分がのらないのです。ただ、それらしき新聞記事があったのでリストしておきましょう。いつか気になってコメントを出すかも知れません。

 平成20年(2008年)2月27(水)の産経新聞です。
学術書、ネットで公開:京大図書館と学術出版会:電子書庫通じ5冊
 ここで電子書庫とは「リポジトリ」といって、21世紀当初からの新しい用法です。京都大学には約1万1000件の学術資料などがネット上に公開されていて、これをリポジトリと呼んでいるわけです。この記事では、京大出版会の図書の無料公開がニュースになったようです。京都大学附属図書館のサイトを以下に引用しておきます。
 京都大学電子図書館
 (このページに、「京都大学学術情報リポジトリ」というページがあります。今朝アクセスしたら、接続不可でしたが(笑))
 さて、こういったリポジトリと、わが「嵯峨野鉄道図書館列車」は、どういう風にクロスするのでしょう~happy02

20←→22

| | コメント (4) | トラックバック (2)

2008年2月26日 (火)

小説木幡記:2008/02/26(火)226とかイージス艦

 この数日、時々世間を気にしていたのだが、イージス艦の事故についての別の視点が聞こえてこない。

 海上自衛隊という美称があっても、海軍に変わりはない。昔のように戦艦とかいう名称が使われないので分かりにくいが、イージス艦は戦艦に高機能の電子的防空・対戦システムを積んだ艦と、なんとなく思っている。まさか潜水艦とは思わない。

 さて。
 漁船の親子のことは、悲しすぎるので言及しないでおこう。漁船、漁師、なかなか危険な仕事だと、以前から思っていたが、戦艦にぶち当てられるとは、目も当てられない。
 イージス艦を多くの人びとが批判しているし、当然批判されて当たり前だ。国はメンツにかけてご家族に厚い手当をすべきだ。

 決着がついたら、防衛大臣は更迭されるだろう。今の防衛大臣は、優れた方とおもっているが、大臣の首がとぶくらい、それくらい内包する意味は深く重い。
 野党が、例によって防衛大臣にケチをつけているが、余の申すこととは意味が全く異なる。
 あれは、日本の防衛がないがしろにされた事件なのだ。
 となると、更迭もやむを得ない。

 あの漁船がもしも、外国の、無国籍の、危ない漁船だったらどうだったんだろう。イージス艦が沈没して、多数の乗組員が死亡する戦後まれな大惨事が起こっていたかも知れない。
 日本の海防、制海権なんか、無いのと同じだ。
 爆雷か魚雷か、なにかしら高性能爆薬を搭載した漁船が、日本国の漁船のふりをしてイージス艦に近寄っても、「小さい漁船か。向こうがよけるだろう」と、うそぶいていたのだと思う。そして、1500億円前後の艦は、300人前後の乗員もろとも、房総の海の底に沈むのだろう。

 その程度の操船なら、素人の余でもできる。自動操縦させて、ときどきレーダーを眺めて、「ぽつぽつ、いるなぁ」「ねむいな」「よけてくれるだろう」なら、小学生でも言えるセリフだ。
 いまさらだが。
 兵器をあやつるとは、軍事なのだ。訓練と緊張のない軍が、敵に遭遇すれば赤子に等しいのは、戦史を少しひもとけば誰でもわかる。

 消防士は火事がなくても訓練する。
 警察官は訓練する暇がないほど忙しい。
 海の守りは、きっとだれも訓練せずとも、自動操縦でこなせる世界のようだ。

 日本は幸せなことに、ずっと長く直接戦争のない世界にいた。しかし大多数の国民の考えと、おりおりの政府の考えとのすりあわせで、それなりの戦力を持っている。
 これは戦争を仕掛けるためではない。
 厖大な国防費を、わかりやすくいうと、日本国の保険金として、支払っている。

 火事を消せない消防士。犯人みても居眠りしている警察官。それはあんまり聞かない。
 しかし、数キロ先の船をながめるだけで、眼前に来ても避けられない海軍って、カス。そんなんでいいなら、余ひとりで全イージス艦を操船できそうだ。

 今日は、226事件の日だ。
 日本は過去にいろいろあった。どれもこれも、過去の苦い経験は、きっちり服用すれば現在の良薬になる。
 現代は、苦い薬が厭な時代なのだろう。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月25日 (月)

小説木幡記:2008/02/25(月)日々のこと

 三月が間近にみえてくると、心の中に春風が吹いてくる。三月は大学行事も比較的少なくなるのでまとまった時間ができて、新学期に備えられる。依然としてカレンダーには会議が目白押しだが、終日会議は少なくなる。今朝はそんな想いがして目が覚めた。
 春からは、MacBookのプレゼンテーションソフト(iWorkの)で、意匠を凝らした電気紙芝居を作って、授業をがんがん快適にやってみよう、と不思議な力が湧いてきた。Windowsとは、ちょっとセンスが違ってくるよな。freedial

1.科学読書
 実は、文系どっぷりの振りはしているが、少年期から科学は好きだった。最近よんでいるのは、新書版だが、生命とそうでない物についてだ。いずれ完読したら感想記をだそうと思うほど、おもしろい。たとえば、ウィルスは素焼きの陶板をすり抜ける大きさという話、これは小学校の先生が教えてくれたのをはっきり覚えている。しかしそれ以来、深く考えようとはしなかった。ところが、一つの解があって、なんだか半世紀ぶりにウィルスのものすごさに驚き直した。あれは、結晶化するんだよね。つまり、超拡大すると、宝石みたいなかたちをしてるのかもしれない。

2.昭和の鉄道模型
 今朝、右サイドバーをみて、驚いた。「昭和の鉄道模型」がランキング上位をひしめいていた。昨年秋頃の風林火山と変わらない勢いだ。

人気記事ランキング(一週間分)
* 1位:昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) →100
2位:昭和の鉄道模型をつくる(20) 魚屋(魚政) →77
3位:昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) →76
4位:昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋 →76
5位:涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) →75
6位:NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 →69
7位:昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム →66
8位:新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 →65
9位:飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 →63
10位:NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫 →52

もちろんアクセス数をよくみたら、一週間かけて100アクセス程度だから、桁が違うともいえる。日々になおすと10名くらいの人が、御覧になる程度のことだ。しかし、驚いています。
 一体どういう年齢層の方が昭和の鉄道模型なんだろう。想像すると、本当のマニアじゃなくて、余と同年代のオジサンが中心だと思っている。最近、二両編成の小さな「箱根登山鉄道電車」を別途買って昭和の鉄道模型で敷いたレールを走らせてみることがあるが、走行をじっと眺めていると、全50巻の昭和の鉄道シリーズは本当によくできていると感心してくる。読者が知らない間に「昭和」という歴史に染まるほど、随所に工夫がある。電車が昭和を乗せて走っている幻視を見た。

3.お餅の食べ方
 切り餅を湯がいていただくのは余の習性だが、最近は一工夫して贅沢な食べ方を試験してみた。結果は上々。
 切り餅を三個ほど湯がく。沸騰したら火を止めるのがコツ。あとはしばらく置いておくだけで、中までとろけてくる。
 おさらに、黒粉砂糖小さじ一杯、醤油たらたら。別皿に、手巻き寿司ほどの大きさの海苔を数枚。
 用意したら、切り餅を湯からあげて、黒粉砂糖醤油皿に載せる。
 一個づつ、海苔でまいていただく。
 そばに熱い煎茶などを用意しておくと、絶品。

4.小説「化石の村」
 昨年8月から連載を開始したが、この三月初めにようやく完了となる予定。原稿用紙で650枚ほどの長編になった。
 完成したら、MuBlogにも感想文をしるすが、なかなか大変だった(笑)。
 つまり日曜作家が週に4回(火木土日)、原稿用紙で4~5枚分(2000文字弱)の小説文章を掲載することの難しさだな。もちろん数年前から別作品で経験したから、未経験者ではない。しかし、なんどやっても辛さは変わらない。
 最大の辛さは実に単純で、つまり「毎日小説を書きたいわけじゃない!」と、そういう素人っぽい所にある。木幡記や葛野記みたいに、好きなような独り言をつらねるのとは、ちょっと相当に違いがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月24日 (日)

NHK篤姫(08)薩摩の話:篤姫さまと、本格都振り

承前:NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父

 なにがどうのとは書きにくいのだが、45分間、今夜も魅入ってしまった。
 今夜初めて於一(おかつ)から篤姫が生まれた。
 島津本家にも大奥があって、老女がいた。そのしきたりの中で、篤姫が「下がれ、下郎!」の雰囲気で大見得を切るとき、姫の声のトーンが気に入った。以前、少年の格好をして、兄たちの通う塾に紛れ込み、見とがめられて、「そ、それがしは~」と言ったセリフが耳朶を離れない。

 一つ注意深く見たのは、当時の江戸城内での、ペリー来航に対処する幕閣の様子だった。
 {老中筆頭:阿部正弘、水戸前藩主:徳川斉昭、越前福井藩主:松平春嶽、島津藩主:島津斉彬}
 このドラマでは、阿部老中が他藩の藩主級と相談していた。徳川の大番頭格が、他藩の藩主と相談するのは幕末ならではの姿だと思った。それにつけても、島津藩は幕府始まって以来ずっと外様大名として扱われてきたと思ったのだが、徳川との関係は長時間をかけて修復してきたのかもしれない。篤姫以前にも、島津から徳川へ嫁入りした事例があったはずだ。

 阿部が松の廊下?で、斉彬と並んで歩きながら、水戸烈公(斉昭)の気性をそれとなく揶揄し、「所で、島津君、今大変な時期だから、帰国を遅らせてくれんか」と頼み込み、斉彬は答えた。「いやいや、琉球にペリーが来ているから、帰って戦準備や、それから例の一件、あの(姫の)事もあるので、帰ります」
 老中が外様大名に、「ちょっと、相談にのってくれよ」というのもおもしろいし、斉彬が「例のこと」と、老中と秘密を共有しているのも、伏線としておもしろかった。

 それで薩摩下級武士。
 大久保さんは無事お役が戻った。めでたし。しかし、この一瞬、この大久保利通こそが明治政府の重鎮中の重鎮、近代日本を粘土からコンクリート作りにこね上げた、最重要人物になるとは、本当にお釈迦様でも分からないだろうな。

 篤姫が「日本外史は飽きたから、源氏物語をもちゃれ」と言ったのには爆笑した。たしかに都では長きにわたり、源氏物語は本居宣長を待つまでもなく、教養中の教養だったが、それにしても、ある意味、雅(みやび)に包まれたはしたなさ、スキャンダラスな物語を、篤姫が読む様は、想像すると笑えてしまう。

 と、今夜はいつにもまして、とりとめもない感想文とあいなりました。島津大奥でのやりとりは、きっと江戸城大奥での篤姫予行演習になるのだとおもいます。幾島の登場、稲妻が走っておりました。thunder

余談:格式についての考察
 格式の中で、分家のただのお姫さまが、まずは薩摩で、次に京都で、さらに江戸で、圧倒的な「姫」になっていく経過がしばらく続くことでしょう。

 格式は文明の余剰でもあり、文化である。
 格式と言っても、中国・北方民族がゴロツキ・無頼漢のごとく漢人を攻め犯し乱暴狼藉をつくし、知らぬ間に初代皇帝になり、それと同時にあれよあれよというまに文化様式もなにもかもが漢化し、気がついたら三代、四代、その時は初代の無頼ぶりは歴史から消え、初めから中華・神聖皇帝がこの世におわしたかのごとく、なってしまう。

 わが国なら、食い詰め乞食坊主だったかもしれない松平遠祖が、後代人質に取られたり、奥さんを無理矢理切腹させられたりしているまに、気がついたら徳川総本家、これも三代家光の時代になると、「余は、初めから将軍として生まれた」という雰囲気になってしまう。

 悪名高き藤原氏も、……。(いわぬが華じゃねぇ)
 格式が定まるには時間がかかりそうだ。そうして、大体は格式を作り上げる専門家がいて、最初は無理矢理、そのうち千年来「こうでした!」という雰囲気で、しきたり、家の造り、話し方、行儀作法、年中行事、……。すべてが格式にのっとって固定的に華美に行われるようになる。

 篤姫さまの育った今和泉島津家の格式と、島津総本家の格式とは、念の入れようが違ったのだろう。どちらも500年遡れば、幻想といえば幻想だが、しかし日々の生活を律するリズムといえば、それなくして成り立たないルールだとも言える。格式は、それが壊れると成員が路頭に迷うほどに、生活を律する枠(フレーム)そのものとなってしまう。

 いくら暑いからと言っても、大会社の社長、専務、常務がステテコとチジミ・腹巻きで会社に行くわけには行かないし。首相が平服で宮中晩餐会に行くわけにもいかない。首相の格式があればこそ、国賓と同席できるのだから。そして遠い明治の元勲達は、食い詰めの下級武士だったり、素性の知れない無頼人だったり、……いつのまにか鹿鳴館に出向きダンスを踊り、豪邸を東京の一等地に設け、「あんな家とは格が違う。この縁談はゆるせぬ」と言うのだから、なにやら失笑するような世界が生まれてしまう。

 ともかく、篤姫の生きた時代、文化の本源は都、すなわち京都にあった。京都はすでに千年都だったのだ。そこの近衛家とは摂政・関白を生み出す筆頭家。そこで文化・雅・格式を担当する幾島(松坂慶子)が、薩摩に呼ばれた。篤姫は、その薫陶を受けるのだから、日本一の、真打ちの姫さまにならざるを得ない。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

新誠会2008/02/23(伏見港の「鳥せい」)

承前:新誠会2007/03/03(伏見港の「月の蔵人」)

記念写真:新誠会20080223

記念写真:新誠会20080223
 昨夜無事、2007年次・新ご隠居さんたちを送ることができました。会場は倶楽部聖地1号「伏見の鳥せい」でした。幹事司会、顧問、局長2007挨拶に始まり、第八代の新局長2008が乾杯の音頭を取りました。
snow
 顧みますれば、2001年夏に倶楽部を結成し、初代局長が生まれ、2003年2月には関係者一同、「森博嗣京都葛野2003」講演会を無事執り行い、翌月三月に、あっという間に卒業していきました。
 年譜を見てみますと、
snow
 1:2003年3月、鳥せい。無MuBlog時代で記録不明。初代、二代局長、初代一番隊長はじめ、賛助会員他参加。
 2:2004年3月、黄桜。記録不明。顧問が悪酔いした記憶。
 3:2005年3月、鳥せい。記録不明。
up以上は、今年の「冬の黄桜新年会」で顔を合わせたところです。
 4:2006年3月、黄桜。
 5:2007年3月、月の蔵人(2006年9月に倶楽部5周年総会を執行:森博嗣先生講演)。
 6:2008年2月、鳥せい。2007年次・新ご隠居さん5名、送る者8名、そして顧問。
snow
 この昨夜第七代局長年次は、2006年9月に始まりました。よって局長はじめ幹部は最長の一年半となります。様々な倶楽部の経年変化の中で、最も伝統継承に力を注いだ年次だと思います。

幹事と芸人

幹事達と、お絵かき芸人:新誠会20080223

引き出物
ご隠居さんたちへの引き出物:新誠会20080223
 式次第にそって次々と進んでいきました。お食事は、白菊コース{お通し、鴨ロース、串盛合せ、酢の物、揚物、スープ、京美酒うどん、デザート:3,200円}だったように思えます。 「神聖」酒蔵と白菊の関係は知りませんが、例年になく豪華に思えました。それでも足りないのか、コースが終わっても、親鳥のタタキとか、串とか、みんな注文しておりました。幹事は大変だったことでしょ(笑)。そうそう、私は伏見の銘水「伏水」をピッチャーで持ってきてもらいましたなぁ。
gemini
 宴を盛り上げるためか、幹事(副長2008や一番隊長、二番隊長)は芸人さん(書記、経理局長2008)を急遽育成し、30秒で客の要望に応じた絵を描き、どちらが良いかを競い合う芸を披露してくれました。これは本当に受けました。二人とも美術系とも思えないのですが、30秒でそれらしい似顔絵ですから、本当に手に汗握る迫真の芸達者でした。
mailto
 後輩たちからの、手作りプレゼントも感動的でした。倶楽部員全員の似顔絵を描き、後輩が一人一人、各ご隠居さんあてにメッセージを込めて美麗装丁した栞です。それが手作りの一品物:ブックカバーに挟まれて先輩たちへ贈られました。まことに司書卵のまめまめさは、私には絶対に真似の出来ない心技体(?)ですね。
upwardleft
 新ご隠居さんたちからは、倶楽部に組み立て式本箱を二つ頂きました。屯所もすでに図書で満ちあふれているので喜びひとしおでした。さらに~、顧問にもご隠居さんからプレゼントが贈られ、披露しました。それは何だったのでしょう?
cat
 (仕込み)杖でした。す、素晴らしい!

待合室

鳥せいの待合室:新誠会20080223
 宴はあっというまに過ぎました。夕方6時から始まり、気がついたら9時でした。副長2007年のあたたかい「お礼」をうけて、最後の幹事長挨拶が新ご隠居さんたちへの「記憶」として、残ったことと思います。日頃は沈着冷静な幹事長が、感に堪えたのか言葉が続かなくなったのです。私は実は、ものすごくシニカルに世界を見るところもあるのですが(邪笑)、また別に物事の本質をいつも考えたいと思っています。幹事長・副長2008年の涙は、倶楽部継承の涙だったと思いました。
school
 小さな倶楽部であっても、青春の断端であっても、一つ一つの定例行事であっても、責任を全うするための努力は並大抵の物ではありません。最後にいたって、すでに二年生の秋から在職する副長2008の想いがはじけたのだと感じました。やはり、新選組は土方副長ですよね。そのとき、一瞬倶楽部歴代の副長達を思い浮かべた顧問でありました。
night
 無事清算もおわり、一行は大手筋にでました。時間も遅く、最初は駅前のミスドまで行きましたが、満席で、もどってマクドに入りました。私は100円の珈琲と、チョコパイをいただき、幹事一番隊長の労をねぎらって、すぐに退席しました。おそらく来年の今頃は、今の一番隊長たちが、昨夜の新・局長達を送り出す側に回るわけです。
 場所は葛野聖地2号「黄桜」に決定しておりまする。
taurus
 そうそう、新局長、書記局長2008は直ぐに戻らず、ミスドでドーナツを大量に買い込んでいたようです。両巨頭はスレンダー大食というまれな若者です。豪華コースでもの足りずに、さらにがんがん食べていたのは、この両巨頭なのです。幹事長の悲しみは、実はこれが原因だったのかもと、ふと今、気がつきました。

 新たなご隠居さんたちの消息。
 人となりは、Truth新春号にこうご期待の程。
 近江の人は在京、香川の人は全国行脚、京都の人は京都、越後の人は越後へ、越前の人は在京。それぞれ良きところを得て、ボンボヤージ。

伏見鳥せい

(京都市伏見区油掛町)
京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい本店

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月23日 (土)

神功皇后陵の学術調査・見学

神功皇后陵

(奈良県奈良市山陵町)

 2008年2月22(金)の午後一時から約2時間半をかけて、奈良市の神功皇后陵を歴史学、考古学学会の関係者16名が調査・見学をしたようだ。どのような学会で、どなたが見学したかは、まだ私は知らない。いずれ、新聞や雑誌、学会誌などに掲載されるのだろう(もう、公開されているかもしれないが)。
 注:学協会情報については、機関誌内容も含めて、NIIの Academic Society HomeVillage に多くあります。

 YOMOURI ONLINE 神功皇后陵で初の「陵墓」立ち入り調査、埴輪の破片確認
 産経ニュース 尊厳守りつつ学術的解明を 神功皇后陵調査

 神功皇后については以前からどのような人だったのか、興味を持ってきた。この古墳は五社神(ごさし)古墳とよばれている。全長が270~276mというから、箸墓と似た大きさだ。巨大な前方後円墳である。

 今度の見学では、埴輪や葺石が見られたようだ。前方部3段、後円部4段あり、その一段目をぐるりと回ったのだろうか?

 上記の地図でもわかるが、佐紀(さき)のあたりは佐紀(盾列)古墳群:さきたたなみ:さきたてなみ、と言われるように、巨大な古墳がいくつもある。『近畿の古墳と古代史/白石太一郎』(学生社、2007.5)によると、その推測成立年順は、
 宝来山古墳(現・垂仁天皇陵、227m)→佐紀陵山古墳(現・日葉酸媛皇后陵、210m)→佐紀石塚山古墳(現・成務天皇陵、220m)→五社神古墳(現・神功皇后陵、270m)
となっている。

 以前の『古墳と大和政権/白石太一郎』(文春新書、1999.4)では、五社神古墳が最古になっていたが、2007著作では、宮内庁の円筒埴輪発見の発表により、新しい古墳と推測されるにいたった。

 なお、宝来山古墳(垂仁天皇陵)だけは、ちょっと離れた南部にある。

(奈良県奈良市尼辻西町)

 周知のように、桜井市の纒向遺跡近くには、崇神、景行陵がある。倭建命(やまとたけるのみこと)の息子さんの仲哀天皇の奥さんが神功皇后にあたる。

 この間の系譜の流れは、
 倭迹迹日百襲姫命(やまと・ととび・ももそひめ:箸墓)→崇神→垂仁→景行→成務→仲哀・神功皇后
となる。景行天皇の皇子に倭建命、成務がおられたが、倭建命は旅先で亡くなり、成務が景行天皇のあとを継いだ。仲哀天皇(香椎宮)は倭建命の皇子であった。
 上述での佐紀陵山古墳(現・日葉酸媛皇后陵、210m)の日葉酸媛(ひばすひめ)皇后とは、景行天皇の母にあたり、垂仁天皇の皇后である。当時のことは古い話なのでわかりにくい。

 わかりにくさは、陵墓の位置で、垂仁陵が佐紀盾列古墳群から、少し離れていること。神功皇后の夫・仲哀天皇陵は古市古墳群にあること。系譜の流れと陵墓の位置関係の違いについては、以前にもメモをした。「平城宮跡、そして佐紀盾列古墳群

 今回の神功皇后陵の調査・見学は、日本の古代史を一歩前進させる力になると思った。私は基本的に、聖域を認め、墓を暴くのは罪であると考えている。しかし、日本の古代史にあっての陵とは、天皇家の聖なる御陵であって、また同時に日本国の礎を客観的に保証する遺跡でもあると考えている。時は人の心を癒す。歴史にあっても、時はさまざまな想いを鎮める。すでに二千年の悠久の時の癒やしを得た今、古代史における陵・陵墓参考地の学術調査は罪ではなく、過去への思慕の証である。今後とも適切に行われることを祈念する。
 皇祖、天皇霊もそをうべなうこと、かしこみて識。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月22日 (金)

五十一万アクセス(51万/全体87.7万):MuBlogの分析

承前:五十万アクセス(50万/全体85.8万):MuBlogの分析  (2008/02/08)
本日→観測日時:2008/02/22(金)10:35
MuBlog累計アクセス数: 5100061日当たりの平均: 354.91
  (開設日2004/03/07 記事数 1,328 件: コメント 3,925 件: トラックバック 1009 件)

サイト全体 アクセス数: 877153 1日当たりの平均:610.41
↓解析対象期間: 2008年1月23日(水) ~ 2008年2月21日(木)

(0) MuBlog51万アクセスの感想

★MuBlog統計

 統計をずっと採ってきました。MuBlog単体は1万単位、サイト全体は10万単位でした。カテゴリーは「BLOG統計」です。MuBlog単体の場合、最近は一ヶ月に2万アクセス弱になっています。サイト全体は一ヶ月に3万5千程度です。

 後者のアクセスが多いのは、MuBlog以外に小説作品や、関係blog、そして「写真」を一つ一つの「記録」として管理しているからです。たとえば、テーマ「鉄道模型」は、1テーブル(表)に50枚以上の写真が保管されていて、なにかの縁でひとつの鉄道模型記事から写真がクリックされると、大抵の読者はその写真だけではなくて、残りの数十枚もアクセスすることが多いわけです。すると一人の利用者が、一挙に50とか100のアクセスカウンターを加算することになります。(もちろん1枚で終わる方も多いです)

 しかし、写真一枚一枚に、本文記事の数十%に近い文章説明を付加していることもあるので、1記録としてカウントされることの妥当性は、なんとか確保していると考えています。それよりも、私本人にとっても、写真一枚の情報量は大きいです。原稿数枚分で記述したことよりも、写真一枚で分かることも多いのです。

 MuBlogの場合、日々更新を努力してきました。平均すると丁度4年間で1328記事ですから、年間で307記事となります。365件でないのは、ときどき疲労や病気や空しさ(cat)で休筆するからでしょうねぇ。この原動力は、「知識樹」をインターネット上に構築したい、という以前からのやむにやまれぬ情念の発露なのでしょう。私は私自身を実験対象にしているのです。

 なお、記事の分量は、だいたい原稿用紙で3枚(1200文字)~10枚(4000文字)程度です。前者は小説木幡記や葛野記の軽い読み物です。後者はいささか根性記事というか、一週間に一度ほどの割合で、気合いをいれたものです。

★統計の幅

 以下に今日付の「7日分」ランキングを記録しておきます。右サイドバーに毎日更新されるランキングリストは、前日〆の7日分が統計対象となっています。blogは一般に新鮮さ、「旬」「瞬」の情報が好まれますが、MuBlogは蓄積型知識情報を目的としていますので、如何に過去記事が使われたか、という点に重きを置いています。しかし、それは日々変動しますので、なかなか測りがたいことでもあります。

 後日の為に、今日の記録をみてみます。 

 A:1週間分の、人気記事ランキング(2008年2月15日(金) ~ 2008年2月21日(木)

 

B:本記事の「(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ」から先頭10位までを比較のために転記。ただし「トップページ」はランキングには入れない。↓

 0 トップページ
 1 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道
 2 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)
 3 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所
 4 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール)
 5 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム   
 6 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら)
 7 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎
 8 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換
 9 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード
 10 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方

 このAとBとを比較して、その差をみようとしたのですが、ほとんど変わりがないことに気付いたので詳細な分析は止めます。shadow
 ただし。
 AとBとで共通して、blog世界では旧聞に属する記事が上がっている点には気がつきました。A3、A6、A10と、B2、B8、B10とは完全一致ではないのですが、共通して自作マシン「涼夏2007PC」およびPCのハードディスク換装技術記事です。これらは、新しいもので2007年の7月ころ、古いもので2006年の2月ころのものです。半年から二年前の記事が未だに上位にランキングされるところに、こうした「技術情報」への読者の関心が現れています。

 昨年のNHK大河ドラマ「風林火山」に比べて「篤姫」の感想記事は、たしかに上位にはあるのですが、関心が薄れているように見受けられました。これはドラマ自体の視聴率は高いようなので、MuBlog自体の性格上、おっとりしたドラマには向かないのかとも想像しています。もちろん、私は毎週楽しんで見ているのですが。

 昭和の鉄道模型と、飛鳥古墳については、おどろきもし、内心「ふむふむ」とうなずいてもいます。私は前者はド素人、後者は御隠居古墳愛好者なのですが、なにかしら夢中になっています。なにかしら、とは嘘でして、実は幼少期からずっと好んできました。だから好きなものを好きに熱心に記録すると、なんとなく好き者同士がよりあってくるのだろう、と思っています。
 鉄道模型は、今後、「地域景観一体型移動図書館・二階建て図書館列車考」、というコンセプトで継続します。古墳は、これは継続というよりも毎日息をしているようなものなので、絶えることはないでしょう。

 結論として。
 今回は、一週間と一ヶ月の統計の対象期間による相違はあまり出てきませんでした。本来は、出るはずなのです(笑)。多分、4ヶ月分と比べると相違は明確に出ることでしょう。しかし、疲れるのでまたのこととして(サイト全体が90万アクセスを得た時にでも)、今朝は止めておきます。

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

「どのページが多く見られているかがわかります。」

アクセス数: 19,247
訪問者数: 15,073
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 848 1,545 5.6% 8.0%
2 飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道 377 582 2.5% 3.0%
3 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 300 427 2.0% 2.2%
4 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 321 406 2.1% 2.1%
5 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 286 356 1.9% 1.8%
6 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 217 300 1.4% 1.6%
7 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 246 291 1.6% 1.5%
8 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 244 282 1.6% 1.5%
9 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 182 221 1.2% 1.1%
10 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 158 218 1.0% 1.1%
11 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 177 200 1.2% 1.0%
12 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 112 193 0.7% 1.0%
13 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 152 191 1.0% 1.0%
14 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 129 189 0.9% 1.0%
15 自作鉄道模型 151 185 1.0% 1.0%
16 昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋 144 182 1.0% 0.9%
17 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 139 181 0.9% 0.9%
17 NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫 145 181 1.0% 0.9%
19 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 123 172 0.8% 0.9%
20 室町和久傳(むろまち・わくでん) 120 164 0.8% 0.9%
21 昭和の鉄道模型をつくる(14) トンネル1 113 156 0.7% 0.8%
22 京都の書店 142 154 0.9% 0.8%
23 NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 119 144 0.8% 0.7%
24 NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ 121 141 0.8% 0.7%
25 地図の風景 130 139 0.9% 0.7%
26 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 112 135 0.7% 0.7%
27 昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所 97 132 0.6% 0.7%
28 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 112 131 0.7% 0.7%
28 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 80 131 0.5% 0.7%
30 NHK篤姫(04)薩摩の話:信賞必罰と融和策 101 130 0.7% 0.7%
31 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 97 129 0.6% 0.7%
31 昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2 105 129 0.7% 0.7%
33 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 110 128 0.7% 0.7%
34 昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫 99 118 0.7% 0.6%
35 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 66 107 0.4% 0.6%
35 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 82 107 0.5% 0.6%
37 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 100 106 0.7% 0.6%
38 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 91 105 0.6% 0.5%
39 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 62 95 0.4% 0.5%
40 昭和の鉄道模型をつくる(13) 土台の補強材(スチレンボード) 72 94 0.5% 0.5%
41 私の京都:ブックファースト京都河原町店 73 86 0.5% 0.4%
42 昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール 65 85 0.4% 0.4%
42 美味しいところ 78 85 0.5% 0.4%
44 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 66 77 0.4% 0.4%
45 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 58 76 0.4% 0.4%
46 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 58 75 0.4% 0.4%
46 じょうしょうこうじ:常照皇寺 61 75 0.4% 0.4%
48 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 57 73 0.4% 0.4%
49 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 58 72 0.4% 0.4%
50 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 59 70 0.4% 0.4%
50 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 59 70 0.4% 0.4%
52 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 63 68 0.4% 0.4%
52 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 56 68 0.4% 0.4%
52 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 64 68 0.4% 0.4%
55 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 62 67 0.4% 0.3%
56 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 50 66 0.3% 0.3%
56 タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません> 59 66 0.4% 0.3%
58 NHK風林火山 48 64 0.3% 0.3%
59 CPU空冷装置・掃除のお勧め 48 63 0.3% 0.3%
59 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 51 63 0.3% 0.3%
59 小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー 52 63 0.3% 0.3%
59 五十万アクセス(50万/全体85.8万):MuBlogの分析 48 63 0.3% 0.3%
59 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 54 63 0.4% 0.3%
64 Blogメモ 53 61 0.4% 0.3%
65 小説木幡記:2008/01/28(月)ねむれたまわぬままに 47 60 0.3% 0.3%
66 中国料理・花閒(かかん)の月花美人:京都ブライトンホテル 43 59 0.3% 0.3%
66 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 48 59 0.3% 0.3%
68 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 49 58 0.3% 0.3%
68 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 54 58 0.4% 0.3%
70 自作PC 38 55 0.3% 0.3%
71 新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説 47 54 0.3% 0.3%
72 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 42 53 0.3% 0.3%
73 辨慶うどん 38 51 0.3% 0.3%
73 さくらだ:桜田 44 51 0.3% 0.3%
73 くろづかこふん:黒塚古墳・展示館 34 51 0.2% 0.3%
76 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 47 50 0.3% 0.3%
76 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 30 50 0.2% 0.3%
78 NHK風林火山(48)川中島・山本勘助の最期(1) 46 48 0.3% 0.2%
79 前方後円墳の航空写真 20 47 0.1% 0.2%
79 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 43 47 0.3% 0.2%
81 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 38 46 0.3% 0.2%
81 NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父 38 46 0.3% 0.2%
81 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 39 46 0.3% 0.2%
84 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載 17 45 0.1% 0.2%
84 小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城 36 45 0.2% 0.2%
86 昭和の鉄道模型をつくる(06) カーブレールC140(180°セット) 35 43 0.2% 0.2%
87 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 35 41 0.2% 0.2%
87 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 33 41 0.2% 0.2%
87 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 34 41 0.2% 0.2%
87 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(02) ジオラマの基盤 31 41 0.2% 0.2%
91 木曾殿最期 35 40 0.2% 0.2%
91 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 37 40 0.2% 0.2%
93 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 33 39 0.2% 0.2%
93 卑弥呼の墓(007) 纒向遺跡解明への期待 27 39 0.2% 0.2%
93 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 23 39 0.2% 0.2%
93 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 33 39 0.2% 0.2%
93 長尾真博士のノート 28 39 0.2% 0.2%
93 読書余香 36 39 0.2% 0.2%
99 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 29 38 0.2% 0.2%
100 キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?> 32 37 0.2% 0.2%
100 自作ロボット 37 37 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)

(G=Google、Y=Yahoo、M=Live Search は各検索エンジンへリンクしています)

「訪問者がどのような言葉を組み合わせて検索して訪れたかがわかります。検索時に入力された語句をそのまま集計しています。」

集計対象アクセス数:12,691
検索ワード/フレーズ 割合
1 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 368 2.9%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 250 2.0%
3 昭和の鉄道模型  G Y M 249 2.0%
4 じぶり  G Y M 143 1.1%
5 真弓かんす塚古墳  G Y M 126 1.0%
6 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 115 0.9%
7 おみわたり  G Y M 98 0.8%
8 風林火山 ガクト  G Y M 81 0.6%
9 佐野藤右衛門  G Y M 73 0.6%
10 ぎろぎろ  G Y M 58 0.5%
11 うぶめのなつ  G Y M 46 0.4%
12 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 43 0.3%
13 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 41 0.3%
14 鉄道模型を作る  G Y M 38 0.3%
15 鉄道模型をつくる  G Y M 37 0.3%
16 京都 大型書店  G Y M 36 0.3%
17 GA-G33M-D S2R   G Y M 35 0.3%
18 神々の乱心  G Y M 34 0.3%
19 常照皇寺  G Y M 33 0.3%
20 篤姫  G Y M 32 0.3%
20 鉄道模型 昭和  G Y M 32 0.3%
20 レスタト  G Y M 32 0.3%
20 楊令  G Y M 32 0.3%
24 島津斉彬  G Y M 31 0.2%
24 なりあきら  G Y M 31 0.2%
26 柴本幸  G Y M 30 0.2%
26 昭和 鉄道模型  G Y M 30 0.2%
28 長尾真  G Y M 28 0.2%
28 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 28 0.2%
28 真弓かんすづか古墳  G Y M 28 0.2%
28 黒塚古墳資料館  G Y M 28 0.2%
28 NHK篤姫  G Y M 28 0.2%
28 室町和久傳  G Y M 28 0.2%
34 ぎろぎろ 京都  G Y M 27 0.2%
34 修飾麻疹  G Y M 27 0.2%
36 由布姫  G Y M 26 0.2%
37 京都 書店  G Y M 25 0.2%
37 オーパーツ大全  G Y M 25 0.2%
39 PCケース アクリル 自作  G Y M 24 0.2%
39 島津なりあきら  G Y M 24 0.2%
39 真弓鑵子塚古墳  G Y M 24 0.2%
42 秘花  G Y M 23 0.2%
42 みたかのもり  G Y M 23 0.2%
44 税所篤  G Y M 22 0.2%
44 伏見桃山城  G Y M 22 0.2%
44 桜田 京都  G Y M 22 0.2%
44 CPU 掃除  G Y M 22 0.2%
48 HD 増設  G Y M 21 0.2%
48 天神川の桜  G Y M 21 0.2%
50 五色塚古墳  G Y M 20 0.2%
51 昭和の鉄道模型を  G Y M 19 0.1%
51 わくでん  G Y M 19 0.1%
51 京都 ホットケーキ  G Y M 19 0.1%
54 十三の冥府  G Y M 18 0.1%
54 SAMURAI Z  G Y M 18 0.1%
54 ブックファースト 京都  G Y M 18 0.1%
54 昭和の鉄道  G Y M 18 0.1%
54 真弓 古墳  G Y M 18 0.1%
59 京都 桜田  G Y M 17 0.1%
59 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 17 0.1%
59 椿井大塚山古墳  G Y M 17 0.1%
59 スマート珈琲  G Y M 17 0.1%
59 風林火山 gackt  G Y M 17 0.1%
59 森博嗣 名古屋大学  G Y M 17 0.1%
59 昔の冷蔵庫  G Y M 17 0.1%
66 ミホミュージアム  G Y M 16 0.1%
66 ジョン万次郎  G Y M 16 0.1%
66 篤姫 菊本  G Y M 16 0.1%
69 ガクト  G Y M 15 0.1%
69 室町 和久傳  G Y M 15 0.1%
69 お由羅騒動  G Y M 15 0.1%
69 鉄道模型 ジオラマ トンネル  G Y M 15 0.1%
73 クエ 大阪  G Y M 14 0.1%
73 西都原考古博物館  G Y M 14 0.1%
73 高齢者差別  G Y M 14 0.1%
73 かんすづか  G Y M 14 0.1%
73 甘樫丘  G Y M 14 0.1%
73 佐野藤右衛門邸  G Y M 14 0.1%
73 瀬戸内寂聴 秘花  G Y M 14 0.1%
73 PC ファン 掃除  G Y M 14 0.1%
73 ga-g33m-d s2r  G Y M 14 0.1%
73 ミスタースタンプスワインガーデン  G Y M 14 0.1%
83 調所広郷  G Y M 13 0.1%
83 島津斉彬 篤姫  G Y M 13 0.1%
83 風林火山 ミツ  G Y M 13 0.1%
83 京都の書店  G Y M 13 0.1%
83 和久傳  G Y M 13 0.1%
88 20世紀少年 あらすじ  G Y M 12 0.1%
88 まゆみかんす塚古墳  G Y M 12 0.1%
88 真弓鑵子塚  G Y M 12 0.1%
88 自作pcケース アクリル  G Y M 12 0.1%
88 大型書店 京都  G Y M 12 0.1%
88 島津篤姫  G Y M 12 0.1%
88 プチロボX  G Y M 12 0.1%
88 和央ようか  G Y M 12 0.1%
88 京都 ぎろぎろ  G Y M 12 0.1%
88 じょうしょうこうじ  G Y M 12 0.1%
88 菊本 薩摩  G Y M 12 0.1%
88 ぎろぎろひとしな 京都  G Y M 12 0.1%
88 辛味大根 そば  G Y M 12 0.1%

(3)ワード:1ヶ月分:MuBlogのみ

(↓単語へのリンクは保守用なので、使えません)
「訪問者がどのような言葉で検索して訪れたかがわかります。」

集計対象アクセス数:12,691

検索ワード 割合
1 京都 594 4.7%
2 昭和の鉄道模型をつくる 420 3.3%
3 GA-G33M-D S2R 311 2.5%
4 風林火山 301 2.4%
5 昭和の鉄道模型 289 2.3%
6 篤姫 270 2.1%
7 鉄道模型 267 2.1%
8 自作 207 1.6%
9 じぶり 149 1.2%
10 地図 145 1.1%
11 ガクト 143 1.1%
12 真弓かんす塚古墳 136 1.1%
13 昭和の鉄道模型を作る 128 1.0%
14 森博嗣 120 0.9%
15 NHK 112 0.9%
16 ぎろぎろ 108 0.9%
17 おみわたり 103 0.8%
17 ジョン万次郎 103 0.8%
19 昭和 98 0.8%
20 ハードディスク 94 0.7%
21 アクリル 91 0.7%
22 佐野藤右衛門 89 0.7%
23 写真 88 0.7%
24 交換 85 0.7%
25 感想 84 0.7%
26 ノートパソコン 77 0.6%
27 ジオラマ 76 0.6%
28 模型 68 0.5%
28 古墳 68 0.5%
30 昭和の「鉄道模型」をつくる 65 0.5%
31 島津斉彬 62 0.5%
31 薩摩 62 0.5%
33 書店 59 0.5%
34 PC 58 0.5%
35 菊本 57 0.4%
35 由布姫 57 0.4%
37 56 0.4%
37 分解 56 0.4%
39 飛鳥 55 0.4%
40 大型書店 54 0.4%
41 和久傳 51 0.4%
42 掃除 50 0.4%
42 ケース 50 0.4%
42 常照皇寺 50 0.4%
45 島津 49 0.4%
45 うぶめのなつ 49 0.4%
47 日立 48 0.4%
47 CPU 48 0.4%
47 prius 48 0.4%
50 鉄道模型をつくる 47 0.4%
51 名古屋大学 46 0.4%
52 小説 45 0.4%
52 真弓 45 0.4%
52 新世界より 45 0.4%
52 桜田 45 0.4%
52 ノート 45 0.4%
52 増設 45 0.4%
52 水滸伝 45 0.4%
59 柴本幸 44 0.3%
60 ハードディスク交換 43 0.3%
60 ホットケーキ 43 0.3%
62 リストランテ 42 0.3%
62 神々の乱心 42 0.3%
62 松本清張 42 0.3%
62 真弓鑵子塚古墳 42 0.3%
62 室町和久傳 42 0.3%
67 PCケース 41 0.3%
67 トンネル 41 0.3%
69 なりあきら 40 0.3%
70 大阪 39 0.3%
70 退職 39 0.3%
70 NHK 39 0.3%
70 秘花 39 0.3%
70 鉄道模型を作る 39 0.3%
75 20世紀少年 38 0.3%
75 卑弥呼 38 0.3%
77 ラーメン 37 0.3%
77 伏見桃山城 37 0.3%
79 メビウス 36 0.3%
79 レスタト 36 0.3%
79 Nゲージ 36 0.3%
82 VAIO 35 0.3%
83 RAID 34 0.3%
83 HDD 34 0.3%
83 楊令 34 0.3%
83 ファン 34 0.3%
87 長尾真 33 0.3%
87 raid 33 0.3%
87 邪馬台国 33 0.3%
87 わくでん 33 0.3%
87 長岡京 33 0.3%
92 Prius 32 0.3%
93 cpu 31 0.2%
93 ブックファースト 31 0.2%
93 nhk 31 0.2%
93 gackt 31 0.2%
93 修飾麻疹 31 0.2%
98 ネタバレ 30 0.2%
98 HD 30 0.2%
98 冷蔵庫 30 0.2%

(4)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ
(↓総アクセスの28%(5357/19247)程度が地域判別できます)

「訪問者がアクセスしている都道府県がわかります。」

集計対象アクセス数:5,357
都道府県 割合
1 東京 1,269 23.7%
2 大阪 587 11.0%
3 京都 490 9.1%
4 神奈川 342 6.4%
5 愛知 262 4.9%
6 福岡 208 3.9%
7 埼玉 193 3.6%
8 兵庫 192 3.6%
9 静岡 174 3.2%
10 千葉 141 2.6%
11 北海道 129 2.4%
12 茨城 111 2.1%
13 三重 104 1.9%
14 長野 77 1.4%
15 宮城 63 1.2%
16 奈良 61 1.1%
17 広島 59 1.1%
18 石川 58 1.1%
19 鹿児島 55 1.0%
20 福島 49 0.9%
20 栃木 49 0.9%
22 滋賀 46 0.9%
23 群馬 45 0.8%
23 新潟 45 0.8%
25 富山 41 0.8%
25 岐阜 41 0.8%
27 岡山 37 0.7%
28 大分 34 0.6%
29 岩手 33 0.6%
30 愛媛 30 0.6%
31 熊本 27 0.5%
32 沖縄 26 0.5%
32 長崎 26 0.5%
34 青森 24 0.4%
34 山梨 24 0.4%
36 山口 23 0.4%
37 山形 22 0.4%
38 和歌山 21 0.4%
39 秋田 20 0.4%
40 宮崎 19 0.4%
40 香川 19 0.4%
40 鳥取 19 0.4%
43 福井 16 0.3%
44 徳島 14 0.3%
45 島根 13 0.2%
46 高知 12 0.2%
47 佐賀 7 0.1%

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月21日 (木)

小説葛野記:2008/02/21(木)たまには体調悪しきこともあるのです

 今日の体調は70%というところ。
 昨日は早退して、ショウガ湯に高麗茶をまぜて飲み、病人食の夕食のあと強壮剤を二粒飲んだ。昨日の昼前から急激に悪化して、体調が20%くらいになって、怖くなったのだ。だから夜はパジャマの代わりに分厚いトレーニングウェアを上下着込んでいつものナイトキャップを口元まで引き下ろし、就寝した。結局昨日は早朝パン一枚と、夕食うどん少し、ミカン一つで終わった。今日も食欲は無くてパン一枚と昼は菓子パン一個にミルク。さっき夕方にチョコを食べた。

 そろそろ帰ろう。

 昨日早退して今日また出てきたのは、人が見れば矛盾だらけだろうが、理屈はある。もともと過激な日々じゃないから、リズムが大切。穏やかに日々を繰り返す、このことが大切。昼は葛野で物を考えて読書する。そう決めておる。会議にもでる。さすがに昨日の午後会議二つは欠礼した。
 今日は会議はなかったので、結局、ぼんやりしていた。当たり前だが、図書を数頁くると、もう脳に霞がでてきて、会議資料なんかを眺めると、本当に、本当なんだ、頭痛がしてくる。余は、普通の人間だと得心した。

 気にはなっていたのだが、嵯峨野鉄道図書館列車の理論的根拠についてだ。もともとブックモービル(book mobile)という言葉がある。一応図書館情報学の専門用語なのだ。移動図書館と翻訳されている。一般には自動車に数千冊の図書を積んで、定点を定め移動して住民サービスをしている。これはしかし馬車でも、鉄道でもよいわけで、世界中をさがしてみたら、いろいろあるだろう。

 ただ、課題としているのは、移動中の読書を考えていることだ。もちろん歴史的にも、世界的にもその事例はある。二人の伯父がいて、もう亡くなったが、一人は軍人で戦後シベリアから帰ってきて、餃子をつくってみせてくれた。もう一人が、実は満鉄、南満州鉄道の職員だったのだ。といっても、満鉄調査部とか、謀略に荷担したわけじゃなくて、ただの鉄道員だった。そういういきさつがあってな。

 満鉄では図書館列車があった。
 このことが、思念をさってやまない。亜細亜号というとんでもない特急を走らせていた鉄道なのだ。図書館があろうが、風呂付きだろうが(嘘)、驚きはしないが、問題は、そういうことを考えて実現させたかもしれないという歴史にある。

 そんなことをぼんやり考えている。
 移動しながらサービスを行う図書館があるとして、それはどういう意味なのだろうか。二階建て、一階は書庫、中二階ないし二階を閲覧室。ここまでは定まった。あとは、なぜそれがあると役に立つのか、もっと切実な、それでいてだれも気づかなかった意味があるのじゃなかろうか。今、霧の頭の中でそんな風にぐるぐると思考がいったりきたり。

 勿論、歴史的、世界的、日本的、実例を探すのは大切だ。
 だが、結局、これが言いたい。語る余自信が、本気で解をださないと、いくら事例をあげても、仕方ないことが多い。長く生きてきて、そう思っている。人の作った理屈は、~。まず、自分で考えてみよう。それが大切。

 二階建て図書館列車考、また明日考えてみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月20日 (水)

小説木幡記:2008/02/20(水)春はまだかな

 体調は60%程度かな、正露丸を飲んだ。寒さと会議疲れなんじゃろうban
 今日も会議が3つあって、おそらく3つめは延々と夜間におよぶだろう脳。

 昨日は屯所が朝から夕方遅くまで賑わっていた。そのうちに新誠会といって、倶楽部の年次総会兼送別会があるので、その準備をしているようだった。新誠会・総指揮が副長2008、幹事の一番隊も二名顔をだしていた。あと、いつもの寡黙局長、笑顔経理局長、役者がそろったようなので、お昼は近所にいっしょにでかけた。当たり前だが、寡黙局長が一番豪勢に大量に食べておられた。さらに「あげ茄子」ばかり五皿もとって、壮絶風景だった。一方、総指揮・副長殿はかたわらで、病人食程度の分量だった。あのお店、お粥はあったかな? ふむふむ。
 余の対面の一番隊長岡山どのは景気よく「ぼたん海老」とか~、横の一番隊員岩手さんはふしぎに「イカの塩から寿司?」、余はホタテ一貫と塩からとを交換した。寡黙局長対面の笑顔経理局長はひたすらイチゴシュークリームを舐めていた。
 みんなそれぞれ気質がちがうのだな。余は、葛野美食倶楽部になっては困るので、茶ばかり飲んでいた。
 葛野図書倶楽部2001、葛野模型倶楽部2008、葛野美食倶楽部廃案、万歳。flair

 その間、余は午前中は懸案の一つ、経理事務を行っていた。しかし、提出したら「領収書に先生の名前がないですよ」と言われてびっくりした。わずかな枚数の領収書だから、何度もチェックしたはずなのに、大ポカだった。人間は間違うものなんだ。もっと、気をつけよう。school

 午後は屯所で二階建て図書館列車の工作ができなかったので、研究室で数日前の情報を考えこんでいた。
 1.Googleなんかの巨大情報サービスと、大学もふくめて、公共図書館など現実の図書館の将来についてだった。
 2.大学教育における図書館学の扱いが、近いうちに大きく変動することへの対処についてだった。

 上記1は、茶飲み話やMuBlogノートで、なんとかなるさと、思えるのだが。いやそのために嵯峨野鉄道図書館を考えておる。しかし上記2は、図書館世界と文部科学省と、そして大学教員と、学内教務関係と、受講生と、いっぱい関係するところがあるから、エイヤッと結論をだすことはできない。多分、これから数年は余も悩みに悩み、思い詰めて、気がついたら「サイナラ」と言えたら楽なのじゃが。taurus

 気がついたらMuBlogおなじみの「卑弥呼の墓」シリーズが昨年以来、止まってしまっていた。木幡に帰るとそんな図書ばかりというのに、一体どうしたことでしょう。纒向遺跡を観に行って、あらたなイメージを膨らませる、そんなゆとりがないと駄目だねぇ。いま、KohataRSは木幡と葛野の往還にしか動いていない。

 せっかく宇治という地の利のよいところにいるのに、なんにも知らないまま引きこもってあと数十年。これじゃ、いかん! ちゃんと世の中をこの目でみておかないとな。 温かくなったら近江も行ってみよう。春はまだかな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月19日 (火)

昭和の鉄道模型をつくる(20) 魚屋(魚政)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール)

20:ここまで完成(~20)

20:ここまで完成(~20)
 今回の付属建物は写真左下の魚屋さんです。こうやって、まいどまいど建物が増えていって、ジオラマ全体が建物とレールと道路で埋まるわけです。昭和の東京の風景ですから、レトロな建物が多数必要になり、これを個人レベルで最初からすべてモデル化するのは並大抵の努力では、できないことでしょう。もちろんそういう方もおられますが、初心者にとっては、組み立てキットで作って並べていくのが最良だと思いました。

20:部品と工作(魚屋:魚政)

20:魚屋(魚政)

20:駅前の魚政
 組み立て自体の難しさはなかったです。いつも通りでした。それよりも、写真でみると冷蔵庫や、水桶やら、魚箱が丁寧に組み込まれています。若くて目が丈夫な人には私の気持ちがわかりにくいでしょうが、こういった細部は写真に写して拡大して、はじめてその緻密さに驚いているのです。組み立て中は、普通のメガネでは、細かい部品とまでは分かるのですが、それが魚であるとか、色が他に比していかにもそれらしいとか、細部は分からなかったのです。現代のキットは成熟した一品ですね。

20:鉄道模型の達人/市川彰雄

20:市川彰雄
 紹介文を読んでいると市川彰雄(64歳)さんは定年まで蒸気機関車(ライブスチーム)とか、鉄道模型とは無縁の方だったようです。それがインターネットで、軽自動車よりもやや高価な組み立てキットをみつけ、ネジ止めだけで約一ヶ月後には動き出したとのこと。
 水を入れて石炭を入れて、蒸気の圧力を気にかけて、ちゃんと動かすのは組み立てるのと同じくらいに難しいと想像しています。私は本物の蒸気機関車には中学生くらいまでは乗っていましたが、庭園鉄道のライブスチームに乗るのは未経験です。ただし庭園鉄道の電気機関車に乗ってビデオを写した経験はあります。一体どう違うのでしょう。多分、薪炭・水が入ると現実感がぐっと増すのかもしれません。お湯を沸かせて走らすなんて、電気のスイッチ一つに比べれべ、ものすごい違いがあるでしょうね。
 ミニサイズのSLですと、HOゲージで組み立てキットが6万円ほどであるようです。
 国鉄の蒸気機関車キットが申込時に100万円前後の価格のようです。
 大型の西部劇風の機関車ですと、200万円を越えるようですね。
↑いやはや、おどろきました、びっくりしましたぁ~。

20:AtoZ:「田んぼ」 ジオラマ/レイアウトの制作(9)田んぼを作る

20:「田んぼ」 ジオラマ/レイアウトの制作(9)田んぼを作る
 ここでの田んぼは初夏の水田です。水は、「メディウム」という乾くと透明になってぬれたような光沢を出す塗料を、稲(人工芝)の間に、極細筆で塗るだけのようです。
 1.薄めのスチレンボードを田んぼの全体にあわせて二枚切り抜き、一枚は周囲を一センチ程度残してくりぬく。この一センチがあぜ道になります。
 2.二枚を重ね合わせて、あぜ道部分は斜めにカットしてそれらしく。
 3.全体に下塗りする。茶色のジエッソを使うと書いてありました。
 4.全体に水溶ボンド(ボンド:水=1:3~5)を塗って、あぜ道や田んぼの底にパウダーをまく(緑、茶)
 5.人工芝を芝目に注意して、くりぬいた長さより短めに、何本も細長く切る(数ミリの幅でしょうね)。
 6.スチロール糊(?)で、5を間隔を空けながら並べて田んぼに貼る。
 7.植えた人工芝の間にメディウムを塗る。乾くと透明になって水田のように見える。
↑という、楽しそうな工作です。しかし人工芝がてもとにありません。代用品を考えたのですが、うむ。やはりDIYに走った方が良さそうですね。

20:昭和の『鉄道模型』をつくる

20:昭和の『鉄道模型』をつくる
 今週号は気になる記事がいくつかありました。
1.今時は、夜行列車で普通の座席車両は滅多にないようです。
 つまり寝台車になっているわけ。でも私の幼い頃は、汽車といえば夜行、夜行といえば向かい合わせの座席、朝になって下車したら真っ先にずらりとならんだホームの洗面台で顔を洗う、でした。
 青森→←札幌を、「はまなす」という急行が走っているようで、座席客車が自由席とのこと。
 実はそれよりも、青函トンネルといえば、青函連絡船。未知ですが、私は幼い頃、連絡船と陸との、レールの接合部が気になって、気になって、眠れない夜を幾夜もすごしました。一体、レールのジョイント機構はどんなだったのでしょう! Nゲージで実現している人がいるかもしれませんね。想像するだけでわくわくします。
2.これも未知ですが、「横川駅」とくれば峠の釜飯、とくれば、アプト式碓氷峠。
 ラック・レールと、ピニオン・ギア。模型工作でラックピニオンギアは経験したことがあるのですが? 鉄道模型では未経験です。ドイツの登山鉄道の技術を明治時代に取り入れて、明治26年に開通、しかしトンネル煤煙に悩まされて明治45年に横川駅~軽井沢駅が電化されたとのこと。横川駅で機関車を入れ替えていたから、その待ち時間に「峠の釜めし」が飛ぶように売れたようです(笑)。それにしても、明治45年に我が国に、電気機関車が走っていたとは、驚き話ですね。
3.洋酒の寿屋といえばサントリーといえばアンクルトリス。
 無料の小冊子「洋酒天国」の初代編集長は、開高健さん。昭和31年だったとのこと。さらに<トリスを飲んでハワイへ行こう!>の二代目編集長は山口瞳さん。昭和39年頃のことだったようです。私は、高校生だったのかなぁ?
4.黒澤明。
 トリス、黒澤明と続きますと、私の脳裏には畏友の一人がはっきり浮かんでくるのですが、私事ですからカット! 次に話をクランクイン。
 「度肝を抜かれた殺陣シーン。映画『用心棒』のヒットで世界のクロサワに」
 たしかに。用心棒や椿三十浪は、そして七人の侍も、別の様式美を作ったわけでしょうね。目を閉じなくても、ザクッと刀が肉に食い込み、侍が泥の中に突っ伏すイメージが鮮明に見えるのです。それがCGとか、特撮には見えず、ただ現実の闘争が眼前でくりひろげられたのです。それに小汚い着物で一杯でしたね。古着というよりもっと、臭うような、臨場感ですよ。でしかし、意外に赤ひげなんかで私はほろりとした記憶もあるのです。いずれにしても、このころの黒澤さんは、たしかに一級の映画技師長さんだったわけです。
↑以上で、今週号のクランクアップfull

20:未来の図書館、過去の図書館
 「情報図書館学」という、図書館学・司書の初級科目を担当しています。毎年、前期の課題を「未来の図書館を作る」にしています。受講生が80人前後なので、毎年10のグループを作って課題を出してもらってきました。受講生年令は2年~3年生が中心で、19歳~20歳です。まだ、脳は柔らかいですね(笑)。その分、斬新な企画が数多く生まれました。

 追補:ついでながら、後期は各受講生が「自分達の作った図書館を評価する」となっています。作ったものを評価するといっても、単純な自己評価ではありません。夏休みを挟んで一息ついて、やおら図書館評論家の客観的な目をもって、前期の仮想的図書館を自ら見学し、調査し、アンケートをとって、改善策をだすわけです。もちろん、見学といっても、ものすごい想像力をはたらかせないと、リアルな評価はできません。アンケートを採るのも、10名以上の現実の友人知人に頼む受講生もいますが、大抵は20名前後のキャラクターを創造して、答えさせます。すべては仮想現実の中で、評価していただくわけです。脳が活性化しますねぇ。

 さて、「作る」ということの意味は、現代や過去の図書館や博物館をよく観察して、機能を確認し、設計要件を絞り込み、全てにおいて「魔法」を使わないというたった一つの制限の中で、「新しい図書館の設計書」を作成することです。また、どんなサービスを行うのかが、評価の重点項目になっています。
 (適切な施工業者に手渡せば、建築できることを目指していますが、~(爆笑))

 この授業で受講生が得られる成果は、図書館への理解が深まることです。少なくとも「図書館」というものを自分が作る気持で観察する必要があります。利用者の立場だけだと、外面のカウンター業務程度しか見えてきません。ここから調査、検討が始まり、「わがこと」として図書館を把握する機会が増えます。知識を受動的に消化することから、その知識を活性化し、智慧をはたらかせ、創造する必要があります。

 授業趣旨は、当記事はFD(大学教育の改善?)の報告書ではないので、これで終わり。
 それよりも。
 これまで、「鉄道」に関係する報告書がいくつかありました。記憶では、もっとあったのですが、幸運にも上位に入った作品を、簡単に紹介しておきます。そのことで、わが「嵯峨野鉄道図書館」プロジェクトへのご理解が深まるのでは無かろうかと、思うところです。
 なお、今回はいくつかの概略にふれ、次回以降は特徴的な作品の詳細を説明するつもりです。

 「FAST BOOK LIBRARY」 平成17(2005) 一位
 平成12「駅に図書館を!」の子孫にあたり、この場合の駅とは新幹線駅に重点を置いています。ここでは移動しながら読書するための特別な列車という考えではなくて、各新幹線駅に付設する駅図書館が、どういうものであれば、利用者の関心を惹き、また書店等との摩擦を少なくするのかという点に腐心した作品です。
 【注:この班の副班長は、後に葛野図書倶楽部2001の局長2007として、君臨しました】

 「★じどうとしょかん ながれぼし」 平成15(2003) 一位
 この作品は、「ながれぼし」という平仮名のタイトルにぞっこんまいったというのが本心です。しかし、なんとなく私のプロジェクトの要点は、すでにこの作品の設計図、概念図などで語られていたのじゃなかろうか、と思いました。このながれぼし号が嵯峨野や保津峡を走ると思えば分かりやすくなります。

 「島図書館」 平成15(2003) 二位
 この場合はトロッコ列車ですが、私が鉄道というものを強烈に意識した報告書でした。瀬戸内海に小さな島があって、その島にトロッコ列車が走っていて、住んで見たくなるような図書館があるのです。風光明媚な瀬戸内海の島全体が図書館ですから、この点において「嵯峨野鉄道図書館」の「景観全体が図書館」というコンセプトが生まれた所以でもあるのです。図書館は、そこにある図書、建物だけにとどまらず、ある地域全体が図書館の中にある、という考えはこうした基本的なアイデアから、成長したものです。
【注:この班の班長は、後に葛野図書倶楽部2001の局長2004として、君臨しました。】

 「駅に図書館を!」 平成12(2000) 一位
 これは平成17年度「Fast Book Library」のご先祖にあたります。津々浦々のJR駅に図書館を作って貸出、どこでも返却という形式を取っています。ですから、電車の中で読書をすることも出来ますが、おもに通勤途上の人達を対象にした図書館です。現代図書館の開館時間というネックを解消することに比重が大きい駅図書館でした。
 列車図書館ではないのですが、しかしイラストをみてみると、「鉄道駅図書館基地」というコンセプトが濃厚にあります。私は、この駅をさらにイメージして、「嵯峨野鉄道図書館」全景モデルに借用する予定です。

19←→21

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月17日 (日)

NHK篤姫(07)薩摩の話:篤姫の父

承前:NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫

 Muは、なにを隠そう娘がおります。ええ、息子もおります。どんな娘か息子かは、Muを見ればわかります。
 さて。
 今夜のドラマでは、今和泉島津の娘が、両親の手の届かない階級、つまり七十七万石の姫になるわけですから、一万と少しの石高身分では、「生き別れ」となるわけです。本家の娘になるのですから、里帰りという考え方は雲散霧消、一種他人になってしまう。
 娘を同格ないし、ちょっと上等な家格の家に嫁がせるなら、今夜のドラマは「娘を嫁にやる父と母」ですませられもしましょうが、それとは話が異なります。

 Muには娘が遠方におります。頭の中で娘に相談することが随分あるわけでして、なにかと重宝しております。
 息子はそばにおります。この場合も、人が耳にすれば宇宙人語で、以心伝心、通信していますから重宝しております。
 ドラマでも、人の言い分は片方だけじゃなくて、いろいろな人の意見を聞きなさい、迷いにまよったら、自分に自信をもって、感じたように、つまりノリで決断しなさい、と篤姫は母に諭されます。Muも、江戸と京都との通信で、多くの決断をしてきました。

 ところが、おそらく幕末の上流階級ですと、ますます階級差は厳然としていて、娘は娘でなくなるわけでしょうね。顔も合わせられない、言葉も交わせない、生き別れ。頭の中で通信することも、はばかり多くて、できなくなることでしょう。

 そんな崖っぷちに立った前夜の父親。俳優の長塚京三さんはよい味をだされておりますね。気が弱いところ、くそまじめなところ、ちょっと狡くて、剽軽なところ。全部一つの人格として出しておられました。
 その父、島津忠剛(ただたけ)は、篤姫と話すことから逃げ回ります。

 Muがこんな崖っぷちに立ったなら、娘と話すことはなくなるでしょう。無駄と思うわけじゃなくて、言葉にいいつくせない。だから、忘れようとするでしょうね。いなかったこととして、娘を見つめることでしょう。そういう心理構造が、菊本の死にたいして忠剛のとった態度にもあらわれています。かなわぬ事なら、なかった、いなかったことにしょう。

 それにしても父の篤姫への言葉「君はおもしろかった」というセリフは、よかったです。本当に篤姫みたいな人がそばにいると、おもしろい毎日ですね。

 篤姫が籠の中から、お守り袋を握りしめ尚五郎(小松帯刀)を見つめ、そのそばに西郷さんたち仲間が伏している、このシーンが良かったです。

課外授業:徳川御三家・水戸

 徳川(水戸)斉昭(なりあき)を、江守徹さんが演じていました。江守さんといえばお酒好きで、役柄では数年前に目にした石田三成役が忘れられません。あの役柄で、江守さんは一世を風靡し、婦女子の紅涙を絞らせたことと想像していますよ。dog 
 三成は時々泣くわけですよね。江守さんが「クハッツ、クククッ」と、むせび泣くのが絶品でした。

 さて斉昭さん、この方の息子が後日に征夷大将軍・徳川総本家の15代将軍になられた慶喜(よしのぶ)さんです。後の将軍の父親ですね。
 斉昭さんは激しい攘夷論者だったようです。世上では、水戸の尊皇攘夷という思想があって、この考え方が明治維新を動かす原動力の一つだったようです。斉昭さんも、当然(尊皇)攘夷思想に厚い人だったのでしょう。

 今読み終わった「大奥/よしながふみ」(白泉社)の一巻は八代将軍吉宗、徳川御三家の紀州からでた将軍の治世でした。二巻と三巻は、その一巻の前史因縁をとく、三代将軍家光の治世でした。
 水戸ですが、徳川御三家の一つとして水戸に封じられたのは、そもそも徳川二代将軍秀忠の弟からでした。そして水戸光圀(みつくに)の時代、つまり総本家・三代将軍家光の時代に、光圀は茨城県で「大日本史」という歴史書を編纂しだしたわけです。そのころから、水戸の尊皇論が生まれてきたと言ってよいでしょう。
 (ちなみに、大日本史は明治期に完成したようです)

 斉昭(江守徹)は光圀から二百年ほどあとの藩主でした。このころ、水戸には思想家が何人もいて、尊皇論に攘夷論が追加されて、独特の水戸学:尊皇攘夷論が世間に知られるようになったわけです。

 このあたりの、水戸学と幕末の世相を的確にとらえた、一見トンデモ、実はとてもおもしろくて斬新な図書が『ドーダの近代史/鹿島茂』(朝日新聞社、2007.6)にありました。Muがよたよたと書こうとしていることが、快刀乱麻の筆致で解いてありましたよ。第一章の「ドーダの夜明け:水戸学」をぜひ御覧下さい。

 これからしばらく江守・斉昭さんは出演なさると思います。息子の徳川慶喜さんもです。その騒乱の背景は、上述の水戸学に端を発しているとおもって間違いではないです。

注1:尊皇(そんのう)、尊王とかき分けることもありますが、現代日本では同じと考えて良いでしょう。
注2:勤皇(きんのう)、勤王という言葉もあります。
 尊皇攘夷(そんのうじょうい)と勤皇とは若干区別をした方がよいです。
 この区別は、『浪曼者の魂魄(こんぱく)/村上一郎』(冬樹社、1969.11)では、神経質にかき分けられています。しかし村上さんの言葉をそのまま解説すると、Muにも手に負えない難しさがあるので、ここではMu流の解釈を示します。
 つまり、「尊皇」は心中で天子をうやまう。「攘夷」は実力で異国を排撃する。それが「尊皇攘夷」となると、思想という清純さが無くなり、イデオロギー、つまり教条的政治闘争的宣伝文句に堕し、権力の奪い合いになるという考えです。
 ところが、「勤皇」とは、心中で天子をうやまうだけではなく、天子に勤める尽くす、奉仕するという、生活態度になるわけです。
 似ているようで、二つは異なります。
注3:恐らく、「篤姫」も中盤以降は、そのあたりの水戸学や権力争いや、尊皇論、攘夷論、勤皇論などが入り交じってドラマが展開すると思います。もちろん、大河ドラマは物語ですから、もっとおだやかに、爽やかに、描かれるとはおもいますが。

| | コメント (0) | トラックバック (3)

2008年2月16日 (土)

新世界より/貴志祐介 (上下):日本のアンチユートピア小説

新世界より/貴志祐介 (上下)
 一読後「こいつは、春から縁起がよい」だった。一息で上下巻をこなせた。読み出したら止まらない。しかしジェットコースターに乗った読後感ではなかった。上下で1000ページ強あったが、いろいろな所で考えさせられた。含蓄のある作品だと思った。
 まだ2月だというのに、こういう優秀作をかぎわけて入手し読めたのだから、今年もついている。つまり、私自身が引き寄せられるように、あるいは気がついたら本がそばにあった、とそういう状況だった。それでも三日間フルに使った。遅読だからそれだけかかる。速い人なら一日、二日で完読するだろう。

帯情報・上

1000年後の日本。伝説。消える子供たち。
子供たちは、大人になるために「呪力」を手に入れなければならない。
一見のどかに見える学校で、子供たちは徹底的に管理されていた。
ここは汚れなき理想郷のはずだった。
いつわりの共同体が隠しているものとは----。
何も知らずに育った子供たちに、悪夢が襲いかかる!
著者頂点をきわめる、3年半ぶり書下ろし長編小説!

帯情報・下
人類が手にしたのは神の力か、悪魔の力か。
八丁標(はっちょうじめ)の外に出てはいけない----悪鬼(あっき)と業魔(ごうま)から町を守るために、大人たちが作った忌まわしい伝説。
いま伝説が、「実体」となって町に迫る。
見せかけの平和がいま崩れる。
新しい秩序とは、おびただしい流血でしか生まれないのか。
少女は、決死の冒険に身を投じる。
空前絶後のエンターテインメント、ついに佳境!

物語:少女期
 手記で始まる。12歳のころから結婚したころまでの話だ。今は23年後と最初のページにあるから、35歳前後だろう。名前は渡辺早希(さき)、生年月日は210年12月10日、神栖(かみす)66町出身である。
 現実に神栖町があるのかどうかを確かめたところ、現在は茨城県神栖市になっているが、確かに神栖町は存在した。

(茨城県神栖市)

 早希はある年令になったとき、お迎えがきて呪力を得、全人学級に入る。中高をあわせたような学校だ。そこでは五人でグループを作り、いつも五人一組で行動する。しかしいつの間にかメンバーが減り、代わりに別の生徒が加わり、まるで以前から同じ班員だったような振る舞いをする。早希たちも、それを心の片隅でおかしいと思いながら、話を合わせて行かざるをえない。

 神栖66町は水郷だった。郷は7~8つほどしかなく、人口も町全体で数千人にすぎないが、早希はそれくらいが普通だと思っていた。
 町は年中、祭や催し物があって、日々が楽しく、そしてのどかな美しい風景に包まれていた。電気は水車小屋で作られているが、それは町の拡声器を使う為だけのものだった。拡声器からは夕方になるといつも懐かしい曲が流れていた。
 車のような陸上移動手段はなく、すべて舟で往来した。生徒たち一人一人が舟を持っていた。

 掟が一つあった。
 八丁標(はっちょうじめ)という御幣で標された結界があって、そこから外へ出ることは絶対に禁止されていた。大人達でも特別な用務が無いときは、外にでなかった。それさえ守っていれば、結界の中には何の危険もなかった。人を刺す蚊も、噛みつく蛇も、毒虫もいなかった。しかし、外の世界を知ることは少なく、日本には神栖66町のような町が全部で9つ程しかないということも、後で知った。

 少女期から青年期始めにかけては「学校」生活の思い出が主だった。
 悲劇は前触れもなくおとずれた。グループの中で信頼していた少年を失った。誰にもどうにもならない疾患が少年に現れたからだった。病名は「業魔」だった。古代では「橋本・アッペルバウム症候群」と呼ばれた不治の病だった。少年の存在が肉親や友達や郷や町を自壊させるような恐ろしい病気だった。
 早希は少年を失ったあと、そのことを記憶から末梢された。時々、Xとして名無しの、それでいて懐かしい存在が甦るだけだった。

 少年を抹殺したのが誰なのか、自殺したのか、悪病退治の切り札「不浄猫」の手にかかったのか、それらは早希の記憶には一切残らなかった。ただ、町の幹部達が、子供たちをいつも見守り、不治となったときは抹殺さえするという事実だけは知った。過去の忌まわしい用語だと、「間引き」という言葉が私の頭に浮かんだ。町は、総力を挙げて成長する子供たちを監視し保護し、手を尽くせないと知ったときは、間引きしてきた。組織的にそうせざるを得ない事情が、神栖66町に、いや日本全国の9つの町には厳然とあった。手を抜けば、町が壊滅する。過去のいくつかの悲惨な歴史があった。

物語:青年期
 早希は全人学級を無事卒業し、237年7月、26歳になっていた。6年前に全人学級を卒業したというのだから、20歳ころまで在学するようだ。今は、「茅輪の郷にある町立保健所の異類管理課という部署で、バケネズミの実体調査と管理を行うことだった。」

 バケネズミというのは、異類とされている穴居性二足歩行生物で、知能は非常に高く言語も持っているが人類とは見なされていなかった。生殺与奪権は早希たち町の者にゆだねられていた。その管理とは言っても、集団で社会生活を行う生物だから、女王が君臨するコロニー単位で争いも生じる。各コロニーの動きなどを調査観察することが早希の仕事だった。
 
 バケネズミのコロニーで重大な異変が起こった。一つの大コロニーが、別のこれまで弱小と見られていたコロニーに虐殺されてしまった。知能はあっても、呪力をもたないバケネズミに、強力な相手方を一瞬にして抹殺できるような武器も手段もあるはずがなかった。

 さらに、歩調を合わせたかのように、これまでにない悲劇が町を襲った。人類に対して絶対服従だったはずのバケネズミたちに各郷が襲われ、一人の少年の凄まじい力で町全体が壊滅的打撃をうけた。早希の父(町長)も、母(図書館司書)も行方不明になってしまった。町の守護神のような二人の男性も、あっけなく少年の攻撃に敗れた。村人たちは狂乱に見舞われ、かつての歴史にあった地獄図を見た。

 町の幹部たちも、町民たちもはっきり悟った。少年が、古代史で「ラーマン・クロギウス症候群」と呼ばれていた「悪鬼」の再来だった。業魔と同じく、悪鬼に対処する方法はなかった。歴史で悪鬼が去ったのはちょっとした幸運でしかなかった。もちろん、伝説に残る悪鬼退治も、関係者は即死した。数千の町民は滅びるしかなかった。
 いや、この悪鬼病を持った人間が、日本の他の町に行けば、すべて破壊される。業魔は、病者が内攻することで外界を自壊させ、悪鬼は外に向かって攻撃することで町や日本を破滅させる、最も恐ろしい病変だった。

 早希は少女期にイニシエーション(通過儀礼)を行った寺に逃亡し、そこで母が残した手紙を受け取った。手紙の内容は、人類の歴史をすべて抹殺した中で、たった一つ残された過去の知識についてだった。図書館司書以外は誰も読めない古代の図書から得た知識として、悪鬼を排撃する唯一の方法が、1000年昔に栄えた東京にあると知った。
 早希は仲間とともに、特殊舟に乗って鹿島灘へでた。

図書館と司書とロボット
 この物語にはいくつもの新機軸が含まれている。その一つが「司書」の扱いだった。実に感動した。
 早希の母は町で最有力者だった。町のトップでさえ知らない、知ってはならない知識を、早希の母だけが図書館司書という最強の権限によって、知っていた。司書は激しい選別を経た、選ばれた者だけがなれる栄誉ある仕事として設定されていた。
 人類は1000年の間に過去の知識をすべて捨て去っていた。もちろん科学技術もすべて棄てた。だから、町はおだやかに、田園風景の中で朝な夕な、季節に彩られた平和な世界をながめ、長きにわたり平和を保ってきた。
 しかし全てを封印した中で、今では司書とそして極度に知能化し(注:私の深読みでは、人間の機械打ち壊し運動を恐れ)、全国山野に逃亡したロボットだけが、過去の全書籍情報を扱える世界となっていた。
 母が司書として残した情報は、極秘でもあり、町、いや人類全体を救う命綱でもあった。

アンチユートピア物語
 人は、生物であるが故に、生物が持っている多くの要件を内部に潜ませている。攻撃、捕食がそうであろう。地球上の全生物の中でも人は格別に知能が高く、文明を築いた。それは洗練されたものだったが、内部に抱え込む人の属性によって一旦は破滅した。すなわち、新たな「攻撃」「争い」をもたらした。
 古くは火を使い、武器を使い、科学技術は遺伝子を操作し核兵器を操った。文明はそのどれでもない別の力によって破滅した。
 生き残った人達は、のどかなユートピアを作った。しかしそのユートピアを維持するために、別のシステム、即ちアンチユートピアも内包せざるをえなかった。

ところが
 そういう話だけならば、私は「新世界より/貴志祐介」にここまで筆を費やさなかった。普通のおもしろい作品として取り上げただろう。
 読後感にじわりと胸をついたのは、ユートピアであれ、アンチユートピアであれ、悪鬼退治に人類の救世をみた手記者早希が、全て終わったあと、別の感慨にふけることだった。私の想像も交えるなら、悪鬼も業魔も、症候群ではなかった。人類が悪鬼であり業魔だった。その想いが早希に重なり、濃厚な読後感に導いてくれた。

 この作品は優秀作品だと私は評価した。

追記
 物語全体を一気に展望し、味わうためにも、読者諸氏には少なくとも土日をかけての、二日間程度の読書時間をおすすめしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月15日 (金)

嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(02) ジオラマの基盤

承前:嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに

葛野トマ1号{機関車:TOMIX トーマス、図書館車:TOMIX 2932 サロ124(新湘南色)}
Smu20080215_099
動画(Windows用)→ 嵯峨野鉄道図書館 葛野トマ1号の雄姿 (5MB)

1.嵯峨野鉄道図書館2 全景

嵯峨野鉄道図書館2 全景
 この全景をみていて、すでに反省の嵐です。どうにも、線路がうるさすぎます。クールな雰囲気がまるでなくて、こてこての鉄道模型初心者の姿がはっきり出ています。ここまで線路を増やさなくても、嵯峨野鉄道図書館のコンセプトは表現できるはずなのですが、~なんというか、作るということは、削ることにあると言いながら、このていたらく。
 しかしながら、こうしてここまで発泡スチロールを削ってみると、やっと私がイメージしていた嵯峨野図書館全景が、形をなしてきたという思いがしています。

2.愛宕山上駅

嵯峨野鉄道図書館2 愛宕山上駅
嵯峨野鉄道図書館2 愛宕山上駅詳細
 ことさらに愛宕山の上に駅を作ったのは、これは私の一種の性向なのでしょう。ともかく洞窟、これが思念を去ってやまないのです。昔、愛宕山にケーブルカーがありました。私は小学校卒業の時に、その跡をたどったことがあります。今、痕跡が残っているのかどうかは知りませんが、愛宕山の山腹に穴をあけて、鉄道図書館駅をつくるというのは、きっと少年期のなにかしら思いの結実だと考えています。

3.嵯峨野駅

嵯峨野鉄道図書館2 嵯峨野駅
嵯峨野鉄道図書館2 嵯峨野駅の駅裏
 嵯峨野駅は始発点になります。この駅と次の図書館基地とを、どう結びつけるかがこのモデルの成否を決めるわけです。ただし、この市販の駅舎はよくできていて、大昔の「嵯峨駅」を私はふと思い出してしまうのです。夏休みになると、両親が住んでいた山梨県まで、すべて鈍行で深夜、ないし早朝にでかけた思い出ですね。ここから京都駅にでて、東海道線にのって、米原で機関車が交代して、……。静岡あたりに近づくと、ようやく旅の峠を越したと思うわけです、……。
 つい、少年期の過去にひたってしまいますなぁ。
 さて、嵯峨野駅のとりあつかい、どうするかは後日に考えてみます。

4.図書館基地

嵯峨野鉄道図書館2 図書館基地
 嵯峨野全体の景観の中に基地図書館を造り、それと接続する形で列車図書館を考えているわけです。ともかく後日に正式な「嵯峨野図書館基地」モデルが手に入ってから、再度考えてみます。今置いてあるのは市販の「警察署」です。これを調整してそれらしくする方法もあるでしょうが、それでは私のコンセプトが未完成のままです。

5.嵯峨野鉄道図書館列車・葛野トマ1号

嵯峨野鉄道図書館2 葛野トマ1号
嵯峨野鉄道図書館2 葛野トマ1号のがんばり
 嵯峨野鉄道図書館ジオラマでは列車の選定が重要になります。市販のトーマス号はそれなりに評判も高く、そして意外な事実ですが、扱いやすいのです。脱線転覆が少なく、転覆しても壊れません。トルク(笑)もあって、急坂も電圧を上げると上ってくれます。動画でご覧ください。
 二階建て列車については、別記事でいろいろ考察していますし、そこからさらに考えがふくらんでくると思っています。しかし最後は私自身が独自に設計しないと、「嵯峨野鉄道図書館」として成立しないわけですから、前途は多難ですね。

6.工作の要点と失敗
 このジオラマ制作では、私が初心者であることや、将来学生達でも簡易なモデルが作成できるように、徹底的な簡略化を行っています。
 その一つが、ジオラマの基盤つくりです。今のところ、殆どは発泡スチロールで作っています。大体2センチと、1センチの板を近所で購入し、それを木工ボンドで貼り合わせて、カッターナイフで削って形を整える方法だけで、すませています。

要点
 つまり、{発泡スチロール板、木工ボンド、カッターナイフ}、これだけで基盤作業の90%はすませています。
 実は設計図も用意できませんでした。鉄道模型ですから、もちろんレールはセットで数種類入手しましたが、設計通りには行きそうにないので、適当にカーブをあわせてレールを敷いて、その上で発泡スチロール板や、その切りくずをボンドで貼っては、削っていました。
 この後の作業と併せて、上記はうまくいくと想像しています(想像ですよ)。

 さて次の予定している工夫は布や紙での整形を考えています。
 発泡スチロールは、ぽろぽろと崩れる弱い材質です。だからこの上に直接、色を下塗りしたり、仕上げ塗りしても、ちょっと機関車が脱線転覆した程度で、傷がついて見苦しい白地が出てしまうでしょう。
 だから、次回は徹底的に市販のボンド布とか、あるいはティッシュペーパーを重ねて、霧吹きで水を吹いたり、ボンド液で固定化するつもりです。全体にこれをするつもりです。

 そのために、レールを外して布や紙での整形を全部行って、それから下塗りしたり、上塗りして、やっとレールを釘で固定化するつもりです。これは基盤がある程度山とか基地台地とか、すぐに貼らずにモジュールにしてあるので、なんとかうまくやってみたいです。
 以上の方法は、やってみないと分かりません。多くの事例では、レールを全部敷いてから、マスキングテープでレール全体を覆って、色を塗るようです。
 まあ、やってみます。失敗したら、笑いましょう。

失敗
 レールを敷きすぎました。全景写真の右下箇所では、レールが単線で4つも重なっています。ものすごく見苦しいというか、ばかばかしいモデルです。ジオラマの要点は欲張らないことと、いろいろ書いてあります。欲張り爺さんだと、自戒しています。
 しかし意地っ張りだから、このレールを外すことはしないでしょう。今の予定では、ともかく全部作って植樹して、できるだけ、レールを隠す方法をとります。隠すと言っても、トンネルもすでに一杯あるので、他の方法として、地下に埋めるか、植林で視界を遮るのがよいでしょうね。
 別の「箸墓・三輪山図書館ジオラマ」を作るときは、もっと抑えてやりたいですよ。

【追記】
追記1・予定:列車を図書館としてイメージする考えは、別途、情報図書館学における学生達の過去作品によって考察しています。(昭和の鉄道模型をつくる(20)……この「20:未来の図書館、過去の図書館」)

追記2:二階建て鉄道図書館の考察は、「二階建て図書館列車考(1)JR電車・サロ124形」のシリーズで数回投稿予定です。

追記3:現実の、京都市右京区嵯峨野近辺。嵯峨嵐山駅、愛宕山、保津峡などを参考(笑)にしました。cat

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2008年2月14日 (木)

小説葛野記:2008/02/14(木)会議ズ・ハイ症候群

 今日の昼は久し振りに伏見の薮蕎麦をいただたい。藪か薮か籔か「やぶ」か、「そば」か「蕎麦」か、ソバではないと想いつつ、上天ぷらそばとおにぎり一個(梅)でしめて1110円、ああおいしいと思ったら、名称はどうでもよくなった。それにしても真昼間から千円を超える昼食とは、余もいつの間にか贅沢になったものだ。いかんな。粗食がよいとはおもわないが、千円はないでしょう。周りを見回すと食べない人もいるし、せいぜい200円程度か、昨日夜のおかずをお弁当に持ってきている人が多い。
 と、言いつつ書きつつ、うまいそばを食べない人生なんてね。此の世は闇さぁ~

 最近とんとPCの話題がMuBlogに出ないね、と思いつつも、たしかにPCは余の場合、徹底的に実利志向だから、うまく走っておれば、他のマニアとかお宅とか、専門家とか、好き者のようには興味が向かない。多分今頃CPUは4つタイプが主流になってきているだろうし(?)、メモリーは4GBが標準だろうし、ディスプレイは20インチ標準だろうし、外部記憶容量に至っては、GBはすんで、テラバイト世界になっておることでしょう(笑)。
 そんなのつまらない、と思うようになった。動画も静止画もちゃんと格納できているし、アプリケーションも早く動くし、窓を平均一ダース開けて仕事しているが、なんともないな。

 そうそう、最近江戸るん君の方ではMSのIEが突然動かなくなって、大変なことになったらしい。MSのヘルプがなんとネットをさして、IEがないからどうにもならないという馬鹿みたいな話。余は電話で言った。一つのアプリに頼ると壊滅的になことになるからな、余はIEよりも、ファイアーフォックスを主にそえて、ときどきIEを使うこともあると、電話で演説した。切ったら、5分間の長きに渡り江戸るん君と話したことになる。めずらしい長電話だった。
(始末は、結局、データはバックアップしてあるので、システム全部を再構成したようだ。結局一日かかったらしい)
 馬鹿なマシンシステムだよな。
 で、ええかげん、MSどっぷりのWindows に飽きたので、余はいま、久しぶりにMacのノート、やすいのを欲しくなった。とれとれのは高いようだから、古いタイプで佳いのがあれば手にしたいのう。それでのんびり作曲でもしたくなったわい。

 昨日は、そうだった。わすれるほどだった。結局、合計三つの会議に参加して、6時間近く拘束された。そのうち、余が大将だったのは一つだけ。あとの二つは、影に隠れて正式委員なのに、まるで陪席者みたいな風情をできるだけにじませて、じっと座っておった。うむ。さすがに6時間もの会議に参加すると、余もだいぶ変身してきた。
 つまりだ。
 ランナーズハイ状態だろうな、これは。快感を覚えるようになってきてしまった(怖いな)。以前から、「この方は、本当に会議好きなんだな」と、ずっと世の中の人を見ていて、驚きの半生だったが、ようやく謎がとけてきた。世の中には会議好き、会議を楽しむ人もおるようだ。余は、昨日、いつのまにか「ああ、おもろいな」と感じだしたから、遅咲きの会議ズ・ハイ症候群に取り込まれてきたようだ。

 そういえば、この一年、ときどき国会中継をラジオで聞いていたが、与野党、役者が多い。ときどき手に汗握る状態で聞き入っていたことに、我が身が気づいて、愕然とした覚えがある。
 たとえば人気は低迷しているが、福田首相は、多分小沢さんよりも役者が上のようだ。ご自身も関係の深いある事件の時(福田さんと、小沢さんがボス交渉したあと)、突然の手のひら返しのような事態に立ったときのせりふ。
「いやぁ~、びっくりしました」
 さらりと記者団に言った時の台詞、ほんとうに余は「ものすご、この人、すごいな」とおもったなぁ。その福田首相が直答する国会中継って、ドラマツルギーがあり末世(注:マッセ、と呼ぶ。大阪弁)!

 で、会議ズ・ハイ症候群、これは本当に、困ったことですなぁ。研究教育倶楽部趣味家事、全部投げ捨てて、ご隠居政談に終日たのしむようになったら、これは周りに迷惑をかけるなぁ。

 今日は、このあと、約2時間の重い会議がある。
 二時間じゃ~、ちょっとものたりないなぁ。うけけ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月13日 (水)

小説木幡記:2008/02/13(水)小説のディフォルメ

Smukeihantowerfem

第一の小説
 朝、ホームに立った。正三角形が二つ、私を睨み付けた。その単純さが私を笑っているようで、いつものように神経に障った。消防電車の紋所と聞いていた。
 列車を何本もやり過ごし、待っていたのは、新しい消防列車だった。膨れきった列車には水が満載され、上の曲面ガラスを破って消防士が火災列車に水を飛ばすらしい。
 これに乗るのが楽しみなんだ。
 隊長に頼んで列車に便乗し、1日走ったら終点の消防隊駅は夜だった。
 駅前に消防本部の、放水銃をかたどった塔が見えた。町のシンボルだ。
 その近くのイタリアン・レストランに私の勤め先があった。

 20代の若い女達だった。今夜も威勢良くワインの利き酒をしながら待ってくれていた。彼女たちは調理人見習いで、私はそこそこ名の知れたシェフだった。

↑解題: 昨日職場で職員さん達の指示にしたがって、防災訓練をした。体力と知力を使いすぎて、脳に痕跡が残ってしまった。その結果、作品は徹頭徹尾「消防隊」で埋め尽くされてしまった。
 そういうものなんだ。
 そうそう、夜は京都駅前ルネッサンスビルで職場の(送迎)懇親会があって、イタリアンをいただいた。若手をまとめて記念写真に撮った。歌のお姉さん、古墳博士、教え子A子、B子、C子、謎の職員。その他の人は視界にはいらなかったわけではない。カメラの視野がせまかったに過ぎない。

第二の小説
 同行の学生達はワインに酔いしれていた。隙をついて睡眠薬を発泡ワインにいれて、眠りこけたの確かめて、そっと席を立った。店のマスターには、チップをはずんで後の段取りを頼んでおいた。
 外に出て見上げると、巨大な灯明が闇天にとどき、私の前途を浄化してくれていた。
 ともかく肝をすえて、下のホテルで一泊した。賽は投げられたのだ、慌ててもしかたない。

 翌朝、すがすがしい気分で国際汎欧州長距離列車に乗り込み、Rデン市を後にした。
 ふと座席の足元を見ると、前途を祝する巨大な三角形紋所が見えたので、にたりとした。このマークこそが、私の密かに属する国際シンジケート「ダブルデッカー・トライアングル」とは、だれも気がつかないだろう。
 残してきた学生達は不憫だが、組織の方針が変わったのだから仕方ない。今は私だけ脱出するのが最良の策と、一昨日本国から入電があった。
 今頃は目が覚めて、中東に搬送され、それぞれの家で、新しい生活に気持を切り替えたはずだ。
 ボンボヤージ、さらば学生達よ。

↑解題: 昨夜の懇親会でノンアルコールのカシスソーダを飲んでいたら、余もいつかは国際謀略小説を書いてみたいと思った。しかし、どういう謀略なのかは、最初に飲んだスパークワインで脳がとろけ、まったく思いつかなかった。しかたないので、枠組みだけをメモしておいた。「学生」達にしては、しっかりしすぎの職員さんたちだから、そのうちしかるべき立場を考えなければならない。全員、スパイ幹部候補生にして、主人公はRデン市の表向きは助役くらいにしてもよかろう。

 と、第一、第二と考えてみたが、日曜作家の考えることって、ものすごく「意外性のない、日常」にいろどられているなぁ、と思った。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月12日 (火)

二階建て図書館列車考(1)JR電車・サロ124形

JR電車・サロ124形(新湘南色) /トミーテック(株) TOMIX

JR電車・サロ124型(新湘南色)
JR電車・サロ124型(新湘南色) 外観
 嵯峨野鉄道図書館プロジェクトのうち、新図書館構想の全体景観はジオラマを造ることで進めている。その中の要となる「図書館列車」については、最近のまとめとして「二階建て図書館列車」とすることに、コンセプトがまとまった。詳細は今後詰めていくが、二階建てにすることで、一階を書庫とし、二階を閲覧室にする基本構想は動かない。ただし、一階書庫部分は、ディープな読書人向けの特別閲覧席として一定部分をさくことにした。
 例にあげたモデルはトミーテック社による「JR電車・サロ124型」Nゲージモデルで、JR在来線初の二階建て列車である。当初は、このモデルをそのままプロジェクトに用いるが、やがて特別な列車を設計しモデルを作成する必要がある。
 これは現実の列車から、試作車を作るための試料として選んだ。

サロ124形モデルの分解

JR電車・サロ124型(新湘南色) 車両分解(1)
JR電車・サロ124型(新湘南色) 車両分解(2)
JR電車・サロ124型(新湘南色) 車両分解(3)座席

(1)二階建て列車の寸法
 このタイプの電車は、いずれも20m長(全高約4m、全幅約3m)であり、新幹線のE4系MAXは25mある。当然のことだが、嵯峨野鉄道図書館列車は、タイプとして小柄なものを想定しているので、バランスは悪い。ただし当初は試験的にこのサロ124を他の小型車(トーマス号など)で牽引する。
 (注:削除→新幹線Maxは例外だが、)京阪ダブルデッカーも、近鉄ビスタカーも、そしてこのサロ124も台車部分は一階建てになっている。全高を上げずに、前後の台車間に床を落とし込む方法で床下を下げ、その高さでもって二階建てを達成していることが分かる。
 よって、おおよそ二階建て部分の全長は、前後の台車部分を引いて、10m前後と分かる。

 高さについて、京阪ダブルデッカーや近鉄ビスタカーは、二階建て部分が一階建て部分から突きだしているが、サロ124形は全高が変わらない。日本人の身長から考えて、高さは185センチ以上ないと不都合である。となると、実際に乗車していないことと、詳細設計図が手元にないので調査が必要だが、現状の列車で「二階建て」は限界に近い構造であろうか。

(2)図書館列車の大きさ
 嵯峨野鉄道図書館列車をトロッコや軽便タイプとするならば、高さは3m強が望ましい。しかし二階建てにするかぎり4mの高さは必要となる。これを避けるには、一階書庫部分を低くして、中二階という考えを導出した方が、安全だし現実的である。
 また、全長は15m級にまで下げた方がバランスがよくなる。
 一般的な車両を20m長・4m高・3m幅とするならば、図書館列車はカーブの多い渓谷を走ることから、15m長・3m高強・3m幅程度に縮小するのが妥当であろう。
 よって、近未来の列車設計は、Nゲージで中二階を新たに考案する必要がある。書庫部分は、床下格納のようなタイプになると、予測しておく。

参考(トロッコ列車)
 ・嵯峨野観光鉄道(嵯峨野トロッコ列車の紹介)
 ・「嵯峨野トロッコ列車」JR(支線・ローカル線編)/YANチョ
 ↑当記事によれば「使用車両は推進運転に対応改造を受けたDE10-1104号機と無蓋貨車のトキ25000を改造した客車5両で編成されます。最大の特徴は先頭に当たる貨車にも運転台が付いている事で,一見するとディーゼル車の様にも見えます。」とあり、客車が無蓋貨車トキ25000の改良と思われる。
 →KATOのモデル「トキ25000」

(3)サロ124形からの新たな課題
 二階建ての利点および必要性はいくつかある。
 1.書庫の圧迫感を一般利用者に感じさせない。書庫を1階に別置することで解消。
 2.読書室として、地上(線路)に近い座席は、特定利用者によっては好まれる。
 3.読書は一般に拘束感がある。これを広い空間に近接した二階閲覧室によって解消する。
 4.構造的に、列車重心は低い方が安全である。書籍の重量を一階に集める。

 以上の諸点が要件になるのだが、実際には、サロ124形と嵯峨野鉄道図書館プロジェクトとの間にはギャップがあるので、このプロジェクトでは、図書館列車を全体に縮小する必要がある。
 しかし全長が10~15mになると容積は相当に悪化し乗車定員も減少する。全高も4mでは構造上からみてバランスが悪いので、3m強にすることになる。「二階建て列車考」を<中二階方式>として練る必要がある。その場合、嵯峨野トロッコ列車のように、無蓋貨車を改造する方法がある。

参考
 ・ 車両図鑑(JR東日本)「113系」(注:トミーテック社の実車ガイドでは、「サロ124形は、113系用のグリーン車」とあったので、113系をみてみた)
 ・ サロ124・125形(Wikipedia)

MuBlog参考
 ・ 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール)→19:未来の図書館、過去の図書館
 ・小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー
 ・ 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年2月11日 (月)

小説木幡記:2008/02/11(月)建国記念日の鍵チョコ

承前:小説葛野記:20070215(木)食べられないチョコの遺跡

Muimg_3524

 今日は建国の日、神武天皇さんが大和の橿原で国造りの宣言をたからかになすった良き日です。大昔のことですから、今はだれも観た人はいませんが。そんな風にして国ができたわけです。ただし、若い人達におかしなイメージを与えてはいかんので、ひと言。つまり、その日「日の丸」を揚げたわけではないのです。日の丸はずっと後になって幕末明治ころに、しっかりイメージが出来上がってきたわけです。多分、公称2700年ほど、実質1700年ほどの昔に、金のカラスが神武天皇さんの肩か矛先にとまって、祝ったのでしょう。神話のイメージは大切です。

(公称と実質年代の開きは、神話世界にとって、1000年や2000年はちょっとした、分か秒の誤差でしょう。金のカラスがいたかどうかは、現代でも中国に金の猿がいるようですから、大和に金のカラスがいても、不思議じゃないですね。今読んでいる小説では、一千年後の現実小説なんですが、いろいろな変わった動植物で一杯です)

 さて、チョコレートの鍵。
 1000年後の人がこれを見たら「古代人は、加熱すると原型が融解し、液状になる物質で、太古の前方後円墳形態を造り、そこに合う形の符号付き棒を造っていた。用途は不明」とでも、歴史学者、いや考古学者によって判断されるのでしょうね。おそらく末尾は「古代人の心象は不可解なり」とでも、注がつくのでしょう。

鍵の全貌
 こういう鍵が贈り物で不意にくると、Muはうろたえますね。三人連名なので、この三本の鍵は各人の秘密を解き明かすキーになるのでは、とミステリィ風についつい考えて、考え込み出すと他のことに手が付けられなくなり、睡れぬ日が続いた、と、せっかくの晴れやかな贈り物に嘘ばかりつくのはよくないので、それはまた来年のお楽しみに取っておきましょう。
 しかしながら、実に義理堅い人達です。ええもちろん「義理がすたれば、この世は闇さぁ~」という名歌があるのですから、「義理と人情のこの世界ぃ~」と、あとを続けて、おあとがよろしいようで。

注:昨年は、メシヤでしたかな? ならば今年は西京極駅近くの30%割引券を調達できる、おいしい寿司屋へ繰り出しましょう。なかなかのお味ですよ。駅から徒歩1分。お造りがよろしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月10日 (日)

NHK篤姫(06)薩摩の話:島津本家の姫

承前:NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎

 今夜は正直なところ、事前には流し観するつもりだった。新聞評なんかを見ても、斉彬(なりあきら)が篤姫を気に入ったのが「母に似ているから」と読んで、「う~ん、もういいよ」と思ってしまった。私にも母はいたし、大事に思ってきたが、母に似ているからという感情で異性を観た記憶がないので、「幼くして母をなくした」という世間の感覚が分かりずらい面もあるし(母を亡くしたのは、Muは50代だった)、男性すべてがマザコンというのも神話だと思っていた。事実はきっと新しい母を得たというのが、多くの男性諸氏の気持ちかもしれない(なんとも、差し障りの多い、難しい話です(笑))taurus
 ところが、やはりNHK大河ドラマですね。やはりついつい魅入ってしまって、あっという間に終了でした。

見どころ:養女の条件
 斉彬は篤姫に、「君は二心ない女だ。つまり、素直に、自分の人生を自分で納得して選ぶ女だ。気に入った」
 ふむふむ。
 「余が江戸でなんと言われているか、知っているか? つまりな、斉彬は腹の底を見せぬ男と言われている」
 長きにわたり父との確執があり、子供を六人も亡くし、真意や企図は周りに話せる相手がいなかった。つい最近は弟の離反さえも受け入れざるを得なかった。
 そんな時、二心ない姫がどれほど、心休まることか。
 そうか、周りは二心あるかもしれない者達で、ふと気が弱まると疑心暗鬼にとりこまれそうな状況だったのだ。
 ならば、篤姫のような性格の「人」がそばにいるのは、心強いだろうな、とMuも納得。ここで篤姫のような女とは言わない。「人」だ。

 「余の母は元服後数年でなくなったが、性格が君と似ていた、それが気に入ったのだ」
 「?」
 「風変わりな母だった。輿入れの時に書物を沢山持参した」
 日本外史を好む、篤姫に似ている。
 「鎧兜まで持ってきた」
 あはっは、ぶっとんだ剽軽さは篤姫にそっくり。
 斉彬を乳母に任せず、自分の手で育てた風変わりな母への愛情にあふれた場面だった。
 このあたりで、なんとなく、養女というか、身近な歯に衣着せない篤姫を相談相手に選んだ斉彬の気持ちに同感してしまっていた。

見どころ:養育係・菊本(佐々木すみ江)の死
 菊本の死は篤姫を手放す喪失感からだろうか。「女は生まれた家では死ねない」と篤姫を諭した言葉は重く響いた。そのあとしばらくして、今和泉島津という「よその家」で菊本は自死した。
 現代でも一般に男女が独立して家庭を持っても、男の方が実家を引きずる。まして跡取り長男だと、独立というよりも実家そのものに化身する。その点、女は四季折々に実家に里帰りする程度で、姓も変わることが殆どで、自分の生まれ育った家では死ねないことが多い。

 平安時代の貴族だと、通い婚というか、男が女の実家に時々訪れる。子供が出来ても女の実家で育てるようだ。だが、庶民はどうだったのだろう。おそらく圧倒的に嫁入り形式だったと思う。

 菊本にとっては、「女」とは、他家に嫁いだら戻るべきではなく、他家を自家にする定めという考えのようだ。確かに後世、篤姫は薩摩よりも徳川を選んだことになる。嫁ぎ先が傾いても、実家には戻らなかった。その伏線として、菊本の自死があったのかもしれない。

 もう少し考えてみたい。
 自家の総帥が決まったなら、それ以外で他家に入ったものは、戻る先は無い。そういう、ある意味では合理的な社会風習、制度なのかもしれない。もしも、名家があって、そこを長女が引き継いだ場合、他家に養子に行った弟が、養家と悶着を起こして姉の支配する自家に戻ったなら、自家内での独立は制限されるだろう。つまり、家を出た弟には、もう戻る家はない。もし出戻り弟が「わしゃ、男じゃから、姉ちゃんの支配はうけん」と言い出したら、混乱する。

見どころ:肝付尚五郎の悲嘆
 これは仕方ない。男子は、好いた女子が高家に嫁いだり、殿のお手つきになったら、諦めるよりしかたない。理由は、好いた惚れたのという自由に関係なく、男女がひっつくのは、男子から見ればなんらかの略奪婚(他家の娘という意味)だから、社会制度的に略奪できない相手に略奪されたら、男子は泣き寝入りしかない。
 篤姫の場合は、別階級に「養女」という形式で略奪されたことになる。

 どんなにきれい事を並べても、人間社会は精密な弱肉強食なのだろう。力ある者が必要なものを手にする。その力とは、金か、家柄などの名誉か、頭か、腕力か、才能か、美貌か、いろいろあるだろう。つまるところ、物事は、まして男女のことは、取ったもの勝ちなのだ。ゆめゆめ、この真実を忘れてはならない。
 その空隙を埋めるものが、また「文化」としてある。
 それを全部含めて、文明だと考えた。

課外授業:養女と養子
 私の先輩に、子だくさんな上司がいた。で、何人も年令が相前後していたので、うかがった。と言っても「お育てになるの、大変だったでしょうね?」と、それだけだった。仕事が終わって、茶を御馳走になって話し相手をしていたときだった。(Muを話し相手に選ぶ人もおるのだから、この世の多様性は素晴らしい!)
 「それでな、実はMu君、全部養子なんだよ」
 「え?」すぐに分からなかった。
 「うん、家内も子供好きだったから、戦後、戦災孤児がたくさんおってな。その子らを次から次に、養子にしたんだ」
 「う~っつ」
 つまり、よく聞いてみたら、実子はいなかったらしい。そこで思った。例の、生みの親よりも育ての親。上司にとっては、血縁関係というのは、遠い遠い問題だったのだろう。子を預かって養子縁組をして、我が子として何人も育てた。それぞれが、自立していった。笑顔の中に、屈託はなかった。

 現代の法律では、養子とは実子扱い、実子同等のようだ。逆に、養家のことに、実両親の権限はおよばないとのこと。実両親(生み親)という存在は無くなるのだろうか(法律問題は、素人が関与しにくいですね)。

 映画「男たちの大和」だったと記憶にある。戦艦大和の沈んだ海域「北緯30度43分・東経128度4分」に旅した女性は、亡き父の気持ちを果たせたと行って、父の「骨」を鎮め海を見る。
 父親は、海軍士官として無事生還したが、沈んだ大和のこと、海の藻屑となっていった仲間達のことを忘れられなかった。それを理解できなかった娘だが、父の死によって初めて気持を得心し、大和の眠る東シナ海に行く。
 亡き父は、実は養父だった。戦災孤児を何人も育てた人だった。娘はつまり養女だった。

 現実の話と、映画の話がMuの頭の中で融けていった。
 実は「小見出し」を付けたときは、歴史的な養子縁組のことを勉強しようとしたのだが、実に複雑なので音をあげた。昔の日本では、基本的に「家」を継ぐという観点が強かった。それくらいしか分からない、というよりも一杯あってまとめられない。現代は、家督相続だけの時代とはだいぶ異なり、様々な事例があるようだ。

 そう言えば江戸時代の、吉良上野介(きらこうずけのすけ)の息子が、上杉家に養子に入って、名門ガクトじゃなかった、謙信由来の上杉家を継いだ。だから、四十七士が吉良家に討ち入りしたとき、実子がどう対応するか、見せ場になったわけだ。もちろん、上杉家は断じて吉良家助勢に向かわなかった。実子の気持は分からないが、上杉「家」を断絶させるような行為は出来なかったのだろうと、推測。
 上杉家が吉良の長男を迎えたのは、「末期養子(まつごようし)」というらしい。つまり、上杉家当主が跡継ぎのないまま亡くなった。その間髪を入れず、名門吉良(足利系)から男子を迎え、それを徳川幕府は認めたわけだ。

 養子、養女、気にはなるが、篤姫はさらに近衛家の養子(猶子)になるのだから、先はまだあります。

| | コメント (6) | トラックバック (5)

2008年2月 8日 (金)

五十万アクセス(50万/全体85.8万):MuBlogの分析

承前:四十九万アクセス(49万/全体83.9万):MuBlogの分析  (2008/01/22)
本日→観測日時:2008/02/08(金)08:28
MuBlog累計アクセス数: 500159 1日当たりの平均: 351.48
  (開設日2004/03/07 記事数 1,317 件: コメント 3,903 件: トラックバック 997 件)

サイト全体 アクセス数: 857593 1日当たりの平均: 602.67
↓解析対象期間: 2008年1月9日(水) ~ 2008年2月7日(木)

(0) MuBlog50万アクセスの感想

one 今朝みたら、MuBlog単独のアクセス数が50万回を越えておりました。
 開設日が2004年三月ですから、ほぼ四年間かかりました。数の魔力ですね。貯金している人ってこういう感じかな? と思いました。というのも、「いやいや、50万件よりも、asajiharaサイト全体が100万になるのは、今年のはずだ」と、この記事を記しながら皮算用をしているMuに気がついたのです。おそらく100万円貯めた人は、「いや、なんとか500万円」と考え、一千万円の方は「なんとかして一憶にしないと。株にするか、絶食するか?」と、毎朝考えておられることでしょう。bleah

 と言いながらも、望外の幸、この数を大切に考えています。数が増えても人生に変化は来さないのですが、一つ一つの記事を作るのに張り合いが出てきます。青年期から売れないアイデア倒れ、売れない日曜作家をしてきたMuにとって、「読者がおる!」という、この感激は次の作品のエネルギーになりますね。常に、暗黒宇宙空間で意味なく点灯を繰り返すパトライトをイメージしてきたのです。点灯したいから点灯してきたのであって、それを見る宇宙飛行船一隻もなくても、どうでもよいことだ、と中年期までは思っていましたが、最近は「やはり、宇宙船の窓からときどき手を振ってもらえた方が、点灯しがいがある」と、思ったわけです。

 それにしても定期航路をはずれた支線のMuBlogですが、昨今の風潮からして、屋台の店とか、民家に隠れたお店を志向する人も多くなってきたのでしょう。MuBlogにはよいことです。

two ページ別の傾向だけ見ておきます。 
 NHK風林火山が影をひそめて、NHK篤姫が少しずつ上位に入ってきました。依然として、賞味期限切れにもかかわらず、「涼夏2007PC自作」が残っています。不思議なのは「昭和の鉄道模型」です。まったくのド素人Mu記事によくまあ、来客があるものです。毎回失敗している様がほの見えて、それを読んで溜飲を下げるマニアがおられるのかもしれません。pig

 たしかに、底のない「鉄道模型」ですね。失敗するとかの以前に、「このキット、どうしてこれほど精密なんだろう」と、毎回思っています。そして、週刊誌体裁の記事内容が、非常にバラエティーにあふれ、マジメで味わい深いものがおおいのです。こういうキットものは図書館なんかで入荷する事例は少ないと思いますが、50巻完成したら、せめて記事だけでも合本、ないし一本にして刊行してはどうでしょう、ね。

three 知識の格納モデル。 
 と、小難しいことを情報図書館学的に書いたとたん、読者が激減するのですが、一言。開設以来、小説葛野記や木幡記以外は、一記事に数時間かかっています。それは、写真やリンクや自己参照トラックバックや、地図を組み込んでいるからです。場合によっては動画も要素に含めています。このことを、Muは趣味でも遊びでも気晴らしでもなく、研究としてとらえています。

 一人の人間が得る情報には限りもあるし忘れもします。それをいくつもの記事断片を相互に関係づけることで、MuならMuの知識体系を眼前に、見えるようにするための研究です。近代科学の研究とは呪術ではなく、主観をできるだけ排除し、可能な限り再現性をもつことにあります。最も主観的な記事を研究主体であるMuが書き、それを対象化して、別のMuが客観的に分析しているのです。ちょっとアクロバティックな手法かも知れませんが、精神分析学の一派はおそらくそういう手法によって成り立っていると思います。

 というわけで、このMuBlog は今のところ、Mu自身の分析に役立っておりますので、研究は順調であると、本日付言しておきます。「再現性」、それはありますね。リンクと自己参照トラックバックとで、だれでも知識網を作ることができます。記事数がふえてきますと、記事内容の遷移が分かり、人の心の定常性と変化とを同時に知ることができます。

 今後ともよろしく、Mu識

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 17,499
訪問者数: 13,774
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 851 1,512 6.2% 8.6%
2 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 290 404 2.1% 2.3%
3 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 342 384 2.5% 2.2%
4 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 158 254 1.1% 1.5%
5 昭和の鉄道模型をつくる(14) トンネル1 182 241 1.3% 1.4%
6 NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 190 236 1.4% 1.3%
7 昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所 180 232 1.3% 1.3%
8 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 194 227 1.4% 1.3%
9 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 161 221 1.2% 1.3%
10 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 143 218 1.0% 1.2%
11 昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2 168 217 1.2% 1.2%
12 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 181 210 1.3% 1.2%
13 自作鉄道模型 157 202 1.1% 1.2%
14 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 163 193 1.2% 1.1%
15 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 152 182 1.1% 1.0%
16 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 152 181 1.1% 1.0%
17 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 100 179 0.7% 1.0%
18 室町和久傳(むろまち・わくでん) 123 173 0.9% 1.0%
19 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 113 170 0.8% 1.0%
20 京都の書店 150 168 1.1% 1.0%
21 地図の風景 141 154 1.0% 0.9%
22 NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ 126 146 0.9% 0.8%
23 昭和の鉄道模型をつくる(13) 土台の補強材(スチレンボード) 111 145 0.8% 0.8%
24 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 108 136 0.8% 0.8%
25 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 112 135 0.8% 0.8%
26 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 104 133 0.8% 0.8%
27 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 66 124 0.5% 0.7%
28 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 102 120 0.7% 0.7%
29 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 73 116 0.5% 0.7%
30 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 90 112 0.7% 0.6%
31 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 79 102 0.6% 0.6%
32 昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所 72 101 0.5% 0.6%
32 NHK風林火山(48)川中島・山本勘助の最期(1) 86 101 0.6% 0.6%
32 NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎 89 101 0.6% 0.6%
35 昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫 79 99 0.6% 0.6%
35 NHK風林火山 68 99 0.5% 0.6%
37 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 60 76 0.4% 0.4%
38 卑弥呼の墓(007) 纒向遺跡解明への期待 56 74 0.4% 0.4%
39 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 52 73 0.4% 0.4%
39 昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋 56 73 0.4% 0.4%
39 じょうしょうこうじ:常照皇寺 56 73 0.4% 0.4%
42 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 56 72 0.4% 0.4%
43 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 60 71 0.4% 0.4%
43 美味しいところ 66 71 0.5% 0.4%
45 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 66 70 0.5% 0.4%
45 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 64 70 0.5% 0.4%
47 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 59 69 0.4% 0.4%
47 私の京都:ブックファースト京都河原町店 59 69 0.4% 0.4%
47 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 52 69 0.4% 0.4%
50 NHK篤姫(04)薩摩の話:信賞必罰と融和策 57 68 0.4% 0.4%
51 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 49 67 0.4% 0.4%
51 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 51 67 0.4% 0.4%
53 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 62 66 0.5% 0.4%
54 CPU空冷装置・掃除のお勧め 48 65 0.3% 0.4%
55 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 57 64 0.4% 0.4%
56 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 56 63 0.4% 0.4%
57 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 40 62 0.3% 0.4%
57 NHK篤姫 57 62 0.4% 0.4%
59 読書余香 52 59 0.4% 0.3%
60 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 49 57 0.4% 0.3%
61 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 48 56 0.3% 0.3%
62 小説木幡記:2008/01/28(月)ねむれたまわぬままに 42 55 0.3% 0.3%
62 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 46 55 0.3% 0.3%
62 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 45 55 0.3% 0.3%
65 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 50 54 0.4% 0.3%
66 キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?> 47 53 0.3% 0.3%
66 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 45 53 0.3% 0.3%
68 辨慶うどん 39 51 0.3% 0.3%
68 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 33 51 0.2% 0.3%
70 NHK風林火山(36)小山田の横死と美瑠姫の自死 48 50 0.3% 0.3%
70 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 42 50 0.3% 0.3%
70 タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません> 45 50 0.3% 0.3%
70 Blogメモ 43 50 0.3% 0.3%
70 自作PC 37 50 0.3% 0.3%
75 前方後円墳の航空写真 21 49 0.2% 0.3%
76 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 41 48 0.3% 0.3%
76 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 43 48 0.3% 0.3%
76 小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城 42 48 0.3% 0.3%
76 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):最終回の放映前 41 48 0.3% 0.3%
76 中国料理・花閒(かかん)の月花美人:京都ブライトンホテル 33 48 0.2% 0.3%
81 さくらだ:桜田 39 46 0.3% 0.3%
82 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 42 45 0.3% 0.3%
82 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 42 45 0.3% 0.3%
84 応神天皇陵と二ツ塚古墳の関係 27 44 0.2% 0.3%
85 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 39 41 0.3% 0.2%
85 昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール) 35 41 0.3% 0.2%
87 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 35 40 0.3% 0.2%
87 昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール 32 40 0.2% 0.2%
87 昭和の鉄道模型をつくる(12) パネルボード4枚(レール、建物配置図)  32 40 0.2% 0.2%
87 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):放映直後 29 40 0.2% 0.2%
91 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載 16 39 0.1% 0.2%
91 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 33 39 0.2% 0.2%
91 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 29 39 0.2% 0.2%
91 自作ロボット 37 39 0.3% 0.2%
95 NHK風林火山(43)関東管領上杉謙信・信濃守護武田信玄 32 38 0.2% 0.2%
95 長尾真博士のノート 27 38 0.2% 0.2%
95 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 35 38 0.3% 0.2%
98 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 27 37 0.2% 0.2%
99 読書の素 34 36 0.2% 0.2%
100 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 26 35 0.2% 0.2%
100 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 32 35 0.2% 0.2%
100 ηなのに夢のよう/森博嗣 31 35 0.2% 0.2%
100 十三の冥府(じゅうさんのめいふ)/内田康夫 著 32 35 0.2% 0.2%
100 卑弥呼の墓(003)邪馬台国への道/安本美典 30 35 0.2% 0.2%
100 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 30 35 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)

「訪問者がどのような言葉を組み合わせて検索して訪れたかがわかります。検索時に入力された語句をそのまま集計しています。」

集計対象アクセス数:11,436

検索ワード/フレーズ 割合
1 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 298 2.6%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 234 2.0%
3 昭和の鉄道模型  G Y M 151 1.3%
4 じぶり  G Y M 130 1.1%
5 風林火山 ガクト  G Y M 120 1.0%
6 おみわたり  G Y M 92 0.8%
7 うぶめのなつ  G Y M 84 0.7%
8 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 81 0.7%
9 ぎろぎろ  G Y M 54 0.5%
10 佐野藤右衛門  G Y M 46 0.4%
11 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 40 0.3%
12 島津斉彬  G Y M 38 0.3%
12 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 38 0.3%
12 NHK篤姫  G Y M 38 0.3%
15 なりあきら  G Y M 36 0.3%
16 京都 書店  G Y M 35 0.3%
17 柴本幸  G Y M 34 0.3%
18 京都 大型書店  G Y M 33 0.3%
18 調所広郷  G Y M 33 0.3%
18 風林火山 gackt  G Y M 33 0.3%
21 レスタト  G Y M 32 0.3%
22 ぎろぎろ 京都  G Y M 31 0.3%
23 ぎろぎろひとしな  G Y M 30 0.3%
23 常照皇寺  G Y M 30 0.3%
25 篤姫  G Y M 29 0.3%
26 GA-G33M-D S2R   G Y M 27 0.2%
26 ガクト  G Y M 27 0.2%
28 由布姫  G Y M 26 0.2%
29 長尾真  G Y M 25 0.2%
29 島津なりあきら  G Y M 25 0.2%
29 わくでん  G Y M 25 0.2%
32 鉄道模型を作る  G Y M 24 0.2%
33 椿井大塚山古墳  G Y M 23 0.2%
33 PCケース アクリル 自作  G Y M 23 0.2%
33 鉄道模型をつくる  G Y M 23 0.2%
36 神々の乱心  G Y M 22 0.2%
36 室町和久傳  G Y M 22 0.2%
38 五色塚古墳  G Y M 21 0.2%
39 NHK ビザンチン帝国  G Y M 20 0.2%
39 十三の冥府  G Y M 20 0.2%
39 オーパーツ大全  G Y M 20 0.2%
39 楊令  G Y M 20 0.2%
39 天神川の桜  G Y M 20 0.2%
44 鉄道模型 昭和  G Y M 19 0.2%
44 伏見桃山城  G Y M 19 0.2%
44 昭和 鉄道模型  G Y M 19 0.2%
44 美瑠姫  G Y M 19 0.2%
44 スマート珈琲  G Y M 19 0.2%
44 秘花  G Y M 19 0.2%
44 みたかのもり  G Y M 19 0.2%
51 HD 増設  G Y M 18 0.2%
51 京都 ぎろぎろ  G Y M 18 0.2%
51 桜田 京都  G Y M 18 0.2%
51 調所  G Y M 18 0.2%
55 ミホミュージアム  G Y M 17 0.1%
55 ガクト 風林火山  G Y M 17 0.1%
55 風林火山 ミツ  G Y M 17 0.1%
55 森博嗣 名古屋大学  G Y M 17 0.1%
59 篤姫 ジョン万次郎  G Y M 16 0.1%
59 ぎろぎろひとしな 京都  G Y M 16 0.1%
59 室町 和久傳  G Y M 16 0.1%
59 和久傳  G Y M 16 0.1%
63 京都 桜田  G Y M 15 0.1%
63 弁慶うどん  G Y M 15 0.1%
63 島津斉彬 篤姫  G Y M 15 0.1%
63 PC ファン 掃除  G Y M 15 0.1%
63 京都の書店  G Y M 15 0.1%
63 鉄道模型 ジオラマ トンネル  G Y M 15 0.1%
69 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 14 0.1%
69 リストランテ t.v.b  G Y M 14 0.1%
69 京都 ホットケーキ  G Y M 14 0.1%
69 九絵家  G Y M 14 0.1%
73 SAMURAI Z Rev.B  G Y M 13 0.1%
73 調所 薩摩  G Y M 13 0.1%
73 自作pcケース アクリル  G Y M 13 0.1%
73 大型書店 京都  G Y M 13 0.1%
73 SAMURAI Z  G Y M 13 0.1%
73 篤姫 調所  G Y M 13 0.1%
73 ブックファースト 京都  G Y M 13 0.1%
73 CPU 掃除  G Y M 13 0.1%
73 瀬戸内寂聴 秘花  G Y M 13 0.1%
73 お由羅騒動  G Y M 13 0.1%
83 税所篤  G Y M 12 0.1%
83 高齢者差別  G Y M 12 0.1%
83 京都 ぎろぎろひとしな  G Y M 12 0.1%
83 昭和の鉄道模型を  G Y M 12 0.1%
83 samurai z  G Y M 12 0.1%
83 ディオゲネス症候群  G Y M 12 0.1%
83 調所 篤姫  G Y M 12 0.1%
90 和央ようか 茶々  G Y M 11 0.1%
90 おおのやすまろ  G Y M 11 0.1%
90 山本勘助  G Y M 11 0.1%
90 伏見桃山陵  G Y M 11 0.1%
90 京都市 大型書店  G Y M 11 0.1%
90 t.v.b 京都  G Y M 11 0.1%
90 修飾麻疹  G Y M 11 0.1%
90 ミスタースタンプスワインガーデン  G Y M 11 0.1%
98 20世紀少年 あらすじ  G Y M 10 0.1%
98 クエ 大阪  G Y M 10 0.1%
98 リストランテtvb  G Y M 10 0.1%

(3)ワード:1ヶ月分:MuBlogのみ

(↓単語へのリンクは保守用なので、使えません)
「訪問者がどのような言葉で検索して訪れたかがわかります。」

集計対象アクセス数:11,436
検索ワード 割合
1 京都 567 5.0%
2 風林火山 410 3.6%
3 昭和の鉄道模型をつくる 338 3.0%
4 GA-G33M-D S2R 286 2.5%
5 ガクト 229 2.0%
6 自作 212 1.9%
7 篤姫 208 1.8%
8 鉄道模型 195 1.7%
9 昭和の鉄道模型 175 1.5%
10 地図 137 1.2%
11 じぶり 135 1.2%
11 森博嗣 135 1.2%
13 ぎろぎろ 123 1.1%
14 NHK 112 1.0%
15 アクリル 103 0.9%
16 おみわたり 95 0.8%
17 昭和の鉄道模型を作る 89 0.8%
18 写真 88 0.8%
18 ハードディスク 88 0.8%
18 うぶめのなつ 88 0.8%
21 感想 84 0.7%
22 調所 80 0.7%
23 交換 76 0.7%
24 ジオラマ 72 0.6%
25 ノートパソコン 69 0.6%
26 島津斉彬 67 0.6%
27 ケース 66 0.6%
28 大型書店 65 0.6%
29 由布姫 63 0.6%
30 ぎろぎろひとしな 61 0.5%
31 昭和 60 0.5%
31 昭和の「鉄道模型」をつくる 60 0.5%
33 名古屋大学 59 0.5%
34 薩摩 58 0.5%
34 和久傳 58 0.5%
36 書店 57 0.5%
36 PC 57 0.5%
38 島津 54 0.5%
39 ノート 53 0.5%
40 模型 50 0.4%
40 常照皇寺 50 0.4%
42 佐野藤右衛門 49 0.4%
43 小説 48 0.4%
43 掃除 48 0.4%
43 なりあきら 48 0.4%
46 RAID 46 0.4%
46 gackt 46 0.4%
48 退職 45 0.4%
48 PCケース 45 0.4%
48 邪馬台国 45 0.4%
51 VAIO 44 0.4%
51 リストランテ 44 0.4%
53 柴本幸 43 0.4%
53 ハードディスク交換 43 0.4%
53 調所広郷 43 0.4%
53 上杉謙信 43 0.4%
57 ラーメン 42 0.4%
57 NHK 42 0.4%
57 水滸伝 42 0.4%
60 山本勘助 41 0.4%
60 伏見桃山城 41 0.4%
60 松本清張 41 0.4%
60 CPU 41 0.4%
60 室町和久傳 41 0.4%
65 vaio 40 0.3%
65 raid 40 0.3%
65 NHK篤姫 40 0.3%
65 秘花 40 0.3%
69 HDD 39 0.3%
69 トンネル 39 0.3%
69 京都市 39 0.3%
69 増設 39 0.3%
69 20世紀少年 39 0.3%
74 日立 38 0.3%
74 桜田 38 0.3%
74 prius 38 0.3%
74 冷蔵庫 38 0.3%
78 レスタト 37 0.3%
78 分解 37 0.3%
80 HD 36 0.3%
80 卑弥呼 36 0.3%
82 メビウス 35 0.3%
82 わくでん 35 0.3%
82 ネタバレ 35 0.3%
82 ジョン万次郎 35 0.3%
86 長尾真 34 0.3%
87 美瑠姫 33 0.3%
88 大阪 32 0.3%
88 windows 32 0.3%
90 XP 31 0.3%
90 平城京 31 0.3%
90 ファン 31 0.3%
90 設定 31 0.3%
94 伏見 30 0.3%
94 九絵家 30 0.3%
96 ホットケーキ 29 0.3%
96 SAMURAI 29 0.3%
96 t.v.b 29 0.3%
96 鉄道模型をつくる 29 0.3%
100 ブックファースト 28 0.2%

(4)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ
(↓総アクセスの25%程度が地域判別できます)

「訪問者がアクセスしている都道府県がわかります。」

集計対象アクセス数:4,959
都道府県 割合
1 東京 1,209 24.4%
2 大阪 510 10.3%
3 京都 465 9.4%
4 神奈川 323 6.5%
5 愛知 251 5.1%
6 福岡 203 4.1%
7 埼玉 162 3.3%
7 兵庫 162 3.3%
9 静岡 161 3.2%
10 北海道 133 2.7%
11 千葉 119 2.4%
12 茨城 98 2.0%
13 長野 79 1.6%
14 広島 63 1.3%
14 宮城 63 1.3%
16 三重 62 1.3%
17 奈良 56 1.1%
17 滋賀 56 1.1%
19 新潟 48 1.0%
20 富山 47 0.9%
20 鹿児島 47 0.9%
22 岡山 46 0.9%
23 石川 39 0.8%
23 栃木 39 0.8%
25 岐阜 38 0.8%
26 大分 35 0.7%
27 群馬 34 0.7%
28 福島 33 0.7%
28 岩手 33 0.7%
30 愛媛 28 0.6%
30 山梨 28 0.6%
32 沖縄 25 0.5%
32 鳥取 25 0.5%
34 青森 24 0.5%
35 熊本 23 0.5%
35 山口 23 0.5%
37 島根 19 0.4%
37 秋田 19 0.4%
37 和歌山 19 0.4%
37 長崎 19 0.4%
41 福井 18 0.4%
42 香川 17 0.3%
43 宮崎 16 0.3%
44 山形 13 0.3%
45 高知 12 0.2%
46 徳島 11 0.2%
47 佐賀 6 0.1%

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年2月 7日 (木)

飛鳥の「真弓鑵子塚古墳」(まゆみかんすづか):巨大石室と、南北通り抜け羨道

承前:酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版)
MSN産経ニュース:石舞台しのぐ国内最大級の石室確認 奈良・鑵子塚古墳 2008.2.7 20:57(2ページあり)
asahi.com関西:石舞台より大きな石室を確認、奈良の真弓鑵子塚古墳

「写真」:真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづか)
(飛鳥の考古学図録2、より)

真弓鑵子塚古墳(まゆみかんすづか):渡来人の墓
 夕方NHKのニュースで「石舞台よりも大きい石室、飛鳥で~」と耳にした。帰宅してから夕刊を見たが、載っていなかった。一休みしてインターネットを調べてみたら、幾つもあった。いずれも今夕にネット発表された内容だった。奈良県明日香村教育委員会が7日の午後に発表した様子だった。ただし、2月1日付けの写真もあるので、すでに事前に予備発表があったのかも知れない。知らず。

地図:真弓鑵子塚古墳

(奈良県高市郡明日香村大字真弓)
地図:Google地図

1.ニュースの要点
 MSN産経ニュースをまとめると、奈良県明日香村大字真弓にある鑵子塚古墳(かんすづか)の石室が、同村にある石舞台古墳よりも、一回り大きいことが分かった。国内最大級という等級が付されていた。
 推定被葬者は、渡来系氏族「東漢:やまとのあや」で、和田萃(あつむ)・京都教育大学名誉教授(古代史)は、欽明天皇5(544)年の書紀記事から、東漢に属する「川原民直(たみのあたひ)宮」と推測。
 古墳は円墳で直径が40メートル程度、南北に入口があり特殊。横穴式石室全長は19メートル以上。
「被葬者を納めた玄室は18畳分の広さがあり、高さは4・7メートル。一辺1メートル近い巨石400個以上を、ドーム状に積み上げる高度な技術が用いられていた。」とあった。

 asahi.com関西は、大きさについてもう少し詳細だった。
 「同古墳は直径約40メートルの円墳とみられ、玄室(奥行き6.5メートル、幅4.4メートル、高さ4.7メートル)の北側は、通路状の奥室(奥行き4メートル、幅2メートル、高さ約2メートル)だったことがわかった。
 玄室の床面積(約28平方メートル)は石舞台古墳(同26平方メートル)より大きく、欽明天皇陵とされる丸山古墳(橿原市、6世紀後半)の約34平方メートルに次ぎ2番目。 」

2.以前に調査されていた(昭和37(1962)年)
 河上邦彦(参考1)によればこの古墳は「昭和三十七年に末永雅雄先生を中心として石室の内部だけが調査された」とあるので、すでにある程度のことはわかっていたはずである。「写真」では、直径23m、高さ5mとあるので、今回の直径40mから比べると、漸く古墳の規模全体が確認出来たと言える。
 また、「写真」では横穴式石室は全長11m、玄室長6.3m、幅4.3m、高さ4.8mと計測されているので、石室の全長以外は従来と変わらない。今回の発表では全長が19m以上なので、過去調査の11mとは相当に開きがある。これは、asahi.com関西記事の「通路状の奥室」との関係なのだろうか。
 そして、謎(笑)はこの奥室と南北二つの入口にある!?

3.河上先生の羨道一つ説
 古墳に出入口が二つあるのは非常に特殊な形態のようです。そのことで、いつもお世話になっている河上邦彦(未知の方です)先生は、以下のようなおもしろい推理をされていました。それが、今回の再調査でどのように解釈されるのか、興味がわきます。
 参考1によれば、「私はこの部分(Mu注:南側の羨道と考えられている所)を奥室と考えている。盗掘で奥室の奥壁部分を破壊された結果、通路のようになってしまったのが誤解されたのだろう」
 そして高取町の墓山古墳での実体験から、もし二つの羨道があるとするなら、それは「つまり石棺を入れることだけに必要な入り口であったのである。だから墓室として埋葬後は石を積み、後ろは土を入れて埋めてしまっているのである。羨道は一つということになる」

4.私の感想
 やはり、奥室とか南北二つの羨道が気になる。河上先生の、初期調査データからの推論は意外だし、よく理解できた。そして今回、どうなったのか。それは古いものだから、正確には分からないだろう(笑)。
 こんな風に考えてみた。
 盗掘人はものすごくよく研究していて、古墳の弱点(玄室への、掘りやすい部分)を設計図もなしに当てて、そこから掘り進めるようだ。事実は、古墳と石棺の関係で、河上先生のおっしゃるように設計時の通路は南北にあったのだろう。そして片方(南?)を完成とともに埋めた。盗掘人は、そこを攻めた。
 と、日曜作家風の推理でしたぁ。

 それにしても、写真をいろいろ見ていると、玄室天井の巨石が落ちてこないか心配になる。ドーム状というのはボンドとかで固定しなくても、落ちないのだろうか? 怖いから九日の現地見学会は行かない(笑)。午前10時~午後3時にあるらしい。
 石舞台も、蛇塚も天井はでっかい巨石をまたがらせた構造のようだった。

参考1
  飛鳥発掘物語/河上邦彦(その、「9 南側の羨道、実は奥室……真弓鑵子塚古墳」)

注記:JoBlogのまとめ
 明日香 真弓かんす塚古墳
 東漢氏(やまとのあやし)系の人が被葬者かもしれないという、和田先生の話をもとに、東漢氏の解説があります。Jo翁さんの話は、いつも大陸、半島、日本という当時の東アジア全体から見ていく視点があって、目が開かれます。一方Muは、やけに細かく、古墳という構造物から見ていきます。Muの資質は、建物や構造物になじんでいくタイプと自覚しましたなぁ。

 蘇我稲目と渡来美女
 継体天皇の半島政策からはじまり、大伴氏が美女二人を連れ帰り、蘇我稲目に献上したとの話がまとめてありました。猪熊兼勝先生の説をもとにして、背景をJo翁は丁寧に解説してくれたはります。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年2月 6日 (水)

昭和の鉄道模型をつくる(19) 喫茶店(ラメール)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋

19:部品と工作(喫茶店:ラメール)

19:喫茶店(ラメール)
19:ラメールの店内
 建物工作がしばらくつづきまして、24号までは毎回昭和時代のお店のようです。ただし、今回の喫茶店ラメールを作っていて思ったのですが、なんとなくじわじわと難易度が高くなる気がしています。気のせいかも知れませんが、息を詰めるようになったのです。二つ原因が推定できました。
 一つは、建物が複雑になってきたことです。これはどこがどうとは言えないのですが。ただ、細かな、たとえば丸椅子などを切り離して、小さな穴に数個連続して立てる時、ピンセットと瞬間接着剤を使いました。ピンセットがないとやりにくいほど、細かくなってきているわけでしょう。
 もう一つは、このシリーズの建物に大抵は付いてくる道路なのです。道路はプラ板一枚なのですが、そこに電柱や街路灯や、アーケードを立てるのが難しいのです。なんとなれば、接着剤を上手につかって、四方から眺めないと、必ず傾いてしまうからなのです。垂直に立てるのはなかなか難しいですね。

19:鉄道模型の達人/畑川政勝

19:畑川政勝
 ウィーンチロル特急というHOゲージが主で、そばに9mm軌間ナローゲージ(困惑?)の登山鉄道も走っているのです。畑川政勝(62)さんは、3畳間の壁面一杯に周回線路を敷いて、二面だけは情景のために大きなスペースを取っています。写真で見る限り、座ったまま景色が見られて運転できて、その上に、座ったまま工作もできそうです。
 ナローゲージの線路はラックレールと言って、汽車の底の歯車を回転させてレールにあるノコギリ状の敷設部分とかみ合わせて急勾配を登るようです。これは、模型の実物をいつか見たいし、Nゲージでもそんなことが出来るのかどうか知りたいです。(インターネットではうまく探せませんでした:Nゲージ、ラックレール)
 日本では碓氷峠のアプト式というのが著名ですが、その方式が上述をさすのかどうかは、まだ知りません。
 写真をみていると、畑川さんの横に工具類や塗料がたくさんあって、そしてヨーロッパの背の高い建物が情景にたくさんとけ込んでいて、趣味の悦楽というものを味わいました。なお、この方の作品も、写真に穴があくほど見つめても、川の水面は本物にしか見えませんでした。きっと、畑川さんは「水面師」なんでしょうねぇ。

19:「山」 ジオラマ/レイアウトの制作(8)トンネルがある山を作る

19:「山」 ジオラマ/レイアウトの制作(8)トンネルがある山を作る
 このシリーズの工作はどれも未経験なのですが、今回の山つくりには驚きました。結論を言うと、天井と側板だけをスチレンボードで囲って、その上に新聞紙をちぎって丸めて次々と両面テープで重ね合わせて、山の形にするのです。原型ができたら、その山を(丸めない)新聞紙片で覆うように貼り付けて終了。あとはいつもの下地塗料ジェッソ(茶色)を塗るだけ。
 もちろん、この後にパウダーやフォーリッジ(天然の苔か? 地肌を作る定番材料)で、植林するわけですが。それにしても、ジオラマ作成とは、ありとあらゆる材料で可能だということです。昔の私なら、粘土とか紙粘土しか想像も出来なかったのですが。
 最近ようやく、嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(作業は休止中)では、発泡スチロールを切り出して、トンネル部分をくり抜いて、原型を作ったところなのです。
 山でも地面でも、基本的なコツは下塗りをして、パウダーなんかを水溶ボンドで定着させていく、そこにあるように思えました。今回は、丸めた新聞紙に下塗りするところで終わりましたが、おそらく「地面師(18号「空き地を作る」)になって山肌を後日整形していくことになるのでしょう。ともかく、自由度が高いので、もしもコンクリートで原型を作っても、誰もケチは付けない世界のようです。ただし、重くなりますね。
 そうそう、トンネルの中は黒くするのが定番のようです。

19:昭和の『鉄道模型』をつくる

19:昭和の『鉄道模型』をつくる
 千葉県の内陸を南北縦に、小湊鐵道(こみなとてつどう)が約39kmの長さで通っている、ようです。里見駅の写真がよかった(この週刊誌を図書館なんかでごらんください。19号です)。開業から80年の歴史ある路線で、駅舎もそのままに見えました。線路に草が生えてホームは片側だけ。改札があるのかどうかもわからない。写真解説には「まるで草木と一体化した」とありましたが、その通りでした。里見と付くのですから、例の南総里見八犬伝の故地なのだろうか? 調べるより先に「そうだ、このあたりに違いない」と、思いこんでしまった。近世文学者でもないのですから、そう思っておきましょう。
 近所には「関東の駅百選」の一つ「上総鶴舞駅(かずさつるまいえき)」もある、らしい。これはネットで調べてみたら、さすがに佳い駅です(笑)。
 もう一つ話題が残っていました。小湊鐵道の車掌には若い女性が10人ほどいるようです。20歳前後らしい。ホイッスルかマイクを口元にあてた車掌さんの写真もよかった。最近はそこここで女性車掌を見かけますが、体力を使うでしょうが、よい仕事だと思っています。新幹線は丁寧だけど、男性車掌に乗車券提示を求められると、なんとなくナチスドイツから汽車で逃れる脱走者の気分になって、どうしても身構えてしまう。小湊鐵道では、「養老渓谷」というような観光地では、車内観光案内があるのだろうか? うむ。乗客は一見さんは少なかろうから、多分ないでしょう。

(上総の)里見駅:小湊鐵道

(千葉県市原市平野)

19:未来の図書館、過去の図書館
 最近、ようやく年末から始まって延々と続いていた採点が終了し、ほっとしております。しかし依然として会議会議会議三昧に明け暮れて、会議男になってしまったのです。
 と、それはよいでしょう。
 教育・研究者はそんな激務(失笑)の中でも時間をとって、ちょっと屯所(図書館学の資料室)をのぞいて、作りかけの未来の図書館ジオラマ、例の「嵯峨野鉄道図書館ジオラマ」を眺めるわけです。ときどきカッターナイフで山を削ったり、まれに電気を通して転覆脱線具合(うっ!)を確かめたりしております。時間が断片的ですね。

 さて、最近「図書館列車仕様」についてコンセプトがまとまったので、これまでMuBlogにメモした内容を集めて、記録しておきます。

(1) 二階建てにする
 身近なところで京阪特急ダブルデッカー車があって、ときどき乗って来たのですが、先週あたりに異様な興奮とともに、一階を書庫、二階を閲覧室(読書室)、別の車両にカフェテリアや子供読書室を、幻視してしまったのです。

(2) 読書室は上か下か
 上記の1.では一階を書庫としましたが、京阪特急の一階に座るとまるで地階の感じがします。人にもよりますが、読書はこの地階でする人もいるようです。ほの暗くて地面に直に接しているのは、人に安定感をもたらしたり、あるいは胎内回帰感を味わえるのかもしれません。
 地階に書庫を置くのは列車重心を考えてのことです。今回はそのある部分を、重度の読書依存症利用者に開放することにしたのです。

(3) トロッコ・軽便列車
 模型で軽便鉄道と申しますと、どうしてもナローという事になるのですが、わかりの悪い男でいまだに模型のナロー問題が解けません。ですから、この文脈ではNゲージによる、トロッコ風列車ということで進めたいです。
 こういう軽便列車について、インターネットで写真のきれいな「思い出の軽便列車」というのを見つけました。「おとぎ列車と呼ばれていた頃の『西武鉄道山口線』」と書いてありました。
 身近なところでは、京都市右京区で実際に嵯峨野トロッコ列車というのが走っていますので、この雰囲気を「二階建て図書館列車」にして、さらに嵯峨野や愛宕山、保津峡全体、つまり景観全体としての「未来の図書館」を考えていきます。

(*) 実際のジオラマ
 なかなか進みません。初めてのことなのに、いささか複雑な景観を欲張りすぎて困っております。さらに困るのは、二階建て図書館列車を、本当に基本から作る必要がでてきます。既存の列車を改造する方法、紙から作り上げる方法、いろいろあるでしょうが、結局すべて完成するのは、やはり近未来になりそうです。
 今夕もちょっと、保津峡の崖をカッターナイフで削ってみます。

18←→20

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008年2月 5日 (火)

小説葛野記:2008/02/05(火)確定申告と難しい仕事

1971年のIBM HIPO Template

IBM HIPO Template
 朝から確定申告の手続きをインターネットに向かってやっていた。こういう仕事は誰もやってくれないので自分でするしかない。といっても、収入が沢山あるわけじゃなくて、国家公務員をしていたので、そこからわずかなお金が振り込まれている。なぜふりこまれているのかよく分からない(笑)。22年の間、国と国民に奉仕していた利息のようだ。年金の一種らしい(いやはや、年金というと社会保険庁のだけと思っていた)。しかし一年間で新卒社員の本俸一ヶ月分とは、~安く見られたもんだ。これだけじゃ餓死するな。あはは。

 しかし確定申告をインターネットで処理するようになって、こういうややこしい仕事が少し楽になった。いや、流行りのe-taxじゃない。画面に書き込んで印刷して送る、旧来方式なんだ。
 日頃は紙の本でなくちゃとか、インターネットって目が疲れて肩こって頭も悪くなる、と言っている割には、余はシステムが関わるとどんなことでも、頭に入りやすくなるという、ちょっと変わった気質のようだ。若い頃から、新しい仕事につくと大抵はフローチャート(流れ図:手順図)定規を持ち出して、描いて、流れを確認して、それを見て、引き継ぎ内容を理解しようとした。あんまり難しい場合は、システムを設計しなおして、プログラミングレベルまで下げて、動かして、そこで初めて「分かった」という気分になっていた。

 要するに、作らないと理解できないタイプだった。他人様の作ったものだと、簡単なことでも上滑りして、何度も聞いたり、何度も失敗するという、典型的な「物覚えの悪い男」だったと、思い出している。

 ここで。公務員時代は大学図書館司書だったと言っておく。で、結構ね、その仕事も難しいことが多いのですよ。外から見ていると、本を貸したり受け取ったり、なんか走り回っているように見えるかもしれないけど、調査が入ると胃が痛むし、それ以上に山のような仕事をタイミングよく流れに合わせて確実にしないとならんことも多くて、ああ、難しい。

 で、そう言うことのいくつかをシステムとしてとらえると、いつのまにかその仕事を十年以上やっているような気分になって、新しい仕事に赴任してもすぐに快適になりました。「システムとしてとらえる」、それをしないと、いつまでたっても頭は霧の中、たびたび先輩に注意されたり、生き字引のような部下に突っ込まれたりで、うむ、仕事というのは難しいものですよ。

 確定申告も画面デザインを見ながらあれこれ考えていると、なんとなく確定申告システム基礎編がわかったような気になってきます。

 最近、仕事を辞める若者の話が多いですね。大抵は、「肌にあわない」とか「人間関係がぁ~」とかおっしゃいますが、Muは別の要素も考えております。つまり、仕事は難しい所があって、ちゃんと考えて学んで練習しないと、いつまでたってもぼけぼけのミスしたり、忘れたり、忘れるんじゃなくて霧の中だからどうして良いのか分からなくなって、それで周りから悪態つかれて、それで辛くなって辞める事例も多いと思いますよ。

 構造全体を把握しないとミスったり、仕事の手順を忘れるものです。家という全体構造を把握するとですね、知らぬ間に、手洗いの横には洗面所があると、覚えなくてもわかるもんです。二階に行くには、どこかに階段があるはずだと、予測できるのです。ミステリィなら階段がないかもしれませんね。

 若者は全員、若いうちにシステム設計の基礎を訓練し、そしてありとあらゆる仕事やこの世の仕組みを、マシンの中に再現しようとしたら、そりゃ楽に過ごせます、……。システムは利用者の曖昧さを許容する手法はありますが、作り込むときは曖昧だと、動きません。と書きながら、ものすごい暴論じゃわい、と思った。

追伸
 Muが上記のようになったのは、まだ「システム」というような言葉が世間で言われなかった時代、40年近く昔の20代後半のころ、当時のIBM社営業と仲良くなって、自分のやっていた複雑怪奇な仕事を、彼に一ヶ月見てもらったんです。そしたら、彼は帳票類やMuへのインタビューだけで、きっちり流れを描いて、どんなシステムを導入したら、Muさんが楽になって、それには毎月どのくらい国からIBMにお金をはらったらよいのか。一式レポートをまとめてくれました。

 オマケにものすごく高価な上級PL/I講習会にも行けるように計らってくれて(ここらは、今や時効だが、企業と国の関係からして、現在なら×だなぁ)、写真はそのころIBM社からもらったHIPO様式のテンプレートです。
 その時はじめて、プログラミング技能よりも、もっと大切なことがあると余は悟ったのです。システム全体を把握する能力だな。

 彼は神戸大学の経済学部を出てIBMに入った人で同年配だったからまだ中堅の一歩手前だったはず。営業でそこまで出来るのは、当時は相当に優秀な人がIBMにいたのだろうか。(なにかしら、IBMの商売敵だったF痛の畏友Joさんをふと、今思い出した(笑))

 残念ながら、その提案書は、当時の国策もあって、外資系IBMのシステム導入は絶対に駄目だと、きつく止められました。国でIBMマシンが入ったのは、民族学博物館か、わずかだったなぁ。
 その後彼とは一度も会っていない。
 彼は、まるで20代後半の余を無料で教育しただけで、丸損だったのだろうか? 申し訳なくて、電話もしなかったという、まだウブなMuでありました。
(顧客の中にIBM神話を信奉する分子を育てる遠大な戦略だったのでしょうね。それは、ちゃんとこの記事で、賞味期限切れで実証されましたかな(爆笑))

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

NHK篤姫(05)薩摩の話:養女とジョン万次郎

承前:NHK篤姫(04)薩摩の話:信賞必罰と融和策

 ほのぼのとした若い男女の気持ちの揺れが描かれていた。間にジョン万次郎の挿話があって、プレジデント(大統領)の札入れの話や、レイディファーストのこと、結婚は女性の同意が重視されるなど、篤姫は肝付尚五郎(小松帯刀)と一緒に異国談議を耳にして驚いていた。

 篤姫に縁談があって、その相手は島津久光の息子だった。今和泉島津家である篤姫の父からみると、表面は凪いでいるが、まだまだ斉彬との関係で敵方のような相手である。篤姫も殿様(斉彬)の命令ならしたがうしかないと、尚五郎に言う。彼に「どんな男なら、嫁にいくのか」と聞かれた篤姫は、「日本一の男」の嫁になりたいと言った。

 尚五郎は、篤姫の父・島津忠剛(ただたけ)を尋ね、姫を妻にしたいと懇願した。忠剛は尚五郎の熱意に同意した。が、翌日は登城して当主・斉彬から縁談の話がある。

 翌日斉彬が忠剛を城に呼び出し、篤姫を養女にしたいと言った。
 聡明で、すくすく育った篤姫をいたく気に入り、頼山陽の日本外史(源平~徳川までの武家の興亡を描いた史書)をプレゼントするくらい、斉彬は篤姫を気に入ったのだ。

 お由良騒動の前後、斉彬の子供はすべて夭折したようだ。だから17歳の篤姫を養女にするのは、おかしくはない。側室の可能性があったのかどうかまでは知らない。継嗣問題を将来に考えるなら、斉彬死去の後は、弟久光の長男(今夜の篤姫の縁談相手)が後を継いだ。もし、ここで篤姫を養女にして婿を迎えると、ややこしいことになっていたかも知れない。
 この段階で、斉彬が篤姫をさらに近衛家の猶子(ゆうし:公家社会での仮親関係。相続を前提としない)とし、将軍家正室にすることまで考えていたかどうかは、今夜は分からなかった。

見どころ
 肝付尚五郎が、篤姫の父に「妻にしたい」と言った一夜の場面が、印象に残った。相手の女性が天涯孤独でないかぎり、そばにいる両親に男子が話を付けるのは、昔も今も変わらないことだろう。それが不調に終わったときは別れるか、駆け落ちしかない。一般には人を介して申し込むようだが、それだと迫力がなくなる(笑)。
 Muは、ずっとこの肝付尚五郎が気に入っている。おどおどしたすがた、はにかみ、根性入れ、なかなか良かった。で、今夜の尚さんは熱演だったなぁ。

課外勉強:ジョン万次郎
 「ジョン万次郎(勝地涼:かつじ りょう)」という人名をATOK(一太郎)で入力したら、正確に表示された。著名な人なのだ。私も幼児期から彼の漂流記のようなものに親しんだ覚えがある。
 土佐の中浜村(現・土佐清水:足摺岬)の出だからなのか、本名は中浜万次郎らしい。というよりも農民、漁民は姓が確定していなかったから、漁民の彼は出生地をそのまま姓にするのかもしれない(要調査)。

 NHKの人物紹介では、14歳の時に漂流し、米捕鯨船に助けられ、賢い少年だったのだろう、そのまま十年近く米国および航海で学んだようだ。
 他の人物事典によれば、万次郎は1827~1898年の人なので、72歳ころまで生きたことになる。薩摩藩から招かれて英語の教授や、軍艦操縦、測量などの任についたのは、1864頃とあるから、20代後半のことになる。このころの藩主は、斉彬(なりあきら:1809~1858)がすでに没し、次の29代・島津忠義になっていて、後見人の実父島津久光の活躍した時代と言える。
 ただし、ジョン万次郎が勉学を積んで帰国、舶来の知識をもたらしたのは、1851年なので、鹿児島に上陸したジョン君が斉彬の興味を惹いたのは、充分うなずける。

 夢のような話である。
 14歳というと、中学生時代になる。命からがら無人島から助けられて、言葉も通じない異人さんにアメリカへ連れて行かれて、~ちょとtブラックジョークになるが、奴隷に売り飛ばされなくてよかった~、アメリカの学校に学び、英語の読み書き会話をマスターして、当時の科学も修得し、無事帰国した。(その間数年間アメリカを離れた時期もあったようだ)もちろん、幕府からも薩摩からも土佐からも重用されて、明治維新を迎えた。ドラマティックな話だと想像した。

 参考サイト:ジョン=万次郎について/ポッキー

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2008年2月 2日 (土)

小説木幡記:2008/02/02(土)二階建て電車:京阪ダブルデッカー:近鉄ビスタカー

1.倶楽部編集会議
 今日は、朝から屯所で機関誌「Truth」の編集会議に参加した。編集長は副長2008、あと局長、書記局長、一番隊員、二番隊員が出席した。一番隊長と二番隊長とは、テストがあって遅れてきた。編集長が議長になって、約40分、余も話した。そのあとは席を外し、倶楽部員だけの論議があった。結果はいずれ誌面に反映されることだろう。

2.新誠会・鳥せい下見
 午後は新誠会の下見に、伏見に行った。幹事長・副長、幹事・一番、二番隊長。監察に局長が同行した。ついでに、編集会議出席の書記局長もついてきた(笑)。下見の結果、当日の部屋はまだ不定とのこと。簡単な昼食のあと寺田屋を見学した。誰も中に入ったことはなかったようだ。帰路黄桜の中庭によって、寒空の中でミーティングをした。そのあと、サンマルクに寄った。余はチョコなんとかというのを食べたかったが、売れ切れだった。例によって、余は約10分でサイナラした。
 以上が余の1日だった。

3.京阪ダブルデッカー:二階建て電車
 倶楽部関係に脳も身体も終始したわけだが、余のCPUはときどきパラレル走行する。今日は、朝は京阪特急ダブルデッカー車(二階建て)の上階に座り、帰路下見に行くときは、皆で下の一階席に乗った。その間、電車にとって「二階建て」とは、なんぞやと、哲学的瞑想にふけっていた。
 この二階建て特急に初めて乗ったのは、京阪が三条から出町柳まで直行したころ(注:記憶間違い。ダブルデッカーの登場は平成10年)だから、平成に入ってからと思う。随分、好奇心満々で二階建て車両を選んで乗っていた。その後、今朝までまったく気にもせず、普通車にのったり、空いているダブルデッカーの上か下か、適当に乗ってきた。

4.朝は二階
 今朝。中書島で宇治線から乗り換えたとたんに、異様に興奮し出したというか、精神がダブるデッカー車両に集中した。押しのけるように中に入り、階段をとんとんと登り、空いている二階の窓際に座った。普通は新幹線でも阪急でも京阪でも、窓際には座らない。横に変なおばさんや変な女性に座られると、なんだか押し込められたような圧迫感に恐怖する。もちろん、オジキも兄ちゃんも、子供も厭だから。(一種の座席閉塞恐怖症)。今朝はちがった、どうでもよくなった、隣におすもうさんだろうが、女優だろうが、鬼だろうがプーチンが座ろうが、気にもならなかった。(なんか異様な気を余は発していたのか、混み出したのに、だれも横に座らなかったよ)

 写真を撮ろうと思った。だが、それだけは止めた。車両を写す気でも、客はきっと警察を呼ぶかも知れない、そんな恐怖があって。ひたすら天井や出入口やシートや、そして外の景色を念入りに眺めた。やはり、二階から見る風景は異なっていた。

5.二階建て図書館列車
 階下を書庫にすることを考えた。階下の窓は殆ど棄てる気になった。書庫は薄暗い方がレトロっぽくて良いだろう。一車両に司書は二人乗せることにした。一人は階下で出納補助、つまり本を探してあげる司書。もちろん、電子的な装置を100%備えたとしても、介添え役はあった方がよい。二階部分は閲覧室にしよう。これは窓はどうするか分からなかった。ただし座席数を半分にして、掘りごたつ式の和机と畳がよいだろう。問題は、事故があったとき、机の角で怪我をしないような配慮がいる、……。
 車両編成はどうだろう。大人用と子供用は、どうしても分けたい。子供は煩いし、走り回るものだ。混在はさけたい。重読書列車、軽読書列車、子供列車、そしてカフェテリア。その他。五両編成くらいで行けそうだな。
 書庫を一階に置くのは、重心も低くなり、嵯峨野鉄道図書館列車のように、いつのまにか秘境山岳列車に衣替えしそうな所では、ダブルデッカーと言っても、安全性が第一。保津川に転覆しちゃかっこ悪い。
 各車両二階の司書は何をする。まさか、車内検札なんかに時間をとるわけじゃない。レファレンスだな。うむうむ、近鉄特急みたいにおしぼりを出す必要はないだろう。

 と、考えていたら、中書島から四条まで、あっというまだった。

6.帰りは一階
 そして帰路。一階に座った。さすがに重心がぐっと低い。七条駅のホームは、窓の下と同じ位置だった。これまで何度も乗っているが、気にもしなかったのが不思議だ。地下を出ても、周りの風景がまるで違う。

 今日は、結局、葛野図書倶楽部のことと、二階建て列車のことで、余のCPUは発熱していた。
 結論は。
 列車は二階建てじゃないと。一階は書庫。二階はレファレンスルーム&読書室(閲覧室)、まあ、天井がオープンでもよいがな。そうそう、階段は木製にしよう。畳敷きの掘りごたつ机。忍者屋敷風に、階段を吊り下げ式にするかどうかは、今後五年間は考慮中だろうな。
 よい土曜日でした。

余録
 京阪電気鉄道のダブルデッカー車は、特急の8000系に組まれているようです。
 京阪電車HPの資料館・8000系
 京阪電車8000系製作/鉄道模型趣味のページ

 記憶にあった近鉄の二階建てビスタカーは、実は大昔のもので、すでに走っていないようでした。二階建てといえば、近鉄という記憶がそのまま残存していたようです。
 もしかしたら、関西で二階建て列車は、上記の京阪ダブルデッカーだけ(注:追録を御覧下さい)かもしれないですね。それなら、毎日しつこく京阪特急ダブルデッカーに乗らないとなりません。あはは。
 近鉄新ビスタカー:10100系/近鉄の鉄路の名優

追録:近鉄30000系/ビスタカー
 一知半解のこわさというか、気になって調べ出しましたら、なんとなく現在も近鉄特急で二階建てのビスタカーが走っているようです。昨夜『鉄道模型2008Nゲージを楽しむ』を寝る前に読んでいたら、以前は気がつかなかった記事「関西私鉄の雄:近鉄特急が大集合(成美堂出版)」がありました。そこに載っていたのです。今朝近鉄のHPをみたら、確かに「鉄路の名優」に30000系があって、

「昭和60年に第15編成を製造し、現在60両の車両群となりました。昭和54年、ブルーリボン賞を受賞しています。平成8年より「ビスタEX」としてリニューアルし、2階席の側窓は曲面ガラスを用いて高さを拡大し、椅子のシートピッチを広げたほか、外装もリゾート特急らしい軽快なカラーリングとなっています。」

 廃車という言葉が無かったので、今でも走っているのでしょう。
 しかし近鉄に乗るのも見るのも機会がなくて、なんとなく特急乗車券がいるようですし、ふむふむ、そこまでマニアには、まだまだですねぇ。いつ、どの路線を走っているかを調査しなくては、乗れないようですしね。
 もともと実車に興味があるわけじゃないのです。
 ただ、昨日朝から異様に興奮がおさまらず、二階建てでなくっちゃ! と、心の世界が揺れ動いている次第。
 しばらくは、京阪特急、赤のダブルデッカーを執拗に追い求め乗ってみます。しかし、淀屋橋~出町柳を日に何回も往復したら、破産しますなぁ。片道、40分か50分くらいでしょうか(知らず)。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年2月 1日 (金)

昭和の鉄道模型をつくる(18) バー&寿司屋

承前:昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所

18:ここまで完成(~18号)

18:ここまで完成(~18号)
 とろとろしていても、月日がたつとここまで完成してきました。スチレンボード(発泡スチロールの両面に美麗紙が貼ってある)の土台には、何を置くかまで印刷されていて、懇切丁寧なキットだと思います。自由度の好さとは別のことじゃないでしょうか。自由が一番良いとは思っていません。こういうキットは、私のように時間を断続的にしかとれない人間には最適です。世界中のみんなが鉄道模型に発狂するほど熱中出来るわけがないですからね。
 一方で屯所(別室の図書倶楽部資料室)に置いてある作りかけは、まるっきり好き勝手な設計ですが、毎日変わり、毎日眺めてはどうしたものかと思案ばかりしています。そっちは自由(鉄道図書館)世界です。両方あるのが一番です。

番外→18:「昭和の『鉄道模型』をつくる」応募券

18:「昭和の『鉄道模型』をつくる」応募券
 この応募券写真は18号とは関係なく、すでに入荷している25号までの券を25枚貼り込んで送ると、コントローラ(電車の電源装置)を送ってくれるという塩梅(あんばい)になっているのです。
 図書館でも、期限内返却が10回続いたら、貸出冊数を10%増しとか、そういう仕組みがあるとよいですね。あれ? 話が混線。ようするに、このシリーズのコントローラは出版社の採算に組み込み済みとは思いますが、25枚の券を送らないと、電源装置が無いままになって、電車が動かないという仕掛け。
 ええ、ところがどっこい、私はすでにトーマス号を買ったとき、その中に電源装置は入っていました。コントローラ自体の価格は数千円だと思います。なのに、しっかり25枚の券を握りしめて、ノリで貼り込んで、写真にとって、祈る気持で投函したこういう「人間」の幼児性というか、切なさというか、ああ人間喜劇万歳!

18:部品と工作(バー&寿司屋)

18:バー&寿司屋
 一連の建物(ストラクチャーと言うようです。構造物でしょうか)キットは、以前申しましたが、工作自体は難しくないのです。最初の内に駅舎やホームを経験すると、あとは同じ要領ですいすいと作ることができます。
 それよりも、こういうお店は確かに京都の繁華街などでは見かけなくなりましたが、京都市右京区などの風景の中にはときどき見かけます。どういうお客さんがいつ来るのだろうかと思うのですが、それは私が夜に出歩かないから知らないだけで、暗くなるとぞろぞろ入っていくのかも知れませんねぇ。

18:鉄道模型の達人/大澤勝一、大澤慶一

18:大澤勝一、大澤慶一
 親子のようです。大澤勝一(64)、慶一(30)と著者紹介がありました。大澤さんの流儀はHOゲージ(本Nシリーズより大型の模型)で、二ヶ月に一回、東京小金井市の地域センターで全長30mの大型レイアウトを組立て、仲間と運転会をするとありました。こうした運転会仲間でお互いに持ち寄った列車を走らせて楽しむようです。
 だからジオラマの情景よりは、走る情景が主になります。持ち寄る列車がHOゲージの12両編成ともなると、前から後ろまでの全長が2~3mになりそうです。迫力がありますね。
 組み立て式なのでレールは適当な大きさの木製基盤に固定してあり、基盤同士の電気接続は銅製の棒二本でがっちり挟み込む方式です。

18:「空き地」 ジオラマ/レイアウトの制作(7)空き地を作る

18:「空き地」 ジオラマ/レイアウトの制作(7)空き地を作る
 空き地、つまり土の地面を作る技が今回のテーマでした。この巧拙はあって、「地面師」と呼ばれる人がいるくらいに、奥が深いようですね。技法はさておき、実際の土を持ってきてまく方法はどうなんだろう? と考えました。土を薄くまいて水溶ボンドで固定して、着色する方法。あるかもしれませんが、重くなっておもしろみがなくなるのかな?
 ここではスチレンボードの表面を丸棒(千枚通しの柄の部分など)で押しつけ未整地らしい凸凹をつくる。ジエッソ(茶色)を塗って下地を作る。ボンド水溶液を塗り、パウダー(茶色)、バラスト(砂というか砂利というか)を色合いに気をつけながらまく。緑のパウダーを散らして雑草表現。ボンド水溶液で固定して乾燥待つこと8時間。
 雑草に花色を点描。さらに、それらしい風合いの刷毛の毛部分をカットして、千枚通しで穴を空けた部分に埋め込み、背の高い草とする。なんとなく人工植毛の技ですなぁ。(笑)
 別のNHK趣味悠々図書では、このあたりのことが微にいり細にいり説明してありました。地面作りの奥義書があるかもしれません。

18:昭和の『鉄道模型』をつくる

18:昭和の『鉄道模型』をつくる
 昭和28年に三洋電機が初めて噴流式電気洗濯機を2万8千500円で出した。当時の流行歌は「月給1万3千8百円」だったらしいので、今の感覚だと、40~50万円相当の洗濯機になりますね。
 昭和30年ころに、電気洗濯機(2万円)、冷蔵庫(5万円)、白黒TV(20万円)を三種の神器と呼び出したようです。現在ですと、500万円相当の家電になりまして、ちょっとね。しかしその程度の高級車を乗り回す人は、現代は多数いますから、頭がこんぐらがりました。
 昭和37年ころに、それらの普及率は都市部で、冷蔵庫3割、洗濯機6割、白黒TVが8割にもたっしていたようです。うむむ、日本人って、傑作なくらいメディア狂いが多かった、エンタメ系が多いのですね。これは意外! いや、当然か?
 ちなみに、十年後の、昭和40年代の「新・三種の神器」はカラーTV、クーラー、自動車のようです。
 その時代半ばになると、私もいろいろ実体験しておりまして、昭和46年公務員初任給が3万円前後でした。1200CCのスッピンのトヨタ・パブリカSR、ラジアルタイヤ装備・京浜ツインキャブちゅうマニアックな当時76馬力(今の規格に換算できません)のが車両本体価格55万円前後でしたような。クーラーなんかありまっせん。
 ついでに、当時2000ccのフェアレディを買った畏友ふうてんさんとは、そもそもの初めから格が違います。これは、人間の格がマイカーに顕著に表れた昭和史の秘話ですよ。
 ああ!

18:未来の図書館、過去の図書館
 私は読書家でもないし、書痴でもないし、稀覯本コレクターでもないのですが、それでも図書を通した「読書」という行為によって、まとまった知識の体系を脳の栄養にしていくことについて、思うところがあるのです。

 ただしここで学者とか専門家が専門書を読んだり、あるいは文芸評論家が小説を読むことは例外としておいておきます。彼らにとって読書とは職業、仕事ですから、一般人が読書をして味わう快感とか徳用とは、違った世界の話です。科学者がデータを眺めるようなものだし、プログラマーが算譜を解読するような世界です。かれらの人格が、読書によって良き方向に形成されるとは思いません。

 まれにあるでしょうが(笑)。

 専門家がいちいち感極まったり、文藝評論家が小説一冊に死ぬほど惚れ込んだりしたら、評価は成り立たなくなります。断っておきますが、それを「芸」としてならしめる人も一世紀に数名おりますが、これは世間一般の天才カテゴリーにはいるもので、また話が違ってきます。

 一般論としてです。

 図書一冊にはまとまった知識の体系や、感性、世界観の体系がコンパクトに整理されています。小説であっても、作者が見た世界が過不足無く、平均して原稿用紙400枚~1000枚に圧縮されているわけです。もちろん昔の作品ですと、原稿用紙で200~300枚でも一本になっているものがあります。

 ここに、作者が持つ一個の世界観があるわけです。しかも原稿用紙数百枚を費やしてその世界観が描かれているわけです。もちろん、逆転した云い方なら、原稿用紙数百枚をついやして、作者という一個人はそこに世界を作り上げたわけです。

 読書とは実に簡便に、容易に、短時間で自分以外の人間が世界を観る目を、その他人の目に写った人間、事物、事件、日々を知ることができるのです。つまり、追体験することができるのです。このことによって、人は自分以外の人がこの世に共存している事実をあからさまに知ることになります。

 人間とは、一体何を考え、どう行動し、どう失敗し、そして死んでいくのか。何に感動し、人と人とがぶつかり愛し合い別れ、戦い、儲けて、食べて、不満を持って生きていくのか。

 こういうことが一冊一冊の小説に丁寧に美しくおぞましく、悪辣に、そして求道的に描かれているのです。簡単に言えば、他人を知るのにこれくら便利なマニュアルはないと言えましょう。

 現実に生きる成熟した人達の行動パターンにしても、ほとんどその類例を過去の小説や古典に見付けることができます。いや、人類史のなかで、そういう類例をもとにして詩や物語や現代小説がうまれてきたのですから、当然とも言えます。

 たしかに虚構なのですが、この虚構をおいて、他を深くまんべんなく知ることのできる方法は少ないと思います。殆どの場合、他者認識は、眼前の家族、友や知人、仕事相手、顔の見えない他人との接触でしか得られません。そこには特殊性はあっても、普遍性が薄いです。
 また他人同士なら、一過性のものです。浅いです。人は容易に個として個を開示しません。それこそ本当の虚偽に満ちあふれています。

 私は、今は小説という図書に限定して話しておきます。
 小説とは、一人一人の人格と考えています。シュールな作品なら、そういう人間がいるという多様性を知り得ます。凡百の作品なら、人はそういう安易さを好み、その安易さもまた人の習いとしることができます。凡百な世界がなければ、耐えられない側面も人生にはあるものです。

 酒を飲んで裸で温泉に入って、気心が通じることもあります。それもあります。しかし時空間的にそれは情報量として実に少ないです。この世には、酒を飲んだら機嫌がわるくなり、裸のつきあいなんて異性以外はまっぴらゴメンという人も結構います。

 しかし、小説一本をえらべば、天才から凡才、犯罪者から宗教者、温泉好きから服をぬがない紳士まで、それこそあらゆる人がそこに住んでいます。小説ほど多様性に満ちた、虚構の仮面をかぶった現実人間像は、無いでしょう。

 では、なぜここで紙の図書なのか。
 おそらく、外界を目からの情報によって脳に入れ、そこでどのように情報を処理していくかについて、紙の図書の有効性が明確にわかってくると思います。それは、手で触り、目で直に見える点で、ディジタル情報とは異なります。(結論は近未来に先延ばし)

17←→19

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »