新誠会2008/02/23(伏見港の「鳥せい」)
記念写真:新誠会20080223
顧みますれば、2001年夏に倶楽部を結成し、初代局長が生まれ、2003年2月には関係者一同、「森博嗣京都葛野2003」講演会を無事執り行い、翌月三月に、あっという間に卒業していきました。
年譜を見てみますと、
1:2003年3月、鳥せい。無MuBlog時代で記録不明。初代、二代局長、初代一番隊長はじめ、賛助会員他参加。
2:2004年3月、黄桜。記録不明。顧問が悪酔いした記憶。
3:2005年3月、鳥せい。記録不明。
4:2006年3月、黄桜。
5:2007年3月、月の蔵人(2006年9月に倶楽部5周年総会を執行:森博嗣先生講演)。
6:2008年2月、鳥せい。2007年次・新ご隠居さん5名、送る者8名、そして顧問。
この昨夜第七代局長年次は、2006年9月に始まりました。よって局長はじめ幹部は最長の一年半となります。様々な倶楽部の経年変化の中で、最も伝統継承に力を注いだ年次だと思います。
幹事と芸人
引き出物
宴を盛り上げるためか、幹事(副長2008や一番隊長、二番隊長)は芸人さん(書記、経理局長2008)を急遽育成し、30秒で客の要望に応じた絵を描き、どちらが良いかを競い合う芸を披露してくれました。これは本当に受けました。二人とも美術系とも思えないのですが、30秒でそれらしい似顔絵ですから、本当に手に汗握る迫真の芸達者でした。
後輩たちからの、手作りプレゼントも感動的でした。倶楽部員全員の似顔絵を描き、後輩が一人一人、各ご隠居さんあてにメッセージを込めて美麗装丁した栞です。それが手作りの一品物:ブックカバーに挟まれて先輩たちへ贈られました。まことに司書卵のまめまめさは、私には絶対に真似の出来ない心技体(?)ですね。
新ご隠居さんたちからは、倶楽部に組み立て式本箱を二つ頂きました。屯所もすでに図書で満ちあふれているので喜びひとしおでした。さらに~、顧問にもご隠居さんからプレゼントが贈られ、披露しました。それは何だったのでしょう?
(仕込み)杖でした。す、素晴らしい!
待合室
小さな倶楽部であっても、青春の断端であっても、一つ一つの定例行事であっても、責任を全うするための努力は並大抵の物ではありません。最後にいたって、すでに二年生の秋から在職する副長2008の想いがはじけたのだと感じました。やはり、新選組は土方副長ですよね。そのとき、一瞬倶楽部歴代の副長達を思い浮かべた顧問でありました。
無事清算もおわり、一行は大手筋にでました。時間も遅く、最初は駅前のミスドまで行きましたが、満席で、もどってマクドに入りました。私は100円の珈琲と、チョコパイをいただき、幹事一番隊長の労をねぎらって、すぐに退席しました。おそらく来年の今頃は、今の一番隊長たちが、昨夜の新・局長達を送り出す側に回るわけです。
場所は葛野聖地2号「黄桜」に決定しておりまする。
そうそう、新局長、書記局長2008は直ぐに戻らず、ミスドでドーナツを大量に買い込んでいたようです。両巨頭はスレンダー大食というまれな若者です。豪華コースでもの足りずに、さらにがんがん食べていたのは、この両巨頭なのです。幹事長の悲しみは、実はこれが原因だったのかもと、ふと今、気がつきました。
新たなご隠居さんたちの消息。
人となりは、Truth新春号にこうご期待の程。
近江の人は在京、香川の人は全国行脚、京都の人は京都、越後の人は越後へ、越前の人は在京。それぞれ良きところを得て、ボンボヤージ。
伏見鳥せい
(京都市伏見区油掛町)
京都・伏見神聖酒蔵 鳥せい本店
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