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2008年1月21日 (月)

昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫

承前:昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2

16:バス車庫

16:バス車庫
 ここしばらくは建物模型が連続するので、「ここまで完成」や「部品と工作」は休みます。組み立ては、これまでの建物と変わりなく、丁寧に組み合わせ、ところどころにボンドを垂らせば完成です。
 こういう建物模型は精密ですね。正面に「野原交通(株)駅前車庫」と、それらしい看板があります。車庫の奥を覗くと、古タイヤ、ベンチ、工具棚なども見られます。
 外回りには、プロパンガスボンベ、タイヤ、配電管、鋼材、パイプ、いろいろ見えます。トタン屋根はウェザリングというのでしょうか、古びています。精密ですね。見ているだけで楽しめますよ。

16:鉄道模型の達人/水野良太郎

16:水野良太郎
 水野良太郎(73歳)さんは漫画家&イラストレーターらしい、とMuの無知。ただし、どこかでみたことのある漫画が一つ載っていた。で、新聞紙を二枚広げたB4全判(1030X728mm)になんとHOゲージが走っていた。HOゲージはいつものNゲージに比べて大きい。その分細工がしやすくて精密になるようだが、大きいことは大きい。だから普通はもっと大きなレイアウトで造るようだ。
 タイトルは「鷲津加味鉄道・森林線」とついて、ホビーセンターカトー(新宿区)に展示されているほど、著名なものらしい。
 写真をみていて、またも水面に目がむいた。どんな手法かしらないが、水面が鏡状でなく、微妙に波打って、だから光の反射もまるで本物に見える。この写真をモデルと言わなければ、Muは実写と信じるだろう。
 またしても、人の技に心うたれた。なぜそんなことまでするのかは問わない。結果として、神様が宇宙をつくったような気がした。モデルは北米の森林らしい。うむむ。

16:AtoZ:海を作る:発泡スチロール

16:「海」 ジオラマ/レイアウトの制作(5)発泡スチロールで海を作る
 このシリーズは直接「昭和の鉄道模型をつくる」とは関係しない。ジオラマ制作の基本として連載されているわけだ。
 昭和の鉄道模型については、今後もおそらくキットの建物が毎回あって、途中動力まわりの部品、そしてやや難しいのはトンネルに植樹することくらいだろう。ある意味で、誰にでもできるシリーズなのだ。勿論、手を抜くと完成しないが。
 だから「発泡スチロールで海を作る」なんてシリーズは、関係ないと言えば関係ないのだが、別途「嵯峨野鉄道図書館」をもくろんでいる私には、必須の内容となっている。
 難しい! というのが今回の感想だ。手技というか、絵を描いたり細工物を上手に造る独特の資質を要求されているように、思えてきた。芸術というか、あるいは職人技というか、少なくとも修練が必要になり、その上で上手下手がはっきり出てくる世界なのだろう。そういえば、以前某博物館で見た模型ジオラマは、私がわかるほどに「へたくそ」だった(笑)。
(1)モデリングペースト
 どんなものかは分からないが、柔らかくてそのうち固まる粘土みたいなものだろうか。これで海の波のうねりを作り出す技があった。「塗装面から筆をねじり上げるようにする」と。むつかしそうだ。団子になりそうな恐怖。
(2)色塗り
 塗りが模型の命、というような台詞が森博嗣先生のblogにもあった。どこかは忘れたが。今回の記事を見ていると、海の色を出すことの難しさと、それが成功すれば模型に命が宿ると思った。
 「海岸から離れた海面は青みの強い暗色」「海岸沿いは緑と白を混ぜ、浅い水深を表現」「波の表面に白で波しぶき」「波打ち際は長く」「沖は短め」に、波しぶきをつける。
 これを読んでいて「ああ、無理だ、駄目だ、できない」と、思わず叫んでしまった。設計図にあわせて切ったりはったりする世界とは、全く異なる。うう~。

16:昭和の『鉄道模型』をつくる

16:昭和の『鉄道模型』をつくる
 箱根登山鉄道の記事に強く惹かれました。この鉄道をジオラマ化した記事は別の図書で何度も読みました。いつか引用して紹介します。
 それにしても、三両連結の前と後ろで3.5メートルの高低差がでるというのですから、ものすごい坂道です。全路線の標高差が500メートル以上もあるのだから、それくらいの急坂になりますね。このためのブレーキは「電気、空気、手動、レール圧着」と四種類もあって、記事には「走らせない」ために、と記してありました。重い電車だから、滑り出したら止まりませんよね。
 この他のサイト(What's箱根登山鉄道)を見てみると、レールの摩耗を避けるために水をまきながら走るようです。これも想像しがたいことです。
 なによりも、「スイッチバック」という言葉が多用されていました。これは、つづら折れの坂道を、電車の前後を変えながら上るわけですね。つまり電車はそのままで、車掌と運転士が前後入れ替わるわけです。ループを作ると曲線も強く線路も長くなり、トンネルを掘ると費用も時間もかかるから、折りたたみながら上っていくわけでしょう。
 いやはや、箱根登山鉄道、一度乗ってみたいですね。なんだか、松本清張さんのミステリにも、箱根の旅館に行くのにエレベータに乗って入る場面がありましたっけ。箱根は、人跡未踏のようなミステリ感がありますね。

16:未来の図書館、過去の図書館
 文字、文章を読む書くということは、昔は特権階級の人に許された、芸の一種ですね。母国語は幼児期から肉親や同じ母国語を話す人の間で育つと、外見上は自然に身につく(注1)ようです。だから「芸」とか、気取って「スキル」とか言いません。しかし、読み書きは自然に身につくものではなくて、相当に長期間専念しないと、さまになりません。

注1:ただし、「話す」ことの限界は長じれば自らの意志によるでしょうが、幼年期は「まとも」な大人の間で育たないと、まともな話し方は身につきません。これは各地お国言葉のことではなくて、意思表示、説明、話し言葉の選択、丁寧さ、などなど難しいですね。

 この読み書きは、王侯貴族、知識階級、さきごろはブルジョワ階級でないと、学習する暇も環境もなかったようで、庶民の殆どは手紙も読めない、書けない様子だったと想像できます。中世までの修道院の坊さんは難解なラテン語を駆使し、聖書を読んで聞かせるのが、特権中の特権芸だったわけです。日本でも、昔の坊主は人柄だけでなくて、本当にインテリというか、賢い人でないと、そして修行に耐える根気さがないと、正式な坊主にはなれなかった。

 で、タイムマシンを一気に現代にとばしますと、たとえば日本人、例外はありますが殆どの人は読み書きができるようです。これは、日本人がある時一斉に賢くなったわけじゃなくて、江戸時代頃から寺子屋が整備され始め、明治になると義務教育が生まれ、そして現代に至っています。大体、9年から16年ほどかけて、みっちり読み書きを教えられるわけですね。

 人は、脳を脳らしく動かすには、本当に手間暇がかかるものです。

 やっと本題。
 多くの人は、学校を卒業すると読書をしないし、まともな長文も書かなくなります。統計的にデータを出せと野暮は言わないでください。
 仕事関係は「しかたなし」にマニュアルを読み書きするようです。
 特に、20世紀後半から現代にかけては、各種メディアが大発達して、文章よりも音や動画に生の気分でのめり込む人が増えました。
 だから、図書を読む、読書するということも、多様な「楽しみ選択枝」の末端にある小さなオプションに成り下がってしまったのです(と、断定)。

 それぞれのメディアにはそれぞれの特性があり、他で代替できないこともあります。たとえば音は特例を除いて、文章からは得られません。(注2)

注2:充分に豊かな音を身につけて育ち、かつ読書力が旺盛で、その上に文章が上等ですと、人間の脳のすさまじさと申しましょうか、文章を読んでいるだけで音が再現されます。幻聴と言い切るには、リアルすぎる事例がありますね。

 難読症のような例外とか、発達障害とか、いつも例外はあるのですが、読書について言うならば、一般に人と言う者は易きにつきます。読書なんて、シンドイ、と。横着なんですね。身体を動かすのがいやじゃ、脳を動かすのが厭じゃ、ぼんやりして美味い物たべて眠って、小綺麗な男子や女子と遊んでいたい、と思うようです。それと同列で、読書なんてうざったい、流行りの音楽や映画を見たり、スポーツしている方が、よっぽどすっきりする、快感。と、こういう傾向がずっと大きな潮流として、あるわけでしょう。

 さて、ここまで丁寧に付き合って読んでくださった御仁には、この後を言わなくてもお分かりでしょうし、またいくら読書の大切さを記しても、それを言うこのMuBlog等を読む読書好きは少ないという、ものすごい矛盾に直面します。遅刻常習者、欠席常習者の居ない朝一番の授業で、諄々と「産業革命以後、時間を守らない人は、社会人として失格である!」と、演説しているMuのばかばかしさに、似ておりますな。

 しかし馬鹿馬鹿しくても、社会的、人類的記憶装置、すなわち社会的脳である図書館の重要性を説くには、この「読書」について奨励しないと、幼児期から外界情報を適切に採取し、脳で再編集、再変換して蓄積し行使し、一定の自動回路を作らないと、人は猿と変わらない。そして、その論理性、感性の両面にわたって最も効率的有効なメディアが文章であり、かつまた身体性を深く考えたなら、それはインターネットメディアに代表されるディジタル情報だけでは代替出来ないという、この大言壮語を、周知徹底することも道半ば、今日も「嗚呼」「やんぬるかな」と空を、天井を仰ぐMuであった。

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承前:昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫 17:タクシー営業所(三和自動車観光)  最近はこういう形態のタクシー営業所は見かけませんね。もちろん京都市での話ですが。よその警察署・模型(カトー社)についていたパトカーが、やっと二台はいるだけのスペースでした。当時の面影橋駅には、これくらいのタクシー営業所があったのでしょう。  例によって精密なモデルでした。バス車庫と似ているのですが、古タイヤや... [続きを読む]

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