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2008年1月13日 (日)

NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死

承前:NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら)

鹿児島の予習
 家老・調所広郷(ずしょひろさと :平幹二朗)さんの住んでいた屋敷や、「無・天守閣」という鶴丸城を鹿児島市でさがしていたら、肝心のものが見つからず、城山の北で「西郷洞窟:西南役で西郷隆盛が自刃した洞窟」を見付けたり、西郷さんが生まれた場所まで発見しました。鶴丸城は後日にして、今日は鹿児島市加治屋町あたりを地図でポイントしておきます。

西郷隆盛生誕の地(西に大久保利通生立ちの地)

鹿児島県鹿児島市加治屋町

 京都に住んでいると気がつかないのですが、日本の県庁所在地には大抵城跡があって、その近くに、県庁や図書館や博物館が、敷地を公園の中にゆったり構えています。県中央だけじゃなくて、周辺の都市もそうですね。たしか、小倉城もそうでした。姫路城とか明石城跡とか、そうそう彦根城もそうじゃなかったかな。昨年にぎわせた小田原城もそうですね。

 で、なにが言いたいかともうしますと、そういう雰囲気を意識して好きだと思えるし、言えるようになりました。日本は城の国ですよね(笑)。寺社仏閣も、御所も大切ですが、中世以来近世に続いた城下町という存在は、日本の風景に欠かせませんよ。京都に住んでいると、そういうことに気がつかなくなります。京都市にも城跡はあるのですが、二条城以外はだれも見ないし、見えませんね。

 そこで、薩摩島津氏の城は如何に。と、そこで困りました。いろいろ調べてみると、鶴丸城というらしいのですが、天守閣がないのです。これじゃ、昨年の風林火山、人は石垣、人は城、武田信玄さんみたいな話になってきます。
 そういうわけで、鶴丸城跡は地図で見付けられなかったので、当面この話は保留にしておきます。
 (別の詳細地図で見ましたら、上記地図の北に城山があって、その南側に県立図書館があって、その上に「歴史資料センター黎明館」があって、その南の奥まった所が鶴丸城跡と、記してありました。ようするに黎明館は城の上に建ったのでしょうか。また、後日に(笑))

 さて今夜の物語は。

調所広郷の能力と死
 薩摩藩には500万両の借金があって、それを斉興(なりおき)が調所さんに命じて数年で帳消しにしました。しかし、その裏には清国との密貿易や、贋金造りもあったようです。薩摩は幕府老中・阿部さんに睨まれて、調所さんは服毒自殺しました。罪を一身に背負った覚悟の自殺だったのでしょうか。

 薩摩藩には余剰金が250万両も残ったというのですから、調所という人は、すさまじい能力を持っていた人のようです。後に残った金を後の島津藩主斉彬さんがいろいろ蘭癖(洋風好み)で、外国の技術導入、物品導入に使って使って、明治文明開化の端緒となったわけでしょうね。
 もちろん苛斂誅求を極めた藩政改革は領民、下級武士の間で憎しみを生み、家老・調所さんには悪名だけが残りました。明治時代を通して、残された家族も悲惨な状態に落ち込んだらしいです。ずっと後世になって、なんらかの名誉復権があったようですが。

 今夜の見せ場は、江戸から呼ばれた調所さん、思うところがあったのでしょう、出立前に若い篤姫(後世)を呼んで、話し込みます。真意は何も言えなかったのですが、自分のやっていることに誇りを持っていた調所は、それを理解するかもしれない聡明な篤姫に、言い残したのでしょう。「銀座」と刻印の入った贋銀でしょうね、これを「最後の贋金だよ」と言って、調所さんは篤姫に渡します。
 今夜も、姫様はあっけにとられていました。もうすでに、調所と今和泉島津(篤姫の実家)とは、敵対していましたからね。

 だからこそ家老調所の篤姫に対する態度には、圧倒的信頼のあることがを、Muにもわかりました。
 調所も、ただ血気盛んな若者や、対立する人に言っても、絶対に伝わらない、だから賢い無垢な若者に伝える。そういう筋立てでした。

熱き青春ですね
 篤姫も小松帯刀も、いわゆる聡明な体制内改革者でした。
 徳川をひっくり返した西郷さんとは異なります。
 しかし、実は後世の若き家老・小松帯刀(たてわき)が、下級武士の西郷や大久保の面倒を見ていたらしい。坂本龍馬が新婚旅行で泊まった先も小松さん宅だったのです。江戸城を無事開城させたのには篤姫の力がありました。その篤姫をなにかと世話したのが西郷さんでした。体制側も体制破壊側も、みんな知り合いだったというドラマの基調があります。

 体制内改革者は維新の後、革命のあと、歴史に大きく残りはしませんが、おとなしいからでしょう、それでも体制内に居た人達と、体制の土台を根こそぎひっくり返した人達とが、お互いに知り合い、場合によっては懇意だったという、そういう歴史の真実は、いつ考えても不思議に思えるし「人間の真心だね」と思ってしまうのです。

お由羅騒動の発端
 Muは未読なのですが、松岡正剛さんの記事によると、直木三十五の小説『南国太平記』は、薩摩「お由羅騒動」をテーマにした伝奇小説の親玉のようです。いや、Muも世間知らず、物しらずでありました。伝奇小説大好きな割には、手に取ったことが無かったのです。タイトルが明るすぎたからでしょう(笑)。同じ伝奇小説でも、これが妖星伝とか、神州纐纈城だなんてタイトルなら、読むなと言われても、読んでしまっておりました!

 さて、側室お由羅さま。
 これまでのぼんやりした記憶では、大抵この役の女優さんは妖艶きわまりないあちらの世界の人のような雰囲気だったのですが、今回は涼風真世さんというおとなしげなこちらの世界の女優さんでした。が、やはり役柄上、息子の久光を跡取りにしたいせいか、斉興(なりおき)さんには心中をずけずけおっしゃいますね。

 真実は知りませんが、斉興殿の側室お由羅の指示で斉彬(なりあきら)の息子が次々と呪詛によってか、なくなっていき、ついには実子の斉彬派と父親の斉興派が武装闘争に入ってしまいました。
 その結果は、斉興の怒りとなって、今夜だけでもすでに藩士切腹が六名、来週あたりは大久保さんも島流しや謹慎・家禄減俸やと、激しい処断をうけることでしょう。

 幕末島津藩のお家騒動はどのような結末を迎えるのでしょう。来週もたのしみです。

追加情報:調所さんの屋敷跡(2008/01/16付け、無名戦士さんからの情報です)
  Google地図(鹿児島市平之町5丁目
  鶴丸城との距離は約1kmですね。(この地から、北東方角に城があったようです)

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コメント

春やむかし

 県庁所在地には城が・・・。
廃藩置県でございます。
当方の田舎の家からは松山城が見えます。
子供の頃人々は松山へ行くことを(お城下へいく)いうてました。
お城の回りに全てがある・・・箱庭のように。
ふうてんの好む街であります。
江戸の(お城)も似たようなもので・・・ちょっとデカイですが。

 正岡子規に次の一句がございます。
(春やむかし十五万石の城下かな)

投稿: ふうてん | 2008年1月14日 (月) 09時54分

ふうてんさん
 廃藩置県が影響を残しているわけですね。気がつきませんでした。
 日本史を学ぶ人達の便宜を考えて、県名も昔に戻したら分かりやすいでしょうね。

 薩摩県、長州県とかね。

 県庁をどこに置くかで、騒乱のありそうな所もいくつか思い浮かびます。
 長野県なんか、諏訪とか松本とか長野とかね。
 越後県じゃなかった、新潟県も、春日山城のあったところとか。
 島根県が、出雲も松江では相当に気風が異なるようですし。
 山口県に至っては、いまだにどこに県庁があるのか分からない。津和野かなぁ~萩かなぁ。
 北九州市は、どうなんだろう。うむむ。
 京都は簡単ですね、御所のあるところ。

いやいや正月早々、駄文コメント返しで、すみませんでした。

投稿: Mu→ふうてん | 2008年1月14日 (月) 10時38分

調所広郷邸跡は鹿児島市内平之町五丁目サーパスマンションになってる所一帯七百坪です。平田公園の向かいです。

投稿: 無名戦士 | 2008年1月16日 (水) 14時26分

無名戦士さん
 調所さんの屋敷跡、Google地図で確認し、本文末尾に追加しておきました。
 ありがとうございました。

投稿: Mu→無名戦士さん | 2008年1月16日 (水) 17時11分

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於一の父、忠剛は何とか藩からの処分を免れました{/hamster_2/} 当時は貧困の恨みが、藩主・島津斉興や側室・お由羅 とりわけ調所広郷には風当たりが相当強かったでしょうね。 呪詛により島津斉彬の子供が四人も亡くなるとは、偶然を 通り越しています。 おそらく毒殺されたに間違いないでしょうね{/kuri_5/} 斉彬擁立はいきり立つのも仕方ありません{/etc_fire/} 質素倹約と年貢の取立てと密貿易で500万両の借金を 返したのですから、調所広郷は島津の英雄と言っても 過言ではないのです{... [続きを読む]

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承前:NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死  お由羅騒動については復習しておいたが、薩摩隼人(はやと)や薩摩おごじょについては、今夜のドラマで「うむ」と考え込んだ。世界中であれ、日本中であれ、怯懦で陰険、悪い男も女もいるが、それでも逆に典型としての薩摩隼人や薩摩おごじょがいるのも、確かだろう。  核になるのは人間の「誇り」と、篤姫の母親が姫にさとしていた。その人がその人たる所以(ゆえん)の、... [続きを読む]

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