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2008年1月31日 (木)

小説木幡記:2008/01/31(木)中国の餃子!

 中国でいただく本場物の餃子の味はしらない。多分、美味しいものだと想像します。

 昔亡くなった、母方の伯父が陸軍軍人だったので、長い間ソ連に抑留されていました。もう聞くこともできないのですが、満州にいたのでしょうか。で、余が幼稚園の頃、「餃子をつくってやる」とか言って、余の母が見守る中で、粉をこねるところから始めたのを覚えています。
 その後、小学校の低学年のころ、学校近くの友達のお誕生日会に招かれて、そこのお母さんが、粉からこねて餃子を作ってくれたのを覚えています。記憶では、たしか、満州帰りの人でした。

 さて、本日夕刻は、あんまりにも疲れたので研究室で30分ほど横臥してしまいました。
 そのあと、時間が中途半端だったので、屯所を覗いてみたら、二人の幹部がおりまして。これさいわいと、チョコを半箱さしだして、「どや、センセの話をちょっと聞いてみないか(笑)」と、迫った。で、延々と「編集とは」「倶楽部の本源とは」「建隊の理念とは」と、ひとしきり口角泡を飛ばした。二人がだんだん青ざめてうつむいていくのがよく観察できた(けけけ)。

 そろそろ帰ろうかと思ったら、ノックする者がおりました。みると近所の同僚教授で、手に皿をもって、「Mu先生、上の階で、例の先生がゼミ生といっしょに、これ作ったんや。わし、おなか一杯やし、先生のとこの学生さんにもろてもらおと思ってな」と、なにやら妖しげなラップに包まれた皿を差し出した。

 みた。
 幹部二人も、余も、一斉に「ゲーッツ」と声を上げた。
 餃子だった!

 「先生、本気で、私らに食べさせるつもりですか?」と、Muは、その親切な教授に問いかけた。
 「心配せんで、ええって。学生達が、全部手作りしてよったし」
 「はあ、……。ほな、ありがとう。上の先生に、よろしゅう」Muはとてつもなく素直な性分でもあったのです。

 余は、日頃腹をすかせている幹部二人に、「どうや、たべてみるか」と差し出した。
 「はい、いただきます」と、躊躇なく箸をつけだした。
 ……。

 と、まあ過酷でスリリングな1日でした。もう疲れたので、眠ります。
 (なんだか、最後の方は、省略形日記体ですなぁ。一体、どういう様子だったのでしょうか?)

追伸
 さっきNHKニュースでは、京都府宇治市でも、家族が一家で冷凍餃子を食べて中毒症状と報道していました。余が宇治市在住と知っている人達だと、もしかしてひょっとして、昨日今日とMuBlog休載すると、心配させてはいかぬと思って、この記事投稿しました。

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2008年1月29日 (火)

小説木幡記:2008/01/29(火)吉野家の牛丼

 今日の昼は気が変わって、車でちょっと走って吉野家へ行ってみた。
 人生で二回目の経験。
 一度目は所用で筑波大学へ行ったとき、まだ電車が通って無くて(いつのことや!)、東京駅近くのビジネスホテルに泊まり、朝食もないサービスだったので、横の吉野家で朝食をいただいたのが最初。それから数年たって、また京都で昼食をとったことになる。

 http://www.yoshinoya.com/shop/menu/index.html
 メニューは変わるだろうが、昼の牛焼肉定食530円と、卵50円。
 まず生卵をといて熱いご飯にかけて、醤油たらり、もぐもぐ。最後の仕上げは味噌汁をかけて、まるで猫飯。いやはや、ワイルド、しめて580円也。お肉の味はタレがよくて上々。人気が出たはずですね。

 日本はお米の国なんですよ。

 さて、ここで一家言なんて野暮は止めますが、昨日マクドナルド訴訟の強烈な仕事環境をTVでみていて辟易したところなので、ついつい店員さんに、「ここは大丈夫でしょうね」と、聞きかけたが、止めておきました。

 吉野家は日本名だから(笑)大丈夫と信じてはいるが、それにしても、マクドナルドのやり口は、凄い。
 残業100時間以上やらせておいて、本人が無能だから超過勤務が発生するとか、管理職なんだから仕方ないとか、いやはや。そういうこという人の弟とか妹とか、娘とか息子をマクド店舗で数年間店長やってもらったら、さて、どういう答えがでるのでしょうか。上層部の子弟だと、きっと人間ができているから、超勤100時間無料でも、だまってもくもくと睡眠時間五時間程度でも、サービスしてくれるに違いない。

 人間ロボット・マクド君、涙。

 京都の吉野家某店、おいしかったです、安かったです、サービスも良かったです、これからも充実して働けることを心から祈ります(本心)。

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2008年1月28日 (月)

小説木幡記:2008/01/28(月)ねむれたまわぬままに

1.シェリー、シェリー
 下戸のクセしてお酒はいろいろ好きなんです。
 たとえば大吟醸酒、いいですね。以前ふうてんさんに何をもって吟醸酒というのか講釈をうかがいましたが、忘れました。しかしよいですね。
 一昨日伏見の黄桜でいただいた青ナイル、白ナイルと名付けられたビール。これも、実によい味でした。ビールを嫌う若者が増えてきて、社会人になって乾杯ビールを克服するのに難儀している話を聞きますが、信じられないですよ。
 ジュースとビールは別のものなんだから、日頃お飲みになっているジュースみたいな酒と、ビールとは、一口に酒と言っても別種。別種を毛嫌いしちゃいけませんねぇ。好き嫌いは幼児性を世界に公言しているようなもの、くくく。
 上質の自家製梅酒をソーダでわったの。これは心身を活性化しますね。
 上質のウイスキーをストレートで、きたぁ~と飛び上がるようなの。比較的スコッチ。
 意外にも、ワインはなんでも、特にと言えば辛口の白ワイン、と銘柄なんかは知らないが。

 さて、本番。
 シェリーなんですよ、これが好きなんです。ところが、酒飲みが聞けば卒倒するような飲み方を昨夜、ねむれたまわぬままに、いたしました。つまり、シェリー酒の養命酒割り!!
 一度おためしあれ、薬っぽい甘みとシェリーのにゅわとする独特の味わいが融け合って、至福。
 ところで。
 なぜ睡れなかったか。うけけけ。
 単純。
 昨日日曜は、気がゆるんだのか、お昼をいただいたら眠気がでて、ついちょっと横になったら、夕方六時。いくら何でも、昼に五時間も昼寝すると、そりゃ夜は目が冴えますよ。仕方なく、今朝は八時まで寝ておりましたなぁ。

2.睡眠読書
 人は睡眠するために読書する人が多いようですね。羊が一匹、活字が一文字~というのです。ところが、余はこれとは違って、まず夜間の読書はありえませぬ。ともかく布団に入って電気を消したとたんに、朝っ~なんですから、一体いつ読める?
 早朝勝負ですね。

 先頃、いろいろ物語を買い込みました。そのうち待ちに待った春休み、採点もいくら何でも永遠のものじゃないのです。会議もそうです。と、気がついたら毎年新学期なんですがね。
 そうは言っても、あと一ヶ月ほどすると読書する時間が増えてきます。一体、何を読む? 
 まさか「鉄道図書館大鑑」とか「司書育成の秘伝」とか「新しい目録法」だなんて、そういう類は読書に入りませぬ。単にマニュアルを眺めるようなもの(おっと、執筆者おられたら、ゴメン)。

 読書っちゅうのは、心おだやかにして、耳をすまし、目をあけて、世界を味わうものなのです。営利目的で読んでもろくな血肉になりません、贅肉ですよね。
 じゃ、そんな上等な、本当の心身を育てる読書って、Mu先生、一体それはなに?
 ふふふ。
 特別に、君達だけにおせてあげようかね。

 ☆犯人に告ぐ/雫井脩介(しずくいしゅうすけ).
   双葉社文庫上下 
   古典になった現代物。
 ☆隠蔽捜査(いんぺいそうさ)/今野敏(こんのびん).
   新潮文庫
   悪い警察官僚になるための手引き書(大嘘です)。
 ☆写楽・考/北森鴻(きたもり・こう).
   新潮文庫
   短編集なんですが、妖しい世界がぷんぷん匂う。
   (憑代忌:よりしろき、湖底祀:みなそこのまつり、棄神祭:きじんさい、写楽・考:しゃらくこう)
   ↑まるで浅茅原先生がお好みになるタイトルですなぁ(苦笑)
 ◎海国記/服部真澄.
   新潮文庫上下
   知人の書評は確かなので、真打ち本として購入、さて~?
◎◎新世界より/貴志祐介(きしゆうすけ)
   講談社上下
   千年後の日本! 今年をかける一冊です。
(つまり、自分で選んで、カスだったら今年一杯読書しないのです、命がけの読書)

 警察ものや妖しもの、さらには歴史ものに、SFもの。なんともうしましょうか、楽しみに満ちておりまする。選書の自画自賛なれど、こういう美味しい世界を知らずして、朽ち果てていく人達に、合掌。

3.さて、そろそろお迎え
 夜も九時をまわりました。今夜は、鉄道模型本で、箱根登山鉄道のジオラマ製作を読んで、また明日。毎日が、それ毎日が、それそれ、楽しいことばかり。
 ところで、畏友のふうてんさんが、今年は葛野に来て、トーマス号の微妙な笑顔と「忍者屋敷風隠し階段付き鉄道列車図書館」を参観すると申しておりました。これは大変。明日からは、採点もそこそこ、倶楽部もそこそこ、会議も居眠りして、屯所を施錠して、ひたすらカッターナイフを振り回し、絵筆にニスをつけて、ボンドまみれにならないと。
 工作服とかいうものを、新調せねばなるめぇな。

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2008年1月27日 (日)

NHK篤姫(04)薩摩の話:信賞必罰と融和策

承前:NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ

 ここしばらくは家庭ドラマの様子で進むようですね。Muはそれも一興と思っております。今夜は帰国した藩主斉彬(なりあきら)が島津分家の面々と面談する日でした。終盤の江戸城開城まで道のりは長いですが、その間話は薩摩、京都、江戸と回っていくのでしょう。落ち着いて見ていきたいと思いました。ここしばらくは、薩摩の情景、主に桜島の姿や武家屋敷が珍しくて、地図を眺めてきました。

鶴丸城跡:鹿児島県・歴史資料センター黎明館

鹿児島県鹿児島市城山町
詳細HP:黎明館

信賞必罰と力の行使
 みどころは、藩主となった斉彬が、自分を排斥しようとした父斉興(なりおき)派(腹違いの弟・忠教(ただゆき)=久光)の取り巻きと、その間罪に服した斉彬派の、処遇の問題にあった。たしかに、父が遠島、本人は謹慎の大久保利通らが、そのままになっているのは、Muも不思議に思えた。一方、斉興派の重臣はそのまま役を継続するとの沙汰が下った。
 このことを篤姫は疑問に思い、四分家が斉彬と面談した日の最後に、斉彬に食い下がる。

 斉彬は言う。力に対して力、刃(やいば)に対して刃、いずれも一時はことが制せられるが、必ず憎悪を生み、別の刃が飛び出してくる。今は、薩摩が一致団結しなければ滅びる。わしを信じられないなら、国をでよ。と、斉彬はまだ17歳の篤姫に怖い顔をして言う。
 なぜ父斉興が下した斉彬派の家臣への罪をすぐに解かなかったのか。
 なぜ父斉興派の重臣をそのまま継続登用したのか。
 謎は原作にも頼らず、史実にもよらず、この大河ドラマの中で解かねばならない。ドラマは原作とも史実とも違った別の世界なのだから。

 Muなりにそこを、ドラマ中から考えていた。少なくとも斉彬の篤姫に対する説明だけでは納得できなかった。
 おそらく。篤姫が言ったように、父斉興への遠慮があったと思う。その解釈に関わってこよう。

(1)父親が下した裁きは、切腹という取り返しのつかない者も含めて、当時の藩のルールとして処断されたわけだ。いわゆる私刑ではない。重臣が公に関わって行った。たしか、江戸家老も一人切腹したはずだ。
 要するに今の観点は別にして、当時は詮議があったなかったというよりも、正統な主命によったものだ。

(2)先代の仕置きであったとしても、正統な主命を日ならずしてやすやすと覆すことは、70万石を超える大藩では難しいことだし、もしそこで再度裁可を変えると、またしても、切腹遠島蟄居数十名の規模になる。正しきを糺すは、どこの国でも昔から倫理としてあったわけだが、「綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)」という言葉があるように、下された裁可は元に戻らないのが現実だ(一旦出た汗はもどらない)。

(3)政治はバランスにある。報復人事は悪しきバランスの典型であり、力に対して力をむけて報復すると、再び反動がある。それをじっくりゆっくり調整するほどのゆとりは、当時の薩摩にも日本にも無かったのだろう。おそらく、斉彬は江戸の老中と、日本国をどうするかで頭が一杯だったと思う。薩摩で騒乱が起きるのは避けたかったはずだ。

(4)想像する結論。Muが政治家なら、じわじわと先代斉興(なりおき)が下した裁可を取り消し、切腹した家には再興や見舞金を出していくだろう。そのまま登用された過去の重臣も、じわじわと斉彬派に変えていくだろう。人は時間の中で生まれ生き死んでいく。だから同じ結果を出す場合も、即決と遅延とがあって、どちらのやり方をとるかは、時と場合とリーダーの資質によろう。もしも織田信長なら、即決を選び、家康ならじわじわと変えていくことだろう。

(5)というわけで、篤姫が言った、斉彬の父への遠慮とは、間違ってはいない。ただし、その間に将来を見据えた名君斉彬の相当に高度な政治的判断があって、その結果は万民がすぐにわかるような単純なものではないだろう、ということだ。米価を下げるのは分かりやすいことだが、70数万石の大藩経営と日本国経営と、二つを肩に背負った斉彬の政治感覚は、ほとんど理解されないと、思った。

篤姫の剽軽さ、気性の柔軟性
 姫の剽軽さとか、表情の変化がとても楽しかったです。
 父親から、登城するための挨拶練習を仕込まれる画面が、思わず笑いました。父親の口まねをして、その父親がまた17歳の少女の声色(こわいろ)で挨拶したり、なかなか楽しい場面でした。
 篤姫の表情は、笑い顔、怒った顔、すねた顔、しょげた顔。ゆたかに次々と雰囲気が変わっていきました。

 もっといろいろありましたが、ちょっとキーボードに疲れました(笑)。まだまだ先は長いです。今夜のMu談議はこれにて、一件落着。

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冬の黄桜:葛野図書倶楽部2001ご隠居新年会

発端
 昨年の師走、余は倶楽部の現役若手学生達を引き連れて夜の三条大橋近くを豪遊じゃなくて、豪快に歩いていた。その年の忘年会を疎漏なく執行するための下見を兼ねた遊興三昧(嘘ですよ)。
 雨が降っていた。肝心の店が予約なしだったので断られた。流行っている。本来ならこれで下見は失敗したことになり、解散すればよいものを、学生達は夕食代わりについてきたのだから、しかたなく三条木屋町の博多ラーメンでも一緒にしてお茶を濁そうと算段したわけだ。
 いやしかし、皆皆は遠隔地から京都に遊学しているので、知っているところは四条河原町程度に見受けられたので、三条大橋とか木屋町を見せておくのも悪くはないと決意した。
 と、ラーメンは一杯いくらかなぁと計算して歩いていると、向こうから見慣れたというか懐かしい顔が見えた。倶楽部の初期ご隠居さん二人が歩いて来るではないか。おお。さて、声をかけようとして引き連れた学生達とご隠居さんをみている間に、二人はすたすたと通り過ぎていった。

 この、一瞬の躊躇が、昨夜の新年会に結実した。

 師走の夜、帰還して二人にさっそくメルで「みたぞぉ~」と一行。すぐに返事があって、まだお茶しているとのことだった。と、こうしているあっというまに「新年会をひらきますよ」とあった。如才ない実務派と芸術肌の二人だから、話が合うと、とんとん拍子のようだった。
 すぐさま一期生~三期生まで連絡が行き、さすがに勤め人ばかりだから日程調整に日がかかり、結局ゆったりした昨夜の新年会にあいなった。

黄桜の宴:カッパカントリー
 黄桜と言えば、鳥せいとならんで倶楽部史を飾る店だった。華南96を含め、幾つもあったが葛野図書倶楽部2001としては、2003年次・新誠会と、2005年次・新誠会が大きなイベントだった。
 2003年次については、なんというか、余が宴半ばに失態をみせて早々と帰還するハメになったことが大きい。これ以来余は乾杯の一杯だけにしている。「脳血管破れて死ぬなぁ~」と思ったくらいに蒼白、頭痛に見舞われた。なんのことはない、ザルのごとく酒を嗜む(用法がおかしい)卒業幹部のそばにすわって、つい「センセ、この濁り酒おいしいですよぉ」にほだされて、たった一杯。それで宴をぶち壊してしまった。
 2005年次(2006年3月)については、体調もよくて最後までつきあえた。サンマルクでお茶までいっしょにできたなぁ。人数の多さと剽軽さと馬力とで、中興の年次だったと今でも思い出す。2003年次(2004年3月)でこりたものだから、余は実に丁寧に
酒や料理に臨んだ。宴会は、いつだって、余には命がけのイベントなんだなぁ(笑)。

All

 写真の数々は、「葛野三大美形」や「四大美形」で埋め尽くされてしまったが、まあ、健康にあふれ笑いにあふれ、熱気に満ちた一夜であった。
 結婚するのしないのしたのきっと隠れてX1じゃないのとか、もし全員すでに隠れX1ならミステリィ、今夜は当直彼氏ののろけのなんの、仕事がどうのこうの、もうりょうのはこがきしょいの、きしょくないの、父ちゃん失業私が稼ぐ孝女話に唖然、VBがどうしたJavaはやめたの、箏曲リピータがどうした、バルーンパフォーマンスをセンセお安くいたしますよ、君まだ黒豆サプリメントあるの? ようか茶々を近所の伏見桃山城でみたとかなんとか、遺跡発見よりも近所で猟奇殺人奈良県怖いなぁと、そばにお越しの折はお立ち寄り下さいだなんてそんな言葉にだまされるもんか、どこにいても仕事が滝のように落ちてくる仕事引き寄せ局長の悲哀、数時間話がつきなかった。
 余はときどきロボットが、やれジオラマがと、合いの手を入れてみたが~あははは、ふりむかれもしなかった。宇宙人の顧問とラララ宇宙の子らが集まると、混線乱戦つきることなく、時が過ぎた。

温故知新の黄桜魂
 最年長組ご隠居さん達は、2003年の三月に卒業したのだから、指折り数えてみると、~、まだまだ若いねぇ。最年少は、えっと、2005年三月卒業だから、うむ。みんな社会に出てどないなことになることやらと、思ったこともないではないが、しっかりした目をして、様子を話していた。孝女たちだなぁと、結論した。

Smuimg_3494

 記念写真。こうして眺めてみると、沢山集まった。およそ当時の2/3が黄桜の夜につどったことになる。
 余はひきでものとして、とれたての機関誌「Truth」を配った。食い入るように読んでいた。
 「おもろいか?」「うん、うん」
 「もう、誰も知らないだろうな」「ええ」「私は、最近この子を見ました!」
 今年は8代局長の年になる。
 三期までの創成者たちにとっては、見ず知らずの後輩達から、同じ機関誌名で四季折々送られてくる冊子が、過去と現在を結ぶ太い糸なのだろう。

追記1 共同演習追憶
 初代たちは京都駅で買い物があるらしく、時間調整をかねて小一時間前に皆とあって大手筋の端の方まで降りて(京都では普通下るとは南方行だが、この伏見は山上の伏見城を中心にして緩やかな坂道が続く。大手筋は東西なので、西に歩くと坂を下ることになる)珈琲をのんだ。
 で、知らない間に昔やった共同演習談議に嵌りこんでしまった。すでに六年ほどは経過しているのに、いまだに記憶がこびり付いているようだ。各人メンバーも覚えていた。除籍とか「着手はええけど、中間発表あたりから発狂する」とか、なにか葛野用語で一杯になっていた。まず、よその人が聞いても解らない。職場なんかで時々、その長期戦、バトルについて興味をもたれるようだ。

追記2 青ナイルのビール
 黄桜カッパカントリーでは、最近生まれた古代エジプトのビールを飲んだ。開発は京都大学との提携とか噂を聞いたし、そこで新聞に写真が出ていた若々しい教授は、確か、昔「電子図書館研究会」で西へ東へご一緒したあの人だったぁような。と言うわけで、まず青ナイルちゅうのをグラスに一杯だけ飲んだ。うむむ。古代エジプトの味がした(本当)。宴も半ば伏見水ばかり飲んでいたら、となりの一番隊長(初代)さんが、白もどうぞ、と勧めてくれたので二口のんだ。うむ。ところで、青も白もビールの色がそうなっているのかと思っていたが、そんなわけじゃない。ビールの色でしたなぁ。
 ところでビール発祥の地はメソポタミアと、これまで教えてきたので、もう一度調べ直すつもりだ。

追記3 定番サンマルク→御新規モス
 当夜はグラス一杯の「青ナイル」と、二口の「白ナイル」だったせいか、心身好調だった。黄桜の庭で写真をとって(店の人がシャッターを押してくれた)、その後皆でいつものサンマルクに寄ったら、閉まっていた。夜は9時までだったのだ。で、駅前のミスドまで行ったら、ここも「もうすぐ閉店」と言われた。土曜日は10時までらしい。さて帰ろうかと思ったら、モスがあると皆が思い出して、また坂を下って店頭に立ったら、11時までだったので総勢11名で奥まで入り込んだ。
 アイス珈琲飲んで余はすぐに出たが(午後10時とは、余にとっては本当に深夜丑三つ時相当だからな)、皆はまたしても盛り上がっていた。そうそうアイス珈琲は幹事局長のオゴリだったが、悪いのでポケットの20円ばかりを礼に差し出した。少し、余は酔っていたのだろう。20円で珈琲は飲めないはずだなぁ。

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2008年1月26日 (土)

昭和の鉄道模型をつくる(17) タクシー営業所

承前:昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫

17:タクシー営業所(三和自動車観光)

17:タクシー営業所(三和自動車観光)
 最近はこういう形態のタクシー営業所は見かけませんね。もちろん京都市での話ですが。よその警察署・模型(カトー社)についていたパトカーが、やっと二台はいるだけのスペースでした。当時の面影橋駅には、これくらいのタクシー営業所があったのでしょう。
 例によって精密なモデルでした。バス車庫と似ているのですが、古タイヤやその他細かな部品が、車庫の奥にあるのです。こういうこだわりがいつ頃からあるのか知りませんが、表だけじゃなくて、覗き込んだらさらに精密、というのがこの世界なのでしょうね(笑)。
 写真でもはっきり分かるように、「三和自動車観光」というでっかい看板が目立ちます。模型の、こういう文字種は自分で作るときは難しいでしょうね。フォントを探すか、手で書く必要があります。

17:鉄道模型の達人/平山学

17:平山学
 毎回気に入っているシリーズですが、今回、平山さんの作品「わたらせ渓谷鐵道の鉄橋」はことのほか気に入りましたよ。以前、桜のある風景で別の人(8号の市川利勝さん)の作品に感激しましたが、今回は鉄橋と川面の情景に圧倒されました。同じ台詞をはくことになりますが、こういうジオラマをつくりたくて、私は情報図書館学の科目を運営しているわけです。
 渓谷と鉄橋、これがわずかに1350x600mmの世界に、迫力ある立体感をともなって現実にあるわけです。いや、ものすごい世界です。雑誌製作用の高度なカメラで写した大きな写真で見ても、すみずみまで精巧につくられていることがよく分かります。
 後の自分自身のために要点をまとめておきます。
(1)鉄橋はプラ板(プラモ工作用の薄いプラスティック板でしょうね。ロボット制作でも使われるようです)から切り出す。実寸を1/150に縮小する。
(2)地盤は建材のスタイロフォームを重ねて削る。発泡スチロールとは仕上がりが違うのかなど、また勉強しなければなりません。
(3)渓谷の岩肌は「コルクの樹皮」を使う。そして、昆虫飼育用のコルク樹皮(ホームセンター購入)だと、価格がとても安く入手できる。
(4)川面の塗装は、やはり素人には難しくて、何度やってもうまくいかなかった。しかし美大出身の奥さんがアクリル塗料をさっと塗ると、よい仕上がりになった。要するに、こういうところは設計図よりも、アートなんでしょうね。手技ですなぁ。美大出の助手を今から探しておきましょう。

17:AtoZ:道路を作る

17:「道路」 ジオラマ/レイアウトの制作(6)道路を作る
 舗装道路と未舗装道路では作り方がだいぶ違ってきます。両方とも基盤はスチレンボードを使っていますね。そろそろスチレンボードも模型屋さんで買っておきましょうか。
 舗装道路の要点は、道路幅を一車線で25mm幅がちょうどよくて、その両側にプラ板で道路を張り込むわけです。ただし、ここが意外というか、250番の紙ヤスリ(サンドペーパーですね)を道路にするわけです。スチレンボードの上に紙ヤスリを張り込むのが舗装道路の正しい(笑)製作手法とは~、お釈迦様でもご存じあるめぇ~。いやまったくモデルの世界は奥が深いですな。
 未舗装道路、砂利道の要点は、スチレンボードにタイヤ跡(車のわだち)を等幅で深く切り込み、塗装し、その上に砂をまき、例のボンド水溶液を使うわけです。なかなかに委細を尽くすというか、こってますね。タイヤ跡だけ砂(つまり砂利みたて)が沈みこむわけです。
 読んでいても、「たまらんなぁ~」とため息がでてまいりました。

17:昭和の『鉄道模型』をつくる

17:昭和の『鉄道模型』をつくる
 この号は往時の政治的状況に頁がさかれていました。「安保闘争が列島を席巻」「浅沼稲次郎」「日本の黒い霧」
 安保は日米安全保障条約の改定について全学連とか野党、労働組合がそれに反対したようです。デモによって「国会が血に染まり死亡者も出る惨劇に」と見出しにありましたが、東大生・樺美智子(かんばみちこ)さんが圧死ないし機動隊による撲殺で死亡したわけです。原因は不明のようです。当時私は幼かったので、そういうことの意味は分かりませんでした。第一次安保改正のころは昭和35年ですから、全学連も東大生も小説の中の話のようにぼやけていたことだけが思い出せます。
 浅沼さんという人は日本社会党の委員長でして、日比谷公会堂で演説中、17歳の山口二矢(おとや)少年に刺殺されました。この事件は後日大江健三郎が「政治少年死す」にモデルとして採用しましたが、右翼との関係で雑誌は回収されました。私は大学浪人中に京都府の資料館で閲覧して複写した記憶があります。二矢少年の父親はたしか、自衛官・将校だったとぼんやりした印象があります(未調査)。
 「日本の黒い霧」は昭和35年から松本清張が連載した「下山国鉄総裁謀殺論」「帝銀事件の謎」などで、それら事件はGHQ(占領軍)が戦後の日本を表裏押さえるために起こした謀略という説です。連載内容は文春文庫で現在も新装され読まれていますね。清張には「昭和史発掘」という文庫もあって、これは私も愛読書(笑)。現代作家が数名、いまだに色あせない作品、小説よりも小説と、ほめておりました。たしかに、おもしろいです。
 小説よりも現実の方が謀略にみちているのでしょう、きっと。GHQの謀略なのかどうなのかは、分からないでしょうが、占領軍政策はLC(米国議会図書館)とか米国国防総省の地下資料室からいろいろ資料が出てくるのかもしれません。しかしやはり、霧の中でしょうね。
 そうでした、こういう政治状況にはあまり興味もないのに書いてしまいました。克己心鍛錬というか、好きでもないことを無理して飲み込もうとするレトロな求道者精神の発露なんでしょう(爆)。
 本当に書きたかったのは、蒸気機関車D51デコイチの話でした。
 しかしもう書き疲れたので、次に進みます。

17:未来の図書館、過去の図書館
 2001年だったと思うのですが岐阜で図書館の大会があったとき、なにか話したついでに明治村に立ち寄った記憶があります。帰りは新幹線じゃなくて特急でゆったり帰った記憶と重なって、「旅」はよいなぁと今でも思っています。私も昔はそれなりに、木幡村と葛野村の往還を断ち切って、そとを出歩いたこともあるのです。

 例によって情報図書館学という科目を受け持っていて、そこでは学生達の創意工夫による思いもよらない未来の図書館がわき出てきます。その中に、鉄道関係はいくつかありますが、それは後日のこととして(笑)、明治村では明治天皇の御料車が印象深かったです。勿論、あそこには実車の蒸気機関車が動くわけですが、それ以上に御料車には驚きました。

 写真は明治村のサイトにお任せするとして、当然ですが、このサイトの写真を見ていると、時には贅沢な図書館列車があってもよいのじゃなかろうか、と思ったわけです。そりゃ、図書館司書を教える教授ですから、世の中の何をみても「図書館」「図書館」と、すぐにそう考えてしまいます。温泉に入っていても、宇宙SF映画をみていても、歩いていても、京都駅を通過しても、自動車に乗っていても、京阪電車の中でも、研究者ちゅうのは24時間365日、テーマに専念しちょるわけです(なんか、嘘嘘しい話)。

 さて、そこで、明治大帝の御料車に今何を見たのでしょうか。
 手元にある図版集の精密な写真も参考にして、別の豪華図書館列車を考えてみました。

1.狭軌鉄道なら、片側にソファや閲覧机を置くのが限界。両側は無理。しかし歩行にじゃまにはならない。
2.全長20mほどの列車で、間取りは、大膳室、侍従室、天皇御座所、侍従室、御寝室、御厠となっています。
 この配分を鉄道図書館に当てはめるなら。
 大膳室とは、食堂なのか調理室なのか、ちと分かりませんが、食事関係でしょう。食堂車が別にあるのかどうかは調べないと分かりません。ともかく、カフェテラスでも置きましょう。
 侍従室は、おつきの方のスペースでしょうが、これは司書室ですね。
 天皇御座所、ここが広く写っていますから、閲覧室相当でしょう。まさか鉄道図書館に館長室を真ん中に置く必要は無いでしょう。
 さらに侍従室。ここは閲覧室拡張部分とするか、あるいは書庫相当もよろしいでしょうね。
 御寝室。うむ、ここは軽読書室、つまり新聞や雑誌をのんびり寛いで読む部屋でしょう。
 御厠。ここは、そうですね、やはり広々としたトイレにすべきです。
 そして窓には御簾(みす)。これがないと格調がなくなります。図書館列車の窓自体はステンドグラスでもなく、防弾窓でなくてもよいわけです。しかし、御簾をさげるだけで、ぐんと全体が引き締まると思うのです。
 壁面は木製もよいですが、ビロードや皮の内張でぐっと深みを付けましょう。
 機関車ですが、御料車を引っ張る動力車がなんだったのかは、調べていないので分かりません。しかし図書館列車の場合は、内装がやたらにレトロですから、せめて機関車だけはトーマス号のような、幾分明るいものが似合うでしょうね。

 ただし上記は、今考えている嵯峨野鉄道図書館のコンセプトとは異なります。嵯峨野の方は、明確に軽便鉄道、つまり屋根があるような、ないような、それでも全天候型(なんか矛盾)のしっかりしたトロッコのようなものを想像しています。ガルウィングタイプの屋根だと実現可能です。そして現実にあそこにはトロッコ列車が走っていますから、現実が想像を凌駕していますね。

 明治村の御料車に執着したのは、せんだって寝台特急カシオペアのことを知って、あれは走るホテルという雰囲気ですが、それが現実にあるのだから、御料車タイプの走る図書館があっても、誰もケチを付けないだろうという思いから、一筆啓上したわけです。

 とりとめもない話になりましたが、今度明治村を再探検することになりました。その時は、あらかじめ気持ちを整えて、明治大帝御料車を見せていただき、蒸気機関車にも乗ってみるつもりです。そうなんだ、嵯峨野鉄道図書館の萌芽は、明治村全体から得た情感、知見が大きく影響を与えていたのだと、今深く自覚いたしました。

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2008年1月25日 (金)

タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません>

承前:キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?>

タカイxタカイ : Crucifixion /森博嗣(X3) カバー写真
 カバー裏や帯情報を眺めていると、読後あらためて、「ほぉ、そうだったんですか」とか「そりゃないでしょう」とか「まあね、そのくらいならネタバレじゃないよね」とか、著者の本文とは違った附録として、私は楽しんでいる。
 紺屋の白袴、森博嗣の作品を図書館で借りた記憶がないので、いつもお札と引き替えに帯なんかはそのまま手元に残り、今回は「地上十五メートルに掲げられた他殺死体!!:不可解極まる事件の意外な真相とは!?」とあった。ネタバレ規約(私が内部に持っている)によれば、「他殺死体」というのは明確で激しいネタバレになる。その言葉の作品中での真偽はおくとしても、他殺なのか自殺なのか事故死なのか、あるいは眠っているのか、まして対象物は人か猿か人形なのか、そういうことはミステリィとしては、大きな要素なのであって、こう軽々と帯に書かれると、興を削がれるのう。
 と、ぼやいてはみたが、それは読んでから思ったことなので、読書前にはまったく意識に上らなかった。だから、この帯に今言及した私こそが、大逆ネタバレを犯したのだろうか、とネタバレ規約にてらしてみたところ、「書評子としては、いたずらに読者を混迷に導く導入手法として、許可」とあったので、そのまま残す。けけけ。

 (割り込み注:自分でルールを作り、自分で遵守したり、破ったりするところに、日曜作家の根本的な楽しみがある)

 作品紹介として、このXシリーズが別の世界とリンクがあるのは分かるが、それについては語りたくない。独立したミステリィとして味わう方が混乱なく素直に眼前の世界を味わえる。

 今回の主要なテーマは「手品の種明かし」だと思った。それはカラクリの仕掛けであり、小説の楽屋裏にも通じる。どんなことであれ、森博嗣作品は一本調子ではなくて、迷路が別れていて、読み進むうちに読者(私)は、どの道をたどれば小説に一番ぴったりした感想を持てるのだろうかと、自問する。だから種明かしも単純ではない。

 経験則からみると、まず、私の途中経過感想は外されていく。そういう仕掛けの作品と充分に分かっていても、違った道が正道で、私は枝道に落ち込んでしまっている。たまには、こう思うから、たぶん、こう思う反対が作品の結論だろうと考えながら、自分の思いや感想とは別の期待を持って読み進むと、それもまた「最初にこう思った」が結論になってしまう。

 森博嗣の感性とまったくかけ離れていたなら、私は作品を読もうともしなかっただろうし、「よくあう。ぴったり」と、思うから出版されるとついつい手を出してしまう。だから、上述のような、常に外される状態の分析はまことに難しい。

 手品の種明かしについては、やはり景気よく騙された。
 一つは、殺されたのがマジシャン関係者だったので、「タネがあるだろう」とは、多くの読者が事前に身構えることだろう。この読者の身構えを、どこかで作者は、足元をさらった。確かにタネはあった。実に意外なタネだった。しかし私は「まさか」そこまで素直にするわけがないと、思って外されたのだから、底が深い(笑)。ただし、これは工作少年だった作者だからこそ作り得た「タネ」であることに違いはない。私は近似工作老年なので、余計に驚いた。それは自動車好きの作者なのだから、必然かもしれない。

 ところが、ところがである。
 それで終わりはしないのだから、クセが悪い(ニヤリ)。その後に事件の全貌がわかる仕掛けになっている。なぜ事件が起きたのか、その種明かしになるわけだ。ここでも、森作品に「動機」を一般常識から割り出して考えると、また足元をすくわれる。

 ただし。現実世界が、私の経験則を超えているので、実は作品の「動機」らしきことはすでに世間の常識なのかも知れない。その判定は手に余る。言えることは、「一筋縄の動機じゃない」「人びとの関係性は、このように複雑だ」ということだ。そういう結論に持っていったことは、読者の期待に添う振りしながら、大きく期待を外したともいえる。関係の中にあっては、動機すら多面的に絡み合っているものだよな。

 ちょっと気になったセリフの綾を抜粋しておく。

セリフの綾 1:小川令子(探偵助手)と西之園萌絵(謎多き大学教員)
「調査? どんな調査ですか?」
「あ、いえ、研究のための調査です。田舎の町で、古い建物の調査をしています」
「それがご専門なのですね?」
「以前は違いましたけれど、こちらへ来た機会に、自分にとって新しい分野にも手を広げていこうかなと思いまして……。これまでは、コンピュータばかり相手にしていたんです。でも、もともとは、私の恩師が手がけていた領域ですので」

 探偵助手小川は西之園と懇意ではない。しかも、小川は30代の女性で、世間知らずでもない。なのに、「調査内容」をちょっと切迫した様子で尋ね出す。探偵助手だから当然とは思わない。前後の関係からみて、ここは小川が西之園に惹かれている様子がうかがえた。
 西之園は、その問いかけに調査内容を明かす。研究内容を教えるほど懇意でもないし、小川に興味があるわけでもない。なのに、恩師の研究領域や、近頃の研究アプローチまで答える。
 ここで小川と西之園という同性どうしがどんな気持でいたかを深く考える必要はない。ただ、西之園はすでに大人になって、若い頃の自閉傾向がだいぶ払拭されたのだ、という感慨にうたれたので引用した。もちろん、恩師とはN大学の犀川創平先生をさすのだろう。

セリフの綾 2:鷹知祐一朗(タカチ:探偵)と小川令子(探偵助手)と真鍋瞬市(芸大生)
 注:小川も真鍋も鷹知探偵の探偵助手ではない。ちょっと、ややこしい。

「調査費は?」
「払うと言われたけれど、今回の調査は、仕事としては回収できないよ」
「え、無駄骨だったということ?」小川がきいた。
「まあ、そうだね。言葉は悪いけれど」
「ちょっとくらい、もらっても良いじゃないですか?」真鍋が言う。「だって、費用もかかっているんでしょう?」
「こういうときに、じっと動かないのが、コツなんだよ」鷹知は小さく首をふった。
「え、何のコツですか?」
「長くこの商売を続けていくコツ」鷹知は口もとを緩めた。

 話を人生一般に普遍化させずに、この文脈の中で考えてみた。探偵という商売を長く続けるコツが、調査費を要求しないことにある。と、聞いている真鍋青年はなかなか分かりにくいことだろう。ここで、鷹知探偵は調査費を取ることに遠慮しているのではない。依頼者に申し訳ないというような、そんな殊勝な気持でもない。
 もちろん、この探偵業は一般の浮気素行調査とは違ったミステリィの中の探偵だから、周りは怖い人で一杯だ。殺人あり、公安警察あり、情報交換あり、こんな探偵業が現実にあるのかどうかは知らない。

 結論を単純に言うと、商売を続けていくことの意味には、途中で謀殺されない可能性が高くなる、という意味も含まれている(と、私は解釈した)。それと、信用を得て、ハイリスクハイリターンな仕事が裏世界のネットワークを通した評判によって持ち込まれ、今後も商売繁栄という意味もある。

 文学というのは、叙述法のテクニックを超えて、苦労して生きていく上でしか得られない智慧をあっけなく授けてくれると、殊勝に私は思った。
 どこの世界の教科書に、マニュアルに、こういう智慧がしるしてあるだろうか。
 近頃、同僚の先生が「文学ほど、実世界のための実学として役立つものはない」と、言われて感心した。世の実学志向への皮肉だった。で、皮肉はあたっていると思った。文学という、役に立たないと言われる虚の世界に、人の世の実相が表現されている。分かりやすく申せば、恋愛のマニュアル本を読むよりも、漱石の「それから」とか、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読む方が実用的だと言う話。(話がものすご、レトロになりましたなぁ)

さてまとめ
 読み過ごしかねない日常の会話に、それぞれ意味の重層があって、出てきた結論の保証も作者にはなく、森博嗣は、こういう事件があれば、こういう相もあるのでしょう、多分、という気持で完成したのだろう。と、読書感想文日曜評論家Muは、今朝も書き終えた。

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2008年1月24日 (木)

小説木幡記:2008/01/24(木)葛野図書倶楽部2001の会議

今夜、24(木)の夕方・二番隊面談
 ここずっと、2008年の倶楽部幹部諸君と会議を持っている。倶楽部はいつも心機一転、起死回生という気持を維持すべきと思っているからだ。
 2007年の幹部からの引き継ぎも、そこそこ終わって、そこで新しい境地になって、ゼロから始める初心を持ってもらいたかった。

 今夕も、二番隊の二名と話した。陪席は書記局長だった。
 明日は、午後に一番隊、三番隊と面談がある。

 二番隊は、選書、装備、DB格納、貸出管理、学生の読書推進・屯所利用まで含まれている。
 二人ともまだ若い隊員なので、余が約30分概略を説明し、一旦席をはずし自由討論にまかせた。
 おおよそ、選書を倶楽部例会で執行することの技術的な、方法論が得られたようだ。ただし余は、そこに例外を補足した。
  それらの要点を書記局長がまとめ、後日に、局長、副長、余に回覧するむね取り決めた。

葛野図書倶楽部2001の年次・死と再生
 なぜこのような会議・面談を新たに起こすのか。
 それはどういうことなのか。
 倶楽部の特徴は、一般の組織や新選組と比較するなら、年次ごとに最高幹部構成が一挙に変わる点にある。徐々にではなくて、まっさらになる。そんな組織は少ない。いや、今は知らないが、国家公務員の本省ではそうかもしれない。だれかが次官になれば、同期は一斉にあっけなく去る。それと似ているのかも知れない。
 内閣や大統領制とも似ている。組織であって、組織でないところが似ている。機能の継承と人の継承とが独立している。

 組織である限り法度があって、伝統があって、やりようの連綿たる継承がある。継承すべきが基本にある。しかし、倶楽部の存在は継承することにあるのではなくて、一回一回の死と再生を伴うものでなければ、形骸化する。倶楽部を存続させることに意義を見出しはしない。再び産まれるべくして産まれ、成長するところに倶楽部の意義がある。

 歴代幹部は常に一回勝負である。局長の名だけ倶楽部のありようがある。今年は西暦に合致しているから、第八代になる。八代は七代の次ではなくて、新たな八代なのだ。初代から八代まで、数珠のひとつひとつの珠であって、珠が同質でもないし、同石、同色でもない。固さも柔らかさもすべて異なる。
 数珠なのだから、珠と珠とを結ぶ紐はある。おそらく、「葛野図書倶楽部2001」という名称が、紐なのだろう。

 三年前の倶楽部と今年の倶楽部は別の次元にある。むしろパラレルに存在している。四年前の倶楽部と余はまだ共存している。初代や二代の倶楽部とそれぞれに余は共存している。八代あれば、八つの倶楽部と余は常に共時的に存在し、物を考えている。

先週の金曜日、18日の新幹部会議
 一週間前の午後、4名の新幹部と顔を合わせた。
 新、局長・副長・書記局長・経理局長、すべて今春から4回生になり、助勤(授業支援)になる。

☆第一議長に経理局長をおき、昨年の共同演習(プロジェクト)に関する分析会議を行った。
 4名は昨年受講生としてプロジェクトを各々競い合って遂行していた。
 すでに年末までに4名はそれぞれのプロジェクト長として、自分達の班がどう考え、動き、成功し、失敗したのか、その要因をたしかめ、新年度から助勤として受講生の前に立ち、あらたな下級生達のプロジェクト支援をするなら、何を注意し、何に目をつむり、教導支援するのか、その全部をまとめてもらっていた。
 原稿用紙で各人5枚前後だった。
 それを素に、約1時間の討議を重ね結論を出す予定だったが、話が深まり、結局これだけで2時間近く話し合った。
 そのまとめは次号機関誌「Truth」に、議長の経理局長がまとめ掲載することになった。

 おおよそ二つあった。二つとも、4名の同意見として出た。
 夏期も入れると約4ヶ月の長丁場を各自が、6名前後でプロジェクト遂行に入ったとき、一番大切なのは何か? だった。
 優勝班のチーフでもあった局長は「スケジュール」と結論した。
 おそらく、優勝班も含めて、スケジューリングに失敗、ミスした痕跡がある。
 もう一つは、指示の適切さについて。
 今期は、気質にもよるが、ほぼ全員が他人を指揮し、指示することに控えめだった。そのことが、後でさまざまな問題を招くことに、4人とも気がついた、というよりも痛い目にあったことの確認。

☆第二議長に副長をおき、機関誌の編集について討議した。
 機関誌発行が毎年毎回うまく達成されたとしても、それをそのまま引き継ぐことが佳いのではない。ここでも死と再生がある。ならば、どのように再生させ、育てるのか。そこに意見が百出した。
 再度倶楽部存在の目的と意義を探り、そこから出てくるひとつひとつの課題に対応する記事群を機関誌内容とする。
 そのどれをとり、どれをすて、どれを次にするのか、次回の編集会議の課題とした。
 結論は、下級生受講生たちに、共同演習の全工程を分かりやすく解説する必要があるとのことだった。

☆第三議長に局長をおき、今春からの人事再編について討議した。
 人をどこに貼り付けるかよりも、どのような機能が必要で、それを構成する要件にはどのようなものがあって、それらを一定の隊員で達成するには、どのような隊編成として、どのような資質を持つ者が適任なのか。しかしなお人の流動性はあり、固定はされない。
 それをすべて把握するのが人事の要諦であると、また局長の大権であると、おおよそ結論をえた。
 ただしかし。
 局長はこれまでの共同演習にあって、3度チーフをつとめ、一度平班員を経験した。そこから、おだやかな合議制が導かれた。つまり、全体を把握することと部分を把握達成することの乖離を是正するには、合議が必要だということだ。チーフの立場と平隊員の立場は、視界において天地の差があると自覚した。
 よって、共同演習の経験が、倶楽部運営にも生かされることの結論を得た。

 当日、三つの議題を終えたとき、夕刻6時を過ぎていた。
☆シェフ書記局長が近所のスーパーで調達した、肉や野菜や寿司や唐揚げや、もろもろを会議室に広げて皆でいただいた。
 余も夕食としてもぐもぐ食べた。
 途中、局長がたちあがり、再度スーパー「花」に走り、かえったときはドーナツを30数個ばかりかかえていた。4人でわけて、家に持ち帰ったようだ。
 余は七時すぎには帰路についたので、後のことは知らぬ。
 なお、余はドーナツを一個すらもらえなかった。倶楽部幹部の、顧問に対する新たな「イジメ」を案出したのかもしれぬ。
 しかし、一人で8つ9つのドーナツを抱え込む現代若者の心性は、余にも不明である。欲張りなのか、それくらい当たり前なのか。正解は、おそらく、夜食朝食にしたのだろう。

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2008年1月23日 (水)

中国料理・花閒(かかん)の月花美人:京都ブライトンホテル

中国料理・花閒(かかん)の月花美人:京都ブライトンホテル
 お祝い事があったので、昼食にチャイニーズ・レストランを選びました。場所は昨年二度ばかり通った、陰陽師・安倍晴明旧宅跡・京都ブライトンホテルでした。レストランは、そこの「中国料理 花閒(かかん)」で、ランチメニュー「月花美人」をいただきました。
 しっかりした知識ではないのですが、広東料理の一種らしいです。調理長は「本場香港出身の尹惠明(ワン・メイワン)」とありましたし、内容からみて海鮮料理が特徴のようです。
 その日ずっと思っていたのですが、日本風の調整があるのか、あるいは広東料理とはそういうものなのか、まったく違和感なくいただいたランチでした。
 ひとつひとつの量が手頃だったことも理由でしょう。日本料理は普通、各皿の量が少ないですね。月花美人も、中国料理なのに、全体印象がおだやかだったのです。
 もしも山盛りでるとそれだけで満腹感を持ってしまって、先へ進めなくなるものです。それは私が小食なのと、幾分年令のせいかもしれません。私は外の、レストランで頂くときは大抵、この「量」について言及してきた記憶があります。食べきれない量が昔の御馳走だったかも知れませんが、残すことにまだ抵抗がある年代なので、中年以降は美味しそうなものが少しずつでることに、贅沢を味わいますね。
 ただし。
 そこが絵に描いたようなサービスの良さというのでしょうか、さいごに小さな、胡麻をまぶした直径3センチ程度の饅頭一個がでて、それを中国茶(名前は忘れましたなぁ)とともにいただいたとき、丁度腹八分目でぴたりとおさまったのです。中は、ナッツというのでしょうか、クルミかそういうものが入った甘みのあるアンでした。
 想像ですが、その直前のデザートが「特製胡麻豆腐 フルーツ添え」でして、その芳醇濃厚な味わいによって、意識しないまに食後の満足感が用意されていたのでしょう。胡麻豆腐とは、超高級のお菓子だと思いました。

 それでは以下にメニュー単位で記憶を蘇らせてみましょう。当日はいつもの写真をとらず、ネット情報にたよったので、いつ情報が消えるかも知れません。だから、ちゃんと書いておきます。「単に、中華ランチ」と思われる方もいるでしょうが、私にとっては稀な贅沢、美味しかった記録として残しておきます。

0.京都ブライトンホテルと花閒(かかん)
 過去にもいろいろ記しました。気持のよいホテルで、入りやすいレストランです。騒がしくなく、静かで、椅子に座ると自分の居間という気がします。中国料理は初めてだったのですが、欧風フェリエの丁度上、二階にあります。

1.特製冷菜盛り合わせ
 懐石料理みたいな雰囲気ですね。

2.松茸入りふかひれスープ
 香りがたって、とろみがありました。ふかひれスープを好む人が多く、御馳走であることの意味がわかりました。ぐっと喉にスープが流れ込んでいきました。最初は熱くないかな? と思ったのですが、よく考えられた温度設定でした。こういうものを中国の人は味わってきたんでしょう。

3.北京ダック もろみ味噌入りクレープ包み
 しかし、食べている間ずっと、なぜ皮しかたべないのだろうか? ダックの身はどこに行ったのだろうと、幼稚な疑問につつまれていました。晒した白ネギなんでしょうか? 皮の甘みをぴりっと引き立たせておりました。味噌。味噌は中国原産なのかな? とまたしても自問自答。つまりですね。私は、こういう高価な料理をあまり口にしてこなかったわけです。実に甘みが深くて上品でした。
 
4.牛フィレ肉のステーキ 山椒ソース
 フレンチ風というか、中華→イタリアン→フレンチ、とこういう歴史の流れを味わいました。おなじみの北方謙三さん「水滸伝」によれば、一番味が羊で次が牛肉のようです。しかし、牛肉もよいものですよ。
 私は、こういうすっきりしたステーキが出るとは思わなかったので、驚き、そして納得できました。普通に想像する中華風の油で揚げた物が少なく、素材をそのまま生かした料理が多いのですよ。もしかしたら、日本料理の源流なのかもしれません(妄想ですよ)。

5.メイン料理
 オマール海老爪のチリソース、車海老のマヨネーズソース
 どちらがどうだとはもうしません。どちらかというと、車エビのマヨネ風が好きになりました。チリソースが少しだけ苦手だったに過ぎません。なのに、後でチリソースをぺろぺろなめ尽くしましたがね(笑)。矛盾しているようですが、意外に克己心を大切にする所があって、苦手だからちょっと舐めてみようとおもって、一旦口にする、するとおいしさについには最後まで突っ走った、という種明かし。
 次もどこかで「いやぁ、チリソースはねぇ」と、言いながら、また同じことを繰り返すことでしょう。ほんと、懲りない男ですよ。

6.九条葱と叉焼のつゆそば
 これは、本場物のラーメンというのでしょうか。もちろん小ぶりの椀ですが、中華麺の独特の歯ごたえや味わい、これは和製ラーメンとは異なりますね。日頃のラーメン比べて品定めをしているのじゃなくて、別種であるという深い自覚と反省に入ったことを書いているのです。
 もちろん、実によいそば味で、かつスープ味でした。ラーメンとは思わずに、家訓を破り、スープはすべて飲み干しました。うむ。料理とは、「たかがランチ」と人が言っても、実に深いものです。

*.まとめ
 あれこれもうしません。
 京都ブライトンホテルのレストランに入ると、京都に住んでいてよかったなぁ、と思います。そして、財布をだしたとき、「ランチというのは、実に手頃なお金で、豊かな、充実感をもたらすなぁ」という感慨におそわれます。今回は、「世界中の人が、チャイニーズを好む理由がわかるなぁ。上品で、バラエティーがあって、食の根本にふれたような安心感があるよ」と、プラスαでした。

ランチの詳細: 「月花美人」
参考・京都ブライトンホテルのレストラン
  アフタヌーンティーは茶か異風かデザートか
  フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー

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2008年1月22日 (火)

四十九万アクセス(49万/全体83.9万):MuBlogの分析

承前:四十八万アクセス(48万/全体82.2万):MuBlogの分析  (2008/01/04)

本日→観測日時:2008/01/22(火)06:48

MuBlog累計アクセス数: 490076 1日当たりの平均: 348.56
 開設日2004/03/07 記事数 1,299 件: コメント 3,879 件: トラックバック 978 件)

サイト全体 アクセス数: 839368 1日当たりの平均: 596.99

↓解析対象期間: 2007年12月23日(日) ~ 2008年1月21日(月)

 (1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

→「こころぐ」の方針が変更したのか、統計・タイトルからリンクが外されていました。さてどうしましょう。手で張るのも面倒だし、暇になったら自動化を考えてみます。面倒な話ですよね。

アクセス数: 16,445
訪問者数: 12,785
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 760 1,417 5.9% 8.6%
2 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 395 463 3.1% 2.8%
3 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 224 292 1.8% 1.8%
4 NHK風林火山(48)川中島・山本勘助の最期(1) 214 258 1.7% 1.6%
5 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 147 255 1.1% 1.6%
6 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 188 252 1.5% 1.5%
7 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 196 245 1.5% 1.5%
8 NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら) 212 235 1.7% 1.4%
9 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 168 206 1.3% 1.3%
10 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):放映直後 136 201 1.1% 1.2%
11 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 130 195 1.0% 1.2%
12 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 139 192 1.1% 1.2%
13 京都の書店 161 183 1.3% 1.1%
14 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 146 180 1.1% 1.1%
15 NHK風林火山 99 176 0.8% 1.1%
16 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 90 169 0.7% 1.0%
17 NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死 129 167 1.0% 1.0%
18 昭和の鉄道模型をつくる(14) トンネル1 133 161 1.0% 1.0%
19 自作鉄道模型 130 160 1.0% 1.0%
20 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 93 142 0.7% 0.9%
21 昭和の鉄道模型をつくる(13) 土台の補強材(スチレンボード) 110 140 0.9% 0.9%
21 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 119 140 0.9% 0.9%
23 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 118 139 0.9% 0.8%
24 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 110 138 0.9% 0.8%
24 地図の風景 125 138 1.0% 0.8%
26 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 67 134 0.5% 0.8%
27 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):最終回の放映前 100 127 0.8% 0.8%
28 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 103 126 0.8% 0.8%
29 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 80 119 0.6% 0.7%
30 昭和の鉄道模型をつくる(12) パネルボード4枚(レール、建物配置図)  91 116 0.7% 0.7%
31 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 101 113 0.8% 0.7%
32 室町和久傳(むろまち・わくでん) 82 111 0.6% 0.7%
33 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 87 107 0.7% 0.7%
34 NHK風林火山(47)決戦前夜 82 102 0.6% 0.6%
34 昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2 75 102 0.6% 0.6%
36 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 65 100 0.5% 0.6%
37 小説木幡記:2008/01/02(水)昨夜は寝台特急・カシオペアで「相棒」を見る 72 97 0.6% 0.6%
38 小説木幡記:2008/01/01(火)石川さゆり、Gackt・ガクト、アンジェラ・アキ 70 93 0.5% 0.6%
39 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 69 83 0.5% 0.5%
40 新年ご挨拶 平成二十(2008)年 69 81 0.5% 0.5%
41 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 68 79 0.5% 0.5%
42 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 66 75 0.5% 0.5%
43 じょうしょうこうじ:常照皇寺 50 74 0.4% 0.4%
44 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 54 72 0.4% 0.4%
45 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 60 70 0.5% 0.4%
45 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 51 70 0.4% 0.4%
47 NHK風林火山(49)川中島・山本勘助の最期(2) 54 68 0.4% 0.4%
48 NHK風林火山(36)小山田の横死と美瑠姫の自死 62 67 0.5% 0.4%
49 点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」 61 65 0.5% 0.4%
49 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 53 65 0.4% 0.4%
51 私の京都:ブックファースト京都河原町店 54 63 0.4% 0.4%
52 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 42 62 0.3% 0.4%
53 応神天皇陵と二ツ塚古墳の関係 40 60 0.3% 0.4%
53 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 50 60 0.4% 0.4%
53 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 54 60 0.4% 0.4%
53 自作PC 48 60 0.4% 0.4%
57 CPU空冷装置・掃除のお勧め 47 58 0.4% 0.4%
57 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 48 58 0.4% 0.4%
57 NHK風林火山(43)関東管領上杉謙信・信濃守護武田信玄 53 58 0.4% 0.4%
60 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 27 55 0.2% 0.3%
60 NHK風林火山(04)ミツの死と仕官 47 55 0.4% 0.3%
62 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 33 54 0.3% 0.3%
63 美味しいところ 49 53 0.4% 0.3%
64 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 45 52 0.4% 0.3%
65 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 43 51 0.3% 0.3%
66 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 49 50 0.4% 0.3%
67 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 39 48 0.3% 0.3%
67 NHK篤姫 45 48 0.4% 0.3%
69 小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城 42 47 0.3% 0.3%
70 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 42 46 0.3% 0.3%
70 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 33 46 0.3% 0.3%
72 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 34 45 0.3% 0.3%
72 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 40 45 0.3% 0.3%
72 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 41 45 0.3% 0.3%
72 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 40 45 0.3% 0.3%
72 NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ 40 45 0.3% 0.3%
72 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 38 45 0.3% 0.3%
78 もりしょう:そうめん処・森正 36 44 0.3% 0.3%
78 NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎 38 44 0.3% 0.3%
78 卑弥呼の墓(007) 纒向遺跡解明への期待 36 44 0.3% 0.3%
81 私の京都:木嶋神社の三柱鳥居(このしまじんじゃ・の・みはしらとりい)魔界巡礼秦氏の謎 30 43 0.2% 0.3%
81 読書余香 37 43 0.3% 0.3%
83 NHK風林火山(46)難攻不落の小田原城 36 42 0.3% 0.3%
84 キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?> 37 41 0.3% 0.2%
84 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 29 41 0.2% 0.2%
84 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 32 41 0.3% 0.2%
87 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載 14 40 0.1% 0.2%
87 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 32 40 0.3% 0.2%
87 私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎 27 40 0.2% 0.2%
90 NHK風林火山(37)上杉謙信その前夜 36 39 0.3% 0.2%
91 辨慶うどん 32 38 0.3% 0.2%
91 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 25 38 0.2% 0.2%
91 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 21 38 0.2% 0.2%
94 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 25 37 0.2% 0.2%
95 前方後円墳の航空写真 20 36 0.2% 0.2%
96 自作ロボット 29 35 0.2% 0.2%
97 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 29 34 0.2% 0.2%
97 明治天皇伏見桃山陵 28 34 0.2% 0.2%
97 PowerMacG5の内部 25 34 0.2% 0.2%
100 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 27 33 0.2% 0.2%
100 千年の帝国・ビザンチン/NHK(TV) 29 33 0.2% 0.2%
100 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 21 33 0.2% 0.2%
100 Blogメモ 28 33 0.2% 0.2%

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1 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 226 2.2%
2 風林火山 ガクト  G Y M 194 1.9%
3 GA-G33M-D S2R  G Y M 174 1.7%
4 うぶめのなつ  G Y M 165 1.6%
5 じぶり  G Y M 97 0.9%
6 風林火山 gackt  G Y M 79 0.8%
7 昭和の鉄道模型  G Y M 56 0.5%
8 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 47 0.5%
9 京都 大型書店  G Y M 40 0.4%
9 由布姫  G Y M 40 0.4%
11 柴本幸  G Y M 35 0.3%
12 京都 書店  G Y M 34 0.3%
12 風林火山 大河ドラマ  G Y M 34 0.3%
12 常照皇寺  G Y M 34 0.3%
15 ガクト  G Y M 33 0.3%
16 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 32 0.3%
17 風林火山 ミツ  G Y M 31 0.3%
18 佐野藤右衛門  G Y M 30 0.3%
18 調所広郷  G Y M 30 0.3%
20 ガクト 風林火山  G Y M 29 0.3%
21 ぎろぎろひとしな  G Y M 28 0.3%
22 ぎろぎろ  G Y M 27 0.3%
22 京都の書店  G Y M 27 0.3%
24 鉄道模型を作る  G Y M 26 0.3%
25 伏見桃山城  G Y M 25 0.2%
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26 五色塚古墳  G Y M 24 0.2%
28 長尾真  G Y M 23 0.2%
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28 NHK 風林火山  G Y M 23 0.2%
31 HD 増設  G Y M 22 0.2%
32 島津斉彬  G Y M 21 0.2%
32 椿井大塚山古墳  G Y M 21 0.2%
32 レスタト  G Y M 21 0.2%
32 九絵家  G Y M 21 0.2%
36 ガクト 上杉謙信  G Y M 20 0.2%
36 真田幸隆  G Y M 20 0.2%
36 甘樫丘  G Y M 20 0.2%
36 美瑠姫  G Y M 20 0.2%
36 室町和久傳  G Y M 20 0.2%
41 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 18 0.2%
41 ガクト 天草四郎  G Y M 18 0.2%
41 功名が辻 竹中半兵衛  G Y M 18 0.2%
44 GA-G33M-D S2R   G Y M 17 0.2%
44 相棒 カシオペア  G Y M 17 0.2%
44 NHK篤姫  G Y M 17 0.2%
47 京都 ぎろぎろ  G Y M 16 0.2%
47 ηなのに夢のよう  G Y M 16 0.2%
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47 森博嗣 名古屋大学  G Y M 16 0.2%
47 秘花  G Y M 16 0.2%
52 NHK ビザンチン帝国  G Y M 15 0.1%
52 篤姫  G Y M 15 0.1%
52 ぎろぎろ 京都  G Y M 15 0.1%
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52 点と線  G Y M 15 0.1%
52 松本清張 点と線  G Y M 15 0.1%
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64 SAMURAI Z Rev.B  G Y M 13 0.1%
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1 風林火山 752 7.3%
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24 調所 65 0.6%
24 大型書店 65 0.6%
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34 増設 55 0.5%
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46 松本清張 45 0.4%
48 ケース 44 0.4%
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50 美瑠姫 43 0.4%
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64 平城京 35 0.3%
69 佐野藤右衛門 34 0.3%
69 PCケース 34 0.3%
69 設定 34 0.3%
72 真田幸隆 33 0.3%
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87 室町和久傳 28 0.3%
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27 鳥取 29 0.6%
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29 鹿児島 28 0.6%
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31 栃木 27 0.6%
33 青森 26 0.6%
34 福井 24 0.5%
35 山口 23 0.5%
36 山形 22 0.5%
37 沖縄 19 0.4%
38 島根 18 0.4%
38 秋田 18 0.4%
38 香川 18 0.4%
41 宮崎 16 0.3%
42 和歌山 15 0.3%
43 熊本 14 0.3%
43 長崎 14 0.3%
45 徳島 9 0.2%
45 高知 9 0.2%
47 佐賀 7 0.2%

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2008年1月21日 (月)

昭和の鉄道模型をつくる(16) バス車庫

承前:昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2

16:バス車庫

16:バス車庫
 ここしばらくは建物模型が連続するので、「ここまで完成」や「部品と工作」は休みます。組み立ては、これまでの建物と変わりなく、丁寧に組み合わせ、ところどころにボンドを垂らせば完成です。
 こういう建物模型は精密ですね。正面に「野原交通(株)駅前車庫」と、それらしい看板があります。車庫の奥を覗くと、古タイヤ、ベンチ、工具棚なども見られます。
 外回りには、プロパンガスボンベ、タイヤ、配電管、鋼材、パイプ、いろいろ見えます。トタン屋根はウェザリングというのでしょうか、古びています。精密ですね。見ているだけで楽しめますよ。

16:鉄道模型の達人/水野良太郎

16:水野良太郎
 水野良太郎(73歳)さんは漫画家&イラストレーターらしい、とMuの無知。ただし、どこかでみたことのある漫画が一つ載っていた。で、新聞紙を二枚広げたB4全判(1030X728mm)になんとHOゲージが走っていた。HOゲージはいつものNゲージに比べて大きい。その分細工がしやすくて精密になるようだが、大きいことは大きい。だから普通はもっと大きなレイアウトで造るようだ。
 タイトルは「鷲津加味鉄道・森林線」とついて、ホビーセンターカトー(新宿区)に展示されているほど、著名なものらしい。
 写真をみていて、またも水面に目がむいた。どんな手法かしらないが、水面が鏡状でなく、微妙に波打って、だから光の反射もまるで本物に見える。この写真をモデルと言わなければ、Muは実写と信じるだろう。
 またしても、人の技に心うたれた。なぜそんなことまでするのかは問わない。結果として、神様が宇宙をつくったような気がした。モデルは北米の森林らしい。うむむ。

16:AtoZ:海を作る:発泡スチロール

16:「海」 ジオラマ/レイアウトの制作(5)発泡スチロールで海を作る
 このシリーズは直接「昭和の鉄道模型をつくる」とは関係しない。ジオラマ制作の基本として連載されているわけだ。
 昭和の鉄道模型については、今後もおそらくキットの建物が毎回あって、途中動力まわりの部品、そしてやや難しいのはトンネルに植樹することくらいだろう。ある意味で、誰にでもできるシリーズなのだ。勿論、手を抜くと完成しないが。
 だから「発泡スチロールで海を作る」なんてシリーズは、関係ないと言えば関係ないのだが、別途「嵯峨野鉄道図書館」をもくろんでいる私には、必須の内容となっている。
 難しい! というのが今回の感想だ。手技というか、絵を描いたり細工物を上手に造る独特の資質を要求されているように、思えてきた。芸術というか、あるいは職人技というか、少なくとも修練が必要になり、その上で上手下手がはっきり出てくる世界なのだろう。そういえば、以前某博物館で見た模型ジオラマは、私がわかるほどに「へたくそ」だった(笑)。
(1)モデリングペースト
 どんなものかは分からないが、柔らかくてそのうち固まる粘土みたいなものだろうか。これで海の波のうねりを作り出す技があった。「塗装面から筆をねじり上げるようにする」と。むつかしそうだ。団子になりそうな恐怖。
(2)色塗り
 塗りが模型の命、というような台詞が森博嗣先生のblogにもあった。どこかは忘れたが。今回の記事を見ていると、海の色を出すことの難しさと、それが成功すれば模型に命が宿ると思った。
 「海岸から離れた海面は青みの強い暗色」「海岸沿いは緑と白を混ぜ、浅い水深を表現」「波の表面に白で波しぶき」「波打ち際は長く」「沖は短め」に、波しぶきをつける。
 これを読んでいて「ああ、無理だ、駄目だ、できない」と、思わず叫んでしまった。設計図にあわせて切ったりはったりする世界とは、全く異なる。うう~。

16:昭和の『鉄道模型』をつくる

16:昭和の『鉄道模型』をつくる
 箱根登山鉄道の記事に強く惹かれました。この鉄道をジオラマ化した記事は別の図書で何度も読みました。いつか引用して紹介します。
 それにしても、三両連結の前と後ろで3.5メートルの高低差がでるというのですから、ものすごい坂道です。全路線の標高差が500メートル以上もあるのだから、それくらいの急坂になりますね。このためのブレーキは「電気、空気、手動、レール圧着」と四種類もあって、記事には「走らせない」ために、と記してありました。重い電車だから、滑り出したら止まりませんよね。
 この他のサイト(What's箱根登山鉄道)を見てみると、レールの摩耗を避けるために水をまきながら走るようです。これも想像しがたいことです。
 なによりも、「スイッチバック」という言葉が多用されていました。これは、つづら折れの坂道を、電車の前後を変えながら上るわけですね。つまり電車はそのままで、車掌と運転士が前後入れ替わるわけです。ループを作ると曲線も強く線路も長くなり、トンネルを掘ると費用も時間もかかるから、折りたたみながら上っていくわけでしょう。
 いやはや、箱根登山鉄道、一度乗ってみたいですね。なんだか、松本清張さんのミステリにも、箱根の旅館に行くのにエレベータに乗って入る場面がありましたっけ。箱根は、人跡未踏のようなミステリ感がありますね。

16:未来の図書館、過去の図書館
 文字、文章を読む書くということは、昔は特権階級の人に許された、芸の一種ですね。母国語は幼児期から肉親や同じ母国語を話す人の間で育つと、外見上は自然に身につく(注1)ようです。だから「芸」とか、気取って「スキル」とか言いません。しかし、読み書きは自然に身につくものではなくて、相当に長期間専念しないと、さまになりません。

注1:ただし、「話す」ことの限界は長じれば自らの意志によるでしょうが、幼年期は「まとも」な大人の間で育たないと、まともな話し方は身につきません。これは各地お国言葉のことではなくて、意思表示、説明、話し言葉の選択、丁寧さ、などなど難しいですね。

 この読み書きは、王侯貴族、知識階級、さきごろはブルジョワ階級でないと、学習する暇も環境もなかったようで、庶民の殆どは手紙も読めない、書けない様子だったと想像できます。中世までの修道院の坊さんは難解なラテン語を駆使し、聖書を読んで聞かせるのが、特権中の特権芸だったわけです。日本でも、昔の坊主は人柄だけでなくて、本当にインテリというか、賢い人でないと、そして修行に耐える根気さがないと、正式な坊主にはなれなかった。

 で、タイムマシンを一気に現代にとばしますと、たとえば日本人、例外はありますが殆どの人は読み書きができるようです。これは、日本人がある時一斉に賢くなったわけじゃなくて、江戸時代頃から寺子屋が整備され始め、明治になると義務教育が生まれ、そして現代に至っています。大体、9年から16年ほどかけて、みっちり読み書きを教えられるわけですね。

 人は、脳を脳らしく動かすには、本当に手間暇がかかるものです。

 やっと本題。
 多くの人は、学校を卒業すると読書をしないし、まともな長文も書かなくなります。統計的にデータを出せと野暮は言わないでください。
 仕事関係は「しかたなし」にマニュアルを読み書きするようです。
 特に、20世紀後半から現代にかけては、各種メディアが大発達して、文章よりも音や動画に生の気分でのめり込む人が増えました。
 だから、図書を読む、読書するということも、多様な「楽しみ選択枝」の末端にある小さなオプションに成り下がってしまったのです(と、断定)。

 それぞれのメディアにはそれぞれの特性があり、他で代替できないこともあります。たとえば音は特例を除いて、文章からは得られません。(注2)

注2:充分に豊かな音を身につけて育ち、かつ読書力が旺盛で、その上に文章が上等ですと、人間の脳のすさまじさと申しましょうか、文章を読んでいるだけで音が再現されます。幻聴と言い切るには、リアルすぎる事例がありますね。

 難読症のような例外とか、発達障害とか、いつも例外はあるのですが、読書について言うならば、一般に人と言う者は易きにつきます。読書なんて、シンドイ、と。横着なんですね。身体を動かすのがいやじゃ、脳を動かすのが厭じゃ、ぼんやりして美味い物たべて眠って、小綺麗な男子や女子と遊んでいたい、と思うようです。それと同列で、読書なんてうざったい、流行りの音楽や映画を見たり、スポーツしている方が、よっぽどすっきりする、快感。と、こういう傾向がずっと大きな潮流として、あるわけでしょう。

 さて、ここまで丁寧に付き合って読んでくださった御仁には、この後を言わなくてもお分かりでしょうし、またいくら読書の大切さを記しても、それを言うこのMuBlog等を読む読書好きは少ないという、ものすごい矛盾に直面します。遅刻常習者、欠席常習者の居ない朝一番の授業で、諄々と「産業革命以後、時間を守らない人は、社会人として失格である!」と、演説しているMuのばかばかしさに、似ておりますな。

 しかし馬鹿馬鹿しくても、社会的、人類的記憶装置、すなわち社会的脳である図書館の重要性を説くには、この「読書」について奨励しないと、幼児期から外界情報を適切に採取し、脳で再編集、再変換して蓄積し行使し、一定の自動回路を作らないと、人は猿と変わらない。そして、その論理性、感性の両面にわたって最も効率的有効なメディアが文章であり、かつまた身体性を深く考えたなら、それはインターネットメディアに代表されるディジタル情報だけでは代替出来ないという、この大言壮語を、周知徹底することも道半ば、今日も「嗚呼」「やんぬるかな」と空を、天井を仰ぐMuであった。

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2008年1月20日 (日)

NHK篤姫(03)薩摩の話:お由羅騒動に薩摩おごじょ

承前:NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死

 お由羅騒動については復習しておいたが、薩摩隼人(はやと)や薩摩おごじょについては、今夜のドラマで「うむ」と考え込んだ。世界中であれ、日本中であれ、怯懦で陰険、悪い男も女もいるが、それでも逆に典型としての薩摩隼人や薩摩おごじょがいるのも、確かだろう。
 核になるのは人間の「誇り」と、篤姫の母親が姫にさとしていた。その人がその人たる所以(ゆえん)の、支える「何か」、それが誇りだと思った。それがあるから誇り高く生きられる。
 何なのか?

 亭主は遠島、息子は謹慎中の、大久保家の母親(由布姫のお母さん)は、かんざしをなにかの役にたててほしいと言った篤姫に、「物乞いではない」「二度と、来てくださるな」と拒絶した。半泣きになり門をでた篤姫に、大久保利通が後を追い、篤姫と小松帯刀と西郷に、「私が苦しい時に、危険も顧みず何度も訪ねてきてくれたことを感謝する。将来、三人の身になにかがある時は、身命を賭して恩を返す」と言い切った。

 この場面に、薩摩おごじょの誇りと薩摩隼人の誇りが滲み出ていた。

 誇りを、自らの生に貫くには、それなりの覚悟が必要だ。
 しかしドラマでは、若い小松(肝付)帯刀も、そして篤姫(一)も、まだ幾分、人の好さだけで危険を冒して遠島・謹慎中の大久保家を訪ねていた。
 向こう見ずな青年客気の発露ともいえる。
 ただ、三つ子の魂百までも、というように、若い頃にかくあった者は、経験を積んだ後も、かくあった。(つまりは、そういう人間だけが友として、知り合いとして残るという単純な事実でもあるが)そこから類推するなら、ドラマの伏線として、大久保利通は西郷、小松、篤姫に、年経ても同じ気持ちで接したのだろう。

 ここで、典型として薩摩隼人、薩摩おごじょ、という言葉があるのは、ある一徹さで誇りを保つ男や女が、薩摩には目だって多かったのか、あるいはそれをして、人びとが褒めそやしたのか、そのどちらかは統計を見たわけでもないので、よく分からない。むしろ、ドラマとして、ヒロインの篤姫は、男や女のそういう一徹さの絡んだ誇りを理解する女として描くのだろう。ついには、自らも「誇り」を支えにして、幕末江戸城での苦難を甘受したのだろう、と今夜思った。

 そういうわけで(笑:ごまかしているのじゃない)、なにがどうとは言い切れないのだが、今夜のドラマをみていて、「ああ、こういう人達もいたんだ」あるいは「いや、今でもどこかに居るかも知れない」と、小さな感動の波をじっくり味わって、それを記しておきたかった。逆に、だからこそ後の西郷がいて、大久保がいた。そして、明治維新の影にかくれて、篤姫や小松帯刀がいた、ということにあらためて大きな感動を得たということだ。

 篤姫が奥女中の菊本相手に、瞼に墨で目をかいて驚かした場面がおもしろかった。よほど、姫は剽軽というか奇抜な考え方をする女性だったのだろう。

復習:お由羅騒動

  27代・島津斉興(長門裕之)----お由羅(涼風真世)
      |            |
      |実子         |
28代・島津斉彬(高橋英樹)   |
                実子 |
 島津久光(忠教:ただゆき)(山口祐一郎)
                   |
                   |実子
               29代・島津忠義

 なぜ「お由羅騒動」と、まがまがしい名前がのこったのか、調べたわけではない(笑:忙しいので)。ただ、これまでの知識やもろもろの情報を合わせてみると、その後の薩摩の関係者の間では、どうにも島津家本家のことをあしざまに言うのが、残すのが、辛かったのだろう。島津家は一千年近く続く名門らしい。始祖は秦氏につながるというから、目が点になってしまう悠久の歴史がある。その本家筋の大将のことを、「あんたが悪い!」と明治維新後も、人前でいうのは憚ったのだろう。で、結局「側室」なら悪口を言ってもよいだろうと、ご生母さまであっても、正室と側室とでは、格式が異なるという、そんな様子が見え隠れしました。

(ただし想像ですが、島津久光さんは明治維新後、左大臣になられたようなので、当時いくらなんでも、左大臣の実母をもって「お由羅騒動」なんて云い方は、しなかったのじゃないでしょうか。テーマ:お由羅騒動のルーツ!)

 お由羅さんは、このお家騒動のあと、斉彬が当主になっても追放されず、無事だったらしいから、よかったよかった。しかしこれまで世上物語の上では、妖艶きわまりないあちらの世界の呪詛の主と描かれるのだから、お由羅さんの縁者がおられたら、悔しいだろうな。しかし、まあ、もう時効ですから。それを言い出すと、歴史上悪名を残した人の子孫は、しんどくてたまらん。

 実情は、斉興(なりおき)と斉彬(なりあきら)の親子喧嘩だったと思えば分かりやすい。斉興は、ちかいご先祖さんが派手好きで、結局借金まみれになって500万両もの証文に神経をすり減らしたのだと思います。だから家老調所を重用して節約勤勉に勤めた。その、はた迷惑なご先祖さんに、実子の斉彬がそっくりだったようで、せっかく藩財政をたてなおしたのに、斉彬に家督をゆずると、またしても薩摩はつぶれかけると、危惧なさったのでしょう。だから、側室お由羅が産んだ勉強好きの、国学好きの久光さんに薩摩藩を譲りたくなったのでしょう。

 斉彬は蘭癖(らんぺき:オランダ・西欧文明かぶれ)開明的で諸外国に目をひらけ、そしてお金も使った。おそらくお由羅騒動のあと、徳川幕府の支援もあって28代当主になると、治世7年というあっというまに200万両くらいは使ったのではないでしょうか(要調査)。だから父親の危惧はあたったとも言えます。もちろん遊興費ではなく、薩摩の経済力を強くする殖産興業だったのでしょうが、投機的だったことは事実です。今風に想像すると、「これからは宇宙の時代やで。ロケットをばんばん作って、早く月や火星に薩摩の旗をあげまっしょ」と、そういうノリに近いのじゃぁないでしょうか? そうそう薩摩の紋章は、○に+字ですね、なんとなく太陽系に似てますな。

 1849年、お由羅、その子忠教(のちの久光)に対する、斉彬派による暗殺謀議が発覚し、斉彬派は多数処断された。ドラマでは50名ほどが詮議なく、切腹遠島になったよし。しかし幕府の介入(老中阿部正弘)があり、斉興(なりおき)は隠居し、斉彬が島津家28代を継いだ。

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2008年1月17日 (木)

卑弥呼の墓(007) 纒向遺跡解明への期待

承前:卑弥呼の墓(006) 邪馬台国がみえてきた/武光誠

1.発端
 「卑弥呼の墓」シリーズを中断していた。今日はテキストの参照ではなく、伝聞と想念を若干メモしておく。
 年始め、帰路自動車の中でNHKのTVニュースを声だけで聞いていた。その時、「4~5年かけて纒向(まきむく)を大規模に調査する。橿原考古学研究所が~」と、聞こえた。

 後で気になって調べたのだが、橿原考古学研究所(橿考研)が関与するというのは聞き間違いだったのかもしれない。あるいは纒向関係の最近の新聞情報が、下記読売系しか見あたらなかったので、多くの点でこのTVニュースは、空耳だったのか(笑)。

 いつも思うのだが、なにかしら纒向遺跡については、奈良県というか桜井市というか、ぎくしゃくしているような気がします。
 誤解を恐れずに言うならば、さっさと豪勢きわまる「卑弥呼の館」でも造ればよいのに。
 勿論、環境破壊とか、学術的に不明瞭とか、賢者、識者、良識者が、そう言い放つMuBlogを叩きこわすでしょうが(笑)、ことの本質は、ひとこと古代史黎明期について、「なにか、奈良県人には、気合いが入ってないな」だ。いやいや飛鳥は、大変がんばっておられる。行っても、よくわかる。公園もあるし、駐車場もある。観光施設をととのえて、異邦人に知ってもらうのは、大切なことだと思う。

 もう少し、全国民に、国のまほろばとして、三輪山や箸墓や纒向遺跡を、大規模にこってりと、宣伝広報してもよいのじゃなかろうか。吉野ヶ里や、北九州の人心や、もろもろ考えて比べると、なんかこう、奈良県人は「どうでもよい」というのか、昔の奈良市のような「大仏商法」というのか、寂しい。

 あるいは、「あそこが、邪馬台国で、卑弥呼の館はここなんだから、そんなこと、人に言いふらす必要はありまっせーん」と、ゆとりのゆーすけサンタマリアなのかもしれないが。

2.事前調査
 纒向遺跡中枢解明へ(JoBlog)
 「邪馬台国」畿内説の最有力地、纒向遺跡中枢地区を発掘へ(読売新聞記事)

 そんな気がして数日後、ふと気がつくとJoBlogに記事がありました。ああ、ありがたい。それにガイドされて読売新聞の記事を確認したところ、大体のことが分かってきました。
 「纒向遺跡の大規模発掘と整備を公約に掲げる谷奥昭弘市長は「考古学的にも画期的な調査となるはず。邪馬台国の手がかりをつかみたい」と期待する。」
 との事なので、ここ数年の間、大規模調査が始まり(これまでもすでに150回以上あったようだが)、国からも資金援助があるのかもしれない。

3.参考
 桜井市・文化財情報
  発掘調査報告(見出)
  桜井市イベント情報
    纒向遺跡発掘調査報告書:巻 野内坂田地区における調査報告    
  埋蔵文化財センター
  ↓古い情報
  桜井市立埋蔵文化財センター
  纒向(まきむく)遺跡

4.MuBlog成果なし
 橿原考古学研究所が関与するのかどうか、あるいはそのあたりの国や県や市の複雑な仕組みは分からない。研究者達のこともまったく無知。結局、何も分からなかったと言ってよいだろう。

 ただね、桜井市の埋蔵文化財センターを以前一度おとずれて、人も施設も、とても印象がよかった。しかし規模は橿考研よりも小さかった。{崇神朝、三輪山、箸墓、そして纒向遺跡}をかかえる土地柄の施設なんだから、市や県や国は、人とお金とを大量に注ぎ、古代史の黎明期を国民に、大規模に知ってもらう必要があるだろう。ことわっておくが、上記に卑弥呼も邪馬台国も集合に含めていない。{崇神朝、三輪山、箸墓(はしはか)、纒向遺跡(まきむくいせき)}だけで、おつりがでる。
 いや、真意は、「当たり前のことだから、書かなくてもよいでしょう」ぎゃはは!

追伸
 新聞に「文化庁記念物課も「本格的な調査が進めば、全国に類例のない成果が得られる可能性がある。史跡指定をして遺跡を保存するためにも、早急に実態解明を進めてほしい」とする。」とありました。
 この行文が気になったのです。もしこの部分が正確ならば、とりようによっては、奈良県や桜井市は、いろいろな複雑な利害関係かなにかしりませんが、要するにあれだけの土地柄を、本腰いれて調査しなかった、あるいはきっちり調査は長年やってきたが、国民に周知しなかった、そんなきらいがあったのか、とも思えるような記事でした。
 (ただしが多いのですが、ただし。北九州の識者たちは、関西の研究者達が、邪馬台国纒向説を安易にジャーナリズムに流しすぎ! と、以前から申されているのも耳にしてきましたが、まあ、お互い活発に行きましょうよ)
 以上、Mu誤解かな?

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2008年1月16日 (水)

小説葛野記:2008/01/16(水)忙中閑あり

 タイトルからして古色蒼然とした「忙中閑あり」とは、ますますレトロ調世界に突入か。
 ただ、時々昔の言い方がぴたりと当てはまることがある。
 記憶の片隅から言葉がうにうにとわいてきて、それを筆にすると、気持ちがよくなる。

 師走から新年にかけて、いささか度を超した繁忙ぶりだった。
 何度か言ったが、「忙しい」という台詞は無能の証。どこ吹く風と、ノンシャランと構えておればすこしは「老成したね」とでも、ほめてもらえるものだが、やはり駄目だね。息がつまる、目がかすむ、肩がこわれたと、自らの愚痴を天井からながめていると、「ええかげんにせいよ、Mu」と、どなりたくなる。しかしなお、息が詰まるようなここしばらくだった(笑)。

 さっき会議が終わった。終わったところからまた始まるし、採点地獄はこれから坂道なんだ、と分かっていても会議が終わった。ほっとした。
 ただそれだけのことなのに、忙中閑あり、こうして久しぶりに「小説葛野記」を記す気持ちになってきた。
 さて、なにを書こうか。

 まだ人様のblogを丁寧にみて、文を味わい写真を愛でる気持ちには遠い。まだまだ、なんだろう。受容できないというか、あらかじめ容量がきまっていて、見ていても読んでいても、頭や気持ちにすっきり入らない。そういう状態だな。たとえば、正月明けに観た映画にしろ、もうりょうのはこ、だったが。楽しんだ、おもしろかった、~なのに再現できない、イメージが霞んでしまう。困ったものだ。

 たとえば白い発泡スチロールのブロックを前にして、新品のカッターナイフが揃えてある。なのに、刃を入れられない、カーブを切れない。ただ黙ってしばらくみつめて、工作室(屯所のことです)から出てしまう。
 
 机上には二足歩行ロボット、プチロボXが横たわっている。涼夏2007PCにはすでに起動プログラムも入っている、無線もちゃんと機能する、なのに手が伸びない。タンサーボーグに至っては、無線LANもある、ネット系もある、充電電池もある、なのに触れない。

 読もうと思っている図書が数冊机上にある。久しぶりの(笑)情報学の良書なのに、目次内容は分かっていても、頁を繰れない。

 ……

 ただ、ご飯だけは毎日毎日、うまうまと腹八分目。今日は鴨なんば、明日は天そば、その次はカニ玉と、いやはや食欲のすすむこと! 木幡に帰れば、まずワイン、ほかほか夕餉。風呂は香りよく、温泉気分。消灯したとたんに朝になる。これだけ心身快調なのにねぇ。

 なにかしようとすると、手がとまる。
 会議資料が頭に浮かぶ、成績を69(可)にするか70(良)にするか、あるいは不合格の59から60にするかで、半日悩み決断できない。おお。

 と言いながら、ここまで小説葛野記がかけた。それでよしとしましょう、小雪のふりそうな京の夕べ。そろそろ、一眠りして、ひとやすみして、こそこそとキャンパスから逃亡する時間だね。
 ではまたあした。

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2008年1月15日 (火)

私の京都:蛇塚古墳:魔界巡礼秦氏の謎

承前:私の京都:木嶋神社の三柱鳥居:魔界巡礼秦氏の謎

蛇塚古墳全景

蛇塚古墳(1)
蛇塚古墳(2)
 昨年末、畏友JoBlog庵主さんと、太秦(うづまさ)の木嶋(このしま)神社への参詣の後、余勢をかって自動車を帷子ノ辻(かたびらのつじ)に向け、松竹撮影所の近所で南に向かいました。
 ここで二点。
 ともかく、太秦、木嶋といい帷子ノ辻といい、私は昔、幼稚園から就職して1年目まではこのあたり(車折:くるまざき!)に住んでいましたので、地名の呼び名をまちがうことはありませんが、他国の人だとほとんど絶望的な呼び名だと、痛感いたしましたよ。
 ともかく、京都府下有数の蛇塚古墳だというのに、小学校、中学校くらいには訪れていたというのに、まったく、皆目、蛇塚の所在はようとして霧の中でしたよ。民家の密集地でした。記憶ではもうすこし野原の中にあったようなのですが、当日は目をつむって霊感でたどり着いた思いがしましたね。遠隔地の方は地図を確実に手にしてこないと、迷います。

地図:蛇塚古墳

蛇塚詳細地図:Google
京都府京都市右京区太秦面影町

Hebituka
蛇塚古墳 Mac&Win (動画mpeg4・17MB)

石室の規模

石室の規模(京都市右京区蛇塚古墳)
史跡 蛇塚古墳(へびづか) 京都市右京区面影町
 上空写真では前方後円墳らしき線取りがあってわかりやすいのですが、これにはちょっと感想もあります。
 それよりも、現実に足を入れて手でさわったのは玄室でして、しかもそれ以外の古墳を表す結構はまったくなかったです。むき出しの「石組み玄室」と言えばわかるでしょうか。むき出し玄室でそっくりなのは、飛鳥の石舞台にありますが、あそこは整備が進み、「方墳でした」と言われればそういう想像もできるのですが、蛇塚古墳は玄室の巨大さに圧倒されるだけで、その他のことはまったく分かりませんでした。

玄室へ至る道:羨道(せんどう)

羨道(1)蛇塚古墳
羨道(2)蛇塚古墳
羨道(3)蛇塚古墳

 近所の方が、JoBlog庵主と私の声高な「古墳評論家ぶり(笑)」会話に気がつかれたのか、柵の鍵を開けましょうかと言ってくださいました。さっそく、JoBlog庵主がノートに記帳し、中に入りました。
 圧倒されました!
 ほとんど、その一言ですね。ややこしい論議はふっとんで、ただただカメラ、ビデオをまわし、頬ずりはしませんでしたが、空から落ちる雨も意に介せず、玄室中央にたたずみました。古代人。すばらしい人たちだったと思いました。
 参考にあげた松木先生の説では、創世記の前方後円墳(たとえば、箸墓であり、種々天皇陵でしょうな)は徹底的にモニュメント、祈念であり記念だったようです。まつられた人は人じゃなくて神さま扱いだったのでしょう。しかし、古墳時代も後期になって、6世紀になると家族や一族の為の「墓」になり、その内装や仕組みが精緻になり、力の込めようが外装から内装へ変化したようなのです。内でひっそりと個人を偲ぶ、そして夫婦や長男以外の子供を追葬するための横穴式が発達した、とか理解しました。
 確かに岩根がごつごつして、いわゆるカミソリ刃一枚入らないとは申しませんが、広々とした空間は墓所であり居間であるような、そんな幻視を味わいました。

岩根の情景

岩に生えた樹木(1)
岩に生えた樹木(2)
 1400年前なのか、1500年前なのかは分からないのですが、それだけの年月がたつと、柔らかい植物が岩を砕くというよりも、溶かしていく、そんな思いにおそわれました。現物も、そして写真でも、何度も見たのですが、岩から木が生えているとしか言いようがないですね。
 今後は、固い鉱物の岩と、柔らかな植物とを対置して考えるのはやめようと思いました。時が相反するものを溶かし込んでしまう。
 この岩根をみて、私はそう思ったのです。

熱燗と季節限定鴨なんば

嵯峨野の鴨なんば
 わたくしめがお伴いたしましたJoBlog庵主さまがゆるゆると熱燗を口にしておられます。処はいずこ嵯峨野某そば処。冬のざるそばで熱燗も粋ですが、この度はわたくしめが酒を飲めず、寒くもあって、二人で鴨なんばをいただきました。おいしゅうございました。
 さて、ここからが問題なのです。JoBlogではすでに早々と蛇塚古墳記事を書いておられたのに、Muは今日までかかってしまいました。いろいろ当方事情もあったわけですが、一番の問題は、蛇塚についてわたくしめが確たる典拠を得られず、そのうえ肩に力が入りすぎて、先行JoBlogに負けない物を書こうと思い出してからが、地獄の日々でありました。
 そこで、いまだにどうしても引っかかっていることを以下にメモし、わたくしめの宿題といたします。

蛇塚古墳の課題
 この蛇塚は本当に7世紀ころの前方後円墳なのか?
 一般論としては、終末期古墳は6世紀末以降といわれ、それは円墳とか方墳が主な様式のようだ。もちろん、それだと横穴式の玄室附きが主流らしい。

 少なくとも、終末期直前まで主流だった前方後円墳で、羨道のある、つまり横穴式は、珍しいものなのか、あるいはそれで築造時期が判定できるのだろうか。
 蛇塚古墳が前方後円墳というスタイルでなければ、時代は新しくなる。表札には「輪郭をたどると前方後円墳」となっていたが、破壊された今となっては、超絶の科学技術が導入されなければ、不明といってよいだろう。

 封土が取られたと書いてあるし、天井石はなかった。
 飛鳥の石舞台は昭和か大正ころまでは、土中に埋まっていたと、どこかで読んだ。それを掘り出したわけだ。なにを言いたいかというと、封土がないというのは、蛇塚の場合、土中にあったのをだれかが掘り出したか、あるいは、だれかがわざわざ前方後円墳か円墳の土を取り去り、ついでに天井石も取り去ったことになる。

 天井石については、封土が無くなりむき出しになった後で、地震なんかで倒壊し、下に落ちたのを、近所(大昔の事ですよ)の金持ちが庭石か、城石に運んだ可能性もあろうな。ともかく、一般に天井石は石舞台から想像すると、ものすごくでっかい石だろう。そんなもの、簡単に運べない。初めから無かったと考えるのもスジの一つだろう。

 謎はもとにもどる。
 たしかにこれだけ大きい玄室を設けたのは秦氏ほどの資産がないと無理だろう。昔よく聞かされた、無料で奴隷に作らせたというのは戯言、よまよいごとであって、今やだれも言わない。秦氏ほどの資産があってこそ、技術者を雇い、指揮者を選び、設計者を選び、石工を集め、土工に土を盛らせたのだろう。土盛りひとつとってみても、朝廷に土師氏という専業技術集団がいたくらいだから、ちゃんとしないと雨がふっただけで壊れてしまう。簡単な事じゃなかったはずだ。当然、高給が支払われたと考えるのが妥当だ。施工主が権力者でお金持ちでないと無理だろう。

 いや施工主の問題じゃなくて、そうではなくて、この蛇塚のスタイルと築造時期と、大和朝廷との関係が分からなくなった。
 蛇塚も、似ている飛鳥の石舞台も、大化の薄葬令(646年)以前のものだと思うが、もし石舞台を蘇我馬子の墓とするなら、それは7世紀の630年前後に築造されたはずだ。蛇塚古墳が7世紀のものなら、形状や雰囲気からなんとなく似ている(笑)。もし似ているなら、石舞台は方墳とみなされ、前方後円墳と認定されていないことから、蛇塚も前方後円墳と断じるのは、感覚的には危ない。どこかで早とちりがあったのだろうか。

 もし蛇塚が前方後円墳ならば、今ある玄室の羨道は後日くりぬかれ、初めから天井石はなかったのじゃなかろうかと、不思議な思いにとらわれた。つまり横穴式ではなくて、竪穴式という想像。そもそも横穴式は朝鮮半島から6世紀ころに渡来したらしい方式だし、さらにあんなでっかい竪穴式墓室があろうとはおもわぬが、なにしろ秦氏は最先端の技術や発想を持っていただろうから、墓の様式も、母国よりも新たな祖国、新天地倭国で自由に調整したのかもしれない~。と、妄想はかさなるばかりなり。

 で、被葬者だが今ある説の7世紀だと、秦河勝とは思えないが、6世紀にさかのぼるならば可能性もある。もちろん河勝さんの墓はいろいろあるようだから、これも謎だな。
 ……
 まあ、そういうわかりにくさが蛇塚古墳にあって、これがもし70~80メートルもの大・前方後円墳ならば、その時期は6世紀にまで古くなりそうな気がした。あるいは、山城と飛鳥とでは墓製もふくめて文化の流れに違いが大きかったのだろうか。
 すぐ近くの双岡は秦氏の城塞跡とも、耳にした。不思議は一杯残る。

参考文献
  列島創世記/松木武彦.(小学館日本の歴史;1)2007.11 Mu注:ヒントを得た→「第六章 石と土の造形」
  歴史考古学大辞典 (吉川弘文館) Mu注:ヒントを得た→「古墳/河上邦彦」

参考サイト
  蛇塚古墳(JoBlog)
  洛西に秦氏をたずねて1(平安京探偵団)←Mu註:以前から信憑性の高いサイトとして参考にしています。団長さんという登場人物は歴史学者のようです。

  石舞台古墳の状景(ビデオ) MuBlog
  石舞台古墳 MuBlog  

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2008年1月14日 (月)

昭和の鉄道模型をつくる(15) トンネル2

承前:昭和の鉄道模型をつくる(14) トンネル1

15:ここまで完成(~15)

15:ここまで完成(~15)
 シリーズ「昭和の鉄道模型」の特徴がはっきり出てきましたね。つまり、人家密集地帯、都市の景観をジオラマにすると、設計がとても難しいことに気がついたのです。びっしりと、隙間無く店や銭湯や駅舎が土台のボードに印刷してありました。
 そしてまた、複雑なそれぞれの家がすべてキットで揃えてあるところに、この世界の豊かさも味わいました。プロ中のプロは、こういう民家もすべてご自身で設計し組み立てるわけでしょうが、それをMuがすると生きている間に完成しなくなります。多種類の品目が揃っている日本鉄道模型世界の底力に感心しました。
(ところが、別注の某社の「神社模型」は、昨年アマゾンで申し込んだところ、途中延期通知はありましたが、それでも延々と待って、年明けに「入荷不能なので、キャンセル」と言われました。どういう模型かは、今は腹立たしいのでもうしませんが、廉価(4千円程度)でものすごく上等なキットでした。発売の一ヶ月も前から申し込んだのに、駄目だなんて、メーカーもマーケッティングに手抜きしたのか、アマゾンの関東重視・関西軽視の横着なのか、知りません。多分、仕事をちゃんとしない人が日本にも増えてきたのでしょう。みんな毎月自動的に入金のある、サラリーマンですからねぇ、客の難儀失意なんかに気がつかないのでしょう。けけけ)

15:部品と工作

15:トンネル部品
15:完成間際のトンネル
 写真のようにごく少数の部品を、ボンドで接着するとトンネルが完成しました。工作の手引きでは、最初両面テープなどで仮留めしたりするようですが、途中から止めました。一つは、両面テープだけで相当な接着力があるから、50年レベルの耐久性を考えないなら、両面テープで完了とも言えます。逆に一旦ひっつけた両面テープを剥がすのも大変だし生地を傷めるし、それなら最初からボンドで接着、というわけです。
 ただし、私は多少短気というか、イラチなので、この話を真に受けないように。人によります。トンネルらしくなればそれでよいでしょう。

15:鉄道模型の達人/富永一矢

15:富永一矢
 富永翁は72歳の、元・舞台道具の製作に関係した人らしいです。「小道具のおトミ」とも呼ばれたとか。庭一杯に組み立て式のHOゲージ・レールを敷いて、月に一回総勢15~の仲間が集まって、昼食を一緒にしたり、模型の品評会をしたりするわけです。倶楽部でしょうね。
 写真では随分広い敷地に見えました。東京の武蔵野市というのですから、地理不案内なMuにはわかりにくいのですが、畏友が住んでいる国立市みたいなところでしょうか?
 みていてダイナミックな感じがしました。模型はどうしてもちまちました世界に没頭しがちですが、広い庭でビールと焼肉でも食べながら、列車が走るのを眺めるのも、よい人生ですよね。酒気帯び運転には、多分ならないと思いますが。

15:AtoZ:川を作る:発泡スチロール

15:「川」 ジオラマ/レイアウトの制作(4)発泡スチロールで川を作る
 このAtoZシリーズを注記するたびに胸がつまります。先年秋から塗料や小道具をとりそろえているのに、未だに発泡スチロールを削り終えず(嵯峨野鉄道図書館ジオラマ)、わくわくするような塗装とか植樹や地面粉まきには手を付けていないからです。いつも葛野図書倶楽部の四年生からは「先生、本当にできるんでしょうね。むつかしそうですよぉ」と疑いの目で見られてきて、「大丈夫。卒業までには、ちゃんと見せる」と、言い切ってきたのですが。
 いや、ここで慌ててはならない。人生、忍の一字(なんのこっちゃ!)。
 今回の記事メモは、
(1)カッターナイフは大小あった方がよい。
荒削りと細部仕上げ(当然ですね)
(2)川原に砂をまいたら、まず「水をふきつける」
 つまり、湿らせるわけだ。そしてボンド水溶液(ボンド1:水3)に洗剤を一滴(界面活性剤:表面張力を抑える)たらして、スポイトで砂を固着させる。
(3)待つこと、一晩
 アクリル塗料なんかで川の色をだしたら、乾燥するまで一晩おく。慌てない。おもむろに、メディウム(ニスでもよいだろう)を上塗りして、光沢や透明感を出す。(水の質感を出すには、別途、透明樹脂なんかでも効果が高いと、耳にした)

ああ、早くためしてみたい、工作命!

15:昭和の『鉄道模型』をつくる

15:昭和の『鉄道模型』をつくる
 いくつかの記事の中で、「インスタント時代の到来」が気になった。私は以前からチキンラーメンのことが心に残っています。いまだにチキンラーメンの初期コマーシャルソングを歌えるのです。「初めてあった、その時は、ただうつむいて黙ってた~」。
 それでも体質変化なのか、中年になってからは一個まるまる食べるとお腹がゆるくなることが多く、ずっと半分に割って食べていました。
 近頃は、元気がよいというのか、生卵をチキンラーメンの窪みに添えて、ほくそ笑んでいます。木幡研に数個入りの1パックを置いておくと、事前に自室に確保しておかないと、すぐに消えてしまう。
 今になって、痛切に、このチキンラーメンは神業、天からの賜であると思っているのです。味のデータベースを長年錬磨し、食事のうまいマズイは見ただけで分かると密かに豪語している私ですが(笑)、うむ。実に感心します。
 創業者は「安藤百福(当時47歳)」という人らしい。大阪淀川の工場で、たった20人の会社だったとか。日清食品、昭和を飾る企業ですね。

15:未来の図書館、過去の図書館
 昔の愉快な仲間と会ったとき、「復興華南2008」という研究会を立ち上げる話になりました。この研究会名称の曰く因縁は別件記事にまとめましたが、そこで話題になったのは、Googleのことでした。
 Googleのことは以前から私も知っていますし、毎日その検索エンジンを使っています。畏友の一人は「Googleに聞け」とか、新しい言い回しを用いています。

 MuBlog自体についても、気のせいかも知れないのですが、記事の待遇が良好で、Google検索の第一頁に現れるものが多いです。これについては、昨年の春先に「KGR指標」という考えを、記事にしました。ヒントになった一つに、「桜と地名」という対キーで、MuBlog記事がどれほどの母数のもとで、どれだけのランキングを得ているのか、その指標でもって、記事のインターネット上での待遇度を出そうとしたのです。

事例:「桜 大沢池」、 「桜 常照皇寺」、 「桜 天神川」、「桜 佐野藤右衛門」、 「桜 木幡」などなど。
 ついでに、「京都 ホットケーキ」、「京都 書店」
 あはは、「嵯峨野 鉄道模型」、「伏見 和央ようか」(笑)

 今後難しい問題は、検索の用語をどういう風に選べば、妥当で客観的な指標となるのか、そういう問題でしょうね。暇になったら、またやってみますけど。

 そもそも、忘れていましたが、私は1990年代の約10年間、電子図書館研究会という研究会に参加していたのです。だから、Googleが21世紀初頭から活発に動き出した、つまりGoogleの巨大電子図書館プロジェクトのようなものに、関心がなかったわけではないのです。
 一方で、現実の形ある館としての「嵯峨野鉄道図書館」に未来を託し、他方で「そろそろ、Googleさんの行く末を見据えないと」という思いにもとらわれ始めた2008年初頭の私でありました。

 で、今日の未来の図書館談議は、以上に述べたようなことを新設「復興華南2008」で考えていこうという、結論です。材料はいろいろあるでしょうが、一応その基本サイトを以下に挙げておきますので、図書館の行く末に興味がある人は、どうぞアドレスの登録をしてください。

(しかし、不思議な縁で復興華南2008メンバーに加わる人達は、全員まず「カッターナイフで発泡スチロールをカットする」スキルから身につけないと~(爆))

  Googleブック検索
  Google Scholar(学術論文検索)

  以下はMuBlog提供の附録です↓
    グーグル『巨大電子図書館』
    新語「KGR」(指標)の、検索サイト{Google, Yahoo, goo}での出現比較
    嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに

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2008年1月13日 (日)

NHK篤姫(02)薩摩の話:調所広郷の自死

承前:NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら)

鹿児島の予習
 家老・調所広郷(ずしょひろさと :平幹二朗)さんの住んでいた屋敷や、「無・天守閣」という鶴丸城を鹿児島市でさがしていたら、肝心のものが見つからず、城山の北で「西郷洞窟:西南役で西郷隆盛が自刃した洞窟」を見付けたり、西郷さんが生まれた場所まで発見しました。鶴丸城は後日にして、今日は鹿児島市加治屋町あたりを地図でポイントしておきます。

西郷隆盛生誕の地(西に大久保利通生立ちの地)

鹿児島県鹿児島市加治屋町

 京都に住んでいると気がつかないのですが、日本の県庁所在地には大抵城跡があって、その近くに、県庁や図書館や博物館が、敷地を公園の中にゆったり構えています。県中央だけじゃなくて、周辺の都市もそうですね。たしか、小倉城もそうでした。姫路城とか明石城跡とか、そうそう彦根城もそうじゃなかったかな。昨年にぎわせた小田原城もそうですね。

 で、なにが言いたいかともうしますと、そういう雰囲気を意識して好きだと思えるし、言えるようになりました。日本は城の国ですよね(笑)。寺社仏閣も、御所も大切ですが、中世以来近世に続いた城下町という存在は、日本の風景に欠かせませんよ。京都に住んでいると、そういうことに気がつかなくなります。京都市にも城跡はあるのですが、二条城以外はだれも見ないし、見えませんね。

 そこで、薩摩島津氏の城は如何に。と、そこで困りました。いろいろ調べてみると、鶴丸城というらしいのですが、天守閣がないのです。これじゃ、昨年の風林火山、人は石垣、人は城、武田信玄さんみたいな話になってきます。
 そういうわけで、鶴丸城跡は地図で見付けられなかったので、当面この話は保留にしておきます。
 (別の詳細地図で見ましたら、上記地図の北に城山があって、その南側に県立図書館があって、その上に「歴史資料センター黎明館」があって、その南の奥まった所が鶴丸城跡と、記してありました。ようするに黎明館は城の上に建ったのでしょうか。また、後日に(笑))

 さて今夜の物語は。

調所広郷の能力と死
 薩摩藩には500万両の借金があって、それを斉興(なりおき)が調所さんに命じて数年で帳消しにしました。しかし、その裏には清国との密貿易や、贋金造りもあったようです。薩摩は幕府老中・阿部さんに睨まれて、調所さんは服毒自殺しました。罪を一身に背負った覚悟の自殺だったのでしょうか。

 薩摩藩には余剰金が250万両も残ったというのですから、調所という人は、すさまじい能力を持っていた人のようです。後に残った金を後の島津藩主斉彬さんがいろいろ蘭癖(洋風好み)で、外国の技術導入、物品導入に使って使って、明治文明開化の端緒となったわけでしょうね。
 もちろん苛斂誅求を極めた藩政改革は領民、下級武士の間で憎しみを生み、家老・調所さんには悪名だけが残りました。明治時代を通して、残された家族も悲惨な状態に落ち込んだらしいです。ずっと後世になって、なんらかの名誉復権があったようですが。

 今夜の見せ場は、江戸から呼ばれた調所さん、思うところがあったのでしょう、出立前に若い篤姫(後世)を呼んで、話し込みます。真意は何も言えなかったのですが、自分のやっていることに誇りを持っていた調所は、それを理解するかもしれない聡明な篤姫に、言い残したのでしょう。「銀座」と刻印の入った贋銀でしょうね、これを「最後の贋金だよ」と言って、調所さんは篤姫に渡します。
 今夜も、姫様はあっけにとられていました。もうすでに、調所と今和泉島津(篤姫の実家)とは、敵対していましたからね。

 だからこそ家老調所の篤姫に対する態度には、圧倒的信頼のあることがを、Muにもわかりました。
 調所も、ただ血気盛んな若者や、対立する人に言っても、絶対に伝わらない、だから賢い無垢な若者に伝える。そういう筋立てでした。

熱き青春ですね
 篤姫も小松帯刀も、いわゆる聡明な体制内改革者でした。
 徳川をひっくり返した西郷さんとは異なります。
 しかし、実は後世の若き家老・小松帯刀(たてわき)が、下級武士の西郷や大久保の面倒を見ていたらしい。坂本龍馬が新婚旅行で泊まった先も小松さん宅だったのです。江戸城を無事開城させたのには篤姫の力がありました。その篤姫をなにかと世話したのが西郷さんでした。体制側も体制破壊側も、みんな知り合いだったというドラマの基調があります。

 体制内改革者は維新の後、革命のあと、歴史に大きく残りはしませんが、おとなしいからでしょう、それでも体制内に居た人達と、体制の土台を根こそぎひっくり返した人達とが、お互いに知り合い、場合によっては懇意だったという、そういう歴史の真実は、いつ考えても不思議に思えるし「人間の真心だね」と思ってしまうのです。

お由羅騒動の発端
 Muは未読なのですが、松岡正剛さんの記事によると、直木三十五の小説『南国太平記』は、薩摩「お由羅騒動」をテーマにした伝奇小説の親玉のようです。いや、Muも世間知らず、物しらずでありました。伝奇小説大好きな割には、手に取ったことが無かったのです。タイトルが明るすぎたからでしょう(笑)。同じ伝奇小説でも、これが妖星伝とか、神州纐纈城だなんてタイトルなら、読むなと言われても、読んでしまっておりました!

 さて、側室お由羅さま。
 これまでのぼんやりした記憶では、大抵この役の女優さんは妖艶きわまりないあちらの世界の人のような雰囲気だったのですが、今回は涼風真世さんというおとなしげなこちらの世界の女優さんでした。が、やはり役柄上、息子の久光を跡取りにしたいせいか、斉興(なりおき)さんには心中をずけずけおっしゃいますね。

 真実は知りませんが、斉興殿の側室お由羅の指示で斉彬(なりあきら)の息子が次々と呪詛によってか、なくなっていき、ついには実子の斉彬派と父親の斉興派が武装闘争に入ってしまいました。
 その結果は、斉興の怒りとなって、今夜だけでもすでに藩士切腹が六名、来週あたりは大久保さんも島流しや謹慎・家禄減俸やと、激しい処断をうけることでしょう。

 幕末島津藩のお家騒動はどのような結末を迎えるのでしょう。来週もたのしみです。

追加情報:調所さんの屋敷跡(2008/01/16付け、無名戦士さんからの情報です)
  Google地図(鹿児島市平之町5丁目
  鶴丸城との距離は約1kmですね。(この地から、北東方角に城があったようです)

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小説木幡記:2008/01/13(日)復興華南2008

☆今年こそ、復興華南2008、なるや?

 思い返せば、毎年のように橋本元カナン96初代船長、それにツオイエ(日本原住民なのか、タングート族の末裔かは不明)と年に一度は酒を酌み交わし、復興華南の話をしてきた。(*)
 で、今年こそは復興しようとなるのだが、別れて再び会うのは一年か二年後だから、一向に復興の兆しが見えない。

 余は昨夕、葛野の倶楽部員たちをほったらかしにして、16:30にはいそいそと研究室をでた。ぽてぽてと西京極駅まで歩き、最後に残った30円のプリぺイカードで、切符を買おうとしたが、なんだかごちゃごちゃして五分くらいかかった。要するに、阪急電車の券売機では、カードを先に入れないと、逆だといくら小銭を追加しても発券してくれないと、想像を絶する珍奇な経験をした。

 四条河原町について、ブックファーストにでもよって、文藝春秋の死なない話「不老なんとか」というのを立ち読みしようとしたが、時間が五時をだいぶ過ぎていたので、よらなかった。
 京阪特急に乗ろうとしたら、満席だったので、一呼吸待った。するとすぐに急行が入ってきて、がらがらだったので、安心して優先座席に座った。最近は気兼ねなく優先座席に座れる気分になってきたのだ。

 ところで。
 話は元にもどるが、阪急は女性専用車両があって、そこに男も乗っているのをよく見かける。男性専用車両を檻付きで作って、鍵付きにしたら痴漢も減るかな、と妄想にひたった。しかしそんな車両には命がけで乗ることになる。世相が荒んでそういう風になったら、女装するしかないな。いやはや。

 で、電車は17:20分に中書島に着いた。改札口にはすでに元船長が待っていて、後ろを振り返るとツオイエも居た。あっけなく会合し、店にはいった。まずは元船長に敬意を表して、だし巻き、うまきと、卵料理で攻め込んだ。ここのお造りは上等だからと、また注文した。あまり値がはるものばかりじゃねぇと、げその唐揚げ、ついでに鶏の唐揚げ、とししゃもまで続いた。焼き茄子や諸々なにを食べたかは今となっては朧月よ[ママ]。その間、二人はビールピッチャーを二杯も注文しておった。二人で「一杯2千円だから、ジョッキで5杯分くらいかねぇ」と、計算しておった。ともかく、完全なまたしても、割り勘負けだ。余は、せっせと水を飲んでいたなぁ。お代はしめて一人当たり4千円。これが平成20年新年の、貧しき初老中年庶民三人のせいいっぱいの贅沢だったと、後の世にこうして記録するのもやぶさかではないと、トンでもない誤用を知らぬ振りして書いてしまう、ああ筆がながれていく。

1.まず、若い賢い司書を元船長やツオイエが捜してくる。これが先決。葛野にも賢い若者は多いが、どうにも近頃は司書や図書館に興味のない者が多くて、と遁辞。やはり現役の優秀な司書を組み込んで、どや、復興華南2008!

2.次に旧カナン96の優秀な当時若者いま中年達の生死を確認し、呼び集めてみる。何人いきているか、まったく不明。すでにメアドの通じない者達も多い。

3.で、一体なにを共同研究テーマにするのか。実は昨夜もっとも白熱した議論はそこにあった。
3.1 難民対策をどうするのか。軍部の若き優秀な将校にてこ入れして、ともかくクーデターを起こし、なんとかかんとか国を立て直し、難民が四方に散るのを避ける。これが、最良~。
3.2 実効支配している事実にはなんとも勝てない。だからわが国も実効支配すればよいのだが、そこまで根性はないだろうから、結局、あと百年はこのままでしょう、と政治評論家の弁。これにはげっそりした。
3.3 わが国の一部も、独立しフリーポートとして活路を見出すのがよいだろう、との託宣。
3.4 つまるところ、ジャバ・コンパイラーを再度研究し直すのが、復興華南の最初にすることであると。アプレットなんぞに気を回さず、コンパイラーコンパイラーこそが、我らが進む道。
3.5 GoogleとMSとの対決がどうなっていくか、これを見極めるのが華南の第一研究テーマ。ご冗談でしょう。
3.6 インテルCPUはどんどん安価になってきたから、アクリルケースで再度、台湾ギガバイト社のマザーボードを選んで、4CPUにして、そういう研究を? そんなことがテーマになるのか? まあ、そうでしょうね。
3.7 つまるところ、わが国が実効支配されても、だれもがみんなぁ「仕方ないですよ」と言うだろうから、その時こそツオイエの出番。知っての通り、元船長もツオイエ(インド哲学・学徒じゃってさ)も東アジア諸国語については、堪能だから、通詞として活路を見出すのが最良。
3.8 インスティチューショナル・リポジトリ~。
 「ばかばかしい、そんなの葛野でやってるよ」
 「個人でしょう?」
 「アホか、個人も組織もデータベースはニュートラル。それに、そんなの90年代のスタンフォードでやってたよ」
 「いやいや、新しいカタカナで表記するのが、新規研究なんですよぉ」
 「けけけ、猿じゃね」

4. というわけで、新たな研究テーマぬきで、復興華南2008、はたして復興するや否や。
 三人は延々と二時間の謀議のあと、中書島駅頭で密かに散会していったのでした。
 別れの合い言葉は「春に葛野で会おう」だった?

(*)復興華南とは、「復興」が復興突厥の故事により、「華南」は昔「カナン96」とカタカナ表記していたのを憎み、ついにはなんとなく大陸っぽい、復興華南となったしだい。本年復興すれば、復興華南2008と、多少はグローバルな西暦を用いたことが、また憎むところになりそうだ。しかし、復興華南紀元二千七百~としても、だれにも分からなくなるだろうから、憎みながらも2008とするのが妥当か。いや、2008と四桁表示するのか、08とするのかでまた悩む。気がついたら3K問題に出くわし、それなら初めから四桁表示がよかった、となるだろうからな。先の長い話だ。

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2008年1月12日 (土)

小説木幡記:2008/01/12(土)諸国の倶楽部員

☆葛野図書倶楽部2001の機関誌『Truth』製作

 今日は昼に、倶楽部行事に参加した。機関誌製作だ。
 余が自ら原稿を書いたり、印刷したり、製本したり、閉じたりするわけじゃない。倶楽部の恒例行事として、B4判用紙を半分のB5に裁断したり、丁合をとったりするのが毎年4回ある。版下だけ作って業者に回す方法もあるのだろうが、倶楽部創始期以来、全部倶楽部員が手作りでしている。
 300部ほどで、今回は総頁数が40頁だが、春と秋には二倍近くの分厚さになる。大変な仕事だ。
 余は長きにわたり、B4用紙を裁断してB5にしている事実を知らなかった。なんとも、うかつな顧問だ。

 さて。
 昔の農作業と同じで、みんなが集まって、わいわいがやがやと、共同作業をするところに大きな意味があるようだ。今日も新人三人が入隊辞令発令と同時に作業に参加していた。
 指揮は「副長」がとることになっている。今日は2007年の旧幹部も顔をだしていた。総数10人が狭い印刷室でしかしかと作業していた。

 で。
 余の仕事は、印刷室の鍵の管理受け渡しと、そして昼食会のセッティングだった。部員が優秀だと顧問のする仕事って、そういうことしかない(笑)。その間、余は自室でせっせと成績管理をしていた。考えようによってはブラックな話だが、倶楽部関係者は古来成績良好なので、気にはならなかった。

 本日参加者10名が「ザめしや」に向かった。余は後ろから隠れてついていった。
 食事はテーブルが三つの島に別れた。混んでいたからだ。余は見知りの三年生か四年生の中に入ろうとしたら、拒絶をくらった。「新人のおもりをして下さい」というシグナルと取った。
 なんとなく新人たちとはまだ相互に不慣れなので、はらはらしながら同席した。話は、お国のことでもりあがった(と、そうしておきましょう)。
 以前から言っているが、葛野図書倶楽部2001は全国規模になってきた(笑)。今日、再度数えたらすごい!

 秋田、岩手、千葉鴨川、新潟、富山、福井大野、福井武生、静岡掛川、
 滋賀県大津市、京都府精華町、大阪吹田、
 鳥取、岡山、香川、愛媛佐田岬。

 京都市近辺は大津市、精華町、吹田市の三つだから3/15→20%。八割が日本全国にある。一昨年は北九州、島根隠岐、岡山山奥もいたので、うむうむ。

 新人三人と話していて気がついたのだが、言葉が完全に通じる。これは考えようによっては、不思議な話だ。(*)
 で、新人三人は岩手、ナニワの吹田、愛媛の佐田岬だった。自動的に共通語になるようだ。イントネーションもなんとなく、すでに関西っぽい(吹田は当然だな)。
 一度は、ネイティブな節回しで話すのを聞いてみたいと密かに思った。共通語も大切だが、お国言葉はもっと深く大切だと、余は思っている。
 余は福井弁丸出しのことが、時にある。だれも気がつかないのが不思議だな。

(*)今年になって授業で別の薩摩の学生とも話したが(篤姫の対岸らしい)、完全に話が通じた。ただし本人弁では、両親でさえ、時々通じないことがある、まして祖母祖父だと~、と爆笑した。

追伸
 夜は復興華南08があって、伏見某所で謀議を交わしたが、この件はまた明日にでも。

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2008年1月10日 (木)

小説木幡記:2008/01/10(木)掟やぶりの快感

 また二日間もMuBlogを休んでしまった。病気でもないし、気鬱でもないし、忙しいわけでもない。ちょっとわがままに生きようと(これまではどうでした? と空耳)、自分で決めた掟を自分で破る練習をしているからにすぎない。

 世間に出てからずっと、随分焦点をはずした男だったようだ。最近もそう言われた。だけどなんとかかんとか生きてそれなりにご飯をたべてこられたのは、愚直なほどの生真面目さが、余にもあるからのようだ。そのように、新年早々判定された。

 芸は身を助ける、愚直も芸のうちだね。で、それがときどきしんどくなる。だから、掟やぶりをときどきやって、憂さを晴らす。

 さて。
 今月から来月は、いろいろあるなぁ。
 成績管理が一番こたえるね。
 それから大学の各種校務。これ、お給料のうちだから、しかたないよね(笑)。

 それから、余固有のことだが、倶楽部の人員入れ替わりの季節だな。卒業時期の学生は大体一期五人ほどだが、いずれも、毎年紆余曲折があって、授業と葛野図書倶楽部2001で、二年間ほど顔つき合わせて、ああでもない、こうでもない、と人生の一部を共有する。それが、この季節一気に顔ぶれが変わる。なかなか、土台がひっくりかえるような、博打でいうと座布団返しのような激変期だな。……。

 それからお楽しみの新年度の授業準備や研究準備や、うそうそしいような妄想につつまれた一年間のスケジュルを組む。
 予定では、嵯峨野鉄道図書館は春に完成しているはずだし、少年司書ロボ0号と一号は、生きているかのように振る舞うはずだし、毎週のように関西の旧跡、廃寺、廃都をかけめぐり、平安京を走り回り、ビデオライブラリーなんかがパカスカと完成していくはずなのだが、……。あはは。毎年、そうおもってきたがのう。

 そうなんだ、日曜作家。
 いまごろは、第一シリーズ、小泉佐保の冒険は五作まで完了して、次のシリーズに入っているはずなのに、まだ三作目でうろうろしておる。

 万事この調子。思うことと、現実とは、随分違いがあるものよ。そういうことを幾星辰学んできたはずなのに、いまだに余のスケジューリングは、打率三割だね。おもったことの1~3割程度しか実現しない。ああ、と空を仰ぐのであった。

 さて、今日は成績管理。
 やっていきましょう。
 大抵、伏兵が潜んでいて、やいのやいので、別案件に忙殺されて、気がついたら眠っていた、朝になった、の毎日だろうけどね。
 最大の掟破りは、きっと「夜は絶対、ねむらないぞぉ~」
 でも、むりだね。

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2008年1月 7日 (月)

小説木幡記:2008/01/07(月)追われて三波春夫と京極堂

 なにやかやと極早朝からあって、授業の相談にのったり書類を読んだり調えたりで1日終わった。自動車の点検も昼休みにすませて時間いっぱい葛野仕事に専念したせいか、せっかく久しぶりに顔をみた倶楽部幹部とも、おみやげを食べただけで、あーもうーも言わないままに双方消えた。つまり、余もあたふたと部屋にもどったというわけ。

 まだまだ山積み、ひとつひとつは誰にでもできるしごとだが、重なってくると気が遠くなる。そんな状態で帰還して、海老天ぷらをおもいきり悪食風にマヨネとケチャップ付けて食べたら、うまかったなぁ。
 今夜も別の仕事があれこれちらほら待っている。ネットなんかが発達したから、24時間どこでもジョブできるというのも、なんか煩わしい。と、だから晩酌はやめて。余の晩酌は、酒飲みが腰落ち着けて一升酒のむほどに、よく効くのでな。

 TVから1977年のレトロソングが流れてきた。耳を澄ませて、三波春夫先生のなめらかな歌声に聞き入った。ちゃんちきおけさ。船方さん。一本刀土俵入り。そして、おお、大利根無情。平手造酒(ひらてみき)のセリフを聞いて、涙して、気持がおさまったので、自室にもどりMuBlog書き出した。

 正月の二日でしたか、京極夏彦さんの映画『魍魎の匣』(もうりょうのはこ)を観た。助手はごぞんじの映画評論家えどるん君でした。えどるん君は年末のクリスマスイブに江戸で観たのに、わざわざついてきてくれた。レディースデイだったのか、映画の日だったのか、一人千円だった。

 そうだ、この映画の事は一本記事を立てるつもりだが、どうにも近頃MuBlogを書こうとすると疲れて眠くなるので、まだまとまらない。そのうち忘れるとこまるから、今夜はメモ。

 良い点:探偵・榎木津と刑事・木場がものすごい活躍をしたのですっきりしました。女優ではレイナさんの名演技がよかったですね。
 うむ点:ロケが中国だったせいか、中国の人や家が戦後すぐの日本の昭和になぞらえてあるのですが、ちょっとバランスを崩しました。(つまりMuのレトロ昭和とはどうしても違和感がありますね)。
 どっち:関口君が役者変わりで、えらい躁状態にちかいのですが、明るいぼけという雰囲気で、新たな味わいがでたのですが、どうでしょうか。京極堂の自宅や神社の場所が、ものすご田舎に移ったような、どうでしょうか、新たな味わいではありましたが。

 どうにも、前作と比較する心が一杯になって、書きにくいですね。
 物語は、相変わらず原作通りわかりにくいです。
 えどるん君は二回目だったからMuよりもすっきりしたようです。これを言うとぶちこわしなんですが、終始「なんで、箱なんや~」と。これじゃまともな京極堂ファンだなんて、いえなくなりますね。しかし、なんでやぁ~。

 実は、映画は原作よりもずっと鮮明になっておりますよ。しかしどれだけクリアになっても、なんで筺なんじゃ~という疑問が吹き上げてくると全部、魑魅魍魎脳になってしまってね。

 こんど、MuBlogでまとめるときは、いかにも分かった顔して書きますけどね(笑)。数十年前に、箱男という小説か戯曲にいれこんだMuなんですが、箱に美少女いれる趣味はないから、やっぱりわからな~い。

 京極堂の意図がよくわかった方は、こっそりMuに教えて下さい。
 今となっては、京極堂シリーズよりも、巷説シリーズが大好きなMuでした。

ではまたあした。省略形→であした。

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2008年1月 6日 (日)

NHK篤姫(01)薩摩の話:島津斉彬(なりあきら)

 あっというまに一時間が過ぎました。「篤姫」、見飽きず最後まで、遠い薩摩の情景や、篤姫の上品で剽軽な振る舞いに感心していました。
 兄たちに混じって、塾でしょうか、行った先で見とがめられて、「それがしは~」と少年言葉でごまかす所、絶品でした。

 さて。
 それほど大事件もないのに、なぜわくわくして見ていたのか、いま考えながら記していきます。書く順番に優劣はありません。

1.宮尾さんの原作『天璋院篤姫』を数年前に読んでいて、大きな感動を味わっていました。いくつかあって、最初の方で、江戸へ上がる時に邪魔をする人達(誰か忘れた)の裏をかいたこと。西郷隆盛が嫁入りの仕度全部をまめまめしく行ったこと。明治になって、一橋慶喜を許さなかったこと。私財をなげうって徳川縁者や大奥関係者を救ったこと。

2.薩摩の風景が興味深かったこと。桜島、でっかいですね。鹿児島全域から眺められるような雰囲気です。高校の修学旅行で通過はしているはずなんですが、記憶にありません。素晴らしい日本の一部(笑)だと思いました。だって、島津は昔から、なんとなく異国ですからねぇ。(末尾に地図を付けました)

3.薩摩言葉やイントネーションを時々味わえること。篤姫や母親は、ネイティブ薩摩弁じゃないですが、これはそれでよろし。もしそんなことしたら、吹き替えか、字幕が必要になるでしょう。

4.役者がみんな魅力的だった。斉彬(なりあきら)の父親斉興(なりおき)が長門裕之さん、にくにくしげな爺さん姿、よくでていました。なにかしら原田甲斐みたいな調所(ずしょ)さんが平幹二朗、後白河法王で記憶が生々しいです。肝心の斉彬さんが高橋英樹、絵に描いたような島津の殿様(まだ若殿ですが)でした。篤姫のお父さん、長塚京三さんの人の良さそうな、分家の意地のような、篤姫を前にした表情が豊かでしたね。お母さんの樋口可南子さん、年増の上品な色気がありますね。
 そうそう現将軍の跡継ぎの、ちょっと奇矯な若殿、もしかして新選組の山南さんじゃなかったかな? 老中でしょうか、阿部さんが草刈正雄さんですね。これだけMuが存じ寄りの役者が一度に出てくるのですから、違和感がまったくなかったです。
 ついでに、目だけギョロつかせた西郷さんは、木曾義仲さんじゃなかったかな。後の小松帯刀(たてわき)さんは、ええ、ノダメの金髪だと耳にしました。なかなか、初々しいですね。塾の先生(小松家)の妹が、ともさかりえとは、後で知りました。

今夜の見どころ
 篤姫が男装して、男達の間で勉強しようとした姿、セリフや表情をみていると、主演の宮崎あおいさんへの、今年一杯の安心感が生まれました。
 篤姫と後の小松帯刀さんが、篤姫の父を苦しめる調所家へ乗り込んだときの場面がよかったですね。堂々と、「抜け荷をやっている」と、調所は篤姫に言うもんだからあっけにとられました。

背景と期待
 歴史好きのMuとしては、島津斉彬(なりあきら)と父斉興(なりおき)、そして腹違いの弟久光とのお家騒動が、期待できます。お由羅騒動ともいうのでしょうか、日本史の教科書にもあったように覚えております。斉彬を「なりあきら」と読むことから受験勉強が始まりました。彼は蘭癖(らんぺき)と言われるくらいのオランダ西洋かぶれだったんでしょう。

 老中の阿部さんでしたか、その斉彬をつかまえて、当主の斉興(なりおき)と調所とが密貿易をしている可能性があるから、探れというわけですね。うむ。幕府としては、外様の島津だからたたきつぶしたいのでしょうが、よりによって次期島津藩主を掴まえて、父親の犯罪を探れというのですから、複雑です。よほど、斉興は幕府にとって扱いにくい現藩主だったのでしょうね。
 ただし、斉彬もそして後世の久光も、大名のなかでは極めつけの英傑だったことは、そこここで目にしますから、なんとなく徳川宗家も頼りにしたのでしょう、そんな雰囲気でした。

さて来週
 調所は、もしかしたら仙台藩の原田甲斐の立場なのかもしれません。悪名ふんぷんとしますが、奇妙に篤姫には優しいですね。こういう扱いに、今年も楽しめる大河ドラマを想像しています。ほくほく。

↓地図:篤姫の父の別荘は指宿にあったようです。まだ、正確にはどのあたりかを未調査。

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2008年1月 5日 (土)

小説葛野記:2008/01/05(土)文章のこと、小説のこと、MuBlog のこと

 冬だからもう葛野のキャンパスは真っ暗になってしまった。そろそろ今日のお勤めも切り上げようと思ったね。本当に、昨年師走半ばから短距離ランナーの孤独状態なので、ほっと息をつけるのはMuBlog書くときなんだ。
 そうだ、長距離ランナーは、あれは人生全般になぞらえた方がよい。いかにも長丁場の雰囲気がでているじゃないのぉ。

 昨年からの孤独は、とつおいつ、原稿用紙千枚分くらいの文章を眺めることなんだ。なかなかに、きついね。内容は学術論文でもないし、小説でもないし、そうだな会社の業務内容報告書のようなものだ。まだ読み終えていない。

1.文章のこと
 一昨年夏、保田與重郎『萬葉集の精神』という、戦前に記された原稿用紙で一千枚前後の長編評論を、触っていた。これは二十代にも読んでいるので、初読ではなかったが、続日本紀の返り点だけの、送りがなや読みが殆ど無い漢文の長い引用が、そこここにあったので、大変だった。

 もっと大変なのは、論理的に意味が通り、しかもねじれがなくて、しかも独特の一種美文であるにもかかわらず、書いてある内容を即秒で判断できないことだった。
 何度も何度も、頁を繰るたびに考え込むというのは、はばかりながら、余のように長年生きている者には、珍しいことだった。しかも、余は20代の頃には、ああそれでも一ヶ月かけていたが、ふむふむと、読んだ記憶がある。

 一昨年も、つまるところは、ふむふむと読み終えたが、20代と異なるのは、その文章について比較的まとまった論文を書いたから、苦痛がました。一知半解にふむふむと終わるだけじゃなくて、論述するのだから、判断できないところがあっても、ねじ伏せて判断しなければならない。余の脳は白熱した。

 そうだ。一昨年も、昨年も、その余がまとめた論文をネットでは未公開のままだ。理由は簡単で、自分の文章でも読み返すと、大幅な修正がはいり、日常が停止するからだ。
 で、そういう苦痛は、なんというか、極楽でもある。相手は、文芸評論なんだから。

 で、昨年末から今日、そして明日日曜、そして来週、短距離ランナーの孤独は深まるねぇ。
 文章を書くときの、レポートなんかの場合、その要点は「文芸であってはならない」、だな。
 余は、原稿1枚を1行にするのが、非文芸的文章の要諦だと思う。

 使用禁止用語をいくつかあげると、「非常に」「極めて」「と、考えるにやぶさかではない」「といえるように思えるのだが、間違いだろうか」「そういう風に考えているこの現状は、妥当と判断する」、……。

 前二者は削除。
 →「と考える。」
 →「と思う。」
 →「この現状は妥当である。」

 カエサルでしたかな、「来た、見た、勝った。」うむ、よく覚えていない。
 和製では、「おせん泣かすな、馬肥やせ」、が優れた文章と言われておる(笑)。
 倶楽部員にも優れた学生がおってな、あらゆるメルは1行しか書かない。
 鑑だね。
 事例→「知りません」とか、「会議には出ません」とか、あはっはあ!

 余が昨年から正月にかけて、短距離ランナーの孤独状態なのは、そういう違いを一杯思い出して、悲しんでいるからなんだ。なぜ、悲しい? うむ。むむむ。

2.小説のこと
 これはね、あまり書くこともない。余も日曜作家だからな。
 ただ、文章の長短については思いがよぎる。たとえば、千枚書くのに余なら1年かかる。プロだと2週間ほどの鬼才もおるがのう。余は一年かかる。これを、それなりの形に整えるには、約一ヶ月で800枚にまでできる。

 この800枚で完成と、余は思ってしまう。ところが、うまくないことが一杯ある。奮起して、また一ヶ月かけて約500枚に圧縮する。これで、ようよう完成した! と、叫び上げる。

 さて、千枚→500枚、これは客観的に言うと、実は構成自体にところどころヒビを入れてしまったことに、数ヶ月後に気がつく。それでは、定稿とできない。

 そこで。
 その500枚を、日に5枚程度ずつじっくり推敲していく。その時に、さらに減る場合と、肉が付く場合がある。
 ダイエットしたのが『蛇神祭祀』で、約600枚程度になった。(もともとが圧縮して700枚ほどの長編だった)
 ちょっと肉付けして650枚くらいになるのが『化石の村』(定稿化連載中)
 となる。

 文芸、小説、これは好きなように書けばよかろう。
 数千枚の長編でも、数枚の短編でも、書く人の気持ちで、好きにしてそれで十分。ただし、売文となると、才能とか、もっとちゃんとした客観視座を導入しないと、現金兌換原稿にはならない。

 余のように日曜作家の場合は、自分自身の構想を自分でぶった切ったり、あるいは化粧したりするところに、快感があると近頃思っている。

 しかし、非文芸的レポートは、一応他人の目に触れるのだから、1000枚を500枚くらいに圧縮する気持ちを、書く人が持った方がよいな。

 余は昔一ヶ月単位で、恩師から、自分の書いた科学技術論文やオファーを、眼前で赤一杯にされて、はさみでぶち切られた経験を、約5年間つんだ。毎回だった。思い出すと、ありがたさに涙する。本当だ。
 今となっては、だれもそんな親切を見せてくれない。(だから、MuBlog が長くなるのかなぁ)

3.MuBlogのこと
 長い、暗い、くどい、おもしろない、と様々な評価が耳にはいってくる。
 学生談「センセ、スクロールしないと読めない記事なんて、学生は誰も読みませんよ!」
 手厳しいな。
 で、ときどきは数行の記事を書こうとするのだが、いやはや、キーボードが手指から離れない。これは、困ったblog依存症だね。

ではまた明日。
おお、明日は久々のNHK大河ドラマじゃ~。

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2008年1月 4日 (金)

四十八万アクセス(48万/全体82.2万):MuBlogの分析

承前:四十七万アクセス(47万/全体80万):MuBlogの分析(2007.12.17)

本日→観測日時:2008/01/04(金)21:20
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解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 822 1,433 6.2% 8.4%
2 NHK風林火山(48)川中島・山本勘助の最期(1) 633 777 4.7% 4.6%
3 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 436 496 3.3% 2.9%
4 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):放映直後 261 364 2.0% 2.1%
5 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 238 335 1.8% 2.0%
6 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 175 286 1.3% 1.7%
7 NHK風林火山(49)川中島・山本勘助の最期(2) 230 281 1.7% 1.6%
8 NHK風林火山(50)川中島・山本勘助の最期(3):最終回の放映前 207 271 1.6% 1.6%
9 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 190 227 1.4% 1.3%
10 昭和の鉄道模型をつくる(10) ミニ手動ポイント(PL140-30) 170 218 1.3% 1.3%
11 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 168 211 1.3% 1.2%
11 NHK風林火山 161 211 1.2% 1.2%
13 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 138 194 1.0% 1.1%
14 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 147 191 1.1% 1.1%
15 NHK風林火山(47)決戦前夜 154 190 1.2% 1.1%
16 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 150 184 1.1% 1.1%
17 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 138 165 1.0% 1.0%
18 昭和の鉄道模型をつくる(12) パネルボード4枚(レール、建物配置図)  134 162 1.0% 0.9%
19 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 115 155 0.9% 0.9%
20 室町和久傳(むろまち・わくでん) 102 149 0.8% 0.9%
21 自作鉄道模型 121 144 0.9% 0.8%
22 京都の書店 128 141 1.0% 0.8%
23 NHK風林火山:後日談→勘助、由布姫、ガクト 99 140 0.7% 0.8%
24 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 74 139 0.6% 0.8%
25 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 85 137 0.6% 0.8%
26 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 60 133 0.4% 0.8%
27 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 109 128 0.8% 0.8%
28 地図の風景 109 126 0.8% 0.7%
29 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 115 125 0.9% 0.7%
30 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 93 113 0.7% 0.7%
30 昭和の鉄道模型をつくる(11) ポイントマシン(電動化の磁石)とDCフィーダー(送電線) 89 113 0.7% 0.7%
32 昭和の鉄道模型をつくる(13) 土台の補強材(スチレンボード) 96 112 0.7% 0.7%
33 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 87 109 0.7% 0.6%
34 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 69 107 0.5% 0.6%
35 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 85 106 0.6% 0.6%
36 点と線/松本清張:TVで観た「新・点と線」 96 103 0.7% 0.6%
37 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 80 97 0.6% 0.6%
38 NHK風林火山(46)難攻不落の小田原城 79 96 0.6% 0.6%
39 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 82 93 0.6% 0.5%
40 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 76 82 0.6% 0.5%
41 私の京都:ブックファースト京都河原町店 71 79 0.5% 0.5%
42 嵯峨野鉄道図書館ジオラマ(01) はじめに 54 76 0.4% 0.4%
43 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 63 74 0.5% 0.4%
44 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 59 72 0.4% 0.4%
44 じょうしょうこうじ:常照皇寺 48 72 0.4% 0.4%
46 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 46 70 0.3% 0.4%
47 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 54 69 0.4% 0.4%
48 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 64 67 0.5% 0.4%
49 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 57 66 0.4% 0.4%
50 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 56 65 0.4% 0.4%
50 CPU空冷装置・掃除のお勧め 50 65 0.4% 0.4%
52 NHK風林火山(45)桶狭間の謎:勘助の謀略 53 64 0.4% 0.4%
52 Blogメモ 56 64 0.4% 0.4%
54 私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ 53 61 0.4% 0.4%
54 四十七万アクセス(47万/全体80万):MuBlogの分析 43 61 0.3% 0.4%
56 NHK風林火山(30)海と鉄砲 34 58 0.3% 0.3%
57 NHK風林火山(43)関東管領上杉謙信・信濃守護武田信玄 49 56 0.4% 0.3%
58 小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城 49 54 0.4% 0.3%
59 NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎 46 53 0.3% 0.3%
60 NHK風林火山(04)ミツの死と仕官 43 51 0.3% 0.3%
60 NHK風林火山(36)小山田の横死と美瑠姫の自死 49 51 0.4% 0.3%
62 小説木幡記:2008/01/02(水)昨夜は寝台特急・カシオペアで「相棒」を見る 32 50 0.2% 0.3%
63 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 44 48 0.3% 0.3%
63 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 36 48 0.3% 0.3%
65 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載 17 47 0.1% 0.3%
65 少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略 21 47 0.2% 0.3%
65 小説木幡記:2008/01/01(火)石川さゆり、Gackt・ガクト、アンジェラ・アキ 34 47 0.3% 0.3%
65 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 42 47 0.3% 0.3%
69 ダ・ヴィンチ・コード/ロン・ハワード監督 (映画) 46 46 0.3% 0.3%
69 さくらだ:桜田 36 46 0.3% 0.3%
71 NHK風林火山(44)影武者が必要な武田信玄(晴信) 37 45 0.3% 0.3%
71 美味しいところ 38 45 0.3% 0.3%
73 小説木幡記:2007/12/15(土)軽燃費男の近況 29 44 0.2% 0.3%
73 小説葛野記:2007/12/20(木)納期日ですぅ~ 37 44 0.3% 0.3%
73 PowerMacG5の内部 32 44 0.2% 0.3%
76 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 37 41 0.3% 0.2%
76 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 34 41 0.3% 0.2%
78 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 26 40 0.2% 0.2%
78 NHK風林火山(40)三国同盟よりも由布姫の去就 34 40 0.3% 0.2%
78 自作ロボット 37 40 0.3% 0.2%
81 辨慶うどん 30 39 0.2% 0.2%
81 もりしょう:そうめん処・森正 30 39 0.2% 0.2%
83 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 36 38 0.3% 0.2%
83 NHK風林火山(38)村上義清の妻・玉ノ井 30 38 0.2% 0.2%
83 昭和の鉄道模型をつくる(07) カーブレールC140(180°セット)その2回目 30 38 0.2% 0.2%
86 NHK風林火山(18)由布姫の決意 25 37 0.2% 0.2%
87 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 28 36 0.2% 0.2%
87 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 33 36 0.2% 0.2%
87 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 19 36 0.1% 0.2%
87 AQUOSケータイ・W51SH (au)で革命を知った 34 36 0.3% 0.2%
87 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 29 36 0.2% 0.2%
87 昭和の鉄道模型をつくる(06) カーブレールC140(180°セット) 24 36 0.2% 0.2%
87 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 22 36 0.2% 0.2%
87 自作PC 31 36 0.2% 0.2%
95 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 32 35 0.2% 0.2%
95 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 26 35 0.2% 0.2%
97 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 30 34 0.2% 0.2%
97 80万アクセス(Asajiharaサイト全体) 19 34 0.1% 0.2%
97 椿井大塚山古墳の現況写真 20 34 0.1% 0.2%
100 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 23 33 0.2% 0.2%
100 応神天皇陵と二ツ塚古墳の関係 24 33 0.2% 0.2%

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検索ワード/フレーズ 割合
1 風林火山 ガクト  G Y M 199 1.9%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 188 1.8%
3 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 184 1.8%
4 うぶめのなつ  G Y M 160 1.5%
5 風林火山 gackt  G Y M 116 1.1%
6 じぶり  G Y M 87 0.8%
7 昭和の鉄道模型  G Y M 82 0.8%
8 風林火山 大河ドラマ  G Y M 70 0.7%
9 由布姫  G Y M 63 0.6%
10 山本勘助  G Y M 55 0.5%
11 柴本幸  G Y M 51 0.5%
12 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 50 0.5%
13 真田幸隆  G Y M 41 0.4%
14 ガクト 風林火山  G Y M 36 0.3%
15 ぎろぎろ  G Y M 35 0.3%
15 室町和久傳  G Y M 35 0.3%
17 松本清張 点と線  G Y M 34 0.3%
18 風林火山 ミツ  G Y M 32 0.3%
19 京都 書店  G Y M 30 0.3%
19 京都 大型書店  G Y M 30 0.3%
21 甘樫丘  G Y M 29 0.3%
21 ガクト  G Y M 29 0.3%
21 京都の書店  G Y M 29 0.3%
24 九絵家  G Y M 28 0.3%
24 NHK 風林火山  G Y M 28 0.3%
26 伏見桃山城  G Y M 27 0.3%
27 オンボード raid 設定  G Y M 26 0.3%
28 風林火山  G Y M 24 0.2%
28 わくでん  G Y M 24 0.2%
28 秘花  G Y M 24 0.2%
28 常照皇寺  G Y M 24 0.2%
32 風林火山 川中島  G Y M 23 0.2%
33 佐野藤右衛門  G Y M 21 0.2%
33 ガクト 上杉謙信  G Y M 21 0.2%
33 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 21 0.2%
36 ミホミュージアム  G Y M 20 0.2%
36 PCケース アクリル 自作  G Y M 20 0.2%
38 川中島の戦い  G Y M 19 0.2%
38 桜田 京都  G Y M 19 0.2%
38 風林火山 Gackt  G Y M 19 0.2%
41 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 18 0.2%
42 勘助  G Y M 17 0.2%
42 楊令  G Y M 17 0.2%
42 美瑠姫  G Y M 17 0.2%
42 瀬戸内寂聴 秘花  G Y M 17 0.2%
42 辛味大根 そば  G Y M 17 0.2%
47 長尾真  G Y M 16 0.2%
47 CPU 掃除  G Y M 16 0.2%
47 鉄道模型を作る  G Y M 16 0.2%
50 風林火山 総集編  G Y M 15 0.1%
50 しる幸 京都  G Y M 15 0.1%
50 平城京 地図  G Y M 15 0.1%
50 鉄道模型をつくる  G Y M 15 0.1%
54 久絵家  G Y M 14 0.1%
54 時間の習俗  G Y M 14 0.1%
54 森博嗣 名古屋大学  G Y M 14 0.1%
57 税所篤  G Y M 13 0.1%
57 京都 桜田  G Y M 13 0.1%
57 ガクト 天草四郎  G Y M 13 0.1%
57 京都 ぎろぎろ  G Y M 13 0.1%
57 じょうしょうこうじ  G Y M 13 0.1%
57 山本勘助 大河ドラマ  G Y M 13 0.1%
57 袁明  G Y M 13 0.1%
64 HD 増設  G Y M 12 0.1%
64 SAMURAI Z  G Y M 12 0.1%
64 椿井大塚山古墳  G Y M 12 0.1%
64 山本勘助 由布姫  G Y M 12 0.1%
64 高取城  G Y M 12 0.1%
64 gackt 上杉謙信  G Y M 12 0.1%
64 みたかのもり  G Y M 12 0.1%
71 PC2-6400とは  G Y M 11 0.1%
71 ぎろぎろ 京都  G Y M 11 0.1%
71 十三の冥府  G Y M 11 0.1%
71 ブックファースト 京都  G Y M 11 0.1%
71 レスタト  G Y M 11 0.1%
71 風林火山 おふく  G Y M 11 0.1%
71 修飾麻疹  G Y M 11 0.1%
71 NHK ガクト  G Y M 11 0.1%
71 asus raid 設定  G Y M 11 0.1%
71 山本勘助 最期  G Y M 11 0.1%
71 内野さん  G Y M 11 0.1%
82 GA-G33-DS2R  G Y M 10 0.1%
82 GA-G33M-D S2R   G Y M 10 0.1%
82 姑獲鳥の夏 映画 感想  G Y M 10 0.1%
82 NEC ノートパソコン HDD交換  G Y M 10 0.1%
82 弁慶 うどん  G Y M 10 0.1%
82 竹中半兵衛  G Y M 10 0.1%
82 五色塚古墳  G Y M 10 0.1%
82 ηなのに夢のよう  G Y M 10 0.1%
82 G33M-DS2R  G Y M 10 0.1%
82 風林火山 宇佐美  G Y M 10 0.1%
82 風林火山 山本勘助  G Y M 10 0.1%
82 室町 和久傳  G Y M 10 0.1%
94 自作pcケース アクリル  G Y M 9 0.1%
94 柴本 幸  G Y M 9 0.1%
94 風林火山 最終回  G Y M 9 0.1%
94 windows xp raid1  G Y M 9 0.1%
94 九絵家 大阪  G Y M 9 0.1%
94 風林火山 ガクト 評判  G Y M 9 0.1%
94 点と線  G Y M 9 0.1%

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検索ワード 割合
1 風林火山 1,141 11.0%
2 京都 454 4.4%
3 ガクト 398 3.8%
4 GA-G33M-D S2R 220 2.1%
5 自作 217 2.1%
6 昭和の鉄道模型をつくる 205 2.0%
7 山本勘助 197 1.9%
8 うぶめのなつ 172 1.7%
9 gackt 159 1.5%
10 NHK 133 1.3%
11 地図 121 1.2%
12 川中島 120 1.2%
13 大河ドラマ 112 1.1%
14 鉄道模型 110 1.1%
15 由布姫 109 1.1%
16 昭和の鉄道模型 99 1.0%
17 上杉謙信 92 0.9%
18 じぶり 91 0.9%
19 点と線 86 0.8%
20 感想 81 0.8%
21 ハードディスク 79 0.8%
22 ノートパソコン 75 0.7%
23 松本清張 72 0.7%
23 設定 72 0.7%
25 ノート 69 0.7%
26 森博嗣 67 0.6%
27 raid 66 0.6%
28 柴本幸 65 0.6%
28 ぎろぎろ 65 0.6%
30 アクリル 63 0.6%
31 勘助 61 0.6%
32 昭和の鉄道模型を作る 58 0.6%
33 真田幸隆 57 0.5%
34 NHK 55 0.5%
35 掃除 54 0.5%
35 ハードディスク交換 54 0.5%
35 交換 54 0.5%
38 RAID 53 0.5%
39 書店 52 0.5%
39 ミツ 52 0.5%
39 CPU 52 0.5%
42 PCケース 50 0.5%
43 日立 49 0.5%
43 秘花 49 0.5%
45 小説 48 0.5%
46 大型書店 46 0.4%
47 写真 45 0.4%
47 わくでん 45 0.4%
47 和久傳 45 0.4%
47 室町和久傳 45 0.4%
51 九絵家 44 0.4%
51 常照皇寺 44 0.4%
53 HDD交換 42 0.4%
53 Gackt 42 0.4%
55 増設 41 0.4%
55 映画 41 0.4%
57 桜田 40 0.4%
58 メビウス 39 0.4%
58 伏見桃山城 39 0.4%
60 宇佐美 38 0.4%
61 名古屋大学 37 0.4%
62 VAIO 36 0.3%
62 川中島の戦い 36 0.3%
62 武田信玄 36 0.3%
62 オンボード 36 0.3%
62 レイアウト 36 0.3%
62 分解 36 0.3%
68 vaio 35 0.3%
68 平城京 35 0.3%
70 cpu 34 0.3%
70 鉄道 34 0.3%
70 nhk 34 0.3%
70 PC 34 0.3%
70 最終回 34 0.3%
70 邪馬台国 34 0.3%
70 大晦日 34 0.3%
77 模型 33 0.3%
77 DDR2 33 0.3%
77 しる幸 33 0.3%
80 リストランテ 32 0.3%
81 そば 31 0.3%
81 姑獲鳥の夏 31 0.3%
81 windows 31 0.3%
81 美瑠姫 31 0.3%
85 退職 30 0.3%
85 HDD 30 0.3%
85 PC2-6400 30 0.3%
85 甘樫丘 30 0.3%
85 京都市 30 0.3%
85 京都の書店 30 0.3%
91 SDRAM 29 0.3%
91 A-DATA 29 0.3%
91 水滸伝 29 0.3%
94 xp 28 0.3%
94 おふく 28 0.3%
94 室町 28 0.3%
94 Nゲージ 28 0.3%
98 大阪 27 0.3%
98 佐野藤右衛門 27 0.3%
98 最期 27 0.3%

(4)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ
(↓総アクセスの25%程度が地域判別できます)

集計対象アクセス数:4,789

都道府県 割合
1 東京 1,246 26.0%
2 大阪 440 9.2%
3 京都 365 7.6%
4 神奈川 320 6.7%
5 愛知 233 4.9%
6 埼玉 187 3.9%
7 千葉 175 3.7%
8 静岡 166 3.5%
9 福岡 153 3.2%
10 兵庫 145 3.0%
11 北海道 118 2.5%
12 茨城 94 2.0%
13 長野 92 1.9%
14 三重 69 1.4%
15 新潟 59 1.2%
15 富山 59 1.2%
17 広島 54 1.1%
18 滋賀 53 1.1%
19 岡山 52 1.1%
20 奈良 49 1.0%
21 宮城 47 1.0%
22 岐阜 40 0.8%
23 石川 37 0.8%
24 福島 36 0.8%
24 栃木 36 0.8%
26 秋田 32 0.7%
27 鳥取 28 0.6%
28 鹿児島 27 0.6%
29 青森 26 0.5%
30 大分 25 0.5%
30 岩手 25 0.5%
32 香川 24 0.5%
32 山形 24 0.5%
34 福井 23 0.5%
35 愛媛 22 0.5%
35 群馬 22 0.5%
37 熊本 21 0.4%
37 徳島 21 0.4%
39 山梨 20 0.4%
40 山口 19 0.4%
41 島根 18 0.4%
41 和歌山 18 0.4%
43 長崎 17 0.4%
44 宮崎 15 0.3%
45 沖縄 13 0.3%
45 高知 13 0.3%
47 佐賀 11 0.2%

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小説葛野記:2008/01/04(金)仕事始め

 7:40葛野着、マシンの火入れ式をおこない、珈琲を飲んで一段落。一応4台のマシンをオンしたが、手元の涼夏2007PC以外はすべて古い時代の、つまりレトロなおもむきを見せている。それでも一番古いマックといってもMacOS9.1搭載のG3だから、じわじわと世代交代はしてきたつもりだ。WindowsVistaは今年も入れないだろうな、どうなんだろう、あのOSは。

 今年も無事新年を葛野で迎えることができた。亡き父は年越しそばを食べるたびに、「tosio(Muの過去名)よ、父ちゃんはあと何回、蕎麦を食べられるかな。」と言うておりました。余もそういう台詞をはく季節じゃなぁと、独り言。

 といいながらも、今年も元気いっぱい、やりたいことが両手からこぼれそうで、時間がどれだけあってもたりない。もちろん一番時間を喰うのは、例の「ぼんやり」と、眠ること。このぼんやりが無ければ、今朝も元気に笑いながら葛野へ出てくるわけがない。長生きの秘訣は多分、ぼんやりと、そしてよく眠ることじゃろうね。睡眠は死、起床は再生、甦り。このままだと、永久に甦りそうな、そんな気持ちがじわじわとわいてきたね、今朝。

 ぼんやりは、これは一家言あるよ。世の中の者は、ちょっとこざかしすぎる。もっと、ぼけたらよいのに。今日明日の利をもとめて、細かくちょろちょろ計算しすぎる。そこのところは、風呂に入ってしばらくぼけておれば、もっと気持ちよく行けるのにね。

 ただ、ぼんやりするにも仁義があって、こうして早寝早起き、宿題は発生したら即たたきつぶすという日頃の修練なくして、ただ、一生ぼんやりしていたら、そりゃ、お釈迦様でもゆるしてくださらぬよ。節目、節目、ちゃんとご飯たべて、よくねむって、老翁の意見はちゃんと聞いて(うけけ)、やることやって、それからぼんやりしないとな。

 ああ、新年早々説教になってしもうた。
 さて、本日定食。

 職場全体の新年顔合わせがあって、ありがたいお話や、佛の慈悲を味わう、職場独特のセレモニーがある。これ、ここしばらく「よきこと」と思うようになった。昔からセレモニーがあるたびに心身壊すほどに、あらゆる儀式は嫌いだったが、宗旨替えしたというか、人生観は年齢相応に変わるものだね(笑)。
 「嫌なら、しない」→「なにか、みんなやっているのだから、いいことあるのかな?」→「うん、それなりに」→「いや、これがないと、気持ちがしゃっきりしないね」と、人の心はどんどん変わる。

 パンタレイ・万物流転するなぁ。

 そのあとは、さっそくお仕事。これはなあ、昨今いろいろあるよ。いま抱え込んでいるのは、~、まあナイショだね。公器blogで、あれこれいうのははばかれる。Mu個人のことなら、何をいうても、いいけどね。他人がたくさんかかわることは、口にチャック。

 そのあとは一休みして、さて、カッターナイフをとぎすませて、でっかい発泡スチロールを、シュパ、シュパと切り刻むか、あるいはif then elseでロボットのセンサーの値をモーター駆動に結びつけるか、あるいは手帳でも新しくするか、本当にいろいろあるよね。

 今年も誠心誠意、生を楽しもう。

追伸
 年賀状たくさん、いただいて、ありがとう。Muはもう手書き文字が書けないし、年賀ソフトなんて難しくて触れないので、心の中でみなさんのご多幸を深く祈念しております。また来年もくださいな(笑)。

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2008年1月 3日 (木)

昭和の鉄道模型をつくる(14) トンネル1

承前:昭和の鉄道模型をつくる(13) 土台の補強材(スチレンボード)

14:ここまで完成(~14号)
 今回の附録はトンネルのパーツその1でして、完成は以前13号と変わらないので、省略します。

14:部品と工作
 省略して、次号15号でまとめます。

14:鉄道模型の達人/ドナルド E.アグニ

14:ドナルド E.アグニ
 日本在住、55歳(2008)の米国海軍退役軍人です。アグニ氏がNゲージを始めたのは2003年1月なので、まだ5年間の経験なのですが、記事や写真をみていると、昭和30年代日本の田舎をあらわしたジオラマに、いろいろな工夫が見られます。
 もちろん私自身が始めてまだ数ヶ月のド素人ですから、それがどういう意味かを判定はできないのですが、感心したという点で、記しておきます。
☆金閣寺があって、そばに池もあります。その池は樹脂製なので瑞々しく見えます。気に入ったのは、その水面に金閣寺の影が映っているわけです。こういう工夫は見習いたいですね。それが、手書きなのかどうなのかは、知りません。
☆大きな山があります。ベースが360x150センチのジオラマですから、でっかいわけです。その山に、滝が見えます。滝は他の秘境ジオラマなどでも見られますが、よいですね。そして、実は「いろは坂」があって、そこの四角いコンクリート板が写真ではとてもリアルなのです。「いろは坂」の再現って、とても奥が深いと思いました。
 以上の二点ですが、アグニさんは相当に古い日本を調査されたようです。私はそこまで手が回りませんが、過去を再現するというのは、時間はかかるでしょうが、ジオラマの心髄とも思いました。

14:AtoZ:池を作る:発泡スチロール

14:「池」 ジオラマ/レイアウトの制作(3)発泡スチロールで池を作る
 厚さ1センチほどのスチロールを重ねてくり抜くのが基本ですが、いくつかヒントがありました。
 下部には表面がなめらかなスチレンボードを使い、上面はでこぼこのある発泡スチロールを使うのがコツのようです。くり抜いて出てくる水面が凸凹していたり、木目が残ったりすると調整しにくくなると思いました。
 池の岸にバラストをまいたり、地表に緑や茶のパウダーをまくときは、接着にボンド原液を使う場合もあるということ。これまでボンドは水で薄めて霧吹きでまいたり、薄めて刷毛でぬるのが本道と思っていましたが、原液そのままもあるという小さな事実に気がつきました。
 水面に透明感を出すメディウムは、すでに購入していますが、実はニスでもよいとわかったのです。ニスなら小学校以来工作には盛んに用いたので、気分が楽になりました。(いろいろな見知らぬカタカナ用語が多いので、めげていた。たとえばジェッソという下塗り液も、購入はしたが、正体は知らない(笑))
 こういう工作はまだ一度も手がけてはいませんが、じわじわと塗料を買って、用意万端調えています。楽しみですねぇ。

14:昭和の『鉄道模型』をつくる

14:昭和の『鉄道模型』をつくる
 京阪電車(京阪電気鉄道)の5000系という電車が著名なようです。ラッシュ時には5つの扉が開閉し、平常時には天井から座席が降りてきて、2扉を座席に変えるという仕組みと書いてありました。この電車はときどき私も見かけます。どこの都会電車もそうだろうと思っていたのですが、記事を読むと京阪と川崎重工の特許らしいです。JRや小田急でも多扉はあるようですが、座席の昇降は5000系だけと知り、「さすが京阪」と、私は感心しましたね。登場したのは昭和45年、1970年のことで、私がまだまだ若い頃の話でした(遠い目)。
 昭和34年、スクーターでフランスを野宿していた24歳の小澤征爾がブザンソンで「世界のオザワ」になりました。私はオザワのこのころの自伝を後日に読んでいます。
 同年、週刊少年マガジンと、週刊少年サンデーが登場しました。それまでの「少年」は私、「冒険王」は兄が好きでした。アトムは「少年」に掲載されていたのです。祖母と住んでいた、極貧の私の家の天井の棚に「少年」がずらりと並んでいたのを家に来た友達がいぶかしげに見ていたのを思い出しました。週刊誌は毎週だから買えなかったので、散髪屋で読んでいました。私はどちらかといえば、少年サンデーが好みでした。理由は思い出せません。

14:未来の図書館、過去の図書館
 昨年の末に、授業科目「情報図書館学」で2007年7月に出そろった「未来の図書館」の作品を紹介しました。今回は鉄道関係のテーマはゼロだったのでいささか残念ではありますが、移動する図書館という考えは多かったのです。それは空と船を使うものが主でした。地上に固定された図書館は、比較的専門的なものや、あるいは日常に使えるサラリーマンやOLをターゲットにしたものがありました。

 Mu未来図書館研究所、初の「嵯峨野鉄道図書館」は、基地図書館を固定として鉄道駅を併設し、読書する空間、すなわち「閲覧室:reading room」を移動列車にしています。
 鉄道で移動するということは、駅ごとに乗降ができて、利用者の利便性をまします。
 しかし、「移動」は図書館の移動だけではなく、「人」の読書態勢に直接関わることがあると推測できるのです。
 つまり。
 移動という背景があることで、読書に不慣れな人でも読書に専念することができます。それは読書が多くの場合、導入時に「困難」を味わわせるものであり、その世界になかなかとけ込めない、文字を読んでも意味が入ってこないという、一般的な障害を、車体の移動という行為で低減することができるからです。

 簡単にいいますと、読書は普通身体を静止する必要がありますが、これは一種の拘束になり、慣れない人はそこで躓きます。だから、ちょっと読んでは立ち上がったり、トイレにいったり、他の用事をおもいだしたりと、簡単に読書から逃れ、結果として読書に専念できなくなるわけです。

 列車に座するのは拘束の一種ですが、これが動きだすことで、拘束感がうすまり、リズミカルな振動や車窓の変化によって、自分は静止しているのに、背後の世界が動くわけです。だから、拘束から逃れなくても、自由感があって、自然に図書のページをめくり、自らを静止できるようになります。
 さらに目的地までは座席に静止しているという、社会的な刷り込みが、多くの人にはすでに備わっているので、簡単には、読書の拘束である「静止」を解くことが出来なくなります。

 学習障害の一種で教室を走り回る児童がおります。この場合は、発達の障害として、学習困難な事例として、上記には当てはまりません。そういう状態にある児童や大人なら、やはり車内を走り回る可能性があります。これに対しては、移動・鉄道図書館も無力ですが、すべてを一つの方法で解決しようとするのは、無理だと考えます。

 未来の図書館が、紙の図書を主として、ディジタル情報を副次的に考えるのは、ひとえに上述した人間の「身体性」を考えてのことです。
 (もちろん、眼球運動とか、移動衝撃による焦点調整疲労とか、問題は背後にありますが、通勤電車や新幹線で読書する人を見かけると、現実的対応はいつか見つかると楽観しています)

13←→15

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2008年1月 2日 (水)

小説木幡記:2008/01/02(水)昨夜は寝台特急・カシオペアで「相棒」を見る

 昨日の元日は、終日ぼんやりしていた。なにか読書しながら居眠りしていた。予定とか時間予約なしの正月は極楽だなぁ。人にも自分にも「スケジュールをきっちり立てろ!」と日頃叫んでいる自分がアホにみえてなぁ。馬鹿馬鹿しいロボット人生じゃなぁ。
 亡きマタリン君だって、ひながぼんやりしていた。寝てばかりいるからネコだなんて、本当なんだ。何時何分に、ご飯食べるとか、トイレに行くとか、MuBlog書くとか、葛野へ出勤だなんて彼が思っていたわけがない。

 元日の夜からミステリー・ドラマ「相棒」と、これは昨年も同じだった。ちょっと2007年の正月記録をみたら、ありましたね。「正月の二日目」
 昨夜もついふらふらとTVの前ににじりより、あとは終わるまでかぶりつき、なんかMuって本当に「することない、暇なオジキ」だと、客観視。よいよい。たのしんだのだから、と自らをなぐさめたとさ。

1.寝台特急カシオペア
 昨夜「相棒」で一番に驚いたのは、この日本に16時間もかけて、東京上野から札幌まで走る夜行列車があって、しかもその仕様が、クリスティも驚く、オリエント急行(殺人事件)よりも豪華なシティーホテルみたいな個室になっていて、王侯貴族のお召し列車と同じだなんて。
 目が点になった。
 TVとかミステリ小説って、こういう日常性を離れた場面が必要なんだ、と日曜作家は深く反省した。あまりのすごさに「一度乗ってみるベイ」と、朝からネット探索したら、サイトはあったけど、うむむ。宝クジあたったとき世界だね。

 JRえきねっと(JR東日本)寝台特急カシオペア

 お値段をみてみたら、片道で3万円強。ところが、一人取材はゆるされなくて、かならず相棒料金がいるという注記にがっくりした。つまり、必ず二人分の寝台料金、特急料金が必要。早い話、二人で行けば複雑じゃないのだが、一人だとものすご割高。いや、これはホテルの部屋料金と考えれば、それでよいのだと、一応納得したがな。

 夕食はフレンチで予約の8千円弱。う~。取材経費は日曜作家の場合、どこからも出ない。これでは無理だな、と諦めた。(しつこい性格だが、駄目とおもうと諦める潔さもあるのよ)
 上野から計算しただけでも、一人カシオペアに往復乗るだけで12万円ほどかかる。これだけあれば倶楽部の連中に毎月腹一杯回転カッパ寿司を支給できるじゃないの。そのうえ京都から新幹線のぞみに乗って上野・夕方4時過ぎのカシオペアまでたどりつくなんて、ものすご贅沢というか馬鹿っぽい行為に思える。

 別の事件現場になったホテルもついでに検索した。洞爺湖だった。地理にうといから、洞爺湖が北海道のどこかもわからないまま探してみたら、どうやら「洞爺パークホテル天翔」らしい。ここで、最後の見せ場があった。

 馬鹿馬鹿しい世間と、自分を鎮めながらも、どうにも魅力のあるカシオペアだった。
 以前、京都から佐渡に行ったとき、一番安い寝台列車に乗って、なんか牢獄というか、拷問部屋の思いがしたが、よく眠った。だから、カシオペアに乗っても、楽しむより先に眠りそうで、これももったいない話。
 列車は自分だけじゃ走れないようで、必ず昔懐かしいゴツゴツした電気機関車が索引していたなぁ。JRの記事にもあったが、途中(青森)辺りで業務停車して、そのあたりで前と後が入れ替わるらしい。乗客には関係のないことだが、なぜ北海道行くにはそういう仕掛けが必要なのかは、今日時点ではわからなかった。(マニア世界では当然の話かもしれないが)

2.相棒
 「寝台特急カシオペア殺人事件:上野~札幌1200kmを走る豪華密室」というタイトルだった。結論を先にいうと、「よかった」。二時間半程度だったが、目が話せなかった。ずんずんと引き込まれていった。もちろん何カ所も鼻白らむ所もあったが、それはまあMu一人の勝手な好き嫌い。

 内容は、ネタバレになるんだろうな、普通に記すと、これも。
 そうそう、DVDになるはずだから、やはり日曜作家としては業界に仁義を切って、詳細は言わないでおこう(あはは)。しかし、帯情報程度はな。書いておきましょう。でないと、Muが来年になると忘れてしまう。

☆☆☆
 東京のどっか繁華街で指名手配されている若者が雑踏の中を走っていく。それを数名の怖いオジキたちが監視TVで眺めている。若者を追っていく刑事たちと、それを眺めているオジキたちとは、お互いに相手が何者かはわからない。
 追われていく若者以外にも、別の男がこそこそと逃げている。
 最初の指名手配された若者が突然壮絶な爆死をする。別の男が参考人として警察に連れて行かれる。
 杉下右京(水谷豊)警視と相棒の亀山薫(寺脇康文)刑事は、その参考人を札幌まで、カシオペアで護送するはめになる。

 ところが、カシオペア号という走る密室で殺人が起こった。乗客はみんな身分を隠した者ばかりで、有名人たちもちらほら。右京はそれを手際よく解決した。しかし、手際よく解決したことこそが、実は別の犯人の目論んだ仕掛けだった~。

 うむ。
 よい脚本やね。もちろん過去に絡む事件だから、その登場人物達の過去をどう解釈するかで意見は分かれるところだろう。しかしフレーム(枠組み)としては、実に堅牢なものだった。堅牢だが、予定調和的にドラマが進まなくて、話が大きく二段構えになっている。見ようによっては、はらはらどきどき時計のアクロバットなのだが、それががっしりと、結論に運んでくれた。
 もし、Muならば、犯人の動機をもうすこし別の風に味付けしたいね。現代の若い連中だと、その動機を聞いてもぽかんと口を開けたままになるのも、数割おるだろうから。

3.まとめ
 ところで、Muは、最初の犯人はわからなかったが、主役犯人(こんな云い方あるかな)は、すぐに分かったぞ! うむ、まだ衰えてはおらん。ただし、なぜそうなったかは、なかなか分からなかった。
 カシオペアというMuのような庶民には別世界を舞台にして、オリエント急行殺人よりも、もうすこし分かりやすく乗客達の欲望を描き、そこに目が行っている間に別の大きな事件が背景でちゃくちゃくと時限爆弾のように時計を進めていく。
 実に、正月そうそう、よいミステリを味わいました。
 もちろん、日曜作家Muには絶対に書けない世界ですね。せいぜい、京阪電車宇治線ただ乗り殺人事件、程度でしょうかぁ。

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2008年1月 1日 (火)

新年ご挨拶 平成二十(2008)年

 佳き朝を迎えました。平成20年は今日からはじまるわけです。
 これから一年、365日は長くて短い時間です。地球の自転や公転に合わせて、365日で一区切りつき、日本なら四季が一巡する、まことに目出度い時間の区切りです。

 自然の四季感は薄れているのも本当ですが、行事が残っている限り日本の四季も人の気持ちにメリハリを付けることでしょう。旧暦の関係でしょうか、新春と言うことも多いので「春」と思ってもよいのですが、寒さや雪景色と重ねると春よりも、冬でしょうね。

 Muは春を3~5月、夏を6~8月、秋を9~11月、冬が12~2月と決めていますので、お正月は「冬の正月」となります。冬が好きなのは、大晦日があって、お正月があるからです。これほど贅沢な季節は他にないです。それと、育った地域が京都の嵐山・嵯峨野ですが、冬の嵐山景色、人の途絶えた嵯峨野の風情、これらは一年で一番好きなところです。住んでいる宇治も、冬の平等院、清く寒々とした宇治川の流れが好みです。

 つまり、今年も元旦から冬景色を思い出して実に機嫌よく、MuBlogを記しております。
 みなさんは、いかがでしょうか?
 自分のことはさしおいて、まずは皆さんのご多幸をお祈りいたします。

1.旧知・blog仲間へ
 いつのまにか、皆さんのblogも大きく成長してきました。歴史に名の残る特別な才能をお互いに持ち合わせてはいない普通のお知り合いですが、「継続は力」と今朝思いました。blogは意味を見出す必要のないシステムと思います。自律的システムと考えるなら、訪れる者もいないblogであっても、書き続ける限りはオーナーの幸だと考えます。
 Muはときどき遠望して「生死」を確認していますので、どうぞじっくり書き込んで行ってください。

2.旧知・純粋アナログ(純アナ)仲間へ
 便りも出さず、電話もしないし、訪れることもなく年月が過ぎていきます。人生の折々に、お世話になったことを忘れてはいません。もしまれにMuBlogを御覧になったら、Muの生を確認したと思って下さって結構です。告知なく一ヶ月程度の休載があれば、それはMuの「おさらば」とお考え下さい。人の生はあっけないものです。

3.卒業生の諸君へ
 相変わらず葛野村で部屋を閉めて居眠りしたり、模型つくったり、瞑想にふけったりしております。授業時間割も昔のままです。ときどき授業参観にお越し下さい。多分紛れ込んでいても、すぐに発見すると思います。
 会議不在も極端に多くなりましたが、終日会議はめったにないので、どこかに隙間時間はあるもんです。
 従来からの持説で「Muは葛野の灯台守」ですから、意味もなく365日、ほそぼそとした光を定点葛野でまき散らしていることでしょう。目に触れたら、思い出して下さい。

4.在学生の諸君へ
 週になんども教室でお会いする仲ですから、ことさらメッセージはありません。今年も早朝から出席してください。早起きこそ、才なき普通人の生きる力です。睡眠が難しい方も、Muの授業は気持ちよく睡れると評判のようで、うれしい限りです。寝る子は育つと申します。
 新年早々皮肉を書くMuとは思わないように。ご承知のように、お互い顔みてナンボの授業構成だから、出席が命です。

5.葛野図書倶楽部2001の現役・ご隠居さんへ
 倶楽部発祥のそもそもは、司書になることと、読書サークルを強く意図していました。なにかいつのまにか、鉄の規律、血の涙の戦闘集団になってしまいましたが、本筋はそこにあります。
 おもしろい小説や、本があったら、屯所でお互いに語り合いましょう。そしてたまには司書になるために、教科書も勉強しましょう(笑)。
 よその人が屯所をみたら、きっと「武闘派、トンデモ個性派のたまり場」と思ってしまいます。今年こそ、葛野に淑女「わらわあり」と、余力あるレイディぶりを、学友諸君の前で見せてください。

*.多数の読者へ
 何かのご縁で訪ねていただいてありがとう。Mu記事本文には、無知無意識の誤謬はなきにしあらずですが、意図的な虚言や、政治的宗教的偏向は少ないはずですから、安心してお読み下さい。
 ただし、コメント部分はその限りにあらず、Muも相手に合わせて(爆)、嘘八百、トンデモ、偏向かぎりなく、書くこともおおいので、ご注意あれ。
 おもしろい記事は少ないのですが、小説葛野記や木幡記、NHK大河ドラマ以外の記事は、それなりに調べたり、調査に出向いたり、実技体験して作成したものですから、なにかのお役にたつことでしょう。

 というわけで、また新春の朝寝をしたくなったので、これをもって、新年のご挨拶に代えます。
 みなさん、今年もよろしく。
 再見

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小説木幡記:2008/01/01(火)石川さゆり、Gackt・ガクト、アンジェラ・アキ

 新年の挨拶は、ひとねむりしてから。
 昨夜NHK紅白を8割鑑賞して、記録しておきたかったのです。
 全体に、佳い歌がおおかったように感じました。ただし、SMAP君達は歌手としては残念でした。各人を役者としてはとても高く評価しています。近藤勇とか、金田一耕助とか~好みです。もちろん、ああやって歌う十代の雰囲気を楽しむファンの人は沢山いるのでしょうね。Muには軽佻浮薄という言葉が歌っているように思えました。もっと年齢相応に、気合いを入れないと。

A.歌そのものが肺腑をついた人達
 1位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色
 2位・アンジェラ・アキ→ サクラ色
 3位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~

B.全体の衝撃度
 1位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~
 2位・アンジェラ・アキ→ サクラ色 
 3位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色

C.総合評価
 1位・Gackt・ガクト→ RETURNER~闇の終焉 ~消え逝く武士(サムライ)への鎮魂歌(レクイエム)~
 2位・石川さゆり→ 津軽海峡冬景色
 3位・アンジェラ・アキ→ サクラ色

*.感想
 ガクトが「ぅうんは天にあり」を口にしたとき、驚きました。ぼんやりと、素人日曜演劇評家Muが想像した、そのとおりになって、唖然としました。竜みたいなマイクとか、鎧兜のベースとか、ショックでしたね。相当に緻密な演出でした。舞台効果も抜群でした。歌も演技も舞台もガクトも、渾然一体となってMuを異世界に迷い込ませてしまいました。これはDVDにして宝にします。
 石川さゆりさんは何度も聞いていますが、なんど聞いても肺腑を突く歌唱力、あくゆうさんの才能の結晶ですね。石川さんのこの歌は入魂の一曲でした。
 アンジェラさんは、こういう雰囲気がまず良いし、ピアノの前で歌うのも格好がよかったです。ジーンズとシャツと、眼鏡だけで雰囲気を出すのは才能ですね。いやそれ以上に歌がぐっと身体に入ってきました。

 というわけで、2007年末は、一年ぶりの「歌」番組でした。絶唱、シャウト、演歌(パンソリ系)、相変わらずMuの好みに変化はないのですが、それらに合致する曲も沢山ありました。世間がMuに近づいてきたのでしょうか(笑)。
 今年2008年末も楽しみです。

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