タカイxタカイ:Crucifixion /森博嗣(X3) <感想文:手品のタネはありません>
承前:キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?>
紺屋の白袴、森博嗣の作品を図書館で借りた記憶がないので、いつもお札と引き替えに帯なんかはそのまま手元に残り、今回は「地上十五メートルに掲げられた他殺死体!!:不可解極まる事件の意外な真相とは!?」とあった。ネタバレ規約(私が内部に持っている)によれば、「他殺死体」というのは明確で激しいネタバレになる。その言葉の作品中での真偽はおくとしても、他殺なのか自殺なのか事故死なのか、あるいは眠っているのか、まして対象物は人か猿か人形なのか、そういうことはミステリィとしては、大きな要素なのであって、こう軽々と帯に書かれると、興を削がれるのう。
と、ぼやいてはみたが、それは読んでから思ったことなので、読書前にはまったく意識に上らなかった。だから、この帯に今言及した私こそが、大逆ネタバレを犯したのだろうか、とネタバレ規約にてらしてみたところ、「書評子としては、いたずらに読者を混迷に導く導入手法として、許可」とあったので、そのまま残す。けけけ。
(割り込み注:自分でルールを作り、自分で遵守したり、破ったりするところに、日曜作家の根本的な楽しみがある)
作品紹介として、このXシリーズが別の世界とリンクがあるのは分かるが、それについては語りたくない。独立したミステリィとして味わう方が混乱なく素直に眼前の世界を味わえる。
今回の主要なテーマは「手品の種明かし」だと思った。それはカラクリの仕掛けであり、小説の楽屋裏にも通じる。どんなことであれ、森博嗣作品は一本調子ではなくて、迷路が別れていて、読み進むうちに読者(私)は、どの道をたどれば小説に一番ぴったりした感想を持てるのだろうかと、自問する。だから種明かしも単純ではない。
経験則からみると、まず、私の途中経過感想は外されていく。そういう仕掛けの作品と充分に分かっていても、違った道が正道で、私は枝道に落ち込んでしまっている。たまには、こう思うから、たぶん、こう思う反対が作品の結論だろうと考えながら、自分の思いや感想とは別の期待を持って読み進むと、それもまた「最初にこう思った」が結論になってしまう。
森博嗣の感性とまったくかけ離れていたなら、私は作品を読もうともしなかっただろうし、「よくあう。ぴったり」と、思うから出版されるとついつい手を出してしまう。だから、上述のような、常に外される状態の分析はまことに難しい。
手品の種明かしについては、やはり景気よく騙された。
一つは、殺されたのがマジシャン関係者だったので、「タネがあるだろう」とは、多くの読者が事前に身構えることだろう。この読者の身構えを、どこかで作者は、足元をさらった。確かにタネはあった。実に意外なタネだった。しかし私は「まさか」そこまで素直にするわけがないと、思って外されたのだから、底が深い(笑)。ただし、これは工作少年だった作者だからこそ作り得た「タネ」であることに違いはない。私は近似工作老年なので、余計に驚いた。それは自動車好きの作者なのだから、必然かもしれない。
ところが、ところがである。
それで終わりはしないのだから、クセが悪い(ニヤリ)。その後に事件の全貌がわかる仕掛けになっている。なぜ事件が起きたのか、その種明かしになるわけだ。ここでも、森作品に「動機」を一般常識から割り出して考えると、また足元をすくわれる。
ただし。現実世界が、私の経験則を超えているので、実は作品の「動機」らしきことはすでに世間の常識なのかも知れない。その判定は手に余る。言えることは、「一筋縄の動機じゃない」「人びとの関係性は、このように複雑だ」ということだ。そういう結論に持っていったことは、読者の期待に添う振りしながら、大きく期待を外したともいえる。関係の中にあっては、動機すら多面的に絡み合っているものだよな。
ちょっと気になったセリフの綾を抜粋しておく。
セリフの綾 1:小川令子(探偵助手)と西之園萌絵(謎多き大学教員)
「調査? どんな調査ですか?」
「あ、いえ、研究のための調査です。田舎の町で、古い建物の調査をしています」
「それがご専門なのですね?」
「以前は違いましたけれど、こちらへ来た機会に、自分にとって新しい分野にも手を広げていこうかなと思いまして……。これまでは、コンピュータばかり相手にしていたんです。でも、もともとは、私の恩師が手がけていた領域ですので」
探偵助手小川は西之園と懇意ではない。しかも、小川は30代の女性で、世間知らずでもない。なのに、「調査内容」をちょっと切迫した様子で尋ね出す。探偵助手だから当然とは思わない。前後の関係からみて、ここは小川が西之園に惹かれている様子がうかがえた。
西之園は、その問いかけに調査内容を明かす。研究内容を教えるほど懇意でもないし、小川に興味があるわけでもない。なのに、恩師の研究領域や、近頃の研究アプローチまで答える。
ここで小川と西之園という同性どうしがどんな気持でいたかを深く考える必要はない。ただ、西之園はすでに大人になって、若い頃の自閉傾向がだいぶ払拭されたのだ、という感慨にうたれたので引用した。もちろん、恩師とはN大学の犀川創平先生をさすのだろう。
セリフの綾 2:鷹知祐一朗(タカチ:探偵)と小川令子(探偵助手)と真鍋瞬市(芸大生)
注:小川も真鍋も鷹知探偵の探偵助手ではない。ちょっと、ややこしい。
「調査費は?」
「払うと言われたけれど、今回の調査は、仕事としては回収できないよ」
「え、無駄骨だったということ?」小川がきいた。
「まあ、そうだね。言葉は悪いけれど」
「ちょっとくらい、もらっても良いじゃないですか?」真鍋が言う。「だって、費用もかかっているんでしょう?」
「こういうときに、じっと動かないのが、コツなんだよ」鷹知は小さく首をふった。
「え、何のコツですか?」
「長くこの商売を続けていくコツ」鷹知は口もとを緩めた。
話を人生一般に普遍化させずに、この文脈の中で考えてみた。探偵という商売を長く続けるコツが、調査費を要求しないことにある。と、聞いている真鍋青年はなかなか分かりにくいことだろう。ここで、鷹知探偵は調査費を取ることに遠慮しているのではない。依頼者に申し訳ないというような、そんな殊勝な気持でもない。
もちろん、この探偵業は一般の浮気素行調査とは違ったミステリィの中の探偵だから、周りは怖い人で一杯だ。殺人あり、公安警察あり、情報交換あり、こんな探偵業が現実にあるのかどうかは知らない。
結論を単純に言うと、商売を続けていくことの意味には、途中で謀殺されない可能性が高くなる、という意味も含まれている(と、私は解釈した)。それと、信用を得て、ハイリスクハイリターンな仕事が裏世界のネットワークを通した評判によって持ち込まれ、今後も商売繁栄という意味もある。
文学というのは、叙述法のテクニックを超えて、苦労して生きていく上でしか得られない智慧をあっけなく授けてくれると、殊勝に私は思った。
どこの世界の教科書に、マニュアルに、こういう智慧がしるしてあるだろうか。
近頃、同僚の先生が「文学ほど、実世界のための実学として役立つものはない」と、言われて感心した。世の実学志向への皮肉だった。で、皮肉はあたっていると思った。文学という、役に立たないと言われる虚の世界に、人の世の実相が表現されている。分かりやすく申せば、恋愛のマニュアル本を読むよりも、漱石の「それから」とか、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」を読む方が実用的だと言う話。(話がものすご、レトロになりましたなぁ)
さてまとめ
読み過ごしかねない日常の会話に、それぞれ意味の重層があって、出てきた結論の保証も作者にはなく、森博嗣は、こういう事件があれば、こういう相もあるのでしょう、多分、という気持で完成したのだろう。と、読書感想文日曜評論家Muは、今朝も書き終えた。
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