« 小説木幡記:2007/11/11(日)休日の夕方 | トップページ | 少年司書ロボ1号(1) タンサーボーグの組立 »

2007年11月11日 (日)

NHK風林火山(45)桶狭間の謎:勘助の謀略

承前:NHK風林火山(44)影武者が必要な武田信玄(晴信)

桶狭間がどこにあるのか

桶狭間古戦場伝説地 (愛知県豊明市栄町南舘11)

 今川義元(谷原章介)と山本勘助(内野聖陽)とは最初から、勘助が仕官を探している頃から、犬猿の仲だった。義元が勘助を異様に毛嫌いしていた記憶が多々ある。大抵は義元の母・寿桂尼や雪斎の仲立ちで勘助は救われてきた。そして、実は義元にとって、母や雪斎は自分をいつまでも子供扱いする、重石のようなものだった。

 今夜の勘助の謀略は謀略と言い切れない微妙なところがあった。
 1.今川義元の娘は、武田信玄の嫡男の嫁。
 2.その息子の婚儀よりずっと前から、義元のところへは信玄の姉が嫁いでいた。
 3.北条、今川、武田は三国同盟を結んでいる。

 以上の三点だけからみても、表面上、勘助が今川の不利益になるようなことを、表だってするはずがない。そういう背景のなかで、勘助は織田の立場にたって、織田がどのような行動をするかのシミュレーションを行った。その結果として、織田は寡兵だから清洲城に籠城することはあり得ない。織田は今川義元へ奇襲をかける以外にはない。奇襲となれば、場所の選定が難しい。平野のど真ん中でよりも、山間僻地、道がせまい桶狭間あたりになる。信長は盛んに斥候兵を桶狭間に使わして調査をしていた。
「だから、着いたらすぐに清洲城を攻めなさい。途中うろうろと桶狭間辺りで休憩しなさんな」という意味の忠言をした。

 この勘助の想像は、後智慧にはなるが、現代人にも納得の行く結論だった。
 その、状況全体を勘助は寅王丸の後始末をたずさえて、義元に会い言上する。雪斎ならば、その言をよしとするだろう。しかし、義元は違った。義元は、断じて勘助の意見を取り入れる大将ではなかった。理由は、最初から勘助を「見苦しい、汚い」と意味もなくさげすんできた延長線上にあった。まして、せっかく取れた重石の雪斎までを勘助が引き合いにだして、自説をのべるものだから、もうそこで運命が決まったようなものだった。

 桶狭間の戦いは多くの物語にあるので、どなたのフィクションかはしらないが、信長は、あるいはその関係者は、桶狭間付近の百姓・村長たちを抱き込んで、彼らに酒や肴を大量に用意し、彼らの口から義元に休憩を勧めたという話もあった。大軍の驕りもあって、そこに酒食が重なれば、あっけなく2千程度の兵に本陣まで踏み込まれたのも、あり得る話であろう。

 ここで、ドラマの中では聞き損じたが、義元の首だけが駿河に戻った。まあ、それはよかろう。
 松平元康(後の家康)は、さっさと本貫地の岡崎城にもどってしまった。

 今夜の心理戦は、ドラマが初期段階から、義元の勘助に対する独特の反応の仕方を克明に描いてきたので、勘助がああいえば、こうなるのは火を見るより明らかなことだった。
 だから。
 このドラマの脚本は、良くできていると思った。

コラム・桶狭間の戦い
 時は永禄三年五月十九日。といえば、1560年ですから、関ヶ原の戦い(1600)の丁度40年前の話。
 所は愛知県の豊明市となっていますが、地図の南西800m(名古屋市緑区桶狭間北)にも桶狭間古戦場公園があって、ちと分かりにくいです。しかしこのあたり一帯が「桶狭間」なのでしょう(笑)。正確に言うと桶狭間の中の「田楽狭間」となるのですが、これがまた遠隔地の者にはよくわからない。
 なんとなく、本家争いになりそうな歴史模様です。
 実際に立ち寄って、Muが眺めれば、ぱっと霊感「ここや、ここに金印がある!」となるのでしょうが、そうする気力がありません。

 信長軍は2~3千くらいで、今川軍は2万5千の兵を擁したようです。今川が兵十倍だったわけです。本拠地駿河(静岡)、遠江(浜松)、三河(岡崎)からの兵だから、後日徳川家康の本貫地だったところを、今川義元は全部占有していたのでしょう。

 今夜のドラマでは、今川義元が上洛のために、尾張の城を取りながら西進したとなっていますが、事実はいろいろ説があって、有力なものでは、義元は尾張という旧領を失地回復するために駿河を出たに過ぎないというものもありました。

 ただ。昔からフィクション、映画や小説で今川義元が京風好み、公家文化好みという印象が強いので、Muは結局「上洛したかったのだろう」と思っております。母親の寿桂尼も京都の女だし、やむにやまれぬ心のうずきのようなものです。駿河に居る限り、権勢を誇り、文化を嗜んでも、それらが京都や権力象徴のまがい物であるという心の影は、消しようがありません。

 逆にだからこそ、その昔、源頼朝は京から離れた鎌倉に幕府を開いたのでしょう。頼朝は京都を自分から突き放すことで、武家の統領として、都風から独立したのだと考えています。

 歴史をいろいろ細密に掘り起こすことは学問として大切なことですが、大きな流れの中で、一人一人の個性によって、流れがひっくり返ることはあると思っています。あらゆる古文書や証拠品で歴史を固めるのは絶対に必要なことですが、人の突拍子もない願望や潜在意識は、なにも残さずに、激しい行動を引き起こすこともあるでしょう。そのあたりのことは、フィクションに頼るよりしかたないです。

 そう言えば、信長さんに関する記録は、今で言うフィクションとノンフィクションの混合のようです。
 そう言えば、土方歳三さんと沖田総司さんは同じ新選組に居たのは歴史でしょうが、二人が仲良しだったのは司馬遼太郎さんのフィクションらしいです(笑)。しかしなお、仲良しでなければ、あんな危険な毎日を幹部として顔つきあわせるのはしんどいことだし、早々とどっちらかが粛正されていたかもしれませんなぁ。

 それにしても、神仏を信じず敬わぬことが後世の悪名ともなった信長さんは、桶狭間へ飛び出す途中、熱田神宮で戦勝祈願をしています。人の心は、多分、本人にもようわからぬものなんでしょう。歴史。

|

« 小説木幡記:2007/11/11(日)休日の夕方 | トップページ | 少年司書ロボ1号(1) タンサーボーグの組立 »

NHK風林火山」カテゴリの記事

コメント

神仏を神仏とも思わないと言われる信長さんですが、
ちゃんと熱田神宮に戦勝祈願しているんですよね。

また、京都府八幡市にある石清水八幡宮の本殿は、
八幡造りといわれる独特の建築様式で、
外陣(外殿)と内陣(正殿)とに分かれていますが、
両方の屋根の接する谷の部分に、
黄金の雨樋が通してあります。
この黄金で出来た樋は、
実は織田信長の寄進したものなんですよね。

石清水八幡も戦勝祈願の神社ですし、
こういう神社への参拝は信長さんも
よしとしていたのかもしれませんね。

投稿: 伽羅 | 2007年11月11日 (日) 22時38分

まいど、伽羅さん

 黄金の樋は、みたことがないです。
 岩清水八幡宮は自動車で30分程度のところなので、行ったことがありますが、気付きませんでした。

 今夜もガクトさん、ちょっと出ましたね。12月に入ると川中島が合計3回ほどあって、それで終わりのようです。
 今年の風林火山は稀にみる名作でした。新選組以来毎週見ているのですが、仮のランキングを記しておきます。

全体構成そして国民的意義(笑)

1.風林火山
2.新選組!!
3.義経
4.功名が辻

Muの私的フェッチ(爆)

1.風林火山
2.新選組>義経
3.功名が辻

どうやっても、風林火山が一位になってしまいます。

投稿: Mu→伽羅 | 2007年11月12日 (月) 03時57分

Muさんによる最近の大河ランキング、
なるほど、そうだな~と思いますw

ただ私は残念ながら「義経」を見ていなかったので、
風林火山>新撰組>功名が辻となり、
義経のランク付けをすることが出来ないんです~。

風林火山は山本勘助という、
マイナーな人物を主人公にしていますが、
躍動感があって、伏線もよく張り巡らされて、
傑出した作品になっていますね。

あと数回で終わるのが惜しいです。

投稿: 伽羅 | 2007年11月12日 (月) 16時44分

伽羅さん、どうも
 風林火山の、ドラマとしての構成は優れていますね。おっしゃるように、伏線が随分前から周到に張られているので、多くの事件が違和感なく受け入れられます。

 義経ですが、さんざん書き散らしましたが、いわゆる「様式美」があって、それが絵に描いたように美しく描かれていたのが、よかったです。
 現代はどうしても、新たに現状を突き破ることに人びとが狂奔し、安定した時代観にのっとった「慣習的感性」を捨てる傾向があります。そのうちの、「美」について「義経」は分かりやすい美しさを描いた作品として好ましかったのです。

 功名が辻も、主役の男女は二人とも毎回おもしろく楽しみに見ておりました。いろいろなエピソードも良かったのです。ただ、多少脇役(他のドラマでは主役をはる人達ですが)さん達への演出がくどかった。日常を極端にくどく描くとそうなるなぁ、というようなくどさでした。それが、ちょっと気に障りました。

 新選組は、毎回泣きながら見ておりました。そういうドラマもすくないですね。まさしく、男達の挽歌、……。そう考えると、北方謙三さんなんかの作品を一年間やっていただければ、毎週号泣ですよ。
では

投稿: Mu→伽羅 | 2007年11月12日 (月) 22時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: NHK風林火山(45)桶狭間の謎:勘助の謀略:

» NHK風林火山(46)難攻不落の小田原城 [MuBlog]
承前:NHK風林火山(45)桶狭間の謎:勘助の謀略  今夜の副題は、「鉄壁の小田原城に散ったガクトの恋」とでもなろうか。 その小田原城 神奈川県小田原市城内 1.武田信玄の戦仕立ての僧形  今宵の一番の見どころは亀さん信玄に軍配が上がった。白装束の襟のあたりが首にまとわりついて、亀が首をすくめたようなお姿だった。それが実に似合っていた。いいようもないほど斬新な着付けだった。  もちろん信玄公の姿を... [続きを読む]

受信: 2007年11月18日 (日) 21時46分

« 小説木幡記:2007/11/11(日)休日の夕方 | トップページ | 少年司書ロボ1号(1) タンサーボーグの組立 »