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2007年10月28日 (日)

NHK風林火山(43)関東管領上杉謙信・信濃守護武田信玄

承前:NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎

 いくつかのエピソードが積み重ねられたが、総じて嵐の前の静けさだった。

養女とか不犯とか罪な男達
 それにしても、勘助はリツを養女扱いのままだし、景虎は身の回りの世話をする若い女性(浪:占部房子)に手も出さず、浪は景虎が上洛中に尼になってしまう。リツも浪も相手を深く慕っているというのに。しかし、男女はそばにいるだけでも安定することが多いのだから、勘助も景虎も大人にならないとねぇ。つまり、婿をとれの娶(めあわ)せるのと野暮は言うなよ。物事、女子の言うとおりすればおさまる(爆)。

将軍調停
 時の室町幕府13代将軍・足利義輝は、ガクト・景虎と、亀さん・晴信の調停にのりだした。まず景虎が同意、それに続いて晴信も条件付きで同意した。条件とは、信濃・守護職を将軍に認めてもらうことだ。前職はたしか小笠原長時さんだったが、その後不在のようだ。

 将軍の調停に応じたなら、景虎も晴信も戦はできないことになるのだが。ところが信濃・守護につけば、北信濃の豪族が武田に叛旗をたてれば逆賊として討ち、またそれを操る長尾の越後領域に攻め入ることもできるという、詭弁(きべん)に近い話を勘助は晴信の心中として家臣団に説明する。守護の役目は一国領内の警察権も含むから詭弁ではないのだが。
 しかし、後で晴信は勘助に別の心を見せる。「由布姫に顔向けができた」という。つまりそれは、信濃・甲斐の両国の総責任者になることで、結果的に大手を振って由布姫の地元、諏訪を守ることができるという意味だった。

景虎・関東管領職
 一方、それを知った景虎は困るわけだが、上杉憲正が景虎に上杉の家督(つまり養子にする)及び関東管領の跡目を譲ると提案した。その代わりに関東を平定(小田原の北条討伐)して上杉の部下を救援したいという条件だった。

 ガクト・景虎はこれに答えて、関東管領職を受けるには上洛し将軍に会わねばならないと言う。関東管領職の叙任権は将軍にあるのだから、如何に関東管領職が有名無実、世襲となっていても、それがスジだろう。そのうえ、憲正に景虎は言う。「将軍は、私に上洛をさせたい」と。理由は、実は将軍義輝は京都の三好氏らの反乱によって、近江に逃れている状態だったからだ。
 景虎は、5千の兵を率いて上洛の途に登る。

景虎の留守中
 この景虎留守中に二つのエピソードがあった。一つは身の回りの世話をしていた浪が出家したこと。
 一つは宇佐美が平蔵に「駿府に行って、由布姫の弟、出家した寅王丸を「そそのかせ」」という謀略の始まりだった。
 この前後の、宇佐美の表情は景虎の軍師として、実に陰影深い顔つきだった。謀略とは、暗いものだ。この点、剽軽さを見せる勘助に対応して、ドラマに背骨が入った。

信玄・道鬼
 さて、晴信は出家して信玄。勘助も同調し道鬼。なんと真田幸隆まで出家してしまった。不犯に禁酒に不殺生、こういうルールが出家にはつきものだが、この「にわか坊主」たちは、どうやって今後を過ごすのだろうなぁ。よく分からない。ところで晴信は禅宗のように思えた。戒律は厳しかったはずだが。

今夜の見どころ
 もともと勘助も晴信も気に入っているから、それはそれとして。
 ガクト・景虎のことだ。
 そのセリフの特徴が今夜明確に理解できた。これまで気がついていたのだが、言葉にできなかった。つまり、正しいことを、ゆっくり、じっくり、噛んで含めるように相手に言う。これが特徴だったのだ。もちろん、一つ一つの言葉に実があり、力(わかりやすくいうと実力行使に近い力:戦力)があるから、相手は全身で受け止めざるをえなくなる。景虎の言葉は、発せられたとき、現実力として、人の心を圧倒する。そう思った。

以下、事前に少し勉強しました。お時間あればどうぞ、御覧下さい。
 
コラム日本史復習:管領(かんれい)と関東管領と守護(しゅご)
 管領(かんれい)は室町幕府三代将軍・義満時代からはっきりしてきた職制。将軍の直下にあって日本国政務を担当する。長官というか筆頭は、細川家、斯波(しば)家、畠山家からえらばれ、権勢のある人がつくが、大抵は持ち回り。

 上杉憲正とか、上杉謙信(長尾景虎)がなる関東管領は、将軍から任命される関東の管領。だから関東では関東管領の下に、守護がいることになる。
 関東には、幕府創設期から足利家の縁者が鎌倉府を開いて第二政治を行ってきた。分国あつかいだな。筆頭は公方(くぼう)と呼ばれていたらしい。関東管領はそこの政務担当長官か。しかし公方が指名するのではなくて、京都の将軍が直接指名する。なんとなく関東管領とは、京都室町幕府からすると親戚の鎌倉府・公方の暴走を食い止める目付のような感じがする。

 武田信玄(武田晴信)が任じられた「守護」は、幕府から認められた各国(信濃とか越後とか)を治める武家代表。守護大名と呼ばれ、これらが幕府からは独立した戦国大名になっていったのだろう。京都の室町幕府が弱体化したことと裏表と思った。幕府が無くても戦国大名が自立して、各国が自立したから室町幕府が衰退した(笑)

 職制上は、ガクト・謙信は関東管領で、亀さん・信玄は守護だから、ガクトの圧倒的な勝ち。しかし職制と実際の力(パワー)とは違うから、むつかしい。

 ところで疑問。
 こういう室町幕府の各国統治(というか、各地独立)方式と、朝廷との関係は、今のMuには書けない。日本中世史の先生が葛野で、そばにいるが、まあ、話が難しくなりそうだから聞かないことにしている(笑)。大体、素人が専門家にものを尋ねるときは、そこそこ勉強していかないと、宇宙人相手の話になってしまうからのう。

コラム日本史復習:室町幕府13代将軍 足利義輝(よしてる)
 義輝は太政大臣の追号(死後に贈られる)を受けているから、義輝卿とお呼びしなければならない。もちろん生前も参議(朝廷の議決に参加する資格)だった。

 足利将軍家の中でも、初代尊氏(たかうじ)、三代義満(よしみつ)、十三代義輝は、なんとなく評判がよい。他の将軍は著名であっても、今の時代感では、ちょっとぉ~、変だね~、となる人が多く、幕府・征夷大将軍の世襲というのは難しいと思った。
 徳川幕府では、評判の落ちそうな人は、五代綱吉(つなよし)・犬公方(アダナ)さんくらいだと思うが。最後の徳川十五代将軍慶喜(よしのぶ)は、来年の大河ドラマでそのあたりがはっきりする。薩摩出身なのに徳川家を支えきった篤姫(あつひめ)は、さて、彼をどう評価したのか?
 ついでに鎌倉幕府は、初代頼朝と三代の右大臣実朝卿(さねとも)で終わり。この二人はとても有名だし、前者は真の政治家として、後者は才能ある文学青年として、現代まで評判が高い。あとは源氏を北条氏がかすめ取ってしまった。

 義輝卿のことは、二つしか知らない。
 一つは彼がホンモノの剣豪だったらしいこと。
 先生は、新陰流創始者・上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)と、塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)だったらしい(山本勘助実在説ほどの史実)。
 これはMuも以前からTVや小説で見聞きして、ショックを味わってきたことだ。将軍なのに、最後は反乱者に攻め殺される(自害か)わけだが、畳に刀を抜き身で一ダースも突き立てて、敵を数名切り倒すごとに、刀を取り替えていく。これを昔、TVで見たときは本当に目を疑った。武士がそういう戦いをすること、そしてそれが紛れもない室町幕府将軍だったこと。誇張とかフィクションを越えて、そういう想定を知ったとき、ものすごいことに思えた。刀剣は、実戦武器としては、必要に応じて取り替えるものだと初めて知った。
 しかも。
 二人の先生は、これも日本剣豪史上、いずれも剣聖というか、もう「神様」みたいな人。こういう二人がそれぞれに、義輝に剣の手ほどきをしただけでも、義輝の資質がうかがえる。今で言う道場剣法ではなく、実戦剣法に密着したものだったのだろう。

 もう一つは、義輝が一時期京都を追われて滋賀県の朽木(くつき)に隠れ住み、有名な秀隣院庭園(しゅうりんいん)を調え残したこと。またここで塚原卜伝から教えを受けた、という伝説。この庭は、現在は曹洞宗興聖寺(参考 1)で、旧秀隣寺(足利庭園)、国指定名勝である。もともとは義輝の父十二代将軍義晴の為に朽木氏が造った庭らしい。(参考 2)

旧・秀隣寺庭園

参考
 1.NHK功名が辻(09)クノイチ小りん登場
 2.近江から日本史を読み直す/今谷明.講談社現代新書(1892)、2007.5. 同pp148-149

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コメント

世は下克上、
室町時代も末期となれば、幕府や将軍のご威光もはや、形骸化しているのかもしれませんが、
それでも関東管領職に任ぜられるために
上洛する景虎は、まさに律儀者の極みですね。

今回のガクト景虎は 
とくに表情が美しかったように思います。

彼自ら、声フェチと言うだけあって、
ガクトは発声と、
言葉自体に力を持たせることに気を配り、
単にセリフを言っているのではなく、
景虎としての「言霊」を発しようとしているのが、
ひしひしと感じられますね。
だから、すごい威圧感と説得力があります。

そしておっしゃるとおり、
景虎の軍師・宇佐美の、
普段の穏やかな表情とは打って変わった陰険な、
人間の暗部を浮き彫りにしたような表情が
今後の展開を気がかりなものにしていました。

来週が待ち遠しい10月の終わりです。


投稿: 伽羅 | 2007年10月29日 (月) 20時28分

伽羅さん、毎度です。

 御記事の、
http://blog.livedoor.jp/ideamilia/archives/50692627.html
「言霊が籠もった」ガクトのセリフ~
こういう書き方に、ドラマの様子がよく見えましたし、ガクトの佳さが分かりました。

 そして今回の{言霊、威圧感、説得力}という重ね討ちというか、連射ちゅうのか、いやはや、感激。
 ところでガクト自身が「声フェッチ」と話されているところを見ると、ご本人はご自身の発声の威力を知っておられるわけですね。
 うむ。

 別途いつか記しますが、ガクトにやってもらいたい役は、伽羅さんご指名の{安倍晴明、天草四郎、光源氏}これに、あと二つ追加します。
http://blog.livedoor.jp/ideamilia/archives/50717165.html

 つまり、ヴァンパイア・レスタトと、そして、本邦屈指の色好み、在原業平さんですね。
 お二人ともMuBlogでは親しくしていただいておりますが、ガクト演じれば、その各人の心髄が明確になると考えました。

投稿: Mu→伽羅 | 2007年10月29日 (月) 23時22分

ヴァンパイア・レスタト・・・・
そうですか、そうですかぁ。なるほど。

ヴァンパイアについては私はよく存じませんが、
日ハムのダルビッシュ・有 投手の あの美しさも
ヴァンパイア・レスタトの
イメージではないかという気がするんです。

いずれにしても、美しい存在は善悪を超えて、
地上の宝にほかなりませんね。

投稿: 伽羅 | 2007年11月 3日 (土) 10時47分

まいど、伽羅さん

 ヴァンパイア・レスタトは、小説としておもしろいのですが、長いので、もし興味があれば、映画がよいでしょうね。

「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」は、出色ですね。
http://asajihara.air-nifty.com/mu/2006/03/post_4f40.html

 「クイーン」の方は、うーん、ちょっとぉ。

投稿: Mu→伽羅 | 2007年11月 3日 (土) 19時39分

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