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2007年10月31日 (水)

小説木幡記:2007/10/31(水)風邪と葛根湯と日々

1.やはり風邪なんだ
 昨日は授業と会議がなくて、講義準備や思考にあてようと喜んでいたのだが、残念ながら一難去ってまた一難。頭痛がしてきて身体がだるくなって、ぼんやりしてきた。要するに風邪だったと診断。
 木幡帰還後、葛根湯をのんで夕食についたなぁ。きしめんみたいなパスタというか、カルボナーレとかなんとかむつかしい言葉が飛び交った。サラダがことのほかよかった、酸っぱい系。

 と、思ったら眠ってしまった。多分20:30には白河夜船(注:この意味はしるさないが、もう古語なのだろうか。余の最近の文章を、誤植刈していると、ものすごい古語が並んでおるな。全部高校時代の漢文と古文と現代文が資源だ。昨日は、小兵なりといえどサーボモータが9つ、なんて書いてあったが、これは多分「こひょう」と読んで、おそらく出典は平家物語の高校教科書だと推測~。つまりな、わが国の今はしらないが教育内容は小中高まででも、相当に深く広いものだと感心した)
 で、起きたら午前4時だったので、さっそく小説木幡記、記すなり。葛根湯はよく効くようで、頭痛は無くなっていた。

2.昨日百万遍の葛野娘ら
 昨日朝はハードディスク格納方式のSONYのビデオが、不調だったので珍しく「修理」に出した。だいたいどんなものでも修理に出す前に自分で直すものだが、こればっかりは(精密機械だから、手を出せない)しかたなく、百万遍近くまで走った。取りにきてくれると連絡はあったが、余の時間あわせがむつかしかったので、あっさりRSで走った。ベテランの、余担当の葛野娘さんに、故障の病歴をるる説明し渡した。理解の深いひとなので安心して渡した。

 一般にハード・フェッチなので、無理解な人やただの修理業者には預けない。どんな扱いされるかわからないから、自分で直したほうが気が休まるから。

 帰ろうとして、事務所を覗いてみたら時間帯のせいか、二人の別の葛野娘さんらがせっせとマシンや電話相手に朝から仕事していた(まあ、仕事は朝からする会社が普通だな)。当然だが、顔見知りだから挨拶して、様子を聞いてみた。元気そうだった。余の聞く話はたった一つ「貯金、貯まったかな?」あはは。
 あ、もう一つ。

  「でな、いくつになったぁ?」
  「先生、ひどい~」
  「照れずに、おしえなさい」
  「はい、○○ですぅ」と指サイン
  「おお、まだ若いのう」

 三人とも、それぞれ微妙な年の差はあるが、20代半ばを過ぎてしまったから、卒業してだいぶ経つ。いまどきそれだけ同じ会社にいるというのが、余は嬉しかった。

 ついでに(爆)、社長にも挨拶しておいた。
 忙しそうだった。すでに20年来のしりあいだが、相変わらず、ゴルフの接待もないし、マージャンの誘いもないし、焼肉接待すら、そういうことは一度もない。まあね、余に「ご家族沖縄旅行」クーポンをプレゼントしたとしても、せいぜい数年に一回のSONYビデオ発注程度しかないからぁね。
 あはっは。
 ふと振り返ると、余の方こそ、この15年間、社長を私費接待すべきだったかと、思った。
 葛野にもどって、あらためて、そう思った。

3.本日定食
 朝授業ひとつ。
 次に会議一つ。これは大会議の準備にそろそろ入る。
 午後は、溜まっている授業準備。
 そういえば、研究読書も、娯楽読書も止まっている。読書は時間もとるし、体力知力も必要だ。

 昨日午後は、論文の校正をしたが、自己ミスは数カ所あった。章題には「分類項目」について、と書いたのに、その本文では「分類内容」といくつもなっていた。なんだか、自分が信じられなくなったわい。
 と、それが研究読書にも充当されるな。自分の書いたものを読んで、自分で納得したり、ケチをつけたりと、余は物事を有効に使っている面が多々あるのう。 

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2007年10月30日 (火)

少年司書ロボ0号(06) プチロボXの四肢接続と配線:組立終了

承前:少年司書ロボ0号(05) プチロボXの胸と頭

随想:ロボットの配線について
 私などが幼少期に造った模型工作の配線では、せいぜいモーターが一個、電池が2個、スイッチ(前進後進)、そして豆電球一個。それくらいでカマボコ自動車を造っていた。シャーシーというか、台車部分を手頃な蒲鉾板でまかなっていたわけだ。もちろんそこにギヤセット、シャフト、タイヤが付くのだが。

 すると、配線ということについて、プラスとマイナスを間違えないとか、ショートさせないとかの注意で済んでいた。もちろんゲルマニウムラジオ→トランジスタラジオとか、真空管ラジオとかになってくると少し配線が増えてきたが、シャーシの裏側で短い線をハンダ付けする程度のことだったせいか、気にならなかった。Oゲージのフロアでの電気機関車遊びなどは、配線すら意識しなかった。

 配線を気にしだしたのは十数年前からPCを自作し始めてのことだった。フロッピーディスクとか、ハードディスクとかCD-ROMとか、幅が広くて外れやすい巨大な配線を小さなケースの中にとりまわして、そのそばに微細なファンの配線とか、リセットスイッチ配線とかが入り交じり、大抵は巨大な巻き線状態がケース内に横たわり、最後は鉄板蓋をかぶせて見えなくなって、はい終了! だったが。

 この夏、涼夏2007PCという中が透明で丸見えの、アクリルケースPCを自作して、とたんに「配線・とりまわし」ということの重要性に気が向き出した。透明だから蓋をして「はい、動いた」では済まない。こちゃごちゃの配線はいつまでも気持をげっそりさせて、保守する気力を減退させる。今夏はなんとか、配線の簡便なSATAパーツを多用して、それなりにおさめた。

 そして近頃は数年前のPowerPCG5の裏蓋をあけて、その芸術的な配線仕上げに感嘆の声を上げた。気付いた要素は二つあった。MACは長大な配線もいとわず、ケースの四隅にケーブルをぐるりと沿わせて、ケース内のスパゲッティ状態を避けていた。さらに、高床式(これはMACもATマシンも同じ)のマザーボードの裏側に、別の線を潜らして、散乱を避けていた。

 さて、少年司書ロボ0号は如何に。
 原型機プチロボXは、小兵なりといえどサーボモータを9つ持っている。そして電池4個を四肢に分散している。これらがすべて胸の制御基盤に集中するのだから、ただ単に、組み立てた!動いた! では話がおさまらない。と、意識がそこに行っただけで、なんら革命的な配線工夫をしたわけではない。
 ひたすら四肢の動きとケーブルが絡まらないように、若干の余裕を残して、束ねる試行錯誤だった。

随想結論
 小型ロボットの配線は、サーボモータ(一個に付き、+-と信号線、合計3本の線が付いている)の数が多くなるから、今後、いろいろなところで工夫が為されていくだろう。しかし、縁の下の力持ち工夫に近いので、派手さがなく、情報も「探す」気持を込めないと見つからないと思う。なにか根治療法がすでにあるのだろうか?
 ともかくMu工作部門では、「配線」「パーツ接続」「非ワイヤー化」情報に気を配っていこう。

工作06-1 四肢の接続

胸と右足の接続
四肢と首の接続完了
 あらかじめ、位置や丸形ホーンの方向に注意しながら造ってきた両足や両手や首や制御基盤を、最後に一式組み込むわけだ。このころが一番工作の快感を味わう時期だと思った。よく言われることだが、工作とは完成してしまうと、一挙に虚ろになり、悲しみさえ味わうものだ(笑)。
 接続は従来通り、ブラケット・アームの切り込み部分に、丸形ホーンの裏側軸を差し込み、反対側のハトメも同時に穴に収めるのが基本である。
 要するに、各パーツを独立した「モジュール」として扱い組み立てておき、最後に全部を接続して完了となる。

工作06-2 配線と無線機のセット

制御基盤:サーボモータ接続前

配線後の制御基盤

受信機をセットし、配線を束ねた状態

 さて配線作業となるわけだ。9つのサーボモータでさえ写真のように混乱しているのだから、これが20とか30個になってくると、余程に「配線思想」を確立しておく必要がある。
 写真の見どころは、
    未接続の制御基盤と、
    配線済みの制御基盤、そして最後は
    無線機(受信機)をセットした制御基盤と、
    配線をどのように束ねているのか。
これらの部分に注目して、写真を拡大してほしい。
 なお、私の技術では、実は小型ロボットの配線を束ねることなど、まだまだ未熟だと断っておく。ただし、相当に意識してこのあたりを工作したという、そのことを記録した。

工作06-3 プチロボXの組立工作完了

完成したプチロボXの正面姿
無線で動く少年司書ロボ0号
 この写真で「工作」が完了したことになる。
 左側の写真では、まるでエバンゲリオン初号機のように、ロボットの右後ろに幅1センチ程度の、PCから来たRS232Cのケーブルが見える。これがロボットの胸の中(受信機を外した受け口)に接続されているわけだ。この状態で初期調整をプチロボXのマニュアルに書いてあるように済ませる。簡単なことだ。
 右側の写真は、調整を終えて、RS232Cケーブルを外して、独立した姿である。右下にあるのが、無線機の送信機になり、PCからのRS232Cに接続している。入れ物もないので裸だが、今は木の箱にいれて隠している。ただし、数センチのアンテナ線だけは外に出している。これはロボットの受信機アンテナも2センチ程度胸箱から外に出している。

少年司書ロボ0号(番外編)プチロボXが起き上がった!
プチロボXのメーカサイト

感想
 これで少年司書ロボ0号の原型機プチロボXの工作部門が終了した。すでに簡単に動かしているが、なかなかのものだ。特に、オプションで購入した廉価な無線機が重宝している。RS232Cのコードを直付けしてサーボモータ全体のバランスを調整したのは一回だけで、あとはすべて無線機を使ってPCからコマンドを送っている。

 無線送受信機の価格は6千円程度、これが高額なのか低額なのか相場はしらないが、私はこういう小型無線基盤を自作できないので、非常にありがたく思って使っている。調整無しの、差し込むだけというのも、魔法のようだな。
 
 しかしこれで終わりではない。まだ、人型二足歩行ロボットの観点からすると道半ばである。今期の工作は全工程の3割程度だと、感じたのだ。
 それで、以下の様に考えたことを記して、この感想のまとめとしておきたい。

 少年司書ロボ0号:人型二足歩行ロボットの全工程
   1.組立工作 3割
   2.基本動作スクリプト習熟 1割
   3.応用動作スクリプト習熟 3割 (実は無限・∞かも)
   4.改良工作 2割 (これも実は∞かも)
   5.調整 1割
   *.実用化→∞

 まだ私は全工程の3割しか経験していない。だから、ロボットに関する考えも道が遠い。
 今度お会いするときは、上記の第2工程になることでしょう。
 再見

05←また続く→工作目次

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2007年10月29日 (月)

私の京都:四条大橋と三条大橋の美味しいところ

 しばらくぶりに「私の京都」を記したくなった。
 日曜の午前、なにかしら昼食をどうするかで考え込んで(事情で)、長らく行っていない「とんとん来ラーメン」にすることにした。いや、目的は別にあったとも言える。四条河原町に十日ほど以前、大型書店ブックファーストが開店したと素早く情報を得ていたので(にわか書店評論家)、見たくなったのだ。それに、京都の繁華街は本当にご無沙汰してしまっている。京都駅近辺はパソコンパーツなどで夏期に訪れたのだが、四条大橋も三条大橋もずっと見ていないような記憶。

 四条京阪を降りたのが日曜午前11時半、予定通りとんとん来ラーメンのチャーシュー麺750円、good! さて。ともかく四条河原町新大型書店に行こう、と思った矢先に、ぴぴぴーんと来た。これも事情があって、京都の手頃な美味しいところを最近思い返していたのだ。目的は、若い人たちとの忘年会なんかもあってなぁ~。安くて美味しくて、という場所になるとなかなか難しい。結局、その記憶を戻すために、写真をとることにした。

 もとより、目的が目的だから、京都を訪ねてくる人の「京都らしい店」とは限らない。せめて、青年時に適当な価格で、なお味覚のデータベースを磨けるような場所を選らんだ次第。
 なお、写真はクリックすると大きくなり、サイトアドレスも入れておきました。

四条大橋付近

 四条大橋あたりは、三条ほどには未知の場所。二つあげたけど、他にはちゃんこ料理とか、鴨川・川床とか沖縄料理とか、ニシンそばくらいしか知らない。

天壇(てんだん)京都四条本店

天壇(てんだん)京都四条本店
 都合五六回行った記憶があります。京都では名門の焼き肉で、味はよい記憶があります。生まれて初めてレバ生刺身を、菜種かごま油につけて、つるんと飲み込んだ思い出の焼き肉屋ですねぇ。店内は広く清潔で、それぞれ数人が座れるソファーがあったように覚えています。時間帯によっては待たされるほど、繁盛していました。宴会の時は上階に行った記憶もあります。
 そうそう、天壇のお値段ですが、安くはないですぅ~。ただ、味に見合っていますね。
 というのも、以前学生たちと行った別の場所では、「二時間食べまくり焼き肉2000円」というのもあって、これは、学生達は喜びましたが、Muはというと、胸につかえましたなぁ。やはり、あるていど味と値段は関係する物です。

東華菜館(とうかさいかん)

東華菜館(とうかさいかん)
 あはは、と笑えるのですが、実はこの中華飯店は未経験なのです。話せば長いことながら幼児期に超高級店というトラウマを味わってしまい、どうしても入店できないままこの年になってしまいました。建築は相当に著名だし、いつか入りたいですね。夏期はビアホールもありますし。
 それと、一般に中華(ここは北京料理らしい)はそれなりの出費をすれば、とても美味しいと思っています。さて、入店はいつの葛野図書倶楽部2001・年次になることやら。
 ただ、と。
 やはり、学生達と宴会コースで、このお値段は、やはりちょっと無理かな。単品で組み合わせるのもよいでしょうね(と、未練たらたら)

三条大橋付近

 そうですね。三条大橋近辺は昔から通っておりますなぁ。なんとなく感覚的に木屋町、先斗町(ぽんとちょう)と連続しているところもありますから。今回は写真に撮りませんでしたが、和風喫茶とか、三条京阪駅上のそれなりのお店達とか、近辺ホテルレストランとか、なかなかによさげな店で一杯です。

ふう

ふう
 このビルの2階にある「ふう」は、以前カナーン96という研究会でいきました。見晴らしよくて、夜景が美しく、料理やお値段が気持ちに合っておりました。この場所はそれ以前に、十年も昔でしょうか、一風変わった喫茶店がありまして、よく通いました。
 そうそう、ビルの地下には大昔、とても美味しいハンバーグかステーキの店もありました。界隈にはミンミンも、喫茶店(スターバックス、他いろいろ)も、なにからなにまでそろっております。
 「ふう」の一番の決め手は、夜景でしょうね。だから、夕闇落ちたころに行くのがよいのじゃないでしょうか。

がんこ 三条本店

がんこ 三条本店
 ここは昨年秋に、授業を手伝ってくれた倶楽部隠居さん二人を昼食に招きました。和食の殿堂というおもむきで、握り寿司カウンターもありますね。
 なんとなく、浪速風の大繁盛です。お客で一杯ですから、それなりに評価が高いのだと思いますね。何でもあるのですが、なんとなくお造りがよいように思えました。
 おもしろいのは、「ふぐ」ですと、国産と養殖なのか外地産なのか、お値段に開きがあります。これはこれでよいでしょうね。Muなら、迷わず安いほうです(笑)。

めなみ

めなみ
 ここは、畏友関東・国立のふうてんさん、ごひいきのお店です。あれだけ気むずかしくて、池波正太郎ファンで、まずい物だと箸もつけない御仁が、うまうまと、白子にイワガキ、京風おばんざいをたっぷり召し上がり、お酒ぐびぐびのお店ですから、味や雰囲気は関東管領じゃなかった、関東食通からも保証されております。
 たしかに、そうです。美味しいですね、生き返ります。それに店のお兄さんとかお姉さん、気持ちがよいです。ただ、Muは新装開店なってからまだ暖簾をくぐっておりません。それなりに、お味に比例して財布も軽くなりますし、なんとなくフウテンさんやJoさん抜きで、一人で入るのが申し訳ないと、そんな枷が効いておるようです。

ところで
 肝心の、京都の大型書店、四条河原町のブックファースト見聞録がないですね。
 おあとがよろしいようで、またそれはいつの日か。

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2007年10月28日 (日)

NHK風林火山(43)関東管領上杉謙信・信濃守護武田信玄

承前:NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎

 いくつかのエピソードが積み重ねられたが、総じて嵐の前の静けさだった。

養女とか不犯とか罪な男達
 それにしても、勘助はリツを養女扱いのままだし、景虎は身の回りの世話をする若い女性(浪:占部房子)に手も出さず、浪は景虎が上洛中に尼になってしまう。リツも浪も相手を深く慕っているというのに。しかし、男女はそばにいるだけでも安定することが多いのだから、勘助も景虎も大人にならないとねぇ。つまり、婿をとれの娶(めあわ)せるのと野暮は言うなよ。物事、女子の言うとおりすればおさまる(爆)。

将軍調停
 時の室町幕府13代将軍・足利義輝は、ガクト・景虎と、亀さん・晴信の調停にのりだした。まず景虎が同意、それに続いて晴信も条件付きで同意した。条件とは、信濃・守護職を将軍に認めてもらうことだ。前職はたしか小笠原長時さんだったが、その後不在のようだ。

 将軍の調停に応じたなら、景虎も晴信も戦はできないことになるのだが。ところが信濃・守護につけば、北信濃の豪族が武田に叛旗をたてれば逆賊として討ち、またそれを操る長尾の越後領域に攻め入ることもできるという、詭弁(きべん)に近い話を勘助は晴信の心中として家臣団に説明する。守護の役目は一国領内の警察権も含むから詭弁ではないのだが。
 しかし、後で晴信は勘助に別の心を見せる。「由布姫に顔向けができた」という。つまりそれは、信濃・甲斐の両国の総責任者になることで、結果的に大手を振って由布姫の地元、諏訪を守ることができるという意味だった。

景虎・関東管領職
 一方、それを知った景虎は困るわけだが、上杉憲正が景虎に上杉の家督(つまり養子にする)及び関東管領の跡目を譲ると提案した。その代わりに関東を平定(小田原の北条討伐)して上杉の部下を救援したいという条件だった。

 ガクト・景虎はこれに答えて、関東管領職を受けるには上洛し将軍に会わねばならないと言う。関東管領職の叙任権は将軍にあるのだから、如何に関東管領職が有名無実、世襲となっていても、それがスジだろう。そのうえ、憲正に景虎は言う。「将軍は、私に上洛をさせたい」と。理由は、実は将軍義輝は京都の三好氏らの反乱によって、近江に逃れている状態だったからだ。
 景虎は、5千の兵を率いて上洛の途に登る。

景虎の留守中
 この景虎留守中に二つのエピソードがあった。一つは身の回りの世話をしていた浪が出家したこと。
 一つは宇佐美が平蔵に「駿府に行って、由布姫の弟、出家した寅王丸を「そそのかせ」」という謀略の始まりだった。
 この前後の、宇佐美の表情は景虎の軍師として、実に陰影深い顔つきだった。謀略とは、暗いものだ。この点、剽軽さを見せる勘助に対応して、ドラマに背骨が入った。

信玄・道鬼
 さて、晴信は出家して信玄。勘助も同調し道鬼。なんと真田幸隆まで出家してしまった。不犯に禁酒に不殺生、こういうルールが出家にはつきものだが、この「にわか坊主」たちは、どうやって今後を過ごすのだろうなぁ。よく分からない。ところで晴信は禅宗のように思えた。戒律は厳しかったはずだが。

今夜の見どころ
 もともと勘助も晴信も気に入っているから、それはそれとして。
 ガクト・景虎のことだ。
 そのセリフの特徴が今夜明確に理解できた。これまで気がついていたのだが、言葉にできなかった。つまり、正しいことを、ゆっくり、じっくり、噛んで含めるように相手に言う。これが特徴だったのだ。もちろん、一つ一つの言葉に実があり、力(わかりやすくいうと実力行使に近い力:戦力)があるから、相手は全身で受け止めざるをえなくなる。景虎の言葉は、発せられたとき、現実力として、人の心を圧倒する。そう思った。

以下、事前に少し勉強しました。お時間あればどうぞ、御覧下さい。
 
コラム日本史復習:管領(かんれい)と関東管領と守護(しゅご)
 管領(かんれい)は室町幕府三代将軍・義満時代からはっきりしてきた職制。将軍の直下にあって日本国政務を担当する。長官というか筆頭は、細川家、斯波(しば)家、畠山家からえらばれ、権勢のある人がつくが、大抵は持ち回り。

 上杉憲正とか、上杉謙信(長尾景虎)がなる関東管領は、将軍から任命される関東の管領。だから関東では関東管領の下に、守護がいることになる。
 関東には、幕府創設期から足利家の縁者が鎌倉府を開いて第二政治を行ってきた。分国あつかいだな。筆頭は公方(くぼう)と呼ばれていたらしい。関東管領はそこの政務担当長官か。しかし公方が指名するのではなくて、京都の将軍が直接指名する。なんとなく関東管領とは、京都室町幕府からすると親戚の鎌倉府・公方の暴走を食い止める目付のような感じがする。

 武田信玄(武田晴信)が任じられた「守護」は、幕府から認められた各国(信濃とか越後とか)を治める武家代表。守護大名と呼ばれ、これらが幕府からは独立した戦国大名になっていったのだろう。京都の室町幕府が弱体化したことと裏表と思った。幕府が無くても戦国大名が自立して、各国が自立したから室町幕府が衰退した(笑)

 職制上は、ガクト・謙信は関東管領で、亀さん・信玄は守護だから、ガクトの圧倒的な勝ち。しかし職制と実際の力(パワー)とは違うから、むつかしい。

 ところで疑問。
 こういう室町幕府の各国統治(というか、各地独立)方式と、朝廷との関係は、今のMuには書けない。日本中世史の先生が葛野で、そばにいるが、まあ、話が難しくなりそうだから聞かないことにしている(笑)。大体、素人が専門家にものを尋ねるときは、そこそこ勉強していかないと、宇宙人相手の話になってしまうからのう。

コラム日本史復習:室町幕府13代将軍 足利義輝(よしてる)
 義輝は太政大臣の追号(死後に贈られる)を受けているから、義輝卿とお呼びしなければならない。もちろん生前も参議(朝廷の議決に参加する資格)だった。

 足利将軍家の中でも、初代尊氏(たかうじ)、三代義満(よしみつ)、十三代義輝は、なんとなく評判がよい。他の将軍は著名であっても、今の時代感では、ちょっとぉ~、変だね~、となる人が多く、幕府・征夷大将軍の世襲というのは難しいと思った。
 徳川幕府では、評判の落ちそうな人は、五代綱吉(つなよし)・犬公方(アダナ)さんくらいだと思うが。最後の徳川十五代将軍慶喜(よしのぶ)は、来年の大河ドラマでそのあたりがはっきりする。薩摩出身なのに徳川家を支えきった篤姫(あつひめ)は、さて、彼をどう評価したのか?
 ついでに鎌倉幕府は、初代頼朝と三代の右大臣実朝卿(さねとも)で終わり。この二人はとても有名だし、前者は真の政治家として、後者は才能ある文学青年として、現代まで評判が高い。あとは源氏を北条氏がかすめ取ってしまった。

 義輝卿のことは、二つしか知らない。
 一つは彼がホンモノの剣豪だったらしいこと。
 先生は、新陰流創始者・上泉信綱(かみいずみ・のぶつな)と、塚原卜伝(つかはら・ぼくでん)だったらしい(山本勘助実在説ほどの史実)。
 これはMuも以前からTVや小説で見聞きして、ショックを味わってきたことだ。将軍なのに、最後は反乱者に攻め殺される(自害か)わけだが、畳に刀を抜き身で一ダースも突き立てて、敵を数名切り倒すごとに、刀を取り替えていく。これを昔、TVで見たときは本当に目を疑った。武士がそういう戦いをすること、そしてそれが紛れもない室町幕府将軍だったこと。誇張とかフィクションを越えて、そういう想定を知ったとき、ものすごいことに思えた。刀剣は、実戦武器としては、必要に応じて取り替えるものだと初めて知った。
 しかも。
 二人の先生は、これも日本剣豪史上、いずれも剣聖というか、もう「神様」みたいな人。こういう二人がそれぞれに、義輝に剣の手ほどきをしただけでも、義輝の資質がうかがえる。今で言う道場剣法ではなく、実戦剣法に密着したものだったのだろう。

 もう一つは、義輝が一時期京都を追われて滋賀県の朽木(くつき)に隠れ住み、有名な秀隣院庭園(しゅうりんいん)を調え残したこと。またここで塚原卜伝から教えを受けた、という伝説。この庭は、現在は曹洞宗興聖寺(参考 1)で、旧秀隣寺(足利庭園)、国指定名勝である。もともとは義輝の父十二代将軍義晴の為に朽木氏が造った庭らしい。(参考 2)

旧・秀隣寺庭園

参考
 1.NHK功名が辻(09)クノイチ小りん登場
 2.近江から日本史を読み直す/今谷明.講談社現代新書(1892)、2007.5. 同pp148-149

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2007年10月27日 (土)

小説木幡記:2007/10/27(土)ただの話です

1.日常話:ぷちぷちと耳の中
 昨夜、風呂で頭を洗っていたら泡が耳穴にはいった。なんとなくとれない。そのまま着替えて、いつものように綿棒で耳をごにょごにょしようとした。これをすると、こそばゆくて、うふうふと気持がよい。
 だが、止めた。
 湯上がりのシャワーのあと、耳でプチプチと音がしたのだ。
 最初は幻聴とおもって、「しまった! ついに来たか」と軽くうろたえたが、「いや、そんなはずはない。まだロボットも作れるし、運転もできるし、日曜作家もできる。安定している。幻聴とは、早すぎる!」
 すぐに気がついた。
 シャンプーの泡が耳の中で、ぷちぷちとはぜている音だったのだ。
 だから、しばらく綿棒でごにょごにょするのを止めて、不思議な音を聞いていた。

2.日常話:老生にもおしゃれ
 物心ついてから、おしゃれとは縁遠かった。高校生のころに、ズボンに折り目をつけて、頭にポマードをつけてドライヤーでガーガーやっていたくらいの記憶しかない。
 だがこの数年、ちょっと習慣になっている化粧品がある。

 一つは、ハッカ油。
 これをデコとか首筋にぬると、良い香りがして目がぱっちり覚める。夏だと、湯船とか身体に少しつけてシャワーをかけると全身がすっと冷えて、気持ちよい。
 今は秋。だから、デコとか首筋に限っているが、独特の匂いが気持を静めてくれる。目がぱっちり開くのに、気持が静まるのは不思議なところだ。

 もう一つは、ドイツ製のアフターシェーブローション。
 これが肌をぴしっと引き締めて、香りがぐっと脳にくる。だから、髭をそらない時も洗顔したあと、ぱちぱちと化粧する(笑)
 書いていて思った。おしゃれじゃなくて、脳とか心を活性化し、落ち着かせる儀式なんだろう。二つとも香りに関係がある。人の情報受容は目で8割と聞くが、なになに、嗅覚も大きい。

3.朝のドライブ
 ほぼ一年ぶりにRSで長距離を走った。これまでずっと逼塞していた。
 木幡から、滋賀県蒲生郡、そして帰路は葛野まで133km走ったことになる。
 9時すぎに出て、途中で一回、名神高速道路「黒丸」で一休みした。サービスエリアで一休みするのが好きなだけで、疲れていたからじゃない。何も買わなかった。
 結局2時間弱、11時まえに渡来人の村というか、神社についた。

  木幡から八日市ICまで高速道路、1600円
  八日市ICから京都東ICまで、1300円
  昼食は大津SAでカレーライス、800円
  距離感が掴めなかったので、餓死を恐れて朝に買った食料、お茶とパンで、250円
  ガソリン代が多分10リットルで、1400円
  合計5350円

 葛野着が午後1時ころ。約半日で5千円の出費。なかなか生きていくのは、お金がかかるな。 
 しかし、昨年夏8月に石塔寺を見て以来、今朝まで延々と「ああ、行きたい。行かないと、いつ行こう」と考え続けてきた渡来人の里。
 ついに行ったぞ! 5千円もかかったが、一年以上の思いに比べれば安いものだ。

 実行は突然だった。
 朝、珈琲を飲んでいて、にわかに「RSで走る。蒲生へ行く!」と、思い詰めて即座に実行した。
 こういうMu自身を客観視すると、まだまだバランスがとれていないね、と自戒するのであった。

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四十四万アクセス(44万/全体74.6万):MuBlogの分析

承前:四十三万アクセス(43万/全体72.6万):MuBlogの分析 (前回2007.10.12)

<著者Mu敬白>
 リッチテキストという記事編集機能がうまくはたらかないので、今回のリストはすっぴんですませます。
 Muは古い人間なので、くちゃくちゃとテキストに記号が付いているのを見ると、腹をたてて原始状態にもどす性癖がありますな。だんだん激してきたのですが、実のない厚化粧なんて、不要です。
 やつあたり!

本日・観測日→2007/10/27(土) 17:41
MuBlog単独 累計アクセス数: 440008 1日当たりの平均: 333.59
 記事数 1,218 件 • コメント 3,728 件 • トラックバック 919 件
 サイト全体 累計アクセス数: 746170 1日当たりの平均: 565.71
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2 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 727 996 5.2% 5.3%
3 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 322 420 2.3% 2.2%
4 小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城 269 412 1.9% 2.2%
5 NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸 262 381 1.9% 2.0%
6 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 235 332 1.7% 1.8%
7 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 228 307 1.6% 1.6%
8 NHK風林火山(40)三国同盟よりも由布姫の去就 236 303 1.7% 1.6%
9 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 193 262 1.4% 1.4%
10 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 177 260 1.3% 1.4%
10 地図の風景 234 260 1.7% 1.4%
12 NHK風林火山(38)村上義清の妻・玉ノ井 191 249 1.4% 1.3%
13 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 167 232 1.2% 1.2%
14 NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎 172 231 1.2% 1.2%
15 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 128 223 0.9% 1.2%
16 昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール 152 213 1.1% 1.1%
17 室町和久傳(むろまち・わくでん) 148 205 1.1% 1.1%
18 昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム 145200 1.0% 1.1%
19 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 123 190 0.9% 1.0%
20 小説葛野記:2007/10/25(木)食の好みと世間の好み 120 184 0.9% 1.0%
21 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 148 176 1.1% 0.9%
22 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 84 170 0.6% 0.9%
22 NHK風林火山(37)上杉謙信その前夜 137 170 1.0% 0.9%
24 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 141 166 1.0% 0.9%
25 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 119 159 0.8% 0.8%
26 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 130 155 0.9% 0.8%
26 少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略 90 155 0.6% 0.8%
28 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 112 153 0.8% 0.8%
29 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 83 148 0.6% 0.8%
30 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 110 145 0.8% 0.8%
31 さくらだ:桜田 94 139 0.7% 0.7%
32 NHK風林火山 98 137 0.7% 0.7%
33 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 114 135 0.8% 0.7%
34 昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所 77 119 0.5% 0.6%
35 NHK風林火山(36)小山田の横死と美瑠姫の自死 102 111 0.7% 0.6%
36 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 79 110 0.6% 0.6%
37 NHK風林火山(18)由布姫の決意 78 109 0.6% 0.6%
38 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 70 96 0.5% 0.5%
38 少年司書ロボ0号(番外編)プチロボXが起き上がった! 55 96 0.4% 0.5%
40 読書余香 81 95 0.6% 0.5%
41 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 71 94 0.5% 0.5%
42 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 84 89 0.6% 0.5%
43 CPU空冷装置・掃除のお勧め 53 83 0.4% 0.4%
43 MuBlogへのご招待 62 83 0.4% 0.4%
45 京都の書店 68 77 0.5% 0.4%
45 NHK風林火山(30)海と鉄砲 52 77 0.4% 0.4%
47 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 65 75 0.5% 0.4%
48 自作鉄道模型 54 73 0.4% 0.4%
49 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 59 71 0.4% 0.4%
49 NHK風林火山(35)由布姫の懊悩と誇り 59 71 0.4% 0.4%
51 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 44 70 0.3% 0.4%
51 卑弥呼の墓(005) 邪馬台国は古代大和を征服した/奥野正男 58 70 0.4% 0.4%
51 自作PC 55 70 0.4% 0.4%
54 少年司書ロボ0号(02) サーボモータのチェック:プチロボXの動力源 50 69 0.4% 0.4%
54 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 54 69 0.4% 0.4%
56 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 63 67 0.4% 0.4%
57 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 49 66 0.3% 0.4%
58 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 47 65 0.3% 0.3%
59 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 56 64 0.4% 0.3%
60 卑弥呼の墓(003)邪馬台国への道/安本美典 46 63 0.3% 0.3%
61 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 50 61 0.4% 0.3%
61 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 46 61 0.3% 0.3%
63 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 45 59 0.3% 0.3%
64 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 40 55 0.3% 0.3%
64 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 49 55 0.3% 0.3%
64 美味しいところ 54 55 0.4% 0.3%
67 辨慶うどん 38 54 0.3% 0.3%
67 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 50 54 0.4% 0.3%
67 NHK風林火山(33)道安(内野・勘助)絶体絶命 40 54 0.3% 0.3%
70 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 26 51 0.2% 0.3%
70 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 39 51 0.3% 0.3%
70 小説木幡記:2007/10/01(月)黎明期の人型ロボット・司書 38 51 0.3% 0.3%
70 少年司書ロボ0号(03) サーボモータに骨(ブラケット)をかぶせる 29 51 0.2% 0.3%
74 ミホミュージアムの秋 43 50 0.3% 0.3%
74 もりしょう:そうめん処・森正 36 50 0.3% 0.3%
74 じょうしょうこうじ:常照皇寺 39 50 0.3% 0.3%
77 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 29 49 0.2% 0.3%
78 Hollywood & Highland:ハリウッド・ハイランド 42 48 0.3% 0.3%
79 キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?> 32 44 0.2% 0.2%
79 Blogメモ 41 44 0.3% 0.2%
81 ベニバナ(紅花)と邪馬台国 33 42 0.2% 0.2%
82 前方後円墳の航空写真 21 41 0.1% 0.2%
82 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 29 41 0.2% 0.2%
84 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 32 40 0.2% 0.2%
85 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 31 39 0.2% 0.2%
85 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 34 39 0.2% 0.2%
85 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 32 39 0.2% 0.2%
88 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 32 38 0.2% 0.2%
89 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 31 37 0.2% 0.2%
89 高取城(たかとりじょう) 28 37 0.2% 0.2%
89 卑弥呼の墓(006) 邪馬台国がみえてきた/武光誠 30 37 0.2% 0.2%
89 遺跡 29 37 0.2% 0.2%
93 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 32 36 0.2% 0.2%
93 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 26 36 0.2% 0.2%
93 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 23 36 0.2% 0.2%
93 小川珈琲本店 30 36 0.2% 0.2%
97 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 29 35 0.2% 0.2%
97 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 29 35 0.2% 0.2%
97 少年司書ロボ0号(04) プチロボXの両足(お笑い短足・扁平足) 26 35 0.2% 0.2%
100 PowerMacG5の内部 29 34 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、G(google),Y(yahoo),M(MS) 以外の、

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集計対象アクセス数:10,153

検索ワード/フレーズ 割合
1 風林火山 ガクト  G Y M 199 2.0%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 176 1.7%
3 由布姫  G Y M 134 1.3%
4 じぶり  G Y M 109 1.1%
5 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 101 1.0%
6 桜田 京都  G Y M 82 0.8%
6 昭和の鉄道模型  G Y M 82 0.8%
8 和央ようか  G Y M 68 0.7%
9 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 64 0.6%
10 伏見桃山城  G Y M 57 0.6%
11 甘樫丘  G Y M 38 0.4%
12 わくでん  G Y M 37 0.4%
13 プチロボX  G Y M 35 0.3%
14 ガクト 上杉謙信  G Y M 34 0.3%
15 ミホミュージアム  G Y M 33 0.3%
16 風林火山 姫の死  G Y M 29 0.3%
16 ガクト  G Y M 29 0.3%
18 佐野藤右衛門  G Y M 28 0.3%
19 京都 書店  G Y M 27 0.3%
19 ガクト 風林火山  G Y M 27 0.3%
19 キラレ×キラレ  G Y M 27 0.3%
19 鉄道模型を作る  G Y M 27 0.3%
23 gackt 浅茅原  G Y M 26 0.3%
23 森博嗣 名古屋大学  G Y M 26 0.3%
25 しる幸 京都  G Y M 25 0.2%
26 鍵善  G Y M 24 0.2%
26 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 24 0.2%
26 山本勘助 由布姫  G Y M 24 0.2%
26 和央  G Y M 24 0.2%
30 真田幸隆  G Y M 23 0.2%
30 うぶめのなつ  G Y M 23 0.2%
32 和央 茶々  G Y M 22 0.2%
32 楊令  G Y M 22 0.2%
32 CPU 掃除  G Y M 22 0.2%
32 ぎろぎろ  G Y M 22 0.2%
36 自作pcケース アクリル  G Y M 21 0.2%
36 昭和の「鉄道模型」をつくる  G Y M 21 0.2%
38 和央ようか 茶々  G Y M 20 0.2%
39 常照皇寺  G Y M 19 0.2%
40 京都 桜田  G Y M 18 0.2%
40 レスタト  G Y M 18 0.2%
40 プチロボ  G Y M 18 0.2%
40 ノートPC VAIO 修理  G Y M 18 0.2%
40 女優 柴本 幸  G Y M 18 0.2%
40 samurai z  G Y M 18 0.2%
46 SAMURAI Z  G Y M 17 0.2%
46 PCケース アクリル 自作  G Y M 17 0.2%
46 美瑠姫  G Y M 17 0.2%
46 九絵家  G Y M 17 0.2%
46 室町和久傳  G Y M 17 0.2%
46 風林火山 由布姫  G Y M 17 0.2%
52 税所篤  G Y M 16 0.2%
52 和久傳  G Y M 16 0.2%
54 GA-G33M-D S2R   G Y M 15 0.1%
54 柴本幸  G Y M 15 0.1%
54 京都 大型書店  G Y M 15 0.1%
54 ぎろぎろ 京都  G Y M 15 0.1%
54 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 15 0.1%
54 和央ようか 撮影  G Y M 15 0.1%
54 高橋志保 写真  G Y M 15 0.1%
54 石塔寺  G Y M 15 0.1%
54 伏見桃山城 茶々  G Y M 15 0.1%
54 みたかのもり  G Y M 15 0.1%
64 プルート 浦沢  G Y M 14 0.1%
64 風林火山 感想  G Y M 14 0.1%
64 鉄道模型をつくる  G Y M 14 0.1%
67 京都 わくでん  G Y M 13 0.1%
67 京都桜田  G Y M 13 0.1%
69 じぶりの森  G Y M 12 0.1%
69 プチロボX  G Y M 12 0.1%
69 五色塚古墳  G Y M 12 0.1%
69 小川コーヒー  G Y M 12 0.1%
69 風林火山 ミツ  G Y M 12 0.1%
69 秘花  G Y M 12 0.1%
69 昭和の鉄道  G Y M 12 0.1%
69 京都 ホットケーキ  G Y M 12 0.1%
69 高野山 勘助  G Y M 12 0.1%
69 益田の岩船  G Y M 12 0.1%
79 HD 増設  G Y M 11 0.1%
79 伏見桃山城 和央ようか  G Y M 11 0.1%
79 長尾真  G Y M 11 0.1%
79 和央 撮影  G Y M 11 0.1%
79 平城京 地図  G Y M 11 0.1%
79 東映 茶々  G Y M 11 0.1%
79 風林火山 真田  G Y M 11 0.1%
79 21世紀少年  G Y M 11 0.1%
79 仁徳天皇陵 写真  G Y M 11 0.1%
88 壬申の乱 その時歴史  G Y M 10 0.1%
88 猫町 京都  G Y M 10 0.1%
88 モ1031  G Y M 10 0.1%
88 京都 ぎろぎろ  G Y M 10 0.1%
88 室町わくでん  G Y M 10 0.1%
88 高取城  G Y M 10 0.1%
88 PC ケース 自作 アルミ  G Y M 10 0.1%
95 アクリルケース 自作  G Y M 9 0.1%
95 ガクト 景虎  G Y M 9 0.1%
95 アクリル 自作  G Y M 9 0.1%
95 高野山 景虎  G Y M 9 0.1%
95 北方水滸伝  G Y M 9 0.1%
95 京北 ときわ  G Y M 9 0.1%

(3)アクセス地域:1ヶ月分:MuBlogのみ

集計対象アクセス数:4,672

都道府県
割合
1 東京 1,116 23.9%
2 大阪 478 10.2%
3 京都 399 8.5%
4 神奈川 281 6.0%
5 愛知 254 5.4%
6 福岡 191 4.1%
7 千葉 166 3.6%
8 埼玉 164 3.5%
9 兵庫 155 3.3%
10 静岡 137 2.9%
11 北海道 128 2.7%
12 茨城 93 2.0%
13 長野 89 1.9%
14 三重 72 1.5%
15 宮城 64 1.4%
16 滋賀 56 1.2%
17 広島 53 1.1%
18 岡山 49 1.0%
18 新潟 49 1.0%
20 奈良 44 0.9%
20 岐阜 44 0.9%
22 石川 43 0.9%
23 群馬 40 0.9%
24 山梨 37 0.8%
25 大分 33 0.7%
26 栃木 32 0.7%
27 福井 28 0.6%
28 愛媛 27 0.6%
28 福島 27 0.6%
28 香川 27 0.6%
31 和歌山 26 0.6%
31 鹿児島 26 0.6%
33 秋田 24 0.5%
33 沖縄 24 0.5%
35 長崎 22 0.5%
36 熊本 21 0.4%
37 島根 20 0.4%
37 富山 20 0.4%
39 青森 18 0.4%
39 岩手 18 0.4%
41 徳島 16 0.3%
42 山口 15 0.3%
43 山形 13 0.3%
44 鳥取 11 0.2%
45 宮崎 10 0.2%
46 高知 8 0.2%
47 佐賀 4 0.1%

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2007年10月26日 (金)

昭和の鉄道模型をつくる(06) カーブレールC140(180°セット)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所

06:ここまで完成(~6号) →線路が増えました。まだまだ増えます。

06:ここまで完成(~6号)
06:カーブ上の電車
 しばらくは工作らしい工作もなく、レールが数種類ずつ附録に付いてくるようです。今のところ、完成レイアウトも分からないので、レールをとりだして先号までの直線レールに接続しただけです。
 気がついたのですが、列車は必ず直線レール部分で乗せるのがよいでしょうね。この「昭和の鉄道模型」はNゲージというとても小さな規格で、完成ジオラマも机上に乗るほどの規模です。だから、レールのカーブもきついから、カーブで列車をレールに乗せるのは、馬鹿馬鹿しいことです。
 一歩一歩、形が見えてきます。それが、こういうシリーズの楽しみ。せっかちな人とか短気者には向かない~。いや、そうじゃない。釣りをする人には短気者が多いと聞きますから、こういうじんわりした雰囲気もよいのかもしれない。

06:部品と工作

06:カーブレールC140(180°セット)

06:コネクター差し込み口

06:レールの、不思議な金属球

 そうですね。レールだけだから工作とは言えないです。ただし、レール同士を接続するのは、不慣れな人だと曲げてしまうかも。このあたりのことは、昔工作少年だったので、ほとんど無意識にバランスをとって扱うので、話しにくいですね。
 ああ、そうだ。部屋に来た学生が、なんの気なしに電車をレールから手に取りましたが、その手付きの乱暴なこと! 日頃はおしとやかな、お嬢さん学生で一杯の葛野図書倶楽部2001関係者も、こういうことにかけては、天下無敵・横紙破りの「乱暴者」に思えてしまいました。
 レールの接写写真を載せて、素人なりのウンチクをかたむけましたので、写真をクリックしてください。

06:AtoZ:フロア運転を楽しむ

06:AtoZ:フロア運転を楽しむ
 つまり電車や汽車を、背景ぬき、ジオラマなしのスッピンでレールを走らせる、ということでしょう。小学生の頃にOゲージという規格で、直径1メートル程度のレールで遊びました。電車の底に「コレクター?」とかいう銅製の集電装置があって、そこから火花を散らして走りました。当時のOゲージは、3本レールで、真ん中から電気をとっていました。すると、あれは交流だったのかもしれない。
 本誌の説明では、新幹線などの長い列車を走らせるには、レールのセット(レールパターン)を組み合わせて床で走らせるのが一般的なようです。つまり、長い新幹線を無理なく走らせる、それだけのジオラマを造るには相当な資金と空間と努力が必要だから、最初からは無理なのでしょう。レールパターンだけなら、それなりの価格で入手できるようですね。

06:昭和の鉄道模型を作る

06:昭和の鉄道模型を作る
 <TETSUMO(鉄模)の達人>は、大正8年、1919年生まれの原信太郎さん。「80年以上の歳月をかけて実感的な走行を追求した総延長330メートルのシャングリ・ラ鉄道」とあった。
 ちょっと、目が点になったまま。1階、2階が吹き抜けで広さが60坪(200平方程度)というから、小規模マンション3DK程度の部屋全部の二階建てとなろうか。信じられない。しかも場所が芦屋。芦屋と申せば知人も住んでいるが、ともかく関西では、普通の人は住まない地域(爆笑)。要するに、ものすごリッチな人たちが寝起きする土地らしい(と、聞いただけ)。

 シャングリラともうせば桃源郷か、名前からしてすごい。規模は1番ゲージといって線路幅が45ミリの最大級との話。Gゲージもそうだったが、このあたりの専門的話は、まだ知りません。
 で、私がとても興味をもったのは、その技術的な現実感創造にありました。
 要するに、現実の電車は「惰力走行」といって、ある速度にまでモータを回すと、モータを切るらしい。自動車だと、クラッチを踏んだまま、あるいはギアミッションをニュートラルに入れた状態で走るのと同じ。
 (ただし、自動車でこの走りは危ないし止めるべき)
 京阪電車で中書島を過ぎて淀(淀君の淀城ですよ。淀競馬場もあるらしい)に向かう頃、耳を澄ませると独特の音に変わるのがわかる。
 これを模型で達成なさったらしい。
 普通に聞けば「なんのこっちゃ」となろうが、私はわりあい工作好きなので、解説を一読してそのすごさに驚愕した。要するに模型モータは電気を切ると、車輪も強制的に回転を止める。だから実物の電車との違いが大きく出てしまう。これを模型で達成するには、クラッチを導入するのかと思ったが、そうではなかったですねぇ。ディーゼル気動車にクラッチがあったのは、私も国鉄奈良線で大昔確認しましたが。
 どうするのか。それは本誌をごらんください。詳しく書いてあります。
 さらにそのうえ、ショックアブソーバーのような、振動緩衝装置「揺れ枕」というものまで付けたというのだから、うむむのむ。
 ただしかし。
 私が、こんなことをし出したら(あらゆる意味で不可能ですが)、退職金も年金も食費も全部つぎこんで、すってんてんになっても、まだ無理なことでしょう。
 趣味の世界は、怖ろしい。普通人でよかったですね。

06:未来の図書館、過去の図書館
 以前京都大学時計台にある博物館「百周年時計台記念館」(入場無料です)で、昔の京大キャンパス全体模型の中に、附属図書館を見付けて狂喜したことがある。同行者の制止も振り切って、写真をばんばんとってMuBlogにも掲載した。同行者は憂い顔で「模型にも、京大の著作権あるし、怒られるよ~Mu先生!」「かまへん、俺が気に入ったんやから」と乱暴者のMuがおりました。

 しかし懐かしさとか歴史的意義への思いは強いが、昔の図書館が現代の「Mu流・図書館博物館機構ジオラマ村」に適しているかどうかは、考えどころだ。
 古い京大の模型を見ると、空間的な贅沢さには欠けるね。それに、そばに鉄橋もないし国鉄も走っていないのは、ちょっとさびしい。たしかに東山、大文字はあるのだが。

 今後、日本の図書館を見るときは、近未来的な夢をもった立地条件にあるのをモデルとして探してみよう。
 国会図書館関西館は、ジオラマモデル候補に挙がるが、あそこの電車は近鉄電車だな。いや、JRも走っていた。前方後円墳も近所に沢山ある。
 そういう意味では同志社の京田辺市ラーネッド記念図書館もよい。京大は? あ、鴨川や下鴨神社がジオラマ世界に効いてきますね。
 まず立地。
 そこで、土地を買い占めて~。夢が膨らむぞ。

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2007年10月25日 (木)

酒船石遺跡(さかふねいし・いせき)のベニバナ

承前:ベニバナ(紅花)と邪馬台国
承前:酒船石遺跡(1)亀形石造物

 本日(平成19・2007年10月25日木曜日)の各社新聞やインターネット情報によると、奈良県飛鳥の酒船石遺跡から大量のベニバナ花粉が発見されたようだ。関係研究者は奈良教育大学金原正明准教授で、この方は以前纒向遺跡で発見されたベニバナ花粉についても関与されていた。

 金原准教授の考えでは、亀形石造物での「禊ぎ」に使われたのではないかと、語っておられるよし。
 ニュースはそれだけである。
 (近所の飛鳥寺南方遺跡からもベニバナ花粉がでたようだが、省略)

酒船石遺跡:酒船石のやや北を指す。酒船石と、亀形石造物のある酒船石遺跡とは区別する。

 ベニバナの効果は、「ベニバナと邪馬台国」で触れたが、染色、薬効、防腐剤、鎮痛など多岐にわたる。これが亀形石造物から流れ出る水の溝に大量にあったようだ。もう、半分忘れたが当地の明日香民俗資料館で見たビデオでは、想像動画として、斉明天皇が亀形石造物の水で禊ぎしていた情景があったような~? 明日香村の関係者や、どなたか研究者がそのように、当時を、石造物の役割を考えたのだろう。
 ベニバナの染料の色としては紅を想像するが、asahi.comでみた同記事では富山大・黒崎直教授の話として、濃いオレンジ色とあった。自然、天然の染料は状況で色合いが異なるのだろう。

 従来、岡の酒船石も、この酒船石(北方)遺跡も、その使途は不明とされてきた。つまり、諸説入り乱れているので、不明と私が内心で決めているということだ。もちろん、考えはあるが、実証する方法も思いつかないので、それでよかろう。この酒船石関連については、松本清張の説で開眼したわけだが、酒船石(北方)遺跡は、清張が亡くなられた後に発見されたものだ。

 先頃の纒向(まきむく)遺跡のベニバナは3世紀と仮にしておく。今回のは7世紀と仮にしておく。纒向遺跡の真南約7キロの地に酒船石遺跡があって、時代は約400年の間隔があるので、両者は無関係と今夜はしておく。が、好奇心としてはいろいろうごめくものがあるなぁ(笑)。

 古代ベニバナをもっと調べないと何も言えない、書けない、心許ない、口惜しい。なにか、そこまで手がかりがあるのに、「無関係だよ」という顔をして見せる。うむむ。

 卑弥呼と斉明天皇のうっすらとした共通点は、巫女女王の可能性が高いということだろう。両者とも、想像だが高齢の時期にあたる。後者は高齢だったとほぼ確定できる。
 巫女女王を結ぶ線にベニバナがあるとすると、ああ、これ以上はもう書かない方がよい、ミステリの自己開示になってしまう。

 今夜はこれくらいにしておこう。また、いつか。

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小説葛野記:2007/10/25(木)食の好みと世間の好み

 blogは世間のことを知るのによいツールなのだろう。
 昨日早朝に「伏見桃山城と茶々と和央ようか」についてのメモランダムを小説木幡記に記した。すると、今朝のMuBlog一週間ランキングで、次の結果がでていた。

人気記事ランキング
1位:NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎
2位:小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城
3位:昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅)
4位:NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸
5位:昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所
6位:NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶
7位:NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信
8位:涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)
9位:昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム
10位:涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード

 つまり日頃絶対に上位にならない「小説木幡記」が突然2位に入っていた。このランキングは毎日分積み重ねた、一週間の累積なので、たとえ人気絶頂の風林火山でも一位になるには数日かかる。それがこの「小説木幡記」では狂った。即日二位というのは絶えてない。
 理由は明確だ。元宝塚宙組トップの「和央ようか」をタイトルにしたからだろう。記事内容はファンがみれば「な~んだ」レベルのものだ。しかし、MuBlogで2位は重い。なぜ重いかの詳細は省こう。

 こう思った。前からそう考え出した。若いころはそうではなかった。
 つまり、人は他人は世間は、自分の好むものを受け入れる。「私が」という余の主体はゼロに近い。別の私たちが、主役なのだ。余のことなどどうでもよいとまで、言い切れる。和央ようかは、まったく宝塚音痴の余でさえ、昔新聞で記事や写真をみて「ほお~、こういう人が生きているのか。人気があるのもよくわかる」と思ったくらい、なにかしら人々を、世間を引きつけるところがあるのだろう。そして、意外だったが、年齢をみて最近のお姿をみて、さらに愕然とした。若いとおもったのではない。年齢を飛び抜けた雰囲気がいまだにある。そうなんだ、これが6年間もトップを占めた女優のナチュラルな姿なのだろう。

 いやいや倭王、じゃなかった(ワープロが昔の記憶を維持しておるのう)和央さんへのオマージュを記す予定ではなかった。そうではなくて、あらゆる意味で、物事は、「私」ではなくて、「私達」が受け入れるものこそが世間を包み込むという真理に、いまさらながら、気がついたということだ。

 ただし、ここからが大切だ。まさに余、Muが言い切りたいことだ。
 たまたま和央さんをよしとする世間と、余とが合致しただけのこと。あらゆる意味で、日曜作家、日曜PC自作家、日曜鉄道模型作家、日曜少年司書ロボ作家、日曜評論家は、なぜ「日曜」なのかを常に深く思い返さねばならないという、自戒なのだ。
 
 「死」は余一人のものなのだ。そして、余の生の神髄も余ひとりのものなのだ。絶対に、けっして「私達」のものではない。あらゆる「日曜」と冠せられる物事は、我が身ひとりのものである、そしてそれを共有する限られた人たちへの余の供物である。そういうことを自戒して知らねばならない。
 風林火山も由布姫も、鉄道模型も自作PCも、たまたま世間と趣味が合致した。
 断じて、世間にあわす必要はない。世間は、人は、余の生も死も代替できない。
 この自覚こそ、肝要なり。

 と、今朝の感慨一つ。

海の民
 ちかごろ新鮮なお造りが木幡研の食前を賑わす。一飯まえのワインと鯵(あじ)の造り、これは昨夕の至福だった。今週は、イカのお造り、サンマの焼いたの、その他毎日が海の幸。冷蔵庫には、今後、鯛の焼くの、ぶりの大根と、お魚が続く。ああ、海の民なのだろう、余の血の半分は。
 ごくまれには、鰯(いわし)のお造りさえある! 極度に新鮮でないと無理だし、手間もかかるがな。

 こういうことは、ご飯と味噌汁と漬け物と、お魚、古典的な日本人の多くの趣味に合致して、よかったと、痛切に思う。魚きらい、ご飯きらい、漬け物嫌いの人を知人に何人か知っておるが、ひとごとながら、~と、思った。

本日定食
 情報サービス、1班~5班を巡回。助勤さんは残りの班。今年も、情報サービス共同演習はノリがよい。テーマもおもしろい。しかし、各班班長はおしなべておとなしい。作品はダイナミックなのに、不思議な現象だ。

 二限目は資料組織(主題分類)、同じく前半分を余が巡回。ここは二年生が多いので、情報サービスとは違った初々しさがあるのう(笑)。言葉も注意しないと、ほとんど余の言語体系では伝わらないところもある。よくしたもので、それは助勤さんたちが後で翻訳解読してくれているので、助かる。

 午後は会議が一つ。
 昨日の、合計四つの会議に比べると極楽。昨日は夕方頃には、なんだか脳が霞んでいた。宮仕えとは、体力勝負だね。知力なんて、ずっとランクが下がるよ。うけけ。

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2007年10月24日 (水)

小説木幡記:2007/10/24(水)茶々・和央ようか・伏見桃山城

 ねむれたまわぬままに~深夜突然、パカッと目が開いて天井を見つめた。
 天井で思い出したが、授業で「メタ認知」という言葉を説明した。メタはメタフィジックス(形而上学)のメタ。上位かな? それで認知だから、天井からもう一人の自分を眺める、つまり自分自身を他人として見つめる、客観視すること。
 これが結構うけて、授業回収カードの8割には「私は、自分のことをもっと客観視する必要があると思いました」とか、「メタ認知というの、もっと勉強したいです」とかいうメモで埋まっていた。そうか、今時の子らはそういうことが未経験なのかぁと、ちょっと驚いた。
 Muなど、十代から二十代はそんな世界に埋没していた。それは、客観視というよりも、主観の多重層世界で、なかなか快適だったけど、つまりは客観視をよそおった妄想にはまってしまっていたね。
 主体客体を制御するのは、難しい。

 それに、実は、布団の上で寝ている自分を見つめたり、「豊饒の海/三島由紀夫」の夢日記のように、自分の死を眺めていたり、なかなか怖い話になるよね。それは不可解な深層心理になってくるから、授業では話さなかった。余も、精神科学には無知な普通の常識人だから。

 で、なんで目覚めたかというと、昨日葛野図書倶楽部2001の次年度人事を早々と発令したからだろう。人事とは、詳細は省くが、歴史的に人類があみ出した最高級の「仕組み」である。これを曖昧にすると組織は腐敗し崩壊する。掃いて捨てるほど史上、悪しき人事の結末が渦巻いておる。
 土方歳三は人事に血の粛清を以て臨んだ。家康家臣団の内部人事は神業に近い、……。諸葛孔明の人事は目の覚めるような成果をもたらした。難しい。清明であることが肝要。バランスが肝要、なれど、閥のバランスは不寛容を助長する。資質・性格のバランス。決定、不退転。

 で、神経が尖り、深夜に目が覚めた。

 やっと本題。
 ねむれたまわぬままに、黒PCに火を通し、blogの「アクセス解析」をのぞいたら、異様な光景があった。「伏見桃山城」「黄金の茶室」こういうキーワード・アクセスで埋まっていた(笑)。特に全体サイトは写真へのアクセスも含まれるから、MuBlogにしては凄い量だった。
 「何事ぞ?」とおもって、しばらく考えた。
 分からない。
 Googleに聞くよりしかたない。で、確かめてみたら、あはは、東映の映画が先頭に出た。
 要するに、東映が伏見桃山城を京都市と相談して改修し、金のシャチホコもセットし、大坂城仕立てにして、夏の陣を撮影するとのことだった。

 映画は「茶々」2008年の正月映画だそうだ。で、その次をみて再度目が見開かれた。おお、主演女優、茶々、すなわち淀君を演じるは、「和央ようか」じゃないか。倭王じゃなかった、和央といえば、余の好み女優の三本の一人。姿を消して、幾とせぞ(宝塚を2006年退団だったらしいが)。
 雰囲気的に申せば、ガクト・景虎と、和央ようか、この二人は同種に属する。なんとなく浮世離れしているというか、宇宙人的というか、オーラの質が他の人達と異なる。
 いわば異形。

 となると、伏見桃山城の城下町である大手筋には、和央ようかが、蕎麦をたべにきたり、大中ラーメンを食したり、鳥せいに飲みに来たり、するかもしれない。うむ。スクープだな。ビデオ撮ってMuBlogを飾りたい脳。
 ……
 というわけで、あれこれ夢想しだしたら、また眠くなってきた。授業も一時間目からあるし、午後は会議のてんこ盛りだから、そろそろまたねむるとしょう。風林火山といい、茶々といい、この世にたのしきおもしろき芸能はまだまだ種がつきない。

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2007年10月23日 (火)

少年司書ロボ0号(05) プチロボXの胸と頭

承前:少年司書ロボ0号(04) プチロボXの両足(お笑い短足・扁平足)

随想:ロボットの胸と頭
 ネット上でざっと見ただけだが、現代の二足歩行ロボットは、比較的大きな脳を持つ生物(爬虫類・ほ乳類)に比較して、脳の置き場所が「胸」になっていることが多い。だから、プチロボXには頭を支える首とか頭自身が、どこかと特定しがたい(笑)。首も顔も頭もない!

 もちろん少年司書ロボ0号は、そのあたりの顔無し、頭無しをなんとか手当するつもりだが、プチロボXに限らず他のロボットも頭や顔はダミー(嘘物)に過ぎず、あってもなくても良いのが多い。研究室で開発されている数千万円クラスの二足歩行ロボットは知らないが、現代の二足歩行ロボットには見かけ上、実質的な頭はないと言える。

 理由は簡単で、たとえサーボモータを制御するだけの制御基盤でも、頭に乗せるほどには小型化ができていないようだ。だから小脳に相当する制御基盤は、プチロボXの場合、大きな胸に納められている。これは他のロボットの多くもそのようだ。
 余談だが、四肢のモータ配線を、頭につなげることを想像すると、鳥の巣のような爆発頭になる。

 ターミネータなんかを思い出すと、シュワルツネッガーの目も頭も、外見は人間らしくちゃんと機能していたが~。
 実はそこに答えがあるようだ。
 つまり、様々なセンサーを調べていて思ったのだが、特に「目」は頭という一番高い所に置くのが理にかなっている。距離を計るには目を最低でも二つ、間隔を離して設置するのがよい。すると、目をそこに置いたとき、初めて人型二足歩行ロボットの「頭」が意味を持ってくる。
 そういう目や耳が自由に扱える日までは、今の二足歩行ロボットの「頭」はダミーと、考えておこう。

工作05-1 プチロボXの頭は肩

プチロボXの頭!と肩!
頭に首をつけたプチロボXの生首
 現代ロボットの頭とか首とか顔とか肩とか、いわゆる上半身のことを考えると、混乱する。プチロボX君の場合、首相当と、両肩相当のサーボモータが合計3つあるだけだ。これだと、両肩が左右の上下に傾くのと、両腕が前後に動くしかない。だから、少年司書ロボ0号は、上半身の動きがとても簡素になる。
 しかし、プチロボXの大きさや、価格や、対象が初心者むけであることを考えると、これで十分とも言える。資源が少ない方が、人によっては工夫の余地があって、よい結果を生むことさえある。私は将来、この首と両肩だけのモーターをなんとか華麗に動かしてみたいと、思った次第。

工作05-2 頭と四肢

腕と電池ボックス
頭に両腕を付ける
プチロボXの頭部、首、四肢

 プチロボXの特徴は、単三電池を四本使って、それを四肢に分割セットしているところだ。二足歩行ロボットを、初心者でもそれなりに動かすには、ロボット自体の安定性が必要である。それは重心のかけ方でもある。両足首と両腕に電池を一本ずつセットしたのは、正解だった。トルクが小さいサーボモータでも、電池を一個ずつ分散荷重させた状態だと、うまく動かせるものだと思った。
 写真「プチロボXの頭部、首、四肢」を見ると、それぞれ独立した機能部(モジュール)を作っていき、最後にブラケットのアームとボディ鳩目で接続させたのは、気持ちよいインターフェースで成功だと思った。こういう様式は、いつごろ、誰が考案したのだろうか? この世界にも、知恵者がおったのだろう。

工作05-3 胸に制御基盤で頭脳となる

制御基盤の箱への収納取付
 現代の二足歩行ロボットの多くは胸に脳を納める。ここで脳と呼称するのはCPUをさすが、それは組み込み型の「マイコン」であって、PCとは比較にならない。その違いは、マイコンは用途が決まっているが、PCは汎用性をもっている。前者はすでに多くの機械製品にこっそり埋め込まれている。自動車などには一杯入っているが、利用者が意識することはない。
 プチロボXの脳(マイコン)は、大脳に相当するPCからの命令(無線ないし有線で)にしたがって、9つのサーボモータを混乱なく動かすためにある。私は、このマイコンをプチロボXの運動を任せられた小脳と思っている。

工作05-4 腰と脳付き胸が一体

プチロボXの腰

腰板アルミと胸箱(制御箱)

裏から見た腰板アルミと胸箱

胸箱(制御基盤収納)と、首用アーム

 制御基盤の入った胸箱は、上方で首や肩、両腕を支え、下方で腰を経由して両足につながる。小さな部材を効率よくネジ留め接続していく工作なので、いろいろな工夫がこらしてあるが、詳しくは各写真に説明を付けておいた。

感想
 工作もここまでくると一段落という思いが強かった。最初は微細ネジやブラケット方向にものすごく迷いが生じたが、人間は賢い(一般論)、私もなれると苦労が小さくなった。鼻歌交じりで、制御基盤をネジ留めしていた。そして、腰や胸のブラケットも、当たり前というか理にかなった設計思想だと、感心するに至った。

 ただ、制御基盤をアルミケースに付けるとき、絶縁ということに注意が向いた。写真では見えないが、プラスティックの小さな支え輪を填めて、基盤をケースから浮かせた状態でセットしたことや、胸箱の裏から腰板をネジ留めするときは、そこだけ短い、ぎりぎりのネジ長を用いたこと。そういう細かな注意事項が少しずつ分かってきた。

 PC自作(涼夏2007PC)ではケースがアクリルだったから絶縁については気にもしなかった。その点、プチロボXなどの超小型ロボットでは外枠が金属なので、ネジ長を間違えるとショートして制御基盤がオシャカになるのだろう。

 さて、工作も次回は終わりに近づく。四肢はめ込みと、ワイヤリングというか、配線のまとめになる。あらかじめ書くと、PCでもロボットでも、配線ということの重要性をこの頃痛切に味わいだしてきた。いずれ良い方法が生まれるのだろう。もちろん、現今究極の手法は、CPU自体やメモリのように、チップ製造の銅線印刷固め絶縁手法なのだろう。(実は、よく知らない!)

ちょっとくどいメモ
 配線について、その秘術に気がついた。PC自作の最後の配線仕事だが、さきごろMacG5を研究した際、Macは比較的長い配線もいとわず、ケースの隅を大回りさせてスパゲッティ状態を避けているな。さらに、マザーボードの上げ底空間を利用して、ボードの下部に線を通している。これらも、現今有効な手法だと感心した。将来の自作PCでは使わせてもらおうぞ。

04←また続く→06

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2007年10月22日 (月)

小説葛野記:2007/10/22(月)流れゆく秋

 昨日日曜日の午後、夕風呂あがりにカレンダーが目に入った。「今秋も、あっというまだな」と思った。
 心理的に、年齢による時間経過速度感覚の変化は知っているが、「あっ」という気持ちは、理屈にかかわらずより深くなってきている。

 今秋こそは、紅葉をカメラにおさめたいと毎朝考えているが、来月なんだろうな。平年は、嵐山の紅葉は11月の10日~20日ころがよいらしい。夏が酷暑だと、それも遅れると耳にした。だが、12月、初冬の紅葉は季節感からずれている。なんとか、11月に入ったら紅葉を見ておきたい。

 と、忘れそうだったから、昨夕風呂のあと「あっ」と思ったのだろう。

 本日は午前中に二つの講義を終えた。毎年同じことを話していても、毎年少しずつ変化がある。それは受講生には分からない。
 以前東京の大学のことだが、十年、二十年前の古いノートを眠るがごとく毎年使って講義する教授のことを、世間や学生が叩いていた。その先生がどんな事情でそうしていたのか、実態は分からないのだが、真理・学説の大きな変動は、分野にもよるが10年、20年の経年変化に左右はされないだろうとも言える。

 ノートが古くてすり切れているから、教授が加齢で元気がなくなっていたから、批判をあびたのだろうか。ちかごろの大学はそうでもないが、以前の大学は定年制もあってなきがごときだったから、比較的高齢の教授がたくさんいたよし。

 すり切れたノートの代わりにDVD投影や、パワーポイント紙芝居にしたところで(余は最近そうしている)、伝える内容に変化はないなぁ。
 余の本心はね、どんなメディアからだって、どんな眠るがごとき話からだって、必要なものを必要な時に探して持ってくる、そういう「力」があればよいのだよ。そして、それは転機をまつよりしかたない、という諦念もあるな。「必要だ」という気持ちがわいてこないことには。むつかしい。

 今、余は「紅葉」が必要なんだ。紅葉まんじゅうというよりも、鮮やかな紅葉を見ておきたいのだ。だから、こわれかけの安物のデジカメを出してきて、そろそろ「充電、まだできるかな」と確かめなくては。

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2007年10月21日 (日)

NHK風林火山(42)なぜ高野山?勘助と景虎

承前:NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸

高野山・奥之院

なぜ高野山
 軍師勘助(内野)と軍神景虎(ガクト)がなぜ高野山で遭遇したのか、空海・弘法大師さんのお導きなのか、迷いだした。空海といえば司馬遼太郎『空海の風景』とか、裏高野・退魔師・孔雀の物語『孔雀王』で一世を風靡した萩野真、高野山「奥の院」を想像するだけなのだが、気持の中では「何故、高野山?」とわだかまってしまった。そもそもは、後世信濃の真田幸村父子が、なぜ高野山麓の九度山に配流されたのか、そういう疑問は真田十勇士を幼き頃読んでいて、わきあがり、それからずっと解けなかった。
 そして今夜、謎がとけたのだろうか、勘助とガクト・景虎のたちまわり。

さて今夜のドラマ
 相当に、風林火山、脚本も演出も俳優達もノリにのっている。息もつかせぬというと、ハラハラドキドキを想像しようが、そうではない。
 全編、機知というか、智慧がみなぎっていて、半分笑いながらみていた。その笑いというのは、ドラマは機運がみなぎると、ここまでおもしろくなるのだなぁという、感慨だった。

 ガクト・景虎が食事しながらいう。<勘助、お前をこのまま帰したら、晴信と計って、わしがいない越後を攻めるだろう、狡いやっちゃ>
 内野・勘助、紀州梅でも食べたのだろうか、酸っぱい顔して答える。<わしを斬りなさるか。さすれば、景虎さまは、出家修行したことにならなくなる。それでもよろしのか?>
 ガクト・景虎。<そうだよ、だから困っておる>
 勘助・景虎、両名大笑いする。

 まさか両者が高野山で同日出くわすのは史実ではなかろう。出奔した景虎が高野山に来るのは、彼が仏道マニアだから必然性がある。三年前の上洛のおり、高野山に立ち寄り清胤(佐藤慶)師のもとで真言を修行したのだから。
 勘助が由布姫亡き後、心が沈み世をはかなみ、姫との約束「結婚」を受け入れられずに、かつて放浪した高野山に籠もる、……。うむ、これも必然性があるような(笑)。いやいや、お屋形様に置き手紙ひとつで、一国の軍師がぶらぶらできるわけがない。いや、勘助のことだから「西国へ、紀州へ偵察」といえば、可能性もあるな。

 と、両者を別々に記すと、高野山で相まみえる可能性もでてくるのだが、あはっは、嘘だよ、これはドラマだよ。と、書きつつも、うん? 「あり得るかな」と迷うMuであった。

 ところで前後するが、ガクト・景虎も内野・勘助も、両者共に仕込み杖なんかもって高野山修行、これがまず笑えた。あれは、じゃらじゃらいう密教法具の錫杖(しゃくじょう)でないと、裏高野。それに、ガクトがののしることば「汚い」は、勘助の顔も着物も汚いのが売り物だから、ちょっと笑ったが、よく考えると「杖と思ったら仕込み杖、勘助、お前は卑怯だ」の文脈のようだ。と、見てみるとガクトも仕込み杖なんだから、わけがわからなくって、大笑いした。

 今夜はまたガクトの長セリフを堪能したが、ああいう発声、イントネーション、顔の緊張と雰囲気は、ガクト流とでも言ってよいほどの、新たな演技メソッドとして確立したのじゃなかろうか。真似する演出や役者も数年後にでてきそうな気がするな。それほど、おもしろい。決まっている。
 北野監督なんかが、みずからガクト流で役者やったら、それこそ天地がひっくり返るほどの喝采、爆笑をもたらすことだろう。

 ガクト、君って、凄い人だよ。Muは、最高に感心した。
 (うちの漫画博士が、あとでぼそりと言っていた。ガクトに安倍晴明やってもらいたい、って)

嫁取り変じて娘となる
 たしかに由布姫の真新しい卒塔婆の前にぬかずく勘助は、胸に迫るところがあった。回想シーンで描かれる由布姫(柴本幸)も、その一つ一つが瞼閉じれば鮮やかに思い出せるセリフと表情だった。
 その勘助が、姫様から「嫁をとれ」との最後の約束を無理強いされて、今極まって高野山に逃れ、もどって晴信に答えたのが、なんと「リツさんを、娘に、養女にいたします」とはなぁ。

 もともと由布姫も16歳の美少女だった。そも発端が妖しい。今度は20過ぎた、しかも自分を慕う美女を養女にしたいとは! もしかしたら、山本勘助殿は、生粋の「ろ○こ○」サンじゃなかったかしら、と疑うほどの遁辞、逃げ、上手な結論だね。

 ただ今夜は、このあたりの場面も実は笑ってみていた。上手やなぁ、これで由布姫の本当の心を傷つけず、晴信大将にも逆らわず、世間さまに顔向けできる。こんな答えがあるとは、実は、Muは気がつかなかった。それを、あっさり言ってしまう勘助は、なにかしら剽軽ささえある。心がなごんだ。
 あの、今は眼前になく彼岸の人とはいえ、由布姫の気性を考えるなら、殺されそうな選択を迫られて、よくぞ勘助、八方うまく収めたと喝采を送った。

まとめ
 三条夫人の顔つきが大人びていて良かったな。由布姫に対する感情の複雑さが現れていた。
 清胤(佐藤慶)の目元が細く、メークか貫禄なのか、高僧そのものに見えた。佐藤さんは京都の町でも以前ときどき見かけたが、渋い俳優という言葉がぴったりする。曼荼羅の説明を、景虎と勘助にする場面が印象に残った。

 景虎の姉役の女優だが、うむ、よいねぇ(笑)。
 だがしかし、景虎は姉を慕い、そして姉の口からは、景虎の母への思慕の深さがうかがえた。男女共同参画のずっと以前から、男は女に支配されてきた痕跡がたしかにあるぞぉ。その影をひいて、景虎、また越後の龍にもどった。
 来週も楽しみだ。

参考
  高野山と武家についてのサイトがありました。 
 武将と高野山展示リスト

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2007年10月20日 (土)

小説木幡記:2007/10/20(土)暗闇の力

 タイトルを最初「闇の力」にしたのだが、誤解が生じると思って、暗闇の力に直した。

 木幡帰還後30分、食後も30分、部屋を暗黒にして横たわっていた。
 使い慣れた言葉、なれた感性だが、闇は余に心地好い。
 光は、闇の中でキラリとするイヤリングのようなものが最良だ。
 太陽の子であった時よりも、闇の子であることに安心感がある。
 闇は対峙するものではなく、溶け込む液体のように味わう。
 闇海かもしれない。
 すると脳と闇とが融け合って、気持が、自我が、穏やかに解放される。
 闇を伝わって気持が外へ滲み出し、やがて闇全体が余になっていく。
 密度が減った分だけ、薄まって、全ての緊張がほどけていく。

 それは、心や精神のことだけじゃなくて、身体、肉体が融けて薄まって、疲れまで消えていく。

 今日も葛野で宿題をしていた。一つは毎年の責務。なにかしら人身御供になって、毎年今頃ワープロを動かしている。なぜ? 何故、余の宿題になるのだろう、と五年間ほど考えてきた。
 つまりは、余にとって無意味、無益なことをするのが、世のため人のためになることもあると、気がついたから。意味付けは人や回りがするのだろう。そういうことが、世間で生きていく上で、一つか二つはあってもよい、功徳、と思えるようになってきた。多分、そうなんだろう。そして、余の限られた生の中では、まったくもって価値がない。無いにもかかわらず、頭が動く、手が動く、プリンターが動く。
 それが、生なのだろう。

 もう一つは、懇意にしている葛野図書倶楽部2001の組織図造りだった。相手は人だからロボットのようにはいかない。脳がある、心がある、そして感性がある。図に描かれた線一本が組織を変える、駄目にする、活性化させる、騒乱が生じる、そして平和が生まれる。
 組織図を造ることは、唯一の権限、叙任権を持つ余の最大の責務なり。
 叙任権問題が、彼我歴史の節目だったことの深い意味を、今日の午後一人で思い返していた。人の世であるかぎり、予算掌握権よりも、生殺与奪権よりも、叙任権が上位になる。
 本邦嚆矢は聖徳太子さんだったろうか。

 組織にあることは忍苦であろう。組織を離れ孤立することはさらに辛苦である。別の世界に移っても、そこにも組織があって、いつのまにか自らが采配を振るうことになる。それを皮肉という。
 人が歯車になることは否定的に言われ続けてきた。
 しかし、歯車なしでは仕掛けは動かない。強靱で柔軟な歯車になればよい。歯車はいつでも取り替えられる。取り替えられることを理解した上で、なお組織に骨を埋める心映えこそ幸いなり。そうでなければ、どんな小さな組織、どんな大きな組織にあっても、無意味なオブジェでしかない。

 無意味なオブジェに価値が生じるのを、芸術と言うのだろう。
 残念ながら、芸術の世界にも組織があって、序列があって、苦しみもだえる。

 だから、小さな組織を生き抜くのがよい、と思った。
 充実とか、意味づけとか、価値があるのかどうかとか、おもしろいとかおもしろくないとかは、心の綾。
 それが分かると、闇の子になる。
 おもしろいと言えば、この世はなべておもしろい。
 
 今日の木幡亭夕食は、ご飯、漬け物、小芋と油揚げの薄味噌仕立て汁(要するに味噌汁)、羊肉のローストわさび醤油で、デザートは柿。飲み物は発泡ワイン。煎茶。
 この間、箸が動いている間は、闇も光もなかった、うまうま。
 いま、嘘珈琲も飲んだ。上がりだな。

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2007年10月19日 (金)

昭和の鉄道模型をつくる(05) 交番・詰め所・公衆便所

承前:昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム

05:ここまで完成(~5号) →面影橋駅近くの交番と駅・詰め所

05:斜めから見た全体
05:交番・詰め所の完成
05:ここまで完成(~5号)

 建物が少しずつ増えてくると現実感がそれにともなって強くなってきた。なんとなく「写生」という言葉が頭をよぎった。模型には、現実と寸分たがわぬ縮小への方向と、この世にないような物を作る方向に大きく二分されるようだ。今、私が作っている「昭和の鉄道模型」は、前者なのだろう。後者は「オモチャ」などに多いと聞く。いずれにしても、もう過ぎ去った昭和30年代の姿なのだから、この世にはない。
 今回は、おそらくその時代の東京の、面影橋駅近くの情景だと想像する。交番と、駅の詰め所と、そして公衆便所が付録に付いていた。交番には警察官が一人立ち、公衆便所の左側には換気扇(筒)まで付いている。そして詰め所の裏には、ドラムカンや、正体不明のものまで見え隠れしている。なんとも、ジオラマ設計者の思いの深さが忍ばれる内容だった。

05:部品と工作

05:交番・詰め所の全部品
05:部品の細部仕様拡大
 先回に引き続き、建物の組み立てになる。すでに駅舎やホームを造っているので、難しさはなかった。ただ、相変わらずの話だが、細い架線を切り取るときは、乱暴に引きむしらず、カッターナイフをそっと上から押しつける方法をお勧めする。
 それと、今頃はっきり気がついたのだが、凸凹のはめ込みで、たとえば写真の交番の裏を確認すると分かるのだが、前後左右を間違えないように、凸凹双方に小さな切り欠きが付いている。今後もそういう事例はあると思うので、あわてずに、よく視認してはめ込むのが肝要だな。
 そういえば、自作PCのCPUをソケットにはめる時も、必ず片隅が一つだけ切り込まれていて、左右前後を間違わないようにしてあったけ。
 なお、今後の数回は工作がなくて、レールが何種類も付録についてくるようだ。

05:AtoZ:コントローラーのしくみ

05:AtoZ:コントローラーのしくみ
 コントローラーとフィーダーという二つの専門用語が使われていた。前者は電源制御装置といえばわかりやすかろうか(笑)。家庭用100ボルト交流を、直流の0~12ボルトに自由に変えられるようになっている。電圧で電車の速度を操れるのだろう。前進後進もできる。
 コントローラーには、その他に分岐線路のポイントを操作したり、信号機まで制御できるようだ。すばらしい。ただ、線路の全長をのばしたり、動力車の数によっては、少し高容量(数アンペア)のものが必要になる。おそらく動力車を増やすときはレールを工夫して、別のコントローラを必要とするのだろう(まだ、無知)。
 なお、本誌では、25号まで入手し、応募券を25枚ぺたぺたはって講談社に送ると、コントローラを全員に送ってくれるようだ。応募券は、大切にしよう。誰かに冊子を貸して、切り抜かれたら一大事!
 そうだ、フィーダー。これはコントローラーからの電気をレールに通す為の部品で、11号の付録になっている。送電装置とでも、おもっておこう。

05:昭和の鉄道模型を作る

05:昭和の鉄道模型を作る
 <TETSUMO(鉄模)の達人>は、明確にNゲージとあった。掛川克己(58)さんが、どこにお住まいか、どんなお仕事をしているのかは分からない。ともかく民家の二階(子供部屋だった)に、3.3x2.1mというジオラマをつくって楽しんでおられる。牧場とか立体交差があり、新幹線も私鉄電車も走っている。最初は畳一枚程度だったらしいから、私も将来は半畳くらいから始めようか(笑)。
 <駅ものがたり>は、東京駅だった。設計はじめは「鉄道の中心駅」だったのが、しだいに「帝都の玄関」となっていったらしい。昔楽しんだ映画「帝都物語」を思い出した。平成23年には創建当時の偉容が甦るらしい。ミニチュアが手にできるかもしれない。
 <人物>には、版画家の棟方志功さんが登場していた。「ワだばゴッホになる」と言い続けられた人らしいが、ゴッホとは別に独立してすごい芸術家だった。「板極道(ばんごくどう)」と自称されたよし。うむ。昭和30年代に、国際的な大賞を二度も受けられた。そういう時代だった。

05:未来の図書館、過去の図書館
 まだ五号だが、おりおりに考えてきた。私の仕事は青年少女に「図書館」のことを教授することである。これまで科目課題で、彼女らは様々な図書館設計・企画書や模型を生み出してきた。その詳細はいつか語ることとして、今私がジオラマを制作することで、私自身の考えがより明確になってきた。

 私は実は昔「電子図書館」というものに専念していた。薄い著作もある。その時、工学系、自然科学系の諸博士達の間にはさまって、もっとも悩んだのはメディアのディジタル化が、やがて「図書館」という「館」を失わせる方向にひた走ることだった。私は生来、アナログな人間だった。だから情報や知識が、目に見えない、手で触れない、そういう世界だけになることを、とてつもなく怖れた。

 そこで。
 いま、ジオラマで小さな建物やレールを触っていて、気持ちは将来の別のジオラマ制作で一杯になってきた。そこには、図書館がある、博物館がある、学校がある、森がある、湖がある。前方後円墳もある(笑)。ピラミッドはやめるにしても、お城もある。

 その中で、どのような配置、どのような景観のなかで、どのような建物としての図書館があれば、人々は一方でネットワークメディアを使いながらも、他方で、現実の手に触れられる図書館に足を運んでくれるのか。その解が、ここ数年で得られるのじゃなかろうか、とピンセットを触りながら考えた。それらを、若い学生達に「どうじゃ~」と、見せてやりたい。

04←→06

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2007年10月18日 (木)

小説葛野記:2007/10/18(木)咳き込みながら着手発表

 昨日は熱っぽいままに帰還が遅くなり、今日は咳き込みながら、共同演習の発表に臨席した。着手発表のうち、後半日だった。

 本日定食は、あと、もっとも重い会議、そのあとも別の報告会に参加して、夕方遅くには、へろへろになっておるだろう。これも、お仕事、生きている税金。

 しばし、生きている証、話題の小説葛野記を一筆啓上。

 一限目(情報サービス)は副長助勤、総務助勤の定例に合わせて、書記局長もゲストで参加した。あとで、ゲストからの発表内容感想も言ってもらった。このゲスト殿は、他の助勤達とは違った風変わりな見解をみせるので、おもろい。

 そうそう、二限目(主題分類)は、午前の助勤もそのまま合流したので、局長助勤、二番隊長助勤に加えて、総数5名の4年生と、余がプレゼンテーションを拝聴した。
 終わった後で、一限目参加の上級生達にもそれぞれ「私なら、この班の発表に、一票投じます」を語ってもらった。
  倶楽部の人たちは、みんな「発表聞くのが好きなんだな」と、思った(笑)。

 昼に助勤たちに部屋に来てもらって毎週の反省会。スイーツを食べながら、あれこれ。

1.助勤たちの方が、余よりも手厳しい。昨年、艱難辛苦を味わっているから、余よりもツボを心得ているようだな。
2.今日は、幾分、助勤も余も先行投資だった。発表自体よりも、なにかしらに期待する、賭けるというノリで各人一票を投じた。
3.十一月に予定する中間発表になると、投機的な投票は少なくなる。本当に作品が完成するかどうかで見るなぁ。
4.受講学生達の相互票(各班は、一票を持つ)は、他班の「」発表の巧拙」そのものと、発表者と助勤や余とのやりとりで決まる事例が多いようだ。(中には、なんとなく、班相互での取引も匂うが、まあ笑って見過ごしている)
5.ということで、半期分まるまる使う共同演習での、着手発表や中間発表は、お祭りだな。以前からそうだったが、今期もそうだった。あはは、授業を楽しみすぎて、学生には申し訳ない。

 で、重い会議まで少し時間があるが、脳が熱かだるさでぼんやりしておる。
 しばし横臥しよう。と、気がついたら真夜中だった、というのも困る。

ではまたあした、これにて、小説葛野記、一篇の終わり。

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2007年10月17日 (水)

卑弥呼の墓(006) 邪馬台国がみえてきた/武光誠

承前:卑弥呼の墓(005) 邪馬台国は古代大和を征服した/奥野正男

2000.10:邪馬台国がみえてきた/武光誠

邪馬台国がみえてきた/武光誠(たけみつ・まこと)
 武光誠がまとめた『邪馬台国がみえてきた』の結論を理解するには、中国の江南という言葉に、最低限の理解が必要となる。江南と言う言葉自体の持つ意味は重層的で、日本の過去を知るには、研究図書を何冊も読む必要があるが、ここでは、ショートカットで、一体どのあたりのことか、それだけを前提知識として記しておく。

 中国の「江南」を具体的に指す地域は、時代によって微妙に違うようだ。ともかく黄河ではなくて、長江の下流(海より)の南部一帯をさすが、現代都市の名前としては、上海、杭州あたりが海に面していて、以下に話すことに都合が良い(笑)。もちろん、もっと南の福州あたりも江南なのだろう。

 まず、現代の上海市をGoogle地図で示しておく。すると、真東へ約800kmほどのところに鹿児島がある。そこは日本だ。しかし大昔の中国の江南の人が、どんな航路で日本に渡海したかは、また別の専門書を調べねばならない。それも今日は省略。

 日本の縄文・弥生時代を通して、朝鮮や中国からおそらく何千もの小集団が日本に来たと思う。あまりに時間の幅が長いから、もともと地理上の日本に大昔から居た人達(仮に縄文人とする)との関係は、融け合って、区別はつかなくなっていたのだろう。一時にどのくらいの集団できたかはケースによって異なる。当時、たとえば西暦一世紀ころだと、まだまだ船も船団も小さくかったろうから、決して万、千のオーダーではなく、数十人から数百人の集団が多かったと想像する。
 武光は、その中でも弥生時代前期から中期にかけて、江南文化の影響が強く日本に現れたと説く。時代を補足するなら、西暦で一世紀ころ、中国では前漢と後漢王朝の境目ころだろうか。充分な幅があると思うが。
 以上のような、私のおぼろげな推測の上に、武光誠の邪馬台国結論を記しておく。

1.武光誠の著書の結論部

 邪馬台国の時代の約半世紀前(Mu注:難しいが、仮に西暦200年前後とする)に、江南の航海民の一部は、瀬戸内海を東進(Mu注:なんとなく神武東遷)していた。彼らは宗像(むなかた)と、北九州の瀬戸内海側にある宇佐とを出発点として広まっていった。そして、その中の最も有力な集団が、卑弥呼と同時代に奈良県桜井市纒向遺跡をつくる。そこの首長は、まもなく大和朝廷をひらいて水軍を用いた征服活動をはじめる。邪馬台国は、四世紀初頭に、宇佐、宗像の水軍と結んだ大和朝廷に滅ぼされたと思われる。(同書p212)

 武光は「邪馬台国は筑後川流域(筑紫平野)にあった」と、いわゆる九州説なのだから、上記引用から明らかなように、現天皇家のご先祖であろう当時の大和朝廷と、邪馬台国とは、そこに断絶を認めている。「大和朝廷は江南からきた小軍によってひらかれたことになる。」という、分かりやすい説となっている。もちろん、邪馬台国の人達も、もっと昔に江南の、水軍にたくみな人達と交易していた融合民だったのだろう。

2.邪馬台国はどこか:武光説

 私は、邪馬台国は福岡県大川(おおかわ)市から柳川(やながわ)市に至る地域にあった可能性が高いとみている。(同書p208)

 武光は吉野ヶ里が近く(Mu注:大川市の北・十数キロに吉野ヶ里公園がある)、そこの集団と関係のある人達が邪馬台国を興したとする。吉野ヶ里の衰退期が邪馬台国の勃興期にあたり、吉野ヶ里の遺産を継いだ、という論調だった。

3.卑弥呼の墓
 本書ではよくわからなかった。
 卑弥呼の宮殿も墓も、本書の性格上、武光は書く必要がないと考えたのかも知れない。つまり、非常におおらかで、魏志倭人伝をそのまま読むと邪馬台国は九州でも大和でもよろし、となる。それよりも、古代の日中関係史(Mu注:江南の民と倭国の関係を含むのだろう)を重視している。
 九州でも、大和でもよいという雰囲気にも関わらず、筑紫平野を邪馬台国に比定したのは、武光が江南から渡海してきた優秀な一団が活躍するには、筑後川流域が地政的に最適と考えたのだろう。そして、吉野ヶ里遺跡との関係も、なんとなく私にもわかったような気がした。

感想
 いろいろ自分にも考えはあるのだが、未だ披瀝するほどではない。やはり日曜邪馬台国作家としては、邪馬台国が九州か大和かよりも(Mu注:大和に決まっておる!)、個々の吉野ヶ里遺跡とか纒向遺跡の関連が分かりにくい。そして、実は邪馬台国と大和朝廷の連続性や断絶についても、当時の人間ではないので、よくわからない。
 私の基本は、魏志倭人伝は史官小説とし、嘘嘘しいと誹られてきた潤色多き記紀を信用する立場なので、神武東遷と崇神天皇と卑弥呼との関係などが、いまだにしっくりしない。
 だからこそ、武光誠のこの図書は、私には一種の明快な、清涼剤のような味わいをもたらしてくれた。とくに、1.で引用したイメージは、爽快である。なんだか、いつのまにか邪馬台国、吉野ヶ里ご近所説に傾いてしまう自分に気がつく。
 それでよいのだろう。
 結論はでている。それまで、一杯道草して、滋養のある考えを身につけ、消化していこう。この度は、歴史哲学的観点による邪馬台国問題という、御馳走をいただいた。

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2007年10月16日 (火)

少年司書ロボ0号(04) プチロボXの両足(お笑い短足・扁平足)

承前:少年司書ロボ0号(03) サーボモータに骨(ブラケット)をかぶせる

二足歩行の足と手
 今回のプチロボXの組み立てで、二足歩行での「足」というものの原型というか原理はだいたい分かった。この少年司書ロボ0号だと、股関節、膝関節、足首関節と、片足につき3つのサーボモータを使っている。
 それぞれのモータにそれぞれの微妙な角度を伴った動きを指示すれば、生物が歩行する「足」の役目を金属の足が果たす。もちろんそのプログラムは私みたいな初心者には無理なので、はじめからモデル(台本:スクリプト)が付いている。完成の暁には、それをまねたり、修正したりして、思うように動かすわけだ。

 ただ、このプチロボXキットでは、腰全体を回転させるサーボモータはない。このために、微妙な方向転換は、まず無理かもしれない。勿論身体の重心を変えることで、そろそろと歩く方向を変えることは可能だろうが難しい。他の高級キットでは、腰にサーボモータを付けて、方向も自由に変えられるものがある。価格や用途にあわせた、それぞれのキットだと思った。

 さて、手。
 これは、手つかずと考えた方がよい。両肩にサーボモータがあるだけで、前後に振ることしかできない。肘とか手首とか、まして指の関節はないのだから、手を左右に動かしたり、物をつかむことはできない。
 これは、昔から映画などでみるマニピュレータというものに相当するのだろうか。だが私がこれまで見たのは人間が長い機械製の手指を、離れたところから操り人形のように使って、放射性物質とか強い毒をさわるものだから、ロボットの手とは、少し異なる。そのマニピュレータをサーボモータで操り、肩につければ人造「手」になるのだろう。
 興味がわいたのでロボット用の手をさがしてみたら以下の記事があったが、私にはいささか高価なものだ。片手だけで、プチロボXの一台分以上の出費になる。しばらくはあきらめるしかない。
 (株)アールティのロボットアーム: http://www.rt-net.jp/old/movie.shtml

工作04-1 足(左足)の組立

足裏(左足)からのネジ留めの様子
足の裏(左足裏)
足首サーボモータと電池ボックス(左足)

 写真の左右と実際の左足、右足とは逆になる。
 実は最初に、右足は組み立ててしまったので、ここでの説明は左足の組み立てになる。
 少年期に比較的模型をさわっていたので、訳がわからなくなると、ともかくあちこちさわって調整して知らぬ間に完成させた経験がある。それが、右足だ。ここでは、左足を順をおって、理屈にしたがって、組み立てていく。
 組み立てが難しいわけではないが、おなじ形のブラケット{ボディ、アーム}を付けた関節(サーボモータ)を、用途・場所に合わせて方向を変えて接続するので、マニュアル写真を正確に読み取るか、実際に動かしながら組み立てる必要がある。そして、4本のネジ留めが必要なところは、4本をバランス良く均等に締め付けるという工作の基本姿勢が必要である。

工作04-2 左膝関節と左股関節

左膝の組立
左股関節と、左膝関節
 左・膝と左・股とは、似ているがブラケット・アームの取付位置が異なる。これは文章にすると余計にわかりにくくなるので、写真をよく見ていただいて正確にネジ留めすること。注意点は、アームの取付位置と、そして、アームの切り込み部分の方向、この二点である。なれないと混乱する(笑)。
 ただし、プチロボXを完成し、十分慣れて、別の変形(トランスフォーム)ロボットにするときは、このあたりの方向や位置を自由に考えて、いろいろな変わったロボットに変身させることになる。

工作04-3 左膝と股の結合

左股関節と左膝関節の結合
ブラケットアームとハトメ
 少年司書ロボ0号は、結果として短足になる。その原因が、足首とか膝とか股を直結させるからだ。間に長い骨が入らない。これはこれで組み立てがすっきりして、合理的ともいえる。そしてそれは、プチロボX・設計思想のよってきたる所だろう。
 接合は、相手の丸形ホーンの裏側に当方アームの切り込み部分を差し込み、同時に相手のハトメを当方アームの穴にはめ込む、となる。最初の右足組み立ての時は、いささか迷ったが、一度二度と接合すれば、左足は思いの外、簡単だった。他のロボットは知らないが、わかりやすくて、接合はしっかりしている。

工作04-4 完成した両足

くねくね両足
完成両足
 写真のように、完成した両足は、くねくねと良く曲がる。ただし前後方向だけで、左右には捻られない。当たり前か、人間の足も左右には捻ることができない!
 これを見ていると、幼児期に遊んだ、竹輪を針金でいくつもつなぎ合わせた蛇とか龍のおもちゃを思い出した。少年司書ロボ0号も、関節をいっぱい付けて~、と思ったが、そのあたりが現代の模型ロボット・キットでは、制御基盤を触る腕がないと無理のようだ。残念だがしかたない。
 しかし、9つとか、20近いサーボモータを動かすのでも、高級キットではいろいろな支援(教示による学習)があるにせよ、二足歩行させるのは、至難の業だとおもった。
 時をかけよう。はじめから、すべてをマスターできるわけがない。ゆっくりと。

感想
 ということで、サーボモータやブラケット{ボディ、アーム}による関節を、組み合わせることで、両足らしいものができた。すでにご承知のように、この方法で、ちゃんと動いている。だが、組み立てはまだまだ続く。
 慣れればもう少し気楽だが、最初は、関節と関節とを接合させるのに、少し面食らった。だいたい工作とは、事前に方法が読み切れるものだが、年齢なのか(笑)、複雑なのか、マニュアルを良く読んで手を動かして、初めて納得できた。そして、ブラケット一つとってみても、ものすごい小さな工夫の積み重ねがあると、思った。
 その精度、その汎用性。人間は、やはり賢いな!

03←また続く→05

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2007年10月15日 (月)

小説葛野記:2007/10/15(月)MuBlogシリーズ調整

1.MuBlogのシリーズ
 いろいろな事情が重なって、MuBlogのシリーズ化が進んでいる。数えてみると、多い。
 小説葛野記、小説木幡記は、余の内心では、短編小説と思っている。しかし全体を通してみると、シリーズなのだろう。

 最近では、
 鉄道模型シリーズ、少年司書ロボシリーズ、卑弥呼の墓シリーズなどがある。
 年に数回だが、PC自作シリーズがあるが、これは夏に「涼夏2007PC」を作って書いたので、しばらくは資金的に無理だと思う。PCは今でも余にとっては高額マシンだから。
 作家の森博嗣作品感想記事については、いまのところ「X」シリーズを刊行されるたびに書くつもりだ。森博嗣も年末あたりで作家廃業の段取りに入るだろうから、Muとしては過去作「S&M」やVシリーズの見直しをシリーズ化するしかない。
 
 そうそう、NHK大河ドラマシリーズ。
 これは毎週日曜の夜だけだが、年末まで楽しく見よう。
 来年は、幕末話になるが、おそらく継続して見るつもりだ。原作を以前読んでいて、なかなかおもしろかった。最後の将軍についてこっぴどく描かれていたので、それも気に入った所以だろう。

 卑弥呼や邪馬台国、古代史シリーズは、いまさら、あわてず騒がず、過去の整理につきる。金印がでるわけでもないから、すべては「遙かなり、邪馬台国」となろう。

 今後、鉄道模型と少年司書ロボに熱中する予感がする。前者は、毎回さわっていてじわじわと形をなすところに快感があり、しかも今のところ容易で疲れない。
 後者は、無限の可能性をひめていることを痛感している。プチロボXは組み立てのおもしろさ、そして他に廉価なセンサー系のものもある。それぞれは必要資金も小さいが、可能性については、気が遠くなるような世界の広がりがある。
 鉄模でジオラマをつくり、そこでロボット・ゴジラを暴れさすなんて、なんだかトンデモない夢も見てしまった(笑)。

2.本日定食
 情報図書館学。図書館の組織について初歩的な話を一席。ロボットや未来の図書館ジオラマは、来年のおたのしみ。
 資料組織2。しばらくは目録の基本を、大急ぎでパワポおひろめ。

 そのあと午後に、宿題一つ着手。これは、毎年今頃胃をいためてきたが、税金だな。
 そのあと、書類や部屋のかたずけ。

*.というわけで
 今日も一日せっせせっせと働こう。足腰動いて、脳が活動している時間も、あと何年、何時間~。生きているうちが花なのさ。

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2007年10月14日 (日)

NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸

承前:NHK風林火山(40)三国同盟よりも由布姫の去就

ドラマ:由布姫の最期
 俳優(女優)というものの特殊な姿を今回のドラマで由布姫(柴本幸)に見た想いがした。Mu流の言葉でいうと、それは「依り代」となろうか。簡単に言い直すと、女優に神が宿る、なにかが憑依するとも言える。日本映画でも過去数名は思い出すが、いずれも名優だった。
 今回の柴本の場合は、若さもあって、本人自身の今後を考えると危うさも味わった。
 しかしその危うさとは、マイナス要因としてではなく、女優として切迫した状態が継続することの危うさである。日常に戻れない。日常が空しくなる。虚脱する。だから、女優として生きる他には、柴本の道は限りなく細い。

 そしてまた、国内だと差し障りもあろうから、海外に例をあげるなら、初期段階で大役をこなした俳優が、その後長く、別の人生を次々と演じることの難しさもよくみるところである。007のジェームス・ボンドを演じたショーン・コネリーがその後、たとえば「薔薇の名前」にまで達するには相当な努力があったはずだ。観客が彼をボンドとしか見ないことと、本人が初期刷り込みによって、脱却は、命がけとなるのだろう。アラビアのロレンス役だった、ピーター・オツールも、Muの中ではそうなってしまっている。彼の20代後半のロレンスは、「彼こそがイギリス軍諜報大佐、ロレンスである」とまで、異国の観客だったMuにすり込まれてしまった。その後の彼は、随分名優としてしんどい人生を歩んだようだ。

 柴本幸の脳内はおそらく由布姫になってしまっている。一々のセリフはやがて、台本ではなく彼女本人のセリフ、所作になってしまった。
 そして、今夜の由布姫最終回。それは極みに達した。
 台本を作るのは柴本じゃない。しかしなお、書かれた文字内容を内在的に消化して、身の深奥から肉体を通した音声として出すのは女優・柴本幸であり、彼女の場合、台本からも演出からも、枠を壊して遠くへ飛び上がってしまっている。だが、柴本が演劇を芝居をドラマを無視したのではない。柴本にとって、それが自然体、地のままだったのだろう。
 まさしく、由布姫は柴本幸だったのだから。

 というわけで、緩急、笑いと悲傷と、暗鬱と、そして勘助に対する命令口調、すべてが流れるように自然に、姫の表情や立ち居振るまいが変化していく。つまり雰囲気全体が変わっていく。そのような、流れを自在に制御できるのは、ある点で名優だし、ある点では柴本の力量よりも、天性の資質なのだろう。資質は経験則に載る力量を、常に凌駕する。

 今夜も、もちろん由布姫のエピソード以外にも、心残りのシーンがいくつもあった。それらが由布姫の死で吹っ飛んだわけではないが、それを詳細に記すほどにはMuの心が闊達ではない。人の死は重い。たしかに予定調和としての死の退場ではあったが、勘助を困らせるのは姫の仕事という別れを前にして、姫のドラマ生命が走馬燈のように流れていく。もはや、筆とるあたわず。

 さて。
 柴本は今後も女優・柴本幸の生を生きることだろう。それを見る機会もなかろう。これで、オシマイと、いたしましょう。
 来週からは、終盤の突撃(笑)、男勘助、死力を尽くして戦国乱世を突っ走る。そばにいるのはガクトに亀さん。よい取り合わせだと心から思う。

 最後に、かねてよりしたため置きし、Muから由布姫への惜別辞、一通付帯するものなり。↓

続きを読む "NHK風林火山(41)さよなら由布姫・柴本幸"

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2007年10月13日 (土)

昭和の鉄道模型をつくる(04) ホーム

承前:昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅)

04:ここまで完成(~4号) →面影橋駅のホーム

04:ホームの完成

04:ここまで完成(~4号)

04:ホームの細部
 4号にも簡単な工作がありました。ホームの組立です。作りながら笑っていたのですが、実は近所のJR奈良線木幡駅はこのタイプなのです。で、このシリーズは工作と言っても、今のところは、プラスチックのパーツ(手すりとか駅名表示板)を切り出して、別の基盤になる大型部品(ホーム)に差し込むだけです。私は今回、気を回して木工ボンドを垂らしましたが、それも不要なくらいに精密な作りです。日本の昔の、釘を使わないはめ込み方式と似ています。
 そうでした。だからこそ、下記の「部品と工作」の写真をよく御覧下さい。

04:部品と工作

04:ホームの部品の全て

04:パーツの切り出し

04:パーツの足元に注意
 本誌にある作り方では、パーツをフレーム(枠)から取り出すときは、指でねじ切ればよいと書いてあります。その通りです。しかし、簡単な下敷きの上に枠をおいて、パーツの接合部をカッターナイフで、軽く押さえるだけでも綺麗に外れます。
 この時に、パーツの根本に気をつけてください。凸と凹ではめ込むのですから、凸の突起部を切り取ると、基盤部材の凹にはめられませんよ。
 ボンドは不要なのですが、私は永久に外れないことを願って、ちょっと用心深く爪楊枝に付けて垂らしたら、ぼたぼた、と落ちて失敗しました(笑)。しかし木工ボンドは乾くと透明になるので、よほど注意しないと失敗が分かりません。

04:AtoZ:車両の乗せ方

04:AtoZ:車両の乗せ方
 このシリーズの「A to Z」は毎号、とても分かりやすくて、これを50冊分読んだら、本当に「鉄模の達人」に近くなりそうです。今回は、列車をレールに乗せるための補助具「リレーラー」という200円程度のツールを紹介していました。たしかにNゲージだと、小さいから、沢山の車輪をちゃんとレールに乗せるのは難しいです。(今はプラスチックの車輪だから軽すぎて、余計にそうです)
 後日、レールに電気を通した場合、うまく乗せないとショートしたり、動かなくなったりするわけです。そういうことが、沢山の写真を使って丁寧に書いてありました。
 そうですね、新幹線なんかだと、どのくらいの車輪があるのでしょう。いつか、リレーラを必要とする時が来るかもしれませんね(笑)。200円程度のツールがどんなものかは、本誌を買って御覧下さいな。

04:昭和の鉄道模型を作る

04:昭和の鉄道模型を作る
 <TETSUMO(鉄模)の達人>は、旅行作家の長崎快宏(59歳)さんです。HOゲージというNゲージよりは大きくて細部を表現しやすいモデルを、紙と木だけで2000両も作られた方の紹介です。写真で見る限り、金属製にしか見えません。うむむ。
 <駅ものがたり>には、阪急電鉄梅田駅の紹介がありました。数年来、行ったこともないのですが、近くだから昔はしょっちゅう使った駅です。ひろいな~と思ってはいましたが、9線10面ホームというのは、作られた当時は驚嘆するような駅だったとのこと。
 <昭和の情景>では、石原慎太郎さん、裕次郎さんが写真にあって「太陽族」のことが書いてありました。二人とも、一橋大学、慶応大学の学生だったころは、なかなか良い男ぶりだったのですね。慎太郎カットとか流行りました。現・東京都知事が昔「太陽の季節」で、当時の風俗を乱した(激笑)芥川賞受賞作家だなんて、今時の若い人には想像も付かないことでしょうな。

03←→05

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MuBlogへのご招待

京都・嵯峨野の珈琲焙煎小屋
Mucoffee002
 焙煎小屋とは無粋な表現だとは思う。カタカナを使えば、キャビンとかもっと言いようがあるだろうに。ただ、最近は専門用語とか隠語以外はなるべく漢字かな表示を心がけている。もちろんパソコンを電脳とまではいわないし、インターネットを「相互乗り合い電網」とまで極端には走らない。ところで夏期に読んだ小説に「サッチョウ」というカタカナが出てきたので、悩んだ。てっきり薩長(主に幕末の薩摩と長州を指す)と思ったら、なんのことはない「警察庁」の隠語だった。
 話が飛んだ。先週末の夕方、気晴らしに嵯峨野へ出て、ビフカツサンド(牛肉粉まぶし油揚げ麺麭巻き惨怒伯爵風)を久しぶりにいただいた。相変わらずよい味だ。実は、そこは相当に渋い重厚な珈琲店で、店舗とはべつに焙煎小屋がある。そのおもむきを長年気に入っていたのだが、写真がなかった。思い立って撮ったが、光が広いガラス窓に反射して、なにやら分けの分からないオブジェになってしまった。が、よく見ると小屋の中に煙突があって、珈琲豆樽らしきものも見える。今度機会があったら、もう少しましな写真を撮ってみよう。(平成19(2007)年10月16(火)記す)

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2007年10月12日 (金)

四十三万アクセス(43万/全体72.6万):MuBlogの分析

承前:四十二万アクセス(42万/全体70万):MuBlogの分析(前回 2007.09.25)

本日・観測日→2007/10/12(金) 12:36

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↓以下、解析対象期間: 2007年9月12日(水) ~ 2007年10月11日(木)

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 16,657
訪問者数: 12,744
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 808 1,502 6.3% 9.0%
2 NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信 594 784 4.7% 4.7%
3 NHK風林火山(37)上杉謙信その前夜 290 377 2.3% 2.3%
4 NHK風林火山(38)村上義清の妻・玉ノ井 275 362 2.2% 2.2%
5 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 276 350 2.2% 2.1%
6 NHK風林火山(36)小山田の横死と美瑠姫の自死 290 349 2.3% 2.1%
7 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 227 311 1.8% 1.9%
8 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 226 274 1.8% 1.6%
9 地図の風景 209 246 1.6% 1.5%
10 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 176 239 1.4% 1.4%
11 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 189 232 1.5% 1.4%
12 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 113 203 0.9% 1.2%
13 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 156 183 1.2% 1.1%
14 室町和久傳(むろまち・わくでん) 133 181 1.0% 1.1%
15 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 133 156 1.0% 0.9%
16 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 104 152 0.8% 0.9%
17 NHK風林火山 104 133 0.8% 0.8%
18 少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略 73 132 0.6% 0.8%
19 NHK風林火山(40)三国同盟よりも由布姫の去就 105 130 0.8% 0.8%
20 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 91 127 0.7% 0.8%
20 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 100 127 0.8% 0.8%
20 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 108 127 0.8% 0.8%
23 NHK風林火山(35)由布姫の懊悩と誇り 101 123 0.8% 0.7%
24 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 69 122 0.5% 0.7%
25 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 74 121 0.6% 0.7%
26 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 103 115 0.8% 0.7%
27 さくらだ:桜田 67 111 0.5% 0.7%
28 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 89 108 0.7% 0.6%
29 京都の書店 94 104 0.7% 0.6%
29 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 85 104 0.7% 0.6%
31 自作PC 74 101 0.6% 0.6%
32 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 71 92 0.6% 0.6%
33 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 75 89 0.6% 0.5%
34 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 69 88 0.5% 0.5%
35 昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031 65 85 0.5% 0.5%
35 昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール 58 85 0.5% 0.5%
37 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 73 84 0.6% 0.5%
37 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 67 84 0.5% 0.5%
39 CPU空冷装置・掃除のお勧め 62 82 0.5% 0.5%
40 NHK風林火山(33)道安(内野・勘助)絶体絶命 61 80 0.5% 0.5%
41 読書余香 69 78 0.5% 0.5%
42 NHK風林火山(18)由布姫の決意 57 77 0.4% 0.5%
43 NHK風林火山(30)海と鉄砲 45 76 0.4% 0.5%
44 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 54 75 0.4% 0.5%
44 キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?> 60 75 0.5% 0.5%
46 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 39 74 0.3% 0.4%
47 NHK風林火山(34)裏切りの真田幸隆 60 69 0.5% 0.4%
48 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 63 68 0.5% 0.4%
49 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 45 67 0.4% 0.4%
49 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 49 67 0.4% 0.4%
51 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 59 66 0.5% 0.4%
52 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 45 65 0.4% 0.4%
53 美味しいところ 60 63 0.5% 0.4%
54 NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 55 62 0.4% 0.4%
54 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 45 62 0.4% 0.4%
56 卑弥呼の墓(005) 邪馬台国は古代大和を征服した/奥野正男 44 60 0.3% 0.4%
57 ミホミュージアムの秋 50 59 0.4% 0.4%
57 MuBlogへのご招待 44 59 0.3% 0.4%
59 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 53 58 0.4% 0.3%
60 少年司書ロボ0号(番外編)プチロボXが起き上がった! 25 57 0.2% 0.3%
61 辨慶うどん 37 56 0.3% 0.3%
62 浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか 37 55 0.3% 0.3%
63 もりしょう:そうめん処・森正 35 54 0.3% 0.3%
63 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 52 54 0.4% 0.3%
65 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 46 53 0.4% 0.3%
65 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 34 53 0.3% 0.3%
67 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 28 50 0.2% 0.3%
67 じょうしょうこうじ:常照皇寺 35 50 0.3% 0.3%
69 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 45 49 0.4% 0.3%
69 卑弥呼の墓(003)邪馬台国への道/安本美典 32 49 0.3% 0.3%
71 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 30 48 0.2% 0.3%
72 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 35 45 0.3% 0.3%
72 昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅) 27 45 0.2% 0.3%
74 少年司書ロボ0号(02) サーボモータのチェック:プチロボXの動力源 31 44 0.2% 0.3%
74 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 37 44 0.3% 0.3%
74 小説木幡記 41 44 0.3% 0.3%
77 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 36 42 0.3% 0.3%
77 NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」 37 42 0.3% 0.3%
79 0501010・大晦日の鍵善と八坂神社 31 41 0.2% 0.2%
80 冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製 27 40 0.2% 0.2%
81 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 35 39 0.3% 0.2%
81 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 30 39 0.2% 0.2%
83 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 27 38 0.2% 0.2%
83 「壬申の乱」の関係地図 24 38 0.2% 0.2%
85 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 30 37 0.2% 0.2%
85 小説木幡記:2007/10/01(月)黎明期の人型ロボット・司書 28 37 0.2% 0.2%
85 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 26 37 0.2% 0.2%
85 Blogメモ 34 37 0.3% 0.2%
89 ηなのに夢のよう/森博嗣 33 36 0.3% 0.2%
89 神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長> 29 36 0.2% 0.2%
91 小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 26 35 0.2% 0.2%
91 Hollywood & Highland:ハリウッド・ハイランド 32 35 0.3% 0.2%
91 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 25 35 0.2% 0.2%
91 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 32 35 0.3% 0.2%
95 益田岩船(ますだのいわふね) 22 34 0.2% 0.2%
96 小川珈琲本店 26 33 0.2% 0.2%
97 いしぶたいこふん:石舞台古墳 29 32 0.2% 0.2%
97 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 21 32 0.2% 0.2%
99 前方後円墳の航空写真 18 31 0.1% 0.2%
99 少年司書ロボ0号(03) サーボモータに骨(ブラケット)をかぶせる 17 31 0.1% 0.2%
99 金魚水槽の掃除(2005/12/04) 26 31 0.2% 0.2%
99 椿井大塚山古墳の現況写真 14 31 0.1% 0.2%
103 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 25 30 0.2% 0.2%
103 小説木幡記:2007/09/23(日)混沌の木幡研:スマートロードスタークーペ 29 30 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、G(google),Y(yahoo),M(MS) 以外の、

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集計対象アクセス数:9,683
検索ワード/フレーズ 割合
1 風林火山 ガクト  G Y M 153 1.6%
2 じぶり  G Y M 119 1.2%
3 GA-G33M-D S2R  G Y M 99 1.0%
4 上杉憲正  G Y M 81 0.8%
5 由布姫  G Y M 72 0.7%
6 しる幸 京都  G Y M 57 0.6%
7 桜田 京都  G Y M 56 0.6%
8 美瑠姫  G Y M 55 0.6%
9 真田幸隆  G Y M 46 0.5%
10 キラレ×キラレ  G Y M 43 0.4%
11 佐野藤右衛門  G Y M 40 0.4%
12 ミホミュージアム  G Y M 35 0.4%
13 甘樫丘  G Y M 33 0.3%
14 鍵善  G Y M 30 0.3%
15 自作pcケース アクリル  G Y M 29 0.3%
15 伏見桃山城  G Y M 29 0.3%
15 わくでん  G Y M 29 0.3%
18 京都 書店  G Y M 26 0.3%
18 プチロボX  G Y M 26 0.3%
20 ガクト 上杉謙信  G Y M 24 0.2%
20 CPU 掃除  G Y M 24 0.2%
22 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 23 0.2%
22 ガクト  G Y M 23 0.2%
22 森博嗣 名古屋大学  G Y M 23 0.2%
22 和久傳  G Y M 23 0.2%
22 昭和の鉄道模型をつくる  G Y M 23 0.2%
27 竹中半兵衛  G Y M 22 0.2%
28 うぶめのなつ  G Y M 21 0.2%
28 ぎろぎろ  G Y M 21 0.2%
28 功名が辻 竹中半兵衛  G Y M 21 0.2%
31 PCケース アクリル 自作  G Y M 20 0.2%
31 常照皇寺  G Y M 20 0.2%
33 京都 桜田  G Y M 19 0.2%
33 プルート 浦沢  G Y M 19 0.2%
35 HD 増設  G Y M 18 0.2%
35 楊令  G Y M 18 0.2%
35 昭和の鉄道模型  G Y M 18 0.2%
35 益田の岩船  G Y M 18 0.2%
39 税所篤  G Y M 17 0.2%
39 京都 大型書店  G Y M 17 0.2%
39 森博嗣 site:http://asajihara.air-nifty.com/mu/  G Y M 17 0.2%
39 gackt 浅茅原  G Y M 17 0.2%
39 山本勘助 由布姫  G Y M 17 0.2%
44 椿井大塚山古墳  G Y M 16 0.2%
44 京都の書店  G Y M 16 0.2%
46 samurai z  G Y M 15 0.2%
47 風林火山  G Y M 14 0.1%
47 魚三桜  G Y M 14 0.1%
47 リストランテtvb  G Y M 14 0.1%
47 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 14 0.1%
47 mublog  G Y M 14 0.1%
47 ガクト 風林火山  G Y M 14 0.1%
47 秘花  G Y M 14 0.1%
47 みたかのもり  G Y M 14 0.1%
55 風林火山 小山田  G Y M 13 0.1%
55 レスタト  G Y M 13 0.1%
55 京都 ぎろぎろ  G Y M 13 0.1%
55 風林火山 感想  G Y M 13 0.1%
59 昭和の鉄道模型を作る  G Y M 12 0.1%
59 弁慶 うどん  G Y M 12 0.1%
59 金魚 水槽 掃除  G Y M 12 0.1%
59 神々の乱心  G Y M 12 0.1%
59 京都 しる幸  G Y M 12 0.1%
59 冷蔵庫 修理  G Y M 12 0.1%
59 室町和久傳  G Y M 12 0.1%
59 森正 そうめん  G Y M 12 0.1%
67 天皇の宮都  G Y M 11 0.1%
67 EN8600GT SILENT/HTDP/256M  G Y M 11 0.1%
67 紅鮎  G Y M 11 0.1%
67 修飾麻疹  G Y M 11 0.1%
67 ηなのに夢のよう  G Y M 11 0.1%
67 スマート珈琲  G Y M 11 0.1%
67 京都桜田  G Y M 11 0.1%
67 高橋志保 写真  G Y M 11 0.1%
67 GA-G33M-D S2R 自作  G Y M 11 0.1%
67 SAMURAI-Z  G Y M 11 0.1%
77 じぶりの森  G Y M 10 0.1%
77 長尾真  G Y M 10 0.1%
77 黄桜カッパカントリー  G Y M 10 0.1%
77 SAMURAI Z  G Y M 10 0.1%
77 猫町 京都  G Y M 10 0.1%
77 心の旅路 瀬戸内  G Y M 10 0.1%
77 小川コーヒー  G Y M 10 0.1%
77 魚三郎  G Y M 10 0.1%
77 京都 ホットケーキ  G Y M 10 0.1%
77 九絵家  G Y M 10 0.1%
87 キラレ キラレ  G Y M 9 0.1%
87 京北 ときわ  G Y M 9 0.1%
87 妻鹿田  G Y M 9 0.1%
87 プチロボX  G Y M 9 0.1%
87 じょうしょうこうじ  G Y M 9 0.1%
87 五色塚古墳  G Y M 9 0.1%
87 桜田、京都  G Y M 9 0.1%
87 プチロボ  G Y M 9 0.1%
87 義経 高級官僚  G Y M 9 0.1%
87 森博嗣  G Y M 9 0.1%
87 室町 和久傳  G Y M 9 0.1%
87 メリーアイランド  G Y M 9 0.1%
87 マキムク遺跡  G Y M 9 0.1%
87 自作 GA-G33-DS2R  G Y M 9 0.1%

(3)アクセス地域:1ヶ月分:MuBlogのみ

集計対象アクセス数:4,459

都道府県 割合
1 東京 1,088 24.4%
2 大阪 441 9.9%
3 京都 422 9.5%
4 神奈川 262 5.9%
5 愛知 219 4.9%
6 福岡 182 4.1%
7 埼玉 153 3.4%
8 兵庫 146 3.3%
9 千葉 137 3.1%
10 静岡 125 2.8%
11 北海道 113 2.5%
12 茨城 89 2.0%
13 三重 82 1.8%
14 長野 80 1.8%
15 滋賀 66 1.5%
16 広島 60 1.3%
17 宮城 56 1.3%
18 岐阜 47 1.1%
19 新潟 43 1.0%
20 岡山 41 0.9%
21 奈良 40 0.9%
22 石川 38 0.9%
23 山梨 37 0.8%
24 福島 35 0.8%
25 群馬 34 0.8%
25 栃木 34 0.8%
27 大分 33 0.7%
28 福井 32 0.7%
29 岩手 25 0.6%
29 長崎 25 0.6%
31 山口 23 0.5%
32 香川 22 0.5%
32 和歌山 22 0.5%
34 愛媛 20 0.4%
34 富山 20 0.4%
34 徳島 20 0.4%
37 沖縄 19 0.4%
37 鹿児島 19 0.4%
39 青森 17 0.4%
39 熊本 17 0.4%
41 高知 16 0.4%
42 宮崎 14 0.3%
43 秋田 11 0.2%
44 島根 9 0.2%
44 山形 9 0.2%
44 鳥取 9 0.2%
47 佐賀 7 0.2%

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2007年10月11日 (木)

小説葛野記:2007/10/11(木)雨の業平東下り

その一
 ケータイの天気マークも、新聞の予報も、今日の京都府南部は曇りのち晴れと言うておったので、傘なしで木幡を出たのだが、嘘だった。すでに冬用の登山帽だったからよかったようなものだが、ちょっと騙され続きだな。この数日、毎朝杖代わり、武器代わりになるような傘を手にして葛野に来ていたが、ちっとも役に立たなかったというのに。

その二
 数日前に『異文・業平東国密行記/中薗英助』(新人物往来社、1992.10)という小説を読み終えた。葛野のソファの頭近くの本箱にぽんと置いてあって、脳疲労で疲れたとき、右手だけ伸ばして、手だけで本箱をごにょごにょさわって、手に触れたものを取り出して、毎回30分程度読んでは居眠りしていたのだが、塵も積もればなんとやら、細切れ時間なのに、いつの間にか読み終えていた。
 これは1992年に既読だったが、ありがたいことにほとんど忘れる質なので、新刊書のように親しく楽しく読み終えた。

 一風変わった読み物だ。時代は平安時代の源氏物語ができる前だが、お祖父さんは平城天皇、お父さんは阿保親王、なかなか上流階級の在原業平(ありはらのなりひら)は、周知のように、本邦屈指の「色好み」「まめまめしい男」つまり、プレーボーイの名歌詠みで、光源氏のモデルと考えてもよいような、実在人物だ。その道(ええ、古典文学のことですよ)ではみんな知っている「伊勢物語」の主人公。

 この男が実は、単純な色好み男じゃなくて、東国独立国をめざした風雲児だった、という設定。すごい。お祖父さんの平城天皇も、父の阿保親王も、藤原家との政争に敗れて不遇の人だったようだ。だから、業平さんは、生まれたときから貴族であっても、反逆児。皇后になるはずの左大臣の娘をおとした(不謹慎ですなぁ)のも、禁断の齋宮・皇女とどうにかなったのも、すべて別の背景があったぁ~。いやはや、昔の貴族は激しい。

その三
 おそらく業平が詠っただろう歌を三首ばかりおもいだした。

 1.からころも 着つつなれにし つましあれば はるばる来ぬる 旅をしぞ思ふ
 2.月やあらぬ 春や昔の春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして
 3.名にしおば いざこと問わむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと 

 まだ他にもぼんやりと口の先までついて出てきそうだが、この三首はおもしろくて仕方ない。
 1は、「かきつばた」と読み込んであると古典の時間に教えられて、びっくりした。2は、なんと大げさな男だことよ、嘆きも理屈っぽいよね、と微笑した。3は、関東というところがいまだに満州かウランバートルか、というくらい遠隔地に思えるので、ものすごく心にしみ入る歌だった。
 朝から、そんなことを雨の中で思い出した。それだけの話。

その四
 本日定食。
 情報サービス、資料組織一(主題分類)、それぞれ着手発表日だ。楽しみにしていた。
 今朝は前半。横山光輝や、金田一耕助や、陰陽師や、海賊や森博嗣や、新撰組やと、まるで余がテーマ指導したような印象のが多くて、えへへ、目に見えない影響力ちゅうか、ほくそ笑んでおる。まさか、余に合わせたわけでもあるまい。うけけ。
 なお、余はまったく、学生達のテーマ選定に関与していない、ぞ。

 午後遅く、強烈に重い会議が一つ、約三時間。痩せるぞぉ。

その五
 今日も始まる、いざ出陣! 
 今日は、鶴翼(かくよく)の陣でもって、すべてを飲み込んでしまおう。消化不良を起こしそうだな。

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2007年10月10日 (水)

少年司書ロボ0号(03) サーボモータに骨(ブラケット)をかぶせる

承前:少年司書ロボ0号(02) サーボモータのチェック:プチロボXの動力源

ロボットの骨格:ブラケット
 二足歩行ロボットの原動力である関節を作るには、サーボモータを支える骨が必要になる。プチロボXではそれをブラケットと呼び、ブラケット{ボディ、アーム}と言う風に、二つのアルミ板器具で構成されている。このブラケットという呼び方は、他のロボットでは「フレーム」とか「サーボ・マウント」とも呼ばれている。
 要するに、強い力(トルク)で回転するサーボモータをしっかり固定する支持具をさしている。プチロボXも他のロボット模型も大抵はアルミ板で作られているが、他の材質でも強固で耐熱性なら使えると思った。

 (註:関節はものすごく発熱するらしい。将来は、関節クーラーなんかが市販されるだろう(笑)。CPUクーラーと同じ道をたどって、空冷だけじゃなくて水冷とか油冷も生まれるだろう、楽しみ)

 プチロボXの特徴は、手はそれなりの長さがあるのだが、異様に短足に見える。これは股関節、膝関節、足首(関節)という三つの機能を、ブラケット{ボディ、アーム}で固定したサーボモータだけで接続しているからである。非常に機能的というか効率的な工夫だと思った。いわゆる臑(すね)がない。極端な云い方をするなら、関節だけで作られた足となる。
 こういった工夫は将来の万能四肢に発展する可能性もある。いわゆる「くねくね手足」とでも言えようか。

 この記事(03)では、関節の構成要素である「ブラケット・ボディ」をサーボモータに取り付ける工作をする。

工作03-1 サーボモータの裏蓋外し

サーボモータの裏蓋外し(1)
サーボモータの裏蓋外し(2)
 プチロボXでは、ブラケット・ボディをサーボモータの裏蓋にかぶせて固定する方式なので、まず裏蓋を外す必要がある。この工作は簡単なようで、実は私は苦労した。つまり、ネジというかビスが細くて長いものなので、扱いに不慣れな私は指先が震えたまま目がかすみ、9x4本のネジを外し、また留めた。その微細作業が辛かったわけだ。
 なお、裏蓋には方向があって、CEと言う文字が軸側である。

工作03-2 ブラケット・ボディとハトメ(鳩目)

ブラケットボディ+サーボモータ(1)
ブラケットボディへの鳩目はめ
 ブラケット・ボディを裏蓋にかぶせる前に、所定の穴に裏からハトメをはめ込む作業がある。このハトメは後日に、他の関節とブラケット・アームで接続するときに、回転を支える軸になる。だから忘れると、他の関節と接続できなくなる。
 ハトメを穴にはめるには、ドライバーの柄を使ってちょっとした工夫をした。単純なことだが、我ながら気に入った工夫だ!

工作03-3 骨付きサーボモータ

ブラケットボディ+サーボモータ(2)
ブラケットボディ+サーボモータ(3)
 写真は、サーボモータの裏蓋にブラケット・ボディを載せてネジ留めしている寸前と結果である。こういう姿を特筆したのは、作業を注意深くしないと、肝心要の原動力となる関節がうまく行かなくなる危険性を感じたからだ。マニュアルにも特筆大書きしてあったが、ともかくネジが細くて長いので、まるで針のように思えた。4本をバランスよく留めるには、丁寧さが必須。すぐにネジ頭をネジ切るタイプの人だと、要注意だね(爆)。

感想
 アルミ板で作られたブラケットを一つ一つのサーボモータにかぶせてネジ留めしている間中思ったのは、工作精度の高さだった。どのブラケットも、ねじ穴がぴったりとサーボモータの裏蓋の穴に合致し、少しのズレもゆがみもなかった。こういう成型のできる工作機械があって、それを操作する人がいて、出来上がる物なのだろう。

 一つ疑問だったのは、サーボモータの裏蓋を留めているネジというかボルトというか、ビスというか、その「長さ」が気になった。つまり、サーボモータの裏蓋だけを固定させる容量のネジに、厚さ1mmほどのアルミ板をかぶせてネジ留めするのだから、当初予定よりも1mmほどネジ留め強度が落ちるのじゃなかろうか、という心配だ。サーボモータのプラスティック外郭には固定用の穴が別に二カ所あるが、プチロボXではブラケットの固定にその穴は使っていない。
 逆に、そこにキットの工夫があるのだと思った。裏蓋重ねブラケット留めを選択することで、全体形状がすっきりしたわけだ。こういう見極めは、きっとキット制作者の感性に属することなのだろう。

 それと次回ではっきり分かるが、鳩目(ハトメ)を他の関節と接続する要(かなめ)にしている。こういう用法が一般的なのかどうかは知らないが、すっきりした工夫だと、重ねて思った。

 つまり、関節を一つ作るにも、ものすごい工夫が積み重ねられた結果なのだと、ほとほと感心しながら、せっせと9つのサーボモータにネジ留めしていた、ということ。

02←また続く→04

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2007年10月 9日 (火)

少年司書ロボ0号(番外編)プチロボXが起き上がった!

少年司書ロボ0号:プチロボXが起き上がった
Testlibrobo0go_014 突然ですが、少年司書ロボ0号が誕生してしまいました。非常に感動したので、「プチロボX制作シリーズ」をすっ飛ばして、ともかく「動いた! 起きた! 誕生した!」その、感動の名場面を動画で記録しました。↓

 →動画:誕生の一瞬 .wmv (1.7MB)

 今夕のところは、Windowsだけしか再現できないですが(WMVファイル)、自作ロボット・シリーズは今後継続しますので、そのとき、WinもMacも分け隔て無く、たっぷりお見せします。こうご期待のほど。

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昭和の鉄道模型をつくる(03) 駅舎(面影橋駅)

承前:昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール

03:ここまで完成(~3号) →面影橋駅

03:駅舎の完成
03:ここまで完成(~3号)
03:駅舎の細部

 今回は駅舎が付いてきた。よく見ると「面影橋駅」と書いてあります。ネットで眺めると都電荒川線にそんな名前の駅があって、写真を見たが、なんとなく雰囲気が合わない。そうだこれは昭和30年代の昔の駅なのだ。電車自体がフリーランス(自由設計)だから、駅もフリーランスかなぁ? とも思ったが、江戸のことはよく分からない。昔の人ならきっと「おお、これや!」と叫ぶのだろう。カメラがもう少し上等なら、駅前の観光案内地図板も識別できるだろうに。
 さて、この3号で初めて工作らしい駅舎セットになっていた。工作と言っても、丁寧にすれば誰でも組み立てられます。

03:部品と工作

03:駅舎の部品の全て
03:駅舎の壁と内部
03:壁板同士の接合

 部品は全部合わせても小箱に入る程度の小さなものだ。着色したプラスティック板だ。誰でも出来ると言っても、部品をなくしたり、変に折ったりするとやりにくい。だから、丁寧に。
 それにしても精密なものだ。ベンチや改札口や電話ボックスや、……。Nゲージという、線路幅9ミリの超小型鉄道模型でも、ジオラマ部分は本当に精密に考えられている。
 接着剤不要、ネジ止め不要、パーツを差し込んでいくだけで完成する。ただのプラスティック板が、いつのまにか駅舎になっていて、我知らず驚いた。

03:AtoZ:鉄道模型のレールシステム

03:AtoZ:鉄道模型のレールシステム
 この3号ではレールの勉強です。Nゲージの小ささで、クロッシングレール(十字に直行する)があるのは不思議でした。これは国鉄でもあったのでしょうか? 市電なら昔の京都市で見かけた記憶がありますが。そうそう、四条河原町の交差点だとクロッシングレールがないとね。
 Nゲージはレールの片方にプラスの電気が流れているので、下手な交差だとショートしますね。
 さらに、電動ダブルスリップポイントには目が点になりました。二つのレールが双曲線の様に接近して、斜めに交差し、また離れていくのです。電動の複雑な切り替え装置が付いていて、電車が脱線しないようになっています。凄いものです。これ、欲しい!(単価5千円もするから、このシリーズでは付いてこないはず。別途購入でしょうね)
 カーブレールも数種類あって、直線レールと組み合わせると、それこそ日本中に敷設できるわけですが、そんなことしたら、新幹線が怒りますなぁ~。なにしろ線路幅9ミリですから、JRとクロスさせるのは大変です。どちらかを高架か、地下にくぐらせないと。

03:昭和の鉄道模型を作る

03:昭和の鉄道模型を作る
 今週の<TETSUMO(鉄模)の達人>は、元・鉄道模型雑誌(鐵道模型趣味)の編集者だった片野正巳(74歳)さんでした。真鍮板から切り抜いたパーツをハンダ付けで自作した作品がずらりと写真にありました。風景は「京濱電軌品川海岸驛」。ふ~む。HOゲージのような気がしましたが、慣れないので写真からは分かりませんでした。

02←→04

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2007年10月 8日 (月)

秋雨の嵐山渡月橋

お知らせ
Murainarasiyama_006

 昼食時に嵐山へ向かった。大堰川(おおいがわ)の見慣れた風景が秋雨に霞んで見えた。そのまま通り過ぎてもよかったのだが、立ち止まってカメラをだした。遠くに渡月橋があり、橋上には傘もちいさく点々と見えた。秋の連休三日目だから混雑を危ぶんだが、雨なのか人も少なかった。なじみの蕎麦屋では、趣向を変えて「親子なんば」にした。といた玉子がねっとりとどんぶりを隠し、底には育ちのよい地鶏の肉がたくさん沈んでいた。うむ。最後には汁一滴も残さずに箸を置いた。値千金(ちょうど千円)。で、無人の葛野に出向き、宿題せっせとこなしたら、夕方になった。日の高いうちに帰還するとしよう。 (平成19年(2007)10月8(月)記す)

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浦沢直樹の「20世紀少年」は「21世紀少年」で終わったのか

21世紀少年、下/浦沢直樹

21世紀少年、下/浦沢直樹(カバー写真)
 数日前に浦沢直樹「21世紀少年、下」を読んだ。これで従来から22巻続いた「20世紀少年」は「完」となるようだ。「21世紀少年」の上下を合わせて、合計で24冊のビッグコミックスは、長いような短いような、これでよかったような、いやいやもう少し先、超能力美少女カンナの行く末まで頑張ってもらいたいような、なんともいいようのない気持になりました。

 ともかく終わった、浦沢直樹に乾杯。そして大部分を貸してくれた葛野の漫画博士にも乾杯。めでたい。
 あとは、PLUTOが残っている。
 そう言えば、Pluto4の豪華版はおいたままMuBlogに何も載せていない。内容が気にくわないからじゃなくて、ショックで書けなくなったんだ。最初に木幡というか、江戸のエドルン君に見せたのが悪かった。たまたま帰京しているとき、夕食の席で「そういえば、父ちゃん、今度のPluto4は、○○が△になって、残念だったね」と、言ってしまったぁ~。私は、夕食が喉を通らなくなった。新品のPluto4(豪華版)に目を通したのは一ヶ月も先の日ではなかったろうか。そして、やはり、ショックは融けず、感想すら書けなくなった。もうそろそろ、緩解してもよい時期なのだが。
 この11月(2007年)には、Pluto5の豪華版が出るというのに、ショックで感想文を書けないようでは、日曜評論家の名がすたる。

 そんな時に、20世紀少年が完となった。めでたい(笑)。
 感想は、と人に聞かれても、「よかったです。途中で一瞬空中分解するんじゃないかと、ハラハラしたのがさらによかったです」とつい漏らしてしまうほど、長い時間の、持続があった。

 それで、過去感想記事を集めてみた。blog書誌で完全なのは、3つあった。その内、最初の記事は全18巻を一気に1日で読んだ記事だった。

 (1) 20世紀少年/浦沢直樹(漫画:小学館) (掲載日 2005.03.16) 1巻~18巻、まとめ読み。
 (2) 20世紀少年(20)/浦沢直樹 (掲載日 2005.11.23)
 (3) 20世紀少年(21)/浦沢直樹 (掲載日 2006.03.18)
 (*) 小説木幡記:2007/08/01(水)承前の夏「3.二十世紀→二十一世紀少年」 ここでは「21世紀少年」の上について言及している。(掲載日 2007.08.01)

 このリストからみると、私は2005年の初春にこの世界に入り、この2007年初秋で読み終わったのだから、約2年半付き合ったことになる。初巻から一冊ずつ読んできた人は、もっと長かったことだろう。
 ただ、長い時間と私が思ったのは、もうひとつの私の時間と重なりがあるからだと思う。

 物語は、大阪吹田で万博があった時代に、小学生高学年だったケンジやオッチョやヨシツネや少年たちと、ユキジという女性、そして後の「ともだち」、あるいはサダキヨ、あるいは青年期以降に知り合った人達、そういう大河ドラマ(笑)世界が、2020年ころまで続くのだから、「長い」と思ってもしかたない。
 主人公達は、最終巻では、「カンナ」という超能力美少女以外は全部爺婆になってしまっている、恐ろしい青春残酷物語だな。

 ちなみに、私は大阪万博の頃は20代前半だったから、主人公のケンジよりもずっと年長になる。
 なんとなく、浦沢さんたちと同年代の読者が読めば、ひとつひとつがもっとリアルに味わえる部分もあった。もちろん漫画や小説や映画をそんな目で見たら、毎週見ている「風林火山」なんて異世界宇宙人の物語になってしまって、理解できなくなる。

良かった点。
 「ともだち」のミイラ頭姿と、指先マーク、さらにお面姿が最初から最後まで印象にのこった。「ともだち」と耳にすると、ここずっと、そのミイラ頭姿や指先マークが、がーんと脳に浮かぶのだから、相当に強烈な造形だと思っている。結局、私はそのミイラ頭姿やお面の中身がだれなのか、という謎に引きずられて全24巻を読んでしまった。

 好きな人は、意外にも「ヨシツネ」だった。マンジョウメという悪いオジサン、神様とよばれた変な爺さん、ともかく変なキャラが好きだった。そうそう、三波春夫さんみたいな歌手もよかったね。
 どうにも好きになれなかったのは、途中登場と記憶にあるが、友達組織の幹部「高須」という性別不明の人の顔。これって、たまらないなぁ。人の美醜とか顔つきに好き嫌いはない方なのだが、この人ばっかりは、ゴメンだ(笑)。もし、そっくりさんが居たら、困るな。

ふーん~と思った点。
 時代が私のしらない部分だと、なんのことかわからなくて、困った。始めから全部しらなかったなら、そういうものだと思って読むのだが、半分以上は体験した時代だから、困る。たとえば、少年少女雑誌連載の、いくつかのタイトルは知らないので、中でもりあがっても、「なんのこっちゃ?」だった。
 なんとなく、「ともだち」が途中で、なにがなんだか、だれがだれなんか、分からなくなった点。これは、実は未だに、どうなったのか、分からない(爆)。

結論。
 というわけで、時代の懐かしさや、少年少女期の独自の世界を精密に描いたことや、気宇壮大な展開に、口をぽっかり開けたまま、最後までおもしろくたのしく、読み終わりました。
 ところで「ともだち」は、少年期に死んだのか、壮年期に死んだのか、撃たれて死んだのか、本当の本当の「ともだち」は、だれだったのか、まだ「ともだち」は生きているのかぁ~全部読んでもよく分かりません。だれか、教えてください。(なんという、ネタバレ!)

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2007年10月 7日 (日)

NHK風林火山(40)三国同盟よりも由布姫の去就

承前:NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信

由布姫の気持ち
 これまでのドラマ「風林火山」内での一般論として、由布姫は晴信と一緒に過ごした時間はほとんどない。だから姫と晴信とは疎遠になっていたと考えて良いだろう。それは側室であることが原因というよりも、晴信が甲府から諏訪にあまり訪れないのだから、由布姫は寡婦のような状態と想像できる。

 由布姫は、一人で気楽かというと、そばにいるのは身内の諏訪衆とはいっても、政策的に武田晴信の側室なのだから、自由勝手な行動はできない。
 思うに、心の支えは息子四郎と軍師山本勘助しかいない。晴信との間には、夫婦の微妙な心の綾、機微をしらないままに、過ごしたことだろう。直言すれば、子を一人なしただけで、晴信からは粗略に扱われたと言って良い。由布姫のためなら命を投げ出してくれるような他人は、山本勘助しかいない、というのがドラマの外枠となっている。

 勘助が若い妻(リツ)をめとるかもしれない事態の変化を、由布姫は耐えられるのだろうか。諏訪衆に守られ、武田の扶持を得て、姫の生活に不自由はないが、心の支えとする勘助が、他の若い女と暮らしていく可能性に、どういう気持で対応するのだろうか。側室になったかぎり、勘助との生活などは始めから諦めていることだ。あきらめの上に、さらに諦めるという気持を、ドラマはどのように表現したのか。

 由布姫のセリフの総ては晴信の前だったから、「その娘は良い娘ですか?」としか、尋ねることはできない。さらに、晴信に久しぶりに求められても、病を自覚した由布姫には、側室として入った頃の「奔放さ」はありようがない。うっすらと予感する死期の前で、晴信の戯れ言に笑顔を一つ見せたのが返礼だった。

 晴信は言う、そちを生涯大切にする、大事に思うと。
 由布姫は怨じて言う、お屋形様はだれにでも、そうもうしておられると。
 晴信は答える、それほど多くの者に言うているわけではないと。
 由布姫、たまらず笑い出す。
 そして、勘助の事は、由布姫の口からは「良い娘ですか」だけだった。晴信がリツを見かけたのが別の側室於琴姫のいる寺だったことがわかり、由布姫は軽く突っ込む。
 それで、勘助のことが今夜の由布姫の脳裏から消えたのだろうか、いや消えてはいない。

 予告編の「姫の死」には言及しないでおこう、それは悲しいことだから。
 しかし、勘助や由布姫のわかりにくさは、ドラマ全体の主人公が勘助であり、その相棒が由布姫であるという基本を思い出せば、明快なことなのだ。勘助は当初武田軍に殺されかけていた16歳の由布姫を、主君晴信に預けただけの話。諏訪に別居させられることになった姫が途中で家出した夜、勘助は大小刀を捨てて雪の中を探し求めた。武士であることを捨てる気で、姫を捜した。そういう「縁(えにし)」がすでにあった。だから由布姫は、勘助にリツという別の縁があるかもしれないと思い、顔が曇った。

雪斎が今
 雪斎が、今川・武田・北条間に三国同盟の成ったあと、勘助を前にして、勘助の考えのことごとくに「おごり」があるという。勘助は言う、己の人生は、お屋形様と、諏訪の姫と四郎さまだけに尽くすと。雪斎は言う、子もなく妻もない男の、他人への慈悲には、己をさらけ出すことも、己を隠蔽することもできない、ただの家来の忠義にすぎないと。
 つまりは、雪斎は言外に「由布姫」への妄執にすぎないと、勘助に言い切った。

 雪斎の勘助評価は正しい、あたっている。しかし、禅問答で人生が融けるなら、世界中全員坊主か尼になればよかろう。
 そうではないから、融けないから、由布姫は死期を悟り勘助を思う。頼りにする。勘助はさらけ出すことも隠すこともできないから、独身のまま、老いさらばえるまで戦・謀略に明け暮れる。それが、勘助の「定め」なのだ。

 ところで、来週予告では、その雪斎が毒殺されるような場面があった。ただの腹下しならよいのだが。まだ10月半ばで消えるなんて、おもしろくない。

 来週の由布姫は、出来れば見たくないな、25歳での死とは、それが予定調和的な退場とは言うても、人生が悲しすぎるよ。 

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少年司書ロボ0号(02) サーボモータのチェック:プチロボXの動力源

承前:少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略

人型ロボット模型には中心の動力源がない
 この回では、少年司書ロボ0号の、関節、筋肉、骨の三拍子を兼ねた動力源である「サーボモータ」のチェックを行う。

 サーボモータは古くからラジコン模型飛行機などで制御用に使われてきた。しかし少年司書ロボ0号の原型プチロボX・キットのような「人型ロボット」では、その使い方が異なっている。ラジコン飛行機やラジコンカーには、他に必ずでっかいエンジンとか、大型電動モータが動力の中心として別に載っているが、人型ロボット模型には、大抵は、身体のどこにもそんなものはない。小さいサーボモータがそこら中に散らばっているだけだ。

 サーボモータは、ラジコン模型飛行機などでは、主翼の上下、尾翼の左右、エンジンの回転数などの制御(コントロール)に使われている。サーボモータの軸を少しの角度ずつ動かすことで、翼をコントロールしている。高速でプロペラをまわす最大の動力源は、別の「エンジン」とか「電池モータ」であって、それが飛行機を推進させる。制御用のサーボモータで飛行機が飛ぶ例は多分ないだろう。これはラジコンカーでも同じだ。

 ところが人型ロボット模型となると、たとえば二足歩行のプチロボXでは、中心となる動力源がこれまでの考えとは異なる。他の模型では制御に使われているサーボモータが、模型ロボットでは、「動力源」と「制御」を兼ね備え、身体の各部に分散しているわけだ。

 実は、人間も身体のどこかに巨大な動力源があって動いているわけではない。
 お気づきとは思うが、心臓は血液を流すポンプであって、血圧で手足が動くわけではない(笑)。

 自動車とか飛行機とかはエンジンが中心にあって分かりやすいのだが、人間は、どこにもエンジンや電動モータがないのに複雑な動きをする。
 これは関節とか筋肉とか骨を、大脳や小脳が上手に制御しているからだろう。
 プチロボXでは、その{関節、筋肉、骨}を一個づつのサーボモータでまかない、合計9つの{関節、筋肉、骨}で、よちよち歩きをする。

工作02-1 電池と制御基盤

電池と制御基盤:プチロボXは分散電源
 少年司書ロボ0号は、燃料になる電池を両手両足に4本こっそり隠し持つ。他の高額ロボットを見ると、ノートパソコンに積むようなでっかいのを備えていたが、プチロボXでは、すべてはプチだからこうなるのか。ただ設計意図を想像してみると、バランスを取るのによいのかも知れないと思った。特に扁平足のデカ足に電池を積んだ様子には爆笑しつつも、「すごい発想!」と感心した。将来人並みの足になったなら、臑(すね)もつけて長身にし、その中に組み込むのもよいだろうなぁ。
 さて、その電池のコードを基盤の四隅に付けるのだが、充電式の単三電池と知るだけで、他は無知。各サーボモータへの動力分電とか、基盤とかオプションの受信機への電源とか、一体どうなっているのか全く知らない。しかし、キットは無知を支援してくれるはず。
 「まずは、動かしてみよう」これにつきる。

工作02-2(1) サーボモータの可動チェック(1)

サーボモータの可動チェック(1)
 最初に一個だけサーボモータの可動を試してみる。基盤にはPC(涼夏2007PC)から、RS232Cのケーブルを引っ張って、差し込んでおく。
 次に基盤のM0ソケットのマイナス表示を目印にして、黒線をマイナス方向で、サーボモータの線を差し込む。M0は左足首モータ用だが、それはずっと後で決定する。で、基盤の右手前の棒スイッチをonに倒す。右奥のランプが点く(安心した)。
 しかしサーボモータはうんともすんとも言わない(不安~)。そこでマニュアルを読むと、パソコンの制御画面を見よ、となる。

工作02-2(2) サーボモータの可動チェック(2)

サーボモータの可動チェック(2)
 PCの制御画面でNo.0という小窓を探し、そこにマウスカーソルをあてて左ボタンを押したまま左右にスライドを動かす。小窓名称No.0のゼロは基盤のM0ソケットのゼロに対応している。
 マウスボタンを放す。すると、サーボモータの牛のツノのような「棒状ホーン」がピコリと瞬時に動く。もちろんスライドバーの動きで角度が変わる。これでOK.

工作02-3(1) ホームセット

サーボモータのホームセット(1)
 次にサーボモータの軸回転・中心位置決めに入る。以下の作業はまとめて9個のサーボモータをすべて対象にする。
 「ホームセット」という命令(PC制御画面の左下に隠れている)を各サーボモータに実行するわけだ。
 「ホームセット」を押すと、写真の様にホーンが真横に向く。ここがサーボモータのホーンの初期値というか、中央値というか、私は初期センタリングとか自分で呟いて実験していた。
 なお、「ホームセット」ボタンは、一度だけ押した。あとは、各サーボモータを基盤のM0~M8に接続するたびに、ホーンがぴょこたんと真横に向いた。

工作02-3(2) 丸形ホーン付け

サーボモータのホームセット(2)
 先の写真では、サーボモータの頭にある棒状ホーンの、その根本のネジが半分浮いている。次に丸形ホーンを取り付ける為に、この棒状ホーンを総て取り外すわけだ。写真は丸形ホーンを付けた状態である。ネジはそのまま流用する(キットのネジを使うと、数が合わなくなる)
 これらの作業は、サーボモータを一つ一つ基盤の所定ソケットに付けては、センタリングさせて、棒状から丸型ホーンに変えていく。
 動かないときは、多分モータの極性間違いだろう(黒側をマイナスにすること)。またマニュアルにしたがって、丸形ホーンには油性インクで印を付けておく。どこに付けるかは次の写真にある。

工作02-4 チェック完了

サーボモータのチェック完了
 写真は総てのサーボモータを基盤に試験接続させて、「ホームセット」命令によるセンター合わせ、センタリングをし、かつ丸形ホーンに取り替えた完了姿である。
 完了したら、次の工作のために、すべて取り外しておく。

感想
 これから何度も繰り返して愚痴るだろうが、老眼・近眼の人には惨い作業の、しかもまだ序盤戦。9個のモータでこうなんだから、これが20個とか40個になると、なかなかそれこそ「隠居仕事」だね。忙しい若いもんには不向きかも(爆)。
 しかし、PC制御画面に併せてホーンがぴょこりと動く姿を見ると、まるで「生きておる!」、気持はだんだんフランケンシュタイン博士か、天馬博士になってきた。攻殻機動隊、士郎正宗ワールドも近い(おおげさな)。ああ、プルートも思い出した。
 要するに、アクチュエータ、つまりサーボモータの中に「少年司書ロボ0号」の未来が詰まっていると、私は工作序盤戦で快感の世界をかいま見た。

まだまだ続く

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2007年10月 6日 (土)

ベニバナ(紅花)と邪馬台国

 平成19(2007)10月3日の産経新聞に奈良県桜井市・纒向(まきむく)遺跡で「邪馬台国時代のベニバナ花粉」という記事があった。<染料に使用、(邪馬台国)畿内説を補強>と副題も添えてあった。

纒向遺跡関連古墳地図 MuBlog

纒向遺跡関連古墳地図
 新聞の掲載地図で見ると、纒向石塚古墳の南側あたりの溝のようだ。奈良教育大准教授金原正明の話を読むと、1立方センチあたり数百の花粉が3世紀遺構に見られたので、これは自然なものではない、とあった。だから栽培したものが当時使われたのだろうと、私は想像した。

   卑弥呼の献上品?邪馬台国時代のベニバナ花粉みつかる2007.10.2 18:10 MSN産経ニュース
   急に寒くなる今日この頃2007.10.03 JoBlog

ベニバナの用途
 ニュースによれば染料としての話が主になっていた。卑弥呼と呼ばれる倭国女王が紅色の絹織物を3世紀中国の魏に献上した話である。
 多分そうなんだろうとは思うが、箸墓を卑弥呼墓とする説の強固な提唱者(笑)である私は「畿内説補強」にほくそ笑んだが、慌ててはいけない。ベニバナの他の用途はどうなんだろうと考えた。

 新聞記事にもあったが、6世紀の奈良県斑鳩・藤ノ木古墳石棺から出土した例があるようだ。これは遺体を包む布にベニバナが付着していたらしい。(参考1) 遺体と言えば、そもそも古代エジプトのミイラを巻いた布にベニバナが付着していたことは周知なので、防腐剤の役割があると考えて良いだろう。
 また、藤原京や平城京のトイレ土壌からもベニバナが検出されていることから、昔から医薬品の可能性があったとも、(参考1)に記されていた。それは回虫などの寄生虫対策薬の一つとして扱われたのだろうか、どうなんだろう。現代の漢方薬としてのベニバナは、月経痛などの痛みどめが主らしい。

古代の染料
 ベニバナは確かに紅色染料として用いられたようだが、現代から見て、他にどんなものが染料だったのかを参考に調べてみた。「卑弥呼の装い」というタイトルで古代色を再現する方法が記されていた。吉野ヶ里遺跡から出た「貝紫の色素」というものが使えそうだった。これは「アカニシ」という貝に穴をあけて取るのだから貝殻に色素が含まれているのだろう。また卑弥呼の衣裳を再現するために、茜からも色素をとった、とのこと。(参考2)

 ところで別件だが、源氏物語の赤い鼻の女性名「末摘花(すえつむはな)」とは紅花の別称らしい。

生活情景からの古代
 古代の邪馬台国を想像するときに、本流の古墳とか鏡とか副葬品、建造物跡だけではなく、なんとなく周辺のことをしっかり見ていくと、おもしろい結果がでてくるものだと、感心した。
 貝塚がそうだったのだから、当たり前の話かもしれないが。
 シルクロード関係のDVDでは、ゴミ捨て場から大量の生活用品を見つけ出して、中央アジア、西域の昔を再現した番組もあった。
 出典を忘れたが、日本の若くして亡くなった女性研究者は、ひたすらウンチ(大便)の化石というか、遺物を採取して分析し大昔の日本の姿を研究し、相当な成果を残されたようだ。

 難しい問題も、視点をちょっとずらすと、解が見つかるのかも知れない。

参考1 卑弥呼は大和に眠るか/大庭脩 編著.文英堂、1999.10
  この5部に相当する「卑弥呼は何を食べていたか/松井章」より。
参考2 卑弥呼誕生/大阪府立弥生博物館 編.東京美術、1999.5
  このコラム4に相当する「卑弥呼の装い/宮崎康雄」より。

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2007年10月 5日 (金)

昭和の鉄道模型をつくる(02) エンドレールと直線レール

承前:昭和の鉄道模型をつくる(01) 車両 モ1031

02:ここまで完成(~2号)

02:ここまで完成(~2)
02:部品:エンドレールと直線レール
02:レールの継ぎ目

 この前は飾り電車があって、今度はレールが二種類付いていた。一つはエンドレール、もうひとつは直線(ストレート)レールだった。写真では二つをつなげた後なので一種類に見える。飾り電車の飾りレールと違って、レールは電気の通る金属製だった。つなぎ目を写したのは、レールをつなげたときにしっかり接触させないと電気が通らないだろうから、そのあたりがどうなっているのかを確認したかった。

 エンドレールのことは「電車止め」とか自分で昔名付けていた。京都市右京区の嵯峨に住んでいたのだが、山陰線嵯峨駅の引き込み線や、嵐電(京福電車)の嵐山駅に「レールのお終い」があった。

 直線レールは、いつか話したが、父の昔語りでは「国鉄は直線レールだけでカーブを作る。私鉄はレールを曲げてカーブを作る」と、幼稚園のころから耳タコ話だった。カーブ線路の真偽はしらないが、父が若い頃鉄道屋だったから、そういう話が家の話題だった。「列車は、後部に乗れ。進行方向に向かって座れ」このセリフも父のオハコだった。一般に、後部の方が事故の時、助かるようだ。進行方向に向いての着席は、疲労が少ないらしい。

 ところで、葛野研の隅に鉄道ジオラマ用の空間を設けた。あと、数回号を読めばそれらしい原型がわきあがってくることだろう。今は、列車とレールが、ぽんと置いてあるだけだ。そこに未来の完成図をイメージするかどうかが、技術者魂の分かれ目なんだろうね。

 「自作」といいながら、今度も附録のレールを二本つなげるだけで工作は終わった。気楽な「自作」じゃなぁ。 
 先回の初号は、箱から電車を出すだけだった。いや、箱から壊さないように模型を取り出すのも、工作の技かもしれないなぁ。

02:鉄道模型AtoZ:電源システムのしくみ

02:AtoZ:電源システムのしくみ
 電源は家庭用100ボルト(交流)をトランス(変圧器? 整流器?)で直流の12ボルトに変えて使うらしい。しかし、交流と直流の違いを畏友ふうてんさんに聞くくらいだから、私の話は怪しい。後日手にする制御箱(コントローラー)にそういう仕掛けがあるのだろう。電源は、Nゲージの進行方向右側にプラスが流れ、モータを載せた電車がそれをレールから取って走る。

 ここで疑問。
 この雑誌2号の解説に、複線レールシステムだと、二台のコントローラで二種類の電車を別々に走らせることが出来るという楽しい話があった。

 しかし、となると、単線では二種類以上走らせるのは無理なのだろうか? 電波は周波数で切り分けているから同じ場所でラジコン飛行機や自動車を動かせるが、鉄道模型ではどうなのだろう? と、初歩的な困難な問題に直面した(笑)。

 鉄道模型ではレールのつながった閉回路全体の電圧を、0~12ボルトに調整して、電車のモータの回転を変化させるようだ。う~む、どうしたら、一つの閉回路で、別々の電車を制御できるのだろうか(多分、無理なんだろうな)

02:昭和の鉄道模型を作る

02:昭和の鉄道模型を作る
 <昭和の情景>では、我らの時代の給食写真、つまり脱脂粉乳と鯨の竜田揚げ写真が載っていて、郷愁に襲われた。取り戻せない黄金の少年期は、ああ、臭いマズイ脱脂粉乳と、劣化オイルで揚げた鯨カツ、だったのだ。ところが、私は、それらをマズイものと思う記憶がない。ミルクは温かい内に飲むと、のどごしが良かったような気がするが?

 <駅ものがたり>では「門司港駅」が紹介されていた。私が2006年夏にみた門司港駅は、「門司港レトロ」として再生する必然性のようなものを感じた。あそこは大正時代には、海と陸との繁華街だったんだ。北九州経済の中心地だったと思うと、それだけのレトロ資産があってもおかしくない。

 <TETSUM(鉄模)の達人>は、カバンの中に組み込まれた鉄道模型レイアウト。イラストレータの諸星昭弘さんが紹介されていた。雰囲気がファンタスティックだなぁ。

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2007年10月 3日 (水)

小説木幡記:2007/10/03(水)風邪ってこういうことなの

 実は、あまり病気しない。持病以外は。
 入院したのは中学生の時の虫垂炎手術で一週間だけだった。この十年は医者にも行かない。主義主張があるわけでもないが、いろんな諦めが先立つからだ(笑)。できれば病院では死にたくない。畳の部屋でサイナラしたい。だから、わざわざ無理して医者に行かない。
 医師キラーなのかも。
 国民全部がMuみたいになったら、病院も医院も医学部も潰れる。

 ただ、心身頑強ではないから注意深く生きてはいる。暴飲暴食はしない。激昂して脳出血になるのはいやだから、むかっ腹が立ったら、心中でひと言罵声を浴びせて、そしらぬ顔して葛藤場面から逃避する術を訓練してきた。だんだん、上手になってきた。

 よく眠るようにしている。場所柄もわきまえず、眠くなったら寝る。
 あまり人とは付き合わない。葛藤をさけるためだ。ろくなことはない。
 油物は取りすぎないようにしている。
 毎日野菜ジュースを飲んでいる。
 ハッカ油をデコとか首筋にぬって、脳を活性化している。
 (脳が活発だと、病気になりにくいという、Mu流の託宣)

 そんなに長生きして、どうするの?

 やりたいことが一杯あるから、簡単に死んでたまるか! という気力が湧いてくる。
 だから、生きている。
 内気に見えて、弱気に見えて、優しく見えて(笑)、本当は全身総攻撃体制にいつもある。それが余の生なのだ。
 常時戒厳令ちゅうか、臨戦態勢にある。しかし無闇に戦争はできないから、工作したり、MuBlog書いたり、熱心に仕事して、攻撃性を鈍麻させている~ような、雰囲気。
 (嘘かもね。気弱な人間の妄想なんでしょう)

 ↑
 今日の食後、部屋を真っ暗にして、上記のようなもろもろを木幡記に記そうと、うつらうつらと考えていた。
 実はめずらしく風邪をひいた。
 昨日は終日起き上がれなかった。風邪の症状は、人体のなかでどのようなメカニズムなのかと、思いをめぐらしていたが、分からなかった。だるくて、脳がふらふらした。

 分かったことが一つ。
 今朝の授業中、うまれて初めて経験した。あらゆる映画や小説や人の話で聞いては来たが、経験は初めてだった。つまり、
 「声が出せなくなった」

 マイクがあったから、なんとかこなせたが、「声が出ないというのは、こういうことなのかぁ~」と、心底驚いた。事件は、160数名の登録学生名を、全部読み上げていたときに起こった。毎回そんな無謀なことはしないが、節句節句にはきっちり「名を呼んであげる」わけだ、名も無き学生達には功徳なり(爆)。

 数秒間だったので、なんとかこなしたが、まるで呼吸が出来なくなった、そんな感じ。呼吸困難については昨日鼻が完全にふさがって、口で息をするという苦痛にあえいでいたので、想像できた。

 ともかく、帰還して食事して風邪薬を飲んで、暗くして一時間横臥したら、楽になってきた。
 小説木幡記を書けるのだから、まだ大丈夫なのだろう。
 明日は授業が二つ、重い会議が一つある。
 授業をしたくらいで、会議に出たくらいで、風邪なんかで、死んでたまるかぁ!
 と、ふてくされてまた横臥しよう。
 寝る子は育つ。
 全国のお医者さん、今度もさようなら。

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屋根の猫

Muneko2773 今年の夏、夕涼みがてらに祇園祭り前夜の杉本家を訪れた。まだ七月も13日で六時ころだったので、人も少なく、旧大店の母屋も庭も涼しかった。クーラーがないのにどうしてそんなに涼しいのかと、考え込んだ。本当の昔の智慧が建物全体に施されているのだろう。多分、それは風の道だろう。ところで、近所に天満宮があって、その近くの町屋の屋根を見上げたら、猫ちゃんがいた。なにかしら、人は可愛らしいことを考えるものだ。(2007/10/03(水)記す)

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2007年10月 2日 (火)

少年司書ロボ0号(01) プチロボXの概略

はじめに
 最近思うところがあって、プチロボXというロボット組み立てキットを購入した。発売日が2007年9月21日で、手にしたのが9月末だから、なんともいいようのない慌て者であると、自笑する初秋だった。しかし、よくみるとこれは二代目に相当し、初代「プチロボ」は2006年の初夏に発表され、すでにファンが沢山いることが分かった。だから、いわゆる先物買いの銭失いとはならない、と妙に納得した。

 ロボットを組み立てて何にするのか、ロボットバトルに参加するのか? 
 そうではない。曰く言い難い微妙なMu流の感性の発露からなるものなので、それは別途別記事として書くこともあるだろう。ただ、シリーズタイトルにあるように、「少年司書ロボ0号」を作る気力満々なので、日頃のMuBlogをお読みの読者なら、Muが何を目指しているかは想像がつくと思う。

 なおMuは、ロボット作りなんて、生まれて初めての経験である。だから、記事の信憑性は、今夏作成した「涼夏2007PC」ほどの確度はない。間違い、無知、いろいろあろうが、あまり気にしない。ともかく、まずプチロボXを動かしてみないことには、どうにもならない。
 ここに「日曜ロボ作家」が一人生まれた!

 (以下、写真をクリックすると解説文があります)

プチロボXの化粧箱

プチロボXの化粧箱
 初代「プチロボ」は二足歩行のヒューマノイド型(人型)ロボットを目的としたものでは無かったようだ。参考(4) だから、価格も1万4千円強ですんだ。コンセプトとして、素材を提供し、サーボモータなどは木片や紙に両面テープで貼り付けて、それでも「ロボット」が分かるような素材だった。それは素晴らしい考えだと、記事を読んで思った。

部品の総て:プチロボX

部品の総て:プチロボX
 それはそれとして。私は今回の二代目「プチロボX」だから購入したとも言える。微妙なところだが、素材だけから形をなすには、それなりの時間とか創造力がないと、かえって難しいこともあるからだ。私の場合、少年期ならあらゆる雑誌などを探し読みして、よいモデルをみつけ、先輩の作品を真似して、それなりに作ったかもしれない。だが、いま、そういう心のゆとりはないのが実情だ。しかしなお、ロボットを作りたい。こういう私の気持ちに、プチロボXは最適に思えた。つまり、それが「人型二足歩行」というきっちりしたタイプを、幾分将来のゆとりを残して、一式廉価にとりまとめたキットだったから。実に微妙なところだ。

無線機(送受信)と電池セット

無線機(送受信)と電池セット
 キットですべてまかなえるのだが、電池セットは充電器つきのを併せて購入した。現代ロボットは電気で動くものが主流だから必須である。無線機は、オプションだが廉価で使いやすいものらしいので購入した。つまり、キットだけだと、プチロボXはパソコンとケーブルをつなげたままで動かすことになる。初期実験はそれでもよいが、慣れてきたらまるでエヴァンゲリオン世界になってしまう。ただし、この場合はPCが大脳相当、プチロボXの制御基盤が運動担当の小脳相当であって、ラジコンのように無線操縦するわけではない。

制御基盤(WR-ESIX)とRS-232C:プチロボXの小脳

制御基盤(WR-ESIX)とRS-232C:プチロボXの小脳
 写真は制御基盤であり、真ん中のゲジゲジ虫はPIC(Peripheral Interface Controller)というマイコンで、9つのサーボモータを、大脳(PC)からの指示にしたがって制御する。このあたりのことは私は全く無知であり、いまのところマニュアル通りに結線するだけだ。PC(例の涼夏2007PC)の背中にRS-232Cという、昔はここにモデムを付けてパソコン通信をした受け口がある。そこにキットの長い線を差し込んで、もう一方を基盤に差し込む。現代のノートパソコンにはすでにRS-232C口が無いのも多く、そのためにキットにはUSB変換コネクタも付いている(親切な技術者魂だね)。

Puchi_RoboX:制御ソフトウェア

Puchi_RoboX:制御ソフトウェア
 キットにはCDが一枚あって、その中にソフトウェアやマニュアル、そして組立実演の動画がある。じつに親切だと思った。で、CDをセットしてマニュアル通りに初期インストールをすませ、Puti_RoboX.exeというアプリケーションを起動すると、写真画面が現れる。後日、この画面でロボットを操作する諸手続をプログラム(というか、台本書き:スクリプト作成)をすることになる。

 というわけで、未来に、強力なPC機能がそっくりプチロボXに載るなら、そしてプチロボXにカメラとか距離測定センサーとかを載せていくなら、完全な人型自律二足歩行ロボットがうまれる事になるのだが、~。私の実力だと、まだまだ数十年かかることだろう。
 今夕のロボット事始めとしては、大脳は涼夏2007PC、運動がプチロボX、併せて「少年司書ロボ0号」としておこう。
続く

参考サイト
 現在(2007年10月2日)の時点では、まだ「プチロボX」の記事が見付けにくく、以下に参考にしたのは2006年初夏以降にあった初代「プチロボ」に付いての記事です。

(1)The Weekly Herald:scie and axsee's electronics weblog.
 ↑文章がおもしろくて(つまり現代的)、つられて読み込みました。

(2)プチロボ買っちゃった!
 ↑なんとなく雰囲気が、先月の私と同じような心象風景でした。

(3)がらくたVol.8
 ↑全編、激しい内容でした。一万四千円の初代素材プチロボが、ここまで変身できるのかと呆然。この方の作品は、共立電子産業株式会社のblogで、優勝されて、別会社の高級ロボットが賞品として渡されたようです。

(4)シリコンハウスへようこそ:大阪日本橋でんでんタウンにある電子部品専門店シリコンハウス共立のブログ
 ↑昨年(2006年)に共立が掲載した初代「プチロボ」に関する宣言のような記事です。文責が「則武」さんと、銘記してあって、メーカとしてのロボットに対する切々とした想いが載っていました。なにかしら、ものつくりの原点というか、「実」世界をかいま見て、嬉しくなりました(今は「虚」世界が流行ですからね)。これを読んだのは、二代目プチロボXを購入した後だったのですが、ほっと胸をなで下ろしました。

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2007年10月 1日 (月)

小説木幡記:2007/10/01(月)黎明期の人型ロボット・司書

 今朝三時頃に目が覚めた。なにかしら緊張に似た感触があって起き上がってみた。

 余がパソコン・オーナーになったのは、1980年前後のことだった。まさにパソコン黎明期、弥生時代あたりだった。機種は沖電気のIF-800で、本体にプリンターが付いていて、別途グリーンディスプレイ(モノクロ)と合わせて40万円ほどのローンを組んで買った。今から考えると凄まじい冒険だった。給料の三ヶ月分ほど高額だった。それを何に使うかというよりも、命がけで手にした最初のオーナー・マシンだった。
 多少、発狂していたのかもしれない。

 そこに至るまでに約10年弱、プログラミング言語(FORTRANとかPL/1)を仕事に使っていたし、数年前にも外国製のPCを仕事のことで使っていたから、ド素人ではなかったが、自前で決死の覚悟で手にしたとき、「もう、余の人生はこれしかない。文学は余を見捨てた。いや、余は文学を見捨てた」と、悲壮な顔をしていた。
 笑っちゃいけない、若い(もう30代始めで、子供もおったのう)ということは、振り返ると幾分発狂しているようなものだ、脳。ただ、その後のことは、今は記さない。話は、そこへいくのじゃなくてぇ~。

 緊張で目が覚めたのは、もしかしたら、いま2007年、これは人型ロボット(世間では、二足歩行ヒューマノイドロボットと言われている)の黎明期なのかもしれないという、昂揚した思いからであった。

 パソコン黎明期に「生きた息した」余の人生は、そこで180度進路変更が為されていた。
 しかし今回の黎明期は、もう余生のことだから、進路変更はあり得ない。だが、そうであっても余の脳の中は、これからどんどん再編成されていくのだろうと、重い予感におののき始めた。
 集大成なんだろうな。余のこれまでの人生のいろんな知識や情感や技術の。それが人型ロボットに注ぎ込まれていくのだろう。最初の最初は、たとえペコリとお辞儀して、「ぼく、少年司書でぇ~す」と旗振るだけでも、生きている限り、その後に続く。

 IF-800を自宅においてしばらくして、年上の理論物理学の先生夫婦が余の自宅に、それを見学に来られた(笑)。余と、その物理学博士(ホンモノですよ)とは、部屋を暗くして、グリーンのディスプレイに、OKI-Basicで円や双曲線を描いて、「ふむふむ、すごいな」と話していた。黎明期とは、そういうことなのだ。

 ここで余のイメージ:弥生時代をへて、平安時代くらいに設定。
 小型軽量高性能の人型ロボットを一杯作って、それを余自身や司書達の「式神」に育て上げる。各々はちっこくて力もないが、それぞれの特技を持っていて、場合に応じて集合したり、自律サービスをしたりする。余や司書は、まさしく安倍晴明クラスの陰陽師だね。

 図書館で変な利用者ががなり立てたりしたならば、上級司書が「式、式を打てぇ~」と叫ぶと、チーフの少年司書ロボ0号がケースに応じた統合「式」を打つ。すると少年司書ロボ1号~10号くらいが、ややこしい利用者のそばにぱらぱらと集まり、その者の欲することを判断し、並行処理でかたづけていく。
 ~
 そんなことを考えだしたせいか、もう眠られなくなった。

注記:映画では、安倍晴明が紙切れに呪文を書いて、ふっと息をかけると、紙切れが鳥になったり少女になったりして、安倍晴明の仕事を助ける。これを、「式を打つ」と言うらしい。つまり、式神を起動させるわけだね。少年司書ロボに対しても「何々をしなさい」と、言って上げないと、一日中無限のぺっこんぺっこん挨拶と、旗振りをしかねない。
 してみると、今の時世だと「式神ロボの黎明期」とも言えるなぁ。

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