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2007年9月30日 (日)

NHK風林火山(39)第一次川中島の景虎と晴信

承前:NHK風林火山(38)村上義清の妻・玉ノ井

1.今夜の枠組み
 川中島の戦いを先週くらいから、ネットでちらちら見ていたのだが、どうにも分かりにくくって、諦めてしまった。なにしろ1553年~1564年の12年間に、都合五回も大きな戦いがあったのだから、その全体像を把握するにはレポートでも書かないと、なあ。
 ドラマとして覚えておくことは、第四回目の永禄四年(1561年9月10日)が一番激しくて、山本勘助もここで戦死となる。つまり、風林火山も総集編に入るわけだ。由布姫が亡くなったのは25歳前後だから、それがいつなのかはまだわからない。今夜もゆふさん、にっこり笑っていた。

 さて、そこで今夜の龍虎激突、どちらが龍かと考え込んだら、いつもガクトの背中にある龍の絵を思い出し、ガクト(長尾景虎)が龍で、対する武田晴信が虎なのだろうと、解釈した。

2.戦史・第一次川中島の戦い
  日付 天文二十二年八月(1553年)
  場所 長野県長野市川中島

  ガクト・景虎は馬で、日本海の春日山城から上信越道を南下したのか、信越線に乗ってきたのか。武田晴信は馬で甲府から、ガクトの二倍の距離を駈けてきたのか。

  龍・越後・長尾景虎(ガクト)+宇佐美軍師(緒形拳) これに元信濃の大将・村上義清(永島敏行)が加わる←景虎は村上の旧領地「坂木城」の奪還が最初の目的。
  虎・甲斐・武田晴信(市川亀治郎)+勘助軍師(内野聖陽) これに晴信の部下で高齢のトリックスターのような諸角(加藤武)が踊る←下知に反して、武田の拠点・深志城を苅谷原城で守ろうとした。

3.ドラマの見どころ
△戦史全貌
 毘沙門天の旗が国境を南下し、川中島に攻め寄せてきた。兵数8千。
 諏訪で一人いる由布姫は、トンボをみて、「勝ち虫」とか呟いていた。不思議な姫じゃな。元気そうでよかった。

 勘助の作戦は、国境の川中島からは離れた、塩田城に晴信が留まることで、景虎を信濃の奥まで誘い込み、坂木城を囮にし、そこを小県(ちいさがた)の真田と相木に背後をせめさせ、晴信と挟み撃ちにすることだった。
 勘助は景虎が大義名分から、村上の旧城を奪還する為に、この城に来ると踏んだわけである。
 知るや知らずや、景虎は錐の鋭さでみるみる途中の城を落とし、迫った。

 だが宇佐美の進言で、景虎は塩田城にこもる晴信を引き出す作戦に変えた。つまり武田の信濃の本拠地深志城方面に向きを変えたわけである。
 攻守というか、戦術が逆転した。

 深志城の途中には苅谷原城があり、そこに諸角爺さんが踏ん張っていた。晴信は苅谷原を捨てさせる命を下し、それを見て景虎も越後に帰るつもりになったが、~。
 諸角は死に花咲かせたかったのか、武田軍を奮起させたかったのか、下知に背き再び城に籠もった。

 武田に戦う意志ありとみた景虎は全軍を苅谷原城に差し向ける。晴信は見捨てられずに弟を援軍に差し向けた。しかしもし刈谷原城が落ち、晴信が動けば、付近の信濃土着衆が寝返り、武田が包囲網にさらされる。

 とっさに勘助は夜討ちを晴信に進言した。
 なお、北方謙三さんの水滸伝でもあったが、一般に昔の戦では、夜討ちは異例だったらしい。真っ暗だから(笑)。兵数が多い普通の戦場では敵味方の識別も出来ないだろう。そう言えば、晴信は若いころにも夜討ちをした。

 とこうして、景虎は宇佐美の進言によってついに帰国することにしたが、途中できびすを返し千曲川まで戻った。これを見て晴信、こんどこそ謀略よりも戦う意志を見せねばと決心し、両者は千曲川を挟んで対峙した。
 景虎は魚鱗の陣、晴信は鶴翼の陣。先に仕掛けた方が負ける。
 魚鱗とは、中央を鋭くとがらせ「人」の字に似せた陣で、中央を深く錐進むのだろう。
 鶴翼とは翼を広げた感じで、相手を両翼から包み込む。
 雰囲気としては魚鱗が攻め、鶴翼は守にみえるが、翼を広げたまま前進するとまるで一網打尽。魚鱗は、鋭い三角形だから、人の装甲板で芯を固く守ったようにも思える。
 勘助が言ったように、先に動いた方が劣勢になる。

 a.魚鱗が動く。すると鶴翼は真ん中で割れて、両翼から魚麟の横腹を刺す。
 b.鶴翼が先に動く。すると魚麟は一番手薄く動きの鈍いところを真っ二つに割るだろう。

△諸角
 下知に違反した諸角を、晴信が諭す場面がよかった。結局、皆の協力がうまれて、景虎が退散したのだから。武将として役に立つかどうかは、晴信が決めること、というセリフは当時として「泣かせる」なぁ。
 軍事システムとは言っても、人と人との関係なのだから、想定外の事件がいくつもうまれる。それを全部つかみ取って、こねて、良い結果に変えるのが大将の仕事だったのかも。

△ガクトの長セリフ
 琵琶、尺八、照明、ますますガクト・景虎が冴えわたった。馬上で手を上手に使って指揮する姿も、「映画アレキサンダー大王」のペルシャ王ダリウス三世の指揮に似て、痺れたなぁ。
 そうそう冒頭の長セリフ。ちょっと、メモった(笑)。脱行、脱落があるかもしれないが、記念に記録しておこう。

 運は天にあり、鎧は胸にあり、手柄は足にあり
 何時も敵をわが掌中に入れて合戦すべし
 死なんと戦えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり
 運は一定にあらず、時の次第と思うは間違いなり
 武士なれば、われ進むべき道はこれ他なしと、
 自らに運を定めるべし

 ああ、と今更ながらガクトの華麗凛々とした戦いの言葉に感心した。降魔の旗印・毘沙門天の「毘」、討ち入るときの、かかり乱れの「龍」、なんともかっこいい。上杉謙信は織田信長以上の新しいファッションを取り入れたようだ。たとえばマント、そして今夜のドラマではブーツを履いていたような気がした(錯覚かな)。人を生死の地獄に追い込むのだから指揮者がかっこ悪いと、気力が萎える。上杉謙信の天才ぶりがよく分かる場面だった。

 45分間があっという間に過ぎた。相変わらず勘助のセリフは少ないが、晴信との「あうん」の呼吸がよく現れていた。セリフの多いガクト、少ない内野・勘助、よい組み合わせだ。うむうむ。

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NHK風林火山」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~!
最後の「魚鱗」と「鶴翼」の意味がもう一つわからなかったので、勉強になりました~!ありがとうございます!

投稿: なったん3211 | 2007年10月 1日 (月) 12時01分

 魚鱗(ぎょりん)とか鶴翼(かくよく)とか、動物、生物の世界をたとえているのでしょうね。
 飛行機とか現代の所産物も、生物界を模しているのが多いようです。

 進化の本を昔読みましたが、どうしてこんな複雑なことができるのかと驚きました。だから、それに気がついた孫子さんたちも、応用したのでしょうね(笑)

投稿: Mu→なったん3211さん | 2007年10月 1日 (月) 13時46分

@niftyトップページ「旬の話題ブログ」コーナーにて、
本ページの記事を紹介させて頂きました。
紹介記事については、「旬の話題ブログ」バックナンバーで
半年間、ご覧いただけます。
今後も旬な話題の記事を楽しみにしておりますので、
引き続き@niftyをご愛顧の程、よろしくお願い致します。
ありがとうございました。

        @nifty「旬の話題ブログ」スタッフ

投稿: 「旬の話題ブログ」スタッフ | 2007年10月 1日 (月) 17時32分

「旬の話題ブログ」スタッフ さん
 紹介、ありがとうございました。
 当方、日頃はとろとろアクセスなのですが、突然増えてきて、驚いております。

 こういう機会はそうあるものではないので、ありがたく記憶しておきます。
 今後ともよろしく。
Mu

投稿: Mu→niftyさん | 2007年10月 1日 (月) 17時39分

初めまして。
由布姫の「勝ち虫・・」の台詞には深い意味がありました。ノベライズにも載っていないのになぜ急にあの台詞なんだろう?と、調べましたらとても詳しく説明されているブログさんがありました。覗いてみてください。
納得されると共に、大森さんが台詞ひとつにも調べていることが分かります。
http://kid-blog.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/gackt_8031.html

投稿: LEO | 2007年10月 3日 (水) 22時49分

LEOさん、始めまして。
 ご紹介のblogを読みました。難しい内容ですね。話が天武天皇さんまで遡っていくので、目がまわりました。

 Muは当初、単純に由布姫さんが板垣を思い出して、さらに昔からトンボは勝ち虫(後戻りできない猪突猛進とか、古代天皇が褒めたとか~)と言われていたようなので、トンボを見て「板垣が見守っているから勝つ」とか、その程度に考えておりました。

 ふむふむ。
 ここのところは、どっか大きい図書館で、優秀な司書をさがして、「由布姫さんと勝ち虫の由来を、おせてください」と調査依頼をする必要があるのかも。
 ~

(そうそうご紹介記事でふと疑問だったのは。由布姫さんは戦陣の展開を知らないはずだから、ガクト景虎や主人晴信が、信濃のどこに居たかは分からないから、由布姫の母方の祖地から話を考えるのはちょっと、深読みとも思いました)

投稿: Mu→LEO | 2007年10月 3日 (水) 23時21分

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