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2007年9月17日 (月)

キラレxキラレ:Cutthroat/森博嗣 (X2) <感想文:短剣一本かな?>

承前:イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本>

キラレxキラレ : Cutthroat /森博嗣(X2) カバー写真
 表紙裏にはこんな作品紹介があった。
  「この頃、話題になっている、電車の切り裂き魔なんだけれど……」
  三十代の女性が満員電車の車内で、ナイフのようなもので
  襲われる事件が連続する。《探偵》鷹知祐一朗(たかち・ゆういちろう)と小川令子は
  被害者が同じクリニックに通っている事実をつきとめるが、
  その矢先、新たな切り裂き魔事件が発生し、さらには
  殺人事件へと……。犯行の異常な動機が浮かび上がるとき、
  明らかになるものとは……。 Xシリーズ第二弾

 「ナイフのようなもので襲われる事件」というのは、なにかで服の上から切りつけられて上着が破れ出血するのだが、被害者はほとんど気がつかない。Muは超満員電車の経験が比較的少ないので、小説を読んで想像するだけだが、その情景が精密に描かれているのが驚きだった。

 京都では女性専用車両というのを、京阪電車、阪急電車で見かける。あれは利用目的がほとんど痴漢対策かと思う。痴漢らしき人が現行犯で捕まったのは、大昔に京阪電車の七条駅に到着する時に見た。痴漢を探索していた男性警官の怒号がしたのを覚えている。手錠をはめられた男性と、私服警官が電車を降りていった。小説で描かれた程には混んでいなかった。

 別の話では、名前だけを知っている別の職場の男性のことを、別の職場のアルバイト女性が人を介して「あの人に電車で痴漢されたのだが、相手は私に気付いていない。どうしましょう」という相談を受けたことがある。「うむ」と絶句したのを覚えている。男性は、気がついたら職場から居なくなっていた。その時もその後も噂は耳にはいらなかった。

 Muが気がつかなかっただけで(常識のようだが)、痴漢や切り裂き魔のような犯罪はドアの出入口が多く、痴漢した後に犯人はドアから押し出されるように外に出てしまうらしい。だから、ドアの左右が痴漢発生の多いところ、その近辺に犯罪者がいるらしい。ところが、Muは混んでいる車両では大抵そこに立つ。理由は背中と客席側の二面で人と接することが少ないから、安心なのだ。そこが犯罪者と被害者が交差するゾーンと知ったのは、まだ日も浅い。

 さて本題の感想文に入る前に、自分の知っているおっとりした京都の電車風景をいろいろ記したのは、東京とか大阪のラッシュのすごさを知らないからだ。作品では完全に身動きできない情景が描かれていた。手をおろすことも、かがみこむこともできないようなラッシュで、どうやって人に知られずに、刃物で人を傷つけるのか。

 そして、そういうことをする犯罪者の気持ちはどういうものなのだろうか。なにか得をするのだろうか。もちろん痴漢だって、見知らぬ異性の身体をさわってなにがおもしろいのか、とか。いろいろ疑問が湧いてくる。しかし、描かれる情景からは深い恐怖を味わった、そこから作品が始まる予感がした。
 Muはこれからもまずラッシュに乗車することはないのだが、このキラレXキラレを読んだ後だと、電車に乗るのを躊躇する人が出てくるかも知れない。

1.ラッシュ電車の密度と、ひとけの少ない電車の対比がくっきりと描かれ、ともに恐怖を味わった
 仮に犯人をXnとする。Xnが単独なのか、X1~Xnと複数なのかは読んでのお楽しみ。追跡者をYとする。Yは身動きできない電車とひとけの少ない電車の、両方でXnを探索する。その対比が鮮やかだった。特に後者のがらんとした車内でのXnとの対決は、これまで味わったことのない異種の恐怖だった。

2.一滴の香りふくよか
 実はこのXシリーズの主役がまだ分からない。探偵なのか、アルバイト探偵なのか、探偵社社員なのか萌絵なのか犀川なのか四季なのか。その全員が一度に登場するのではないが、なにかいつもちらちらと見える。
 今回、次のような描写があった。Muは心から「これじゃ、おっかけになりたくなる」と思ったかどうかは、わからない。

「上品な仕草だ、と小川は評価した。いくつだろう、まだ学生と変わらない年齢に見える。ストレートの髪は長く、片方の襟(えり)を隠していた。着ているもの、身につけているものも一流品。発声や話し方から育ちの良さが窺(うかが)い知れる。」

 どこといって変わった文体には見えない。ストレートの髪が男性なのか、女性なのかはよく分からないが、森作品では性別は気にしない方が、楽しみが増える。「上品」とか「一流品」とか「育ちの良さ」という言葉は、森以外の作家作品だと、Muなら多分反発が生じる。だが、この作品ではまさしく、こう書かないとしかたない。言葉をつくしてもつくしても表現できない人物を描くとき、結局はこんなあっさりした表現でとどめるよりしかたない。逆にますますそのイメージが冴えわたってくる。至福の段落だった。

3.犯人Xnも追跡者Yも人間の境界を綱渡りする

「そうか、仕事って結局どれも同じなのだな、~略~、あるとき、無駄だからやめましょう、と進言したところ、無駄だからやっているんだ、と叱られたことがある。
 ~略~『無駄なことがしたくないのなら、今すぐ死んだらいい』。
 そして、その半年後には、彼は本当に死んでしまった。もっと沢山の無駄なことを二人で一緒にしたかったのに。」

 この箇所を読んでいて涙ぐんでしまった。と、それはYへの感情移入のせいだが、そこでMuはたちどまり、他方むだむだしい切り裂き魔の心理を想像してしまった。他人の背中に傷つけるなんて無駄なことを何故するのだろうか? と考えたのだ。Xnにとってそれは「無駄な仕事」化しているのだろうか、とまで想像してしまった。
 ミステリや文学にあって、事の成否(つまりXnの解明とか動機明かし)とは違ったところで、読者が行間にさまざまなイメージを得られるものは良質な作品だと思っている。読者Muは、ここでYの内的独白を読み、Xnもそうなのだろうかと想像した。あるいは想像させるような内容に思えたのだ。これは文体のイメージ喚起力が強いからだと思った。

4.まとめ
 犯人Xnや追跡者Yの心理が描かれている場面がある。読者からみるとその違いはあまりない。あまりないのに、一方は切り裂き魔になり、他方は追跡者になる。つまり人間の普遍性の中から、別々の行為行動があらわれるという、その衝撃が強かった。
 その衝撃を和らげるのが、先回の感想でもしるしたアルバイト青年(芸大生)だ。名前は真鍋舜一と、今回は確認した。絶妙のバランサーになっている。

追伸:みどころ
 XnをYが追跡する場面は、単文の連続で、車窓を流れる風景のように場面情景や心理を超高速で描いている。これ、よいなぁ。
 例によってさまざまな騙しというか、フェイントがあった。最後までわからなかったこともある。読み切ったつもりだが、騙しなのか解の一つなのか、めくらましなのか正解なのか、不明。ヒントは「柑橘」。うむ。

再伸:点数と次回
 この作品、出色の「秀」、本当だ。
 つぎ第三弾は「タカイxタカイ」らしい。祭りの日の肩車を思い出した。若い女性がタカイタカイされて地上に激突なんて、そんな残酷な話は森博嗣先生のデータベースには無いはずだ。安心して読める。楽しみだ。
(ところで、今回の文中で、30代半ばの女性を若いとするかどうかで論争があった。どうなんでしょう(爆))

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投稿: ■全国共通 女性専用車両 総合スレッド Part17■ | 2007年9月17日 (月) 14時00分

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