小説木幡記:2007/09/06(木)君は見たか
夕方、仕事をかたづけようとしていたら、ノックがあった。
夏期中のそんな時間に来客はないので、思わず身構えた。「さては、サ・ダ・コ~」かと。
昔のホラー映画、小説(リング)を思い出した。余は比較的初期にあのホラーを読んでいる。
返事もできずに、息を詰めた。
ドアがそっと開き、髪の毛が見えた。
「ギャー」とは、ならなかった。
なんのことはない、顔を覗かせたのは倶楽部幹部だった。
「えっ」と、怯えた表情をごまかす余。
「先生ぃ」
「なんだ、君だったのか。大学に来ていたのか?」
「先生ぃ、ニジ、ニジですよ」
「はぁ、二時? もう6時すぎですよ」
「空、空を見て下さい、虹なんです」
あわててバルコニーに駆け寄った。東半球、京都の東山を背景に、空の南北一杯に巨大な虹が見えた。
その虹を一目見て、余は胸の底まですぅ~っとしていった。
京都を一またぎするほどの虹は珍しかった。それも薄闇の曇空というのに。
幹部は友人達と、ゼミ教授の部屋に集まっていたようだ。
朝から終日、艱難辛苦の論文作成だった。
残り少ないハッカを何度もデコや首筋にぬりこんで、なんとかかんとか、中断せずにやっと夕方になったところだった。息苦しかった。他の責務の期日も迫っている。論文は遅々としていた。テキストを読むだけなら苦にもならないが、そこから何が書いてあるかを抽出するのは、難しいことだった。進捗状況は、はかばかしくなかった。
それが、声に誘われて虹を見ただけで、すっとした。
「今日も、ちゃんとやれた。やらないより、やった方がましだ。今日やったことは、明日はやらなくてすむ。次のステップに進める」と、そう思えた。
倶楽部幹部は友人達のところへ戻って行った。
しばらくして、余も電気を消して、葛野をでた。まだ、「ゼミ教授」の部屋には明かりがついていた。
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