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2007年8月31日 (金)

小説木幡記:2007/08/31(金)嵐と停電

 今朝、木幡は嵐だった。豪雨だった。雲が重くて日が差さなかった。朝からライトを点灯して葛野に向かった。
 延々と仕事した、研究した、どんどん片づいていった。

 葛野の正午、突然暗黒になった。キューン↓というか細い声を上げて、全マシンがダウンした。
 一連の3工程の途中、第三工程のプログラム稼働中だった。

 消防自動車一台に消防士が5名ほど、救急車一台に救急隊員が2名ほど、警察官が一名。それくらいが眼に入った。ベランダからの眺めなので正確ではない。配電盤がショートして負傷2名、一名が救急車で運ばれた。重症ではなかったようだ。

 その間、当然、部屋が暗黒になった。ブラインドを上げて窓も全開した。それでも暗い。
 PCは無力化した。
 湯が沸かなくなった、モーターで湯を出すので困った。熱い茶が飲めなくなった。
 食後の珈琲も淹れられなくなった。
 エレベータが止まった、共用の冷蔵庫も止まった、クーラーも止まった。
 じわじわと蒸し暑くなってきた。

 なんと電話だけは動いていて、担当職員から二度、丁寧な状況説明があった。
 一時間後に復旧した。
 第三工程をはじめからやってみた。すぐに完了。さすがに涼夏2007PCは速い。

 復旧後、葛野中央サーバーはさらに30分以上時をかけた。ネットやメルは停止したままだった。
 三時過ぎには、詳細な状況報告が一斉メルで入っていた。

 実質、わずかに一時間の停電だったが、暗い部屋でいろいろ考え込んでいた。
 エレベータは乗らないようにしようと思った。この暑さの中で閉じこめられたら、どうにもならない。
 マシンが動かないと、余の責務はほとんど果たせないことに気がついた。
 電気を多重に確保する算段よりも、こういう余生はあまり芳しくないと思った。
 とは言っても、部屋が暗くて本も読めなくなった。

 読書もしない、マシンもネットも使わない。
 そういう余生を考えてみたが、雲を掴むような生活しか想像できなかった。
 これは危険だ。
 じっと、瞑想して日々を過ごすことを真剣に考えようと思った。

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2007年8月30日 (木)

小説木幡記:2007/08/30(木)精勤の中で情報の火花が散る

 今夜も木幡記を記しておこう。記す心身でもないのだが、生きている証。
 さて、
 朝がゆというものを、お店で頂いた経験は、多分ないのだろうが、記憶はあてにならないから断言はよそう。
 昔、N先生が中国へ行かれたとき、「Mu先生、朝にいただくカユは、なかなか気持がよいものです」とおっしゃった。昼も夜も中華で責められると、同じ中華でも、朝がゆはのどごしがよいのだろう。

 そういえば、ホテルの朝食などで朝がゆがでるところもあった。忘れたが。ただ記憶として、胃によい。
 幼児期なれば、我らの貧しい時代もあって、病気のあとは大抵、おもゆ、だった。つまり米のジュースだな。そして徐々にお米のつぶつぶが多くなるお粥だった。

 今なら、普通のお粥、大根千本の味噌汁、おつけものの盛り合わせ、温泉卵、一夜干しの焼き魚、お茶。
 こういうセットであれば言うことないな。この規模(変な用法だ)を越えたら、朝がゆとしてはよくない。胃にもたれるような、おかずというより添え物が主人ずらするような朝食は、異国ではしらぬが、本朝では外道邪道と思う。またしかし、この規模がさらに縮小すると、まるで禅坊主みたいな、ちょっとすかした感じになって、これもよくない。原則として、食事に思想がはいるのは、これも外道邪道、魔道になる。

 ということで、朝がゆのような男になりたい、と思うようになった。(失笑だね)

 今日も終日夏期論文のデータ整理におわれていた。
 脳は相当に疲労する。
 そこで、ハッカがでてくる。
 手のひらに吹き付けて、デコや首や肩に当てる。すぅ~と、してくる。
 
 ここずっと、迷いは一杯ある。それは時間との戦いによって生じる夢魔なのか。
 夏期論文だけじゃなくて、いくつかの期限がせまっている。
 期限には、最後のトドメをさす時間が必ず含まれる。つまり、寝かせる時間。

 どんな場合でも、それは浮遊思考ですら、特に書いた物は、寝かせる時間が必要だ。たとえば夏期論文だと説明しやすい。誰に? 余自身に。
 締切の10日前には完了している必要がある。そして一週間は寝かせる。最後の三日間で、阿修羅になって再読校正、というか短時間に集中して見直す必要がある。それなくして、思考を定着したことにならない。誤植は直せばそれで終わりだ。もっと大切なことは、浮遊思考を定着思考として書ききるには、この再読推敲が必須である。

 そう。迷いはそのことじゃなかったのだ。もっと大切なこと。
 余生、死までの残り時間だな。
 論文なんか書いていてよいのだろうか。余がしなくても誰でもできる責務なんて、そんなことに時間を使っていて良いのだろうか。……。それが、一番難しい問題となってしまう。
 MuBlog書いたり、日曜作家していて、それでよいのだろうか。
 夢魔に陥る。

 で、部屋を暗くして、横臥して、薄闇にまどろむ。最初は「これでよいのだろうか」とぼんやり考えている。闇にまどろむことへの疑問ではない。責務を果たしたり、実験したり、マシン作ったり、倶楽部の面倒みたり、もろもろの現実の仕事をしていることへの疑問だな。やがて、「やりたいようにやればよいのだろう」と落ち着きを取り戻し、闇と脳とが融合する。思考が薄くなって空間にただよう。
 すると。
 楽になる。

 というわけで、明日もまた、MuBlog書いて、読書して、夏期論文書いて、責務に励む。
 人間は、おもしろい存在だ。自分でやっていることに疑念を持ち、そしてまた疑念をすりぬける、とびぬける、無視する。毎日。

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アフタヌーンティーは茶か異風かデザートか

Msimg_2995 以前と同じように、ブライトンホテルのフェリエで夕食をとった。なんとなくくつろげて、良いところだと思っていた。だから、ある日の夕べ、またふらふらと席についていた。やることなすこと時々スケジュールにないことが入る。

 山イチゴだったか、ジュースを食前にいただいた。ワインも飲まずにジュースというなかれ。それはそれで、微妙な心地よさがあるのだから。

 駐車場は、今度は地下だった。記憶では、この地下駐車場こそが安倍晴明さま旧宅のはず。いや、平安時代に地下があるとは思わないが、今、そう決めた。あらかじめ記すと、入るには入ったが、食後にそこを脱出するのが一苦労だった。永遠に安倍晴明さまのお宅から出られないような、怖い思いをした。要するに、出口が分からず、ぐるぐると地下駐車場を走り回っていた。

Msimg_2996 デザートが出たときに眼を丸くした。三段重ねのデザートが町では普通なのか~と、驚いたわけだ。木幡村と葛野村しか知らない日々だから、いまどきの町の動きが分からなくて、三段重ねのデザートなんて、初めてだった。

 と、思ったら、横から前から「アフタヌーンティー」とセリフが飛んできた。セットしてくれたギャルソン氏も、うなずいていた。ほお。外国、おそらく英国あたりの蛮風じゃなかった、異風なのだろうと得心した。ティーというのだから、紅茶をさすとおもったら、そういう雰囲気がアフタヌーンティー。そんなお店の名前も昔、耳にした。その店の風儀なのか? わからない。

 ともあれ、現代の日本は、一歩そとにでると、異風で満ちあふれている。余は、なにをみても、眼を丸くして驚く。それはそれで、良いものだ。そのうち、「木幡の朝茶」とでも流行らせたいな。トッピングにメモリーが差し込んである、そんなモンブラン、どうだろう? 寒いお話でした。 (2007年8月30の木曜日記す)

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2007年8月29日 (水)

小説木幡記:2007/08/29(水)一息、8月締め

 今夜ようやくMuBlogを記す状態になった。病臥していたわけではなく、さまざまなことに専念し、息が詰まった状態、窒息寸前の数週間だった。実は、……、まだ終わっていないが。

 すべてが未完だから、十全な充実感とかあるいは否定的な挫折感とか、そういう心象とは遠い。人間いつまでたっても、一杯一杯なにかかれか、手を動かし足をうごかし脳を活性化しなければならなくなるという、この世の定めにあらためて感心しておる状態で、一息。

 お金がいつもないので、宝くじを継続的に買おうと思って話したら、木幡漫画博士からはにべもなく「ぼくは、そういうの嫌いです」と言われた。Joさんに話したら、「Muさん、そんなのやめて、株にしなさい」と言われた。ままならないものだ。

 夏期論文は右往左往している。なにかしら苦行僧になった気持だな。我ながら、よくやるよと、感心している。たしかに自然言語処理世界で3万語くらいの抽出用語を操作するのは、児戯にひとしいことだ。が、ほとほと、もうもう、の地獄極楽巡りですなぁ。この道うん十年。うむ。

 倶楽部。これも、なかなかくせ者だね。ここ何日も毎晩NHK新選組!!の総集編が頭を過ぎっていく。なにかを維持する、意義を見付ける、回転させていく、これは至難の技だ。歴代幹部が痩せるのも無理無い(笑)。組織原理と鉄の掟と血の涙、そして志。「近藤さん、私はあなたを同士としていままで付き合ってきた、私はあなたの臣下ではない。」これが永倉さんの忘れられないセリフだった。そして別の場面、近藤さんと土方歳三さん。近藤さんは言う「歳(とし)さん、私が法度を破ったら、それでも切腹を迫るのか」「そうです」「……」「そして、近藤さんが切腹したあと、私も腹を切る。それが新選組です」ああ、涙つきない場面が次々と走馬燈のように流れていく。

 と考えながら、サンサーラ、エクスタシー、ジャータカ、ニルヴァーナ、世尊曰く、ほめたたえよゴータマ・シッダルタ、場面が変わった。

 そして、……、そして、また、……。

 過日、焼き鳥を食べながら、JOさんに誓った。「Joさん、ぼくはいまから、邪馬台国研究者になる」「ほお」「やはり、ヒミコさんは、あそこに眠っているはずだ」……、そして場面が変わった。

 なかなか、忙しい毎日だ。
 脳の中だけで百万の神々がうたい踊り、弥勒菩薩さまが56億光年のかなたから、余の枕辺にお立ちになった。ああ、余は、大丈夫なんだろうか? 京都の夏は暑かったようだ。人生は、楽しい。

余録
 日曜作家、これは絶好調。よきかな、よきかな。

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2007年8月26日 (日)

NHK風林火山(34)裏切りの真田幸隆

承前:NHK風林火山(33)道安(内野・勘助)絶体絶命

 さて瞬く間に日曜の夜がすぎた。いま、この記事タイトルを付けながら、首をかしげている。「早く終わりすぎだ」と、「はて、このタイトルは意味が分かりにくいな。どういう意図で、Muは付けたのだろうか」と、考え込んだ。

 佐々木・幸隆は誰も裏切っていなかった。敵対する村上勢からみるならば、幸隆こそが結果的に実弟常田隆永を裏切らせたことになる。
 海野家再興が、その鍵となった。

 ドラマの今夜の情報だと、海野というのは名家だったが、武田に滅ぼされたわけだ。そして、実は真田は海野家の分流らしい。本家は真田じゃなくて海野らしい。
 こういう家系、名流意識は現代の、特に福井県南条郡今庄町大桐を祖地とする炭焼きを先祖にするMuにはあずかり知らないことだが、なかなか当時、現地では大変な重みのあることと想像する。

 その海野(うんの)の忘れ形見、娘が一人、真田幸隆の妻・忍芽(しのめ:清水さん)の兄の実家河原家に預けられているらしい。
 そこで、とわずがたりの勘助の入れ智慧で、晴信は盲目の次男(仏門)に海野家の娘を嫁がせ、海野家を再興する約定をだしたようだ。真田家の始祖が盲目で、代々真田家は目の不自由な人に手厚い家風があるとのこと。そこまで、晴信はおそらく勘助から耳にして、海野家再興を許した。

 断絶した家を復興したり、あるいは、失った領地を回復するということは、当時の地侍、戦国大名にとっては、夢のような話であると、ここでイメージしなければ、この一連の佐々木蔵之介・幸隆周辺の感情の動きが分かりにくい。

 そのために、今回の「裏切りの真田幸隆」というタイトルがある。
 砥石城を奪回しないと、真田の領地復帰はおろか、武田家臣団の中での幸隆の立場は落ちるしかない。幸隆の親友のような相木は勘助に、「今回の砥石城を早攻めしたのは、わしの入れ智慧だから、失敗を責めるならわしを責めよ」と云う。
 勘助が「策を弄する者は策に溺れる」と口にし、秘策があると幸隆に云い、それを問われて「内応者」と答えると、そんなことなら息子でも話していると、夫婦そろって勘助に失望する。

 この期に及んで謀略、調略とはさすがにMuもげんなりしたが、しかし今夜は結局その「成立しがたい謀略」というか秘策を勘助のガイドで無事やりおおせたことにつきる。結果として海野家が再興されるという一夜だった。

 小さなエピソードがどんどん積まれてぐいぐいと引っ張っていく。忍芽は長男を連れて敵方の義弟のもとに死を賭して乗り込み、夫・幸隆の実弟に寝返りを頼み込む。

 ……

 最初の疑問。
 真田は、勘助ほどの汚れた手は使わないが、裏切りの真田という良い印象(爆笑)が残ってしまった。
 一体、真田幸隆実弟の常田(ときだ、と聞こえた)は、なぜ兄の敵にまわったのか。これは考えてみると、その方が自然だったと思い出した。つまり、妻・忍芽やその兄・河原の反対を押し切って、勘助のガイドでにっくき武田に下ったのは幸隆の方だった。実弟の常田は、最初から、真田を襲った武田に反抗し、村上についたのだから、幸隆の行為の方が、常田には不可解だったのだろう。

 してみると。
 やはりかっこよい佐々木・幸隆は、裏切りを発端として武田に寝返り活躍し、ついには実弟も裏切らせたのだから、ここに「裏切りの真田幸隆」というタイトルは自然なものと、解釈できる(笑)。

エピソード1
 小山田さん、勘助が帰っても、ひとりだけ笑って「どしぶい勘助、憎めないな」とうそぶく。この方の活躍が待ち遠しい。自分の息子は、一体どなたさんがテテゴだったのでしょう? 伏線がまだ融けない。

エピソード2
 ガクト。宇佐美と勘助の噂ばなし。もういうまい。
 しかし事実は記録しよう。たしかに、明白に、龍の床の間絵飾りが画面に入ったとたんに、背中をぞわぞわと、電流が走った。異世界だね。

エピソード3
 予告編。これが毎週楽しみだが、いよよでました、○○眼の由布姫様。
 息子さんも大きくなって、いまだに「姫様~」といわれるなんて、女冥利につきますな、幸さま。 
 三条さんにちょっと意地悪を言われている場面。雰囲気としては「ゆふさん、あんさんちょっと、のぼせてますなぁ」と、エグイ京言葉どしたなぁ。
 その後、勘助がピシャリと障子をしめて、次に由布姫の恐ろしくもキツイ顔。密談。
 多分「勘助! わたくしは、息子の四郎を武田の跡継ぎにする。ぜったにするぞ。負けてなるもんかぁ。勘助、そなたは、わたくしの云うことを聞くのだぞ」というふうなやりとりに見えた。毎度毎度、予告編は気を持たせるな。

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神々の乱心/松本清張<感想文 その1:上品な吉屋特高係長>

神々の乱心/松本清張

神々の乱心/松本清張
 この長編小説は未完である。著者松本清張が82歳(1992・平成四年八月)で亡くなる直前まで週刊文春に掲載していた。図書として上下刊行されたのが五年後1997年の一月なので、現在(2007・平成十九年八月)から数えると十年以前に読んだものである。週刊誌連載中はときどきタイトルだけ眼にしたがあえて読まなかった。図書となったときに一気にまとめ読みをしたかったからである。
 未完だから、なかなか本にはならないと諦めていたのだが、時がすぎて十年前の正月明けの書店で眼にしたときは狂喜した記憶がある。

 この度は「上」を再読したので、忘れぬまに感想を記しておく。
 まず、付帯情報から整理する。

1.帯情報 上下
<上>
宮中に何事か画策する謎の新興宗教
昭和8年。東京近郊。梅広町の「月辰会研究所」から出てきたところを尋問された若い女官が自殺した。自責の念と不審から「月辰会研究所」をマークする特高課第一係長・吉屋謙介。やがて渡良瀬遊水池から、2つの死体が……
巨匠松本清張が渾身の力を揮った絶筆1700枚。

<下>
満洲に暗躍していた教祖の野望とは
自殺した女官の兄から、月に北斗七星の紋章が入った通行証を見せられた華族の次男坊・萩園泰之。「『く』の字文様の半月形の鏡」とは何か? 事件の背後に見え隠れする十数年前の「大連阿片事件」の影。「月辰会研究所」の謎を追って、物語は大正時代の満洲へ遡る。

登場人物(上下)
・北村幸子
 宮内省皇后宮職員。深町女官に使える下級女官。「月辰会研究所」を出たあと尋問され、郷里の吉野へ帰って谷川に身を投げる。
・吉屋謙介
 埼玉県特高課第一係長。幸子を尋問したことから「月辰会研究所」に関心を持ち、独自の捜査をすすめる。
・足利千代子
 年老いた元女官で、源氏名は喜連川典侍。ときどき喜連庵を訪れる吉屋に宮中の思い出話を語ってくれる。
・北村友一
 幸子の兄。深町女官の代理で葬儀に参列してくれた萩園泰之に遺品などを見せて、自殺の真相を調査してくれるように依頼する。
・萩園泰之
 萩園子爵の弟にして深町女官の弟。幸子の遺品の「通行証」は深町女官の使いで行った先のものと推理して、情報収集を始める。
・川崎春子
 広島県三次の旅館「月江山荘」の女将。大連阿片事件の被告となった大連の役人(嘉善堂戒煙部長)川崎友次の未亡人。
・津島久吉
 紀州の農園主。大連阿片事件の被告となった元阿片特売人の一人。渡良瀬遊水池から他殺体で発見される。
・島田平蔵
 嬉野で茶園を経営。元阿片特売人の一人。数ヶ月前、商用で旅行に出たきり、行方不明になっている。
・秋元伍一
 川崎友次配下の阿片密偵だったが、油断のならないところがあるので、川崎から遠ざけられるようになった。
・伏小路為良
 萩園泰之の親友で、華族の次男坊。情報通で、華族界の噂や怪文書を泰之のもとへ持ち込んでくる。

2.関係地図
渡良瀬遊水池(わたらせ・ゆうすいち)

 渡良瀬遊水池は、清張が描いた昭和初期の姿と現代とでは相当に違いがあるようだ。二つの死体が発見された場所はそれぞれに作品中から特定できるが、ここではあえて著名な「渡良瀬遊水池谷中村跡」付近をポイントしておく。現代の住所は、おおよそ栃木県下都賀郡藤岡町大字内野付近となっている。

 作品に描かれた渡良瀬遊水池は果ても見えないほど茫漠とした水の世界だった。その背景には足尾銅山鉱毒問題や、谷中村の水没など、昔の日本の政治や利権に絡んだ様々な問題が見え隠れするのだが、それよりも、巨大な遊水池の背高い葦の陰に捨てられた遺体の無惨さに目がいき、そして遊水池を眺める登場人物達の視線が印象に強く残った。

 作品に現れる地名はここだけではなく、自殺した女官の実家(神社)のある奈良県吉野、「月江山荘」のある広島県三次、とそれぞれに郷愁を抱かせる土地が大きく登場するが、私はまったく想像もつかないこの「渡良瀬遊水池」にはるかな異国を味わい、ここに記録した。関西から一歩も出ない者には、このあたりの水、空、風景、空気、それらが想像もつかない「異国の空」に思えるのだ。

 遊水池は当時も現代も、群馬、栃木、埼玉、茨城の入り組んだ所に位置する。関東といえば、最近はようやく千葉県を太平洋に面した海洋国と認識しだしたが、群馬、栃木、埼玉、茨城といえば、どこがどこなのか全く未だに不明である。同業の故・原田勝先生には若い頃、「あなたには、関東のことは何度教えても、わからないようだから、もう説明しません」と笑われた。昔、先生が教授就任なさった筑波大学が何県なのか今も分からないとか、あのあたりの言葉が理解できないとか(電車の中で、オジサン達の話言葉が喧嘩に聞こえたので、不安になって原田先生をつついたことがあった。それが笑いぐさになってしまった)。そんなこんなで、この渡良瀬遊水池、いつの日か登場人物達と同じ目でぜひ見ておきたいと、茫漠とした思いにおそわれた次第。

参考サイト
  渡良瀬遊水池[ヨシの原が写真にあります]
  瀬遊水地の役割と……

3.吉屋謙介(よしや・けんすけ)特高係長
 話のあらすじは、事前公開されている帯状情報にまかせることにする。推理小説を銘打っているのだから、どんなことが「ネタバレ」になるか分からない。読者の資質によっては「一言」だけで腹をたてる事例も大いにある。
 古ネタ繰り返しになるが、私は以前京極堂ファンに、てっきり読了すみと思って「うぶめのなつ」のネタバレをしてしまい、未だに寝汗をかくことがある。どんな仕返しが百年後にあるのかという、恐怖からだ。

 さて、埼玉県特高課第一係長吉屋謙介についていくつか感想を記し、上巻の感想とする。なお、上巻の終わりかたは実に印象的だった。つまり、そこで初めて憲兵隊が登場するわけだ。当時の職制、縄張りは今以上にしっかりしていて、刑事課の動き、特高課の動き、そして憲兵隊の動きで事の成り行きが非常に鮮明に分かる仕組みになっている。
 このあたりのことは、松本清張の努力と才能の成果だと、痛切に味わう。

 現代だと、刑事課と公安と、そこに自衛隊の諜報機関が現れる様相に近いが、この昭和初期ほどには区別がつかない。後者の現代自衛隊の諜報機関と言っても、そういう厳しさが味わえないのが現実だ。機密情報は垂れ流しに近い。若い奥さんがアジア系の人で、そこから、わが国の同盟国の虎の子情報が、ハードディスク単位で易々と漏れるとは、まるっきり素人の世界というか、普通の企業情報が漏れる事例よりも、さらにぼろぼろである。多分、防衛省には「機密」はないのだろう。

 特高といえば、現代日本史では悪名高い戦前警察権力として知られている。法を超越した拷問警察と思っている人も多いことだろう。知り合いの故・お父さんなんかの話を人伝えに聞くと、戦前特高警察官だったそのお父さんは、世間体を気にして戦後相当に努力して身を潜めたようだ。秘密警察というと、違法拷問無茶苦茶権力濫用の鑑(笑)と見られている。

 事実そういう側面はあったのだと思う。しかもそれを描く作者、松本清張が権力の内幕を曝露する、社会正義派作家の筆頭なのだから、人によっては、読む前から『神々の乱心』を教条的作品と鼻じらむこともあるだろう。

 ところが、これは「点と線」や「時間の習俗」で登場した東京警視庁三原警部補や、福岡署鳥飼刑事という戦後の警察官を描いた筆致と大きな差がない。少なくとも上巻にあっては、私は吉屋に身を添わせ、同じ目で各地を回り事件を分析推理し、読み終わった。

 「特高課係長」の名刺がどれほどの威力を当時もっていたか。
 私服だから名刺と手帳しか身分を明かすものはない。紙切れ一枚で、世間が庶民が怯え立ちすくむ様子がよく描かれていた。しかし、吉屋は偉ぶったところがなく、物静かな、30代後半の「紳士」として行動する。非常に丁寧な物言い、物腰、生真面目な中年である。肩書きを半ば見せ、半ば見せられない立場の特高警察官が非常にリアルだった。そのリアルさの中に、拷問自白強要などとはほど遠い順法精神にあつい警察官の姿がくっきりとあった。

 ふと思い出した。帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)の『逃亡』の主人公は憲兵だった。彼も清廉潔白の人だったが、戦後帰国し、日本各地を逃亡した。捕まれば重度の戦犯として死刑は免れない立場だった。国家権力の走狗、特高、憲兵。そういう共通性を思い出した。

 吉屋はふとしたことで、若い女性を尋問する。
 単に彼女がでてきた建物が新興宗教らしい研究所だったからにすぎない。大本教事件などが以前にあって、特高課員は当時の新興宗教に神経をとがらせていた。尋問と言っても、丁寧に持ち物を見せてもらうだけのことだった。しかし彼女は、自分が宮内省に勤務する者であることを言わざるを得なくなり、かつ、持ち物を見られてしまった。たったの、お札(ふだ)一枚である。吉屋は相手が女官である事実を知り、愕然とする。当時の宮内省は、特高警察の権威権力が及ばない至高聖地だったのだ。
 尋問と言っても、それだけのことだった。が、女官は後日、実家の吉野で自殺する。吉屋は懊悩した。単身吉野での葬儀に私人として参列した。

 中堅の特高係長と云えども、自分の職責を果たすための常日頃の注意は怠らない。
 吉屋は特高警察官用の薄いが極秘の「捜査教則本」をときどき読む。管轄内の思想犯、国家反逆の違法組織を取り締まる為である。そこに描かれるのは、松本清張の面白さというか、強靱さと思った。日本共産党の事例をもとに、捜査官がどのように振る舞い、法の枠内で取り締まるかについて、事細かに注意事項がある。不用意な自白強要は、必ずあとで法廷闘争に持ち込まれるから、絶対にやってはならないとある。日本は、当時も法治国家であることが分かる。

 と、こういう清張の描く吉屋特高係長の生真面目さ、穏やかさ、まともな人間像に私は感心した。別の世界ではやはり拷問があったのだろう。それは戦後の警察でもあるのだろう。現代も冤罪、自白強要、公権濫用は新聞によく出る。
 しかし、そういう権力描写のワンパターンから、ちょっとずれた別の現実をリアルに描くところに松本清張の偉大さがあると思った。特高課員は人格を含めた上で当時のエリートだったのだ。清張は、体制や権力を外からだけ見て叩く単純な社会正義派ではなかった、と思う。体制内で、真の職責を自覚したエリートとして生きる人間も描く力量があった。

 上巻のことは、最後に憲兵が登場するところで終わりだが、さてどうなるのだろう。十年前に読んだので、もう忘れている。続きが楽しみだ。

追補1
 松本清張研究で著名な『松本清張事典決定版/郷原宏(角川書店)』で件の吉屋謙介の項目をみていて、言及しておくことにした。そこでは末尾に吉屋のことを「新興宗教と昭和史の闇という年来のテーマを追求するために作られた人物だが、人間的な魅力に乏しい」とあった。私は、そういう風に見る人も多数いると思う。逆に、吉屋的な人物とは対極にあるだろう、歯切れの良い積極的なあるいは卑劣なあるいは暗い、要するにもっとダイナミックな人物が、人間的に魅力あると思う人も多いと想像する。そのあたりのことは、十人十色と痛切に味わった。
 私がもし、清張と知り合いで、今もお若く元気なら「センセ、今度の吉屋は最高です。ああいう人物を待っていました」「今時の、アクのつよい、個性ぎんぎんのキャラには、飽き飽きしておったんです」と、臆面もなく云うことだろう。
 それでよいと思っている。

追補2
 未完であることについて。これは下巻の感想文で記す予定だが、あらかじめ。
 作品の種明かしとか、全体結構における末尾とかについては、全く問題を感じていない。あればあったで、別の感興を抱くかも知れないが、私は、この未完と云われる『神々の乱心』を秀と採点しているので、どちらでも良い。もし復刊する予定があるなら、未完という文字は不要だと思っている。

その2→

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2007年8月25日 (土)

小説木幡記:2007/08/25(土)夏の過ごし方

 この夏は、例年と同じところもあり、異なったところもある。
 暑いようだ。先々週あたりは京都も37度前後、実質は40度前後あったようだ。先週末は夕方に豪雨があった。
 とはいえ、実は温度変化は余に影響が少ない。葛野研はちっこいせいか28度cに設定するときっちりその温度を保っている。木幡研の夜は26度cで快適だ。

 屯所の左京マシンは、毎朝見ているのだが、40度c前後を保っている。samurai-zの空冷ファンは確かなものだと毎朝感心している。以前の状態だと、64度cを越えてサーマルシャットダウンを繰り返すことだろう。
 ご承知の、周知の、(誰もしらないか!)、涼夏2007PCにいたっては、アクリルケース内温度は30度cを動かない。温度計が壊れているのかと思ったが、毎朝オンする前は、朝の室温34度cと同じだから、動いている。室温が28度cになって、30度c稼働だから、これも余のケース内「風の道」作戦は成功のようだ。

 さて夏期論文だが。これはいささか様相が異なってきた。
 これまでは編年体の文学史、各章固有の文学史、超絶難解な家持の時代史、となんとかこなしてきたのだが。もちろん、三島由紀夫の長編小説は分析の技術としては一番解りやすく楽だったが。
 今回は難渋している。
 これがほぼ一ヶ月続いているのでいささか気鬱が強くなってきた。

 どういうことなのか。
 要するに、解りやすくいうと随想、エッセイなのだ。そして「日々のくらし」を描写したところが多い。KT2によるこれまでの分析は、小説ならば先頭5名ほどの登場人物、文学史ならば明確な対象書誌名、……。つまり、明確な名詞がきっちり現れたので、通時的であれ共時的であれ、分析が楽だったとも云える。これは、数年前に森博嗣先生の公開日記を分析したときもそうだった。明瞭な事項や人名があるテキストは、それだけ解りやすい。
 ところが。

 今回のテキストには人名も事項名も、総てがあるのだが。その出現頻度の散らばりが大きい。たとえば、「空海」、「法然」これだけ有名な人名が、昨日までの調査ではそれぞれ一回しかでてこない。
 なかなか難しく、気鬱が深くなってきた。

 さらに、別途2つの大きな責務がある。さらに他のことや倶楽部運営を合わせると、今夏は大行事は無くても、日夜やせ細る状態が続く。
 すると、本を読めない、映画も見られない、RSを疾走させることもできない、日曜作家も最低水準しか力を出せない、MuBlogは日記ものばかり、……。

 余は、よって、今夏は鬱が激しい。
 静養しよう。

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2007年8月24日 (金)

卑弥呼の墓(004)陸行水行/松本清張(小説)

承前:卑弥呼の墓(003)邪馬台国への道/安本美典

陸行水行/松本清張

陸行水行/松本清張
 最初にお断りしておくと、これは短編小説であり、松本清張の「邪馬台国論」ではない。さらに、邪馬台国自体の指定も、九州の阿蘇よりの、宮崎県と鹿児島県の間というおおざっぱな枠組みで、当然ヒミコの墓がどこであるかについては、言及が一切無かった。だから、「卑弥呼の墓」というカテゴリからは、外れる。

 掲載した理由は、松本清張については別途に古代史論全体の中で取り上げる予定だが、この短編小説「陸行水行」は当時世評もあり、邪馬台国ブームの一翼を担い、そして清張自身にとっても、後の古代史家のスタートとなる転機の小説だったからである。

 短編小説の成功度としては、読者によっては意見も分かれると考える。一般的推理小説としてよむと、肩すかしを味わうかもしれない。ただ、平易な筆致で、ややこしい邪馬台国論争の腑分けをし、そして魏志倭人伝の一つの解釈の仕方を、納得させるだけの論理がある。

 魏志倭人伝に振り回されるのは、当時も、そして現代も、ちょっと距離を置いてみると馬鹿馬鹿しい面がいくつかある。古代の外国の人が書いた異国見聞録にはおとぎ話のような事例もある。(西尾幹二『国民の歴史』ではその好例を挙げている)

 魏志倭人伝の解釈を、ある時は誤字脱字、写し間違い、南は東の間違い、連続距離とみる、放射状到達距離とみる、陸上と水上とは連続とみる、並記とみる、……と自説に都合良く取り込むのは、邪馬台国論争の陥穽、宿痾のようなものだった。私は、最近ずっとこれを「おとぎ話、小説」として見ている。参考にはなるが、なんとでも解釈出来る「遊び」のある記録と考えている。記紀を扮飾、潤色、嘘呼ばわりするならば、魏志倭人伝はそれ以上に嘘嘘しい内容と考えてもよいだろう。

 よって私などは、卑弥呼の墓が円墳だろうが、前方後円墳だろうが、どちらでもよいとしている。親魏倭王の金印や鏡があったかどうかさえ、時々は、「無くてもよろしい」と思うことがある。相手は、小説なのだから、熱心に考えすぎると森が見えなくなる。

 だが、なんとなく頼りにするのは、他に日本の3世紀ころを記録したものが無い、ないし後世のものしかないからだろう。嘘嘘しくても、なにかしら3世紀頃の日本の姿がある、そんな程度に半眼でみていると間違わないと思った。事実、魏志倭人伝を使ったこの小説の結論が、なんとも云いようのない微妙な、幻想的な終わりを見せているのは、作家の強みだと思った。

 で、短編小説「陸行水行」は、すでに1964年にそういうものの見方を、小説として提示しているところに興味が湧いた。これはいわば小説「新説・魏志倭人伝解釈」であり、清張の余力が見えた。もちろん清張がその後、本格的な邪馬台国論争で、どうふるまったかは今後、明らかにしておきたい。

 以上のように、この作品は、MuBlogのシリーズの意図には合致しないが、邪馬台国というカテゴリとしては、ぜひ掲載しておきたかった。
 最も興味を引いたのは、宇佐神宮が最初のテーマとなり、「大分県宇佐郡・安心院(あじむ)」(現代:大分県宇佐市安心院町妻垣か?)の風景があり、宇佐神宮の奥宮にあたる妻垣神社でのことが、印象に残る描写だったことである。私は結末よりも、この冒頭場面に感動した。

 なお作品中では、邪馬台国の「邪」は「耶」を使い、耶馬台国と表示している。

妻垣神社のGoogle地図

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2007年8月23日 (木)

小説木幡記:2007/08/23(木)図書や裸族

 昨日(水曜)は、ほぼ終日夏期論文に専念した。だんだんランナーズハイになっていくのがよく分かった。数時間休まず、止まらなくなってしまう。しかし、気は付けた。そういうノリにのってしまうと一日だけならどうもないが、数日、一週間続くと、必ず肩をやられ、眼をやられる。そして一ヶ月程度は療養することになる。

 論文とか研究とか仕事とか読書とか、遊びも、体調管理、心管理は大切だ。不用心に走ってしまうと、脱輪したり、横転したりする。最近の自動車運転は(笑いながらも)ものすごく慎重、おとなしくなってきたので、日常生活もそうしようと心に決めている。

 ここ数年、急ブレーキ、急発進、フルアクセル、信号グランプリ、四輪ドリフトなどやったことがない。日常生活でもそうだ。燃費が良くなった気がする。

 夕方来客があって、ひとしきり緻密な話になってしまった。途中で豪雨になったようだが、まったく気がつかなかった。

 帰路は久しぶりに寄り道して、図書を二冊買った。文庫本だ。一つは、パトリシア・コーンウエルの新作(新シリーズ)『捜査官ガラーノ』。コーンウエルの検死官シリーズは全作とも発売時から読み終えているが、そろそろ潮時と思っていた矢先だった。新シリーズはどんな展開になるのか楽しみだ。書店ランキングでは一位の売り上げとか。すごいものだ。
 もう一つは松本清張の文春文庫新装版で『陸行水行』。以前古い文庫を木幡で探しはしたが、活字も大きくなったので買った。この、「活字の大きさ」は、最近非常に大きな要素になっている。老眼をかけても、小さい昔の活字は読みにくい。

 もう一つの寄り道はちょっとした小物の買い物だった。「裸族のマンション」という名称だけで解る人はマニア。実は数週間前にも一つ買っている。3000円弱。お金さえあれば、あと数個欲しいほどに気に入っている。もう、おわかりだろう。Muがほしい物といえば、アクリル板か、イスラエルのSMPか、PCパーツかと相場が決まっている。その通り。3.5インチHDを5台までセットできる黒いアルミのラックである。大型12センチファンがついて、この価格はお徳用だ。関係筋以外の人が御覧になれば、黒塗装のアルミ枠板に穴がぼこぼこあいて、背中にちっこい扇風機が付いた未完成の箱。それにすぎないが。
 それがどれほど役立ち、またスパルタンな機能美があって、痺れるかは後日写真またはビデオ付きで記事にする。いや、日本は素晴らしい。こんなのが、廉価に入手できるのだから。

 というわけで昨日は充実した一日だった。今日もそうなることを祈っている。
 夏期論文は、たしかに力業(ちからわざ)の面もあるが、相当にメンタルな部分も大きく、ちょっと心がずれると塗炭の苦しみに落ち込むものだ。

 そうだ。最近木幡で読み始めた図書は、松本清張の未完の長編(絶筆と言ってもいい)、『神々の乱心』上下。十年前に買ったとき読んだのだが、気持が沈んだときに再読し出したら、とても安定してきた。おっとり、じわじわと展開していく。やはり、プロの手口だと思ったね。
 上述の『陸行水行』は、読書の余香にしるすよりも、おそらくカテゴリー「邪馬台国」ヒミコの被葬地で紹介することになるだろう。

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2007年8月22日 (水)

京都駅の透明エレベータ

京都駅の透明エレベータ

Mussh010006 この6月下旬か7月上旬だったと思うが、新幹線を一年ぶりにつかった。朝、京都駅の構内を歩いていると、透明な施設に気付いた。よく見るとエレベータだった。硝子なのかアクリルなのかよく確かめなかったが、いつのまにできたのだろう。新幹線はめったに使わない。じゃあ、飛行機かというと、そうではない。要するに旅行する習慣がまったくないということだ。だから、著名な京都駅でも内部に入るのはごく稀な機会しかない。
 これを写真に撮っていて、私は「透明ものが好きなんだ」と実感した。なにかわくわくし、背中ががぞわぞわした。遠いいつの日か、透明アクリルで周濠付きの箸墓模型を作ってみたいと、気持が空に飛んでいった。
(2007年8月22の水曜日記す)

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卑弥呼の墓(003)邪馬台国への道/安本美典

承前:卑弥呼の墓(002)箸墓古墳の被葬者/和田萃

邪馬台国への道

新考 邪馬台国への道/安本美典(やすもと びてん)
 安本美典には多数の邪馬台国関係論文・図書がある。この中で、手元にあった1冊を中心にヒミコ(旧称・卑弥呼)の被葬地を探してみた。図書は『新考 邪馬台国への道--科学が解いた古代の謎』筑摩書房、1977年6月刊行のものである。

 多岐にわたり複雑な論なので結論を先に記す。同書のpp251-260を参考にした。

1.卑弥呼の墓
 読み切れなかった。北九州甘木近くの「岩屋」と云われるような墳墓、という雰囲気で記してあった。
 理由は、安本は卑弥呼=天照大御神説だから、岩屋戸に隠れた(入った)のが日食(西暦248年)=「死亡」という類推による。

2.卑弥呼の墓の位置
 おおよそ現代の「福岡県朝倉郡筑前町大塚」である。
 Google地図
 理由は、当地の地勢からみて、邪馬台国の中心地と想定する馬田近辺の「大塚」が、魏志倭人伝の「卑弥呼以死、大作冢、径百余歩」に相当するとのことだった。

3.邪馬台国の位置

 おおよそ現代の「福岡県朝倉市馬田(まだ)」
 理由は、甘木や馬田の地勢からみて橿原畝傍相当の位置だから。

*.平塚川添遺跡への注目
 「邪馬台国機内説」を撃破する

「邪馬台国機内説」を撃破する/安本美典(やすもと・びてん)
『「邪馬台国畿内説」を撃破する』宝島社新書、2001年1月、によれば現代の「福岡県朝倉市平塚」で1992年に発掘された平塚川添遺跡が、吉野ヶ里遺跡を凌駕するものであり、邪馬台国を示唆している。

 以上のことから、1977年および2001年段階での安本美典による、卑弥呼の被葬地、特定古墳の指定はなかった。現在(2007年)の安本による論考は未調査。

注記
 安本が『邪馬台国への道』を著した頃には、論に甘木市が頻出したが、市町村合併の変化によるものなのか、現代の地図では、いずれも朝倉市に変わっていた。

感想
 上述の論点基本にあるのは、北九州の朝倉・甘木付近の地名と、奈良県桜井・橿原付近の地名や位置関係が驚くほど相似形を示していることにある。この相似性には感嘆し、納得した。安本はそこから、北九州にあった邪馬台国が、奈良県へ移動し大和を作ったという論を展開をする。そういう考えもありうると、思った。(参考サイトに相似形の地図がある)
 また、卑弥呼を天照大御神に比定したのは、王位年代を十年と推計し、そこから計ると神武天皇の五代前に相当するのがアマテラスであり、この年代が3世紀中頃に一致するという推論による。そういう考えもありうると、思った。
 ただ、安本が現代の纒向遺跡をどう考えているのか、それが解らなかった。というよりも、手元にないので未調査。安本がホケノ山古墳を邪馬台国関係古墳とみることに、大いに反発した事実は、第2に上げた新書によって明かである。
 その論評を、今はできない。

参考サイト
 「わが地こそ邪馬台国なり」(甘木朝倉・観光案内オフィシャルページ) 

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2007年8月21日 (火)

四十万アクセス(40万/全体66万):MuBlogの分析

承前:三十九万アクセス(39万/全体64万):MuBlogの分析 (2007/08/06)月曜

観測日→2007/08/21(火) 05:10

MuBlog→  累計アクセス数:400031
1日当たりの平均: 319.51
   
記事数: 1137  |  コメント数: 3643  |  トラックバック数: 838

サイト全体→累計アクセス数: 662669
1日当たりの平均: 529.29

↓以下、解析対象期間:

    2007年7月22日(日) ~ 2007年8月20日(月)

 今回は少し感想を記しました。ご笑覧ください。(我田引水、夜郎自大記事ですがぁ)

 また、全記録数が1137件で、そのうちこの一ヶ月にアクセスされた記事種類数は727件ありました。727/1137→(64%)、の割り算で、なにかしら指標が出そうですが、それは後日に。

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

 最近の記事ランキングは、ここずっと、先頭に風林火山があって、その下にPC自作(涼夏2007PC)が続いて、そのさらにずっと下に過去の、邪馬台国、グルメ、そして最後にMuの売り物だった「読書感想文:文学」が並びます。割合に記事数のある「小説葛野記、小説木幡記」は少ないですが、これは日々の「トップ記事」で読み捨てなのでしょう(爆)。

 これは、対外的にはあたかもMuが「大河ドラマ狂い、パソコン狂い」が目立ってしまって、日常の意識にあるグルメや邪馬台国が隠れてしまっている。さらに、深層にある読書感想文はちらっとも顔を出さない。さらにさらに、アラヤ識に相当する最下部深層心である「日曜作家記事」などは、見向きもされていない。

 悲しいというよりも、公開記事は、読者が読みたい物がよまれるという、実に簡単明瞭な事実のあらわれなのです。

 Mu思うに、風林火山は、今や「国民ドラマ」化しているのでしょう。よいことだと思います。毎週、内野・勘助の動向にはらはらし、晴信の独裁にどきりとし、ときどきふと由布姫をおもいだし、ガクトに憧れ(失笑)、真田幸隆はええおとこぶりやぁと感心し、千葉・板垣の最期に涙する。これこそ、国民ドラマとして、最良のものだと思うのです。

 涼夏2007PCは、季節もの。Muにとっての毎春の桜記事のようなものですね。出してしばらくは、怒濤のようなアクセスがありますが、季節を外れるとぱたりと止まる。このPC業界は動きが激しくて、涼夏に使ったインテルCPUやマザーボードや、グラフィックスチップ(GeForece8660GT)は、数ヶ月経過すると、鼻も引っかけられない、落ちていても猫もひろわない、いわゆる陳腐化が激しいわけです。もちろんそれを越えて、レトロ世界に入るとまた人気もでるでしょうが。後者は、たとえば、三十年も昔のSONYのSMC-70記事は時々アクセスされるます。

 それにしても、眺めていて思います。自己分析ですね。

 Muは、本当に大河歴史ドラマがすきなようです、あらためて確認。

 Muは、本当に、科学少年の面影がまだあるようです。涼夏を触って作っているときは、十代前半の気分でした。

 blogは、各人のある部分が拡大されるようです。よいこともわるいことも。それでよいです。それが現代なのでしょう。昔なら、ただの近所の変人爺さんだったのが、今じゃ「風林火山劇評家、アクリル自作PCのMu」なんだからなぁ~(うけけ)

アクセス数: 18,017
訪問者数: 13,732
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 777 1,384 5.7% 7.7%
2 NHK風林火山(30)海と鉄砲 673 820 4.9% 4.6%
3 NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑 397 523 2.9% 2.9%
4 NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略 398 501 2.9% 2.8%
5 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 355 468 2.6% 2.6%
6 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 275 457 2.0% 2.5%
7 NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」 360 432 2.6% 2.4%
8 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 284 422 2.1% 2.3%
9 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 302 406 2.2% 2.3%
10 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 199 380 1.4% 2.1%
11 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 251 309 1.8% 1.7%
12 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 255 302 1.9% 1.7%
13 地図の風景 217 269 1.6% 1.5%
14 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 218 261 1.6% 1.4%
15 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 135 245 1.0% 1.4%
16 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 159 239 1.2% 1.3%
17 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 161 217 1.2% 1.2%
18 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 105 199 0.8% 1.1%
19 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 155 195 1.1% 1.1%
20 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 151 191 1.1% 1.1%
21 NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期 150 187 1.1% 1.0%
22 NHK風林火山(33)道安(内野・勘助)絶体絶命 121 183 0.9% 1.0%
23 京都の書店 144 158 1.0% 0.9%
24 NHK風林火山(07)真田幸隆 124 151 0.9% 0.8%
25 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 104 148 0.8% 0.8%
26 室町和久傳(むろまち・わくでん) 109 147 0.8% 0.8%
27 読書余香 115 142 0.8% 0.8%
28 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 85 120 0.6% 0.7%
29 もりしょう:そうめん処・森正 70 115 0.5% 0.6%
30 CPU空冷装置・掃除のお勧め 76 102 0.6% 0.6%
30 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 96 102 0.7% 0.6%
32 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 72 98 0.5% 0.5%
33 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 64 93 0.5% 0.5%
33 NHK風林火山(18)由布姫の決意 66 93 0.5% 0.5%
35 小説木幡記 87 92 0.6% 0.5%
36 自作PC 61 88 0.4% 0.5%
37 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 74 83 0.5% 0.5%
38 隠された十字架--法隆寺論/梅原猛 72 82 0.5% 0.5%
38 NHK風林火山 63 82 0.5% 0.5%
40 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 65 78 0.5% 0.4%
41 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 67 73 0.5% 0.4%
42 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 61 72 0.4% 0.4%
43 卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への道』 51 67 0.4% 0.4%
44 NHK風林火山(27)心中の敵 51 65 0.4% 0.4%
45 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 48 64 0.3% 0.4%
46 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 50 62 0.4% 0.3%
47 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 41 59 0.3% 0.3%
48 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 48 58 0.3% 0.3%
48 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 40 58 0.3% 0.3%
50 江戸東京博物館(えどとうきょうはくぶつかん)と、ほそ川の穴子天付そば 43 57 0.3% 0.3%
51 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 48 55 0.3% 0.3%
52 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 46 54 0.3% 0.3%
52 じょうしょうこうじ:常照皇寺 46 54 0.3% 0.3%
52 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 47 54 0.3% 0.3%
52 美味しいところ 50 54 0.4% 0.3%
56 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 42 52 0.3% 0.3%
57 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 44 51 0.3% 0.3%
57 MuBlogへのご招待 39 51 0.3% 0.3%
57 三十九万アクセス(39万/全体64万):MuBlogの分析 36 51 0.3% 0.3%
57 Blogメモ 43 51 0.3% 0.3%
61 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 32 49 0.2% 0.3%
62 金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 33 48 0.2% 0.3%
62 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 33 48 0.2% 0.3%
62 金魚水槽の掃除(2005/12/04) 41 48 0.3% 0.3%
65 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 39 45 0.3% 0.2%
66 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 25 44 0.2% 0.2%
66 地図の蠱惑:未踏地 35 44 0.3% 0.2%
68 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 30 43 0.2% 0.2%
69 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 31 42 0.2% 0.2%
69 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 40 42 0.3% 0.2%
71 NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 40 41 0.3% 0.2%
71 NHK風林火山(25)自縛の掟 36 41 0.3% 0.2%
73 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 30 40 0.2% 0.2%
73 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 28 40 0.2% 0.2%
75 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 31 38 0.2% 0.2%
75 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 29 38 0.2% 0.2%
77 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 31 37 0.2% 0.2%
77 葛野図書倶楽部2001 16 37 0.1% 0.2%
79 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 29 36 0.2% 0.2%
80 前方後円墳の航空写真 24 35 0.2% 0.2%
80 オーパーツ大全(感想文) 27 35 0.2% 0.2%
80 うじがわ・うかいふね・あたごさん:宇治川鵜飼い船・愛宕山 27 35 0.2% 0.2%
83 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 29 33 0.2% 0.2%
83 読書の素 29 33 0.2% 0.2%
85 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 29 32 0.2% 0.2%
85 PowerMacG5の内部 30 32 0.2% 0.2%
87 紅鮎(べにあゆ)で湯治ついでに季節の料理 27 31 0.2% 0.2%
87 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 30 31 0.2% 0.2%
87 長州砲:義経・壇ノ浦戦・前哨 23 31 0.2% 0.2%
90 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 19 30 0.1% 0.2%
91 高取城(たかとりじょう) 21 29 0.2% 0.2%
91 酒船石遺跡(2)岡の酒船石 11 29 0.1% 0.2%
91 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 23 29 0.2% 0.2%
91 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 28 29 0.2% 0.2%
91 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 24 29 0.2% 0.2%
91 さくらだ:桜田 23 29 0.2% 0.2%
97 吉田屋・エスプレッソ珈琲:私の京都・河原町通{四条→三条} 22 28 0.2% 0.2%
97 ηなのに夢のよう/森博嗣 22 28 0.2% 0.2%
97 目次:新撰組(新選組!) 18 28 0.1% 0.2%
97 ごしきづかこふん:五色塚古墳 23 28 0.2% 0.2%
97 NHK義経(46)しずの舞 23 28 0.2% 0.2%
102 長岡京市立図書館の風景 20 27 0.1% 0.1%
102 謎の大王継体天皇/水谷千秋 22 27 0.2% 0.1%
102 益田岩船(ますだのいわふね) 16 27 0.1% 0.1%
102 うとうとと早寝:blog異変 24 27 0.2% 0.1%
102 あらしやま:嵐山・渡月橋遠望 17 27 0.1% 0.1%
102 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 24 27 0.2% 0.1%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、G,Y,M 以外の、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)

 あいかわらず「じぶり」。これ、確かめるとGoogleでは大抵一番にのります。不思議を通り越して、笑ってみています。それとみなさま「京都 ホットケーキ」とGoogleして下さい。なんだか、気が変になりそうです。Muは「じぶり」専門家でもないし、まして「ホットケーキ」評論家でもないのです。

集計対象アクセス数:10,106

検索ワード/フレーズ 割合
1 じぶり  G Y M 209 2.1%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 150 1.5%
3 風林火山 ガクト  G Y M 149 1.5%
4 真田幸隆  G Y M 140 1.4%
5 由布姫  G Y M 62 0.6%
6 しる幸 京都  G Y M 60 0.6%
7 森博嗣 site:http://asajihara.air-nifty.com/mu/  G Y M 52 0.5%
8 ガクト  G Y M 49 0.5%
9 ガクト 風林火山  G Y M 48 0.5%
10 わくでん  G Y M 45 0.4%
11 風林火山  G Y M 43 0.4%
12 京都 書店  G Y M 42 0.4%
13 紅鮎  G Y M 41 0.4%
14 ガクト 上杉謙信  G Y M 32 0.3%
15 ぎろぎろ  G Y M 31 0.3%
15 gackt 上杉謙信  G Y M 31 0.3%
17 京都 大型書店  G Y M 30 0.3%
17 みたかのもり  G Y M 30 0.3%
19 京都 しる幸  G Y M 29 0.3%
20 佐野藤右衛門  G Y M 28 0.3%
20 伏見桃山城  G Y M 28 0.3%
22 SAMURAI Z  G Y M 26 0.3%
22 甘樫丘  G Y M 26 0.3%
22 常照皇寺  G Y M 26 0.3%
25 楊令  G Y M 25 0.2%
25 九絵家  G Y M 25 0.2%
27 風林火山 真田  G Y M 24 0.2%
28 GA-G33-DS2R  G Y M 23 0.2%
28 samurai z  G Y M 23 0.2%
30 九絵屋  G Y M 21 0.2%
30 修飾麻疹  G Y M 21 0.2%
32 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 20 0.2%
33 自作pcケース アクリル  G Y M 19 0.2%
33 五色塚古墳  G Y M 19 0.2%
35 長尾真  G Y M 18 0.2%
35 内野聖陽  G Y M 18 0.2%
35 達磨大師  G Y M 18 0.2%
38 風林火山 みる姫  G Y M 17 0.2%
38 あらしやま  G Y M 17 0.2%
38 じょうしょうこうじ  G Y M 17 0.2%
38 山本勘助 真田幸隆  G Y M 17 0.2%
38 森正  G Y M 17 0.2%
43 風林火山 板垣  G Y M 16 0.2%
43 上杉憲正  G Y M 16 0.2%
45 京都の書店  G Y M 15 0.1%
46 raid10 自作  G Y M 14 0.1%
46 レスタト  G Y M 14 0.1%
46 そうめん処 山科  G Y M 14 0.1%
46 隠された十字架  G Y M 14 0.1%
46 森博嗣 名古屋大学  G Y M 14 0.1%
46 メリーアイランド  G Y M 14 0.1%
46 月の蔵人  G Y M 14 0.1%
46 ガクト NHK  G Y M 14 0.1%
46 京都 ホットケーキ  G Y M 14 0.1%
46 オーパーツ  G Y M 14 0.1%
56 山本勘助  G Y M 13 0.1%
56 自作 cpu グリス 塗り方  G Y M 13 0.1%
56 カッパカントリー  G Y M 13 0.1%
56 風林火山 感想  G Y M 13 0.1%
56 武田春信  G Y M 13 0.1%
61 自作PC Core 2 Duo  G Y M 12 0.1%
61 発生学円盤  G Y M 12 0.1%
61 Mublog  G Y M 12 0.1%
61 宇治川 鵜飼い  G Y M 12 0.1%
61 風林火山 美瑠  G Y M 12 0.1%
66 ヨルムンガンド  G Y M 11 0.1%
66 ミホミュージアム  G Y M 11 0.1%
66 室町和久傳 お昼  G Y M 11 0.1%
66 そうめん処 森正  G Y M 11 0.1%
66 千両松激戦地跡  G Y M 11 0.1%
66 池の絵  G Y M 11 0.1%
72 GA-G33M-D S2R   G Y M 10 0.1%
72 京都 桜田  G Y M 10 0.1%
72 ASUS オンボード RAID 設定  G Y M 10 0.1%
72 北方水滸伝  G Y M 10 0.1%
72 プルート 浦沢  G Y M 10 0.1%
72 金魚 水槽 掃除  G Y M 10 0.1%
72 PCケース アクリル 自作  G Y M 10 0.1%
72 武田信玄 人は城  G Y M 10 0.1%
72 桜田 京都  G Y M 10 0.1%
72 北方 水滸伝  G Y M 10 0.1%
72 シリコングリス 塗り方  G Y M 10 0.1%
72 上杉謙信 ガクト  G Y M 10 0.1%
72 うぶめのなつ  G Y M 10 0.1%
72 RAID1構築 windowsXP  G Y M 10 0.1%
72 直付け ハードディスク  G Y M 10 0.1%
72 和久傳  G Y M 10 0.1%
72 CPU グリスの塗り方  G Y M 10 0.1%
89 じぶりの森  G Y M 9 0.1%
89 風林火山 真田幸隆  G Y M 9 0.1%
89 相木 真田  G Y M 9 0.1%
89 伏見桃山陵  G Y M 9 0.1%
89 lga775 core 2 duo 自作  G Y M 9 0.1%
89 NHKスペシャル「大化改新・隠された真相」 飛鳥寺  G Y M 9 0.1%
89 ながればし  G Y M 9 0.1%
89 竹中半兵衛  G Y M 9 0.1%
89 CPU 掃除  G Y M 9 0.1%
89 三輪そうめん 森正  G Y M 9 0.1%
89 自由研究 ペットボトル  G Y M 9 0.1%
89 しる幸  G Y M 9 0.1%
89 平城京 地図  G Y M 9 0.1%
89 梅原猛 隠された十字架  G Y M 9 0.1%
89 魚三郎  G Y M 9 0.1%
89 ga-g33m-d s2r  G Y M 9 0.1%
89 GA-G33M-D S2R 自作 メモリ  G Y M 9 0.1%
89 風林火山 由布姫  G Y M 9 0.1%
89 森正 そうめん  G Y M 9 0.1%
89 あまのはしだて  G Y M 9 0.1%
89 NHK 風林火山  G Y M 9 0.1%

(3)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ

 この地域ランキング(地域が補足できるのは25%程度ですね)をみていると、口が裂けても漏らしてはならない感想がときどきMuの頭をよぎります。

 もしかしたら、このアクセスランキングは、各道府県の文明度、民度をあらわしているのじゃなかろうか。ああ、そんなことを云ったら、MuBlogが爆発炎上する。やめておこう(苦笑)。

集計対象アクセス数:4,756
都道府県 割合
1 東京 1,178  24.8%
2 京都 536 11.3%
3 大阪 423 8.9%
4 神奈川 319 6.7%
5 愛知 221 4.6%
6 福岡 184 3.9%
7 埼玉 171 3.6%
8 静岡 149 3.1%
9 兵庫 144 3.0%
10 千葉 125 2.6%
11 北海道 117 2.5%
12 宮城 94 2.0%
13 三重 71 1.5%
14 長野 69 1.5%
15 茨城 61 1.3%
16 広島 59 1.2%
17 福井 56 1.2%
18 滋賀 55 1.2%
19 岐阜 51 1.1%
20 岡山 50 1.1%
21 新潟 44 0.9%
22 群馬 42 0.9%
22 栃木 42 0.9%
24 奈良 38 0.8%
25 石川 37 0.8%
26 愛媛 34 0.7%
27 富山 32 0.7%
28 山口 31 0.7%
29 山梨 28 0.6%
30 福島 27 0.6%
31 宮崎 23 0.5%
31 大分 23 0.5%
33 熊本 22 0.5%
33 沖縄 22 0.5%
35 秋田 21 0.4%
36 長崎 18 0.4%
37 山形 17 0.4%
37 徳島 17 0.4%
39 和歌山 15 0.3%
39 鹿児島 15 0.3%
41 香川 14 0.3%
41 岩手 14 0.3%
43 青森 13 0.3%
44 島根 11 0.2%
44 高知 11 0.2%
46 佐賀 6 0.1%
46 鳥取 6 0.1%

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2007年8月19日 (日)

NHK風林火山(33)道安(内野・勘助)絶体絶命

承前:NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑

 つまり、今夜、あまりに上手に総てが動いたので、感極まって何を書いて良いのか解らない。要するに余韻にひたりたいという、もっとドラマを思い出して噛みしめていたいという気持だな。

 原作なのか、脚本なのか、演出なのか、内野・勘助なのか、緒方・宇佐美なのか、ガクト・景虎なのか、……。晴信なのか、大井・ジュンなのか、それとも由布姫なのか。一体だれのせいで、こんなに楽しいというか手に汗握るというか、爽快なドラマが見られるのだろう。やはり、NHK様か。いや、それを支える視聴者なのでしょう(実に、Muの日頃にないセリフやね)。

 と、いわばベタ褒め。これじゃ、栄光の、大河ドラマ日曜評論家Muの沽券にかかわるな。こんな甘い劇評では喰うてはいけない。ボランティア批評家でよかった。

1.一番良かったところ
 内野・勘助が春日山城の牢内で、ヨガというか、体操していたところ。じっと座ってばかりだと、エコノミー症候群にかかるから、ああやって、逆立ちしたり、屈伸したりするんだろうな。戦国軍師は、まず自らの身体を大切にしないと。これが、とてもリアルでよかった。

2.一番切なかったところ
 勘助が逆立ちしたとき、空耳というか由布姫の声が聞こえた。この声が吹雪の中の由布姫を思い出させて、まことに胸にせまった。場面変わって諏訪。甲斐からの知らせを聞いたとき、由布姫が「わたくしが勘助を助けてやりたい」と言い切ったそのセリフ。まことに、よろしい。

 考えてみれば、由布姫は15,6歳で勘助に出会って、みまかるのが20代半ばだから、たったの十年。その間九割方は、晴信から諏訪に置き去りというか甲府から離されて一人住まいのようなもの。晴信との子も一人で終わりだった。話相手は勘助くらいだったような設定に、自然になる。

3.時の流れ
 大井夫人がそろそろのお歳になったこと。晴信が唯一頭の上がらなかった母親も、ようやく「おばばどの」と孫の太郎に言われる時がきた。三条夫人とはうまく行っているようだし、旧家臣も晴信も大井夫人には懐いているが、それにしても夫・信虎追放劇を傍で見て、頭をそった時から、ここまで来てしまった。

 晴信に「お前は、村上に二度まで負けたのだから、もう戦はやめて諏訪一国と手をとって甲斐を固めるべきです」という意味のことを云ったが、Muもそう思った。Mu自身は、このセリフに賛同しながら、自分も防御タイプだと思ったぞ。

4.はらはらしたところ
 それは、もう内野・勘助とガクト・景虎との掛け合いだった。なにがどうだったかとは、もう思い出せないのだが、それは印象が薄いからではなくて、全体が一つのパックされた掛け合いだったので、一々を抜き出して感想を云えない気分だ。

 ただし、こうは白状しておく。
 あわやと言うときに、ガクトが懐から風林火山の紙をとりだして、それを勘助の図上に懐剣で突き刺して、それを狙う。そういう場面をみて、「これは、菖蒲の剣といっしょで、ガクトは外すつもりかな」と、安心したのだが。その後、カメラワークの巧妙というのか、紙と勘助の頭が重なって写ったので、「やはり、駄目か」と落胆した。

 Muの想定では(内心笑いながらも)、ここで勘助銃殺されて、あとは年末まで延々と総集編の小出し、回想場面でいくのかな、とさえ思った。
 あるいは勘助に双子がいて、ここで死んだのは本当は根来寺に預けられていた兄の方で、弟の本当の勘助はひょっこり諏訪の由布姫の前にあらわれて、「姫さま、ただいま帰参いたしました。ははぁ~」と頭を下げるのかも知れないとも思った。
 それくらい迫力ある絶体絶命場面だった。

5.どんでん返し
 しかるに。なんと、射撃する寸前に、根来の者が鉄砲百挺を持参したというではないか。結局、なんとなく晴信か由布姫か大井夫人かが、金を出させて勘助を助けたのだろう。まちがっても、「晴信さぁ~ん」の三条夫人ではなかろう。

 こういう場面展開には、ほとほと感服した。いや、じつは日曜作家を自任しておるが、この伏線だけはというか、このトリックは見抜けなかった。一体どうやって、助かるのだろうと、この一週間考え込んだのだが、でてきた結論は、「勘助、夏死亡で、年末まで回想番組」、これしかなかった。これじゃ、大河ドラマの脚本は、Muには書けないよねぇ。

*.エピソードの佳さ
 反抗する従兄弟が景虎の軍門に下ったとき、景虎が菖蒲の剣(つるぎ)で、従兄弟を一旦討ち果たしたポーズをとったところが感興をもたらした。従兄弟も姉も景虎も、もしかしたら子供時代は一緒に菖蒲の剣で戦争ごっこをしていたのかもしれない。身内同士で争う愚を、国主として示したのだろうか。なかなか、よい演出じゃったのう。

 というわけで、今夜も実によかったのだが。来週が、またまた気になる。真田幸隆夫婦がなんとなく危機におちいる様子だ。一体どうなるのでしょう、来週も見逃せないな。

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新連載『化石の村』小泉佐保は冒険家だったのかもしれない

 今日から長編冒険小説『化石の村』の連載を始めました。
 内容は、「探偵司書 小泉佐保の冒険 その3:鬼添里(きさな)篇」となりますので、これまでお読みになった読者には、大体想像がつくと思います。実は、その通りの内容です(笑)。

 さて、今日は日曜作家として一つ記録しておきたいことがあって、書き出しました。
 それは、当初この佐保シリーズは「長編ミステリ小説」と銘打ったり、人にも話してきたのですが、これは取り下げた方がよいと思いました。ミステリではないですね。むしろ、ソフトな冒険小説と云った方があたっていると、ようやく気がついたわけです。

 小説読書歴として、この十年間読んできたのは、内田康夫、森博嗣、京極夏彦、島田荘司、綾辻行人さんたちのものが一番多かったので、私はてっきりミステリを書く運命に生まれたのかと思いこんだのですが、佐保シリーズも三作まで書いていると、なんだかそれが「おかしい」と思うようになったのです。

 どうにも、脳の構造からして、きっちりしたトリック構築とか、はっきりしたキャラクター造形がとても苦手だと思ったのです。トリックもキャラクターも「どこにもないぞ!」と、絶叫するほどの気力がまったく生まれなかったのです。これは、ミステリ日曜作家としては恥ずべき事で、「やっぱり、ミステリじゃないぞ」と自覚しました。

 じゃ、なんなのか。
 なんなのかは、脳の構造からしてまだよくは解らないのですが、おだやかでソフトな冒険物語だとは思い始めました。前作の第二作『蛇神祭祀』あたりから意識しだしたのですが、作者は佐保や小沢トモコや谷崎先生といっしょに、未知の冒険にたっぷりひたって、日曜作家してきたのです。

 もちろん、日曜評論家だと、「それは読者が決めること」と云うかも知れませんが、それとも少し考えが異なります。最近脱稿した『夜麻登志宇流波斯』で、はっきり自覚したのですが、その小説は純粋小説と自己規定しました。つまり、トリックも冒険も統一した異色のキャラクターも、なにも存在しません。ひたすら現実に存在するであろう分裂したとらえどころのない「人格」を表現しました。これは意識的意図的なものです。人生とは、夢も希望も無い儚いものとする作者の世界観ですね。こういう世界観を表現するには、純粋小説の手法以外、嘘嘘しいです。

 でも、それだけが世界じゃない。
 小泉佐保シリーズは、小さな挫折はあっても、危険はあっても、夢も希望も好奇心にも満ちあふれたもう一つの世界があるということを描いたものです。これは純粋小説ではなく、そしてミステリでもなくて、「冒険物語」だと、思うようになりました。

 さて、佐保さん、今度はどんな冒険に出くわすのでしょうか。
 一番わくわくしているのは、作者のようです。

連載サイト

1.au one ブロッグ
 毎週「火木土日」に掲載。毎朝八時すぎまでには投稿予定ですが、締切は夜の十時とします。
 http://blog.auone.jp/asajiharatakehiko/
 ↑au oneブロッグです。携帯とPCの両方で使える、老舗blogです(笑)
 一回につき原稿用紙四枚分位なので、新聞小説みたいなものです。
 通勤の友にご利用下さい。

2.ココログ
 上記のau携帯分が章や節にまとまったとき、一括して掲載保管します。
 http://asajihara.air-nifty.com/no3/
 ↑MuBlogの兄弟サイトになります。

3.「小説関連サイト」
 MuBlogの左サイドバーに「小説関連サイト」があって、これまでの、そしてこれからの「小泉佐保シリーズ」が保管されていきます。

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2007年8月18日 (土)

冷蔵庫の応急修理・20年ほど昔の日立製

 災厄は不意に訪れる。今夕今夜、蒼白になるくらい激しいショックに打たれた。この炎天下、自宅の冷蔵庫「日立(R-624FB)」がストップした。気がついたときは半日経過していた。(ようだ)

 葛野で仕事して、さて夕食のことで木幡漫画博士に連絡しようと電話したら、最後に「ところで、皇帝陛下、冷蔵庫が動いておりません」「うん? ブレーカーが落ちていぬか! クーラー使いすぎ邪」「電気はついておりまする」「は、早く云え」と、すでにMuの心臓はパクパクと早鐘を打ち出した。

 (冷蔵庫。もう20年近く経つ。もう駄目か、しかし。しかし、高額だ。そんなもの買うとインテルMacも本も、なにも買えなくなる。しかし、暑い。京都は一週間37度状態だ。冷蔵庫がないと~)

 決死の思いで帰還した。とるものとりあえず、中をみた。生暖かい。いつもは煩いとおもっていたコンプレッサー音が、強烈に懐かしくなった。

01 右・コンプレッサー、左・霜取りタイマー

01 右・コンプレッサー、左・霜取りタイマー
02 霜取りタイマーのリセットスイッチ?
02 霜取りタイマーのリセットスイッチ?

 ネットで調査した結果、霜取りタイマーが変調を来したと想定した。結論からいうと、上記右写真のドライバーが指し示す箇所を、カツンと左右にまわした。それで、ゴぉーンとモートルが動き出した。さすがわモートルの日立。経年変化にもたえてまだ動く。

 ついでにあちこち見てみたら、やはり「もう、休ませて上げたい」と思った。そこら中の結線に得体の知れない粘液やゴミがこびりついている。

 やはり、秋になったら新機種を導入しようと、思った。電気代も相当に安くなるだろう。今緊急に換えないのは、この猛暑が収まらないと、家電さんも落ち着いて搬入してくれないような予感がするからだ。価格はどうなんだろう。涼しくなったら安くなるような気もするが。

 ところで、このリセットスイッチをまわすのは瞬間だが、そこに至るまでに、結構汗をかいた。要するに、コンプレッサー部分をみるために、裏蓋外しの作業があったのだ。現代の家電なら、おそらくもっと楽だとおもうが。

03 裏面ネジ穴カバー(左上)

03 裏面ネジ穴カバー(左上)
04 裏面のネジ穴とネジ(左上)
04 裏面のネジ穴とネジ(左上)

05 ネジを外している(+ドライバ)左中

05 ネジを外している(+ドライバ)左中
06 ネジとネジ穴カバー
06 ネジとネジ穴カバー

 つまり、裏蓋の左右真ん中、合計7本ほどのネジがあった。最初はカバーでふさがっているので、どこにネジがあるかも解らない状態だった。いちいち、マイナスドライバーで蓋をとり、プラスドライバーでネジを外した。
 ところが、まだ難問があった。ネジは外したが、冷蔵庫全体の裏カバーが外せない?

07 裏面上部の裏蓋押さえ

07 裏面上部の裏蓋押さえ
08 裏面上部の裏蓋おさえ(外した所)
08 裏面上部の裏蓋おさえ(外した所)
09 裏カバーを下にスライド
09 裏カバーを下にスライド

 要するに、裏面上部にある裏蓋押さえが邪魔をしていたのだ。懐中電灯をあてて、よく観察し、あれこれ動かしたが、駄目だった。結局最後は、力をこめてひっぺ返したら、外れた。もちろん、蓋押さえは割れたがな(笑)。まあ、よかろう。誰もわからない傷だ。

 ともあれ、各位。この夏場、こんな時こそ、冷蔵庫は止まるのです。困ったときは、参考にしてください。おそらく、どこの冷蔵庫も似たようなものと、推測します。ただし、感電死しても、Muは一切関知しません。リセットスイッチをまわしたら、モーターが動いても動かなくても、蓋を閉めるのがよいでしょう。

参考サイト
 以下の参考サイトが無ければ、この応急処置は不可能だった。記して深く深く感謝する。

1. google
 検索用語→{冷蔵庫 応急 日立}
 結果→994件、その第二位を選んだ。↓

2.Bekkoame@OKWave 冷蔵庫が使えません
「日立の冷蔵庫(型番RH-83T)を使用してます。昨日から庫内灯はつくのですが、まったく冷えません。 ... 応急的に復帰出来るかもしれません。 霜取りタイマーは冷却版に付いた霜を数時間毎、定期的にヒーターに通電し、霜を溶かす作業をします。 ...」

 この回答(ANo.4)をじっくり読んで、上記本文の作業を行った。うまく行った。
 ありがとう。

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小説葛野記:2007/08/18(土)記すほどのこともないのだが

 葛野もようよう涼しさがバルコニーのあたりからただよってきた。夕方6時になると少しは気楽な気温になるようだ。今日も28度cに設定してドアを閉めていたら、27度cにずっとなっていた。よく冷える部屋だ。

 夏期論文はやっと、さっき五時ころに第一ステージを完了した。まだ、第四ステージまである。例年、完成するのだろうかと、不安な日々が八月お盆過ぎだ。しかし、昨年は9月後半に誠会という倶楽部総会を開いたので、その準備があって、かえって夏期論文はいまごろしゃかりきになっていた記憶がある。

 そういえば、学生たちと名古屋の主賓宅へ押し寄せたのはいつだったろうか。葛野記をみればわかるだろうが、記録していないこともある。記憶とは重宝なものだ。懐かしい気持ちだけがのこって、あとは、もろもろのよしなしごとはすべて消えてしまっている。わざわざ日録をくって再現する必要もなかろう。生活の知恵だな。

 今年は人と集ってなさねばならぬことは全くない(はず)だが、別の責務があといくつかある。来週あたりからは、夏期論文と並行して、哲学的、原始宗教的瞑想にひたらねばならない。なかなか大変なことだが、なりゆきというか、これも多生の縁、そろそろ踏ん張り出しましょうか。

 さらにいくつかあるのだが、筆にすると思い出して窒息しそうになるので、辞めておこう。MuBlogは私的な日記データベースに過ぎないが、どうしたって、世界中のファン(爆笑)が読んでいるのかもしれないのだから、わざわざ繰り言を書き連ねる必要もない。最近、英語設定だけじゃなくて、ポーランドとか中国語設定のアクセスがあるので、なんとなく?だな。留学生かもしれない。

 要するに人の耳目に悪寒をはしらせるようなことはなるべく書かないでおこう。しかししかし、人の不幸は蜜の味、余が呻吟窒息M的に苦しんでいると、かえって喜ばれる可能性もある。だが、そんな他人様を楽しませるような気のよいところはこれっぽちもありません。

 楽しいこと。
 最近あんまりないな。長いこと持病に苦しんだせいもある。昨年以来、RSで遠出した記憶もない。
 ビデオをがんがん回したり、写真をぱしゃぱしゃ写した記憶もない。
 逼塞しているな。
 映画も、図書も、あきるほど見た読んだ覚えもない。
 ああ、桜はひととおり写したなぁ(ほら、Muの記憶はあてにならん)。
 おお、涼夏2007PCはたくさん記事を書いたなぁ、今のMuBlogは風林火山と涼夏しか人の目にふれないみたいだ。

 ということで、この夏一番の楽しみをさっきから小一時間横臥して考えているのだが、おもいあたらない。
 うむ。
 世界中の人たちは、どうすごしているのだろう。
 みんな、あれこれ楽しみがあるのだろうな。
 うらやましい。 
 そうだ、今夜は帰りにオムライスを買ってかえろう。自炊なのだが、外で買ってもわるくはなかろう。
 ヱビスビールとオムライス。これだね。
 今夏最大の楽しみ↑

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2007年8月17日 (金)

小説葛野記:2007/08/17(金)教員の自動仕事

 今日は早朝からさっき夕方まで、葛野で成績評価をしていた。今頃? と思うかもしれないが、講評原稿を書いていた。
 楽しさと辛さとが相半ばしたような、それでも終日かかる重い職責だ。ただし、6割程度は過去を振り返りそれとの比較をして書いているから、その点はオートマタ、自動評価ロボット教員になりきっている。

 人は、特に若い人は比較されることを極端に嫌う。よくある親子げんかはたいてい兄弟姉妹の比較にはじまるくらいだ。「お兄ちゃんは、ちゃんと大学いったのに、おまえは2浪もしている」とか。「お姉ちゃんはさっさとお金持ちに嫁いだのに、おまえのおつきあいしているあの人は、プータローじゃないの」とか、あれこれ。

 こういう事例は時に、殺傷沙汰になるくらい激しいものだ。

 余も酒の席なら許すが、安易に余を他人と比較などしたなら、相手をはり倒すか、日曜作家で、特別にキャラを急遽作り上げ、過酷な死を遂げさせる(日曜作家の徳用)。うけけ。

 ところが。話はそれで終わらない。
 教育においては、まずもって比較から始まる。絶対評価はまれにしかない。100人いる。その100人の成果を順番に並べあげるところに教育の本質がある。
 だから、教育は成功もし、失敗もする。全体の中でどこに位置しているかを知ってこそ、人はそれを客観的な評価としてとらえる。しかしなお、学友が、自分がノートを見せた学友が100点をとって、みずからは50点などとろうものなら、それこそ心が凶器になる。

 さらに。だがしかし。
 社会とか組織にあるから相対評価が必要なのであって、仙人なれば、絶対評価だけでよかろう。われ、かく思う、故にかのように生きる。そういうのりだな。

 教育でも、まれに絶対評価が生じる。そういうのは、まれなことだから、まれなことに一喜一憂してもしようがない。就職面接などは、相対と絶対評価が、評価者によって変わる。

 余が若き日に、くれぐれもしてはならぬこととして上司から教えられたのは、「抜擢人事」だった。そして、皮肉は、その上司は万難を排して、余を抜擢してくれた。あらゆる余に対する毀誉褒貶を切り捨てて、余を抜擢してくれた。未だにその情景を思い浮かべれば、涙ぐむ。

 人生の解は一つでは無い。
 これからも、しっかり評価していこう。
 しない人は大抵卑怯者、怯懦(きょうだ)な者だな。歴史が証明しておる。

 厳密な評価なくして、教育は成立しない。
 難しくはない。ルールを、精密なルールを作ることだ。
 だが、しかし、あと何年かすれば、そういう「よしなしごと」ともおさらばする。
 そういうことだ。

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2007年8月16日 (木)

小説木幡記:2007/08/16(木)夕景と夕顔

木幡の夕景 2007/08/16(木)午後7時

木幡の夕景 2007/08/16(木)午後7時
 終日木幡で日曜作家をしていた。大きなまとまりにケリが付いたので、夕方シャワーを使って、部屋を暗くしてまどろんでいた。ブラインドを下ろして暗く、クーラーが効いていたので心地好かった。薄闇の中に融けてしまうようなまどろみだった。
 ふと、早朝から一歩も外に出ていないことに気がついた。
 サンダル履きで玄関をあけて、西をみたら、もう夕景になっていた。あわててカメラを持ちだして数葉うつしてみた。
 木幡の夕景は、余にとって至宝だ。
 イメージは西方浄土が言葉として浮かぶが、もっと原始的な快感を味わう。余が大抵機嫌良く数十年くらしてきたのは、多分こんな夕景に満足してきたからだと思った。

木幡の夕顔

木幡の夕顔
 写真をみていたら、数日前にとった木幡の夕顔があった。夕顔と云っても夜半に撮ったのは覚えているから、これは夜顔というのかもしれない。朝顔でないことは確かだが、こういう花のことはよくわからない。
 しかし眼前にあって、暗い中に大輪の花を咲かせていた。
 不思議な花だと、さっき写真をみていて思った。大抵の花は太陽に向かって咲くそうだが、なぜ夕顔や夜顔は陽の落ちた後、ひっそりと咲き誇るのだろう。少年期の理科少年の疑問が一杯わいてきたが、結局花は花で咲きたい季節時間に咲くのでしょう、と得心した。

 こうして時々木幡にべったり居着いて、夕方の風呂やシャワーをつかって、部屋を暗くして小一時間薄目をあけていると、生きているなあ、と味わえる。余は、おそらく今後の十年も、二十年も、同じことを繰り返していくのだろう。

 日曜作家。辛さも多いが、完成したときの喜びは大きい。今回は連載するだけで十ヶ月かかった。そこにいたるまでに、何十倍もの時がかかっている。そして、完成した今の今、この瞬間はもう次のことを考えている。なにかしら、作ることが楽しいのであって、享受することに薄い人生かもしれない。
 これは、昨今MuBlogを賑わしていた涼夏2007PCも同じだ。涼夏には悪いが(笑)、完成したらそれはツールになってしまう。心は次の、何年か後の自作PCに心が翔けている。
 しかし、とここで考えた。涼夏は充分に数年間、余の役にたってくれるが、さて、日曜作家はどうなんだろう。読み返しもしないのだから、はなはだ立場が霞んでしまう。とはいうものの、MuBlogのリストには永久登録されるのだから、それでよいだろう。

 今日のこの日、2007/08/16(木)は、記念すべき日になった。よい「木幡の夕景」が、『夜麻登志宇流波斯』をことほいでくれたのだろう。そう、思った。

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2007年8月14日 (火)

小説木幡記:2007/08/14(火)日々のMac

1.昨日訃報
 知り合いの奥様が逝かれた。年齢は私と同じようだ。種々、考え込んだ。人生無常、尽きない。

2.昨日葛野屯所
 共同演習のさる班が午前から屯所を使って過去作品をみたり、話し合っていた。
 副長2007が早々と出校し屯所を開けたとのこと。
 その班は昼に帰ったが、副長は午後も遅くまで一人で黙々と機関誌を編集していた。

3.本日葛野屯所
 局長2007と三番隊長2007が早々と屯所で「過去作品」の整理、ネット公開を行っていた。
 昨夜HPが開かなかったので、早朝の事情を聞いてみると、左京マシンがオフになっていたとのこと。
 今日は午後、遅くまで両名は作業をしていた。過去作品の整理は、手間暇のかかる仕事である。

4.MacのiWork'08、iLife'08
 二つを同時に購入した。2万円でおつりが少し。秋の新OSを購入すればおそらく中に入っているとおもうが、世の中はインテルMacに傾いているので、旧G5上での新OS購入は止めて、アプリケーションだけを先買いした次第。二つのDVDにはそれぞれ新式のアプリケーションが、合計で8~9入っている。一本あたり2500円程度になる。

 iWorkの方には、ワープロ、表計算、そしてプレゼンテーション、あとなにかあったような。それぞれは、MS社のword、エクセル、パワーポイントのファイルを読み込め、かつ書き出せる。ためしてみた。素晴らしい。
 別途、NeoOfficeというLinux 系のアプリケーション(無料)を先月ダウンロードして使ってきたが、これにはデータベース(アクセス相当か)まで付いているが、まだ開発途上。(この件、後日言及予定)
 iWOrkは、まずまず、完成品として良かった。

 iLifeの方には、写真、動画、DVD、HP編集、音楽製作、などが入っている。すべて確かめてみた。なかなかに、すごい内容だった。
 特に、動画には驚愕した。いままで廉価なアプリケーションを使ってきたので、こういうことが出来るとは知らなかった。要するに、クリップ(サムネイルと表現していた)という「動画単位」を一秒単位で切り出す。これをスライドバーの左右だけで、一秒単位の細かさから、もっと大きなまとまりまで、自在に見せてくれる。
 全体を見るときには、10単位くらいに切り出して見せ、細部を操るには秒単位でクリップを操れる。これは、余が知らなかっただけなのかも知れないが、これまでは'06を使っていたので、驚いた。
 音楽製作ソフトも良かった。余も作曲家になれそうな、奇妙な高揚感を得た。パンソリ系の新曲でも作ってみたくなった。

 iWork もiLifeも、'06から一挙に'08に飛び込んだ余には、すべてが「すごい」と感心した。値段。高い様で安いと思った。
 さて、口うるさいMac党はどう評価するのだろうか。
 「そんなん、まえからでっせ、Muさんがしらんかっただけや」
 「いやいや、アップル社もここのところが、まだまだ勉強がたりないですね」

 無知であることはよいこともある。知らぬが仏、なれど、日々Macが続くこのごろだ。
 というのも、アップル社が、「デザイン」というものに、どれほど死力を尽くしているかがよく理解できたからである。特に、プレゼンテーションソフトに、そういう思いを味わった。
 同じような機能でも、デザインが異なれば、別世界になる。ほとほと感心した。

 それにしても、2007夏期論文は、相変わらず涼夏2007のWinXP上の一太郎で、しこしこ書いている。こればっかりは、伝統芸能のようなもので、止められない。

補足
 夕方最後に、昨年の誠会「局長2007」講演部分を切り出してDVDに収め、手渡した。あとで気付いたが、タイトルもつけず、品質は並以下で、それにワイドにしてしまって、えらい、みんなが横に広がった体型だった。困った(爆)。今度は、縦長で作り直しておこう。

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倭宿禰命(やまとのすくねのみこと)

Muimg_1453 昨年(2006)8月の末に天橋立へ行った。そのとき、とても奇特な「籠(この)」神社にお参りしたのだが、結局まだ記事を掲載していない。事情は単純で、その籠神社の由緒来歴がそこらの史書でまかなえるものでなく、要するにMuの手に余るという次第。

 この亀上をした命は、神武天皇が明石海峡にたどり着いたとき、亀に乗って現れて、神武さんを案内した時のお姿のようです。

 つまり、知人某が好む「海部族」始原話。そして、籠神社第82代の海部宮司の書いたものによれば、「海部宮司家四代目の祖」とのこと。はるばる天橋立から明石海峡にどうやって行かれたのか、Muはこの一年間実証的に考えて参ったのですが、未だに解はでません。ただし、Muの心底にはすでに答えがあります。それは後日に。

(2007年8月14の火曜日記す)

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2007年8月13日 (月)

小説葛野記:2007/08/13(月)古いビデオと古い文学

 久方ぶりに葛野記を記す。さっき、カニ雑炊にマイルドなシーチキンを入れて食したら、腹具合もよくて気分も好調、昼寝するにはもったいないと思ったところだ。

1.ビデオの整理とYouTube
 ずっと、古いビデオを一切合切MacG5に入れ直している。このマシンは、2005年製で最後のPowerPC-G5だ。現在のインテルMacに比較すると遅いのだろうが、いろいろ愛着があって、メモリーもたくさん(当時は高額だった)、ハードディスクも内蔵と常駐外付けをあわせて1テラバイトに近い。なによりも、G5は双頭というか2-cpuなので気分的に速い。
 これを寝かせておくのも、ただのサーバーにしておくのももったいないので、ビデオ整理を連続して行っている。

 もう15年も昔に、SONY Handycam SC7(Hi8)というカメラを買って、これで8年前後あれこれ撮影してきた。いろいろ確認してみると、8ミリ・テープで15本分は残した方がよいと思い、これをディジタル化してG5に入れた。
 ディジタル化は2000年代の初頭に購入したSONY Digital Handycam DCR-PC110を接続してやってみた。

 正確に記録すると、Hi8のS-Video出力をPC110の横腹にある受け口に差し込み、Hi8の音声出力を、PC110の(映像/音声 ID2)という背中の受け口に差し込んだ。この場合Hi8についていた、黄色(映像)、右音声(赤)、左音声(白)コードのうち、映像はS-Videoから別に取り出すので使用せず、赤白だけをHi8につけて、別の端で一本のプラグになったものを、PC110のID2に入れた訳である。

 こういうややこしいことを記録したのは、いくつか試してみて、ほかの方法をすべて失敗したからである。
 S-Video というものがどれほど精細度が上がるのかはしらないが、たしかにアナログHi8の動画はディジタルに見劣りする。だから可能な限り精度を上げるため、上記のようなややこしい方法をとった。

 こういう接続をした上で、Hi8もPC110もビデオ再生モードにして、MacのiMovieHDという添付ソフトで取り込んだ。言い忘れたが、PC110からマックへの接続は、IEEE1394コード一本で、動画も音声も入る。すばらしい(笑)。

 この場合、普通のディジタル録画とは異なり、すべて手作業となる。要するに、クリップは作られない。また、始発も終了も手で操作しないと、特に終了はすておくと、延々と無信号データを記録していく。

 なぜそんなことを始めたか。別に事情もあった。
 YouTubeのことである。
 以前、MuはYouTubeを利用することについて、自らにも、関係者にも厳格に対処してきた。要するに「使用、利用禁止措置」を取ってきたわけである。理由は簡単だ。
 著作権無視が横行していたからである。さらに、別の理由もある。

 だが。
 いろいろJoさんとかふうてんさんの説を伺い、「もうだめだ(笑)」と思った。さらに追い打ちは、GoogleがYouTube(Googleのツール)を傘下におさめた。要するに今後Googleの制御の下に動くと仮定した(わからんがな)。となると、著作権問題も妥当なところでコントロールされていくだろう、と判断した。

 なぜGoogle を信用しているかというと、実に単純で、
 (1)Googleは巨大電子図書館構想を現実に動かしている。職業上、知らぬ訳にもまいらぬ。
 (2)Googleの巨大検索エンジンは、MuBlogにきわめて好意的である(笑)。数えてはいないが、それなりのキーワードを放り込めば、MuBlog記事が20位までにはいるのは相当数に上る。

 よって、YouYubeを本格的に使おうと決めた。それにはネタがいる。ネタはこの15年間のビデオテープに隠れている。これを上手にクリッピングして、テーマを与え分類し、YouTubeにがんがん投稿し、併せてMuBlogにもどんどん貼り付けるという算段なのだ。

 さて、こういうことがうまくいくかどうかはわからないが、ともかく散逸した、仕事途上の動画DBをやっとこさ、完成させるめどがついてきた。だから、これまで方々に散らばっているディスク情報を一カ所にまとめ直して、整理整頓しよう。と、そういうわけ。

2.文学の深さ
 昨日日曜、まだぼんやりしていたが、シムノンのメグレ警視を一冊読んだ。薄い作品で、一時間と少しで読み切れた。
 「メグレ間違う」という作品だった。(河出書房新社)。<読書の余香>ではないので詳細は省くが、これだけの分量で、内容としての味わいが強烈で深い。解説文には多少の割り切れなさが書いてあったが、Muは、「これは文学だと思います」と、つぶやいていた。割り切れない登場人物の心の動きをわずかなページで描き切るこういう力量には、あまり出くわさない。

 ネットで「シムノン メグレ」で探したが、総じて絶版扱いがほとんどだった。
 新しい作品は新生の輝きもあるだろうが、文学は経年変化に相当に強いところがある。純粋古典とまでは言わないが、わずかに10年、20年前の名作がもしも、出版社や読者の目からこぼれて忘れ去られていくなら、「もったいない」ことだ。

 最近も、海外で評判の長編小説を読んでみた。物理的に相当に重い(笑)。しかし、30%くらいに圧縮してもよい内容だったので、ばからしくって、MuBlogには一言も言及しなかった。後半は、例のハリウッド映画もどきの、わざわざ危機感を持たせるような、はらはらさせるような場面を、数ページおきに書き連ねてあった。馬鹿じゃなかろうか。飽きてしまう。「またかよ、はよ撃たれて死ねよ」と思ってしまう。そんな本をベストセラーにする読者も、出す出版社も、世間も、味のない大盛り3つ玉のラーメンをたべてよろこんでいるようなものだ、な。こういう業界も、猿に近くなった。と、ひとりごと。

 メグレ警視、これは、あとで思い返してみると、各ページ、各行に意味があった。しかも読書中はそんなことが少しも気にならないような流れがあった。そして、スリルもサスペンスもなかった。いや、恐ろしいことに、ミステリーでさえもなくなっていた。いやはや、世の中にはすごい本当の作家がまだまだいる(いた)んだなぁ~。

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2007年8月12日 (日)

NHK風林火山(32)山本勘助:景虎と宇佐美の思惑

承前:NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略

砥石城(長野県上田市上野付近)

参考:Google地図では→リンク

 内野・勘助はずっと気に入っている。
 ところがここ数回、そう、それは由布姫の出番が無くなって、勘助がひとりぽっちになったころからだが、なにかしら勘助に生彩を感じなくなっていた。それは由布姫と勘助の葛藤があまりに激しくて、勘助はそこで燃え尽きたのかもしれない、と疑う毎週であった。あまつさえ、板垣と甘利の凄絶な死を前にして、勘助の影が薄れた、とMuはおもっていたのだろう、と振り返れば、自分の無意識を分析出来る。

山本勘助(内野聖陽)
 しかし、今日、それが間違いだったと、はっきりわかった。
 勘助はもはや弁舌で人を操る軍師ではなくなっていた。晴信や板垣や、そして由布姫を心で動かす軍師になっていたのだ。すると、セリフが口数少なくなり、生彩を無くしたとMuは誤解する。

 今夜、勘助は奇妙な体験をした。
 ガクト・景虎につれられて、まだ軍門にくだっていない緒方・宇佐美の琵琶島城におとずれ、景虎から宇佐美のもとに一ヶ月、身柄を預けられてしまった。一ヶ月後、景虎がふたたび宇佐美をおとずれたとき、軒猿(のきざる:スパイ)が晴信の砥石(城)崩れ(総敗退)の様子を知らせる。その場に宇佐美も、勘助もいた。その間、景虎は徹底的に武田晴信の悪口雑言をはき、嫌悪感をあらわにする。天罰が下ったとまで言う。

 終始、勘助は一切気の利いたセリフをはかない。ただ、「はあ」とか、「うむ」とか、もらすだけ。
 そう、そこに内野・勘助の役者としての絶妙さを味わった。よく考えてみれば、勘助は何も話せない、もちろん景虎にも宇佐美に対しても賢しらなセリフ一つ言える立場ではない。
 ところが、今夜は大半がこの勘助「無セリフ時間」だった。
 それが飽きなかった。それにじっくり見入ってしまった。

 つまり、ことは簡単だ。
 勘助は、みずからの苦しい立場を、言うに言えない、誤魔化しもきかない立場を、眼や表情やため息や身のこなし方だけで表現していたのだ。考えてみれば、この数週間ずっとそうだった。主役は何度も他の役者に移っていた。その間、勘助は軍師の深い海のような心底を、これまでにない演技でこなしていたのだ、と今夜気がついた。すばらしい。

武田晴信(市川亀治郎)
 亀治郎・晴信もずっと気に入っている。
 今夜思ったのは、彼は相当な美男子だということだ。ただし、現代的バタ臭い(これは古語かね)美形ではなくて、まるで絵に描いた聖徳太子、肖像画の明治大帝のような威厳のある美男子だと思った。つくづくそう思った。なにかしら、東洋の恰幅のよい丈高い人は、眼を細めるものなんだ、とも思った。団栗眼(どんぐりまなこ)を見開くのは怒った時の一瞬でよいのだと思った。薄目で人を射る。これは、現代には新しい趣向だ。
 武田晴信、負け戦なのに威厳が残っていた。

景虎と宇佐美:ガクトと緒方
 うむ、なかなか以上によい場面が続いた。緊張があって、あっという間に時間がたった。
 景虎の欲を断つという禁欲僧的趣味は、これじゃ人類が成り立たなくなるから、あまりに過激にそればかり押し通すと番組が崩壊するなぁと、心配していたところ、宇佐美爺さんが上手にそれをいなした。

 つまり、欲を断つという欲がある。
 庶民の欲を(それは男が女を、女が男を欲することからはじまって、食欲、贅沢、安楽、どん欲、止まらない)、悲しい衆生の生きがいと、慈悲のこころで包みこまないと、人もついてこない、国も治まらないと言ったからだ。

 俗世なくして聖もない。
 ただし、俗世は歯止めが効かなくなる。だから、景虎のような人物が首領におっても間違いではない。ただ、行きすぎると、下に付く者らは、ただ景虎の欲断ちを満足させるためだけに生きなければならなくなる。そんなの、まっぴら、とまでは宇佐美はいわないが、仏の道はもっと広大無辺だよと、景虎をさとした。
 こういう教訓じみた内容も、御大(おんたい)緒方と、超絶美形ガクトとが掛け合いすると、様になる。
 なかなか、今夜の見どころは盛りだくさんだったが、この二人と、傍らの勘助の表情がよかった。

勘助の立場
 難しい。
 景虎ははじめから勘助を見破っていた。その勘助を宇佐美に預けた。ここにどのような伏線が生じるのか。
 景虎は、宇佐美に武田の軍師を見せることにより、越後が結束しないと武田に敗れるというメッセージをだしたのだろうか。
 景虎は宇佐美の真の力量も計りたかったのだろうか。もし宇佐美が勘助になんの感興も抱かなかったなら、宇佐美は唯野爺(ただのじじい)と見限る気持も少しあったのか。

 景虎は、勘助に越後の手の内をさらしたことになる。しかし、勘助の生殺与奪は景虎が握っている。
 その前に、最初に勘助を琵琶島城に伴ったとき、景虎は勘助に仕官を誘った。ただの鉄砲商人、クソ坊主を誘う雅量を見せたのか、ガクト。
 来週が楽しみだ。

追伸
 それにしても。ガクト。言うまいと思いながらも、いやはや衣裳に長髪、苦み走った顔で「不犯を誓う」と言われた日には、これが青年達の流行になれば、ちっとは現代世相風俗も変わるかも知れない(爆笑)。
 噂では、ガクトはカリスマらしい。信者の数だけ、教祖ガクトのセリフを「祝詞や経」のようにとなれば、世界が変わるかも知れない、なぁ。
 今夜の黒っぽい陰陽師すがた、良し!

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2007年8月10日 (金)

小説木幡記:2007/08/10(金)花火と葛野と帰路

 このごろ、小説葛野記がとんとなくて、木幡記ばかりになっている、と気付いた。理由を考えてみたが、簡単なことだった。つまり、葛野では葛野記を記す必要がないほど定番研究仕事雑務で毎日が過ぎていき、なにかしら変化を味わえるのは木幡の夜しかないということだった。

 今夜は8月10日。
 帰路、道路が停滞はげしかった。RSがガソリンを無駄なアイドリングに費やし、不憫だった。早朝や夜間なら45分程度ですむところが、正確に2時間かかった。

 停滞は葛野をでたとたんに始まった。1号線を南下したり横断する旅程なので、「帰省ラッシュか?」と判断した。途中で、滅多に通らない七条通りを東行し、気を許したとたんに大宮通りに入ってしまい、あわてて左折右折して、近鉄東寺駅横にでた。

 これで1号線の名神ICをやり過ごしたと安心したとたん、車がまたしても動かなくなった。
 カーナビのボタンを何度押しても「この先、停滞があります」とばかり繰り返す。それは解っているのだ。どうすれば停滞を抜け出られるのか、という思いでまたボタンを押した。
 「さらに、この先も停滞が続きます」
 「あほ!!!」
 と、ひとりで毒ずいた。カーナビは一番廉価なのを選んだのが仇になった。流行の高級カーナビなら「そこで左折して、どんつきまで行けば停滞を抜けられます」とか教えてくれるのだろうか。

 やっと竹田街道、24号線に入った。
 24号線が帰省ラッシュにひっかかるとしたら、名神南インターチェンジに抜ける一カ所程度なのだが、それを越えても動かなかった。
 ついに、桃山御陵の道に着いたとき、やっと、気がついた。
 宇治川の花火大会だった。(それと、五・十払い(ごとばらい))。
 疲れた。

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2007年8月 9日 (木)

卑弥呼の墓(002)箸墓古墳の被葬者/和田萃(わだあつむ)

承前:卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への道』

箸墓古墳の被葬者
 産経新聞「大和時空散歩 14(2007/05/09)」

箸墓古墳の被葬者/和田萃(わだあつむ)
 和田萃(わだあつむ)は、日本書紀・崇神天皇の箇所でヤマト・トトビ・モモソヒメノミコトの墓と記された「箸墓」の実際の被葬者を推定している。モモソヒメではないらしい。
 
1.和田萃の考え
 和田は、モモソヒメでもなく、また邪馬台国女王卑弥呼の墓でもないと続ける。結論は、卑弥呼の若い親族女性トヨと推定する。その根拠は、箸墓周辺(前方部北端)から多量の土器類が出土し、それが「布留0式(ふる・ゼロしき)」のものなので、寺沢薫の判定「280~300年頃」を援用し、箸墓が卑弥呼の死亡時期(240~248年)とは開きが有りすぎると、まとめている。

2.Mu自身のための課題
 和田は箸墓周辺から出土した土器の年代によって箸墓の年代を判断した(あくまで、この記事では)。
 平成6年12月~7年3月の発掘調査(橿原考古学研究所による、箸墓北の大池)の結果を「古墳築造に従事した人たちが日常的に使用していた土器類」と述べているが、これはMuも正確に見る必要がある。つまり、箸墓築造時に使われて埋められた土器かどうかの判断をするには、もう少し詳細な記録を見ないとMuには解らない。つまりこれは、発掘を担当した寺沢薫の考えを詳細に見る必要がある。

3.年代判定のわかりにくさ
 この考え方はMuがいつも思い浮かべることだ。
 つまり、Muが古い土器を一杯集めて(博物館なんかの裏庭に放置されたような~)、ある夜、箸墓の近所に夜陰に紛れて埋めて(笑)、それを五千年後の考古学者が発掘したとき、どう考えるかの問題だ。もとより、専門家集団の調査と結論だから、そんなバカなことはあり得ないだろうが、得心する必要はある。
 なぜ「箸墓築造時に従事した者達の日常的使用土器」と判定されたのかを、知っておきたい。
 (築造後、数十年たって土が壊れて修理したのかもしれない、数パーセントの確率)

*.まとめ・結論
 和田萃によれば、当該記事の範囲で、
 卑弥呼の墓→ 箸墓を卑弥呼の墓とする見解を否定している。つまり、明示せず。
 その理由→ 当記事の全体文脈からみて、纒向遺跡にある箸墓は邪馬台国に深い関連があるとの主調だが、箸墓が西暦280~300年頃築造されたとみなし、卑弥呼の推定没年240~248からみて、箸墓の被葬者は後代の人物、つまり卑弥呼宗女(親戚の娘か)台与(とよ)の可能性が高いことを示した。

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2007年8月 8日 (水)

小説木幡記:2007/08/08(水)夏期のお楽しみと仕事

 8月に入ると、いろんな内外のことも落ち着いてきて、やっと昔のMuに戻りだした。
 昔のMuってなんのことかと言うと、つまり「のんびり」「せっせと」仕事すること。それがお楽しみというわけだ。それじゃ「仕事中毒」と言われかねないが、実は大きなトリックが秘められている。

 それは。
 ネタバレだな。

 つまり「自分で決めて、自分ですること」
 自分でするのだから、嫌いなことはしないから、全部、人生まるごと「お楽しみ」になる。単純なトリックだ。

読書
 これは実は「仕事」なのだ。教員だから仕方ない。難しい図書だと、一週間から一ヶ月はかかる。フルタイムで。これを楽しみと思う人は、普通なら変人だね。しかし、Muは読みたい本しか読まないから、自動的に「お楽しみ」になる。たとえ見慣れない漢字の海であっても、気むずかしいお経であっても、読みたい物を読むならば、全部お楽しみ。

論文
 これも実は「仕事」なのだ。教員だから仕方ない。毎日平均6時間かけて、二ヶ月かかって、やっと完成する。これを楽しみと思う人は、変人・変態そのものだね。しかし、Muは書きたいことしか、研究したいことしかしない。だから、自動的に「お楽しみ」になる。

情報整理整頓
 これも実は「仕事」なのだ。情報図書館学の教員だから仕方ない。毎日論文書きながら、傍らのMacG5には、旧い8ミリビデオと、新しいディジタルビデオが並んでいて、難しい結線のあげく、旧い8ミリビデオ内容が、ディジタル変換されてMacG5の500GBハードディスクにどんどん吸い込まれていく。
 現代のディジタルビデオ内容だけなら、IEEE1394の結線一本で、始まりも終わりも気にしなくてよい。自動的にしてくれる。しかし旧い世界のビデオだと、ときどき見てやらないと、延々と無信号がハードディスクに蓄積されていく。
 しかし、もともと好きで撮った内容だから、これもお楽しみになってしまう。

葛野へ通うこと
 これも実は「仕事」なのだ。宮仕えの教員だから仕方ない。毎朝7時前には着いている。それから12時間延々と研究室に居る。遊びにも行かない、映画にも旅行にもいかない。ただただ居着いている。無人に近いキャンパスを眺めていると、「もしかして、余は変人かな」と、恐怖に駆られることもあるが、すぐに落ち着く。

 と、こういうことを自由にできるのが夏期の一時期。
 だから、昔の少年期のように夏になるとうきうきしてくる。「さあ、やるぞ~」と毎朝かけ声がでる。

追伸
 9月に入ると、またまた会議や合議や、授業や目一杯。課題もやまもり。課題は大抵一夜漬け(うけけ)。さあ、短い夏を楽しもう。生ある限り、楽しみなくして、なんの人生ぞ。みっちり仕事して、楽しもう。
 そうだ。
 Muに「遊ぶ」という言葉は無いようだ。全部遊びになってしまうから。それに今、気がついた。

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2007年8月 7日 (火)

遅れた追悼「葛野めだか」

遅れた追悼「葛野めだか」

Medakaimg_1425 追悼文が重なったが(木幡金魚)、昨年の夏に葛野の研究室でめだかを飼い出した。毎日せっせと写真を撮って、餌を与えて、水もごく少量ずつ換えていた。しかしある朝、全滅していた。丁度月曜の朝だったと思う。
 その夏の日曜日に餌を与えなかったせいではなくて、室温が38度くらいになって、水がたった一日で、いわゆる「腐っていた」。
 動物を飼うのは難しい。慣れないせいもあるが、めだかの気持がわかっていたら、風通しの良い廊下にでも出しておいたのに、と悔やまれてならない。
 というわけで、昨夏の「葛野めだか」に黙祷。(2007年8月7日記す)

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2007年8月 6日 (月)

三十九万アクセス(39万/全体64万):MuBlogの分析

承前:三十八万アクセス:MuBlogの分析

観測日→2007/08/06 05:38

 MuBlog→累計アクセス数: 390108

1日平均: 315.37 (記事数 1,121 件   .   コメント 3,628 件   .   トラックバック 822 件)

 サイト全体→ 累計アクセス数: 640923

1日平均: 518.13

↓以下、解析対象期間
    2007年7月7日(土) ~ 2007年8月5日(日)

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 15,759
訪問者数: 12,079
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 765 1,435 6.3% 9.1%
2 NHK風林火山(30)海と鉄砲 567 667 4.7% 4.2%
3 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 337 403 2.8% 2.6%
4 NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期 319 395 2.6% 2.5%
5 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 290 370 2.4% 2.3%
6 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 274 345 2.3% 2.2%
7 NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」 275 328 2.3% 2.1%
8 涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード 207 324 1.7% 2.1%
9 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 177 322 1.5% 2.0%
10 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 233 321 1.9% 2.0%
11 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 228 308 1.9% 2.0%
12 NHK風林火山(27)心中の敵 218 286 1.8% 1.8%
13 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 165 255 1.4% 1.6%
14 地図の風景 213 248 1.8% 1.6%
15 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 199 236 1.6% 1.5%
16 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 137 217 1.1% 1.4%
17 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 121 206 1.0% 1.3%
18 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 157 200 1.3% 1.3%
19 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 131 173 1.1% 1.1%
20 室町和久傳(むろまち・わくでん) 125 160 1.0% 1.0%
21 京都の書店 138 146 1.1% 0.9%
22 自作PC 72 142 0.6% 0.9%
23 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 106 139 0.9% 0.9%
24 読書余香 116 137 1.0% 0.9%
25 NHK風林火山(07)真田幸隆 118 130 1.0% 0.8%
26 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 82 124 0.7% 0.8%
27 涼夏2007PCの自作:目次とまとめ 81 103 0.7% 0.7%
28 小説木幡記 94 100 0.8% 0.6%
29 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 85 96 0.7% 0.6%
30 CPU空冷装置・掃除のお勧め 71 94 0.6% 0.6%
31 もりしょう:そうめん処・森正 62 91 0.5% 0.6%
31 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 84 91 0.7% 0.6%
33 江戸東京博物館(えどとうきょうはくぶつかん)と、ほそ川の穴子天付そば 68 90 0.6% 0.6%
34 ミホミュージアムの秋 63 89 0.5% 0.6%
35 NHK風林火山(18)由布姫の決意 60 81 0.5% 0.5%
35 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 74 81 0.6% 0.5%
37 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 67 79 0.6% 0.5%
38 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 54 74 0.4% 0.5%
39 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 60 72 0.5% 0.5%
39 NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 62 72 0.5% 0.5%
41 美味しいところ 65 71 0.5% 0.5%
42 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 57 68 0.5% 0.4%
43 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 49 65 0.4% 0.4%
44 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 45 64 0.4% 0.4%
45 NHK風林火山 45 62 0.4% 0.4%
46 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 53 61 0.4% 0.4%
46 地図の蠱惑:未踏地 44 61 0.4% 0.4%
48 MuBlogへのご招待 44 59 0.4% 0.4%
49 読書の素 52 58 0.4% 0.4%
50 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 41 57 0.3% 0.4%
51 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 48 56 0.4% 0.4%
51 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 49 56 0.4% 0.4%
53 隠された十字架--法隆寺論/梅原猛 49 54 0.4% 0.3%
53 葛野図書倶楽部2001 32 54 0.3% 0.3%
55 オーパーツ大全(感想文) 39 53 0.3% 0.3%
55 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 47 53 0.4% 0.3%
57 NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 42 51 0.3% 0.3%
58 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 45 50 0.4% 0.3%
59 NHK風林火山(25)自縛の掟 38 49 0.3% 0.3%
59 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 34 49 0.3% 0.3%
61 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 38 48 0.3% 0.3%
61 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 40 48 0.3% 0.3%
63 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 30 47 0.2% 0.3%
63 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 40 47 0.3% 0.3%
63 さくらだ:桜田 32 47 0.3% 0.3%
63 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 44 47 0.4% 0.3%
67 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 41 46 0.3% 0.3%
68 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 39 45 0.3% 0.3%
69 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 31 43 0.3% 0.3%
69 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 23 43 0.2% 0.3%
71 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 30 42 0.2% 0.3%
71 じょうしょうこうじ:常照皇寺 32 42 0.3% 0.3%
73 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 34 41 0.3% 0.3%
73 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 39 41 0.3% 0.3%
73 小説木幡記:2007/07/07(土)虚飾の帝都に遊ぶ 27 41 0.2% 0.3%
73 卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への道』 29 41 0.2% 0.3%
73 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 31 41 0.3% 0.3%
78 金魚水槽の掃除(2005/12/04) 28 36 0.2% 0.2%
78 Blogメモ 35 36 0.3% 0.2%
80 辨慶うどん 28 34 0.2% 0.2%
81 前方後円墳の航空写真 21 33 0.2% 0.2%
81 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 28 33 0.2% 0.2%
83 ηなのに夢のよう/森博嗣 27 32 0.2% 0.2%
83 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 31 32 0.3% 0.2%
83 PowerMacG5の内部 31 32 0.3% 0.2%
83 平安時代 31 32 0.3% 0.2%
83 イメージの素 25 32 0.2% 0.2%
88 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 20 30 0.2% 0.2%
88 金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 26 30 0.2% 0.2%
88 長尾真博士のノート 21 30 0.2% 0.2%
88 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 21 30 0.2% 0.2%
92 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 18 29 0.1% 0.2%
92 三十八万アクセス(38万/全体61.7万):MuBlogの分析 26 29 0.2% 0.2%
92 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 23 29 0.2% 0.2%
92 Hollywood & Highland:ハリウッド・ハイランド 19 29 0.2% 0.2%
96 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 20 28 0.2% 0.2%
96 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 23 28 0.2% 0.2%
98 長岡京市立図書館の風景 19 27 0.2% 0.2%
98 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 24 27 0.2% 0.2%
100 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 19 26 0.2% 0.2%
100 うじがわ・うかいふね・あたごさん:宇治川鵜飼い船・愛宕山 21 26 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、G,Y,M 以外の、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)
 

集計対象アクセス数:8,823
検索ワード/フレーズ 割合
1 じぶり  G Y M 271 3.1%
2 GA-G33M-D S2R  G Y M 106 1.2%
3 真田幸隆  G Y M 90 1.0%
4 風林火山 ガクト  G Y M 83 0.9%
5 ミホミュージアム  G Y M 50 0.6%
6 由布姫  G Y M 47 0.5%
7 わくでん  G Y M 44 0.5%
7 EN8600GT SILENT  G Y M 44 0.5%
9 京都 大型書店  G Y M 33 0.4%
9 ガクト  G Y M 33 0.4%
11 しる幸 京都  G Y M 30 0.3%
11 楊令  G Y M 30 0.3%
13 京都 書店  G Y M 29 0.3%
13 佐野藤右衛門  G Y M 29 0.3%
13 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 29 0.3%
16 武田晴信  G Y M 28 0.3%
17 風林火山  G Y M 27 0.3%
17 風林火山 板垣  G Y M 27 0.3%
17 修飾麻疹  G Y M 27 0.3%
20 ガクト 風林火山  G Y M 26 0.3%
20 site:asajihara.air-nifty.com asajihara.air-nifty.com  G Y M 26 0.3%
22 長尾真  G Y M 25 0.3%
22 伏見桃山城  G Y M 25 0.3%
22 紅鮎  G Y M 25 0.3%
22 ぎろぎろ  G Y M 25 0.3%
22 samurai z  G Y M 25 0.3%
22 九絵家  G Y M 25 0.3%
22 オーパーツ  G Y M 25 0.3%
29 PCケース 木 自作  G Y M 24 0.3%
29 甘樫丘  G Y M 24 0.3%
31 じぶりの森  G Y M 23 0.3%
31 SAMURAI Z  G Y M 23 0.3%
31 みたかのもり  G Y M 23 0.3%
34 そうめん処 山科  G Y M 22 0.2%
34 室町和久傳  G Y M 22 0.2%
36 常照皇寺  G Y M 21 0.2%
37 GA-G33-DS2R  G Y M 20 0.2%
37 上杉憲正  G Y M 20 0.2%
39 九絵屋  G Y M 19 0.2%
40 森博嗣 名古屋大学  G Y M 17 0.2%
41 京都 しる幸  G Y M 16 0.2%
42 raid10 自作  G Y M 15 0.2%
42 桜田 京都  G Y M 15 0.2%
42 メリーアイランド  G Y M 15 0.2%
45 EN8600GT  G Y M 14 0.2%
45 GA-G33M-D S2R   G Y M 14 0.2%
45 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 14 0.2%
45 自作 cpu グリス 塗り方  G Y M 14 0.2%
45 うぶめのなつ  G Y M 14 0.2%
45 月の蔵人  G Y M 14 0.2%
45 風林火山 真田  G Y M 14 0.2%
45 京都の書店  G Y M 14 0.2%
45 風林火山 由布姫  G Y M 14 0.2%
54 レスタト  G Y M 13 0.1%
54 隠された十字架  G Y M 13 0.1%
56 アクリルケース 自作  G Y M 12 0.1%
56 瀬戸内寂聴 秘花  G Y M 12 0.1%
56 森正  G Y M 12 0.1%
59 大型書店 京都  G Y M 11 0.1%
59 北方水滸伝  G Y M 11 0.1%
59 プルート 浦沢  G Y M 11 0.1%
59 発生学円盤  G Y M 11 0.1%
59 Prius 分解  G Y M 11 0.1%
59 太宰府政庁跡  G Y M 11 0.1%
59 じょうしょうこうじ  G Y M 11 0.1%
59 風林火山 感想  G Y M 11 0.1%
59 枚方市鬼の鍾乳洞  G Y M 11 0.1%
59 自作PC raid  G Y M 11 0.1%
59 CPU 掃除  G Y M 11 0.1%
70 桜田 京都 7月  G Y M 10 0.1%
70 風林火山 みる姫  G Y M 10 0.1%
70 高齢者差別  G Y M 10 0.1%
70 自作 ファン 電源  G Y M 10 0.1%
70 金魚 水槽 掃除  G Y M 10 0.1%
70 そうめん 森正  G Y M 10 0.1%
70 カッパカントリー  G Y M 10 0.1%
70 伏見城 地図  G Y M 10 0.1%
70 五色塚古墳  G Y M 10 0.1%
70 千両松激戦地跡  G Y M 10 0.1%
70 魚三郎  G Y M 10 0.1%
70 gackt 上杉謙信  G Y M 10 0.1%
70 宇治川 鵜飼い  G Y M 10 0.1%
83 鍵善  G Y M 9 0.1%
83 京都 桜田  G Y M 9 0.1%
83 魚三桜  G Y M 9 0.1%
83 みしまゆきお  G Y M 9 0.1%
83 mublog  G Y M 9 0.1%
83 竹中半兵衛  G Y M 9 0.1%
83 CPU 掃除  G Y M 9 0.1%
83 シリコングリス 塗り方  G Y M 9 0.1%
83 小川コーヒー  G Y M 9 0.1%
83 板垣 風林火山  G Y M 9 0.1%
83 高取城  G Y M 9 0.1%
83 asus raid 設定  G Y M 9 0.1%
83 飛鳥関係  G Y M 9 0.1%
83 板垣 甘利  G Y M 9 0.1%
97 黄桜 かっぱカントリー  G Y M 8 0.1%
97 アクリル 自作  G Y M 8 0.1%
97 自作pcケース アクリル  G Y M 8 0.1%
97 弁慶うどん  G Y M 8 0.1%
 
97 ガクト 上杉謙信  G Y M 8 0.1%
97 ながればし  G Y M 8 0.1%
97 山本勘助 由布姫  G Y M 8 0.1%
97 風林火山 甘利  G Y M 8 0.1%
97 平城京 地図  G Y M 8 0.1%
97 夏対策 PC  G Y M 8 0.1%
97 あまのはしだて  G Y M 8 0.1%
97 飛鳥 石細工   G Y M 8 0.1%
97 詩仙堂 写真  G Y M 8 0.1%
97 NHK 風林火山  G Y M 8 0.1%

(3)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ

集計対象アクセス数:4,292
都道府県 割合
1 東京 1,054 24.6%
2 京都 541 12.6%
3 大阪 398 9.3%
4 神奈川 304 7.1%
5 愛知 185 4.3%
6 福岡 160 3.7%
7 埼玉 143 3.3%
8 千葉 124 2.9%
9 静岡 117 2.7%
10 兵庫 107 2.5%
11 宮城 105 2.4%
12 北海道 86 2.0%
13 三重 76 1.8%
14 長野 69 1.6%
15 茨城 68 1.6%
16 滋賀 51 1.2%
16 岐阜 51 1.2%
18 岡山 50 1.2%
19 広島 47 1.1%
20 新潟 46 1.1%
21 愛媛 39 0.9%
22 群馬 36 0.8%
22 奈良 36 0.8%
24 石川 30 0.7%
25 栃木 29 0.7%
26 富山 24 0.6%
26 鹿児島 24 0.6%
28 熊本 23 0.5%
29 山梨 19 0.4%
29 福島 19 0.4%
29 和歌山 19 0.4%
29 高知 19 0.4%
33 山口 18 0.4%
34 宮崎 17 0.4%
34 岩手 17 0.4%
36 福井 16 0.4%
36 大分 16 0.4%
38 沖縄 15 0.3%
39 秋田 14 0.3%
39 香川 14 0.3%
41 徳島 13 0.3%
42 山形 11 0.3%
43 青森 10 0.2%
43 長崎 10 0.2%
45 鳥取 9 0.2%
46 島根 8 0.2%
47 佐賀 5 0.1%

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2007年8月 5日 (日)

NHK風林火山(31)真田幸隆の謀略

承前:NHK風林火山(30)海と鉄砲

真田氏発祥の地(長野県上田市真田町本原)

 今夜のドラマは途中から、真田家のことを考え込んでいた。
 真田幸隆(ゆきたか)の弟は敵対する村上義清(永島敏行)の家臣になっているということだ。どういういきさつでそうなったのかは知らない。ただ、後年幸隆の後をついだ真田昌幸(まさゆき)親子の場合、昌幸の長男(信幸)は家康につき、昌幸と次男(真田幸村)は西軍石田についた。家康が勝ち、以後真田家は明治維新まで家を保った。

 真田家のこのころの人達は兄弟肉親であっても自由に行動したのか。あるいは後年の昌幸親子の場合、世上言われるように、昌幸の深謀遠慮によって、兄弟を東西に分けて残したのか。今夜の、幸隆とその弟のことは、どうなのだろう。

 ともあれ。
 今夜の幸隆の謀略は焦りも見られたが壮絶複雑なものだった。相木という、以前から武田晴信の命をうけて、勘助も知らない間に逆スパイをしたり、喰えない人なのだが、この相木がしきりに幸隆を煽った。
 真田家に村上方の間諜が入っているという情報をえた幸隆は、相木と謀り、家臣団の前で春原(すのはら)兄弟を打擲し、弟が兄の首をはねる寸前で幸隆が刃を止めて一芝居打った。兄は疑いの解けないままに牢に入り、弟は憤怒の顔をして村上の前に立った。「幸隆は欲に目がくらみ理不尽だ。兵を貸してくれれば内応し、真田を討つ」と進言した。村上はこの言を容れた。

 今夜の幸隆は、打擲した春原兄弟とは合意のことであり、真の間諜をあぶり出す目的だった。そして、真の間諜は別の家臣と分かり、村上の手勢五百は幸隆・相木の奸計に落ち、村上兵は破れた。

 画面は一転し、越後のガクトの前に勘助が根来僧の鉄砲商人として座っていた。ガクト(景虎)は鉄砲百丁を要求し、運ばれるまでは「そなた」(勘助)を人質にすると言った。

 この時の、ガクトの背景が京都嵐山の天龍寺の龍みたいで、実に格好がよかった。たしかに、このときだけは、場の空気が大河ドラマを飛び出し、まるで銀英伝(銀河英雄伝説:と申しても、もう記憶にある者もいないだろうな)世界に飛び込んでしまう。いや、実に素敵な情景描写だ。ガクトのセリフが、急に貫禄のあるぞんざいなものに変わって、先週までと比べて別人になった。「気に喰わぬ」というガクトのセリフが乗っていた。

 まとめてみる。
 小山田は美瑠姫が生んだ自分の息子が、他人の子だと知った(と、そういう形相)。これはどうなるのか。
 晴信の姉が今川で死んだので、次の人質を用意しなければならなくなった。しかし勘助は、村上を破り信濃を手にすれば、今川は敵でなくなり、もう人質を出す必要はないと確約した。
 真田幸隆は、謀略に勝ち、それに応じて晴信が出張ってきた。これはどうなるのか。
 そういう情勢を知らないままに、勘助は越後の長尾景虎のもとで足止めをくらった。

 こうして、ひとつひとつの場面が余韻を残し、おぼろに伏線であることを気付かせる。今年は、この伏線がミステリ並に手がこんでいて、ときどきあっけに取られる。しかし、大抵は後で胸がすく。
 今、一番気がかりなのは、内野(勘助)、ガクト(景虎)と、軍師・宇佐見の三つどもえだ。越後で足止めをくらった勘助は、来週どのような口舌を転がすのだろうか。たのしみだ。

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2007年8月 4日 (土)

小説木幡記:2007/08/04(土)点字と暗号

 今日は(そして明日も)大学キャンパスで、催しものがあった。
 午後に、人混みが少なくなった頃、得難い経験をした。
 余が待機する近所のコーナーで、点字ボランティアの学生達が「店」を開いていた。全盲の学生も中央に座っていた。なにげなく引き寄せられてのぞき込んでいたら、「点字、どうですか」と声をかけられたので、「客(普通は女子高生)」でもないのに座り込んでしまった。

 学生が余にトランプや、サイコロを手渡してくれた。トランプは、ダイヤはダイヤの形に点字が打ってあった。他はまったくわからなかった。真ん中に座った彼女はすらすらと全部当てていった。すごいな、と思った。

 サイコロは、一片2センチほどの大型だった。触ると、賽の目が飛び出していた。目をつぶってさわってみたが、1と3と4くらいしかわからなかった。5と6、2と3を間違えた。

 余の父は、モウパイというのか、指先だけでマージャンの牌を読めた。父は、いわゆる北陸人で、冬場の楽しみ、マージャンの腕がセミプロ並だった。家計がおかしくなると、マージャン屋を始めたのが、いまだに笑えるほどの父の記憶だった。本来は、鉄道省は国鉄職員だったが、戦中から土建屋の社長になっていた。そしてマージャンは、困ったときの奥の手(笑)だったようだ。

 彼女の差し出したサイコロをさわりながら、一瞬にして遠い昔の父のことを思い出していた。
 余も十代でモウパイを練習したが、駄目だった。白と◎1(イーピン)程度しか判別できなかった。ただし、取った牌を組み込まず、上下を調えもせず、読み切るまでにはいたったが、……。

 やおら、そばにいたボランティアの学生が、取っ手のついた小さな釘を渡してくれた。漢文(白文読み)練習の穴あき定規みたいなシートに紙を挟んで、彼女の指示通りに釘で穴をあけだした。見せたら、ボランティアの判定では「OK」だった。それで終わりかと思ったら、今度は本番のシールで同じ事をした。
 右から左に穴をあけ、完成したらシールを外して裏返しに、左から右に読むようだ。

 記念にケータイに張って、サイコロを貸してくれた学生に渡した。彼女は、さっと指を動かしただけで、余の名前を言った。大いに感動した。
 彼女の話では、点字は昔、フランスの少年が考案したようだ。最初は暗号として扱われたらしい。日本には明治時代に入ってきた。

 小さな5x10ミリ程度の長方形のマスに、3|3と、6つの穴があって、そのどの穴を押したかで文字が分かる。裏返しにするから、紙には突起がでるわけだ。

 ●○
 ●●
 ○●

 点字は暗号だったのだ。 
 ただ。
 ボランティアの人であれ、プロであれ、点字は結構指先に力を込めるものだと思った。長文だと大変だ。その為の機械もあるが、高価だ。

 葛野の女子大学ではハンディを持つ学生も、本人と大学とがよく話し合って、入ってもらっている。
 余の司書科目でも以前、強度弱視の学生と一緒に授業を構成したことがあった。いろいろな思い出がある。その時は、レジメを拡大コピーしたり、大型ディスプレイをつかったりしていた。佳い記憶が残っている。ハンディを乗り越える気力と知力があった。爽快だった。

 教師をしていると、いろいろな学生と出会う。その一つ一つに、未だに驚愕する。今日の午後は、全盲の学生と、ボランティアの学生と、そして「点字」に感動した。

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2007年8月 3日 (金)

小説木幡記:2007/08/03(金)心の整理・仕事の整理

 整理整頓が苦手のようだと今でははっきりわかっている。
 しかし、学生達に教えている内容は、つまるところ「整理整頓しましょう」なのだ。情報図書館学だから、具体的には図書とか情報、ディジタルメディアの新たな組織法などと、賢しらなセリフをはいてはいるが、単純に言うと「なにがなにやらわからないから、綺麗にしましょう」と、なる。

 心の整理や仕事の整理を、毎日、「今日こそは」と思って目覚めるのだが、いつまでたってもそのままになっている。

 心の整理は、なにもどろどろした対人関係を綺麗さっぱりしましょうなんて、世間によくある話じゃなくて、あれもこれもと思う心を整理整頓して、重複は単純にし、無駄な考えは捨てて、思いのいくつかは捨て去って、ついでに人間関係も完全削除して、容量を大きくしましょう、とこうして書いていると、まるでテラバイト・ハードディスクのクリーンアップ作業にそっくりだ。

 ここずっと方々のハードディスクを整理している。ハードディスク単位で申すなら、新旧Winマシンと新旧Macマシンとで合計16機ほどあって、総容量は3~4テラバイトになる。途中、壊れたのが3機あって、その中身は100GB程度だ。
 一機目をショートさせて無くしたときは、MuBlogには記さなかったが、どこにも言っていないが、悄然とした。しかし、二機目、三機目になると「万物流転する。過去よ、さようなら~」と、さばさばした気分になった。

 機械的には、すでに壊れかけていたのが、最後の電撃(スイッチ)が致命傷になったのだろう。

 こうして、だいぶ整理整頓がハードディスク上では進んだ。
 整理の要点は、捨てることなり、これは至言である。
 Muの場合、ハードディスクの整理が心の整理であるという実に単純な話となる。

 さて。
 綺麗になったハードディスクに、どんな新しいものをいれましょうか、とわくわくする気持を今は止めている。新しいプロジェクト、企画はもうやめにしよう。そうすれば、余生の整理整頓が楽になる。

追伸
 と言いながら、これから葛野に行って、後期授業のネタをせっせと再整理して、またしても空いた記憶スペースを詰める算段をする。
 授業の整理とは。無駄な資料を捨てる。無駄な考えを捨てる。それを突き詰めていくと、人に教えたり、伝えたりする内容は、限りなくゼロに近くなる。ある閾値を過ぎたとき、仕事とか人生は、終わりにしたほうが佳いのだろう。その先には、輝く未来が待っている(と、またまた、ハードディスクを浪費する話)。

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2007年8月 2日 (木)

遅れた追悼「木幡金魚」

遅れた追悼「木幡金魚」
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 この写真は気に入っている。まるで水の妖精というおもむきだ。けれどモデルさん達は昨年にこの世を去っている。ひと言ふた言は漏らしもしたが、長い間気持の底に押さえ込んでいた。それから先週までずっと、水槽は空だった。さらにずっと前、木幡に金魚が来たとき、物陰からじっと覗いていたマタリン翁がだぶって見える。パンタレイ。すべてが流れ去っていく。気持に蓋をするというのは、ある意味で「忘れたふりをする」ことなんだろう。マタリンも、グリ銀とグラ金も忘れたことはなかった。
 先週に、ちっこい金魚が二人きた。名前はまだ付いていない。しばらくしたら、写真を撮っておこう。(2007年八月二日記す)

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2007年8月 1日 (水)

小説木幡記:2007/08/01(水)承前の夏

1.光ファイバー
 また申し込んでみた。数年前に申し込んで、遅れるのどうので、腹をたてて止めてしまった苦い経験。今度はどうだろう。ネットで申込みをし終わって、ぐったりした。IP電話はレンタルだとか、なんとかとか、かんとかとか、いつもニフティには満足しているのだが、客観的に考えると隠語の業界世界だね。このことは、auの料金を選択するときも感じた。なにかしら、難しいことを、さも簡単そうにみせながら、結局すべての技術や用語がこなれていないから、バベルの塔。よくぞ、衆生はこういう世界に生きておられることよ。

 大体、カタカナが多すぎる。キャンペーン用語が多すぎる。本質をついた説明にたどり着くまでには延々とリンクをたどる。目的地に着いた途端に、通信工学をマスタした者にしかわからないような、専門用語が、さも得意げにとくとくと記されている。
 つまり。関係者の多くは30前後の若い人が多いからだと考えた。
 しかたない。
 それをチェックする上級者は、あまりにめまぐるしい変転について行けず、ノーチェック。
 これが、現代日本の歪なテクノ世界なんだろうな。
 ~
 と、いいつのって、結局新しい100mbps世界にどっぷりひたる、木幡翁。どっちがどっちなんでしょう。知らず。
 ところで、無線の話だが、400mbps(実効150mbps程度か)の無線がすでに解禁されているらしい。楽しみ。

2.夏期論文
 数日前から、本格稼働を始めた。余はよほどにテキストを触るのが好きなようだ。うっとりして、すぐに数時間経ってしまう。
 昔自製したKT2というシステムが健在なのだ。今朝も、数回目の稼働をした。システムのタイムスタンプは、2004年になっていたから、余はそれ以来KT2を触っていないことになる。つまり、コンパイルしていない。実行ファイルのまま数年間、保っている。
 KT2で切り出した重要語の、数万のリストをじっくり見ては、用語の使い方を想像する。用語は並べ替えると、相互によく似ていても違いが分かる。

 次回、再コンパイルするのは、対象テキストの容量を無限に近く改変するときだろう。現在は限界が強い。その理由は単純そのもの。すべてのテキストをメモリに引っ張り込んで、ソーティングしているからだ。並べ替えアルゴリズムの最速のを作ったはずだが、これはファイル容量が大きくなると対応できない。今のところ、長編小説で原稿1000枚がどうも限界のようだ(振る舞いがおかしくなる)。それは弱点なのだが、じゃまくさくって、そのまま十年近く放置している。

 そろそろ直さないと、余生の実験が出来なくなる。まだ、改良する余力が残っている今の内に。そのうち、ソースコードを観ても分からなくなる。怖いことだ。15年前に自製したオリジナルのアルゴリズムは、本当は、もう今の余には分からない。要するに最長一致方式で辞書引きをし、あらかじめ作った三種類の辞書とマッチングさせる。それらを可能にする高速アルゴリズムを作った。しんどかった。だから、上述のソートは、オンメモリのままになってしまった。

 当時は、メモリーもせいぜい640KB(MBではない)で、ハードディスクも100MB(ギガじゃない)程度だった。当然CPUのスピードは100Mhz(現代の1/30)ほど。だからこそ、最適最速のアルゴリズムを用いないとどうにもならない世界だったのだ。

3.二十世紀→二十一世紀少年
 浦沢直樹さんの21世紀少年(上)を数日前に読んだ。
 ヴァーチャルリアリティの世界で、過去に戻るというのは、分かりやすいし、そこで謎が解かれるのもよい趣向だ。しかしまだ(上)だから、(下)が出ないと余に判断が付かないことも多い。

 なお素晴らしいと思ったのは、現実世界に生きたものが、バーチャル世界に現代のまま入り込み、そこで外の現実の自分と中の現実の自分との同期はどの程度とれるものかと、その点だった。実に興味深く思えた。

 タイムマシンのごときヴァーチャル世界があるのだから、反陽子爆弾があっても違和感はないが、ヴァーチャル世界はある程度薬物などでも生じさせる可能性を感じたが、反陽子となると、とたんに分からなくなった。そこはマンガとして処理した方がよいとおもいつつも、これまで読んだ20世紀少年がある程度余の少年期と重なる所も多く、奇妙なリアリズムを味わってきたので、そこではたと考え込んだ。

 先回の23巻(だったはず)は、いささか鼻白んだので言及しなかったが、最終巻と銘打った「21世紀少年」の上下は、これは圧巻なのかもしれない。上巻を読んでいる間中、余はうむうむとうなずき通しだった。
 このシリーズは、やはり余にとって、よい作品だったと言えよう。

4.今日のむなしい午後
 と、記そうと思ったが、むなしい話は止めておこう。
 ただ。
 要するに、十年近く前のMacG3-450をなんとかしようと、壊れる前にどうかしようとし出したのが運の尽き。結局午後一杯手こずった。OS9とOSX-Tigerとでは、設計思想がまるで異なる。どれほど苦労したことか、なのに結局一昨日と同じく、成果なしという夕方。
 おもうに、こういうマシン世界、ソフト世界に生息する人達は、鬱になる確率も高いのじゃなかろうか。
 全知全能をつくし、あらゆる手法を導入し、結局最後はIEEE1394で貴重なデータをMacG5に吸い上げた。吸い上げたのは佳いのだが、それは全うな方法じゃなかった。正義を離れた不義に近い。

 全うなシステムなら、なぜTiger になったとたんにOS9のセレクト命令を無効にしたのだ!
 と、まるでジャーゴン、業界用語。
 いまさら。

5.停滞続く日曜作家
 日曜作家はいまだに復帰できない。事情はいろいろある。
 いろいろあるのだが。
 実は。
 文学とは、余にとってある部分では身命削る行為となる。
 そう言う世界もまだあるのだ。
 いま、それに沈み込むと、すべて崩壊する。考え考えて、文章を刻んでいくのは、キツイことなのだ。
 本当の言挙げとは、世界に対峙することになる。
 余自身とか読者とか、そういう関係性とは違ったところで、文章を書くというのは軽いことではない。
 文学とは、言葉で世界と関係を持つ。
 だから、世界がのしかかってくる。

6.最近のMuBlog
 月曜日、異様なアクセスだった。全体で日に2000アクセスを越えた。
 αブロガーからするとたいした数値じゃないが、世界の片隅に閉塞するMuBlog としては異様なことだ。
 今日もさっきみたら、平均の1.5倍だった。
 原因となった「風林火山」と、それに拮抗する「涼夏2007PC」との相乗効果のようだ。
 後者のアクセスをみていると、多分若い人の自作初心者が多いのだと思う。自作PCは結構流行っているのかも知れない。書店でも、以前はわずかだった自作PC雑誌が普通のPC雑誌と同程度の種類見られた。

 そうだな。
 規格も決まっている。安くなるわけでもない。デザインも技量がないと完全自前は無理。
 なのに自作PC。
 原因は何なのだろう。

 Muの場合、自己分析を記録しておく。
 *ゼロからものをつくるだけのデザイン能力はない。
 *市販マシンが区別つかないほど似通っている。
 *時間は限られている。が、自分の世界を欲しい。
 *お金も知識も限られている。が、自分のマシンが欲しい。
 *規格の決まった部品を集めて組み立てて、それでも精密機械が動く。
 *簡便な世界構築。
そんなところだろう。

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