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2007年8月 1日 (水)

小説木幡記:2007/08/01(水)承前の夏

1.光ファイバー
 また申し込んでみた。数年前に申し込んで、遅れるのどうので、腹をたてて止めてしまった苦い経験。今度はどうだろう。ネットで申込みをし終わって、ぐったりした。IP電話はレンタルだとか、なんとかとか、かんとかとか、いつもニフティには満足しているのだが、客観的に考えると隠語の業界世界だね。このことは、auの料金を選択するときも感じた。なにかしら、難しいことを、さも簡単そうにみせながら、結局すべての技術や用語がこなれていないから、バベルの塔。よくぞ、衆生はこういう世界に生きておられることよ。

 大体、カタカナが多すぎる。キャンペーン用語が多すぎる。本質をついた説明にたどり着くまでには延々とリンクをたどる。目的地に着いた途端に、通信工学をマスタした者にしかわからないような、専門用語が、さも得意げにとくとくと記されている。
 つまり。関係者の多くは30前後の若い人が多いからだと考えた。
 しかたない。
 それをチェックする上級者は、あまりにめまぐるしい変転について行けず、ノーチェック。
 これが、現代日本の歪なテクノ世界なんだろうな。
 ~
 と、いいつのって、結局新しい100mbps世界にどっぷりひたる、木幡翁。どっちがどっちなんでしょう。知らず。
 ところで、無線の話だが、400mbps(実効150mbps程度か)の無線がすでに解禁されているらしい。楽しみ。

2.夏期論文
 数日前から、本格稼働を始めた。余はよほどにテキストを触るのが好きなようだ。うっとりして、すぐに数時間経ってしまう。
 昔自製したKT2というシステムが健在なのだ。今朝も、数回目の稼働をした。システムのタイムスタンプは、2004年になっていたから、余はそれ以来KT2を触っていないことになる。つまり、コンパイルしていない。実行ファイルのまま数年間、保っている。
 KT2で切り出した重要語の、数万のリストをじっくり見ては、用語の使い方を想像する。用語は並べ替えると、相互によく似ていても違いが分かる。

 次回、再コンパイルするのは、対象テキストの容量を無限に近く改変するときだろう。現在は限界が強い。その理由は単純そのもの。すべてのテキストをメモリに引っ張り込んで、ソーティングしているからだ。並べ替えアルゴリズムの最速のを作ったはずだが、これはファイル容量が大きくなると対応できない。今のところ、長編小説で原稿1000枚がどうも限界のようだ(振る舞いがおかしくなる)。それは弱点なのだが、じゃまくさくって、そのまま十年近く放置している。

 そろそろ直さないと、余生の実験が出来なくなる。まだ、改良する余力が残っている今の内に。そのうち、ソースコードを観ても分からなくなる。怖いことだ。15年前に自製したオリジナルのアルゴリズムは、本当は、もう今の余には分からない。要するに最長一致方式で辞書引きをし、あらかじめ作った三種類の辞書とマッチングさせる。それらを可能にする高速アルゴリズムを作った。しんどかった。だから、上述のソートは、オンメモリのままになってしまった。

 当時は、メモリーもせいぜい640KB(MBではない)で、ハードディスクも100MB(ギガじゃない)程度だった。当然CPUのスピードは100Mhz(現代の1/30)ほど。だからこそ、最適最速のアルゴリズムを用いないとどうにもならない世界だったのだ。

3.二十世紀→二十一世紀少年
 浦沢直樹さんの21世紀少年(上)を数日前に読んだ。
 ヴァーチャルリアリティの世界で、過去に戻るというのは、分かりやすいし、そこで謎が解かれるのもよい趣向だ。しかしまだ(上)だから、(下)が出ないと余に判断が付かないことも多い。

 なお素晴らしいと思ったのは、現実世界に生きたものが、バーチャル世界に現代のまま入り込み、そこで外の現実の自分と中の現実の自分との同期はどの程度とれるものかと、その点だった。実に興味深く思えた。

 タイムマシンのごときヴァーチャル世界があるのだから、反陽子爆弾があっても違和感はないが、ヴァーチャル世界はある程度薬物などでも生じさせる可能性を感じたが、反陽子となると、とたんに分からなくなった。そこはマンガとして処理した方がよいとおもいつつも、これまで読んだ20世紀少年がある程度余の少年期と重なる所も多く、奇妙なリアリズムを味わってきたので、そこではたと考え込んだ。

 先回の23巻(だったはず)は、いささか鼻白んだので言及しなかったが、最終巻と銘打った「21世紀少年」の上下は、これは圧巻なのかもしれない。上巻を読んでいる間中、余はうむうむとうなずき通しだった。
 このシリーズは、やはり余にとって、よい作品だったと言えよう。

4.今日のむなしい午後
 と、記そうと思ったが、むなしい話は止めておこう。
 ただ。
 要するに、十年近く前のMacG3-450をなんとかしようと、壊れる前にどうかしようとし出したのが運の尽き。結局午後一杯手こずった。OS9とOSX-Tigerとでは、設計思想がまるで異なる。どれほど苦労したことか、なのに結局一昨日と同じく、成果なしという夕方。
 おもうに、こういうマシン世界、ソフト世界に生息する人達は、鬱になる確率も高いのじゃなかろうか。
 全知全能をつくし、あらゆる手法を導入し、結局最後はIEEE1394で貴重なデータをMacG5に吸い上げた。吸い上げたのは佳いのだが、それは全うな方法じゃなかった。正義を離れた不義に近い。

 全うなシステムなら、なぜTiger になったとたんにOS9のセレクト命令を無効にしたのだ!
 と、まるでジャーゴン、業界用語。
 いまさら。

5.停滞続く日曜作家
 日曜作家はいまだに復帰できない。事情はいろいろある。
 いろいろあるのだが。
 実は。
 文学とは、余にとってある部分では身命削る行為となる。
 そう言う世界もまだあるのだ。
 いま、それに沈み込むと、すべて崩壊する。考え考えて、文章を刻んでいくのは、キツイことなのだ。
 本当の言挙げとは、世界に対峙することになる。
 余自身とか読者とか、そういう関係性とは違ったところで、文章を書くというのは軽いことではない。
 文学とは、言葉で世界と関係を持つ。
 だから、世界がのしかかってくる。

6.最近のMuBlog
 月曜日、異様なアクセスだった。全体で日に2000アクセスを越えた。
 αブロガーからするとたいした数値じゃないが、世界の片隅に閉塞するMuBlog としては異様なことだ。
 今日もさっきみたら、平均の1.5倍だった。
 原因となった「風林火山」と、それに拮抗する「涼夏2007PC」との相乗効果のようだ。
 後者のアクセスをみていると、多分若い人の自作初心者が多いのだと思う。自作PCは結構流行っているのかも知れない。書店でも、以前はわずかだった自作PC雑誌が普通のPC雑誌と同程度の種類見られた。

 そうだな。
 規格も決まっている。安くなるわけでもない。デザインも技量がないと完全自前は無理。
 なのに自作PC。
 原因は何なのだろう。

 Muの場合、自己分析を記録しておく。
 *ゼロからものをつくるだけのデザイン能力はない。
 *市販マシンが区別つかないほど似通っている。
 *時間は限られている。が、自分の世界を欲しい。
 *お金も知識も限られている。が、自分のマシンが欲しい。
 *規格の決まった部品を集めて組み立てて、それでも精密機械が動く。
 *簡便な世界構築。
そんなところだろう。

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21世紀少年、下/浦沢直樹  数日前に浦沢直樹「21世紀少年、下」を読んだ。これで従来から22巻続いた「20世紀少年」は「完」となるようだ。「21世紀少年」の上下を合わせて、合計で24冊のビッグコミックスは、長いような短いような、これでよかったような、いやいやもう少し先、超能力美少女カンナの行く末まで頑張ってもらいたいような、なんともいいようのない気持になりました。  ともかく終わった、浦沢直樹に... [続きを読む]

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