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2007年7月30日 (月)

小説木幡記:2007/07/30(月)空しく穏やかで充実した一日

 またしても這々の体で登校した。

1.KohataRS
 KoharaRS点検検査の予約を土曜日に電話でしてしまった。ところが日曜の朝から今度は疼痛が左足に動いた。まるで歳差運動か地軸反転みたいな身体をしている。自らのことは医師にもかからず念で直しているのに、RSだけはしっかり計画通り点検している。非常に現実的な人生観だと自ら確認した。余は、医学をあまり信じていないようだ。なのに大学近所の整備士は、顔も知らないのに信用して、この数十年間せっせと通っている。

2.倶楽部
 今日はひそかにみていると、2名、その後3名の倶楽部員が屯所に来て、週末のOC:オープンキャンパスの準備をしていた。過去の共同演習の成果を当日展覧するためだ。お気に入りの過去作品の案内を、でっかい模造紙に解説したり、花模様をつけたりしていた。試験期間にすでに入っているというのに。うむ。
 感謝。
 余ひとりなら、そうだな妖しい杖をついて、会場の片隅で、痛そうな顔をして、ときどき杖をとんとん突いているだけだろう。どこの女子高生が、そんな変な教授のいる大学へくるものか。やはり、ちょっと小綺麗なお姉さん達が全面にでるほうがよいよい。余は、当日は客の父親の振りをしていましょうぞ。
 爆笑・葛野司書課程だもんねぇ。

3.SA、SE
 空しいシステムアドミニストレータやシステムエンジニア~の真似をまたしてもしていた。
 ことわっておくが、涼夏、涼夏の話じゃない。
 実際は涼夏のハードディスクや旧HDの移動、同期、削除問題になるが。
 つまり、詳細は、~、まあ、やめておこう。

 要するに、WindowsXPのエクスプローラっていう代物(しろもの)は、総計100GB以上のフォルダーやファイルを扱うには不向きということだ。
 こんなことは、Win98頃から気がついていた。なのに十年間、無視してきた。じゃまくさいから。
 120GBの古いHDを、しかたなくUSB2で接続して、高速SATA2ハードディスクに移す算段をした。
 (中心の文書類はすでに、先週に移した)

 結局、途中何回もエクスプローラが失敗して、総計3時間もかかって、結局諦めた。
 やれ「このファイル名は長すぎる」、かれ「これは誰か使っている」、これ「こんなファイルはない」
 なにかしら信じられないようなメッセージをだして、そのたびに、そうだ40分間転送して、そこであっさり止めてしまう。なにとなにを正確に移して、なにが残っているのか、そういう記録はメッセージを済ませると無くなってしまう。ツリーの底が深いから、目では探せない!

 昔のDOS時代、エコロジー(EC)という名ファイル管理ソフトがあった。
 以上のような途中ミスはすべて解消するなり、次に移ってくれた。
 余が長年、すておいたツケがまわってきたようだ。
 だから、夕方になって、こういう作業は、きっと現代の名ファイル管理ソフトをさがして、それでやらないと無理だと悟った。

 いままでそうしなかったのは、20年以上前のECがあまりに使い勝手がよくて、Win95、Win98~になっても、それを思い出して、ばからしくってMSのエクスプローラを使う気にならなかっただけの話。じゃ、これまでどうしてきた。うむ。ハードディスク毎、入れ替えてきた。じゃ、今度もなぜそうしない。
 それはやはり、涼夏が原因だ。

 あんまり飛び抜けて上等になったから(笑)、いつ壊れるか知れない古いIDEタイプのディスクを涼夏システムに混ぜたくなかっただけの話。
 やはり、旧HDの嫉み恨みかもしれない。
 それにしても、空しい午後だった。
 数時間もかけて、成果ゼロ。ああ。

4.まだあるのだが
 もう、疲れた。
 そうそう、昨日の風林火山記事が、またしてもニフティーの「旬」blogに取り上げられた。義経時代に一回、風林火山で以前に一回。夕方に見てみたら、すさまじいアクセスだった。以前の「真田幸隆」をず~んと越えてしまった。
 しかし、もう眠くなった。また明日。

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2007年7月29日 (日)

NHK風林火山(30)海と鉄砲

承前:NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」

 越後の長尾景虎、甲斐の武田晴信、駿河の今川義元にそれぞれの軍師が見えた。宇佐見、山本、雪斎。このうちガクトと宇佐見軍師はまだ仇同士だから未完成。宇佐見はやがて後の上杉謙信を補佐する。軍師間の陣取り合戦になっていくのだろうか。

 今夜は、はじめからガクトが登場した。ガクトの長髪やメークや着物や、女性嫌いらしい風情が妖しい、というのはもう当たり前だから言及はさけよう。「義」をとなえ、毘沙門天に胡麻を焼くすがたが瞼にこびりつきだした。関東管領上杉憲正(のりまさ)が、景虎は信用のおける人物と部下に言われて「今時、正義を唱えるものがどこにいようか」という様なセリフをはいた。もしも「義」に従った伝説の通りならば、長尾景虎は当時にしてもそうとうに変人あつかい、底の見えない武将に見られていたのかも知れない。

 ガクトがそばで「欲」を唾棄するので、義元の西への欲望や、晴信の海への欲望が対照的にくっきり浮かんできた。勘助は晴信に、越後の海と、駿河の海とを刺し貫けば天下最強の国になりまする、と進言する。敵に塩を贈る故事にもあるように、甲斐は山があっても山梨県だから、海への気持は深いものだったのだろう。そういえば山に囲まれた信州や諏訪あたりには、「海」の付く地名が多い。山梨県の煮貝というアワビの醤油で煮詰めたような味わいが懐かしい。保存食に長けていたのだろうか。
 勘助と晴信の一致した意見は、まず「海」。

 海に気付かされたのは、勘助が和歌山県根来寺まで鉄砲買い付けに出掛けた先での話。「鉄砲を百丁も運ぶには船がいる。港の用意はできるのか?」と問われて勘助は「なんとか」と、内心、駿河か相模を想定していたのだろう。

 鉄砲と海とがあれば武田晴信は上京できる。将来仏門にはいり「信玄」と改名するくらいだから、都で「仏法」「王法」にもとずいたマツリゴトをしてみたいと、勘助に言う。すでに、聖徳太子伝説が普及していたのだろうか。

 長尾景虎も武田晴信も今川義元も、仏教に帰依した武将だった。勘助は寺に入るのを拒否して諸国を放浪した。このころは、ややこしくなると仏門に入る。そして、外から見ると簡単に還俗している。仏門は出入り自由な世界だったのだろうか。もしかしたら、還俗するときは莫大な慰謝料みたいな布施がふりこまれたのかもしれない、と想像。

 海と鉄砲にもどる。
 海は塩であり、出入口、そして交易の要地だった。だから、今夜の勘助の進言は実に分かりやすかった。越後と駿河。たしかにこの二つを押さえれば、都への道、北陸道と東海道とを押さえることにもなる。すごい戦略と言えよう。そこに「鉄砲」というハイテクが備わる。
 勘助と晴信とが、天下を視野に入れるのも無理はなかった。

 その後の歴史は言うまい語るまい。

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2007年7月28日 (土)

卑弥呼の墓(001) 『邪馬台国への旅』

邪馬台国への旅/邪馬台国探検隊 編

邪馬台国への旅/邪馬台国探検隊 編
 いつだったか春先か、京都駅八条口南の書店で「日本全国・比定地トラベルガイド50」という案内に引きずられて買った図書だ。以前から、邪馬台国(ヤマト)とか卑弥呼(日巫女)に興味があって、それとなく読んでいた。遡れば二十代ころから始まった、いわゆる年一邪馬台国ファンである。
 邪馬台国とか卑弥呼という字面を見ていると、そのあくどいばかりの侮蔑文字に食傷して、感性の上で腹立たしいのだが、一応自説をきっちり立論できるまでは、この通りにしておく。

 さて。
 おもしろい本だ。目次を掲げると、作った人達「邪馬台国探検隊」になんとなく申し訳ない(ネタバレ)ので、気になったところだけ抄出し、話をまとめておく。なお、各比定地にはおすすめ度を五つ星であらわしてあった。

1.邪馬台国千葉説
 これが。実はMuBlog異変で、この言葉でしきりにアクセスがある。
 こういう説を掲載したわけではないのだが、NHKのTV番組「邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択」解説記事で、たった一文字「千葉説」と記しただけなのに、である。

もちろん番組では、沖縄説、四国説も紹介され、各地説も図上に出た。出雲、長野、なんと房総の千葉説まで含まれていた。

 逆にその反応に、Mu自身が感動して(笑)しきりに探してみたのだが、情報が古くて確固としたデータを見付けられなかった。
 で、この図書ではどうなのか。
 目次の分類では、「第3部 その他の地方」に入っていたので、邪馬台国論争の主流には位置しないようだ(笑)。と、笑ったがこれからは自戒しよう。邪馬台国論争に命をかけている人も多数いるのだから、笑い事ではすまされない。
 整理番号49「上総(かずさ)・安房(あわ)」と、もうひとつは50番の「下総・我孫子」だった。そして比定地本命度は、二つとも☆ひとつなので、探検隊はそれほど信じていないようだ。

 整理番号49「上総・安房」については、Muも地図を見ているとなんとなく☆が増えそうになってきた。結論を言うと、紀州と房総とが地形の上では似ているからだ。和歌山は神武さんが上陸したところだから、縁がありそうだ。(こういう論法を使う呆れたMu先生) そこから黒潮で往来があったかもしれないと想像して、ネットでみると、やはりそうだった。
 「黒潮交流(和歌山と千葉)事業について」つまり、我田引水だが、九州と和歌山と千葉は、つながっていたのかも知れない。

 さて、図書から引用しておく。

「二階堂学園顧問の鈴木正和(すずきまさかず)は、一九八一年に刊行した「邪馬台国に謎はない」(新人物往来社)で、安房=邪馬台国説を主張している。」と、あった。

 いつか読んでみたい。

 そうそう、肝心の卑弥呼の墓については、記述がなかった。記事量は2頁分しかないので、仕方ないか。

2.邪馬台国奈良県説
 さすがに。該当ページに「マキムクでほぼ決まりか!?」とあり、 なかなか優れた記事だのう。頁総数で、近辺の鍵・唐古まで含めて12頁を殆どカラーでさいていた。
 整理番号31「奈良盆地」の本命度は、☆☆☆☆☆、となっていた。五つ星はこの図書では、あと一つ九州にあるだけだから、如何に奈良県三輪山あたりを強くおしているかが分かる。九州説のどこが五つ星かは、ないしょにしておきます。著作者達にもうしわけないから(笑)。

 さて、卑弥呼の墓は以下の引用に記録しておく。

「戦前の笠井新也以来、その立地、築造年代、規模などから見て卑弥呼の墓ではないかと考える研究者は多いが、依然として真相は古墳の中に眠ったままだ。」と、いうことらしい。

 ともかく、卑弥呼・箸墓説の出発点は、このあたりにあるようだ。Muの長い旅がはじまりそうだな。

3.番外編 ジャワ・スマトラ、エジプト
 近所の滋賀県の三上山も邪馬台国比定地になっていた。☆☆だから、千葉県説よりも有力とみなされているようだな(爆)。
 しかし、それに驚いていては話が矮小化する。邪馬台国が海外にあったとは、以前から耳にしていたが、この図書ではジャワやエジプト説を「番外編」としてきっちりまとめてあった。良書じゃのう。

*.まとめ・結論
 全国を50カ所も調査して、発案図書や論文を記し、簡単な学説史もある。さらに写真・地図も多く、なかなか分かりやすい図書だった。関西からみて一番遠いところが、千葉県・上総・安房説と新潟県・栃尾説だから、妥当なところかもしれないが、以前記した『邪馬台国はどこですか』からみると、どうなんだろうな、という感も少しのこったが、これでよいのでしょう。

 卑弥呼の墓→奈良県桜井市「箸墓」
 その理由 →明確な論説はなかった。

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2007年7月27日 (金)

小説木幡記:2007/07/27(金)12時間勤務の実態

 昨日あたりで、会議や授業が終了し、しばらく肌身(顔だ)をさらす公的勤務は終わる。ほっと一息ついたところだ。これで心身絶好調なら、遠出するか、焼肉&ビールでも飲みに行くところだが、そんなわけにはまいらぬ。
 八月上旬には土日を終日オープンキャンパスに費やす。
 そして、その直前には好例の倶楽部納涼会に参加する。今年は、先週に新人が3名も来てくれて、心強い。

 ところで。
 モノは考えようで、夏期以前に心身絶不調、猛烈な会議攻勢、苛烈極まる諸案件が発生したので、逆に夏期はそれらが沈静化すると希望的観測にしたがい、心は軽い。
 軽い中で、全期間・夏期論文!

1.夏期論文
 わずかに原稿で80枚程度の論文を書くのに、字句の通り「フルタイム」で2ヶ月を使うのは、これが遅いのか速いのか、人と比べたことはないのでよく分からない。ともかく葛野にきてから15年間そうしている。成否というよりも、そうしていることで精神の安定を得てきた。
 今年は保田與重郎先生の戦後初の長編評論『現代畸人傳』をテキストにする。準備は春頃からぽつぽつ初めてきた。方法論も変えない。

 この図書は十代末から二十代にかけて都合十数回読み直している。大体、多数の図書を読むタイプではなく、少数作品を舐めるようにして熟読再読するので、余にとっては異例ではない。がしかし、やはり突出した読書回数となる。
 それだけ読んで何か理解が深まったかというと、断定はできない。申せることは、保田先生の他の著作にくらべて、読みやすいとは言える。対象となった畸人とおぼしき人達が、鮮明に浮かんでくる。だから、小説を読むようにして読んできた、というのがあたっている。

 何度も読み返すのは、当時保田先生の置かれた立場の理不尽さに腹を立てていたふしもある。どう考えても、保田先生の書かれている内容は上質、そして光あふれるものだった。それが、当時はまともに論じられることも少なく、ただ「過去の人」扱いされることが多かった。
 その著作を一通り読めば、多くの秀才・文化人の書くことが、どれほど浅薄なものであるか一目で分かる。それが二十代の余の感慨だった。そして、今も毎年あれこれと読んでいるが、いずれも血肉となる内容である。

 知識ではない。
 ものの見方、さらに感じ方まで味わってきた。
 何故か。

 その何故かを知りたいから、保田先生のとった方法論や思考方とは対極の立場に立って、分析してきた。未だに答は出ない。出ないが、おぼろげな輪郭は分かってきた。

 三島由紀夫さんの『豊饒の海』全四巻を数年前に四年間かけて分析したときは、「分かった」と思えた。これは、三島由紀夫という人の思想性が分かったというのではない。その小説構造が見えたということである。余は日曜作家も兼業しているので、「小説」の方が理解しやすいのだろう。分析しているあいだ、往時の三島さんが笑いながら、皮肉を込めながら、意地悪く、優しく作品をせっせと書いておられた姿が、目に浮かんだ。それが、継承と断絶を含んだ全四巻の作品として、文学世界に残った。

 保田先生のことは。
 昨年、『萬葉集の精神』では苦労した。三十代の鬼才と憤怒と、そして感性と歴史観に圧倒された。
 今夏は、そういう意味での苦しみはないだろう。
 余も肩の力がぬけるかもしれない。ただし、二ヶ月フルタイム使えれば。

2.葛野図書倶楽部2001の新入隊員
 組織構成に従って、本日配属を決めた。

 一人を書記局補佐(隊内記録管理)とした。三年生日本文学。秋田県出身。
    一昨年の幹部に雰囲気が似ている。勾玉を畑でひろった~とか!
 一人を一番隊員(システム管理)とした。二年生心理学系。岡山県出身。
    現職幹部に雰囲気が似ている。ものすご元気そう、破竹!
 一人を二番隊員(蔵書管理)とした。二年生心理学系。鳥取県出身。
    無類の読書好き。なのに小野不由美を読んでいない!

 各員、自らの志をあたため発揚することを願うなり。卒業年次「新誠会」まで道は遠い。

3.MacとLinuxとWindowsXP

*FAT32の制限
 というわけで、本日も終日マシンを移動したり、ソフトをインストールしたり、ついでにネットで探したり、結局中身はなくて、外枠をただすのに終始した。午前6:45~午後7:00。かがみこむたびに一方は膝、一方は足首に激痛が走り悲鳴とため息をもらした一日だった。
 最終の夕方六時ころから始めた作業が成功したので、結局にんまりわらって葛野を出た。

 こういうことだ。
 以前から、PowerMacG5は動画専用マシンにしてきた。それを、涼夏2007PCと分担することに決めた。涼夏にはたとえ中級品でも圧倒的な力をもつGeForce8600GTがある。ここ数日、そのグラフィック描画力はさすがと思った。

 それで、二台は近くにあるので、右手でマック、左手で涼夏を操って気分良くしていたが、ファイル総量制限を思い出した。要するに、windowsのNTFS様式ハードディスクでは、総量分のファイル長が可能だが、MACはそれを読めても書き直せない。逆にWindowsはMACのファイルなんて受け付けもしない(読めない)。NTFSは業界では特殊なフォーマットなのだろう。Win世界の最近バージョンでしか通用しない。
 ただ、MacもWinもあつかえるFAT32(windowsの旧来ファイル)様式は、総量はテラバイトまでいけるが、ファイル容量は4GBが限界なのだ。DVD映画が4.7GB程度あるから、それに満たない。

 つまり、12GBのファイルは、お得意の外付け裸ハードディスクでは移せない。
 今更ながら、二台を制限突破させるには通信しかない。

 二台をLAN経由で結び、Macから涼夏の共用フォルダに転送したら、これが成功した。12GBの動画だから、これが成功したときの夕方の喜びはひとしおだった。
 なぜいままでそうしなかったのか。
 涼夏の先代頃はイーサネットのハブが100mbpsで、はじめから時間を想像して諦めていたにすぎない。この春、ハブを1000mbpsにした。今度の涼夏は当然同じ規格だし、Macにいたっては購入当初から1000mbps通信転送が当たり前だった。

*高速LAN
 1000mbps(1ギガ・ビット/秒)というと、8で割って、128MB(メガバイト)、つまり先代マシン(Grenn)のハードディク転送速度と同じになる。速い。以前と今では十倍の速度差だ。だから、実験してみた。それでも、実効速度は他の要因で大きく下がるから、20分弱かかった。にしても、12GBの動画をこれまでのマシン間で操作すると、気が遠くなる世界である。

*MacのX11
 さて、うまくいったようないかないような、Linux問題。
 これは、今日はMacに終始したので、Macが最初から持っているX11ウィンドウシステムをちょこちょこと、小一時間触っていた。これで、UNIXやLinux世界が持つ厖大な資産を借りてきて、再コンパイルして微調整すれば、すばらしい世界ができるだろうが~。月一プログラマーにはそれは無理のようだ。
 うむと考え込んだ。
 それが自由にできれば、Macほどお徳用なマシンはない。

 また、書店で、「猿でもわかるMacのX11早わかり」というような雰囲気の図書を見付けて数度読んで試せば、できるだろうが。来年だね。

*JudeのUML
 そうそう、Jude(昔、竹という名称だったような)のUMLをダウンロードした。これはすごい、分かりやすい。やはり、国産品は使いやすそうだ。すごいすごい。

4.明日は日曜作家か
 疲れが少しずつとれてきた。
 日曜作家に入る前に、新書を一冊よんでおきたい。歴史学者(多分、日本中世か)の書いた近江の世界だ。ものすごく楽しみにしている。書くよりも、読む方が楽しいのは、日曜作家の限界なのだろう。
 ああ。
 二十世紀少年が、いつのまにやら、二十一世紀少年(上)になっていた。そうか、時代が変わったンだぁ!
 今夜は遅い。日曜にでも読んで、早く返さなくては。葛野のマンガ友達は、新旧・たくさん持っているので、ありがたい。

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2007年7月26日 (木)

小説木幡記:2007/07/26(金)夏だな:時間湯水半睡耽溺

よく眠る
 昨夜は午後9時前に眠ってしまった。入眠儀式ゼロの約10秒速攻睡眠というわけだ。そのせいかさっき午前一時前に目覚めた。頭はすっきりしている。
 睡眠三時間はさすがに短くて、いつもならこういう場合、午前三時ころ再び倒れて六時ころ覚醒するのだが、急にMuBlogに向かってしまった。

 気力、体力がやや上向いてきたというのか、緩解したのだろうか。
 もう言うまい、語るまいとおもいながらも、言ってしまう。
 「ほんと、酷い一ヶ月でしたなぁ~」

 さて酷い一ヶ月、這々の体で登校し、夢遊病者、借りてきた猫のごとき会議出席をして、年季の手練だけで採点したわりには、こっそりと隙間時間を使って、別のなにかが進行していた。まだ完全じゃないので、記事一本を建てることはしないが、ふむふむと、満足である。

 内容は、Linux話。これでまた(全員)文系学生や従来読者のMuBlog視読率がぐっと下がるのが目に見えていても、記しておかないと忘れる。
 にしても、鎮痛剤で半睡状態なのに、手だけが動きCDが装填されて、HDがまわり、KNOPPIX(Linux のドイツ系か?)が動く。余も、この世界も年季を積んだせいか、遊び気分でできるようになったんだ(長生きするものだね)。

 なんとなく今の余は、いわゆる積年の文学老翁をはなれて、というか別人格になって、マンガも含めて読書はしない(出来ない状態かな)、音楽も聴かない、ひたすら涼夏2007PCにすがりついている状態だ。そうさな、たとえは悪いが(笑)、荷風さんが四畳半の部屋に入り浸ったような状態で、悪マシンの深情け、日曜作家も忘れ、邪馬台国探しも忘れ、抽象的論議からも遠く離れ、世間の動きにも無関心になり、涼夏世界にどっぷり嵌りこんでしまっておる。
 と、自己分析するくらいには、まだアイドリング正常。

Linux新世界
 Linux、そう。時間の合間に涼夏や木幡黒マシンに導入しだした。
 RedHat系、Debian系、全部で6種類くらい試している。しらないまに1CD-Linuxというのが普及しだして、CDだけで起動して、ほぼ完全な状態で使えるから、Linuxの殆どの系列を試すこともできる。

 今のところ、半睡状態で完全インストールして完動しているのは、木幡・黒PCの「ubuntu」という、アフリカの言葉がブランド名になったものだ。280GBほどハードディスクを占有して、「上海」が動いておる。
 葛野研は、隙間時間インストールなので、やや不完全にFedora7(ヒュードラ、と呼ぶのか?)が、涼夏の三機目のハードディスクを320GBも使って快適に動いておる。しかしいつか話すが、どうにもFedora7のネット関係がまだ駄目なんだ。月内にネット関係が正常化しなければ、またとっかえひっかえ1CD-Linuxを試して、うまく行くのと入れ替えるつもり。

 十年ほど前に、TurboLinuxというブランドに一年間程度のめり込んだ。やめてしまったのは、そういう世界にのめり続けるだけの余力がなくなったからに過ぎない。それと当時は、windows系の簡便さに比較して、ワープロもなにもかもが、気むずかしかった。実際の仕事に使うのが、しんどくなって、上海マシン(つまりゲームマシン)になんとなく変わっていた(笑)。

 いまはLinuxは違う。完全に昔とは異なる。Linuxが敷居高いという神話は無きに等しい。
 もちろん敷居高く扱い振る舞う世界も健在だし、そういう世界が推進力になってきたのも事実だろう。しかし、フリー(無料というよりも、好きに使える)の利用者でもたえられる使い勝手の「あるレベル」を越えてしまったのが、OSを意識せずに触れるようになったのが、それが現代だと思った。

 雑誌の附録に付いている1CDの状態なら、そのまま勝手にマシンを分析して動き出す。
 常用するためのインストールも、自動でセットしてくれる。
 多少の難(涼夏の場合は、最新のGeForce8600GTチップ)も、なにやらしらないまに代替案で処理してくれる。
 実に気楽に扱えるようになった。

 MS社のしんどさがよくわかる。一方でネットのアプリケーションに迫られ、他方基盤OSをLinuxに迫られている。
 ビジネス関係アプリがMSのoffice(word、ACCESS、パワーポイント、エクセル、他)と同等に近い形で、それらソフトが(OpenOffice.org2.1)、無料でどんと入っている。これって、すさまじい話だ。

 第一、OSが無料(ないし、無料に近い)。これが、考えてみれば人類史の中でも異様な状態だ。携帯電話が多くの利用者にとってゼロ円とは、仕組みが違う。本当に、無料(独自に手を加えて廉価で販売されることも多い)なのだから。WindowsVistaは2万円~5万円かかる。Vistaの場合は廉価版ほど、いろいろ後日に悶着が起きる(と、想像)。

 余は完全に年金生活者になったときのことを考えておる。
 今は葛野のキャンパスで、大学一括購入のWindowsを使う恩恵に浴しているが、後年そこを離れると、総てのアプリケーションやOSを、自前で調達することになる。この時、最悪の場合、windowsとofficeとで、合計10万円弱かかる。この価格はフレンチなら10回いける、旅行なら九州国立博物館に行って温泉に入れる。こういう贅沢を数年おきにすることは、後年、無理だろう。
 だから、今の内に、徐々にLinuxに鞍替えする秘密計画。

 それにしても、ビジュアルなRDBMSや、プレゼンテーションソフトが一式、ディスプレイに表示されたときは、唖然とした。
 本当の初心者こそ、ノートパソコンのスイッチをいれて、ワープロや表計算ソフトが動きさえするなら、基盤がWindowsかLinuxかなんて、気にもしないだろう。余がMS社の幹部なら、すでに数年前から毎晩寝汗をかいているだろうなぁ(笑)。そのうち、MS社が、Windowsを今後とも人類に無償提供します、となったら話が違ってくるが。

 Linuxの敷居が高いという神話は、古代神話になった。時代は変わった。ふむふむ。
 余話:一台のPCで、windowsXPかLinuxか、どちらを動かすかについて、相変わらず「デュアルブート」とかと敷居の高い話がいくつかあるが、これは涼夏2007PCの場合実に簡単だった。つまり、電源を入れたときに、F12を押すと、「どこから起動しますか?」と、聞いてくれる。便利なマザーボードだな、ギガバイト社さん。

Windows移設旧世界話
 昨日は、旧世界の後始末をしていた。ちょこちょこと旧マシンを触ってはソファに横臥し、時間が来れば会議に出席し、帰ってきたらまとちょこちょこと直していた。そしてソファで半睡状態になって、心身を鎮めていた。

 一昨日だったか、葛野図書倶楽部2001屯所で「左京マシン」として長年働いたMatarinマシンを分解し、ハードディスクを摘出した。20GBの小兵だった。しかし、よく働いてくれた。ペンティアム3のわずかに0.768Ghz(768Mhz)のスピードだった。メモリは当時としては512MBあったが、さすがに昨今のwordやインターネットも、使うのにシンドイ日々だった(と、倶楽部員達は最近ずっと不服な顔だった(笑))。

  「ときどき、黙り込みます」
  「時々、死にはります」
  「キーボードも不調です」(これは、大昔のF通のを10年使ってきたんだから、仕方ないよね)

 マシン世界やOS、アプリ世界に無関心な人達であっても、とろさとか、フリーズとかには敏感なんだねぇと、皮肉は一切言わずに、余はふむふむとうなずいてきた。

 Matarinマシンには愛着があった。ケースも武骨なATXタイプだが、総アルミの上物だった。今は、19インチ液晶も付けて、それなりにカッコは付けてある。が、しかし、老骨はいかんともしがたい。事情でWindowsXPにしたときは「ああ、Win98なら、生き残るだろうに。もう、駄目かな」と、数年前に覚悟を決めていた。

 昨日は、その20GBを別の外付けHDに複製し、そして6月末まで余の主力マシンだったGreenに再度複製した。20GBは予備ディスクとしてGreenの二機目にセットし、あれこれあったのでGreenの一機目ハードディスクを綺麗さっぱりWinXP2で掃除した。

 主力マシンGreenにはこの数年のありとあらゆるソフトが組み込まれていて、にっちもさっちも行かない面も多数あった。余一人ならかつかつ騙しながら使えても、そのまま屯所に新・左京マシンとして置いたなら、ひっきりなしに呼び出しがかかりそうだったので、初期化したわけである。もちろん、そのデータ部分は、別のハードに移し、また涼夏にも装填しての話だ。

 Greenが軽くなった。高速に戻った。名前も、マコトに変えた。

 マシンは何年か毎に、初期化したほうが佳いのだろう。Delphi やApache やPHPやMySqlの様々なバージョンが同居していたCドライブが見事に綺麗になった。自製blogも消したしな。葛野図書倶楽部HP用に、最低限、最新のApache だけをダウンロードしてセットした。気がついたら、夕方になっていた。

 今日は、しこしこと、IBMのビルダーや、Office2007をセットして、夕方には屯所に収める予定。貧乏暇無し、半病人であっても、足腰うごくうちは、働かないとならない。これが浮き世じゃのう。
 今しておかないと、夏期論文が書けなくなる。

 さあ、ひと眠りして、また葛野に行きましょう。
 日曜作家、邪馬台国探し、本気でもどらないと、そのまま涼夏と心中してしまいそうだ。人間は、執着してはならないというのが、仏陀のたっとい教えだから、涼夏涼夏というのも、そろそろサイナラしないと。

 ああ、そうか、涼夏2007PCの三機目ハードに、Linux-Debian一家のubuntuをインストールして完動を確認する仕事が残っておった。それに今日は午後、格式高い会議もある。
 うむ。余は、この世で毎日、一体何をしておるのだろう。不知。不解。不明也。

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2007年7月23日 (月)

涼夏2007PCの自作:目次とまとめ

アクリル透明マシン:涼夏2007PCの製作記
 こうして2007年の6月から7月にかけて、一台のPCが完成しました。
 その名は、涼夏2007PC。
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<1> 目次

1.涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源

2.涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット

3.涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)

4.涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS

5.涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink

6.涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600

7.涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース

8.涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード


<2> 製作費
 各部品の詳細は、↑各記事にある「写真」をクリックしてください。

(1) ケース→ アクリ屋ドットコム製 M-acky type-S クリアー(帯電防止仕様)
  26040円 
  名前「涼夏」の由来の通り透明なアクリル製です。
  工作精度に高い満足を得ています。

(2) 電源→ Evergreen SilentKing5 450W
   6980円
  HD:ハードディスクを3機や、グラフィックスボードを装填予定だったので、
  450Wにしました。
  M-ATX仕様のケースだと、余力があると思います。

(3-1) ファン1→ AINEX HDC-502BK(5インチベイ用、4センチ2連装)
   980円
  正面の5インチベイはDVDを一機しか使わないので、
  あまった空間を吸気用ファンに使いました。

(3-2) ファン2→ AINEX CFX-80S(8センチファン静音)
   2760円(1380x2機)
  一機を吸気用として底面に、他を排気用として後部に使いました。

(4) マザーボード→ GIGABYTE GA-G33M-DS2R
  18980円
  2007年6月発売のとれとれでした。(6月末購入)
  しかし、総ての部品に対して安定しています。

(5) CPU→ Intel (LGA775) Core2Duo E6600
  29680円
  価格、性能構成からみると中庸です。
  昔のに比べると速いです。しかし、他の部品からみると高価です。 

(6) グラフィックスボード→ ASUS:EN8600GT SILENT/HTDP/256M
  20800円
  2007年5月発売のとれとれでした。(6月末購入)
  nVIDIA社のGeforce8600GTというチップらしいですね。
  こういうのは高価ですが、マシンが変身しますね。
  PCはグラフィックスボードによって見違えます。
  (授業の合間にゲーム、がんがん! 嘘です)

(7) メモリ→ A-Data DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB (ヒートシンク付)
  12960円(6480x2枚・計2GB)
  すでにDDR3が話題ですが、廉価高速のDDR2にしました。
  ヒートシンク付きなので、マザーボードを華やかにしました。
  
(8) ハードディスク→ HITACHI HDT725032VLA360 (SATA2、320GB)
  24960円(8320x3機)
  RAID5を組み込むために3機も購入しました。
  実際はRAID1にしたので2機で充分、一機捨てましようか(笑)
  (後でLinux専用にしました)

(9) DVD→ Buffalo DVSM-X1218FBS-BK
   6980円
  SATA接続で黒のものを選びました。1CD-Linuxを触っていると、
  DVD装置の高速性はストレスを軽減してくれます。

(X) 小物→ コードタイ、ケーブル、IEEE1394&USBソケット
   3000円
  これらの小物は店頭で適当に購入。
  廉価品ばかりにしました。

総計 154120円

 こういう結果ですが、初めての方だと、Windowsや液晶やキーボード&マウスで、あと4万円程度必要になり、総計20万円弱です。市販の高性能マシンよりも廉価ですが、「10万円で自作!」とか「5万円以内で作る」とかいう話からは遠いです。

 これでも中機能の作品ですが、ハードディスクを1機にして、メモリを1GBにして、グラフィックスボードをオンボードVGAに任せ、補充小物を止めるなら、あっという間に10万円少しになります。最新のマザーボードと、E6600程度のCPUは、引けませんねぇ(笑)。ああ、アクリルケースを止めて鉄板ケースにするなら、一挙に8万円になりますが、それでは製作した甲斐が無くなります。

 止めましょう。何事も資金投入というのは、算段あってのこと。これでよいのです。
 ともかく職場やご自宅のパソコンの諸元をよく御覧になって、この涼夏2007PCの潜在能力を一度想像してください。そりゃ、まあ、……。マニア以外の方なら、あはは。(と、爆笑)

 部品調達は殆どをドスパラ通販。小物とグラフィックスボードは京都駅八条口のソフマップ。アクリルケースはアクリ屋ドットコムでの通販でした。また工具類は、+-ドライバーと、ラジオペンチ、白手袋だけでした。このうち、ドライバーだけが必須です。

 製作時間は、実際には20日間ほどかけましたが、専念するなら部品選定調達・申込みに1日、組立に半日、ソフトのインストールに半日、合計2~3日でできます。

<3> ほっと一息

 涼夏2007PCがうまく動いていることと、そしてこの「目次」記事をかいていることで、なにか「ほっと」した。
 自作PCは2004年6月(葛野2004P黒の製作)以来のことだった。だから最初は危ぶんだ。つまり、まるで十年二十年大昔のことのように思えて、たった3年でも雑誌やネット記事を眺めると見知らぬ規格や名称で一杯だった。

 まずCPUがそれまで慣れ親しんだペンティアムという言葉が消えてCore2Duo、ハードディスクもSATA2とかeSATA(External Serial ATA(外付用))とか知っているようで知らない規格だった。メモリもDDR2、マザーボードに至っては、分からないことだらけだった。

 目途にしたのはCPUとマザーボードだった。CPUがマザーボードのCPUソケットに合致するかどうかが先決だった。具体的には、インテル社のLGA775タイプ・ソケットだった。
 CPUは世間の大勢につきインテル社にしたので、後は自動的にマザーボード規格も決定し、メーカーは「その時」一番ぴったりしたギガバイト社になった。マイクロATX規格のマザーボードは品種が少ないので決めるのが楽だ。

 製作目的はRAIDとグラフィックスだった。前者は「記録」の方法論を経験したかった。後者は動画の表示、全体の表現を高めたかった。どんなことでも経験する前は霧がかかって見えないものなので、一度試してみたかった。
 結果としてハードディスクを縦横に使いこなすことと、PC全体の底上げを経験した。大量テキストとか長大なビデオ録画を容易に扱うにはスピードや記録容量の豊かさが必要だった。

 部品が集まったらあっというまに完成するのが自作PCだが、あえて少しずつにした。
 楽しみは取っておく、それと、まとまった時間が難しかったり、体調が絶不調だったことにもよる。

 RAID設定は、なにかと気苦労だったが終わってしまえば楽々。
 WindowsXPのサービスパック2が必要のようだ。

 最後に透明ケースの中に温度計を設置した。今回の自作で一番心が躍ったアイデアだった。
 小型金魚鉢とか、フラワーアレンジメントとかで飾ることは前から想像していたが、それよりも即物的な温度・湿度計の方が身に合っていた。研究室を訪れる者達にも、さりげなく「透明だと、ケース内部の温度がアナログで見られるからね」と、胸張って言えるではないか(笑)。

 さて、次は~。
 次は、涼夏の使い心地を折にふれて。1CD-Linuxとか、Javaアプリケーションとか、気になるソフトがどんな風に動いてくれるのかを、試していきます。

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2007年7月22日 (日)

NHK風林火山(29)武田晴信の「人は城」

承前:NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期

 「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり」
 この言葉は、諏訪法性という言葉とともに、以前から耳に残っている。私は少年期に毎年2ヶ月ばかり、山梨県に住んでいた両親のもとへ行っていたので、山梨、甲府、武田信玄とはなじみがある。

 大井夫人が晴信を諫めて「領民は、そなたの信じるものを信じたいのだ」という意味の言葉があった。
 お屋形さまと部下・領民が一体になって理想をともにしたならば、そういう集団、軍団、国の力は計り知れないものになるだろう。

 実際の晴信治世は未知だが、一般論としてこういう言葉が残っているのは恐怖政治よりも、仁治世界を想像する。諏訪神号旗を掲げたのも、諏訪領民の信じる神を奉じて戦ったという点で、領民の信じるところと晴信の信じるところが合致したことになる。

 今期、毎週つぎつぎとドラマの流れに引きずられ、じっくり考えることもできないが、どうも武田信玄というひとは、上杉謙信と同じく宗教色の濃い古典的人物のように思えてきた。諏訪の領民にとって諏訪の神がどれほどの影響を持っていたのかを、知りたくなった。そのことによって、信玄が由布姫(つまり、ある意味で諏訪明神のヨリシロ、巫女であり、神官である大祝(おおはふり)とは異なる)に傾斜し、将来その息子勝頼に実質的家督を譲った事の意味も明らかになるかもしれないと思い、実に興味深い。

 晴信は負け戦の自信喪失と、両雄を同時に失ったことの意味、その天啓を肌で味わったのだろうか。

 古来、特に民族間の戦争とは、互いに神かけて戦ったわけだから、勘助の機略で諏訪法性(すわほっしょう)の「印」を打ち立てた晴信は、いわば諏訪のご神体を掲げて戦ったのと同じであろう。法性とは仏教語だから真意は測りがたいが、「根源の現れたもの」と解釈しておくと、諏訪明神そのものと考えてよい。宗教戦争のおもむきをみせてきた。そういえば、家康は欣求浄土(ごんぐじょうど)厭離穢土(おんりえど)だったから、これも神仏加護である。多分、……、信長以外はみんな本気だったのだろう、神性佛性を信じることに。

 今夜は晴信の懺悔に終始した。
 戦いの機略よりも、晴信の板垣、大井夫人の甘利への追悼番組でもあった。
 ただ、気がかりなのは小山田の美瑠(みる)姫への不思議な感覚だった。彼は必ず勘助に、由布姫の息災を尋ね、美瑠を思い出す。小山田の目には美瑠と由布とは、重なって見えるのだろうか。ともに美しい女性で、ともに略奪された運命下にあるが、ただ由布には「神性」が常につきまとう。女であって女でない属性がいつも声調や目で表現される。美瑠は女らしい女にみえるのだが、~。この謎は、伏線となって、やがて解かれるのだろう。

 さて来週は、あはは、ガクト。もう降板したのかと思っていたが、とうとう出てくる。それに今川義元(今川焼きと関係あるのかな)とか、緒方拳(ガクトの軍師)とか、また多士済々。楽しみ。

追伸
 ここずっと、耳を離れない音楽がある。風林火山紀行で背景に流れる、津軽三味線だ。なんとなく現代風にアレンジしたところを、三味の音が肺腑を突くように語りかけてくるのがたまらない。だれかれとなくiPodのイヤホンをぶらさげて、多くの人が音楽に耽溺している現代だが、Muもこういう三味線を聞いていると一日中、その中にひたりたくなる。

 大昔、交響曲をレコードで聞くことに凝ったことがあった。高校生、受験期だったか。半睡しながらベートベンやモーツアルトに溶け込んでいた。しかし、それを否定した。厖大な時間が音楽の中に吸い込まれていくことに気付いたからだ。しかし、もはや受験も、お勉強もない(笑)。終日楽の音に身を添わせてみたくなった。

 一時期、押井監督「イノセンス」で、川井憲次さんの、傀儡謡・怨恨みて散る、傀儡謡・新世に神集ひて、傀儡謡・陽炎は黄泉に待たむと、そんな音楽に深く静かに沈没していた。~。また、なにか出そうなので楽しみ。「スカイクロラ」はどんな音楽になるのだろう。

 と、津軽三味線は、琴線にふれるどころか、かき鳴らす、気持ちよく。

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2007年7月21日 (土)

小説木幡記:2007/07/21(土)夢は枯野をかけめぐる

 やっと痛みが和らいだので眠ろうとしたのだが。
 と、冒頭に記すと途端に闘病記になってしまうので、迷う。
 まことに、昔、時枝博士が申されたように、文章とは冒頭によってほぼ決定されることよ。

 丁度三時間前に、腹を立てていた。痛みがますますつのるからだ。本来なら、すでに一週間経過しているのだから、緩解し、まして昨日金曜は木幡静養だったのだから、今日、極早朝から夕方まで葛野で成績管理(笑)なんて、軽い仕事をしたくらいで、ぶり返すはずはなかったのだが。木幡に帰還したとたん、玄関から奥まで膝行ってしまった。緊張が解けると、そうなるようだ。
 うっすらと涙ぐみ、ついでに、向かっ腹を立てていた。

 夢は枯野をかけめぐる。
 痛みの中に、半生が走馬燈になって走っていった。
 とはいうものの、現代若者などで走馬燈をみたり触ったりした人は、いるのだろうか?
 Muは幼少期、見た。作ったような(疑似?)記憶さえある。

 数週間、かつかつ葛野仕事をさばいてきた。明後日の月曜は午前一杯かけて成績以外の教務関係を仕上がる予定。
 しかしその他は全く手に付かなくなった。
 人間は生物なんだ。
 痛みひとつで、余力が無くなってしまう。他愛ないものだ。

 この間、脳はアイドリングに似て、稼働を停止寸前にまで持って行っている。稼働停止寸前で葛野仕事をするのだから、年季とは重宝なものだ。手が動く、プリンターが動く、チェックする、OK。

 Muはやはり、仕事をしにこの世にうまれてきたのか。と、今日は終日思っていた。ジュース飲んで、珈琲二杯のんで、茶は数杯のんで、おかきをたべて、チョコを数粒。肝心のお昼は、半分のこした。マズイと言うより、食べるのがじゃまくさかった。丁度、いつもの12時間勤務。なにかしら、過ぎた。

 Linuxの雑誌を一冊持ち帰り、さっき30分ほど読んだが、頭にはいらなかた。なんで涼夏2007PCはXPでがんがん走るのに、マルチブートでLinux動かす必要があるのじゃぁ! と、腹立たしくなった。自分の計画に悪態をつくのだから、精神的にも病んでおるのじゃろう(爆)。

 膝行って居間にいってお茶をいれてもらって、飲んだら美味しかった。
 そして部屋にもどって横臥したら、夢が枯野を駆けめぐった。
 随分長く生きたものだ。
 そして、だんだん少年期に先祖返りしていくような夢をみてしまった。
 覚醒とまどろみが数分単位で入れ替わる、奇妙な状態だった。よほど、鎮痛剤が身体に合っておるのだろう。

 で、起きだしてMuBlogをこうして書き出すと、夢がさり、いつものクリアな脳がぽわんと浮かんできた。
 さて、読書して寝ましょう。邪馬台国はどこじゃ!

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2007年7月20日 (金)

祇園祭「山」の自作

祇園祭「山」の自作


Musimg_2780 7月の13日という、宵山にはまだ遠い夕方の京都の町を彷徨いました。写真の「山」がどちらさんかも忘れましたが、町の人とか、祇園祭専門家ならお分かりになると思います。私が気に入ったのは、「山」も「鉾」もこうやって町の人達が自作(笑)しているというところでしょうか。町屋の二階とはすでに連絡橋が付いているし、「山」の上には人影もあるので、完成寸前の貴重な(笑)写真です。(後はオンしてBIOS設定などと、記してもMuBlog読者にしかわからない)
  この夕方は古いお家を参観したり、菅大臣(菅原道真)ガレージ跡とかおもしろい写真が撮れたのですが、なんとなくその夜あたりから、おかしくなって臥せってしまって、それらは後日のお楽しみに取っておきます。 (撮影2007年7月13日、記事2007年7月20日)

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小説木幡記:2007/07/20(金)静養と涼夏2007PC

 日々苦痛で横臥し続けというか、葛野で訳も分からないほどに謀殺じゃなかった、忙殺された状態の20日間があっというまに過ぎてしまった。その間這々の体で登校し、帰還するとボロクズみたいになって眠っていたら、七月も終盤になってしまっていた。

 ある時は仏教哲学者、ある時は学内政治家、ある時は謹厳実直碩学風◎◎◎長、ある時は内務省官僚(爆笑)、ある時は情報工学者(笑)、ある時は電線まわしの旧SE、またある時はカウンセラー、学生査問官連続7時間、してまた若年顧客相手の幇間稼業、またある時は会津中将、してその実体はご存じ、怪人Mu~。いい加減疲れるねぇ。
 杖が曲がるほど、キツイ一週間だった。

 確かに手も遅い、頭もゆっくり、加齢も激しい。ディベート下手、小心臆病気弱。会議ではいつも借りてきた猫風情。なれどここまで一挙に山のようにダンプカーぶちまけるかのようにあれこれ同時に襲いかからなくてもよいのに。と、天を仰いだがまだ曇空の梅雨明け前だった。

 今日はエアポケットなのか、会議会議もなく、授業もなく、相談予約もなく、気を抜いて木幡で静養しようと思った。がしかし気力をぬいた途端に早朝は狭い部屋を這って歩くザマ。それでも明日土曜のことを考えて昼頃から一仕事、メディア論のおもしろレポートを約束通り某blogに掲載した。

 今は、夕方。
 ふと、MuBlogを覗いてみたら、なんと一週間分のランキングには、60%が涼夏2007PC。風林火山は30%に激減、風前の灯火。懐かしい京料理やイタリア料理はどこへ行った、日曜作家は廃業したのかぁ~。ましていわんや飛鳥は、壬申の乱は、邪馬台国探索はどこへ消えてしまったのか、をや。

 MuBlogはかくしていつのまにか、マニアオタクと共存する、あの独特の業界用語が飛び交う、工学系妖しの部屋になってしまった。ああいう業界の人の隠語というか、ジャーゴン、そばで聞いているとまるで宇宙人同士がおしゃべりしているような、そんな世界だね。オタクの起源はみなさんご存じだろうか。……。まあ、よかろう。Muを見てオタクと言う人はいない。Muは常に清浄な世界に詠うごとく遊ぶごとく浮かんでおるからな。

 記録にとどめておこう、このMuBlog実態、2007/07/20(金)の今夕。

人気記事ランキング (解析対象期間: 2007年7月13日(金) ~ 2007年7月19日(木))MuBlog一週間分
  1位:NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期
2位:みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館
3位:涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース
4位:NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶
5位:涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード
6位:涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600
7位:涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS
8位:NHK風林火山(27)心中の敵
9位:涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源
10位:涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)

 しかし、よく見ると一位は風林火山だ。まだ、涼夏は中枢を攻めきっていない。このまま潮が引くように、姿を隠していくか、あるいは突如邪馬台国の美姫が出現するのか。
 ああおもしろいMuBlog。生き物みたいに、我が手を離れ、勝手に動き回る。
 そろそろ、新しい、といっても旧態記事を新規に起こさなくては。
 まずはじっくり横臥睡眠をとって、明日にそなえよう。

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2007年7月17日 (火)

三十八万アクセス(38万/全体61.7万):MuBlogの分析

承前:三十七万アクセス:MuBlogの分析

観測日:20070717 22:44

MuBlog  累計アクセス数: 380035 1日当たりの平均: 312.22

      (MuBlog記事数: 1104  | コメント数: 3618  | トラックバック数: 805  )

サイト全体 累計アクセス数: 617478 1日当たりの平均: 507.38

以下
解析対象期間: 2007年6月17日(日) ~ 2007年7月16日(月)


(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

アクセス数: 14,477
訪問者数: 10,997
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 716 1,456 6.5% 10.1%
2 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 608 762 5.5% 5.3%
3 NHK風林火山(07)真田幸隆 326 411 3.0% 2.8%
4 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 336 401 3.1% 2.8%
5 NHK風林火山(26)殺戮とガクト 239 329 2.2% 2.3%
6 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 225 313 2.0% 2.2%
7 地図の風景 270 306 2.5% 2.1%
8 涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社) 194 270 1.8% 1.9%
9 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 155 237 1.4% 1.6%
10 涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS 150 236 1.4% 1.6%
11 NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 170 224 1.5% 1.5%
12 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 127 217 1.2% 1.5%
13 室町和久傳(むろまち・わくでん) 162 208 1.5% 1.4%
14 NHK風林火山(27)心中の敵 154 206 1.4% 1.4%
15 NHK風林火山(25)自縛の掟 141 187 1.3% 1.3%
16 涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink 116 148 1.1% 1.0%
17 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 94 144 0.9% 1.0%
18 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 108 135 1.0% 0.9%
19 京都の書店 119 127 1.1% 0.9%
20 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 116 121 1.1% 0.8%
21 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 95 120 0.9% 0.8%
22 涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600 78 118 0.7% 0.8%
23 NHK風林火山(18)由布姫の決意 89 115 0.8% 0.8%
23 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 69 115 0.6% 0.8%
25 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 81 111 0.7% 0.8%
26 CPU空冷装置・掃除のお勧め 77 107 0.7% 0.7%
27 NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期 82 102 0.7% 0.7%
28 美味しいところ 78 94 0.7% 0.6%
29 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 82 93 0.7% 0.6%
30 涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース 56 92 0.5% 0.6%
31 自作PC 44 91 0.4% 0.6%
32 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 78 89 0.7% 0.6%
32 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 66 89 0.6% 0.6%
34 ミホミュージアムの秋 53 88 0.5% 0.6%
34 もりしょう:そうめん処・森正 59 88 0.5% 0.6%
36 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 74 87 0.7% 0.6%
37 AQUOSケータイ・W51SH (au)で革命を知った 63 83 0.6% 0.6%
37 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 78 83 0.7% 0.6%
39 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 74 82 0.7% 0.6%
39 小説木幡記 79 82 0.7% 0.6%
41 読書余香 74 78 0.7% 0.5%
42 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 50 72 0.5% 0.5%
43 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 54 70 0.5% 0.5%
43 NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条 53 70 0.5% 0.5%
45 オーパーツ大全(感想文) 54 67 0.5% 0.5%
46 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 47 65 0.4% 0.4%
47 読書の素 60 64 0.5% 0.4%
48 Blogメモ 58 63 0.5% 0.4%
49 MuBlogへのご招待 45 62 0.4% 0.4%
50 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 54 61 0.5% 0.4%
51 地図の蠱惑:未踏地 42 59 0.4% 0.4%
52 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 53 54 0.5% 0.4%
53 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 42 51 0.4% 0.4%
53 平安時代 40 51 0.4% 0.4%
55 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 43 50 0.4% 0.3%
56 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 45 49 0.4% 0.3%
56 さくらだ:桜田 28 49 0.3% 0.3%
58 NHK風林火山 32 48 0.3% 0.3%
59 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 32 46 0.3% 0.3%
59 じょうしょうこうじ:常照皇寺 29 46 0.3% 0.3%
61 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 18 45 0.2% 0.3%
62 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 34 44 0.3% 0.3%
62 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 31 44 0.3% 0.3%
62 小説木幡記:2007/06/19(火)オードリーとPCアクリル・ケース 38 44 0.3% 0.3%
62 江戸東京博物館(えどとうきょうはくぶつかん)と、ほそ川の穴子天付そば 34 44 0.3% 0.3%
62 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 38 44 0.3% 0.3%
67 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 37 43 0.3% 0.3%
68 辨慶うどん 31 42 0.3% 0.3%
69 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 29 40 0.3% 0.3%
70 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 28 39 0.3% 0.3%
70 小説木幡記:2007/06/20(水)ネジ止めと図書倶楽部 26 39 0.2% 0.3%
70 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 30 39 0.3% 0.3%
73 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 29 38 0.3% 0.3%
74 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 35 37 0.3% 0.3%
75 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 31 36 0.3% 0.2%
75 長尾真博士のノート 26 36 0.2% 0.2%
75 隠された十字架--法隆寺論/梅原猛 32 36 0.3% 0.2%
78 NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 30 35 0.3% 0.2%
79 前方後円墳の航空写真 21 34 0.2% 0.2%
79 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 26 34 0.2% 0.2%
79 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 27 34 0.2% 0.2%
79 PowerMacG5の内部 32 34 0.3% 0.2%
83 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 32 32 0.3% 0.2%
84 北方謙三『水滸伝』八「青龍の章」 27 31 0.2% 0.2%
84 NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助 27 31 0.2% 0.2%
84 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 24 31 0.2% 0.2%
84 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 24 31 0.2% 0.2%
84 高齢者(老人)差別 27 31 0.2% 0.2%
84 2004年04月 25 31 0.2% 0.2%
90 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 23 30 0.2% 0.2%
90 前巷説百物語/京極夏彦 <御行師・又市の誕生秘話> 29 30 0.3% 0.2%
90 小説木幡記:2007/07/07(土)虚飾の帝都に遊ぶ 16 30 0.1% 0.2%
90 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 23 30 0.2% 0.2%
94 三十七万アクセス(37万/全体59.7万):MuBlogの分析 24 29 0.2% 0.2%
94 Hollywood & Highland:ハリウッド・ハイランド 23 29 0.2% 0.2%
96 葛野図書倶楽部2001 27 28 0.2% 0.2%
96 飛鳥 26 28 0.2% 0.2%
98 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 25 27 0.2% 0.2%
98 木曾殿最期 23 27 0.2% 0.2%
98 うじがわ・うかいふね・あたごさん:宇治川鵜飼い船・愛宕山 20 27 0.2% 0.2%
98 金魚水槽の掃除(2005/12/04) 24 27 0.2% 0.2%
98 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 23 27 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

(以下、G,Y,M 以外の、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません)

集計対象アクセス数:8,405

検索ワード/フレーズ 割合
1 真田幸隆  G Y M 278 3.3%
2 じぶり  G Y M 257 3.1%
3 風林火山 ガクト  G Y M 117 1.4%
4 GA-G33M-D S2R  G Y M 100 1.2%
5 修飾麻疹  G Y M 93 1.1%
6 由布姫  G Y M 81 1.0%
7 ガクト  G Y M 70 0.8%
8 わくでん  G Y M 59 0.7%
9 ミホミュージアム  G Y M 50 0.6%
10 じぶりの森  G Y M 41 0.5%
11 武田晴信  G Y M 38 0.5%
12 京都 大型書店  G Y M 34 0.4%
13 寺町 スマート  G Y M 33 0.4%
14 室町和久傳  G Y M 30 0.4%
14 オーパーツ  G Y M 30 0.4%
16 ガクト 風林火山  G Y M 28 0.3%
16 EN8600GT SILENT  G Y M 28 0.3%
18 風林火山  G Y M 26 0.3%
18 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 26 0.3%
18 site:asajihara.air-nifty.com asajihara.air-nifty.com  G Y M 26 0.3%
21 PCケース 木 自作  G Y M 24 0.3%
21 佐野藤右衛門  G Y M 24 0.3%
21 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 24 0.3%
24 長尾真  G Y M 23 0.3%
24 うぶめのなつ  G Y M 23 0.3%
26 魚三郎  G Y M 22 0.3%
27 samurai z  G Y M 20 0.2%
28 和久傳  G Y M 19 0.2%
28 みたかのもり  G Y M 19 0.2%
30 魚三桜  G Y M 18 0.2%
30 上杉憲正  G Y M 18 0.2%
30 風林火山 感想  G Y M 18 0.2%
33 京都 書店  G Y M 17 0.2%
33 伏見桃山城  G Y M 17 0.2%
33 しる幸 京都  G Y M 17 0.2%
33 楊令  G Y M 17 0.2%
33 風林火山 由布姫  G Y M 17 0.2%
38 甘樫丘  G Y M 16 0.2%
38 オーパーツ大全  G Y M 16 0.2%
38 桜田 京都  G Y M 16 0.2%
41 三鷹 じぶり  G Y M 15 0.2%
42 GA-G33M-D S2R   G Y M 14 0.2%
42 真田 幸隆  G Y M 14 0.2%
42 太宰府政庁跡  G Y M 14 0.2%
42 自作 cpu グリス 塗り方  G Y M 14 0.2%
42 じょうしょうこうじ  G Y M 14 0.2%
42 ぎろぎろ  G Y M 14 0.2%
42 ホットケーキ 京都  G Y M 14 0.2%
42 風林火山 真田  G Y M 14 0.2%
50 寺町の「スマート」  G Y M 13 0.2%
50 弁慶うどん  G Y M 13 0.2%
50 山本勘助 真田幸隆  G Y M 13 0.2%
50 ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 13 0.2%
50 常照皇寺  G Y M 13 0.2%
50 森正  G Y M 13 0.2%
50 PCG-FX HDD 交換  G Y M 13 0.2%
57 アクリルケース 自作  G Y M 12 0.1%
57 NHK風林火山  G Y M 12 0.1%
57 レスタト  G Y M 12 0.1%
57 童貫元帥  G Y M 12 0.1%
57 京都の書店  G Y M 12 0.1%
62 NHK風林火山  G Y M 11 0.1%
62 高齢者差別  G Y M 11 0.1%
62 北方水滸伝  G Y M 11 0.1%
62 ガクト 上杉謙信  G Y M 11 0.1%
62 金魚 水槽 掃除  G Y M 11 0.1%
62 五色塚古墳  G Y M 11 0.1%
62 宇治 平等院 地図  G Y M 11 0.1%
62 自作PC raid  G Y M 11 0.1%
70 桜田 京都 7月  G Y M 10 0.1%
70 ノート ハードディスク 修理 ノウハウ  G Y M 10 0.1%
70 名古屋大学 森博嗣  G Y M 10 0.1%
70 W51SH  G Y M 10 0.1%
70 シリコングリス 塗り方  G Y M 10 0.1%
70 平城京 地図  G Y M 10 0.1%
70 京都駅 タルト  G Y M 10 0.1%
77 京都 桜田  G Y M 9 0.1%
77 CPU グリス 塗り方  G Y M 9 0.1%
77 PCケース アクリル 自作  G Y M 9 0.1%
77 徳川家康 プロフィール  G Y M 9 0.1%
77 隠された十字架  G Y M 9 0.1%
77 紅鮎  G Y M 9 0.1%
77 板垣 風林火山  G Y M 9 0.1%
77 メリーアイランド  G Y M 9 0.1%
77 ガクト NHK  G Y M 9 0.1%
86 内野聖陽  G Y M 8 0.1%
86 栞屋蕉庵  G Y M 8 0.1%
86 ガクト謙信  G Y M 8 0.1%
86 大型書店 京都  G Y M 8 0.1%
86 妄念  G Y M 8 0.1%
86 風林火山 板垣  G Y M 8 0.1%
86 九絵屋  G Y M 8 0.1%
86 バビロンコート  G Y M 8 0.1%
86 ヒートシンク 取り付け 自作 グリス  G Y M 8 0.1%
86 HDD 交換 ノート PCG-FX  G Y M 8 0.1%
86 童貫  G Y M 8 0.1%
86 作庭 自作  G Y M 8 0.1%
86 夏対策 PC  G Y M 8 0.1%
86 CPU 掃除  G Y M 8 0.1%
86 ケースファン 向き  G Y M 8 0.1%

(3)アクセス地域1ヶ月分:MuBlogのみ

集計対象アクセス数:3,980
都道府県 割合
1 東京 997 25.1%
2 京都 510 12.8%
3 大阪 387 9.7%
4 神奈川 264 6.6%
5 愛知 164 4.1%
6 埼玉 145 3.6%
7 福岡 136 3.4%
8 千葉 107 2.7%
9 静岡 101 2.5%
10 兵庫 90 2.3%
11 三重 74 1.9%
12 長野 70 1.8%
13 北海道 66 1.7%
14 滋賀 62 1.6%
14 宮城 62 1.6%
16 茨城 61 1.5%
17 広島 49 1.2%
17 岐阜 49 1.2%
19 岡山 41 1.0%
20 新潟 39 1.0%
21 石川 32 0.8%
22 奈良 30 0.8%
23 愛媛 28 0.7%
23 熊本 28 0.7%
23 栃木 28 0.7%
26 群馬 26 0.7%
27 鹿児島 24 0.6%
28 秋田 23 0.6%
28 富山 23 0.6%
30 香川 20 0.5%
31 和歌山 19 0.5%
31 岩手 19 0.5%
33 高知 18 0.5%
34 福島 17 0.4%
34 徳島 17 0.4%
34 山口 17 0.4%
37 山梨 16 0.4%
38 福井 14 0.4%
39 島根 13 0.3%
39 大分 13 0.3%
39 沖縄 13 0.3%
42 青森 12 0.3%
42 佐賀 12 0.3%
42 鳥取 12 0.3%
42 長崎 12 0.3%
46 山形 11 0.3%
47 宮崎 9 0.2%

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2007年7月15日 (日)

NHK風林火山(28)甘利の最期、板垣の最期

承前:NHK風林火山(27)心中の敵

 今日は事情で葛野で仕事をしていた。明日も休日なのだが、授業関係で平常通りになる。そのせいとはいわないが、このところ詰めた仕事とか考えが続いて、なんとなく持病がじくじくしだした。
 そして。
 今夜、甘利の最期、板垣の最期をみて、あまりにのめりこみすぎて、終わった後にやはり持病が発症した。要するに、精神的に突き詰めてしまうと、こうなる。明日は大切な授業なのだが、なんとなく用心して、昼に局長・副長に「おたの申します」と頭を下げておいた。最終提出作品受け取り祭日なので、居た方が良いのだが、歩けなくなった時の用心に、そんな話をしておいた。どうなるのだろう、と。不安な目。

 そんな一日だったが、夜が来るのが寂しかった。両雄が死すとは、なんと儚い。

 忘れぬまにどうしても記しておく。
 晴信さんのことだ。甘利の裏切り(実はそうではない)を聞いたときの晴信の表情が素晴らしかった。つまり日本に育った歌舞伎の秘芸をあますところなく、人びとに伝えきったと思ったのだ。眉や目が、顔全部を動き回るほどに上下した。口、歯、すべての動きが、人間技ではない動きを見せた。圧巻だった。声もでなかった。大げさとか、あり得ないとか、そういう賢しらな声を出す前に圧倒された。芝居、演劇、肉体で内面を表現するということの、極致を味わった。

 「裏切り者」甘利の一族殲滅を命令したときの晴信の狂乱は、歌舞伎とは異なるが、以前観たドイツ映画「ヒットラー」を思い出した。ヒトラーも、そして晴信も鬼気迫るものだった。

 甘利(竜雷太)が先に死んだ。
 内応を装い村上に近づいたが一瞬の差で、平蔵の矢が暗殺をしくじらせた。翌朝上田原を単騎で逃亡するとき、背に矢を何本も受けた。そして旧友というか同期というか、板垣の腕の中で絶命した。人は死ねばただの屍なのだ、それが分かっていても、両雄とうたわれた戦友板垣のそばで死んだことに、気持がほころんだ。人は、人の死を観て、我が生と死とを味わうものだ。

 板垣は、出陣前に晴信に請い、諏訪明神の神名を書いてもらった。それは、後日由布姫のもとに届く。母親になった由布姫は変わらず巫女の清浄を見せていた。
 板垣にとっての諏訪や由布姫は格別のものだったのだろう。そして晴信に諏訪神の名を書かせることで、諏訪の領民や姫を大切にしろと、言いたかったのかも知れない。人は直言が有効なことも多いが、煮詰まりすぎると言葉が空しくなる。ちょっとした表情や、ささいな、なにげない行動が、言葉にならないものを物語る事も多い。そういう雰囲気を、板垣に味わった。

 板垣の最期は。
 実は言葉にならない。一昨年によく使った言葉だが、これは死の「様式美」を表現したのだと思った。人はたわいなく死ぬものである。突然死、事故死、不慮の被害者、心臓発作。そして自殺、そして殉教、一死もって他に益する。どんな死も、死は死なのだが、それを見る者には多様な思いを起こさせるのが「死」であろう。

 板垣の死をドラマはどうあつかったのか。
 それは俳優千葉真一の「死」に等しいものだった。千葉は、あの演技で「人生、かのように死すべきや」と味わったのだと確信した。

 戦が避けられないものならば、その上、立場があるならば、人は板垣の死を良しとするだろう。
 新選組の近藤さんが、自ら官軍に出向いて斬首されたことを、Muは長年「おろかな。その後も戦い続けた土方がずっとよい」と思ってきた。しかし畏友のJoさんがひとこと「幕引きだね。立場あるものは、きっちり幕を引いて終わらせる責任がある」と言ったとき、目から鱗が落ちた。

 今夜はそうい目で観ていた。板垣は息子として育てた晴信の増長、戦に対する一人相撲を止める立場だったのだろう。板垣は自らの死で、甲斐の安泰、晴信の次のステップへの足がかりとなったのだと、思った。

 ドラマとして、そういう「死」を表現するには、あれだけの様式美は絶対に必要だった。板垣を囲む何十人もの槍ぶすま、花芯になった板垣、太刀一閃すれば花びらがさっと引く。辞世。詠うように。槍が突き出る、かわす、次の槍が腰をつく、また太刀一閃、太刀落ちて小刀で雑兵を刺す、……。

 死を美化するな、戦いを甘く描くなという言葉がMuの幼少時から耳をついてきた。たしかに、死は美化されてはならないし、甘いものではない。屍は野にさらされ蛆がわき野犬が野鳥がついばむ。残された者達の悲嘆は深い。
 だがしかし。

 戦がある限り、死は絶対であり、確実なことなのだ。
 板垣はそう言う世界に住んでいた。命を捧げる事によってのみ、窮地を脱し、他を益すると信じたのだろう。となると、その死が汚辱であってはならない。そこで、死の様式美が現れた。平家物語での木曾義仲の死は、雑兵に討ち取られた、犬死に等しい。だが、平家物語は、その死を絶対的な美に化した。それが文学だと思った。ならば、我ら庶民の大河ドラマが、木曾殿に匹敵する死の様式美を、千葉真一という肉体を借りて表現したことを、深い感動とともに味わうのが、大人というものだ。

 というわけで、細部の佳さの多くは忘れた。
 千葉真一という成熟した男優が風林火山で初夏まで活躍した。よかった。

追伸
 甘利の最期に語ること少なかったが、充分にそれも味わった。勘助は、以前の甘利の言葉を思いだし、裏切りに狂乱する晴信を鎮めた。そう言う言葉を、勘助と交わした甘利の表情、そして大井夫人へのいとまごいに、板垣と同質のものを味わった。

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2007年7月14日 (土)

涼夏2007PCの自作 (8)RAID設定(WindowsXP)とグラフィックスボード

承前:涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース

注記
 この記事は相当に長文です。必要な方は最初章ごとに分割してお読み下さい。なぜ記事を分離しなかったかというと、ここに記した内容は、実際には「一息」で済ませてしまうことだからです。不慣れなほど、間をおくとなにがなにやら分からなくなる一連の工程です。
 PC自作の要諦は、理解すべきことは理解し、そうでないことはアバウトにし、丁寧に正確にことを進めることにあります。そのためには、多少のウンチクを必要とします。必要度は人によって異なります。おそらく、この一息で済ませる自作のための「ウンチク」は、初心者にはこれくらいは必要なのでしょう。(著者)

アクリルケース・内蔵温度計

アクリルケース内の温度計、27度c
 この「涼夏2007PC」自作シリーズも終わりに近づいてきた。この日は、一旦外したグラフィックスボード(ASUS社のEN8600GT)を配線の終わったケースに再度装填し、最後に左サイドパネル(アクリル製一枚板)をネジ留めしようとした。その寸前に、部屋にあった温・湿度計が目に入った。急に思い立って、セロテープで中にとめた。蓋をしてみると、なかなか様子がよくなった。内部が透けて見えるというのは佳いものだ。
 アクリル板を合計8本のネジで留めた。この内蔵温度計は、涼夏2007PCが生きている限り、一番の特徴、個性になることだろう。

(1)室温と点火の瞬間

室温:葛野研
スイッチON
 根が奇妙なほどに科学少年だったから、三つ子の魂百までと、何かを行為するときは無意識にゼロ状況(使用前)を記録することが多い。室温を確認したら、設定が28度Cで、室温は27度だった。研究室は小さいせいか、冷暖房がよく効く。それをすぐに写真にとるのが、やはり科学少年の名残なのだろう。(今にいたるもUFOを一度も写せなかったのが生涯の悲しみだ)
 スイッチオン。点火した。よい色合いでした。
 ショップの透明PCとは違って派手な色調ではないが、なにやら、涼夏の全体からオーラが立ちのぼったのを幻視した。無音だった。あわててファンをみた。確かに、回転していた。
 そしてBIOSが立ち上がり、~。
 それは後にして。

(2)RAIDの前仕込み

RAIDドライバーのFDへの複製
 RAID、RAIDと騒ぎまくった自作シリーズだが、大したことではない。ハードディスクが数機あれば、だれでも作れる。データの記録(ハードディスクに対する入出力)を超高速にするか(RAID0)、安全に扱うか(RAID1)、そういうことができるだけ。ただ、ワークステーション世界やマニア世界でどれほど普及していても、年一PC作家には「おおごと」なのだ。PC世界ではまだ完全普及していないようで、ギガバイト社の細字英文マニュアルの解読には一苦労した。

 要するに、結論は簡単だ。マザーボードが持つRAID機能を組み込むには、事前にそのドライバーソフト(ハードディスクなどの部品と、WindowsなどのOSとの媒介)を、準備しておく必要がある。
 何故なら、WindowsXPが組み込まれる前のPCは、赤ちゃんみたいなもので、自分で出来ることに限界がある。だから哺乳瓶みたいなものを用意して、そこにミルクや栄養源をたっぷりいれて、まずは「さあ、一杯」と飲ませて、やっと赤ちゃんPCが泣きやんで、重厚極まるOSなどを受け入れる状態になる、というまことに手間暇、世話の焼けるものなのだ。

 この場合、哺乳瓶に相当するのがFD:フロッピーディスク。ミルクや栄養源に相当するのが、RAIDドライバー。普通なら、昨今はCDやDVDに一式栄養が組み込まれているから、哺乳瓶は必要としない。しかし、RAIDのように、まだPC世界で一般化していない機能を組み込むには、FDという原始的な媒体でしか、赤ちゃんPCに接触できないわけだ。

 そこで、さらに特殊な話は省き、ギガバイト社のマザーボード添付CDと空のFDを用意して、別のPCで、CDからFDに必要部分をコピーしておくことになる。詳細は写真をクリックして下さい。別のPCがまったくないと(友人のノートPCを5分ほど借りるだけだが)、ちょっとね。つまり赤ちゃんPCをMS-DOSという原始的な栄養源で蘇生してから、事が進む。これは、昔は当然のことだったが、現代人には原始的すぎて尻込みすることだろう。

 ともかく、RAIDドライバーの入ったFDを一枚作って、それで後が楽になる。

(3)BIOS設定:RAIDを「可:Enabled」にするだけ

BIOS設定:(1)Integrated Peripherals
BIOS設定:(2)SATA RAID/AHCI Mode
 マザーボードのBIOS(バイオス)設定は、自作者だけではなく一般利用者もまれに使うことがある。PCの電源をいれてすぐに、「DEL」キーを押すと大抵は見慣れない画面になる。この意味や紹介は年一PC作家の仕事ではないので、省略する(笑)。ややこしい世界だ。PC世界が未だに欧米世界というか英語圏世界に牛耳られているのがよく分かる。だってね、すべて「英語」の「特殊用語」つまり、ジャーゴン:隠語世界だな。もう、業界用語で満ちあふれた別世界。

 話がそれました。そんな事ではなくて、要するにマザーボードのBIOS設定は私などもほとんどタッチしない。殆どのことはほっておけば暗黙のうちに事が進む。しかしその時代時期に特殊なことをするときは、マザーボードの設定を変える必要がある。「特殊」なことも普及すると、Default(暗黙事、当然事)となる。昔は、CPUそのものまで指定する時代もあった! 今はどんなCPUで、どんなスピードで動かすかなど、すべて自動的に判定してくれる。

 詳細は写真部分に記しました。ここではBIOS設定において、RAID機能を使うと指示するだけで、終了。

(4)BIOS設定:グラフィックスボードを使う

BIOS設定:(3)ディスプレイ関係初期化
BIOS設定:(4)組み込みVGA
 画面表示関係について、別のグラフィックスボードを装填する場合には必要だが、そうでない場合は無視しても一応写る。画面表示については、むしろOSが動き出したときに、画面が順調に最高性能を出すように、マザーボード添付CDでドライバーソフトを組み込むことが必要になる。

 さて最初に設定したのは、グラフィックスボードをどういう拡張スロットで使うつもりなのか、という指示である。私は、写真説明ではおちゃらけなことを書いたが、「PEG」を確信して設定した。PEGとは(PCI Express Graphics)の略で、「PCI Express ×16」という3年前には普及していなく、私も知らなかった拡張スロットを使ってグラフィックスを扱うという意味であろう。

 だが、しかし~、そんなことを指定しなくても、もともとASUS社のEN8600GTは「PCI Express ×16」スロット以外には装填しようがないのだから、マザーボードが自動判別してもよかろうに。~まだまだ不明な点が残る。年一PC作家には、「動けば、よろしい」のだから、このくらいにしておこう。

 次に手を加えたのは、オンボードVGA(内蔵・グラフィックス機能)の扱いである。これも本当は手を付けなくても、勝手に「もし別のグラフィックスボードが無ければ、内蔵グラフィックスを使えるようにしておきます」となっている。ただし、意識して私はここを確認したわけである。

 VGA:Video Graphics Array という言葉は本来のIBM社が規定した言葉の意味(640x480で画面表示するしかけ)と、現代の文脈では異なるようだ。現代は、単純にグラフィックスボードの別名と考えて佳い。で、それがオンボートというのは、私がじゃまくさがりなので、オンボードVGA(マザーボードに表示装置が組み込まれている)を選定して、ギガバイト社の「GA-G33M-DS2R」を入手したから、「オンボード」なのである。VGAがないマザーボードも多い。以前は、ない方が多かった。いまは、じゃまくさがり屋が増えたのだろう。それと、ちいこいMB(マイクロATX仕様基板)だと、拡張スロットの数が少ないから、いろんな機能をマザーボードに全部組み込んだ物が普及している。

 本来だと、マザーボードは、LANも音声も画像も、すべて別々に自作者が部品を選んで装填するのが普通だった。その分、機能を選ぶ自由度があったわけだ。
 現代は総てが組み込まれたマザーボードが普及している。ただし、すべて組み込まれたマザーボードは、それなりに各機能が普及タイプになるから、後で拡張スロットの限界の中で追加することもできる。

 私が、ASUS社のEN8600GTという、マザーボードよりも高価な(と、言っても2万円)グラフィックスボードを選んだのは、動画のことや、PC全体の総合性能アップを意図してのものである。VGAはもうひとつのPCだから、表示速度が変われば、PC全体の雰囲気が大きく変化するものだ。体感で、それは味わえる。

(5)BIOS設定:RAIDの詳細設定:物理的ハードディスクの扱い

BIOS設定:(*)CTRL+Iによる、RAID設定
 基本的なBIOS設定を終了すると、画面が変わって、最下部に「RAIDなどを使うなら、CTRL+I を押せ」とでるので、すかさず押下する。なれないと、すぐに次の画面に移ってしまう。そうなったとしても、再度リセットスイッチを押して、動き出すと「CTRL+I」が表示される。
 このRAID設定画面は比較的分かりやすい。一番大切なことは、どのハードディスクを、どんな名前で、どんなRAID仕様にするか、の指定にある。 

 RAID0は、ストライピングと言って、データを細分して別々のハードディスクに書き込む(読み込む)仕様。HD:ハードディスクは最低2機必要で、多数使えばそれだけ速度が上がる。しかし、もし6台使ってRAID0仕様で動かすと、その中の一機だけでも不調になると、すべてのデータが使えなくなる。一番高速だが、繊細すぎる方法である。

 RAID1は、ミラーリング(鏡保管)と言って、同じデータを別々のHDそれぞれに格納する。HDは二機必要で偶数扱いとなる。HDが一機不調になっても他のHDが即座に代替するのだから、バックアップに似ている。速度はRAID無しの場合と一緒になる。
 ただ、バックアップと思うと失敗する。一般的なバックアップは、定期的に行い、その時系列データを管理する。何日前のデータを復元する、昨年のデータでゼロから始めるというのが、バックアップの意味に重厚に含まれている。
 しかし、ミラーリングは、もし何かの間違いデータを記録したとすると、その間違いがそのまま偶数のHDに記録されるのだから、治しようがない。ネット情報で、さもあろうという話があった。「RAID1が壊れたので、そのまま継続して、切りのよいところで新品HDをセットしなおした。すると、気持の上では空白のHDに、残っているHDデータを再度複製すると思ったのに、疲れていたのか複製元と複製先を間違って、あっというまに両方とも空白になった」という趣旨だった。普通のバックアップでも、よくある話だ(爆笑)。

 RAID5は、RAID0の不安定さを解消するために、三機目のHDを用意し、奇数機でストライピングをしながら、そのパリティデータ(一種の、データ復元を可能とする圧縮データ)も同時に扱うという進んだ方式。当初は涼夏もこの方式だけを考えていた。だからHDを3機用意した。しかし止めた。
 その事情は、ストライピングよりも書き込みが遅くなり、3機のHD仕様は現状ではそっくり同じものを要求するからだ。そのことなら、多分RAID1も同じ仕様のHDを要求するだろうが、機能的にはその要求は緩やかに思えた。RAID1なら、少ない方の容量に合わせれば済むが、RAID5だと、そのあたりの調整が難しかろうという、推測にすぎない。
 ただ、推測して「無理があるなぁ」と感じられる技術は、私の場合余程のことが無い限り、使わないようにしている。それだけの、感覚的なものだ。

 RAID10は、10ではなくて、RAID0とRAID1の複合である。これはHDを最低4機必要とする。ストライピングの高速性と、ミラーリングの安全性を素直に表現したもので、よさそうだ。しかし最低でHDを4機も用意するのには、さすがにHDに頬ずりする私でも、止めた。この方式は、別の外付けHDアレイ(積層)方式でする方が良かろう。それにアイロンみたいなHDを4つも同時起動すると熱いではないか、涼夏が熱でとろけてしまう。

 というわけで、保守本流旧態墨守、おもしろみのないRAID1に決定した。私はオタクじゃない、マニアでもない、PCは開発とか仕事とかで使うのだから、あんまり奇妙奇天烈な方法はとらない。そして「Raid070706」という名前を付けた。OS上では、これは一つのHDとして認識するのだから、それなりの名前があった方がよい。
 さらに、3機あるどのHDを2機使うかは、SATA2ソケットの順番にしておいた。

(6)RAIDドライバー(FD)とWindowsXPのインスツール
 以下はその順番にしていくわけだが、WindowsXPのCDをあらかじめPCにセットしておいてから進める。

* 電源をオンにする、あるいはリセットする。
* WindowsXPのインスツール画面になったら、その直後にF6キーを押す。
* 「ドライバーを事前セットするなら、「S」を押せ」と出る。Sキーを押下する。
* すると、A:、つまりFDを入れよとなる。そこで本記事(2)で作成したFDをセットする。
* 入れて改行すると、組み込み始める。
* 終了すると、普通のXPインストールに戻るので、あとは通常の作業となる。

 この後、実際にはWindowsXPのサービスパック2を追加したので、時間がかかった。実は最初は気がつかなかったのだが、私の涼夏は新品(2007年6月前後発表のパーツ)のマザーボードやグラフィックスボードだったせいか、昔のXPでは不都合があるようだ。

 OSが動き出したなら、マザーボードの添付CDで、諸々のドライバーソフトを自動組み込みする。クリック一つでやってくれるので楽になった。その後で、グラフックスボードの、諸々のドライバーも組み込む。

 終わった!

(7)WindowsXPでRAIDとVGAを確認する

Intel(R) Matrix Storage Console:積層記録装置確認画面
ASUS社のSmartDoctor画面
 RAIDやグラフィックスボードが動いているかどうかは、はじめてなので分かりにくい。左写真は、インテル社のアプリケーションで、これでRAIDが動いているのがよく分かる。右写真はASUS社のアプリケーションで、グラフィックスボードの機能を変更することができる。つまりは、スピードを上げるか下げるかの調整である。ゲームなら高速にすればよいが不安定になりかねない。高温を避けたり、安定して使いたいときは、バーを左にすればよさそうだ。
 写真をクリックすれば簡単なコメントが読めます。

(8)涼夏2007PCは、高速高機能なのに安定している!

稼働一時間後のケース内温度、29度C
 約1時間後に温度計をのぞき込んだら、わずかにケース内温度が2度上昇しただけだった。CPUもグラフィックスボードも高温を避ける設計に工夫をこらした結果だと思っている。後者は、うたい文句では「通常よりも7度Cも下がった」とある。多分ファンレスでも動くように工夫があるのだろう。
 アクリルケースという、アルミケースに比較すると放熱効果が少ない涼夏だが、いくつかのケースファンによって「風の道」がうまく通ったのかも知れない。
 ただし、本格的な検証は後日になる。遅くてしんどそうなJavaアプリケーションを動かしたり、京都の暑い8月になったなら、涼夏も悲鳴を上げるかも知れない。その時は、また、SAMURAI-Zに換装して、たっぷり冷やすか、風穴を空ける工夫もしてみるつもりだ。

 それにしても、速い! もう、絶対に戻れないねぇ~。 高速マシンとは、涼夏2007PCの代名詞だぁ。

 次は、最終回として、涼夏2007PC記事の目次、諸元、諸経費、感想などをまとめる。しかし実際に使いこなしていくことで分かることも多いので、その他のことは今後も補遺として追加していく。

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2007年7月11日 (水)

小説葛野記:2007/07/11(水)マシン断簡と牧歌的大学

酔夢

 早朝から授業がある。メディア論、120名。
 今朝は図書館の歴史をまとめて話す。盛りだくさんあるので要点を絞る。今年は中国と日本に重点を置くつもりだ。
 今年から1年生も受講できるようにした。別の先生と分担しているので、その分をあわせると合計190名。来年は平静になるだろう。受講年を変更すると学生が一挙に増える。
 学生の授業時間帯緩和も含めて変更した。現代学生は超多忙だからな。

 1年生の受講はあやうんだ。倶楽部隊長も「提出レポートは、きっと箇条書きが増えることでしょう」と予測があった。半分あたっているが、数割はうれしい誤算かもしれない。先々週くらいから、事前草稿を見せる学生が増えてきた、そのうち9割が一年生だった。その9割が優秀な内容だった。今朝も、コメントつけた草稿を返す。その者らは清書して、90点前後を得ることだろう。

熱気のマシン

 先週くらいから毎夕、一時間~90分かけて涼夏2007PCを調整している。
 WindowsXPのサービスパック2も、RAID1も、グラフィックスボードも、ちゃんと動いている。
 速い! 凄い! 素晴らしい出来映えだ。
 会心の一撃マシン也。
 だが、その詳細は複雑怪奇呪術じみてくるので、時間をおいて、理屈をふりかけて、記事にする。
 今のところは、備忘録。

 RAID1についてはすでにメモった。
 WindowsXPと、マザーボード添付ドライバーと、グラフィックスボード添付ドライバー。このあたりが、マシンに点火する時の要点になる。

0.RAIDは、
 RAIDドライバーをFDに入れて、その原始的なFDで、OSの導入時に追加する必要がある。
 OSをスッピンで入れるときは、FDしか動かないようだ。(どうなんだろう?)
 噂では、vistaの場合は、フラッシュメモリなんかでも、RAIDドライバーをセットできるらしい。
 つまり、RAIDドライバーはOSが入る前にセットする、非常に深層的な代物のようだ。
 これは余の誤解かもしれないが、マザーボードのマニュアル通りだと、そうなる。

1.WinXPは、
 サービスパック2まで導入しないと、最新のマザーボードやグラフィックスボードと、不整合を起こす。初期WinXPだけでは、現代新鋭のチップに対応できないようだ。詳細は不明。
 余の場合、初期XPと、XPサービスパック2と、二段構えでOSをセットした。ただし、RAIDは最初の時セットしただけだった。

2.マザーボードの添付諸ドライバーを、
 インスツールする。ギガバイト社の場合は、1クリックで、自動化されていた。

3.グラフィックスボード本体は、
 OSが完動したあとでセットし直した。その時、ASUS社のCDで添付ドライバーをセットした。

 以上によって、涼夏2007PCは期待通り、走り出した。
 速いといっても、体感であって、そういうことを計るツールの持ち合わせがないので、感想にすぎない。
 ただし、その能力向上が、何によるものかは不明。

 ? グラフィックスボードによって画面処理が超速化した結果なのか。
 ? CPUがダブルコアになって、メモリやHDが速くなったからなのか。

 どうであれ、グラフィックスボードの冷却放熱板(シンク)は、手で触れないほどに熱くなっていた。
 ハードディスクも、RAID1に設定した二つは熱々だった。残り一機は冷え切っていた(笑)。
 熱くなった分、速くなったと信じている。

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2007年7月10日 (火)

巻頭記事2007年7月10日

Kadonoimg_2722 とりたてて変わった写真でもないのだが、今日の昼頃に窓から葛野の噴水を写してみた。雨上がりだった。まだ授業中らしく、人影はまばらだった。この光景をすでに15年は見ているのに、飽きない。若い学生達がうろうろしているのを、まれに上から眺めてきた。そこに学生時代の私みたいなのがいるかもしれない、ああいう友達もこういう友達もいるかもしれない。性別はこの場合、考慮しない。いろんな質や可能性をもった学生が、うろうろしている。それをみていると、なにかしら、にんまりしてくる。苦労するだろうな、楽しくやってくれよ、泣くのかな、笑うのかな、……。いろいろな学生達の未来を想像している。(2007年7月10日、記す)

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涼夏2007PCの自作 (7)配線とアクリルケース

承前:涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600

 各写真をクリックすると拡大写真と、解説があります。

(1)不得意なフロントパネル配線

涼夏2007PC配線:フロントパネルコードのピン配置
涼夏2007PC配線:フロントパネルの配線
 PCの正面、顔の部分にはスイッチやリセットスイッチ、そして電源ランプやハードディスク・アクセスランプが付いている。これらにはプラス(+)、マイナス(-)の極性があって、大抵は赤など色の付いたコードがプラスの習わしのようだ。余談だが、白と黒は一般にマイナスを指すようだがあてにはならない。つまり、設定時の間違いもあり得る。

 それで、これら4種類(8本)のコードを間違いなく、マザーボードのある部分に接続する作業が残っていた。老眼になった今では、この作業は辛い。間違いも多い。マニュアルも基板の刻印も、極細文字なのでぼやけて見えなくなってしまう。
 そういう悪条件下、なんとかセットしたのが、左側の写真だ。右側の写真は、スイッチやランプから出た長い線をケーブルタイ(配線をまとめるネクタイのようなもの)でくくって、それなりにまとめた姿である。

 なお、今回は意外な事実にでくわした。こういうフロントパネル関係の小部品(ケーブルやスイッチ、ランプ)はケースに付属しているものだが、パワースイッチと、リセットスイッチの区別がなくて、両方とも「リセットスイッチ」という表示がケーブルの先に記してあった。結論からいうと、このトグルスイッチ(押す度にオン・オフが反転する)は、電源(パワー)も「リセット」も同じ扱いのようだ。

(2)工作が完成した涼夏2007PC

涼夏2007PC配線:マザーボード正面
涼夏2007PCの、マザーボード後ろ姿
 写真内容が多少前後するが、先の(1)によって、いわゆる工作が終わった。だから、この左側のマザーボード正面写真が完成品ということになる。右側の、マザーボード後ろ姿は、配線をまだまとめていないが、マザーボードをケースにはめ込んで、珍しくその後ろ姿を写した物である。大抵のケースだと、正面からみて右サイドパネルは「嵌め殺し」に近く、当然のことだがマザーボードの裏は見えない。

 マザーボードの裏を見て何になる、と言ってしまえば話が終わる。ボードが高床式にアクリル板から浮き上がった様子が視認できるところに、透明ケースの真骨頂、佳さ、選んだ甲斐があったといえる。
 なお、正面写真からもわかるように、今回は相当に配線が単純化できて見通しが良くなった。これはIDE接続を止めたので巨大な幅広ケーブルを一掃できた事による。
 その上、それに準じるFD:フロッピーディスクも常設しなかったので、配線の単純さに寄与した。ただし、FDは後日、RAIDシステムを組み込むときに、臨時に設定したが、終了後外した。
 さらに、以前セットした巨大なグラフィックスボードは、一旦外した。配線時の簡便さと、OS設定時の単純さを求めて、一時的に外したわけである。

(3)立ち姿表と裏

涼夏2007PCの正面姿
涼夏2007PCの後ろ姿
 前後して配線が未完了だが、正面と背面の姿である。このアクリルケースには、正面(フロントパネル)にUSBやIEEE1394取り出し口がなかったので、急遽ショップへ行って探した。結果は、正面を黒で一応まとめるつもりだったのが、色違いになってしまった。

 自動車なんかでは、以前若気のころにはボンネットをつや消しブラックに塗ることに憧れたが、あれは乱反射を防ぐ意味があって必然性を伴っていた(本当の所は(笑))。しかしPCの場合、無理して黒にまとめる意味もないと、簡単に妥協して機能優先を選んだ。いつか、黒く塗るか、あるいは黒いのを見付けたら取り替えようと考えているが、それこそ「趣味の世界」の話になる。ただし、正面トップの4センチ2連装ファンは、明確に意識して黒タイプを選んだ。もちろん、DVDも黒を探した。
 右側写真の裏姿は、取り立てて記すこともない。ごく普通のマイクロATX仕様となった。

(4)物理的・工作の終わり
 以上で、実体をともなった工作は終了した。記事としては「涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源」が2007年6月21日で、今日が7月10日(火)だから、およそ工作に20日間もかけたことになる。しかし実際は、日常繁忙とは言っても、夕方の小一時間作業を数回とっただけで組み上がった。根を詰めれば3時間程度の工作になる。速く済ませる必要はなかった。楽しく丁寧に、正確に工作したかった。

 この涼夏2007PCの目的は、インターネット上のJavaで作られた巨大なアプリケーションを素早く処理することや、動画の高速編集や、そして代替機ができることで、今使っているペンティアム4マシンを、葛野図書倶楽部屯所の古いマシン(ペンティアム3時代)と取り替えることに意味があった。
 それを取り替える時は、旧マシン同士でHDをそっくり入れ替えたり、いろいろ工作も発生する。それは別の記事として載せるかも知れない。

 というわけで、「涼夏2007PC自作」シリーズの続きは、RAID設定(WindowsXP)と、グラフィクスボードのインスツール。つまり、ソフトウェアの工作世界になる。
 よって感動の完動記事は、さらに後日になろう。

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2007年7月 9日 (月)

江戸東京博物館(えどとうきょうはくぶつかん)と、ほそ川の穴子天付そば

江戸東京博物館 3Fからの姿

江戸東京博物館 3Fからの姿
 江戸東京博物館(江戸博)は平成5年(1993)3月28日開館で、特徴は「5階と6階が吹き抜けになった、約9,000㎡の大きな展示室」(公式HP)にある。すると私が訪れた今年で、十数年経過している。入口は一階と三階なのだが、総武線両国駅からも、大江戸線両国駅からも、三階から入るのが自然な動線に思えた。私は、この日、宿所の六本木から大江戸線に乗って約20分の直通で着いた。

 三階にあがってみるとそこは巨大な広場だった。これまでこの広場がどういう風に使われてきたかは知らないが、端から端がかすむほどの広さだった。風雨の強い日などは人に辛い空間だと思った。
 建築物全体については、毀誉褒貶の渦のなかで、マイナス面がいくつも指摘されていた。実は、先夜「江戸博に行くのが江戸下向の最大の目的」と、畏友にもらしたところ、「行けば、気持が悪くなる」とにべもなかった。何度か訪れている案内役のえどるん君は、そういう印象を持っていなかった。

 実際に現場にきてみて、畏友が忌避した事情もわかった。たしかに良い風姿ではない。資金にあかせて妄想を形にしたという印象が強かった。おおざっぱな感じだった。建築家というのは、作品が比較的長く人の目にふれるものだから、その一瞬一瞬に、道を究める態度、我をすて対象物をイメージして、さらに訪れる人の心の動きが見えるまでペンを降ろしてはならないと、思った。

 事は簡単なのだ。公共、つまり私事ではないという単純な現実を造形すれば、収まりがよくなるのだろう。
 それと。私は最近も露骨に心性を顕しているのだが、透明感が好みのようだ。ブラックボックスを避ける傾向がある。外の形が機能を示すか、もし示し得ないならば、透明な方が快適と感じる質がある。この江戸博は、外から中が想像しにくく、そして見えない。

 だがしかし、えどるん君が総武線両国駅の方角から時間通り現れたとき、「さあ、見てみたい」という強烈なプラス志向になっていた。えどるん君は江戸文化が好みなので、ここには何度か来ている。卒業して以来ずっと江戸住まいをしている。江戸の水が合っているのだろう。私は現代博物館を体験するのが授業に役立ちはするが、そんな現実的要請の底には、博物館好みが渦巻いている。そして、江戸とか明治大正の東京を、想念にある歴史に結びつけるところに感興を味わう。だから、建築物のデザインは二の次となる。畏友と同じく気色悪く感じても、遺物や模型が内部でどんな風に扱われているかの方に、気持が傾く。

江戸博の地図

(1)江戸時代の江戸

中村座(芝居小屋)

中村座(芝居小屋)
助六の舞台(すけろくのぶたい)
助六の舞台(すけろくのぶたい)
 三階からエスカレーターに乗って着いたところが六階のようだ。入った途端に「来て良かった」と思った。五階と六階とが吹き抜けになっていて、床から天井までが相当に高かった。京都駅ほどではないが、模型飛行機を飛ばすのが可能なほど高く広かった。そこに日本橋があって対岸にかかっていた。
 その橋上から写したのが中村座となる。原寸大だから家屋の場合は模型という気がしない。中に役者がいて、外に客が出入りする幻視があった。この復元は日本橋人形町にあった文化四年~五年頃のものらしい。芝居小屋は火災に遭うことや、幕府の指示などで、転地を重ねた。
 
 「助六」舞台は、実は後で観たもので、中村座の裏にあった。肝心の助六は左端なので写真に入れなかった。花魁(おいらん)の揚巻(あげまき)や、悪人「髭の意休(いきゅう)」の人形が良くできていた。さすがに傾城(けいせい)と言われるだけあって、揚巻は極上の美しさだった。さらに悪漢意休の男ぶりや髭の美麗さにも感心した。実物模型で、これほど華やかなものはそうそう見られない。

三井越後屋江戸本店(みついえちごやえどほんてん)

三井越後屋江戸本店(みついえちごやえどほんてん)
 記事順番が以下不規則だが、目立った物やそれに似通ったものを集めてみた。実際はジャンルや年代別に展示物が並べてある。そんな中で三井越後屋を撮ったとき、それほど大きな期待があったわけではない。ただ、あとで写真を見てみると、お相撲さんらしき人が歩いているのを発見して、急に親しみを持った。江戸の商いの実態は時代小説などで知るくらいだが、これが「越後屋、お主も悪よのう」を彷彿とさせる幕府御用達商人の店(たな)と思うと、感無量だった。ところで、越後屋というなら、越後出身なのだろうか。詳細は知らない。

両国橋西詰(りょうごくばしにしづめ)

両国橋西詰(りょうごくばしにしづめ)
菱垣廻船(ひがきかいせん)
菱垣廻船(ひがきかいせん)
 賑わいを見せる両国橋西詰の広場と、菱垣廻船とはなんの関係もない。ただ、私の目には両者を船でくくると分かりやすかっただけだ。展示物として巨大な模型(縮尺1/30)の両国橋界隈全景と、そこに浮かぶ船は屋形船で時代は江戸後期。菱垣廻船(縮尺1/10)は水運業が目的だから両者は異なる。しかし双方とも江戸がとてもにぎわっていたイメージがつかめた。

 両国橋西詰は写真では、対岸に相当する。そこにムシロで覆った芝居小屋がいくつもあって、人だかりがしている。川にはたくさんの屋形船やチョキ船が浮いていて、ここでも当時を幻視してしまった。
 菱垣廻船は、実際の大きさがこの十倍なのだから、相当に大きい。大阪と江戸との定期便だったらしい。なぜ大阪に物があつまったのか、なぜそれを江戸に運んで消費したのか、このあたりのことは江戸を知る人たちに聞かないと、私が書くと不正確になる。そういう経済構造というのは、とても興味深い。貨幣が金と銀とに別れていたらしいから、ますます謎が深まる。

北斎の画室(ほくさいのがしつ)

北斎の画室(ほくさいのがしつ)
 ここに急に葛飾北斎がでてきた。両手で一抱えほどの空間が壁にあって、その中に模型が組み込まれていた。北斎が83歳ころのものだから、側にいる娘の阿英(おえい)はいくつくらいかなと勘定したが分からなかった。北斎の顔はしわしわで、娘の顔はそれこそ大年増そのものだった。北斎は以前から気に入っている。こういう人が江戸に住んでいて、ボロい家に娘と二人で住まいしてなにやら描いていた。しかも彼は90歳まで生きたのだから、たいしたものだ。そういう人物が生きながらえた江戸という時代も、たいしたものだと感心した。こういうミニチュア模型は、私の大好物と言ってよい。

(2)明治以降

朝野新聞社(ちょうや・しんぶんしゃ)

朝野新聞社(ちょうや・しんぶんしゃ)
銀座煉瓦街(ぎんざれんががい)
銀座煉瓦街(ぎんざれんががい)
鹿鳴館(ろくめいかん)
鹿鳴館(ろくめいかん)
ニコライ堂(にこらいどう)
ニコライ堂(にこらいどう)

動画→ニコライ堂の仕掛け (mpeg-4、4202.8K)

 新聞社も、煉瓦街も鹿鳴館も、ニコライ堂も、これぞ明治の東京という雰囲気が濃厚だった。これらについては記し出すと、典拠も多くなり、煩雑になるので「よかった」という感想にとどめておく。

凌雲閣(りょううんかく)通称:十二階

凌雲閣(りょううんかく)通称:十二階
自働電話
自働電話
 十二階と電話との取り合わせは、多分時代も異なるのだろう、正しい組み合わせではない。しかし、なんとなく縦に長い写真が二つ、並べてみると気に入った。十二階は小説などでも読んだが、こういうハイカラな建物が浅草にあったという、驚きとも言える。写真はちょっと傾いているのでピサの斜塔じみて、印象に残った。電話は、なぜこれを写したのか記憶にない。ただ、この廻りをうろうろしたのは事実だから、気になったのだろう。時代も調べないまま、掲載してしまった。

(3)カメラその他
 ここで写したカメラはすべて、au-AQUOS(200万画素)を用いた。館内が暗いせいもあるが、光量不足、ピントぼけ、手ぶれと、良いできではなかった。扱いに慣れていないこともあって、鹿鳴館や銀座煉瓦街の動画を保管するのに失敗した。

 いろんな事情で、ケータイカメラに頼ったわけだが、それでも記録は撮れた。ショップでカタログも二冊購入したので、撮った写真は失敗作だが、手元には美麗な図版がある。
 館内での撮影は、許可されているのが多かった。これは自由な感じがして心地よかった。全体の雰囲気も天井が高く、歩いていてもわくわくし通しだった。
 ただ、原寸の家屋模型は、中身が詰まっていないのが多かった。それは、明治村の方が、すべて現物だから一枚上手かもしれない。ただし、明治村には江戸のものがない(笑)。

 約90分、館内を歩いたら、疲れと空腹がつのって、「ああ、しんど」とため息がでた。博物館はどこもそうだが、特に江戸博のように展示場が広い時は、靴とか手物とか気をかけた方が快適に観覧できる。えどるん君は慣れた様子で快活に次次と見て回っていたが、私は時々椅子に座り込んでしまった。それで結局、全体の半分を見るにとどまったが、第1回目としてはそれでよいだろう。
 また、来てみたい、そういう印象が強く残った。なによりも、模型が緻密で、たくさんあるのが気に入った。武家屋敷や長屋もきっちり見て写したが、すべてぼけていた(笑)。小さなお人形(群衆表現)がよかった。

(4)現代の蕎麦処

穴子天付そば/江戸蕎麦ほそ川

穴子天付そば/江戸蕎麦ほそ川
 歩き疲れて空腹感もつのったので、連れのえどるん君に「お昼は、どこへ」と尋ねたら、両国界隈屈指の江戸蕎麦があると返事があった。聞いてみると大江戸線両国駅から道を渡ってすぐの所らしい。本当にすぐのところだった。しかし案内されて玄関に立ったときとまどってしまった。私のイメージする江戸蕎麦屋とは違ったからだ。どういう商いをしているのか、喫茶店なのか、瀟洒な民家なのか、レストランなのか、……。

 中はすっきりしていた。蕎麦伝統の持つ重い陰影を払拭していた。落ち着いた、ゆったりした喫茶店という感じだった。まず、ヱビスビールを飲んで、気持を落ち着けた。注文は、海老天がなかったので気落ちしたが、一度穴子を試してみようと決意した(決意するほどのことか?~)。
 うむ。
 上々、上の上だった。穴子がこれほどサクサクして味わいがじゅわと口中を満たすとは思ってもいなかった。
 さらに蕎麦。主にダシの味。これは? と思うほどに違和感がなかった。
 超異例だが、私は関東の地にて、その日蕎麦ダシを飲み干した。なかなかに、時代は変わったようだ。関東にも良き蕎麦処があるようだ。感心した。

 江戸蕎麦ほそ川(公式HP)

「ほそ川」地図

参考
  江戸東京博物館(公式HP)
  みてみよう江戸東京博物館/東京都江戸東京博物館.平成19年(13版) 200円(ショップ価格)
  模型でみる江戸・東京の世界/東京都江戸東京博物館学芸課展示営業係.平成16年改訂 1000円

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2007年7月 8日 (日)

NHK風林火山(27)心中の敵

承前:NHK風林火山(26)殺戮とガクト

 ひたすら板垣(千葉真一)の圧力に押された。
 言葉になりにくい。

 北方・水滸伝での終盤に、童貫元帥がでてきた。この人の雰囲気に似てきた。画面から押してくる圧力だな。
 今夜は失語症になった。
 また来週。

追伸
 画面に食い入るようにして45分間がすぎた。

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2007年7月 7日 (土)

小説木幡記:2007/07/07(土)虚飾の帝都に遊ぶ

東京ミッドタウン

Tokyo Midtown:東京ミッドタウン
 過日、虚飾の帝都・ソドムの夜に遊んだ。ひさしぶりの風雪梅安一家(+α)の顔合わせだった。これは素晴らしい経験を伴った。その名を、東京ミッドタウン(Tokyo MidTown)という。ならばゴモラは六本木ヒルズだろうか、と知らず微笑がこぼれた。ソドムのゴモラのと、旧約聖書を持ち出したことに他意はない。リッツ・カールトン・ホテルの45階ラウンジから夜景を見ながら、東京は地震が多い土地だなと思っただけの話。

旅籠定め
 最初、えどるん君はリッツ・カールトン東京に余の旅籠(はたご)を定めようとしたらしいが、余の満足するまともな部屋ならば一室あたり7~8万円かかると知って、急遽余のノリ気を止めた。結局、いまや古色蒼然としてきた隣の六本木ヒルズ近くに変えてしまい、そこは九州のどこかの県人会関係ホテルで、ぐっと賢い経費ですんだ。ういた余剰金は、おそらくCPUコアが四つもつくという、幻の「Core 2 Extreme QX6700」になるだろう、脳。

六本木のワインバー
 待ち合わせ場所は六本木のミスター・スタンプス・ワイン・ガーデン(MuBlog)だった。すでにふうてん所長とJo社長とは到着して談笑していた。伴のえどるん君は、Jo社長には初めての接見だった。軽い緊張が見られた。
 余もひさしぶりだったせいか、宿からレストランまでの徒歩約5分の間、なにか違和感があった。特上の席に勧められ、着座し窓の外を見たとき初めて原因がわかった。このレストランは、旧防衛庁敷地跡の真横にあって、そこは三年前に訪れた時は地図にも、現実にも、なにもなかったはずだ。それが、威圧するようなビルが近所に建っている。そのせいだった。

陸軍歩兵一連隊

 このあたりは防衛庁の旧施設、戦前は帝国陸軍歩兵一連隊がおった処。というか、226事件の火元と言ってよいだろう。
 ひさしぶりの風雪梅安一家が顔をあわせ、密議謀議をしている間、余は遠い昔のこのあたりの霊気を肌に感じていた。ふうてん所長とJo社長は年代もののワインを次々と開けて飲み干していた。余とエドルンはひたすらナイフを使っていた。メインはシャモにした。所長とえどるん君は子羊にした。社長はステーキにした。エドルン君はしきりにうなずき、メモなしで総ての謀議を脳に刻印していった。特技である。

世界企業を傘下にするのか?
 抱腹絶倒、空前絶後の謀議だった。226事件もかすんでしまうような、資本主義世界に雷電の轟きが走るような、謀議参加者は一夜にして某世界企業を傘下に置くような、すばらしいアイデアが続出した。
 ああ、思い出すだに恐ろしい一夜であった。
 余が、この清貧をこととする老翁が、Tokyo Midtown Residences をワンフロア借り切るような、訪ねてくる者らをリッツカールトンに下宿させるような、すさまじい成果をもたらす謀議であった。アラブのオイルダラーも遠くかすみ、六本木(ヒ)のように古色蒼然としてくる話じゃないか。

 社長も所長も大いに気を吐き、ボトル数本も空けた上、清貧の余と、えどるん君を歓待してくれた。太っ腹なり。

リッツ・カールトンの45階
 さて、その後、余はうらぶれた六本木(ヒ)裏の宿に帰ろうとした。すでに深夜9時を指していたし、えどるん君も深夜帰宅は都合悪かろうと、そそくさと東京ミッドタウンを離れようとした。すると、所長が袖をひっぱった。そのままリッツカールトンの迷路のような廊下を、インフォメーションのお姉さんに先導させて、高層エレベータの前まで引っ張っていった。

 「ふうてんさん、どこ行くの、もう遅いよ」
 「せっかくだから夜景でも。Joさんもおることだし」

 そう。噂に聞いておった。六本木(ヒ)の方ではエレベータに乗るにも1800円も取られるとのこと。しかし、所長と社長が引き留めるのだから、しかたないような、安心なような~。
 たしかにここはチケットを必要としないまま、超高速で地上から200m離れた45階まで飛び上がった。

ソドム狂乱ではなかった
 さて。そこからが、札束の乱舞する虚飾の世界だった(笑)、と思ったら。
 なんのことはない。
Mukohataokina テーブルチャージが一人2500円。珈琲が5500円。コーラが700円、ビールが1500円。うむ。思ったほど乱舞しない。要するにメモリ500MBで席に座れて、中古のグラフィックスボード一枚で珈琲が飲めて、ケースファン一個でコーラが飲めて、なんと、ビールはSATA2ケーブルが二本分ではないか。
 ああ、東京も気楽な町よのう。祇園の御茶屋にはなかなか背比べできないねぇ。まだまあだ。

 あまりのはした金に、席を立つとき、皆にどう言おうかと迷ったら、すかさず所長が気を利かせて社長と折半した。生憎余は小銭をもたない主義なので、助かった。こういうお代の始末は、お好み焼き屋で割り勘するような気恥ずかしさがある。えどるん君は財布をさわっていたが、余が目配せした。

 「こんな席では、レイディはやたらに財布をさわるものじゃない。見苦しいことだよ、えどるん君」
 「はい、マスター、わかりました」
 
帝都夜景
 45階から東京を見ると、しかしまだ超高層には思えなかった。仁徳天皇陵を高層ビルから見たときも、目の高さに山がみえた程度のものだったが、ここもそうだった。しかし、夜景は美しいものだと思ったよ。ビルや自動車のライトが人工的で、よい。

東京タワーの全景
 パーク・レジデンスとイーストとの間に立つと、東南約1.5キロの遠方に東京タワーが見えた。離れたところから東京タワーの全体が見られるのは珍しいと、Jo新社長もふうてん所長も申された。写真にとってはみたが、ぼやけてしまった。

 よき、帝都の一夜であった。

参考
 ザ・リッツ・カールトン東京 お部屋代は7~8万円のようです。夜景を見るには少し割高ですね。
 東京ミッドタウンレジデンス 賃貸料は40万円~150万円程度のようです。広さの割にはちょっと高額ですね。

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2007年7月 6日 (金)

小説木幡記:2007/07/06(金)RAIDメモ・迷走の果ての正道

 書くのも読むのも、うんざりだろうな、RAID考。
 RAID: Redundant Arrays of Independent Disks
 またしても、ヨーロッパ風にライドと読みたいところだが、通称はレイドらしい。

 要するに、装填されたハードディスク群を組み合わせて使う技術。詳細は、ネットや教科書に事細かく書いてある。
 私は、鏡記録(二重記録)のRAID1を、結局、迷いに迷って選んだ。他に保守無し高速のRAID0、なんとなく速くて安全なRAID5、贅沢極まる最低4機ハードディスクを要するRAID10(これは10じゃなくて、RAID1とRAID0の複合形)。

 何故迷ったかというと。
 年季が入らないと、このRAIDの種類選定は、OSをスッピンHDに組み込む時しか、変更出来ないと思って良い。やりようはあるのだろうが、慣れない場合は難しい。私は、常に我が身を年一PC作家と規定しているので、複雑怪奇なことはすぐに忘れてしまう。
 BIOSでRAID種を変更する際、中身はクリアするようだな。
 つまり、普通はOSも消してしまう。だから、むつかしそう。

 どんなにメモしつくしても、涼夏2007PCが順調に動き出せば、この一ヶ月のことは綺麗さっぱり忘れて、研究やお仕事に専念し、みるみるPC作家から離れてしまう。つまり、マニアじゃない、オタクじゃない、ただ人の年一PC作家だから、ややこしいことは、はなから手につけない。

 当初はRAID5にするために、同一ハードディスクの安価なSATA2タイプを3機も用意した。
 RAID1は偶数機でいくから、結果的に一機余っておる。
 捨てようかな。
 そんなばかな。ちゃんと、後日ひまなおりにLinux上海でも動くようにする。
 いやいや、Vista用にとっておく。それまではフォーマットして、外部との中継HDにする。楽しみ一杯。HDの余裕。

 さて、正道は後日整理して記事にする。そのためのメモを今しるしておく。
 昨日のこともあわせて。

1.BIOSで、RAID使用を可(enable)にする。
2.すると、BIOS終了時画面下に、RAIDなんかを組み込むなら「CTRL+I」を押せと出る。
3.押すと、物理的に、どのHDをどんなRAIDにするか聞いてくる。

 他方、OSを組み込む寸前に、どんな特殊ドライバーが必要かを聞いてくるので、この時にRAIDドライバーをFDでセットしてあげる必要がある。

 WinXPの場合、なぜFDが必要かというと、OSもなにもない状態では、かつかつFDしか扱えないわけだ。これはなんとなく古式Linuxの時もそうだった(今でもそうかな?)。

 そのRAIDドライバーは、ギガバイト社のCDに入っている。
 これをブランクFDに移すに、一番簡単な方法は、他のPCにCDとFDを差し込んで、CDのBootDRというフォルダーの、MENU.EXEをコピーしてやれば、簡単簡単!

 マニュアルには、まだOSの入っていないスッピンのPCに、ブート出来るFDをセットして、~。
 これはMS-DOSの世界だな。もう忘れた。ダカラ上述の簡便な方法で、FDにRAIDドライバーを入れた。

4.XPのCDをセットして、PCをリセットする。ごにょごにょして、WIndowsXPのインスト画面になった、その直後、F6キーを押す。
5.なにか、ドライバーを事前セットするなら「S」を押せと出る。
6.すると、あああ~、A:、つまりFDを入れよとなる。悲しいね。
7.入れて改行すると、組み込み始める。
8.終了すると、普通のXPインストールに入る。

 以上だな。これを後日ギガバイト社のマニュアル翻訳しながら、一本道としてまとめるつもりだ。
 でないと、数年後には、なにがなにやら訳がわからなくなるから。

昨日木曜日の感想
 実は、当たり前だが、会議や打ち合わせや授業が目白押しだった。
 上記のことは一昨日夕方の続きで、ようやく夕方五時から開始できた。全部終わったのは、夕方7時前だった。
 いろいろあった。
 PC間を走り回った。
 当然一旦外にぶら下げた旧式FD(よそのマシンをばらして持ってきた)は、全部動いた後に外した。涼夏2007PCにFDは似合わない。ただし、きれいに拭いて、ギガバイト社のマザーボード化粧箱に整頓しておいた。

 実は。一番凹んだのは、余の持っているXPが初期のヴァージョンアップ版だったので、XPをセットできなかったのだ。CD単体で独立して立ち上がるのは、高額の標準版以外はできない。
 これは予測していたので、充分確認して探し出したものだが、実はやっぱりヴァージョンアップ版だったので、がっくりした。
 どうしたかは、煩雑になるので詳細は書かない。
 つまり、大学共通ライセンスの原版を借りに行った、というわけ。走ったね。
 それまでに、標準版のWIn2000を探して、立ち上がったはよいが、変なのでマニュアルを読むと、ギガバイト社は都合によりRAIDをXPとVistaしか保証していなかった! ~、そういう雑事が目白押し。
 
 XP、なんであれ、だからこのてのOSは好ましくない。なんでそんな意地悪をする。
 このこと、ヒマになったら後日に記す。

 そうそう。GeFOrce8600GTチップの威力は、また来週。
でぇは。

追伸
 CPU E6600、さすがに速いねぇ~、うふふ。もう、元には戻れない。

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2007年7月 5日 (木)

小説木幡記:2007/07/5(木)RAIDメモ・楽屋裏話

昨日水曜の心神耗弱
 昨日も、実は、いろいろありすぎた。早朝から授業、会議、会議、雑務、雑務。
 ついにたまりかねて、18:00に1時間の自戒を込めて、涼夏2007PCに取りすがった(笑)。

 なにか、これだけ長い期間、世間に生きているのに、会議や雑務が続くと、心身不調、精神不安定になってしまう。自分が自分でなくなってしまう、と、いまさらながらの蒼いセリフがぼろぼろでてくる。
 まるで会議ロボット、雑務ロボットMu一号だね。
 そうなんだ。会議は、必ず事前事後がある。だから、ぼろぼろ。

 涼夏2007PCに取りすがっていると、じゅわじゅわと芯から安定感が込み上げてくる。まさしく、マシン命。
 マシンと文藝と、どっちを選ぶ? そんなばかな。二つは一つのおまんじゅう。分けて食べても、味同じ。いまはたまたま眼前に透明な涼夏2007PCがきらめいている。

 そういえば、コブラ、だっけ。なんか透明な悪人が、ものすご強いのがおったな。名前を忘れた。ああ、ゴールデンボーイだったかな。はて。透明なのに、なぜゴールデン。うむ。漫画の世界はわけがわからん、だから、マンガみたい。

BIOS設定のメモ
 昨夕、たった1時間だが、集中した。熱中というか、極楽三昧ともうすか、そう、宗教的エクスタシー世界だね。
 後日、正式に、ぼろをまとめて正しい道のりを独立記事にする。
 今は右往左往の紆余曲折の楽屋裏。
 メモにしておかないと忘れるのでな。

1.ちっこい英文文字は身体に悪い。
 やはり、見過ごしていた。再読してやっとわかった。明確に、RAIDにするなら、複数台のHD:ハードディスクは同モデル、同容量にせよと、ちっこく書いてあった。日本語なら、ページ単位のパターン認識で、文章の要不要が1秒で判別できるのに、外国の文字だと、ライン単位でしか読めない。だから、見落とした。多分。

 無論、Muは用心深いから、あらかじめ3機のHDは同一の、しかも連続シリアルナンバーを持っていた。
 だから、問題はないはずだ。
 だが、さらに用心深いMuは思った。つまり、なんであれ、もしRAID5にしても、三機のうち一機がお釈迦になったら、代替機を用意しなければならない。その時、同一モデル同一容量HDがこの世に存在するのだろうか? この世界、数ヶ月で製品が変わっていく。
 ……。

 多分、同一モデル同一容量は、それほど厳格ではないとMuは思っている。最低限の容量にBIOSは合わすのだろう。だから、その心配は杞憂なのだと思っている。
 だが、気色悪い。
 PCでのRAIDは歴史が浅い。ワークステーションなら当然の諸々が、多分、非常に厳格なように思える。
 だから。
 今回は3機のうち、二機をつかってRAID1、つまりミラーリング、鏡記録にしようと思った。残り一機は、お楽しみ。なんとなく、WinVistaよりも、Linuxにして「上海」をしそうだね。

2.ちょっとだけBIOS設定。
 すがる思いで、涼夏2007PCに灯を入れた。
 で、その前に、マニュアルを読むと、どうしてもFDが必須らしい。遠くにあるマシンからFDを取り外して、ともかく一時的に涼夏に載せた。当然、外付け裸のすっぽんぽん。
 しかし待てよ。
 BIOSではboot優先順位のなかに、なんとUSB-FDもあった。もしかしたら、RAIDドライバーをOS設定直前に入れ込むとき、太古のFD仕様でなくてもうまく行くのかも知れない。と、むむむ、腕を組んだ。

 そう言えば、気付かぬうちにUSB仕様のキーボードを使っている。変だな? USB仕様は、現代のMB:マザーボードではすでにdefaultなのだろうか?

3.BIOSのバイパス
 やまのような設定は、マニュアルを読むのも、画面を見るのもじゃまくさいので、無視した。
 ただ、RAIDだけは慎重に。
 
 *RAIDを使うかどうかを、enableにした。
 *これで、第一次設定終了。簡単すぎる。
 *そのまま、お茶を飲んでいたら、勝手に進んで、boot出来ないと言いよった。そりゃそうじゃ、当たり前。
 *リセットして、DELおして、なんか触っていて、即座に「CTRL+I」を押下した。
 *第二次RAID設定が始まった。つまり、第一次は「理屈」、第二次は「物理設定」だね。
 *どのHD機をRAIDに、何台使うか。SATAの0と1番機と指定した。二機だからもう当然RAID1に決定。
 *これで、前準備完了。またしても、勝手に進んで、boot出来ないと言いよった。当たり前。

4.RAIDドライバーのFD化
 真打ちだ。
 VistaだとFD化しなくても、なんとなくUSB経由のフラッシュメモリなんかでもできるような情報が頭をかすめた。しかし、今は旧来のXP対象だから、FD化しないと、多分無理だろう。

 *マニュアルの本道には、FDに、MS-DOSが立ち上がるFDを入れよ、と書いてあった。
 *ギガバイト社のCDのある部分(BootDR)にある、MENU.EXEを解凍して、FDに書き込むためには、まずMS-DOSが必要だと言いよる。
 *MS-DOSの事は忘れた。
  困ってマニュアルをさらに読むと、boot-FDが無いときは別のマシンでやれ!
  あはは、最初からそう書けよ。

 *別のマシンにCDをセットして開いたら、たしかにMENU.EXEがあった。FDを差し込んでおいてから、MENU.EXEを起動して、メニューの番号7番(32ビットOS用のRAID仕様)を押した、が、無口。ついに、「COMMAND.COMが異なる」と、いやらしいセリフを吐いてきた。ああ、昔からこれに悩まされた。語れば長いことながら、昔の一時期のDelphi が決まってCOMMAND.COMで起動が妖しくなった。

 *むむむ。困った。それで、遠くの別のWinマシンにCDとFDを持って走った。18:50頃かな(笑)。
 *あやや、即座に解凍し始めた。おわってFDを開いたら、確かに数種類のファイルがあった。

5.あとはお楽しみ。
 それで、もどって茶を飲んだら、7時を過ぎていた。そろそろ帰還して眠る時間だ。昨日は午前6時台に登校したから、いかになんでも(日頃のことだが)葛野べったり、葛野依存症になっておる。
 さて、茶を飲み終えて、「OSはWinXPにするか」、と思った。
 しかし、別の機会にすることにした。

6.まとめ
 昨夜は、結局RAID1(自動バックアップRAID)に決めた。
 作成したbootFDを、これをUSB-FDで読み込んでOS設定前に調整できるかどうかがお楽しみ。
 もしだめなら、太古FDでやるよりしかたない。

 それにしても、残ったHDはどうする。
 多分、保管庫か、あるいは上述したように、Linuxかvistaにするだろう。
 なぜ、Vista使うのを、迷っているのか?

 6.1 Vistaで動かないソフトが多数出てくると、この忙しい時期、ヒステリーになる。
   いちいち手をつくすほどヒマじゃない。
 6.2 Vistaは高額だ。ウルチメイト(ウルチマ?)にすると5万円くらいする。
   えっ?
   半額ほどで手頃なバージョンアップ版とか、自作廉価版があるじゃないの?
   それが落とし穴。
   理由はじゃまくさいから書かないが、MSの連中は、発狂している。
   そこまで、価格差別化をしなくてもよいのに。OSなんて、皆同じ!
   昔からソフトハウスがアプリケーションソフトに、がちがちに鍵をかけ出すと、
   大抵そのソフトハウスは消えていった。
   がちがちの値段違い鍵違いOSは、~どうなることでしょう。

 まあ、MuBlogは悪口を書かないblogなんだから、止めておこう。
 WindowsXPの古さがえもいえない味わい。
 新しいOS世界は、隣のMacが以前から見せてくれている。あわてる必要はない。
 そうさな。年末くらいに、剰ったHDにvistaを載せてもよいな(笑)。

安定して木幡帰還
 というわけで、昨日は右往左往の夕方だった。
 しかし、頭や目や手がしゃっきりした。わずか一時間程度、涼夏にすがっただけで、まともな人間にもどるなんて、マシン万歳、涼夏2007PC万歳。

 夕食に、焼肉とアボガドサラダと漬け物と味噌汁とワインを飲んだら、会議も雑務もすっかり消えた。
 さあ、今日も朝から頑張りましょう。

 と、ここで終わるところだったが、今日のことがある。
 続きを読んでくれたまえ。
 (書くも、読むも、作るも、疲れるね)

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涼夏2007PCの自作 (6)CPU:Intel Core2 Duo Processor E6600

承前:涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink

1.CPU

CPU::Intel Core2 Duo Processor E6600
 自作PCの花形はCPUだろう。今回も、価格からして単価が3万円もした。高価な部品である。しかし、これが無ければPCとして態を為さない。中心となる、セントラル・プロセッシング・ユニット。そこで何をしているのかは、もう私は詳細には言えない。太古ならば、足し算と引き算をして、おまけとして掛け算割り算をする、そういう命令を解読して実行する、それで良かったのだが。
 畏友の話では、すでに事は分子世界に入っているようだ。で、このCPUはインテル社のCore2 Duoという。核が二つという名称由来の通り、CPUが二つ入っている。さぞ、高速になったことだろう。

2.CPUソケットとカバー

CPUソケット?(Intel Core2 Duo Processor E6600)
ソケット蓋をあけた(1)
ソケット蓋をあけた(2)拡大してみた
ソケット蓋をあけた(3)CPUを置いてみた

 昔(2004年頃)と比較すると、CPUに針がない。このことは、どうやら私が前作を公開した前後に産まれたソケットLGA775の特徴らしい。取り扱い注意らしいが、とくにマザーボード側がそうらしいが、私は無頓着にカバーを付けたままのCPU をソケットに載せて、ごにょごにょした。が、PCは動いている(笑)。こういうことも、多少相性があるのだろう。無頓着にと記したが、多分深層心理的には、そこらの荒っぽいお嬢さんの100倍くらいは物事を注意深く扱ったのだと思っている。だが、もう年季が入ってくると、そういう感触もなく、ただ、ごにょごにょして遊んでいた。

3.CPUの詳細

CPUの拡大(裏側)Intel Core2 Duo Processor E6600
蓋(MB)とカバー(CPU)とCPU
CPU鎮座せり:Intel Core2 Duo Processor E6600

 いつもはCPUを細かく見ないのだが、つまりセットしたらそれまでなのだが、今回はやけに、執拗に写真にとった。よほど、針のないCPUが珍しかったのだろう。一方で世界中そうなっているはずなのに、私にとっては珍しい経験だった。今後もピンなしCPUが続くのだろう。詳しいことは写真をクリックしていただきたい。

4.マザーボードにセット完了

CPUクーラー:空冷装置(フィン)
CPU・マザーボード・メモリ
 CPU というか、空冷装置をセットするのは、今回が一番気楽だった。以前は、なにかしらとまどった。大昔のでっかい、力のいる縦落とし込みCPU とか、やけにマザーボードとファンとが接触するものとか、……。いろいろあったが、今回は四隅の支え棒をマザーボードの穴にあてて、押し込むだけで済んだ。とは言いながら、空冷装置のアルミフィンと、マザーボードのノースブリッジ(北さん)との隙間は1ミリほどしかない。精度が高いというか、それとも、設計が煮詰まりすぎているというか、マザーボードのメーカーによっては、不運なれば、接触ないしつかえて入らない事例があるのかもしれない。要するに、インテル仕様にギガバイト社が正確無比に対応した、ということにしておきましょう。

 続きは、ケースの配線とりまとめについて一言。

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2007年7月 4日 (水)

小説葛野記:2007/07/04(水)時間の断片

 昨日火曜の夕方、雑務に熱中していたら見慣れた学生がつれだって来た。二人とも二年生で、共通の「班」かなと瞬時に考えたが、そうではなかった。ともに、副班長という役割で別々の班だが知り合いらしい。で、「相互評価のことですが」と切り出された。二、三説明したあと、残っていたチョコを一粒づつ手渡しサイナラした。授業直前の来室だったようだ。

1.相互評価というのは
 作品を班で提出したあと、10人の各班・副班長が相手方9班分の作品を所定の項目にしたがって、評価するわけである。このために三日間の期限内に、総計3時間を使って評価する。それを副班長の最大の責務としている。

 Q. その三日間、全部他の授業で詰まっているのです。
 A. そうかい。想定外だね。なら、余は早朝7時におるから、その頃から8:50まで約90分使ってください。また、普通は19時ころまで居ますから、授業終了時から夕方まで使ってください。屯所を開けておくよ。
 学生:いえぃー(これはチャングムの母国語で、そう聞こえた。つまり承諾)
  余:これまで15年間、あまり聞かなかった質問だった。
    最近はみんな授業科目が満載なのだろう。

2.で一番書きたかったこと
 それは、もう10日前になるというのに、余はその今年度判評価表の詳細を詰めていなかった。各班の最終タイトルや構成員、途中経過でのプレゼンテーション評価点、評価項目の見直し〜。
 昨夕はあわてて、学生二名が退出したとたんに、それを作りだした。18:45までかけて、総工程の70%まで遂行した。あと一時間もあれば完成する。

 しかしトドメは昨夕、止めた。責務であっても、「仕事」とは微妙に異なる。気恥ずかしくも申すならば、授業とはアートなのだ。所定のことをすませただけでは完成とはいえない。時間に追われて、やったふりをしても、後味が悪い。
 だから、トドメはしなかった。

3.気分を変えて
 昨夕は帰還までの残り15分を使って、ギガバイト社のマザーボード・マニュアルを、ちっこい英文を、天眼鏡と老眼を合わせて読みひたった。ふむふむ。RAIDはやっぱり、普通ならAドライブのフロッピーディスクが必要なようだ。うむ。多分USB接続のFDでは駄目だろうな?
 で、19時丁度に葛野を出た。
 帰還してビール飲んで夕食をとったら、朝まで寝てしまった。

 こんな毎日。
 他の責務は、○秘が多いので、葛野記にも木幡記にも記せない。脳に記憶することさえ避けている(笑)。

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2007年7月 3日 (火)

奈良のうなぎ、京都のうなぎは「かねよ」

Mmuimg_1106  うなぎは、季節や日によって私の気持ちが変わる。大好物ともいえるし、ときには「う~ん」と吐息をもらすこともある。なのにたまさか奈良へでむくと昼食は大抵某うなぎ処となる。隠しているのじゃなくて店名を覚えたためしがない。白焼きとタレ焼きとビールで、生きている実感を味わう。そんな美味しい店を自分で探せるわけがなく、20世紀に関東・国立の梅翁が探し出した店だ。
 で京都は、この写真のお店。京都の繁華街のど真ん中にある。新京極と河原町通りの間、どの筋かは思い出せない。入って昼定食をいただいた。なかなかに、お味がよろしい。そこも関東の梅翁が見付けた。味のデータベースは関東にあるようだ。
 (2007年7月03日火曜日記す)

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2007年7月 2日 (月)

小説木幡記:2007/07/02(月)授業と仕事とRAID考

 いろいろある。
 数え切れないことがいっぱいあって、前後関係がわからない。きっと企業戦士たちの毎日は、今でもそうなのだろう。ここしばらくの余も世間並みになってきた。

 そういえば最近、読書が止まっている。
 断片的には読んでいる。佛教哲学とか唯識とか、大昔に買った筑摩書房の「仏典II」をひもといている。文字が薄くなって、文庫本よりも小さな文字だ。今日、葛野へ持参して拡大濃厚コピーをしようとしたが、図書一冊を鞄にいれただけで、ラクダの一針、それだけで倒れそうなので、やめた。明日にしましょう。ああ、彼岸へ渡る人達よ、若者達よ、われは弥勒、菩薩なり、……。56億三千万年後って、地球はあるのかな、と考えて、ふと眼が覚めた。これぞ、涅槃の境地か。

 といいながら、そのそばには邪馬台国はどこじゃ、と全国津々浦々あつめたデータブックがあって、邪馬台国千葉説を眺めていた。事情はわからないが、MuBlogにはときどきNHK番組の愛好者なのだろうか、Googleキーワード「邪馬台国千葉説」で来客がある。ところが、そのデータブックでは、千葉には二カ所候補地があるのだが、いずれも信憑性は一つ星だった。

 ついでにそのそばの図書をちょっとめくってみると、白石というエライ学者が、箸墓の被葬者は「卑弥呼じゃ」と文字も大きく(そこだけ、そう見えた)書いてあるではないか。ああ、そういえば、昔の図書を一冊づつ見ては、卑弥呼の墓がどこかをMuBlogにまとめていこうとしていたな、ああ、速く来なさい夏休み。

 葛野でうたた寝していたら、連絡があって、ミンスキー先生の「感情の世界」だったか、オリジナルが入荷したと聞いたので、観に行ったら、落丁だった。それも厚さ5ミリ以上、50ページ分もあったろうか、米国の出版社はきっと倒れるな。こんな図書を輸出するようじゃ~。

 朝は二つも授業を巡回した。
 学生達はそろそろ締切近く。ぷいと横を向いたり、満面の笑顔見せたり、スガルような眼、怯えた眼、怒った眼。心この地になしの風情。この時期は、百面相、ありとあらゆる感情の発露に出くわす。
 それでも助勤達は、めげずに対応していた。来週は、正規巡回はやめて、相談者がくるのを教室の片隅でまつことに、助勤たちと取り決めた。

 DVDも約一時間見た。今度関東へ行ってある年次総会の議長をしなければならない。その会の雰囲気が掴めなくて困っていたら、以前の記録DVDを入手することができた。それをじっと眺めていた。ああそうか、ああいうふうに議事を終わらせるのか、こういうふうに合いの手を入れるのか、こんなに発表があったらまとめにくいな、そうか、今年はこのことが継続の完了議事でながくなるな。と、DVDは便利だな。以前の雰囲気がそっくり味わえる。

 ……と、RAIDの話でしたな。
 実は迷いだした。RAIDには数種類あって、一番速くなるのはストライピングという手法でRAID0。
 次に控えしはRAID1。読み書き速度はまったく変わらないが、二台のHDに重複保管するのが、ミラーリング、鏡作りだね。
 そしてRAID5、これは、……。まあよかろう。問題は、一番大切なのは、データの安全ではないかと、思い出したのだ。
 すると、RAID1。大騒ぎするような代物じゃない。自動バックアップなんだな。
 保守本流というか、気持がそこに傾いてきた。

 あと一台増加させれば、RAID10という、RAID0とRAID1とを合わせた手法が使えるのだが。なんかね、マイクロATXのケースに、HDを4機も装填してRAID10にするなんて、とんでもない若気と気恥ずかしくなってね。

 加齢とともに、なぜ旧態墨守になるのかよくわかってきた。
 それほどに、過去幾たびも痛い目にあってきたのだろう(笑)。
 ときどき、過去のミスや不運の情景全体が脳を一杯にし、息が詰まりそうになる。わずかなちっこいデータでも読めなくなったら、数ヶ月のロスを生じる。二度と入手できない、作れない、そんなデータもある。

 とろくってもよい、安全なRAID1にしましょう。
 RAID10は、あははは、だね。HDを4機も使って、計算はしていないが、多分2機分の容量しか得られないはずだ。ああ。

 そうだ。この件、マザーボードのBIOS設定の数秒の間に決定しよう。ものごとは、数秒で決まる。
 (つまりは、まだ迷っておる)

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2007年7月 1日 (日)

NHK風林火山(26)殺戮とガクト

承前:NHK風林火山(25)自縛の掟

 今夜は書きにくい。Muは軍略、謀略を好むわけだが、殺戮は消化しきれない。
 昔の大河・伊達政宗でも、若き政宗が800人「撫で斬りの所行」におよんだり、あるいは秀吉が関白秀次の親類縁者を全部切り捨てたり、あるいは信長が長島の門徒を数万単位で皆殺し、比叡山皆殺し、あるいはモンゴルが一都市全員を殲滅したり、あるいはアメリカが広島(20万以上死亡)、長崎(14万以上死亡)に原爆投下して、原爆症を含めて50万人以上を殺戮したり、あるいはアメリカがネイティブを皆殺しにしたり、……。あるいは鯨もバッファローも皆殺しにしたり、何をいまさら捕鯨反対、笑止千万。
 鯨の脂だけとって、肉は捨てていたと言うから、仏陀が聞けば顔をしかめることでしょう。
 人類史の中で、皆殺しという悪行に手をよごしていない国家、民族は無かったのかも知れない。

 それにしても、今夜の晴信、血に酔った姿だった。番組最後に、由布姫にとりすがり「これまでは戦に勝つことが怖かった。今は、負けることが怖い」と言ったのは、ご愛敬。
 ご愛敬と皮肉ったのは、来週あたりその晴信を、由布姫がどう切り返すのか、見どころだなとおもった故に。

 ガクト。
 仏門に入っていたのが、還俗したのか。それにしてはどうみても仏門の雰囲気ではない。青年長髪稚児の雰囲気だし、常にライトのあて方が特殊だから、陰陽師や天草四郎(ジュリー)になってくる。いや、宝塚男装の麗人か。近頃、これほど楽しい俳優は見たことがない。

 笑っているのじゃない。
 役者というものの、すごさ、この世のものならず、ないものをあるものに仕立ててみせる、夢芝居というか、玄の玄、夢幻世界。ガクトを探してきたのは誰だ。NHKのキャスティングAIマシンかもしれない。
 この発想は、Muでも思いつかない(笑)。

 ガクトは黙っているだけで格好がつく。長袈裟つけた鎧立ち姿で、シュワと太刀を一閃させただけで、画面にオーラがたった。感動! 世界が傾く、天が割れる。

 してまた、セリフがすごかった。「空しい」と。
 よくわかる。わかりすぎるほどによくわかる。
 しかし、ガクトは天才だから戦いの場に押し出されてしまう。いや、「義」を打ち立てる限り、ガクト、いや長尾景虎(かげとら)の身の回りに戦がおこる。
 楽しみだね。

 今期は本当に楽しみが尽きないが、先頃と今夜をあわせると、
 (1)由布姫がきりっとして、◎白眼でにらみつける姿。
 (2)ガクトが、長髪の影から薄目をあけて「空しい~」と呟くセリフ。
 毎週、これだけあれば、Muは視聴料はらっても、よいよぉ~。おいおい、勘助さんはどこへいった。まあ、そのうちに。

 勘助、今夜は晴信に諫言した。晴信は勘助に、「軍師解任、死ね」と言いそうな雰囲気だった。その数分のやりとりで、今夜の勘助は出番を尽くした。役者は出ずっぱりであるよりも、時に影に溶け込んだ方がよい。戦場での、喉を破った勘助の大音声が耳にこびりついた。

 というわけで。
 あらすじも、深い鑑賞も、なにもない風林火山感想に終わりそうだが、見どころがありすぎて書ききれない。小山田さんがひっさらった美瑠姫だが、この姫、今後どうなっていくのでしょうか。見どころの一つになりそうです。

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60万アクセス(サイト全体)

しばらく制作中

承前:50万アクセス(サイト全体)

承前:三十七万アクセス(37万/全体59.7万):MuBlogの分析

前書き

 MuBlog単体へのアクセス統計は1万アクセスごとに記録し、調査対象期間は前日までの一ヶ月としてきた。

 この記事「サイト全体」については、以後10万アクセスごとに記録し、調査対象期間は前日までの4ヶ月間とすることにした。

 これで、ほぼ、日々更新(右サイドバーに表示)される「一週間単位」のアクセス動向と、一ヶ月単位(MuBlog)と、四ヶ月単位(サイト全体)でのアクセス動向を把握できるようになる。

 各調査項目は、対象期間ごとに増減がある。これは煩雑さを避けるためであるが、他方、ニフティーが提供する統計データ項目のうち、未だ詳細が分からない項目もあるからである。つまり、アクセスページやフレーズは、完全に採取しているが、他の項目では、不明の部分もあって、バランスが取れていない。しかし、傾向としては分かる所もあるので、この「サイト全体」統計では、できるだけ細かに項目を追加した。

 以後項目毎に詳細を記すが、主要な項目は順位で上位100位程度、他は50位程度でおさめた。

 最初のページアクセスランキングから得た印象では、春の桜、風林火山、グルメ記事、PC自作修理記事、邪馬台国・古代史と、~相変わらずである。写真などでは、3位にある日々4: 木幡花105、これなどはなにかしら突拍子もないというか、Muが深い意図もなく記録したものが、意外に高いアクセスを得ている。

 10万アクセスを得るのに四ヶ月経過した。一ヶ月に一万アクセスと想像していたから、それからするとアクセス頻度が高い傾向にある。今期については、おそらく春の桜と、風林火山の由布姫人気にあやかったのだろう。blogは世間の動きに、アクセスが同期することがよく分かった。

(0)観測

 2007年7月1日(日曜)12:48 

 累計アクセス数: 600001 1日当たりの平均: 499.58

(参考:MuBlog単独→累計アクセス数: 371489平均: 309.32

(開設日 2004年3月7日~)

以下、この4ヶ月のサイト全体利用統計です。

(1)ページ別アクセス:4ヶ月間:サイト全体

解析対象期間: 2007年3月1日(木) ~ 2007年6月30日(土)

アクセス数: 107,070
訪問者数: 76,971
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 2,848 6,378 3.7% 6.0%
2 MuBlog: 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 963 1,684 1.3% 1.6%
3 日々4: 木幡花105 1,314 1,363 1.7% 1.3%
4 MuBlog: 地図の風景 1,151 1,340 1.5% 1.3%
5 MuBlog: ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 692 1,246 0.9% 1.2%
6 MuBlog: NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 963 1,222 1.3% 1.1%
7 日々8: ぬかるみ回避:恐怖の下山 1,041 1,087 1.4% 1.0%
8 MuBlog: NHK風林火山(07)真田幸隆 840 1,044 1.1% 1.0%
9 MuBlog: 室町和久傳(むろまち・わくでん) 690 959 0.9% 0.9%
10 MuBlog: みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 779 955 1.0% 0.9%
11 MuBlog: じょうしょうこうじ:常照皇寺 604 904 0.8% 0.8%
12 MuBlog: CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 439 850 0.6% 0.8%
13 MuBlog: NHK風林火山(18)由布姫の決意 610 838 0.8% 0.8%
14 日々6: 赤金・でっかい金魚 728 799 0.9% 0.7%
15 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 576 748 0.7% 0.7%
16 MuBlog: 美味しいところ 531 733 0.7% 0.7%
17 MuBlog: NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 483 692 0.6% 0.6%
18 MuBlog: 京都の書店 556 629 0.7% 0.6%
19 MuBlog: CPU空冷装置・掃除のお勧め 408 577 0.5% 0.5%
19 MuBlog: NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 435 577 0.6% 0.5%
21 MuBlog: Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 493 576 0.6% 0.5%
22 MuBlog: 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 400 548 0.5% 0.5%
23 MuBlog: NHK風林火山(16)由布姫と自害 436 546 0.6% 0.5%
24 MuBlog: 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 486 544 0.6% 0.5%
25 プロフィールページ 455 503 0.6% 0.5%
26 MuBlog: さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 300 490 0.4% 0.5%
27 MuBlog: 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 334 488 0.4% 0.5%
28 MuBlog: 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 302 420 0.4% 0.4%
29 MuBlog: NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 336 415 0.4% 0.4%
30 MuBlog: 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 262 409 0.3% 0.4%
31 MuBlog: NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 279 407 0.4% 0.4%
32 MuBlog: HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 317 384 0.4% 0.4%
33 MuBlog: Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 360 372 0.5% 0.3%
34 MuBlog: NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 282 371 0.4% 0.3%
35 MuBlog: よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 200 369 0.3% 0.3%
36 日々16: 長建寺前の柳桜 241 359 0.3% 0.3%
37 日々3: 巫女さんA 272 350 0.4% 0.3%
38 日々13: 王仁公園案内板 210 343 0.3% 0.3%
39 MuBlog: さくらだ:桜田 225 338 0.3% 0.3%
40 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 273 329 0.4% 0.3%
41 MuBlog: NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 225 327 0.3% 0.3%
42 MuBlog: 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 199 307 0.3% 0.3%
43 日々16: 柳と酒蔵と雪柳 181 302 0.2% 0.3%
44 MuBlog: NHK風林火山(15)悪鬼 236 289 0.3% 0.3%
45 MuBlog: 読書余香 266 288 0.3% 0.3%
45 MuBlog: 小説木幡記 260 288 0.3% 0.3%
47 MuBlog: 小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 219 279 0.3% 0.3%
47 MuBlog: スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 192 279 0.2% 0.3%
49 日々: 伏見桃山御陵の大階段 160 272 0.2% 0.3%
50 MuBlog: 長尾真博士のノート 198 269 0.3% 0.3%
51 MuBlog: ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 169 265 0.2% 0.2%
51 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 223 265 0.3% 0.2%
53 MuBlog: NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条 199263 0.3% 0.2%
54 MuBlog: NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 239 261 0.3% 0.2%
55 日々3: 西王母:学生能 213 260 0.3% 0.2%
56 MuBlog: 読書の素 230 257 0.3% 0.2%
57 MuBlog: NHK風林火山(10)晴信謀反準備 208 250 0.3% 0.2%
58 MuBlog: 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 204 247 0.3% 0.2%
59 日々16: 伏見港の枝垂れ柳 109 246 0.1% 0.2%
60 MuBlog: 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 120 240 0.2% 0.2%
61 MuBlog: もりしょう:そうめん処・森正 158 236 0.2% 0.2%
62 MuBlog: 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 202 231 0.3% 0.2%
63 MuBlog: 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 153 224 0.2% 0.2%
63 MuBlog: NHK風林火山(14)謀略の風林火山 187 224 0.2% 0.2%
65 MuBlog: 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 208 223 0.3% 0.2%
66 日々16: 伏見港全景 121 219 0.2% 0.2%
67 MuBlog: 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 178 218 0.2% 0.2%
68 日々3: 内海に浮かぶアルカトラズ刑務所 165 217 0.2% 0.2%
69 MuBlog: 地図の蠱惑:未踏地 156 216 0.2% 0.2%
69 日々: 明治天皇伏見桃山陵 130 216 0.2% 0.2%
71 MuBlog: 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 157 211 0.2% 0.2%
72 MuBlog: NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 182 207 0.2% 0.2%
73 MuBlog: 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 150 201 0.2% 0.2%
74 MuBlog: ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 155 199 0.2% 0.2%
74 日々3: サンフランシスコのケーブルカー 157 199 0.2% 0.2%
76 MuBlog: 辨慶うどん 153 198 0.2% 0.2%
76 MuBlog: 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 129 198 0.2% 0.2%
78 MuBlog: オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 164 197 0.2% 0.2%
79 日々15: 町屋風のティ・ボリオ・ベーネ 142 196 0.2% 0.2%
80 MuBlog: 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 163 194 0.2% 0.2%
81 MuBlog: 前方後円墳の航空写真 106 192 0.1% 0.2%
82 MuBlog: 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 145 191 0.2% 0.2%
82 日々16: 酒蔵達の糸柳 98 191 0.1% 0.2%
84 MuBlog: イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 171 187 0.2% 0.2%
85 日々14: ヒートシンク接着面とセラミックグリス 175 186 0.2% 0.2%
86 MuBlog: ηなのに夢のよう/森博嗣 158 185 0.2% 0.2%
86 日々: 太宰府政庁跡石碑 109 185 0.1% 0.2%
88 MuBlog: JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 144 183 0.2% 0.2%
89 日々15: メニュー (店頭) 126 181 0.2% 0.2%
89 日々3: 巫女さんB 136 181 0.2% 0.2%
89 日々: 国友一貫斎屋敷 106 181 0.1% 0.2%
92 MuBlog: プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 143 177 0.2% 0.2%
93 MuBlog: 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 155 175 0.2% 0.2%
93 日々: 登喜和の店内 108 175 0.1% 0.2%
95 MuBlog: NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助 145 174 0.2% 0.2%
96 MuBlog: NHK風林火山 123 173 0.2% 0.2%
97 日々16: 淀川・背割桜・大山崎天王山 112 167 0.1% 0.2%
98 日々10: 戦艦大和戦死者之碑 106 166 0.1% 0.2%
99 日々15: 盗撮鳳凰堂 92 160 0.1% 0.1%
99 日々4: ジャングルの花 114 160 0.1% 0.1%
101 MuBlog: Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 99 159 0.1% 0.1%
101 日々: ユニクロ+荒木飛呂彦のTシャツ 150 159 0.2% 0.1%

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