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2007年6月30日 (土)

涼夏2007PCの自作 (5)メモリ:A-Data社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB & Heat sink

承前:涼夏2007PCの自作(4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS

 詳細仕様は写真をクリックしていただきたい。

1.A-DATA社 DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB HEAT SINK付き

メモリ:A-DATA社DDR2 SDRAM PC2-6400 ADATA 1GB HEAT SINK付き 

 3年前に自作したマシンと比較しておくと、メモリは「葛野2004P黒」の場合512MBx2枚で1GB搭載した。2枚で19000円だった。メモリスロットが2つしかなくそれで終わった。
 今回は、1GBx2枚で2GB搭載した。2枚で13000円だった。さらにメモリスロットは二つ残っている。いずれも、デュアルチャンネルという方式なので、メモリを2枚単位で使うと、そうでない場合よりもメモリアクセスが速くなる。

 今回は熱対策と、物珍しさもあって、ヒートシンク付きにした。千円程度高額になる。これがどれほどの効果を持つのかはよくわからない。多分DDR2は発熱が激しくなったのだろう。
 しかし流行(はやり)に、何も知らないまま身を浸すのも心地好いものである。となると、世のファッションと違いはない。理屈理由よりも、「ヒートシンク付きの、メモリ~なんじゃ」とほくそ笑むのも一興なりや。「ヒートシンクも付けていないなんて、~ふふふ」と、私は一体だれに言えば良いのか。(近所に工学系、理科系の学生が全くいない)

 CPUとメモリ間のアクセス速度を詳細に比較はできないが、メモリモジュール単体での仕様をみてみると、当時と今とでは約二倍に速度が上がった。熱も出るだろう。しかも、価格が、1GBあたり19000円から、6500円になった。半値以下である。隔世の感がある。

  2004年時使用→DDR SDRAM PC -3200(DDR400)
  2007年時使用→DDR2 SDRAM PC2-6400(DDR800)
 
 規格(ピン数なども含む)がDDR→DDR2と変化した。
 PC-3200 → PC2-6400とは、メモリモジュール全体のデータ転送量が、秒間3.2GB→6.4GBになったことになる。
 個々のメモリチップのアクセス速度(周波数?)は、DDR400→DDR800なので、400MHzから800MHzになった。
 どうであれ、二倍の実効速度になったと考えてよいだろう。

2.メモリスロット

メモリスロット(GA-G33M-DS2R GIGABYTE)
メモリのMB上での大きさ(スペース)

 今回のギガバイト社マザーボードは、4年前のMSI社のにくらべて、メモリスロットが二倍になった。同じスペースでこういう倍増が可能なのは、基板全体にわたって機能、それも高機能がより圧縮されたからだと想像した。

 メモリは結構スペースを取るのが写真でよくわかる。より大きな規格ATXだと、現代では大抵8つ付いている。
 しかし、マイクロATX規格マザーボードに、メモリが物理的に4本搭載されるとは言っても、見えない制限があった。もともと仕様書には最大8GBメモリと書いてあるのだが、実はOS、現今ならWindows Vistaによって別の制限がある。

 写真説明にも同様記したが、従来の32ビット版OSでは、主メモリを扱える範囲が3~4GBのようだ。これが64ビット版OSだと128GBまで行ける。Windows Vistaには両版があるが、スムースに動くソフトが64ビット用にはまだ少ない。なぜそうなるのかは、私は調べていないので分からない(笑)。
 以上の違いは、基本になるCPUやOSが情報をどの単位で扱うかに関係する。現行主流は32ビット単位らしい。

 単純に考えると、32ビットで表現できる最大の数値と、64ビットで表現できる最大の数値とでは驚異的な差がでてくる。
 もし8ビットなら2の8乗だから256種の違いを表せる。これが16ビットになると64000程度の違いを表せる。さらに32ビットになると、2の32乗だから、……、文字数に換算すると4ギガバイト(GB)に達する。2の64乗なら、……。まさしく「すべてがFになる」そういう世界である。そういう基本的な差が、メモリの最大操作容量に関係してくるわけだ。
 要するに64ビット版のOSを使う見込みのない私には、メモリは最大4GBあれば充分となる。
 年一PC作家には、その程度の知識でも充分にマシンは走る。

 続きは、CPUについて一言。

参考サイト

 パソコン自作NAVi:メモリーモジュール

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2007年6月29日 (金)

涼夏2007PCの自作 (4)グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)ASUS

承前:涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)

 詳細仕様は写真をクリックしていただきたい。

1.ASUS・グラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M

ASUSTek社のグラフィックスボード(EN8600GT SILENT/HTDP/256M)
派手なグラフィックスボード(ASUS:EN8600GT SILENT/HTDP/256M)
 とりあえず「グラフィックス・ボード」と表記したが、グラフィックカードだったり(ASUS社)、ビデオカードだったり、まちまちだ。つまりはディスプレイに文字や静止画や、そして動画を超高速で描き出す「エンジン」なのだ。私は、この世界にはまったく未経験のド素人である。
 大昔、MATROX社のカードを差し込んで、文字表示が素晴らしく速く美しくなったのは明確に覚えている。Millennium(ミレニアム:千年王国)シリーズという名称に惹かれて、中級品を買ったのである。現在調べてみると、このシリーズは2D描画にすぐれていたようだ。

 現在は、3D描画、つまり極めつけのゲーム対応が利用者の関心を集めており、涼夏2007PCで選定したグラフィックスボードは、性能・価格的に中級用と考えている。マザーボードと同じく、中心になるチップとボード(カード)とは別会社であり、このチップがnVIDIA(エヌビデア)社のGeForce8600GTと呼ばれている。有名らしい(笑)。

2.なぜASUS社の「EN8600GT SILENT/HTDP/256M」を選定したのか
 もしこの記事が、なんであれ教科書であるなら、下記の表現はしない。しかし、実情を記録するには、正確なところを書いておくのが、将来の私にとっても大切である。

  選定理由1:ソフマップ(京都駅近くの部品店)店頭で、「売り上げ1位」だった。
  選定理由2:価格が20800円だった。
  選定理由3:箱デザインが比較的大人しかった。

 こんな理由で選んだのか! と識者、マジメな人はバカにするかもしれない。だから、教科書を書くなら私も絶対にこういう書き方はしないと、断っている。しかし実情は、まさに上記三点だった。性能がどうの、なんてことはらち外の話だった。しかし、衝動買いではない。明確に「今回は、グラフィックスカードを入手する」と強固な意志のもとに、パーツ屋を訪れたのだから。
 要するに、情報が錯綜し、五里霧中の場合は、なにが一番大切なことなのか、それを押さえる。実は涼夏2007PCの場合それはRAIDだった。RAIDを簡便に動かすためにケースの大きさや、マザーボードやが定まってきた。だからグラフィックス、描画部門は枝葉のことだった。枝葉のことまでは詳細に調べたり考える余裕がない。なれない世界は考え込むと余計に迷路に迷い混む。

 このパーツ業界では、一定期間毎に売れスジが自動的に定まってくる。それはどんどん変化する。その一瞬に多くの客が選んだ物が、一番賢い買い物だと、メジャーな判定がある。いくら性能がよくても、なんとなく高価すぎるものは上位に入らない。いくら安くても、噂の立った物は店が取り下げる。それに寄りかかっただけの話である。

 幹とするものと枝葉とするものを区別したなら、これだけドッグイヤーズのわけのわからない業界用語が飛び交う世界でも、なんとなく、正解を得られるものだろう。
 本日、ドスパラやソフマップに行ったら、別のカードが一位かもしれない。それでよい。店が事情で恣意のランキング操作をするかもしれない、それも仕方ない。情報には常にノイズがあり、信憑性判定は使った時まで分からない。そういうものなのだ。そこに、店とか商品の「信用」が積み重ねられる。

 なお、選定理由3だが、もともと主要ターゲット、用途がゲームなのかしらないが、どの製品も箱が派手すぎて手にするのが恥ずかしくなる物も多い。ASUS社のこの製品は、ギリシャ風お嬢さんが写っているだけだから、よしとした。(実はそれが一番の理由だなんて書くと、噴飯物だね。この記事の気品に関わることだから明言する。「そうではない」)私は、動画がどこまで気楽になるのかを確かめたい。

3.PCIスペースを二つ分

PCIスペースを二つ分(ASUS:EN8600GT SILENT/HTDP/256M)
後ろからみたEN8600GT SILENT(ASUS:EN8600GT SILENT/HTDP/256M)
 箱を開いて驚いたことが二つある。一つは、このグラフィックスボード(カード)は、大きな放熱板(ヒートシンク)がついているせいか、PCI拡張スロット用の空間を二つ占有してしまう。
 これは想定外だった。買ったとき、そこまでは考えになかった。将来もう一枚、TVチューナーを購入予定なので、その時に困るかも知れない。あと一つ旧PCIと、もう一つ速いスロットがあるにはあるのだが、セットできるかどうかは分からない。しかしそれも経験だ、よしと思った。それにしてもマイクロATX規格ケースにはいささか、かさだかい。慣れてくると、こういう風姿にうっとりする予感もあるのだが。

 もう一つの驚きだが。実は、3年間(実質21年)のブランクのせいか、グラフィックスはAGPという形式のスロットに入れる物と、思いこんでいた。ところがマザーボード記事で書いたように、このMBにはAGPソケットが無くなっていて、代わりにPCIExpressX16が付いていた。そんなことも最初は気にもしていなかった。
 私は、グラフィックスカードを手にとって、ともかくセットしてみたくなって、適当に見回して穴が合うソケットを見付けて、そこにスコンと差し込んだ。
 うまく入った。
 で、そのあとに? つまり私は、このカードがPCIExpressX16仕様だなんて、はなからまったく意識に無かったわけである。なんだか、こればっかりは、あとでゾッとした。場合によっては、泣き出したかも知れない、そういう状態だったのだ。
 まあ、そういうこともある。なんとなく、この6月発売の新鋭マザーボードを選んで、かんとなくこの5月発売の売り上げ一位のグラフィックスボードを選んだら、両者は少なくとも物理的にはぴったりおさまった。ラッキーなのか、あるいは「理」の導く必然なのか。
 やがていつかこのグラフィックの使用体感記事を記すだろう。多分、うまく写るはずだ(と、妙な確信)。

 続きは、メモリについて一言。

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2007年6月27日 (水)

三十七万アクセス(37万/全体59.7万):MuBlogの分析

承前:三十六万アクセス(36万/全体57.8万):MuBlogの分析

 昨日(27木曜)だったか、気がついたのは木幡にもどって夜だった。MuBlogが37万アクセスを得ていた。その前が6月4日だったから、丁度3週間かけて一万アクセス増加したことになる。他方、写真などをいれた全体では、そろそろ60万アクセスになりそうだ。と、詳細に記しているが実のところは、日々訳も分からない状態ですぎているので、こうやって目をこらしてMuBlogを確認する次第。

 今回は、(1)ページ別アクセスからはじまって、(4)OS種類までしるした。各末尾に数行コメントを入れておきます。

 なお、毎日自動更新される右サイドバーのランキングは、あくまで1週間単位なので、この記事の30日単位とは大きく異なる。

観測日時 2007/06/27 21:29

MuBlog諸元 記事数: 1088  |  コメント数: 3601  |  トラックバック数: 785

MuBlog 累計アクセス数: 370074 一日当たり平均:309.17

  全体 累計アクセス数: 596832 一日あたり平均:498.61

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

解析対象期間: 2007年5月28日(月) ~ 2007年6月26日(火)

アクセス数: 13,790
訪問者数: 10,424
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 748 1,421 7.2% 10.3%
2 NHK風林火山(07)真田幸隆 411 510 3.9% 3.7%
3 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 381 423 3.7% 3.1%
4 NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ) 275 362 2.6% 2.6%
5 NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶 286 358 2.7% 2.6%
6 室町和久傳(むろまち・わくでん) 257 356 2.5% 2.6%
7 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 289 354 2.8% 2.6%
8 地図の風景 299 353 2.9% 2.6%
9 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 215 316 2.1% 2.3%
10 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 216 294 2.1% 2.1%
11 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 222 287 2.1% 2.1%
12 NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条 195 259 1.9% 1.9%
13 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 156 217 1.5% 1.6%
14 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 116 195 1.1% 1.4%
15 NHK風林火山(18)由布姫の決意 147 187 1.4% 1.4%
16 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 90 186 0.9% 1.3%
17 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 124 172 1.2% 1.2%
18 京都の書店 125 138 1.2% 1.0%
19 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 96 127 0.9% 0.9%
20 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 105 122 1.0% 0.9%
21 CPU空冷装置・掃除のお勧め 81 112 0.8% 0.8%
22 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 70 99 0.7% 0.7%
23 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 86 97 0.8% 0.7%
24 美味しいところ 76 95 0.7% 0.7%
25 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 59 86 0.6% 0.6%
26 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 65 85 0.6% 0.6%
27 NHK風林火山(25)自縛の掟 58 80 0.6% 0.6%
28 読書余香 72 78 0.7% 0.6%
29 MuBlogへのご招待 54 77 0.5% 0.6%
29 もりしょう:そうめん処・森正 47 77 0.5% 0.6%
29 Blogメモ 68 77 0.7% 0.6%
32 小説木幡記 66 74 0.6% 0.5%
33 涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源 48 72 0.5% 0.5%
34 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 67 69 0.6% 0.5%
35 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 64 66 0.6% 0.5%
36 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 49 65 0.5% 0.5%
37 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 4864 0.5% 0.5%
37 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 37 64 0.4% 0.5%
39 KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析 8 63 0.1% 0.5%
39 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 52 63 0.5% 0.5%
41 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 5362 0.5% 0.4%
42 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 39 61 0.4% 0.4%
42 NHK風林火山 39 61 0.4% 0.4%
44 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 57 60 0.5% 0.4%
45 AQUOSケータイ・W51SH (au)で革命を知った 39 59 0.4% 0.4%
46 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 38 57 0.4% 0.4%
47 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 38 56 0.4% 0.4%
48 小説木幡記:20070529(火)本日休心身脳 33 54 0.3% 0.4%
49 読書の素 49 53 0.5% 0.4%
50 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 42 48 0.4% 0.3%
50 前巷説百物語/京極夏彦 <御行師・又市の誕生秘話> 44 48 0.4% 0.3%
50 じょうしょうこうじ:常照皇寺 23 48 0.2% 0.3%
53 長岡京市埋蔵文化財センター 20 47 0.2% 0.3%
53 地図の蠱惑:未踏地 37 47 0.4% 0.3%
55 オーパーツ大全(感想文) 41 44 0.4% 0.3%
55 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 38 44 0.4% 0.3%
57 小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 36 43 0.3% 0.3%
58 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 36 42 0.3% 0.3%
59 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 39 41 0.4% 0.3%
60 前方後円墳の航空写真 25 40 0.2% 0.3%
60 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 37 40 0.4% 0.3%
60 「壬申の乱」の関係地図 23 40 0.2% 0.3%
63 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 29 39 0.3% 0.3%
63 長尾真博士のノート 28 39 0.3% 0.3%
63 飛鳥 32 39 0.3% 0.3%
66 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 23 38 0.2% 0.3%
66 うじがわ・うかいふね・あたごさん:宇治川鵜飼い船・愛宕山 25 38 0.2% 0.3%
68 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 25 37 0.2% 0.3%
68 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 35 37 0.3% 0.3%
68 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 25 37 0.2% 0.3%
68 涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット 26 37 0.2% 0.3%
68 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 28 37 0.3% 0.3%
73 紅鮎(べにあゆ)で湯治ついでに季節の料理 24 36 0.2% 0.3%
74 NHK風林火山(16)由布姫と自害 30 35 0.3% 0.3%
75 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 14 34 0.1% 0.2%
75 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 28 34 0.3% 0.2%
75 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 21 34 0.2% 0.2%
78 擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳 <異星人と未来人> 29 33 0.3% 0.2%
78 小説木幡記:20070612(火)富者と貧者 23 33 0.2% 0.2%
80 平安時代 30 32 0.3% 0.2%
81 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 24 30 0.2% 0.2%
81 北方謙三『水滸伝』八「青龍の章」 27 30 0.3% 0.2%
81 NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助 24 30 0.2% 0.2%
81 小説木幡記:2007/06/19(火)オードリーとPCアクリル・ケース 26 30 0.2% 0.2%
81 小説木幡記:2007/06/20(水)ネジ止めと図書倶楽部 17 30 0.2% 0.2%
81 PowerMacG5の内部 27 30 0.3% 0.2%
87 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 22 29 0.2% 0.2%
87 さくらだ:桜田 25 29 0.2% 0.2%
89 辨慶うどん 23 28 0.2% 0.2%
89 ミホミュージアムの秋 22 28 0.2% 0.2%
89 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 27 28 0.3% 0.2%
92 NHK風林火山(15)悪鬼 22 27 0.2% 0.2%
92 金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 23 27 0.2% 0.2%
94 皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔 2226 0.2% 0.2%
94 金魚水槽の掃除(2005/12/04) 24 26 0.2% 0.2%
94 2006年03月 16 26 0.2% 0.2%
97 San Francisco International Airport:サンフランシスコ国際空港(SFO) 21 25 0.2% 0.2%
98 詩仙堂と猫町:私の京都 15 24 0.1% 0.2%
98 酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版) 18 24 0.2% 0.2%
98 要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡 14 24 0.1% 0.2%
98 NHK風林火山(06)仕官の難しさ 18 24 0.2% 0.2%
98 小説木幡記:2007/06/15(金)なんとなく 17 24 0.2% 0.2%
98 明治天皇伏見桃山陵 18 24 0.2% 0.2%
104 長岡京紀行:2006/03/03 17 23 0.2% 0.2%
104 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 18 23 0.2% 0.2%
104 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 22 23 0.2% 0.2%
104 KGRノート:仮想レファレンス 17 23 0.2% 0.2%
104 小説木幡記:20070609(土)観世榮夫の死 19 23 0.2% 0.2%
104 小説葛野記:2007/06/14(木)雨だな、仕事終わった 16 23 0.2% 0.2%

 見ての通り、「1トップページ」を省いて、2~11位まで10件の間に、NHK風林火山が6件あった。圧倒的にNHK大河ドラマがMuBlogを覆ってしまった。これらの記事は大抵は、日曜の夜半終了後9時前から10時ころまでの小一時間で書き上げている。実に皮肉な話だ。木幡記と葛野記以外は、殆どの場合数時間、写真入りのは大抵半日~1日かけている。つまり、いつものことだが、努力と記事力とは異なる。そんな簡単なことがわかっていても、人生の深奥を味わうこの頃であった、といやに深刻ぶっているが、事実である。

 

3 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹
 これはね、医師でもないのにハシカのことをつい書いてしまって気恥ずかしい。今は沈静化したせいか、こそともアクセスがない。門外漢というか、縁のない世界のことでつい言及し、アクセスがあると、なにかしら心が痛む。

 ↓これは嬉しい。

19 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島>

16 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 90 186 0.9% 1.3%
17 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 124 172 1.2% 1.2

 ↑このあたりは、MuBlogの面目躍如。本心嬉しい。それぞれ写真を整理してきっちり書いたつもりだ。それに大抵畏友のコメントも少しある。blogはこうでなくちゃ! それにしてもCPUクーラーの入れ替えって、みなさん気になるものだろうか。Muの場合は、マシンが不意にシャットダウンするから、しょうことなしに掃除したり、クーラーを換えた。趣味と言うよりも実益。いや、やはり趣味かも。

続きを読む "三十七万アクセス(37万/全体59.7万):MuBlogの分析"

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2007年6月26日 (火)

小説葛野記:2007/06/26(火)涼夏2007PC火入れ式

 いろいろあった。そりゃそうだ、この歳になったのだから、座っていてもよしなしごとが飛んでくる。大抵さけるかわす逃げる隠れる病気になる(爆笑)、しかし今度ばかりは逃げられない。いざ、お覚悟をめされよ、と四方八方から声が聞こえる。よ〜し、受けて立ちましょう。と、男達の晩夏、いや挽歌。

 今日は二組のえらいさん(達)としばし相談。その間、廊下で学生集団にいくばくかのアイデア供応。代わりに助勤二名が昼休み、若い受講生達の応対にいとまなし。手を合わせる。ありがとうよ。

 ……。
 夕方に、あっというまになった。午後五時をすぎたころ、突発的に涼夏2007PCに縋り付く(笑)。物理的には、最後の一点が残っていた。後日写真に残すが、余がこれまで1ダース程自作PCに手を付けてきて、一番難儀に思う部分である。
 ああ、その前にグラフィックボードは一旦外しておいた。手を入れる空間や、MB:マザーボードに火をいれたとき、ディスプレイに、MBのささやきが問題なく聞こえる見えるようにするためには、追加ボードは外しておいた方がよい。

 で、問題は、MBの隅っこにある小さなピンソケット。ここにパワースイッチ、同ランプ、HDアクセスランプ、リセットスイッチ、そしてモニタースピーカ、それらの結線を、+−間違いなく、ピン配置を絶対に間違いなく、差し込む作業である。
 老眼であることも悪影響しているが、これほど嫌な作業はない。これまでまともにいったことがない。パワーとリセットを逆にしたり、+−逆にしたり〜。ものすごく狭い所にピンが何本も隙間無く立っていて、刻印(極小文字)を見たり、マニュアル(極小英文字)を見たり、懐中電灯を当てたりしても、大抵失敗してきた。

 ともかく終わって、ワイヤーにネクタイをして(束ねて固める)、一息ついた。この間、40分。
 さらに一息、やおら。
 電源コードを差し込んで、ディスプレイを接続して、キーボードをいれて、そしておもむろにスイッチを入れた。
 うむ。
 ビーンと、スピーカがなり、画面にあにゃらこにゃらと数字英字列が現れ流れていった。読む間もない。すかさずDELキーを押した。

 おお、成功した。
 マザーボードのBIOS設定画面が現れた。
 これが表示されたら、自作PCの最初の山場を無事すぎたことになる。

 しばらく遊んだ。BIOS設定で遊ぶというのも何だが、いろいろなオプションの可否をさわりまくるわけだ。もちろん、肝心要のRAIDは、可にしただけだ。これだけでRAID設定が終了ならば、世話はない。
 そうそう、ものすご、めちゃくちゃに静音だ。全部のファンが回っているが、こそとも音がしない。いやいや、実は部屋のクーラーが28度cだが、ものすごくうるさい。だから、わが涼夏2007PCは、電源オンかどうかは、パワーランプでしかわからない(ニタリ)。
 ファンの全部に手をあてると、吸気、排気まちがいなく、そよそよと風が流れている。さすがに電源の12センチ大型ファンは、まさにゆるゆると回っている、そんなふぜいだった。
 CPU温度も36度程度だった。これは、不思議。

 と、そこでスイッチを切った。RAID設定や、OS設定にはどう見積もっても、半日はかかる。今のこの、とんでもない時期に、それをするのはかなわぬ。楽しみは後日に置いておこう。
 と、いいながら、次は、メモリやグラフィックボードの記事を夜中に書くことになろう。ああ、この世界も足を一旦いれると、もう、抜け出せない、恍惚の境地だね。ふふふ。
 

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2007年6月25日 (月)

涼夏2007PCの自作 (3)マザーボード(GA-G33M-DS2R GIGABYTE社)

承前:涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット

1.GA-G33M-DS2R GIGABYTE社のマザーボード
 ギガバイト社

GA-G33-DS2R GIGABYTE社のマザーボード
 これまで経験したマザーボードには、ABIT、 AOpen、 ASUS、 MSI社などがある。殆どはマイクロATX(M-ATX)仕様で、ATXに比べると一回り小さなマザーボードだった。たしかに拡張の自由度はATXが豊かだが、大きさが好ましくなかったのでM-ATX規格が第1の指標になっていた。M-ATXは同一社でも種類が少ないが、多少制限が生じるだけで、基本性能は搭載するチップセットで決まるから、ATXとM-ATXとの違いは、ほぼ大きさだけと言っても過言ではない。

 さて。
 マザーボードを先に決めるのか、CPUが先なのか、いつも迷いはしないが熟考するところである。というのは、二つはペアになっていて、制限がある。つまり、CPUを受け付けるソケットが鍵となる。たとえば、ドスパラ通販パーツのマザーボード部門を見ると、まずソケット形状で分類されている。
 このソケット形状は、CPUによって異なる。ともかく、現今流行(はやり)CPUのソケットはLGA775という形状のようだ。これは2004年「年一自作PC」の際に、少し言及した。つまり、そのころ生まれた形式なのだ。

 さて、どちらが先か。
 結局、そのLGA775形式のソケットを備えたマザーボード「GA-G33M-DS2R (GIGABYTE社)」マイクロATX仕様に決定した。しかし、すでにアクリルPCケースがM-ATXなのだから、これは当然でもある。なおしかし、ケースをM-ATXにしたのは、あらかじめ、M-ATX規格のマザーボードを思い描いていたから、となる。
 このように、思考はいったりきたりして、どこかでぴたりと決着が付く。

 問題は、なぜ「初めて」のギガバイト社にしたかということに尽きる。今回の種明かしはこうだ。こういうパーツは元々鮮魚のようなもので、ノリで買ったと最初に断っておく。眼前にとれとれぴちぴちのマザーボードがあって、その仕様が思い描いていた物と一致した。そういうことである。事実日本での発売は、2007年6月9日で、まだ今日で一ヶ月も経過していない。もし動かなかったら、先物買いの失敗にホゾを咬むことになろう。

 マイクロATX仕様で、LGA775ソケットで、基本機能(LANその他)は全部あって、そのうえにSATA-2、つまりHD:ハードディスクの高速接続が容易なもの。これが選定条件だった。値段は、大抵2万円までなので、心配はしていなかった。これまでは1.5万円クラスが多かった。
 ついふらふらと買った理由は、「インテル最新鋭チップセットG33搭載!」といううたい文句に手を出したと、そんな事実もついでに記録しておく。要するに、私は、旧態墨守者であると同時に、ぎんぎんぎらぎらの最新先物にも手を出す、なんともへんてこりんな性格なのだろう。しかたない。

 詳細仕様は上記写真をクリックしていただきたい。記録は怠らなかった。

2.拡張スロット

拡張スロット(GA-G33-DS2R GIGABYTE)
 マザーボードを開けてじっくり見てから、冷や汗がでてきた。つまり、まったくわけのわからない拡張スロットだったからである。分かるのは、真ん中左にある2本の白棒ソケットだけで、これは2004年ころまで見慣れたPCIスロット(Peripheral Component Interconnect)で、ここにTVチューナーとか、上等な音声ボードとかあれこれを増設して、自作の楽しみを味わうわけだ。いろんなメーカーがいろんな変な機器を作って、それを買って、ここに差し込むとPCが大変身するという仕組みである。

 その左にあるちっこいスロットも、右にある突起のついた長いスロットも、私はまったく知らないままに2004年以降、マザーボードを見ていなかったことになる。年一PC自作どころか、「忘れた頃のPC自作家」となろうか。
 それはそうだ。ドッグイヤーズというのだから、世間の一年がこの世界の7年分。あれからすでに21年も経過していることになる。
 結果的には、あとさき見ずに買った後述記事の新鋭(笑)グラフィックボードが、この長いスロットにしかおさまりようがなかったので、私はやっと冷や汗がひいた。しかしいまだに、左端の「PCIExpress x4」と刻印されたスロットに、何を装填するのか想像できない。
 そういえば、それまでグラフィックボード(ビデオカード)専用みたいだった高速AGPスロットが無くなっている。

 詳細仕様は上記写真をクリックしていただきたい。

3.SATA-2のソケット

SATA-2のソケット(GA-G33-DS2R GIGABYTE)
 今回このマザーボードにした一番の理由をようやく思い出した。RAIDである。このマザーボードは、RAID0,1,5,10という4つの方式が可能である。つまりHDを連装して高速安全なアクセスを確保する(古典的にして)複雑なシステムに、このマザーボードはきっちり対応しているという事実を知って、選んだのだ。それを上述で忘れたのは、あまりに機能が多く、新しいものもあって、他に目を奪われてしまったからにすぎない。

 そのRAIDは、HDを高速で接続する必要がある。そのために昔のIDE規格では効率が落ちるので、現在はSATA-2規格が主流となってきた。2004年ころのSATAが1秒間に150MBほどのデータ転送が可能で、今のSATA2は300MBになっている。速い。

 で結論。このマザーボードは、このSATA2(SATAII)スロットを合計6つ持っている。2004年頃は二つに過ぎなかった(その頃のマックもそうだった)のが、今は6つになっている。要するに、高速HDを6機も直付け出来ることになる。そこまではしないが。

 続きは、グラフィックボードについて一言。

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2007年6月24日 (日)

NHK風林火山(25)自縛の掟

承前:NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶

 自縛とタイトルにしたのは、甲州法度の末尾に、もし晴信が掟を破れば自らも裁かれるとあったからなのだが。むしろ父親の信虎の生き方が、今の晴信を締め付けているという思いが深かった。領主というのは、専制と疑心暗鬼の中に生きるものだ。
 晴信のこのごろのセリフ廻しは実に板に付いている。不気味である。これは信虎の再来とさえ思わせる。

 今夜は、由布姫の父と、晴信の妹との間に生まれた諏訪家の嫡男寅王丸を、今川家の雪斎に預け出家させるところが最初の山だった。
 雪斎は、今川義元の母・寿桂尼とともに、寅王丸を受け入れることが得策と瞬時にさとったが、義元は勘助の提案を暗い根回しとして徹底的に嫌う。
 しかし、もしも武田と今川とが不仲になれば、今川は寅王丸を大将にして諏訪に攻めることができる。諏訪は嫡男になびき、武田を見限るという考えだった。
 義元はそういう画策を、勘助が己の欲のためにやっている、「主君の為と偽っている」とののしる。

 さて。今期風林火山の見どころは、山本勘助がいわゆる「ダーティー・ヒーロー」として描かれるところだ。ダーティの主因は、板垣も勘助を叱ったように、勘助があまりに由布姫、四郎親子に気持を注ぎすぎだからである。
 勘助や由布姫の視点では、あふれるほどの愛情だが、それを客観視するなら、武田の家の秩序を破ることになる。それは武田家嫡男太郎の母親・三条夫人の立場に立てばよくわかる。

 まだまだこれから時がかかるが、四郎は諏訪家を継ぎ、さらに武田家を継ぐことになる。山本勘助の力でそうなったというのが、「風林火山」の基調であるから、えげつないほどの謀略があるのだろう。

 課題というのもおかしいが、そのあたりのダーティーな謀略をドラマがどのように描き、そして勘助や由布姫がどのような光で照らされるのかが、興味深いところである。

 今夜の由布姫はちょっと険しい顔をしていた。物語とはいえ、諏訪に置かれたまま、めったに晴信もおとずれないのだから、これはわかる。由布姫というより、「四郎が可愛くないのか」の思いが強い。そして、勘助は今川へ行っても、宿老にあっても、三条夫人にあっても、ことごとく「醜い男」という目で見られ。
 軍師勘助が諏訪に常駐するというのも、遠ざけられた結果とも言える。必然として、勘助を頼りにしているのは、由布姫だけという状況になってきた。

 Muは、そんな風に言いながら、雪斎の独特の陰謀顔や、晴信のきわめつけの腹芸顔に興味津々だった。由布姫や勘助の動きは大事だが、それとは別の楽しみもある。

 ああ、ガクトは予告編にしかでてこなかった。それで、よかろう。

復習日本史:甲州法度
 武田信玄(晴信)の生没年は1521-1573と言われているので、享年53歳であろうか。今夜の甲州法度(甲州法度之次第)は1547年ころの制定だから、27歳ころの法治事始めとなる。実際は、広がった領国内の地侍や家臣団の秩序を守るルール作りだった。さらに百姓の年貢や逃散(逃亡)についての厳しい掟だったのだろう。
 そういうルールが、自分自身や、家族にどう作用したか。そういう見どころも今後あると思った。

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2007年6月23日 (土)

涼夏2007PCの自作 (2)ハードディスクとDVDのセット

承前:涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源

HDの三連装姿。合計で1テラバイト

HDの三連装姿。合計で1テラバイト。
 一般に現代PCは、導入価格の考慮からか、HDは一機が標準である。ノートPCだとスペース問題から、二機連装はよほど特殊な場合以外に、見聞きしない。
 しかし自作PCだと、HDを増設するのは当然のこととして行われている。また、デスクトップ型PCの一般購入でも、手慣れた人だと二機目のHDをオプションで増設する。

 私の場合ここ何年かは、一機のHD中身を分割(パーティションの設定)したりせずに、HD単位でデータを管理してきた。一機目にシステム(OSや常用アプリケーション)を収め、増設二機目に自分で作成したデータ自体(文書やプログラマ)を格納していく方法だった。

 今回、三連装としたのは、後日の記事で説明するRAID5(タイプとして、0、1、5、10などの手法がある)という方法を採ったからである。これはHDを有効利用する手法で、従来からワークステーション(PCよりも機能が高度なコンピュータ)で用いられてきた。
 しかし昨今のHDの廉価、大容量にからみ、PCのマザーボードのチップ(基本性能を決定する要素)でRAID手法を扱うようになり、ほぼHDの台数だけを増やせば、一般自作者でもその高度な機能を使えるようになってきた。

HD:ハードディスク HITACHI 320GB SATA-2
HD:ハードディスク HITACHI 320GB SATA-2

 これまで以上に、HDのデータを高速に処理することができるRAID5手法とは、データをHDの台数分に細分して保管し、結果として3機を用いて2機分の容量を扱うことになる。消えてしまった1機分の容量は何に使われるのかというと、どれかのHDが破損したときの修復用である。

 今のところ、HDの同種利用要求は、マザーボード説明書(英文)で見付けていないので不明だが、慣例的に全く同じ種類のHDを三機用意した。RAIDはまだ特殊な扱いなので、同じメーカー、同じ規格のHDを使うのが妥当と思われる。この詳細は後日に考えてみる。

DVD: Buffalo DVSM-X1218FBS-BK SATA仕様

DVD: Buffalo DVSM-X1218FBS-BK SATA仕様
DVDと4センチ2連装ファン
DVDと4センチ2連装ファン
 私はDVDをあまり使わないのだが、OSを導入するときには必要なのでセットした。規格を見ると、すべてが従来よりも高速なので、それなりに使うことになるかもしれない。たとえば、CD-Rへの書き込み速度は48倍速になっていた。

 一番工夫した点は、同じタイプでも旧来のIDE接続と、新しいSATA接続があったので、後者を選んだ。読み書き速度は、HDに迫るほどでもないので、旧来のIDE接続でも問題は全くないのだが、別の観点からそうした。つまり、ケース内での配線が、新しいSATA方式だと、すべてにおいて簡潔だからである。ほとんど、ワンタッチという感触で接続が可能となり、配線容量も激減する。以前の自作PCでは、ケース内を幅広5センチほどのIDE接続ケーブルがのたうっていた。
 DVDは正面に、吸気ファンと隣り合わせでセットした。

 次は、マザーボードを中心にした組立になる。アクリルケースがマイクロATX仕様としては充分な空間を持っているので、手技は容易と思われる。また、このケースでは、マザーボード用の基盤が独立しているので、基盤ごと組立ててしまい、それをケースに裏から組み込むことができる。

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2007年6月21日 (木)

涼夏2007PCの自作 (1)アクリルケースとファン、電源

0.はじめに
 年一PC自作を標榜してきたが、最近は小物ばかりだった。この5月に2000年製ののVaioノートを少し触ったくらいだ。

 気になってニフティの検索バー(MuBlogの右サイドバー下部)で探したら、「葛野2004P黒の製作(0)ケース」という記事が見つかった。2004/06/23の記事だった。今日が2007/06/21(木)だから、もう3年目になる。PCも3年たつと当時の新鋭マシンも少しくたびれてくる。

 ネット上でのアプリケーション(ワープロや表計算)を自由に使うには、2000年のVaioは当然無理としても、2004年のペンティアム4マシンでも、いやに重たく感じられるようになってきた。これは、JavaやJavaScriptの実行速度と関係があると思っている。それで、ひさしぶりに高速の、「年一PC」らしいのを作ることにした。題して、

 涼夏2007PC

 以下、順番に組立ながら記事を掲載する。CPUとかマザーボードの規格は、自作PCではもっとも関心のあるところだが、それもあとにする。
 パーツの各写真をクリックすると大きな写真といっしょに、パーツの細かな情報も読むことができる。何かの参考にしていただきたい。

 パーツ入手の殆どは、ドスパラの通販ですませた。大きいものから細かいものまで沢山あるので、通販は便利だ。
 
1.アクリルPCケースM-acky: M-ATX規格 

アクリルPCケースM-acky
アクリルPCケースM-acky (側面)
アクリルPCケースM-acky(角の細部)

 「涼夏」と名付けたのは、今回のPCケースを透明なアクリル製にしたからだ。アクリ屋ドットコムという会社の製品を選んだ。規格はM-ATXだが、内部空間はゆったりしている。
 宅配で受け取って机上に置いたとき、一番驚いたのは工作の精緻さだった。以前から興味があったので、いずれアクリル板を買って自作しようと思っていたが、実際に製品を手にしてみると、それを私が短時間でゼロから作るのは無理だとはっきりわかった。

 私が設計図を書いて、いろんな工具を買って、試行錯誤しながら作ったなら、PCケースだけで一年間はかかってしまうだろう。適正な価格で、プロの作った物を使うのは正しい方法論だと、そう思った。

 ここで、アクリル・ケースの弱点は分かっている。
 スチールやアルミに比較して脆弱である。ネジ留めなどで割るかもしれない。
 最初は美麗でも、ホコリや熱で汚くなるかもしれない。丁寧に掃除するのが必要だ。
 少し割高だ。総アルミに比較するとやや安い程度だ。
 アルミだと、ケース自体が巨大なヒートシンクの役割を果たし、冷却効果が大きいが、アクリルだと、多分まったくそういう効果はないだろう。

 では何故アクリルPCケース選んだのか。物珍しいからか。そうではない。数年前に透明ケースが流行ったこともあったが、今はそれほどでもない。

 中が見える。その一点に最大の価値をみた。
 実利的には、大学などの初級情報処理には最適だろう。以前、葛野図書倶楽部の学生達を相手に、シスアドの勉強を兼ねて眼前でPCを組み立てたことが数度ある。
 普段は目に見えない、手にもしない、ただ教科書に写真があって説明されているだけのパーツ類。それは抽象的すぎる。それらのメモリーや、ハードディスクやCPUを、実際に手にとって組み立てると、話と実際とがぴったり重なる。そこで、わけのわからなさが消える。
 しかし、蓋をすると、元のブラックボックスに戻ってしまう。
 透明アクリルケースだと、いつ何時でも中が見える。その事の意味。

 精神的な問題として、これは私に関わる固有のことかもしれないが、骨組みが好きなのだ。それを見ていると構造がわかって、安心感が生まれる。そうなると、マシンとの一体感が生まれ、疎外感がなくなる。ソフトを作っても使っても、そのデータが直にハードディスクの回転にともなって、目に見えるメモリーとCPUとを往還するのが解ってきて、隔靴掻痒(かっかそうよう)の苛立ちがなくなる。気分が透明に落ち着いてくる。
 となると、これは精神的な話ではなく、実質的なことになる。

 熱対策は、やってみないと解らない。
 ケースファンや電源は慎重に選んだ。工夫しても熱暴走するなら、両サイドパネルをはずして素裸にし、扇風機を当てるつもりだ(本気である)。
 なによりも、透明ケースは美しく、仕事をしていても気持が楽になる、そうなるだろうと明瞭にイメージした。

2.ケースファン:8センチ静音、4センチ2連装静音

ケースファン:8センチ静音、4センチ2連装静音
 これまでになく、ケース・ファンを3つ購入した。アクリルケースには穴だけあって、ファンがひとつも付いていなかったからだ。

 単にCPUの熱暴走を食い止めるだけなら、CPU水冷式が良かったのかも知れない。しかしそれは割高で、メンテナンスも多少面倒に思え、しかも製品が少なかった。なにかしら躊躇した。
 ケース内全体の熱源はCPUだけではない。今回はハードディスクの3連装や、グラフィックボードなどを用意するので、ケース全体が熱くなる。
 これを解消するには、ケース内に風の道をつけるしかない。
 CPUの冷却には、とりあえずインテル社のキットについているファンだけで試してみることにした。

 ファンのサイド部分には、↑→というマークがあって、最初の矢印が風の向き、次がファンの回転方向である。風の向きに注意して、吸気と排気とのバランスをとった。
 フロントの、5インチベイにセットした4センチ2連装ファンは、もともと風の向きが吸気だった。もちろんファンを外して逆様にすれば排気になるが。5インチベイは、DVD以外の部品を付けた経験がないので、結局ここをケース・ファンにしたわけだ。

 ケースの底にも吸気で8センチファンをセットした。
 バックパネルにも穴があったので、これはファンを逆様にして、排気とした。電源のメーカは、「ここにケースファンをセットする必要はほとんど無い」、と説明していた。つまり電源附属ファンがあるので、風の道が乱れるからだろう。やってみなければ分からない。

3.電源 450W Evergreen SilentKing5

電源 450W Evergreen SilentKing5
ファン、電源をセットしたアクリルケース
 電源はEvergreen社の、SilentKing5という、450W対応のものを選んだ。マイクロATXのケースには、オーバースペックだが、ハードディスクのことや、いろいろ考えて選んだ。
 12センチの大型排気ファンが付いていて、これまで経験した8センチファンよりも、少し静音を得るかも知れない。ファンが大きくなると回転数を落としても、風量が豊からしい。

 電源と、ケース・ファンをセットして、横置きにした写真を載せた。
 左上の黒の四角い箱が電源で、下部に大型ファンが付いている。左側が、バックパネルで、電源の下にあるのが、8センチ排気ファンである。右側の手前(つまり、底)には8センチファンが吸気でセットしてある。右上、つまりフロントパネルに、5インチベイを介して4センチ2連装ファンを吸気でセットした。

 こうやって、がらがらのケースに風の道をあらかじめ想定し、ファンをセットした。効果があるかどうかは、わからない。ただ、透明ケースだから、ファンが見えるというだけで、私の熱温が少し下がるかも知れない。

 なお、組立工作の間中、両サイドパネル(つまり写真の位置では、下と上)は外してある。最後まで付けないかも知れない。それだと、今度はケースの強度が問題になってくるだろう。

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2007年6月20日 (水)

小説木幡記:2007/06/20(水)ネジ止めと図書倶楽部

 いろいろあった。まず記録しておきたいことを先に。前振りを書くには疲れている、ほっとした木幡書斎。

1.ネジ留め緩め
 昨日は葛野で、上から4センチ2連装ファン、DVDドライブの順にセットした。今日は夕方それを逆さにした。「風の道」からみると、昨日のままでよいのだが、配線の関係でやり直した。いずれ写真で解りやすく精緻に説明する。
 こうなのだ。
 まず、その部分のアクリル板は直径5ミリある。ぺらぺらでもないが、頑丈でもない。DVDドライブには両端合計8カ所(多分)ミリネジがある。ファンには両端合計4カ所(インチ?)ネジがある。ミリかインチかはよくわからない。ともかく、全面の5インチベイに取り付ける両者は、ネジの種類がことなる。

 ファンはネジ留めが合計4カ所だから気楽だ。ところが、さしかえてDVDに8カ所のネジ留めをするとき、より注意深くした。理由は、二つの垂直アクリル板に挟み込められた宙づりのDVDは、両端ともやや少しミリ以下で隙間がある。これを両端からネジ4本ずつで押さえ込むのだから、力を分散しないとアクリル板が割れる。

 まず片方を、左上・右下と7割方とめ、他方を同じく左上・右下で7割方とめた。左右だから逆になる。元にもどって、右上・左下を9割方とめ、他方も同じくした。
 最後に、それぞれを9割5分まで締め付けた。8カ所をそこまでして、一息ついた。やおら、一呼吸して、全8カ所を、手首をクッと動かすほどに力をいれて、100%締め付けた。

 これで、アクリル板も割れず、ゆるみで振動も起きず、さらに、両方からバランス良く締め付けたことになる。
 この一連の操作が実に心地好かった。
 教授会が終了したのが、夕方5時。明日の準備を終えて、およそ6時前から始めた仕事だった。

2.SATA仕様で配線を楽にした
 今回は、3連装のハードディスクはすべて、高速のSATA-2タイプにした。その上、DVDドライブまでIDEじゃなくてSATA(セリアル・ATA)にした。さらに、FD(フロッピー)は付けないことにした。
 何故か。
 まったくの透明アクリルケースだから、いままでの長大なミミズがのたうつような配線は止めにしたかった。以前、MAC-G5の内部を披露したが、芸術的な美しさだった。自作ATマシンだから、そこまでは行かないが、ともかく従前のアルミやスチールケースだと、中が見えないから、のたうつ配線を側板で押しつけて蓋をする始末だった。
 だから、これを止めることにした。
 SATAは、それまでの幅5センチ程度あるケーブルが、すかっと一本になっている。電源コードもあっさりしたものだ。FDも、小汚い配線になるので、付けること自体を止めた。
 後者は、実はRAID設定時に必須なのだが、ともかく、もし必要ならばその時だけFDを付けることにした。USBタイプのFDもあるので、それでまかなえれば上々だが、これは後日のこと。

3.ところが、SATAを使いすぎ
 夕方、Gigabyte社の最新のマザーボードを触っていたら、SATAのソケットは6つあるが、ケーブルが二台分しかない。あれこれ道具箱をさがしたら、長短あるにはあったが、やはり新品を数本用意することにした。これは後日ドスパラへ買い物に行く。

 で、肝心の電源もSATA用には2系統あって、一本のワイヤーで二つのSATA部品に電源を供給出来る仕組みだった。3連装のハードディスクの2台は、1系統で完了だ。だが、もう一台とDVDとが離れすぎている。方法は別途あるのだが、残り1系統ですっきりすませるには、DVDとファンとの場所を入れ替えるしかない。
 そこで、上述の1を執り行った。
 すっきり接続できた。
 (数日後には、一旦すべて外す。でないと、マザーボードを入れられない)

 以上が、今夕の小一時間の工作と考察だった。疲れが吹っ飛んだ。

4.今日一日と倶楽部局長
 本日の出入りは、授業一つ、会議二つ、そして学生数名とそれぞれ話、授業内容相談など。
 今日は、昼に倶楽部例会があったようで、その報告は局長・副長、両名からまとめて後日時間をとって聞くことになる。
 会議が終わった頃、屯所を覗いてみたら、局長一人がぽつねんとパンを食べていた。
 しばし歓談した。

 で、いろいろ感心した。葛野図書倶楽部2001は、歴代の局長に恵まれてきた。今年もそうだ。そう、実感した。なにが、と細かく言えるものではない。雰囲気だ。
 だんだん、時間とともに、組織を背負う陰影が滲んでくる。これは、年齢から考えてみるとすごいことである。
 これまでいつの代も、初夏には局副両名がバランス良く形影あいともなう状態になってくる。
 副長は、いつも、客観性を保持する立場を堅持した。絵に描いたように、そのように振る舞ってきた。副長は参謀だった。
 そして。

 局長だけの孤独がいつもある。局長は常に、余と倶楽部との板挟みになる。そういうプレッシャーに常時さらされている。それが独特の雰囲気を漂わせる主因なのだろうと、あらためて感心した。
 役割が人をつくるのか、人が役割をつくるのか。
 往還。

 倶楽部万歳、代々の局長万歳。
 合掌。

5.一杯あるのだが
 今夜の記録はこのくらいにしておく。
 明日も、授業二つ、会議一つ、「大乗仏教と浄土真宗」哲学深読、いろいろある。楽しいのか、辛いのか、それも往還。
 生き抜こう。

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2007年6月19日 (火)

小説木幡記:2007/06/19(火)オードリーとPCアクリル・ケース

息が詰まるような毎日だね
 夜になった。気持ちよく疲労が激しい。あとは風呂に入って、そのまま寝込みそうだ。
 昨夜もそうだった。夜間9:40ころにメルして、「返事がないなぁ」と思ったまま眠ったのか、早朝に携帯をみたら返事が入っていて、到着時間は送ってまなしの10:00だった。
 今日も、終日、息がつまった。
 しかたない。忙しいのだろう。

オードリーは天才だった
 午前、仕事しながらTVを聞いていた。オードリー・ヘップバーンの連載の一つだった、NHK。森英恵さんがゲストで、時々オードリーに関する逸話や、感想を話していた。
 オードリーは昨年の授業(共同演習)で、あるグループが彼女に関する厖大な情報をまとめ、優秀な作品に仕上げて、一席になった。それで記憶にあった。

 ジバンシーはオードリーについてこういった。
 「オードリーは、ジャガイモ袋をかぶっても、上品に見える女性だ」。
 「オードリーに出会って、新たなインスピレーションが生まれた」。
 こんなセリフをならべても、なかなか伝わらないので、余の理解した範囲で、オードリーについてまとめてみる。内容はNHKの話をもとにした。

 つまり、オードリーは「美の天才」だと思った。
 美しく見せるとか、装うとかの前に、オードリーは自らを、気持ちよく表現することを考え、行動し、結果として人びとを惹きつけた。

 オードリーは、それまでのハリウッド女優とは正反対の人だった。スレンダーで、ボーイッシュだった。グラマラスな正当派女優の視点からみると落第生だった。スレンダーとはやせっぽち、電信柱であり、ボーイッシュとは断髪女、おとこおんなと、言い換えることもできる。胸がちいさい、腰に丸みがない。それまでの女性美意識からみると、落ち込んでもおかしくない女優だった。

 たしかに顔立ちは今見ても美しい。しかし、古典的な日本女性の美からみると、やはり変なところもある。
 オードリーは、どうしたのか、どうだったのか。
 真っ黒の、運動着のようなシャツとパンツだった。そこに香りがあった、美が生まれた。
 真っ黒のパンツに、シルクのブラウス。当時の米国の色彩からはかけ離れていた。それはヨーロッパの光と影の世界だった。
 ジバンシーは、オードリーのために直線を選んだ。頭から袋をかぶるような、丸みのないドレスも作った。女性の曲線を排除したファッションだった。オードリーは直線の体型だった、だからそれを強調した。

 当時のハリウッド女優は、顔が勝負だから、サングラスも小さなものを好んだ。
 オードリーは顔が隠れるようなでっかいサングラスを選んだ。それに合わせて、でっかい帽子を好んだ。このことで、小さな顔が余計に魅力あふれる「小さな顔」として、個性となった。

 要するに。オードリーは世間に合わせたわけでもない、世間に反発したわけでもない。自分自身をよく知り、知った上でファッションも、行動も起こした。

 やはり、オードリーは「美」ということに関する、一人の天才だった。と、今朝のNHK番組を聞いていて、思った。
 だから、逆のことも言える。
 大柄な女性はそれを生かすファッションやメークを創り出せばよい。やせっぽちはそれなりに。和風は和風なりに。そう考えると、似合わない茶髪や、全員一色一辺倒のファッションやメークは、悲しい。

 そして、男達、余も。
 佐々木蔵之介(真田幸隆)や、内野聖陽(勘助)、千葉真一(板垣)だけが男じゃない(爆笑)。
 世間に合わせなくてもよい。世間に叛旗をふらなくてもよい。
 ちょっと、自分を見つめて、自分に一番似合った生き方を、選ぶ季節になってきた。
 余は、工夫して、木幡爺らしく、自分を見つめ直そう、ぞ。
 そこで、年一PC。

PCアクリル・ケースに忘我
 早朝から、午後まで、頭がパンクしそうになって、ついに三時すぎ、「ああ、やめた、やめた」と、精神的ちゃぶ台反し状況にはまった。
 すべてなげすて、ついに、手を付けた。年一PC。(年に一台しかPCの自作をしないから、年一PC)
 パーツはほとんどすべて月曜にそろっていた。
 
 おもむろに、白手袋をはめ、アクリルケースのネジを数十本外し、左右アクリル板を別置きした。
 ファンを合計3機、ハードディスクを合計3台。そして450Wの電源装填。DVDドライブ。
 今日はここまでだった。

 何を申したいか。
 ああ、余の本然の一つが、現代PCの自作だと思ったのだ。透明きわまりないケースの中に整然とならぶハードディスク3連装。3機のファンを、吸気、排気を考えながらセットする醍醐味。
 やがて、その一々がMuBlogを飾るであろう。
 つまり。
 世にようなきものとおもいなしたとき、パーツを選び、手技で丁寧にセットしていく。そこに命がこもる。
 慎重を要する。アクリルはひび割れる。しかしネジ留めを怠ると振動が発生し、接触が悪化し、正常さを失う。この手加減。
 ここにしか、余の個性はなさそうだ。
 自明。これしかない。

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2007年6月17日 (日)

NHK風林火山(24)晴信の妄念とガクトの妖艶

承前:NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ)

春日山城跡
新潟県上越市大字中屋敷

 番組予告の後で、新潟図書館に所蔵しているとかいう絵地図が見えた。それが、この上杉謙信の居城跡なのだろう。

 由布姫。またその話になりそうだ。
 始まると同時に、由布姫が四郎を差し出し、「勘助、生まれたのです、あなたの子が」とセリフをなげかけた。これにはドキリとした。種を明かせば、真田の助けで、上州の寺で鉄砲傷の療養をしていた勘助が十日間も眠り続け、そのあげくの夢の話だった。

 一方、晴信が諏訪を訪ねた時、由布姫は晴信の<勘助と晴信と、どちらが良いのか?>という意味の質問に、姫がけっこうキツイことを晴信に投げつけた。怖い娘さんだな。
 要するに、「良い悪いのもんだいじゃない。勘助が居なければ、お屋形さまは戦もせず、しても敗れていた」と。それはつまり、晴信が優しい心を持った武将だから、勘助とは異なるという意味を含ませていたのだが、晴信はそうはとらない。さらに姫は、板垣と勘助との、お屋形さまを導き助ける内容まで話したものだから、晴信はだんだんおかしくなってくる。

 だが。晴信がおかしくなってくるのは、私には当然のことだと考えた。それは、プライドを傷つけられて当然とか、晴信が瞋恚をもって当然とかのレベルの話ではない。
 晴信は、勘助と由布姫の仲を疑うレベルの話ではなく、二人の「切り離せない繋がり、絆(きずな)」を知って愕然とした、というのが今夜の筋立てだと思った。
 それは由布姫が家出して、それを勘助が探し、連れ戻した時点で既定の事実である。

 しかしなお、それをして勘助が姫と男女の仲になったとか、そういうことと思ってもらっても心外だ。ことはそんな軽いことではない。仲になってもならなくても、自然なのだ。
 要するに、由布姫はすべてを勘助に預けた。最初から、勘助が「お屋形さまに可愛がっていただきなさい」と、指導したからそれに従っただけなのだ。
 今後、晴信は「女性」に空虚を味わい、戦の血なまぐささでそれを補い、部下に苛烈になることで安定し、さらに美しい女を漁ることで空隙を埋めようとする。しかたないことである。

 と、まだ由布姫の余韻は残る。それはそうだ。核心は、今夜見た「わこ」、四郎が如何にして武田勝頼として、信玄(晴信)の後を継ぐのかにある。その背後に勘助がいて、その勘助の心には由布姫が見え隠れすることになる。

 風林火山、基底にある話が重い。
 とはいうものの、真田幸隆が武田晴信の後押しで信州真田郷、小県(ちいさがた)に戻った時、昔の部下達が村上の配下を離れ、領土をすてて参集したのは感動的な姿であった。さらに、その前に上州を去るとき、幸隆の妻忍芽(しのめ)が、「夫は一国一城の主として、その責任感のもとに、この何年も諸国をめぐり、屈辱に耐えてきた。だから、武田は憎いが、夫の判断に従う」という意味のことを言ったのもよかった。

 仕える身と一国一城の主とでは、見識が異なってくるという好例だった。昔風に言うとこれは、「むしろ鶏口となるも牛後となるなかれ」、の諺が似通っている。ちっこい鶏であっても頭になるほうが、でっかい牛のお尻になるよりもよい、という意味かな。
 真田幸隆は小国の頭なのだから、宮仕えという「牛の尻」とは全く考え方が異なる。

 ところで、ガクト。
 妖艶きわまりないな。セリフまわしは、一昨年のタッキー君に似通っていた。すこし素人っぽいところから、義経も始まった。ガクト謙信もそうなのだと思った。そう言えば、数回前の由布姫も同じだった。
 役者に芸は必要だが、人びとにとっては、その芸以前に圧倒的なオーラがかもし出す存在感に引きずられるのだろう。私は毎年毎年、ベテランと新人とが、だんだん時とともに、所をえていく大河ドラマが好ましい。

復習日本史:上杉謙信
 まだまだなのだが謙信、今の内にすこしずつ復習しておこう。
 上杉謙信は新潟県(上越)の戦国武将で、1530年~1578年、49歳でなくなった。信長や、後世江戸時代の芭蕉もそのくらいしか生きていなかったはず。やはり人生50年の時代だったのだろう。
 長尾景虎(かげとら)と名乗っていたが、関東管領(かんれい)上杉憲正(のりまさ)の養子になって、いろいろあって(笑:詳細は知らない)上杉謙信になった。

 大昔、NHK大河で見た記憶がある。ウィキペディアによれば、石坂浩二が謙信役だった。1969年「天と地と」、ぼんやりと覚えている。そうかぁ、今から40年ほど昔の話なのだ。初のカラー作品だったが、水前寺清子さんが娘さん役をしていたのが、ぼんやりと目に浮かんだ。カラーがどうした、と現代人は思われるだろうが、高額のカラーTVを持っていたのは友人の某I君の家くらいしかなかった。そこで、カラーを見た。自宅では、白黒TVだったので、驚いた。
 ↑これも復習日本戦後史だね。

 で、その謙信が妻帯しなかったのは事実のようだ。なんとなく性を超越した人のようで、わずかに数十秒の出番でも、いささかガクトが似合いすぎだ。狂気をはらんだ神秘家だったのじゃなかろうか。ものすごく戦いが上手だった。毘沙門天を信心していたが、実は~、幼児のころ我が父も、守り神は毘沙門天じゃ~と、本気で話していたので、その後もなんとなく毘沙門天と聞くと気持が和む。なお、我が父は決して狂信者ではない。ごく普通の涙もろい(元・鉄道省勤務の)土建屋の親方だった。

 なんとなく話が右往左往するが、今回の人事、じゃなかったキャスティングはどれもおもしろいが、ガクトの狂・軍神役は、火炎の絵に描いたように見えて、空恐ろしい。

参考サイト
  春日山城:埋もれた古城
    バーチャルマップ春日山城
  [Mu注:春日山城の話だけではなく、上杉謙信のこと、NHK風林火山のことなど盛りだくさんの内容です。]

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AQUOSケータイ・W51SH (au)で革命を知った

TV(ワンセグ)が鮮明に映る
Mufurin_2595 ケータイ(近頃、携帯電話という文字を見かけない)を3年ぶりに買い換えた。物保ちが良い方だ。先回のは故障知らずで、転送メルだけを見ていたが、問題はなかった。この頃は三日くらいで充電しはじめたので、そろそろ電池切れと思い出した。

 思い切ってシャープのAQUOSにした。今春のものだから、夏物がそろそろの今時、なんか下手な買い物とも思ったが、そんなことを云っていると、いつまでたっても変えられない、普通の心理。エイヤ!

 お値段は、夏前でも人気機種らしく(と、お姉さんのセリフ:多分、どんな機種でも人気高く品薄になるような予感:邪笑)、3年au継続で1万5千円もした。無料に近いのもあったから、ちょっとだけ高め。ポイントとか夏期割引?を含めて、丁度1万円になった。なんとなく割安のええ気持にさせてくれるauさん。
 そういえば、担当の人はベテランで、人当たりがよかった。短時間で要点に答えてくれた。その間、数度別の店員さんが側に来て、彼女に小声で仕事の指示を受けていた。

AQUOSでMuBlogをブラウジング

AQUOS ケイタイ W51SH  (au)
 わざわざMuBlogに載せたのは、深い意味で革命を味わったからである。
 もともとケータイはコンピュータなのだが、このAQUOSは最良のPCケータイになると思った。米国流通のケータイiPODは知らないが、少なくとも日本はこういう機種を1万円で市場にだしたわけである。

 3インチの比較的大きな画面を横置きにして、PCサイトを見られる。どれほど宣伝されて、カタログに踊っていて、すでに既知のことだったとしても、実際に手にしたときは唖然とした。
 PCが通信ケータイになったのじゃない、通信ケータイがPCになったのだ。
 入出力デバイスとして、この3インチ横置き画面がついたAQUOSケータイは、革命であると、Muは記録しておく。

 ここに一般のOSが載るとか、パワポ出力が可能かとか、一太郎が走るかとかは、結果としての将来の枝葉である。要は、これほど制限の強い物理媒体上で、自然にインターネットをブラウズ出来るケータイ、その大きさ重さ、その画面の機能性、そこが重要な所なのだ。
 3インチカラー液晶を横置きに、小気味よくできて、机上に掌に置くことができる。これはどうしようもなく、ものすごいことである。

 ついでに申すと。
 ワンセグTVも、あれほど宣伝されたが、内心は「嘘でしょう」と思っていた。「どうせ、ぎざぎざの画面に、こもったような声なんでしょう」と。
 そして、愕然とした。
 軽く画面を横にする、NHKが民放がくっきり映り、イヤホンなしの内蔵スピーカーで、耳の遠くなった(笑)Muにもクリアに聞こえる音量・音声、音楽、字幕まで!(そういう初期設定)。さすがに由布姫の写真は掲載しなかったが、記事巻頭をじっくり見ればわかるように、風林火山が横置きTVの迫力で充分味わえる。

 他の機能は当然てんこもり、Muは邪魔くさがりなので、転送されてくるメルと、インターネットとTVとディジタルラジオとFMしか使わないだろう。ああ、カメラも200万画素になった。
 通常内部メモリは120MBあるらしい。
 それでもワンセグTV内容は綺麗に録画できた。別途購入すればマイクロSDカードは2GBまで対応だから、カタログには10時間40分録画可能と書いてあった。(これはもちろん充電しながらだろう)。通常のTVに出力もできる。
 ああ、音楽関係もてんこ盛りだが、あんまり使わないだろうから書かない。

 宣伝臭が滲んできた。もう、止めよう。シャープとも、auとも縁もゆかりもない。
 ただ、革命であることの意味を、数パーセントの人には知ってもらいたい。
 (作った人達は、そういうことを、まさか知らないわけでも無かろう)

   × PC→ケータイ
   ◎ ケータイ→PC

 すなわち、インターネット・通信世界にとっての最良のデバイスが、我が手に載った。
 あとは、グーグルお得意のネットアプリを自由に使えるだけの速度がでれば、完璧。通信速度も関係するが、やはり、CPUをワークステーション、最新ゲーム機並にしないとなぁ~(笑)

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2007年6月16日 (土)

小説木幡記:2007/06/16(土)

(1)駐車料金とかタクシー
 京都市伏見区に行きつけの銀行があって、自動車を暫時駐車した。もちろん30分とかは無料、さらに必要に応じて、銀行業務を果たす限りは全額無料にしてくれる。駐車場業者と銀行が提携しているようだ。

 しかし、そうでない場合は、なかなか高額だ。30分で400円もする。一時間で800円~。ちょっと離れた市営でも30分で200円、一時間で400円。京都駅八条口の市営では、30分250円、一時間で500円も取る。

 暴利じゃなかろうか。もちろん駐車違反すると、多分○万円ほど取られるだろう(最近ずっと黄金免許証なので相場不明)から、それに比べると安いが。

 なんとなく、駐車場経営理念とか関係者(京都市も含む:財団か?)は、取れるところで取れるだけむさぼり取るという蛇蝎(ダカツ:意味つうじるかな)のような経営者ばかりなんかな。
 人が沢山来るところなら、そんなに高く取らなくてもよいのに。

 よく似た事例で、タクシーも、時間かかるほどサービスが低下するのに、メーターだけがどんどんあがるって、ああいう発想は一体どこからわき出てきたのだろう。品性がねじ曲がっている。道が空いていて、早く着いたら、チップ渡したい気持になるが、さんざん待たされて、あげくに高額むしりとるなんて、ものすご変な商売じゃ。

(2)細川ラーメンで、ラーメンライス
 このごろ、チャーシューメンは止めて、普通のラーメンにしている。そして十回に一回程度、小ライスを注文する。合わせて750円、たくわんも付く。
 小ライスと云っても、そのままだと、てんこ盛りなので、お姉さんに「すり切れ」という。

 いや、ラーメンライスは実に美味しく、満足感が高い。
 細川のスープはえもいえぬあじわいじゃからのう。
 安い、満足!
 と、おもったとたん、数日前の派遣ホームレス青年の姿が目に浮かんだ。彼は、生活食費が一日千円らしい。すると、余の場合、あとは生ジュースを一本飲んで、一番安い駄菓子を一袋で終わりだな。面接時には風呂にはいるので、それだけで400円と聞いたときは、落涙した。
 しかし。
 作家、森博嗣先生は、MLAを読んでいると、ずっと毎日一食らしい(体育科目)。お金がたまるじゃろうのう(邪笑)。
 余は、2.5食も毎日頂いているので、還暦をすぎても、オークションで売る物すら、ひとつもたまらない。
 それぞれの、人生やなぁ~。

(3)六月後半の希望
 人生にもちょっとした「希望」が見えてきた。
 来週あたりから、新マシン用のパーツががんがん送られてくる、手筈になっておる。
 メモリーも張り込んで最初から2GBも搭載する。というても、ノンブランドだと1GBが四千円。
 余は、ヒートシンク付きメモリにしたので、ちょっと割高。(メモリも熱出すからな)
 電源も450Wの清音にした。というても、安定したRAIDにするには、必須だけど。

 可能なら、動くことを祈年しよう。
 絵に描いた餅、飛ばないヘリコプター、これは困る。

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2007年6月15日 (金)

小説木幡記:2007/06/15(金)なんとなく

 さっき抹茶ヨーグルトを作って食べながら、「ヨーグルトっていうのは、腹の足しになるのじゃろうか」という深い疑問に遭遇してしまった。

 新聞を見たら今日は雨のち曇だが、木幡の空は爽やかに晴れていた。

 「卑弥呼の墓」論争をまとめようとおもっていたが、なかなか一号記事を書けない。もっと気楽に構えよう。そしたら、最低でも50号記事までは書けそうだ。ついでに、墓と邪馬台国首都との関係も。たのしそう。

 そういえば近くの山科(昔はこのあたりまで、宇治と呼んだらしいが)の西山とかいうところで、坂上田村麻呂さんの墓が確定された、という記事。平城京が十条まであったという、記事。昨年は、継体天皇の今城塚古墳がどうした、という記事。日本史(古代史より)の門脇禎二先生が亡くなられたという記事。古代関係で、余の気持を騒がすことが一杯あったというのに、一つもMuBlogに記録していない。なんとなく、肩に力が入ってしまう気になって、書く前から「疲労困憊」を想像してしまうようだ。

 そういえば、年一自作PC記事が進展しない。実はパーツの殆どを通販でぽつぽつ申し込んでおいた。来週あたりから、ぽつぽつと波状的に、葛野に到着するだろう。全体構想がまるっきり新規新品なので、余も一度でパーツを選定出来なかった。
 選定に一番悩んだのは、マザーボードだった。結局Gigabyte社のものにした。RAIDを主眼にえらんだが。京都の店頭にはなさそうだったので通販にした。メモリーはDDR3はやめて、DDR2に留め置いた。それで中庸、よいだろう。
 RAIDは予定では、HDを3連装にしての、RAID5クラスでまずやってみることにした。みんな使っているRAID0は、如何に高速でも、ストライピング方式はデータ破壊時を想像すると、怖い。
 傑作なのは、900円程度の、ケース前面の5インチベイにセットする4センチ2連装ファンだ。こんなちっこいファンで意味があるのかどうかはわからないが、余は5インチベイをDVDにしか使わないので、剰る。そこに、前面ファンをセットするわけだ。老いたりとはいえど、まだまだ、若輩者らには負けられない、オタク洗練度20%クラスの小技(こわざ)じゃな。

 そういえば、近頃、日曜作家については全く触れていない。
 それは、ようするに、止めているわけじゃなくて、文章を書くということは、時に、身命削るほどの苦痛に直面するということだ。そういう境地はまれなことなのだが、そのまれなことが、この数ヶ月続いておる。
 完成は、やはり初夏になってしまう。書くのが苦痛なら、読むのも苦痛。簡単にもうすと、MS世界(これはマイクロソフト社のことじゃない:邪笑)は、しんどいことじゃ。
 恒例の夏期論文勤行が終わったら、秋からは楽しい楽しい佐保シリーズに戻るぞぉ。

 そういえば、今年になってから、RSのタコメータが3千回転以上まわったことがない。エンジンがなまってしまうのじゃなかろうか。高速道路でオーバードライブをカットしたら、法定速度内(微笑)で、レッドゾーンまで行けるかな。セカンダリーくらいに落とさないと無理かな。そろそろ、オイル交換しましょう。それにしても、ガソリン、現在で一リットルが140円じゃ。庶民は自動車にも乗れなくなるな。

 うむ。
 こうして、日々が過ぎていく。繰り返し。螺旋状に。上昇しているのか下降しているのか、それは解らない。なんとなく、螺旋状に、ちょっとずつ高さに変化があるのは解る。失意も昂揚も、停滞も、みんなあわせて余の余生也。

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2007年6月14日 (木)

小説葛野記:2007/06/14(木)雨だな、仕事終わった

(1)近況
 このごろMuBlogが時々欠録する。
 いや、心身はそこそこなのだが、ちょっと、様々な責務をこなす時間が長引いて、夜も早朝も記事を書くまもなく次のステージに入ってしまって、その上、相変わらずよく眠るので、MuBlogを書くことがまだらになってくる。
 ただ、それだけのこと。

 それと。沈思黙考する時間が長くなってきた。なにも勘助のように謀略をねっているのじゃなくて、由布姫のように恨みや慕情に身を焦がしているわけでもない(爆笑)。単に、ものごとを長時間見つめることが多くなってきたという、それだけのこと。

 会議があるとする。それが事前も事後も長く尾を引くようになってしまった。根本は、「この問題は、何故なんだろう。なにか解はあるのだろうか。あれ、これ、これ、かれ」だから、時間をとられる。
 迷うわけじゃない。別に、優柔不断なわけでもない。脳の回転速度が落ちた、とも積極的には思えない。ただ、いろんなことが見えてきて、それなりに、ふむふむとうなずく回数が増えてきた、それだけのこと。

(2)誤解されやすいのかな
 以前記したが、学生から、Muはコンピュータなんかとはまったく縁遠い人間で、ひたすらオタク的な読書好き、アナログ人間と思われていたようだ。それを聞いたときは余も唖然とした。
 事実は、マシンどっぷりの人生だというのにな。

 そうそう。ずっと昔、Muが自動車を運転しているという事実を知った学生が、呆然唖然「うそ、でしょう」と叫んだこともあった。Muが自動車を運転するなんてことは、その卒業生には異常なことに思えたのだろう、か。
 事実は、毎日ハンドルをさわらないと精神的に不安定になるくらいの、RS依存症だというのにな。
 そう、若年時はまぎれもない、一種の○走◎であったようなぁ~。二輪、四輪、アクロバット走行。誰も信じないじゃろう、のう。うけけ。

 今日は、また唖然とした。余がこの栄光の葛野の正教授であることを知らない、そういう学生に出くわした。その者は、超まじめな学生(つまり余の授業をきっちり数科目とっていて、休みもない、熱心)だから、いいころ加減に余の話を聞き流しているのじゃなくて、彼女にしてみると、どう考えても、Muは葛野の先生じゃなくて、どっか別の風変わりな大学から教えに来ていると、思っていたようだ。
 このこと、側に倶楽部隊員もいたから、三人で大笑いした。

 そういえば、ディレクター・ふうてんさん、プロヂューサー・Joさん。この二人は、夜の世界でまともな勤め人に見られたことがないらしい。余は、昼の世界で、実像とは全く異なる、なんか分からない視点で見られているようだ。
 つまり。
 余はなにかしら、典型的な機械音痴、文学オタクそのものに見られている。正しい葛野教授にみられない。まともなソフト開発者に見られない。ああ、辛い人生だね。

(3)というわけで
 今日も、授業はたっぷり二つ、会議一つ、職責謀議二つ、倶楽部員達との談笑いくつか。学生の相談事いくつか。
 ああ、心身健康って良いことだな。そんなに疲れていない。
 明日も頑張ろう。
 明日は授業はない。せっせと、授業準備だな。

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2007年6月12日 (火)

小説木幡記:20070612(火)富者と貧者

 昨夕と今夕、NHKの例のクローズアップ現代を聞くともなく聞いていた。
 この一年、夕方家路に向かうころ、この番組に接するのだが、気持が沈潜する。

 描かれる現代の疾病といえるほどの社会現象は、一体何なんだろう。
 犯罪、享楽、貧困、不労収入、身的病気、心的病気。

 過去を振り返る。過去は良いこともたくさんあったが、今よりもっと悲惨なことも多かった。
 日本なら、余が生まれる前、東北地方では飢饉が多発し、餓死、餓死寸前、娘を売りに出して最低限の生活をいとなむ人達が多かった。

 余の幼少時も、風呂には一週間に1~2回ほどしか入れなかった。
 真冬でも冷水で洗顔していた、日本全国禅宗の坊主みたいな生活だったなぁ。

 ……

 昨夕の番組は、ネット上の仮想住人になって、起業し、商売繁栄、現実的な金銭を得ている人達の姿だった。
 「現実」で満足できないから、仮想に走ったか、と思ったぞ。
 それなら余が物語に沈潜するのと比較して、あまり変わらないなという自笑。余も物語の中なら、かっこよい男になって、男達の挽歌を奏でることも出来よう。英雄にも天才にもなれよう。
 勘助にだってなれる。あはは。

 しかし、かれらはネット上で「すごい男」や「すごい女」になって闊歩するだけじゃない。
 余がいくら物語にひたっても、眼が覚めれば職場にでかけて、しこしこと地味な細かな仕事に一日を終わる。
 なのに彼等は、毎週、毎月札束を手にしておった。
 無論、余だって収入はあるが、車はファミリーカー、住まいは狭い。景色はよいが(笑)。

 ところが。
 今夕は逆の話だった。東北の田舎で、学校を卒業しても職がなく、東京に職をさがしにきた。友人宅に居候して探したが、ない。
 月3万円のアパートを借りて独立しようとしたが、入居するには20万円必要だった。その頃の預金が2万円。
 それが数年前。
 ~
 現在は、日雇い派遣しながら、月のうち殆どは一晩1000円程度のシャワー付きネットカフェ利用。
 それでも日雇い派遣がとぎれると、五日目くらいからは野宿せざるを得ない。
 一日の食費生活費が千円。
 やっと、倉庫で検品仕事が見つかった。10時間働いて9000円の高収入! 三ヶ月ほど働けばアパートを借りられる。住所さえ確保すれば、もう少し恒常的な派遣、仕事にありつける。と、思った矢先に、14日で打ち切りと派遣会社から言われた。
 おそらくそれ以上だと、派遣会社に保険料などを負担する義務が生じるから打ち切られた、とNHKも本人も言うておった。

 派遣会社は、派遣先から日に12000円ほど得ると、なんやかんやと理屈を付けて、本人には5000円強支払うだけ。60%近くが派遣会社の収入になるらしい。

 そうだ。
 倫理道徳仁義人の道が廃れると、とれるところからがんがん取るという、そう言う感覚が現代企業の「正しい方法論」になっているようだ。江戸時代の高利貸しとか悪徳越後屋と変わらない。
 その強欲に見える派遣会社は、もうけた金をどう使うのだろうか。従業員、正社員に手厚くボーナスを払っているのかもしれない(邪笑)。

 そして。
 我らの余生を保証する年金。社会保険庁につとめていた国家公務員は、どういう気持で、今、一生の仕事を振り返っているのだろう。自分達が長年一見真面目に働いてきたその基盤が、嘘となれあいと、責任のたらいまわしと、……だったのかもしれない、と。
 年金の原資である現代の労働者の30%が派遣社員、アルバイトらしい。年収100万円台では、積み立ても、税金も払えない。はやばやと、国の根幹事業が破綻する。
 
 豊かさの中。
 真綿で首を締め付けられるような雰囲気で、物心両面の貧困が押し寄せてくる。
 そして、日本は、大国らしい。
 ドンパチと、爆弾テロがない分、幸せと、そう思うことにした。
 辛いな。 

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2007年6月10日 (日)

NHK風林火山(23)河越夜戦(かわごえよいくさ)

承前:NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条

河越(館)城跡地図

1.背景
 関東管領上杉憲正が、北条綱成(つなしげ)のこもる河越城(埼玉県川越市)を八万の軍で囲んだ。この中には、古河公方足利晴氏(はるうじ)も含まれている。城中三千、北条氏康が小田原からともに来た兵力はたった八千。この中に山本勘助も加わっていた。
 時は天文十五年(1546)の春だった。

 ところで、関東管領(かんれい)のことだが、再度調べておいた。
 つまりは、足利尊氏の時期に、関東の鎮めとして鎌倉公方(くぼう)という役職を鎌倉に設け、近親者を置いた。その補佐役が関東管領だったわけ。ところがいつの間にか補佐役が力をえて、鎌倉公方足利持氏(もちうじ)を関東管領上杉が、なんと京都の足利将軍の援助を得て、滅ぼしてしまった。これは足利家内部の争いでもあった~、それから想像するだに恐ろしいことがいろいろあって、結局上杉関東管領が関東を牛耳ったことになる。
 そこに堀越公方や古河公方という、足利家の別の親戚の話を持ち出すと、ますます混乱するので、忘れよう。

2.今夜の謀略
 今夜は、北条氏康の知略勝ちだった。
 かねてから氏康の間諜(すぱい)として、本間江州(長江英和)(ほんまごうしゅう)を上杉陣中に忍ばせていた。本間は矢文で城中に連絡を付けていた。
 勘助は、浪人者として関東管領の陣中に潜り込み、本間に「北条氏康が夜討ちをかけるから、開城して切り死にしてはならないと、城中に知らせよ」と伝える。
 北条は、遊女を管領の陣に送り込み、酒色で陣内を混乱させた。

 一方、勘助は管領のもとにいる真田幸隆に会い、武田への帰順を勧める。幸隆はうんと言わない。
 結局、夜討ちをかけられた上杉憲正は越後に逃亡し、八万の軍は雲散霧消。

3.見どころ
 大きな山はなかったのだが、流れるように場面が進み、満足だった。
 本間の演技というか、顔立ちがなんとなくフランケンシュタインじみていて、強い印象をうけた。北条のスパイにはなったが、上州の男として死にたいと、真田に正体を見破られたとき言ったセリフがよかった。

 関東管領が、あくまで小田原と呼び、氏康が北条という先の鎌倉幕府執権の名跡を名乗ることを唾棄したのもよかった。後・北条はもともと伊勢新九郎がうちたてた国で、新九郎すなわち初代北条早雲はなんと今川家に仕えていたらしい。この話は、「その時歴史が動いた」に詳しい。こういう、上杉憲正(のりまさ)が名家を重んじる、その旧来思想が、実際の戦場では敗走するのを上手に描いていた。

 真田幸隆(ゆきたか)は人気があるようだが、なるほどエエ男ぶりである。今夜はたっぷりアップがあった。しかし、どこがどうと言われても、あくまで脇役なので、書きにくい。渋みはあるが、すらっとしたいい男は主役以外では、動きにくいな。

 由布姫はおとなしく、四郎を生んだ。
 しかし、晴信は、勘助が討ち死にしたという報告を受けたとき、産後の由布には知らせるな、と言い切ったのは、なかなかに芸が細かいというか、ドラマ全体が丁寧に造られていると感心した。晴信も、勘助も、忙しくて訪ねられない由布姫に、「勘助戦死」の知らせだけが届いた日には、ああ、想像するだにおそろしい。由布姫は発狂するだろう。

 それにしても勘助。鉄砲で撃たれるなんて、ちょっとドキリとした。倒れ方が、まるで、「チェ・ゲバラの死にざま」というセリフをTVの側で耳にした。

4.まとめ
 ドラマが丁寧だと思った。緩急はあったが、河越夜戦が一幅の絵巻物のように眼に頭に入ってきた。
 それぞれの役割が、丁寧に演じられていて、関東管領には、おかしみすらあった。
 ところで、ふうまとか、根来鉄砲とか、当時のキーワードがいろいろあって楽しかった。
 本間の耳元で「今夜夜討ちをしかける」と囁いた遊女は、一体だれなのだろう。相当に化け猫じみていてオーラが立っていた。

追伸
 ガクト、上杉謙信が予告編で顔をだした。魔界転生世界であるな。噂では、謙信は戦術の天才だったらしい。
 考えてみると、戦国時代の各大名は、本当に「戦」に関して、職人技的に精魂込めていたのかも知れない。生死がかかっているから。少なくとも、武田、今川、北条、上杉。このだれが天下をとってもおかしくはなかったようだ。

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小説木幡記:2007/06/10(日)裸族的新木幡魔神(マシン)考察

1.カテゴリー「自作PC」
 そろそろなので、MuBlogにもカテゴリー「自作PC」を設定し、システムを増強しようと考え出した。心身が復調してきている証なので、祝着至極と自笑。
 しかし、これまでの自作PC記事は、お得意のHD:ハードディスク・フェッチや、木幡黒マシンをはじめ、すべて別のカテゴリー(Blogメモ)に収めてきたので、これを修正する必要もあるのだが、生は短い。そのままに放置しておくのだろう。

 なぜ、そろそろなのかというと、近頃のソフトウェア、つまりアプリケーションがめっぽう遅くなってきた。耐えられない反応時間の長さに、疑問を感じてきたのだ。つまるところ、そういうハードな仕事に耐えられない古いシステムになってしまったという諦観が押し寄せてきたのである。
 愛用の一太郎やもろもろソフトが遅いわけではない。
 主に、Googleなんかで無料提供されるネット上の汎用ソフトにそれが顕著にあらわれる。どういうことかというと、多分、JavaScript とかJavaで造られているのだろう。

2.Googleのおまけソフト一覧
 (もっとGoogle
 このうち、最近は、「ノートブック」と「Docs & Spreadsheets」の二つをよく使うようになった。
 前者は、研究KGRに直結するもので、ネット上でのランキングデータをまるごと、ネット上のハードディスクというか、高機能メモ帳に保管する必要からだ。これは公開機能も持っているので、余の実験データを保証するためには、必須のものとなる。
 後者は、ワードやエクセルのそっくりさん。ファイルに互換性もある。データをネット上に置いたまま、ネットに接続すれば木幡でも葛野でもニューヨークでも北京でも、マックでもWinでも、ブラウザで見られる限りは使えるという汎用性がある。ともかく高機能で無料で、便利だ。

3.葛野研でも遅かった!
 最初のうち、その高機能無料アプリケーションの遅さは木幡の通信系のせいと思っていた。なにしろ今時、64KBPSの超低速ですごしているのだから(笑)。知人たちのblogでも、巨大な画像や、動画はぜったに見ない! それほどの鈍行である。だから、そうのせいだ、と思いこんでいたのだが、アプリケーションの基本性格上、葛野でもそれを等分に使う、すると、おお、トロイ、悲しいくらいの速度である。
 もちろん、葛野研は人並み以上の通信速度や環境がそろっている。なのに、遅い。

 つまり、通信ではなくて、マックや自作PCが遅くなっていることに気がついたのだ。
 そういえば、葛野マシンが昨年夏に、Javaゲームを開発する度に、高熱をだして倒れていた。よくは知らないが、Javaとか、JavaScriptは、ブラウザ上でのインタープリータで、大昔の8K-BASICほどの速度で処理しているのじゃろう。熱はだすわ、とろくさいわ。
 Googleのアプリケーションは、すさまじく高機能である。だから、ついていけないのだろう、と判断した。

4.新マシン開発は無駄なことではない!
 だから、新マシン製作プロジェクトを起こす必要に迫られた。
 これは、決して言い訳じゃない。
 しかしなんとなく、昔風のオジキが意味もなく、夜の銀座あたりにでかけて「仕事、仕事、お客様のご接待」とか、言い訳しているようなイメージが、ふと、しないしない。そういう無駄とは全く異なる。崇高な新規プロジェクトであるぞ。

5.今夏マシンのモードは、裸で行こう
 さて。今度の新規マシンは、すっぽんぽんとまではいわないが、夏対策をかねて裸で行こうと決めた。
 さきごろ(2007/02/07)「HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め」で、ハードディスク増設はケースなんかつかわずに、スッピンで使っていけばよいと記した。この記事、毎週のランキングにはでないが、一時期相当人気が出た(笑)

  9.7kgr(070610){ハードディスク 直付け} 3位/30800

 ところが、すでに先年から今年にかけて巷、業界では「裸族」というシリーズ名が大きなうねりをみせていることに気がついた。HDの転送速度がSATA-2とか言う高速規格になって、そのうえ価格が低下してきたので、世間ではHDをがんがん使う風潮が盛り上がってきているようだ。そこで、「裸族」、これはハダカというのか「ら」と読むのかしらないが、熱やデザインを考えて、骨組みだけでスッピンHDを使う趣向のようだ。

 業界の流れは明日の予見もできないくらいに激しいが、一応、関係のアドレスを記録しておく。
 
 「裸族シリーズ
 「裸族もついに一国一城の主に!

 ただ。この裸族以上に、さらに密かに先鋭的なものもみつけた。ご存じ(自笑)エバーグリーン社のちょっと変わった新趣向。
 なぜ自笑したかというと、そもそもは、エバーグリーン社の、HD外付けコネクタによって、余は「HDすっぽんぽん手法」に目覚めたわけである。その点、上記の裸族は、さしずめ、網タイツ風であるぞ。

 「剥き出しHDDを2台接続してRAIDを構築! Serial ATA RAIDアダプタが登場

6.新しい高速インターフェースeSATA規格や、従来RAIDのお勉強
 ともあれ、この風通しのよいスケルトン(骨格)手法で行くには、あらたな規格について少し学ぶ必要がでてきた。それは、eSATAと、それに対応して、PCIexpressというマザーボード側の仕組みについてである。
 例によって、日曜、年一自作だから深い勉強は無理だが、高速規格になるとそれなりの手当が必要となる。要するに、USB2.0では遅いから、eSATAという規格にしないと、無駄が生じるということにすぎない。素人なら、その程度の理解でよろしかろう。
 ああ、ノートPC用の外付けHD対応も、PCカードを差し込みすれば、このeSATAでしのげそうだ。

 さらに、安価大容量のHDをぼこぼことひっつけるのだから、そろそろRAIDに付いても実行しないと、無駄になる。RAIDは、そんな新しい試みじゃなくて、すでに古典的な技である。
  複数HDに、データを並行して記録する RAID0 → データ読み書きの高速化 (ストライピング)
  複数HDに、同じ物を鏡面のように重複記録する RAID1 → データの安全性 (ミラーリング)
  安全性と高速性を兼ねたRAID5。これだと、普通はHDを3台、ないし5台必要。
 これまではHDも高額だったから、個人では難しい技だったが、これからは日曜年一自作者にも、普通の仕様になってくるのだろう。とはいうものの、個人でテラバイト(1000GB)前後も使う人は、動画以外には、なにに使うのでしょうか。死ぬほどでっかいゲームかもしれない。

7.と言うわけでまず着手
 新しい規格に、すっきりと対応するマザーボードが必要だな。2万円程度とわかったが。
 はやりのダブルコアのCPUを、さらに複数使う方式(2つで、4つのCPUを動かすことになる)とかあるようだが、CPUは高額だから、止めておこう。
 メモリーの規格はDDR3とかいうのが出てきたようだが、対応マザーボードが今夏だと、わくが狭いな。
 そうそう、DDR2の現行メモリーだと、1GBで4000円になってきた、すごい!

 水冷式のCPU冷却方式が多数でまわっているが、どうなんだろう。
 それにしても、ケースをどうするか。長年の夢の透明にするか、それとも、すっぽんぽん方式に忠実に、アルミ枠だけのむき出しシャーシ方式がよかろうか。むき出しだと、かえってせっせと埃を掃除するような気もするな。蓋なんかするから、つい気がつくと、中が埃だらけになって高熱になるからな。
 水冷でムキだしこそ最良だが、ああ、高く付きそうだ。
 ただ、シャーシは自製するのかどうか、それや、名古屋の作家とは違うから無理だ。葛野や木幡にでっかい旋盤なんか持ち込んだら、「おたくは、機械工学ですかぁ~」と言われそうだ。
 ボルトナットで、組み立て式のキットを探しましょう。

*.ああ、疲れた
 ついちょっと、木幡記を記す予定が、長くなってしまった。じっくり、部品を一個づつ購入して、高速のマシンをつくりましょう。ちっこい楽しみ。  

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2007年6月 9日 (土)

小説木幡記:20070609(土)観世榮夫の死

 観世榮夫(かんぜ・ひでお)さんが昨日8日、亡くなられた。大腸癌、79歳。
 5月2日には、東京で運転中に、中央分離帯に衝突し、同乗のマネージャーが死亡という、痛ましい事故があった。
 観世さんの居眠り運転だったろうと、記事にはあった。
 ドライバーの責任は重いものだから、そういう事故は観世さんを苦しめたことと想像する。

 余は、観世さんに、面識はない。
 どのような方だったかも、まったく存じていない。
 まったくの他人の死亡に心が騒いだ。

 観世榮夫さんは能楽・観世宗家の次男坊だったから、余の精神世界の中では気になる人だった。
 今朝、いくつかインターネット記事を読んで思ったのだが、さすがに世阿弥の子孫という表現はなかった。正確に観阿弥の子孫としるしてあった。もちろん、名家名流のことは途中で養子縁組などあるかも知れないので、よくわからない。ともかく、現在の観世家では際立って一般世間に知られた人だったと想像する。

 余は二十代のころに観世さんの映画やTVにそれぞれほんの少し接して衝撃をうけた。指折り数えてみると、観世さんが40代前後のころのことだ。「ほんの少し」で衝撃を受けるというのは分かりにくいかも知れないが、それはピーター・オツールのアラビアのロレンスを茶の間で毎月、毎年みることは難しい、と同じような物で、一度観れば一生保つということなのだ。

 当時、観世という姓にびっくりしたのは事実だ。すぐに、本当の観世宗家の縁者で、観世能を辞めた、という程度のことを耳にして、「家出の放蕩息子」かと思った(笑)。 今朝、記事をみていると、観世榮夫さんは50歳前後に観世能の世界に戻ったらしい。

 今朝。瀬戸内さんが描いた世阿弥の晩年『秘花』と観世榮夫さんの晩年が、どこまで重なり、どこまで別の世界なのか、ぼんやり考えていた。重なるところもないようで、ある。そんな気がした。
 世阿弥と、彼の息子の、後を継いだ元雅(もとまさ)か、出家した元能(もとよし)かと迷ったが、三者が重なった。観世榮夫さんは、演出家であることに気持を込めていたから、世阿弥の申楽談儀(さるがくだんぎ)を口述筆記した元能の雰囲気も強かった。ご本人を存じないのだから、無益な想像だが。

 インターネットには沢山の記事があったが、余が読んで分かりやすい物を三点記録しておく。
 能楽には門外漢だし、そして記事関係者の方とも無縁なので、トラックバックは止めて引用だけにしておく。三点とも、読んで小さな感動を覚えたのは事実だ。

(1) 大和には原点がある。エネルギーがある。(奈良県の川西町結崎(ゆいざき)での、観世榮夫のインタビュー記事)
 能は「舞う」であり「踊る」ではないことの意味や、能ではシテ(主役)が演出も兼ねている話、大和が能の源流であること、伝統と継承の変成のことなど、大切なことが実に平易に記されている。

(2) 師 観世榮夫 ──『邯鄲』に託して。「国立能楽堂」(№277) 2006年9月
 「四半世紀前の『邯鄲』の面影を追いながら、舞台にあることの自由について、観世榮夫という希有な先達の跡を追う「弟子」のひとりでありたいと、ひたすらに思いつづけている。」
 この著者が実は最初分からなかった。サイトを探したら、多分「鴎座」の佐藤信という方らしい。能とは異なる役者からみた能楽師・観世榮夫の姿が印象に残った。

(3) 鴨東記:観世榮夫死去2007年6月 8日 (金)
 「演出家としての観世は癇癪持ちでしょっちゅう怒っていた。ただ私が演技を教わっていた時には、観世はすでに70代で発音は明瞭さを失っており、怒っているのはわかるが、何を言っているのかよくわからないこともあった。」
 本保弘人と言う方の日記である。京都の現代演劇関係者のようだ。
 観世さんの言語不明瞭という所で目がとまった。そう。余が若い頃に映画かTVで衝撃を受けたことの一つが、当時も観世さんのセリフがそうだったからだ。そういう不思議な世界は、やはり、観世さんだから余にショックを与えたのだと、今、分かった。

追伸
 観世榮夫さん。冥福を祈ります。

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2007年6月 8日 (金)

小説木幡記:20070608(金)抹茶とヨーグルトの朝

 午前三時前に目がさめたので、茶を飲んでしばらく書斎でぼんやりしていた。考えるデもなく、眠るデもなく、ぼわんとしているのが気持よい。
 目がさめてきたので、朝シャワの前に一筆啓上。

緩解
 昨日夕方ころから心身が楽になってきた。緩解(かんかい)というようすだな。生きている値うちがじわりと味わえた。いろんなことが愛おしく思え、見えてきた。キャンパスも夕方七時になると無人に近いのだが、もし人にであったら、「こんばんわ、お元気ですか」と言いたくなるような心地だった。しかし、だからといって、さあ「あれやるぞ、これ片付けるぞ」という気持はまだ浮かばなかった。ともかく、しばらくおっとりしていたい(笑)という気分だった。

陰影礼賛
 葛野で仕事している間、短いインターバルで横臥していた。すると手元に文庫の陰影礼賛(谷崎潤一郎)がいつもあって、手に触れて、適当に一頁ほど読んでいた。『陰影礼賛』は人様の前で、ふうてんさんみたいにいろいろ参考にしたくなるのだが、ほかの文章は、おもしろいのだが、どうにも公開できそうにない、それが最近の印象だった。数日前に、ふうてんさんの記事にコメントをしたとき、「谷崎さんのは、文章があくどい」と記したが、多分その想念は手元の陰影礼賛の他記事によるものだと分かった。
 余は比較的あくのつよい文章を書くようで(笑)、だからこそ大家といえどもアクの強い文書は、あくどく感じられるのだろう。「文豪谷崎さんや」こんなこと、書かねばよいのに、という思いひとしきり、そして我が身をふりかえり、デコをひと叩きして、うけけと赤面。

朝食に抹茶
 最近はずっと、勧め(強制力、拘束力あり)もあって朝食のトースト以外に、抹茶+ヨーグルト+ブルーベリーを作って食べている。これが美味しい。抹茶は宇治林屋としるしてあって、地元だなと考えている。ヨーグルトはプレーンと書いてあるから、食卓用。ブルーベリーは乾燥果物(ドライフルーツ)というのだろうか、詳しくは知らない。
 心身に良いという前に、食物はどれもこれも美味しい。それが生まれてきた甲斐だと近頃おもうようになってきた。食い意地が張っていると思ってはいない。大体小食だ。しかし、木幡でも葛野でも大抵「うまかった」とつぶやく。木幡はおくとしても、葛野近辺では、美味しい物を自動的に探した結果として、「うまかった」と思うのだろう。つまり、長い間に、マズイ物は口にしなくなったのだろう。
 食物も、人間も、やることなすこと、なんとなくそうしてきた、と今不意に気がついて、自笑。

授業準備
 そろそろ夏期研究に入らないと、夏期中悲鳴をあげそうだが、いまのところ授業準備に葛野の日々を過ごしている。講義内容に変動はないのだから、準備したからといって、授業で学生たちに益があるとも思えないが、心のゆとりはでてくる。人によっては、なんでいまさら、と思う方もおられようが、自分自身の再構成、システム英語でいうと、rebuildと言えばあたっていようか。いや、改造するのじゃなくて、部品に分解して洗浄して耐用年数を勘案して、もう一度組み立て直す、そういうプロセスだな。なかなか、おもしろい。つまり、余はこういうことが好きだったんだ! 
(と、楽しそうに書くと、また人からあれこれ言われそう。まあ、よい)
(本当は、辛くって、きつくって、病気になりそうな過酷な仕事、これが大学なのさ(笑))

 さて。シャワでもつかって、朝寝しましょう。
 今日もよい日だ。上機嫌。くくく。

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2007年6月 7日 (木)

小説木幡記:20070607(木)小野不由美の深夜便

 昨日といっても、数時間前、結局MuBlogも勤行も、気力が失せて臥せっていた。
 いろいろ、事情で疲労困憊の日々だから、しかたない。
 すぐに眠るだろうと思っていたが、徐々に目が冴えてきた。
 昨日昼は授業も会議も打ち合わせもそれぞれ一つづつに過ぎなかったが、神経を使ったのだろうか、と自問自答。いや~、そうではないのかも。

 眠れぬままに、小野不由美原作、いなだ詩穂漫画の「ゴーストハント」、コミック判型のを、5~9巻、つまり手持ちの巻を全部読んでしまった。
 途方もなくおそろしい内容で、余計に頭が冴えてしまった。
 数時間後の早朝から授業が二つあるというのに、やっかいなことになってしまった。
 不眠症の人の気持ちが、よくわかる。

 眠ると悪夢にうなされそうで、起きていると幻視におそわれそうで、ああ、やっかいな作品にのめり込んでしまった。
 と、冗談にまぎらわせているが、原作も漫画も、相当に濃い内容だったことに驚愕している。
 いなだ詩穂さんははじめてだったから、ちょっと様子見としても。
 小野さんは、この昔の、今や古典になったと思われる「ゴーストハント」を書くというのは、当時危険なことだったに違いない、と一人でうなずいている。
 作家にも気質があって、なんとなく怖い。
 つまり、作家小野不由美は書いている最中、ほとんど浮遊霊と融け合っていたのじゃなかろうか、と深夜便。

 だから、屍鬼があって、十二国記があるんだと、分かってはいるが。
 憑依をみた。

 明日早朝になれば、祓い落とされようが、今夜はこのまま悶々と起きていそうだ。
 ただでさえ疲労があるのに、難儀なことや。

 この世に不思議なことはありません。魂なって、霊なんて、人間の脳の中の化学変化で生じた幻想なのです。と、さっきから何十度も真言をとなえ、印を結んで、退魔戦の渦中にいるのだが、負けそう。
 今から三輪山に駆け上って、斎戒沐浴、徹宵座禅でもしないと、逃げ切れない。
 ひきずりこまれそうだ。

 小説とか、漫画とか、怖い世界だ。
 近寄らない方が、安らかな生を全うできるのかも知れない。
 いや。
 もしかしたら、ヨリシロ、人形なのかもしれない。
 身代わりに、小説や漫画が、浄霊してくれる。

 たまに深夜便をしるすと、かくなることになってしまった。
 しばらく休んで、これからは、太陽の下で物を考え、感じた方がよい。
 もしかしたら、この世には怖いことがあるのかもしれないのだから。

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2007年6月 5日 (火)

小説葛野記:20070605(火)まだ生きている余、健康診断

 昨日MuBlogが36万アクセスを得たのであれこれ記事を書こうとしたが、結局しんどくなってやめてしまった。しかしKGR指標のためと慣習のために、這々の体で記録だけはとった。
 今年のMuBlogは変わった。なんとなく、風林火山・由布姫と、麻疹の二つに乗っ取られたような気がしてきた。もちろんそれぞれの記事は心をこめて書いたものだが、それにしてもなんで風林火山、どうしてハシカなのよぉ~と、毎朝こっそりため息をついている。

 ただ、由布姫もおちついてきたようだし、ここしばらくは勘助も軍師に専念しそうなので、いわゆるMS的緊張(あえて、文字を逆転しました。この手でアクセスがあると困るからな。森博嗣さんの犀川&萌絵シリーズはときどき突拍子もないアクセスとかトラックバックがあって、苦笑失笑)も少なくなり、美男美女のおだやかな毎週が続くことでしょう。するとMuBlogも落ち着きをもどし、いつもの霞んだような邪馬台国や、ミミズがはったような読書感想文などで、ゆたゆたとこっそり生き続けていく算段。

 さて。本日午前は、木幡でじっくり仕事をするつもりだったが、朝の早く午前6:45に出てきてしまった。なんのことはない「身体検査」日だと、昨日図書館の人に教えてもらった。てっきり明日の水曜と思っていたのだ。
 しかしなんですなぁ、ここ一週間絶不調の中であれこれ検査して、どうなることでしょう。すでに、生まれて初めて血圧が高いといわれたし。長年、ずっと「低い方ですね」だったのに。心臓ぱくぱく、血液ぐちゃぐちゃ、~。目も耳も「所見あり」、嫌になる。
 しかし、最後の内科検診は気分が楽になった。同年代の男性医師だったが、極早朝ですいていたせいか、少しあれこれ話を伺って、〆がすっきりした。要するに、長年余がおもっていたことを、ずばり、言ってくださった。

 余は弱いながらも、入院したのは中学の時、虫垂炎で一週間だけ。なんとなく、低空飛行で、かつかつ生きてきた。勿論、医院にも持病で数年に一回行く程度、ああ歯科医にはこの年頭、通ったが。風邪も腹痛もめったにない。よく眠る(笑)、御飯がまずいのは年に数回。なのに、健康診断をうけると、まるで「なんで、元気そうに生きておるのじゃ」と、言われかねない数値の数々。
 そこで、かの医師。
 「ええ、ええ。人それぞれですからね。」
 「はあ」
 「いろんな統計数値は、目安。個々人で全く違いますから」
 「そうでしょうね」
 「心臓の音もきれいだし、節制もしておられるようだし。いい、と思いますよ」
 「ふむ」
 「散歩して、よく眠って、普通に食べておれば、それでよいです」

 そう。余が思っているとおりの診断内容だった。内科系は、もしかしたら、セラピストというか、患者の気持ちを楽にするのが、秘伝特技なのかもしれない。

 さて。退屈だから、授業準備でもしましょう。せっせ、せっせと。

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2007年6月 4日 (月)

三十六万アクセス(36万/全体57.8万):MuBlogの分析

承前:三十五万アクセス(35万/全体56万):MuBlogの分析

2007/06/04(月) 20:26 時点

MuBlog→ 累計アクセス数: 360005 1日当たりの平均: 306.65

サイト全体 → 累計アクセス数: 578820 1日当たりの平均: 493.03

MuBlog諸元

記事数: 1068  |  コメント数: 3563  |  トラックバック数: 776  |  ライター数:1

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

解析対象期間: 2007年5月6日(日) ~ 2007年6月4日(月)

アクセス数: 16,407
訪問者数: 12,241
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 690 1,533 5.6% 9.3%
2 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 724 940 5.9% 5.7%
3 NHK風林火山(18)由布姫の決意 518 722 4.2% 4.4%
4 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 408 591 3.3% 3.6%
5 NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心 334 445 2.7% 2.7%
6 地図の風景 250 295 2.0% 1.8%
7 小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹 252 291 2.1% 1.8%
8 NHK風林火山(16)由布姫と自害 222 281 1.8% 1.7%
9 室町和久傳(むろまち・わくでん) 190 257 1.6% 1.6%
10 NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり 167 250 1.4% 1.5%
11 小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 195 243 1.6% 1.5%
12 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 149 234 1.2% 1.4%
13 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 165 206 1.3% 1.3%
14 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 171 199 1.4% 1.2%
15 CPU空冷装置・掃除のお勧め 147 198 1.2% 1.2%
15 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 115 198 0.9% 1.2%
17 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 136 160 1.1% 1.0%
18 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 141 156 1.2% 1.0%
19 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 112 150 0.9% 0.9%
20 京都の書店 136 146 1.1% 0.9%
21 NHK風林火山(07)真田幸隆 124 144 1.0% 0.9%
22 秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島> 96 126 0.8% 0.8%
23 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 91 114 0.7% 0.7%
24 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 93 113 0.8% 0.7%
24 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 86 113 0.7% 0.7%
26 美味しいところ 89 110 0.7% 0.7%
27 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 69 105 0.6% 0.6%
28 NHK風林火山(15)悪鬼 80 103 0.7% 0.6%
29 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 66 98 0.5% 0.6%
29 MuBlogへのご招待 62 98 0.5% 0.6%
31 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 53 91 0.4% 0.6%
32 KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析 31 88 0.3% 0.5%
33 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 81 82 0.7% 0.5%
34 前方後円墳の航空写真 44 79 0.4% 0.5%
35 読書余香 73 77 0.6% 0.5%
36 NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条 53 71 0.4% 0.4%
36 じょうしょうこうじ:常照皇寺 48 71 0.4% 0.4%
38 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 37 69 0.3% 0.4%
38 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 63 69 0.5% 0.4%
38 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 43 69 0.4% 0.4%
41 金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 54 68 0.4% 0.4%
42 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 56 65 0.5% 0.4%
42 読書の素 57 65 0.5% 0.4%
44 NHK風林火山 44 64 0.4% 0.4%
45 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 55 62 0.4% 0.4%
46 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 55 61 0.4% 0.4%
47 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 45 59 0.4% 0.4%
47 紅鮎(べにあゆ)で湯治ついでに季節の料理 44 59 0.4% 0.4%
47 もりしょう:そうめん処・森正 40 59 0.3% 0.4%
47 さくらだ:桜田 43 59 0.4% 0.4%
51 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 37 57 0.3% 0.3%
51 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 54 57 0.4% 0.3%
53 「壬申の乱」の関係地図 25 56 0.2% 0.3%
53 地図の蠱惑:未踏地 35 56 0.3% 0.3%
55 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 49 55 0.4% 0.3%
56 小説木幡記 46 53 0.4% 0.3%
57 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 28 52 0.2% 0.3%
58 小説木幡記:20070529(火)本日休心身脳 30 51 0.2% 0.3%
59 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 43 50 0.4% 0.3%
59 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 42 50 0.3% 0.3%
61 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 40 49 0.3% 0.3%
61 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 39 49 0.3% 0.3%
63 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 40 48 0.3% 0.3%
63 飛鳥 30 48 0.2% 0.3%
65 辨慶うどん 38 47 0.3% 0.3%
65 ηなのに夢のよう/森博嗣 37 47 0.3% 0.3%
65 小説木幡記:20070509(水)アルファーブロッガーって何ですか? 35 47 0.3% 0.3%
68 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 31 46 0.3% 0.3%
69 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 28 44 0.2% 0.3%
69 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 41 44 0.3% 0.3%
69 椿井大塚山古墳の現況写真 24 44 0.2% 0.3%
72 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 29 42 0.2% 0.3%
72 三十五万アクセス(35万/全体56万):MuBlogの分析 26 42 0.2% 0.3%
74 NHK風林火山(14)謀略の風林火山 29 39 0.2% 0.2%
74 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 26 39 0.2% 0.2%
76 皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔 33 38 0.3% 0.2%
76 花はさくら木/辻原登 33 38 0.3% 0.2%
78 長岡京市埋蔵文化財センター 15 37 0.1% 0.2%
78 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 30 37 0.2% 0.2%
78 酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版) 23 37 0.2% 0.2%
81 詩仙堂と猫町:私の京都 24 36 0.2% 0.2%
81 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 33 36 0.3% 0.2%
81 長尾真博士のノート 28 36 0.2% 0.2%
84 バックナンバー 20 35 0.2% 0.2%
84 小川珈琲本店 26 35 0.2% 0.2%
86 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 30 34 0.2% 0.2%
87 オーパーツ大全(感想文) 30 33 0.2% 0.2%
88 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 27 32 0.2% 0.2%
88 フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー 26 32 0.2% 0.2%
88 Blogメモ 30 32 0.2% 0.2%
91 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 20 31 0.2% 0.2%
91 KGRノート:仮想レファレンス 18 31 0.1% 0.2%
91 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 26 31 0.2% 0.2%
91 イメージの素 28 31 0.2% 0.2%
95 北方謙三『水滸伝』八「青龍の章」 26 30 0.2% 0.2%
95 2006年02月 26 30 0.2% 0.2%
97 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 26 29 0.2% 0.2%
97 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 24 29 0.2% 0.2%
97 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 19 29 0.2% 0.2%
97 うじ・びょうどういん:宇治平等院 26 29 0.2% 0.2%
101 擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳 <異星人と未来人> 23 28 0.2% 0.2%

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBlogのみ

解析対象期間: 2007年5月6日(日) ~ 2007年6月4日(月)

(以下、G,Y,M 以外の、「検索ワード」自体へのリンクは管理用ですので、利用できません

集計対象アクセス数:11,583

検索ワード/フレーズ 割合
1 由布姫  G Y M 662 5.7%
2 修飾麻疹  G Y M 182 1.6%
3 じぶり  G Y M 132 1.1%
4 風林火山 由布姫  G Y M 106 0.9%
5 真田幸隆  G Y M 94 0.8%
6 秘花  G Y M 61 0.5%
7 佐野藤右衛門  G Y M 53 0.5%
8 風林火山  G Y M 51 0.4%
9 うぶめのなつ  G Y M 50 0.4%
10 王仁公園  G Y M 49 0.4%
10 甘樫丘  G Y M 49 0.4%
12 わくでん  G Y M 47 0.4%
13 瀬戸内寂聴 秘花  G Y M 44 0.4%
14 しる幸 京都  G Y M 43 0.4%
15 巫女  G Y M 41 0.4%
16 秘花 瀬戸内寂聴  G Y M 40 0.3%
17 和久傳  G Y M 39 0.3%
18 伏見桃山城  G Y M 37 0.3%
18 常照皇寺  G Y M 37 0.3%
20 京都 しる幸  G Y M 35 0.3%
21 長尾真  G Y M 33 0.3%
21 山本勘助 由布姫  G Y M 33 0.3%
21 室町和久傳  G Y M 33 0.3%
24 紅鮎  G Y M 32 0.3%
24   G Y M 32 0.3%
26 京都 大型書店  G Y M 31 0.3%
26 前方後円墳  G Y M 31 0.3%
28 ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 30 0.3%
29 京都 書店  G Y M 29 0.3%
29 金魚  G Y M 29 0.3%
29 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 29 0.3%
32 桜田 京都  G Y M 27 0.2%
32 ぎろぎろ  G Y M 27 0.2%
32 柴本 幸 女優  G Y M 27 0.2%
35 楊令  G Y M 26 0.2%
36 CPU 掃除  G Y M 25 0.2%
36 石乃宝殿  G Y M 25 0.2%
38 九絵家  G Y M 24 0.2%
39 アルカトラズ刑務所  G Y M 23 0.2%
39 恐怖  G Y M 23 0.2%
39 卑弥呼  G Y M 23 0.2%
42 魚三桜  G Y M 21 0.2%
42 samurai z  G Y M 21 0.2%
44 由布姫 勘助  G Y M 20 0.2%
44 椿井大塚山古墳  G Y M 20 0.2%
46 スチールボールラン  G Y M 19 0.2%
47 秘花 瀬戸内  G Y M 18 0.2%
48 森博嗣 名古屋大学 退職  G Y M 17 0.1%
48 桃山御陵  G Y M 17 0.1%
48 魚三郎  G Y M 17 0.1%
51 筒城宮  G Y M 16 0.1%
51 フルーツタルト  G Y M 16 0.1%
51 イナイ×イナイ  G Y M 16 0.1%
51 室町 和久傳  G Y M 16 0.1%
51 SMC-70  G Y M 16 0.1%
51 森博嗣 名古屋大学  G Y M 16 0.1%
51 京都の書店  G Y M 16 0.1%
58 周山 登喜和  G Y M 15 0.1%
58 竹中半兵衛  G Y M 15 0.1%
58 ブラックラグーン ロベルタ  G Y M 15 0.1%
58 リストランテ t.v.b  G Y M 15 0.1%
62 税所篤  G Y M 14 0.1%
62 三条夫人  G Y M 14 0.1%
62 京北 登喜和  G Y M 14 0.1%
62 五色塚古墳  G Y M 14 0.1%
62 登喜和  G Y M 14 0.1%
62 アルファブロッガー  G Y M 14 0.1%
68 ミホミュージアム  G Y M 13 0.1%
68 リストランテティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 13 0.1%
68 レスタト  G Y M 13 0.1%
68   G Y M 13 0.1%
68 瀬戸内 秘花  G Y M 13 0.1%
68 メリーアイランド  G Y M 13 0.1%
68 セラミックグリス  G Y M 13 0.1%
75 ヨルムンガンド  G Y M 12 0.1%
75 大型書店 京都  G Y M 12 0.1%
75 越前大野市  G Y M 12 0.1%
75 Mublog  G Y M 12 0.1%
75 邪馬台国 地図  G Y M 12 0.1%
75 じょうしょうこうじ  G Y M 12 0.1%
75 berry cafe 京都  G Y M 12 0.1%
75 水落遺跡  G Y M 12 0.1%
75 戦艦大和  G Y M 12 0.1%
75 宇治川先陣の碑  G Y M 12 0.1%
75 cpu 掃除  G Y M 12 0.1%
75 みたかのもり  G Y M 12 0.1%
75 アートスペース上三条  G Y M 12 0.1%
88 枝魯枝魯  G Y M 11 0.1%
88 柴本幸  G Y M 11 0.1%
88 ぎろぎろ 京都  G Y M 11 0.1%
88 十三の冥府  G Y M 11 0.1%
88 風林火山 感想 由布姫  G Y M 11 0.1%
88 平城京 地図  G Y M 11 0.1%
88 ホットケーキ 京都  G Y M 11 0.1%
88 荒木 ユニクロ  G Y M 11 0.1%
88 森正 そうめん  G Y M 11 0.1%
88 CPU 50度  G Y M 11 0.1%

(3) 地域あくせす

 

解析対象期間: 2007年5月6日(日) ~ 2007年6月4日(月)

集計対象アクセス数:5,127

都道府県 割合
1 東京 1,256 24.5%
2 京都 575 11.2%
3 大阪 549 10.7%
4 愛知 273 5.3%
5 神奈川 272 5.3%
6 埼玉 199 3.9%
7 福岡 178 3.5%
8 兵庫 160 3.1%
9 静岡 145 2.8%
10 千葉 134 2.6%
10 北海道 134 2.6%
12 三重 82 1.6%
13 岐阜 77 1.5%
14 茨城 76 1.5%
15 長野 72 1.4%
16 宮城 57 1.1%
17 滋賀 56 1.1%
18 広島 55 1.1%
19 奈良 52 1.0%
20 岡山 50 1.0%
21 福島 44 0.9%
22 大分 39 0.8%
22 栃木 39 0.8%
24 山梨 36 0.7%
25 福井 34 0.7%
25 群馬 34 0.7%
27 愛媛 31 0.6%
27 石川 31 0.6%
27 熊本 31 0.6%
30 秋田 30 0.6%
30 新潟 30 0.6%
30 山口 30 0.6%
33 富山 29 0.6%
33 鹿児島 29 0.6%
35 岩手 27 0.5%
36 宮崎 21 0.4%
36 香川 21 0.4%
38 徳島 19 0.4%
38 長崎 19 0.4%
40 島根 17 0.3%
40 和歌山 17 0.3%
42 鳥取 16 0.3%
43 山形 14 0.3%
44 沖縄 13 0.3%
45 佐賀 9 0.2%
46 青森 8 0.2%
47 高知 7 0.1%

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2007年6月 3日 (日)

NHK風林火山(22)甲斐・武田、駿河・今川、そして相模・北条

承前:NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり

 今夜は、日本史を復習しておくべきだった。関東管領(かんれい)上杉、古河公方(こがくぼう)足利といえば、日本史教科書の欄外に細かく注記があって、いまだに笑えるのだが、某大学の日本史受験には必ずその注記から大部分が出題されていた。しかし、内容が本文ではなくて注記だというのがくせ者だ。

 当時都に足利将軍がおって、さらに関東に足利の親戚とかいう古河公方という旦那がおって、さらに関東管領がいるという当時の様子は、中世史の専門家以外には、複雑きわまりないことなのだろう、よく分からない。
 いまちょっと図書をみてみると、さらにちょっと前には堀越公方(ほりこしくぼう)足利という旦那もおるようで、頭がパンクする。

 わからないが、今夜限りならばこうだ。
 今川と北条とが臨戦状態になった。今川は、上京したいので後顧の憂いを断ちたかったようだ。そこで今川は雪斎を使者にして、武田晴信に援軍を要請する。しかし、晴信が北条と戦えば、今度は信濃の村上が攪乱するは必定。
 そこで勘助は晴信に、今川と北条との和睦を進言する。

 晴信は、雪斎の口ぶりを読み取り、雪斎も実は和睦を願っているとよみ、勘助を今川へ使者にたてる。
 今川義元は勘助をさんざん小馬鹿にしたあげく、雪斎の深い謀略の成果として、聞き入れる。
 次に勘助は、板垣とともに北条へ行く。
 ここでも了承を得た。

 よって、今夜は、甲斐、今川、北条の三国が血を流さずに和睦したことになる。
 と、言えば話は簡単なのだが、なかなか難しい。
 この三国の頭の上には、常に関東管領上杉と、古河公方が虎視眈々としている。
 三国のうち、北条は歴史的に関東管領と争って進出してきた経緯があり、来週は関東管領と河越(川越市)で一戦交えるようだ。

 なお、後日の上杉謙信は、もともと長尾景虎だったが、越後に逃げてきた関東管領上杉憲政(のりまさ)が景虎に感謝し、彼を養子にして上杉姓と関東管領職を譲ったわけだ。
 ややこしい。

 と、るる記していると、なんとなく歴史談議に終わりそうだが、やはりいくつか見どころがあった。
 そのうち、二つを選んでおく。

 今川義元は勘助を全く認めたくないようだ。これは勘助が醜男だったという設定が以前あった。そういえば、三条夫人も、そして初期の由布姫もなんとなく、勘助を不気味と感じていた。
 結局義元は、雪斎の進言と解釈し、「今度は、もっとまともな家臣を使者に立てよ、そう晴信に言うておけ」と、ひどいセリフを吐いた。義元はなにしろ、もと新選組の参謀伊藤甲子太郎だから、インテリだし顔もよい(なんのこっちゃ)。それにしても、美形の憎々しさが上手だと内心思った。

 さらに雪斎の軍師ぶりもすごかった。目とかセリフとかいろいろあるが、全体の雰囲気だからなかなか描きにくい。彼は大化改新クーデターで、もと蘇我倉山田石川麻呂として三韓の使者の前で上表文を震えながら読んでいたが、あれ、迫真の演技だったなぁ(なんのこっちゃ)。

 もう一つは、勘助が板垣大将に痛いところを突かれた。諏訪の御寮人が逃げたのを、どういう手管で引き戻したのか、それが要点だった。さらに、しばしば二人で会っているそうだが、まさか、二人してお館さまをたばかっているのではなかろうな? と。 
 これ、板垣のセリフが鋭い。
 板垣は勘助を美醜では見ていない。由布姫の魅力も知悉している。そして由布姫の聡明さも。
 板垣は勘助を優れた男としてみている。
 ……
 やめておこう、このあたりの心理の奥底を探り出すと、収拾がつかなくなる。

 要するに、板垣の注意したことは半ばあたっている。
 そして勘助が、「人は国、国は人。お館様も、板垣様も、由布姫様も勘助の国」と答えたのは、一点の嘘もない。だから、そこが難しいところなのだ。
 嘘が無いだけであって、二人がどうだったかは、実は誰にもわからない。 
 勘助は、由布姫の息子勝頼を信玄(晴信)の跡継ぎにするため、それはそれは激しい謀略を、将来武田家内部で仕掛ける。
 たしか、夏頃、由布姫は死の床に着いたとき、勘助を呼び出すはずだ。これは、実は将来見たくないな。哀切きわまりないセリフを、由布姫がはき、勘助がまたしても号泣するのかと思うと、痛々しい(笑)。

 公平に見ると、勝頼に無理矢理あとを継がせたのが、それが武田家にとってよかったのかどうか、歴史のIF。
 嘘のない真心と、その解釈は難しい。

今夜の名台詞
 由布姫「わたくしは、……」
 この、ワタクシというセリフが新鮮である。わらわでもないし、あたいでもないし、わたしでもない。由布姫には実に似合っている。

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小説木幡記:20070603(日)浄霊と除霊とGoogle革命

日曜はお休みだったはず
 日曜日は、就寝前に風林火山の感想文を書くので、他は書かないでおこうと思っていた。それは体力知力温存の意味があって、もともと蒲柳の質だし、弱っちい性格だから、あんまり無理な生活を送ってはならぬ、と心に決めていたことなのだが。

 さっき気晴らしに、近所のセブンイレブンへ行って、オレンジジュースを買ったら急に元気がでてきた。要するに、近頃は木幡に座臥しているか、木幡と葛野の往還しかないので、たまに外を歩くと気分が晴れるのだろう。

 今朝の極早朝は相当な難行というか、勤行をすませてほっとした。文章を書くのは一番こたえるようだ。

ゴーストハントで浄霊と除霊
 午前中はずっと小野不由美原作で、いなだ詩穂漫画の『ゴーストハント』を読んでいた。1号は文庫で、2~4は葛野の漫画友にかりたコミックス版で読んだ。5号の文庫は木幡にあるし、5~9までは葛野にあるのだが、ともかく今朝はそこまでにした。

 浄霊は、霊というか悪霊というかをなだめすかして、改心させて、無毒なものに変えるお祓いのようだ。除霊というのは悪霊を抹消するというか、殺すことのようだ。どっちにしても、生命体ではないのだから、難しい仕事に思えた(爆笑)
 「わたし、谷山麻衣、16歳」もコミックス版の4号ではそろそろ、そのカンの冴えが、「ESPとかPK能力の発露ではないか」と周り、ナルさんなんかから言われ出したようだ。多分、五巻以降はとんでもない能力を発揮するような予感にうちふるえながら、読み終えた。楽しみ。

悪霊払いの面々
 しかし当時、このころの小野不由美さんは、やることが派手というか、考えてもみよ。そこかしこの高校でポルターガイストや悪霊さわぎが起こる度に、その搬入機器は後日正確に記すにしても、現場に乗り込むのは業界を網羅したような面々。

 高野山系の真言密教で悪霊退散する、ぼーさん。霊が見えて、得意技は依り付きで霊と対話する霊媒・真砂子さん(この人、綺麗)、常に霊とはお友達状態なので浄霊を好む。真砂子さんといつも喧嘩する自称「巫女」の綾子さんは気性がはげしく、除霊派だが、あんまり効かない。どうにもわからないのは日本の悪霊に有効なのか?難波弁のエクソシスト。
 そして謎多きリンさん。最後に登場するのはSPR:渋谷サイキック・リサーチ(渋谷心霊現象調査事務所)所長で狷介極まるナル君。彼は、一度は陰陽師と思ったが、そうでもないような。

 陰陽師、真言密教、巫女、エクソシスト、霊視霊媒、謎の助手。さらに秘められた超能力保持者「私、谷山麻衣、16歳」
 これだけ派手に繰り出せば、さすがに悪霊たちもしっぽを巻いて逃げ去るだろうと、おもいきや。そうはならない。そこにこの漫画、ゴーストハントの佳さがある。
 どうにも、次巻あたりからは、余でさえも震え上がるような内容になりそうだ。すでに兆候はでている。

Google革命
 今年の正月に、話題になったNHKのGoogle革命録画を復興華南船長に貸してもらった。で、ようやく知力が回復してきたので、さっき、午後に見終わった。
 やはり、話題になるだけの内容だった。
 記事ランキングや、宣伝にリンクさせるキーワードの販売や、検閲など、沢山の問題があった。
 確かに、「会社記事上位Google掲載」コンサルタントのおじさんが、「15位以下だと、会社が存在しないのと同じ」と、脅かしていた。あれは、仕事がら、そう言わないと商売にならんからな。
 今のところは、コンサルタントも、Google画面の表層にあらわれた結果で、経験的に判断しているようだ。

 ここでは記事ランキングだけに言及しておくが、実は客がどういうキーワードを使うかという問題も、なかなかややこしい。

記事ランキングのアルゴリズム
 ランキング判定アルゴリズムは極秘のようだ。
 番組では、100前後のルールによるアルゴリズム(式)によって順位を決めているとのこと。そしてハイパーテキストのリンク間結合を調整していること。その二つが分かった。
 同一キーワードの連続連鎖はルール違反にするようだが、字句が少しづつ異なる用語の連鎖は、当時は許容しているようだ。(今現在は分からない)
 もう一つのNHK番組では、CEOが中国天安門事件の検閲に対応して、公的・情報公開の責任を匂わせ、やがて「ルール」も一部公開するようなそぶりだった。

Mu感想>
 これは、自らがGoogleと同じシステムを造る気持を持てば、その100前後のルールは自然に分かってくると思った。今日の午後、その概念図を書こうとしたが、疲れそうなので止めた(笑)。

 つまり自然言語処理の初歩を適用している。新聞記事の自動分類や、記事の重みづけや、もろもろ、すでに日本でも20年近い実績がある。だから、そのシステムを造る過程で、「よい記事」をどう評価するかの評価式を自ら考案することで、それを逆用すれば、よいだろう。

 なんとなく、日本の情報学関係の卒論や、院生レポートに課題としてありそうな気がした。
 余が情報学の専門家(笑:余は残念ながら、情報図書館学)なら、あっけなく、課題を出す。

 「
  Google近似の記事判定システムを伴った評価検索エンジンの、
  UML適用・概念図を書け。
  ただし、トイ・システム(おもちゃ)でよい。
  A4判5枚以内。
  記述言語は、概念レベルで、なんでもよろし。

 補足
  そのアルゴリズムを、自分の記事に適切に適用し、登録せよ。
  結果がGoogle上位5位以内なら、通期にわたり「優」とする。
  ただし、特殊すぎる記事は無効。KGR評価指数が、1~100の範囲とする。
 」

 Googleは、英語や日本語、多種多様な言語に適用するのだから、なかなかに、大変なんだなぁ、ピボット方式(笑)。

 ハイパーテキストのリンクについては、まだ意味付けリンクは張っていないと思った。だから、なんとなく相互に無意味なリンクやトラックバックが有効なのだろうと、想像した。

 しかし、そういうことは、すべてGoogleも分かっているはずだから、そのうち先端AIが組み込まれていくと、ランキングに関係するコンサルタント業も、先行きが難しくなるかもしれない。

 つまり、ずばり、現代のランキング・アルゴリズムはまだ言葉の表層や、記事の形式に準拠した黎明期であろう。
 世界中の優秀な研究者やその卵を集めているのだから、研究室内部では高度なものが出来上がっているだろが、アルゴリズムが高度になると、マシンパワーが問題になる。キーワードを入れて十秒かかるシステムはGoogle としては出せない。
 建設中とか番組で紹介されていた、新しい強力なマシン・システム群によって、ランキングの評価システムもがらりと変わるのかも知れない。

 まともな記事がまともに扱われるGoogleランキング判定になると、コンサルタント業は困るだろうと書いたが、よいコンテンツを造る需要が生まれる。すると、「読者にとって良い記事」とはどんなものを指すのか。おお、そうか、今度はそういうコンサルタントが生まれてくる。

 イメージをランキングするアルゴリズムは余にもようわからない。評価着目点は、イメージに付いているタイトルや発信者なのだろうか。標準イメージを決定し、それとの差分を見るのか。ただ、素人の余からするなら、イメージの判定は難しい。人手がいるような気がした。たとえばもしも公序良俗に反する動画・静止画がランキング上位に漏れ出すと、こまったことになる。

おわりに
 ああやはり、好きな世界だから、ついちょっと気を許すと書き終えてどわっと疲れがでた。そろそろ夕風呂にはいって、夕睡しよう。
 今夜は、風林火山。
 今夜は由布姫もおなかが大きくなっておだやかになり、勘助と雪斎が活躍するのだろう。そうそう、ガクトは6月の後半かららしいが、なんだか、由井正雪みたいな(往年のジュリー:魔界転生)雰囲気だな、あはは。

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2007年6月 2日 (土)

小説木幡記:20070602(土)休日はよいものだ

 昨日は久しぶりに全力をだした。ただし心身60%稼働だった。
 調整しながら、その範囲で全力を出す訓練を自らに課している。昔にくらべて上手になってきた。

 昨日金曜の午後、倶楽部のことでいくつか話し合った。
 年次ごとに人も変わる、環境もかわる、資質もかわる。それに合わせる時代もあれば、相互に矯正する時代もあり、また自ずからなる中庸の時代もある。
 それぞれに意味がある。
 ここ五年ほどの短期間に余は様々な事象に接してきた。葛野に隠居しながら、小さな組織、葛野図書倶楽部2001を前にして、この世、世間の大きな波のうねりを座して味わって来たという感が深い。
 重ねて録する。
 それぞれに意味がある。意味付けをするのもまた、人である。
 永劫不変のものはない。無いということに永劫不変を味わうのも、人である。
 パンタレイ・万物流転すると言ったのはだれだったか。
 
 その後、余は授業準備に取り組んだ。
 「情報図書館学」というものを、余一身の内奥で「厳密な学」としたいがためだ。如何にして難解な内容を、あまねく客観の目にさらし、妥当なものとするか。それが課題だ。
 マイナな学問領域は、修飾と空疎な理論、砂上の楼閣を築くことに血道をあげる。
 メジャな学問は本源を忘れ、世間体と形式装備に憂き身をやつす。
 我が身一身のこととして、この年限、まともに対峙してみんとてするなり。

 今朝は久しぶりに極早朝から勤行に励んだ。さすがにぐったりした。心身は依然として60%稼働だが、そういう状態もあるのが生。一直線、リニアな様態だけを良しとする愚とは、そろそろサイナラしようと思ってのことだ。苦痛も快楽も合わせて生。ならば、その限りにおいて全力を出そうとするのも生。

 本日は、山積み図書の裏側から、蘇我氏関係の図書がでてきたので、これを読む。
 MuBlog掲載予定の読書感想文や、TV感想文、KGR、UML、マシンその他の材料はいくつもあるが、とりあえず本日は、この木幡記とした。

 さて、読書の前に、珈琲一杯。そのあと暫時睡眠。そのあとやっと読書。
 さらに夕風呂。
 人生、これ良きことなり。

追伸
 昨年夏にまとめた保田與重郎の一節で、家持の「事立て(異立て)」についての想念が今、脳を走り回っている。今更察するに、余は「言葉」によって突き動かされてきた半生であった。よし!

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2007年6月 1日 (金)

前巷説百物語/京極夏彦 <御行師・又市の誕生秘話>

承前:邪魅の雫(じゃみのしずく)/京極夏彦

前巷説百物語(さきのこうせつひゃくものがたり)

前巷説百物語/京極夏彦 (カバー写真)
 巷説百物語シリーズはとても好ましい。いわゆる京極堂シリーズよりも、私は好みのようだ。京極堂が嫌いなわけじゃなくて、気持がはればれするのが、巷説シリーズだということだ。
 どうであれ、目にしたことのない読者には、こういう私の感想は「よまよいごと」「空気がつかめない」だろう。それもよし。小説の中の世界だもの。

 この図書の前に読んだのが『後巷説百物語(のちのこうせつひゃくものがたり)』で、明治十年ごろの世界だった。これは、読後、胸が締め付けられた。その前に、『巷説百物語』『続巷説百物語』の物語世界が確固としてあり、その後日談だったことにもよる。
 今回の『前巷説百物語』は、そのまた遠い発端篇となろうか。

 発端は、「又市」という若者だった。大阪で下手をして、江戸に逃げ込んだ。「小股潜りの又市」という異名があるように、一見して小技(こわざ)を使って世間を渡り歩く稼業。この篇では、損料屋という妖しい稼業の「ゑんま屋・お甲」にひろわれて、だんだん又市の仕掛けが独自のものとなっていく。
 小股潜りというのは、口先だけで仕事や事件の難儀を解決していく、高級な詐欺師のようなものか。ただ、又市の場合は、人の難儀を解消するために口先を使う。

 他方、又市をみこんだ損料屋というのは、普段は布団や茶碗を貸し出す、レンタル屋に相当する。ただ、貸すから代金を取ると言う考えよりも、貸せば布団がすり減り、茶碗が欠ける、その「損」をまかなう「料」という考えだ。だから、人の難儀も「損」と見なして、その「損」を引き受けましょう、その代金をいただきますよ、という稼業である。仕返し屋ではない。仕返しをするのではなくて、被害を受けた者の苦渋という「損」をひきうけて、その者がすっきり得するように持っていくわけである。
 そういう「損」を引き受けて、血も見ない人死にもない、正邪を裁くでなく八方まるく収める「仕掛け」の絵図を描ける者として、又市は「ゑんま屋・お甲」に見込まれ腕を上げていく。仲間も見付け、やがて「御行師(おんぎょうし)」になる。

 巷説シリーズは、この難しい口舌と仕掛けのネタに、「妖怪変化」や「神仏」を使う。そして集団的な心理操作も行う。お札や瓦版という独特のメディアを使う。噂をまく、世間や相手をその気にさせて大仕掛けをかける、結末は妖怪変化だから誰も責任を負えない、あるいは「神仏」のなされたことだから、しかたない、恨み辛みも向ける相手がいない、となり一件落着。ただし、又市が「ゆるせねぇ」と思った相手はそれなりに悲惨なことになり、「なんとかしなくちゃ」と思った相手は、それなりに胸がすっきりする。

 そういう才能をもった若い又市が、かくして白装束に身をつつみ、鈴(れい)をならし、「御行奉為(おんぎょう・したてまつる)」と決めぜりふをはく「御行師」になる、その誕生の物語だった。

なお。
 京極堂も又市も、口舌や物の解釈によって、捻れた事件や人心を解きほぐすのは、外見からはお祓いする点で同じと言える。拝んで直す、拝み屋の姿を見せる。
 違いはある。
 京極堂は主人公関口巽の捻れた泥沼のような心理を「理」で解きほぐすことに才がある。
 この又市は、世間には「妖怪変化退治」を思わせ、それを使った仕掛けで当事者達の心を解きほぐす。
 両方おもしろく、非常に高度に造られた物語なのだが、私は前者に疲れ、後者には快感が多い。一読者の性向によって、受け取り方が異なるものだ。

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