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2007年6月14日 (木)

小説葛野記:2007/06/14(木)雨だな、仕事終わった

(1)近況
 このごろMuBlogが時々欠録する。
 いや、心身はそこそこなのだが、ちょっと、様々な責務をこなす時間が長引いて、夜も早朝も記事を書くまもなく次のステージに入ってしまって、その上、相変わらずよく眠るので、MuBlogを書くことがまだらになってくる。
 ただ、それだけのこと。

 それと。沈思黙考する時間が長くなってきた。なにも勘助のように謀略をねっているのじゃなくて、由布姫のように恨みや慕情に身を焦がしているわけでもない(爆笑)。単に、ものごとを長時間見つめることが多くなってきたという、それだけのこと。

 会議があるとする。それが事前も事後も長く尾を引くようになってしまった。根本は、「この問題は、何故なんだろう。なにか解はあるのだろうか。あれ、これ、これ、かれ」だから、時間をとられる。
 迷うわけじゃない。別に、優柔不断なわけでもない。脳の回転速度が落ちた、とも積極的には思えない。ただ、いろんなことが見えてきて、それなりに、ふむふむとうなずく回数が増えてきた、それだけのこと。

(2)誤解されやすいのかな
 以前記したが、学生から、Muはコンピュータなんかとはまったく縁遠い人間で、ひたすらオタク的な読書好き、アナログ人間と思われていたようだ。それを聞いたときは余も唖然とした。
 事実は、マシンどっぷりの人生だというのにな。

 そうそう。ずっと昔、Muが自動車を運転しているという事実を知った学生が、呆然唖然「うそ、でしょう」と叫んだこともあった。Muが自動車を運転するなんてことは、その卒業生には異常なことに思えたのだろう、か。
 事実は、毎日ハンドルをさわらないと精神的に不安定になるくらいの、RS依存症だというのにな。
 そう、若年時はまぎれもない、一種の○走◎であったようなぁ~。二輪、四輪、アクロバット走行。誰も信じないじゃろう、のう。うけけ。

 今日は、また唖然とした。余がこの栄光の葛野の正教授であることを知らない、そういう学生に出くわした。その者は、超まじめな学生(つまり余の授業をきっちり数科目とっていて、休みもない、熱心)だから、いいころ加減に余の話を聞き流しているのじゃなくて、彼女にしてみると、どう考えても、Muは葛野の先生じゃなくて、どっか別の風変わりな大学から教えに来ていると、思っていたようだ。
 このこと、側に倶楽部隊員もいたから、三人で大笑いした。

 そういえば、ディレクター・ふうてんさん、プロヂューサー・Joさん。この二人は、夜の世界でまともな勤め人に見られたことがないらしい。余は、昼の世界で、実像とは全く異なる、なんか分からない視点で見られているようだ。
 つまり。
 余はなにかしら、典型的な機械音痴、文学オタクそのものに見られている。正しい葛野教授にみられない。まともなソフト開発者に見られない。ああ、辛い人生だね。

(3)というわけで
 今日も、授業はたっぷり二つ、会議一つ、職責謀議二つ、倶楽部員達との談笑いくつか。学生の相談事いくつか。
 ああ、心身健康って良いことだな。そんなに疲れていない。
 明日も頑張ろう。
 明日は授業はない。せっせと、授業準備だな。

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コメント

まともな社会人です

 勤め人という言葉も死語でしょうね。お勤めという言葉は仏教でしょうか。滅私奉公という言葉も死語でしょうか。

 もう私が過ごした温かい大家族のような会社生活は若者には人気がないのでしょうか。

 滅びゆく世界でどんな世界を若者は作ろうとしてるのでしょうか。年寄りが自信を失ったからではないでしょうか。若者の責任ではない。

 な~~~んて、難しい話はやめましょう。

投稿: jo | 2007年6月14日 (木) 23時10分

Joさん
「温かい大家族のような会社生活」

 最近読んだ新聞で、京都の企業、たしかキョウセラかな? では、毎月60人単位くらいで、すき焼きか水炊きを囲んで、指名された年寄りとか部課長が演説して、みんなが忌憚なく疑問を投げかけたり、質問したりして、企業DNAをはぐくんでいるとか、そんな情報が脳に残っています。

 企業にとって良いことも悪いことも、社会にとって良いことも悪いことも、論争しながら、酒飲みながら決めていくのは、おもしろい面も多いでしょうね。

 大抵の、最近の企業とか組織は、構成員にとって悪いことや、法的に悪いことを、数名で謀議して、一斉に下達するですね。
 その結果が、だれにとってよいことなのか。
 
 と書いていると、脳が膠着状態になるのですが、そこに年寄りと若者という対立構造が、Muの場合には薄まりますね。
 現代の若者が「生」をおう歌しているとはおもっていない。
 みんな、かわいそう。
 ついでに、Muもかわいそう(笑)
 で、Muはしねしねとしこしこと、毎朝起きて「生」を確かめておりまする。

投稿: Mu→Jo | 2007年6月15日 (金) 06時37分

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