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2007年5月26日 (土)

擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳 <異星人と未来人>

擬態の卵形物体

擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳
 100万年前の物と推測される、小型トラックの大きさの卵形の物体が、深海一万メートルの海底に埋もれていた。その重さは、原子力潜水艦ノーチラス号並となっているので、排水量なら3000トン、重量なら500トンほどだろうか。一体何が詰まっているのか、海底のブラックホールに思えた。
 これは多分異星人あるいは未来人が100万年前の地球に残した乗り物ないしセンサーと想像がつく。後者なら、2001年スペース・オデッセイのような、人類の進化の程度を検知する通信機であろうか。

現代のエイリアン
 物語は、もちろんそのあたりのことが最初は明確ではない。ただ、そこから分身のようなものが到着時に分離して、水中生物として海底をずっと遊弋(ゆうよく)してきた。生物相に対応し時代ごとに変化し、20世紀初頭頃まではサメに変身していたが、世界大戦前後から、なにを思ったか人間に変身して、さまざまな人生の一部を経験した。その名は<変わり子(チェンジリング)>と作品で記された。
 実は、<変わり子>と似ているがまったく異種の<カメレオン>と記されたエイリアン(異星人)も地球に太古から住んでいた。

 物語は、1931年ごろからの<変わり子>が、2019年の現代にたどりつく形式だった。2019年に南太平洋で卵形物体が発見され島に引き上げられ、調査が始まったことになっている。そういう物語の流れは、カバー裏に比較的長文の要約があったので、末尾に転写しておいた。

謎と疑問と見どころ
 このSFの要点というか、Muが気に入った点は次のいくつかだった。

1.この<変わり子>が、地球人類や、生命体と、どれほど異なった物質であるかがどんな風に描かれたのか。
 組成、思考(もしあれば)、目的、……。
2.しかし全く異なった物質ならば、地球人の小説では描けない。これをどうしたのか。
 <変わり子>が人間の擬態を取る過程、経緯を描くことで、異様さを違和感レベルにまで引き寄せることができた。
3.何故擬態なのか。一体100万年間、なんのために地球に居たのか。謎は深まる。
4.対峙して<カメレオン>が存在したのは何故なのか。
 異星人ないし超未来人に、現代人間が思考する倫理や道徳や世界観を当てはめるのは無理な話だが、物語の中では、<カメレオン>は悪に相当する。もちろん、<変わり子>も、善悪というような範疇ではくくれないし、実際、人間は捕食対象でしかなく、その質量を自由に自分に融合(食餌)させることなど、ためらいもないのだが。
5.<カメレオン>の存在を並行して描くことで、不死と思われる<変わり子>の限界を常に読者に意識させる。そこに現実感を増す効果があった。
5.<変わり子>が何人もの男女に変身、すなわち擬態する過程のうち、米軍兵士になって、アメリカ人の目でみた日本軍との戦い、「バターン死の行進」などを描写した部分があった。が、これは当時の米軍の宣伝をそのまま使った形跡があり、米国流SFの悪癖を露呈していた。単純さ、勧善懲悪、悪は相手という使い古された手法であり、この部分はマイナス。その上、何故エイリアンが米国人になるのかという悪態をつき出すと、それはMuさんないでしょう、書いたのはMuじゃないのだから、作家の自由。と、Muのマイナス(笑)。
 ただ、米国、オーストラリア、ハワイ、カリフォルニアと、学生、院生、教員を経ていく場面は、人間の成長過程をみているようで、普遍的な佳さを味わった。

SFと読者
 ミステリもSFも、大衆小説として、はやり廃りはあるが、読者との関係において普遍性を築けなかった。まがい物、荒唐無稽、馬鹿馬鹿しい、トンデモない、日常とはかけ離れているという、大きな声で、小さな声で罵声を浴びせられてきた歴史がある。また、お笑いのように、多くの人に愛されてきたとも言えない。だから、大説ではない小説の究極的な弱点、暗い面をいつも露呈している。それは、無意味さ、くだらなさと、言える。

 しかし、Muは若年時からSFが性にあっていた。
 上等なSFに読み浸ると、思考も感性も、宇宙の彼方へ一挙に飛ばしてくれるだけの効果があった。そこでは、無意味とかくだらないとかいう、一般的な価値判断が入る余地もなかった。

 この『擬態』では、特に<変わり子>が様々な人物に変身し、その人生を味わうところに共感をもった。丁度、アン・ライスのヴァンパイア・レスタトが何世紀もの間、ヨーロッパを彷徨ったのを思い出していた。
 卵形物体と<変わり子>とが21世紀の現在、最後に出会ったときどうなったのか、それはどういう意味だったのか。Muは自然にうなずいていた。文章として明確に記されはしなかったが、途中いくつかヒントもあったので、気持はすっきりした。

カバー裏に記された要約
ネビュラ賞、ティプトリー賞
2019年、太平洋の深海で発見された謎の人工物。そして、すべてに擬態可能な異星生命体と人類が遭遇した時……

2019年、海洋工学の専門家ラッセルは、海軍提督ハリバートンから奇妙な仕事を依頼された。太平洋の深海で発見された謎の人工物を、軍や政府と関わることなく密かに調査したいというのだ。ラッセルは百万年以上も海底にあったと推測される卵形の物体を、サモア島に引き上げることに成功する。だがそれは、これまでに発見されたどんな物質よりも重い謎の金属でできており、いかなるドリルやレーザーを使っても、構造を調べるどころか、傷ひとつつけることができなかった……。
やがて、謎の人工物発見のニュースは、ある人物をサモア島へと引き寄せることになった--どんなものにも自在にその姿を変えることができる異星人〈変わり子〉を。百万年前、ただひとりM22星団から地球へとやってきた〈変わり子〉は、これまでさまざまな海洋生物に変身して過ごしてきたが、1931年、はじめて陸にあがり、人間として生活を始めていたのだ。この物体が、曖昧になっている記憶を呼び覚まし、自らの出自を知る手がかりになると直感した〈変わり子〉は、若い女性に変身し、ラッセルの調査チームに入りこむ。
だが地球にはもう一体、異星生命体--〈カメレオン〉が存在した。〈彼〉もまた、この人工物を自らのものにすべく……。

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