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2007年5月14日 (月)

イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本>

承前:ηなのに夢のよう/森博嗣 G6 (MuBlog)

イナイxイナイ : Peekaboo /森博嗣(X1) カバー写真
 Xシリーズが講談社のノベルスで始まった。なぜXなのかは分からない。最初のS&Mは犀川と萌絵だと思った。Vシリーズは紅子(ヴェニコ)だと、どこかで耳にした。Gは、タイトルにギリシャ文字が冠せられていたからそうだと思ったが、なぜギリシャ文字なのかは、いまだに分からない。X。これは、昔高校でならったところでは、未知数を表すらしい。「数」とあるから具体的には、なんらかの数値があてはめられるのだろうが、標準日本語では、何か分からないものが中に入っている、となる。

 以前からMuはいろいろなミステリを分析していた。そのとき、ネタバレを怖れて犯人をX、共犯をYに置換して文章を書いていた。だから、Xシリーズは、もしかしたら初めからXに人名などがはいるのかしらん、と思っても見たが、作者の真意は読者にはわからない。いや、わかったところで、それは相の一つ。すべては多次元の、複雑な、カオスの中に浮かんでいることだろう。

 いつもながら長い前置きになった。ミステリはミステリに語らせよう。真空管が一本写されたカバーの裏には、こんな紹介文が記してあった。

「私の兄を捜していただきたいのです」
美術品鑑定を生業とする椙田(すぎた)事務所を訪れた
黒衣の美人・佐竹千鶴(さたけ・ちづる)はこう切り出した。
都心の一等地に佇立する広大な佐竹屋敷、美しき双子、
数十年来、地下牢に閉じこめられているという
行方不明の兄・鎮夫。そして自ら《探偵》を名乗る男が登場する。
旧家で渦巻く凄惨な事件の香り……。
新章開幕、Xシリーズ第1弾!!

 また帯には「巨大な屋敷の地下で密かに育まれる凄絶な事件の芽!」ともあった。図書に語らせるとはいえ、登場人物は止しておく。ただし、引用文が谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』からなのは、記しておきたい。谷崎の初期世界を、森博嗣が引用することに、奇妙な目眩を味わったが、今回Xシリーズの作風にあっているので、得心した。

 語れば深いことながら、以前のGシリーズは全6作品とも、破調、乱調に作品の質があった。もちろん、ミステリという一定の枠組を想定した場合の破調であり、華はその乱調の中にあった。ただ長い読者のMuがそう思っただけで、初めてGシリーズを手にした者には、破調も乱調もなく、揺れが少なく分かりやすい物語に見えたことだろう。それをどうとるかは一々の読者の想念にあって、Muもその一人である。すなわち、不定であろう。

 たとえば、以前コカコーラとのコラボで『カクレカラクリ』が放映された。原作は森博嗣でも、脚本は別人だから、別の世界の作品ともいえる。そしていろいろ感想はあったようだが、Muはとても気に入った。気に入らない人もいたようだが。公開された作品とは、作者も離れ、古いファンも離れ、孤独に人々の前に立ちすくむ。手を差し出すのも読者なら、はねのけるのも同じ読者なのだ。

 Muは、はねのけた作品は誰のものであっても、MuBlogには掲載しない。たとえば長年愛好はなはだしい三島由紀夫の作品も、永遠に掲載したくないものもある。しかし未読というものも多い(笑)、それは誰にもわからないことだ。それでよいではないか。

 Xシリーズは、Gシリーズとの対照に妙味がある。

 黒衣の美人(これは一般に女を指すだろう)。
 旧家の広大な佐竹屋敷(一般に館ものをさすが、どうだろう)。
 美しき双子(ミステリの香り、匂い立つ。しかし美しくなければ双子も意味が半減するのだろうか)。
 行方不明の兄(何故、いつから、行方不明なのか、気になる)。
 探偵(今時、探偵といえば、浮気調査しか思い浮かばないが、さて)。
 凄絶な事件(これでなくっちゃ。血も凍るような禍々しさ)。

 これを一々Gシリーズと対応させて記していけば日も暮れようし、またGシリーズ未読の人の興をそぐ。だから、Gシリーズとは、違った世界がXシリーズには展開(しそう)することだろうと、予断しておく。勿論、Muはこの新作を昨日読んだのだから、強い感興がわきあがり、おおよその展開も想像してはみたが、それは読書のお楽しみ、さて、どうなることでしょうと、とどめておく。まだシリーズの第一章(一弾)なのだから。

 なにが良かったのだろうか。前半で、闇の中の殺人があった。その時Muは「あ、分かった」と思った。これだ、これ以外のトリックはないはずだ。日曜作家なら、このフェイントで最後まで押し通す。これ以外に思いつかない、そう思った。
 そして、やはり、Muは引っかかった。
 そりゃわかっている。Muは騙されるために森博嗣作品を読んでいるのだから、騙していただかないと、書籍代が宙に浮く。

 しかし、どのような騙しがあるのか。そこに、難しさと快感とがあるわけだ。
 ほとんど100%、Muは森の前半部分で騙され、騙されたまま終盤まで「うふふ、こんどこそ、森先生もミスったね」とほくそ笑みながら読み進む。そして破滅が待っている。
 「ああ、違った。そうじゃなかったんだ」と。

 Muは佳き読者だとつくづく思う、こうまで作者に乗せられて、最後にあっけなく愚かさを思い知る、こんな読者が一体何人いるのだろうか。いや、いてもらわないと、話があわない。相変わらず、書店には森作品が平積みされているのだから、Muと似たような快感を味わう読者も、数割はいるのだろう。

 ただ。今回、一番気に入ったのは、青年だった。
 名前も、なにもかも忘れたが、なにか心に残った。ぼんやりと、探偵事務所の留守番を無給でしている学生が、うらやましく思えたのも事実だった。そんな青春が、Muにもあったなら、今頃は探偵さんになっていたかも知れない。そんな、見果てぬ別の人生を考えさせるほどの青年だった。

追伸
 惨劇の内容も、筋立ても、なにも書かなかったが、こういう感想文もこれからは必要なんだと思っている。それは、実は未来のMuにとっても大切なのだ。人によっては、図書というものを、一度読んだら棄てたり、古書店に流したりすることも多いようだが、そうじゃない読者もいる。Muは、将来のMuはまた、再読して、再び同じように騙されることだろう。そうだ、読書とはそうでなくちゃね。

再伸
 真空管一本と、Muはタイトルに付けておいた。とはいうものの、その意味なんてMuにもわからない。わからないままに、なにか気を惹くことがらがこの世にはあるものだ。もし、将来森博嗣がXシリーズで、真空管を核心に添えたなら、その時は、Muは凄絶な血も凍るようなネタバレをしたことになる。どうか、真空管が無意味でありますように、神仏の加護を待ちましょう。さて~。

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コメント

ネットサーフィンの途中で流れ付きました、kouです。はじめまして、Muさん。
Xシリーズの由来、後ろのカバー折り返しの次作刊行予定に、「キラレ×キラレ」とあります。ひょっとしたらXというのはタイトルの真ん中に毎回ついてくる「×」のことではないでしょうか。
と、言うのが僕の推理(?)です。

投稿: kou | 2007年5月16日 (水) 16時57分

はじめまして、KOUさん

 Xが未知数Xじゃなくて、乗算記号のxと言うわけですね。なら、イナイの二乗、キラレの二乗。イナイイナイはバァーと予想できますが、キラレとなると、相当に森先生の脳をレントゲンで見ないと想像しにくいですね。

 キラレ
 切られ与三郎、でしょうか(なんて言って、伝われば、君は古典人)。

 Googleを覗いたら、アブラムシの方言にも「きられ」があるようです。アブラムシの二乗で、ものすごアブラムシぞろぞろ世界でしょうか。
 キラリなら、ちょっと想像つくのですが。
 切。
 次作は、刃物が主要な凶器になるのかもしれませんが、今日この日に、刃物を想像するのは世間体から考えて、しんどいしね。

 というわけで、次作がでてから考えます。
 要するに、KOU君説では、未知数Xじゃなくて、乗算記号というわけですね。もしかして、χなら、けけけ。みんなで、わらいましょう。

投稿: Mu→KOU | 2007年5月16日 (水) 21時05分

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