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2007年5月31日 (木)

小説木幡記:20070531(木)今日もしのげた、レファレンスプロセス

 なんとかかんとか夜半になった。
 そろそろ就寝とおもったら、今日は五月末日。なにか一言二言、千言万言記しておこう。生の証。

1.意外な午前
 情報サービスと資料組織(主題)につき、午前中はフルに、課題相談日にあてた。意外だったのは一限目の情報サービス。昨年は、1名しか来なかったので、がっかりしたが、今年は10名が相談に現れた。定刻より早く8:40からギリギリの10:15まで約100分、一人あたり10分の相談にのった。全員三年生だった、いや四年生も一人いた。
 休憩を15分とって、今度は二年生中心に同数の10人を11:50まで相談にのった。一人あたり、八分程度になろうか。この科目は昨年も同数いた。二年生のうちはまだ生真面目だから、わざわざ出向いてくれる(笑)。三年生にもなると、高をくくってというか、事の本質が見えなくなるようでぇ~

 と。
 思い半ば。
 図書館と情報。これは難しいことなのだ。難しいということが分からないくらいに難しい。長年この世界に生きてきた余が申すのだから、これは事実なのだ(笑)。
 そういう難しい科目の課題を余は四月そうそうに公開する。レポートはA4判で三枚程度ですむ。三ヶ月の期間がある。そのうえ相談日まで設ける。メルでは草稿の添削まで行っている。まさに出血大サービス。なのに昨年は相談日にきた者、たった一人。他の者はさぞや独習して素晴らしい成果をあげたことでしょうぞ。
 今年は10倍になった。何の異変か。ふむふむ。

 で、余が12時、キャンパスを這うように歩いていると、秘書がみかけて、唖然としていた。あとで耳にしたが、余は倒れる寸前のようだった、とのこと。そりゃそうだ。概数3時間かけて、のべ20名の難病の診察をしたのだから。
 まあ、その甲斐あって、余の見立てでは、学生諸君、根治療法は無理な場合もあろうが(爆)、それなりに消毒して、包帯まいて、人前に復帰できるくらいにはなった。
 独習者はおそらく、再起不能邪郎。けけけ。

2.授業準備
 午後はすることもなく、退屈したので、授業準備にあてた。
 今日は吐き気も目眩もしなかった。
 科目「情報サービス」の、レファレンス・プロセス概念図を独自に考案、描いていたら結局、これも3時間かかった。たった一枚の図面に3時間。教育とは金のかかるものよなぁ。余の高給(?)の3時間分だから、これや家が買える、ベンツも買える。虎屋の羊羹だって買える。木屋町三条の「めなみ」なんって、何回でも行ける。
 が、しかし、UMLでばっちり仕上がった。
 安いものだ。
 ただ、この一枚の図面が判読できるのは、世界中、余と数人だけだろうと思うと、涙。

3.もろもろ
 いろいろある。
 しかし、もう夜間10時を過ぎた。ねむるとしよう。
 ああ、ゆうがたに友人から電話があった。電話なんて、年に数本しかないから、ドキリとした。が、なにかれと話していたら20分ほど時間がたっていた。まれな電話もよいものだ。
 再会を期したら、六本木でワインでも奢ってくれるとのことだった。
 しかし、なぜ余の携帯には電話着信が年に数本なのか、これも深い謎である。電話の役目を放棄しているようなauだな。しかたないから、今度替えるときは、ワンセグタイプにしよう。ちょっとは役にたつじゃろう。

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2007年5月30日 (水)

小説葛野記:20070530(水)一日なんとか、しのいだ

 午前四時半起床、疼痛なく朝食。六時過ぎM1君に付き添ってもらって木幡出発。
 途中寄ったセブンイレブンでは、食欲がわかず、昼食用おにぎり。焼きたらこ。最近気に入っている。ついでに、マネケンの宇治抹茶・北海道産あずき入りも買った。後刻、夕方、この小豆入りの味に満足の笑み。

 セブンイレブンでの「あてもん(抽選のMu用語)」は終わっていたよし。次は秋らしい。余は今回、合計八枚程度券を引いて、そのうち六枚くらいが当たりだった。貴重な運の総量をコンビニで使うのはもったいないが、それにしても、当たりは気持ちがよい。要するに、客に気持ちよくさせるのが、昨今のメソッドなのだろう。
 なお、マネーカードが説明してあった。余は止めた。マネーカードで追跡されるのが怖い!
 「あのオジキ、毎朝マネケン買いよる。毎週月曜は、あんみつやらプリンやら、合計5~6個も買いよる。変なヤツ」と、噂になるのが、辛い(笑)。そんなん、甘党でもないのに、一人で、あんみつやら杏仁豆腐をいくつも食べるわけがない!

 葛野到着が七時少し前だったので、葛野記でも久しぶりに書こうと思ったが、ちょっとやめた。文章書こうとしたり、物を考えだすと、猛烈に吐き気がしたから。大切な一時間目の授業のために心身温存した。
 早々と八時四十分ころ、這々の体で教室に行くと学生は殆ど入室していた。メディア論は司書とか学芸員用の授業なんだが、なんとなく、まじめというか、温和しい学生が多いのだろう。

 DVD機器は新品になっていた。だが、今朝は、字幕が英語のままなのに数分間、そのまま写していて、なかなか気が付かなかった。何年も見ていると、ショーンコネリー、ウイリアム修道士の明瞭な英語が自然に聞こえるのだろう(嘘、かな?)。慌てたが、日本語にするのに五分程度かかった。余はこういう機械物がからっきし苦手だ。木幡のPCでの録画はすいすいできるのに、家電になると、この数十年、すべてエドルン君かM1君に任せてきた。余は、帯域が極端に狭いようだ。よう、これまで生きてこられた、と痛感。

 終了時、感想文を約100枚回収したが、気持ちよい内容が多かった。
 一番多いのは、こうだ。
 「相当にグロイ場面が多く、怖かったが、知識とか図書とかの、いままで知らなかった意味が、なんとなく分かった。おもしろかった」だ。
 余の前セリフに惑わされた面も多少あろうが、終わった後も、二年生の者ら数名がよってきて、あれこれ話して行った。
 ところで。
 一年生の感想文が、なかなかに良かった。ちょっと、意外なくらいだった。うむ。まさに、うむうむだ。

 昼前に一時間某所へ行って、うちわの会議をひらいた。いくつか大事なこともあったが、なにしろまだ常の50%程度しか機能回復していないので、多くはお任せした。またこれらは来週。

 午後は約一時間、同僚と相談事があった。いろんなことがうまく行っていても、ときどきそこここで誤解などが発生し、その対応をいろんなケースに分けて相談しておいた。優秀な同僚なので、処置に安心してはいるが、最悪の場合は余も出血しなくちゃね。いろいろ、細かなことがあるんだわい。

 その後、先々の授業準備をしようとマシンに向かったが、また吐き気がしたきた。
 ある小難しい内容を図解しようとして、UMLを使いだしたわけ。そのとたんのことだった。
 「ああ、よく考えたら明日は準備がいらない。じゃ、やめましょう」と、手を止めたら、とたんに楽になった。要するに授業準備鬱なんだろう。
 明日は不要でも、来週はいる。図解などはとてつもなく時間をとるからやろうとしたのだが、人生あんまり準備ばかりしていると、壊れる。適当に。というわけ。

 しばらく横臥して、さてかえろうと思ったが、なにかしら、MuBlogが気になって、結局マシンに再度向かった。吐き気も目眩もなにもなかった。余はよほどにMuBlogと、相性が良いのじゃろう。

 ではまた明日。

追伸
 そうそう。最近まったく遺跡探検がない。カメラかついでRSのエンジン、アクセルを床までふみこまないと、なんか、こう、世の中が黄昏れて見える。考えてみると昨年以来、どこにも行っていない。
 こんどこそ、快調になったら、走ろう。地の果てまで、な。

再伸
 昨日の記事で地域アクセス、北海道がなんとかと書いたとたん、今朝は10位→7位になっていた。まさか、書いたからというわけじゃないが、まるで生き物。朝、一人爆笑しておった。

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2007年5月29日 (火)

小説木幡記:20070529(火)本日休心身脳

 本日休診、という映画とか小説があった。我がMuBlogも昨日についで、本日休診となる。しかしこれは「本日休心身脳」と、やや、くどくひつこく、記した方が正確である。
 休診とは言ってもなんとなく気持が落ち着かないので、記事ランキングの今朝分(2007/05/29火曜日)を記録しておく。これは先日までの一週間分だが、毎朝変わり、明日には別の記録になる。

 今日の木幡記は、お店で、ドアは閉まっているのに、電気だけついている風情だね。

記録1 人気記事ランキング
 1位:NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心
2位:NHK風林火山(17)由布姫の慟哭
3位:NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫
4位:小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹
5位:NHK風林火山(18)由布姫の決意
6位:NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり
7位:MuBlogへのご招待
8位:みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館
9位:室町和久傳(むろまち・わくでん)
10位:ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ)
記録2 検索フレーズランキング
1位:由布姫
2位:修飾麻疹
3位:じぶり
4位:真田幸隆
5位:風林火山 由布姫
6位:わくでん
7位:佐野藤右衛門
8位:秘花
9位:由布姫 勘助
10位:柴本 幸 女優
記録3 アクセス地域ランキング
1位:東京
2位:京都
3位:大阪
4位:神奈川
5位:愛知
6位:埼玉
7位:福岡
8位:静岡
9位:千葉
10位:北海道

 記事の5割、キーワードの5割が「風林火山」勘助、由布姫人気にあやかっているので、内心複雑だ。この関係記事は毎週一回の記事投稿だが、なんとなく、いつのまにかMuBlogは大河ドラマ御用達になっている。大河ドラマも時代劇も、勘助も由布姫もとても好ましく、これはこれでよいのだが、毎日毎晩内野聖陽(まさあき)さんの隻眼や柴本幸さんの三■眼現象を考えている訳じゃない(爆)ので、毎朝こんなランキングが続くと「変だな」と思ってしまう。

 アクセス地域は、そういう思想的偏向(笑)もなくニュートラルなものだが、東京が一位なのは、仕方なかろうが、一極集中をみているようで、遷都論の余としては、シャクだね。二位の京都と三位の大阪は、以前はずっと逆だったが、最近京都が頑張っている、ふむ。

 記憶ではあと、兵庫が時々顔を出す。埼玉と千葉とは常に上下入れ替わり、ダイナミックだ。本心を言うと、東京、京都、大阪、神奈川までは「理屈通り」と納得しているが、埼玉・福岡・静岡・千葉、最後の北海道は特に、不思議な感じがいつもする。
 それにしても、近辺の奈良とか滋賀が顔を出さない。MuBlog七不思議だな。

 と、記録だけなら疲れないと思って書き出したが、もうぐったりしてきた。やはり、脳が疲労しているのがはっきりとわかる。Muは身体や心だけじゃなくて、肝心の脳が一番弱いようだ。これは笑い事じゃなくて、そう感じている。会議なんかで、なんにも発言しないのに、数時間後には、脳がすりへったような気になる。

 ただ、昨夜から今朝にかけてだが、いつものように、ぐっすり睡れた。弱い脳で、いままでそれとなく生きてきたのは、この睡眠があったからだろう。
 さて、また横臥しましょうぞ。ねるこはそだつ。

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2007年5月27日 (日)

NHK風林火山(21)御神渡:おみわたり

承前:NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心

 今夜はあまり記すこともない。心身いささか、ここ数回の風林火山で消耗したようだ。今夜の勘助、由布姫の熱演にも、いささかあてられた。当てられたというのは、人の恋路にいわゆるアテラレタのではなくて、どうしても人の心というものはしんどいことだのう、という、そういう熱気ともうすか、しんどさに、疲れたと言うことだ。ニュアンスがむつかしい(笑)。

 なにも考えない少年のころならば、今夜の由布姫のセリフのいちいちは、それなりに理解できた。晴信の首をとると言ったのは、彼を三条夫人からも奪いたい、彼が戦で死ぬことも見たくない、自分一人の晴信にしたいため、浅ましい心ばかりの由布だった、という告白はそれらしく、リアルに味わったかも知れないが。

 由布姫も、女優柴本も、またしても嘘嘘しいセリフよと、内心おもっていることでしょう。いや嘘じゃないから余計に嘘嘘しいと言ったのだ。だれも嘘はついていない。そこが人の世の難しいところだ。
 人は自分の心をようわかるものではない。
 ここで京極堂がさっとあらわれて、パチンと手を叩くか、鈴を鳴らさないと、勘助と由布姫はまだまだ霧の中から抜け出ることはできない。

 実はさっき、京極夏彦『前巷説百物語』を読み終えて、主人公の「小股すくいの又市」の話を充分味わい尽くした所なので、嘘と真の境界がぼんやり滲んでしまったあとなので、今夜のドラマも、そんな風に思えてしまった。「御行(おんぎょう)したてまつる」、というセリフが、勘助の最期にでてこないと、ドラマの複雑さは、いろいろな解釈に枝分かれして、そのままで戦の謀略に隠れてしまうのかもしれない。

 諏訪湖の御神渡(おみわたり)があった。由布姫はそれをみて吉凶占う立場の少女(16歳かな)だった。専念できる仕事だったろう。立場が変わり、状況が変化し、自らの心身も複雑になり、引き裂かれた運命に投げ込まれると、もう、もとには戻れない。もどれないまま諏訪の御寮人として生きていくしかない。

 と、曖昧模糊になってしまったが、侍女が自ら命を絶ったのはなかなか息苦しいことであった。
 予告編では、雪斉坊主がでていた。来週がまた楽しみ。本当に、上手な脚本だね(爆笑)。
 そろそろ戦国末期の騒乱がまた始まることになる。

 というわけで、今夜は余も心身完全ではなかった、脳も冴えず、筆も走らぬ。
 ただ、それでは今夜の決着はつかない。
 だから、一つ。
 勘助は、小刀、そして大刀もすてて、由布姫を捜し求めた。
 由布姫は、心のすべて(らしきもの)を勘助にぶちまけ、そして勘助を受け入れた。
 これが今夜の結論だ。

補足
 由布姫は心のおりを、勘助にみせた。
 私には姫の目元がこう語っていたように、思えた。
 「こんな浅ましい由布を、勘助、そなたはひきうけてくれますか」と。

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2007年5月26日 (土)

擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳 <異星人と未来人>

擬態の卵形物体

擬態:カムフラージュ/ジョー・ホールドマン・著、金子司・訳
 100万年前の物と推測される、小型トラックの大きさの卵形の物体が、深海一万メートルの海底に埋もれていた。その重さは、原子力潜水艦ノーチラス号並となっているので、排水量なら3000トン、重量なら500トンほどだろうか。一体何が詰まっているのか、海底のブラックホールに思えた。
 これは多分異星人あるいは未来人が100万年前の地球に残した乗り物ないしセンサーと想像がつく。後者なら、2001年スペース・オデッセイのような、人類の進化の程度を検知する通信機であろうか。

現代のエイリアン
 物語は、もちろんそのあたりのことが最初は明確ではない。ただ、そこから分身のようなものが到着時に分離して、水中生物として海底をずっと遊弋(ゆうよく)してきた。生物相に対応し時代ごとに変化し、20世紀初頭頃まではサメに変身していたが、世界大戦前後から、なにを思ったか人間に変身して、さまざまな人生の一部を経験した。その名は<変わり子(チェンジリング)>と作品で記された。
 実は、<変わり子>と似ているがまったく異種の<カメレオン>と記されたエイリアン(異星人)も地球に太古から住んでいた。

 物語は、1931年ごろからの<変わり子>が、2019年の現代にたどりつく形式だった。2019年に南太平洋で卵形物体が発見され島に引き上げられ、調査が始まったことになっている。そういう物語の流れは、カバー裏に比較的長文の要約があったので、末尾に転写しておいた。

謎と疑問と見どころ
 このSFの要点というか、Muが気に入った点は次のいくつかだった。

1.この<変わり子>が、地球人類や、生命体と、どれほど異なった物質であるかがどんな風に描かれたのか。
 組成、思考(もしあれば)、目的、……。
2.しかし全く異なった物質ならば、地球人の小説では描けない。これをどうしたのか。
 <変わり子>が人間の擬態を取る過程、経緯を描くことで、異様さを違和感レベルにまで引き寄せることができた。
3.何故擬態なのか。一体100万年間、なんのために地球に居たのか。謎は深まる。
4.対峙して<カメレオン>が存在したのは何故なのか。
 異星人ないし超未来人に、現代人間が思考する倫理や道徳や世界観を当てはめるのは無理な話だが、物語の中では、<カメレオン>は悪に相当する。もちろん、<変わり子>も、善悪というような範疇ではくくれないし、実際、人間は捕食対象でしかなく、その質量を自由に自分に融合(食餌)させることなど、ためらいもないのだが。
5.<カメレオン>の存在を並行して描くことで、不死と思われる<変わり子>の限界を常に読者に意識させる。そこに現実感を増す効果があった。
5.<変わり子>が何人もの男女に変身、すなわち擬態する過程のうち、米軍兵士になって、アメリカ人の目でみた日本軍との戦い、「バターン死の行進」などを描写した部分があった。が、これは当時の米軍の宣伝をそのまま使った形跡があり、米国流SFの悪癖を露呈していた。単純さ、勧善懲悪、悪は相手という使い古された手法であり、この部分はマイナス。その上、何故エイリアンが米国人になるのかという悪態をつき出すと、それはMuさんないでしょう、書いたのはMuじゃないのだから、作家の自由。と、Muのマイナス(笑)。
 ただ、米国、オーストラリア、ハワイ、カリフォルニアと、学生、院生、教員を経ていく場面は、人間の成長過程をみているようで、普遍的な佳さを味わった。

SFと読者
 ミステリもSFも、大衆小説として、はやり廃りはあるが、読者との関係において普遍性を築けなかった。まがい物、荒唐無稽、馬鹿馬鹿しい、トンデモない、日常とはかけ離れているという、大きな声で、小さな声で罵声を浴びせられてきた歴史がある。また、お笑いのように、多くの人に愛されてきたとも言えない。だから、大説ではない小説の究極的な弱点、暗い面をいつも露呈している。それは、無意味さ、くだらなさと、言える。

 しかし、Muは若年時からSFが性にあっていた。
 上等なSFに読み浸ると、思考も感性も、宇宙の彼方へ一挙に飛ばしてくれるだけの効果があった。そこでは、無意味とかくだらないとかいう、一般的な価値判断が入る余地もなかった。

 この『擬態』では、特に<変わり子>が様々な人物に変身し、その人生を味わうところに共感をもった。丁度、アン・ライスのヴァンパイア・レスタトが何世紀もの間、ヨーロッパを彷徨ったのを思い出していた。
 卵形物体と<変わり子>とが21世紀の現在、最後に出会ったときどうなったのか、それはどういう意味だったのか。Muは自然にうなずいていた。文章として明確に記されはしなかったが、途中いくつかヒントもあったので、気持はすっきりした。

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2007年5月25日 (金)

KGRノート:仮想レファレンス

KGRノート
 検索エンジンで記事がランキング付きで表示されることの、意味を再考している。
 問題を先にしるすと。
 インターネット検索エンジンでは、記事は、検索する用語によって、記事の待遇が変わる。
 これまでのIR(情報検索)とは、異なる。これまでのIRは、データ群が静的に格納されていたわけだ。だから、利用者が適切な用語(シソーラスなどの利用)を、適切にブール式で組み立てて検索すれば、適切な解が得られる。これは再現性を伴う。同じ式、同じ用語なら、データベース更新がなされない限り、なされても、大変動を来さずに、ほぼ同じヒットを得られる。追加された記録は、追加された解として得られる。

 インターネットの検索エンジンでは、解はランキングに現れる。
 利用者の用いる用語は、ほとんど一語で済ませている。
 その一語や、二語の組み合わせで、同じ記事のランキングが大きく変動する。これが奇妙な感覚をもたらす。

検索の錯覚
 それが、問題なのだ。というか、どうすっきり考えればよいのかを、四月頃から考えている。
 列車に座っていて、停車していても、となりの列車が動き出すと、まるで自分の乗っている列車がうごいているように感じる。
 たわいないことなのだろうが、どうも、Googleなどの検索をしていると、そういう錯覚、奇妙な感覚に襲われる。

仮想レファレンス・実験をしてみよう
 Googleで実験してみた。
 対象(ターゲット)記事は、2007年5月22(火)に掲載したので、今日の金曜で4日目になる。

フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー」。

 ブライトンホテルは、京都御所の西に位置する瀟洒なシティーホテル。フェリエはそこのレストランの一つ。ディナーの内容はオーストラリアン(風)。カジュアルという表現は、修辞。

 この記事をGoogleで求める人は、一体どんな用語を用いるのだろうか。
 そしてこの記事は、どういう場合にKGRが変化するのか?
 司書の卵程度に、インターネットを理解している人による仮想レファレンスを想定してみる。
 
 (KGRとは、順位÷検索総数(母数)×10万 )→この意味は別記事を参照。

 仮想の利用者1は、京都にもレストランにも詳しくなく、「京都の御所のあたりのホテルで、美味しい物が食べられるようだ」程度としておく。利用者2は、フェリエというレストランを知っている程度。……。以下、なんとなく曖昧な利用者を数名想定してみる。
 Google条件は、全言語対象。表示は50件単位とし、そこにMuBlog記事がなければ「無」とする。
 事例は、Googleの検索結果から、あらかじめKGRを算出し、その順にならべた。
 分析もつけておいた。

事例とKGR指標の分析

1 3.58
 利用者4:ちょっと京都に行って、ホテルでカジュアルな食事をしたい。 
 想定語群: {京都 ホテル カジュアル レストラン}
 Google結果: 11(位)/307000(検索総数:母数)
 KGR指標: 3.58kgr(070524){京都 ホテル カジュアル レストラン}
 分析: 用語はどれも一般的で曖昧だが、KGRは一番になった。
   「カジュアル」に多少難がある。
   こういう言葉で検索するだろうか?
   しかし、KGR指標が1以上10以内なので、記事と用語群がうまくマッチし、記事の待遇も良いと考えておく。

2 7.94
 利用者3:京都のブライトンでディナーとりたい。
 想定語群: {京都 ブライトン ディナー}
 Google結果: 1/12600
 KGR指標: 7.94kgr(070524){京都 ブライトン ディナー}
 分析: 用語群に難はない。ブライトンホテルは著名なので、こういう事例は多いだろう。
   KGR指標が1以上、10以内なので、
   妥当な用語、妥当な記事と言える。

3 20.08
 利用者1:京都御所の近所に、おいしいレストランのあるホテルがあるようだ。
 想定語群: {京都御所 レストラン ホテル}
 Google結果: 49/244000
 KGR指標: 20.08kgr(070524){京都御所 レストラン ホテル}
 分析: 曖昧すぎる用語群だが、京都御所という施設名で限定できた。
   KGR指標が20というのは、記事がそこそこの待遇を得たと判断できる。
   ただし、Google のランキングは49位なので、実用性からは疑問が残る。
   検索母数が24万というのは、ヒットが多すぎることを意味し、それは用語群が凡庸であるとも言える。

4 25.64
 利用者6:京都のホテルで、オーストラリアン風の食事ができるそうだ。
 想定語群: {京都 ホテル オーストラリアン}
 Google結果: 3/11700
 KGR指標: 25.64kgr(070524){京都 ホテル オーストラリアン}
 分析: KGR指標としては3(利用者1)と似通っているが、母数が一桁異なる。
  オーストラリアンという用語が記事にマッチしたのだろう。
  だから記事の待遇としては、3(利用者1)よりも劣るが、Googleで3位という点では実用的である。

5 1088.92
 利用者5:ブライトンのフェリエでメシ喰いたい。
 想定語群: {ブライトン フェリエ}
 Google結果: 6/551
 KGR指標: 1088.92kgr(070524){ブライトン フェリエ}
 分析: この場合、記事待遇が悪いというよりも、
  マイナー世界なのだろう。
  つまり「フェリエ」というレストラン名は、ブライトンというホテル名に比べると知名度が低いと推量できる。

6 1214.57
 利用者2:フェリエというレストランが京都にある、そこでうまいランチかディナーがあるそうだ。
 想定語群: {フェリエ 京都 ランチ ディナー}
 Google結果: 3/247
 KGR指標: 1214.57kgr(070524){フェリエ 京都 ランチ ディナー}
 分析: さらにKGR指標は弱くなっている。
  母数も少なく、マイナ世界である。

以上のまとめ
 事例をみていて、検索用語群として、一番適正なのは2番目の、
 7.94kgr(070524){京都 ブライトン ディナー}
 と、考えた。

 記事内容が妥当なのか。
  (Googleなどの記事判定アルゴリズムで左右される)
 検索用語が妥当なのか。
  (記事判定アルゴリズムでの、用語の扱いと一般利用者の使用傾向)
 双方の関係バランスで、変化する。
 どうなんだろう、と今朝もKGRのことを考えこんでしまった。

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2007年5月24日 (木)

小説葛野記:20070524(木)大人のはしか、修飾麻疹

 今朝は葛野記。
 まず、
本日定食
 情報サービス。
 ようやく基礎が終わる。来月からはレファレンスプロセスに入ることができる。別途、この四月に新DVDを買ったので、タイミングを見計らって上映も必要。こういう教材は高価だ。DVD一枚が3万円ほどするからな。教育とはお金のかかるものだ。

 資料組織1(主題)。
 「件名」とかシソーラスに入った。難しい内容だが、ともかく最後まで一通り終えるつもり。6月に完了して、7月は重点内容の復習と深化。

 午後、重い会議が一つ。
 あと、麻疹流行について、なにか打ち合わせが必要になるかもしれない。

修飾麻疹(しゅうしょくましん)
 昨夕、NHKクローズアップ現代で、麻疹を特集した。
 修飾麻疹というのが、耳に残った。
 これは、ワクチンとかで免疫が出来ても、その後、免疫力が低下したときにかかるようだ。発疹がでなかったりで、麻疹(はしか)と分からないから、面倒なことになる。
 目の充血、目やに、発熱と咳。これが続くと、麻疹を疑う必要がでてくる。
 しかし、普通、医師も判断に迷うようだ。

 我々の年代だと、麻疹はかかるもの、だった。だから言葉の綾にも、若い頃の極端な政治思想行動などは、ハシカと揶揄されていた。
 こんな言葉を昔耳にした。
 「20代で社会主義、共産主義思想にかぶれない若者は、人でなし」
 「しかしそれは、ハシカのようなもの」
 「壮年になっても、社会主義思想に凝り固まっているのは、○○」
 (現実に、そういう人は多いから、公序良俗かんがみて、○○にしておいた)
 
 そんなハシカだったが、今問題なのは、成人の麻疹。
 なかんずく20代前後学生達のハシカ。軽く見てはならない。肺炎などで、まれに死亡例もあり、総じて数日間、起きあがれないほどの重篤のようだ。

休講を喜ばない者もいる
 ともかく、春先には想像もしていなかったハシカ。関東では四月末にすでに話題になったようだ。GWあけころから、軒並み大規模大学が長期閉鎖した。大体1週間、10日間、2週間程度は授業がなくなる。

 普通は、授業なんかが休みになると喜ぶ学生や教員(爆笑)が多いと思われがちだが、ちょっと違う。
 そうでもないことがたくさんある。
 典型的なのは就活学生。全体が閉講するほどになると、ひとごとじゃなくて、当人自身が罹患している可能性も高い。高熱や嘔吐、派手な発疹で、最低でも一週間は出歩けなくなるから、就活がストップする。
 授業。学生達も、大多数は予定を組んでいるから、不意に長期休みになると狂う。大抵はその間のことが責務ゼロにならず、別の予定、後の予定に食い込んでくる。
 バイト生。まともな職場だと、感染が疑われる場合、出勤を停止させるから、収入が激減する。
 さて、教員。
 予定を立てているから、非常にややこしいことになる。スケジュルの再構築は、時間もとる。

 だから、出来れば閉講はどこの大学でも避けたいだろうが、やはり、感染がもしはっきりしてくると、放置はできない。大学の規模にかかわらず、5~10名が短期間に罹患したら、休まざるを得ないだろう。
 今年の特徴は、大人(学生も大人だ)の麻疹。子供よりも、重篤。つまり、重症。

まとめ
 余の勤務先も、大学だ。だから、あれこれ悩む。
 余は、小学校のころ、数日間、高熱にうなされ意識が薄くなった、夢のような記憶が残っている。
 そばに、祖母がいた。
 もう、罹らないだろう、そのはずだ。

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2007年5月23日 (水)

小説木幡記:20070523(水)あっというま

 午前三時過ぎに起床。朝食をいただいて、一休み。今朝のお勤めは、この木幡記にとどめよう。
 いそがしい、貧乏暇無し、今年に入ってあっというまに5ヶ月もすぎてしまった。
 あ、ああ、ああ~。
 光陰矢のごとし。
 若者は時間が経つのが遅いとはよくきく。先が見えないから、泥沼、五里霧中のなかで足をとられるからだろうか。楽しみが、時間じっくり感じるのはよいが、苦痛が長引くのは、若者達も大変だなぁ。
 余などは、楽しみも苦しみも、ああ~というまに、過ぎていく。

 たしかに日々「おしごと」が、会議や準備や、授業やなんやらで忙しいことも事実。それに「忙しい」と言いふらす者は「無能の証」とはよく言われることだ。事実かも(自笑)。ああ、忙しいと、わめく学生みていると、不憫になるぞ。そういう言葉の真実を今から知っておかないとぉ。
 だが、やりたいこと、やらねばならぬこと、やっておいたほうがよいことが、一杯ありすぎる。
 どれもこれも不要不急のことだけど、やっていないと、おかしくなる(笑)。

 MuBlog記事だけど、これも不要不急といえばいえる。しかし書かないと落ち着かないし、研究の一部というか、すでに大きな要素になってしまったし、書くのが生きている証、毎日判子ぽんぽんの宮仕えと同じノリだな。大昔、上司が出勤簿に押印しながら、「君、これは生きている証」と、余につぶやいた。
 余はまだ30前後だったから、上司に「課長、こんな押印なんて無駄なこと、いつまでやるんでしょう」と、例によって目を三角にして、言いつのっていた。いまでもその情景を覚えている。
 で、そんな夢幻がいつも甦る。
 だから、判子ぽんぽん、今になってMuBlogサラサラが、日課になってしまったような。

 記事にかかる時間は、短いので1時間、写真が多い組形式だとそれを数日間。写真の整理に時間がかかる。読書感想文だと、半日。研究ノートだと、一週間くらいかかっている。日曜夜の風林火山感想文は、あれは早い。夜の8:45に終了して、即・書き始めて、だいたい10時には掲載している。量の割には早い。

 研究。これも結局、プライベートタイムしか時間が取れない。研究は24時間、終わりがない。そういうものだと、思っている。読書。これも時間を湯水のようにとるな。漫画だと1時間、小説類で半日、研究図書で数日から一週間。3月頃のように、難しい大部な図書(ミンスキー先生の)だと、予定をたてて、約一ヶ月かかる。
 授業準備。これも結構かけている。本当は、3回や5回、いやいや半期15回くらいは手ぶらでも授業はできる。しかし、一回でも準備なしですると、強烈に後味が悪い。説明しがたい後味の悪さ。しかし数時間かけて準備すると、すっきりして、心身によい。一科目90分近く、講演するようなものだから、午前に二つ済ませると、大抵は昼には一時間ほど横臥している。準備も実際もキツイ仕事だとは、思う。

 社会的なお付き合い。ほとんどない。そういう風に無意識に、意識的にすすめてきたのだろう。だから義理を欠くことばかりだ。ただ、MuBlogのコメント返しとか、メル返は、ほぼ99%まめにしている。

 と、早朝から今日のまとめをしておいた。
 今日は、授業、会議、会議、会議、会議、会議と続く。会議が5つもあると、夜半は生ける屍、ゾンビだな。会議好きにはたまらないだろうねぇ~、恍惚の「会議大盤振る舞い」だなんてぇ。うけけけ。


 なお、余の脳が比較的高水準で動いているのは、起床から午前11時くらまでだと、最近実測(笑)した。それをすぎると、普通の顔をしていても、脳も心も十歳くらいだな。つまり、現実世界ではまったく役にたたない。

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2007年5月22日 (火)

フェリエ:京都ブライトンホテルでカジュアルなディナー

テラスレストラン・フェリエでオーストラリアンディナー
 過日気まぐれに、ディナーに出掛けた。木幡からはRSで約40分。丁度走りよい距離だ。駐車場も気楽だし、道も空いているのでドライブには最適だ。
 レストランは、御所の真西のホテル内だった。

 京都のブライトンホテルは気に入っている。立地が御所のすぐ西隣で、少し奥まったところにあって静か。東京風の巨大なホテルではないが、色調や造りが落ち着いている。未読だが何冊かの小説の舞台になっているらしい。さらに、陰陽師・安倍晴明の邸宅跡でもある。結界が張られているのだろう。魑魅魍魎から守られている、そんな温かで安心できるホテルだ。

 ディナーは、なんということか、オーストラリアン・ディナーだった。
 ここで驚いた筆致になったのは、オーストラリアンと記してあっても、一体何なのか見当もつかない世間知らずのMuであった。
 もちろん、一般に無知は悲しいことなのだが、また佳さもある。世の中のいろいろなことが新鮮に思える。シティーホテルの、ちょっとカジュアルなディナーをとっても、それがオーストラリアンと知って、さらに嬉しく思えるのは幸せだ。と、納得。
 さて、どんなものだったのでしょう。

京都ブライトンホテル・ロビー

京都ブライトンホテル・ロビー
レストラン・フェリエのテーブル
 席に着いてみると、そばに小川が流れていて、目を上にやると吹き抜けです。こういう近代ホテルの建築仕様は、外の空間を遮断して新たな空間を内に造りだそうとする意思の表れなのでしょう。
 けれどそんな理屈は横において、小さなランプが点いていました。たまに外にでると、ちょっとした変化に、うぶいMuなんかはころりと感激するのです。大きな空間も、テーブルのランプも、木幡(自邸)や葛野(勤め)に籠もっていると味わえない新鮮さです。まして聖空間御所、それを守るかのような安倍晴明・旧邸跡のブライトン。人は想像するから楽しいのです。

手巻き寿司と、ケバブ

(1) チーズ・ミートパイと手巻き寿司
(2) 海老、冷製スープ、地鶏ケバブ焼き
 そうでした、ディナーでした、オーストラリアンでした。最初に手巻き寿司が出されたときは、やはり?でした。ツナとアボガドは分かるのですが、お米がオーストラリアで扱われているのが、無知だったのです。しかし「お米」が日本だけのものと想うのが偏狭であって、世界中の食材なのでしょう。
 そして、冷製スープや、ケバブ。この地鶏焼き「ケバブ」の意味がわからなくて困りました。解説を読むと、トルコのシシカバブーのような、焼肉というか、それがケバブ(説明がおかしいのはまだ理解していないせいです)。Muは、冷製スープが気に入りました。器もスープ深皿でなくて、気分転換しました。もちろん、海老や地鶏は大好物なので、言うまでもありませぬ。

ビーフ網焼き・ウルル風

レストラン・フェリエ横の小川
(3) ビーフ・フィレ網焼きとトマト・ロースト
 室内や地下街に泉があったり小川が流れているのは、それほど珍しいものではありません。ただ、ここではテラスレストラン・フェリエが、吹き抜け空間を一切遮らずに開放されているのです。だから、横をお客さん達が歩いているのです。そういう風景もこの十年、街角では当たり前になりましたが、珈琲やビールじゃなくて、落ち着いたディナーとなると、この小川がものすごく重要になってきます。
 これがあるだけで、外とつながってはいるのだけど、彼岸と此岸、気持ちよく周りを気にせずに、メインの網焼きビーフをぺろりと頂きました。う~ん、美味しいですね。さらに、トマト・ローストが口にあいました。あしらいは、オーストラリアのエアーズロック(現地名:ウルル)とか、詰め物をしたダイヤモンドヘッド風というか(笑)。裏ごしポテトも効いていましたよ。

豪州風海鮮焼飯とアンナ・パブロワ風デザート

(4) 焼きめし(フライドライス:小海老、蛸)
(5) デザート:アンナ・パブロワ風
 ふと想ったのですが、懐石風というか日本では一つ一つの品の量が適切ですね。Muでもメインに肉と魚と両方でてくるフレンチだと大抵「うむ」と唸ってしまいます。まして皿一杯のパスタが最初にでるイタリアンだと逃げ出します。
 で、この海鮮焼飯(本当は、フライドライスとかいてありました)は丁度よい加減で、タコや小エビが海海しくて良かったですね。さらにデザートが一番楽しめました。露西亜のバレリーナの名前を冠したアンナ・パブロワ風と知っただけで、にっこり。日本でも、卑弥呼風デザートとか、信長流フィレステーキとか、あれば良いなと思いながら、ぺろりと頂きましたと、さ。

Mu注
 フェリエでの、このオーストラリアン・ディナーは、2007年5月~6月末の季節限定メニューでした。来年は、どうなんだろう。ドイツ風ディナーだったら、ふむふむ。北極風ディナーだと、海底二万マイルのような海づくしかもしれません。レストランも、メニューを考えるのは、しんどいことだろうけど、楽しみもきっとあるはずです。Muはオーストラリアンについ惹き寄せられて、ケバブやウルル風ステーキ食べて、アンナ・パブロワで大満足したのですから(笑)。

参考
  テラスレストラン フェリエ
 [Mu注:当日は、インターネットで予約したので、4990円だった。たまの贅沢だ]
  安倍晴明邸宅跡の確定 [Mu注:ブライトンホテル敷地の一部が安倍晴明宅だったようですよ]

京都ブライトンホテル・地図

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2007年5月21日 (月)

小説葛野記:20070521(月)共同演習祭日

 今日は早朝7時前にセブンイレブンによって、弁当(冷麺にした)や助勤用飴(笑)を仕入れたら、くじ引きがあった。土曜も二枚引いて、一枚があたり、カフェラテもらった。今日は4枚引いて全部あたった。おお!
 お姉さんに尋ねたら「すごいです。外れも結構あるのに」とのことだった。それで、昼食時の助勤反省会には、全員、若い3年生もよんで、「飴」の大判振る舞いをした。当たり券4枚で得たのは、ヨーグルト系二種4個だった。さい先の良い、共同演習祭りだった。
 だれがどれをとるか、見ていたら、みんな性格を露骨に表していたので、密かに失笑した。うけけ。「あんみつ」はやはり、某長だった。チョコは~某某長、ヨーグルトは、地味な菓子は~、一番高価そうなのは~。気性さまざま、おもしろい。

 さて、一限目は情報図書館学。助勤の質問にたじたじとなった班もあった。余も硬軟、相手に合わせてコメントした。最後の札入れで、Y助勤と余はそれぞれにそれらしく投票。意外なのは、H助勤が意外に思える班に札をいれた。助勤二人も、余も、各班も、見所がそれぞれ異なる。その中で票の多いところ、少ないところが綺麗に別れた。さて来週の後半は。

 二限目はコンピューター実習室で、目録作成の発表。全員パワーポイントをつかった。A助勤はビデオカメラで発表を写していた。「あまり、余を入れないでくれ」「はいはい」本当かな。後年、在りし日のセンセなんて、公開されたらどうにもならない。
 多くの発表が、肝心の図書目録に目もくれず、ひとつひとつの細かい記録に走っていた。十分、一々注意したが、ダメだねぇ。言うことを聞かない。まあね、だから最後の札入れでは、偶然にN助勤と同じところに入れた。A助勤は、余がそうだろうなと予想する班にいれた。
 余が札入れしようとすると、A助勤は、壇上でぼそりと「この班に、センセ、いれるんでしょう」といいよった。図星だった。なんとなく、脳を盗み見られているようで、気色わるいね。ところが、あとで聞いてみると、AもNも、両助勤とも余が札入れする発表班は分かっていたみたいだ。まあ、よろしかろう。

 昼休み、廊下で某班の来週の発表者二人につかまって、あれこれ答えた。余からするなら、単純なことだが、80名以上の学友の前で、なにかを発表するのはドキドキする学生も多いようだ。ある意味で、ほっとした。まだまだ、そういう人もおるのだ(笑)。それからすると、同じ発表(プレゼンテーション)にしても、歴代助勤たちは、ちと違うな。ここぞとばかり、発止と歌舞伎の大ミエ切る人もおおかったなぁ~。

 午後は少しだけ、某長がビデオカメラ内容をマシンに格納するのを手伝った。若干ビデオ編集も講釈をたれた。一度では無理だから、毎度少しづつそうするつもりだ。やがて、余が寝ていても、完成するだろう。なんとなく、今回の映画は、プロジェクトXのようになりそうで、楽しみだ。「そのとき、Xはどなった。」とか、「その時、センセは決断した。」とかな。某長は、しきりにナレーションは、どうやって入れるのかと申しておった。ふむふむ。どんな、セリフがはいるのか。

 というわけで、これから夜まで、せっせと授業準備。
 貧乏暇無し。
 昼寝もできない。

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2007年5月20日 (日)

NHK風林火山(20)勘助の心、由布姫の心

承前:NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫

 山本勘助が正式に、武田家の軍師になった。
 軍師の「師」という文字からして、武田晴信にとって勘助は軍事上の師匠になるのだろう。これで勘助の若い頃の夢が一つ達成されたことになる。ドラマでの、一月か二月ころの勘助は、軍師として仕官することや、智慧をこめて城を造ることが夢だった。
 Muも青年時代に軍師に憧れた。だから今、毎週夜、風林火山の感想を記すのは、これは切実なものなのだ。しかし青年時代、智慧浅く、局地戦に振り回される日々だったので、大望は果たせなかった(失笑)。

 さて。
 勘助ほどの軍師に「女」になりつつある少女「由布姫/柴本幸」の心が分かるのか、という切り口で今夜を過ごした。
 あらかじめ結論を記しておく。
 「わかるわけがない」。
 そして、別の解答「わからなくて、それでよいのです」。

 こうやって、核心に入る前に寄り道したのは訳がある。先取りの悪いクセだが、予告編の数十秒が耳をついてはなれなかった。気持を押しつけるというか、ぐっとくる情景が選ばれていた。
 まず、家出したような由布姫を捜す勘助の絶叫。これは、相当に、迫真。深奥からの叫び。
 「お屋形さまのそばを離れては生きていけない」という由布姫の叫び(晴信あて)。
 「勘助、わたくしを殺めてください」涙を流しながら、由布姫は勘助に言う。

 この三つと、今夜の由布姫の姿を重ね合わせ、脚本や演出の妙味、そして由布姫の役者としての凄烈さ、それらを合わせて、不可解としか、申しようがない。

 恋というよりも、古典的に記すなら、魂のぶつかり合いに思えた。怨念、愛憎、憧憬、情念が数秒間隔で吹き上げてくる由布姫の姿をみていると、これが菩薩の顔した夜叉なのだろうと、独りごちた。由布姫が興福寺、阿修羅に見えてくるのも仕方なかろう。

 今夜こそ、軍師山本勘助の晴れ晴れしき日と思っていた。その手の話を一杯しるそうと思っていた。たしかにそうであった。
 だが、どう考えても、三条夫人と由布姫が対峙したころから、恐れた通りになった。ことは嫉妬、悋気など、女性の一般論で済ませられない。壮絶きわまりない、人と人との、各々の深奥での覇権、プライドをかけた戦(いくさ)が、勘助のしらない所で進んでいた。双方は相手だけでなく、自らとも戦っていた。

 細かく記すことは止めておこう。
 正室と側室と晴信だけの悶着なら、だまって、終わるのを待つだけなのだが。
 細部詳細を分析する筆を止めるのは、理解を超えた面と、そして一般的に、Muも男性だから、書きようがないと言える。

 言えることは女優の対決だとも思った。これなら、芸論として書き残せる。
 三条夫人と由布姫との対決があり、それは女優・池脇千鶴と柴本幸との対決であろう。
 あらかじめ予防線を張ると、両者、Muは気に入っている。こういう感覚は、桜餅を二つにわって、どっちが美味いというようなもので、当然のことだ。(笑)

 おそらく注目度は、柴本なんだろう。怒気と笑顔と哀憐、巫女のオーラ、すべて23歳で兼ね備えている。Muはその上「声調」には将来を保証した。今夜は、ねじくれ、ひねくれた少女の姿まで丁寧に、声、顔、目で表現した。諏訪の甘酒を正室にすすめる姫の声と眼とに圧倒された。

 対するに池脇は、儚さ、明るさ、芯の強さ、粘り、矜恃、人の佳さ、これらを次々と演じ分けていった。気性のキツイ由布姫にたじたじとしながら、沈みかける笑顔を、よう見せてくれた。由布姫の意外な言葉に、「何故?」と首をかしげる様子が、ことのほか気に入っている。今夜も、笛の音を聞く、うち沈んだ三条夫人の横臥姿は絶品優雅、まさに生霊になる一歩手前の雅であった。

 理の上では、池脇が主であり、柴本は従である。
 ドラマの上では、柴本が主である。
 それを見るMuの感性では、どちらも「よろしぃ」となる。

 柴本の優位さは、近頃学んだ「花」、時分の花だとおもった。これには、誰も勝てない。しかたなかろう。とつとつとした由布姫が数回演じただけで、風林火山を席巻した。少なくとも、あと数回は全面に出てくるのだろう。それがあらかじめ、脚本や演出によってしかれた「運命(さだめ)」なのじゃ。観客は、その船に乗るしかない。
 しかし柴本が「花」なれば、池脇がもし生霊(すだま)まで行ってしまったなら、これは幽玄となり、格が一段上がる。演出は、そうはしないだろう。

 それにしても。
 勘助の立場は、困ったことだ。由布姫はあろうことか勘助に「殿に心は渡さぬ」といい、勘助に「同心」を求める。追いつめられた少女の愛の一種なのだろう。だが、勘助はそれを切なく思っても、だまって由布姫を受け入れられるわけがない。由布姫はすでに女になりつつある。その対象がお屋形様であることは、熟知している。しかしなお、由布姫の言葉に真があることも熟知している。

 引き裂かれた由布姫の心にこそ、白黒を求めるのは野暮の極み。
 由布姫は閨で晴信を愛し、心に蓋をしても、愛は積み重ねられる。
 それで終わりなら、ドラマも終わり(笑)。
 そうではない。
 由布姫は勘助に、身も世もなく、叫び、乱れ、「殺せ」「失せよ」と言い放つ心の開放感がある。クズ男への罵倒ではない。巌(いわお)の安定をもった勘助への恋慕なのだろう。おそらく、勘助は「父性」なのかもしれない。

 ……
 と、いくらあれこれ記しても、このドラマは、Muには簡単には解説できない。
 また、来週も、悩むだろう、とおもいつつ、筆を置く。

再見

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2007年5月19日 (土)

秘花/瀬戸内寂聴 著 <感想:世阿弥の佐渡島>

秘花/瀬戸内寂聴

秘花/瀬戸内寂聴 (カバー写真)
 それで、さっき読み終わった。何も考えず、一息だった。世阿弥が最後に残そうとした能の台本名を知ったとき、私は破顔し天井を眺め、さらに末期の言葉を聞いたとき、複雑に深くうなずいた。巻措いて、大きめの活字で246頁、そして横尾忠則の装幀・題字、心の贅を尽くした図書だと微笑した。「文学」とはこうでなくては、と独り言を言ってしまった。身内からわき上がる快感だった。

 瀬戸内は小説『秘花』で、世阿弥(観世元清)の生涯、そしてその晩年、佐渡での日々を物語った。
 七十二歳で表だった理由もなく、時の将軍足利義教(よしのり)のたった一枚の仕置書で、京都から一千里以上も離れた佐渡島へ流され、そして八十歳あまりまで穏やかな余生を送った男を、これ以上ないほどに、鮮明に描いた。

 瀬戸内の文体は像をくっきりと表し、瞬時にそれを反転させ、ネガを見せた。

たしかに漆(うるし)のような闇の中に螺鈿(らでん)を鏤(ちりば)めたような満開の桜を見上げた杳(とお)い記憶があるような気がしてきた。

 世阿弥の、時期、それぞれの時分の様子が、瞼に浮かんだ。
 大樹と呼ばれた義満将軍に十二歳で見そめられ、世の嫉妬と蔑視に耐えた日々。摂政関白、知性と雅びを兼ね備えた准后(じゅごう)・二条良基の教育を受け、一世を風靡した日々。義満の宴でかいま見た白拍子、椿。彼女との長く深い契り。二十二歳で父観阿弥を失い、一座を背負った苦難の始まり。甥の音阿弥・観世元重(もとしげ)に次々と座の基盤を奪い取られていく鬱屈。頼みとした実子元雅(もとまさ)の死。将軍義教からの突然の遠島申しわたし。

 世阿弥は島流しにあった佐渡で、晩年穏やかだったのだろうか。
 島でずっとそばに居たのは、40歳年下の沙江(さえ)という女性だった。第四章は沙江の目で見た世阿弥の日常が描かれていた。すでに世阿弥の耳も目も塞がれていた。

もしかしたら、この人こそ鬼ではないのか。
 そんな想いにとらわれていると、いつものとちがう声がかけられた。よく話される「花」のある声であった。花とは一口にいえば何なのでしょうと訊いた時に、
「色気だ。惚れさせる魅力だ」
 とお答えになった。「幽玄」とは、とつづけて問うと、
「洗練された心と、品のある色気」
 と答えられた。
 花と幽玄をたたえた声音で誘われて、断れる女がいるであろうか。わたくしは言われた通り、着ていたものをすべて脱ぎ捨て、素肌に柔かないい香のたきしめられた若草色の絹の着物をまとい、その人のそばにすり寄っていた。

 読み終わった後、作品をうしろからまえにたぐり寄せたくなるような、そんな想いにさせたのが『秘花』だった。なぜ秘花なのか。答はつまり、秘すれば花なのだ。肝要なのは、秘すれば花という詞章がそのまま放たれているのではなく、秘すれば花であるということを作品全体で表しているところに、この図書の名が生きてくる。なぜ、そうなったのか。だから私は、後ろから前に物語を巻き戻そうとした。

 幽玄も、花も、秘すれば花も、時分の花も、そして夢幻能も。
 瀬戸内は、それらの字句を解説するのではなく、世阿弥の所作や、日常や、彼の歴史の中で解き明かしてくれている。
 序章で、作者自身とおぼしき言葉で、鵺(ぬえ)という怪物に犯され尽くさぬ安堵と不満を語りながらも、「鵺」を作能した能聖・世阿弥の闇に迫りたいと吐息もらし、三年かけたと言う、そこから四章巻末まで、淡々と、世阿弥の肉も心も闇も卑賤も、ひたすらに淡々と描き尽くした。これほど艶ある文体、十二歳の夜、大樹との交わり、豊乳の高橋殿に沈み込む忘我、若き藤若を限りなく艶々しくなめるように筆を進めながらも、それでもなお淡々と、世阿弥の最期の佐渡を描ききった。
 読み終えた時、花も幽玄も、世阿弥に重なった。

 なぜ、瀬戸内は三年かけたのか。私の想像が残った。
 世阿弥を描く者には、困難な点が二つあった。
 一つは。私の知る限り、世阿弥の晩年は誰にも分からないはずだ。京都に帰ったという説もある。
 一つは。花も幽玄も、書きやすく分かり易いことではない。

 最初の問題は、この世界で何か書状や伝書が新たに発見されたのか、どうか。それは知らないし、読者の私が知る必要はない。ただ。瀬戸内が佐渡の歴史を深く調べた痕跡は、作品のそこここにある。だから時間がかかったのだろう。

 次の問題は、文藝の深いところに関わることだ。
 『秘花』は、まったくもって能の解説書ではない。そして世阿弥の描いた芸は稽古にあるのだろう。稽古に熱中している者に能の解説書は役に立たない。
 世阿弥はしきりに、彼がそれまで深くは描けなかった「子に先立たれた逆縁」の苦をもらしている。また、本当は分かっていなかった配所の月を仰ぎ見る。配所に流された者の苦や不安を漏らしている。しかしこれをして、経験なくばなにごとも分からぬと、言っているのではない。逆縁も、配所の月も、衆生にもわかる瀬戸内の吐息と味わった。
 本当に描ききらねばならぬのは、世阿弥の花や幽玄だったのだ。

 逆縁の苦も、配所に流された者の悲哀も、他に類例はあまたある。だから、それは作者として、吐息のように描けばそれで伝わる。しかし、花も幽玄も、前人未踏の言葉なのだ。世阿弥の舞に詞章に、彼の全生涯によって表されたものが「秘すれば花」であり「幽玄」なのだろう。しかしそれを描かなければ、作品として成り立たない。
 説明して、知識小説として終わるものを瀬戸内寂聴が、書くはずはない。

 瀬戸内寂聴は、世阿弥とともに三年過ごすことで、はじめて「秘花」を描き尽くすことができた。
 簡明に、あっけなく言い切るならば、作者瀬戸内は、観世元清という男に恋して惚れぬいて、身体を震わせ寄り添って、『秘花』を上梓したにちがいない。三年間の月日は、その逢瀬、閨の長さであったとも言えよう。
 世阿弥。
 それほどの男だったと私は得心した。それが、この『秘花』についての結論である。

参考
  小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 [MuBlog]

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2007年5月18日 (金)

三十五万アクセス(35万/全体56万):MuBlogの分析

承前:三十四万アクセス:MuBlogとその分析, 2007/04/28

 昨日の朝、MuBlogアクセスは35万アクセスを得た。私が管理するサイト全体へのアクセスは56万2千であり、これはMuBlog以外には「写真」へのアクセスが大半である。これらを確認できたのは午後になった。アクセス統計分析も、昨日木曜中にすませれば良かったが、事情で今日になった。

 MuBlogは開設以来1万アクセス単位で統計を取ってきた。先回の34万アクセスが4月28日だったので、19日間で1万アクセスの勘定になる。例年よりも(1~2ヶ月)極端に速くなっているのは、NHK大河ドラマ「風林火山」が好評のようで、その人気にMuBlogも引きずられている。4月は「京都の桜」という季節物でアクセスが増えたが、今は、桜アクセスは落ち着いた。

 最近使い出したKGR(キーワードによる、Googleなどの検索エンジンでの、記事ランキング・レシオ)を使っての「KGR分析」は後日にする。今回は先々日までの30日間の統計を保管しておく。インターネット世界は日々流動が激しく、また検索サイトによる記事順位等判定アルゴリズム(方法)も変化が激しいので、そのときその時のデータを確保しないと、分析が混乱し、難しくなる。予定では、解析対象期間: 2007年4月17日(火) ~ 2007年5月16日(水)、という枠の中で得たデータを元にして、後日ある時点でのGoogleなどによる、特定キーワード群と記事待遇との分析を行いたい。

 なお今回は、「(3)各キーワード・フレーズで検索されたMuBlog記事の詳細」というデータを追加した。これは、キーワード群によって、MuBlogのどの記事が、どれくらいアクセスされたかがわかる貴重なデータである。ただし、一括して採取するめどがたたないので、テスト的に上位14種だけを保管した。

補足

 最近MuBlogでは右サイドバーに、ココログが提供する「人気記事ランキング」などを掲載している。しかし、以下に示した1ヶ月分のアクセス統計データとは異なりも大きい。これは、毎夜ココログが更新するデータを、前日までの1週間分に設定しているからである。

 アクセス統計データは、範囲設定の違いによって、見え方が随分異なってくる。もし1日分だと、一過的にすぎ、また1ヶ月分だと変位が少なく、丁度1週間分程度がよいと判断したわけである。

↓アクセス統計データ

観測日 2007年5月17日(木)14:20

  MuBlog→ 累計アクセス数: 350141 一日平均: 302.89

  全体  → 累計アクセス数: 562613 一日平均: 486.69

MuBlog諸元

  nifty社blogサービスより、ココログの「プロ」仕様

  記事数: 1050  |  コメント数: 3548  |  トラックバック数: 753  |  ライター数: 1

  (ただし、トラックバックの大半は、MuBlogで特徴的な、自己参照である)

  開設日: 2004/03/07

  ディスク使用容量: 541.465 MB (10GBの5.41%)

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBlog のみ

解析対象期間: 2007年4月17日(火) ~ 2007年5月16日(水)

アクセス数: 15,123
訪問者数: 11,285
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 632 1,466 5.6% 9.7%
2 NHK風林火山(17)由布姫の慟哭 450 569 4.0% 3.8%
3 NHK風林火山(16)由布姫と自害 334 420 3.0% 2.8%
4 NHK風林火山(18)由布姫の決意 293 417 2.6% 2.8%
5 地図の風景 248 287 2.2% 1.9%
6 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 176 286 1.6% 1.9%
7 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 200 268 1.8% 1.8%
8 じょうしょうこうじ:常照皇寺 186 255 1.6% 1.7%
9 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 133 232 1.2% 1.5%
10 NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫 154 227 1.4% 1.5%
11 室町和久傳(むろまち・わくでん) 159 222 1.4% 1.5%
11 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 184 222 1.6% 1.5%
13 NHK風林火山(15)悪鬼 156 193 1.4% 1.3%
14 美味しいところ 143 185 1.3% 1.2%
15 CPU空冷装置・掃除のお勧め 133 177 1.2% 1.2%
16 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 156 173 1.4% 1.1%
17 小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥 136 172 1.2% 1.1%
18 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 107 161 0.9% 1.1%
19 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 128 160 1.1% 1.1%
20 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 125 155 1.1% 1.0%
21 京都の書店 135 147 1.2% 1.0%
22 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 98 140 0.9% 0.9%
23 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 104 128 0.9% 0.8%
23 佐野藤右衛門邸の桜:20070403 71 128 0.6% 0.8%
25 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 78 119 0.7% 0.8%
26 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 90 102 0.8% 0.7%
27 NHK風林火山(14)謀略の風林火山 77 95 0.7% 0.6%
28 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 92 93 0.8% 0.6%
29 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 65 90 0.6% 0.6%
30 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 71 76 0.6% 0.5%
31 さくらだ:桜田 46 75 0.4% 0.5%
32 前方後円墳の航空写真 46 74 0.4% 0.5%
32 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 61 74 0.5% 0.5%
34 Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ) 47 70 0.4% 0.5%
35 もりしょう:そうめん処・森正 49 69 0.4% 0.5%
36 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 41 68 0.4% 0.4%
37 NHK風林火山(07)真田幸隆 55 67 0.5% 0.4%
37 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 44 67 0.4% 0.4%
37 小説木幡記 56 67 0.5% 0.4%
40 辨慶うどん 50 66 0.4% 0.4%
41 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 51 64 0.5% 0.4%
41 読書余香 57 64 0.5% 0.4%
43 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 50 62 0.4% 0.4%
43 椿井大塚山古墳の現況写真 41 62 0.4% 0.4%
45 KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析 39 59 0.3% 0.4%
46 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 42 58 0.4% 0.4%
47 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 43 57 0.4% 0.4%
47 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 49 57 0.4% 0.4%
49 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 29 56 0.3% 0.4%
50 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 47 53 0.4% 0.4%
51 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 41 52 0.4% 0.3%
51 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 37 52 0.3% 0.3%
53 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 40 51 0.4% 0.3%
53 NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 42 51 0.4% 0.3%
55 地図の蠱惑:未踏地 39 49 0.3% 0.3%
56 金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 38 48 0.3% 0.3%
56 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 42 48 0.4% 0.3%
56 読書の素 46 48 0.4% 0.3%
56 私の京都 31 48 0.3% 0.3%
60 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 35 46 0.3% 0.3%
60 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 37 46 0.3% 0.3%
60 NHK風林火山 37 46 0.3% 0.3%
63 高台寺の枝垂れ桜:20070402 37 45 0.3% 0.3%
64 円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402 33 43 0.3% 0.3%
65 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 28 42 0.2% 0.3%
66 ふる里:一条通山越え 18 40 0.2% 0.3%
67 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 24 39 0.2% 0.3%
67 長尾真博士のノート 33 39 0.3% 0.3%
67 小川珈琲本店 29 39 0.3% 0.3%
67 ようげんいん:養源院 32 39 0.3% 0.3%
67 「壬申の乱」の関係地図 15 39 0.1% 0.3%
72 小説木幡記:20070509(水)アルファーブロッガーって何ですか? 27 38 0.2% 0.3%
72 0504020・目次:桜狩り 24 38 0.2% 0.3%
74 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 18 37 0.2% 0.2%
75 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 26 36 0.2% 0.2%
75 イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本> 31 36 0.3% 0.2%
75 San Francisco International Airport:サンフランシスコ国際空港(SFO) 19 36 0.2% 0.2%
78 古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク 20 35 0.2% 0.2%
78 しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町 16 35 0.1% 0.2%
78 ごしきづかこふん:五色塚古墳 27 35 0.2% 0.2%
81 ηなのに夢のよう/森博嗣 30 33 0.3% 0.2%
81 小説木幡記:20070504(金)Googleで心の旅路 23 33 0.2% 0.2%
81 卑弥呼の宮殿 23 33 0.2% 0.2%
81 Blogメモ 31 33 0.3% 0.2%
85 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 24 32 0.2% 0.2%
85 花はさくら木/辻原登 28 32 0.2% 0.2%
87 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 26 31 0.2% 0.2%
87 詩仙堂と猫町:私の京都 25 31 0.2% 0.2%
87 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 27 31 0.2% 0.2%
87 皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔 27 31 0.2% 0.2%
87 2004年03月 29 31 0.3% 0.2%
87 飛鳥 18 31 0.2% 0.2%
87 イメージの素 28 31 0.2% 0.2%
94 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 24 30 0.2% 0.2%
94 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 25 30 0.2% 0.2%
94 小説木幡記:20070418(水)フラワーアレンジメント 24 30 0.2% 0.2%
94 うじ・びょうどういん:宇治平等院 28 30 0.2% 0.2%
94 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 30 30 0.3% 0.2%
99 酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版) 16 29 0.1% 0.2%
99 小説木幡記:20070501(火)長期休暇とKGRメモ 19 29 0.2% 0.2%
99

紅鮎(べにあゆ)で湯治ついでに季節の料理

23 29 0.2% 0.2%

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2007年5月17日 (木)

小説葛野記(木)雨でも授業

 少し時間があるので久しぶりの葛野記。

 昨日午前7時に四条京阪を降り、鴨川をのぞき込んだ。水は透明だった。でっかい魚が一杯泳いでいた。フナか鯉か知らないが、橋の上からみてもでっかいのが、何匹も、川の至る所で泳いでいた。
 そのあと、授業と、終日会議があった。3種類かな。脳を切り替えるのが難しい。
 夜は教授会主催で新任教職員の歓迎会があったので、いそいそとでかけた。烏丸の、錦の、どっかの変な名前の北京膳だった。ものすご高級に思えた。幹事で店の紹介者は、歓迎会当番学科の秘書さんだった。なんのことはない、三番隊長2003で、漫画仲間だった(笑)。
 で余、一人でうまうま。ときどき新人秘書さんに、「ほぉ」とか「はあ?」とか。一人は昔の教え子だった。ああ、なんちゅうか、人間はかわらぬ。
 と、幹事さん。「小野不由美さん、ゴーストハントの、漫画の、文庫じゃなく、おおきい字の、オリジナルがあるよ〜」「そうかい、もっておいで」「8冊ありまする」とか、あはは。
 これで中抜けの、2〜4巻は買わないでおこう。
 いろいろ考えて、ちょっと早めにサイナラして、九時に帰還、十時には眠りについた。繁忙きわまりなき日々にも、エアポケット、よう眠った。これで、午前様になるまで遊び回った暁には、またしても、〜再起不能。これで、よいよい。早寝早起き。

 今朝は心身快調。
 朝から二つ授業があって、両方とも講義。
 この準備は大半火曜日にすませたから、やや気楽。今年から、徹底的に各項目要点をプリントしている。ときどき教科書に戻る。だから、全貌をあますところなくつたえることになる。そうなんだ。これまではずっと、最重要項目に何時間もかけてきた。うまくいった長年月もあったけど、どうやら近頃そうでもないとわかってきた。今年は、全体を何度も繰り返すことにした。
 手を変え品を変え、くふうしても、お客さん達、眠っておる脳。
 まあね。そういうもんだろう。余なんか、大学時代って、ごくまれに出欠関係で、しかたなくでかけたが。授業にでた記憶はほとんどなく、行っても大教室の最後尾でねっころがって、コーラのんでいたもんな。(だから、いまや反面教師、けけけ)

 と。無性に数百キロ、走りたくなったRS。最近、木幡と葛野往還しかないからな。
 ……。
 まあ、今朝はこんなところだ。さて、煎茶でものんで出陣の用意。珈琲は葛野到着時に飲んだから、昼まで我慢。葛野では、早朝、昼食後、夕方。せっせと珈琲飲んでいる。

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2007年5月16日 (水)

自薦・Mu桜2007年 (京都の桜)

承前:桜狩り(目次)
承前:都の春・桜花ベスト3:平成十七年自薦柳桜写心

 平成19年春(2007)は、いろいろあったなかで、47枚の桜を残すことができました。それらは「2007桜」にまとめました。どれも気に入っているのですが、それなりに、桜三選、ということで選んでみました。ご笑覧ください。
 振り返ってみると、選んだ桜はすべて、それぞれの親記事で冒頭に掲載した写真でした。記事を書く時点で心に深く刻みつけられたのかも知れません。

第一席

佐野邸枝垂れ桜20070403-12

佐野邸枝垂れ桜20070403-12

 これを一席にしたMuの目を意外に思われる方も多いことでしょう。一般に言われている枝垂れ桜の特徴がみられません。桜というよりも、墨絵のように味わってきました。桜木で墨絵を描いた、そんな気分になれたのです。桜木は濃い墨で、花は薄墨で、空は刷毛でさっと水を流しただけ。そういう風に感じています。

親記事:佐野藤右衛門邸の桜:20070403
親記事参考:佐野藤右衛門邸の桜:20070330

第二席

広沢池の絵桜20070403

広沢池の絵桜20070403

 タイトルにわざわざ「絵桜」とつけました。写真というより、好きなタイプの「」ですね。大沢池(大覚寺)から少し離れていますが、Muはこちらの広沢池の方が馴染み深いのです。水面が淡々しく光っています。岸に自然な曲線はありますが、それでも水平です。その上に頼りなげな桜木が数本。あとは全部山。これは染井吉野のはずですが、随分とおとなしい風景でした。

親記事:大沢池(大覚寺)の桜:20070403

第三席

地蔵禅院20070330(地蔵院)

地蔵禅院20070330(地蔵院)

 右に邪魔な枝もあって、これこそ「何故?」と思われるでしょうね。まず桜の形が飾り傘のように見えて惹かれました。なんと言っても、南山城の開放感が後ろに控えています。それが何物にも代え難い美点でした。ただ、好きな桜なのですが、大きく写っている割には、手前の桜花が影になってしまって、そこが寂しい所です。

親記事:京桜たより:20070330
親記事参考:地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330

番外1

天神川桜20070404-29

天神川桜20070404-29

 桜経験が少なくて、あるいは見る目がなくて、こういった朝日に匂う川面桜は、初めてだったのです。どうしても本居宣長の「敷島の、やまと心を、人とはば。朝日に匂ふ、山桜花。」と、朝日に匂ふ、が頭にこびりついて、天神川の桜が山桜に見えたのです。

親記事:天神川五条下がるの桜:20070404

番外2

木幡桜20070406-36

木幡桜20070406-36

 木幡研のそばの、ただの桜ですが、空の色がくっきりと目を射たので、おもわずしらず引き寄せられて、番外篇にそっと割り込ませておきました。これこそ自薦の妙味と思いました。つまり、Muにとってどうだったのか、そこが大事。けれど、なんとなく席に入れるのは気が引ける。しかし捨てられない。公開するものは、どんなものでも、自分の好みを捨て去るところから始まるようですが、きっと、blog文化は別の道を歩むことでしょう(笑)。

親記事:木幡桜:20070406

 では来年も、Muの大活躍する「桜2008」、お楽しみに。再見

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2007年5月15日 (火)

小説木幡記:20070515(火)Ajaxとかぁゴーストハントとかぁ邪馬台国とか~

知友の心中察するに
 昨夕、葛野を7時ころ、帰路につくところでばったり知友(というても、偉い立場)にあった。お互い、「いやはや、あれこれありますねぇ」と笑った。彼にとっては夕方7時に会議が終わるのは、早いほう、まだ宵の口。激務の心中さっするに、余まで胃がきゅっとなってしまった。余は、まだまだ授業や研究の悩みの方が大きい。そういう悩みを悩んでいられるうちは、ひよっこなんだろう。予定では、このまま醜いアヒルの子のまま、いつか、遠い日サイナラするのだろう。人生全体も、醜い勘助状態(笑)、アヒルの子のまま終わりそう。白鳥になって、大空を翔(かけ)ていくなんて、それはそれ、見果てぬ夢話、小説世界のことなんだ、なぁ。

勘助に同情するMuであった
 あちこちで、そこら中で、「失せよ!」「下がれ!」「無礼者」「そなたを見ると虫唾が走る」と言われ続ける山本勘助に、同性として、ついほろりと涙ぐむ。逆に、ドラマの勘助をみていると、「余は、ああまで口では言われない。まだましだね。ただ、目では言われてるねぇ」と、委員会会議や教授会や授業や倶楽部を、にたりと笑って思い出す(爆笑)。

旧態墨守者も好んだAjax
 そうそうAjax。日頃は保守本流、こてこての旧態墨守者を任じる余も、まれにこのての世界では新しいものに、ついちょっと手を出してしまう。Ajax、これは一体なんでしょう。ネットでみるとすぐにでてくるから、そこにまかせるとして、ここ数年のあれやこれやのインターネット世界、情報発信の世界を統合するような「考えかた」らしい。格別に方法論があるというよりも、「XML、Apache、PHP、Java、JavaScript、XSLT、……」わけのわからないものを、まとめて一括してどう眺めるのか、という話らしい。昨日、ふっとした拍子に(時間のエアポケット)、日曜に買った本を読んでいた。なんとなく、十年前くらいのことからが甦って、頭の霧がはれてきた。XSLTとかXMLとか、もっと昔のSGMLとか、余も長年そういう世界に親しんできたのだなぁ、という感慨。21世紀にはいってからは、なんとなく他人事のようにみていたふしもあるが、UMLといい、Ajaxといい、概念レベルに遡って、俯瞰的に物事を見るのもよいものだ。

わたし、谷山麻衣、16歳
 昨夜は疲れていたが、ゴーストハント(小野不由美原作、いなだ詩穂のまんが:講談社漫画文庫)の1を読み終えて眠った。どうなんだろう。京都弁と関西弁とが入り交じった変なところもあったけど、勉強になった。漫画よんで勉強するなんて、あはは、と笑い事ではない。キャラとか、その登場するシーケンスとか、謎の設定とか、なんかあるぞ、と思わせる手法は、日曜作家にとってとても役にたつ。で、おもしろい。あとは、5しか買っていないがそれを早く読みたくなった。ただね。文庫の漫画は、文字や絵が小さくて、眼鏡では読み切れない。天眼鏡が必要だね。

親魏倭王の金印がみつかったって? 嘘です
 一ヶ月ほどたつかな。新聞で和田さんとかいう考古学者? 歴史家? ようするに研究者が箸墓のことやホケノ山古墳の記事を載せておられた。切り抜いたまま、ときどき眺めている。こういう世界も日進月歩、いまごろは卑弥呼(日巫女)の親魏倭王金印がどっかで発掘されていないかな、と気になってな。
 未知の人が、なにかのMuBlog記事のコメントで、十年前の考古学や古代史の図書は意味がない、というような恐ろしい発言をくれて、考え込んでしまった。それは暴言中の暴言で無視すればよいのだが、しかしそれとは別に、親魏倭王金印がもし発掘されていて、それも知らずに、いくらド素人の余だって、「親魏倭王」の金印はまだ見つかっていません」なんてMuBlogに書くのは避けたいからね。
 一応、まだ見つかっていないようでホッとしたが。

箸墓の幻
 さて、箸墓のこと。この被葬者は、やはり、まだまだ研究者によってぶれが大きい。10年前は、卑弥呼の次のトヨのその次の大王説。今回の説は、トヨさん。さて、Mu説はどうなる。
 これまでの説を、学説史としてまとめたくなった。それでおおよその考え方もわかるだろう。いや、そういう図書を探すのもよかろう。こうなると、メディア研究の一環、歴史建築ビジュアルDBも拡張して、古墳も正式に組み込む必要があるな。いそがしい、のう。

どうせ、どうせは、止めませう
 ということで、楽しいことは山のようにある。
 これで「どうせ、何をやっても、どうせどうせ、……」という、厭世観をなんとか押さえ込みさえできれば、それなりに麗しい人生よなぁ。
 「どうせ、どうせ、同僚や若いもんらに、何をいうても、何を伝えても、何をしてやっても、どうせどうせ、無駄無駄しい」「奴らも、滅びていく」という、こういう感情が心中に渦巻きだしたとき、人は、教員は自滅していく。そのバランスは、難しいけどな。

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2007年5月14日 (月)

イナイxイナイ:Peekaboo/森博嗣 (X1) <感想文:真空管一本>

承前:ηなのに夢のよう/森博嗣 G6 (MuBlog)

イナイxイナイ : Peekaboo /森博嗣(X1) カバー写真
 Xシリーズが講談社のノベルスで始まった。なぜXなのかは分からない。最初のS&Mは犀川と萌絵だと思った。Vシリーズは紅子(ヴェニコ)だと、どこかで耳にした。Gは、タイトルにギリシャ文字が冠せられていたからそうだと思ったが、なぜギリシャ文字なのかは、いまだに分からない。X。これは、昔高校でならったところでは、未知数を表すらしい。「数」とあるから具体的には、なんらかの数値があてはめられるのだろうが、標準日本語では、何か分からないものが中に入っている、となる。

 以前からMuはいろいろなミステリを分析していた。そのとき、ネタバレを怖れて犯人をX、共犯をYに置換して文章を書いていた。だから、Xシリーズは、もしかしたら初めからXに人名などがはいるのかしらん、と思っても見たが、作者の真意は読者にはわからない。いや、わかったところで、それは相の一つ。すべては多次元の、複雑な、カオスの中に浮かんでいることだろう。

 いつもながら長い前置きになった。ミステリはミステリに語らせよう。真空管が一本写されたカバーの裏には、こんな紹介文が記してあった。

「私の兄を捜していただきたいのです」
美術品鑑定を生業とする椙田(すぎた)事務所を訪れた
黒衣の美人・佐竹千鶴(さたけ・ちづる)はこう切り出した。
都心の一等地に佇立する広大な佐竹屋敷、美しき双子、
数十年来、地下牢に閉じこめられているという
行方不明の兄・鎮夫。そして自ら《探偵》を名乗る男が登場する。
旧家で渦巻く凄惨な事件の香り……。
新章開幕、Xシリーズ第1弾!!

 また帯には「巨大な屋敷の地下で密かに育まれる凄絶な事件の芽!」ともあった。図書に語らせるとはいえ、登場人物は止しておく。ただし、引用文が谷崎潤一郎の『人魚の嘆き・魔術師』からなのは、記しておきたい。谷崎の初期世界を、森博嗣が引用することに、奇妙な目眩を味わったが、今回Xシリーズの作風にあっているので、得心した。

 語れば深いことながら、以前のGシリーズは全6作品とも、破調、乱調に作品の質があった。もちろん、ミステリという一定の枠組を想定した場合の破調であり、華はその乱調の中にあった。ただ長い読者のMuがそう思っただけで、初めてGシリーズを手にした者には、破調も乱調もなく、揺れが少なく分かりやすい物語に見えたことだろう。それをどうとるかは一々の読者の想念にあって、Muもその一人である。すなわち、不定であろう。

 たとえば、以前コカコーラとのコラボで『カクレカラクリ』が放映された。原作は森博嗣でも、脚本は別人だから、別の世界の作品ともいえる。そしていろいろ感想はあったようだが、Muはとても気に入った。気に入らない人もいたようだが。公開された作品とは、作者も離れ、古いファンも離れ、孤独に人々の前に立ちすくむ。手を差し出すのも読者なら、はねのけるのも同じ読者なのだ。

 Muは、はねのけた作品は誰のものであっても、MuBlogには掲載しない。たとえば長年愛好はなはだしい三島由紀夫の作品も、永遠に掲載したくないものもある。しかし未読というものも多い(笑)、それは誰にもわからないことだ。それでよいではないか。

 Xシリーズは、Gシリーズとの対照に妙味がある。

 黒衣の美人(これは一般に女を指すだろう)。
 旧家の広大な佐竹屋敷(一般に館ものをさすが、どうだろう)。
 美しき双子(ミステリの香り、匂い立つ。しかし美しくなければ双子も意味が半減するのだろうか)。
 行方不明の兄(何故、いつから、行方不明なのか、気になる)。
 探偵(今時、探偵といえば、浮気調査しか思い浮かばないが、さて)。
 凄絶な事件(これでなくっちゃ。血も凍るような禍々しさ)。

 これを一々Gシリーズと対応させて記していけば日も暮れようし、またGシリーズ未読の人の興をそぐ。だから、Gシリーズとは、違った世界がXシリーズには展開(しそう)することだろうと、予断しておく。勿論、Muはこの新作を昨日読んだのだから、強い感興がわきあがり、おおよその展開も想像してはみたが、それは読書のお楽しみ、さて、どうなることでしょうと、とどめておく。まだシリーズの第一章(一弾)なのだから。

 なにが良かったのだろうか。前半で、闇の中の殺人があった。その時Muは「あ、分かった」と思った。これだ、これ以外のトリックはないはずだ。日曜作家なら、このフェイントで最後まで押し通す。これ以外に思いつかない、そう思った。
 そして、やはり、Muは引っかかった。
 そりゃわかっている。Muは騙されるために森博嗣作品を読んでいるのだから、騙していただかないと、書籍代が宙に浮く。

 しかし、どのような騙しがあるのか。そこに、難しさと快感とがあるわけだ。
 ほとんど100%、Muは森の前半部分で騙され、騙されたまま終盤まで「うふふ、こんどこそ、森先生もミスったね」とほくそ笑みながら読み進む。そして破滅が待っている。
 「ああ、違った。そうじゃなかったんだ」と。

 Muは佳き読者だとつくづく思う、こうまで作者に乗せられて、最後にあっけなく愚かさを思い知る、こんな読者が一体何人いるのだろうか。いや、いてもらわないと、話があわない。相変わらず、書店には森作品が平積みされているのだから、Muと似たような快感を味わう読者も、数割はいるのだろう。

 ただ。今回、一番気に入ったのは、青年だった。
 名前も、なにもかも忘れたが、なにか心に残った。ぼんやりと、探偵事務所の留守番を無給でしている学生が、うらやましく思えたのも事実だった。そんな青春が、Muにもあったなら、今頃は探偵さんになっていたかも知れない。そんな、見果てぬ別の人生を考えさせるほどの青年だった。

追伸
 惨劇の内容も、筋立ても、なにも書かなかったが、こういう感想文もこれからは必要なんだと思っている。それは、実は未来のMuにとっても大切なのだ。人によっては、図書というものを、一度読んだら棄てたり、古書店に流したりすることも多いようだが、そうじゃない読者もいる。Muは、将来のMuはまた、再読して、再び同じように騙されることだろう。そうだ、読書とはそうでなくちゃね。

再伸
 真空管一本と、Muはタイトルに付けておいた。とはいうものの、その意味なんてMuにもわからない。わからないままに、なにか気を惹くことがらがこの世にはあるものだ。もし、将来森博嗣がXシリーズで、真空管を核心に添えたなら、その時は、Muは凄絶な血も凍るようなネタバレをしたことになる。どうか、真空管が無意味でありますように、神仏の加護を待ちましょう。さて~。

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2007年5月13日 (日)

NHK風林火山(19)笛を吹く由布姫

承前:NHK風林火山(18)由布姫の決意

 今夜も、山本勘助、由布姫、三条夫人が光っていた。

 言いそびれていたが、当初から、晴信(信玄)も、たいそう気に入っていた。回を追う毎に貫禄というか、厚みがましてきて、近頃はこの方の歌舞伎調と思われる独特のセリフ廻しを聞かないと、おちつかない。

 今夜は、襲いかかった由布姫を前にして、晴信さん、伝家の大ミエを切ったのには、本当にすっきりした。由布姫に、男と女のことではなくて、国(甲斐)と国(諏訪)との睦み合いと言い放ち、そこに話が落ち着いた。その間、姫は張り詰めていたなにかが落ちて、ぐったりしていた。

 由布姫の美貌はすでに、信虎の時にはっきり武田に知られていた。信虎は捕虜として由布姫を招く算段をしていた。だから、息子晴信が、家臣の反対を押し切って由布姫を側室にしたのは、たしかに由布姫の美貌に、晴信が心動かされた事情もあった。それを言い訳がましくなく、甲斐と諏訪との関係改善にまで話を引き延ばしたのは、もとはと言えば勘助の「由布姫を救う」一念だったと思う。

 現実の女優、柴本幸がどうなのか、それは世間で騒がしく言っているので、Muが申す必要もなかろう。
 Muがあえて記すなら、あの、作られつつある、やがて自然になるだろう、凛とした物言いが気に入っている。それは確かに女の声なのだが、三条夫人の声調とはだいぶ異なる。ニュートラルで、やがて女に変わる危うさを持ちながら、それでも少女の声ではない。

 そう、明白だ。あれは、想像上の「巫女」の託宣である。うまく調えて、歳を取れば、デルファイの神託を高らかに下す声となろう。美貌の衰えは早くとも、声は変成しながら長く続く。よかったなあ~由布姫。

 ただ。今夜の正室・三条夫人はことのほか、よかった(毎回、褒めているなぁ)。
 脚本がおもしろいというか、由布姫にむかって、殿は見かけは悪いが、良い漢(おとこ)どすえ、という意味のセリフを吐く場面を苦笑しながら見ていて、そのうち涙がにじんだ。男も女も、立場を得れば、それを正しく行使するために、自我をすて、わがままを捨て、自らの命まですてて、他に尽くさねばならぬこともあるのだろう。

 三条夫人が都を出たとき、父母のため、三条家のため、ひいては都におはす上御一人のため、甲斐の山奥に身をさらし骨埋める決心をしたのだろう。三条夫人は、甘やかな声と、勘助を叱りつける暗い声と、上手に分けていた。由布姫への注目の影に隠れがちだが、よい女優だと思った。

 それにしても「笛」。しまった、と思った一夜だった。「呪いの笛」とタイトルにあったのだから、少し考えておけば良かった。それは笛吹童子まで遡らなくても、以前読んだ『風神秘抄/萩原規子』で、笛がでてきた話のことだった。萩原さんの三部作(空色勾玉白鳥異伝薄紅天女)はMuBlogに掲載したのに、この風神秘抄だけはまとめるまもなく日常に埋没してしまったので、よく思い出せない。いつか、見ておこう。

 ということで、癒し系の三条夫人は都から輿入れの時、笛を持参していた。これを由布姫にゆずった。なぜ。
 何故の、Muの解は、記さないでおこう。

 由布姫は、祝言を挙げても、終夜笛を吹いて晴信を近づけなかった。
 今夜、笛の吹き手が変わったことを、はっきり知ったのは三条夫人一人だった。由布姫は、晴信に心を開いたようだ。三条夫人のうち沈んだ表現は、分かりやすく、底が深く、よいものだと思った。
 そして、吹き手が変わったことを解説するのが大河ドラマなんだろうと、思った。アート系なら、それをすれば壊れてしまう。しかし、それをするのも、日常ドラマのよさなのだ。

 今夜の〆は山本勘助。
 由布姫からは「恥ずかしくないのか!」となじられ(三条夫人から贈られた笛に毒や仕掛けがないかを確認したとき)、三条夫人のお付きからは「無礼者」と罵倒された。
 男子たるもの、一身すてて目的遂行するには、斯様な誤解や偏見がうまれてもしかたなかろう。そういう「スジ」の通ったところを、勘助さん、上手に顔の影だけで表現してはる。よいのう~。

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2007年5月12日 (土)

古いノートパソコン・再生のお勧め:SONY-Vaio(2000年)に外付けハードディスク

承前:2004年4月25(日)晴:パソコン自作の準備(MuBlog)
 ↑この記事の(1)と(2)で、SONY-Vaioの2000年ノートパソコン(PCG-XR7F_K(J) )の詳しい内容を掲載してあります。

 2000年に入手したSONY-Vaioノートパソコン(PCG-XR7F_K(J) )を、四苦八苦して生き返らせようとした。半ば成功した。現在、最大の弱点である外部記憶を増設したわけである。それには、このノートパソコンでも使える外付けハードディスクケースと、Fujitsuの2.5インチ100GBハードディスクが必要だった。あわせて、約1万4千円かかった。作業時間は、土曜の午後を全部使った!

 半ば失敗したのは、本文で述べるが、途中で腹をたてて、外付けケースの強化プラスチック・カバーをラジオペンチでむしり取るという荒技というか、破壊行為をしてしまった。後で、私の誤解とわかったが(笑)。途中の怒りの内容を知れば、ケースを制作したnovac社も、販売したソフマップ(京都駅)も、泣くかも知れないな。

 いまとなっては、Vaioが生き返ったので、この世のすべてに感謝しておる。

 それにしても、基盤むき出しの裸の小型ハードディスクは、人前にはだせない。ケースの裏は写真に撮らなかったが、今あらためて見てみると、私は自分の内奥の凶暴さに、たじたじとなる。ギザギザ、ガリガリの惨状。繊細なアルミケースを、ここまで怒りにまかせて壊さなくてもよいのじゃなかろうかぁ。と。

SONY-Vaio PCG-XR7F_K(J) 2000年の製品

SONY-Vaio PCG-XR7F_K(J) 2000年の製品
 このマシン、もう7年も愛好している。当時のスペックをながめると素晴らしいノートパソコンだった。メモリーが少ないのも、USBが旧式で一つしかないのも、今は忘れよう。ただ、ハードディスク残量が0.9GBしかない。授業に使っているパワーポイントは、文字だけなら何とかいけるが、画像や、動画となると、動くには動くが、容量がパンクしてしまう。なんとかしなくちゃ。捨てられない。中に入っているデータもプログラムも、そしてマシンも。
 起死回生の妙案は、たったひとつ。
 このマシンは、当初からiLinkという名称のIEEE1394インターフェース(アイ・トリプル・イー1394)を持っていた。マックでいうところの、FireWireインターフェースである。この仕組みで、私はディジタルビデオを長年にわたって快適に使ってきた。線一本で、長大なビデオデータをあっけなく吸い上げる装置として、当時出色のものだった。
 だが、時は流れた。
 今やこういった外部装置、ビデオや外付けハードディスクはのきなみUSB2.0インターフェースに変わってしまった。痛恨の極みは、昨年入手したSONYのディジタルビデオカメラには、すでにiLinkがなく、USBだけになっていた!
 ともかく、IEEE1394(iLink)で動く外付けハードディスクさえあれば、旧式のUSBに頼らずに、高速で外部ハードディスクを使える。この一念で、京都駅前のソフマップ(パソコン屋さん)を歩き倒した。

 おお、あった。たった一種類。

はい〜るKIT(novac)の箱

はい〜るKIT(novac)の箱
 この箱にはMacのFireWireが使えると明示してある。これがIEEE1394、つまり私の古いVaioで唯一、高速データ転送をしてくれる装置なのだ。
 しかし。
 値段を見てみると、ちょっと高い。5千円ほどする。いまどき、USB2.0のケースだと2000円以下の物も多い。どう考えても現在なら3千円程度だと判断し、迷った。
 ジャンク屋へいくか、しかし時間が足りない、急いでいるわけじゃない、マニアではないし、これが専門でもない、最小の投資で最大の効率を上げたい、欲深い、時間が今の私にはもっとも高価なものだ、諦めた。
 買うことにした。
 2.5インチ・ハードディスクも安くなって100GBで8000円台になっていた。Fujitsu製品だった。ケースとディスクを買っていそいそと土曜の午後の葛野へ向かった。

 ところが。

勘違いしたマニュアル表記
外付けハードディスクケース(novac社)
100GBの2.5インチハードディスク(富士通)

 ケースを取り出しハードディスクをセットしようとした。
 カバーを開けようとしたが動かない。これまで他の製品だと、簡単に開いた。おかしい。マニュアルを見たら、そっと引っ張れとだけ書いてあった。小さなドライバを裏の隙間にいれたが、びくともしない。もちろん指ではうごかない。ドライバを大型のに変えて力を入れた。プラスチックが傷ついた。接着してある雰囲気だった。
 いらいらしてきた。
 マニュアルの裏をみると、2005年3月とあった。だんだん怒りがわいてきた。「長年、店ざらしにしてきたから、アルミケースとプラスチックが接着してしまった!」「5千円もしたのは、当時の値札をそのままで、買わされてしまった!」「WinVistaのシールに騙された、てっきり新品と思っていたのに」あらゆる疑念、怨念、恨み辛みがわいてきた。
 ついに、破壊衝動にかられて、ラジオペンチでねじ切りだした。
 結局、全部潰してしまった。
 最後に、メルか電話で抗議しようと思ってマニュアルの後ろを探していたら、あった。
 「最後にネジどめしてください」「うん?」
 そう言えば、破壊されたケースの両端に小さな黒いネジがあった。
 そうだったんだ。プラスチックカバーは、ネジ留めされていたのだ。引っ張っても、ぬけないはずだ。
 なんだが、身体の力が一挙に抜けてしまった。

 ネジの収まっている両穴が深くて小さくて、ネジ山が黒色だったから、見えなかった。いや、完全に思い違いをしてしまっていたのだ。そっと引き抜いて下さいというセリフを、そのままに取ってしまっていた。ああ。

当時のVaioはUSB1.1がたった一つだったのです

USB1.1ハブに無線マウス、LAN、フラッシュメモリ、……
SONY-Vaio(2000年の)のS400(IEEE1394)インターフェース
 それまでVaioのiLinkは、ディジタル・ビデオカメラだけに使っていた。他はすべて後ろのUSBコンセント一つに、でっかいハブをつけて、あれこれぶら下げていた。
 最近は無線マウスの、受信機もつけて快適に動かしてきた。以前は、キーボードもぶら下げていた(笑)。まるでデスクトップ。いや、それだけの働きを長年してくれた。だから、捨てられない。
 今後も、このVaioは、100GBの増量を済ませたのだから、大量の写真や動画を大スクリーンに投影することだろう。

追伸1
 ノートパソコンの外付けハードディスクといえば、3.5インチタイプ? IDE?、SATA?と、悩む人がいるだろうがその話は省略。
 ただ、フォーマットについてはちょっと注記。

 100GBあるとしても実際は30GBと64GBに分割した(パーティション)。1割近くはどんな場合もシステムが使うからユーザーの自由にはならない。
 前者30GBは、FAT32という形式でフォーマットした。これで、Macと完全な互換性(ファイルの読み書き)が保てる。後者64GBはNTFSという形式でフォーマットした。大容量が扱えて便利なのだが、実はこれだと、Macでは(G5時代のもので、現代のインテルCPUマックは未確認)ファイルは読めるが、書き込めない。

 後者もFAT32タイプで、64GBをフォーマットすればよいのに?
 それはつまり、FAT32タイプだと、32GBまでしか扱えないからだ。だからこそ、他社のMacや他の古いOSでもファイルが読み書きできるわけだ。

追伸2
 以前に書いた記事「HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め」では、直付けを推奨したのに、今回なぜケースを購入したのか?

 それは、ケースであれなんであれ、古代Vaioを生き返らせるには、IEEE1394インターフェスが必要だったからだ。最近のものには、本当にこのインターフェースが少なく、殆ど全部USB2.0になってきている雰囲気だ。だからこそ、私が買ったのは古い流通品、なんと2005年の製品だった、というオチにもなった。

追伸3
 写真では、Vaioにハブをつけて一杯USBタイプの道具をぶら下げているが、外付けディスクもUSBが使えるなら、なぜそうしない?

 それは、2000年のVaioノートが古い規格のUSB1.1しか使えないからだ。その規格はマウスとか、フロッピーディスクとか、低速のものでは充分だが、ビデオとかハードディスク相手だと、日が暮れるような速度なので、使い物にならない。
 また、高速で精密な外部装置は、マシン本体のUSBに直結しないと、様々な理由でうまく動かないことも多い。

追伸4
 古いケースを高く買わされたと、途中で怒ったいたようだが、それはどうなんでしょう?
 うん。
 古い製品だから、IEEE1394があった、これが事実。
 値段のことは、パーツ単位になると、現今はやりのものが、たとえ高性能でも一番安くなる。メモリでもなんでも、古い規格を買おうとすると、品薄、現品なし、あっても高価。これが現実だから、いたしかたない。

追伸5
 以前、1500円程度で、USB2.0やIEEE1394インターフェースボードを買って、葛野図書倶楽部マシンにセットしてませんでしたかな?

 それは、デスクトップだから簡単、朝飯前にできたのだ。ノートパソコンだと、私もああいうちっこい基盤を触ることができない。素人だと、USBたった一つのために、基盤ごと入れ替えるしかないようだ。それなら多分、最近のノートパソコンを、完動・中古で買った方が手軽だな(笑)。 

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小説木幡記:20070512(土)すがすがしい朝

 午前3時起床、お茶を一杯飲んでさっそく「朝の勤行(ごんぎょう)」につとめた。気持を変えて、この勤行は火木土日の四日間にすることにした。この半年はずっと火木土だったが、今朝のすがすがしさが気分を変えた。

 GWを終えるころから心身が復調してきた。今は通常の90~100%になってきている。これが、夏期から秋期にかけては120%くらいに向上する。これまで、20代ころからの余のステップアップはいつも夏期から秋期にかけてだった。

 ステップアップしたと評価するのは余自身であって、また、心身調が120%と言うのも余自身である。こうして、絶え間ない自己評価、チェックによって、世間の激しさから安定を確保してきた。それが虚構であろうと、虚偽であろうと、ともかく余の安寧は「自己評価」によって確保されてきた。

 と、ちょっと捨て鉢な雰囲気になってきたが、なになに今朝はとても清々しい。4月のはじめから、ひさしぶりの気持のよい朝だった。

 ただ。
 最近小説葛野記が記せないのは理由がある。
 とにかく教務校務が今年もまた一段ときびしくなってきた、そのせいである。
 相変わらず、会議の間中、2時間も3時間も余は黙然としているが、脳は動いている。そして大抵の場合は「いかん。解がでない」となり、夕刻、夜半、研究室に戻るとぐったりし、30分から一時間は横臥してしまう。問題がどれもこれも急にわき上がってきたわけではない。
 加齢とともに、自分の発言や考えによって、比較的多くの人が影響される、ということに気がついてきたのが、疲れる一番大きな原因なのである。
 いつぞや、師匠すじにあたる先生がこう申されていた。「脳を動かす回路が違うから、最初は随分疲れた」と。先生が、教授から一挙に巨大大学の代表者になられた頃の話だった。

 余は、別にこの四月から身辺が変化したわけでもなく、表だってこの数年に変化はない。
 ただ、いろんな、同僚達との組み合わせの変化によって、それなりに余の意見が通りやすくなってきたのは事実である。と、本来はそうなると気楽なはずなのだが、そうではない逆の作用があらわれてきた。つまり、余が某教授、某某教授に、某事務トップに何か言えば、それが通りやすくなってきた、そういう事実に暗澹としてきたわけである。

 年甲斐もなく、自分の意見を通してアイデンティティを確立しようなどと、思ってもいない。
 身をようなきものとおもいなしてしまったなら、この世の多くのことは黄昏れてくる。有り体にもうさば「どうにでもしなさい。余は総てうけいれましょうぞ」となる。そういうことは大抵中年になるとうすうす感じてきて、ある年代をすぎれば当然のことになる。それを越えて脂ぎって意思を通そうとするのは、知る限りは企業オーナーとか、政治家など特殊な立場以外では、沙汰のほか。見苦しい。

 企業トップとか、政治家は年齢を7ガケくらいにすると分かりやすい。要するに、異様に気が「若い」のだろう。それで無ければ、推力がなくなり、飛行機なら墜落する。しかし一般人に、推力がありすぎると、月の裏側に飛んでいってしまう。「らしくあれ」という古色蒼然とした言葉の意味が、昨今、ことのほか身にしみる。
 となると、声がでなくなる。一種の失語症、なのに脳が動く、だから疲れる。

 いまだに相も変わらず教壇にたって教えている。
 これがまた今春、いつもに倍して疲れる。
 焼きがまわったとは思ってはいない。頭は冴え冴えとしてきている。授業で話すこと、教科書に書いてあること、多くのことが鮮明に見えてくる。そうなると、これまで思ってもいなかったことで、身をすくませるようになってしまった。

 そう。伝えること、教えること、実践させること、すべてが異様に難解なことと思えてきたのだ。
 息をすうように、キーボードをたたくように、マウスを動かすように、容易、平易、バカみたいに単純なことと、講義内容を思っていたのが、どうにも難しくなってしまったのだ。

 ああ、断っておくが、余は「教えることは既知のこと」と、分かっている。その内容は余の半生だったから。そうではない、その内容を伝えきることの難しさに直面しだしたのだ。FDとか、教え方とか、そんな米国流のはやりの視点じゃない。どうにも、難しいことを余も半生、経験してきたという、感慨からなのだ。
 「情報」そんなことを、一年や二年で、伝えきるなんて、嘘嘘しい。コンピュータ、そんなの、永遠に伝えきれない。そんな風に思い出した今春、授業は相変わらず楽しいのだが、脳の半分は苦渋に満ちている。

「君らに今、私が話していることは、ここまで経験した私と同じ立場に、君らが時を経て立っても、それでも分からないことで一杯なんだ」と。わからないことを、分かった振りして話すのが教員なのだろう。そういうことと、分かった振りをしてきた半生だった、と、そのことを鮮明に意識しだした今春だった。

 というわけで、今日は土曜日。
 ゆったりして、授業準備、会議準備に励みましょう。
 ああ、難しい。

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2007年5月11日 (金)

「地名 桜」でのGoogle検索記事(MuBlog)のKGR指標による分析

承前:新語「KGR」(指標)の、検索サイト{Google, Yahoo, goo}での出現比較

↓初稿:2007年5月11日(金)

(1)はじめに
 MuBlogの記事には例年「桜」記事が多い。これは関西を中心に、各地へ観桜にでかけ記録したものである。2004、2005、そして2007年のものが多数ある。毎年春になると、桜関係記事への当MuBlogアクセスが高まる。

 ここでは、一般利用者に好まれる季節の「桜」記事を、一般的な用語の組み合わせによって検索したとき、MuBlogの記事がGoogleなどでどのような待遇を受けるのかを、KGR指標で確かめてみた。

 今回は、MuBlogに直接アクセスしてきた用語集からは分析せずに、人が桜をイメージしたとき、どのような用語の組み合わせが、現実の記事と相補的な関係を持つのかを確認した。よって、本論の趣旨は、検索する利用者の「用語の組み合わせ」と、実際の個々の記事とを一体化した方法の分析である。

 記事は、インターネット上に、利用者の用いる検索用語とは独立してある。だから、用語が適切で無ければ記事は無きに等しい。他方、適切な用語を用いても検索されない記事には、何かの問題がある。もちろん、これらの関係を繋ぐものは、Googleなどの検索サイトによる記事判定アルゴリズムであるが、本論ではこれを不明として扱う。

 なお、KGRとは、「キーワードのグーグルにおけるランキング・レシオ」の意味を持ち、具体的には、検索結果の記事順位を検索総数で割り、10万の係数をかけた値である。その数値は、総数を母数と言い換えると、10万母数の中での順位に相当し、インターネット上での当該記事が受ける待遇の指標となる。(参考1)

(2)対象とした桜記事と場所(地名)
 今回対象とした桜記事は、MuBlogで2004、2005、2007の3~4月を中心とした各年約1ヶ月間に掲載された季節物の記事(および写真)である。この詳細は、目次記事および2007年分については写真ファイル「2007桜」(参考2)に挙げておいた。具体的には、以下の京都を中心とした、桜名所である。

 京都の祇園界隈(京都市)
    祇園、円山公園、高台寺、辰巳、辰巳大明神
 京都の伏見界隈(京都市)
    伏見、伏見港(旧称)、長建寺
 京都の嵐山・嵯峨野界隈(京都市)
    嵐山、大沢池、広沢池、佐野藤右衛門
 京都の中心部(京都市)
    平安神宮、平安神宮神苑、二条城、天神川
 京都の山間部(京都市)
    常照皇寺
 京都府(宇治市、及び井手町)
    「木幡」、宇治川、恵心院、地蔵禅院(井手町)
 大阪府
    淀川、淀川河川公園、背割堤

 以上の地域から記事を採取し、また用語もそこから選んだ。なお、京都府宇治市の「木幡」は桜の名所ではないが、作者の近辺地域として、テスト的に挿入した。
 これら地域のMuBlog 記事を検索するために、上記にあげた場所ないし施設名(寺名、個人名など)を、「場所 桜」という二語対として、24組にまとめた。2語対については、参考3を参照されたい。

 24組の2語対リストは、表「KGR指標によるMuBlog「桜」記事の分析」の、第四項目「キーワード(群)」にあげた。

↓クリックで拡大表が見られます。
Kgrsakura20070503b

(3) 表の見方
 表は、KGRの指標順にならべてある。具体的には、KGR指標が、10万件の検索結果に相当する順位(ランキング)になる。(参考4)
 KGR指標を、正確にあらわすと、たとえばKGR順位2の場合には、

 1.34kgr(070502){木幡 桜}

となり、得られた記事は、10万件総数に換算して、ほぼ1位(1.3位)相当となる。表から、この記事はGoogle でも「ヒット順位」が1位になっている。
 指標が「観測日」と「キーワード(群)」によって修飾され制限を受けているのは、インターネット世界およびGoogleの性格から導かれたものである。インターネット世界は日々記録が更新・増加し、これによって検索サイトの1つであるGoogleの検索結果(順位や総件数)が流動的となり、さらにそれ自体の順位判定アルゴリズムも常時変化するからである。

 表の右端欄「KGR判定」は、現在は仮に付けたもので、今後ともこの欄の解釈は変更することがある。現今の解釈は以下になる。

 特殊: おおむね、KGR指標が1以下を特殊としている。これは指標に10を乗じれば、Google総数が100万台の場合の順位に相当する。すなわちKGR順位1の0.82の場合、8.2となり、おおよそ100万母数での、8位相当と読み替える。これは通常から外れた異様な順位と言える。

 現今のGoogleでの標準形式、すなわち、単語の並記をANDとし全言語対象の場合、検索結果が100万を超すのは、一般に「情報検索」の常識を越えている。もとより、それが10万であろうが、1万であろうが、旧来の情報検索からは大きく外れた様態なのだが、経験的に、現今のGoogleで100万を超えた場合は、検索用語が不適切と考えられる。
 ここではキーワード群{伏見 桜}が不適当という判定を下し、特殊とした。伏見には京都市伏見区以外にもあり、用語としての特定が弱い。

 記事力Ⅰ: ヒットした記事がインターネット世界のGoogleサイトで、高水準の待遇を受けているクラスと判定した。KGR値としては、1.00~9.99をその範囲としている。おおよそ、検索結果(母数)が10万レベルで、1~10位相当の順位を持つ。
 この数値も、MuBlogの記事内容からして、常識を外れていると言えるが、先回の表(参考1)の結果と見比べて、現在の様態からは、「記事力1」と仮に判定しておく。この範囲に収めた11記事のうち、実質的なヒット順位1~10位の記事が8件となり、これは大多数がGoogleのいわゆる第1ページに表示されるといえる。
 なおこのクラスの、Googleによるヒット順位の平均は、12.5となり、母数の平均は290309(約29万)である。

 記事力Ⅱ: 記事が順当な順位待遇を受けているクラスと判定した。KGR値としては、10.00~99.99をその範囲とした。おおよそ10万レベルで100位までの順位を持つ。記事力1からみると見劣りする待遇といえる。
 なおこのクラスの、Googleによるヒット順位の平均は、17.6となり、母数の平均は62363(約6万2千)である。

 記事力Ⅲ: KGR値がおおよそ100~400であり、上記の論述の流れでは、圏外の指標ともいえる。
 しかし、表内の全体から見てみると先頭の「特殊」判定との対比で、別の解釈もありうる。Googleによるヒット順位の平均が9.8となり、母数の平均は7043(約1万)であることから、1万レベルの母数では10位内外相当の順位となる。このことから、母数(検索総数)平均が7千程度であることに主眼をおくと、このキーワード群で表されるインターネット世界は比較的マイナーだったとも言える。

(4) 検索用語対(2語対)とKGR指標に関する分析
 従来の情報検索理論では、特定データベースの特定記事(データ)総量に対して、どのような用語の組み合わせや、どのような用語間の論理式(ブール代数)によって、適切な(ヒット)記事を得るかという考え方だった。ヒット数は場合によるが、数件から数十までが妥当であり、緩い制限のヒット記事を網羅的にリスト化する場合でも、数百件を妥当としてきた。このような世界では、ヒット数が数千、数万もある場合、それは「クズ」ばかりを意味し、別の視点から言うと何も無かったことに等しい。

 しかし現代の、インターネットにおける検索サイト(エンジン)は、結果が数千~数十万あるのが自然な姿である。もちろん、利用の殆どは一般的な利用者による簡易検索が中心で、適当な用語を1個ないし数個用い、そこに厳密なAND、OR、NOT式を使う事例は殆どない。用語の並記によって暗黙のANDを使っているのが通常の姿である。
 このような世界では、ヒットしたかどうかの判定は、検索結果の総数よりも、どのような順位で記事が表示されたかによってなされる。すなわち、第1ページに現れる10件程度の記事(記録)が、いわゆる利用者にとっての適性解と見なされるのが通常である。
 であるなら、次に、そこで用いるキーワード(群)はどのような形式が妥当なのかという問題が生まれる。

 本論では、「桜」を例にとって、「地名 桜」という2語対でのGoogle検索の妥当性を、KGR指標を軸にして確かめた。「地名 桜」によって得られた記事のKGR指標を1位~24位までに並べ替え、それを(3)で示したように、特殊、記事力Ⅰ~Ⅲと分類し、判定した。

 「特殊」としたKGR順位1は、{伏見 桜}を用語とし、母数が85万2千となり、KGR指標も1以下の高得点を示した。このことから、{伏見}という用語が、記事を特定するには弱いものと判定した。伏見は確かに、表で示した他の地域ほどには、桜に関して著名ではない。

 「記事力Ⅰ」としたKGR順位2~12は、母数の平均も29万台で記事数が多いことから、ここで用いられた地名が桜に関して高名であることが推定できる。(ただし、KGR2は特例である。)また、それに対応して、当該MuBlog記事がネット上で高い待遇を得ていると推定できる。

 「記事力Ⅱ」としたKGR順位13~20は、母数の平均も6万台で、記事力Ⅰに比較すると小さい。すなわち、ここで用いられた地名は、一応著名ではあるが、やや特殊に属する。感性的には、{常照皇寺、佐野藤右衛門、広沢池、地蔵禅院}などの地名は、桜をよく知る人だけが知る地名と推定する。その中での記事の待遇は、普通、というのが妥当であろう。いわゆるGoogle先頭ページに入るのは3つ(KGR順位13、15、17)だけで、KGR指標から見ても高待遇とは言えない。

 「記事力Ⅲ」では、感性的に、地名{辰巳大明神、恵心院、背割堤、長建寺}は、他に比較してあまり知られていない所といえる。よって、おおざっぱな判定ではあるが、この記事力Ⅲの位置づけは、マイナー世界を表しているともいえる。KGR順位21、22、24の3つに限れば、ヒット順位が1位、1位、3位となっているので、マイナー世界の中では、記事の待遇は高いが、それは10万母数を基本に考えると、インターネット全体の中では記事待遇が低いと言える。

(5) まとめ
 MuBlogが掲載した記事から、24組の{地名 桜}用語を選び、それをGoogleによって検索したところ、比較的ヒット順位の高い結果を得た。次に、これらからKGR指標を算出し、その順に並べ変え「KGR指標によるMuBlog「桜」記事の分析」表を得た。

 この表の分析によって、比較的著名な桜名所のMuBlog記事が上位を占め、これを「記事力Ⅰ」に分類した。次に著名ではあるが特殊な地名の検索結果を「記事力Ⅱ」とした。「記事力Ⅲ」には、検索母数が1000未満の、いわゆるマイナー地名の記事が集まった。

 以上の結果は、サンプルが24組と少なく、一般的な検証に耐えるものではない。しかし、次のような傾向は明確に現れた。
 1.{地名 桜}という2語対によるGoogle検索は、KGR指標の高いものが、約半数(12組)を得た。
 2.検索母数が1000を切る場合には、当然KGR指標は悪化するが、その中の3/4は実質のヒット順位が1位と3位だった。

 以上の1からは、2語対検索の妥当性、ないし、MuBlog記事の高待遇が現れている。このような場合、一般には、検索用語の組み合わせが良かったからと判定するか、あるいは記事内容が優れているからと、どちらかに論が傾く。しかし、本論では、それを次のような仮説としてまとめておく。

 仮説A: Google等の検索エンジンは、明確な名詞を含む2語対によって、KGR指標の高い記事を検索する。
 仮説B: KGR指標が高い記事とは、すなわち、明確な名詞を含む2語対によって生起する。
 補足:明確な名詞については詳細を保留する。本論実験では、「地名(施設名)」がそれにあたる。

 また以上の2からは、同上の条件下にあっては、検索母数が1000を切る場合、マイナーな世界と考えられる。そこから次の仮説をまとめておく。

 仮説C: KGR指標が100を越えて悪化した場合、記事母数を勘案すれば、場合によっては、マイナーな世界を想定できる。
 仮説D: 仮説Cにあって実質ヒット順位が高い場合(最初の一頁に現れる場合など)には、KGR指標算出に用いた係数10万を、1万に変更し、マイナー世界での記事待遇が高いと判定するのが良い。

(*) 補遺
 次回は、桜に限らず、MuBlogにアクセスされた高頻度の記事のKGRを算出し、それがどのような用語によって検索されたかの傾向を確かめてみる。

参考文献・記事
参考1: KGR指標の解説
 KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析 (MuBlogより)

参考2: 対象としたMuBlog記事
 050420・目次:桜狩り (MuBlogでの2004、2005年の桜記事目次)
 2007桜 (MuBlogでの2007年の桜写真)
 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 (MuBlogでの、2007年の桜レビュー記事)

参考3: 2語対について
 研究情報ネットワーク論/長尾真、原田勝、石川徹也、谷口敏夫、久保正敏、澤田芳郎 共著. 勁草書房、1994.3(目次詳細はMuBlog当該記事参照
 上記の第9章(9.1.3 2語を対とする検索についての書誌・目次情報の性質)以下に詳述したが、情報検索にあっては、2語の組み合わせ(ANDとする)を基本とすることで、爆発的な組み合わせを招かず、妥当な検索結果が得られるという考え方による。

参考4: KGR指標の正確な記述
 新語「KGR」(指標)の、検索サイト{Google, Yahoo, goo}での出現比較

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2007年5月10日 (木)

小説木幡記:20070510(木)身辺雑記

 起床午前3時、内心「駄目だ、年齢的なものか、焼きがまわった~」と一瞬思ったが、廻りを見ると電気がついたままだった。思い出すと、昨夜は午後9時に服を着たまま、「ちょっと一休み」と思って横になったのだ。そのまま睡眠6時間。
 それなら安心だ。
 ここずっとその程度で、週末の二日間は8時間眠っているから正常だ。昨夜は、語れば長いことながら、葛野の疲労がきつかった。(しばらく、葛野記はかけないなぁ)

 今朝は起床してすぐにお勤めにはいった。あまり言及していない「夜麻登志宇流波斯」も、ようやく第7章に入って、この火曜日分がもっともしんどかったのだが、それも過ぎて今朝木曜からは筆が進みだしたわけだ。今朝はいつになく文章量が増えて、原稿用紙で4枚弱になった。これまでずっとこの作品は3枚相当だったのだから、どれほど日曜作家が気楽になったか知れようというものだ。文章は、本当に、時に身を命を削るほどの苦行ともなる。それが幻想と分かっていても、それでもシンドイことがある。もちろんこれは、論文を書く時とは、まったく異次元の話だ。

 さっき、朝食にゆで卵をゆでた。この小説木幡記を終わったら、食べてみる。卵好きなんだが、いろいろもろもろ考えて、昔は一日一個だったのだが、この数年は一週間に数個にしている。一種の、趣味的な禁欲なのだろう。なんて言ってて、フレンチなんか頂いた日には、世話ないよ。

断片1:古典のこと
 昨日、別学科の先生と談笑。
「えっ、高校で古典を学んでいない学生がほとんどなんですかぁ」
「ご存じなかったのですか、Mu先生ともあろう方が」
「じゃ、じゃ、いづれのおーんときにか、にょうごこういあまた~なんて言うても通じないわけですね」
「そうです、たいへんなんです」
 一応いまでも高校生達、古典の時間はちょっとはあるようなんだが、先年の世界史、日本史履修問題とおなじく、まともに学んだ学生は少ないらしい。今や、漱石・鴎外も、翻訳しないと通じない世界のようだ。なんか、冷や汗。余はじつは20代のころ、極めつけのヘボ擬古文に耽溺しておったせいか、その後も、会話も、普通の文章も、気を許すと、「エリス、帰りぬ」なんて調子になってしまう。激してくるとヤクザ言葉と、平家物語がまざったような会話になって、~。
 ああ、そうか。よかった。通じないなら、「怒っている」とかいう、年甲斐もない、はしたない逆上も、分からないのじゃろう、ああ、よかった。

断片2:小野さんのゴーストハント
 今、てもとに漫画・ゴーストハントの1と5がある。なぜ2,3,4が中抜けしているかは別途話す。それで、原作は小野不由美さん(ほれ、十二国記の作者、MuBlogでも一杯記事書いた)。原作は再刊されず、ほとんど入手困難らしい。えどるん君は、それを躍起になって集めて、先年から最近まで読みひたったようだ。
 で、余は非常に影響を受ける質(たち)なので、すぐに入手できる漫画を買ったわけ。ただ、楽しみにまだとってある。内容は、そうさなぁ。

「あたし 谷山舞(十六歳 高一)が ここ 渋谷サイキック・リサーチにバイトに入って そろそろ半年になる」

 こういうノリだな。いいじゃないのぉ~。
 これをいつ読むかは、未定。ともかく、最近の葛野は朝から晩まで、息がぜいぜいどころか、絶息しそうな繁忙。研究読書も研究漫画も、その余力がない。

断片3:京極の夏ちゃん
 先述のゴーストハントを買った書店で、もう二冊欲しい図書があった。一つは、京極夏彦『前(さきの)巷説百物語』。もう一つは、ご存じ(笑)北方謙三の『楊令』シリーズ初巻だった。本当は二冊買いたかったが、今年に入ってやけに財布が軽くなったので、どっちかに決めることにした。
 で、迷った末に京極の夏ちゃんにしたのは、この巷説シリーズは、先回「これが最後よ」と思って完読したのに、店頭で「げ、まだ前史があったのか」とショックを受けたせいだ。惹句が「これが百物語のはじまりでございます」とあった。ショックを隠すために、結局大枚はらって、持って帰った。
 一方、北方『楊令』を先のべにしたのは、ご承知のようにこの手の作品は中毒というか、薬物依存症に近いものがあって、一冊読んで、次が手元にないと、禁断症状で発狂しかねないからである。だから、『楊令』シリーズは完結するまで手を出さないでおこうと決めた。
 なお、京極作品もまだ未読。ともかく、葛野がもう少し気楽にならないと、木幡に帰っても食べて眠るだけ。ああ。

 そんなこんなで、今朝も午前六時になってきた。そろそろ卵を食べて、出掛けることにいたしやしょう。

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2007年5月 9日 (水)

小説木幡記:20070509(水)アルファーブロッガーって何ですか?

 昨夕車中で、NHKのクローズアップ現代を耳にした。タイトルは忘れたが、ブロッグが日本で沢山作られていて、そのなかには驚異的な、モンスターのようなアクセスや人気を持つブロッグも生まれてきたという話だった。

 昨年末の様子では、日本には800万のブロッグがあって、主に身辺雑記をみんな書いているようだ。これは世界のblogの1/3というから、日本も大変なことになってきた(笑)。身辺雑記といえば、MuBlogでは小説葛野記と小説木幡記に該当するが、近頃は葛野が日々息を切らせるような状態なので、葛野記はちっとも書けないが。

 身辺雑記が多いのは、私小説の伝統かしら、と一瞬思ったが、まさか。いや、そうかもしれない。以前のある時期の小説は、身の回りのことを細かく委曲つくして描写しないと、文学じゃない、大衆小説じゃ、と言われた時代もあった。今なら、大衆小説作家って、褒め言葉なんだ。……、まあ小説や文学の話はちょっとおいて。

 そこでアルファーブロッガー。要するにベストセラー・ブロッグの作者らしい。
 ともかく、月に20万アクセスあるというのだから、壮絶だ。コンピュータ壊れないだろうか(と、素人のふりなんかしちゃったりしてさぁ)。NHKの映像にでてきたのは、中心は30代前後の男性が多かった。

 まず、なぜアルファーなのだろう。なにかしら、カタカナ用語で欧米語なんかを直輸入しているのを見ると、気色が悪くなる。アルファーがあるなら、オメガ(Ω)もあるんでしょうね。ほほほ。ああそうか、外国の神様がどこかで、「アルファーからオメガまで」と、大昔おっしゃった、そのアルファーなのか。

 (ああ、余もコンピュータ系はほとんど英語のままだが、これはごめんなさい。専門用語だから、どうにもね、インターネットなんて、どう訳すりゃよいのか。電網相互協力・蜘蛛の巣状・通信共同体、とか。パソコンにいたっては、私的電子記憶操作装置、かな)

 いろいろな中年の男性がでてきた。経済ニュース解説とか、書評(年間500冊全分野読破)とか、専門性を身辺雑記の中から紡ぎ出してきた人達のようだ。そういう信用のおけるブロッグには、リンクとかトラックバックで、一種の道(パス)がつくから、情報があっというまに人びとに伝わるようだ。

 昨夜の話題は、そういうαブロッガーの今後の姿だった。人気ブロッグ作家の、経済情報性とか、ネット上での商業活動がどう扱われていくかの課題だった。
 女性達のブロッガー(ブロッグ造る人)は、αあつかいじゃなくて、なんとなくβ扱いだったが、宣伝とかマーケッティング専門の会社が、委託をうけて、人海戦術で、Googleでテーマ性のあるブロッグを見付けて格付けして、東京の会社に招いて、ショーをみせて、おみやげをわたして、ブロッガー達に記事を書いてもらう、そんな様子もあった。

 ……、ああ。凄い話。
 と、なんとなく忙(せわ)しない世界なんだなぁ。

 問題は、スポンサー付きのブロッガーの登場を、他のオメガ・ブロッガー(註:Muの造語かな。一般庶民BLOG作成者)とか、利用者がどう感じるかのことだった。米国で人気の高かったブロッグ記事が、後で、実はスポンサー付きと分かって、そういう世界で大問題になったようだ。広告代理店の社長が謝っていたようだな。

 余の結論は、いくつかあったが、そんなに騒がなくても、心の静けさを求めて日々記事を共有する人達も多いし。ひたすらコミュニケーションを拒否し、オタク的に自分の世界を整理している人も多いし。ブロッグを安価で気楽なデータベースと思って、自分のメモをぶち込んでいる人もいるし。多様。

 その中からモンスターじみたアクセスを誇るアルファーブロッガーが、スポンサーと提携して、活動しても、それが分かっておれば、いや、わからなくても、よろしいのじゃないですか。

 ただし、スポンサー、パトロンがあって、あとで製品の瑕疵がでてきて、スポンサー付きだとわかったら、そういうブロッガーはちょっと窮地に立つだろうな。

 まあ、目くじらをたてるほどのこともない。

 ただ、人類の多くは、なにかしら共有共感を求めるし(余の感性では、未知の人とそこら中で知り合いになっても、忙しくなるだけ、と思うがな)、またTVなどでガセネタ掴まされると、よってたかってTV局を潰しかねない運動になるし。

 ~。
 分からないことが多い。
 余は騙されやすく生まれたせいか、大抵だまされる。昨夜のNHK番組にもだまされているのかもしれない。人のブロッグを読んで「騙されたー」とはあんまり思わない。そんなもんでしょう~(笑)と、自然に納得する。

 ところで。
 おいおい。
 余のブロッグにはどこからも、スポンサーが来ないぞ。
 一体どうなっているのだ。
 こればっかりは、腹立たしい!!!(失笑)

 もし、そんなことになったら、記事単位で、契約諸元を書こう。
 褒め言葉何文字で、いくら。アクセス一件あたりいくら。
 いかにもそれらしい貶し言葉は、4%にとどめる、とかな。
 ヤラセのコメント一件、いくらとか、……。想像するだに、楽しい際物(きわもの)、騙し世界じゃないですかぁ。
 ああ、飽きたり疲れたりするから、期間限定契約、とかな。
 そう言うことをちゃんと表記しましょうね。

 もう午前5時をすぎた。今日は早朝から葛野授業。それから、夜まで会議の嵐。
 ブロッグなんて書いてるヒマはないのじゃ~。けけけ。

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2007年5月 8日 (火)

紅鮎(べにあゆ)で湯治ついでに季節の料理

承前:紅鮎の鴨すき鍋と露天風呂

 五月のはじめに、湖北へ湯治にでかけた。承前にもあるが、今回も日帰りだった。空は曇り、風も強かった。しかし宿にはいったとたんに、ぬくもりを感じた。
 さっそく大きな湯船に浸かった。タイミングよく、他の客は湯におらず、一人天下で鼻歌をうたっていた。
 それにしても、湯温がよい。いつもそれを思う。冷たいのじゃなくて、熱くない湯温なのだ。いつまで浸かっていてものぼせない。かといってまったく寒気はしない。珍しい湯温、あるいは湯質といえる。二度三度、部屋に戻ろうと湯船に立ち上がるのだが、「いや、もう少し」と、また湯に身体を沈める。なにか、温泉と身体とがとけあってしまうような、いい気分なのだ。

竹生島:湖北の春

いろいろいっぱい

かしわ餅かな?

おつくり、たっぷり

 さてと、部屋にもどるとお昼が待っていた。季節の狭間だったので、鴨ではなかった。てごろな日本料理だった。どれもこれも、いただきやすい味だった。結局、私は全部平らげた。数日前までは、無理にじゃなくて、なんとなく食事も制限していたのだから、すっと全部頂けたのが不思議だった。なにが一番と言われてみれば、どれでも一番と言ってしまいそうだ。強いてあげてみると、意外にも、四角い器に入ったお造りだった。白身魚を塩で摂ったのがことさらに、印象深く味わえた。
サワラ焼きかな?

カレイと野菜の揚げ物

ウナギの柳川風

鯛そうめん

 すっと家をでて、充分に温泉に浸かって、気持よく、お昼をとって昼寝して、すっと木幡に帰った。料理はもちろん、佳い。ただ、本当にここの温泉は身体に合っている。
 よい、連休だった。

参考
  紅鮎(公式HP)
地図

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2007年5月 7日 (月)

小説葛野記:20070507(月)そうだ、授業だ、仕事だ

知らない間に夕方になった。さっき別学科の秘書さんが教授会懇親会参加費の領収書を持ってきてくれた。と、ここに書いておかないと、当日また請求されるとこまるからね。それは冗談。あとでよいですよ、当日で。といわれはしたのだが、いつもにこにこ現金払い、いまあるうちに払っておかないと、当日泣きをみる。そんな、高額でもないのだが、お金というのは、こまかくあれもこれもと払っているうちにすっからかんになってしまうと、長い人生から得た教訓だ。だから、いまのうちに石材店に墓石や、墓碑銘を注文しておくのも手なのだが、そこまですると畸人変人あつかいされるので、やめておく。しかし、今時、径百余歩とはいわないが、直径5mくらいの後円で、典型的な前方後円墳を工務店に注文したら、いくらくらいかな。縦穴石室だから、技術的には楽だろうが、役所がやれ火葬にせよとかなんとか、つまらん言いがかりをつけてくるだろうなと、夢想すると、腹立たしくなる。最近も、別件で、某市納税課が数千円の税金を滞納していると言いがかりをつけてきよった。19年度分は全納したのに、むかしの滞納があるから、期日までに納めないと差し押さえすると言いよった。むかっぱらが立ってしかたない。そこは、なんとなく町制から市制に変わった所なので、おそらくコンピュータが日立から富士通に変わって、余の納税データベースがくちゃくちゃになったんだろうと、当たりをつけている。と、日々仕事を一生懸命しようとおもっているのに、どこからか心を乱すイベント(笑)が発生する。ああ、人生とは、無駄無駄しいことに時間をとられて、生をすりつぶしていくのでしょうか。ということで、そろそろ日もおちてきたので、また明日。再見。

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2007年5月 6日 (日)

NHK風林火山(18)由布姫の決意

承前:NHK風林火山(17)由布姫の慟哭

 タイトルに「由布姫」を付けるのは止めようと思っていたが、今夜見終わってやはり、そのままにした。他の男優も女優も、実に気に入っている。ネネも板垣も、当然だが山本勘助も。しかし、どう考えてもここしばらくは16歳の由布姫の心の動きにファンも演出もNHKも、そしてMuも振り回されてしまう。致し方なかろう。なにしろ、武田勝頼の母御となる少女なのだから。
 それほどの由布姫人気だから、ただ、少しだけ意地悪も記しておこう。

 一つは、他のニュースで見たのだが由布姫役の柴本幸は身長170センチあるらしい。現代若者は軒並み長身が多いが、しかしさすがに170センチクラスはまばらになる。大抵は、女性の場合165~168位で、いささかノッポに見える。で、カメラワークが実に、そのノッポさんを隠すために工夫していると言うことが分かる。他の俳優、女優と並んだとき、どういう風に小柄に見せているのか、……。カメラさんの努力がしのばれる(笑)。

 もう一つは、由布姫がスレンダーや否やはしらないが、あの打ち掛けで座っている姿が、時々小学生が大人の着物を着ているような雰囲気に見えることがある。なにかしら、身体にあっていない、ふんわりとした感じがして、幼さが滲みでている。これがもし演出の意図ならば、相当な凄腕だと言ってよかろう。

 さて、今夜ようやく気がついたのだが、今年の風林火山はMuには難しい。
 今夜を例にするなら、ともかく聡明で、勝ち気で、難攻不落の由布姫をどうやって同意させるのか、そういうことを表現するために、セリフも場面も難解といえる。
 ただし、これはMuが男だからなのかも知れない。心の綾がわからないというのが、Muの本音だろう。どうしても、表面に現れた言葉や、全体の流れの理非で物事をみるから、繊細な、奥の深い由布姫の気持ちは、勘助以上に分からない。

 ものすごく単純に野蛮に申すなら、
 「ゆ・さんや、あんた負けたんや。武装解除された捕虜なんや。プライド? そんなんは勝ったもんだけが持てる心や。実力なくして、プライドなんか無。それが現実や」と、なってしまう。

 いや、当然そこに新たな美学が生まれるのは知っている。だが、16歳の少女に何がわかる! と決めつけるのがオジキの心。と、自分を納得させるのも、オジキの心。

 見せ場を二つに絞って感想を記しておく。少し考え込んで書くので、100%そうなんだと、思ってはいない。大河ドラマでここまで解釈を迷うのは、ちと、珍しい。しかし、見ている間はそんなこと気にもせずに奔流に巻き込まれていたのも事実。

1.甘利虎泰
 甘利は、由布姫に悪態をつき、彼女を怒らせる。自害もせぬとは、なんたること、と由布姫に詰め寄る。
 この間、勘助が駆けつけるまで、Muもはらはらした。二人の掛け合いが真に迫っていた、そう言っても大げさではない。甘利の形相も、それに対峙する姫のキツイ顔も、すごかった。セリフの掛け合いというよりも、気力の戦いがよく現れていた。

 姫は甘利に向けた刃を収めた。そして勘助に、ぽつりという。「甘利殿は、討たれに参った」と。

 この解釈は、こう判断した。甘利が由布姫に自害を強要するのも、またもし自害したとしても、それは勘助がいさめたように、君命に逆らったことになる。甘利はそういう男ではない。だが外からは、如何にも「姫、ご自害なされよ」という風にしか見えない。

 しかし、甘利は由布姫が勝ち気な女と分かっていた。
 甘利はその由布姫の勝ち気さを逆手にとって、自らは鉄扇だけでうちかかろうとした。小刀は姫の手にある。討たれる。討たれたなら甘利は君命に逆らわなかったことになり、しかも由布姫は武田から放逐、ないし殺され、武田晴信の身は安泰になる。武田は守られる。
 そうなるとふんで、由布姫のもとにきた。

 しかし甘利が後でつぶやいたように、「聡明な姫」だから、由布姫はあえて刃を収めた。
 と甘利が姫に感心したように、由布姫も甘利の行動に心を打たれる。そこまでして、武田を守る家臣がいるのかと。

2.三条夫人
 Muが一番心休まる三条夫人。いまだに「晴信さん~」という京言葉のイントネーションが耳に残る。
 これは、結論から記す。
 由布姫は、三条夫人から言われる。
 「運命(さだめ)なれば、そなたの心がけ次第で、如何様にも楽しめるというのか。そのように、恥じらいまでをなくすとは、……」
 これは、三条夫人が、晴信の歌が曝されているのを見て言った言葉だった。その歌は、由布姫らが勘助から受け取ったとき、笑ってさらしたものだ。

 「君のいる、我が山里をつらく見て、心のうちに待ちし春風  晴信」

 つまり。三条夫人は、正室のプライドにかけて、由布姫を慰問したわけだが、そこに見たのは歌心を外れた亡国の姫の姿だった。
 三条夫人が後で涙を抑えたのは複雑だろう。一つは、晴信が由布姫に歌を贈った事実。これは悲嘆であり嫉妬でもある。もう一つは、その歌を由布姫がさらしものにしていたという事実への怒り。

 だが、ここから由布姫の聡明さが始まる。
 そういう正室と側室候補の対面の危なさを知りながら、あえて三条夫人が正室の誇りにかけて、側室を迎えにきたという、そのけなげさ。心を傷つけられるかもしれないことを知った上で、三条夫人が来たこと。そして、歌を見て、嫉妬ではなくて、晴信の威厳をコケにしたことへの、正室の怒り。これらを由布姫は一瞬にして、悟った。

 <甘利も正室も、身を殺してここに来た。そして傷ついた。わたしだけが無傷ではすまない>と、うなずき、由布姫は勘助に武田に入ることを伝えた。

 さらに事の起こりは、晴信が贈った歌で、初めて由布姫は笑った。これは晴信の機略だったのかもしれない。その歌は、直裁なだけで、ヘボ歌ではないと思う。
 
 歌心ある公家の娘の三条夫人なら、笑いはしなかろう。由布姫はまだ、歌の初心者だったのだと思う。歌心というのは、現れた文字面だけで分かる物ではない。由布姫が笑った。そこには、歌に晴信の優しさがあったのだろう。

 というわけで、今夜の風林火山は、いささか奥が深い。ただ、そういうことをあれこれ考えながら見たわけではない。手に汗握っていた。そこが、このドラマの優れたところだと思う。過褒かもしれないが、なかなかに、大河ドラマの水準を大きく超えた一夜だった。

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金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之

金印偽造事件:「漢委奴國王」のまぼろし/三浦佑之 (カバー)
 図書内容について、まず図書自身に語らせる。カバーの裏に次のような惹句があった。

帯情報
「一七八四年、志賀島(現在、福岡県)の農民・甚兵衛(じんべえ)が田んぼの脇の水路から発見したとされ、日本史の教科書にも掲載されているあまりに有名な「金印」。これは、建武中元二年(五七年)に後漢の光武帝が同地にあった小国家の君主に与えた「漢委奴國王印」と同定されたが、じつは江戸時代の半ばに偽造された真っ赤な偽物だった。では、誰が、何の目的で造ったのか? 鑑定人・亀井南冥(かめい・なんめい)を中心に、本居宣長(もとおり・のりなが)、上田秋成(うえだ・あきなり)など多くの歴史上の文化人の動向を検証し、スリリングに謎を解き明かす。」

 印象では、この惹句(私は「帯情報」の一種とした)に誤りはないのだが、本居宣長や上田秋成という当時の著名な国学者、作家が中心を占めているわけではない。甚兵衛なる農民の実在が疑われ、そして亀井南冥こそが中心人物となっている。

 現・国宝指定の金印がニセモノとなるとその影響は計り知れない。古代史の一部が多少曖昧になる可能性もある。五世紀に作られた『後漢書』の「東夷伝」に、西暦57年、時の光武帝が(日本の)倭奴国から訪ねてきた人達への返礼として、金印とそれをぶら下げる紫の紐(金印紫綬)を与えたらしい。その金印が江戸時代に九州の志賀島で土中から出てきたのだから、史書と話が合って「確かに、倭奴国が当時あって、西暦57年に中国まで行った」という蓋然性が保証されていたのだが、ニセモノ、贋作となるとそれが壊れる。

 それと、現代ならそれほどキツイ話にはならないだろうが、国がニセモノを掴まされて国宝にしていたとなると、その関係者は当然窮地に追い込まれる(多分、当時の文化財保護審議委員の殆どは物故者だろうが)。昔、永仁の壷という贋作騒ぎがあって、国宝ではなかったが、不幸な結果をもたらしたこともある。

 だから、江戸時代にあっても、福岡藩が一旦受け入れた金印なのだから、関係者(亀井南冥等)の通報によって、宣長や秋成という多くのインテリが知ってしまった物が、ニセモノとなると、体面だけではなく、幕府との関係もキツイことになったろう。だから、福岡藩はずっと金印に関して無口になってしまったと、著者・三浦祐之は状況証拠の一つに数える。

 さて。図書の内容を要約したblogがすでにあった。詳細はその記事「金印偽造事件(なみうさぎ)」を参照されたい。

 私は二つ、この図書によって目から鱗が落ちた気分になったことを記録しておく。

1.紙に朱で、判子を押すのではない
 宮崎市定を引用し、漢代の印は朱を塗って紙に判子を押す現代の物と考えてはならない。粘土で封をした所に、印を押しつけて「封泥(ふうでい)」とするわけだ。(p116)
 それから見ると、この金印が後漢時代のものとは考えにくい。彫った溝にV字形が多く、これは薬研彫(やげんぼり)と言って、後代のデザインが強い。つまり、直角に彫らないと(箱彫)、粘土に写された文字の山がとんがって、うまくない。
 これは、私にもよく分かった。メソポタミアの円筒印章で粘土板にサインする事例を別の所で見たことがあった。それにメディア伝搬から三浦や宮崎の話を考えてみると、後漢の57年当時は、紙も普及していなかった。紙が大々的に普及し始めたのは、西暦100年ころからだった。まして日本に紙らしき物が伝搬されたのは後世、7世紀初頭のことだ。
 要するに、現代の判子と後漢時代の判子は別と考えた方がよい。

2.関係者全員が知り合いで、専門が決まっていた
 発見者は実は正確にはわからない。しかし、金印として認定した関係者が全員知り合いだとは驚いた。発見者(架空かもしれない)甚兵衛の相談相手「米屋才蔵」は、金印の由来を短期間に後漢書東夷伝を事例にして解き明かした「亀井南冥」のパトロンのような立場。そしてその話を藩に受け入れさせた窓口の郡代・津田も知人。つまり、トライアングルという書き方を三浦はしていた。
 さらに、関西の知人、高芙蓉は、古印に造詣が深くしばしば中国古印の模刻(篆書で模造印を彫る)をしたというし、また藤貞幹(とうていかん)は名うての贋作学者だったらしい。少なくとも、三浦の論理を読み切る限り、状況証拠はそろっている。金印贋作の役者が全部そろったことになる。
 
 以上、1と2からみても、金印を再度科学的に調査しなければならない、と私は思った。それよりも、実は。卑弥呼と呼ばれた女王の「親魏倭王」金印が出土されたら、どうなるのか、その心配が先立った。まず、トンデモ贋作とみてかからないと、酷い目にあうだろう。

附録
目次情報
金印偽造事件「漢委奴國王」のまぼろし/目次
はじめに
  七〇〇兆分の一/わき上がる疑惑/二百数十年前の出来事

第一章 金印発光す
  漢委奴國王金印發光之處/
  甚兵衛(じんべい)の「口上書」/
  金印出現の経緯/
  なぜ無傷なのか/
  役所に提出するまで/
  市中風説/
  もう一人の発見者/
  叶の崎という場所/
  志賀島というところ

第二章 金印を鑑定する
  米屋才蔵/
  郡宰・豪商と先人/
  買以効於郡庁/
  亀井南冥の鑑定/
  修猷館(しゅうゆうかん)の学者の鑑定/
  今までの状況を整理する/
  もう一つの可能性/
  志賀島へは行ったのか/
  田中弘之の解釈/
  福岡藩庫への収蔵/
  黒田家の記録

第三章 亀井南冥の活躍
  亀井南冥という人物/
  神風襲来/
  修猷館と甘棠館(かんとうかん)/
 「金印弁」の執筆/
  希代の珍宝/
  筑州興学の初年/
  一問一答/
  倭奴国と委奴国/
  鋳潰し論の台頭/
  迅速な保存活動

第四章 金印の解読 鈕と印文
  金印に対する反応/
  螭(みずち:ち)鈕について/
 「螭(ち)」はだれからの情報か/
  貞幹・秋成以後の金印論/
  本居家所蔵の印影/
  蛇鈕について/
  漢委奴國王をどう読むか/
 「国」字について/
  委奴国とは/
  なぜ志賀島にあったのか/
  漢の委の奴の国王/
  家宝から国宝へ/
  福岡のものは福岡へ

第五章 真贋論争と中国の金印
  最初の「贋作」疑惑/
  宮崎市定の発言/
  二つの金印/
  いくつもの真贋論争/
  高芙蓉/
  蛇鈕金印の発掘--滇王之印(てんおうのいん)/
  違いすぎる蛇鈕/
  継承されない意匠/
  同一工房作品の発見-―一廣陵王璽/
  鈴木勉の実験的分析/
  疑惑は消えたのか/
  金印の測定データ/
  願望が独走する/
  九十五パーセントの純度/
  二・三四七センチメートルの意味/
  コロンブスの卵

第六章 亀井南冥の失脚
  真印は証明できるか/
  発見者と発見地への疑惑/
  謎のトライアングル/
  亀井南冥の廃黜(はいちゅつ)/
  金印疑騙(ぎへん)工作と失脚/
  事実とフィクションの狭間/
  失脚の真相/
  島田藍泉への手紙
  甘棠館の廃校/
  顕彰される南冥

第七章 金印を発光させる
  疑うことから始めたい/
  鋳造--金印の作り方(1)/
  篆刻--金印の作り方(2)/
  蛇鈕と亀鈕/
  金の入手--金印の作り方(3)/
  五文字--金印情報の入手(1)/
  なぜ「委」の字を用いたのか--金印情報の入手(2)/
  蛇鈕--金印情報の入手(3)/
  贋作を作る人びと/
  古印コレクター

第八章 だれが金印を作ったのか
  従来の「贋作」疑惑の誤り/
  動機を解明しなければならない/
  だれが金印を作らせたか/
  なぜ金印を作らせたか/
  米屋才蔵の企み/
  亀井南冥の野望/
  信じ込ませる方法/
  語られる疑惑のパターン/
  蛇鈕と南冥の模写/
  なぜ表沙汰にならなかったか/
  証明しきれないもどかしさ/
  藤貞幹のいかがわしさ/
  京から福岡へという疑惑/
  解明への期待

あとがき
参考文献
亀井南冥「年譜」および金印関係年表

参考記事
  「本居宣長記念館」の「3.志賀島の金印発見 その五」に金印の「印影」写真がある。これは、本記事図書のp94~で著者三浦が言及している。ようするに、金印自体のレプリカ印影が宣長に送られてきたのか。(あるいは他に謎があるのか)

  福岡市博物館・金印

  金印偽造事件(なみうさぎ)  

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2007年5月 5日 (土)

小説木幡記:20070505(土)秘花/瀬戸内寂聴と、世阿弥

 新潮社から、この5月15日前後に、瀬戸内寂聴『秘花』が出版されるようだ。
 瀬戸内さんは、現在84歳と記されていた。小説の内容は、晩年佐渡に流された能楽の大成者・世阿弥に関わるものらしい。

 私は、以前世阿弥とか、その息子の観世元雅(かんぜ・もとまさ)に随分引き込まれたことがある。ただの歴史上の有名人と思っていた人達が、どれほどの苦難の中で生きたのかということに、驚いたのだ。特に元雅が若くして殺害された事実を知って、そしてそれを嘆く世阿弥の姿をかいま見て、資料を読みながら涙ぐんだこともあった。

 世阿弥は、若くして時の最高権力者足利義満(あしかが・よしみつ:室町幕府三代将軍)の庇護をうけ、庶民から貴族にいたるまでの喝采をあび、時代を風靡した。その彼が、晩年長男を亡くし、次男も出家し、自らは佐渡に流されるという悲劇に直面した。

 瀬戸内さんは、その間の世阿弥をどんな風に描いたのか。ご本人は「最後の長編小説」とインタビューなどで答えているようだが、それはそれとして、新潮社のサイトを覗いてみたら、冒頭文が掲載されていた。
 リンクするだけでも良いのだが、いつ消えるかわからないカレント情報(最新情報)なので、一部引用しておくことにした。


 漆黒の闇の中で、鵺に襲われていた。
 恐怖と不気味さに息が詰り、総身に鳥肌が立っている。纏いつかれ、圧えつけられ、締めつけられ、身動きが出来ない。
 闇に夢が塗りつぶされている。夢かとわかってからが、もっと恐ろしい。初めての夢ではないからだ。渾身の力を振り搾って、鵺から逃れようとあがけばあがくほど、鵺の怪力がみしみしと躯に加ってくる。

~中略~
 能の大成者で能聖と崇められている世阿弥の晩年の謎に迫りたいと思ってから三年が過ぎている。
 世阿弥のおびただしい作能の中で、「鵺」ほど哀しい作はないと感じた時から、わたしは鵺こそ世阿弥の心の闇だと思いこみはじめていた。
  「秘花:冒頭文、新潮社

 ともあれ、『秘花』のことは以前から耳にしていたので、今回の出版が待ち遠しい。多分、幽玄(ゆうげん)という言葉が、単に能楽の世界に留まらず、日本の現代に甦るような想像をしている。幽玄という一種の芸術用語の解説ではない。まさに世阿弥の心の中の幽玄が分かってくるのだろう、とイメージしてみた。言葉の意味は、なかなか体感できないものだが、優れた小説では、味わえることを知っている。

 また、60歳定年の時代に、84歳の女性が迫力ある文章を描かれることに一種の安心感もある。人間は、死ぬまで生き抜けるのだという、検証もできる。北斎は90歳まで頑張った。もちろん、現役の作家にこういう言葉は失礼になるかも知れないが、瀬戸内さんは生死を眺める芸術家であり、仏につかえる身なのだから、言葉の綾を分かって下さることだろう。

 ともかく、今年の5月中頃までは、余も生き抜こう。これを読まないと、死んでも死にきれぬ。のう。

参考
  夢跡一紙(むせきいっし)・観世元雅の死(MuBlog)
  他に、『犬王舞う』もあげておきます(失笑)

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2007年5月 4日 (金)

小説木幡記:20070504(金)Googleで心の旅路

Googleのグーグルトランジット:木幡→国立

Googleのグーグルトランジット:木幡→国立
 昨日は夕方から読書していた。そのうち感想文をまとめたい。北九州の福岡県の志賀島で江戸時代に発掘された、国宝金印「漢委奴國王」が、ニセモノだと言うトンデモない話かと思って読みかけたら、どうも本当に贋作のような気がしてきた。困った。まあ、それは今夜完読予定。
 ←まず、写真をクリックされたし。ちょっとメモも入れときました。
 例によって午前五時起床(最近リズムが戻ってきた。毎晩10時ころには熟睡)。さて、とぼんやり。急にGoogleが気になりだした。Googleは余のお得意さん(主客逆転しているな)だが、毎日Google話では「センセ、またですかぁ」と、声が聞こえてきそう。特にGoogle と図書館関係の話は、もっとお好きな人が世の中にはいるようなので、おまかせして(未知の人:sushi-kuinee)。

 いや。Googleはものすごく沢山の無料サービスをしている。ざっとみても30近くの巨大なサービスやツールを、一カ所でサービスしている。余もGmail(メール)とかPicasa(画像整理)とか使っているが、うむ、と唸っている。いやそれぞれに唸る前に、そういうことが一カ所の玄関口(ポータルとかいうらしい)から使え、Googleブランドで、ともかく安心感を与えているのがよろしい(笑)。ネットやソフトと、分けの分からない、知らないことは大樹の下で雨露しのぐという人生観も、時によろしい。

 Docs & Spreadsheets(要するにネット上でのワープロや表計算ソフト)にいたっては、もう一昔も前から、パソコンはネットをハードディスク代わりにすればよい(いろんなソフトウェアを自分で持つ必要がない)と、言われてきたし、そういう超廉価なマシンが売られたこともあったのだが、そして今。

 Googleで実際に試してみると驚愕物である。以前の眉唾話も、夢物語も、すでに実現され始めた。

 数日前に、おもちゃ好きの教授と京都駅で夕食した。例によって、
「ゴリポンさんや、最近のSONYのUタイプマシンは、凄いで。30GBのフラッシュメモリで全部処理するから、WORDもパワーポイントも500gの掌サイズで、一瞬でっせ。講義も、マシン持参は、ポケットに入れるだけ!」と、そそのかした。
「ほぉ、欲しいなぁ。ナンボや」
「高い。いや、ゴリポンは高給取りやから、安いな。25万!」

 ここでゴリポン教授はなうてのオモチャ好きであると断っておく。若い頃から、彼の給料の大半はケッタイな小物に費やされてきた、……。まったく役に立たない代物ばかり。SONYのUタイプも、実は数年前に発売されたとたん、中古(というても発売一ヶ月後)を買ったようだが、遅くて使い物にならなくて、この数年倉に埋蔵されていて、忘れていたようだ。この事実を知ったときは、さすがに余も唖然とした。

 帰ろうとすると、
 「センセ、まだ新幹線駅前のソフマップ(パソコンショップ)、開いてるかな」
 「もう、閉まってる。帰ろうや」と、午後9時前。
 「いや、ちょっと」
 と、二人で、余は杖突きながら、ソフマップに行った次第。ありました。掌サイズのSONY:Uタイプマシンが。

 で、話をはしょると、ゴリポン教授はさっそく買ったのじゃなくて(フラッシュメモリタイプは、直販だからネットでしか買えない)、同容量の30GBハードディスクタイプの、容量を確認しだした(笑)

 「あかん、残量が10GB程度しかない。マイクロソフトのVistaシステムはばかでかいなぁ」
 「な、そやろ。いまどき、30GB程度じゃ、映画も入らん」
 「あ、外部メモリ継ぎ足したらどうやろ」
 「そうやな。Vistaは大容量のフラッシュメモリを上手に、内部メモリーみたいに扱うらしい」
 と、探したら、8GBで1万五千円。
 「センセ、これや。これ何本もあったら、10GBしか残量なくても、フィールド調査の動画も扱える、……」
 と、男というものは、なにがなんでも欲しくなると、理屈をこねる生物。だれも買うなとは言っていない。ただ、無駄なおもちゃでっせ、という顔をした。
 (余の数倍大きい手をした巨漢が、どうしてあんなオモチャみたいなキーボードを触れるというのや!)

 ただ。こういう、攻守は毎回逆転するのも、ゴリポン教授の名誉にかけて記しておこう。
 (余も、ある意味で、人がみたら「馬鹿か」と思うほど、わけのわからない記事を書いたり、アプリ・ソフトなんかに入れ込んでおる。ソフトウェアの更新料も安くはない。最近は、Delphi も一太郎全部セットも、毎回じゃなくて隔年で更新しだした(笑))

 さて、ようやく話がもとに戻ってきた。
 ここでいういろんなソフトも、なんのかんのも、すべて高速通信で宇宙からか、どっかからかサービスを提供されたら、30GBものフラッシュメモリがあれば、なんでも、どんなことでも、デスクトップ並に使える。そういう世界の先駆けを、Googleもすでに、やり出しているわけなんだろう。

 うむ。
 話が一体どこへ迷い込んだのか。そうだ、Google の「トランジット」乗り換え案内サービス。これを朝から試してみた。要するに、ときどき旧知にあったり、どこか旅にでたりしたくなるわけだ。実際には、一歩も木幡を出ない長期休暇なのだが、せめて心の旅路、Google で旅するくらいよろしかろう。

 たしかに、このトランジット、すごいしおもしろい。画面では、木幡→国立、という余には比較的分かりやすいモデルにしたが、内田康夫さんの作品にでてきた、「新郷村」なんて試したら、笑えてきた。
 そうそう、まだ、全国のバスなどの細かな路線情報はマバラなので、ときどき徒歩数時間という表示がでるが、これはバスとかタクシを使うと思えば、まあ、よいでしょう。そのうち完璧になるだろう。JRや私鉄レベルでは、こんな便利なものはないね(つまり、地図情報完備、玄関口として他のサービスと共通に使える点でも)。
 古いケータイでも使えたから、今度変えるauは、でっかいディスプレイタイプにしましょうぞ(と、Muの一種の軽い、オモチャ好き。しかし、携帯、もう3年も使っているのだから、無駄ではないだろう、と自分を騙す)

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2007年5月 3日 (木)

新語「KGR」(指標)の、検索サイト{Google, Yahoo, goo}での出現比較

1 はじめに
 2007年4月29日に発表したKGR指標(インターネット上での記事の重み)について、同5月3日に3種類{Google, Yahoo, goo}の検索サイト(エンジン)で検索した結果、次のような結果を得た。用語「KGR」は意味的には新語なので、指標がどう出るか予測できなかったが、意外に上位にランキングされていた。

KGRとGoogle

新語「KGR」のGoogleでの検索結果
KGRとYahoo
新語「KGR」のYahooでの検索結果
KGRとGoo
新語「KGR」のgooによる検索結果

↑各画像をクリックすると、個別データが見られます。

2 新語「KGR」の検索結果
 検索結果は画像に記録したので、それを参考にしていただきたい。以下、その結果をまとめ、表記方法について、若干の補正を行った。
 新用語「KGR」によって検索された記事は、3者ともKGR初出の、
 KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析
だったが、Googleの場合のみ、第5位に次の記事が表示された。
小説木幡記:20070501(火)長期休暇とKGRメモ

・GoogleでのKGR指標
  0.38kgr(070503){KGR}
・YahooでのKGR指標
  2.59kgr-Yahoo(070503){KGR}
・gooでのKGR指標
   55.40kgr-goo(070503){KGR} →標準検索による。全言語対象では、4.29kgr-goo(070503){KGR}

 諸元は、Googlの場合、実質4位(母数:1060000記事)で、0.38というKGR指標は、10万記事あたりでは特殊扱いとなり、100万記事あたりでは、3~4位相当になる。
 Yahooの場合、実質12位(母数:463000記事)で、2.59というKGR指標は、10万記事あたりでは2~3位相当になる。
 gooの場合は、実質2位(母数:3610記事)で、55.40というKGR指標は、10万記事あたりでは55位相当になり、1万記事あたりでは5~6位相当になる。

 ここでKGRの表記について修正をしておく。4月29日付けでは、0.38kgr(070503)としていたが、末尾に検索に用いた用語群を追加する。よって、今後、0.38kgr(070503){KGR}のように、「KGR指標、日付、検索用語群」の三要素でKGR指標を構成することにする。

 なお、比較に用いたYahooやgooは、その検索サイト名を、kgr-Yahooのように付記した。
 日付や、検索用語を指標に付けたのは、インターネット世界や、検索エンジンのランキング設定アルゴリズムは、流動的で、恒常的指標が成立しないと判断したからである。

3 分析
 数日前に作った新語「KGR」が、三つの検索サイトによって、上位にランキングされた事情を考えてみた。
 ここで、各検索エンジンのランキング判定アルゴリズムは不明という前提で話をする。おそらく、各社いくつものアルゴリズム(手順とか、方法論。方程式と考えても間違いではない)を調整しながら、次々と変更していくのだろう。つまり、利用者に最適解と思われるだろう出力が出るように、調整しているわけである。その内情は、漏れ聞こえたり、研究論文レベルでかいま見えたりはするが、確証はない。一般論と、固有のエンジンの詳細は時期によって、異なるものである。

 そこで。
 「KGR」という新語が、何故各種検索エンジンで、一過的にせよ、4位、12位、2位という好待遇を得たのか、それを推測することによって、KGRの意味付けを強化した。

3.1 網羅性
 網羅性というのは、特定用語で、どれだけ余すところ無く検索したのかという意味と、検索サイトがどれだけこの世の関係データを集積したのかという、二方向から考えられる。
 3者の同一用語「KGR」によって得られた記事数(母数とする)は、1060000、463000、3610(全言語だと、69900)となり、Googleが百万レベルであるのは、異様な数値といえる。三者は概略で、KGRという用語に対して、百万、十万、万のレベルの網羅性だといえる。

 ここで前後したが、検索オプションは、Googleで100件表示を選んだ以外は、すべて各社の提供するディフォルト(標準)状態で行った。これらの一般検索条件を見た結果が上記内容である。gooの場合のみ、「日本語のみ」オプションが標準だった。ここでgooを補正すると、3位で母数が69900となり、4.29kgr-goo(070503){KGR} となり、実質3位で、10万記事あたり4位相当となる。

 しかし、網羅性は一概には言えない。gooに見られるように、標準で日本語のみを対象にしているのと同じく、ランキング判定アルゴリズムの中に一定の(利用者には見えない)フィルターをかけて絞り込みをしている場合もあるかも知れない。A社は巨大な母数を示し、それで安心感を持たせている方針をとり、B社は事前に絞り込みをして、利用者に精度を提供しようとしているのかもしれない。この間の事情は、不明とした方がよい。何故なら、識者や関係者が一定の見解を述べたとしても、その時々の一瞬の調整で、真に特定の関係者しか、いまカレントな、ランキング判定アルゴリズムを確認できない可能性もあるのだから。

3.2 適合性
 一般に情報検索の適合性とは、得られた結果がどのくらい利用者にとって、有意義であるかの判定指標である。だが、上述の網羅性に比べて「適合性」問題は、インターネット世界では、従来の考え方では役にたたなくなった。あるいは、新しい「適合性」を考えねばならない時代ともいえる。その指標の一つが、ランキングである。

 そこから「利用者は最初のページしか読まない」「最初のページに出なければ記事は無意味」「最初のページに記事が出るように画策しよう」という話が世上を騒がせる。

 しかし、ランキング判定アルゴリズムに関しては、検索サイトも努力をしている。たとえば、「SONY」という用語を入れてみれば、ほとんどの検索サイトでは、メーカーとしてのSONYの公式ページが先頭に出る。一般利用者の実用性を考えるならば、こういった仕組みは、人海戦術であれ、提携であれ(不明)、簡便なアルゴリズム、なんであれ、新しい情報検索においての、あたらしい「適合性」を創出したといえよう。

3.3 KGR指標と記事力、あるいは「記事待遇度指標」
 4月末の最初の論考では、KGR指標を「記事力」と言う風に仮に名付けた。しかし今回、一過的かもしれないが、「KGR」という新語が、数日後には突然10万記事あたりで、10位以内に入ったのを確認し、考えを少し修正することにした。何故なら、だれも知らないであろう新語「KGR」に、記事が持つ意義は、だれにも判定できないことに気付いたわけである。

 記事・情報発信者の立場に限定して、いまここで言えることは、「順位÷総件数(母数)×10万」、この単純な式によってKGR指標を出し、その指標によって現在確実にわかることは、当該記事がインターネット世界でどう待遇されているか、それが誰にでも判定できる、そういう指標であるとする。

 よって、KGR指標は、根底には記事力の判定を持っているが、客観的には「記事待遇度指標」とするのが、より正確といえる。

3.4 「KGR」が高い指標を示した推測理由
 一般論としては、タイトルに用語「KGR」があるから、などとも言えるが、おそらく別の要因だと考えている。当然だが、当MuBlogサイトはあらゆる情報関係企業や、あらゆるランキング判定アルゴリズム開発実務者とは全く無縁である。となると、推測できるのは、3年間にわたる継続蓄積と、マイナーではあるが、日々数百のアクセスが持続している事実、こういう実績度が、MuBlog発の記事を一定の条件でランキング判定アルゴリズムの要素に付加している可能性がある。

 推測、憶測をいくら重ねても無意味ではあるが、客観的に私が自然語を中心にした検索エンジンを造り、そのランキング判定アルゴリズムを作るとするなら、集積した巨大データベースから、まず記事発信サイトと、記事数と記事容量とリンクとコメントなど、表層的情報を別テーブルに蓄積し、そこを元に第一次判定を行うであろう。そのあとで、当該記事の形態素解析、意味解析などを行って、用語の頻出パターンや、文章内用語間の関係、あるいは用語専門辞書による解析など、……。そういう手法は、自然言語処理研究世界ではすでに実績があるだろうから、それほど難しい問題ではない。

 ただ、理屈だけでなく、適合度を常に計る体制によって、それらはなされていくのだろうし、現代の検索サイトが今後どんな風になるのかは、中核の関係者以外には不明というのが、客観的な答だといえる。

4 まとめ
 新語「KGR」を、記事公開数日後に検索サイトで確認したところ、KGR指標が高い結果(数値が小さい)を得た。本記事では、その記録確認と、KGR指標表記の若干の修正とを行った。また、KGR指標は最初に述べた「記事力」というよりも、「記事待遇度指標」とするのが確実であると、これも修正した。

 分析にあっては、こういった新語が高いKGR指標を持つた理由を不明としたが、一定の推測を交えた見解を表明した。すなわち、情報発信者の実績(年限や記事数、記事容量)が一つの要素ではないかという、仮説である。

 しかしなお、仮説にとどめたのは、検索サイト側の事情は常に流動的なのだから、その仕組みや考え方を追跡する前に、所与のインターネット世界で、KGR指標のような尺度が、情報発信者(PML:個人電子図書館)にとってどういう意味を持つのかを、検証することに力を注ぎたいからである。

 次回は、特定用語と検索結果について、考察したい。

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2007年5月 2日 (水)

十三の冥府(じゅうさんのめいふ)/内田康夫 著

十三の冥府/内田康夫

十三の冥府(じゅうさんのめいふ)/内田康夫 (カバー)
 内田康夫のこの作品は以前に購入したものだが、しばらくおいておいた。ぱらぱらと眺めてみて、内容が私の好みというか、古代史に関するものと知ったからである。そっとしておきたかったので、長く積ん読しておいた。ならば、なぜ店頭であっさり買ったかというと、もともと長い期間にわたるファンだから、目に付くと手にする習慣がある。と、……。そういう前振りは不要だろうから、まずは帯情報、カバー情報を先に記しておく。小説、特にミステリ関係を紹介するとき、最近ずっと、私自身から内容は騙らないことにしているからだ(笑)。だから、図書自身が持つ情報を図書に語らせて、私は影に身を潜め、……。

「 なにわより じゅうさんまいり じゅうさんり もらいにのぼる ちえもさまざま

八戸の蕪島でお遍路の女性とすれ違った時、女子大生・神尾容子は奇妙な唄を耳にした。数日後、そのお遍路と思しき絞殺死体が『ピラミッド』へつづく山道で発見される。同じ頃、古文書の真贋論争の取材で青森県を訪れた浅見光彦は、行く先々で不可解な死に遭遇。それらの死の原因を<アラハバキ神の崇り>と考え、恐れおののく人たちがいた……。
本州最果ての地に息づく謎めいた伝説と信仰。その背後に潜む憎悪と殺意に敢然と立ち向かう名探偵の活躍を描いた、傑作長編旅情ミステリー!


浅見光彦を翻弄するのは“荒ぶる神”の祟りか、冥府に迷う死者の怨念か--

巻末の参考文献
 日本史が危ない!/安本美典、原田実、原正壽(全貌社)
 幻想の荒覇吐秘史/原田実(批評社)
 「超真相」東日流外三郡誌/佐治芳彦(徳間書店)
 北洋伝承黙示録/渡辺豊和(新泉社)
 消された星信仰/榎本出雲、近江雅和(彩流社)
 謎の竹内文書/佐治芳彦(徳間書店)
 キリストは日本で死んでいる/山根キク(たま出版)
 中世十三湊と安藤氏/国立歴史民族博物館(新人物往来社)
 日本超古代文明のすべて(日本文芸社)
 角川日本地名大辞典(角川書店)
 みちのくのあけぼの(市浦村史資料編/東日流外三郡誌)/市浦村史編纂委員会
 市浦村史/市浦村

 さて、ここから多少のMuの騙りが始まるが、内容についてはできるだけ言及しない、とは先述したが、感想程度は最初に述べておく。
 まず、視点が浅見光彦に定まっている。ただし、そういう気持で読んだわけではないので、多少はそうでないところがあるかも知れないが、プロローグを除いては浅見の視点で動くので、浅見の経験や驚きが直に伝わってくる。特に、青森県全域を、津軽と南部の区別はしながら、浅見がソアラで走り回るのが圧巻だった。いつものように、行く先々で美味しい物(シジミラーメンがよかった)にありつけるのだが、途中の風景描写や説明が適切なので、いつのまにか浅見光彦の目になって、事件を追っていく。そんな気分にさせてくれた。

 確かに殺人はいくつもあるのだが、殆どの場合に、浅見が見たわけではないし、猟奇的な物でもないのだから、恐怖感は無いはずなのだが、祟りというよりも、ふとした表現に寒気がした。たとえば、終盤に、ある人の家をたずね、その人は浅見を家にあげて、さあ飲むかといって「ミルクのような液体」をさしだす。そこでゾワっとした。さらに「泊まっていけ」と言われた時は、Muも泡を吹いてあわててその家から逃げ出した。たしかに、そういう恐怖感を抱かせる筋立てなのだが、作り物でない恐怖というものに、充分ひたった。
 もちろん、浅見が怖がらないものには、読者のMuも怖がらない。たとえば、地元の人が真剣に「アラハバキ様の祟りじゃ」と言っても、浅見が「嘘でしょう」という顔をするから、Muも同時に「そうだよね、嘘に決まっている」と思って安心してしまう。このように、浅見光彦になったつもりで、関西からは遙かな東北を、まるで自分が旅をしているような気分にさせてくれる。その仕掛けを正確に分析したわけではないが、読者が浅見に一体化するのは、浅見がソアラにのって行く先々で右往左往する、そんな筋立てだからなのだろう、と思った。

 でここからが本題だが。
 本題はえてして短くなるものだ。
 この作品に、別の恐怖を味わった理由を、少ししるしておくと、それは『竹内文書(たけのうちもんじょ)』とか、『都賀流三郡誌(つがるさんぐんし)』の超古代史文献のことが作品の背骨になっているからである。そこから派生して、ピラミッド話や日本にあるキリストの墓話もでてくるわけだが、なんにしても内田康夫の基本姿勢として、現実批判が作品に常に含まれるから、古代史・偽書論争・批判が、その対象世界の面白さ以上に、不気味なものに見えてきた。内田康夫が作品にこめたフィクションの、疑似宗教論争に近いこういった世界の様子がリアルにMuの背中にのしかかってきて、何度も後ろを振り返ったという、悪寒があったのだ。
 もちろん『都賀流三郡誌』という書名は、ネットをさがしてもこの本のことでしか出てこないのだが。現実の古代史論争が相当に深くフィクションの中に描かれているから、虚実の皮膜が背中に張り付いてきて、身震いしたというのが、Muの感想である。

参考地図:青森県新郷村大石神の付近

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2007年5月 1日 (火)

小説木幡記:20070501(火)長期休暇とKGRメモ

 最初の起床は午前三時半だった。ジュースを飲んで、さてと思ったが、もう一寝入りしたら、午前五時だった。
 塩水療法していた「グリ銀」君がみまかった。合掌。
 と、あれこれ追悼と思ったが、止めておく。思い出すと寂しい。

 『夜麻登志宇流波斯』の第70回目を書こうとしたが、これは「お知らせ」で連休中不定と書いていれておいた。あの作品は書くのも読むのむ相当に重いし、キツイので、お休みくらいは自由にしようと突然思ったわけ。日曜作家、早朝作家の気楽なところを有効利用した。

 さて。湯治にでもでかけて心身楽にしましょう。

 この四月は例年以上にしんどいことが多かった。何が原因? と分析しかかったが曖昧にしておくことにした。つまりは、虚弱体質の上に、昼の仕事の授業も会議も内容が難しかったからなのだろう。いずれも、本当は昨日今日のことじゃないのだから、軽く考えてもよいのだが、それでもちゃんといけるのだが、人の心はおかしなもので、晩節を汚してはならぬという、曖昧な気持がむくむくわいてきて、いろんなことを検証し始めたのが、しんどい原因だったのだ。

 検証というのは、自己反省とか他人批判のことじゃない。両者はペアなんだろう。自分の方法論と他人や組織の方法論はペアなんだ。作家と作品と読者の関係にも通じる。なにが最良というよりも、その仕組みをちゃんと理解しておきたいという気持が、この四月に湧いた。

 嵯峨野にうまい蕎麦をだす店がある。遠い。車で通う。美味い。若干高価だ。
 美味いと感じるには年季がいる。蕎麦をたべたこともない宇宙人には無意味な世界だ。
 しかし、美味いと思わせる蕎麦を作るにも年季がいる。味オンチの者にはどんな風に造っても無意味だろう。
 美味いと思う余がいて、美味いと思わせる蕎麦をつくって、そこに若干の高額や、若干のガソリン代を媒介にしたとき、初めて余は満願の笑みをみせ、店主も深々と「また、お越し下さい」と声をかける。

 余と蕎麦とはペア。うまくスリ合わさったとき、双方に利得がある。
 組織と余。
 余と学生(授業)

 情報検索も、そういうことなのだろうと、深々と味わった。現代は用語(自然語)による検索エンジンが普及している。昔から、精度がどうの、網羅性がどうのと、その世界ではいろいろ研究されてきた。
 数日前に、KGR指標という、実に簡便な方法論を考えてみた。
 そこで二つ気がついた。

1.用語と記事とは、ペアなんだ。
 適切な用語でGoogleなんかを使った時に、適切な記事が出たときに、KGR指標は適切になり、つまり、適切な情報検索をしたことになる。

 ああ、なんとなく禅問答じみてきた。
 つまり、適切な用語を思い浮かべない利用者にとっては、適切な記事も無意味と言える。
 さらに、適切な用語を使っても、適切な記事がでない検索エンジンは、無意味と言える。
 適切な用語を用いて、適切な記事を得られたとき、その利用者は幸せだし、記事作成者もハッピーだし、検索エンジンも上等なんだ。

 用語で検索するという現状では、{用語と記事}とは、一体のものなんだろう。両者をわけて考える「検索理論」は袋小路に入ってしまうでしょうなぁ。

2.KGR指標への利用者視点
 余がKGR指標を考えていたとき、それは情報発信者の立場として、MuBlogの個々の記事がこのインターネット世界でどのような位置を得るのかという観点だった。
 その記事を、そのスジの教授に見せて「ちょっと、どうだろうね」と聞いてみたら、すぐに返事があった。そしたら、ああ、やはりそのスジの教授だけあるよね(笑)、意外な回答が寄せられて、余は愕然とした。

 それは、こうだった。

Mu先生、面白いですね。
つまり、グーグルで検索するときは、ヒット数を1万から10万までくらいのヒット 数になるように、絞り込む(あるいは、一般的な言葉にする)、そうしたら、1~1 0番目くらいまでに、必要なサイトが出てくるということでしょうか?

 上記はもちろん、極めて、マイナーな対象を探す場合には補正しなければならないが、一般的な利用者検索として、Googleの場合には当てはまることだろう。
 カレント(今、とれとれの、新鮮な)な情報検索は別件として、
   ある程度の母数(検索総件数)がないと、安定した記事は見つからない。
   母数が50万とか100万の場合には、検索用語(群)が不適切。
   この両者の兼ね合いが、KGR指標で分かるということだ。
   余の推測では、おそらく、KGR指標が、1~100くらいの間に、良い記事がでてくるだろう。

 ただし、当たり前だが、Google以外では、KGRの係数10万は変更する必要がある。
 また、KGR指標は、検索用語群と、検索日時によって成立するもので、不変のものではない。
 (余が、しつこく、3.91kgr(070430)というように、日付を付けたのはそういう意味である)
 (KGR指標の時系列遷移なんて、おもしろいが、ちょっとシンドイ)

 さて、長い休暇。
 湯治、小説、ビデオ、散歩。いろいろある脳。

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