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2007年5月23日 (水)

小説木幡記:20070523(水)あっというま

 午前三時過ぎに起床。朝食をいただいて、一休み。今朝のお勤めは、この木幡記にとどめよう。
 いそがしい、貧乏暇無し、今年に入ってあっというまに5ヶ月もすぎてしまった。
 あ、ああ、ああ~。
 光陰矢のごとし。
 若者は時間が経つのが遅いとはよくきく。先が見えないから、泥沼、五里霧中のなかで足をとられるからだろうか。楽しみが、時間じっくり感じるのはよいが、苦痛が長引くのは、若者達も大変だなぁ。
 余などは、楽しみも苦しみも、ああ~というまに、過ぎていく。

 たしかに日々「おしごと」が、会議や準備や、授業やなんやらで忙しいことも事実。それに「忙しい」と言いふらす者は「無能の証」とはよく言われることだ。事実かも(自笑)。ああ、忙しいと、わめく学生みていると、不憫になるぞ。そういう言葉の真実を今から知っておかないとぉ。
 だが、やりたいこと、やらねばならぬこと、やっておいたほうがよいことが、一杯ありすぎる。
 どれもこれも不要不急のことだけど、やっていないと、おかしくなる(笑)。

 MuBlog記事だけど、これも不要不急といえばいえる。しかし書かないと落ち着かないし、研究の一部というか、すでに大きな要素になってしまったし、書くのが生きている証、毎日判子ぽんぽんの宮仕えと同じノリだな。大昔、上司が出勤簿に押印しながら、「君、これは生きている証」と、余につぶやいた。
 余はまだ30前後だったから、上司に「課長、こんな押印なんて無駄なこと、いつまでやるんでしょう」と、例によって目を三角にして、言いつのっていた。いまでもその情景を覚えている。
 で、そんな夢幻がいつも甦る。
 だから、判子ぽんぽん、今になってMuBlogサラサラが、日課になってしまったような。

 記事にかかる時間は、短いので1時間、写真が多い組形式だとそれを数日間。写真の整理に時間がかかる。読書感想文だと、半日。研究ノートだと、一週間くらいかかっている。日曜夜の風林火山感想文は、あれは早い。夜の8:45に終了して、即・書き始めて、だいたい10時には掲載している。量の割には早い。

 研究。これも結局、プライベートタイムしか時間が取れない。研究は24時間、終わりがない。そういうものだと、思っている。読書。これも時間を湯水のようにとるな。漫画だと1時間、小説類で半日、研究図書で数日から一週間。3月頃のように、難しい大部な図書(ミンスキー先生の)だと、予定をたてて、約一ヶ月かかる。
 授業準備。これも結構かけている。本当は、3回や5回、いやいや半期15回くらいは手ぶらでも授業はできる。しかし、一回でも準備なしですると、強烈に後味が悪い。説明しがたい後味の悪さ。しかし数時間かけて準備すると、すっきりして、心身によい。一科目90分近く、講演するようなものだから、午前に二つ済ませると、大抵は昼には一時間ほど横臥している。準備も実際もキツイ仕事だとは、思う。

 社会的なお付き合い。ほとんどない。そういう風に無意識に、意識的にすすめてきたのだろう。だから義理を欠くことばかりだ。ただ、MuBlogのコメント返しとか、メル返は、ほぼ99%まめにしている。

 と、早朝から今日のまとめをしておいた。
 今日は、授業、会議、会議、会議、会議、会議と続く。会議が5つもあると、夜半は生ける屍、ゾンビだな。会議好きにはたまらないだろうねぇ~、恍惚の「会議大盤振る舞い」だなんてぇ。うけけけ。


 なお、余の脳が比較的高水準で動いているのは、起床から午前11時くらまでだと、最近実測(笑)した。それをすぎると、普通の顔をしていても、脳も心も十歳くらいだな。つまり、現実世界ではまったく役にたたない。

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