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2007年5月15日 (火)

小説木幡記:20070515(火)Ajaxとかぁゴーストハントとかぁ邪馬台国とか~

知友の心中察するに
 昨夕、葛野を7時ころ、帰路につくところでばったり知友(というても、偉い立場)にあった。お互い、「いやはや、あれこれありますねぇ」と笑った。彼にとっては夕方7時に会議が終わるのは、早いほう、まだ宵の口。激務の心中さっするに、余まで胃がきゅっとなってしまった。余は、まだまだ授業や研究の悩みの方が大きい。そういう悩みを悩んでいられるうちは、ひよっこなんだろう。予定では、このまま醜いアヒルの子のまま、いつか、遠い日サイナラするのだろう。人生全体も、醜い勘助状態(笑)、アヒルの子のまま終わりそう。白鳥になって、大空を翔(かけ)ていくなんて、それはそれ、見果てぬ夢話、小説世界のことなんだ、なぁ。

勘助に同情するMuであった
 あちこちで、そこら中で、「失せよ!」「下がれ!」「無礼者」「そなたを見ると虫唾が走る」と言われ続ける山本勘助に、同性として、ついほろりと涙ぐむ。逆に、ドラマの勘助をみていると、「余は、ああまで口では言われない。まだましだね。ただ、目では言われてるねぇ」と、委員会会議や教授会や授業や倶楽部を、にたりと笑って思い出す(爆笑)。

旧態墨守者も好んだAjax
 そうそうAjax。日頃は保守本流、こてこての旧態墨守者を任じる余も、まれにこのての世界では新しいものに、ついちょっと手を出してしまう。Ajax、これは一体なんでしょう。ネットでみるとすぐにでてくるから、そこにまかせるとして、ここ数年のあれやこれやのインターネット世界、情報発信の世界を統合するような「考えかた」らしい。格別に方法論があるというよりも、「XML、Apache、PHP、Java、JavaScript、XSLT、……」わけのわからないものを、まとめて一括してどう眺めるのか、という話らしい。昨日、ふっとした拍子に(時間のエアポケット)、日曜に買った本を読んでいた。なんとなく、十年前くらいのことからが甦って、頭の霧がはれてきた。XSLTとかXMLとか、もっと昔のSGMLとか、余も長年そういう世界に親しんできたのだなぁ、という感慨。21世紀にはいってからは、なんとなく他人事のようにみていたふしもあるが、UMLといい、Ajaxといい、概念レベルに遡って、俯瞰的に物事を見るのもよいものだ。

わたし、谷山麻衣、16歳
 昨夜は疲れていたが、ゴーストハント(小野不由美原作、いなだ詩穂のまんが:講談社漫画文庫)の1を読み終えて眠った。どうなんだろう。京都弁と関西弁とが入り交じった変なところもあったけど、勉強になった。漫画よんで勉強するなんて、あはは、と笑い事ではない。キャラとか、その登場するシーケンスとか、謎の設定とか、なんかあるぞ、と思わせる手法は、日曜作家にとってとても役にたつ。で、おもしろい。あとは、5しか買っていないがそれを早く読みたくなった。ただね。文庫の漫画は、文字や絵が小さくて、眼鏡では読み切れない。天眼鏡が必要だね。

親魏倭王の金印がみつかったって? 嘘です
 一ヶ月ほどたつかな。新聞で和田さんとかいう考古学者? 歴史家? ようするに研究者が箸墓のことやホケノ山古墳の記事を載せておられた。切り抜いたまま、ときどき眺めている。こういう世界も日進月歩、いまごろは卑弥呼(日巫女)の親魏倭王金印がどっかで発掘されていないかな、と気になってな。
 未知の人が、なにかのMuBlog記事のコメントで、十年前の考古学や古代史の図書は意味がない、というような恐ろしい発言をくれて、考え込んでしまった。それは暴言中の暴言で無視すればよいのだが、しかしそれとは別に、親魏倭王金印がもし発掘されていて、それも知らずに、いくらド素人の余だって、「親魏倭王」の金印はまだ見つかっていません」なんてMuBlogに書くのは避けたいからね。
 一応、まだ見つかっていないようでホッとしたが。

箸墓の幻
 さて、箸墓のこと。この被葬者は、やはり、まだまだ研究者によってぶれが大きい。10年前は、卑弥呼の次のトヨのその次の大王説。今回の説は、トヨさん。さて、Mu説はどうなる。
 これまでの説を、学説史としてまとめたくなった。それでおおよその考え方もわかるだろう。いや、そういう図書を探すのもよかろう。こうなると、メディア研究の一環、歴史建築ビジュアルDBも拡張して、古墳も正式に組み込む必要があるな。いそがしい、のう。

どうせ、どうせは、止めませう
 ということで、楽しいことは山のようにある。
 これで「どうせ、何をやっても、どうせどうせ、……」という、厭世観をなんとか押さえ込みさえできれば、それなりに麗しい人生よなぁ。
 「どうせ、どうせ、同僚や若いもんらに、何をいうても、何を伝えても、何をしてやっても、どうせどうせ、無駄無駄しい」「奴らも、滅びていく」という、こういう感情が心中に渦巻きだしたとき、人は、教員は自滅していく。そのバランスは、難しいけどな。

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