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2007年5月10日 (木)

小説木幡記:20070510(木)身辺雑記

 起床午前3時、内心「駄目だ、年齢的なものか、焼きがまわった~」と一瞬思ったが、廻りを見ると電気がついたままだった。思い出すと、昨夜は午後9時に服を着たまま、「ちょっと一休み」と思って横になったのだ。そのまま睡眠6時間。
 それなら安心だ。
 ここずっとその程度で、週末の二日間は8時間眠っているから正常だ。昨夜は、語れば長いことながら、葛野の疲労がきつかった。(しばらく、葛野記はかけないなぁ)

 今朝は起床してすぐにお勤めにはいった。あまり言及していない「夜麻登志宇流波斯」も、ようやく第7章に入って、この火曜日分がもっともしんどかったのだが、それも過ぎて今朝木曜からは筆が進みだしたわけだ。今朝はいつになく文章量が増えて、原稿用紙で4枚弱になった。これまでずっとこの作品は3枚相当だったのだから、どれほど日曜作家が気楽になったか知れようというものだ。文章は、本当に、時に身を命を削るほどの苦行ともなる。それが幻想と分かっていても、それでもシンドイことがある。もちろんこれは、論文を書く時とは、まったく異次元の話だ。

 さっき、朝食にゆで卵をゆでた。この小説木幡記を終わったら、食べてみる。卵好きなんだが、いろいろもろもろ考えて、昔は一日一個だったのだが、この数年は一週間に数個にしている。一種の、趣味的な禁欲なのだろう。なんて言ってて、フレンチなんか頂いた日には、世話ないよ。

断片1:古典のこと
 昨日、別学科の先生と談笑。
「えっ、高校で古典を学んでいない学生がほとんどなんですかぁ」
「ご存じなかったのですか、Mu先生ともあろう方が」
「じゃ、じゃ、いづれのおーんときにか、にょうごこういあまた~なんて言うても通じないわけですね」
「そうです、たいへんなんです」
 一応いまでも高校生達、古典の時間はちょっとはあるようなんだが、先年の世界史、日本史履修問題とおなじく、まともに学んだ学生は少ないらしい。今や、漱石・鴎外も、翻訳しないと通じない世界のようだ。なんか、冷や汗。余はじつは20代のころ、極めつけのヘボ擬古文に耽溺しておったせいか、その後も、会話も、普通の文章も、気を許すと、「エリス、帰りぬ」なんて調子になってしまう。激してくるとヤクザ言葉と、平家物語がまざったような会話になって、~。
 ああ、そうか。よかった。通じないなら、「怒っている」とかいう、年甲斐もない、はしたない逆上も、分からないのじゃろう、ああ、よかった。

断片2:小野さんのゴーストハント
 今、てもとに漫画・ゴーストハントの1と5がある。なぜ2,3,4が中抜けしているかは別途話す。それで、原作は小野不由美さん(ほれ、十二国記の作者、MuBlogでも一杯記事書いた)。原作は再刊されず、ほとんど入手困難らしい。えどるん君は、それを躍起になって集めて、先年から最近まで読みひたったようだ。
 で、余は非常に影響を受ける質(たち)なので、すぐに入手できる漫画を買ったわけ。ただ、楽しみにまだとってある。内容は、そうさなぁ。

「あたし 谷山舞(十六歳 高一)が ここ 渋谷サイキック・リサーチにバイトに入って そろそろ半年になる」

 こういうノリだな。いいじゃないのぉ~。
 これをいつ読むかは、未定。ともかく、最近の葛野は朝から晩まで、息がぜいぜいどころか、絶息しそうな繁忙。研究読書も研究漫画も、その余力がない。

断片3:京極の夏ちゃん
 先述のゴーストハントを買った書店で、もう二冊欲しい図書があった。一つは、京極夏彦『前(さきの)巷説百物語』。もう一つは、ご存じ(笑)北方謙三の『楊令』シリーズ初巻だった。本当は二冊買いたかったが、今年に入ってやけに財布が軽くなったので、どっちかに決めることにした。
 で、迷った末に京極の夏ちゃんにしたのは、この巷説シリーズは、先回「これが最後よ」と思って完読したのに、店頭で「げ、まだ前史があったのか」とショックを受けたせいだ。惹句が「これが百物語のはじまりでございます」とあった。ショックを隠すために、結局大枚はらって、持って帰った。
 一方、北方『楊令』を先のべにしたのは、ご承知のようにこの手の作品は中毒というか、薬物依存症に近いものがあって、一冊読んで、次が手元にないと、禁断症状で発狂しかねないからである。だから、『楊令』シリーズは完結するまで手を出さないでおこうと決めた。
 なお、京極作品もまだ未読。ともかく、葛野がもう少し気楽にならないと、木幡に帰っても食べて眠るだけ。ああ。

 そんなこんなで、今朝も午前六時になってきた。そろそろ卵を食べて、出掛けることにいたしやしょう。

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コメント

 (高校で古典をほとんど習わない)
これはちと言い過ぎでしょう?

 高校生の娘ですが、今、(いづれのおーんときにか、にょうぼこういあまた・・)やってます。また、某高校では、漱石の『こころ』を、今も授業で一冊読ませる教師がおります。

 世界史・日本史の履修問題とはまた別ものです。センター試験では、古典に漢文は必須ですから。

 ただ、授業時間は確保されていても、古典や漱石・鴎外をまともに教えてもらっているかどうかは、不明です(>_<)。

投稿: wd | 2007年5月10日 (木) 11時43分

wdさん、まあね。
 今は、私の時代よりも、ものすごく多様になったということでしょうね。センター試験に無縁な学生もいますし、コースもいろいろあるし。漢文なんか一時期、外された記憶もありますが。
 というわけで、国語{古典文法、古典文学、現代文学、現代文法、漢文、漢字かきとり、……}と、相当な時間数を高校までに費やしたMuの世界観とは、ちがうんだなぁ〜という、驚きがあったんです。

投稿: Mu→Wd | 2007年5月10日 (木) 12時14分

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