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2007年4月30日 (月)

小説木幡記:20070430(月)由布姫と無聊GW

 今朝は木幡で早朝4時起床。ともかくNHK風林火山にトラックバックが一つあったので、公開し、お返しバックもすませておいた。
 さて、どうしようと思ったとたんに目眩がしてきた。いつものMuなら怠け者の節句(節季)働きで、いそいそと葛野に出向き、あれこれするところだが、今朝はどうにもそういう気持にならなかった。することないと、陸(おか)に上がったカッパというのか、仕事中毒というよりも、スケジュル中毒というのか、なにかしていないと不安定になる、典型的な近代人、なんて思っていたはずなのに、「さて、何しましょう」と、ぽつり。

 ぼんやり。

 そこで、朝食をすませて新聞も読んで、シャワもつかって「4711 ポーチュガル オーデコロン」の香りをかいで、漫画博士の淹れてくれた珈琲飲んで、さて、とまたため息。目眩するような無聊。
 いやはや、することは一杯、倉庫何棟も必要なくらいにあるのだが、なにかしら「したくない。何しても無駄」という、ほらほら、例の典型的な厭世観。

 ああ、そうだ。KGRを試してみよう。しかしそんなことで半日も一日も使いたくない。そうだ、「由布姫」でためしてみよう。さっそくGoogleに言葉をいれてみた。二つ試みた。どちらも、「MuBlog: NHK風林火山(16)由布姫と自害」がヒットした。母数が25万件だから、なんだかさらに目眩がした。どうしてなのか。わからない。考え込むと、時間がなくなる。まあ、現実をみておくことにいたしましょう。

  キーワード {由布姫}       15/254000*100000 → 5.91kgr(070430)  
  キーワード {由布姫 風林火山} 9/226000*100000 → 3.98kgr(070430)

 両者ともランキングは、15位とか9位だから、堂々の一位ではないが、他のMuBlog記事からみると、KGR指標は高い。他の場合、一位とか二位の時に、こういう指標が得られた(昨日の実験)。とりあえず、先々週の「風林火山(16)」を他人の目で読んでみた。特徴がぼんやり分かった。

 (1)タイトルに「由布姫」がある。だから、KGRが上がった。
 (2)文章がほぼ画面一枚に収まり、短い。以前、学生の指摘があったのだが、授業内容なんかでもずらずらスクロールするMuの文章は、「誰も読まないですよ」と(爆笑)。それで、短く3割まで刈り込み、さらに箇条書きにしたら、「えっと、読んでるようです」とのこと。
 (3)継続的である。NHK大河ドラマは新選組!!以来だから、固定客がいるのだろう。
 (4)基本的にケチをつけない。良いところだけ褒めている。そういうおとなしい内容がこのまれるようだ。まあね、Muの人柄なんでしょう。うむうむ。

 と、これ以上かくと頭痛もするし、手前味噌過ぎると大方の批判もうけそうなので、この件、やめる。
 ただ、MuとNHKとは相性が良いようだ。若年時、NHKをさんざん馬鹿にしていたのが笑える。いまでも覚えている。「毒にも薬にもならん番組ばっかり作ってぇ」が、20代のMuの気持だった。今は、そういう風には思っていない。

 無聊 (ぶりょう:つれづれなる様子。することがなくてヒマな様子)

 長い休暇中、あれこれ計画はたててみたが、どうにも遂行される兆しはない。昨日日曜は、ひさしぶりに内田康夫先生の小説を読んでいた。あと3割ほどで終わり。いまさらながら、発見したのだが、Muは内田先生の影響を強く受けている。要は、Muは車に乗ってあちこち走ってみたいのだろう。単純と言えば実に単純な男じゃわい。内田康夫先生の作品は、A市からB市に行くにしても、ごく自然にその間の車窓の風景を描いておられる。昨日、ある場面で驚愕した。「シジミとりの小舟が浮かんでいた」と言う風な表現が、どこかにあったのだ(引用箇所は忘れた)。小舟ではなく、シジミとりの小舟と、さらりと表現してあった。そういう文章の積み重ねで、風景がふくらみをもってくることに気がついたのだ。読み過ごしてしまう。気にもならずに次の文章に移っていく。なのに、じわじわと浅見光彦がドライブをしている実感が身内にたまってくる。手練れの文章、小説とは、なにかしら「自然」なんだと、今朝、ぼんやり思い出していた。

 無聊

 というわけで。この記事書いていて、思った。今日の休日、小説をねっころがって読んでいよう。ああ、エドルン君達は、でかけるようだ。GW、無聊、無聊といいながら、ぼんやりするのもよいものだ。

 さて。眼鏡。

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2007年4月29日 (日)

NHK風林火山(17)由布姫の慟哭

承前:NHK風林火山(16)由布姫と自害

 由布姫の泣く様をいろいろ考え込んで見ていた。両親と家のない16歳の少女が置かれた立場とはどういうものであろうか。そこにあるのは飢餓の恐怖よりも、生死の分かれ道に立った決断の恐怖であろう。現実の由布姫役・柴本幸は23歳の、長身らしい。今の青年は往時の7掛けとみてよいから、丁度16歳の役を演じてよい年頃だ。

 実父の敵(かたき)の側室になるというのは、相談相手もいない16歳の少女にとっては、どのような決断だったのか。晴信に頭を下げても、乱世だから、栄誉栄華は保障されない。晴信がいつ、姫の父・諏訪頼重と同じ運命になるかもしれない。武田晴信の気持ひとつで謀殺される可能性もある。たしか、晴信の母も、その父は信虎に討たれたはず。敵将の娘や妻を自らの側室にするのは、他の事例でもあったのか、常磐御前がそうだった。晴信の側近の多くは反対した。16歳の少女に晴信が寝首をかかれる危険性がある。由布姫はすでに、勝ち気、気の強さで知られていた。

 ドラマとして。多くのエピソードがあったが、それらはそれらを見ているときは飽きもせず、食い入るように魅入っていたのだが。しかし、こうしてドラマが終わり記事を書いていると、奇妙に記憶が薄れていく。晴信の妹、晴信の正妻。この駆け引きと言うよりも、二人の気持の動きは鮮やかだった。けれど、それらが急速にフェードアウトして、由布姫の涙と怒気とがくっきりと甦る。ここしばらくは、由布姫がヒロインなのだろう。

 勘助が二重、三重に自らを韜晦(とうかい)し、本心を別の方向に向けていき、その度に由布姫から面罵され、それでもあるかなしかの、唇をゆがめるだけの微笑みを自らにだけ見せたのが迫真だった。一旦は、姫から信頼を受け「山本殿」と呼ばれた勘助が、場面変わって障子を開けた途端、「下がれ。そなたの顔など見とうない」と冷気を浴びせられ、マリシテンの守り神をたたきつけられたのは、ドラマとはいえ勘助にとっては惨い立場だった。

 「それを捨てよ」「はっ」「そなたの信じる神など、私には無用じゃ」

 こういう葛藤を抱え込んだまま、軍師山本勘助は晴信につかえ、由布姫を守る。16歳の由布姫に46歳(推定)の勘助の真意、雅量、愛、忠誠が理解できるとは思えない。醜く、汚く、策略に生き、晴信の「影」となって生きる勘助の気持は、本当は現代人の多くにも理解できないことだろう。勘助が「そのように生きた」ことは、ある種の感動をもたらすが、「なぜ、そうしたのか」これは理解を超える。
 おそらく今年の風林火山は、なぜ勘助がそのような生き方をしたのかを、ドラマとして定着出来たとき、大成功だったと、大晦日に私は言うのだろう。
 「勘助の純愛?」駄目だね、それじゃ。視聴率は上がっても、つまらん。
 「忠義?」うむ、感心しないな。
 「……?」
 
 ともかく、ここ数年間、NHK大河ドラマの役者達には、大抵感心してきた。今年も、何人も感心する役者がいて、余は実に満足である。来週も、見よう。

今夜の名台詞
  由布姫 「下がれ。そなたの信じる神など、私には無用じゃ」 

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KGR:blogアクセス「キーワードと記事」の記事力(利用者求心力)指標によるMuBlog記事の分析

(1)はじめに
 Googleなどの検索エンジンで、キーワードによる記事検索をした結果、ヒットした記事リスト上での記事順番は「記事のランキング」として一定の意味を持つ。しかし、同じ条件でどれだけ競合する記事があったかによって、そのキーワードやヒットした当該記事の重みは変わってくる。これを比較検討するためにKGR指標を考えてみた。
 用いたキーワード(群)は、「三十四万アクセス」で得た、MuBlogへのアクセス頻度が高いものを使った。

 以下事例に示す指標は、数値が小さい方が、「キーワードと記事」との関連が深く、キーワードが妥当ならば、記事力(記事が持つMuBlog内外での利用者求心力)が強い。かつ同等条件における他記事との比較が可能となる。

(2)KGR指標の計算式
 KGR指標キーワード(群)でヒットした記事の検索エンジン内順位/ヒット記事総件数*100000

 係数10万(100000)は、指標の簡明さの為に用いた経験的数値である。実験対象blogのMuBlogでは、ヒット記事総件数が564000で、ランキングが2位の事例があったことによる。現状ではこれがMuBlog内の「キーワードと記事」の重みに関して、上限と考えられる。

(3)表記事例
 KGR指標(単位kgr、日付):小数点以下3桁で四捨五入し、小数点以下二桁表示とする。
  キーワード{京都 大型書店}
  2位/564000件 * 100000 → 0.35kgr(070428)

  表記キーワード(群)で、2007年4月28日にGoogle検索した結果、ヒットした記事の総数が564000で、当該MuBlog記事「京都の書店」の順位は2番目だった。

(4)KGR指標のサンプル
 2007年4月28日に検索エンジン・Googleから採取したサンプルデータから、blogアクセスキーワードのKGRを算出した。検索に用いたキーワードは、「三十四万アクセス:MuBlogの分析」の末尾から採った。

→下記表をクリックすると、フルサイズの表を見ることができる。
Kgr_3

(5)KGR指標(サンプル)の分析
 表から、KGR1位については、判定を特殊とした。初期の情報検索理論にもあるが、一般には一定の枠組みの中で極めて特徴的な現れ(他から外れた高頻度などを指す)を示すものは、特殊と判定するのが妥当と、経験的に言われている。その特徴の原因が有意味であることもあるが、おそらく特殊な条件の結果であろう。この場合、0.35kgr(070428)はGoogleによるヒット母数が56万となり、キーワード{京都 大型書店}は一般用語に近い。よって、情報発信をする個人の心性からみると有意義なことではあるが、KGR指標という客観的な数値判定から見るならば、ノイズと考えるのが妥当である。
 (ただし、私はこの記事「京都の書店」への好感度は高い)

 KGR2位~KGR8位までの記事がMuBlog総体の中で記事力(利用者求心力)が高いと考えられる。よってこれらの記事を、「高・記事力」を持つと判定した。4.5kgr(070428)~16.26kgr(070428)という数値は、今後の目安となる。
 いずれの記事も、記事タイトルとキーワード群とが直接マッチしている事例が殆どなので、利用者求心力は、利用者が使い易いキーワード(思い浮かべ易い固有名詞)を持った記事タイトルによって、強化されると推測できる。ただ、この点については試験に用いたGoogle等の記事判定アルゴリズムとの関係があるので、ここでは省略する。

 KGR9位以下を、「一般記事力」と判定したのは、このサンプルでは深く検証できないからである。試験的に分析するならば、次のような個別の特徴があると推測できる。

 ★KGR9位のキーワード「じょうしょうこうじ」、及びKGR10位の「うぶめのなつ」は共にひらがなでのアクセス事例である。KGR3位の「じぶり」はもともとの博物館名が「三鷹の森ジブリ美術館」だから、ひらがなないしカタカナ表記は明確な固有名詞の一部である。しかし、前2者は、こういうひらがな表記がインターネット上に普及していないのだから、該当するMuBlog記事のGoogleヒット順位が高くても(1位、2位)、MuBlog記事の真の記事力を表しているとは言えない。さらに、KGR9位以下の総てに言えるが、Googleによるヒット母数が3桁台で、上位に比較して小さく、KGR指標は大きくなる。これは比較する土俵が狭いと言えよう。

 ★KGR12位の「佐野邸」は、431.03kgr(070428)と、他の佐野藤右衛門関連記事に比べて、指標が悪化している。これはキーワードと記事とのアンマッチの好例となる。すなわち「佐野邸」という用語は、特徴的な固有名詞として特化するには至っていない。

 ★KGR13位の「リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ」は、KGR1位「京都の書店」記事と対照的な指標数を出した。現状ではこれも判定として「一般記事力」に納めたが、2040.82kgr(070428)は特殊である。母数が98と非常に低いからそうなった。つまりそこにある総数98から、極めてマイナーな記事であることが分かる。
 これは現実の記事を参照すれば明確だが、このイタリアン・レストランの開設時期が2007年1月ころで、MuBlog 記事投稿が同年3月と、観測日の同年4月を合わせて考えると、カレントな意義は非常に高いが、一過性の可能性もある。
 インターネットメディアにおけるカレント(今、その時の、話題)な情報交換は重要なことではあるが、MuBlog自体は常に過去遡及、蓄積を目指してきたので(MuBlog:blogの情報処理ツールとしての可能性)、この場合、個人的には非常に好感度の高い記事だが、KGR指標による記事力が低い結果は、KGRの妥当性を示していると、考えている。

(6)まとめ
 MuBlog(PML:個人電子図書館と規定する:MuBlogのブロッグパーツについて)の記事にアクセスするキーワードを用いて、検索エンジンGoogleでの、同キーワード群による記事順位と、ヒット総件数を得た。
 この記事順位とヒット総件数から、KGR指標を作成し、これをMuBlog記事自体にフィードバックさせて整理した。
 この結果から、
 インターネットという客観的な「世界」の中での、個々のMuBlog記事の位置づけを見た。KGR指標の導入によって、検索エンジンでの順位のみで記事の意義を計るだけではなくて、実質的な記事力(利用者求心力)の尺度を得ることができた。

 ここに若干の想念を披瀝するなら、インターネット上の記事にあって、利用者の想定するキーワード群と個々記事とは「一体のもの」であると考えている。たとえば、「キーワード:長尾真」と「記事:長尾真のノート」は、両者が独立しているのではなくて、インターネットという仮想空間内に情報受容者と発信者の間に、ペアで「新たな生を得た」と、いえよう。

 今後は記事分析に、積極的にKGR指標を用い、その妥当性を見ていくことにする。
 なお、Googleを用いた事情は、注記に記した。

(7)注記
KGR命名由来
  KeyWord群のGoogleによるRanking(ratio)

検索エンジンGoogleを対象とした理由
 MuBlogをアクセス対象とした使用検索エンジンの統計を見た結果、下記のように過去4ヶ月の実績でGoogleがほぼ60%の使用率を得ていた。これは、MuBlogを検索する利用者の過半数がGoogleによるものと判定できる。

MuBlogを検索したサイト(検索エンジン)の統計
  解析対象期間: 2007年1月1日(月) ~ 2007年4月28日(土)
  集計対象アクセス数:36,229
  (この期間、実際のページアクセス数は88075で、訪問者総数は62798だった)
  (このことから、36229/88075*100→41%の利用者が検索エンジンを使用している)

  順位/検索/割合
  1 Google     21,410 59.1%
  2 Yahoo      9,370 25.9%
  3 goo      1,697 4.7%
  4 MSN     1,359 3.8%
  5 BIGLOBE     1,222 3.4%
  6 @nifty       575 1.6%
  7 Infoseek   321 0.9%
  8 Excite       124 0.3%
  9 NAVER       55 0.2%
 10 livedoor    51 0.1%

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2007年4月28日 (土)

三十四万アクセス:MuBlogとその分析

承前:三十三万アクセス:MuBlog, 2007/04/07

 MuBlogの方が34万アクセスを得た。33万アクセス報告が今月の7日だったから、その間3週間だった。間隔が非常に短いのは、この時期が桜季節で、またMuBlogが京都発という環境からの結果だろう。

 全体アクセスは、すでに54万アクセスを越えている。これも、おびただしい桜写真へのアクセスによるものである。

 今回は分析方法について新趣向を試みてみたが、まだ定着できなかった。基礎データは(記事数: 1027 | コメント数: 3503 | トラックバック数: 737 | ライター数: 1)である。トラックバック数の殆どは自己参照によるものである。開設は2004年3月7日。

   観測日 2007年4月28(土) 8:05
   MuBlog→ 累計アクセス数: 340000 1日当たりの平均: 299.03
全体  → 累計アクセス数:  544580 1日当たりの平均: 478.96

(0) 累積期間ごとのアクセス順位の遷移

 下記表には、累積期間毎の、記事アクセス順位が色分けされている。 期間は、先々日までの、4ヶ月(120)、1ヶ月(30)、1週間(7)、1日になる。条件として、記事が生まれた日が異なるが、これは表に現れない。ただし累積期間は明らかである。

 *色別欄を横に見たとき、各記事の寿命、ないし記事力(読者の関心を惹く)がわかる。tvbや美味しいところ(カテゴリー項目)といったグルメ記事は寿命が長い。PC空冷装置も、それに似ている。

 *累積日数項目を縦に見た場合、各時期による記事力が分かる。ジャンル「桜」の圧倒的な記事力がわかる。

 *古代史の、「最古の前方後円墳」がこの数日で突然アクセスが増加したのは、ニフティ記事で短期間取り上げられた事による。

MuBlogの累積日数からみたアクセス順位
  (セル内数字が期間内の順位)
ジャンル 累積日数→ 120日 30日 7日 1日
桜の森:佐野藤右衛門邸の桜  1  1    
風林火山 NHK風林火山(07)真田幸隆  2      
その他 地図の風景  3  5  4  5
常照皇寺  4  2  2  8
その他 三鷹の森ジブリ美術館  5      
グルメ ti voglio bene : t.v.b  6  3  1  2
グルメ 美味しいところ  7  8  6  4
グルメ 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸  8      
PC ノート・パソコンのハードディスク交換  9      
PC CPU空冷装置・換装SAMURAI-Z    9  8  8
淀川河川公園背割堤の桜爛漫    7    
佐野藤右衛門邸の桜:20070330    4    
風林火山 NHK風林火山(16)由布姫と自害      2  7
古代史 最古の前方後円墳(邪馬台国)      5  1
グルメ 室町和久傳      6  3
佐野藤右衛門邸の桜平成十七年    6    
風林火山 NHK風林火山(15)悪鬼      9  
その他 小説木幡記:20070425(水)        5
PC CPU空冷装置・掃除のお勧め        8
佐野藤右衛門邸の桜:20070403        8

 以下に、上記表のソースデータを記録する。おおよそ、各期上位10点を上げたが、「トップページ」を省いたので、表の順位は繰り上がっている。

4ヶ月累積→解析対象期間: 2007年1月1日(月) ~ 2007年4月26日(木)

アクセス数: 47,894
訪問者数: 33,865

解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 2,599 6,684 7.7% 14.0%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 1,039 1,827 3.1% 3.8%
3 NHK風林火山(07)真田幸隆 1,216 1,495 3.6% 3.1%
4 地図の風景 1,089 1,256 3.2% 2.6%
5 じょうしょうこうじ:常照皇寺 601 899 1.8% 1.9%
6 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 676 840 2.0% 1.8%
7 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 409 795 1.2% 1.7%
8 美味しいところ 475 659 1.4% 1.4%
9 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 455 641 1.3% 1.3%
10 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 486 640 1.4% 1.3%

1ヶ月累積→解析対象期間: 2007年3月28日(水) ~ 2007年4月26日(木)

アクセス数: 15,653
訪問者数: 10,953
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 717 1,776 6.5% 11.3%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 580 1,026 5.3% 6.6%
3 じょうしょうこうじ:常照皇寺 393 579 3.6% 3.7%
4 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 250 491 2.3% 3.1%
5 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 215 349 2.0% 2.2%
6 地図の風景 305 341 2.8% 2.2%
7 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 182 320 1.7% 2.0%
8 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 144 267 1.3% 1.7%
9 美味しいところ 183 260 1.7% 1.7%
10 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 99 213 0.9%

1.4%

1週間累積→解析対象期間: 2007年4月20日(金) ~ 2007年4月26日(木)

アクセス数:

3,225
訪問者数: 2,372
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 153 348 6.5% 10.8%
2 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 52 94 2.2% 2.9%
3 NHK風林火山(16)由布姫と自害 76 92 3.2% 2.9%
3 じょうしょうこうじ:常照皇寺 68 92 2.9% 2.9%
5 地図の風景 67 82 2.8% 2.5%
6 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 54 80 2.3% 2.5%
7 美味しいところ 51 69 2.2% 2.1%
8 室町和久傳(むろまち・わくでん) 41 63 1.7% 2.0%
9 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 29 61 1.2% 1.9%
10 NHK風林火山(15)悪鬼 46 59 1.9%

1.8%

1日累積→解析期間: 2007年 4月 26日(木)

アクセス数: 483
訪問者数: 347
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 22 50 6.3% 10.4%
2 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 35 39 10.1% 8.1%
3 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 10 25 2.9% 5.2%
4 室町和久傳(むろまち・わくでん) 8 19 2.3% 3.9%
5 美味しいところ 11 15 3.2% 3.1%
6 地図の風景 9 13 2.6% 2.7%
7 小説木幡記:20070425(水)曇小雨だ会議一杯 8 11 2.3% 2.3%
8 NHK風林火山(16)由布姫と自害 7 10 2.0% 2.1%
9 CPU空冷装置・掃除のお勧め 5 9 1.4% 1.9%
9 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 4 9 1.2% 1.9%
9 佐野藤右衛門邸の桜:20070403 4 9 1.2% 1.9%
9 じょうしょうこうじ:常照皇寺 8 9 2.3% 1.9%

(1)ページ別アクセス数:1ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月28日(水) ~ 2007年4月26日(木)

アクセス数: 15,653
訪問者数: 10,953

解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 717 1,776 6.5% 11.3%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 580 1,026 5.3% 6.6%
3 じょうしょうこうじ:常照皇寺 393 579 3.6% 3.7%
4 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 250 491 2.3% 3.1%
5 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 215 349 2.0% 2.2%
6 地図の風景 305 341 2.8% 2.2%
7 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 182 320 1.7% 2.0%
8 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 144 267 1.3% 1.7%
9 美味しいところ 183 260 1.7% 1.7%
10 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 99 213 0.9% 1.4%
11 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 141 211 1.3% 1.3%
12 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 152 188 1.4% 1.2%
13 室町和久傳(むろまち・わくでん) 132 185 1.2% 1.2%
14 京都の書店 153 172 1.4% 1.1%
15 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 106 170 1.0% 1.1%
16 NHK風林火山(14)謀略の風林火山 137 162 1.3% 1.0%
17 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 108 160 1.0% 1.0%
18 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 127 159 1.2% 1.0%
19 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 145 156 1.3% 1.0%
20 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 113 151 1.0% 1.0%
21 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 88 143 0.8% 0.9%
22 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 100 142 0.9% 0.9%
23 NHK風林火山(15)悪鬼 111 135 1.0% 0.9%
24 CPU空冷装置・掃除のお勧め 66 112 0.6% 0.7%
25 NHK風林火山(07)真田幸隆 90 110 0.8% 0.7%
26 NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 92 101 0.8% 0.6%
26 高台寺の枝垂れ桜:20070402 59 101 0.5% 0.6%
28 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 84 95 0.8% 0.6%
29 さくらだ:桜田 67 94 0.6% 0.6%
30 NHK風林火山(16)由布姫と自害 76 92 0.7% 0.6%
31 円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402 66 86 0.6% 0.5%
32 長尾真博士のノート 63 84 0.6% 0.5%
33 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 79 81 0.7% 0.5%
34 佐野藤右衛門邸の桜:20070403 45 76 0.4% 0.5%
35 小説木幡記 70 75 0.6% 0.5%
36 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 31 74 0.3% 0.5%
37 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 58 68 0.5% 0.4%
37 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 60 68 0.5% 0.4%
39 0504020・目次:桜狩り 36 64 0.3% 0.4%
40 NHK風林火山(10)晴信謀反準備 48 58 0.4% 0.4%
40 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 37 58 0.3% 0.4%
40 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 46 58 0.4% 0.4%
43 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 49 57 0.4% 0.4%
43 読書余香 49 57 0.4% 0.4%
45 前方後円墳の航空写真 29 56 0.3% 0.4%
46 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 44 55 0.4% 0.4%
47 辨慶うどん 39 54 0.4% 0.3%
47 もりしょう:そうめん処・森正 38 54 0.3% 0.3%
49 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 46 53 0.4% 0.3%
50 ふる里:一条通山越え 30 52 0.3% 0.3%
51 地図の蠱惑:未踏地 36 51 0.3% 0.3%
51 読書の素 47 51 0.4% 0.3%
53 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 43 49 0.4% 0.3%
53 大沢池(大覚寺)の桜:20070403 33 49 0.3% 0.3%
53 ようげんいん:養源院 38 49 0.3% 0.3%
56 小川珈琲本店 28 48 0.3% 0.3%
57 椿井大塚山古墳の現況写真 34 47 0.3% 0.3%
58 ぎおん・まるやまこうえん:祇園円山公園の夕桜平成十七年 25 45 0.2% 0.3%
59 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 36 44 0.3% 0.3%
60 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 30 42 0.3% 0.3%
61 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 26 40 0.2% 0.3%
61 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 35 40 0.3% 0.3%
61 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 29 40 0.3% 0.3%
64 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 32 39 0.3% 0.2%
64 小説木幡記20070321(水)桜カレンダー 31 39 0.3% 0.2%
64 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 17 39 0.2% 0.2%
64 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 27 39 0.2% 0.2%
68 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 23 37 0.2% 0.2%
68 小説葛野記:20070404(水)入学式と桜と、そして日々 29 37 0.3% 0.2%
70 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 28 36 0.3% 0.2%
70 みしまゆきお・ぶんがくかん:三島由紀夫・文学館 19 36 0.2% 0.2%
72 2006年03月 29 35 0.3% 0.2%
72 イメージの素 31 35 0.3% 0.2%
74 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 31 34 0.3% 0.2%
74 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 23 34 0.2% 0.2%
76 バックナンバー 15 32 0.1% 0.2%
76 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 20 32 0.2% 0.2%
78 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 26 31 0.2% 0.2%
79 NHK風林火山 27 30 0.2% 0.2%
80 三十三万アクセス:MuBlog 22 29 0.2% 0.2%
80 小説木幡記:20070413(金)短期記憶の世界 15 29 0.1% 0.2%
80 ごしきづかこふん:五色塚古墳 20 29 0.2% 0.2%
80 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 28 29 0.3% 0.2%
84 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 21 28 0.2% 0.2%
84 てんじんがわ:天神川の桜海・平成十七年 22 28 0.2% 0.2%
84 常照皇寺(ビデオ) 26 28 0.2% 0.2%
87 NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助 25 27 0.2% 0.2%
87 平安神宮神苑の桜桜桜:平成17年春四月 18 27 0.2% 0.2%
87 うじ・びょうどういん:宇治平等院 26 27 0.2% 0.2%
87 甘樫丘展望台から見た多武峯:あまかしのおか・とうのみね 17 27 0.2% 0.2%
87 2005年03月 27 27 0.2% 0.2%
92 にじょうじょう:二条城の夕桜(1) 20 26 0.2% 0.2%
92 2004年03月 25 26 0.2% 0.2%
94 長岡京市埋蔵文化財センター 15 25 0.1% 0.2%
94 小説木幡記:20070301(木)敬語と学生語と朕 23 25 0.2% 0.2%
94 だざいふせいちょうあと:太宰府政庁跡 13 25 0.1% 0.2%
97 うじのわきいらつこ:莵道稚郎子(宇治墓) 7 24 0.1% 0.2%
97 北方謙三『水滸伝』八「青龍の章」 22 24 0.2% 0.2%
97 MuBlog千番記念記事:伏見港柳と長建寺糸桜 19 24 0.2% 0.2%
97 小説木幡記:20070418(水)フラワーアレンジメント 18 24 0.2% 0.2%
97 ながればし:流れ橋(上津屋橋) 12 24 0.1% 0.2%
102 皇国の守護者(2)勝利なき名誉/佐藤大輔 18 23 0.2% 0.1%
102 禁断の惑星:Forbidden Planet (映画) 21 23 0.2% 0.1%
102 目次:新撰組(新選組!) 8 23 0.1% 0.1%
102 2006年02月 20 23 0.2% 0.1%
102 2006年11月 12 23 0.1% 0.1%

↑感想

 4月にあたるので、「桜」が多い。ここ最近のアクセス傾向は明白で、次のようなもので要約される。MuBlogは「桜、PC、美味しいモノ、NHK大河ドラマ、古代史、特定作家」で代表される。

 Muという個人の興味や知識の範囲がこの程度なのか、あるいは世間の人がこういうテーマに興味を持つのか、その相互関係はすぐには分からない。ただMuは自分の興味の湧くことについてしか記事を掲載しない(傾向が極めて強い)のだから、上記にあげたキーワード群でほぼ総ての記事を代表している。それが、Muという個人の特性なのだろう。その特性の中でも、「桜」という季節モノはMuという個と、世間とを最も強く結びつける「リンク」だと判定できる。

 上記の分析について、何かしら今一歩踏み込んだ「理」がぼんやりと想像出来るのだが、まだ整理はつかない。

(2)ワード・フレーズ:1ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月28日(水) ~ 2007年4月26日(木)

(以下、G,Y,M 以外のリンクは管理用ですので利用できません)

集計対象アクセス数:9,984
検索ワード/フレーズ 割合
1 佐野藤右衛門  G Y M 580 5.8%
2 常照皇寺  G Y M 273 2.7%
3 じぶり  G Y M 158 1.6%
4 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 103 1.0%
5 じょうしょうこうじ  G Y M 91 0.9%
6 佐野邸  G Y M 77 0.8%
7 京都 しる幸  G Y M 73 0.7%
8 佐野藤右衛門邸  G Y M 72 0.7%
9 真田幸隆  G Y M 71 0.7%
10 ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 62 0.6%
11 長尾真  G Y M 61 0.6%
12 桜守 佐野藤右衛門  G Y M 59 0.6%
13 京都 大型書店  G Y M 50 0.5%
14 風林火山  G Y M 48 0.5%
15 しる幸 京都  G Y M 47 0.5%
16 リストランテ t.v.b  G Y M 46 0.5%
17 森博嗣 退職  G Y M 44 0.4%
18 佐野 桜  G Y M 42 0.4%
19 常照皇寺 桜  G Y M 39 0.4%
20 うぶめのなつ  G Y M 38 0.4%

↑感想
 常照皇寺は、京都市の北部(右京区)山間なので、桜の見頃が四月半ばになる。MuBlogでは「佐野藤右衛門」と並んで、この時期「常照皇寺」の記事力が旺盛になる。

 なお参考までに、本日(20070428の午前8時すぎから9時)のGoogle で上記の用語を検索し、その順位を記録しておく。

1. 佐野藤右衛門     4、5/36600 記事中 
2. 常照皇寺        8/49200 記事中 
3. じぶり        1/16900 記事中
4. リストランテ 
  ティ・ボリオ・ベーネ   2、3/98 記事中
5. じょうしょうこうじ  1/1020 記事中
6. 佐野邸          4、5/928 記事中
7. 京都 しる幸    1/405 記事中
8. 佐野藤右衛門邸  1、2/11600 記事中
9. 真田幸隆         8/51200 記事中

以下はMuが興味を持ったデータとして。
長尾真        3/66600 記事中
京都 大型書店 2/564000 !! 記事中
風林火山 →Google 先頭ページに無し
森博嗣 退職    2、3/22100 記事中
うぶめのなつ    2/988 記事中

 以上、試みにGoogle上での結果をみた。この断片データから類推できることは、MuBlogは「じぶり」「じょうしょうこうじ」のように、ひらがなを付けていた記事が多く、これが読者の引き易さにつながっていると思った。
 また、比較的検索対象の母数が低い。つまりそれだけ、MuBlogのテーマがマイナだとわかる。「佐野藤右衛門」とか「常照皇寺」は、知る人ぞ知るの世界かもしれない。これは京都に住んでいることによる、いわゆる地域情報発信の意味を持っているのかも知れない。
 ただ「京都 大型書店」は母数が564000と比較的メジャなのだが、ランキング2位だった。これは個人感情としてはにんまり笑ったが、理の上では見当も付かない。一体、何故!?の結果だった。

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2007年4月27日 (金)

Berry Cafeのフルーツタルト(レプリカ)

京都駅のBerry Cafe製フルーツタルト

フルーツタルトA レプリカ
フルーツタルトB レプリカ
フルーツタルトC レプリカ

フルーツタルト・ショーケース レプリカ

フルーツタルト・ショーケース レプリカ

 このお菓子たちに、通りすがりの老若男女、何人もが携帯電話カメラや一眼レフカメラを向けていた。外国のペアも撮りあいしていた。何度か躊躇していたが、結局Muも携帯電話を取り出して、写しだした。場所は、京都駅・新幹線八条口の一階、改札の真っ正面だった。
 あとでネットで見てみるとリニューアルというか、開店してからもう一ヶ月は経つのに、まだ道行く人にはめずらしいのだろう。それにしても日本のお家芸というか、蝋細工だったことに気付いたのは、しばらくしてからだった。ショーケースに手を触れて、冷えていないことに気がついたからだ。

フルーツタルト・冷蔵ショーケース

フルーツタルト・冷蔵ショーケース

 店内を覗いてみたら、ショーケースがあって、メイドが奥で切り分けているのが目に入った。そうだろう。こんなでっかいのを、うまうまと食べる人がいるとは思わない。エドルン君をさそって入ろうとしたが、今度にすることにした。つまり、エドルン君のおみやげが、東京は谷中某所のアップルパイだったからだ。
 後刻木幡に帰って、この谷中のアップルパイをデザートにした。超絶ものだった。話では、ごく普通の店に見えるらしいが、林檎は信州の農家と契約し、ひっきりなしに新鮮なモノが届くそうだ。たっぷりした、甘みあっさりのアップルに、カスタードが入っているのが目点だった。
 というわけで。
 甘党とはまったく思っていないが、京都駅のBerry Cafeのフルーツを思い出しながら、木幡で分厚いアップルパイを頂いた。

 話をもとにもどすと、京都駅前にRSを停めて、久しぶりに町の空気を吸った。桜杖なので、改札口付近をそろそろ歩いただけだが、新幹線側の1Fは相当に改修されていた。滅多に新幹線にも乗らないから、待っている間、人混みの中で痛切な旅愁をイメージしていた。私の京都なのに、いつのまにか旅人の気持ちで歩いていた。
 定刻通りのぞみが着いて、エドルン君が降りてきた。

 日頃はなんとも思わない雑踏だが、妙に異国に行った気分になった。違った京都が見えてきた。お店は、たしか昨年猫町に行った途中、北白川にもあったような記憶がある。

京都駅八条口1F

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2007年4月26日 (木)

小説木幡記:20070426(木)不眠症じゃないのだが

 こんな時間なのに(23時前後)、木幡記を書く状態。
 さっき半睡しながら、予定のお勤めをはたした。本来なら早朝に済ませるものなのだが、ここしばらく昼の世界が繁忙きわまりなく、無理が生じてしまった。
 しかし、深夜のお勤めはするものじゃないな。
 眠られぬ夜になってしまった。

 とはいうものの、今日も一日無事終わった。神仏に感謝。

 心調は、まずまず85%程度。身調は、悪くはないが、65~75%を行きつ戻りつしておる。おそらくGWに、日長ねておれば、心身ともに90%程度まで戻るだろう。あとの10%は、言うても仕方ないことだが、昼の世界はそれなり以上に、つぎからつぎへと難問が涌出してくる。それを思うだけで、凹む。
 比較的うまく行っているのが授業。倶楽部は今の時期、上級生が就活の渦にあるので中程度。沢山ある会議は、どれもこれも悪くはならないのだが、相当なエネルギを要する今年となりそうだな。
 となると、研究が宙に浮きかねない。これが難問だな。結局夏期2ヶ月をフルタイム・リサーチャーに変身。ゆとりがないな。

 早朝の世界は。お勤めはまず果たしている。
 ところが新作第4弾「湖底宮」は、止まったまま。これがきびしい。GWに、しっかり頑張ろう。
 今のお勤めを果たしたなら、初夏からいよいよ好評の「小泉佐保シリーズ第3弾、化石の村」これは、良いぞ~。楽しい内容だ。

 などと、寝言に終始してしまったが、小説葛野記、これはいくらでも書ける(爆笑だね)。

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2007年4月25日 (水)

小説木幡記:20070425(水)曇小雨だ会議一杯

 さっき熱い茶をのんでほっとした。
 帰還してそのまま食卓に座った。

 夕方8時前まで葛野でプリントすったり、直したパワーポイントデータを古いノートマシンに移したりしていた。立て込んでくると研究室は少しずつ犬小屋じみてきたが、まだもう少し持つだろう。掃除しなくては。
 ぼんやり明日の授業をイメージしていたが、昨日倶楽部幹部の依頼で、屯所に「図書のリクエスト制度」をもうけたので、授業で希望図書をつのってくれと言われた。明日、それをどのタイミングで差し込むか、考えていた。明朝一時間目は、30分の情報サービス・ビデオ鑑賞なので、感想を書いてもらうときに、希望図書を書いてもらおう。しかし、二時間目はカードを配布する予定ではなかった。で、考えて結論がでた。
 そんなことを、長い会議の後、帰還するまでの30~40分で作業し、考え、ぼんやりしていた。長い連休前だから、授業にも節目、キリのよさを考えなくては。また、明朝考えてみようと思って席を立った。

 夕方7時に最後の会議が終わった。これは6時から始まって、学部固有の懸案だった。
 6時までは、3時からずっと難しい会議だった。どこの大学も現代は法的に、外部評価を受けることになっていて、今年はその準備時期で、相当に大忙しになる。なぜか、この委員。
 3時に終わった会議は、二時半からだったので超特急で終わった。最初だから確認だけですんだのと、3時~6時の会議が予測されたので、早くおわったようだ。
 二時半に終わった会議は、午後一番で、これは身内だけの会議だったので、気分は楽だった。

 昼休みは学生に呼び出されて、控え室のパソコンの修理に励んだ。ファイルは生き返ったが、そのマシンではwordを使うとフリーズして、それは直せなかった。多分、根治療法が必要じゃ。余は見切りをつけて午後の会議を優先した(笑)。
 
 お昼は冷えたコンビニ弁当を食べたが、なんだかのどを通らなかった。ご飯だけいただいた。ずっと何年も、外食の揚げ物は、よほど好みの店以外には箸をつけなかった。で、なにを間違えたのか、今日の弁当は揚げ物が一杯だった、要するにマズッタようだ。これなら、焼きたらこ・おにぎりにすればよかった、後の祭り。

 12:30に終わった会議は、11時過ぎから始まったのだが、これは難問が三つあった。今日は余の方から、三つを列記指摘しただけで、答えは涌き出なかった。

 一時間目の授業は、エジプトの50分・ビデオ鑑賞をした。ヒエログリフ、パピルス、死者の書、ラムセス二世、ファラオ、ロゼッタストーン、シャンポリオン、アレキサンドリア図書館、……。いわゆる、余のオハコ(笑)。カードには、わからなかった点、おもしろかった点、全体感想の三つを鑑賞記として出してもらっている。30分でそれを全部読み終えたが、壁画の女性は何故「裸」なのか? とか、なぜ王は神様になりたかったのか? とか、ラムセス二世ほどの偉大な王がなぜ側近4人に政治を任せたのか、自分は何をしていたのか? とか、答えられない問いがつらなっていて、研究室で一人、汗がでた。余は、本当は、吉村先生と知り合いでもないし、古代エジプトの専門家じゃない(業務秘密)。一番、こたえた疑問は、これが図書館とどう関係あるのか! だった。そりゃ、偉大な文明なくして、文字や図書館は生まれない、と言ってはみたが、……。どうしても、若い学生には嘘嘘しく聞こえるようだな。先回のメソポタミアでは、大英博物館の学芸員が粘土に丸棒で楔型文字を書いたり、アッシュルバニパール王宮図書館遺跡が写ったりで、違和感がなかったようだが。今朝のビデオは、図書館らしきものは写っていなかった。勇気を出して、大列柱石神殿こそ、図書館じゃったと言えばよかった、後の祭り。あっさり言えないのは、余も、典拠はあるんだが、う~む。まあ、よい(なにがよいのか)。

 早朝の珈琲がうまかった。昨日は6時半に到着したら、研究棟の鍵が開いて無くて、こりゃいくらなんでも7時過ぎにしなくてはと、今朝は昨日よりちょっと遅れて7時10分入構、研究室にもすっと入れた。
 起床は午前4時。
 シャワーの季節、朝風呂までのゆとりはないが、熱い湯の中で、朝から瞑想していた。

 また明日。
 明日の授業は、これまたキツイ。しかし午後、会議はないので、連休明けの授業準備ができる。

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2007年4月24日 (火)

木幡桜:20070406

承前:木幡の桜・平成18年4月
承前:目次・桜狩 (2005)   

木幡桜20070406-36

木幡桜20070406-36
 今春最後の桜が木幡桜となった。昨年が、承前の「木幡の桜・平成18年4月」写真一枚だけに終わったので、今年こそはと思って一杯計画を立てたが、四月初め大沢池の寒風にあたったせいか病に倒れ、つまるところ、身近な木幡桜で尽き果てた。

木幡桜20070406-40

木幡桜20070406-40
 人生一割打者と標榜してきたが、それでも今年桜は昨年桜にくらべて三割ほどは動いたので、満足。それに、しのごのもうしても、たちゆかなくなったとき、結局身近な天神川桜や木幡桜に慰めを得たというのは、これまた玄妙というか、現実というか、実相をあらわしちょる、脳。

 自宅に桜があったなら。そうだ、あったのだ。
 遠い昔、父は嵯峨の車折(くるまざき)近くに広い敷地をもっていた。わたしらはそこにすんでいた。どのくらいひろいかというと、南北二列で説明すると。

 北・東門→ 前庭 平屋(八畳、六畳、土間台所、六畳、六畳、八畳、廻り廊下) 後ろ庭
         東西間は広場。
 北・西門→ 前庭 三角屋根洋館(でっかい:一階は吹き抜け大ホール) 離れ(八畳、六畳、風呂台所) 後ろ庭

 いろいろな事情もあったのだが、言えることは、当時の土地代は想像を絶する気楽さだったようだ。これだけでおそらく、今の国産高級車ていどだった。父は最初借地借家だったが、工面して購入し、後日西門ラインを人に売った。だから、わたしが小学校上級生から高校くらいまでは、東門部分を自宅としていた。
 赤貧洗うがごとき中で、自宅と庭だけは、なんかぁ、お公家さんレベルだった。そういえば、森博嗣先生のVシリーズの瀬在丸紅子(せざいまる べにこ)さんも、そういう状態だったような(笑)。
 事実は小説より奇なり(ベタな表現じゃね)

 さて、その東門ラインの前庭に桜木があった。ところが、その記憶が「ああ、綺麗」じゃなくて、毛虫が一杯いて、葉っぱが虫食いだらけで、汚いと。その上、枝が細いから登るわけにもいかない。結局、満開の桜記憶がなくて、桜はきたない木としか覚えていない。前庭の北東隅にでっかい樫の木があって、わたしは小学校から中学、高校まではこの木と遊んでいた。2mほどの高さの所で、幹が二つにわかれて、そこに板きれ、縄、むしろをあげて、十年以上の長期間、遊んでいた。友を呼んだ記憶もあるが、大抵はその樹上の屋形で一人、星月を見て夢想していた。

 結論。
 わたしは幼き頃、桜の美しさに気がつかず、ただ、汚いと思っただけだった。
 その分、樫の木は頑丈で、虫もあまりいなくて、大好きだった。
 今は両方好きだ。

 これでお終い今年の桜話。又来年。
 ああ、そのうち、自薦桜2007も記してみよう。  

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2007年4月23日 (月)

天神川五条下がるの桜:20070404

承前:天神川の桜海・平成十七年(MuBlog)

朝日に匂う川面桜

天神川桜20070404-29
 4月4日の天神川五条下がるの桜だった。丁度入学式の朝まだき、7:05のタイムスタンプが入っていた。それでも朝日は温かかった。同じソメイヨシノのはずなのに五条上がるの桜はまだちらほらだった。そんなことに気付いたのは、もうこのあたりに15年通っているのに、初めてだった。つまり、天神川桜は、五条通りを挟んで、早咲き、遅咲きの違いがあって、その理由はわからない。なにかの、自然の悪戯なのだろうか。
 ところでたしかに近頃はライトアップがはやりだが、こうしてみると、朝日に匂う川面桜かな、と自然に口をついてでた。

天神川桜20070404-33, 26, 21

天神川桜20070404-33
天神川桜20070404-26
天神川桜20070404-21

未然の天神川柳桜

天神川桜20070404-15
 五条上がるとこれこのとおり。今年は残念ながら、ここが桜海になるのを観ることができなかった。一昨年の写真では、この柳桜をこき混ぜた川沿いの桜海が、どれほど豊かであるかをあらためて知る。人は、元気いっぱいもよいものだが、ちと病弱時の方が自然を切なく求めるところがある。桜が自然かどうかと、野暮はいうまい、まして染井吉野。だが、南と北を見比べて、ソメイヨシノの咲き誇りにも、既然と未然の対比を観た。

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2007年4月22日 (日)

NHK風林火山(16)由布姫と自害

承前:NHK風林火山(15)悪鬼

 諏訪頼重は甲府で自害する前に、勘助と話をする。息子(信玄の甥にあたる)を、小狡いことも充分わきまえた主君に育てて欲しいと。勘助は承ける。この場合、小狡いのは晴信(信玄)よりも勘助だったのだが。頼重は世間の小狡さと、戦略・戦術上の謀略とを区別出来なかった点で、政治家としては凡愚だったのだろう。

 諏訪の残党は、娘由布姫とともに上諏訪の桑原城に籠城する。晴信は板垣に終戦処理を任せる。勘助の考えと晴信とは一致し、後顧の憂いを断つために、諏訪一族殲滅の方針で臨んだ。

 由布姫は勘助が部屋に着いたとき、自害していなかった。
 あまつさえ、守り役老嬢の口添えに反発し、勘助に向かって「嘘じゃ。自害などしたくはない」と、妖しい微笑とともに、吐き捨てる。

 さて。
 今夜は、完全に記すとなると、この記事数回分になる。
 しかし、今は余韻を確かめたい。
 頼重の介錯なしの切腹もすさまじければ、由布姫の憎悪と生きる執念と、気の強さも迫真だった。
 以前、「義経」で若い女優が所を得て、化けた開眼した、と思わせるシーンがいくつかあった。おそらく、今夜の由布姫もそれに当てはまるだろう。

 それにしても山本勘助。
 実はBS2で藤沢周平シリーズがあって、来週火曜日に「秘剣、馬の骨」とかいう作品の最終である。ここに勘助が別名で出ている。その味わい深い剽軽さと、今夜の勘助とが、私の中でなかなか合致しない。どちらも上等なのだが、見ていて、息が出来なくなるような役回りという点では、風林火山の方が深い。隻眼の鎧兜姿は、鬼気迫る。

 うむ。
 今年のNHK風林火山は、たしかに、すでに四月末で高みに達している。このままのハイテンションが続くと、私は途中で息も絶え絶えになってしまいそうだ。恥ずかしながら、両の拳(こぶし)をぐっと握りしめて観ていて、終わった後も開かない。私は、相当にドラマ、物語に心身全部飛び込んでしまうようだ。明日も仕事というのに、困った困った。
 なんとなく、明日からは「勘助、そちにまかす」とか、同僚や若いもんに言いかねない。

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花はさくら木/辻原登

花はさくら木/辻原登(朝日新聞社、2006.04)

花はさくら木/辻原登(表紙)
 いくらか風変わりな時代小説である。それは私にとって、と言った方が正確だろう。ただ、ずっと以前に辻原の『翔べ麒麟』を読んだときも「風変わりな」とおもったのだから、私にとって辻原はこれからもそういう作家なのだと思った。花はさくら木、と読めば次は、人は武士と自然に口ずさんでしまうが、その「武士」がだれなのかは、主人公「田沼意次(たぬま・おきつぐ)」であるとここで明かしておく。では、なぜ田沼意次が「武士」なのかは、それは読んだ人が考えれば良いだろう。意次は大局観を持った「武士」として描かれていた。そして、今思い返しても、辻原の作品が風変わりに思える理由は、依然としてわからない。言葉や背景に、雅俗が自然に融け合い、史実と伝奇もまた自在に並立しているからだろう、と推測はするのだが、「雰囲気」のことなので、うまく伝えられない。

 とはいうものの、物語のヒロインが光っていた。主な女性は三人登場している。智子内親王(さとこ:としこ?・ないしんのう)は、先の桜町天皇の二女にあたる。菊姫は飛脚業、運送業を商う「北風組」の娘だが、謎が多い。そして聡明な皇太后・青綺門院(せいきもんいん)。智子と菊姫は十代で、二人はうり二つ、美しく描かれている。皇太后は、朝廷と幕府との関係調停に力を尽くしている。いわば京都・朝廷世界に関係するこの三人が、どうして時の幕府権力者である田沼意次と関わりを持つのか。そのあたりから、物語は私を引きずり込んでしまった。

宝暦十一年(1761:江戸時代中期)ころの京都・大阪

宝暦十一年(1761:江戸時代中期)ころの京都・大阪
 江戸時代を扱った作品は、私の読んだ物では関ヶ原前後、家光、そして幕末まで飛び、その間が空白なので、この作品が描いた江戸時代中期(18世紀中頃)の世界は新鮮だった。地図で見てみると、伏見の南に巨大な巨椋池(おぐらいけ)がある。物語は、京都を中心にして、大阪と滋賀が舞台になるのだが、なんと言っても菊姫の父たち「北風組」の居る伏見港と巨椋池の位置だけは確認しないと話が進まない。丁度伏見を真ん中にして、北東の琵琶湖と、南西の大阪が水路で結ばれている。京都と伏見は高瀬川、伏見と大阪は淀川で、伏見と琵琶湖は宇治川なのだが、物語は淀川水域に重点が置かれている。

 ここで、いくつかの重要な項目を抜き出して、物語の広さ、明るさをイメージしておく。いずれも虚実混じっていて、なにが想像で、なにが事実に根拠をもつのかは分からない。そういう融け合った状態が心地良い。歴史の扱いは山田風太郎ほどのぶっ飛びとは異なるが、「はてな?」と感じ、気がつくと「そんなぁ~はずがない」と自然に思えるのだから、こう言うところに風変わりさを感じたのかも知れない。

人物
 田沼意次は実在。智子内親王も実在で、物語の後日に「後桜町天皇」として、日本史最後の女帝となる。皇太后・青綺門院も実在。しかし、菊姫の出自が解かれていくうちに、だんだんこそばゆくなる。しかし、あり得ない話ではない。菊姫にはモデルがいたのだろうか? さらに、終盤に田沼と小気味よく対峙する大阪の豪商鴻池当主は、実在だろう。しかし彼の盟友、北風荘次郎(菊姫の父)となると、北風という家はあったのだろうが、あまりに行跡が破天荒なので?
 文人(画)墨客も多数出演する。私の知るところでは、与謝野蕪村とか、上田秋成とか、円山主水(もんど)とか、大雅とか、伊藤若冲、不夜庵(炭太祇)、売茶翁(まいさおう)、ともかくそうそうたるメンバーがおもしろおかしく登場する。一応全員実在のはずだが、どこかで騙されているのか? 
 彼等が驚きを持って見守る北宋名画、至宝「清明上河図」とは一体何なのか?
  「清明上河図・スクリーンセーバ」のダウンロード後、右クリック「テスト」によって、横幅11mの長尺絵画を堪能できる。
  JoBlogに非常に重要な記事があります。JoBlog:コンテンツ時代(清明上河図) CDROMが以前富士通から刊行されて情報もあります。

事項
 智子内親王や皇太后・青綺門院の住まいする仙洞御所(せんとうごしょ)。これは17世紀、小堀遠州の作庭で、この物語の18世紀にはまだあったはず。そして現代は、京都御所の南東に、焼失後の庭園が残っている。
  仙洞御所・大宮御所

 北風組の裏飛脚達が活用する、京の高速道路「御土居(おどい)」。16世紀・豊臣秀吉が、京都をぐるりと囲む土塁を作った。高さは3m、幅が9m、当時の総延長23キロというから、7世紀・太宰府防衛の為の水城(みずき)と比較すると、後者は高さが13m、基底部幅が40mだから、それよりは小規模だ。だが、水城はおよそ1キロ程度しかなく、京都市をぐるりと取り巻いた御土居には及ばない。これは今でも部分的に残っている。しかし、北風組が重用したような痕跡があるのかどうかは、不明。
  史跡 御土居(おどい)を訪ねて

 伏見の閘門(こうもん)。これは高低差のある、京都市内からの高瀬川→伏見内の運河をへて宇治川に舟を入れるとき、宇治川の水位が低く、そのままでは上手に舟が通れない。だから、両側にドアのある閘門をつかって、中で水位を調整するわけである。それが閘門、英語でロックというらしい。この実物は今もあるのだが、それは昭和三年に造られた物だから、はて江戸時代中頃に、閘門があったのかどうか?
  三栖閘門資料館
  三栖閘門

 巨椋池。ここも主要な場面になるのだが、今私は近所に住んでいるが、見あたらない。本当にあったのだろうか。インターネットを探していると、格好の記事に出会った。これで、物語中の巨椋池は本当だったとわかる(笑)
  近くにあった大きな池:巨椋池の話(小倉小130年の歴史探検)

読後感想
 どういう物語であるかは、最近の私の方針により詳述しない。しかし、どこに感動したかは記録しておく。
 二つあって、ひとつは巻頭の章「ひいな遊び」。場所は仙洞御所。二人の少女、智子と菊姫が小舟を池にうかべて談笑している。明るく清らかな場面で、忘れられない馥郁とした情感を残した。
 もう一つは、前半の「醍醐の花見」。太閤秀吉の花見を擬したような大蕩尽を鴻池と北風組がもよおす。醍醐と、そして桜と、島原の花魁と、招かれた人達、朝鮮使節。その華やかさは目にくっきりと残った。物語りの喧噪、楽曲、おしゃべりまで耳に聞こえてきた。

 物語は、最後まで一気呵成に読み上げた。半日程度だったろうか。それにしても、不思議な、風変わりな歴史小説だった。 

追伸:帯情報

第三十三回 大佛(おさらぎ)次郎賞受賞
  江戸時代中期・宝暦十一年。
  京・大坂を舞台に、即位前の女性天皇・智子内親王(後桜町)、権謀術数の田沼意次が活躍する。
  人・歴史・地理があやなす華麗な恋と冒険のとびきりの長編小説!

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2007年4月21日 (土)

MuBlogのブロッグパーツについて

 MuBlog では現在4種類の「ブロッグパーツ」を誌面に設定している。時計、地図、記事ランキング、検索用語ランキングである。
 このパーツの詳細については、時計と地図については汎用性があって、MubLogが受けているココログ・blogサービスだけでなく、他のblogサービスでも使える。しかし、「アクセス解析結果」ランキング(記事と検索用語を掲載した)パーツについては、現状では専用で、ココログ・サービスだけで使える。
 以下、MuBlogに設定した理由についてメモしておく。

1.時計
 これは実用性が高く、その上、私の趣味性もある。時計のデザインはアナログ、デジタル、色、形、いろいろ変えられるので利用者のニーズに合わせて、使い勝手がよい。時刻はある間隔でサーバーにアクセスし、精度を保っている。

2.地図
 これは、地図上をポイントし、その状態でALPSLABmyBaseからのトラックバックアドレスを複製し、自分の記事からトラックバックを送ると、自分の記事が地図にポイントされる仕組みである。blogに関与した初心者が迷うひとつに「トラックバック」があるが、そのトラックバックをさらに有効利用したものが、この地図である。機能として優れているので地図を多用するMuBlogにセットした。デザインの自由度や使いやすさなどはこれからの課題だろう。

3.人気記事ランキング/検索フレーズランキング
 ココログが採用しているアクセス統計システムを直接扱うパーツなので、ココログ以外では使えないようだ。もちろん、アクセス統計システムは、ネット上でも独立した製品として他社が独自に公開しているので(ココログとの関係は未確認)、他のblogサービスでも同じ物なら、同じ方式で取り扱えるだろう。
 MuBlogの場合、当面は「前日までの7日間のアクセス統計」で公開している。オプションとしては、4ヶ月分、30日分、7日分、前日分などがある。
 7日分にしたのは、MuBlog自身が一定間隔で紹介する統計データ記事を、これまで30日分を元にしてきたので、ずらした結果である。7日分だと、よりカレントな情報が得られる。
 表示データは、記事も検索用語も、前日までの期間累計で「本日ただいま」のリアルタイムデータではない。現状サービスでは、一日一回(おそらく日付変更時間前後)に更新される。
 「人気記事ランキング」は指示すると所定のMuBlog記事に直接ジャンプするが、「検索フレーズランキング」の場合にはココログの持つサーチエンジンにリンクジャンプする。

4.まとめ
 blogの普及にともない、誌面の個性化はいろいろ計られている。blog自体やパーツについての類書も多く普及している。いろいろな面からみて、blogは「当たり前」のサービスに成長したようだ。今回、パーツについて言及したのは、ブロッグの個性化には二面性があることに気付いたからである。

 1つは誌面を飾るファッションの側面だと考えた。
 発信する限り、多くの読者に読まれたいという執筆者側のニーズがある。このためには「惹きつける」ことが必要である。公共図書館や大学図書館にあっても、利用者を呼び入れるという工夫は、重要な要素である。サービス主体が個人か、機関かで違いは出てくるが、パーツにある「天気情報」「映画や演劇情報」「占い」など、惹きつける要素が多い。

 一方、MubLogの基調は、知識の整理、過去経験の整理、個人電子図書館(PML)という側面がある。分かりやすくいうと、最大の利用者は、発信者自身である。他からのアクセスを求めるとするなら、それはアクセスされるに足る表現や内容の深化を自らに課すという側面が強い。だから、傾向としては「惹きつける」よりも、機能性を重んじることになる。
 そういう観点から、現状では4つのパーツを誌面にセットした。

 もちろん、記事ランキングにそって、執筆内容を「そうか、ドラマにアクセスが多いのか。なら、ドラマ記事を多数書こう」とはならない。ドラマに耽溺しすぎなら、もう少し他の側面にも力を注ごう。さらに、新知見、新しい道を探してみよう、という指針にもなる。記事や検索用語のランキングは、自己診断のツールとして検針器の役割を果たすことを、自らに期待している。

追補
 パーツは、以前から様々な人によって造られ、普及している。これをサービス母体(この場合はココログ)が選別し、ブランド名を冠して採用した点にあって、今後blogサービスの新しい面が展開していくだろう。つまり、多くのblog利用者が比較的容易に、安心して、こういった高機能、高デザインを持つパーツを組み合わせ、それぞれのPML、パーソナルメディアライブラリー(個人電子図書館)を、無意識に構築する下地が出来たと、私は考えた。

参考
  blogの情報処理ツールとしての可能性

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2007年4月20日 (金)

小説木幡記:20070420(金)「常照皇寺」のひとりごと

 桜季節も終えかけて、世も余も落ち着いてきた昨今。今春は思うところまで桜狩ができなかったことは、すでに記した。桜季節の真っ最中にはMuBlogへのアクセスも奇妙なほどに増加したが、今は平静になった。が、ひとつ「常照皇寺」のことで気になってならない。

 最近の、アクセス統計では「じょうしょうこうじ:常照皇寺」にアクセスが多い。

MuBlog単独・解析対象期間:
2007年4月13日(金) ~ 2007年4月19日(木):
最近一週間

アクセス数: 3,623
訪問者数: 2,577
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 166 482 6.4% 13.3%
2 じょうしょうこうじ:常照皇寺 158 228 6.1% 6.3%
3 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 89 134 3.5% 3.7%
4 地図の風景 91 105 3.5% 2.9%
5 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 55 78 2.1% 2.2%
6 NHK風林火山(15)悪鬼 65 76 2.5% 2.1%
7 最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳 34 63 1.3% 1.7%
8 美味しいところ 51 62 2.0% 1.7%
9 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 38 54 1.5% 1.5%
10 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 36 48 1.4% 1.3%

 しかし、以下記事も、紹介しておく。検索エンジンの隙間に落ちてしまったようだ。まったく、アクセスがない。 

 常照皇寺(ビデオ)

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2007年4月19日 (木)

小説葛野記:20070419(木)葛野の日常

 心身は日頃の60%程度になってきた。未だに木幡も葛野も桜杖を固く握りしめている。この三週間ほど葛野キャンパスをヨロボイ歩いていると、同僚教授達の様々な視線を感じた(笑)。

 と、ここにエピソードを5〜6例、列記したが、関係者が目にすれば、あらわなほど情景を活写した文になったので、掲載を控える。余もすこしは世間を思う年頃に、やっと、なってきたわい。

 とまあ、怒濤の新学期初頭がすぎると、日常がそろそろもどってきた。日常はそれなりに厳しいところもあるのだが、人間というのは、比較的日常には耐性があるようで、昨日も大過なく、授業、準備会議、教授会、とこなし終えた。今日も似たようなものだが、ひとつ重責を果たす会議もあって、身体が震えてくる。もちろん、こういうストレスも生きていく税金なのだろうなぁ。と、感慨にふける。で、本日定食は。

(1)情報サービス 食前酒。
 パソコン、資料の教室搬入は倶楽部の若い者に頼んだ。いま、そんなの運ぶと階段から転げ落ちる。
 ビデオ鑑賞30分、ビデオ内容解説30分、前期課題説明30分。
 情報サービスは難しい内容になっていくのだが、最初はしばらくアイドリング。どんなサービスがあるかをビデオで把握してもらう。理屈はあとだな。
 連休明けくらいから、レファレンスと知識樹を解説予定。

(2)分類:主題 スープ。
 この科目は二年生が多いので、プリントを配布し、丁寧にパワーポイント紙芝居をつくり、準備万端。
 以前の受講生は、余が準備しているのをみて、
 「へぇ、先生。わたしらの時より、ずっと丁寧ですね」
 「そうかな。そうだね、君らは優秀だったから、私が寝言いうだけで、ちゃんとレポート書けたじゃないか」
 「……」
 とまあ、年々歳々、内容も方法も微妙に変化していくもの(笑)。
 重量級の機器類や資料類搬出は、手伝ってもらった。この科目は重い分類表やその他、いろいろある。

(3)会議その1 魚料理。
 委員長だから、ストレス一杯。
 うるさ型の教授には、昨日「たいした議題もないし、お忙しそうだから、先生、お休みなさった方がよいですね」と言った。しかし、返事は「いえいえ、楽しみにしている会議ですから、十分前に会議室へ行ってますよ」とのことだった。

(4)会議その2 肉料理。
 とても重い会議。うむ。

 とフルコース、今日も目白押しのスケジュル。デザートは、夕寝かな。
 葛野着が7:00だったから、恐らく全終了は18時で、そのあとデザートや後始末もあるので、はあ、12~3時間程度の責務になる。世間じゃ軽かろうが、ひ弱な余にとっては限界邪ね。そうそう、残念ながら教員には、いわゆる残業手当はない。うむ。

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2007年4月18日 (水)

小説木幡記:20070418(水)フラワーアレンジメント

フラワーアレンジメント
 大きな花だなと瞬間にでも感じたのだから、花オンチ。よく見ると花々だった。しかし、どれだけ物知らず、世間知らずでも、綺麗とか佳いとかは、自分の中で決められる。この花々は、「落ち着いている」と思った。数秒後に、「そうだ、こういう落ち着きのある花の人生」が、好ましいとしたのか、そうしようとしたのか、もう数日前なので忘れた。
 生きた花々を組み合わせるのだから、技量もいるだろうし、センスも必要だ。
 こういう花を作ってみたいとは、思わない。それが野蛮な男の証なのだろう。それでも、こういう花が部屋にあると豊かになる。何故なんだろう。そういえば。またりん翁は花が好きだった。男猫なのに不思議なネコだった。いや、それは偏見なのか。
 と、あれこれ夢想して時間がたって、また目の前の花をみた。色調とか全体の形が「落ち着いている」。気持が楽になるフラワーアレンジメントだった。

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2007年4月17日 (火)

佐野藤右衛門邸の桜:20070403

佐野邸枝垂れ桜20070403-12

佐野邸枝垂れ桜20070403-12
 この「桜空」をながめていて、以前に「霞」という表現をしたが、今夜は別のことに気付いた。佐野邸の桜は幹が細身で背が高い。そして手入れされている。いずれもその道の人には当然のことかもしれないが、私はこの数年間桜をながめてきて、何かこの桜に他とは違ったものを味わってきたのだが、その、どこがどう違うのかが分からなかった。
 だが、桜季節から徐々に遠ざかる四月半ばに、あらためて心静かに写真をながめていて、それが細身で背が高く、手入れされていると、言葉になってでてきた。
 ただ、幹が細身なのはまだ青年期だからかもしれない。霞のようなうっすらとした空は、満開ではなかったのかもしれない。
 そんな反問も出はしたが、詰まるところ、佐野藤右衛門邸の桜はこの数年間、今の私の印象だったと言える。これは平成十九年四月三日の、午後の桜だった。

20070403-11, 06

佐野邸枝垂れ桜20070403-11
佐野邸枝垂れ桜20070403-06

 近寄って写してみたが、どうにも「清楚」としか言いようがない。爛熟とは遠い位置にある清らかさなのだ。何かの要素が加われば、たとえば夜の篝火のもとならば、幽婉となるのだろうか。開けっぴろげな明るさはない。以前に用いた言葉なら、これは新古今和歌集の世界なのだろう。というと、それは洗練された桜世界と言ってもよかろう。
 佐野邸は、広い。いつも目につく背高い桜木だけでなく、庭の奥を覗くと小さな桜木が可愛らしく咲いている。遠くに人影があった。突然、異邦の風景に出くわした思いがした。いつもは気が引けて、あんな奥まではいったこともない。カメラのレンズが、奥を確認してくれていた。

20070403-04, 00

佐野邸枝垂れ桜20070403-04
佐野邸枝垂れ桜20070403-00

 この二葉の写真は、毎年撮っている角度だ。昨年は見ていなかったが、以前からカメラを構えると自然にこういう位置で撮ってしまっている。お気に入りなんだと、自覚した。
 それにしても、枝垂れ桜のその名のように、一体どの枝がどの枝につながって、どこから宙に浮いているのか分からなくなる。こういう雰囲気も佐野邸の桜の特徴なのだろう。来年も、私はきっと同じ桜を同じ角度で写しているはず、と鮮烈に思った。

承前:佐野藤右衛門邸の桜:20070330

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2007年4月16日 (月)

小説木幡記:20070416(月)記念すべき失意日

 今日は、いまだに闘病記モードなので、眠ろうとしたが、ちょっと記念にしるしておこう。
 
日常
 朝から、情報図書館学、資料組織2、それぞれ遅滞なく順調にスタートした。助勤各二名、合計四名も機嫌良く随行あった。いつも昼休みは反省会にしているが、重大問題の予兆はなかった、安心。

 ただ、二限目の授業が受講生達、三年+四年という上級生のわりには、課題の理解がずれていて、いささか心配な面もある。みなみなが司書になるわけでもないのだから、自由度は保ちたかったが、ほぼ全員「学術情報(図書、雑誌、ネット)」というものをはなから嫌っている面がある。大学図書館は当然にしても、公共図書館だって、利用者の総てが娯楽、エンタを求めているのじゃないのだから、「学術専門分野」を少しは目指してもらいたいところなのだが、なにかしら、余の考えとは、ずれていく。うむむ。
 午後は、遅れた教務仕事に没頭し、ほぼ完了。

本題
 なにか、こう。がっくりしている(笑)。
 余の人生は、幼稚園以来、トップになったことがなかった。どんな場合も。運動会も学芸会も成績も、大学入試も。大抵は、圏外。というか、外れがおおかったなぁ。
 まんざら悪いことばかりじゃなくて、会心の一撃も、ないことはなかったが。ヒット1割、ホームランだとコンマ以下だった。まあ、そういうこと。
 では、ぼちぼちと、明日がある、いざ生きましょう。

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2007年4月15日 (日)

NHK風林火山(15)悪鬼

承前:NHK風林火山(14)謀略の風林火山

 今日は終日、自邸で花をみて、オ・グルニエ・ドールのイチゴ・ショートケーキをうまうま、スポンジの味わいがよいな、と風呂に入ってゆったりと芳香剤のなかでまどろみ、さて夕食は久しぶりの手巻き寿司、……。
 そんなおだやかな時間に、悪鬼が舞い降りた。

 たしかに、ここには「義経」の様式美はない。
 「新選組!!」の春日の暖かさはない。
 「功名が辻」の「旦那さま~」「千代~」のおっとり感もない。
 あるのは黒き鋼鉄の謀略、血の騙りだった。
 血も涙もないとは、こういう世界を言うのだろうか。

 今更、なにをと自問自答しながら、山本勘助の隻眼の光にすいこまれ、板垣の重厚で真摯な言上に胸を突かれた。そこに点描される美少女・由布姫のまなじり決した怒気のオーラ。

 ああ、諏訪頼重のうつろな自嘲。晴信の妹・妻ネネに、最期を語りかけても娘・由布姫には目も向けない空々しさ。由布姫の、父を追う視線。なかなか、芸が細かい。

 謀略は緻密さを極めていた。どんなことでも100%確実なことはないのだから、常に半々の確率で事が進む。それを後から振り返りまとめてみると、こうなる。

 1.武田家、晴信は、諏訪頼重が勝手に関東管領と和議を結び、頭ごなしの外交をし、信州での武田の拠点を奪ったのは、許し難い裏切り。
 2.諏訪は、若い晴信を侮った。
 3.諏訪には晴信の妹も嫁ぎ、同盟国の形式を保ってきたので、諏訪を根こそぎ襲うのは義に反するし、妹も殺される。
 4.ここで勘助の謀略が始まる。諏訪の縁戚・高遠に諏訪を襲わせ、武田は高遠の要請により諏訪に出陣することにしたい。高遠は、諏訪の全権、伝統の「大祝:おおほうり」にもなりたいようだ。
 5.ここで今夜の綱渡りが始まった。高遠は、武田と諏訪の密約を恐れ城をでない。
  もし武田が諏訪を単独でおとせば、妹ネネも、妹の生んだ息子も殺され、諏訪領民から長い恨みをうける。
 ……。
 6.ややこしすぎて、うまく記せないが、ともかく板垣と勘助が、頼重に和議を申し込み、ねねとの間の息子を、将来の諏訪城主として安堵する条件を出す。
 7.ところが、予告編では、来週あたり頼重は腹を切ることになり、勘助はまた鬼のような諏訪皆殺し策を献策する雰囲気(正確には分からない)

 というわけで、45分間があっというまにすぎて、咀嚼するのが難しいほど謀略につぐ謀略。胸がすくようなというよりは、これほど軍師好きのMuも、山本勘助の考えを後追いできなくなった。
 どうして、「醜い男」と、由布姫に面罵され通しなのに、山本勘助、なんとなく由布姫におかしくなっていくのか。これも分かりにくい。由布姫の、勘助を面罵する心情は、うそいつわりなく、フェイントなしの憎悪なのに。うむ。男女のことは分からない。その上、後世の武田勝頼の母は、この由布姫というではないか!

 ではまた来週。
 ちょっと、ぼんやり見ていると渦に巻き込まれるな。ちかごろになく、風林火山、熱気がでてきた。

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2007年4月14日 (土)

最古の前方後円墳(邪馬台国?)東田大塚古墳、矢塚古墳

承前:邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択

地図:東田大塚古墳(ひがいだ・おおつか・こふん)

 2007年4月13(金)の産経新聞朝刊に、ひっそりと「最古級の前方後円墳判明:奈良の東田大塚古墳、矢塚古墳」という記事があった。他の新聞記事もネットにあがったものを今朝(14日)確認したが、ともかくめだたない小記事だった。
 結論から言うと、奈良県桜井市の、纒向遺跡(まきむく・いせき)とよばれる付近一帯の古墳がほとんどすべて最古級、3世紀中頃~後半の前方後円墳だったことが、再確認されたということだ。
 
 古墳は、長い間に荒れ果て、砦や城になり、田畑になり、人家が建ち、鉄道に分断され、原型をとどめる物は珍しいといえる。特に、纒向遺跡一帯の古墳は、箸墓のように280mもの大きさで明確に前方後円墳と分かるものは別にして、円墳部分だけが森や小丘のように残っているだけで、明確でない古墳があった。今回の東田(ひがいだ)大塚古墳や、矢塚古墳は、やっと前方後円墳として確認されたわけだ。

(1) 矢塚古墳は、後円部・直径が64mというのは以前の調査でわかり、3世紀中頃。推定全長が96mで、今回は前方部の15m分が確認された。とすると、96-64-15=17mとなり、17m分程度の前方部が地中にあるか、こわされたか、なくなったのだろうか?
 あるいは、その17m分はすでに分かっていて、最近15m分が確認できたのか? 新聞記事では分かりにくい。
(2) 東田大塚古墳は、後円部・直径が68mで、3世紀後半。今回は前方部40mが確認できたので、推定全長が108mとなる。
(3) 参考:箸墓は、後円部・直径が115mで、前方部が125m、合計全長280mの大規模前方後円墳で、3世紀後半。

纒向遺跡関連古墳地図

纒向遺跡関連古墳地図
 私が好む記事は大抵遺跡とか寺社仏閣とか、場所に関係する物が多く、地図がないと最初はわからない。これまで箸墓はじっくり何度も眺めたが他の纒向古墳群は未見ないし通りすがりが多いので、今回は地図に並べてみた。
 JR奈良線の奈良から、天理をすぎてしばらくで巻向(まきむく)駅があって、下車して南へ行けば箸墓、西へ歩けば県道50号線をまたいで、矢塚古墳や東田大塚古墳にいける。
 そう、北九州ネイティブの方には無念だろうが(失笑)、このあたり一帯が邪馬台国、大和の祖地、「日本最初の都市・纒向」(寺沢、p255)なのである。

↓図版・邪馬台国と卑弥呼の宮都/苅谷俊介

邪馬台国と卑弥呼の宮都/苅谷俊介
 苅谷さんの図書は以前MuBlogで案内した(MuBlog:まほろばの歌がきこえる/苅谷俊介)。素晴らしい研究図書だと今でも思っている。箸墓が当初円墳だったと論証して、卑弥呼の墓だと論じられている。魏志倭人伝に、径百余歩というような記事があるから円墳の方が理解しやすいし、また短期間に280m級の前方後円墳を築造するのが無理だから、円墳+方墳→前方後円墳の箸墓と、書かれていた。
 私は、円墳でなくてもよかったと思っている。古代の中国の人の大げさなおおざっぱな言い方は、黒くても白くても猫なんだから(笑)、結局四角でも円と書かれたかも知れない。(いや、円墳でもよいのだが)
 もともと、箸墓は三世紀後半と言われ出したのだから、時間かけて、なおかつ超特急で前方後円墳を造ったと思えば納得できる。
 すでにホケノ山、勝山、矢塚古墳などで邪馬台国には前方後円墳築造のノウハウが蓄積されていたのだろう。エジプト王墓の様に生前から大部分造られていたかも知れないし、日本書紀にあれだけ箸墓を、他に類なく特筆して書いているのだから、残りを超特急で造ったのだろう。
 それよりも、石塚古墳が円墳として聖壇だったという説に魅力を感じた。箸墓のことも大切だが、三輪山との位置関係からみて石塚こそが邪馬台国首都纒向のシンボルだったのだと考える。
 ああ、話が逸れた。苅谷さんの想像による邪馬台国纒向の全貌が、この絵にある。素晴らしい。

↓図版・纒向遺跡の全貌/寺沢薫

纒向遺跡の全貌/寺沢薫
 この「王権誕生」は多くの歴史好きの人や、関係者が読んでいると思う。寺沢さんは、箸墓の主は卑弥呼ではなくて、卑弥呼の縁戚少女台与(トヨのことか?)の後に立った男王の墓としている。
 この纒向全貌図も、とても気に入っている。考古学関係者は、特にカメラがなかった昔はエジプト、メソポタミア関係など手書きのスケッチが残っているが、現代でも想像図になるとこうした手書きが一番なのかもしれない。CADはある程度以上に細かくデータが必要なので(そのデータの信憑性は不明のまま、確定として扱う)、想像図を手書きで描く方が、遊び(余裕)があってよいのだろう。石塚古墳の前方部は確かに三輪山に向かって開いていた。

 さて、肝心の東田大塚古墳や矢塚古墳が、邪馬台国とどういう関係だったのかは、私は何も言えない。ただ、これでほぼ確実に、元祖・前方後円墳は、日本において纒向古墳群であると、胸張って言えるようになった、とそう思って記事にした。

参考
 桜井市・文化財情報
  産経新聞情報では、2007年4月13(金)~5月11(金)まで、
  桜井市芝の市立埋蔵文化財センターで、パネル展示があるようだ。

引用
 まほろばの歌がきこえる:現れた邪馬台国の都/苅谷俊介.H&I、1999.3 
 王権誕生/寺沢薫.講談社、2000.12 

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2007年4月13日 (金)

大沢池(大覚寺)の桜:20070403

承前:大澤池の桜平成十七年

→動画:大沢池(大覚寺)の桜と風景 20070403 (Mpeg4 8MB)
20070403osawadaikakujititle

広沢池の絵桜20070403

広沢池の絵桜20070403
 今春の大沢池(大覚寺)は、以前にも記したが、動画をMuが受け持ち、MuのIXYカメラは同行の副長2007にまかせ、他の若い二人(一番隊長、三番隊長)はのんびり桜をみて昼食あとの散歩をしていた。
 あとで仕上がった写真を木幡でみていると、Muのお好みの写真で一杯だった。中でも、この広沢池の絵桜と名付けた写真は、Muがイメージするものと合致したので、非常に気分がよくなった。
 昨年Muは、副長2007が撮ったポルトルかどこかの夜間写真をみた記憶がある。聞いたらMuのIXYより上等なカメラだった。数年後には、世界を歩き渡る副長2007から、異国の様々な写真がMuBlogに送られてくることだろう。ありがたいことだ(笑)。

大沢池桜(大覚寺)20070403-95,89,79

大沢池桜(大覚寺)20070403-95
大沢池桜(大覚寺)20070403-89
大沢池桜(大覚寺)20070403-79

大沢池桜(大覚寺)20070403-73, 71, 67

大沢池桜(大覚寺)20070403-73
大沢池桜(大覚寺)20070403-71
大沢池桜(大覚寺)20070403-67

 以上のように、今年の大沢池桜は人に撮ってもらった。このMuBlogの写真については、一昨年MuBlogを賑わした未知のDeepGといい、既知の副長2007といい、風景や桜を撮るのが好きな人は多いようだ。どれもこれもMu好みの写真になっているので、今年の大沢池は風の強さと寒気には参ったが、佳かった。

地図:大沢池(大覚寺):京都市右京区嵯峨大沢町

情報
Muimg_2486_1 大沢池と、地図の右端の広沢池とは指呼の間にあり、嵯峨野とMuは呼んでいるが、観光地とははずれた嵯峨野でしょう。Muはこのあたりが気に入っていて、昼食などひっきりなしに訪れる。この近辺の関連記事はMuBlogにいくつかあるので、御覧ください。
 アクセスには、バスで大覚寺行きが一番分かりやすい。そうだ、大覚寺のHPを掲載しておきます。
 <旧嵯峨御所 大覚寺 門跡

後日談
 桜を観た後、三人はまたしても屯所に引き籠もり作業に専念していた。そして夕方には機関誌Truthをすべて完成させた。日頃、寡黙で比較的頑強(笑)とは思っていたが、相当に疲労の色が濃かった。桜の精が乗りうつって、完成させたのかもしれない。予定ではあと、1~2日かけるようだったが、早くすませたことになる。四国の山奥、掛川の里、房総の潮風で育つと、今風とは少し違ってくるようだ。Muは当日の寒気やその後の諸行事緊張でか、その後半病人になってしまったが、三人には異常なく、昨日に至っている。

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小説木幡記:20070413(金)短期記憶の世界

(1)記憶がゆらめいて
 この10日間ほどの長期記憶がゆらめいていて、覚えがない。毎日持病の激痛で呻いたり、鎮痛剤で頭がぼんやりで、それでも一応責務をはたしたのだから、何事も年季、経験というのは役に立つと自笑。ピークは昨日12日と、11日(水)の深夜に思った。12日木曜の授業を休講にしようとさえ思った。

 3日に、昼食をとって大覚寺や佐野藤右衛門の桜をみてから、寒気がしてそれが引き金になったのだろう。4日に入学式があって、こういう式典は余のような気弱な人間には、人の百倍ほどの緊張をしいるので、こなした後、あっけなく心身倒れた。余は弱き人として生をうけたようだ、これも自覚しつつ、蒲柳の質と自笑。
 それからいろんな行事があったはず。よく覚えていない。

 月曜から授業が始まった。
 事情で、葛野図書倶楽部2001の手助けがあったので、余は飾り猫のようにぽつねんと座って、助勤(授業支援の優秀上級生ボランティア)たちの授業案内や演習説明を、横で授業参観父兄の顔して聞いていた。助勤たちがいなければ、この一週間の授業はすべて休講になっていたことだろう。

 休講は、それはそれでありえるのだが、全体のスケジュールがぎくしゃくとしてしまう。せめて最初の授業くらいは、担当教員がぽつねんであれ、妖しい人であれ、舎監であれ、なんらかのキャラを学生達に見せねばならない。もしこの一週間を休講にしていたなら、来週は余のロボット思考では、突然、衝撃的に、前振りなしで各科目に突入してしまう。ともかく、余は「蒲柳(ほりゅう)の質(しつ)」という古典的キャラ印象を与えたのかな。

 最初の授業は厖大な印刷物や、場合によっては、重いパソコンを離れた教室まで運ぶ必要がある。そう言うときに、人の手助けはありがたい。というわけで、右往左往した一週間、教室での助勤達の断片的な記憶は残っているのだが、自分が何を言って、研究室で何を考えていたのか、まるっきり記憶にない。

(2)桜
 というわけで。今年の桜狩は、昨年のように皆無とはならなかったが、思い半ばのものとなってしまった。今後掲載するのは、記事にして3つくらいしかない。飛鳥石舞台も、琵琶湖北辺の海津大崎も、近くの天神川も、嵐山も、御室も平野神社も、駄目だった。今頃、吉野の新聞記事を眺めると、失意はげしいな。

 しかし、人生1割打者と自覚しているので、3割思いが叶えば上々、写り具合など含めて気分の上では今年4割くらいの桜狩成果だったから、佳しとしましょう。週末から来週にかけて、残った記事をしこしこ造っていこう。

 そういえば食事、細川ラーメンも、薮そば天ザル、嵯峨野鳥なんば、ビフカツサンド、弁慶うどん、ちかごろとんとご無沙汰してしまった。大学での昼食は、ゆらめく記憶では、おにぎりとかサンドイッチだったようだ。安く上がったが、なにか生の充実感を根こそぎ剥奪された思いだけが残った。余は、こういう細々しい日常が破壊されると、余計に壊れていくようだ、と自笑。

(3)blogの進化
 ニフティー社のココログを、最近とても評価している。余はココログには毎月千円の使用料を払ってきた。なぜ有料のサービスを選んだかというと、いろいろ理由はあるが、お金で買えるものはお金を出すという気持があるからだ。そのあたりは複雑になるので、また深く考えると痛くなるので(余の持病は、脳を使うことへのブレーキだと確信している。そして、詳細はまた痛くなるので省くが、生命体の理(ことわり)として事実だ)、止めておく。

 結論は、毎月千円だしてきただけの値うちものになってきているという、安心感だ。
 現状では、10GBの容量を確保し、データのバックアップは責任をもってくれている(はずだ)。その他もろもろ。

  その1:カテゴリー
 数日前から、MuBlog記事は、記事を指定すると(コメントを読む状態などをさす。固定アドレスで見るとき)、当該記事のカテゴリーを持つ過去記事を、5件ばかり末尾にリンク付き表示する。ココログは、過去遡及に関して、一定の見解をもちだしたようだ。blogは当初日記主体だったから、過去にたいしては曖昧な全文検索か、日付指定くらいしか検索機能がなかった。
 当該記事に類縁の過去記事を扱えるのは、上々のサービスといえる脳。

 となると、困ったことになる。余はまさしく絵に描いたような紺屋の白袴男。過去記事千点すべてのカテゴリーをつけ直さないと、でてくる関連記事がメチャクチャ。これで情報学を標榜しているのじゃから、困った。
 結局、記事を自動分類する方法をつかうか、大量のアルバイトを雇うかしかないな。それとも隠居仕事でこつこつ自分でするか、いやそれが間違いのもと、余の思考は経年変化がはげしく、日々、時々、分々、秒々で変化し、一定の固定的カテゴライズには不向きなようだ、と自笑。自分でやれば、またまた、結果としてめちゃくちゃになる。マシンにさせるか、人にさせるか、前者は無料じゃが持病を誘発させる危険性、後者は楽だが資金が必要。うむむ。悩み多き後半生だった。

  その2:いろんなパーツ
 お気づきの読者もおられようが、最近MuBlogの右サイドバーに、時計がある。これは、ココログの新サービスで、好きなパーツをblogに一瞬にして貼り付けた結果だ。
 また、左下サイトバーには、ちっこい地図がある。これは使い方に慣れるまでは、分かりにくいが、非常に大きな可能性をもったパーツだ。アルプス社が提供している。投稿blog表示その他、まだまだ試験的なものだが、将来成長すると高次元の地図になっていくだろう、と先行投資。

 こういった高機能、優れたデザイン、いろいろなパーツが山のようにあって、好きな物をblogに貼り付けることができるようになった。他の無料blogでもあるだろうが、ココログ・ブランドの安心感と、設置の手軽さに感心した。

 ブロッグパーツガーデン(Blog Parts Garden)
 ココログ以外のblogでも利用できる。

(*)そんなわけで
 小説木幡記を書いていたら、少し楽になった。写真記事や技術記事や読書記事などは疲れるが、木幡記は楽になるみたいだ、と発見した。

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2007年4月10日 (火)

高台寺の枝垂れ桜:20070402

承前:円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402

↓動画:高台寺のシダレザクラと東山・庭園全景 20070402 (Mpeg4 9MB)
Kodaijittitle

外から見た高台寺のシダレザクラ

高台寺桜20070402(22番)
 鷲峰山(じゅぶざん)高台寺(臨済宗建仁寺派)と入場案内に書いてあった。豊臣秀吉夫人の北政所ねねさんが、慶長十一(1606)年に秀吉の菩提を弔うために、開創したとあった。ここ何年かはライトアップの寺院としても評判を聞いていた。寺院神社大事典(平凡社)によると何度か火災にあい塔頭が忘失したようだが、庭が広く東山に接していて、境内が狭くなったとかいう印象は皆無だった。徳川家康は、この寺の創建、維持に相当手を尽くしたらしい。大坂城に淀君がいて、正妻のねねが出家して京都の東山山麓に籠もったのだから、家康としてはバランス感覚が働いて、援助をしたのだろうか。単純な想像では、秀吉、ねね、家康、みんな同時代を戦いぬいた仲間であって、家康としても大阪の淀君よりも、同年代のねねとの方が話しやすかったのかも知れない。旧知の老いた未亡人を助けるというのは、世間体もよかったのだろう。わからないが、想像だ。
 庭は、圧倒的だった。これは佳い。禅宗なのに、禅宗っぽいすましたところがなくて、見通しが効き、優しい気持ちになれた。

シダレザクラの三様

高台寺桜20070402(36番)
高台寺桜20070402(34番)
高台寺桜20070402(30番)

 桜のことは桜に聞けばよかろう。ライトアップの効能がわかる時間帯ではなかったが、色が変化して桜も変化する様子はわかった。ただ、庭にある照明装置が分かりにくかったが、現代的仕様で、Muはわからないのだからそれでよかろう。
 それよりも、四月四日の産経新聞朝刊「人語り:石と語る庭師:北山安夫(58)」という記事が目に入って、「そうなのかぁ~」と分かってきた。北山さんは20年間、この高台寺の庭をさわってこられたようだ。最初の頃は、この小堀遠州作庭と言われる庭も、草木が繁茂し、空も見えなかったとか。石に妙味があるのに、おそらく森の中に古びた磐座(いわくら)が苔むしたような状態だったのではなかろうか。これもMuの想像。つまり原始林。
 それを、北山さんは飽かず毎日石を眺めくらし、動かし、気がついたら20年間も経っていた、という話でなかなか興味がわいた。ところで、もともとは小堀遠州作庭としるしたが、よく考えるとこの方の名前はそこら中に現れるので、なにかしら護符のような、御利益があったのかもしれない。Muも庭をつくったら、「小堀遠州作庭」とでも記してみたくなった。
 いや、冗談がすぎた。そういうこととは関係なく、お庭の開放感がとてもよかった。京都町屋の坪庭にもおもしろみがあるが、東山をまるごと包み込むような作庭に感心したわけだ。高台寺の場合、臥龍廊(がりょうろう)という、屋根付きの長い階段が、庭の中の建物と建物とを結びつけているのがひときわ気に入った。

地図:高台寺:京都府京都市東山区下河原町

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2007年4月 8日 (日)

NHK風林火山(14)謀略の風林火山

承前:NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ

 今夜はぼんやりしていたら、始まっていた。統一地方選挙の広報で、NHKがMuに断りもなく時間帯を変えていた。ただタイトルはみたから、見過ごしたのは一分ほどのことだろう。

 どうにもこそばゆいのは、諏訪家の娘「由布姫」のことである。絶世の美人などと原作の井上靖さんがいうものだし、昔から語り伝えられてきたのだから、選ばれた女優さんも大変だ。表情のないアンドロイドのような顔立ちは似合っているが、いささか冷え冷えとして、ぺったんカイロなんかを姫の背中に張りたくなる。Muはここ数回は、例のお公家さん出身の三条夫人、「はるのぶさぁん~」が消化によいのう。

 たしかに勘助の謀略はだんだんえぐさをだしてきた。知り合い、気の良い者らに、おかまいなく策を弄していく。しかしドラマで盛んに言っているように、戦わずして勝つには敵の自壊を招くのが一番なのだから、壊れるように、融けるように、廻りからじわじわと攻めていくのが軍略の本義。
 孔子を生んだ国は孫子も生んだ。ヨーロッパでは、プロイセン(ドイツか)で18世紀にクラウゼウィッツが『戦争論』を生んだ。戦争とは政治の一手段と言っていた。そういえば今夜の晴信も、三条夫人から「諏訪と戦うのは止めて欲しい」といわれて、戦(いくさ)は政(まつりごと)だから止めるわけにはいかないと、晴信が答えていた。まるでクラウゼウィッツに通じる。

 敵に内紛を生じさせ、兵馬を蓄える時間を与えず、己以上に敵を知れば、自然に戦に勝つ。情報戦でもある。そう言う雰囲気を山本勘助は今夜も言動で表そうとしていた。ただ、まだ勘助の胸のすくような謀略戦には至らず、謀略戦というよりも、肉親、男女愛憎戦の中に、勘助自身が足を踏み込む直前で終わった。

 由布姫も三条夫人も晴信も勘助も大変な重荷を背負って諏訪一国に対峙している。後日、晴信は諏訪信仰に走ったと耳にした。諏訪の神さまは軍神として有名だったようだ。諏訪大社は上社(かみしゃ:本宮と前宮)、下社(しもしゃ:春宮と秋宮)、合計四社の連合なので外部の者はその機能分担、由来が分かりにくい。中心になる神さんは、出雲のタケミナカタノカミさんで、天津神に逆らって国譲りを阻止し、諏訪にまで逃げてきた神さんである。

 今夜中心となった諏訪氏とは、上社の大祝(おおほうり)と呼ばれ、タケミナカタノカミさんの子孫らしい。この大祝の役割は以前古代史で勉強したのだが、今夜は頭がぼやけて資料も内容も思い出せない。ちょっと、世間とは相当に異なる儀式があって、底が深い。たしか、蛇さんも関係していた。となると、またしても三輪の大物主さんとの縁が生じる。

 なべて記事内容がぼけてしまったが、孫子の旗、つまり風林火山がはためくまでは前哨戦というおもむきだな。
 ところで、今の所気に入っているのは、板垣、晴信、勘助、三条夫人。晴信のことは最初なかなか佳さがわからなかったが、最近になって、あの歌舞伎調の見得を切ったセリフがすとん、すとんと胸に納まる。

後日談
 なお、諏訪氏は明治時代に子爵を得ているから、今もおられるのだろう、不知。
 武田家は、? ああ、家康は武田家臣を大量に採用したはず。

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円山公園(京都・祇園)の枝垂れ桜:20070402

承前:祇園円山公園の夕桜平成十七年

↓動画:円山公園のシダレザクラと東山 20070402(Mpeg4:10MB)
20070402maruyamatitle

枝垂れ桜の妖精

円山界隈・枝垂れ桜の妖精
円山界隈・枝垂桜案内
円山公園桜20070402(24番)

 平成19年4月2日は激しい黄砂で空が薄黄色だった。そのせいかどうか、同夕方円山公園にたどり着き1時間ほど彷徨い写真を撮っていたが、気分は晴れなかった。カラスのせいかもしれない。ビデオにはカラスが映っている、鳴き声も入っていた。カラスが黄砂にからまって、枝垂れ桜を長年痛めつけてきた、と私は内心憤激していた。ソメイヨシノだと咲き誇る樹齢は人間の一生に等しいと以前耳にした。60年~70年程度か。しかし、円山公園の中心にある、枝垂桜は、案内板での正式名称は「一重白彼岸枝垂桜」といって、相当に長命なようだ。なのに、ここ数年のお姿は芳しいものではない。そんな風に考えながら、黄砂の中でカラスを写していた。

桜と池

円山界隈・桜と池
円山界隈・円山公園案内

 円山公園は開放感があってよい所だとおもっている。東山に連なっているような雰囲気がよい。ただ、私が利用するところは、入口の八坂神社境内と、枝垂れ桜のある中央池付近と、長楽館と、事情あって坂本龍馬像くらいのものだ。これからはこういう公園を日長ぶらぶら歩いて写真を撮りたいと思っている。
 これまでの記憶では、公園内の数カ所の料亭とか、食事どころを様々な寄り合いで使った覚えがある。味とかよりも、京阪電車までの往き帰りの徒歩が気持よかった。
 造園は小川治兵衛と記してあった。この方の当代の著書を読んだことがあるが、やはり庭造りの名人というのは、今でもおられるようだ。「借景(しゃっけい)」とかで独特の考えがあったが、今日は鎮痛剤を飲んでいるのですぐに図書を取り出せないし、なにをおっしゃったのかもぼんやりしている。円山公園を例にするなら、東山の風景を借りるのか、あるいは造園によって東山の風景を生かすのか、そういう視点の違いについてのお説だったようなぁ~。そうそう、記していていま気がついた。私は、庭が好きなようだ(笑)。 

円山界隈・芭蕉堂

円山界隈・芭蕉堂
円山界隈・芭蕉堂(案内)
狛犬(こまいぬ)と、円山界隈夜景
円山界隈・狛犬(こまいぬ)
円山界隈・夜景

 ずらずらと写真をならべたが、円山公園を南下して高台寺へ行くまでの道筋にある。途中で西行や芭蕉がでてきて、狛犬がいて、まるで東大寺の大屋根を思わせるような絵柄がここにあった。つらつら記そうともおもったが、急いで書いても良くないので、この続きは後日としておこう。高台寺については後日に記事をあげるが、それよりも円山公園やこの界隈は、いつも行き来する右京、嵐山、嵯峨野とはまた違った雰囲気なので、それなりに足繁くかよって、思うところを述べていきたい。茶房や料亭も甍を連ね、ふむふむ、よいですなぁという余録もある。京都は佳いところだ。

地図・京都市東山区円山町

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2007年4月 7日 (土)

三十三万アクセス:MuBlog

承前:三十二万アクセス:MuBlog

 今日は午前五時起床、体調劣悪、治療するも歩行不可。メルにて勤め先に欠席を連絡。土曜日だったが、余も専門内容について数分説明することになっていた。内容は複雑ではないので、要点だけを同僚先生にお願いした次第。面目なし。

 午後あたりより起き出す。狭い家中を歩くたびに杖がひっかかり物を落とす。どもならん。また、横臥していた。夕方から痺れる程度におさまり、座したままシャワーを使うと、脳がすっきりしてきた。

 と、こう実情を記すと本当に闘病記になってしまう。

 なになに、ただ痛いだけで、ぼんやりするのは強烈な鎮痛剤を飲むからにすぎない。たまに、この痛みが身体と神経を襲うと、かえって生を味わう。心身にカツをいれるようなものだ。

 さて、上記文章を読みながら、「うむ。まだ完治していない」と感じた(笑)。

  観測日→2007年4月7日(土)18:10頃
  MuBlog→累計アクセス数: 330028 1日当たりの平均: 295.72
  全体  →累計アクセス数: 525820  1日当たりの平均: 471.16

(1)ページ別アクセス数:一ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月8日(木) ~ 2007年4月6日(金)

アクセス数: 15,544
訪問者数: 10,798
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 735 1,680 6.8% 10.8%
2 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 566 1,061 5.2% 6.8%
3 ti voglio bene : t.v.b (リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ) 253 534 2.3% 3.4%
4 地図の風景 280 330 2.6% 2.1%
5 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 181 310 1.7% 2.0%
6 じょうしょうこうじ:常照皇寺 179 282 1.7% 1.8%
7 美味しいところ 169 276 1.6% 1.8%
8 NHK風林火山(11)晴信謀反、信虎追放 173 267 1.6% 1.7%
9 NHK風林火山(07)真田幸隆 204 262 1.9% 1.7%
10 邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択 175 244 1.6% 1.6%
11 CPU空冷装置・換装のお勧め・SAMURAI-Z 107 241 1.0% 1.6%
12 よどがわ・せわりつつみ:淀川河川公園背割堤の桜爛漫 107 217 1.0% 1.4%
13 NHK風林火山(10)晴信謀反準備 174 209 1.6% 1.3%
13 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 173 209 1.6% 1.3%
15 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 125 197 1.2% 1.3%
16 京都の書店 164 192 1.5% 1.2%
17 室町和久傳(むろまち・わくでん) 134 191 1.2% 1.2%
18 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 128 173 1.2% 1.1%
19 佐野藤右衛門邸の桜:20070330 88 157 0.8% 1.0%
20 長尾真博士のノート 110 154 1.0% 1.0%
21 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 130 151 1.2% 1.0%
22 さくらだ:桜田 94 149 0.9% 1.0%
23 CPU空冷装置・掃除のお勧め 88139 0.8% 0.9%
24 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 128 136 1.2% 0.9%
25 京桜たより:20070330 地蔵禅院・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸 78 120 0.7% 0.8%
26 NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜 100 113 0.9% 0.7%
27 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 77 99 0.7% 0.6%
28 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 77 97 0.7% 0.6%
29 小説木幡記20070321(水)桜カレンダー 49 94 0.5% 0.6%
30 地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330 43 92 0.4% 0.6%
31 図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702 68 80 0.6% 0.5%
32 NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助 68 78 0.6% 0.5%
32 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 68 78 0.6% 0.5%
32 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 47 78 0.4% 0.5%
35 ηなのに夢のよう/森博嗣 57 72 0.5% 0.5%
36 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 27 70 0.3% 0.5%
37 0504020・目次:桜狩り 47 69 0.4% 0.4%
38 読書の素 62 68 0.6% 0.4%
38 小説木幡記 64 68 0.6% 0.4%
40 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 59 66 0.5% 0.4%
41 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 42 65 0.4% 0.4%
41 読書余香 62 65 0.6% 0.4%
43 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 57 63 0.5% 0.4%
44 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 51 62 0.5% 0.4%
45 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 48 61 0.4% 0.4%
46 辨慶うどん 43 60 0.4% 0.4%
46 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 36 60 0.3% 0.4%
46 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 52 60 0.5% 0.4%
49 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 46 58 0.4% 0.4%
50 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 43 51 0.4% 0.3%
51 2006年03月 45 50 0.4% 0.3%
51 イメージの素 44 50 0.4% 0.3%
53 小説木幡記:20070301(木)敬語と学生語と朕 44 49 0.4% 0.3%
54 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 31 47 0.3% 0.3%
55 地図の蠱惑:未踏地 36 46 0.3% 0.3%
56 禁断の惑星:Forbidden Planet (映画) 33 45 0.3% 0.3%
56 椿井大塚山古墳の現況写真 23 45 0.2% 0.3%
58 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 38 44 0.4% 0.3%
59 平城京、長岡京、平安京:三都の南北標高差 34 43 0.3% 0.3%
59 葛野図書倶楽部2001 26 43 0.2% 0.3%
61 ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎) 33 41 0.3% 0.3%
61 もりしょう:そうめん処・森正 26 41 0.2% 0.3%
63 NHK風林火山(04)ミツの死と仕官 33 40 0.3% 0.3%
63 0501241・つつきのみや:筒城宮とラーネッド記念図書館 23 40 0.2% 0.3%
65 NHK風林火山(06)仕官の難しさ 33 39 0.3% 0.3%
65 NHK風林火山(09)晴信と機略 33 39 0.3% 0.3%
65 NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ 36 39 0.3% 0.3%
68 小説葛野記:20070312(月)目眩とラインハルト、美麗葛野研(笑) 28 38 0.3% 0.2%
68 小川珈琲本店 25 38 0.2% 0.2%
70 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 30 37 0.3% 0.2%
71 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 21 36 0.2% 0.2%
71 ちょうけんじ:長建寺の糸桜 23 36 0.2% 0.2%
73 2006年02月 32 35 0.3% 0.2%
73 私の京都 27 35 0.3% 0.2%
75 にじょうじょう:二条城の夕桜(1) 26 33 0.2% 0.2%
75 てんじんがわ:天神川の桜海・平成十七年 29 33 0.3% 0.2%
75 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 31 33 0.3% 0.2%
78 長岡京市埋蔵文化財センター 18 32 0.2% 0.2%
78 雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡} 24 32 0.2% 0.2%
78 50万アクセス(サイト全体) 25 32 0.2% 0.2%
78 小説葛野記:20070316(金)暇でもないが、なんとなく 22 32 0.2% 0.2%
78 Mu現代古典 31 32 0.3% 0.2%
83 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 26 31 0.2% 0.2%
84 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 25 30 0.2% 0.2%
84 皇国の守護者(2)勝利なき名誉/佐藤大輔 23 30 0.2% 0.2%
84 オーパーツ大全(感想文) 26 30 0.2% 0.2%
87 小説木幡記:20070320(火)人の心配ばかりしないで 14 29 0.1% 0.2%
87 ふる里:一条通山越え 17 29 0.2% 0.2%
87 ぎおん・まるやまこうえん:祇園円山公園の夕桜平成十七年 18 29 0.2% 0.2%
87 Blog統計 23 29 0.2% 0.2%
91 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 20 28 0.2% 0.2%
91 ようげんいん:養源院 21 28 0.2% 0.2%
91 邪馬台国はどこですか?/鯨統一郎 25 28 0.2% 0.2%
94 高取城(たかとりじょう) 17 26 0.2% 0.2%
94 San Francisco International Airport:サンフランシスコ国際空港(SFO) 20 26 0.2% 0.2%
94 へいじょうきゅうせき:平城宮跡、そして佐紀盾列古墳群 19 26 0.2% 0.2%
94 北方謙三『水滸伝』十六「馳驟の章」 17 26 0.2% 0.2%
98 要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡 19 25 0.2% 0.2%
98 2006年10月 24 25 0.2% 0.2%
98 NHK風林火山 20 25 0.2% 0.2%
101 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 21 24 0.2% 0.2%
101 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 15 24 0.1% 0.2%
101 小説木幡記:20070314(水)水鳥を思い出して 14 24 0.1% 0.2%
101 くろづかこふん:黒塚古墳・展示館 14 24 0.1% 0.2%
101 2004年03月 22 24 0.2% 0.2%
101 2005年03月 18 24 0.2% 0.2%
101 三角縁神獣鏡 11 24 0.1% 0.2%

↑感想

 「桜」「佐野藤右衛門」これに尽きる。この季節は、SakuraMuBlogと改名した方がよいかもしれない。素人幸運というものなんだろう。桜も佐野藤右衛門の伝統も知らず、ただ近所の散歩道だから、それに綺麗な桜だから、小学校時代からうろうろしていた。ここ数年は写真に撮ってきた。さりながら、好みの写真がいくつかあるから、無縁の縁のようなものがあるのかもしれない。高校・大学時代の写真好きな友人が(ミノルタ・カメラを持っていた)、自転車で通って、雨にぬれた佐野邸をさかんに写していたのを、覚えている。20代前後の話だ。

 6じょうしょうこうじ:常照皇寺 これは古い記事だ。こんなに上位に入るとは。しかし余がもっと見ていただきたい、「常照皇寺(ビデオ)」が見あたらない。検索エンジンの隙間にあるのかもしれない。

 10邪馬台国はどこか/NHK歴史の選択175 244 これは、他に少し関連記事がアクセスされた。

  56椿井大塚山古墳の現況写真23 45、

  91邪馬台国はどこですか?/鯨統一郎25 28

  101くろづかこふん:黒塚古墳・展示館14 24

  101三角縁神獣鏡11 24

邪馬台国については、余にとっても古くて新しい課題だ。今後、真剣にとりくんでみたい。

 意外なアクセスがある。16京都の書店164 192 これは不思議だ。京都好きで書店好きの方が多数おるのだろうか。101新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条}21 24 も含まれるのだろう。

 20長尾真博士のノート110 154 あのノートはどのくらいあるのだろう。百冊はあるような気がしている。

 31図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・20070268 80 これは、図書館司書という職業の、日本での難しさを味わう。ただ。それを今夜考え込むとまた倒れるので、このくらいにしておこう。

(2)ワード・フレーズ:一ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月8日(木) ~ 2007年4月6日(金)

集計対象アクセス数:10,230
(以下、G,Y,M 以外のリンクは管理用ですので利用できません)

検索ワード/フレーズ 割合
1 佐野藤右衛門  G Y M 524 5.1%
2 じぶり  G Y M 181 1.8%
3 真田幸隆  G Y M 150 1.5%
4 長尾真  G Y M 131 1.3%
5 リストランテ ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 118 1.2%
6 常照皇寺  G Y M 109 1.1%
7 しる幸 京都  G Y M 94 0.9%
8 九絵家  G Y M 77 0.8%
9 佐野藤右衛門邸  G Y M 75 0.7%
10 ティ・ボリオ・ベーネ  G Y M 73 0.7%
11 万沢口  G Y M 63 0.6%
12 桜守 佐野藤右衛門  G Y M 58 0.6%
13 じょうしょうこうじ  G Y M 57 0.6%
14 京都 大型書店  G Y M 53 0.5%
15 風林火山  G Y M 52 0.5%
16 甘樫丘  G Y M 50 0.5%
16 リストランテ t.v.b  G Y M 50 0.5%
18 桜田 京都  G Y M 49 0.5%
19 京都 しる幸  G Y M 47 0.5%
20 邪馬台国 千葉説  G Y M 45 0.4%

↑感想

20 邪馬台国 千葉説 

 これなんですよね。気になってネットをいろいろ訪ね歩いたのですが、1980年代の説のようですなぁ。こういうのをみると、「邪馬台国葛野説」とか「木幡説」をぶちあげたくなってきます。

(3)利用OS(端末):一ヶ月分:MuBloのみ

解析対象期間: 2007年3月8日(木) ~ 2007年4月6日(金)

集計対象訪問者数:8,902

OS 割合
1 Windows XP 6,915 77.7%
2 Windows 2000 700 7.9%
3 MacPowerPC 472 5.3%
4 Windows Me 265 3.0%
5 Windows 98 177 2.0%
6 Windows Vista 132 1.5%
7 MacOS-X 83 0.9%
8 DoCoMo 28 0.3%
9 au 17 0.2%
10 Vodafone 11 0.1%
10 Linux i686 11 0.1%
12 Windows Server 2003 9 0.1%
13 Windows 95 7 0.1%
14 Windows NT 6 0.1%
15 Windows CE 3 0.0%
16 WILLCOM 2 0.0%
17 Robot/Tool 1 0.0%
17 Linux i386 1 0.0%
17 DigitalTV 1 0.0%
判別不能 61 0.7%

↑感想

DoComo, au, Vodafone, さらにWindowsCE, WILLCOM と、携帯移動系が少しずつ姿をあらわしてきました。気がついてココログを確かめてみると、いつのまにか携帯電話対応になっていました。まだ試験期間中なのか、別置の写真なんかはうまく出ませんが、張り込みタイプは見られました。おそらく、多くのblogが携帯対応になる時期なのでしょう。

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2007年4月 5日 (木)

小説葛野記:20070405(木)倦怠と司政官

 今日は午前中に責務を果たした。ほっとした。昨年は体調不良で、人に代わってもらい面目を失したが、今年はなんとかしのいだ。そんなたいした話はできなかった。現代の図書館は、よいところだよ、といういわば人寄せの役目なのだ。それでよいと思っている。

 今朝は午前三時に目覚め(一応熟睡の果て)、あわててあれこれ足の痛みを応急処置し、午前四時には、目覚ましをセットしてまた眠った。眠るのも起きるのも随意なのはまだ大丈夫なんだろう。予定通り五時半に完全に起床できた。わずか一時間半だったが、脳の老廃物、身体のカスが全部消えたような思いがした。目覚ましが鳴る数分前に起きた。

 で、葛野着は午前七時、あれこれたまった仕事をさばいていった。しかし、なあ、責務を果たしたあとはだるい半日だった。要するに心身倦怠感に浸っているようだ。それでも、仕事が動くのは、これは加齢のせいだろう。多くのことは、半睡状態で出来上がっていく(あんまりミスもない)。まるで、ロボット。それも気持ちがよい。強いて、熱をいれる仕事はしないことにした。理由は、今のこの心身状態下にあっては、脳を酷使すると、回復しない。半眼半睡で一日を終えると徐々に楽になる。これも40年近い経験だ。ひたすらハサミで授業演習・班分け用のおみくじ紙を切っておった(笑)。

 なんだか闘病記になってきたが、そうじゃない。

 眉村卓というひとの小説を頭の片隅で、最近ずっと思い浮かべている。余にとっては、これほど凄い小説はないぞ、といいたいのが「司政官」シリーズだ。
 最近、文庫「司政官」を読んだので、楽になったら紹介する。
 最高傑作は「引き潮のとき」という全五巻の重厚な小説である。ロボット官僚を使い切る司政官の姿が目に焼き付いている。
 眉村卓さんの佳いところをどう表現していいのか、難しい。だから、名作なのにあまり言及してこなかった。そろそろ潮時、ちゃんと読み直してMuBlogの「現代古典」に入れるつもりだ。

 SQ1というロボット官僚の頂点にたつロボットと司政官の対話。これが、たまらぬ。うむ。余の思い描く文学とは、人でなかったのかもしれないなぁ。神か物神かマシンか、いや、自分のことはわからない。ただ、昔に、金沢の泉鏡花賞だったかな?、「消滅の光輪」が受賞していた。つまり、SQ1のファンは、この世におるということだ。すばらしい。再読すれば、倦怠感が吹っ飛ぶだろう。

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2007年4月 4日 (水)

小説葛野記:20070404(水)入学式と桜と、そして日々

 先程、授業教室をコンピュータ実習室に変更したむね、教務関係部署に連絡して、ほぼ一日の表仕事が終わった。ほっと。この件は早朝に、実習室担当部署に部屋番号をよく聞いてのことだ。
 最近、ココログのメンテナンスや、余自身の疲れでMuBlogを二日も休んでしまった。今日も「書けないな」と思ったが、仕事が一段落したら、気分がのった。
 しかし、桜記事はちょっとむりだな。
 写真は山のようにあるが、これはあとで記す。

1.今日の極早朝
 午前6時半頃に、近くの天神川桜を車中から撮った。実は、体調がちょっとぉ〜。で、歩き回ることができなかった。それで南はほぼ9分咲いているが、北の桜塔や柳桜こきまぜた天神川風情は、まだまだ。6分〜7分咲きだね。あまりに朝が早くて、光量のせいか、一見して芳しい写真がなかった。まあ、後日にまた掲載しよう。

2.今日の入学式
 午前と午後、二度式典に参加した。大学・大学院、短期大学部とあって、事情で二度でることになっている。セレモニーは、主催者(教員側)にとっては毎年のことだが、学生にとっては一回きりのことだ。気持ちを引き締めて出るようにしている。すると、緊張して、結局杖の助けを必要としたが、壇上前列なので杖は預けた。なかなかに、儀式というのは、世間に生きているかぎり、それなりの心をこめた対応が必要とされる。万が一にも、議事堂で国会議員が居眠りしていても、余は式のながれに身をそわすのが責務。いや、責務とおもっている間はまだまだ「はな垂れ小僧」なのだろう。

3.高台寺円山公園の夕桜
 月曜の夕刻に東山の麓へ桜を見に行った。余の場合ライトアップ時間まで外をうろうろできないので(眠ってしまうから)、夕桜をたっぷり撮った。しかし、これも一見してよい写真がない。まだ光量をうまくコントロールできないようだ。小学校から青年時までは、絞りとシャッターと、焦点深度の関係、レンズ口径、フィルムのASA値など、結構気にして撮っていたが、現在はすべてオート。なのに、変な写真ばかり。オートが悪いのか、余が夜景夕景に見識がないのか。原因は両方だろう。これも、後日に掲載しよう。比較的、高台寺(太閤秀吉の正妻、ねねさんが晩年住んでいた寺で、庭がものすご上等!)はましかも知れない。

4.大覚寺と、満開の佐野藤右衛門邸しだれ桜
 昨日火曜は、早朝から倶楽部員たちが機関誌(教材)Truthの19号を制作していた。五年前は三号同人誌(笑)と、思っていたが、いまや情報図書館学の教材にまで昇格してしまった。これ、全部、学生の力。季刊だから年に4回、伝統的に毎年「副長」がすべての指揮をする。
 もう、次の夏号の算段にはいっているようだ。さておき。編集から始まって、印刷製本まで、すべて手作りだから相当な、「のべ人数」と体力がいる。
 で、昨日は昼頃慰問すると、何人かでがんばっていた。思いあまって「どうじゃね、昼でも一緒して、桜でも見て、一休みしようではないか」むむ。桜見物は慰労というよりも、余の学術・趣味につきあわせたような結果だったが。ともかく、すぐ近くで食事して、隣の大覚寺に行った。
 2007年度の副長、一番隊長、三番隊長の三名だった。
 結論を言うと、寒かった。完璧な花冷え。ビデオや写真に、偶然に後ろ姿が入ったのは、大抵背をまるめた姿だった。写真は? 余は寒さに気力がなえて、IXYを副長に預けた。ビデオは重いので格好つけて余が撮った(逆光で失敗)。だから、後日掲載する大覚寺桜はすべて副長の作品である。これは佳いのが撮れた。副長2007はもともと余より上等なIXYを使いこなしているせいだろう(笑)。大覚寺は昨日、八分咲きと言ってよかろう。
 他の若い二人は「寒い、寒い」といいながら、大澤池のまわりをうろうろしておった。
 早々に大覚寺を出て、帰りに佐野邸近くで車をとめた。余だけ10分ほど外にでて、数十枚IXY写真を撮った。佐野邸しだれ桜は、昨日3日、満開と言って佳かろう。
 帰ってから余は研究室にこもり、授業ノート作成や他の雑務に励んだが、終わる頃にはぐったりした。屯所を覗くと、三人も雑誌造りで疲労困憊の様子、最後の乱丁チェック、製本に励んでいた。
 作業がすべて完成した時、外は暗かった。

5.写真とビデオ
 カメラ写真の場合、幼少期は、フィルム枚数が20とか36枚なので、随分丁寧に写真を撮っていた。ところが、今はまったく違う。一カ所行くと、たとえば桜狩りなら、その場で50〜100枚程度乱写する。この間、30分から60分程度だ。対象物とかアングルとか光量なんか、ほとんど考えていない。
 だから、撮るのは楽だ。あとが大変。その中から、MuBlogに掲載するのは、以前は一記事あたり3枚〜5枚、今は気がゆるんで6枚〜8枚。一カ所につき、100枚程度の中から、数枚を選ぶ、この作業がものすごく疲労する。佳いのがあればまだ充実感が残るが、そうでないときは砂を噛むような味わいになる。
 世の中には、これとまるで逆の人もいる。その人の場合、実際に聞いた訳ではないが、記事によると数枚とって数枚モノになるそうだ!
 まあ、よかろう。人生いろいろ。
 ビデオは、8mmカセットから始めたわけで、15年間ほど使っているが、うむ。現在はSONYのハードディスク系ビデオだ。なかなかおもうようにいかない。だから、半分あきらめて、景観、全体雰囲気、それに時々「音」。この為だけに撮っている。なんとなく、ビデオは永遠に「やったぁー」というようなモノは撮れないように思える。
 まあ、よかろう。記録として、ビデオは現場状況を写真よりは豊かに残す。

*.というわけで
 都も、だんだん日が暮れてきた。一休みして、知人のお父さんの通夜にでむく。今日は、ネクタイを白と黒と両方用意した。こういうこともあるのだろう。

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2007年4月 1日 (日)

NHK風林火山(13)仕官、就職とは命がけ

承前:NHK風林火山(12)晴信、板垣、勘助の心・桜

1.猛将との戦い
 戦国時代、どの大名家にも猛将と言われる人がいたことだろう。もし読んでみたい時代小説があるとするなら、家中一同からっきし駄目男ばかりで、戦になると逃げて逃げて逃げまくる、なのに敵がいつもなにかの事情で自壊して、しらぬまに戦国一の名君と呼ばれるようになった、そんな大名はいないだろうか? 
 そんな小説ならその要点は、武将達がどれほど駄目かという詳細を縷々描くひつようがある。刀を持つとすぐに重くて落とす、弓矢をひくと明後日の方角に飛ばす、槍や鎧は戦が終わるとすぐに質屋(土倉と言うたのかな)へいれて、次に招集がかかると侍大将レベルでもふんどし一丁。
 将兵はすぐに逃げるが、他国へ行ってもその駄目さかげんで、結局自国に戻る。殿様は気が良すぎるのか、あっさり「お~お~、やはり余の側が良かったかぁ。まあ、しばらく頑張ってくだされや」と受け入れる始末。

 今夜の武田家に、そんなところはみじんもなかった。当たり前か(笑)。綺羅星のような猛将達の中でも、群を抜いた原虎胤(はら・とらたね)が新参者の山本勘助と真剣勝負にでた。いや、勘助がそういいつのったからだ。「真剣じゃないと、力がでない」と。
 
2.勘助の智慧
 山本勘助は智慧で仕官した。猛将板垣に策略じみた方法でアポイントメントをとったのだから、度胸もあったことだろう。40歳越えて、それまで命を張って生きてきたのに無職だったのだから、勘助その時やけくそな所もあったろう。
 相手方に受け入れさすには、面目を立てねばならない。それも命がけ。結局行き着くところまで追い詰められて、智慧と言っても机上のものではなくて、生きるか死ぬかの瀬戸際で絞り出すような真性智慧となる。
 舟上での戦い。双方に足場が悪いから、義経並の八艘飛びをしないかぎり、どれほどの猛将も力が減殺される。この策は勘助の口舌で導いた、考えたものだ。
 勘助が採った方法は、水を刀で切り飛沫をあびさせ目つぶし、返す刀で舟底を突き破り浸水さす。自らは若い郎党の操る小舟に一艘飛び。
 晴信も、家中一党も、双方に血をみなかった勘助の詭略に喝采。何故かいつも勘助、ふところから紙を引っ張り出して人に見せる。「兵者は詭道也」(へいはきどうなり)と。ちょっと、笑える。

3.入団儀礼、通過儀礼
 どういう言葉がよいのかすぐに思いつかなかったので、とりあえず「入団儀礼」としておく。つまり古来、人は成人するとなにかの組織に入って、そこで共生することで、生きて行けた。つまり就職、仕官ができた。村などでも通過儀礼があって、これは結構しんどいことだったろう、バンジージャンプ。
 フリーメーソンなんか、秘密結社も難しいようだ。イチゲンさんでは入れない。紹介者がいて、いくつもの試練をへて、ようやく結社メンバーになれるわけだ。
 山本勘助は、今夜その命がけの試練を乗り越えた。仕官、就職というものも、通過儀礼の一種なのかもしれない。

4.関東管領と諏訪
 関東管領(かんとう・かんれい)とは、要するに室町幕府による関東の鎮め役で、幕府縁者の職・鎌倉公方(くぼう)の元にあった。委細は省略するが、後に長尾景虎(かげとら)が、弱体化した上杉憲政(のりまさ)管領の養子になって上杉謙信と改名し、最後の関東管領になる。これがガクトなのだ(笑)。
 当時、その憲政関東管領が武田晴信の押さえる信濃に兵3000で押してきたのは、晴信にとって痛手だった。それを見透かすように、晴信の妹婿諏訪家は、武田の援助なしで動き始める。
 ややこしい話だ。そのうえ、ドラマでは真田幸隆まで再登場してくる。当時の戦国日本の様相は、そこら中で蜂の巣をつついたような喧噪だったのだろう。来週あたり、さて勘助どのような軍師ぶりを発揮するのか。

*.
 今夜、やはりドキドキした。主役が死ぬわけはないのに、どきどきするのは、人間の「理屈」を越えたところだろう。もちろん、倒叙法なら、最初に主役があっけなく死んで、あとは延々と回想になる場合もあろうが、一般に主役はなかなか死なない。義経だって、近藤・土方だって、一豊だって千代だって、どんなピンチがあってもなかなか死なない。それが分かっていても、剣の達人とは言えない勘助が、どうやって勝つのか逃げるのか、終始目を離せなかった。おもしろい。
 
 以前から「はるのぶさん~」と呼びかける三条夫人は、今夜は息子の疱瘡や、勘助の異形に鬱になっていた。来週あたりから諏訪の美少女が武田とややこしい関係になるから、そうなると、うむ。女同士の駆け引きが少し増えてきそうだ。一度も言及してこなかったが、大井夫人の女優「ふぶきじゅん」さんは若い頃の姿を覚えているので、最近の役回りを感心して見ている。

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佐野藤右衛門邸の桜:20070330

佐野藤右衛門邸(京都市右京区山越中町)地図

↓動画:佐野藤右衛門邸桜 20070330 (mpeg4 約3MB)
Sanosakuratitle20070330

佐野藤右衛門邸桜20070330:今春のおすすめ桜木

佐野藤右衛門邸桜20070330:今春のおすすめ桜木
 掲載がおくれました。平成十九年三月三十日午後の、佐野藤右衛門邸(京都市右京区)枝垂れ桜お姿です。こうだ、とは言えないのですがおそらく四月に入ってからだと、さらに桜花が空をうめることと思います。ただ、二つの事情で、夕風呂前の今夕に独立して三月末の佐野邸撮影記事を掲載することにしました。

1) 写真を今朝から眺めていたのですが、佐野さんのお桜は、世間の「染井吉野の花盛り」とは異なった風情があるということに、今更ながら気付いたのです。つまり、ソメイヨシノは川縁も山も野も、桜花で一色塗りつぶす美しさ、絢爛さなのです。しかし、佐野さんのお庭の枝垂れ桜は、紗で覆ったような淡い桜花と空との対比に特徴があると感じました。細やかなのです。花と花との隙間の余韻がよいのです。うっすらとして、淡い味わいなのです。
 過去の写真をみていると、おそらく満開になっても、その淡さがこの桜の佳さだと思いました。それで、もう一度訪れて撮ってから、まとめて公開しようと思っていたのですが、ここに三月末のお姿だけ早めに記録に留めることにしました。(四月上旬の実見掲載は未定です)

2) 日頃ならたいした事ではないのですが、MuBlogを掲載している「ココログ」が4月3日15時から4日15時までメンテナンス状態に入って、参照は出来ても記事登録などが出来なくなるのです。一応はMuも勤め人で責務もあって、近所といえども行ける日限が限られてきます。丁度メンテナンス時期が撮影可能日なので夜間に記事を整理登録もできず、ぼやぼやしていると、3月末の佐野邸記事と合わせて、週末になってしまいます。それでは、佐野桜をアクセスして下さるファンに申し訳ない(笑)という思いで一杯になって、ともかく3月末記事をここに記録に留めることにしました。
 桜狂いは、一歩間違うと「勤め人落伍者」になるかもしれませんなぁ(苦笑)。仕方ないです、短期間に、Muの事情などお構いなく、あちこちで艶姿香を数日間ふりまくのですから。ああ、これこそ「追っかけ」の心理だったのか、今初めて世間の人の気持がわかった!

 人間、説明しないだけで、行為行動にはそれぞれ複雑な事情があるのだと、Muはこの「前書き」を書きながら思ったしだいです。ほほほ。しかし、来年になるとこの記事はMu自身にも役に立つことでしょう。

 以下に、写真を数葉掲載しておきます。
 今となっては、この佐野藤右衛門邸桜について、Muがあれこれ一知半解なことを書き連ねる必要もないことです。専門家はたくさんおられるし、図書もあります。Muは、ただの観桜者として、今年も無事佐野桜をみることができて、ほっとしています。過去記事でいくつか言及しましたが、このあたりの広沢池近くは、本当に私の少年期、青年期の遊び場、散歩道だったのです。いまでも週に一、二回はこの付近をRSで通り過ぎています。

不許葷辛酒肉入山門

不許葷辛酒肉入山門 (佐野藤右衛門邸)

横への拡がり
佐野藤右衛門邸桜20070330:横への拡がり

中天への伸び
佐野藤右衛門邸桜20070330:中天への伸び

情報
 佐野藤右衛門邸は、桜木や庭を御厚意で見せてくださっているという事実を、毎年痛切に感じてきました。桜木の根本や、畑を不用意に走り回るのは、まことに人として外れた行いです。また、Muが持っていないせいかもしれませんが(笑)、大型重量級三脚を桜木の下で長時間据えて撮影にいそしむのは、これもかんばしくないことですね。少し離れた平地から望遠でとりましょう! 自分のことを棚に上げて、教師癖、一家言もうすのは心苦しいのですが、本当に毎年「申し訳なくて、しかたない」という思いがします。

 付近に駐車場やトイレは全くないです。Muが愛車RSをどうしているかはナイショです。このあたりだと地図東の山越えにバスが来ますから、そこから徒歩が最適です。
 トイレや休憩は、先週掲載した近所の「ふる里」がよろしいでしょう。そこは、オムライスとか紅茶とかスコーンがおいしそうです。

承前
  MuBlog:過去の「桜狩の目次」
  MuBlog:京桜たより:20070330 地蔵禅寺・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸
  MuBlog:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年

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地蔵院(京都府・井手町)のシダレザクラ:20070330

地蔵院(京都府綴喜郡井手町)地図

↓動画:ダウンロード「地蔵院の桜」 (mpeg4 11MB)
Jizointitle20070330

鐘楼横のシダレザクラ (地蔵院20070330)

鐘楼横のシダレザクラ(地蔵院20070330)
 平成19年3月30日の午前に初めて訪れました。その時が、最良の時節だったことを味わいました。「初心者幸運」だったようです。ともかく、シダレザクラの季節限定、一年に数日という枠を越えて、その景観に目を見張りました。南山城の風景がパノラマになって気持を昂ぶらせたのです。

二本の子桜 (地蔵院20070330)

二本の子桜 (地蔵院20070330)
 日頃部屋にひそんでいるせいか、たまにこういう広い風景を目にすると気持が空を飛んで、まとめようがなくなってしまいます。この風景は、ここから少し南の「椿井大塚山古墳」を探索したときにも味わいました。その時は空が黄色でしたが(黄砂)、地蔵院からの空は青かったです。正面がおそらく生駒山です。これはビデオで頂上を望遠撮影しています。そうそう、二本のシダレザクラは、最初の桜の子供さんのようです。

桜花乱舞 (地蔵院20070330)

桜花乱舞 (地蔵院20070330)
 同じバラ科サクラ属でも、色が対比されると不思議なキャンバスを生み出すものです。絵心は無いのですが、こういう対比を桜で描いたものはあるのでしょうか。染井吉野の圧倒的な群生開花には桜海に溺れそうな幻惑を感じますが、一方独立した桜木であっても、地蔵院の桜風景は魔法のような自然の絵筆を思わせます。別の写真には春の「黄色」も手前にあるのですが、三色があまりに際立ちすぎるので、掲載を止めました(笑)。近頃は、ものごとの「程度」を思うようになったのです。

解説:地蔵院のシダレザクラ 

地蔵院のシダレザクラ (京都府・井手町)

地蔵院(井手町)のシダレザクラ

山影の地蔵院

 最初、未知の土地だったのでカーナビゲーションに頼りきりだったのですが、走っていると山裾にはっきり桜が見えてほっとしました。駐車場は広いのですが、大抵はタクシーや自家用車で来られるらしく、午前中だったのに混んでいました。トイレは自由に使えますが、庭の殷賑を眺めておられた和尚さんに頭を下げておきました。参観料は不要とも言えるのですが、ノートがあったので記帳して、大きめの硬貨を一枚だけ、小箱に入れました。境内は、可能な限り人影のないアングルで写したのですが、沢山の方が高級カメラや重量三脚を使っていました。胸にひらひらする薄いIXYで写しているのは、Muだけだったようなぁ。それにしても、眼鏡とディジタルビデオとIXYの三つを同時に操作するのは、なかなかキツイ撮影行でした。途中でこんぐらがって、眼鏡をかけるつもりで、ビデオのファインダーを覗いたり、……。手が6本ほどあればよいのに。

 桜見頃の極みは昨日31日だったと想像しています。この地蔵院は例年、三月中旬から下旬に来ればよい、とMuは頭に入れました。南山城、そこは唐突ですが、邪馬台国があってもおかしくない風景だったのです。

参考
 1) MuBlog「祇園円山公園の夕桜平成十七年」にいただいたHIROMIIさんという方のコメントで、この地蔵院桜は記憶に残っていました。
 2) 井手町ホームページ
承前
  京桜たより:20070330 地蔵禅寺・嵐山・広沢・佐野藤右衛門邸

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