NHK風林火山(09)晴信と機略
孫子を少し調べようとしたのですが、難しいですね。
信虎(父)は、海ノ口城をせっかくおとしたのに、なぜ捨てて帰ってきたのかと、晴信を詰問します。
一旦引いた援軍が戻ってくるのを恐れて開城したまま逃げたのだろうと詰問する。
兵は機略、奇計だから、要るを要らずと見せ、要らずを要ると見せる。
落とした城は大事だが、拘ってはならないという、晴信の反抗でしょうか。
と、書いていたら、ねむくなった次第。
迫力のある一夜でした。
追伸
晴信と諏訪との縁は今後深くなる。今夜は妹が諏訪家に嫁いだことと、父信虎が娘婿の先妻との間の娘に目をぎらつかせた。
晴信(信玄)は、この諏訪に二つの伝説じみた話を生む。
一つは諏訪大社に関わる、旗を作ること。それにちなんで、諏訪法性兜(すわほっしょうのかぶと)をつけること。
もう一つは、信玄死して喪を秘し、遺言で、大瓶に亡骸(なきがら)を入れ諏訪湖に沈めたこと。
地図で見ると諏訪湖と甲府とは、60KMほどの距離だ。
現代の感覚だと、長野県と山梨県の違いがあって、たった60KMでも距離感として両者は全く別の国という感じがする。現代の長野県は長野と松本では随分気風も異なるようだが、当時はかえって諏訪と甲斐とが近かったのだろうか。こういう感覚は地元の人でないと分からない。たとえば、島根県では、出雲と石見とは相当に気質が異なるそうだが、他府県のものには事情がわからない。
諏訪大社の祭神「タケミナカタノカミ」は、天津神(あまつかみ)に反抗し、出雲から諏訪に逃亡した神さんらしい。この話の底は深い。その神さんを諏訪家が守ってきたことになる。そこに信玄の妹が嫁ぎ、信玄の父親信虎は諏訪家の美しい娘に牙をとがらせる。私には神話と征服欲と信心が重なった武田家と諏訪家の奇妙な関係が、今後どんな風に展開していくかに興味がわいた。
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コメント
甲府と諏訪
この30年の期間、ラジコンクラブの赤とんぼ岩岳山小屋合宿に参加してきた。毎回、中央高速で甲府盆地を通過し諏訪盆地を通過してきました。
昔の中央高速では諏訪湖のあたりは高速が途切れ、一般道を走り塩尻峠を越えて信州に抜けて、大変でしたね。
今の中央高速は諏訪湖を見下ろしながら走行します。時代は変わったものです。
諏訪湖周辺は縄文のビーナス(国宝)が出土した、太古より栄えた場所ですよ。鹿とか野生の動物が豊富で人々が住むには最高の場所のようです。
甲斐の国は甲府盆地ではあるが、むしろ鉱物資源が富の源泉だったんでしょうね。
諏訪の出雲神話はロマンですね、糸魚川沿いに出雲族は南下して安曇野を建設し、更に南下して諏訪で落ち着いたと見ています。
投稿: jo | 2007年3月 5日 (月) 13時43分
Joさん
大昔に原村というところのペンションに行ったとき、諏訪湖を高速道路から見ました。
甲斐の国には、兄が住んでいるので、昔から懐かしいです。両親が一時期、ずっと仕事をしていたのです(鉄道工事)。そのまま長男が住み着いてしまったわけです。
夏春の長期休みは、私は小学校から中学ころまで長期間、甲斐の国が実家でした。
当時、小学生達でも、すわほっしょう、と語っていましたし、私も兜の模型を作ったことがあります。水晶とか、印伝細工とか、判子彫りもさかんな国。にがい(あわびの煮たの)とか美味かったです。
ともあれ、その甲斐と、60km離れた諏訪との関係が、謎めいて思えるのです。今となっては、諏訪家とか、諏訪大社とか、まだまだ謎がつきませぬ、なぁ(笑:なにか、考えている様子)。
投稿: Mu→Jo | 2007年3月 5日 (月) 14時51分