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2007年3月17日 (土)

禁断の惑星:Forbidden Planet (映画)

承前:映画の原点:禁断の惑星

禁断の惑星

禁断の惑星(映画)
 以前、幼児期に観た「禁断の惑星」にふれたのは、2004年の4月だった。ようやく3年目の今頃にDVDを入手したので、土曜の午前中に堪能した。DVDは結局Amazonで購入した。古品なので、Amazonのマーケットプレイスという方式を使ったわけだ。佐賀県鳥栖市の方から送られてきた。画面はシミ一つない上物だった。拡大写真にも記したが、映画はMGM社の1956年製作、つまり50年前のものがオリジナルだ。DVDは2000年に製作されている。あらゆる面で、優れた作品だと思った。

カバー裏

禁断の惑星(映画)DVDカバー裏
 映画の内容は、末尾にあらすじを引用しておいたので、読者の方もネットや近所で探して、ぜひ御覧になったらどうでしょう、と見終わった今もお勧めできる。一緒に見た木幡の漫画博士M1君も、私と同じくらいに感動していた。しかしそこは、世代が離れていても私にヨルムンガンドやジョジョを勧めるM1君だから、遺伝子構成が似ているのかも知れないが。いや、世の中にはSFとジャンル分けされた作品を嫌う人も多い。私はそれを悲しむ。どんなものでも、時代を超えた原点というものはある。

 いろいろ記したいことが、多方面にわたってあった。映画、SF、心、文明、表現など。この「禁断の惑星」は、私が幼児期に感動し、映画の原点と思い、そして今にいたるも変わらなかったのだから、含んでいることが一杯ある。で、その中から、人間の「イド」をどのように表現したのかという点で、記してみる。

 由来、日本の遠い氏族である物部氏は、朝廷で武器を管理し、また一方「古き神々」を祀る氏族だった。それは今でも奈良県天理市布留(ふる)に、石上神宮(いそのかみじんぐう)として伝えられている。ふるふると魂を振るわし、励起させる集団だった。つまり、物部氏の「物」とは武器のような具体的な形をさすだけでなく、目に見えない魂(たま)の世界をも指している。この件、詳細は避けるが、映画の中での「イド」は魂が形をとった鮮烈な表現であると、私は思った。

イドの襲撃

禁断の惑星(映画)イドの襲撃
 この「イドの襲撃」と名付けた場面は、20万年前のクレル文明が滅びた証であった。「イドの怪物」は、どのように文明・文化が進んでも、押さえきれない物のようだ。具体的に、映画は64センチもの分厚さを持つ、地球にはない超分子密度の高い金属性防御扉をイドはやすやすと破っていく。この恐怖は、幼児期以来今に至るも、私の「恐怖」の原点となっている。鉄壁の防御が次々と破られるイメージは、いつもここにあった。

 オーストリアの精神分析学者ジグムント・フロイト(1856~1939)は、昔、イドという言葉を使った。これはラテン語で、英語で表すとitに相当する。英語では、なにか分からない物を「it」と表現するようだ。スティーブン・キングの『IT』は優れた作品だった。あの小説は、最初から最後まで、なにかわけのわからない物が恐怖を振りまく。

 このフロイト博士が使ったラテン語をそのまま、映画の中では潜在意識と翻訳していた。いわゆる理知・理性が人に備わる前の、ケダモノ的な衝動、本能的な心理を指すのだろう。つまり、人間の脳の中には爬虫類も虎も獅子も住んでいると考えると分かりやすい。人間のその部分を、イドと呼んでいる。私はかねがねこれを深い井戸の底にたとえていた。底は見えないが、なにかが居るというイメージだった。

 フロイトは、{イド、自我、超自我}という言葉を使っていた。が、私は精神分析学に詳しくないので、勝手にその言葉を組み合わせて、次のようなフレーム(考えの枠組み)を造り、日頃使っている。

 イドは、攻撃性、性衝動、破壊性、利己性、わがままなどと理解している。各人は、それを持っていることをうっすらと知っているが、あまり人前や自分自身に認めたくない気持である。これには、性別にかかわらず、近親相姦や殺人衝動や、社会秩序破壊などを事例に挙げれば、万人が心の片隅で認めることだろう。認めないと人は心の病気になり、当然、心と身体は一体だから、身体も病気になりやすくなる。
 (注:当然だが、内認することと、行動とは別である。殺人衝動をそのまま野放しにするのは犯罪である)

 人類はそういう衝動を抑える検閲機能を育て上げた。それを超自我と呼ぶ。超自我は、両親や、学校での指導、禁止や、理想、善心の勧め、つまり人として正しく生きる道徳、倫理などで構成されている。この超自我が、おりおりにイドを制御する。制御された結果が目に見える「自我」として、人前や社会の中で普通に生きる。

 だから、人前や社会で暴力的だったり、破廉恥だったり、犯罪をたやすく犯す人は、事情もあろうが、結果としてこの検閲機能(超自我)が成長していないか、イドが異常に肥大しているのだろう。正しい大人とは、イドを認めそれを適切に制御することをさす。イドを内認しないのは偽善者と言えるし、イドを開放する者は異常者と言ってよいだろう。

まとめ
 未来の人類が惑星アルテア4で、20万年前のクレル文明に遭遇した。映画は、超文明を築きあげた神に等しい知性を持った生命体であっても、心を克服することは難しいという観点を柱にしている。
 それを表すのに、場面の積み重ねがあった。ロボット・ロビーが困った事に直面すると脳に火花が散る場面。娘と船長が愛をかわしていると、それまで猫のようだった虎が突然襲いかかってくる場面。20万年間も巨大なシステムを自己増殖・補修してきた巨大エネルギーが、人が夢をみるだけで無尽蔵に費やされていく場面。超金属のドアや防御扉が爪で引き裂かれ、高エネルギーで熔解し破られていく場面。

 映画は、全編にわたって、細かく意味のある伏線を張り巡らし、当時小学校だった私に深い刻印を押し、そして現代、ため息がでるほど完成した映画として眼前にあった。なにかしら、憎っくき米国(失笑)の当時の映画にかける熱意や才能の深さに、今回も脱帽した。セットひとつとってみても、50年前の米国ハリウッドSFの水準は、現代TVを越えているように思えた。

引用:カバー裏からのあらすじ

 西暦2200年、人類は他の惑星への移住を開始した。折しも惑星アルテア4に接近した宇宙船が危険を告げる怪電波を受信した。警告を無視し着陸したクルーたちを迎えたのは、20年前に生息を断ったモービアス博士(言語学者)と娘のアルタ、そしてロボットのロビーであった。
 博士はこの星には怪物がおり、謎の死を運んでくるという。だがクルーたちは博士の言葉を信じず開発にかかる。やがてクルーたちは次々に殺されていった……。
 ウォルト・ディズニー・プロの協力を得て作られた見事な特撮合成。スター・ウォーズのR2D2にも影響を与えた「ロビー」の活躍にも目が離せない。
 

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