NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助
地図で見ると甲府から北北西40Kmの距離。武田(信虎)軍は八千の兵を率いて、海ノ口城を押さえに出た。対するに、海ノ口城・平賀源心は約二千の自軍と、援軍二千、あわせて武田の半数四千で迎えた。
山本勘助は平賀に二つの策を進言し、結局雪の積もる晩秋まで、おそらく二ヶ月程度持ちこたえた。
策の一つは、城壁や城門、建造物に泥を塗りつけることで、武田軍の火攻めに対抗した。
また一つは、土中に水瓶を等間隔で埋め込み、武田軍の水断ちを探知した。武田軍は穴を掘り、水脈を断とうとしたが、勘助は常時井戸の水位をはかり、遂には水瓶の波紋によって、隧道の位置を予測し、これを破砕した。
こうした兵法の数々は、調べないと分からない。孫子にそういう細かなことがあったかどうかも不明。戦略というよりも、戦術レベルのことなので、ただただ勘助の智慧に驚いた。それにしても、雪などの天候によって、戦の勝敗が分かれるのは、有史以来さまざまな戦場でよくあったことだ。近来なら独ソ戦争もそうだろう。今読んでいる森村誠一『地果て海尽きるまで:チンギス汗』では、モンゴルが西方ホラズムを攻略する際、出発から一年かけて、途中牧草を食べながら馬肥やし時間あわせをしているのを知った。三国志、孔明は天候を占い風の方向で、赤壁の戦いを勝った。
陣を引くにさいし、信虎はまたしても初陣の長男晴信(信玄)を諸将の前でいたぶった。晴信が殿軍(でんぐん)を申し出たからである。雪ならば追ってこないと分かった敵への殿軍とは、意味もない、という嘲りだった。
武田が引いた後すぐに味方兵も帰郷し、城内が戦勝気分でいることの危惧を、勘助は再三言上し、追撃すれば、来春は武田も来られないと言った。
そして。
晴信は、離れたところで大休止をとり、かねて保管していた酒を、身体を温める程度に振る舞い、突然「戻り、城を落とす」と、兵に言った。
城は晴信の殿軍三百で落ちた。
後世の智将武田信玄と、彼の軍師となった山本勘助のせめぎ合いが、双方の陣営にカメラを置き、対照的に描かれていた。戦とは、常識はずれによって、勝敗が分かれる。勘助の兵法常識はこの時、戦国武将にとっては常識ではなかったようだ。火の守り、水の守り、そして雪中の追撃案。晴信の行動は、非常識だったろうか。雪中での追撃は九分九厘ないのが、どうも常識だったようだ。それに反して殿軍を願い、さらに非常識なのは、逃げると見せかけて、敵の勝利の宴が終わった深夜、もどり攻めることだった。
今夜は、武田信玄の勝となった。
さて、来週は、山本勘助、捕らえられたようだ。おそらく、信虎は即刻の死を要求したに相違ない。
ようやく、おもしろみがついてきた。今夜の、海ノ口の砦のセットはとてもよかった。信州の山並みを見渡せる丘に、幾重にも、つづら折りになった城柵、櫓、うむ。やっぱり、大河ドラマはこうでなくちゃ~(笑)
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コメント
(知将晴信)
今回は、いくら知恵者の軍師がいても、トップに能力がないと、成功しないんだなぁ・・と思いました。
晴信のお酒と食べ物の振る舞いは、戦う者の士気を高め、その意味でも作戦勝ちでした。
今川義元は、勘助の容姿を厭い、北条氏康は、勘助の才能は見抜けても、その(恨み)を危ぶみました。真田幸隆は、(恨み)も使いようと言いますが、晴信の(恨みだけでは、武田は打てぬぞ。)という言葉が、生きてきます。
勘助の才能を見抜き、それを使いこなせたのは、やはり知将晴信だけしかいなかったんでしょうね。二人に共通するのは、お互い(父に捨てられた子)というところでしょうか。
投稿: wd | 2007年2月26日 (月) 15時50分
wdさん、こう思いました。
勘助は、十年以上、諸国をめぐって軍師たるものを学んだとのこと。自習ですね。
その努力実績があるから、チャンスがめぐってきたとき(信玄との出会い)、戦場で実力を発揮できたのでしょう。
半ば運命・天命、半ば努力・人為、昔の物語を読んだり見たりすると、そう思います。二つそろったときに、その者なりの充実した生が得られるのでしょう。
ところで、隻眼、跋扈はたしかに戦士としてはハンディですが、軍師としてはそういうハンディや、美醜を評価項目に入れるのは不適切と思いました。モデルや儀仗兵ではないのですから。その点から、今川義元はダメですね。晴信の見識ですよ。
俳優(男女)で、時折、なんとかっこわるい、醜い(笑)と思った人が、痛切な演技すると、肺腑を突かれます。魂が揺さぶられます。
ただ、一般的な映画とかドラマでは、主演級はどれほど汚れ役をやっても、美男美女ですね。つまり、砂糖をなめているような感じです。
ただ、それはそれで、よいと思います。
どっちもあるんだから、しかたない(MUの人生訓)
投稿: Mu→wd | 2007年2月26日 (月) 18時05分
防御の策
昨夕の風林火山は興味が湧きました。山城の防御についての戦術です。板に泥と藁を混ぜたものを塗る。火の矢から守る為。なるほど、と納得。
井戸の水位を常に計測する。水脈を絶たれる事を予測する。なるほどな~~。
大きな甕を敷地に埋め込み、水を張る。貯水とともに金山衆が地下随道を掘削して攻めてくるのを事前に予知する。なるほど、ノミを金鎚で打つと岩石に振動が伝わり甕の水に波紋が出る可能性がありますね。
沢山の甕を埋めておけば、その波紋の大きさと方向で何処から穴を掘って来てるか判るかもしれない。
昔の時代劇では、忍者が地べたに耳をあててヒズメの音を聞いて、ふむ、敵が来る!なんて、場面が多くございましたね?(笑)
結構面白い大河ドラマになるかも。次の戦術は何やろな~~~。
投稿: jo | 2007年2月26日 (月) 18時35分
JOさん
Muは家の前を走っていた嵐電(京福電鉄嵐山線)のレールに耳をあてて、「うむ、電車は車折(くるまざき:駅)を出た」なんて、真顔で悪童連に伝え、慌てて五寸釘をレールにおいて、さっと物陰に潜みました。今なら、新聞に載りますよね。
五寸釘を電車にひかせると、それはそれは上等な手裏剣になるんですよね。
(書いていて、怖くなりました。団塊世代は、ものすご危ないことばかり~、小学校の時には、無煙◎◎を作ったり。止めましょう、公序良俗に反する)
火遁、水遁、とくると土遁の術ですが、穴師がいたので、水土の術を勘助君は見せてくれたわけですね。
ふむ、楠木正成なんかの兵法も、勘助流にディホルメされて出てくるかも知れません。
そのうち、戦略レベルの高度な采配が出るのでしょうが、やはり、戦術的的な、ちまちました細かな、小技も、決まるとグッときますねぇ。
今年は、予想外の、ごっつい楽しみになりそうです。
ところで、ベトナムではTV電波規制はないようですね。
投稿: Mu→JO | 2007年2月26日 (月) 18時52分