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2007年2月28日 (水)

図書館司書採用試験問題概説:県立図書館・関西・200702

 図書館司書試験の情報があったので、少し考えてみる。相当にMu流に勝手に考えるので、あえて試験機関名は伏せておく。だから、一つの仮想的な模擬試験解説と考えていただきたい。

状況
 2007年2月に、関西の、ある県立図書館で司書採用試験があった。この場合、県立図書館だけではなくて、県立大学図書館司書も含まれる可能性がある。
 採用予定数は、多分1名(補欠もいれて2名前後か)
 受験者数は、300名ほど。
 第一次試験合格者は、7名。
 第二次試験は、面接と小論文。まだ行われてはいない。(と、仮想的に書いておく)

状況の考察
 機関毎に大抵、試験の時期は毎年同じ月、同じ季節が多い。
 それにしても、この比較的押し迫った時期。採用が一名ということから、退職者数がなかなか分からなかったのか、あるいは年度末試験が好みの機関なのか、と推量できる。他府県では先年初秋に試験を開催しているところもある。
 もちろん空き定員がないと、試験は行われない。
 補欠の可能性は、たとえば試験が年度前半に行われる機関では、国立国会図書館などが競合相手になることがある。国立(法人)大学と、国会図書館を両方受けて、後者が通ると、前者を捨てる不届きな人もよくある。こういう場合、補欠対象者を選んでおかないと、ひどいことになる。

 で、300名も受ける。にぎにぎしくてよかろうが、受験者にとっては辛い。ただ。まともに勉強して受ける人は、30%と見ればよかろう。だから、90人が真の競争相手となる。
 たとえば100人の授業で首席になる人を想像すると、基本ができて華がある。首席クラスは必ず数名いるので、一名が選ばれるのは偶然も多いだろう。

 面接の、笑顔一つで左右される。それはそれで良いことだ。確実な人事判定など、あると思うのが間違いだ。だから、逆に落ちても、心がさわがない。「たまたま、私は落ちた」。「別の面接官なら、通ったかも知れない」と。その心が、人生でどれほど大切かを、いつか思い知るがよかろう。受かってからの40年、こっちの方が余程、大変なことなのだ。常に、是非は、人によって異なる。これが正しい社会観である。

 ところで。
 300名の中の、たった一名。Muが面接官ならば、あえて、7番目あたりを採用する。司書試験は科挙とは違う。異様な天才であっては困る。せめてまともな秀才くらいが、一番将来性が高い。

試験概要
 教養試験(マーク形式)、図書館学専門試験(記述)、小論、面接。

 この県立図書館はフルコースを採っている。
 しかし大抵は、教養試験で足きりが行われる。記述の専門試験を採点するのは、技術的に難しいことも多いから、教養試験で狭める方法はあり得る。実態は分からない。小論文になると、参考程度と、書いてある試験もある。

 この図書館の場合は不明だが、教養試験と面接とで決定することが多い。各組織とも押し寄せる改革、定員削減に常に追われているから、わが国では真のスペシャリストとしての司書を求めていない風潮がある。つまり、司書として採用しても、将来別の部門でも役立つ人を内心求めている。これは本当に大きな問題なのだが、話がそれるので止める。要するに、公務員として、まともな常識、教養、一般解を持つ人が優先される。だから、教養試験と面接とに重点が置かれる。

 面接についても、今回は止める。
 別途、功成り名を遂げた社会人達にインタビューして、まとめてみる。ちなみに、Muは面接すると落ちるタイプだから、ちゃんとした論を今は記せない。

1.教養試験(マークシート、2時間、40問)
1.1 概要
 問題数も適当で、時間も十分にあり、出題も基礎的な問題ばかりらしいが、科目の選択はない。だから、高校卒業時の全科目が対象になると考えて良い。特に社会と理科とは、履修していないと、なかなか難しいはずだ。
 ただ、Muならあらかじめ、社会、理科、それぞれ決めておく。たとえば、日本史と世界史、生物と化学、とかのように。

*社会科学系
 地方選挙や内閣・国会の仕組み等の問題が多い。公務員であるかぎり、憲法をはじめ、三権分立の中身は大切だろう。今回の場合、人文系に属する文学史の中でも社会的な設問があったようだ。つまり、あらゆる局面で、政治、社会的・行政的な視点が必要とされる。

*理科系
 物理(力学)や地学なども出題され、なかなか大変なようだ。
 数学は、計算問題はなく、グラフや図形の問題が多かったらしい。

*人文科学系
 国語・英語は、要旨把握の文章理解のみ。現代文3問、古典1問。英文3問。
 英語問題も、国や府県立レベルだと出題される。国の場合は必須と考えるべき。
 ともかく読解力を求められる。特に、国語をおろそかにしないこと。
 古典も、細かな文法知識よりも、擬古文なら現代文と同じように読解できるだけの、日頃の読書が必要だろう。現代人にとっては、漱石や鴎外はすでに古典に属するようだが、漫画を読むように漱石や鴎外も読めるだけの日頃の読書が、実力を発揮するだろう。

*知能・数・推理
 よく試験対策問題集に出てくるような、組み合わせ、推理の問題。こればっかりは、練習するしかない。

1.2 教養試験対策
 同じことを何度も記す。
 過去問が八割と考えること。
 勉強の友には、国試の3種、地方初級、これらの解説書を何回も読む。同種の問題集は完璧に解けるようになるまで、何度も練習する。
 ほぼそれが圏内に入った頃には、国試の2種、地方上級の問題集を、じっくり時間をかける。
 つまり、高校卒業までの内容を理解し、把握することが先決。それが国試3種、地方初級の解説書および問題集である。大学生で、高校の授業内容をまともに把握出来ている若者は、実に少ない。これを思い知ることから、公務員試験対策が始まる。

 国試2種とか地方上級の試験内容については、年次ごとの試験内容を、図書館を利用して多くの問題集から補足し、エクセルなどをつかって、科目毎に大きな表を造るとよい。その問題が高校科目のどこの何に相当するかを考えることにより、実力が付く。年次・試験項目のマトリックスだな。
 こういうことをするためにも、いやしくも司書を目指す人は、司書受験を高級な趣味と捉え、ゆとりを持って時間を掛けて、遊ぶように学ぶ必要がある。焦ってばかりでは、国や地方の将来を考え奉職することなど、無理である。

 出来上がった年次・試験項目ごとのでっかい表を眺めていると、自ずから、次年の試験内容が浮かび上がってくる。なぜなら、試験問題を造る人達は、大抵、当該機関がそれまでどのような問題を出してきたかを、確認した上で、新たに問題を造るという常識がある。

 人の心理から考えると、先年度に出した傾向の問題は、あまり続けてだすことはない。先年度に、源氏物語を出したなら、今年度は、平家物語になる確率が高い。先年度にギリシャ哲学を出したなら、今年度は孔子様を出す確率が高い。先年度に中世能楽をだしたなら、今年度は、そうだな、歌舞伎なんかになるでしょう。

 この考えは、総ての科目に通用する。もちろん、司書専門試験でも。
 だから問題を、ご自分で作ってごらんなさい、とこれまで言ってきたが、誰も信じない(笑)。
 そして、そういう山かけは、一週間前とか、試験会場で直前に、参考書を見るときに、確かめること。

 普段の努力による実力にプラスして、この山かけがどれほど大切かは、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読まれれば、愕然とするくらいに、よく分かる。たしか秋山さんの弟が、山かけの天才だったようだ。ああ、それを読むだけで幕末から日露戦争までの日本史は、完璧になる。
 公務員試験対策学校の目玉は、山かけにある。
 だがしかし、大抵の人は授業料を払えば気が抜けて、勉強をしなくなる人もおる。
 自分で、分析し、問題を自分で作ったとき、実力がじゅわりと血肉になる。
(と、だんだん筆致がMu流になってきたので、ここで止める)
 
2.司書専門試験(記述、1時間半)
2.1 概要
 記述式だが、選択肢のある問題がほとんどらしい。ちょっと分かりにくい。情報提供者に再確認しようと思ったが、仮想試験なので、Muが考えることにした。
 そうだなぁ。5つの虫食い問題文がある。この一番妥当な文を選び、かつ虫食い部分を自分で穴埋めする。かな? 手が込んでいるな。手法からして、想像するに、ちょっといじわるな問題も多くなりそうだ。

*図書館法関係
 図書館に関する法律や例規などの穴埋め問題、制定された順の並び替え。
→図書館法、著作権法、複写の事など、大切。今後はひょっとしたら、「図書館と個人情報保護法」なども出てくるかも知れない。

*資料組織関係
 タイトル・著者・請求記号が正しいものを選択する問題。
 4タイトル・4著者名から、それぞれ請求記号を特定し、順に並び替える問題。

→目録であれ、請求記号、分類であれ。実務に直結する問題は、生物学を学ばず医学部入学のような秀才が一番不得手とするところだ。意外に、図書館学を学ばずに、上等な司書試験に受かる秀才がいるのだが、こういう人は、こういう問題が解きにくいことが多い。
 逆に、資料組織の実務面を問題として出す図書館は、司書好きにとっては有利かもしれない。

*図書館史関係
 図書館史の穴埋め問題。ただし選択肢から、文章に当てはまる名称を選ぶ。

→図書館史は、問題が定まってくる傾向が強い。つまり、あまり細かなことも出せないし、図書館史自体が司書科目の中では、たしか選択になっている(笑)。教科書の太字になっている名称と、時代程度は身につけておかねばならない。
 知人に図書館試験問題を分析している先生がおられて、それをみせていただいたところ、驚くほど傾向は毎年、どの試験でも決まっている。たとえば、芸亭(うんてい)、紅葉山文庫、……。

*英語問題
 図書館の例規と思われる英文一題。単語穴埋め(記述)、要旨把握(選択)。

→英語は、教養試験と同じく、読解・要旨把握が多い。ほとんどそうだと言ってもよい。英作文とかヒアリングは、あまり聞かない、見ない。一般に、長文をどれだけ早く理解するかどうかにかかってくる。それと、解答文を選ぶ場合などは、大抵、解答文がおかしい物がある。それを消去する、……。まあ、そこまで細かく記すこともなかろう。こういうテクニックは受験生の方が優れている。

*統計、図表解釈
 県内図書館の貸出データ等の表を比較して質問に答える。

→この手の問題は、教養試験でもよくある。統計データ、表、グラフを見て、なにが現れているかを把握する問題。なにかしら、特異点の、その理由を聞かれる場合がある。解説と表とグラフを、相互に変換する練習をすると、目が肥えてくる。

2.2 専門試験対策
 「図書館ハンドブック」を三回は読み通す。
 図書館学概論の教科書を常にひもとく。
 薄い用語集を、丸暗記する。
 インターネット上での、国立情報学研究所(NII)、国立国会図書館(NDL)、米国議会図書館(LC)、当該受験機関のHPは、ネサフ定番とすべし。HPには、教科書に無く、しかしときどき試験に顔をだす宝石が転がっている。
 
 これを言うと、図書館学教員や出題者から非難されるのだが、教養試験にくらべて専門試験は楽かもしれない。やはり、傾向に変化が少ないからだろう。実技テストがないから、点取り虫君は図書館学を学ばずして通ることが多い。
 司書の資格は大切だと思う。2~3年かけて、みっちり学び実技したことが生かせるような専門試験になればよいのだが。ねぇ。

 で、逆に、「図書館ハンドブック」の厚さ程度なら、真っ黒になるくらいアンダーラインを入れて、書き込みすれば、通りやすい問題が多いとも言える。

追伸
 日頃新聞を読むこと、TVのニュースをみること(NHKがよい(笑))。
 知恵蔵とか、イミダスとか、現代用語の基礎知識とか、あのての本を座右におくこと。
 特に教養の時事問題などは、一年から数年前の事象が、まざまざと問題にでる。本当だ。

 司書職を求める人は一般に、暗くて、引き籠もりで、オタクで、社会全般に興味を持たない人が多くなる傾向がある(一体、誰のことや!)。だからこそ、節を曲げてでも、世の中のことに好奇心を持ち、社会常識を徐々に身につけた方がよい。それが、面接につながるのだ。

再伸
 数年掛けて、受かるくらいの気持を持つが良かろう。司書試験は高級な趣味。
 ただし、特に私立大学出身者は、入学時の受験科目数が少ないから、高校履修科目の把握が弱い傾向がある。だから教養試験対策は頑張る必要がある。気が向いたときだけの受験勉強では、道が遠いどころか、消える。毎日数時間勉強するつもりで。
 (普通は、それができないから、100人受験しても、真の競争相手は30人なんだ)

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2007年2月27日 (火)

小説葛野記:2007027(火)曇りのSE準備

 夕方になった。一息つこう。
 ミンスキー先生『心の社会』は、昨日、ほうほうのていで、第22章「表現」を読み終わった。昨日は終日かけて、三つの重い事務仕事をしたので、夕方から読めるとは思ってもいなかったのに、気力が充実した。しかし、今日はへとへとだな。いささか、体を動かしすぎた。だから、今日は研究読書はお休みになりそうだ。残念。
 今日の予定では、第23章「比較」だった。そのうち、ようやく超有名なフレームの数章に入るのだから、慌てないでおこう。

午前
 午前中は、寺町のドスパラへ買い出しに行った。駐車場がえげつなくて腹たったけどな。ドスパラを含めて、専用駐車場はない。だから、自前だが、わずかに30分で400円もとられた。15分間200円と書いてあった。なんだか、他の駐車場とか道路は車でいっぱいなのに、スキスキだから変だなとはおもったが、これほどボルとはおもいもよらなかった。まるで、ボルテチノ(?) なあ。今度いくときはもう少し離れたところにしよう。
 銀座辺りだと、どうなんだろう。1分100円、まさか。いや、わからないぞ。

 買ったものは、〜。なけなしのポケットマネー14460円もかかった(悲鳴)。
1. 五ポートのギガバイトハブ 5480円、  屯所用に、今使用中の8ポートの100Mbpsハブを移した後にな。
2. LANケーブル、10m 980円、 屯所用にな。
3. スピーカー 2680円、 屯所から借りていたのを副長に見とがめられたので(笑)、しかたなく買った。古いのを返す。
4. OA6口タップ 880円、 屯所の配電をすっきりさせるためにな。

 以上屯所用だけで、10020円、うむ。屯所は金がかかる。しかし、3番をそこに入れるのは、自分でもずるいなあ、と思わない訳でもない。

 パーツなんかが足りなくなると(ハードディスクとか、メモリーとか、ワイヤーとか、スピーカーとか)ときどき、屯所からくすねたりすることもないでもないが、大抵あとで見つかる。やはり、寄付したものは、相手先のものだから、勝手なことはできないのだが、ついつい手がでる、あはは。で、必ず返すけどな。

 メモリーなんかを抜くと、たいてい「センセ、いつもと違う、遅くなりました、このパソコン」。
 増設分のハードディスクドライブなんかを抜き取ると、「なんか、おかしい〜」あはは。
 DVDのワイヤーを抜くと、「センセ、音がでませんが〜」
    (DVDには音声用のワイヤーが無いのがあってな、後で気がつく。100円程度だがパーツ屋にしかない)
 昔は、異変に気がつかなかった学生たちも、近頃は自前のマシンをもっているから、気がつくのが早くなった。

 車に不慣れなドライバーだと、マグホイル付きワイドタイヤが、スッピンに変わっていても気がつかないのと似ている(そんな〜)。CPUを取り替えても、あははは、気がつくかな。

あとは、
5. CPUクーラーセット SAMURAI−Z Rev.B、 3280円
6. セラミックグリス 780円
7. 自己融着タイプ熱伝導シート、 380円

 以上三点で、4440円。これは、純粋に余のGrennマシンに装着する。早くCPU冷却周りを直さないと、研究室は極寒状態で凍えてしまう。いま、ちょっとみたらCPU温度は52度cだ。アイドリングと思っていたが、マシンは勝手にごにょごにょ動くからな。ハードディスクも動いておる、気色悪い。

  ところで、5番には、ファンとヒートシンクと、ありとあらゆるマザーボードに取り付けるために、さまざまな取り付け金具があって、さらに密着グリスもある。
  一式セットで、それを使うが、やはり、6番のグリスは別途買った。銀粉つきだと冷えが違うそうだ(ほんまかな) 7番は予備に買った。6と7とは、同時には使えない。ともかく、アイドリングで36度くらいにはしないと。

午後
  で、午後は、屯所のDVDデッキやVTRやTVを巧く動くようにしたり、スピーカーをセットするだけで、ふう。
  次に、ネットだが、これはメインハブからマシンまで、ケーブル長(曲がりくねるから)で13mあって、10mのケーブルが尽きた途中に8ポートハブを割り込ませて、そこに二台のデスクトップと、一台のノートマシンを接続し、調整した訳だ。技術的には全く問題なく、通じたが、こういう作業は、電源やLANケーブルをどんな風に壁にそわせて、天井をはわせて、と。そういうことで、結局夕方までかかって、だから、ミンスキー先生を読む気力がなくなったという訳。

 いま、五時だから、よめないこともないし、肝心のCPUクーラーを接続できないこともないのだが、ともかく息が切れた。やはり、息つめてやるからな。心臓に悪いので、一休みして、あとは、掃除する。
  部屋は、なにがなにやらわからない状態になってしまっている。

 というわけで、今日も一日すぎた。人間というのは、いったい、なんなんだろうと、深い哲学的瞑想に、いま浸り込みそうだ。

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2007年2月26日 (月)

三十一万アクセス:MuBlog

承前:三十万アクセス(MubLog)
承前:48万アクセス(サイト全体)

 本日午前、多分深夜二時ころに、MuBlogが三十一万アクセスを得た。
 MuBlog:  累計アクセス数: 310051 1日当たりの平均: 288.15
 
サイト全体:累計アクセス数: 490222 1日当たりの平均: 455.60

 MuBlogが三十万を得たのは今月の二日だったから、今回は24日間前後で一万を超えた。これは、先週の月曜日に一日当たり、1210という当方にとっては珍しい頻度を得たことにもよる。これは定常の3倍弱にあたる。
 以下にMuBlogのアクセス遷移を記録する。各グラフの右端数字がアクセス数、その左は訪問者数である。

2007年2月11日(日) 250 371
2007年2月12日(月) 280 493
2007年2月13日(火) 221 408
2007年2月14日(水) 248 429
2007年2月15日(木) 176 368
2007年2月16日(金) 211 392
2007年2月17日(土) 192 337
2007年2月18日(日) 216 397
2007年2月19日(月) 877 1,210
2007年2月20日(火) 317 516
2007年2月21日(水) 216 377
2007年2月22日(木) 221 348
2007年2月23日(金) 188 421
2007年2月24日(土) 250 393
2007年2月25日(日) 214 348

 19日の異変は分析した結果、『NHK風林火山(07)真田幸隆』がココログに、一時的に高アクセス記事として、4位に掲載されたことによる。これは一日間だけだったので、翌20日は徐々にアクセスが落ち着いてきた。MuBlogは基調として、小難しい、気むずかしい記事が多いので、常時ひっそりとアクセス数が決まっているのだが、時にこういう異変もある。

(1)ページ別アクセス数:一ヶ月分:MuBloのみ

 解析対象期間: 2007年1月27日(土) ~ 2007年2月25日(日)

アクセス数: 11,972
訪問者数: 8,441
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 618 1,770 7.3% 14.8%
2 NHK風林火山(07)真田幸隆 893 1,090 10.6% 9.1%
3 地図の風景 315 373 3.7% 3.1%
4 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 217 364 2.6% 3.0%
5 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 200 254 2.4% 2.1%
6 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 180 237 2.1% 2.0%
7 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 111 182 1.3% 1.5%
8 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 131 175 1.6% 1.5%
9 ηなのに夢のよう/森博嗣 143 169 1.7% 1.4%
10 要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡 115 162 1.4% 1.4%
11 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 106 145 1.3% 1.2%
12 NHK風林火山(06)仕官の難しさ 108 144 1.3% 1.2%
13 NHK風林火山(04)ミツの死と仕官 104 127 1.2% 1.1%
14 京都の書店 110 121 1.3% 1.0%
15 NHK風林火山(05)今川・北条・武田 97 118 1.1% 1.0%
16 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 76 115 0.9% 1.0%
17 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 83 107 1.0% 0.9%
18 「生む機械」と天皇機関説 78 105 0.9% 0.9%
19 じょうしょうこうじ:常照皇寺 63 100 0.7% 0.8%
19 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 84 100 1.0% 0.8%
21 美味しいところ 71 93 0.8% 0.8%
22 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 81 92 1.0% 0.8%
23 読書余香 82 90 1.0% 0.8%
24 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 67 81 0.8% 0.7%
25 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 49 76 0.6% 0.6%
25 小説木幡記 72 76 0.9% 0.6%
27 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 32 75 0.4% 0.6%
28 HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め 59 72 0.7% 0.6%
29 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 44 70 0.5% 0.6%
30 室町和久傳(むろまち・わくでん) 52 69 0.6% 0.6%
31 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 37 64 0.4% 0.5%
32 さくらだ:桜田 43 60 0.5% 0.5%
33 Blogメモ 44 59 0.5% 0.5%
34 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 45 57 0.5% 0.5%
35 辨慶うどん 45 56 0.5% 0.5%
35 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 38 56 0.5% 0.5%
37 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 39 55 0.5% 0.5%
37 甘樫丘展望台から見た多武峯:あまかしのおか・とうのみね 36 55 0.4% 0.5%
39 謎の大王継体天皇/水谷千秋 44 54 0.5% 0.5%
39 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 37 54 0.4% 0.5%
41 オーパーツ大全(感想文) 30 52 0.4% 0.4%
41 小説葛野記:20070213(火)図書館司書になりたい 39 52 0.5% 0.4%
41 CPU空冷装置・掃除のお勧め 17 52 0.2% 0.4%
41 甘樫丘東麓と飛鳥板蓋宮の標高差 35 52 0.4% 0.4%
41 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 49 52 0.6% 0.4%
41 読書の素 50 52 0.6% 0.4%
47 小説葛野記:20070215(木)食べられないチョコの遺跡 23 51 0.3% 0.4%
48 さのとうえもん:佐野藤右衛門邸の桜平成十七年 29 50 0.3% 0.4%
48 地図の蠱惑:未踏地 40 50 0.5% 0.4%
50 NHK風林火山(03)城とヤマセミ 41 48 0.5% 0.4%
50 オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 42 48 0.5% 0.4%
50 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 28 48 0.3% 0.4%
53 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 33 42 0.4% 0.4%
53 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 24 42 0.3% 0.4%
55 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 35 41 0.4% 0.3%
56 小説葛野記:20070216(金)司書とか情報図書館学とか人工知能とか 31 39 0.4% 0.3%
56 目次:新撰組(新選組!) 21 39 0.2% 0.3%
58 2006年05月 37 38 0.4% 0.3%
59 前方後円墳の航空写真 21 37 0.2% 0.3%
59 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 30 37 0.4% 0.3%
59 2005年08月 27 37 0.3% 0.3%
62 益田岩船(ますだのいわふね) 29 36 0.3% 0.3%
62 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 22 36 0.3% 0.3%
62 「壬申の乱」の関係地図 28 36 0.3% 0.3%
65 葛野屯所普請中(1) 14 35 0.2% 0.3%
65 長尾真博士のノート 22 35 0.3% 0.3%
65 2006年10月 31 35 0.4% 0.3%
68 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 28 34 0.3% 0.3%
68 プルートウ:Pluto(2)/浦沢直樹(漫画) 24 34 0.3% 0.3%
68 2004年11月 27 34 0.3% 0.3%
68 2006年04月 30 34 0.4% 0.3%
72 石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん) 22 32 0.3% 0.3%
73 目次:MuBlogの主な記事 14 31 0.2% 0.3%
74 小川珈琲本店 26 30 0.3% 0.3%
75 PowerMacG5の内部 26 29 0.3% 0.2%
75 2006年02月 26 29 0.3% 0.2%
75 2006年03月 27 29 0.3% 0.2%
75 2006年07月 25 29 0.3% 0.2%
79 詩仙堂と猫町:私の京都 22 28 0.3% 0.2%
79 カニ風味:サラダだより(伏見蒲鉾:新潟市) 24 28 0.3% 0.2%
79 へいじょうきゅうせき:平城宮跡、そして佐紀盾列古墳群 21 28 0.2% 0.2%
79 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 24 28 0.3% 0.2%
83 小説葛野記:20070129(月)曇の信号機と愚直 19 27 0.2% 0.2%
83 2006年01月 25 27 0.3% 0.2%
85 もりしょう:そうめん処・森正 17 26 0.2% 0.2%
85 2006年12月 23 26 0.3% 0.2%
87 近江八幡と渡来人 20 25 0.2% 0.2%
87 2007年01月 17 25 0.2% 0.2%
89 雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡} 18 24 0.2% 0.2%
89 小説木幡記:20070210(土)土曜だから読書回想 18 24 0.2% 0.2%
89 ヒトラー ~最後の12日間/オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督 (映画) 21 24 0.2% 0.2%
92 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 15 23 0.2% 0.2%
92 0504020・目次:桜狩り 16 23 0.2% 0.2%
94 京都嵐山オルゴール博物館 15 22 0.2% 0.2%
94 NHK風林火山 19 22 0.2% 0.2%
96 定番の寄り合い:鳥せい伏見本店 16 21 0.2% 0.2%
96 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 13 21 0.2% 0.2%
96 日本・歴史・古代:飛鳥発掘物語/河上邦彦 18 21 0.2% 0.2%
96 2006年11月 17 21 0.2% 0.2%
100 古民カフェ:私の京都・河原町通{四条→三条} 13 20 0.2% 0.2%
100 2004/09/26:今夜の新撰組始末記 19 20 0.2% 0.2%
100 森博嗣『φは壊れたね』 16 20 0.2% 0.2%

 (2)分析
*2 風林火山
 ココログに掲載されたからアクセスが増えた、一過的なものである。ただ、この三年間MuBlogのNHK記事は比較的ヒットする。なんとなく、Muが「おもしろかった」と思うと、アクセスも高くなり、これは読者とMuの興味が一致するところだろう。過去、新選組や義経、功名が辻も折々にアクセスがある。友人の中には、MuがNHK大河ドラマを記すくらいなら、MuBlog固有の記事を頑張るように、と言ってくれた者もいるが、おそらく、自分でも分かっているのだが、Muはこういう時代物の大河ドラマ(NHK)が好みなんだと自覚している。いまさら、ではあるが、「大好き」なんだから(笑)、書くのも自然。

*4、10、37、41 蘇我入鹿
 これは日曜歴史家Muのいわゆる、オハコ物である。しかし最低限の検証はするので、書くのに難渋する。

*6、8、16、28、41 パソコン(特にハードディスク・フェッチ)
 これは日曜SEのいわゆるパソコン自作もので、なにかしら根強いファンがついてくれたようで、にんまりと笑っている。誰も知らず、誰も信じないが、Muの人生の半分は、実は趣味だけじゃなくて、食い扶持としてコンピュータ世界にのめり込んできた歴史があり、今でも気息奄々の状態でも、マシンの蓋を開けたりすると20代の若さにタイムトラベル、燃え上がる。

*7、48 京都の桜:佐野藤右衛門
 古い記事なのに、この季節になるとアクセスが戻る。地元の記事は大切に書こうと今更ながら思った。おそらく、わざわざ広沢池近くまで桜を観に来られる人は、少ないのだろう。普通の観光客は知らないと思う。Muはあのあたりで育ったので格別に愛着がある。

*9、19、100 森博嗣
 森先生の記事が常時アクセスされる。日曜作家にしては、文学関係が少ない。その割に森先生の記事は安定している。「森博嗣」とgoogleで見ると数万のヒットがある。その中から、MuBlogに来てくださる人は、マイナなようだ。

*そのほか
 オーパーツ関係(41、50)は、これまた日曜探検家Muの面目躍如。実は~、こういう世界は長年、好きだったんですよぉ。
 お食事処として、ぎろぎろ(22)、登喜和ステーキ(27)、和久傳(30)、桜田(32)、弁慶うどん(35)、黄桜(37)、栞屋(39)、大中ラーメン(62)、小川珈琲(74)、森正そうめん(85)、鳥せい(96)と、花盛りです。まるで庶民グルメblogのように見えますね。
 文学関係として、京極夏彦(17)、北方謙三(53、59、79)、三島由紀夫(53)とそれなりにアクセスがあります。日曜作家としては面目を保っていません。もうちょっとしっかりした記事をたくさん書かないと、特色blogとしては認知されないようです。

 というわけで、変化も少なく、MuBlogは日々書かれていくことでしょう。

(3)付録

 どういう用語でアクセスされたかの記録を追加します。一ヶ月分です。
 解析対象期間: 2007年1月27日(土) ~ 2007年2月25日(日)

  MuBlog 集計対象アクセス数:6,516
検索ワード 割合
1 京都 438 6.7%
2 甘樫丘 213 3.3%
3 じぶり 211 3.2%
4 風林火山 182 2.8%
5 森博嗣 130 2.0%
5 佐野藤右衛門 130 2.0%
7 しる幸 129 2.0%
8 地図 122 1.9%
9 ハードディスク 106 1.6%
10 うぶめのなつ 97 1.5%
11 真田幸隆 87 1.3%
12 退職 74 1.1%
12 ノートパソコン 74 1.1%
14 九絵家 71 1.1%
15 ηなのに夢のよう 66 1.0%
15 分解 66 1.0%
17 ミツ 62 1.0%
18 ハードディスク交換 61 0.9%
18 甘樫丘東麓遺跡 61 0.9%
20 ぎろぎろ 60 0.9%
21 常照皇寺 57 0.9%
22 ノート 56 0.9%
23 写真 53 0.8%
23 桜田 53 0.8%
25 交換 52 0.8%
26 シャープ 48 0.7%
26 メビウス 48 0.7%
28 大型書店 47 0.7%
29 感想 46 0.7%
30 日立 45 0.7%
30 登喜和 45 0.7%
32 竹中半兵衛 44 0.7%
33 伏見 43 0.7%
34 蘇我入鹿 42 0.6%
35 伏見桃山城 41 0.6%
35 水滸伝 41 0.6%
37 今川 39 0.6%
37 山本勘助 39 0.6%
37 39 0.6%
40 大阪 36 0.6%
40 書店 36 0.6%
42 新撰組 34 0.5%
42 ホットケーキ 34 0.5%
44 皇国の守護者 31 0.5%
45 vaio 30 0.5%
45 飛鳥 30 0.5%
45 ネタバレ 30 0.5%
45 NHK 30 0.5%
49 増設 29 0.4%
49 楊令 29 0.4%
51 prius 28 0.4%
52 ラーメン 27 0.4%
53 じょうしょうこうじ 26 0.4%
54 長尾真 24 0.4%
54 周山 24 0.4%
56 北方 23 0.4%
56 遺跡 23 0.4%
56 メリーアイランド 23 0.4%
56 蘇我 23 0.4%
60 航空写真 22 0.3%
60 北条 22 0.3%
60 レスタト 22 0.3%
63 小説 21 0.3%
63 天皇機関説 21 0.3%
63 魚三郎 21 0.3%
63 Mublog 21 0.3%
63 あまかしのおか 21 0.3%
63 オーパーツ 21 0.3%
63 21 0.3%
70 甘樫丘東麓 20 0.3%
70 現地説明会 20 0.3%
70 HDD 20 0.3%
70 桜守 20 0.3%
74 北方謙三 19 0.3%
74 大化改新 19 0.3%
74 ハードディスクの交換 19 0.3%
74 百万遍 19 0.3%
74 森正 19 0.3%
74 ジュンク堂 19 0.3%
80 奈良 18 0.3%
80 生む機械 18 0.3%
80 新撰組始末記 18 0.3%
80 勘助 18 0.3%
80 発掘 18 0.3%
80 和久傳 18 0.3%
86 武田 17 0.3%
86 京都市 17 0.3%
88 かっぱカントリー 16 0.2%
88 紅鮎 16 0.2%
88 うどん 16 0.2%
88 佐野 16 0.2%
88 京都の書店 16 0.2%
88 三島由紀夫 16 0.2%
94 税所篤 15 0.2%
94 大中 15 0.2%
94 巻き寿司 15 0.2%
94 壬申の乱 15 0.2%
94 益田岩船 15 0.2%
94 室町和久傳 15 0.2%
100 プルートウ 14 0.2%
100 漫画           14                   0.2%
100 栞屋 14 0.2%
100 スマート珈琲店 14 0.2%
100 司書 14 0.2%
100 弁慶うどん 14 0.2%
100 ブログ 14 0.2%
100 取り外し 14 0.2%

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2007年2月25日 (日)

NHK風林火山(08)智将晴信と軍師勘助

承前:NHK風林火山(07)真田幸隆

  小海線・佐久海ノ口駅地図

 地図で見ると甲府から北北西40Kmの距離。武田(信虎)軍は八千の兵を率いて、海ノ口城を押さえに出た。対するに、海ノ口城・平賀源心は約二千の自軍と、援軍二千、あわせて武田の半数四千で迎えた。
 山本勘助は平賀に二つの策を進言し、結局雪の積もる晩秋まで、おそらく二ヶ月程度持ちこたえた。
 策の一つは、城壁や城門、建造物に泥を塗りつけることで、武田軍の火攻めに対抗した。
 また一つは、土中に水瓶を等間隔で埋め込み、武田軍の水断ちを探知した。武田軍は穴を掘り、水脈を断とうとしたが、勘助は常時井戸の水位をはかり、遂には水瓶の波紋によって、隧道の位置を予測し、これを破砕した。

 こうした兵法の数々は、調べないと分からない。孫子にそういう細かなことがあったかどうかも不明。戦略というよりも、戦術レベルのことなので、ただただ勘助の智慧に驚いた。それにしても、雪などの天候によって、戦の勝敗が分かれるのは、有史以来さまざまな戦場でよくあったことだ。近来なら独ソ戦争もそうだろう。今読んでいる森村誠一『地果て海尽きるまで:チンギス汗』では、モンゴルが西方ホラズムを攻略する際、出発から一年かけて、途中牧草を食べながら馬肥やし時間あわせをしているのを知った。三国志、孔明は天候を占い風の方向で、赤壁の戦いを勝った。

 陣を引くにさいし、信虎はまたしても初陣の長男晴信(信玄)を諸将の前でいたぶった。晴信が殿軍(でんぐん)を申し出たからである。雪ならば追ってこないと分かった敵への殿軍とは、意味もない、という嘲りだった。
 武田が引いた後すぐに味方兵も帰郷し、城内が戦勝気分でいることの危惧を、勘助は再三言上し、追撃すれば、来春は武田も来られないと言った。

 そして。
 晴信は、離れたところで大休止をとり、かねて保管していた酒を、身体を温める程度に振る舞い、突然「戻り、城を落とす」と、兵に言った。
 城は晴信の殿軍三百で落ちた。

 後世の智将武田信玄と、彼の軍師となった山本勘助のせめぎ合いが、双方の陣営にカメラを置き、対照的に描かれていた。戦とは、常識はずれによって、勝敗が分かれる。勘助の兵法常識はこの時、戦国武将にとっては常識ではなかったようだ。火の守り、水の守り、そして雪中の追撃案。晴信の行動は、非常識だったろうか。雪中での追撃は九分九厘ないのが、どうも常識だったようだ。それに反して殿軍を願い、さらに非常識なのは、逃げると見せかけて、敵の勝利の宴が終わった深夜、もどり攻めることだった。
 今夜は、武田信玄の勝となった。
 さて、来週は、山本勘助、捕らえられたようだ。おそらく、信虎は即刻の死を要求したに相違ない。

 ようやく、おもしろみがついてきた。今夜の、海ノ口の砦のセットはとてもよかった。信州の山並みを見渡せる丘に、幾重にも、つづら折りになった城柵、櫓、うむ。やっぱり、大河ドラマはこうでなくちゃ~(笑)

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2007年2月24日 (土)

小説木幡記:20070224(土)晴れて司書の景色が良い

木幡の景色も実によい
 今週は会議と研究ともろもろに力をだいぶ出したせいか(笑)、土曜の朝はだるくなった。気分が悪いわけでもないし、身体が変調でもないのだが、まとまったことをする気力が湧いてこない。
 しかし、青年期より大抵こんなものだった。人間は変わらないところが多いようだ、気質。
 こうなると、パーツ屋行って買い物したり、本屋へ行ってあれこれ買う気力も、映画も読書も芝居も食事も、全部しんどくなる。もちろん、RSに乗ることすらうっとおしい。
 なのに、MuBlogを書いている。

 なにか、~、そういう気質なのだろう。
 昨日は、MuBlogのデザインを少し変えた。が、途中で疲れたし、blogの変更反応がとろくって、投げ出した。しばらくなげだしたままで行こう。読めないこともない。大体、記事あたり原稿用紙で10枚くらいで(多く見積もりすぎだが)、もうすぐ1000記事になるから、3月で三年経過するから、3年間で原稿1万枚書いたことになる。普通の流行作家だと月に500枚程度書かれるそうだから、3年間で1万8千枚、~、ふむふむ、日曜作家としては、頑張ったもんだよ。(プロ:1.8万、日曜作家1万枚)
 普通の流行作家でそうなんだから、MuBlogで話題にする異能の森某先生あたりだと、その十倍は書かれることだろう。ふむふむ。家中、原稿だらけにならないかと心配したが、一年あたり、10倍x6000枚x400字x2バイト→48,
000,000バイト→48000KB→48MB。単純計算だと、年間48MBだから、10年間で480MB。
 なんだぁ、CDROM一枚に収まる。と、ところが、それは大百科事典並だ、お、おっそろしい、人間業とは思えない、さすが、プロだなぁ。
 と、朝から一人で、驚いて、目が覚めた。

司書の景色
 各地、故郷で、司書の採用試験を受けている人から知らせがあるが、今年も入った。

 内容が全部記述式らしく、まともに漢字を書けない余なんかが受けると完敗だな。で、試験問題内容が小綺麗なので、メモしておく。こういう小綺麗な問題は、うれしい。だってな、馬鹿げた試験問題みると、そういう問題を造るお方や、そういう問題を出す機関を面罵したくなるからねぇ。マジメに試験を受ける人達(主に若い人)には、景色の良い、明るい問題をだしてあげないと。
 当事者だけが知っているような問題を出すのは、おかしい。

 馬鹿げた問題というのは、たとえば余が「バックトラックと、トラックバックとの、相違を述べよ。」なんて出すようなもんさ。答えはもちろんある。バックトラックとは、一般に人工知能とかアルゴリズムで使われている。トラックバックとは、blogなんかで使われている。……。こういう問題は情報学の専門試験では妥当でも、司書の試験には、珍問に属するだろうね。

 で、景色のよい問題のメモを忘れない間に。
1.図書館法とか、著作権法に関する文の正誤判定を含めた穴埋め問題。妥当でしょうね。
2.NDCの分類番号の幾つかが、どういう分野、主題を表すか。公共図書館系では、妥当でしょうね。必須。
3.図書館関係専門用語の簡単な解説。妥当でしょうね。やはり当該業界の専門用語は知っていないとね。
 以上は記述問題。

 小論文も一つあって。お題は、「今後の公共図書館の発展にむけて。」これは平成18年度の公的報告書の要約を先頭に掲げてあり、それを読んでの論評、800字。
 一般に、問題内容が公開物とか社会事象に属する場合は、最低でも一年間を経過したものが使われる。一ヶ月前の事象を問題にするのは、間違っているし、そういうことはない。しかし、このように要約が設問に付いているならば、昨年、最近の公的報告書を用いても、妥当だろう。

 あとは、面接。
 これは、そういう面接官の人の話をうかがうと、少し分かってくる。たしかに人物の見極めは難しいようだが、決める時は、そんなに悩まないようだ。ふわっと、「これ、よし」というオーラが湧いてくるようだ(笑)。受かるとか受からないとかの心配よりも、まともに人と話す、物を考える、そういう日常から「人物」は出来上がってくるのだろう。
 自分が面接を受けるよりも、自分が図書館長とか人事部長になったつもりで、友人達を面接してあげると、ちょっと分かってくる。
 (そうそう、専門試験問題も、解くだけじゃなくて、造ってみる経験があると、伸びる)

 余のように、生来のひきこもり、頭のなかは空想、妄想、邪念で一杯だと、一瞬に「この男、ヤバイ」で落ちる。
 で、物事を肯定的に捉えるのは、社会とか組織に入る時は、役に立つ。
 もちろん、実際の社会とか組織は、否定的邪念が半分あるから、のほほんとしていると身ぐるみ剥がされるけどね。ただ、基本は、ほどよい正義感と、ほどよい明るさと、ほどよい肯定観。これにつきる。

 難しいね。
 余の知り合いには、社会的に成功した、そして人を見極める能力が余の数倍ある人が幾人かいるから、後日、伺っておこう。一度、JOさんとか、ふうてんさんに、余も面接を受けてみよう。その経緯を、たとえば、在学生達に伝えたなら、すこしは、余の役目もはたせるかもね。

 しかし、世の中、遊び相手、友達としてはおもしろくても、一緒に仕事をするとなると、最低という人は結構居る。後者は、面接で落ちるねぇ(笑)。どうも、余はJoさんやふうてんさんの面接にかかると、~。

 ああ、そういえば、図書館の世界には、そう言う人、常に人を見極める立場の知り合いが幾人か居る。もう、引退している人なら、忌憚なく面接の極意をおしえてくれるかもしれない。

 (ただ、きっとな「MUさん、君を昔採用した面接官は、失敗だと、思うよ」と、口では言わずとも、目で言われる予感もする)

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2007年2月23日 (金)

CPU空冷装置・掃除のお勧め

承前:HDの直付け増設のお勧め

 先日、葛野のGreenマシンが突然奇声をあげて、停止した。昨年の夏も特定のアプリケーションを動かすと止まった。その時はJavaの倶楽部自作アドベンチャー・ゲームだった(オープンキャンパス用)。事情はすぐに分かった。要するに熱を出したわけである。で、昨年はクーラーをがんがん回した、冷蔵庫のように。そしたら動き出した。
 今は冬、さて、どうしたか。

CPU空冷装置

CPU空冷装置
 中をのぞいてみたら、相当に埃が溜まっていた。懐中電灯で照らしてみるとアルミの羽(ヒートシンク)が、埃にまみれているのが、ファンを通して分かった。で、あっさり掃除することにした。ところが、このファンとヒートシンクをマザーボード(MB)から引き離すのに、一苦労した。手技は、拡大写真にメモしたが、ちょっとねぇ~。パソコンの場合、掃除するにも手技を必要とするところも、なきにしあらず。

 なにかの参考にしてくださればよいでしょう。そうそう、マシンはノートじゃなくて、デスクトップ。一応規格大きさが、マイクロATXなので、市販品にも、この程度の大きさのはあるだろう。普通、メーカー製はもっとぎちぎちなので、はたして手を入れられるかどうか、メーカーや販売店にご相談くださいませ(笑)。当方に来られるお客人は、いずれも、保険のきかないブラックなアンダーグラウンドな客筋ばかりでしてな。Dr. MuBlack!

ファンとヒートシンク(ラジエター)

ファンとアルミ羽根(ラジエター)

よごれたヒートシンク:アルミ羽根(ラジエター)
よごれたアルミ羽根(ラジエター)
 こんな病理写真を公開するのは、もしかしたら公序良俗に反することかもしれないが、なになに、それはそれとして毎日頑張ってくれている娘なんだから、世界に公開してパソコン民間医学の普及につくしたいと決心し、お見せした。それにしても、小汚いことです。風呂に数年入らないと、こんな風になるわけです。今回の症状は、垢で発熱、となりましょうか。

CPUの背中

CPU
基盤(マザーボード:MB)上のCPU一式
基盤(マザーボード:MB)上のCPU一式
 話は逆になるが、MB上のCPUをご覧ください。銀色の四角です。自分で数年前に買ったのですが、機番は忘れています。ペンティアム4の2.5Ghzタイプです。当時はおとなしい中庸のCPUでした。これがちっこい割には元気者で、あっというまに60度c~100度cになって、冷却しないとお釈迦になるわけです(この用法は不謹慎ですね。お釈迦様になるというのは、古語でして、要するにお亡くなりになることを、こういう世界では、オシャカニナル、ともうすわけです)。空冷装置を外した所と、掃除して付けた所を乗せておきました。

システムのモニター画面

システムのモニター画面
 と言うわけで、CPUの温度や電圧やファンの回転数を見ましたら、42度cになっておりました。多少は熱がさがって、それからずっと動いております。めでたし、めでたし~。
 ちょっと、まったぁ。

密着グリス
 実は、このGreenシステムのMBでは、CPU温度が64度になると停止するわけですが、一般には体温程度が良いわけです。よく分かりませんが、70度を超えると、壊れるのでしょうね(そんな実験はしたことない)。
 ところが、42度cというのは、せっかく掃除しても、高温とも言えます。そういうモニタがソフトにある方は試してください。適当なソフトを数本まとめて激しく動かすと、みるみる温度が上昇しますが、ファンの回転数も上がって、そこそこ40度から50度程度に落ち着くはずです。

 この記事例ではアイドリング(なんもしない状態)で、42度cですから、掃除した効能がない、となります。
 この謎は、次回、CPUの背中にグリスを付けることで、おそらく30度台になることと思います。つまり、CPUの熱が、冷却装置との間が隙間だらけで、ちゃんとヒートシンクに伝わらない状態なんですね。
 などといいながら、このまましばらく使うでしょう。なんとなく、オーバーヒート気味になったら、うちわや扇風機で冷やす手法もあるのです。

 私の場合、実は数日間、研究室に暖房を入れておりません。
 この手法は、冗談ぬきで、ただしい方法論のひとつなのです。

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2007年2月22日 (木)

葛野図書倶楽部2001組織図:概念の整理

Umlkurabusosikizu_1 葛野図書倶楽部2001については、これまで何度も言及してきた。目的は情報図書館学(図書館司書科目)を深く理解してもらうために、倶楽部(同好会形式)を創設し、授業や、司書の卵としての学生生活を充実してもらうことにある。他の学生の助けとなるように助勤(共同演習支援:授業補助上級生)制度をもうけ、教員と学生との間隙を埋め、また倶楽部内で責務を負い、組織行動や技術習得ができるようになっている。

 さまざまな経緯で、組織構成は、幕末の新撰組を一部まねている。図は現在の理想的なものであり、こういう風に運営されることを願ってまとめた。実際には、年次や学生気質によって、流動的なものであるが、ほぼ、この形で運営されている。
 (図はクリックすると拡大されます)

 倶楽部運営の柱となるものは、
1.助勤制度
 上級生や科目履修優秀倶楽部員が担当する。受講学生の相談役。教員との緩衝役。
 図書館学科目受講学生は一般的に若く、教員の意図や考えと、学生それぞれの気質との間に齟齬が生じる。この相互翻訳機能を果たすのが、年次ごとの助勤である。新撰組では当初副長助勤という形式であったが、授業に直接関与するので、最高顧問が局長を通して責任をもっている。
 なお、助勤制度は別途まとめる予定なので、この組織図にはない。

2.倶楽部屯所の管理
 局長が責任(注:以下、すべての最終責任は最高顧問である)を持ち、倶楽部員、一般学生の利用に関する運用管理を行う。屯所には図書館学関係の図書雑誌、共同演習の過去優秀作品があるので、これらの円滑な利用・運用をはかる。また、共同演習などの話し合いの場所としても提供される。

3.さまざまな学内行事
 夏のオープンキャンパスや、臨時の講演会、見学会(予定)などを主催する。

4.職務毎の重要業務
 4.1 機関誌発行(Truth)
  年4回発行し、これは教材としている。
  組織図では副長、経理局長が担当する。
 4.2 HP、blog公開
  随時倶楽部運営会議(月例会)議事録や、機関誌を公開する。
  またblogには共同演習に関係するニュースを掲載する。
  組織図では、一番隊長が管理し、各担当が記事を作成する。
 4.3 蔵書管理
  倶楽部蔵書および情報図書館学関係図書の保守管理、貸出、利用を行う。
  組織図では二番隊長が担当する。
 4.4 過去作品管理
  4つの共同演習で作られた、過去の優秀な作品を保守管理し、
  これを利用に供し、またネット公開している。
  組織図では、三番隊長が担当する。

5.倶楽部内組織の特徴
 局長が全権を掌握する。
 ただし、最高顧問は局長職の叙任権を持つ。
 副長は局長を補佐し、局長と協議する。
 局長と副長による協議内容は、顧問指示内容の妥当性や倶楽部内運営の妥当性を検閲する。
 この協議内容は、月例会で倶楽部内周知される。
 経理局長は、部費、寄付、教材費などを管理し、有効利用計画を立て、執行する。
 書記局長は、すべての記録を管理する。倶楽部は、授業・行事・倶楽部活動などの記憶装置でもある。

*.この記事・UML風の図作成について

OmniGraffile
 アプリケーションは、iMac(2003年機種)上で、MacOSX/Tiger添付の、OmniGraffileを使用した。その中の、UMLステンシルの利用である。
 UMLについては別途Windows上で使用(PatternWeaver v2.1)しているが、概念レベルで簡便に、物事をまとめるために、しばらく、このOmniソフトウェアに慣れてみたい。

*.図のUML:Unified Modeling Language風(概念レベル)読み方
 四角い箱をオブジェクト(擬人化して考えると分かりやすい)とし、オブジェクトは自律している。「物:オブジェクト」

 四角い箱の上段は、役職名。これはクラス名である。
 中段は、業務名。これはクラスの属性を列挙したものであり、アトリビュートと呼ばれる。
 下段は、実務内容。これは何をするかであり、オペレーションないしメソッドである。
 <協議検閲>だけは、二つのクラス(局長と副長)の「関係内容」を表す。

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小説木幡記:20070222(木)晴れの雑記帳・食事

 NHK・TVで、長生きと食事。数日前に聞いたので、細部はあやしい。
 シルクロードのウィグルは長生きらしい。東と西の食文化が融合し、ブドウの道でもあったから。
 葡萄酒やブドウは身体によいとのこと。東のお米(炭水化物)と西のお肉(動物性タンパク質)に野菜をたっぷりいれて煮込んだものを常食しているから、世界でも稀な長生きらしい。

 ところが、チベットとネパールの人は短命、突然死が多いらしい。それは国として問題は多いのだが、独特の宗教的(仏教)な考えが深くて、突然死すると周りの人は「よい行いを続けてきた良い人だから、楽にあの世に招かれましたなぁ」となるらしい。鳥葬の国。

 食事内容は、岩塩だらけ。高地で大豆なども育たないからタンパク質がほとんど摂取されない。もちろん肉も少ない。食材の多くは塩詰めにされた保存食。お茶は塩茶、バター茶。高血圧、脳梗塞、コレステロール。身体が血管も含めてタンパク質不足で弱い。そこに塩だらけなので、短命。らしい。
 魚はご先祖さまだから、絶対に口にしない。しかし保険機関と相談して、住民に魚から抽出したタウリンを二ヶ月試してみたら、圧倒的な変化があった。血圧平均値が普通の国なみになったとか。それ以前は、平均値が高血圧状態だったらしい。

 日本が長生きの国になったのは、食事内容が要因なのかもしれない。
 乱暴なまとめだが、雑食がよいのだろう。
 塩もなければないで死ぬだろう。過食がいけないのかな。
 長生きしてどうなのか、については人によって考えが異なる。早くお迎えがきて良かったなぁ、という文化があってもおかしくない。一般に不老不死に傾くようだが。

 ただ、教師癖の一家言をもらすなら、この世は楽しく思えば夢極楽。楽しくないと思えば地獄、賽の河原。
 さて~。心の綾だけできまることなのか。そう、決まることも多い。

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2007年2月21日 (水)

小説木幡記:20070221(水)みんないろいろ人生

 人の世を並行にみてみると、感慨がますます深くなる。

1.Mu
 昨日はぼんやりして、だるくてMuBlogも書けなかった。ミンスキー先生の『心の社会』は、一章分だけ読了した。言葉の曖昧さについての章だった。この前後は、余にとっても大切な章なのだが、少しだけ不運というか、心身がだるい時期にあたってしまった。ただ、内容については馴染み深いことなので、難渋しなかった。
 全30章で、昨日は20か21章を読んだことになる(覚えていない)。

 多義の単語達があつまって文を作り、そこで小さな文脈ができ、それだけでは文章全体の中で曖昧なママなのだが、人はなんとかかんとか文意を決定する。
 そのメカニズム、そのモデルをミンスキー先生は書いておられた。

 その文脈を次々と壊していくような文章をマシンが理解したと、いや、なんらかの判定を下せるときに、Muの好ましい人工知能ができた、と言える。
 今書いていて甦ったのだが、人がなかなか考えを他人に伝えられないという、事実、現象についてよい言葉があった。つまりミンスキー先生が申されるには、人の考えとはもともと曖昧で定まっていないから、そうなのだと。
 膝をうった。

2.知人研究者
 メルがきていた。知人の様子が激しかった。50代の研究者。
 ?~英国~帰国発熱~国内学会予定~インド渡航~国内国際学会(幹事)~中国渡航~?
 この予定のうち、空き時間はセッション毎にせいぜい1日程度。
 だいたい、がんばっている研究者はこんなものだろうと思っていたが、本人は少し病弱なので気にはなる。
 企業の人も研究者の人も、ここまでしないと目的や思いをまっとうできないのか、という、そういう現実に頭がたれる。
 と、ひとごとみたいになぁ。
 他の知人研究者たちも、人それぞれ異なるが、激務にさらされている。
 余をかえりみて、向き不向きもあるのだろう、と自笑した。

3.卒業生
 勤めながらも、思いをまっとうするために、日々精進している様子を最近みた。その思いが達成された後を余はぼんやり想像する。恐らく次の思いに身を突き動かされるのだろう。思いが数珠のようにつながっている。ただ、おりおりは、眼前の思いを達成するために精進する。
 そういう態度は、生活習慣は、好ましく見えた。

4.社会にでる在学生
 明るい顔がときおり、沈みこむ。
 「勤めてみないとどうなるのか、どう対応するのか、分からない。」
 しっかりものの先輩達も、家庭の都合や職場の都合で、転職事例はいろいろ耳にする。社会にでること、これまでのアルバイトとは異なる。そういう、見えない近未来に、ふと顔が曇る。いつも曇りがちな学生なら、気にもならないが、明るい学生が沈みこむ様子を遠望すると、うむ、と余も考える。

5.就職の準備を始めた在学生
 「司書に、なりたいのです。だけど、大学受験の悪夢を見ます」
 「そうだね。多数科目を必要とする、国公立大学を受験しなおす気持にならないと、公務員試験は通らない」
 葛野で幾度となく、毎年繰り返してきた対話だった。 
 「しかし、君の体力、精神力、根性なら、民間も比較的よいところに入る可能性はあるな」
 「ええ、その方向も考えています」と、また暗くなる。
 
*.そして、そろそろ朝シャワー
 みんないろんな思いを抱いて日々過ごしていく。一様に、節目節目になると、それまで明るい、元気な人達でも、なにかしら憂いが漂う。本当は、思いを達成しても、また次の思いの山があることを、知っている賢い人達なのだが、やはり眼前の峠を登ることに目がいく。

 道はいろいろ在るはずだ。関所やぶりだってある。ヘリコプターもある。
 ただ、道を歩くことは、大体みんなに共通している。

 余も、思いの数珠をたぐってきたが、さて。まだまだ、数珠は遠くに一杯連なって見える。きっと、円環だったことに、そのうちに気がつくはずだが、それに得心したときは、さようなら(笑)。
 熱いシャワーでもあびて、インド渡航、じゃなかった葛野日参いたしましょう。

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2007年2月19日 (月)

小説葛野記:20070219(月)晴、異邦人の「私の京都」

 今日は極早朝から元気だったのだが、午後から急に寒気がして身体がだるくなってしまった。これは、と臆病風邪にふかれて横臥した。夕方にようやく元に戻ったのだが、『心の社会』が一章も読めず落胆した。分かりやすいと言っても積年気にかけていた本だから、心身不調では読まない方がよい、いや読んではならないと思ってのことだが、落胆。まあ、明日もある。

 幾つか横臥しながら気付いたことがあった。

1.MuBlogのアクセスが異様に高くなった。
 さっき夕方六時に、MuBlogだけでアクセスが800を超え、サイト全体だと1000を超えてしまった。気味が悪くなった。調べてみると、日曜に書いた風林火山へのアクセスが大半を占めていた。それにしても、日々MuBlogだけで大体300強、写真を含んだ全体だと大体500強が普通なのに、このまま夜中までつづくと、平常の3倍近くになる。うれしいのは事実だが、事情がわからない。あとで、ココログのアクセス解析が壊れていました、なんて聞くとがっくりするなぁ。

2.熱があるなぁ、と思いながらも書架の新書を一冊取り出して読んでいた。
 『京都人だけが知っている/入江敦彦』洋泉社、2001.5
 全部読み切っていないので、まだ独立記事にはしないが、おもろいなぁ。これは考えてみると、今から7年前に買ったまま、不気味な感じがして置いておいた新書だった。

 京都人は近辺の大阪や滋賀県や福井県を全く無視しているらしい。これには笑った。つまり、余は福井市生まれの京都市右京区育ちで、成人以後何年か後には宇治市に住んでいる。まさしく、圏外の人、エイリアンなんだなぁ~と長嘆息した。とは、嘘で、実は右京に住んでいたときも源氏物語や古典の授業なんかで、今の鴨川は死体置き場、右京は湿地帯、だから内裏のある真ん中からは疎外された土地と、知っていた。まして宇治市、これは京都府なんだ。藤原家の別荘地、平等院、これは僻地ですよ。田舎。木幡なんて、JR急行も止まらない。

 しかし、山背、葛野を開いた秦(はた)さんは、その僻地右京区太秦や、伏見に拠点を作ったのだから、後から桓武さんが怨霊に追われて、長岡から今の市内にきても、まさしく今来(いまき)さん~
 応仁の乱なんて、あんた、武家政権のしんねり、ねっちりした小競り合い、そんな戦の後に掘っ立て小屋たてて細々と生きながらえて、ネイティブ京都人なんて、遠く新羅や百済を思い浮かべれば、へそが茶湧かす、けけけ、などと笑いながら読んでいた。
 そうですねぇ。ま、よろし。

 で、やはり福井・原住民出自を誇る余としては、これまでMuBlogで「私の京都」と書いてきたのを、ちょっと綾つけて、異邦人の私の京都、としようかな、と思うとまたわらけてきて、しらんまに身体がしゃっきりした。

 で、入江さんの図書で読んだのは、桜章と、喫茶店章を熟読した。これは、よろしなぁ。だから、今春は入江さんのこの新書をガイドブックにして、桜写そうと決心した、わけ。とたんに、起きあがったMuであった。余はなにかしら目的が定まると、軟体動物から、狼もどき(わんこ、かな)に変身する。

3.さて、起きあがったら溜まった事務手続きや研究読書に専念すればよいのに、
 はや夕方五時だった。それで思い出して、ネットで入江さんをみたら、おお、ヒット。『イケズの構造』新潮社、2005。この本、脳のどっか片隅にあった。思い出した。さっそく屯所に出向き探したら、ありましたねぇ。こういう図書を購入している、わが葛野徒食倶楽部(正式には、葛野図書倶楽部2001)はすごい。学生達の選書眼が、備わっている。

 それで、読み出したら早、夕方六時を過ぎたので、一旦やめて、MuBlogを書き出した次第なり。
 このイケズ本、ほんまに、よろしおす。よそさんへの対応が事細かくえぐり出してあって、それは意地悪やない、イジメやない、まして皮肉でもアマノジャクでもない、そう、イケズそのものなのだ。

 気に入ったのは(まだ一章分程度しか読んでいないが)、p159の、シェークスピアの名訳(?)
 「自分のうちにいかなるイケズも持たず、イケズをしたい気持ちにもならない人間こそ謀反と謀略と略奪に適した人間だ」
 これ、これだね。入江さんというひとは、ものすごい、ごっつい人や。ご幼少のみぎりのお顔は平野さんらしいけど、おそらく男子たるもの、三日で刮目せなあかんというのやから、きっとすごいお人にならはったんやぁ。めちゃ、ええこっちゃ。なぁ。

 ああ、夕方が夜になってきた。
 一体、本日は葛野で何をしていたんだ。
 読書。
 文化薫る読書。イケズの解明!
 明日こそ、研究ちゃんとしましょう。
 そいでも京都は、ぼけでもカスでも、教授は大切にされる町らしおすえ。
 ほな、また明日に。バイチャ。

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ブラック・ラグーン(広江礼威)とヨルムンガンド(高橋慶太郎)

 先週末に、漫画(コミックス)を数冊読んだ。その中で、ブラック・ラグーンとヨルムンガンドのメモを残しておく。

ブラック・ラグーン;6 表紙

ブラック・ラグーン(Black Lagoon)6/広江礼威
 ブラック・ラグーンは6となっているが、当然5まで以前読んだ。一度もMuBlogには載せていなかった。理由はある。
 う~む。
 強いていうと、わけがわからず、それに暴力がキツイので、公序良俗に反するかなとおもって(大笑)、躊躇していた。しかし、すでに六冊も読んだということは、余程に気に入った証拠で、これを黙って隠しているのも子供っぽいと言うか、嘘をついてはならないという、公序良俗よりもさらに上位の検閲エージェンシー・マシンが、余を責め立て始めた。これは書くよりしかたない。

普通のロベルタ:キリングマシーン

ロベルタ:キリングマシーン(ブラック・ラグーンより)
 内容の殆ど総てを気に入っているのだが、なによりもこのロベルタという若い女性をことのほか気に入っている。普通の、おとなしい、ど近眼の、くたびれた鞄をもってうろうろ歩く、どうにも変な女だ。仕事で、バーなんかに入っても、飲むのはミルク、言葉使いも丁寧だ。

 いろいろな事情で、南米某国の農場主のようなご主人様にひろわれて、そこの幼い息子さんの子守もしている。その農場主のような人は、ロベルタの父親の友人で、事情でロベルタが父を失なったとき、住まいと食べ物と仕事(家政婦)を与えてくれたわけだ。
 と。実わぁ。
 物語は、これが本筋ではない。本筋は日本の青年が会社のなにかの仕事で東南アジアに出向しているときに、事件に巻き込まれ、異形の男女数名に助けられたのか拉致されたのか。そのあとてんやわんやの大騒動というか、ドンパチというか、血は吹き出る、爆弾は花火のように爆発する、自動車はふっとぶ、船は空を飛ぶようなスピードで海賊する、沈める、麻薬はキャンディーのように部屋に散乱する、中国人、露西亜人、日本人、ヨーロッパ、アメリカ、わけのわからん人、国際色豊かで、言葉ひとつとってみても、ほんとうに、理解できない。おまけに先回五巻では、日本にまで騒乱が及ぶ、……。と、書いていても、どういう風に説明して良いのか、Muもお手上げのトンデモない暴力悪書

 今回は、超厳格なカソリックの暴力尼さんまで出てくる始末。なんだか、悪夢。
 しかしなぁ。心からおもったね。悪書にこそ、滋味があるというか、読んだ後、内容はまったくわからないのに、理解できないのに、スカーッとする。ものすごいカタルシスを味わう。これは、小説では、映画では味わえない、まさに漫画的、ああ漫画だった、コミックス世界だよ。

ヨルムンガンド;1 表紙

ヨルムンガンド(Jorumungand)1/高橋慶太郎
 このタイトル、なんとなく不思議に思って木幡研の漫画博士にうかがったら、「多分ねぇ、北欧神話だよ」とのご託宣。標題紙には次の文字があった。
五つの陸を食らい尽くし
三つの海を飲み干しても
空だけはどうすることもできない。
翼も手も足もないこの身では。
我は世界蛇。
我が名はヨルムンガンド。

 なんとなくゾワッとする言葉ですな。さて、この作者高橋慶太郎さんの漫画は初見になる。まだ、完全にはMuになじんでいないが、そのズレが微妙に心地好い。「絵が素人っぽいね」と、漫画博士に言ったところ「いや、特徴がでていて、風変わりで人気があるようです」とのこと。

 さて。暴力描写は、ブラック・ラグーンほどではないが、……。ときどき度肝を抜かれる。内容は読んでのお楽しみとして(笑)、ヨナという少年兵が主人公のようだ。もしかしたら彼は世界蛇なのかもしれない。ヨナはココという武器商人の仲間に入る。
 ……。
 もっと書きたいのだが、やはりネタバレはミステリだけじゃなくて、こういう漫画世界でも禁忌だと思っている。
 (だから、プルート4を、記録できない、まだ悩んでいる)
 ヨルムンガンドも、もう少し二巻、三巻と続いたら、書ける範囲で記そう。
 そうだね。
 ココというリーダーは超暴力的な人間だが、それ以上に智慧が回る。それがおもしろい。
 ヨナ少年は、まったく笑わない、全く話さない、仲間とおしゃべりもしない、ただ下手な卵料理をつくって、兵器を身体の一部のように使いこなすだけ(も、ものすごい能力だがね)。ともかく、ココが時々「う、撃つなー」と叫ばない限り、叫ぶ前に反射的に引き金に指がかかる、おそるべき少年。

 ページ閉じれば、硝煙がただよう。

追伸
 世の中には、ごく普通のおとなしいサラリーマンというか、OLというか、教員というか聖職者というか、気弱な少年少女達、まじめそうな人達が、ひとたび何かの引き金に触れると、目が血走り△になり、次第に白目をむいて、よだれをたらし、牙をむき、ツメをとがらせ、月に向かって吠える。というような、危険なことにならないように、こういった過激バイオレンス・暴力漫画(18禁、ではなさそうだがね)、コミックスが流布しているのかも知れない。
 知らず。人間は、複雑だ。

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2007年2月18日 (日)

NHK風林火山(07)真田幸隆

承前:NHK風林火山(06)仕官の難しさ

真田氏発祥の郷(長野県小県郡真田町)地図

 今夜で七回目になった風林火山。真田幸隆(ゆきたか)が山本勘助の道を開いたような気がした。番組の最後に、耳にしたのだが、真田幸隆が勘助を武田晴信(信玄)に推挙したとのこと。雰囲気的に、幸隆は確かに孫の幸村(信繁)の智将ブリの血筋を思わせる顔つき、人柄だった。

 それにしても、まさしく不遇の男、山本勘助。この回まで、なかなか糸口を見付けられなかった。ようやく、来週あたりに「軍師がいるぞ」と、人に囁かれるような男になる手筈、と見た(笑)。後世、秀吉の軍師・竹中半兵衛は十代末には周りから大層認められた、いわば麒麟児。それにくらべて勘助は、いまのところ口先だけの駄馬に見えてしまう。若旦那みたいな北条氏康(ほうじょう・うじやす)にも、命は助けられたがさんざん説教されてしまう。

 と、それが今回の勘助の妙なのかもしれない。おもしろかったのは、北条の若旦那氏康が、勘助だけに酒をのませ、自分は「心身を考えて朝にしか飲まぬ」とか。うまそうなサザエの壺焼きを勘助だけに進めて、「これはうまいが、わしは喰わぬ。生煮えだと腹をこわす」と。おおいに笑った。氏康がまるで、Muに見えてきた。私もときどき、お菓子なんかをいただくと、他の学生や秘書さんに、「先にたべて下さい」と言って、食べる様子をしげしげと眺めることが、多々あった。

 さて、晴信と信虎との親子喧嘩は、うっといなぁ。たしかに、仲代信虎の演技は絶妙なのだが、私には好ましい場面展開ではない。というのは、主人公は勘助だから、その勘助が駄馬のまま今日まで続き、その上に信虎は毎朝毎夜中風よけのクルミ割り人形だから、いささか辛くなってきた。

 多分、世の中にはああいう父子のどうにもならない、あるいは兄弟、あるいは上司部下、恋人同士、そういう人間関係の曰く言いがたい、心の綾、ずれ、すれ違い、好悪憎悪嫌悪、馬が合う合わない、いろいろあるのだろうが、そういうことは現実世界、職場やなんやらで長きにわたりじっくり見てきたのだから、わざわざ日曜の夜は、ほっこりして「さて、どんな謀略戦」と楽しみにしているのに、……。ああ、愚痴をいっちゃ、おしめぇよ。
 よいですよ。そのうち、信虎父ちゃんは今川に売られていくんだから。その追放劇まで、我慢我慢。

 というわけで。
 ただ、真田の元で、勘助が軍師の本領を発揮する前夜、そういう設定がなかなかよかった。いや、そういう史実を疑っているのじゃない、山本勘助不在説がちらっと、脳をかすめただけ。
 以前申したが、勘助は塚原卜伝に剣をならったとの噂。このエピソードはないのだろうか。最近の勘助は馬術も剣術も、なにやら頼もしく見えてきた。

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2007年2月17日 (土)

石塔寺(せきどうじ) 阿育王山(あしょかおうざん)

承前:石宝殿(石乃宝殿)と生石神社 MuBlog
承前:近江八幡と渡来人 MuBlog

石塔寺(滋賀県蒲生(がもう)郡蒲生町石塔)地図

動画:石塔寺門と境内 (Mpeg4 3645.0K)
 門の扁額、「阿育王山」が目につきますね。お寺は綺麗に掃除されていて、本堂も広いです。

動画:石塔寺の三重石塔(阿育王塔) (Mpeg4 3076.8K)
 どう観ても、これは圧巻でした。実物は7m以上の高さがあって、どんな風にして積み上げたのか、あるいは地震なんかではどうなんだろうと、ぼんやり眺めておりました。一説では、回りに土を積んでその中に石を埋め込んで、最後に土を取って立てたという話も読みました。奈良の大仏さんがそうだったはず。

1.百済面(くだらのめん)

百済面(くだらのめん)

2.百済の館
百済の館

 ずっと以前に石塔寺を訪ねたことがあった。まだ若かったそのころは『かくれ里/白洲正子』が私のガイドブックだった。「石をたずねて」という章にあった。同時期に司馬遼太郎さんのなにかの記事も読んでいた記憶があるが、さだかではない。司馬さんの記事ではただ「異様な石塔である」という片言が脳にこびりついていた。

 下調べもせずに昨年の夏突然この地におりた。名神高速道路、滋賀県の八日市ICから少し下がったところだった。それで目に付いたのが「百済」。くだらは、ひゃくさい、と読んでも間違いではないが、日本ではクダラと読むようだ。現代の朝鮮語ではどうなのか知らない。 なぜ、この地が百済なのか。

3.石塔寺(いしどうじ)

石塔寺(いしどうじ)

4.仏さま
仏さま

5.お地蔵さんと三重塔への石段
お地蔵さんと三重塔への石段

 百済の文字にふらっと目眩がしたあとで、門をくぐった。扁額の阿育王山はインドの古代・アショカ王に由来するというから、このあたりの伝説は枠が大きすぎてまた目眩がした。紀元前3世紀のアショカ王が世界に散布した仏舎利の二つが日本に来て、一つは琵琶湖の底、一つはこの石塔寺、阿育王塔(三重石塔)のようだ。現在は、天台宗の落ち着いた、静かなお寺である。
 寺自体の開基は聖徳太子さんになっていた。とすると、7世紀創建になる。
 ただ、この伝承はもう少し時代が後のことと思った。
 時の仏教伝搬が日本でどうだったかは知らないが、日本書紀の推古天皇32年には、ちょっとした事件(僧が親を撃ち殺した、尊属殺人)があって、朝廷が驚いて寺院僧尼を調べたところ、寺が46カ所、僧尼あわせて1385人とのことだった。ここに近江が含まれたかどうかにもよるが、それほど多数の寺院が当時の日本に在ったわけでもない。聖徳太子は日本書紀では推古30(西暦622)年没だから、推古天皇32年というと、調査時点と大きな開きはない。
 だから、聖徳太子開基伝承は、すぐにはうなずけない。

6.阿育王塔(あしょかおうとう:三重石塔)全景

阿育王塔(あしょかおうとう:三重石塔)全景

阿育王塔(あしょかおうとう)拡大
 この塔が、冒頭で記した百済と関係が深いらしい。寺伝ではアショカ王由来なのだが、様式から恐らく百済ないし、高句麗の関係者によって設計され建てられたものと推量されている。
 なお、百済とか高句麗とは昔の朝鮮半島を治めていた国々で、飛鳥、奈良時代の日本とは切っても切れない縁がある。当時の日本(倭と中国から呼ばれていた)は国際国家で、特に朝鮮半島との行き来はひっきりなしだったようだ。いわゆる人種としては、同じモンゴロイド、ツングース系らしいので、その後の文明文化的異なりは大きいが、なにかしら似たところが多い。

 歴史的には、百済(朝鮮半島西側)、新羅(しらぎ:半島東側)、高句麗(こうくり:半島北部)と三国あったのが、百済が新羅・唐に敗れ、次に高句麗が新羅・唐に滅ぼされた。そして最後は7世紀末に新羅(高麗)一国になった。新羅が統一国家になったころ、日本は天武天皇時代で、現代の奈良県の飛鳥近辺が都だった。
 さて、その三重石塔が百済由来というのは、本当に似通った物が百済・新羅時代の現地・定林寺にあるらしい(未踏地・未見)。

7.五輪塔と石仏群

五輪と石仏群

宝塔、五輪塔、いずれも国指定重要文化財

石仏群

 このおびただしい五輪塔や石仏群は、その後鎌倉時代ころから参拝者が数百年にかけて納めたもののようだ。こういうおびただしい仏様を観ていると、人の気持ちの一端が浮かんでくる。なくなった人達の供養なのか、偲んでいるのか、「死」に対する複合的感情の発露なのだろう。極楽浄土へ参りますように、と生きている人達が祈った証なのだろう。

百済渡来人
 滋賀県はことのほか渡来人が沢山住み着いた地域のようだ。大津京の北には新羅系、そして石塔寺のある蒲生には百済系の人と、地域がある程度は固まっていたらしい。しかし司馬遼太郎さんの昔の対談(日本の朝鮮文化:中公文庫838)では、朝鮮半島から来たというよりも、昔から行き来が激しかったから、百済や新羅から日本に帰ってきたという印象があると漏らされていた。ものの考え方によるだろうが、史実としてはこの蒲生の場合は、百済が滅びたことによる、亡命百済人という言い方もあたっているだろう。

 日本書紀では、天智8年(西暦669)に、佐平(さへい:百済の大臣相当高官)余自信(よじしん)や、佐平・鬼室集斯(きしつしゅうし)ら、男女700人前後を近江の蒲生郡に移住させたとある。
 660年に百済が滅び、そして天智2年(663)に白村江の海戦で日本水軍が新羅・唐によって全滅した史実がある。
 書紀によれば百済亡命人は一般人も含めて、この天智2年(663)9月25日、百済の地を去り日本にむかったようだ。その後、どうなんだろう、都はまだ飛鳥だったから奈良県南部に住んでいたのだろうか。大津京に遷都したのは天智6年(667)だから、この時同じように飛鳥から百済渡来人は一緒に近江にきたのかどうか。まだ調べ尽くせない。

一つ謎
 書紀によると天智9年(670)、この年斑鳩の法隆寺が焼けた、天智さんは二月に、蒲生郡日野に、宮を造る地を見たと記してあった。この時、皇居は現代の大津市だった。日野というのは、石塔寺からは10キロほど離れた東、やや南あたりの地域である。「宮」というのは、天皇が住いするところか、別荘か、神社かと、いろいろ悩みだした(笑)。よほど、このあたり蒲生が好みだったのかもしれない。事実狩をした記事もあった(天智7年5月5日)。

 なお、謎ではないが、佐平・鬼室集斯(きしつしゅうし)とは、おそらく百済の猛将軍鬼室福信(ふくしん)の縁者、息子さんなのだろう。忠臣・福信将軍は、白村江の戦いの始まる前に、鬱になった百済の王に斬首されている。このことが、百済軍内での致命傷になり、敗れたという話も読んだ。
 で、話として、この鬼室福信将軍の息子の集斯が、日本に亡命し700人前後の人達と、蒲生郡に住み、後日日野町小野に鬼室神社ができた。(参考:湖東の渡来人

感想
 近江の国は、歴史が厚い。住んでいる宇治からは近いと言っても、数度の探索ではなにも分からない。そして石の血脈というか、石工たちの動きを知りたいという動機から、石塔寺(近江)、益田岩船(飛鳥・橿原)や、石宝殿(播磨)を彷徨ったわりには、まだまだ何も浮かんでこない。ただ、渡来人、これが石の血脈のキーになるのだろう。石工と、そして自然巨石の磐座(いわくら)、なかなかに楽しみは尽きないなぁ。
 また、調べてみる。

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2007年2月16日 (金)

小説葛野記:20070216(金)司書とか情報図書館学とか人工知能とか

 最近、いつものミンスキー先生に親しんでいて、心の片隅では「図書館」とか、そういうことを教える「図書館学教育」とか「司書資格」とかに、思いをはせている。

情報図書館学の心髄
 何を学生達に伝えたいか、その観点からまとめておくのが一番だ。

 まず、歴史だな。
 人類の文明文化史、文字や紙の歴史、本の歴史、図書館の歴史。うろんな遠回りとはまったく思っていない。促成栽培の司書なんかいらないわけだ。もちろん図書の中に描かれた思想や宗教や戦争や経済や、文化の香りや、そんなことも身につけてもらいたいが、それはちょっと、手に余る。

 図書館を歴史の観点から見る基盤を若年時に身につけておかないと、図書館という安定すべき機関(エージェンシーであり、マシンだな)の運営、経営に道を誤る。世間の中にあるのだから、ある程度世間に合わすのは当たり前だが、時々の世間を超えて図書館とは、図書や情報を収拾し整理して、いつでも使えるようにして、可能ならば次の五年、十年、百年、次の世紀に継承させないとだめなんだ。
 行き当たりばったりでは駄目だし、世間の流行に合わせるだけでも駄目だし、かといって世間から見捨てられるような、忘れられるような物であっても困る。

 そして、人工知能だな。
 おっ、とここでなにか空耳。
 十年前でも、インターネットとか電子図書館とか言っているうちは、図書館の世界や司書の世界でも「うん、うん」と同意を得られていたのだが、ここで突然「人工知能」とか言い出すと、とたんに座がしらける。ごくわずかの、恩師とか先輩とか、賢い(笑)若い研究者にしか、こういう余の思いは伝わらなかった。

 つまり。初めて図書館司書になったとき、当時の図書館をデータベース(DBMS)に見立てるとすっきり分かることに気がついた。そして10年程たってパソコンが出始めて、触りだした頃から、なんとなく「人工知能」という文字が頭を走り出した。そして15年ほど前に、電子図書館の研究会に参加してから、決定的に「図書館とは、人工知能である」と思い出した。

 そして、この一ヶ月、ミンスキー先生を復習しだして、ようやく、それ以外ではない、と分かった。なお、誤解を恐れずに記録しておくなら、ミンスキーを読むことを十年も前に勧めてくださったのは、長尾真先生だった。もちろん、ご本人はお忘れだと思うが(笑)。
 (ところで、何故長尾先生の当時のお考えや、今読んでいるミンスキーが図書館の未来に合致するかは、ちょっと翻訳が複雑になるので後日のこととしよう)

 図書館司書。
 館種(大学図書館、公共図書館、国会図書館、学校図書館、専門図書館、博物図書館(造語!))や、待遇(正式司書、他部門からまわされた司書無縁の人、嘱託司書、長期非常勤司書、短期非常勤司書、ただのひと(笑))によって、バラエティがあるのだが、余が申した{歴史、人工知能}、この二つは心にとどめておいて欲しい(授業でもないのになぁ)。

 これは委細を記す。
 図書館に勤務することを、飯の種と思うことは間違いではない。ただ、派手に金儲けしたかったなら、職を変えるがよい。人類史に関わることだから、資本主義世界であれ、共産主義世界であれ、「経済的基盤」は一つの要素であって、それが図書館の理念にはならない、そういうエージェンシー、マシンなんだ。

 もちろん余とて、ふつうの「ヒト」だから、図書館であれ司書であれ、安定した経済基盤がなければ、絵に描いた餅、砂上の楼閣、そういう事実は身にしみて思う。
 だが、ここが肝要なのだ。
 それでもなお、図書館は「脳」であり、人類の巨大な外部記憶装置なのだから、胃や腸とは存在意義がだいぶ異なる。

<人類史>
 その異なりを知るには、人類史をわきまえておく必要がある。なにも、こむづかしい哲学や思想や政治史を理解せよとは思わない。人類は、こうして12000年(笑)、動物とは異なる文明文化を戦争しながら、愛しながら、狂いながら、つちかって今に至った。その歴史を知った上で、「さて図書館は、今の人にどう、役立っていただく。はたまた、子供たちに、未来の人達に、どう伝えていくのか」、そういう気持、そう、気分だけでも持ってもらいたい。

 その一筋の気持さえあれば、ボロは着てても心の錦、だね。悪い待遇で、365日ボロざっしの整理をする仕事も、わけのわからん子供達の相手をするのも、あるいは高級職員になったはよいが、外部指導機関のエリートに侮蔑されても(笑)、卑屈の極みになっても、心に一点光がともる。「余は、人類史に関わる、崇高な上等な仕事をしてるんだもんねぇ~」とな。

 そう。余も、ひごろ授業で若い人達にもみくちゃにされても、~(詳細を書くとお笑いになるのでやめる)、「余は、君たちを動物、ケダモノとは異なる、人類の一員として、人類史を司る高貴な職業の基礎を教えているのじゃ~」と、笑って済ませている。「メディア論」これが余の人類史だ。

<人工知能>
 異なった世界の相似性(アナロジー:類似性)に気づき、相互に応用したり、あるいは意外な本質を確認することが新しい考えを生む、とは余がもうしたことじゃなくて、恩師が昔百万遍の研究室で語ってくださった。

 そこで、人工知能と図書館。一方に「脳」、真ん中に「人工知能」、そして現実に「図書館」。こういうラインを想定してみましょう。ミンスキー流にもうすと、K-ライン(知識の太線かな)。
 
 閑話休題。
 だからといって、司書になる人みんなに、知識情報学とか、知能情報処理とか、さっそく社会人大学院大学に入って数年間ワークステーションにぶら下がって、むつかしい工学を学べとは、一言も言わない。
 そういうことじゃない。
 どういうことかというと、そういう現代科学の中のエッセンスを仕事を考える中に持ってもらいたいということだ。機は熟している。おそらくGoogleなんかが目指しているのは、一種の、Web上の巨大人工知能構築なんだと思う。
 Googleの創始者達は、つたない知識ではスタンフォード大学の院生達だったらしい。

 ただ、当然だがGoogleは経済基盤が優先になるから、それが人類史、人類にとって吉とでるか凶とでるかは余に占えない。経済活動は、血の流れない、しかし明確な「戦争」なんだから。戦争は勝つためには、どんなことでもする。大英博物館を封鎖して、一企業の為だけに使うかも知れない。(お、怖ろしい:英国と企業の戦争!)
 ↑これは嘘です。余がGoogleの幹部なら、言い出しかねない(邪笑)、いや、そんな悪じゃないけどぉ~。

 しかし、遠い遠い未来を考えるならば、そういう一企業がやり出した事業は、図書館と表裏一体のものとなる。
 断っておくと、すでに巨大電子図書館とは、余は言っていない。巨大人工知能と、書いたことを、くどく言うておく。MuBlogの過去四ヶ月の検索サイトランキングをみてもGoogleの強さが分かる。

検索サイト
解析対象期間: 2006年11月1日(水) ~ 2007年2月15日(木)
集計対象アクセス数:21,618
1 Google 12,227 56.6%
2 Yahoo 5,570 25.8%
3 MSN 1,183 5.5%
4 goo 1,040 4.8%

 それで、ミンスキー。
 人の知識情報とはどういう物であるのか、そういうモデルについて語られている。人の脳、知識、記憶、感情とを組織的に、システムとして考えられるという一つの事実を味わったなら、これからの図書館がどう言う風になっていけば、おりおりの世間の人に役に立ってもらえるのか、という課題のアナロジーがえられるねぇ。

附録
 余はMuBlogを余の外部記憶と捉えてきたが、これはもしかしたら、余の脳内記憶モデルなのかもしれない。技術的に考えてきたことを、もうちょっと露わにシステムとして実装したくなったし、隠居仕事がまたふえたような~。

 国内図書館にあっては、粘土媒体まで気をくばる必要は少ないが、少なくとも「紙媒体」に対しては、遠い将来に向けて責任を負わねばならない。紙メディアと電子メディアとは、別種のものなのだ。今後も、紙メディア、つまり図書を専業で扱えるエージェンシーは、図書館しかないだろう。

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2007年2月15日 (木)

小説葛野記:20070215(木)食べられないチョコの遺跡

ピラミッドトリュフ

ピラミッドトリュフ
  よくしたもので、葛野教授唯野先生にも月日がめぐるとそれなりにチョコなども舞い込んでくる。けれど中に、どうしても手を出せない、口に入れられないチョコが二点あった。なにかしら余の心臓を掴んで絞り上げたようなチョコというより、遺跡出土のオーパーツ・ピラミッドという雰囲気だな。たじたじとなってしまった。こういうチョコを下さる方は、もしかして折々にMuBlogをご覧になって、余が年甲斐もなくどれほどに超古代文明にずぶずぶと足を突っ込んでいるか、いやいや十代からの、それは「宿痾(しゅくあ)」。その治療目的なのかもしれない。

プティ・マスク・ショコラ

プティマスクショコラ
 ああ、おお。マスク。どこの国のマスクかはわからない。なにかしら、マヤやインカや超古代の日本まで含んでいるような。モンゴロイドとひとくくりするなら、ツングース系も含めて、全世界兄弟! と言えそうな文明の香り。このマスクひとつひとつを、大昔日本海に面した敦賀のおたふく豆落雁を、最初にほっぺた、次におでこ、アゴ、とかいいながら少しづつ囓ったそんな気分で、毎日一面食べていくのだろうか。いや、手を出せない、口に入れられない。一体、これらのマスクはどこでいつ誰が発掘したのだろうか、地域を断域し、時代を断代しなければ、そのまま博物館に調査依頼を出してしまいそうな、チョコマスク、これこそオー、オーパーツの極み。

 さてこそ、ピラミッドパワーや、仮面の神々を下さった方には、かっぱ回転寿司では申し訳ない、えい、ここのところは清水舞台から飛び降りる真似をして、「ザめしや」でキムチ鍋でも御馳走いたしましょう。

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2007年2月14日 (水)

小説葛野記:20070214(水)雨だから記憶と物語

 晴よりも、雨の方が多少ものごとを深く詳細に考えるようだ。今朝MuBlogをみたら、この記事で950になる。2004年3月開設だから3年間でおよそ1000記事を公開することになる。

 記憶というのは、嘘が多いらしいが、実は本当の記憶などはあり得ないとも、近頃のミンスキー先生読書から再確認した。

 そうそう、本日定食は、やたらに会議があるので、『心の社会』を進められないかもしれないと、悲傷。研究者に、人が見たら無駄無駄しいほどの時間を許可しているのは、実に簡単なことで、まともに他人の業績を理解し咀嚼し、みずからの研究の方向を再確認したり再定義したりするには、厖大な思考をともなった読書が必要になるからなんだ。だから、読書すること、プログラミングすることが仕事であって、「時間になって始まって時間になって終わる」授業にみられる、社会通念上の「仕事」とは、ちょっと違ったところがある。

 ぐうたら教授の弁明ではない。
 本当に、まともに他人の業績をきっちり把握しようとすると、絶望的なほどの時間をとる。たとえば、先年夏の『萬葉集の精神』という図書一冊であっても、すでに二十代から二度ほど熟読、流し読み両方経験していても、三度目でなお二ヶ月きっちり読むだけで、時間をとっている。そりゃそうだ、書く方は数年から十年前後の思索を、一年とか二年かけて書くのだから、それを読み理解するにも厖大な時間がかかる。

 最近のミンスキー先生読書にしても、祈るような気持ちで日々1章、2章読んでいる。内容は宝庫だ。余がこの20年近く心にもやもやもっていた「心」に関して、目から鱗のおちるような考えを、すでに十数年前にまとめておられた。それを、実は知ってはいた。なぜ知っていたかは、まだ記せないが、そういう考えがあればこそ、いろいろな研究がじわじわと進んだのだろう。

 そうそう。本日定食、『心の社会』第16章「感情」、ところが会議日和なんだなぁ。会議に出ないと身分保障も危うくなる(笑)、しかたない、優先順位は花より団子飯の種、また明日がある。おっと、明日も会議の連続で、さらに教員必須の講演も夕方からある、~。しかたない。まだ週末金土とある。ところが、歯医者(笑)、とか、土曜は自動的に休眠とか、気が付いたら「割り込み」がもとに戻れなくなって、「ミンスキー先生、さようなら」になりそうな挫折予感。

 これが人生さ、とここであきらめるのはよくない。

 記憶と物語。これが、どうも余がMuBlog書き散らしたり、司書になったり、教授になったり、日曜作家になったりする、なんとも訳の分からない行動の基底にあるようだと、今朝わかった。
 で、フラグメント。
 余は、ごくふつうに小児時代の記憶を持っている。それは明確に画像としてである。みんなはどうかは知らない。ただファン10年の、高額(じゃなかった)工学博士、作家、森博嗣先生には、幾分そういう点で同質感を味わう。余にも映像の記憶があるのだ。たとえば、悪夢の受験勉強中の、日本史や世界史教科書では、主に「写真」と「脚注」とに焦点を向けた特定頁を、画像として定着してしまっている。そうしようとしたわけじゃなくて、入試や模擬試験で、関連問題がでると、教科書のp95、というふうに頁単位の画像が脳に浮かんでくることが、多かった。数学もそうだった。意外に、英語はいまだに脳内記憶がぐちゃぐちゃだが。
 国語は、文字の流れと風景とが同時に脳に浮かんできた。(なのに漢字が書けない!)

 と、ここで、森博嗣関係記事をMuBlogでリンクする。「【映像展開/森博嗣】が不思議だった」、さらにトラックバックも投げておく。自己参照になる。

 そうなんだ。余がMuBlogに執心しているのは、blogがこの上記の数行の行為を簡便に行えるところにある。如何にして、短期記憶を長期記憶にし、K-ライン(知識素の連鎖だね)を丈夫に太くするかに関わってくる。

 で、今朝はこのくらいにしておく。研究途上やプログラミング途上の種をそうそう簡単に明かせるほど、単純な話ではないのだ。おお、物語との関連を少しも記さなかったなぁ、謎(笑)。

追加参照
  考える脳、考えるコンピュータ(MuBlog雑記帳)

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2007年2月13日 (火)

小説葛野記:20070213(火)図書館司書になりたい

 今日の昼食は思い切って、すっぴんのラーメンにした。右京区春日通り花屋町西「ほそかわ」600円だった。日頃は99%チャーシュー麺800円にしている。気の迷いかな。しかし、焼き豚が二きれあったので、時にはよいだろう。

 公共図書館にアルバイトしたいという人が以前いて、そんなことのやりとりをした。今朝の日記は、そういう話に終始しそうだったが、まずその前に。

本日定食
1.研究読書
 ミンスキー『心の社会』、本日は第14章「定式化のし直し」ふむふむ。すでに佳境に入っている。ミンスキー先生のこの図書には章ごとにしゃれた引用があって、それも楽しみだ。意外にも、プルーストの失われた時を求めて、がいくつもあって、ミンスキー先生が重厚な基盤に立っていることがまざまざと分かる。
 読書するということは、知識をアクセサリーのように身につけることでもないし、世間ではやりだからと、話題に乗り遅れないために読むわけでもない。まして受験とか面接の為に読書しても、底がしれている。
 まともな人間がまともに夜中ちょっと考えてみれば、人間存在とか、記憶とか、生とか死とか性とか友愛とか、神仏とか、わけのわからないことが山のようにある。もちろん目前のご飯やみそ汁はもっと大切なのだが、24時間ご飯のことを考えるわけでもないし、24時間恋人や友人との付き合いに終始するわけでもなかろう。
 ちょっと考え込んでみるとたちまちに深淵に放り込まれる。何故、どうして、なにゆえ私は今ここに居て、生きていて働いて、あるいはぼんやりしているのだろう、と。大抵、欲望とは達成されるとしばらくおさまる。おさまらなくて次次と欲望に突き動かされるのは、これは病気だから、精神医学とか宗教の力をかりないと、おさまらない。いや、ますますつのったりしてね。
 で、図書とは、読書とは、そういう単なる欲望の沈静では治まらない、訳のわからなさを必死でわかろうとする気持が湧いたときに、必然的な師匠ないし友として眼前にある。その対象として、科学もある。
 ミンスキー先生がなぜプルーストを引用したかは、余にはわかるような気分になる。

 ああ、文学論ではない。ようするに、ミンスキーという科学者は、層が厚いということを言いたかったわけだ。格好付けで古典を引用したりするんじゃなくて、どうにもこうにも、アインシュタインやフロイドやプルーストやら、いろいろな師匠や友人と対話しなければ、一歩も前に進めない、そういう世界をミンスキー先生は「心の社会」として記録なさったのだろう。
 その一章、一章を、こってり時間をかけて、毎日読む余は、実に贅沢な気分になってきたなぁ~

2.司書になりたいのです
 そのことだ。ずっとこの長い間、「司書の正職員」につくことは難しかった。特にこの十年は、世間の経済が冷えていたせいか、就職難で、それが公務員社会にも波及し、専業司書の多くが国公・市町村、公務員タイプが多いので、小さいパイがますます薄くなっていた。これからも、そうだろう。
 と、ここで数値をだしていろいろ判断するのは止めておく。せっかくのたのしい葛野記が~。

1.司書は基本的に難しい職業なのだ。時に暇そうに見えても、もしまともな司書なら、単なる図書の監視人でもないし、図書館のお手洗い案内だけではすまない。
2.どう難しいかは、葛野の優秀な学生や卒業生なら、分かっているはずだ(笑)。
3.その上に、まともな人柄、公正な対応、ほどよい優しさ、まめまめしい「ど根性」が必要とされる。なにかしら接客サービスと超高度の情報操作と、さらにあけてもくれても埃まみれ、くめどもつきぬ本の山、あくびのでそうな仕事の毎日。
4.相反する資質を求められる。

*.じゃ、そういうまともな司書になるには、どういう勉強して、どういう試験を受けて~

5.そのことじゃ(笑)
6.司書になる試験対策(文系の人むけ)
 大学(公・私)、国会図書館、府県立図書館、市町村図書館、学校図書館(司書教諭じゃなくて、学校司書)、その他。いろいろあって、対応も微妙に異なる。また、正職員、派遣、長期バイト、短期バイト、それぞれ異なるが。
6.1 高校生までの主要な五科目は復習する。国語、数学、社会(歴史、他)、理科(生物、化学、他)、英語
 英語は試験問題として国試、国会図書館だと必須の必須。スピーキング試験はあんまり聞かない。
 国語能力は、すべての試験において必須。軽く見ない方がよい、アルバイトでも小論文はよくある。
6.2 一般教養試験が難関。ただし、社会と理科とは、選択可能となることが多い。余は圧倒的に日本史、世界史を勧める。そう言う中に文化史、政治史、いろいろ役に立つ。理科は、……。文系なら生物とか地学かな。
6.3 司書の専門試験対策は、そうだな。図書館ハンドブックを三回程度なめるように読むのが基本だろう。その先のことは、……。
6.4 今後は大学図書館も公共図書館も、派遣が多くなる。専門試験は要求されないとしても、一般社会常識と、にじみ出るような教養に包まれたオーラが基本だろうね。面接での人柄がそこに現れる。実は、これが一番難しい。豚さんのように食べてすぐ血肉になるわけじゃないから。
6.5 学生時代なら、地元の図書館で短期アルバイトする経験は役に立つ。

7.司書になりたいなぁの結論
 高校時代の科目復習、読書時間の確保、コンピュータ技術としてはワープロ・表計算・インターネットに親しむ。
 もともと司書は禁欲的な側面が強いから(うまずたゆまず、こつこつと、埃まみれ)、快楽志向の人はあきらめること。昔のアメリカ映画では「修道院か司書か」と、父親が娘を脅かす場面すらある。ネクラな読書よりもネアカなライブ、という人には向かないと、熟考の果てに結論を出している。
 ただし、どんな場合にも、サービス精神は求められる。人に喜んでもらいたいという気持ちが無い人は、他の職業を選ぶべし。多少ネクラでも、友人や他人によろこんでもらって「にんまり笑う」人なら、よい。

8.具体的な作戦の結論
 図書館種や待遇による。高給の公務員(笑)になるほど、日々数時間の教養試験、過去問を数年続ける気持ちがないと、世間が好景気になっても、教養試験で落ちる。
 そこまで勉強するのがイヤならば、日々の暮らしの中でまともな教養人になることに勤める。新聞やTVの社会・経済・政治・学術に関しては、常時接すること。圧倒的に国語能力が求められる。
 司書は天才ではない、凡人。ただし向学心、好奇心にあふれ、他人や図書にやさしく接することが求められる。

*.番外
 「じゃ、Mu先生、いま司書試験受けたら、先生うかるでしょうね?」
 「あははは、完璧に落ちる。」
 小論で公務員批判を書き、一般教養で微妙にずれ、専門試験ではトンデモ論を展開し、面接では面接官を面罵し、あっけなく、サイナラでしょうね。

追伸
 一般に、小論などの要諦は、物事をプラスに見る態度が必要。あれもダメ、これもダメ、あれもいやや、これもいややでは落ちる。こういう風にして、こうなれば、もっといいのにねぇ~が好印象を与える。

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2007年2月12日 (月)

小説葛野記:20070212(月)晴・祝日らしいなぁ

 気が付いたら、冬季限定鴨なんばそばを食べて、太秦映画村の脇をとおって、葛野に着いていた。もちろん無人。しかし警備のオジサンは普通の顔してはった。そりゃ、もう16年にもなるからねぇ。いいかげん、変人は変人として普通に映るのやろう脳。
 祝日だからと言って、無理矢理休憩を取る必要はない。心身リズムがあって、早朝UML2を探っていて、時間になって自動的に服を着替え、自動的に木幡を出ていた。人間というものは、とやかく、あれこれ考えずに、自然な成り行きに任せるのが楽なんだろう。

 無意識行動の中にも、二点気の付いたことがあった。
1.嵯峨野某所の鴨なんば蕎麦は冬季限定なのだが、つい気を許している間に、残り一ヶ月になってしまった。お店の方では鴨を三月半ばでケリつけるようだ。昨年末から、いままで合計12杯程度いただいたが、はて、今期もあと数杯になったなぁ。
2.木幡を出がけに、ちょっと体重計があったので、鞄と袋をはかってみたら、~。おお、鞄が5KG超、袋が3KGを超えていた。合わせて9KGもの荷物を、RS使うときはせっせと木幡葛野往還に運んでいるようだ。笑った。自笑だね。
2.1 鞄の中身:図書が二冊{日本朝鮮関連文庫、近江関連}、2.5インチ外付けHD、ちっこいデジカメ、手帳、書類。財布数千円。
2.2 袋の中身:図書が二冊{UML2簡易マニュアル、大津京関連}、SONYビデオ、未開封郵便物山もり(税金、学会費などの督促状!)。
2.3 ちなみに、このうち葛野や木幡で手にするものは、眼鏡と手帳だけ。
2.4 結論:余は人生の大半、こういうぼけた無駄なことに労役を費やしておる。あほなんやぁ。ただし、自覚はある、何も使わなくても、ともかくあると安心する。要するに、病的神経症的心配性なんじゃろう。もう、それで、ええのや。

 さて本日定食。
Aコース:研究読書『心の社会/ミンスキー』本日は第12章・意味の学習~おもじろそう。
Bコース:葛野経理精算事務・先週金曜日になんとか整理したので、本日は領収張り。
Cコース:軽く夕寝。睡眠は心身に非常によい。寝食わすれるなんてぇのは、長期人生には害あって益なし。

 そろそろ、オプションで、昼寝でもしましょうかい(笑)
 と、ちょっとすかしながらも、実は、UML2(Unified Modeling Language)相当にずっとしつこく気合い入れておる。要するにテキスト世界の可視化にとって、なかなか良い脳。

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2007年2月11日 (日)

NHK風林火山(06)仕官の難しさ

承前:NHK風林火山(05)今川・北条・武田
 
 今夜は、「NHK新選組!!」ばかり思い出していた。役者のお名前は忘れたが、新選組を離隊して御陵衛士を組織した参謀・伊東甲子太郎(インテリ)さんが、知らぬ間に今川義元になっていたからだ。数回前から目には入っていたのだが、数年前の伊東役がいいようのない役柄だったので、思い出したくなかったのだ(笑)。私が好ましく思っていた藤堂平助は結局伊東のせいで、油小路で死なざるを得なかったなぁ。と、伊東のファンからみれば逆立ちした論法だが、当時の新選組ではなぜかインテリは死んでいった。あの時の伊東甲子太郎は、いかにもよく切れる才子だった。今度の義元役も、絵に描いたような嫌みな役柄だ。桶狭間まで、待てない。

 ああ、今夜は風林火山でした。
 要するに、今川家仕官を願った山本勘助は、その醜い様相を、義元に嫌われて仕官できなかった。美醜で仕官を断られるのは、なんとなくイジメにしか思えない。目が悪い、足が悪い、だから仕官は無用。勘助が屈折していってもしょうがないという雰囲気だった。差別とはイジメの異称なのかもしれない。「あいつ変だ、仲間にできない」。これはよくあることだろう。だが、どう変かをあんまり深く考えないのが世間のようだ。あいつ、変なMuBlogを公開している、おかしい、これはイジメなくちゃ~。これ、差別だな。
 ……。深刻な話になるので、これはこれで終わりにしよう。

 さて。勘助、次は小田原へ行く。北条氏康をたよる。若君だ。その若君の子飼いが関東管領(かんれい)上杉と通じているという情報の手みやげを持って行った。が、実は氏康はその者を二重スパイに仕立て上げていた。
 その北条は、鎌倉執権の北条と区別して、後北条と呼ばれているが、創始者が例の北条早雲、いろいろな噂のある人で、以前NHKその時歴史が動いたでも見たような。たしか90近くまで生きて、小田原あたりを治めたのは60半ばだったはず。異様な人だ。
 今は北条五代百年の半ば、そろそろ三代北条氏康が家督を継ぐ頃。勘助、そこでも仕官を求めるが、どうなるのだろう。

 小田原といえば「小田原評定」に、小田原城。現代でも、知人某の場合実家の郵便宛先は「小田原城内、某」だけで届くという、北条に連なる名門?(調査した結果では、江戸期は北条氏とは関係のない徳川譜代大名の城だったようだ~)。小田原では現代も北条の人気は高いのだろう。無闇な悪口は、書けないねぇ。

 さて。甲斐の武田(信玄)、駿河の今川義元、相模小田原の北条氏康、そして関東管領の上杉。これが勘助の現在の配置だ。そろそろ各々が家督を継ぐ頃に、山本勘助も光ってくるのだろう。三月頃かな。それまでは、ハンディに縛られて、これ以上汚れようのない汚い着物、髪、臭ってきそうだ。それだからますます差別され、イジメられる。しばらく、待つより仕方ない。どっぷり、この暗い世界にひたりこむとしよう。

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48万アクセス(サイト全体)

 いつもはMuBlogだけの統計を取っていたが、気がついたらさっきblog全体で48万アクセスになっていた。記念にこの一ヶ月間のアクセス状態を記録しておく。いくらかこういう記録をとってみても、変動は大きくないのだが、全体からみると、写真へのアクセスがこまめにある。一枚でも、気になったものがあると、その前後も御覧になるようだ。

(0)観測

 日時: 20070211 16:10
 数値: 累計アクセス数: 4800131日平均: 452.42
 解析対象期間: 2007年1月12日(金) ~ 2007年2月10日(土)

(1)ページ別アクセス数

アクセス数: 17,314
訪問者数: 12,492
解析ページ 訪問者 アクセス
1 MuBlog: トップページ 626 1,629 5.0% 9.4%
2 MuBlog: 地図の風景(←カテゴリー) 299 342 2.4% 2.0%
3 MuBlog: 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 154 259 1.2% 1.5%
4 MuBlog: みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 180 228 1.4% 1.3%
5 MuBlog: 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 147 207 1.2% 1.2%
6 日々4: 木幡花105(←写真) 172 186 1.4% 1.1%
7 MuBlog: Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 124 176 1.0% 1.0%
8 日々8: ぬかるみ回避:恐怖の下山(←写真) 156 163 1.2% 0.9%
9 日々3: 巫女さんA(←写真) 125 154 1.0% 0.9%
10 日々6: 赤金・でっかい金魚(←写真) 139 148 1.1% 0.9%
11 MuBlog: ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 104 141 0.8% 0.8%
12 MuBlog: 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 91 125 0.7% 0.7%
13 MuBlog: 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 103 124 0.8% 0.7%
14 MuBlog: 読書余香(←カテゴリー) 107 120 0.9% 0.7%
15 MuBlog: 美味しいところ(←カテゴリー) 90 115 0.7% 0.7%
16 日々3: 巫女さんB(←写真) 96 114 0.8% 0.7%
17 MuBlog: 京都の書店 101 112 0.8% 0.6%
18 MuBlog: ηなのに夢のよう/森博嗣 92 107 0.7% 0.6%
19 MuBlog: 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 87 100 0.7% 0.6%
20 MuBlog: 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 90 99 0.7% 0.6%

 この傾向から分析すると、
3甘樫丘は、最近の考古学話題の影響だろう。この数日後に公開したNHKスペシャルも24位で以下の記録があった。

  24 MuBlog: 要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡 59 85

とすると、2地図の風景(カテゴリー)もこれに引かれてアクセスが増加したのだろう。

 7日立パソコンや、11ノートパソコン(実はSONY)のハードディスク交換話は相変わらず多い。素人の不法マシン医療行為だから、方々で怨嗟の声が上がっていても、知らないよ(笑)。慣れない人は、あっさり販売店にご相談なされることをお勧めする。私は、なんのかんのと言っても、コンピュータには30数年のめり込んでいるから、まあ、販売店やメーカーよりも自分を信じているのでな(哄笑:また、怒られそうなセリフ)。

 12佐野籐右衛門さんの桜とか、13京極堂の話は昔の記事だから、とてもうれしい。blogで古い記事にアクセスしていただくほど名誉なことはない。

 18と19の森博嗣さんへのアクセスは、私がかれこれ10年にもなるファンなんだから、少しは未知の方からアクセスを頂くほどの記事を書かないと。

 17京都の書店と、20ぎろぎろ、この二つへのアクセスはどうにも解せない。二つとも、たいした内容ではないのだが、Google などの選別アルゴリズムに狂いが在るのかも知れない。そういう点では、触れないつもりだったが、4じぶり、5しる幸、この二つはずっと延々と上位アクセスなのだが、まったく、訳が分からなくなる。うむ。

 これこそ、万民に読んでいただきたい(笑)と、思って掲載した記事にはアクセスが少なく、気楽にちょっと~、というのが自然にアクセスされる。このこと、よく分からない。どこかで引き金が在ったはずなのだが。あるいは、サーチエンジンの選別アルゴリズムとの関係がまだ分からない。本気で勉強したくも、ふとなることも、ありそうな、なさそうな。

 写真にいたっては、泣きたくなるほど分からない。特に、10赤金、数ある金魚写真のなかでももっともベタとおもっているのが、こうして、……。

 止めましょう。検索エンジンも、未知の読者達も、ようするに私の考えるようには考えてはいないという、単純なことなんだろう。(いや、大局的見地からは一致していると、以前思った。そうなんだろう。局地的に違和感がある)

(2)検索ワード・フレーズ

 注:以下のリンク先アクセスは無効です。(内部処理用)

検索ワード/フレーズ 割合
1 じぶり  G Y M 176 2.6%
2 甘樫丘  G Y M 129 1.9%
3 うぶめのなつ  G Y M 110 1.6%
4 しる幸 京都  G Y M 100 1.5%
5 佐野藤右衛門  G Y M 81 1.2%
6 森博嗣   G Y M 66 1.0%
6 九絵家  G Y M 66 1.0%
8 竹中半兵衛  G Y M 47 0.7%
9 巫女  G Y M 42 0.6%
10 ぎろぎろ  G Y M 41 0.6%
11 京都 大型書店  G Y M 34 0.5%
12 甘樫丘東麓遺跡  G Y M 32 0.5%
12 京都 しる幸  G Y M 32 0.5%
14 Mublog  G Y M 31 0.5%
15 京都 書店  G Y M 30 0.4%
15 伏見桃山城  G Y M 30 0.4%
17   G Y M 28 0.4%
18 じょうしょうこうじ  G Y M 27 0.4%
19 恐怖  G Y M 25 0.4%
20 風林火山  G Y M 24 0.4%
20 アルカトラズ刑務所  G Y M 24 0.4%

 6九絵家、これは畏友JOさんの専売特許。私は、これをみるたびにJoさんに申し訳なくなる。8竹中半兵衛、これはNHK大河功名が辻では、一番アクセスが多かった。 20アルカトラズ、ここらはサンフランシスコのケーブルカーと同類で、古い記事なのだがコンスタントにヒットしている。

(3)地域別アクセス

 地域については、東京と大阪と京都で、丁度半数になる。東京がトップになるのは、意外でもあるが、圧倒的な人口と、なんとはなしに「観光京都」の意味があるのだろう。関東では、神奈川、埼玉、千葉、茨城が上位に入っている。あとは、おおよそ関西以西が多く思う。

集計対象アクセス数:3,152
都道府県 割合
1 東京 811 25.7%
2 大阪 382 12.1%
3 京都 293 9.3%
4 神奈川 194 6.2%
5 愛知 127 4.0%
6 兵庫 115 3.6%
7 福岡 105 3.3%
8 埼玉 101 3.2%
9 静岡 79 2.5%
10 千葉 77 2.4%
11 北海道 72 2.3%
12 三重 68 2.2%
13 滋賀 54 1.7%
14 岡山 49 1.6%
15 奈良 45 1.4%
15 茨城 45 1.4%
17 長野 43 1.4%
18 宮城 37 1.2%
19 広島 35 1.1%
20 岩手 26 0.8%
20 山口 26 0.8%
20 岐阜 26 0.8%

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小説木幡記:20070211(日)建国記念日にことよせて

 今日は祝日、建国記念日、皇紀何年かは調べないと分からない。平成十七年二月十一日、西暦2007年の良き日曜日にして、建国記念日。
 と、ここで建国の意義をるる述べるつもりもないし、そういう見識もない。神話ならば、今頃多分神武天皇さんが奈良県の橿原に宮を定められたのだろう。そう、信じている。

 今朝は、日本文化の中の朝鮮、というテーマで読書していて、ものすごく熱中している。まだ途中だが、数日後に感想文を書くつもりだ。帰化人とか渡来人とかいう言葉が沢山出てきて、遠いわが国の歴史を偲んでいる。土着縄文人の住む日本列島に、何回も何回も、主に朝鮮半島から人々が移ってきて、いまや原縄文人よりも朝鮮人のDNAが半分以上は混じっている、わが日本。別の本では、諸説もあったが、中国や南方系よりも、圧倒的にツングース系、朝鮮との交わりが多いようだ。ツングースと言えば、満州、モンゴル、高句麗、みなさんものすごく近い親戚、兄弟以上の「血」の濃さらしい。

 木幡研の者達が言うには、余は越前原住民なのだが、最近チャングムの現地語をTVで聞いていて、余のネイティブ福井弁とチャングム登場人物らの話す言葉の、イントネーションがそっくりだと言うておった。言葉はコリア語と日本語とは相当に異なるが、イントネーションがそっくりとは、……。

 さて。話のスジがだいぶ思っていたことと違ってきた。もとにもどすと、朝から読書しながら、「一生」をずっと考え込んできた。だから今朝は「先生」の立場として話す。

 就職や結婚やもろもろで、今の四回生、三回生は大いに悩んでいるようだが、悩むのはしかたない。最近も人生のなかで比較的シンドイ状況にたちいたった学生に言うたのだが、

「ああ、ええなぁ。と思うようなことは、三割もあればよいのであって、余などは一割でも気持が良くなると、それでよいと思っておる。君らは、ものすご贅沢すぎる。あれがいやや、これもいやや、ラーメン嫌い、にんにく嫌い~(笑:話がまたそれてきた))」

 一応、うなずいておったが、さて。
 そりゃ人によるだろうが、かつかつ食べられて、なんとかしのげて、かんとか生きていくことを基本にしないと、それこそ飽食のデカダンスに陥ってしまう。
 それにつけても。
 これだけ長く働いて、余が持っているものは、ちっこい家と、ちっこい大衆車と、わずかな友達と、わずかな家族。宝飾なんてひとかけらもない。銀行残高なんて、Macもう3セットきり。
 欲はある。ああ~沖縄や北海道へ旅行したいな。海外旅行したいな。家が立つような輸入車ほしいな。財布に数十万円はいっていたらなぁ、……。
 しかし、と、あれこれ欲は一杯あるが、好きな本よめて、好きなDelphi マシンに恍惚となって、好きな授業できて(哄笑)、好きなRSに乗って珈琲飲んで、日曜の昼下がりに風呂に入れれば、もうよろし。タルを知る。贅沢いうな。飽食者めらがぁ~。

 ということを、ひとことぼやき漫才したかったのだが、聞く耳持たず、悩みに悩むおさなごらの(心理的)飢えをみたすことは至難のワザ、だな。この日頃月頃年頃、日々思い出して、今朝甦った「先生」の教書也。

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2007年2月10日 (土)

小説木幡記:20070210(土)土曜だから読書回想

 土曜だから、仕事や研究読書や物を考えるのをやめて、ぼんやりしようと思っている。ぼんやりすると、今は読んだ本のことばかり頭の中を走る。昔は映画や芝居や仕事や付き合いのことで頭も心も一杯になっていたが、よくしたもので、今は本のことだけで、他に悩まされなくなってきている。
 しかし。
 未だにいろんなことで、悲哀感、喪失感はあるにはあるが、それは質(たち)だからゆったりとその感情の中にたゆたればよい。怒りはあまりない。諦念、諦観からくるのは物事との関係に対する緩解だろう。
 では悲哀感とか喪失感とは何なのかというと、これも分かっている。つまり、時間を取り戻せない、後戻りできない、90歳くらいまで(笑)、ひたすら死に向かってまっしぐら、そういう見えない世界への突入と相対して、過去を取り戻せない絶望感、そこからくる悲哀感と喪失感だ。細かく言うと、悲哀感は「余の生も尽きんとす」との心象の先取り。喪失感とは「輝かしい過去を二度と手には出来ない、取り戻せない」すなわち指の間からこぼれおちた、時間への喪失感だ。
 こうやって書いてしまうと、よく分かるのだが、書かないと雰囲気だけで独特の気持に襲われて、涙一滴二滴、こぼれ落ちる。なんとも、難儀な性格、質の男として今に至ったものだ。
 葛飾北斎は、90歳ころまで絵を描いていたようだ。ならば、余も当時より医療はすすんだろうから、百まで日曜作家、肩書き取れた日曜研究者として、いざ活きめやも。生きめやもよりも、活動的だから活きめやもとしたのだが、漢字変換で最初は逝きめやも、とでてきた。おろかな。

 そうだ、ぼんやりする土曜日だった。
 年末から、いろいろ読書していた。しかし感想文は書けなかった、書かなかった。なぜなのかはそれぞれに微妙に異なる。

1. Pluto04/浦沢直樹(小学館)
 もう一度読み直して、記すかもしれない。ただ、物語は後で変化はあるはずなのだが、ショックな死に直面して筆を執れなくなってしまった。意外に余はショックを受けると立ち直れなくなる弱いところがあって。どうしよう、どうしよう、と思っている間に、次の別の読書に入ってしまった。

2. 古代からの伝言/八木荘司(角川文庫、角川のハードカバー)
 2.1 ・・・未読・・・(日本建国)
 2.2 『民族の雄飛』 好太王碑文、応神天皇、仁徳天皇時代 4C頃でしょうか。
 2.3 『悠久の大和』 継体天皇、任那滅亡、5C頃でしょうか。
 2.4 『日出づる国』 聖徳太子、6C頃でしょうか。
 2.5 『水漬くかばね』 大化改新、白村江の敗北、7C頃でしょうか。
 2.6 『壬申の乱篇』 壬申の乱、我が国家成る、7C~8C頃でしょうか。

 以上のうち、2.6がハードカバーで、後は文庫版である。どれもこれもおもしろくて、あっという間に読んでしまって、感想文をまとめようとすると、次の図書に手が伸びてしまっていた。なにがおもしろかったかというと、原則として正史、日本書紀にしたがって歴史を解釈し、物語ったという点だ。日本書紀は潤色おびただしいと悪口ばかり言われてきたが、それをそのまま受け取って解釈を施すと、おどろくほどダイナミックで「真実」にあふれた歴史が甦る。どれもよかったが、2.5 『水漬くかばね』が、今も胸を打つ。日本と朝鮮との関係がこれまでよりもよく分かった。なぜ朝鮮半島に任那があったのか。任那は倭国占領政府だったのか。いや実情は全く異なる。実は、任那とは半島内部での、三韓倭の調停機関だった。そして。倭国は厖大な半島難民を受け入れていた。随は100万、唐は10万の軍を間断なく半島に出兵する。新羅、百済、高句麗の小競り合い、戦争は止まることがない。国が滅び、民は行き場を失って疲弊する。という、物語だった。

3. 蒼穹の昴(そうきゅうのすばる)/浅田次郎(講談社文庫、全4冊)
 これ。うむ。と、言葉をなくしてしまった。
 まあ、よかろう。これほどおもしろい作品とは思わなかった。もともと満州族とか、清国とかには興味があったのだが、夢のような気分で全四冊を読み込んでしまった。途中、息がとまるかと思った。どうも、余は燃費がよすぎるというのか、物語に未だにのめり込んでしまう。呆然として、読み続けた。

4. マヂック・オペラ/山田正紀(早川書房)
 これ。うむむ。昭和初期物。226事件が背景にある。黙忌一郎(もだし・きいちろう)、検閲図書館、と申さば気持はすっと過去に飛ぶ。そう、『ミステリ・オペラ:宿命城殺人事件』。宿命城が第一作なら、マヂック226は昭和三部作のうち、第二になる。第三がいつ出るのかは知らない。
 と、内容は? それは言えない。ミステリだから。
 実は、なんとも言いようのない作品構成、雰囲気なので、感想が書きにくいのも事実である。二作目だというのに、余はいまだに「検閲図書館」というものが、組織なのか、機能なのか、黙(もだし)という謎の人物そのものを指すのか、何のためにあるのか、何をしているのか、~分からない。だから、書きようがない。
 じゃ、なぜ読んだのか。それは簡単。
 宿命城以来、山田正紀あやつる昭和史というパラレルワールドに首まで浸かってしまったから、読み続けるしかない。後戻りできない、瀬戸際。

 と言うわけで、年末年始、あれこれと読んでおった。さて、今日の土曜はなにして過ごそう。
 結局。つまるところ。
 少し頭を冷やして、ぼんやりしよう、が結論。
 激情にかられてビデオを掴みRSにうちのり、遠出するのはやめよう。
 暇にあかせて土曜の葛野へ、のこのこでかけて、居眠りするのはやめよう。
 暇にあかせてミステリ手にとって、読むのは止めよう。
 日曜作家も、今日は土曜なんだから、止めましょう。
 映画を見に行くのも、DVD見るのもやめましょう。
 Blog触るのも止めましょう。
 ましてDelphi三昧、マシンに触るなんて、止め。
 じっと、ぼんやり、ひながうたた寝する。
 息だけはするつもり。

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2007年2月 9日 (金)

近江八幡と渡来人

八幡山ロープウェイ(滋賀県近江八幡市)地図

承前:漏刻のある近江神宮(MuBlog)

 動画(1)八幡山から琵琶湖を見た (mpeg4 498.2K)
 動画(2)ロープウェイからの景色 (mpeg4 814.4K)
 動画(3)日牟禮八幡宮 (mpeg4 3536.9K)

 なにか明確な意図で八幡山にのぼったり近江八幡市を通りすぎたわけではない。ただ、宇治の木幡からは小一時間なので、以前から何度もここを訪れ、通過してきた経緯がある。つまり、格好のドライブ地なのだ。
 ……。
 と、ぼかした話だけではすまされない。引き寄せられるのだ。その一つが、渡来人伝説というか史実にあった。もちろん、この記事でも渡来人についての深い言及はない。むしろ、渡来人といえば、近江八幡から東へ10キロほどの愛知川(えちがわ)から湖東三山、鈴鹿にかけた土地の方がぴったりしている。それはそれとして。やはり近江八幡(おうみはちまん)。この八幡山(鶴翼山)からみた琵琶湖を、往時の5世紀~大津京、それ以降の渡来人たちも眺め、異国の近江に溶け込んでいったのだろう、という幻視があったのだ。
 話は、こうなると幻想になってくる。
 だからこの記事の「渡来人」はリアリストにとっては、羊頭狗肉ともなろうか。
八幡山=鶴翼山(かくよくざん)とロープウェイ

鶴翼山(かくよくざん)とロープウェイ

ロープウェイ
鶴翼山のロープウェイ

 頂上に上がってみると緩やかな道が続く。城跡よりも、琵琶湖を見たかったのでそのまましばらく進んだ。絶景だった。この300mに満たない山上から、往時の琵琶湖を偲んでみた。おそらく干拓は後世のものだから、水辺がもっと手前まであったのだろう。霞んでいたので肉眼では見えなかったが、琵琶湖の西岸和迩(わに)とか真野あたりが、双眼鏡で確認できたかもしれない。
八幡城趾

八幡城趾

八幡城からみた琵琶湖
八幡城からみた琵琶湖

 あっさりしたもので、琵琶湖を一瞥し目を閉じて幻想し、そのまま帰路についた。ロープウェイからは洋風建築や神社がよく見えた。洋風建築は白雲館と言って、明治初期の学校で、今は修理されて明治調カフェとかグッズが置いてあった。日牟禮(ひむれ)八幡宮は随分著名な神社のようだが、意外にこの日はご挨拶しただけだった。
ロープウエイから観た白雲館

ロープウエイから観た白雲館

日牟禮八幡宮
日牟禮八幡宮

白雲館の塔、後ろ姿
白雲館の塔、後ろ姿

 白雲館に入ってみた。ステンドグラスが使ってあった。明治期の学校がどうだったのかは知らないが。日本の大工棟梁、職人達が工夫をこらして和製洋風を手がけたのだから、あってもよいと思った。この十年くらい、明治、大正、昭和と言う言葉に哀感を持つようになったので、観光であれ、商売であれ、歴史的建造物であれ、この百年前後の雰囲気を味わえる所は好みになった。そう言えば、この近江八幡には明治期の宣教師・建築家ヴォーリズの残した物がたくさんある。
白雲館のステンドグラス

白雲館のステンドグラス

白雲館
白雲館

参考記事
  日本の中の韓国
  水茎焼(陶芸の里)
  日牟禮八幡宮
  白雲館
  近江八幡市立八幡小学校(MuBlog)

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2007年2月 8日 (木)

葛野屯所普請中(1)

承前:2001年夏の屯所姿(葛野図書倶楽部2001創成紀)

(1)廊下の惨状

(1)廊下の惨状
 この一月(2007年)の末、大学へ行ってみると廊下がこんな風になっていた。ずっと先まで屯所に在った図書や雑誌や学生の過去作品が並んでいた。同僚達も驚いていたし、余もう~むと唸ってしまった。まず、狭い屯所にこれだけ入っていたのかぁ。次に、よくまあか細い腕でこれだけ出したもんだ、と。今年の秋期倶楽部員はみんなスレンダーで、箸より重い物をもったこともない風情なのに、人はみかけによらないもんだ。事情が重なって初日は6名参加したようだ。

(2)ドアを開けたら

(2)ドアを開けたら

(3)左(西)を向いたら

(3)左(西)を向いたら

(4)新・マシンコーナー

(4)マシンコーナー

(5)新・スタッフ隠れ場所

(5)スタッフ(倶楽部員)隠れ場所

(6)新・一般利用者コーナー

(6)新・一般利用者コーナー

弁慶昼食会(二回目の昼)

弁慶昼食会
 この弁慶(参考:辨慶うどん)の昼食会は二回目の昼だったか。最初、この惨状を観た同僚達も余も倶楽部員達の力量に驚くと同時に、余はふと「もし、廊下にあれだけ出して、そのまま逃げられたら、どうしよう」という恐怖が湧いた。さっそく、昼食でも接待して、最後までやってもらわにゃ~。それで局長2006秋が無類の麺類好きなので、ご近所の弁慶に行った。みんな、しっかり食べていた。二回目は余をいれて8人だったが、うどん定食をまさか二人分食べる学生もいなくて、ほっと一安心した。

あと振り
 屯所は2001年夏に、当時の三回生5人と余とで整備した。そのころは、情報図書館学系の図書や雑誌だけだった。その後、毎年少しずつ寄贈図書や、小説類も整備しだして、それにともなってレイアウトも少しずつ変わってきた。
 だが、今回のは六年目の大改造だった。要するに、一般利用者のスペースを大幅に増やしたわけだ。当初から部屋は擬似的な図書館構成でカウンターもあり、司書の卵らしい振る舞いも出来るようになっていた。だが、授業と密接に関係しているので、時には20名前後の受講生も押しかけてくる。それで、今期の幹部達が寄り集まって考え、再配置したわけである。パソコンコーナーやスタッフコーナーは狭くなったが、それなりの秘策もあったようだ。
 それらの工夫の結果、完成した屯所姿は、今度また紹介する。ともかく今は、普請中その1.

追伸丸秘
 黙っていようと思ったが。実は。初日の昼は近所の回転寿司「かっぱ」に連れて行ったのだが、余は五皿いただいて満腹して先帰りしたのだが。実は。と、また躊躇。~。要するに計算では、連中は一人あたり、20皿もたべよったぁ! 発狂したような食欲だね。

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2007年2月 7日 (水)

HD(ハードディスク)の直付け増設のお勧め

すっぴんのハードディスクと、フォーマット

すっぴんのハードディスクと、フォーマット
 Muの最近の提唱として、ハードディスクの増設は、あれこれと容器(HDの外付けケースなど)を使わず、特定のアダプター(例:EG-SATA3525など)で直付けしてはどうだろうと、勧める。お節介とは思うが、記しておく。現代のUSB規格は使いやすく、かつ転送速度が高速だから、まるでHDを昔のFDのように、何台も使って次々と替えていけばよい。その場合、廉価で使い勝手がよいのが、HD直付けだと悟った。

 現代は動画などを扱うとたちまちのうちに外部記憶容量を食い尽くし、100GBとか200GBなど、すぐに消費される。たとえ1テラバイトの巨大HDでもそうだろう。一般にはDVDに焼き付けて保管することを推奨しているが、これはせいぜい一枚4.7GB~20GBが限界で、しかもHDよりは転送速度も読み書き速度も、相当に劣弱状態といえる。時間もかかる。システムのバランスにもよるが、気を抜くと一本の映画をDVDに焼き付けるのに半日かかる。せっかくDVDに焼き付けても、Muだと大抵無くしてしまう、ラベルを貼るのが面倒で、結局行方不明。人に手渡すとき以外は、CDやDVDは、ものすごく遅れた外部記憶装置と思ってしまう。
 大体DVDだが、あんなに規格が乱立して、読めはするが追加できないとか、読み込みは32倍速で書き込みは8倍速とか、~一体どういう了見なんだろう。システムとして熟成していない。未熟の極みなり。

 その点、パソコンハードディスクの規格は、3.5インチタイプなら、IDEかSATAか、程度のものだ。その両方を扱うアダプターも以前紹介した(EG-SATA3525)。DVDの規格からみると馬鹿みたいに単純だな。

 HDのすっぴんは、安いとは言えない。2007年1月状態で300GBが大体9000円~1万円する。だが、手間暇時間扱いやすさから考えると、トータルバランスで安価であることに違いはない。これを外付けケースとか、内部に組み込むなどと面倒な事を一切忘れて、必要に応じてUSBで接続し、とっかえひっかえするなら、無限に(笑)記録できる。本箱なんかに素のまま並べていっても、ビデオテープくらいのかさだから、無くすこともなかろう。

初心者用に老爺心
 WindowsもMacも以下同じ。

1.パソコンパーツ屋さんか通販で、すっぴんのHDを購入する。Muは現在なら3.5インチの大きさで、300GBのSATAタイプを薦める。1万円前後だ。おそらくどんどん同じ価格で容量が増えていく(安くなっていく)。
 2.5インチは使い勝手はものすごくよくなるが(電源をUSBから取るから)、高価。80GBで1万円程度する。
 メーカーはお好みだが、日立とか富士通とかIBMとかSeagateとかいろいろある。こだわらなくてもちゃんと動く。

2.アダプターとして、たとえば参考記事に載せた「EG-SATA3525」などを一度だけ入手する。IDEでもSATAでも動いて、4千円程度。他のメーカのも出始めているだろう。巨大容量を扱えることが必須。

3.パソコンは、ノートでもデスクトップでも、自作でもよい。ただしUSB2.0規格が使えるもの。この数年のマシンなら大丈夫だろう。USB1.1規格だと、壮絶にとろくさい。

4.HDのフォーマットは、パソコンのマニュアルを見ればすぐわかる。help機能で「ハードディスク フォーマット」と入れれば答が出る。

5.一度味を占めたら(笑)、すっぴんHDはどんどん安価になるから、ボーナス毎に追加すればよかろう。1万円と言えば、社会人なら宴会1~2回分、学生ならコンビニで二日バイトすれば手に出来る値。技術に金を惜しむな!

*.おまじないとして、すっぴんHDは接続する前に、かならず頬にあてて、そのひんやり度を楽しむこと。

参考記事(MuBlog)直接引用 (引用箇所が分かりにくいので直接この記事に埋め込んだ。)

EG-SATA3525(Ever Green社)

EG-SATA3525
 日曜日の寺町ドスパラで、三種類のハードディスクやDVDを、簡便に試験できる外付けツールを発見した。値段はまだ4千円弱と高価だが、実によい。なによりも、今後主流のS-ATAタイプHDも扱えるのがよかった。

別のハードディスク60GBの接続

別のハードディスク60GBの接続
 写真は、外付けツールを使って、新品のハードディスクを初期化している写真である。外からみると、USB一本でデスクトップマシンに接続しているように見える。(2.5インチHDではそうなる)

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2007年2月 6日 (火)

室町和久傳(むろまち・わくでん)

室町和久傳(京都市中京区堺町姉小路上丸木材木679 電話075-223-3200)地図

室町和久傳

室町和久傳の外観
 先週の吉日に、京都室町の和久傳へ行った。京料理の和久傳は三店あるようだ。高台寺和久傳(高台寺北門前)、京都和久傳(京都駅伊勢丹)、そして京都の御池・堺町通りからやや下がった(南下)ここ室町和久傳。なんでも昔は京都府の北、峰山町で料理旅館を営んでいたようだが、そこは廃業。現在の和久傳との関連は謎(笑)。

 前振りはこれくらいにして、お昼のお食事。写真をとりました。遠慮してすべて手持ちのフラッシュ無しです。そうそう、コースはお昼の6000円クラスでしたなぁ。お隣に若い男性が二人おりました。それぞれ一人客で、カニとか耳にはいりましたから、お二人とも1万円コースだったような。なんとなくおしゃれな男性達で、どっかの文系准教授という風情でした。若い身空で、真っ昼間から昼食を和久傳でいただくなんて、うらやましい。在京の暇な作家だったりしてね(笑)

 ゆったりと一時間半ありました。電話予約が必須でしょうね。飛び込みだと、他の客と同期が取りにくくなりそうな、静かな時間が乱れるような~。

(1)土筆(つくし)の塩湯

(1)土筆(つくし)
 ちょっと驚きました。つくしと塩湯という言葉が耳に入ったのですが、てっきり食前酒と思いました。しかし、あるかなきかの塩味でした。つくしが持つ塩味なのか、塩を入れたのか、分かりませんでしたが、おそらく土筆を頂いて、心の準備をして下さい、という意味だったのでしょう。精進料理ではなかったが、野の味、野菜系が主のコースでした。

町屋風の高い吹き抜け(西側)

町屋風の高い吹き抜け(西側)
 こういう町屋改装のお店はこの数年都振りのようだ。外国の人もそうして住んでいるのをTVで観たことがある。ウナギの寝床のような空間制限を上手に生かした手際は京都町衆の歴史なんだろう。カウンターで頂いたのだが、眼前には常時三人ほどの白割烹着の青年達が、魚を切ったり、炭火で焼いたり、盛りつけしたり、お酒をついでくれていた。正式な調理場はその奥にあったが、目の前の備長炭焙りをじっと観ていた。そして時々天井をながめた。京都だねぇ~と、思いました。いや、もちろんそういう演出に乗るのが良いのでしょう、プラス志向のMuなんだから。

(2)茶碗むしのような(すっぽん付き)

(2)茶碗むしのような(すっぽん付き)
 京料理には無知なのだが、随所にとろみがついていた。穏やかな、舌先がつるんとする程度のとろみだった。味わいを上質な吉野葛でつつんでいるんだなぁと、思った。すっぽんが、動物性タンパク質として、画竜点睛の役割をもっていた。とろんとした卵スープに、一切れはっとするような強烈な味をもたらした。木のスプーンが付いていたが、途中から器に口をつけて、ぐびぐびと飲みこなした。よいお味でした。温度、とろみ、おだし、そして一切れのスッポン。うふふ、でした。

(3)よこわの備長炭焙り

(3)よこわの備長炭焙り
 この「よこわ」のあしらい方に目が開かれました。炭火で焙るというのは、実に手間暇がかかるわけで、加減を失敗せずにこなす手練。焼き網を炭火の上に直に載せたりもしていました。うむむ、ですね。炭火の匂いがよこわについてきて、香ばしい味でした。焙りですから焼き魚定食とは全く異なるわけです(笑)。お造りと焼き魚の中間に、焙り魚料理の真髄があるようです。で、大根おろしじゃなくて、カブラおろしがたっぷりそえてあって、さらに吉野葛でとろみをつけた醤油味風のソースがかかっているわけです、ワサビ付き。なんともねぇ、京料理の面目躍如。味も絶品でした。もしもトロだったらキツイでしょうし、脂ぬきの白身魚だったらかぶらに負ける。よこわ(黒鮪の幼魚名)だからこそ、活きた。でしょうか、評論家風に言うとね。

(4)菜の花の胡麻和え

(4)菜の花の胡麻和え
 コース形式ですから、そのシークェンス、順番が大切なのでしょう。さっきの(3)の次に突然ラム焼きや、トロ刺身がでたら、ぎゃふんですよ。精進料理の極致がこういう胡麻和えに感じられますが、あわやかなナマグサが前後にあるから、菜の花の味わいも引き立つ。もしもこれだけが単品ですとぉ~。もちろん、こういう単純に見える料理は、味が難しいとも思いました。若い人、若い奥さん方ですと、まず無理でしょう。料理は、文化の真髄、でしょうね。

(5)ブリ・ステーキ、大根

(5)ブリ・ステーキ、大根
 ブリ大根と言えば、ブリのアラと大根とを煮詰めたものが庶民の味ですが、こちらでは、趣がすこし異なるようです。推理ですが、ブリと大根とは別々に調理し、それを合わせて出したのではないでしょうか。青年の言葉に一瞬「ステーキ」とあったのです。切り身の形良いブリでしたから、一緒だと煮くずれしていたかもしれません。

竹酒:和久傳

竹酒:和久傳
 ここで、お酒のことをひとこと。冷酒「和久傳」は、(2)の茶碗蒸し風スッポン・スープが出されたときに、すでに添えられました。青年が竹のおちょこについでくれるわけです。日本料理には冷酒(れいしゅ)が似合いますね。氷で小綺麗に竹筒が冷やしてあるのですから、間違っても「ひやざ~け、の~めぇ~ば~」と歌うわけにはまいりません(三波春夫の絶唱、大利根無情)。オリジナルが「加賀のかぐや姫」の可能性もありますが、不明です。和久傳と記してあるのだから、特製品と考えてもよろしいわけです。相手先ブランド品なのか、どうか?

(6)炊き合わせ(温野菜)

(6)炊き合わせ(温野菜)
(7)ご飯:寿司
(7)ご飯:寿司
(8)デザート:三宝柑
(8)デザート:三宝柑

中庭の灯籠:室町和久傳

中庭の灯籠:室町和久傳
 最後のデザートはとても口当たりがよかったです。こうして一時間半、堪能したのです。味が残らないという不思議な印象もありました。それは穏やかな味わいだった証でしょう。料理も洗練されてくると、瞬間瞬間箸をつけ舌に喉に触れたときだけ味わいがでて、それが過ぎると、何も口にしなかったような気持になる。デザートの冷やっこい舌触りだけが、ほんの少し残っていた。これはなかなか真似のできない技なのでしょう。

由緒
 和久傳の歴史を詳細には知らないが、記事1によれば、「丹後峰山の有名な料理旅館」だったようだ。京都東山に出店し、その後独自の位置を築いたという。記事2によれば、今は廃業した峰山の料理旅館はなかなか居心地がよかったとのこと。Muも昔、京都府のそこに鄙にはまれな食事処があると耳にして、行こうとおもってうん十年たってしまった。
 歴史がおもしろそうなので、お店の人にも聞かず、blogだけで調べようとしたが、混乱してきた(笑)。紫野和久傳という名称があって、紫野といえば京都に地名があるので、そこにあるお店かとも思ったが、そうでもない。料理の和久傳と関係はあるようだが、紫野和久傳とは、お持ち帰り商品・食材の総称(おもたせ)のようだ。と、結論したが、事実は如何に。ガイドブックを探るほどのことでもなし。和久傳さんのHP宣伝はデザイン偏重なので、少しわかりくかっただけのこと。

参考
 記事0:室町和久傳(これが、料理店の公式ガイドに相当するようだ)
      紫野和久傳(Mu笑:和久傳京都三店、これが難しい)
 記事1:鯛ちらし9月27日号(京都を歩くコラム)
 記事2:和久傳・京都峰山町(ていたらくBlog)
   峰山付近地図(峰山和久傳がどこにあったかわかりませんので、大体の位置を示します)

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2007年2月 5日 (月)

オーパーツ大全(感想文)

承前:オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産

 別掲目次を見れば分かるように、沢山のオーパーツに触れている。各章ごとに数ページのカラー図版があって、イメージがわきやすい。盛りだくさんな内容をどんな風に感想を記せばよいかについて、迷ったので、その中の気がかりな点についてだけ述べる。

1.全体感想
 2001年にウィーンで展示会「未解明の謎展」を行い世界の数百のオーパーツ(あり得ない遺物)を並べ好評をえたようだ。その間の経験談が興味深く思えた。実はMuも以前、もっと小さい規模だったが「東アジアの文字」展覧会開催に参加して、西夏文字の権威・西田龍雄博士(京都大学名誉教授)の指揮下で半年間動いたことがあった。その時感じ経験したことがあったので、ドナやハベックの書いている内容が切実に理解できた。
 お宝というものは隠れている。
 場合によっては、管理している関係者が知らないお宝を西田博士はご存じだった。それを探し出したり、丁寧に対応して貸出を上手に図る。西田博士がご存じだったのは、長年「文字」という観点からお宝の所在を猟犬のように求めておられた。管理している人達は、他の観点でお宝を見ているから、そこで理解に齟齬が生じる。あるいは、司書も知らない資料倉庫の影にお宝があることを、博士は散逸を避けるために何十年も見張っておられた。そういう、なにかしら不思議な経験をMuはした、わずか半年だったが。

 ドナとハベックは言う。オーパーツは世界の博物館の倉庫や、展示品の片隅に埋もれている。学芸員も研究者も気がつかない場合もあるし、あるいはいろいろな事情で、知って知らぬ振りもする、と。だから、逆に正式に貸出依頼をすると、なにかと断りの返事がくる。つまり、対象物が公に曝され、そして展示会をする当事者によって、「分類:オーパーツ」と刻印されることを嫌うからである。オーパーツは、一般にそれまでの対象学問世界で分類しがたく、かつ、真であれば世界観を変える必要に迫られ、大抵は贋作が多い。どっちにしても、博物館や研究者としては関わりを持ちたくない物である。
 たとえば、大英博物館がそしらぬ顔をして長年「装飾品」として展示してきたものを、「未解明の謎展」で、一億年前の腕時計、などと説明されると、対応に苦慮する。博物館は、それが時計でないことの証明に迫られ、もしも時計だったならば、長年研究調査を怠ったことを白日のもとに曝される。まさしく、オーパーツとは君子危うきに近寄らず、にしくはない。

 アカデミズムの肩を持つと、歴史に関係する遺物とは、遺物の断代と断域とを明かすことで研究の大半が費やされる。1日2日でできることではない。時代を断じ、出所を断じる。この二つが厳密な学の証であると、西田博士はMuの前でつぶやいておられた。納西(なし)文字、女真(じょしん)文字であれ、西夏(せいか)文字であれ、解読と同じ比重で、断代と断域とが求められる。だから、Muがもしもそういう世界の専門家ならば、次々と眼前にもたらせる水晶ドクロの年代や、恐竜時代の巨人の骨を持ってこられても、むむむ、と唸るしかない。それ一つで生涯を掛ける決心を付けるには、なかなかに身が痩せる。

 とはいうものの、ドナとハベックの努力には頭が下がる。あらゆる著名な博物館や研究者から、関与することを断られ、しかしなお至宝のオーパーツが博物館ケースの眼前に転がっている。ある博物館では、その陳列ケースだけ電気を消され、懐中電灯で見ることも断られたらしい。p90

2.第3章 進化論と地球史を根底から覆すオーパーツ
 11 地球史の謎: 繰り返される大量絶滅
 12 足跡化石をめぐる論争: 人類はいつから存在していたのか
 13 太古の加工品: ありうべからざるもの
 14 恐竜と人類の共存はあったか: 遺物が語る真実
 15 巨人は実在した: 神話から実在へ
 16 人類発生にまつわる疑問: ミッシング・リンクは見つかるか

 この章がMuには特に印象深く思えた。つまり、現世人類は約5万年前から人類として、突然高い知能を持った生物になったようなのだが、世界には恐竜と人類が共存した痕跡や、二億年前の三葉虫を踏みつけた巨大な靴跡化石がある。すべて自然の悪戯、偶然とかたづける前に、各地にそういうとんでもない遺物がある。可能性としては、人類も、文明文化も、何度も絶滅し再生してきたという説が浮上してくる。地球は、直径一キロほどの隕石でも、まともに衝突すると地球全体規模で大変動を来す。そういう災厄は約一億年に一回程度の割合で過去に何度もあったようだ。隕石直径が10キロ程度もあると、地球はひん曲がるのじゃなかろうか。人類が5万年前に突然知能が付いたのも不思議だし、もしそれを現代人類文明とするなら、恐竜が絶滅しただろう6500万年前まで、その5万単位が1300回も過ぎたことになる。その間、何度も現代文明に近い文明があっても、数の上ではあり得る。痕跡がほとんど無いのは、綺麗さっぱり溶岩に押しつぶされたのかも(笑)
 と、地球史に疎いMuが記すとトンデモ話に堕してしまいそうだが、テキサス州のオルドビス紀の砂岩盤からすっぽり岩石にくるまれた純鉄のハンマー出土を写真で見たときは、冷や汗が出た。岩石に物を包むことが現代技術で出来ることなのだろうか。数千年前に地殻大変動があって、純鉄のハンマーがすっぽりはまって岩石になったのだろうか~。

3.与那国島のことで苦言
 与那国島の海底遺跡については、国内でもいろいろなサイトがあり、Muも知っていた。最近、全体の海底遺跡立体図を見て、これは人工のものだなと、Muも決意して思っていた。約12000年前のものだという説もある。そこからムー大陸との関係が浮上してくる。
 参考:沖縄県与那国海底遺跡博物館

 で、本書での日本への言及箇所で多少鼻白んだ。
 歴代天皇名に、神武、天武、桓武というようにムという音が付くのはムーとの関連を示唆しているのではなかろうかという一節があった。p300 
 これは外国の人が犯す間違いだと思った。翻訳者も注の一つでも入れれば良かったはずなのだが。こういう天皇名は諱と言って、後世の歴史の中で付けられた物だし、「武」がムー大陸なら、Muはムー帝国皇帝直系の子孫になってしまう(そうかもな)。
 さらに。
 飛鳥の石舞台や益田の岩船や各地の環状列石をまとめて日本氷河時代の先史文明とひっつけたり、与那国島海底遺跡との関係をほのめかされると、むむむ、となってしまう。東北の環状列石はしらないが、石舞台や益田岩船が12000年前の文明と関係を持つと言い放つのは、それこそMuのDNAがヤマトタケルと関係を持つというような話になる。
 出版社や翻訳者は、こういった外国著作を翻訳するときは、多少以上にアシスタントの役割をはたさないと、せっかくの名著が、一夜にしてトンデモ本の代表になってしまう。もちろん、紹介された多くの遺物が次々と贋作、現代作となったなら、それはそれでこの図書の別の意義も果たしたことになるのだが。

4.まとめ
 翻訳にもよるのだろうが「分類できない」という言葉が印象に残った。もちろん身長7メートルを超すような人骨だと、博物館も研究者も対応出来ないとは思う。それは、トンデモ話ではないのだが。困る。
 それ以上に困るのは、p322に掲載された白黒写真「エルチェの貴婦人」像に関する「どの文化様式にも分類することができない」という言葉である。研究者や博物館は既存の分類体系を持っていて、それが尺度になる。新たな遺物を、その分類全体のどこに収めるかで対象を断定できるものである。あるいは、その分類体系とどのくらい距離を持つかを測ることで、遺物の判定をできる。
 「分類できない」ものを了解するというのは、分類体系全体をひっくり返して、新たな分類表を造ることに等しい。ここにオーパーツの難しさを知った。遺物は遺物自体が自らを開示するのは稀なことかも知れない。「私は、縄文時代の物に見えるかも知れませんが、実はシュメールの土器なんですよ」と、語り出すのは稀なことだろう。

 図書はほとんど一気呵成に読んだ。章ごとにカラーの写真と解説があるので、章に入る前にそれを一通り読んでおくと、文章内容が理解しやすい。ネット上の「未解明の謎」は、写真が大きく豊富なので、参考になる。

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2007年2月 4日 (日)

NHK風林火山(05)今川・北条・武田

承前:NHK風林火山(04)ミツの死と仕官

 当時は、駿河の今川、小田原の北条、そして甲斐の武田が隣接していた。後日遠く、今川は織田信長、北条は豊臣秀吉、そして武田は信玄の息子の代になって織田信長に敗れる。
 さて今夜の山本勘助、今川家の内紛に自分の兄が関与しているので、辛い立場に陥った。兄は福島(くしま)が武田の援護を受けられなくなり、敗北。勘助が介錯することになってしまった。

 もともと勘助の気持はこうであった(はず)。

 恋人ミツを晴信の父、信虎の狂気で殺害された。
 信虎に近づくために晴信に仕えた。復讐である。
 晴信の守り役から、駿河への間諜を命じられた。
 今川家重臣である大叔父に会い、今川の影の当主・寿桂尼(じゅけいに)と顔つなぎをする。
 武田に内通している福島の件を知らせ、信用を得る。
 福島と今川の乱に、武田信虎が出陣することを願う。
 戦に乗じて信虎を勘助が討つ予定だった。

 しかし、信虎は福島への加勢を止めた、裏切った。
 福島は孤立無援となり、敗北。
 勘助の兄も自刃。
 
 なぜ信虎は福島の内応に応じなかったのか。
 寿桂尼の息子、後の今川当主、今川義元の軍師となる坊主・雪斎が武田信虎と呼応し、武田家と京公家との縁談をもちかける。結果的に今川当主スジと武田とは縁をもつことになる。

 以上、今夜の物語は、勘助が依然として光らなかった。勘助の出番なく、勝手に策略内応裏切りが進んでいく。
 はて。
 なかなか、山本勘助の立場が収まるところにおさまらぬ。隔靴掻痒(かっかそうよう)の気分となった。
 まあ、あわてずに。もうしばらく。

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オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著

オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産 / クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著 ; プシナ岩島史枝訳

オーパーツ大全 : 失われた文明の遺産/クラウス・ドナ、ラインハルト・ハベック共著
  <オーパーツ タイゼン : ウシナワレタ ブンメイ ノ イサン>.
   (BA7333035X)
  東京 : 学習研究社、2005.7
  472p ; 20cm
  ISBN: 4054024017
  別タイトル: Lexicon of"out of place artifacts"
  著者標目: Dona、Klaus ; Habeck、Reinhard ; Puschina Iwashima、Fumie
  分類: NDC8 : 209.3 ; NDC9 : 209.32
  件名: 世界史 -- 古代 ; 遺跡・遺物
所蔵図書館 23[By Webcat 20070204]

(1)帯情報
超古代文明の遺産か、それとも、異星人の忘れ物か!?
アカデミズムが恐れる、あってはならない遺物が、ここにある。

 恐竜と同時代の人間の足跡
 2000年前の天文コンピュータ
 三葉虫を踏み潰すサンダル跡
 ヒトの発生過程を描いた古代円盤
 三角翼ジェット機をかたどった古代の黄金ペンダント
 世界地図が浮かびあがる岩
 紫外線で発光する謎のピラミッド・アイ
 1億4000万年前の貝といっしょに化石化した純鉄ハンマー
 古代エジプトの電球壁画
 イリジウム金属球が埋め込まれた土偶
 2000年前の電池
 現代技術でも再現不可能な水晶ドクロ

(2)目次情報
はじめに
  ラインハルト・ハベック
  クラウス・ドナ
第1章 アカデミズムが恐れる遺物「オーパーツ」を求めて
  1 「未解明の謎展」: われわれは過去の真実を知っているか 
  2 埃に埋もれる歴史: 場違いの加工品
  3 無視された証拠物件: 「未解明の謎展」への招待
第2章 世界初公開 南米の知られざるオーパーツ
  4 エルドラドの追跡: ボゴダの黄金美術館
  5 捜せば見つかる: やっと手応えがあった
  6 未公開の遺物を発見: エクアドルの調査
  7 洞窟で発見された驚異の遺物: クレスピ神父の金属図書館
  8 伝説時代の思い出: カブレラ・コレクション
  9 ナスカの地上絵: 地上絵を描いたのはだれか
 10 ファイルX: 集まりだした遺物
第3章 進化論と地球史を根底から覆すオーパーツ
 11 地球史の謎: 繰り返される大量絶滅
 12 足跡化石をめぐる論争: 人類はいつから存在していたのか
 13 太古の加工品: ありうべからざるもの
 14 恐竜と人類の共存はあったか: 遺物が語る真実
 15 巨人は実在した: 神話から実在へ
 16 人類発生にまつわる疑問: ミッシング・リンクは見つかるか
第4章 失われた超古代文明のオーパーツ
 17 人類文明の起源: 失われた文明の存在を求めて
 18 アトランティス論争: 消えない夢、解明されない謎
 19 ムー大陸と与那国島海底遺跡: 大洪水で海底に沈んだ文明
 20 ラ・マナの秘密: エクアドルの古代文明
 21 バローズ洞窟と解読不能の文字: 謎に満ちた世界各地の古代文字
 22 ノモリ: スカイ・ストーンを守る者
 23 星の子供たち: 地球外生命体の痕跡
第5章 失われた科学テクノロジーのオーパーツ
 24 すべては存在した: 古代エジプト・中国の最先端技術
 25 ファラオの光: 古代エジプトの電気
 26 スタタウサの驚くべき遺物: ムイスカ族の繊細な道具
 27 発生学円盤: 描かれた絵に隠された情報
 28 水晶ドクロの魔力: 太古の驚異的な加工技術
 29 インティ・ナンと「時の識者」: 世界各地に残る巨石遺構
 30 文明が滅亡するとき……
あとがき

(3)関係サイト
  http://unsolved-mysteries.info/
 ↑「未解明の謎」Unsolved Mysteries 日本語、ドイツ語、英語、フランス語の四カ国語で掲載されている。ただしより広範な情報は、日本語には少なく、他の三カ国語で詳しい。(ウィーンでの展覧会内容など) このサイトには、図書で説明されたオーパーツのうち代表的な遺物の写真が掲載されているので、読書人必見の物と言えよう。

(4)Mu感想
 過去の幾つかの読書経験からすると、大部で安定した内容だった。オーパーツという主に、通説からすると時代的にあり得ない遺物、たとえば1億年前の人間の足跡化石や、現代でも造りがたい水晶ドクロなどを、世界から集め、博物館・展覧会を企画し実行した経緯とその内容が、ある程度以上に客観的に描かれている。つまり著者らは、「こうだ!」とは言い切っていない所が多い。
 最初は世界の博物館や美術館、研究者に秘匿された遺物の貸出を求めるのだが、殆ど断られる。大英博物館は数点許可したらしいが、保険の額や、展示品に関する解釈の相違から断った、というような一節があり、興味深かった。それは、ドナやハベックがオーパーツとして解説ラベルを付けようとしても、大英博物館の学芸員が現地でチェックし「それは、単なる装飾品として、説明していただかないと契約違反です」と、なるそうな。
 それで南米を中心として現地に直接訪れ、主に個人秘蔵の物から集め始めると、紆余曲折を経て多数のコレクターに許可され、ついには「未解明の謎-不可解な世界展」を2001年ウィーンで開催できた。
 クラウス・ドナは日本人女性と結婚しており、国際的なカルチャー・マネージャーとして、世界そして日本でも美術展を多数手がけてきた。

 詳細な感想については、Muカテゴリー「読書の余香」で別途掲載する。(MuBlog: 感想文

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2007年2月 3日 (土)

要塞飛鳥と蘇我入鹿:甘樫丘東麓遺跡

伝飛鳥板蓋宮跡・地図

 昨夜遅くにNHKスペシャルで、「大化改新 隠された真相:飛鳥発掘調査報告」が放映された。また昨日の朝刊では、「明日香村・甘樫丘から大規模な石垣」「新たなミステリー大化改新」(産経新聞)というタイトルが踊っていた。NHKの番組内では「昨日の発掘では」というセリフが入っているので、ほぼタイムラグなしで、時間を合わせての放映のようだ。心憎いという手際か。
 もちろん内容は手っ取り早く促成で造られたものではなく、飛鳥マニア・素人Muが50分間食い入るように魅入った、出色の番組だった。はっきりと「逆賊入鹿史観→改革家・天皇護持家入鹿」説を主張していた。

 以前から、蘇我入鹿(そがのいるか)が改革家であり、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)と中臣鎌足(なかとみのかまたり)こそが守旧派という説はそこここで耳にした。今朝は、気が急いて典拠をいちいちケミしないが、一番激しい説は、入鹿を悪逆無道にするために、聖徳太子子孫一族皆殺し、ひいては聖徳太子伝説を日本書紀に組み込んだ、というような説もある。聖徳太子のような優れた人の子孫関係者を殺戮するほどの悪逆無道→蘇我入鹿、という流れだ。これについては、Muもノーコメント。

 で、番組のスジとして一番はっきりしていたのは、当時の飛鳥を外敵から守る要塞にして防備したのが入鹿、および蘇我家の方針だったという考えだ。甘樫丘(あまかしのおか)の遺跡からは、大邸宅よりも武器庫、兵舎と考えられる跡が出土した。蘇我が造った飛鳥寺は平城ほどに堅固な造りだった。石舞台古墳のある南側も蘇我馬子以来の要塞のような邸宅跡。つまりこれらをあわせると、宮殿・飛鳥板蓋宮を蘇我がぐるりと囲み防壁になっている。これをCGで表現したのだから、インパクトは強かった。なるほどと、感心した。
 次に、その外敵とは、大唐だったとはっきり視覚的に表現した。船の長さが100mを超える巨大戦艦のCGには、口があんぐり開いたままになった。こういう国際情勢のなかで、後日百済が消滅した事実を考えるならば、斉明天皇の逃げ城(注)としての、岡の酒船石丘陵という説も、よく理解できる気分だ。

 これまでの歴史で、大化改新といわれている中大兄皇子(天智天皇)や鎌足は、クーデターを起こした途端に、こういう防備策を一切すて、18年後白村江の会戦で日本水軍が壊滅したあと、やっと動き出したとなっていた。番組では触れていなかったが、大津宮に逃げるように都遷りをしている。

 以前から蘇我宗家、入鹿、中大兄皇子、中臣(藤原)鎌足、そして飛鳥や大津(滋賀県)には興味があったので、もっと調べてみたいが、今朝はこれくらいにしておこう。

(注)飛鳥発掘物語/河上邦彦.扶桑社、2004
  酒船石遺跡(1)亀形石造物

参考MuBlog
 甘樫丘東麓と飛鳥板蓋宮の標高差
 甘樫丘展望台から見た多武峯
 甘樫丘東麓遺跡と蘇我入鹿邸跡
 雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡}
 石舞台古墳の状景(ビデオ)

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2007年2月 2日 (金)

三十万アクセス:達成

承前:二十九万アクセス
   MuBlog記事のアクセス数と分類

 本日2007年2月2日(金)午前(9:07)、MuBlog本体へのアクセス数が30万(300004 日平均285.17)となった。
 サイト全体合計では、474000(473995 日平均450.57)だった。

 30万アクセス、2004年3月7日以来、約3年間、なんとかこうとかここまで来た、感慨(笑)。

(1)ページ別アクセス数(一ヶ月分)

解析対象期間: 2007年1月3日(水) ~ 2007年2月1日(木)

アクセス数: 7,860
訪問者数: 5,681
解析ページ 訪問者 アクセス
1 トップページ 630 1,581 11.1% 20.1%
2 地図の風景 237 257 4.2% 3.3%
3 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 176 217 3.1% 2.8%
4 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 129 177 2.3% 2.3%
5 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方 110 150 1.9% 1.9%
6 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 111 139 2.0% 1.8%
7 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 99 126 1.7% 1.6%
8 読書余香 116 125 2.0% 1.6%
9 京都の書店 94 106 1.7% 1.3%
10 美味しいところ 84 101 1.5% 1.3%
11 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 70 95 1.2% 1.2%
12 小説木幡記 85 92 1.5% 1.2%
13 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 77 84 1.4% 1.1%
14 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 66 82 1.2% 1.0%
15 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 69 80 1.2% 1.0%
16 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと 69 78 1.2% 1.0%
17 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 37 75 0.7% 1.0%
18 読書の素 61 69 1.1% 0.9%
19 Blogメモ 59 67 1.0% 0.9%
20 NHK風林火山(03)城とヤマセミ 50 66 0.9% 0.8%
21 ηなのに夢のよう/森博嗣 55 64 1.0% 0.8%
22 じょうしょうこうじ:常照皇寺 36 57 0.6% 0.7%
23 NHK功名が辻(11)比叡山焼き討ち 49 55 0.9% 0.7%
24 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 35 52 0.6% 0.7%
25 カニ風味:サラダだより(伏見蒲鉾:新潟市) 33 51 0.6% 0.6%
26 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 27 46 0.5% 0.6%
26 2006年10月 36 46 0.6% 0.6%
28 NHK風林火山(02)故郷は 41 45 0.7% 0.6%
29 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 27 44 0.5% 0.6%
30 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 41 41 0.7% 0.5%
31 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 34 40 0.6% 0.5%
32 NHK風林火山(04)ミツの死と仕官 30 39 0.5% 0.5%
32 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 24 39 0.4% 0.5%
34 2006年03月 37 38 0.7% 0.5%
35 さくらだ:桜田 30 36 0.5% 0.5%
36 近況分析 14 35 0.2% 0.4%
37 新年ご挨拶 平成十九(2007)年 22 34 0.4% 0.4%
37 2006年12月 24 34 0.4% 0.4%
39 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 22 33 0.4% 0.4%
39 喧噪前の静かさ 21 33 0.4% 0.4%
41 謎の大王継体天皇/水谷千秋 23 31 0.4% 0.4%
41 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 27 31 0.5% 0.4%
41 PowerMacG5の内部 28 31 0.5% 0.4%
41 2006年05月 31 31 0.5% 0.4%
45 北方謙三『水滸伝』十九「旌旗の章」 最終巻 26 30 0.5% 0.4%
45 紅鮎(べにあゆ)の鴨すき鍋と露天風呂 25 30 0.4% 0.4%
45 石宝殿(石乃宝殿:いしのほうでん)と生石神社(おうしこ) 18 30 0.3% 0.4%
45 2006年07月 28 30 0.5% 0.4%
45 飛鳥 16 30 0.3% 0.4%
50 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 24 29 0.4% 0.4%
50 2004年11月 23 29 0.4% 0.4%
52 辨慶うどん 18 28 0.3% 0.4%
52 益田岩船(ますだのいわふね) 24 28 0.4% 0.4%
52 明石の玉子焼はタコ焼きなのか:本家きむらや 20 28 0.4% 0.4%
52 MuBlog記事のアクセス数と分類 19 28 0.3% 0.4%
52 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 25 28 0.4% 0.4%
57 前方後円墳の航空写真 17 27 0.3% 0.3%
57 小説葛野記:20070129(月)曇の信号機と愚直 19 27 0.3% 0.3%
59 皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔 23 26 0.4% 0.3%
59 雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡} 20 26 0.4% 0.3%
59 小説葛野記20070110(水)曇→ユートピア 16 26 0.3% 0.3%
59 へいじょうきゅうせき:平城宮跡、そして佐紀盾列古墳群 16 26 0.3% 0.3%
59 長尾真博士のノート 14 26 0.2% 0.3%
59 2006年04月 24 26 0.4% 0.3%
65 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 21 25 0.4% 0.3%
66 目次:新撰組(新選組!) 15 24 0.3% 0.3%
66 2006年06月 21 24 0.4% 0.3%
68 正月の二日目 19 23 0.3% 0.3%
69 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 20 22 0.4% 0.3%
69 小説葛野記:20070126(金)曇雨シリアル人生 14 22 0.2% 0.3%
69 ダヴィンチコードとキリスト密教史 18 22 0.3% 0.3%
69 2006年02月 21 22 0.4% 0.3%
73 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 18 21 0.3% 0.3%
73 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 16 21 0.3% 0.3%
73 「生む機械」と天皇機関説 12 21 0.2% 0.3%
76 詩仙堂と猫町:私の京都 13 20 0.2% 0.3%
76 高取城(たかとりじょう) 14 20 0.2% 0.3%
76 漏刻のある近江神宮 (ろうこく) 14 20 0.2% 0.3%
76 情報図書館学 11 20 0.2% 0.3%
80 京都嵐山オルゴール博物館 16 19 0.3% 0.2%
80 大晦日の祇園八坂神社界隈(平成18年末) 15 19 0.3% 0.2%
80 NHK義経(48)藤原秀衡の最期 16 19 0.3% 0.2%
80 NHK功名が辻 17 19 0.3% 0.2%
84 水無瀬殿(みなせ)→水無瀬神宮 16 18 0.3% 0.2%
84 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 14 18 0.2% 0.2%
84 葛野図書倶楽部2001 15 18 0.3% 0.2%
87 NHK功名が辻(17)秀吉と柴田 16 17 0.3% 0.2%
87 Turboシリーズ(Delphi) 17 17 0.3% 0.2%
87 酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版) 14 17 0.2% 0.2%
87 小説葛野記:20070117(水)雨のMuBlog(ココログ) 9 17 0.2% 0.2%
91 NHK功名が辻(09)クノイチ小りん登場 15 16 0.3% 0.2%
91 長岡京市埋蔵文化財センター 13 16 0.2% 0.2%
91 ヒストリアン/エリザベス・コストヴァ(その1) 11 16 0.2% 0.2%
91 北九州の旅:松本清張記念館 10 16 0.2% 0.2%
91 NHK風林火山(01)三河から甲斐 14 16 0.2% 0.2%
91 ダルマ大師/浅茅原建 8 16 0.1% 0.2%
91 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 12 16 0.2% 0.2%
91 巻き寿司:明治屋と京都・百万遍「門」 11 16 0.2% 0.2%
99 お隣さん、さようなら:資料組織演習 7 15 0.1% 0.2%
99 Nagatakeでフレンチ:図書館忘年会2006 13 15 0.2% 0.2%
99 もりしょう:そうめん処・森正 12 15 0.2% 0.2%
99 しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町 13 15 0.2% 0.2%
99 0501241・つつきのみや:筒城宮とラーネッド記念図書館 11 15 0.2% 0.2%
99 小川珈琲本店 13 15 0.2% 0.2%
99 2006年01月 13 15 0.2% 0.2%
99 2006年09月 13 15 0.2% 0.2%

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2007年2月 1日 (木)

「生む機械」と天皇機関説

前提
 余は、今朝自らをマシンになぞらえて、しばし沈思黙考した。

事例
 給料を運ぶマシン→そうだね。
 学生の機嫌をとるマシン→そうだね。
 学生を鍛えるマシン→そうだ、そうだ。
 君作る人、余は笑顔で食べる人→至言。
 判子ぽんぽん押すマシン→言うまでもない、それ以上の重責はない。
 子供を作るマシン→一男一女無事製作、よかったなぁ。
 君は「生む機械」→そうですよ(と、お言葉を賜った)。
 軍隊は殺人マシン→あたりまえじゃないですかぁ。他の仕事は余技。
 組織の人事担当幹部はすべて「対人選別マシン」→当然のこと、いわんといてください。
 ぐうたら教授、員数あわせの教授マシン→そうだね。余が死んでもすぐ代わりがくるじゃろう。
 日本国工場における生産マシン→長年税金納めてるんだから、余はものすご高性能マシンだ。
 あんた選挙対策のために人の揚げ足とって国会審議を無視するマシン→当然、政治屋マシンだから(と、◎沢某に成り代わって代弁)
 あんた女性票をとるために神聖国会で黄色い声あげる絶叫マシン→あたりまえよ、それくらいしなくっちゃ同性に後ろ指さされる。

診断
 女性の尊厳は大切だが、女性はマシン嫌い、マシン音痴が多いから、機械というシステムに生来的嫌悪をもっているのかもしれない。機械=道具=利用されるだけ。こういう言葉の連鎖がセリアルに組み立てられるのだろうな。いやいやそうでもないか。男性でも、やれ組織の歯車だとか、使い捨てとか言われると腹を立てる人もおおいなぁ。あたりまえのことなのに。男の代わりはなんぼでもいる、その自覚をもって専念しないとね。

 余は、言葉の反応による言葉狩りが好みじゃない。


 女性だけじゃなくて男性も、税金納められない人が多くなっている、と昨日同僚に教えてもらった。
 年収100万円台じゃ、部屋代だけでも年間60万円程度かかるから、月当たり5万円程度の生活費にしかならない。少なくとも同じ仕事をする人は、一定の枠内で生産効率の多寡にしたがって妥当な収入を得られるような国になってほしい。そういう国政を機能させてこそ、あっぱれ代議士マシン、政治屋じゃない政治家マシンといえるなぁ。そうでないとせっかくマシンが作ってくれた製品が、もったいない。有効利用しなくては。

 人件費で一時的に◎ヨタの生産台数が世界ランク下位になっても、松◎の家電が少し売れなくなっても、国民が疲弊するよりはよいだろう。正社員が月に30万とって、同じような効率を果たす非正社員がいるなら、20数万円+ボーナスは出すべきだろう。企業も一定の規模を超えたら、当然社会福祉マシンなんだから。

 良い国、豊かな国を維持するのは並大抵のことじゃない。「女性は子供を産む機械」大臣(おおおみ)を罷免したら、良い国になるのかな。もし、そうなる確率が数パーセントあって、それが確かなロジックなら、大臣とて有史以来大臣マシンなんだから、なんぼでも首をすげ替えれば良かろう。しかし、余には「おならしたからクビ」のような気もするし、スカートの丈が短いから解任~に思えてきた。

 そうだ、思い出した。小学校時代のクラス会。余はときどき級長してたが、意外にこういう問題でクラスが紛糾し、先生と顔を見合わせて難儀した。なつかしいなぁ、子供の世界。「あの子、お手洗いのあと、手を洗わなかった。悪い、ひどい女子だ、糾弾しないと、級長!」

天皇機関説
 当時の美濃部教授は、体制内、貴族院議員として、なんとか明治憲法下天皇制をまもろうとして、天皇機関説を打ち出していた。時の軍部と右翼の一部は、これを否として国会で大騒動を起こした。不敬罪。
 しかし意外に、検察当局は美濃部を起訴猶予とした。体制検察も少しは機能していた、当然だ。
 古来、天皇は主権者とは言い得なかった。そういう世俗のことは大臣(おおおみ)、大連(おおむらじ)、摂政に任せていた。中大兄皇子はそれ故に、なかなか天智天皇にならなかった。
 歴史の中で、天皇機関説は近代、現代におけるひとつの選択肢だった。それに反発した右翼や軍部は、そうだな、機械嫌いだったのだろう。まともな右翼やまともな軍人ならば、そういう政治論争に介入しないものだ。いつも、周辺部が人の揚げ足とって、本質をそらせる。 

 現代も女性に対する不敬罪があるのだろう。

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