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2007年1月 9日 (火)

喧噪前の静かさ

 今日は血相変えて鴨なんばを食べ、余る気力で葛野に駆けつけ、さあ、どんな雑務も雑用も、どんとこい、と雄叫びあげて椅子に座ったら。
 なにかしら~。
 かっくんと気力がなえて、学生時代の倦怠を思い出してしまった。「なんか、おもろいことないかなぁ」とつぶやいて、本をなげすて天井をながめ、じっと家にこもっていたなぁ。ときどき思い出したようにバイクで走り回り、そしてまた「どうなるんかなぁ、卒業したら」とつぶやいていたっけ。さらに時々、「もうそろそろ、あの授業、顔をださなくちゃ」とか、「クラブにも顔をだしていないな」とか、かとか。

 バルコニーが葛野にはある。そこで時々遠景を見る。目を下にすると、授業を終えた学生集団が三々五々、正門に向かって行く。「連中、授業が終わったらさっさと帰るのやな。なんか、授業料がもったいなぁ(笑)」「講義だけが学費でもないのに。そうか、自腹を切ってないからハングリーやないのんやね」
 そこから、「一体、連中毎日、何をしとるんやろ、若い奴らって」と、想が及ぶ。分からない。分からないから、そのわからなさが自らの過去データベースを呼び出すトリガーになって、学生時代を思い出してしまった。

 一般には、女性の方が日常を楽しむ術をしっているようだ。よく分からないが、想像すると、そうだ。男性は、自らを振り返ると、なにかしら、点から点へ一直線。たとえば、ウィンドウショッピングとかいう物は、余にはない。旺盛な男性もまれに居るようだが、大体、ない。女性はそういう、余からみると訳の分からんことに楽しみを見いだす。ファッション、装うこと、化粧、化けること。……。

 で、結論。
 余は、いさんで葛野に出てきたが、大方の仕込みは休暇中にやり終えていたことに気がついた。まるでロボットのようにな。とはいうものの、一週間先、二週間先を考えるとやり残しは多い。さらに、一年、五年、十年先を考えると山のような仕込みが残っている。
 最後に。
 一般に、学生時代は自らの近未来は一年先までがしっかり把握出来るようだ。かつかつ十年先(つまり30すぎ)までがぼんやり見えるようだ。その先は、暗黒かないし白濁状態で、まったく見えぬらしい。余は、20年先までリアルに見える。辞世を詠んでいるすがたまでもな。

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コメント

参考になるか?わかりませんが・・・。

 ハノイ工科大學で新設の学部が121名で発足しました。入学者3600名ですがその中から新設学部希望者を募ると、300名以上が応募した。

試験で、121名に絞ったそうだが、数学。物理は満点の人が多いと聞く。無料で、日本の大学に留学できるし、日本の大学の学位ももらえる。

 日本語はこの学部は必須なのですが、日本から9名の先生が来ている。彼らの話では日本語を学ぶ学生の顔が真剣そのものだとか。

 ベトナムは今は終戦直後の日本と同じで貧しい。けど、彼らは当時の日本の若者と同じで希望に溢れている、真剣だ。真剣に学ぼうとしている。

さて、ぼやぼやしてると日本の学生さんも国際競争力が無くなり、今のベトナムの給料になりますよ~~~。

投稿: jo | 2007年1月10日 (水) 19時17分

Joさん、難しいことをおっしゃる。
 確かに。
 今の日本は飽食爛熟の世界だから、そう言った国の青雲の志を持った熱気には勝てない。
 ……
 だから、先人達のなしとげた世界にあぐらかく現代日本の、私や青年が、どんな風に考えて生きればよいのか、そんなことを模索しております。

 鍵は。
 文化は、文化文明の幅広い、層の厚い、裾野を形成するのは、天才や熱血漢や、血涙にむせぶ青年よりも、安定した、ややアンニュイに傾く者達が適しているということでしょうね。その層を堕落させず、絶望に導かず、倦怠から、ちょっとだけ「光」に目をむかすような、~。あはは、超絶に難しいわな。

投稿: Mu→Jo | 2007年1月10日 (水) 21時31分

大多数の民衆について

 おっしゃる通りやけど、ベトナムの国の歴史を調べていると、国の成り立ちから数千年の歴史は村落共同体という組織が国とは関係なく強い力を持っているそうです。

 中国が10世紀まで千年支配したが、それは省と県のレベル迄だそうだ。その後の独立後のベトナムという国の形が出来ても、相変わらず村落共同体の組織が強い力を持ったと。

 このベッカー大学には地方の村落共同体を代表した若者が送り込まれてくるそうだ。一人、大学に出すそうだ。村落を代表する選ばれた若者なんですね。

 日本は明治維新以降、農村の村落共同体は崩壊し中央集権国家を形成したけど、ベトナムは今もどうも違うらしい・・・・?

 これから、色々と現場に入り調べてみます。興味ある国のかたちです。

投稿: jo | 2007年1月11日 (木) 08時54分

Joさん
 ほほぉ。
 村落共同体が今でも堅固にあるわけですか。日本の古い映画などで想像は付きますが、体感したわけじゃないから、どういうものか~。

 ただ。私の父は、大正時代に福井県の山奥から村を代表して、東京に行き、書生しながら学校へ通ったから、日本でも戦前までは村落共同体の名残は在ったかも知れませんね。
 たしかに、中央集権、鉄道省の国鉄が山奥に通ったのだから、古来の物じゃないだろうけど、名残、村民の、良いような邪魔くさいような絆はまだあったんでしょう。

 JOさんの、フィールドワーク時代が来そうですね。モンゴルでは馬乳酒を振る舞われたそうだけど、さて、ベトナムの村ではなんでしょう。

 

投稿: Mu→Jo | 2007年1月11日 (木) 17時52分

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