犬坊里美の冒険/島田荘司
犬坊里美の冒険
と思った矢先に気がついた。「女性自身」というのは、新しい本格ぱりぱりのミステリ専門誌なのだろうか。
意図したトリックなんかどこにもない。
だれもがみんな、不思議だ、幻想だ、あり得ないと、騒ぐだけで、本当は当事者にそんな気持は殆どなかった、と言ってよいだろう。
実は、二歩手前までは私にもなんとなく想像できた。衆人環視の前での死体消失事件。
しかし、司法修習生犬坊里美の法廷証言が出たときは、あれ? おや~、私の考えとは違う! と、私は全速で里美の推理を理解しようとし出した。そして、終盤前で「そうか。あり得るな~」と胸をなで下ろした。それで、終わりなら、それでも良かった。
ところが。
まだあった。
最終の里美のセリフに、わたしはがくりと前につんのめった。ああ~、と天を仰いで叫んだ。
たしかに。
伏線はしっかりあった。しかし、伏線らしい臭さはこそりともなかった。
私は読了して思ったね。たしかに、このミステリ世界の中にも、詩の泉脈の断たれない人がおられるという事実を。いったい、どうして、こんなにあっさりした構成で、これほどの奈落に、衝撃的に突き落とす事ができるのだろうか? ふと、中島敦の名人伝を思い出した。作者本人は、もうすでにトリックのなんのと考えずに書いているのじゃ無かろうか。島田荘司は、デビューして何年になるのか、数えてみた。『占星術殺人事件』が1981年となっていたので、25年間。うーむ。
それはもうよい。凄まじい、ショック。それでよい。
別件で二つ記す。一つはプラス、一つは私にとっての「マイナス」評価(珍しい)
1.誠意がある
小説が、ミステリが、人生の教科書とは思っていない。そんなのは大抵欠伸がでる。しかし、自然にそういう内容がメッセージとして滲み出てきたような作品は、読んでいて、胸をうつ。150頁のセリフに深くうなずいた。
石岡「解答もない、方法もない。でもね、今自分のことを思い出してみると、こういうふうに思う。人間、そんなふうに悲しまなくちゃいけない時期って、長さが決まっているんだ。きっと神様が決めてて、だからね、もう待つしかないんだよ、じっと。その期間が抜けるの」
~
石岡「悲しみは涙に変わる。それは待ってれば起こる。誰にでもすぐできる」
里美「はい」
石岡「でもね、それで終えちゃ駄目なんだ、先に進みたければ。その涙を、今度は力に変えるんだよ」
里美「力に?」
~
里美が事態に対処しきれなくなり、なすすべもなく横浜の石岡先生に電話したときの内容である。だれでもわかる平易な会話の中に、人生を切り開いていく際の秘伝があった。単純なのだ。しかしその単純な処方を、追いつめられたとき、とくに人生経験の少ない人は、思いつかない。それを、石岡は穏やかに伝える。
2.泣くな、里美。27にもなって!
とにもかくにも、身近にこんな女がおったらどつきまわして、怒鳴りつけたくなる。全編、泣いてばかり。すぐに怯える。相当な美形で艶姿なのに、根本的にそれに気がつかず男の前でミスる。単にカマトトぶっているのじゃなくて、本当に世間知らずというか、自分を幼女としか考えていないふしがある。27にもなって、男の性情もわからずおたおたするな、煩い、黙れ、泣くな騒ぐな、と罵詈雑言をまき散らしながら、読み終えた(笑)。
表層的には、私の好ましく思う女性とは対極に位置する。古い話だが、私は初期「エイリアン」数編にでてきたような、弾倉をたすきにかけて、怯える男を叱咤激励し、機関銃を連射するような女性の方が好きだ。そばで、ひっきりなしに失神されたり、自信喪失に陥ったり、泣きわめく女なんて~
結論
そういう犬坊里美が、怠惰(たいだ)と怯懦(きょうだ)のなかで怯えきった男達を尻目に、獅子奮迅(ししふんじん)、千万人と言えども我行かん、のノリで突っ走るのだから、もう、なんというか、私は島田荘司に脳と心とを引っかき回されてしまった。
ああ~。おもしろかった!
新シリーズになるようだ。今後、犬坊里美がどんな風になっていくのか。トリックも楽しみだが、里美をがなり立てながら読む私自身も、楽しみだ。
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コメント
MuKGRメモ(070529)
対象:日々2: 犬坊里美の冒険/島田荘司
注:写真がヒットした
用語:犬坊里美の冒険 島田荘司
順位:25/9550
KGR :261.78kgr(070529){犬坊里美の冒険 島田荘司}
判定:肝心の本文記事がでてこない。
投稿: MuKGRメモ | 2007年5月29日 (火) 10時16分