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2007年1月31日 (水)

昨日、お隣さんで

承前:MuBlog お隣さん、さようなら:資料組織演習

Muが八年間も通った教室棟

Mu八年通った教室棟
 昨日昼に、葛野の科目成績を全部終了し、教務課にだした。あわせて、お隣さん大学のも提出することにした。ぽてぽてと歩いて15分、近場と言えば近場なのだが、夏の体調の悪い日などは、タクシーもつかまらず、泣きながら片道30分もかけて通った「お隣さん」大学だ。八年間もよくまあ勤まったと思っている。

正門入ってすぐ

正門入ってすぐ
 敷地は狭いのだが、学生数は葛野の数倍。お昼なんかラッシュで身動きできない大学だ。ある時期の英語学科だけでも、13クラスもあった。その中の「エース・クラス」の学生も、そしてどんじりクラスの学生も、仲良く余の科目をとってくれた。英語の検定で800点とか900点台の学生も毎年おった。なんとなく、日本語が変わっていたがね(笑)。

キャンパス時計

キャンパス時計
 そんなこんなで、昨日が最期のご奉公、成績提出。終わってさっと帰ろうとすると、教務の方が呼び止めて「先生、長い間ご苦労様でした」と、挨拶してくれた。目頭熱くなったね。なぜなら、余はこの大学に、学生以外の人とはメール以外、めったに口も聞かなかった。まさか、教務の人が覚えていてくれたとは。世間は狭い。

 そんなこんなで、出不精の余はおそらく二度と、四条葛野界隈には行かないだろう。懐かしい京都ファミリーのトンカツも、食堂街も、書店も、二度とは訪れないだろう。そして、このお隣さんにも。ものすご、悲しい性格じゃね(微笑)
 と、何年か後、今いる大学も屯所も、そうなるとおもうと、号泣するね。悲しみだけが人生さ。あまりに記憶の重層、その重さにうちひしがれて、なんとかこうとか今まで生きてきた。まったく、とんでもない性格だと、ひとしきり自らを省みた。
 さて。今が大切、春から心機一転、授業も倶楽部も、続投・判子屋も、そして教授会も委員会も、がんばりましょうぞ。

注記
 写真がいつもと違って奇妙な微妙なピント、色調ですが、これは携帯電話撮影なのです。余の携帯写真なんともいいようのない写りになる。

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