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2007年1月26日 (金)

小説葛野記:20070126(金)曇雨シリアル人生

 四条大橋に立ったのが午前七時、鴨川と書かれた石碑の影で川をしばらくみていたが、なかなか風情がある。さすがに京都、往年の都だけある。今年の倶楽部の◎番隊長はたしか関東の鴨川市だなと、想念がよぎったが、全市あげて鴨でも泳いでいるのだろうか。以前の新選組!で芹澤鴨が小料理屋を営んでいて、そこで魚をさばいて刺身を作って、たしか近藤さんに出していた。冬期限定鴨なんばはこの一週間自慢のRSが入院したので行っていない。あの店へ徒歩やタクシででかけるのは無謀だ。なのに客がいて、TVクルーがくる、変わった店が嵯峨野にもある。嵯峨野というてもひろくて徒歩だと半日かかってしまう。昼食とるのにはどれほど鴨なんば好きと行っても、半日かけて昼飯は無謀だ。

 今日あたりから採点の終盤にはいる。昨日も含めて大体七割完了した。科目によるがどうしても、というか自然に10%は落とすことになる。無理してそうするのじゃなくて、実に自然だ。科目によっては全員そつなく及第もあるのだから、自然なんだろう。学生もわざわざ五回も六回も欠席して、その上、文意さだかならぬ、課題にまったく適合しないレポートを出してくる。なにか修学態度美点を探そうとしても、たとえば途中レポで良い点だとか、相談メルを出してきたとか、せめて出席した日くらいは遅れない~とか。無い。つまり意図的に落ちようとしている風情だ。本人の意をくんで、10%落としてあげた。再見(は、無いだろう)

 そうこうするうちに、まだ委員会宿題は目白押しなのだが、なんとか態勢を整えて日頃できなかった、等閑視したわけじゃなくて、パラレル(並行)してできなかったことを、いくつも仕上げる季節になってきた。夏期論文(万葉集の精神)の掲載や、大部なUML2.1仕様書読破や、人工知能の奥義書や、古典文学DB作業や、復興華南再生計画や、一杯ある。
 大体、四季おりおりなにかしら記憶に残る人生なのだが、どうもこの二月~三月は仕事の上では記憶にない。つまりセリアル人生(serialだからシリアルが正しいカタカナだろうが、どうしてもセリアルになる)だから、並行処理ができなくて、直列処理なので、前のJOBが終わらないと、次にうつれなくて、そのもろもろをこの季節にまとめてするから、あまりに一杯あってどれも記憶に残って居ないのだろう。

 たとえば、春なら桜狩り(笑:まあこれも京都歴史DB作成という余の仕事よな)、入学式前後の騒然とした日々、新学期の態勢。夏ならば、前期試験採点、オープンキャンパス、二ヶ月論文作成無人環境。秋なら後期授業と絶好調期における研究読書(笑:たまに小説類も入るが、これは公共図書館を理解するには避けられない仕事なんだな)。そして冬には後期試験採点。これは毎年地獄だね。後は、三月に卒業生を送り出す倶楽部最大公式行事「新誠会」、若干卒業式。

 この程度が余の年間スケジュル。そして、二月三月の記憶は新誠会と卒業式以外ほとんど無い。一体これまで十数年間何をしていた。が、上述のセリアル人生後始末時期。大掃除も含めて。

 ここまで、記していて、判で押したような年間、毎月、毎日。人間はこうやって生きて、リタイアして、おさらばするのだろう。リタイアしておさらばする時間が21世紀は、想像するに10年~20年間ある。そを如何に過ごすかは、また別の話題。

今日の結論
 パラレル(並行して)に仕事や人生をこなす人は、優秀な人が多いと思う。余はどうみても、セリアル(直列、順番)人生、前のJOBが終わらないと次に手を付けられない。時々、焦る。焦りが一番よくないと思っても、焦る。以前、ナガラ人間という若者がはやった、これは要するに並行処理なわけだ。今、そういう若者だった人達はどうしているのだろう。

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コメント

セリアル人間より

 どうしてserialが(セリアル)となるのでしょうね。
英語をローマ字読みしているのかしら。
そうすると多少不具合が生じますなあ。
sea(セア)
see(セエ)
となりますね。
これを両方とも同じように(シィー)と読め、いうのも多少無理がありますわねえ。

 Muさんにはラテン語が合っているのではないでしょうか。
聴けばラテン語の文字と発音の関係は完璧に日本語のローマ字表記と同じだそうですね。
(当たり前ですか、前後関係が逆でした)
ラテン語から始めてイタリア語、スペイン語などもよろしいんじゃないでしょうか。

 それはともかく当方もセリアル人間のようです。
現役時代、机の上はすぐにゴミの山となりました。
技術の仕事だったので事務能力はゼロでした。
大体、事務所の机にいるより実験室にいる方が長かったですからね。
書記さんや上司が見かねて当方の机の上を片付けてくれました。

 仕事ってそういうものではないでしょうか。

投稿: ふうてん | 2007年1月26日 (金) 20時21分

ふうてんさん
 シリアルってご存じですか。なにかしら西洋煎餅に牛乳ぶっかけて食べるの。ああいうのが苦手でして。朝は大根千本のおみおつけと熱いご飯と玉子と海苔と、珍しく納豆(関東の常食らしいですね)、こういう朝食が好きです。あるいはベーコンエッグとかと熱い濃い珈琲とバターたっぷりトースト、身体に悪い物が好きなようです。だから、西洋細切れ煎餅にミルクぶっかけて粥状になるのなんて、どうにも駄目で、だからセリアル。あるいはそうそう奈良ホテルで、美麗な曲線を保つオムレツと濃い珈琲とビールは、ふうてんさんの専売特許。あれ、良いですねぇ。

 かたづけるのが苦手というか、もう、まるっきし駄目な男です。事務能力も中学生の劣等生なみです。葉書一本書けない。
 一時期までは犬小屋乱雑状態を、内心それを自慢にしていたのだけど、ある日20代末期の若い研究者の研究室を見て、がっくりしました。ものすごおもしろい論文書く人なんですが、部屋中ぴしーっと整理されて居るんです。おまけに古い机の脚を綺麗に切りそろえて、洒落たテーブルにして、しこしこワークステーションに向かって、論文書いておったんです。参りました。ごった返した部屋は洒落にも自慢にもならんです。その若者、今は京都の帝大の若き「教授」です。たまらんなぁ(笑)

 おたがいにセリアル同盟ですね。生一本、同時並行ではなんもできない。ただ、ふうてんさんは風呂につかりながらウヰスキ飲んで眠るという、超絶な並行処理、パラレル生活を送る特技は、ありましたなぁ。
 Muはせいぜい左手でwinマシン、右手でMacを並行して触れるくらいの、しょぼい人生です、何の役にもたちません。だぁ。

投稿: Mu→ふうてん | 2007年1月26日 (金) 21時10分

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