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2006年12月10日 (日)

功名が辻:最終回

今年一年功名が辻
 日曜の夕風呂にはいって一息ついて、さて今夜は上川一豊さん、仲間千代さんともお別れだな、と感慨にふけった。甲賀忍者とは先回、先々回に別れを告げたが、やはり主役は一豊さんだから、今夜は特別な夜になる。
 思い返せば全編「千代~っつ」の一声で気持が和む作品だった。そして千代が権力者達に四方八方から呼びつけられて、そのたびにまじめくさった顔をして「はっ」と答えるしぐさ、顔や声に独自の愛嬌があった。

 上川一豊も仲間千代も、今の日本国を明るく照らす男女に何度も思えた。
 政争渦巻く中、血を代償にして勝ち取った一国一城。これは何物にも代え難い彼等のボーナスだったのだろう。上川一豊は確かに槍一本で織田に使え、秀吉に仕えた。そういう過酷な世界を生き残ったのは強運でもあったし、千代の銃後の支えでもあった。一旦政争に巻き込まれると、千代の面目躍如、あらゆることに参謀千代の智慧が道を開いた。

 ネネさん、お市さん、淀君さん、……。いずれも千代にとっては、時々の生殺与奪権を持った女たちだった。この間をすりぬけてきたのは並大抵の気力、智慧では不可能だった。信長、秀吉、家康。日本史に於いても完璧な権力者。彼等の間をすりぬけた一豊は、戦で勝つしかなかった。このような二人、今夜、無事高知城でおさらばする山内一豊、千代夫婦の人生を一片の絵巻として、この一年付き合った。上川一豊、そして仲間千代にひとつの悪い思い出もなかった。名優だったと思う。「千代~っつ」、「はっ」。こういう単純きわまりないセリフを毎度毎度演じ切るのは、やはり優れた俳優、女優でないとできないことだったのだろう。

 さて。
 強いて良い場面はというと、思い出しながら数行記しておく。

 一つは信長の狂であった。あれは近来まれに見る織田信長だった。鬼気迫るという言葉を使っておきたい。まず、今後ああいう狂は見られないだろう。すごい俳優だ。
 キチベエさんでしたか武田鉄矢さん。あの山崎と宇治の往還悲恋、なけましたぁ。
 女優で心ひかれたのは、仲間千代は別格として、ガラシャ夫人の色香だった。現代風過ぎるとも感じたが、かえってそのバタくささ(こういう死語は通じるかな?)がなんとも言えない時代離れした雰囲気でよかった。
 近藤細川幽斎。よろしかった。
 甲賀忍者。みればみるほどに味がでてきた。
 秀吉と家康の個々はおいておくとして、その掛け合い漫才というか、騙しあいがおもしろかった。
 ネネは秀吉がなくなってから、一段とよくなった。
 で、あはは、意外にもあの高慢ちき、あのこざかしさ、あの悲哀。そう、淀君がえもいえぬ味わいになってきた。これ、ノリよし。しかし実際にあんな女が側にいると、やせるなぁ~。離れていた方がよい。

 あと数行。
 「NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと」これ、MuBlogで一番人気の高い記事でした(笑)。私は、新選組の会津中将もよかったが、この筒井竹中、よいですねぇ。
 それと、意外にも(誰も、意外じゃないかな)黒田如水。この人、やはり名優でした。こういうキャラに私は痺れるわけです。あのなんともいえない面相、うむ。俳優というのは人間離れしたところもあるようです。

今夜の功名が辻最終回
 どうなんでしょう~。
 ……
 それから一時間。今夜は午後8時から9時まで上映された。それぞれの死があった。一豊も、家康も、淀君も秀頼も、そして千代も亡くなった。家康の死後、ネネが千代に言った。「これで、女が男と手を取って生きる時代が終わった」と。戦乱の世だった故に、山内家初代は男女の結束が強かった。徳川治世、安定した管理社会では、本流武家社会の中を女が大手振って権謀術策力を振るえるのは大奥、各大名の後宮くらいだったのかもしれない。もちろん江戸の下町では想像以上に女が自由闊達だったにせよ、正史に残る世界では男女の共同世界は影にひそんでいった。そんな時代に千代が生まれていたなら、……。ふと思いにふけった。

 千代をみていて思ったのは、どんな世界でも智慧は知識よりも上にくる、ということだった。智慧とは洞察力なのだろう。そして智慧に等しく大切なのは、一豊の素直さだったのだろう。智慧を智慧として素直に受け取り咀嚼し行動の源とする曲がりない心が必要なのだ。千代だけでは、狼少女の遠吠えに終わったかも知れない。それを聞き届ける受容器として一豊あったればこそ、山内家は出来上がった。
 さらに。思い返せば、千代はお市の方やネネや時として淀君に頼られた生涯だった。いや、原作者ないし脚本家がそのように描いた。千代の智慧の源には、ネネや家康の言葉を正確に情報として得る立場、それに人徳が必要だった。千代はそれを得た。そこに、普通の女とは違った輝きがあった。人は、大切なことは、聞く耳持つ者、消化できるものにしか相談しない。常に権力中枢近辺にいたとしても、ネネが口を開かねば功名が辻はなりたたなかった。端布のパッチワーク、千代紙、黄金十両、それらだけでは千代の異才は発揮できても、一国を形成するまでには至らなかった。
 つまるところ。千代という無比の軍師、参謀。そして一豊という無比の強運武人。この二つが上手に手を携えて功名が辻が成立した。権力者という強靱なバネの力を、二人で上手に操って、権力駻馬を乗りこなしたのだろう。
 権謀術策には陰惨な場面が多いが、今回のNHK大河ドラマは、可能な限りそれを避けた。千代智慧の勝利だった。

 今夜の地図:妙心寺、大通院。 

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コメント

 今年は三つの連続ドラマを楽しみました

一つは”功名が辻”、第二は”チャングム”第三は”芋たこ なんきん”です。

藤山直美さんがでてる場面が一番面白いです。やはり、かえるの子はかえる?使い方が違うかな?名優やと思いますね。

 功名はほぼ全て観ましたが、それなりに楽しみました。家康役の人が印象に強いですね、上手やと思いました。

チャングムはあまり虐められる場面とか、陰謀があまりにも登場し、少し辟易しましたが、吉永小百合さんの若い頃を観てるようで、懐かしい感じでしたね。

 来年からは、ハノイから衛星番組で観させてもらいます。

投稿: jo | 2006年12月11日 (月) 09時08分

来年は風林火山らしい。
甲府とか、人気が出るんでしょうね。
しかしハノイで、NHK大河をみるって、なかなか変わった趣向ですね。

投稿: Mu | 2006年12月11日 (月) 14時09分

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