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2006年12月31日 (日)

大晦日の祇園八坂神社界隈(平成18年末)

承前:大晦日の祇園界隈と長楽館(平成17年末)

鍵善と、近所の原了郭(黒七味)

鍵善と、近所の原了郭(黒七味)
 今年は例年と少し異なる大晦日だった。夕刻京都駅にエドルン君を迎えに行き、そのまま祇園に向かった。駐車場も祇園ホテルの西側にした。新幹線も31日の午後東京発だと空いているようだ。エドルンはいつもの粟善哉だったが、余は黒蜜ではなくて白蜜にした。鍵善通って三十数年、初めての白蜜葛切(くづきり)だった。来年はまた黒蜜にしよう。近所に「原了郭(はらりょうかく)」の黒七味があって、いくつか買っておった。

八坂神社の大晦日

八坂神社の大晦日
 昨年にくらべてややにぎやかだった。もちろん深夜に近くなると身動きならないほどになるのだろうが、余にとっては人混みと言って良いほどだった。例によって破魔矢と絵馬(猪)を手にした。初穂料二千円也。これで家内安全、国家鎮護、素戔嗚尊(スサノオノミコト)もお気持ちを安らかになさるだろう。組写真の下真ん中は、裏参道で撮った。ここは人の出入りが、今は少ない。

祇園界隈夜景

祇園界隈:平成18年大晦日
 こうして写真を眺めてみると、気持が大晦日そのものになった。祇園ホテル一階のスターバックスはこの数年来葛野図書倶楽部2001の人達と何度も使っている。

農園:noen

農園:noen
 この喫茶店は一力の花見小路を越えた西の角にある。大昔の姿もはっきりと覚えている。珈琲が美味しかった。これから通いそうだ。

おろし蕎麦とお造りとお酒(英勲)

おろし蕎麦とお造りとお酒(英勲)
 今年もイメージしたとおりのオロシ蕎麦だった。食味が確かなうちは、なんとなく元気なんだと思っている。お造りはトロとフグ、そしてフォアグラだった。今年の総てをこれで飲み干せた思いがした。

 さて。あっというまに31日も終わりかけになった。
 明日は平成19年、良いことが一杯ありそうだ(笑)

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MuBlog記事のアクセス数と分類

MuBlog:2006年9月から12月の記事アクセスランキング
承前:二十九万アクセス:最近のMuBlog

累計アクセス数: 291468
1日当たりの平均: 286.03
解析対象期間: 2006年9月1日(金) ~ 2006年12月30日(土)


4ヶ月間・アクセス数:26,068
4ヶ月間・訪問者数: 19,007

注記:MuBlogを含めた全体アクセス数は、今日2006/12/31の真昼時点で、
  累計アクセス数: 456808
  1日当たりの平均: 448.29 だった。
  since 2004/03/07~

分類別:MuBlog記事アクセス・円グラフ

分類別:MuBlog記事アクセス・円グラフ
 この4ヶ月のアクセス数のうち上位104記事を適当に分類し、それを円グラフにした。このうち分類「MuBlog」は、いわゆる「その他」に該当するものである。バックナンバー(月単位)でのアクセスや、今回の分類項目に入れなかった「カテゴリー」、MuBlog自身のことについて、ここにまとめた。

分類別・集計表

分類別・集計表
 分類された個々の記事、その他詳細なデータを表にまとめた。他に考えられる分類項目には、「京都」などもあるが、いろいろ考えると難しいことが多い。

MuBlog記事の傾向
 円グラフで一目瞭然なのだが、読者の好む記事は、「美味」が多い。次に「読書&映画」、さらに「旧跡」と続く。今の段階では、私自身が美味や読書や映画、そして名所旧跡を好んでいるので、他人様がこういう結論をだしたことと、私自身との間に乖離はない。短期間で眺めると「一体、どうなってるの」という感がたびたびあったが、長い目でみると、つまるところ類は友を呼ぶ、その通りになった。
 それにしても、NHK大河ドラマとわけのわからない「随想:ぼやき独り言」と、PC(パソコン)と博物館とが、ほぼ同列に並んだことに、苦笑した。私にとっては、大河ドラマも博物館も、おなじように大切だし、そしてMuBlog読者もおなじような~、似たもの同士のようです。

集計・アクセス数順
 リンクを張ってありますので、興味があったら再読願います(笑)

順位 / 対象記事 / 訪問者数 / アクセス数
1 トップページ 2,169 →5,929
2 みたかのもりじぶり:三鷹の森ジブリ美術館 853→ 1,018
3 地図の風景 769 →873

4 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸:私の京都・河原町通{四条→三条} 397→ 508
5 Prius(日立製ノートパソコン)のハードディスク交換 392→ 443
6 ノート・パソコンのハードディスク交換、取り扱い処方339→ 429

7 NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと358→ 396
8 美味しいところ 273→ 377
9 京都の書店 269→ 289

10 Blogメモ 257→ 275
11 『蛇神祭祀』(はむかみさいし)の連載 84→ 240
11 登喜和(ときわ)のステーキと春の京北周山町 141 →240

13 小説木幡記 223→ 237
14 読書余香 200→ 229
15 スマート珈琲店(京都・寺町)のホットケーキ 167→ 222

16 JO記事『クエ料理 九絵家(大阪)』のこと 189→ 219
17 じょうしょうこうじ:常照皇寺 162 →214

18 Santa Monica Beach : サンタモニカ・ビーチ 199→ 208
19 姑獲鳥の夏:うぶめのなつ(映画) 169→ 206
20 さくらだ:桜田 144→ 201

21 皇国の守護者(2)勝利なき名誉/佐藤大輔 162→ 200
22 ノート・パソコンのハードディスク保守(シャープのメビウス・ノート) 152→ 175
23 皇国の守護者(9)皇旗はためくもとで/佐藤大輔 149→ 164

24 ふしみももやまじょう:伏見桃山城 118 →159
25 2006年02月 139→ 156
26 2006年01月 138→ 155

27 枝魯枝魯(ぎろぎろ)の一夜 135→ 151
28 桜の森:佐野藤右衛門邸の桜 115→ 149
29 ふしみぶぎょうしょ:伏見奉行所跡と魚三楼 95→ 141

30 うじ・びょうどういん:宇治平等院 123→ 138
31 辨慶うどん 111→ 137
31 2006年05月 112→ 137

33 北方謙三『水滸伝』一「曙光の章」 122→ 136
34 NHK功名が辻 102→ 129
35 黄桜かっぱカントリー:kizakura kappa country 96→ 121

35 PowerMacG5の内部 109 →121
35 【少しずつ進める癖/森博嗣】への共鳴感 107→ 121
38 20世紀少年(21)/浦沢直樹 116 →119

39 皇国の守護者(1)反逆の戦場/佐藤大輔 105→ 117
40 邪魅の雫(じゃみのしずく)/京極夏彦 99→ 111
41 新装のジュンク堂BAL店:私の京都・河原町通{四条→三条} 93→ 107

42 MuBlog 目次 :記事 逆掲載順 90→ 102
43 前方後円墳の航空写真 69→ 101
43 目次:新撰組(新選組!) 81 →101

45 2006年04月 88→ 100
46 NHK功名が辻(34)聚楽第と鶴松 95 →99
47 2005年10月 88→ 98

47 2006年03月 93→ 98
49 謎の大王継体天皇/水谷千秋 88→ 94
49 二十六万アクセス 92→ 94

49 だいちゅう・ラーメン:大中ラーメン 79→ 94
52 配所の月とは望郷か 72→ 90
52 辛味大根・おろしそば(京都伏見大手筋・薮そば) 76 →90

54 2004年11月 70→ 87
54 葛野図書倶楽部2001 56→ 87
56 長尾真博士のノート 57→ 86

57 天橋立(あまのはしだて) 73 →83
57 NHK功名が辻(37)伏見桃山城の秀吉 76→ 83
57 ミホミュージアムの秋 64→ 83

60 2006年07月 71→ 82
60 地図の蠱惑:未踏地 53→ 82
62 2006年06月 72→ 81

63 グルニエドールのアップルパイとダウンバースト&竜巻 76→ 80
63 雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡} 44→ 80
65 NHK功名が辻(35)北条攻め 69→ 74

65 Turboシリーズ(Delphi) 67 →74
67 若さと言葉 48→ 73
67 ダヴィンチコードとキリスト密教史 67→ 73

67 2006年08月 65→ 73
70 しじょうかわらまち:私の京都;四条・三条・河原町 58→ 70
71 功名が辻:最終回 61 →69

71 『豊饒の海/三島由紀夫』の課題 56→ 69
71 墓盗人と贋物づくり:日本考古学外史/玉利勲 56 →69
74 NHK功名が辻(33)異なる質 58→ 64

74 小川珈琲本店 56→ 64
74 北方謙三『水滸伝』十八「乾坤の章」 57→ 64
74 イメージの素 53→ 64

78 NHK功名が辻(26)五藤吉兵衛の死 55→ 63
78 宇治・平等院の航空写真(Google) 56→ 63
80 詩仙堂と猫町:私の京都 40→ 62

80 NHK義経(35)壇ノ浦残照 57→ 62
82 栞屋蕉庵+メリーアイランド、がんこ+はやしや 44→ 61
82 もりしょう:そうめん処・森正 45→ 61

84 水無瀬殿(みなせ)→水無瀬神宮 41→ 59
85 長岡京紀行:2006/03/03 49→ 58
86 高取城(たかとりじょう) 32→ 57

87 NHK功名が辻(09)クノイチ小りん登場 54→ 56
87 ヴァンパイア・レスタト/アン・ライス 53 →56
89 点と線/松本清張(新潮文庫) 52 →55

89 映画の余香 47→ 55
91 NHK功名が辻(32)秀吉と家康 48→ 54
92 北九州の旅:仲哀天皇大本營御舊蹟(ちゅうあいてんのう・だいほんえい・ご・きゅうせき) 45→ 53

92 NHK功名が辻(36)名護屋城何処 47 →53
92 002蛇神祭祀 17→ 53
95 北九州の旅:松本清張記念館 40→ 51

96 私の京都:薮そば(伏見桃山大手筋) 31→ 50
96 あなたの、ご趣味はなんですか 38→ 50
96 2005年11月 50→ 50

99 カクレカラクリ(TV放映)/コカコーラ提供 46→ 49
99 o・mo・ya(母屋)とセカンドハウス 36→ 49
99 甘樫丘東麓遺跡(あまかしのおか・とうろくいせき)と蘇我入鹿邸跡 37 →49

99 2006年10月 45→ 49
103 みしまゆきお・ぶんがくかん:三島由紀夫・文学館 40→ 48
103 高校の授業 30→ 48

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2006年12月30日 (土)

男達の挽歌:NDK篇

男二人・Ndk20061230

男二人・Ndk20061230
 暮れも押し迫った今日30日、男が二人葛野研に訪ねてきた。二人とも長身で、狭いミニにどうやって座ってきたのかわからない。用向きは決まっていたのだが、まずN君のミニ再生話から始まった。ちっこい英国製ミニクーパーをN君は今年、うん百万円もかけて、部品取り替え、塗装、エンジンを入れ替えたかどうかはしらないが、新品にしたようだ。「おお」と開口一番驚いたが、お互いに趣味の世界は立ち入ることが難しく、「しかたない」と、余は諦めた。

 N君とO君とに、初めて出あってからすでに20年近く経過している。二人とも20代半ばだったのに、すでに中年の域。その内、15年間はNDK研究会で、毎月一度大阪大学文学部で顔を合わせているから、長い付き合いになる。最近はN君が一年、O君は2年会っていなかった。

 用向きの件は、某出版社の企画で、古典文学にかかわるデータベースの製作だった。余は専門が一応情報図書館学(笑:なぜ笑う)なので古典と聞いてもわけがわからない。N君は一応源氏物語文学の専門家、東京で先生をしている。O君は一応日本語学の専門家、大阪で先生をしている。NDKには他におふたり源氏物語の大家、中堅がおらすが、今日はお休みだった。

 で、研究打ち合わせは三人でマジメに討議した。なんとか結果がでて、N君がプロジェクト工程案まとめることになった。今後も、葛野で定期的に集まり、研究会を続行することになった。めでたし。プロジェクトは成功したも同じである。
 さあ、それからが~。

 延々と他のワラジ話というか、オタク的趣味話に埋没しだした。結論を先にいうと、ふたりとも本業への熱意はまだ微熱あるが、なんとなく異世界に漂いだしたようだ。20代の熱気(数年前に完成した源氏物語データベース)はそのままなのだが、それから20年もたつと経年変化が大きい。熱放散の方向が微妙になってきた。
 所詮男達というのは夢を追いかける動物。困った中年たちだ、しかたないねぇ~と、余は貫禄を終始見せることができた。余のみ、悪趣味に陥らず、せいぜいモーゼルM712を触っている程度で、まぬがれておる。

N君(blog 東京たるび
1.十年ほど乗ったミニクーパーの全面改良。おそらく別の車に生まれ変わった。
2.相変わらず、うん十万円もする自転車を、口ぶりでは5台は確保しているようだ。
3.二週間に一回は新幹線で東京・大阪を、趣味で私費往復している。
4.延々と写真作家している。特技は針穴写真
5.その他、一杯。

O君(blog 空と旅と風景と
1.余の大衆車RSが4台は買えるアウディ、それはそのまま乗っているらしい。安心、と思ったら。
2.飛行機の免許を取ったようだ、それだけでうん百万円。
3.小一時間空を飛ぶだけで、毎月うん万円の出費があるようだ。おお。
4.十数万円の防振双眼鏡を買ったそうだ、バードウオッチング。
5.その他、一杯、あれもこれも。

 こういう話は、重厚な研究会話が済んだ後の茶飲み話だったが、余はあまりの異世界ぶりに幻惑されて、一体なにを話したか覚えておらん。ただ、両名がひたすら趣味世界に埋没していくのをはらはらして見ていた記憶はある。
 男達の道楽とは、たしかに激しい。極めれば、それを極道ともいうのが、まさに原義だと思った。
 コラージュ写真は、昼食に鴨なんばをいただいた後の、珈琲店でのものだ。
 余は余が普通の趣味人であることに安堵した。
「あなたのご趣味はなんですか」
「はあ、読書とドライブとパソコンです」

 昼前に到着し、打ち合わせに時間がかかったせいか夕方になって、二人は仲良く無人の葛野キャンパスをミニクーパーで去っていった。

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2006年12月29日 (金)

京都嵐山オルゴール博物館

京都嵐山オルゴール博物館(京都市右京区嵯峨天竜寺立石町)地図
<HP>

オルゴール博物館の葛野図書倶楽部2001

オルゴール博物館の葛野図書倶楽部2001
 話せば長くなるので結論から言うと、オルゴール博物館をじっくり見学した。伴の者は葛野図書倶楽部2001・局長2006秋と三番隊長2006秋の二名。外は雪だった。
 博物館は二階にあった。オルゴール自体と、オートマタと呼ばれる自動人形の二種類が中心だった。またオルゴールは、大きく分けると巨大なディスク(曲を穴などで表した金属円盤)タイプと、円筒状のドラムタイプに別れる。これはまるでコンピュータ黎明期の外部記憶装置にそっくりである。それで合点した。つまり、コンピュータはこういうオルゴールとかオートマタの伝統を色濃く継いでいるようだ。
 現代の作品では、巨大な丸顔をしたカラクリ人形あり、他は19世紀のものが中心だった。殆どはオートマタ自身の中にオルゴールが組み込まれていた。まず最初に観たのは昼食中に、一階のレストランで間近にあった巨大なカラクリ時計で、女性の学芸員のようなスタッフが説明してくれた。高さ3.8mとあるから、してみると一階レストランも相当に大きな造りだったといえる。
 二階の博物館では、いくつも実際に説明付きで演奏や動きを見せてもらえた。フランスのもので、黒人がバンジョーを弾くのは、目の動き、手や足の動き、そして胸の動きがとても自然だった。次に三日月に向かって詩人のようなカラクリ人形が演奏をするオートマタ。これはコラージュ写真右下の壁面の飾りと同じものだ。その他に、テディベアが酒を飲むカラクリもあった。飲み干す時に杯を持った左手が肩まであがり、傾斜で杯の中の水が身体を通って右手の酒瓶に移るから、酒(水)は尽きない(笑)。

パンフレット

京都嵐山オルゴール博物館・パンフレット
 オートマタも、時計型の大型オルゴールも音量は豊かだった。さまざまな音響効果がほどこしてあるのだろう。特に、名前は忘れたが、巨大なディスクを三枚セットして同時に動かす様子は、圧巻だった。エジソンが蓄音機を発明しなければ、宝飾、装飾品としてでなく現代も実用に供せられていたことだろう。ところで、このエジソンタイプの蓄音機もあった。
 パンフレットにはオートマタを中心にいくつかの解説があるが、やはり現場で実地に見るのがよい。展示室は、たいそう丁寧で、ある作品の前にたたずむと大抵スタッフがネジを巻いて動かしてくれる。局長と三番隊長がじっと作品の一つを見つめているのに気がついたので、見てみると、競走馬がカラクリで走っていた。実に楽しいオルゴールだった。

ショップ
 二つのショップがあって、一階はおみやげ品で価格も手ごろだが、当然アンチークの趣はなかった。二階のショップは、全品アンチークと、現代の至宝のような作品ばかりで、お値段も目が点になった。たとえば、ドラムタイプのミカン箱ほどの大きさのオルゴールは、650万円の値札があった。す、すごい。気に入った懐中時計もカラクリ付きで、60万円前後だった。いずれもスイス・リュージュ社関連の作品のようだった。というわけで、こういう世界は私の世界とは異なるのだが、なにかしら自動人形・カラクリ・オートマタと聞くと心が弾んだ。こういうアンチークを集める趣味も、なかなかによろしいなぁ。

後振り
 暇に飽かせて晦日に嵐山を散策したわけじゃなく、それなりの事情がある。今日も幾つかの仕事があって葛野に行くと、局長と三番隊長とが、葛野の過去作品(歴史ある一品ものだから、アンチークかな)をしこしこと整理補修リスト化していた。もちろん最高顧問としては感動した。それでは、甘いものでも後で御馳走するよ、夕方には仕事も終えるから、というと。
「ありがとう御座います。で、実は~」
「なんだ」
「お昼をまだ取っておりません。外は雪なんです。オロオロ」
「そうなんかぁ~」
と、ここで私はよよと泣きはしないが、涙ぐんだ。
 というわけで、半ば芝居(笑)に載せられて、今すぐに喫茶店でも行こうということになった。実は私はすでに昼に伏見薮そばで、上天ぷら蕎麦を食してきたので、もう入らない。で、喫茶店というても某所のビフカツサンドは高価すぎるので、では初めてのオルゴール博物館でお茶を濁そうと思った次第。
 ところが、どっこい~。
 そういうわけで、昼食を取ったあと、二階の博物館をじっくり見学したわけである。
 犬も歩けば棒にあたる。顧問も嵐山に行けばオートマタ。
 外は雪だった。

追伸
 説明をしてくださった学芸員、スタッフの方の応対はすばらしかった。局長も三番隊長も感心していた。説明が、小さな静かな声なのに、染みいるようだった。短時間なのに、オートマタとかオルゴール世界にどっぷりとひたり込んでしまった。

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お正月の読書の素

 今朝は雪がふる予定で、身動きできないはずだったが、木幡は晴れていた。これまで撮った写真やビデオでも整理しようとおもったが、一杯ありすぎて挫折。いくつか小綺麗な写真を数種類コラージュにもしてみたが、人人が写っていたので判断にまよい、頓挫。不用心に撮るから見知らぬ人が大写しで後に写っている、モザイクかけたりぼかすのも面倒だし、かといってトリミングすると変な構図になる。また、葛野近辺や、葛野来訪者達は、結構小綺麗に沢山写っているが、若い人が多いからなにかと迷惑をかけるのも申し訳ない。それでも、組写真に入れないと意図が不明になる。そんなこんなで迷っていると、しんどくなってきたので、一旦写真やビデオ整理は止めて他のことを考えてみた。
 今日も実は葛野にでかけて大仕事をしなければならないのだが、「なんで年末に出掛けて~」と、腹立たしくもなる。しかし、やっておかないと正月明けは大変なことになる。書類の山、かき分けていくつかある約束事を果たしておかないと。そうだ。松の内に、なにか余は委員会仕事で発表する役割を振られている、……。

 というわけで。
1.プルート/浦沢直樹の4を眺める。
  →ここまで来たか、という感慨にふける、予定。
2.犬坊里美の冒険/島田荘司(カッパノベルズ)
  →これは、専門家スジによると、出色の新シリーズらしい。楽しみ。
3.地果て海尽きるまで(上下):小説チンギス汗/森村誠一(ハルキ文庫)
  →これ、映画になるはず。もともと「モンゴルの残光/豊田」以来、この世界は好み。
4.風の影(上下)/カルロス・ルイス・サフォン(集英社文庫)
  →わからない。ともかく話題のミステリのようだ。海外ものは大抵満足する。
5.マヂック・オペラ/山田正紀(早川)→まだ積んであった。
  →読み出すと迷路にはまるので、なかなか決心がつかなかった。昭和の鎮魂、SFのような満州物のような、いわく言い難い作品のはず。前作は感動したし。
6.イリアム/ダン・シモンズ(早川)→さらに積んであった。
 →これは長い、重い。しかしシモンズさんの作品ははずれがなかった。安心して埋没。

 なんとなく余の読書傾向は非常な「楽しみ」追求型で、求道的ではない。しかし今時求道読書なんてあるのだろうか。と、こんな風に「さて、何を読んだらよい?」と、わすれてしまうので備忘録。そうだ。一月半ばにGシリーズの最後が出るはず。ああ、忙しい。
 数えてみるとまともに読書出来るのは1日、2日、3日、この三日間だけだな。しかしこの三が日が絵にも描けないおもしろさ~。
「Muさん、難解な古典読解はどうなっているんでしょう」と、空耳。
 まあ、お正月くらいは、気楽に読書がよろしいようで。

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明石の玉子焼はタコ焼きなのか:本家きむらや

本家きむらや(明石市鍛冶屋町)地図
きむらやHP

明石の玉子焼:明石焼:たこ焼き

明石の玉子焼:明石焼:たこ焼き
 昔「明石焼」という言葉を友人に聞いた。年末に葛野に来てくれるNDKのオオタニ君だった。彼は明石出身のはずだ。「なんだね、それは要するにタコ焼きじゃないのか」「ちゃうちゃう、玉子焼きとは別名言うが、タコ焼きとは一線を画す」「はあ、なんでや」「あれは大阪の喰いもん、こちらは明石の玉子焼き」「はぁ~?」
 その話を聞いてからMuはいたく深く悩み出した。実のところその玉子焼を口にしたことがなかったのだ。初めて食した記憶をさぐると十年にもなろうか、梅田(大阪だから嘘明石焼きかな)の地下街で偶然そういう看板を見て、オオタニ君の顔が浮かんで飛び込んだ覚えがある。味は覚えていない。ただ、ダシに浸けたのははっきりしている。

明石の関東煮

明石の関東煮
 この「きむらや」に初めて入ったのもすでに三年にもなろうか、五色塚古墳を調査実検したおりに、ネットで見た店に飛び込んだはずだ。分かりやすい場所だったのですぐに、過日も迷わず店にたどり着いた。つまり明石公園、JR明石駅の大通りをまっすぐ海に向かって南行すれば確実にぶち当たる。以前は食さなかった関東煮、ようするに「おでん」(関東煮とおでんはちがうのかなぁ~)で、でっかい蛸の足もいただいた。美味極也。ただし、Muは以前みかけたイカの丸焼きを食べようといさんで席に着いたのだが、最近は無いようだ。

本家きむらや

本家きむらや
 いや、それ以前に明石の某研究所へ行った折、先に案内されたような~。夕方からは某小料理屋さんだったが、明石に着いた時食べたような。小料理屋の名前も場所も全く覚えがない。ああ、記憶が次々と消えていく。まあ、よかろう明石焼き。ダシに浸けて、塩をかけて、ソースをかけて、スッピンで。どんな食べ方をしても、だれも怒らない。ただ、なんとなく「タコ焼き」と言うのは憚れた。

 というわけで、オオタニ君、今度絶品の鴨なんばでも食べながら、明石焼き、玉子焼き、タコ焼きの異本じゃなかった、異同をおしえてたもれ。その日は、生粋大阪のフレームNakamura君もおるから、ついでにタコ焼きの真髄も聞かせてもらえるかも知れない。ああ、悩む。明石焼き(玉子焼き)とタコ焼きは別物なのだろうか。たしかにふわふわと柔らかく、ダシに浸けると、口中に融けてしまうなぁ。

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2006年12月28日 (木)

Nagatakeでフレンチ:図書館忘年会2006

Nagatake:ナガタケ(京都市下京区仏光寺通り高倉西入る北側)地図
HP

シェフにおまかせ

図書館忘年向会・ナガタケ20061226
 わけあってこの二年間、勤務大学の図書館の慶事に招かれている。盆暮れ正月というところか。古い話になるのだが、そこには余のチルドレンが3名もおって、なかなか居心地も良い。この26日は、その内の二名が幹事をしてくれて、京都市内のしゃれたフレンチレストランに出向いた。
 最近は出歩くこともなく、盆暮れ正月のフレンチというのは珍しかった。京都らしく古い寺と古い小学校に挟まれた町屋風の民家に、そのNagatakeはあった。雨女がいるせいか26日のその夜は土砂降りだった。フランスで食した記憶はないので、その味がどうなのかは正確には申せないが、口当たりがよくて満足した。教会のチャペルのような雰囲気で、その上、屋根裏部屋の趣もあって、とても快適だった。

 多分、余が気に入ったのは雰囲気がマイルドで、包まれたような安心感。そして出てくる料理がどれも可愛らしくて、量も適度でくどさがまったくなかった。確かにヒレステーキは余にとっては本当に一口ものだったが、それまでにパンとバターがやたら美味しくて、さらに両隣のお嬢さんにつられて二つもいただいたので、本当にどんぴしゃりでメインディッシュに臨んだわけである。
 ▽グラスに入っているのが気に入った。海老と海老味噌を上手にアレンジしたねっとりムースのようなものだった。もちろん一々にかっこうよい料理人が説明してくれたのだが、余は異国の事が耳に残らず、すべて聞き流してしまった。

 このお店、お味もよろし。若干女性向きかなともおもうが、男でも余のように上品な量、上品な味を好む者にはうってつけの隠れフレンチであろう(笑)。とはいうものの、HPを捜してネットをみると盛りだくさんな記事があったから、都でも多少名の知れたところかもしれない。と、そんな気分にさせるレストランだった。

 しかし。こういうお店で、なんとねぇワイン飲み放題とは、ちょっとびっくり。もちろん余は下戸なのでお酒は一切飲まずという、まことに不調法。ワインなくしてフレンチが泣く、とはわかっていてもしかたない。代わりにチルドレン達が飲む飲むすさまじい。

 おもしろい集まりだった。工作組というか、工作班というのがあって、図書館中の図画工作を一手に引き受けているらしい。たとえばコーナー展示会、新刊図書の飾り付け、それなりのインテリア、他の催し物の準備。その上手さは、先回あたりから気がついていたが、その夜は工作組の手になる「お楽しみ福袋」。
 この抽選方式に笑った。小綺麗な箱を色紙で包装して、そこに旗が11本立っている。それをみんなが抜き取ると、クジになっているという塩梅。余は隠し芸を持たぬので、その箱の中にチルドレン達の手を入れさせて、横から旗の柄(爪楊枝)をずぶずぶと刺し込む、あの初代引田天功も真っ青の手品を試してみた。失敗した。みんなぎゃーっと悲鳴を上げておった。

 話は尽きなかった。チルドレン達もふくめて、最初から「司書、司書」と願ってなった人は少なくて、なんとなく、暗い書庫で毎日毎日古雑誌を整理していたら、いつのまにか。図書館の子猫を可愛がっていたら、なんとなく。余の授業も受けずに卒業して、なんとなく司書の手伝いして数年後、思い立って一年間(昨年のこと)受けてみたら、軒並み共同演習が第一席、それとなく「私、司書にむいているみたぃ~」と悟った人。とまあ、人生紆余曲折あるなぁ、と酒豪達の話に自然にうなずいておった。

 外にでたら、ますます大雨だった。隣の小学校がやけに照明ぎんぎんで派手派手しく夜の雨の中に輝いていた。翌日は朝から予定もあったので、挨拶もそこそこに仏光寺前でタクシーを拾って木幡に帰った。
 楽しい一夜だった。そして、フレンチNagatake、ここ美味しい、雰囲気良し、シェフ格好良い、保証する。

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お隣さん、さようなら:資料組織演習

資料組織演習作品

資料組織演習作品
 12月の23日祝日に、余は終日お隣さん大学に詰めていた。葛野の部屋に戻ったときは六時を過ぎていて暗かった。一体お隣さんで何をしていたかというと、学生達が9月から製作していた「目録」作品の締切に付き添い、そのあと延々と3時間以上、各班の副班長が作品を相互評価するのを待っていたのだ。

 余の評価方法は、こういう共同演習作品の場合、各班の副班長の相互評価の平均と、余の評価と、そして余が指名した上級生「助勤」、この三者の評価を合わせたところで出してきた。助勤はこの秋、事情でなかったので、素人学生集団と専門家の余の評価だけで出した。
 図書館の殆どの仕事は、「一般客」を念頭に置く。だから、専門家が褒めちぎる誰も見ない映画評とか、だれも読まない純文学では成り立たない。素人がどう見、素人と玄人の間にたつ助勤がどう評価し、そしてプロ(笑)の余がなんとみるか、その足して割ったところに「世間」に通用する仕事が生まれる。

 だから、この8作のどれが一席になるかはまだ明かしていないが、少なくとも三席あたりまでは世の中に出して恥ずかしくない。一席だと、なんともいえない香り、華がある。

 というわけで、余の勤務先をさしおいて(別の所には出した)、お隣さんの成果を華々しくMuBlogに掲載したのは、訳がある。このお隣さんには今年でおそらく8年目前後だろうが、これで終わりにした。事情は簡単で、時間が欲しくなった。そして余の本務校の共同演習・羊飼いで限界を感じてきた。体力と精神力とを盛大に必要とすることは、学生も同僚も、だれもかれも気がつかぬじゃろうが(笑)。

 テーマ自由、方針自由、班内役職編成自由~、このすべてなんでもありというのは、もちろん初めて出くわした学生達は大抵目を点にするし、「放任すぎるぅ~」というものもおる。しかし、余自身にすれば、半期壮絶なセルフコントロールをしていることになる。なにしろ、課題の難しさに、人間関係に、諸々の中で、砂地獄に墜ちていくのを笑ってじっと見つめる労苦、これには気がつくまい。

 そう。教育? 指導? ふふふ。
 墜ちていって、強いて申せば、はい上がる、その一式セットを味わうのが大学なんだ。それをケケケと笑ってみているのが大学教授の真骨頂。時代が変わっても変わらぬものがある。しかし、見ていることが辛いことに変わりはない。作品が全部提出されると、どわっと冷や汗がでる。
 その一つを、お隣さんを、これで今年で解除した。ほっ。
 お隣さん、長い間楽しかった。君らが、最後のMuチルドレン(なんだか、古いなぁ)。
再見

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2006年12月24日 (日)

一年のまとめメモ

 まだ全部を思い出せないのだが、いまからメモしておくと整理するときらくだから、この一年間なにをしていたのか、ぼんやりと思い出し始めた。

1.小説『蛇神祭祀』の連載が完了した。この作品は気に入っているが定稿にして公開できてよかった。日曜作家の面目躍如。
2.小説『夜麻登志宇流波斯』の連載を始めた。この作品は訳のわからなさもいろいろあって、これを連載開始するにはいささかの根性が必要だった。余はこういう作品も書くのだという自覚だな。
3.春先は随分体調不調の時期もあったが、それでも葛野図書倶楽部2001の面々と方々へ出かけた。詩仙堂と、松本清張記念館とは記事にもしたが、目が開かれた。門司港駅やその周辺、なかなかによかった。
4.そういえば雨の飛鳥を走ってビデオ撮りしたのも充実した。晩秋の高取城は圧巻だった。
5.夏の職場・大学のオープンキャンパスも、Javaでアドベンチャーゲームを造っておもしろかった。高校生の人だかりができた! と言えれば良かったのだが、ぱらぱらとゲーム客もきた~程度。含むところは、これを4~5名の倶楽部員たちと共同で造ったところかな。いろんな図書館(宝塚カフェライブ、ミステリライブラリー、料理図書館、孤島図書館、児童図書館)を想定して、そこの司書になるためのお遊び。企図は良かったのだが(自笑)、みんなが夢中になるほどエンタ要素を入れるつもりも実力もなかった。ただ、分担してシナリオを書いてもらったのが、よかった。こういう方法だと、将来おもしろいものもできるな。
6.秋の9月に誠会という倶楽部創設五周年記念をおこなった。しんどいことも山のようにあったが、けじめをつけられて充実した。創設いらいの倶楽部卒業生達(ご隠居さん)に、まだ生きている、君らの過去の努力は覚えている、とそういう気分だったなぁ。現役達もつぎつぎと過去になっていく。過去を大切にするのは今いる現役に対する保証なんだ。
7.誠会の主要な催しに、森博嗣先生の講演をいただいた。話がおもしろいのはわかっていたが、それよりも先生の声は結構良いなぁ~と、あとでビデオを編集して思った。余も10分ほど講演じみたものをしたが、余の声はいささか~(笑)じゃった。それに比べて森先生のは知性が深かった。ファンが多いはずじゃわい。あははあ。
8.講演会の下準備に関係学生や卒業生五名と名古屋の森先生お宅におじゃました。想像以上にひろい庭だったが、なによりも書斎の椅子に一人が座ってうっとりしていたのが印象に残った。余もおとなげもなく座ったのだが、冷房なしで清風が流れている風の道を発見した。そして、そうそう、到着は2時だったが、昼食を現役・ご隠居たちと名古屋の「ひつまぶし」にした。ひとり変人学生がいて「ウナギはいやじゃ、刺身定食にする」と言ったのが記憶にのこった。倶楽部もそういう変人ばかりになると、小泉政権のようになって、なかなかに~。
9.小泉政権で記憶がつながったが、今年の情報サービスも共同演習無事終わった。テーマの一つに「小泉純一郎」があった。学生達の評価はそこそこじゃったが、余はいたく感心した。なかなか着眼点、情報の整理、よかった。学生達の評価がそこそこなのは、政治・経済というテーマに馴染みがなかったせいだと思っている。

*.今年の整理は1月の記事から順に追っていけばよいと今気付いたが、めんどうだ。だから、メモとしてはこのくらいだな。肝心の読書は『ヒストリアン』が印象につよいな。ひまができたら、1月記事から丹念に見ていこう。結局、日曜作家と読書と日帰り旅行(あ、天橋立で籠神社に行った! あの記事まだ書いておらん)と、葛野図書倶楽部2001の喧噪と、そして日々瞑想につきる。と、しらないまに大晦日になるのじゃろう。

*.今にいたっても、し残し仕事が山積み。師走というのもまんざら嘘じゃない。結局キャンパスが無人になっても晦日まで葛野へ日参することになる。まあ、それも幸せ、することがまだ残っているというのも人生よ。

追伸
 今年の夏の論文は、保田與重郎『萬葉集の精神』を解析した。これ、がんばった。しかし難しかったなぁ。この十年以上で、一番難しい対象じゃった。余のシステム開発も含めて、全研究業績のなかで、一番難しいオブジェクトだったと、今もひりひりする感覚で思い出した。ああ、そろそろネット公開しなくては。

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2006年12月22日 (金)

七人の葛野侍:忘年会20061222

承前:MuBlog:葛野に雪が降って、二重月の宴

葛野図書倶楽部2001忘年会

葛野図書倶楽部2001忘年会
 今年は繁華街のど真ん中で恒例の忘年会があった。とりひめ、とかいうお店、これは一昨年の夏に初代達と納涼会があったところだ。昨年「祇園石段下、にんにくや」にくらべて丁度半数の会だったが、数えてみると七人だったので、葛野の多才な七人侍と内心思って悦に入っていた。
 会の途中で幹事の副長2006秋が、みんなに将来の夢を語るよう司会した。いろいろあった。比較的オトナシイ現役達(笑)なので、まずまず無難な夢を聞かせてもらったが、はて。少し特異なものもあった。

1.世界中を一周したい。
 ◎長2006秋が突然最後に切り出した。
 これはありそうでなさそうな夢だ。夢、近くにいる若者がこれを本気で考え、なそうとしているとは知らなかった。その手始めに来夏はヨーロッパを歩くようだ。深夜特急世界だ。見知りのハシモト復興華南船長の話や、チベット人と間違われるツオイエ氏の話を、さわりだけ話してあげた。彼等の青年期物語には驚いておった。(そりゃそうじゃ)

2.親孝行したい。
 おお、まさしく孝女?番隊長2006秋だけある。これからは、葛野孝女とよばせてもらおう。めずらしい。十代にいまどきこういう感性が存在しているところに、葛野の佳さがあるなぁ。逆に、深く考えてみるなら、一体これまでどれほどの親不孝~あはは。

3.司書になりたい。
 ぎょえ。こうまで真顔で言われると、日頃の夢一杯のリアリスト△▽局長2006秋を見直してしまう。同じく◎番隊長2006秋もそれにならって、同じ事を真顔で言うた。勉強会を始める様子だ。一応、そう、仮の師匠面をしている私は内心蒼くなった。なかなか艱難辛苦の遠い道だ。しかし、どんな場合にも念は通じる。その結実は微妙だが、念じることが自らを変え、環境を変える。微妙さとは、たとえば日曜作家がいつのまにか教授になり、女優志願がいつのまにか舞台監督になるような微妙さ。あるいはノーベル賞クラス研究者がいつのまにか流行作家になるような微妙さ(笑)。司書が学芸員になるかもしれない、人生の摩訶不思議さ。

 およめさんになりたいぃ~、は期待した。
 さすがに、なかった。
 外に出ると、雪こそ降っていなかったが、町は光りに満ちていた。
 余はそうそうに立ち去り、木幡で熱い茶を一杯飲みながら、七人の葛野侍の顔をひとりづつ思い出した。

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二十九万アクセス:最近のMuBlog

承前:二十八万アクセス(2006.11.11)

 気がついたら、やっと29万アクセスを越えていた。
 MuBlog 累計アクセス数:290008  1日当たりの平均: 287.14
 観察日時:2006年12月22(金) 20:45
 なお、全体アクセスは、
    累計アクセス数: 453661  1日当たりの平均: 449.17

 以下にMuBlogのこの一ヶ月を見てみる。

 ~と~

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酒船石遺跡関連図版(飛鳥関係図版)

承前:MuBlog:雨の飛鳥紀行 {益田岩船、高取城、酒船石遺跡}

  明日香村役場地図
  明日香村公式HP

 雨の飛鳥紀行2006/11/19で益田岩船、高取城、酒船石遺跡に行った時、最後が酒船石遺跡だった。そこで亀形石造物を観覧するときにパンフレットを購入した。内容がわかりやすく、重宝するので記録しておく。写真は各表紙と、その右側に私が気になった頁を抜粋した。

飛鳥の考古学図録1
  発掘された飛鳥&水落遺跡(みずおちいせき)

発掘された飛鳥&水落遺跡(みずおちいせき)
 関義清(平成15年明日香村村長)氏の序文によれば、飛鳥の本格的発掘調査は昭和8年の石舞台古墳に始まるとのことだ。その後昭和31年からの、最古の寺院「飛鳥寺」発掘、そして昭和47年の高松塚古墳壁画と続き、20世紀末には亀形石が現れた。
 水落遺跡は、最初は時計という考えがなくて、発掘を始めてから10年後の1981年に始めて中大兄皇子(なかのおおえのおうじ:後の天智天皇)が造った漏刻(ろうこく:水時計台)と解明されたようだ。これは大津の近江神宮にも模型があった。それにしても、水落という遺跡名と漏刻と分かった過程には興味がわく。水時計の相当に複雑な給排水システムが判明したようだ。

飛鳥の考古学図録2
  飛鳥の古墳&石舞台古墳

飛鳥の古墳&石舞台古墳
 飛鳥地域の古墳は、後・終末期古墳が中心になる。だから、古墳と言えばすぐに巨大な前方後円墳をイメージする私にとっては別種のものとなる。飛鳥古墳の形は前方後円墳もあるが、方墳、円墳、八角形墳が主流である。
 図録には20件の古墳概要があり、これらは各頁毎に分類されているので古墳の性格がわかりやすい。また各概要には、明治時代の『大和國古墳墓取調書』からの絵が添えられている。住所は明日香村を中心に、橿原市、高取町も含まれていた。被葬者は殆ど分かっていない。

飛鳥の考古学図録3
  飛鳥への邂逅&須弥山石(しゅみせん・せき)

飛鳥への邂逅&須弥山石(しゅみせん・せき)
 15件の石造物について写真を含めた概要がある。これらの研究が難しい理由を端的に記してあった。(1)制作年が飛鳥時代限定 (2)飛鳥地域のみの分布 (3)少数多様 (4)出土原位置不明。一般に他と比較して初めて、その物の素性が明らかになることが多いが、飛鳥の石造物は、明確な尺度となる比較対象物が殆どないので、その物だけで判定していくことになり、研究が困難のようだ。
 たとえば岡の酒船石の形を持った石造物が別の時代、別の場所で使途明確であったなら、それとの比較で素性が浮かび上がってくる。

飛鳥の考古学図録4
  飛鳥の宮殿&噴水施設復元図&出水酒船石

飛鳥の宮殿&噴水施設復元図&出水酒船石
 時代では592年「豊浦(とゆら)宮」から694-710年の「藤原宮」までが範囲になっている。場所としては、小墾田(おはりだ)、飛鳥正宮、嶋宮、その他、大和以外。この五カ所に分類整理されて、各宮の概要が記されている。狭い範囲で多重多層に宮が営まれていた。飛鳥正宮で例示すると、岡本宮、板蓋(いたぶき)宮、後岡本宮、浄御原(きよみはら)宮と重なっている。また、大和以外の地では、652-655に「難波長柄豊碕宮」に移り、宮は686年まで残った。また667-672には天智天皇「近江大津宮」への遷都があった。

酒船石・関係各種図版
新出土亀形石造物遺構

新出土亀形石造物遺構&酒船石実測図&酒船石遺跡導水施設模式図

酒船石遺跡案内図
酒船石遺跡案内図

「松本清張「火の路」誕生秘話」&「益田岩船」
「松本清張「火の路」誕生秘話」&「益田岩船」

明日香村わくわくマップ
明日香村わくわくマップ

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2006年12月21日 (木)

小説木幡記:2006/12/22(木)

 夜になった。
 今日も葛野でいろいろあって、木幡で記すなり。

 久しぶりにJoさんからコメントがあった。この一週間以上記事を掲載していないので、余がくたばったとでも心配してくれたようだ。いや、おもしろがったのかもしれないが、人の心底はわかるはずもない。本人にもわからないものだ。
 要するに師走ですと、応えておいた。なにかしら繁忙きわまりなく、息をする暇もない、といいながら、今日はゆっくりできた。

 倶楽部の機関誌Truthの印刷日だったようで、倶楽部員が朝から屯所につめていた。
 昼頃、飛行機が少し遅れたようだが、遠来の客二名が部屋に現れた。たとえようもなく久しぶりの客だった。
 話している最中に、経理局長がきて「プリンター、が」と報告あったので、急ぎ屯所に行ってみると確かに印刷不可になっていた。いくつか試してみたが、おそらくインクが無くなったのだろう。(新品のはずだ、という証言があったから、余は困り果てた)。
 客達とは午後一杯約束があったので、余の予備のプリンターを手渡すことにした。気は優しくて力持ちの局長に来てもらって、プリンターを屯所にいれて、そのまま余は出発した。

 嵐山界隈を案内して昼食をとり、珈琲なども飲んだ。
 こもごも四方山話、近況、仕事、あれこれ一杯聞いた。ともかく、現在、今には満足している、充実しているようなので一安心した。
 で、対比がおもしろかった。

 一人は、暗い部屋で無口な同僚達に囲まれて、終日こつこつ仕事をしているようだ。司書採用なのだが、学芸員の資格もあって、博物館にはうってつけなのだが、職場は笑えるほど暗いようだ。それは精神的に暗いのではなくて、いわゆる余の好む根暗なオタク的暗さなのだ。えもいえぬどんよりとした雰囲気で、その者は終日その世界に埋没し生き生きしているようだ。ただ、つい鬱々しさに入りすぎると、休日などは終日無目的にドライブしてしまうところもあり、いささか危ない(笑)。

 もう一人は超遠隔地・純粋南国なのだが、表面的には暗い趣(笑)というか、陰影ゆたかなのだが、この場合は正反対で、ともかく騒がしい大学図書館にいるようだ。終日だまりこくっている雰囲気にもかかわらず、仕事は終日対話。レファレンス・カウンターなので初心者から重厚なレファレンスまで、一日中身体を動かし、口をうごかし、その喧噪のなかにとてつもなく生を味わっているようだ。そのもの学生のころ都で初めて雪をみて、感激し、学友全部にメルしたとの話、うむ、感動した。

 陰影、陰陽・明暗、ふたつの世界を同時にみてしまって、余はいささかめまいがした。
 しかし。遠いところから、はるばる訪ねてきてくれたその心映えに余の気持は和らいだ。思い切って、清水の舞台から飛び降りた気分で、500円もする珈琲をおごってあげた。二人はとてつもない喜びの笑顔を返してくれた。これは、二人の爪の垢を煎じて、葛野付近近辺の者どもの口をこじあけて飲ませたい所である。

 というわけで、駅まで送り、ふたたび余は葛野に舞い戻った。
 それから、やおら執務に再度はいった。
 というわけで、今日はいろいろあった。

1.人事狂乱
 ここ数日、めったやたらに人事報告が卒業生その他からあった。失意、希望に満ちたもの、茫然自失の態、さまざまだった。どれも余がなにか口を挟むべきものではないともいえるが、それぞれ祝辞、引導、叱責、罵倒、メル返した。やはり、罵倒メルが一番気持よい。余は、元来根暗なので、時折、罵詈雑言を人に世界に返さないと自壊するようだ。
2.プリンター
 黒インク消耗事件は謎だった。証言を聞いてみると、まったく密室黒インク忘失事件で、謎が謎を呼び、今夕今夜の葛野屯所はどんよりとした闇に覆われていた、のであった。屯所の関係者達もみなみな透き通った幽鬼に見えたのは、余の錯覚錯視なのだろうか~。
3.構想
 そうそう、小泉佐保シリーズ第五作は、本日嵐山を案内していて、想がかたまった。妖女と悪魔払いのバトルにすることにした、うけけけ。いかにもそれらしいキャラ設定も今日の内に出来上がった。完成は2008年夏じゃな。

 そんなわけで、今日も過ぎ去った。ああ、忙しい、充実した一日だった。

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2006年12月13日 (水)

小説葛野記:2006/12/13(水)曇雨

 なんとなく師走半ばになってしまった。授業も会議もここ一週間ほどで一旦幕が下りる。さてそれからが忙しい。余の場合は、なにかと年内〆切が多い。

さて本日定食
 今日は、授業、会議、会議、忘年会、と続く。それなりに繁忙ということだな。生きている証。
 で、おもうところはない。

理系近況

 昨日木幡研で、IDEタイプハードディスクを設定したら、全滅した(笑)。つまり、もともと木幡黒マシンは、ハードディスクを全部SATAタイプにしてある。しかもマザーボードのBIOSが古くって、SATAはオプション扱いで、いちいちBIOS設定をせざるをえなくなる。そこにIDEを追加したら、まるでヒューズがとんだみたいにマシンが落ちた。次に立ち上がったときは、おお、CD・DVDも、もちろん新設IDEも、まったく動かなくなったぞ。
 少し勉強すればわかるだろうに、ねむかったので壊れたまま寝た。そして今朝、なんとかかんとかBIOSを設定して、SATAのハードディスクで起動したが、いぜんとして、CDが(もちろんIDEも)NONE、つまり接続していないとほざきよる。
 だから。今夜は忘年会で一滴の酒も飲まず、深夜10時ころ木幡研でマシンを解体することになる。
 まったく。
 いそがしいねぇ(笑)
 ただ、CDやDVDを当面あきらめたなら、そんな無理は不要なのだが。やはりね。システムをやり直すときなんか、CDが動かないとこまるからね。

文系近況
 読書量はやや、秋本番に比べると減ってきた。どうしても日常の雑務(うけけ)が多いと、弱い脳だから、新規にうけつけるのがしんどいようだ。すぐねる。冬休みはここ一番の小難しい古典を予定しているが、やはりシンドイだろうな。いちいち本を手にするのがじゃまくさいので、一度、一冊を暗唱してみようとおもっても見るが、著者じゃないのだから、それは無理かな。たとえば源氏物語を全部暗唱したら、少しは新聞だねになるじゃろうが、すぐ病院へかつぎこまれそう。
 古事記くらいなら手頃な分量じゃが、神名の羅列に暗唱しながら寝てしまいそう。
 ともあれ、脳機能を維持するには、論語なんかを座右においていつも口ずさんでいたら、よいのかもしれない。と、今朝の感慨。

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2006年12月12日 (火)

あめですぅ~

 今朝はよく眠って起床は午前六時だった。数えてみると八時間も眠ったことになる。さすがに、脳は爽快だ。昨日は午前十一時ころから授業の真っ最中にだるくなってきて困った。午後は這々の体でお隣さんにでかけ、夕方は安静にしていた。いえ、別に心身が弱いわけじゃなくて、なんとなく時々そうしないと壊れそうな予感がして、そろそろだな、もう来そうだな、と考えると間髪を入れず心身が横臥態勢に入る。まことに実に精妙な心身システムなのだ。
 だから、多分Muは長生きするのかもしれない。元気なひとほどぽっくりいくのはこれまで数名みてきた。蒲柳の質こそ長生きの秘訣。で、そんなに長生きしてどうするの?

 ほほほ。

 さて雨ですらぁ~。しとしとぴっちゃんと音が聞こえてきます、木幡の朝。
 今日の予定は、色気も風雅もありゃしない、MacOSのtigerかな? 勇断、ここに買うことにした。多分一万五千円ほどするじゃ。お金がかかりまする。さらに、勇気を倍加して、ハードディスクすっぴんで三台ほどかって、葛野の動画システムを当初予定の目処までもっていく。
 大体300GBで一万円少しだから、あれこれ付帯設備を交えて3台おおよそ1テラバイトで4万円くらいになるのう。MacOSと合わせると5~6万円の大出費、年末年一の大投資になる。これで得られるものは、DVDをあれこれ触らなくて済むから時間にしてものすごい効果があがる。数日前にも木幡黒マシンで二時間ものを編集してDVDに焼いたら二枚かかって合計五時間も浪費した。レンダリング(圧縮)に死ぬほど時間を取る。そんなに遅いマシンでもないのにこのていたらく。
 要するに現代の普通のシステムではまだDVDを触るのは辞めた方がよいと結論している。そういえば20世紀末にCDを触っているときもそうだった。あのころは焼き付け中にちょっとマウスをさわっただけで、音が飛んだり、ひどい状態だったなぁ。……。

 ところで。雨の日は傘をささないと変人に見られるだろうか。傘無し、カッパ無し、天から水がおちてくるなんて、これは瑞祥~とは、だれも思わなかったのだろうな。雨乞いはあったろうが。今朝の木幡は、雨でした。 

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2006年12月11日 (月)

小説葛野記:2006/12/11(月)晴

 昨夜は功名が辻の最終回。事前に思い出話を書いて、見終わってから感想をしるした。今朝はなんとなく目がはれぼったい。
 さて、最近の読書記。これがない。実は何冊も読んでいる。まともなものを。しかし感想を記せない。事情がいろいろあって(笑)。
 そう言うわけで、朝になった。そろそろ年末授業になってきた。気合いをいれてやっていきまっしょ。

本日定食
 図書館評価の段取りと、そして得られた結果の数値的分析を少し。後者はいつも悩む。一応、全数対象だから推測は不要なのだが、それにしても、数字をあれこれいじくっても、現実以上のものはでてこない。ともかく、こういう風にしてオブジェクトを評価する手法もあるんだよ、程度。それが余の限界だね。

 次は、国立情報学研究所という機関の説明。ついでに国立国会図書館の説明。説明しなくても教科書やHPを見ればちゃんと詳しく書いてあるんだが、~。しかし、なにが幹でなにが枝葉かは、分からないものだ。もしかしたら、そういう機関の幹部、職員自身が不明(笑)かもしれない。そこを、幹と枝葉の違いを、さっと指摘するのが生身教授が教壇にわざわざ出向く意味もある。そういうことだ。

 さて昼食とって次は。
 これはとことことお隣さんへ。一昨日土曜日に終日行ったのに、またひつこく顔をだす。ええかげん、飽きられておるとはおもうが、おじゃま虫。しかたない。しかし今の時期だと、わざわざ生身の教授が顔をださずとも、すべて自動的に動くように、あらかじめセットしてある。そう、余の授業は余がいてもいなくても動くようになっておる。特許をとりたいくらいに素晴らしい(自笑)。

 そのあとは~おぼろ。なんとなくもどってなんとなくはんこぽんぽん。それから、なんとなく委員会仕事して、なんとなく、再び栄光のMacG5を前にして桃源郷。こうして書いておると、余は安上がりな人生だな、と痛切に激烈にこころから思う。神さま、ありがとうよ。

 こうして余の一日は過ぎていく。予定。予定は未定にして確定にあらず。なれど、余は本質的に予定変更することはない。血の涙、鉄の意志、傍若無人の心もて、予定を変更しようとする外部イベントには、すべて例外処理で「空」にする。すばらしいプログラミングシステムじゃ。余は、ロボットだったのだろうか。自らに疑念を持った、今朝の感慨なり。

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2006年12月10日 (日)

功名が辻:最終回

今年一年功名が辻
 日曜の夕風呂にはいって一息ついて、さて今夜は上川一豊さん、仲間千代さんともお別れだな、と感慨にふけった。甲賀忍者とは先回、先々回に別れを告げたが、やはり主役は一豊さんだから、今夜は特別な夜になる。
 思い返せば全編「千代~っつ」の一声で気持が和む作品だった。そして千代が権力者達に四方八方から呼びつけられて、そのたびにまじめくさった顔をして「はっ」と答えるしぐさ、顔や声に独自の愛嬌があった。

 上川一豊も仲間千代も、今の日本国を明るく照らす男女に何度も思えた。
 政争渦巻く中、血を代償にして勝ち取った一国一城。これは何物にも代え難い彼等のボーナスだったのだろう。上川一豊は確かに槍一本で織田に使え、秀吉に仕えた。そういう過酷な世界を生き残ったのは強運でもあったし、千代の銃後の支えでもあった。一旦政争に巻き込まれると、千代の面目躍如、あらゆることに参謀千代の智慧が道を開いた。

 ネネさん、お市さん、淀君さん、……。いずれも千代にとっては、時々の生殺与奪権を持った女たちだった。この間をすりぬけてきたのは並大抵の気力、智慧では不可能だった。信長、秀吉、家康。日本史に於いても完璧な権力者。彼等の間をすりぬけた一豊は、戦で勝つしかなかった。このような二人、今夜、無事高知城でおさらばする山内一豊、千代夫婦の人生を一片の絵巻として、この一年付き合った。上川一豊、そして仲間千代にひとつの悪い思い出もなかった。名優だったと思う。「千代~っつ」、「はっ」。こういう単純きわまりないセリフを毎度毎度演じ切るのは、やはり優れた俳優、女優でないとできないことだったのだろう。

 さて。
 強いて良い場面はというと、思い出しながら数行記しておく。

 一つは信長の狂であった。あれは近来まれに見る織田信長だった。鬼気迫るという言葉を使っておきたい。まず、今後ああいう狂は見られないだろう。すごい俳優だ。
 キチベエさんでしたか武田鉄矢さん。あの山崎と宇治の往還悲恋、なけましたぁ。
 女優で心ひかれたのは、仲間千代は別格として、ガラシャ夫人の色香だった。現代風過ぎるとも感じたが、かえってそのバタくささ(こういう死語は通じるかな?)がなんとも言えない時代離れした雰囲気でよかった。
 近藤細川幽斎。よろしかった。
 甲賀忍者。みればみるほどに味がでてきた。
 秀吉と家康の個々はおいておくとして、その掛け合い漫才というか、騙しあいがおもしろかった。
 ネネは秀吉がなくなってから、一段とよくなった。
 で、あはは、意外にもあの高慢ちき、あのこざかしさ、あの悲哀。そう、淀君がえもいえぬ味わいになってきた。これ、ノリよし。しかし実際にあんな女が側にいると、やせるなぁ~。離れていた方がよい。

 あと数行。
 「NHK功名が辻(03)竹中半兵衛のこと」これ、MuBlogで一番人気の高い記事でした(笑)。私は、新選組の会津中将もよかったが、この筒井竹中、よいですねぇ。
 それと、意外にも(誰も、意外じゃないかな)黒田如水。この人、やはり名優でした。こういうキャラに私は痺れるわけです。あのなんともいえない面相、うむ。俳優というのは人間離れしたところもあるようです。

今夜の功名が辻最終回
 どうなんでしょう~。
 ……
 それから一時間。今夜は午後8時から9時まで上映された。それぞれの死があった。一豊も、家康も、淀君も秀頼も、そして千代も亡くなった。家康の死後、ネネが千代に言った。「これで、女が男と手を取って生きる時代が終わった」と。戦乱の世だった故に、山内家初代は男女の結束が強かった。徳川治世、安定した管理社会では、本流武家社会の中を女が大手振って権謀術策力を振るえるのは大奥、各大名の後宮くらいだったのかもしれない。もちろん江戸の下町では想像以上に女が自由闊達だったにせよ、正史に残る世界では男女の共同世界は影にひそんでいった。そんな時代に千代が生まれていたなら、……。ふと思いにふけった。

 千代をみていて思ったのは、どんな世界でも智慧は知識よりも上にくる、ということだった。智慧とは洞察力なのだろう。そして智慧に等しく大切なのは、一豊の素直さだったのだろう。智慧を智慧として素直に受け取り咀嚼し行動の源とする曲がりない心が必要なのだ。千代だけでは、狼少女の遠吠えに終わったかも知れない。それを聞き届ける受容器として一豊あったればこそ、山内家は出来上がった。
 さらに。思い返せば、千代はお市の方やネネや時として淀君に頼られた生涯だった。いや、原作者ないし脚本家がそのように描いた。千代の智慧の源には、ネネや家康の言葉を正確に情報として得る立場、それに人徳が必要だった。千代はそれを得た。そこに、普通の女とは違った輝きがあった。人は、大切なことは、聞く耳持つ者、消化できるものにしか相談しない。常に権力中枢近辺にいたとしても、ネネが口を開かねば功名が辻はなりたたなかった。端布のパッチワーク、千代紙、黄金十両、それらだけでは千代の異才は発揮できても、一国を形成するまでには至らなかった。
 つまるところ。千代という無比の軍師、参謀。そして一豊という無比の強運武人。この二つが上手に手を携えて功名が辻が成立した。権力者という強靱なバネの力を、二人で上手に操って、権力駻馬を乗りこなしたのだろう。
 権謀術策には陰惨な場面が多いが、今回のNHK大河ドラマは、可能な限りそれを避けた。千代智慧の勝利だった。

 今夜の地図:妙心寺、大通院。 

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2006年12月 9日 (土)

小説葛野記2006/12/09

 雨だ。気持ちがよい。

1.きのうの午後
 葛野でひさしぶりに熱中した。二つ。一つは例の(というても、なんのことやら)動画DB構築テストである。二つめは平成八年(1996)七月十日水曜日開設の、今はMuBlog の影に隠れたが本来ならメインのHPを夜までさわっていた。両方ともMacが中心だった。
 マックで作った色をwinのブラウザでみると、ギョエだなとかおもいつつ、疲れたのでまた今度になろう。
 それにしても、好きなんだなぁと痛切に思った。
 マシン相手、さらに10年前のソフトで10年前の記事を更新し編集し、いろいろリフォームにはいたらないが、雨漏り、すきま風を少しづつ直していくと、恍惚となってしまっていた。お安いもんだ、酒無し、祇園の華やぎナシ、銀座の倶楽部なしで、うしししと桃源郷にはいれるなんて、神様あなたはなんて素敵な余を造形なすったことでしょう、深謝。

 それと。今はインテルCPUダブルコアに圧されがちだが、昨年入手したG5マックは一応ツインCPUだし、メモリはたっぷりあるし、ハードディスクも600GB近いし(ところが、これが残量60GB!)、速い。10年前のソフトが光のように走る。ストレスなし。すごいなぁ~。
 要点確認。
 新しい過剰仕様のマシン上で古いソフトを走らせると、超絶快感があるね。心には、古い時代の軽いストレスをまだ覚えているからかもしれない。

2.本日定食、お隣さん。
 土曜日だというのに7時ころ葛野について、珈琲のんでワッフルとかいう異国風の菓子を食したら、うっとりした。異国の菓子にも美味いものがあるな。昔、マネケンとかいう言葉がはやったが、あっつ! 今、袋をみたらそう書いてあった。冬季限定ホワイトショコラトッピングのココアワッフル。←一太郎のATOKってすごいな、これを一度で変換した。「冬~ル。」まで。

 で、ずだ袋にUML図書一冊、安本美典さんの「日本語」の図書一冊、テキストマイニングの図書一冊。チョコレート。筆箱。キャッシュカード。小銭。ハンカチハナ紙。眼鏡二つ。フラッシュメモリ64MB(ちょっと古いな)、……。それから出席簿、その他。まとめて大きめの袋にいれた。これを担いで、もうすぐしたらお隣さんまで歩いていく。
 まるで遠足。

 昼食はお隣さん近所のスーパーというのかデパートというのかで、トンカツか中華かオムライスを食べる、これが年間の楽しみ。(つまり、めったに行かないから。)次に文具店で、来年の手帳とかカレンダを買う。次に文庫本を二冊買う。
 一体、なんのこっちゃ。
 つまり今日は終日お隣さんで苦役というか、なんちゅうか、羊飼いのまねごとをするわけ。これも今年限りだから、これまでの儀式を正確に味わいながら執行しようと思っておる。

3.さて、出発まで30分ほど朝寝でもしましょう。

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2006年12月 8日 (金)

秋の雨:小説木幡記2006/12/08

1.ここ数日ココログ(ニフティー社)の編集機能が止まっていたので記事がお休みになった。
 昨日木曜の午後にやっと動くと思ったら、動くには動くのだが、事前に予定されていたデータベース分散処理とか、その他新しいサービスが直らないままに、結局もとに戻したとのこと。ニフティー社は約50時間保守機能を停止して巨大なシステムを更新しようとしたが、不成功に終わったようだ。
 こういうことに目くじらはたてない。そういうもんだと思う。システムは巨大になると机上の計算通りには動かない。コンピュータのような、比較的合理精神を基本にして、段階をおって作業を進める世界でも、対象が規模を越えると想定外の要素が一杯絡み合って、いわゆる「計算」外のことになるようだ。
 人間の集団、組織もそうだなと、ほくそ笑んでおった(笑)。
 そんなん、世の中、予定通りいってたまるかい! 

2.昨夕も今朝も雨になった。薄暗くってじめじめしてウェットで、余のような男にはぴったりの気候だ。
 もともと全天候タイプ男だから、台風嵐旱天北風寒冷炎暑、どんな天候でも大して影響はない。ただ世間にあわせて「暑いですね」「寒いですね」「じめじめしますね」というだけだ。それくらいの智慧はもうある(笑)
 じゃなぜ「ぴったりだ」なんていうセリフを吐いたかというと、簡単だ。全天候タイプ人間だから、どんな外界でもよいのだが、それぞれにそれぞれの観察というか照覧に対する反応はある。雨なら雨の風情、風なら風の風情に、それぞれ「ほお」とか「はあ」とか「ぴったり」とか「うむ」とか「すてき」とか、反応が用意されているわけだ。

3.昨日は午後授業も終えて、稀なことに会議もなかった。
 共同演習授業の二つが締切近くになっているので、迷える倶楽部員達をひやかそうとおもったが、午前中に合計32名の受講学生(各班長、副班長)たちと目一杯進捗状態を話し合ったので、人に疲れて、午後は屯所へ顔もださなかった。余も人間嫌いになる瞬間がある。で、ひと眠りしてすっきりしたあと、ぎりぎりまでマックG5を触っていた。古代のファイルメーカのシステム改修やビデオ配信など、なかなか気持が昂ぶった。MacOSXは昨年のだからTiger という愛称かな。マックG4の方は2003年のOSXだからそろそろ変えたい。アップル社サイトでは来年早々にまたOSXが変わる様だ。
 つまりそういう背景の中で余が触っているアプリケーションは今から五年も前のファイルメーカーv5という代物だ。世間で言うと7を乗じて35年前の世界観をいじくっていたわけだ。このソフトは数年前のv7を持っていて、さらに最近はv8.5になってしまっている。なのに5年も前のをなぜ使う。
 ここにソフトウェア世界の問題と解があるわけだ。
 ちなみに余の主サイトは1997年頃の世界観で動いている。WebSTARとか往時のMac流行ソフトで。
 ここでいろいろ書くと長くなるので、簡単に記録する。すなわち。

 *ソフトウェアにも旬がある。というのか、個性を発揮した時期がある。
  その時期を越えたものは、単に厚化粧しただけのものが多い。
 *古いものが良いのじゃなくて、退化していくものよりも進化の絶頂が一番良い。
 *ソフトウェアは腐敗しない。だから10年前のソフトを余はいまだに使っている。
 *厚化粧ソフトは、ほとんど素人さんむけの目くらまし。
 *厚化粧ソフトは、ほとんど旧発想で新世界を乗り切ろうとする無理がある。
 *マックでいうなら、マックOS8.2前後(詳細にはしらべないと?)が絶頂だ。
 *MacOSXで断絶と継承がある。OSXへの継承は成功したと余は思っている。

4.今朝の感慨はこれくらいだな。
 研究も、教育も、日曜作家も、そうさなぁ。
 余のある旬の時代のものを洗練化することにする。
 だから、なにも変わらない。
 変えないことにも意思と根性と洞察力と知性(笑)がいるのじゃ。
 人の心もそうだな。
 (ところで、余はいまだに京阪特急や阪急特急が空を飛ばず、地上を走ることを高く評価しておる)

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2006年12月 5日 (火)

ベスト10:一週間のMuサイト・アクセス

 これまで平均して毎月に、万単位でMuBlogだけの詳細なアクセス評価をしようとしてきた。それはそれとして、今後も継続するつもりだが、ときどき今この新鮮な、カレントな生体状況を知りたくなって、ベスト10を整理してみた。
 対象はMuBlogに限らず、写真アルバムや他の公開サイトも含ませることにした。

(1)サイト全体(合算)のアクセス解析
 累計アクセス数: 445683
  1日当たりの平均: 448.82
 ↑MuBlogだけならば今は29万アクセス途上なのに、全体でみると44万アクセスとびっくりするような値である。何故か分からなかったが、よく観てみると写真へのアクセスが多い。なにかの機縁で一枚にヒットすると、人はなんとなくそのアルバムの頁全体を御覧になるようだ。一頁には25枚から50枚の写真があるから、こんな風になる。

 以下の解析対象期間はこの一週間。
  2006年11月28日(火) ~ 2006年12月4日(月)

(2)一週間の、検索ワード
 集計計対象アクセス数:1,416

検索ワード 数  割合
  1 京都 96  6.8%
  2 しる幸 44  3.1%
  3 じぶり 33  2.3%
  4 登喜和 30  2.1%
  5 Mublog 21  1.5%
  5 うぶめのなつ 21  1.5%
  7 竹中半兵衛 17  1.2%
  7 九絵家 17  1.2%
  9 佐野藤右衛門 16  1.1%
  9 ハードディスク 16  1.1%

 しる幸、じぶり、登喜和、この三つはなにかの事情でたまたま検索エンジンの上位に置かれている。だからひっきりなしにアクセスがあって、Muも不思議に思っている。登喜和に関連する記事は比較的てまひまをかけたが、しる幸とじぶりについては、なにげなく記した記憶があって、作者の気持ちと利用者の気持ちとは異なることを痛感する。
 うぶめのなつは、意外すぎる。これは昨年夏の記事だ。この世界の通則では一昔前の記事なのに、急にアクセスが増えてきた。
 竹中半兵衛は、NHK功名が辻関連記事だが、おそらく根強い竹中ファンがいるのだろう。功名が辻関係では一番多い。
 九絵家については、微苦笑ものだ。これは自分の記事じゃなくて、Joさんの記事を紹介したものだ。なんだか、おかしな気分になる。よそさまの記事をちょっと紹介しただけで、ベストテンに入るのは心苦しい。
 佐野藤右衛門記事アクセスは、うれしい。気持を込めていくつか昔掲載したものに、いまでもアクセスがあるのはblog冥利に尽きる。
 ハードディスクは、おなじく嬉しいが、なんとなくエンジニアでもないMuの記事を読んでくださる人に申し訳ない気分になる。Muはたんにスッピンのハードディスクを頬にあてて、うっとりするくらいのもので、こういう機器の詳細を知る者ではない、いわば好き者にすぎない。

(3)一週間の、ページ別アクセス数
  アクセス数: 4,090
   訪問者数: 2,969

解析ページ/訪問者/アクセス
1 MuBlog: トップページ 140 438 4.7% 10.7%
2 MuBlog: 勤王志士・古高俊太郎邸跡と、しる幸  67 82 2.3% 2.0%
3 日々2: ダ・ヴィンチ・コード/ロン・ハワード監督  69 75 2.3% 1.8%
4 日々4: 木幡花105 56 57 1.9% 1.4%
5 MuBlog: 地図の風景 3745 1.2% 1.1%
6 MuBlog: 三鷹の森ジブリ美術館 35 41 1.2% 1.0%
6 日々3: 巫女さんA 37 41 1.2% 1.0%
8 日々6: 赤金・でっかい金魚 35 37 1.2% 0.9%
9 日々3: 巫女さんB 31 36 1.0% 0.9%
10 飛鳥紀行20061119: トップページ 6 32 0.2% 0.8%

 本体記事そのものが{1,2,6}の三つ。5の「地図の風景」はMuBlogのカテゴリー。残りの6点はすべて写真。記事で自信があるのはゼロ。写真で自信があるのは、10の飛鳥紀行、これは純粋の記録写真だから。他の写真は気に入っているし一応ぶれてはいないが、構図とか、写真感性・技術から考えると下手だなぁと落ち込む。いかにも謙遜していると思われると困る。なぜ、山のような記事や写真の中から、これらが選ばれたのかがわかりにくい。人様の気持は、ほんとうに掴みがたいものがある。

(4)まとめ:分析じみた感想
 ベスト10をあげてみて、自分の意図と世間の意図とのズレを大いに味わった。それでも検索ワードについては、内心ふむふむとほくそ笑む部分も半分あった。が、実際の記事になると、「わからない」の一言につきる。
 ただ、たとえば写真については、恥じ入りながらも過去に掲載したのは、感性というよりも記録しておきたいという、熱い気持ちがあったのは覚えているし、いまでも同じだ。
 いろんな事例、経験から、自分自身の限界などは味わい尽くしている。これだけ大量の写真を撮って掲載しても、写真家になろうとは全く夢にも思わないし、技量もちょっとカンのいい素人にも及ばないと分かっている。
 わかっていても延々と記事を書き、写真を写す。これが平均的な、下手の横好きだと痛感した。
 下手の横好きをあるていど好きにできるblogというシステムに乾杯したい。
 上手下手にかかわらず、やっておきたい、続けたいということはあるものだ。
 上手だけしかできない世界は、おもしろくない。
 そんな感想を持った。

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2006年12月 4日 (月)

小説葛野記2006/12/04

1.明日火曜から木曜の午後までココログサービスのうち、
 記事投稿などがメンテナンスで停止するらしい。木曜に再開されればよいのだが、blogのメンテナンスはどこの会社も手間取っているみたいだ。利用者数とかアクセス数とかデータ量とかが、当初の予想以上に増大しているからかもしれない。質が量によって激変するという、奇妙な感想がある(笑:なぜ笑うかは、団塊世代の政治青年なら、どうだろう)。
 おお、ついでに余の作品を掲載しておるDUOBLOGも示し合わせたように火曜の午前は投稿できない。これは無料だからしかたないが、ココログは有料だからちょっとまずい。

2.昨夕は気持ちよかった。
 たいてい日曜の午後は快適なのだが。無人の木幡研でひっそりと午後4時ころ夕風呂に入っていた。M1君がくどいほど余に「自動ボタンは留めておきましたから~」というておったのが耳朶に残っていた。その心は、最近のお風呂は全自動だが、余は無意気にマニュアル操作にして、変なことになる。
 で、夕食は牡蠣フライだったが、これが絶品。うむ。なぜ同じ牡蠣フライでもあの店、この店、ああ有名店、まずいのだろう。木幡研の牡蠣フライは超絶技があるようだ。これもNHK「ためしてガッテン」番組のおかげかどうか~。

3.葛野のマンガ友の一人から先週「アエラムック」を借りていた。
 ニッポンのマンガ。なんというか、識者が大量に対談やエッセイを書いていたが、余はマンガを読むときは自動的に静止画モードになるので、それらは読めなかった。
 月に向って投げろ/浦沢直樹 →よいよ。物語性があって、短編のオチがきいていて、満足。
 おりがみでツルを折ろう/高野文子 →おお、シュール。すごいなぁ。鶴をおる手さばきが心にしみた。
 墓標/吾妻ひでお →このヒト、子供向けのSFを描くんだぁ~。いえ、以前放浪記みたいな(失踪日記)の読んで目点になったから、驚いたわけ。
 空気のような……/諸星大二郎 →なんちゅうか、やっぱり諸星さん世界ですね。変にまじめくさった書き方がたまりません。この人、絵が下手だとみんなから言われていたようですが、ジーンとするような絵ですよね。
 月の夜/谷口ジロー →なんとなく、マンガの純文学。漱石先生が食事している姿、惚れ込みました。

 なんとなく気になったのは、川上弘美さんが高野文子さんの「あぜみちロードにセクシーねえちゃん」の一こまを引用しているところで、その絵の中の動きや擬音がものすごくきもちよかった。
 「んたたた、んたたた、んた、んた」
 「猫もしゃくしも、とーきょー、とーきょー」
 「ぴょん、ぴょん、ぴょん」
 川上先生は以前短編小説を数作読んでこの方も余は目点になったが、ここでは高野さんのGパンとTシャツについて書いておられた。
 さて、マンガが日本の国力になり、文化の総合力になっている一端がよくわかった。マンガがサブ軽茶(ママ)だなんて、もう昔の話だね。本道、保守本流になっている。むしろ、しょうせつなんかが、サブ軽茶、アングラ、アンダーblog、つまり「あんぶろ」になっておりますなぁ。(と、檄笑)
 あんぶろ、これ気に入ったと悦に入り。

4.さて本日定食。
 もう~、よいでしょう。おわり。
追伸
 わすれていた。昨夜の功名が辻、よかった。あの作品、いろいろ感想はあるが、ともかく上川某の一豊と、仲間某の千代、この二人の役者はものすごく気に入った。それでよかろう。
再伸
 今朝葛野に着いたとたんに手にしたのは、MAUSER M712だった。これには肩に当てる木製ホルダーも別途あるようだが、欲しくなった。ところで、H&K-MPボーナスで買う!

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2006年12月 2日 (土)

木幡の朝まだき:20061202(土)

 しらないまに師走二日になっていた。いよいよお正月だ。今朝も元気に午前三時に起床した。昨夜が午後九時だったから六時間は眠っていた。もったいない。疲労回復せねばならぬほどには日中働いていないのに、よく眠る。さらに日曜なんかは午後大抵三時間~四時間の長時間昼寝をしている。怠け者のようだ。

恍惚の日曜作家
 さっき朝食をとったが、それまで夜麻登志宇流波斯の土曜分を掲載する準備をしていた。投稿したらもう第八回になっていた。これまでの分で原稿用紙30枚弱になるな。500数十枚を圧縮したとしても、残り400数十枚を定稿にしていく、なかなか毎週こたえられない(笑)というか、しんどいことだ。恍惚の日曜作家。それにしても日曜作家もいそがしい。現在夜麻登志の連載以外に長編二本をかかえている。ひとつは圧縮作業、ひとつは未生のもので全体像はUML表記で存在し、最近はパワーポイントの中に漫画チックに蓄積されだした。後者は探偵司書小泉佐保シリーズ第4『湖底宮』ちゅうのや。

UMLとマック
 UMLについては長らく悩んだ末に、Eclipseシステム上でパターンウィーバーv2.2というのに決めた。このために先月中頃8千円ほど送金したが、なかなかよい。WinXP上の話だ。

 ところで気がつかなかった、MacG5の昨年のMacOSには、あらゆるダイアグラムというかUMLを含めた図形処理アプリが付いていて、最近まで気がつかなかった。オムニなんとか~というシステムだが、なかなかよろし。それにつけても、2003年に入手した可愛らしい「丸とスタンドタイプ」のG4マシンはMacOSがさらに古くって、サファリブラウザも、このオムニなんとかも、いっかな動かなかった。サファリブラウザは、ある実験をしていたら、「サファリが古い」とマックに言われたのでヴァージョンアップしようとしたら、「MacOSが古い」とさらに言われた。なんというか、ブラウザレベルで、OSが古い!とのたまうなんてね。アップル社もセコイことをする。だから、昨日はfireFoxブラウザのv2英語版をダウンロードして、使い出した。こいつは、MacOSが古い! とは言わなかった。

 MacOSも新しいのを買って導入すべきだろうか。なんとなく2万円弱かかりそうで、頭が痛い。それに世の中、軒並みインテルCPUに変わってきたので、どういうMacOSを買うのか、もしかしてG5用のOSは生産中止とか、アップル社は言いかねない。二万円もあれば倶楽部忘年会の寄付金がまかなえるじゃないか。

DelphiPASCAL コンニチハ
 ついでに、ちかごろ話題のDelphi PASCALは、大抵時間が夜になるので、少し触ってはそのまま放置して寝てしまう。そのうち、寝ないでさわり続ける必要がでてくるだろう。いまは、おっとりと。なにをしているかというと、最近中止しているMuBlogの完全自由検索システム(MuDB2005)の改訂版を作る予定なのだ。
    MuBlog検索
    MuDB2005
    しばらく休止します
    2004.3〜2006.05.09
    (MuBlogで記事 1~768を検索)
↑MuBlogの右サイドバー、カレンダー下にきまずそうにあるでしょう! これを改修しないと、近頃本当に不便だ。だいたいシステムは売るためじゃなくて、自分の用につくってきたのがMu流なんだけど、本当に不便。一ヶ月前に掲載した記事でさえ、見つけるのに苦労する。Google で「MuBlog 酒船石」と、MuBlogを付けた鍵語で大抵発見できるが、タイトル中にないキーワードなんかだと、苦労する。月単位バックナンバーでヒットするから直接指示ができていないし、それに出てこないものもある。
 九絵とか、しる幸とか、じぶり、だとなんもせんでも発見できるが、検索というのは発見しにくいものをぴたりとおさめて、意味がある。
 まして、知友達の貴重なコメント内容など、MuDB2005が無い現状ではさがしようがない。見つからないのが、お互いに幸せというアイロニーもあるのだが、うむ。

 そういうわけで、新MuDB2006~2007を作ろうとしているのだが、せっかくDelphiPASCALに大枚3万円も投資したのだから、もとをとらなくちゃと思い定めて、以前なしていなかった、トラックバックとリンクとの双方向関係をきっちりと、データベースに格納しようと思ってしまった。すると。なかなかに、新しいアルゴリズムを構築するのが、しんどくて、毎晩10分ほどさわっては、「無理かなぁ~」「いやいや、ここでめげてはならない」とか「ああ、眠い。またあした」これが毎日続く。Pascalであれ、Javaであれ、新規にコードつくるのは、心身にキツイね。頭がなかなかついていかない。だまってプロジェクト名をだけ設定すれば、10分後に新システムが完成しているような、そんな夢のような開発システムは、この世にないもんだろうか。
(多分、あれば、そういう会社は秘匿するだろうね。それは売らずに、それで造ったものを毎日販売するだろう)

 と、ここで話は終わらない。

動画処理と古式ファイルメーカーv7
 昨日葛野研では授業もなく倶楽部もなかったので、午後は丁寧にMacG5で動画を触っていた。動画は何年越しだが、ここ最近ようやく木幡研でも葛野研でもすばやく手がうごくようになってきた。その理由をいくつか考えてみる。

1.最近までずっと動画は30分とか、
 1時間とか、2時間の長尺ものを対象に考えてきた。DVD化をイメージしていたせいだろう。ところが、こういう長いものは現代のファミリーな、メモリが数GBで、CPUが3ギガヘルツ程度では対応できないことに、やっと気がついた。無理だったんだ。一つの処理をするのに延々と数時間、終日かかるような作業は、もともと無理だということだ。で、これは止めることにした。今のマシンシステムの100倍ほどの高性能マシンが10万円程度になったら、考えても良いが。

2.徹底的にクリップと呼ばれる
 動画断片を相手にすることにした。昨日も、1分程度のmpeg2ファイルをmovとかmpeg4に変換する程度なら、秒単位で可能だった。

3.それで、昨日はそういう断片をDB化しようとして、
 マックで手頃なDBMSがなかったので、昔買ったファイルメーカーのv7を引っ張り出して、使い出した。

4.このファイルメーカについては、
 最近は新しいヴァージョンが出ているのだが、ずっと迷っている。ともかくv7では簡単にmpeg4動画断片をDB化でき、それをweb発信する実験もあっという間だった。

5.そのあとが問題だった。
 他のマシンも、winXPとか古いマックでこの動画Webを覗こうとすると、やれQUickTimeをダウンロードせいとか、このブラウザでは読めませんとか、小うるさいことをがんがんいいだしよった。すかん奴らじゃ。

……
 というわけで、いま午前6時をすぎた。日記にしては、ちと長すぎる。これで終わり。

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