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2006年11月 3日 (金)

読書の秋と「華胥の幽夢(かしょのゆめ)」

 ずっと読書の秋モードなのだが、ともかく、小野不由美さんの十二国記、講談社文庫で今出ている最後の二冊も読み終えた。『黄昏の岸、暁の天』、『華胥の幽夢』。
 さっそく記事をと思ったが、思い返せば『魔性の子』で助走し、『月の影、影の海』から本格的にこの世界に入ってしまった。気になって『華胥の幽夢』の奥付をみると2001年だった。それから後がでていない。
 つまり。
 なにかしら、最後の二冊は感想を記しにくい。

 最近感想を記した『図南の翼』で一旦雰囲気が変わり、さらに上述最後の二冊は変わっていた。『華胥の幽夢』は{冬栄、乗月、書簡、華胥、帰山}と短編集なのだが、長編黄昏と短編華胥とで、沈痛な思いをした。この世の中について相当に深く味わうところがあった。こういう小説を書いてしまうと、その後が大変だと思った。
 そういえば以前、20世紀末に綾辻行人さんの『時計館の殺人』を読了したとき、このあと書けるのだろうかと、心配になった。もちろん、書いておられるが。
 私は大昔に三島由紀夫さんが『豊饒の海』を書き終えた時、いろいろな思いは残ってしまったが、一番強く感じたのは、全四巻を完成したのだから、それで書くのを止めても仕方ないという気持だった。

 さて。
 たしかに読書の秋だ。今日は、海原猛さんの『水底の歌』を新潮文庫で読んでいる。ずっとここ何年も初版本が部屋に見つからず、一年ほど前に新たに文庫で買っておいたものだ。よいよい。
 昨日は葛野でUML関係の図書二~三冊を読んでいた。モデリング、Eclipse-UML、という風なものだ。もう一冊も一昨日読んでいたが、葛野に置いてきたので題名がわからない。これもモデリングだと思う。

 あといろいろ読みたい物があるが、すぐに眠る癖と、すぐにマシンを前にしてUMLを触る癖と、なんとなく日曜作家のまねごとをするので、結局断片的になる。それに葛野で山積の事務書類もかたづける必要がある。三連休とはならない。

 というわけで、木幡を出ずに鬱のただよう部屋で丸くなって読書していると、世間が世界が霞んでくる。
 と、そういう毎日だ。

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物語  丕緒(ひしょ)は、慶国で下級官吏・羅氏(羅人)の職にある男性です。  羅氏の仕事がなんであるかは、この世界特有の用語と考えておきます。国の典礼、祭礼行事として、弓で鳥ないし類似のものを射て王の吉凶を占う行事があり、羅氏はこの実質的準備を調える役目です。国官ですから仙籍にあり長寿です。すでに三代の女王に仕えました。しかし、女王に謁見(えっけん)することはまずあり得ない、本当の下級官吏です。で... [続きを読む]

受信: 2008年3月 9日 (日) 16時15分

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